「異物混入」

 とあるレストランで楽しげに食事(しょくじ)をしている男女。どうやら結婚記念日(けっこんきねんび)のようで、はたからみていても羨(うらや)ましいかぎりだ。妻(つま)は美味(おい)しそうに料理(りょうり)を口へ運んでいた。それを見ていた夫(おっと)は、何やらそわそわとしているようだ。妻にこう言った。
「おい、そんなに慌(あわ)てて食べなくてもいいじゃないか。よく味(あじ)わって…」
 妻は食いしん坊(ぼう)らしく、「慌ててなんかいないわよ。だって、この料理、とっても美味しいんだもの。あなたも、冷(さ)めないうちに食べた方がいいわよ」
「ああ…。あのな…、ひょっとして、何か入ってなかったか…?」
「何かって? えっ、そんな特別(とくべつ)な食材(しょくざい)を使ってるの?」
「いや、だからさ…。何か…、ちょっと固(かた)いものが入ってるはずなんだけど…」
「固いもの? いえ、そんなのなかったけど…」
 そう言っている間(ま)に、妻は自分の皿(さら)の料理をあらかた片(かた)づけてしまった。夫は、顔を青くして呟(つぶや)いた。
「ウソだろ…。お前、まさか、食(く)っちまったのか?」
「だから、何よ。あたしが、何を食べたって言うの?」
 夫は小さな声で言った。「指輪(ゆびわ)だよ。ダイヤの指輪を買って――」
 妻は叫(さけ)び声を上げた。「やだ!……ちょっと何してるのよ。料理に入れたの?」
「記念日だから、奮発(ふんぱつ)したんだ。高かったんだぞ。それを…。普通(ふつう)、気づくだろ?」
「あなた、あたしのことより、指輪を心配(しんぱい)してるの? 最低(さいてい)ね…」
「いや、そういうことじゃなくて…。俺(おれ)が言いたいのは…。だから…」
「あたし、あなたのことが分からなくなったわ」妻は声を落として、「あなたの会社(かいしゃ)、異物混入(いぶつこんにゅう)で商品(しょうひん)の回収騒(かいしゅうさわ)ぎになってるじゃない。そんな時に、よくこんなこと…」
「あれは、俺の責任(せきにん)じゃないだろ? 俺の仕事(しごと)は、事務(じむ)なんだからさぁ」
 そこへ、ウエイターが皿を下げにやって来た。夫は、ひそひそとウエイターに言った。
「あの、あれは…、どこに入れてもらえたのかな?」
 ウエイターは小さく肯(うなず)くと、「それは…。まだ、気づいてないんですか?」
「料理の中に…入れたんじゃないのかい?」
「ああ、さすがにそれは…。きっと、気づいていただけると思いますよ」
 ウエイターは皿を持って行ってしまった。妻は不機嫌(ふきげん)な顔で夫を見つめていた。これは、まさに険悪(けんあく)な雰囲気(ふんいき)…。ここは、デザートで機嫌(きげん)をなおしてもらわないと――。
 妻は、甘(あま)い物には目がないのだ。目の前に置かれたデザートを見てうっとりとした顔をする。夫は、ほっと胸(むね)をなで下ろした。――しかし、どこにあるんだ…あの指輪は…。
 夫はデザートをひとくち食べて、妻の方を見た。――おかしい…。妻の手が止まっている。テーブルの一点を見つめていた。それは、テーブルの中央(ちゅうおう)に置かれた花…。リボンなどを付(つ)けて綺麗(きれい)に飾(かざ)られていた。妻の目から一筋(ひとすじ)の涙(なみだ)がこぼれ落ちた。夫は、
「おい、どうしたんだ? お腹(なか)でも痛(いた)いのか?」
 妻は微笑(ほほえ)みながら答えた。「見つけたわ…。もう、嬉(うれ)しくて…ごめんなさい…」
 花にかけたリボンに、キラリと光るものがあった。
<つぶやき>サプライズは難(むずか)しいよね。上手(うま)く行けばいいんですが、そうじゃないと…。
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2017年12月12日