短編物語

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短編物語

「嵐の夜」01

(再公開 2017/06/13)
「必然の始まり」
 人里(ひとざと)離れた山中にある古びたお屋敷。嵐(あらし)のために道に迷った車が、その屋敷の前に停まった。車の中には四人の若者たち。彼らは土砂降(どしゃぶ)りの雨の中、屋敷の玄関まで駆け出した。
「なあ、ほんとにここなのか?」賢治(けんじ)は濡(ぬ)れた服を気にしながら言った。
「ここよ。灯りがついてるの見えたもん」好恵(よしえ)は紀香(のりか)の腕を取り、「あなたも見たでしょ?」
 紀香は首をかしげながら、「いや、あたしは…。分からないわ、一瞬だったし…」
「そこに呼び鈴があるから、鳴らしてみようよ」最後に車から降りたアキラが言った。
 一番近くにいた賢治が、呼び鈴の紐(ひも)を引っ張る。だが、何の音もしなかった。雨の音と時おり聞こえるゴロゴロという雷(かみなり)の音が聞こえるだけ。
「ねえ、誰もいないのよ。もう行きましょ」紀香はたまらず言った。
 その時、玄関の開く音が響いた。みんなは一瞬ぎょっとする。好恵が玄関の扉を開けたのだ。好恵は中を覗(のぞ)いて言った。「真っ暗よ。入ってみようよ」
 四人は恐る恐る屋敷の中へ。暗闇(くらやみ)を手探(てさぐ)りしながら歩くしかなかった。一番最後にいたアキラがライターの火をつけた。微(かす)かな明かりが部屋の一部を浮かびあがらせた。
 中は洋館の造りになっていた。サイドボードには埃(ほこり)がたまり、壁には誰が書いたのか落書きが残されている。誰が見ても空き家に間違いなかった。
「誰もいないじゃないか。車へ戻ろうよ」賢治が不機嫌そうに言った。
「だって、私、ほんとに見たのよ。ちゃんと灯りがついてたの」
 その時、閃光(せんこう)が走り大きな雷鳴(らいめい)がとどろいた。女の子たちは悲鳴をあげる。一瞬、部屋の中が青白い灯りに満たされ、すぐに暗闇がまた襲いかかってきた。
「イヤだ、怖い!」紀香が泣きそうな声で叫んだ。
 好恵は彼女の方へ手をのばした。彼女の身体に触(ふ)れると、しっかりと抱き寄せて言った。
「大丈夫よ。私がいるから、心配ないわ」
 部屋の中央で小さな明かりがともった。アキラがライターをつけたのだ。アキラがテーブルの上にあったランプへ火を移す。暗闇はみんなから遠ざかって行った。
「これで少しは落ち着けるだろ」アキラはそう言うとみんなの顔を見た。
 みんなは明かりのそばへ集まった。それぞれホッとしたような顔をしている。
「なあ、これからどうする?」賢治が呟(つぶや)いた。
 アキラは部屋の中を見回しながら、「朝までここにいた方がいいんじゃないかな」
「イヤよ。あたし、こんなとこにいたくない」
 紀香がヒステリックに言った。彼女の身体は小刻(こきざ)みに震えている。アキラは上着を脱ぐと、そっと紀香の肩にかけてやって、「動かない方がいいよ。今ここが何処(どこ)なのか全く分からないし。外は真っ暗だ」
「何で道に迷うかな、信じられない」好恵は賢治の顔を覗き込んだ。
「何だよ。俺のせいか?」賢治は言い訳がましく言った。「仕方ないだろ。昨夜(ゆうべ)、突然カーナビがぶっ壊(こわ)れたんだから」
 その時、外からガシャンという大きな音が響いた。みんなの顔に緊張が走った。
<つぶやき>嵐の夜には何かが起こる。それは必然であり、誰もそこから逃れられない。
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2013年02月13日

「嵐の夜」02

(再公開 2017/06/28)
「閉じ込め」
 外から聞こえてきた音は、雷が落ちた音というより何かがぶつかった時の音に近かった。四人はそれぞれ玄関脇の出窓と玄関の扉へ走った。いち早く出窓から外を見たのは好恵(よしえ)だった。彼女はそこにあるべきはずのものが消えているのに気づき叫んだ。
「車がなくなってるわ!」
 ほとんど同時に、外から賢治(けんじ)の悲痛(ひつう)な叫び声が、「俺の車が…、何でだよ!」
 車は轍(わだち)の跡を残して消えていた。賢治とアキラは土砂降(どしゃぶ)りのなか飛び出した。轍の跡を辿(たど)って行く。外は外灯もなく真っ暗である。足下が何とか見えるだけだった。10メートルほど行ったところで、突然、アキラが賢治の服をつかんで引っ張った。賢治は尻もちをついて、水たまりに倒れ込む。
「何すんだよ! いてぇじゃねえか!」賢治はやけくそになってわめいた。
 アキラは轍の先を指さした。賢治はそれを見て震えあがった。目の前の地面が無くなっていたのだ。アキラは恐る恐る近づいて下を覗いてみた。だが、暗闇(くらやみ)で何も見えない。下の方からは激流(げきりゅう)の音が、ゴーッゴーッと不気味に鳴っていた。今まで気づかなかったのだが、どうやらここには川が流れているようだ。それも、かなり水かさが増している。
 アキラは賢治を見て首を振った。車は激流に飲み込まれたか、崖(がけ)の下で大破(たいは)しているだろうことは誰の目にも明らかだ。
「俺の車…。ふざけんなよ! まだ、ローンだって残ってんだぞ」
 賢治は子供のように地面を叩き、水しぶきをあたりにまき散らした。
 アキラは賢治を抱きかかえて屋敷へ戻った。二人ともずぶ濡(ぬ)れである。夏の終わりとはいえ、このままでは風邪をひいてしまいそうだ。
「私、いいもの見つけたわ」好恵はランプの明かりを部屋の隅へ持って行く。
 そこには立派な暖炉(だんろ)があった。かつては、この家に住んでいた家族と団欒(だんらん)を共にしていたのだろう。今はその面影(おもかげ)すら消えかけていた。
「きっと、どこかに薪(まき)が残ってるんじゃないかしら」好恵はランプをテーブルに戻すと、「私、探してみるわ。紀香(のりか)、手伝ってよ」
「あ、あたし? イヤよ。行きたくないわ」
「じゃあ、俺が行くよ。のりちゃんは賢治を見ててくれ」
 しばらくして、二人は戻って来た。アキラは薪の束(たば)を両腕に抱えていた。火をつけるのに時間はかかったが、何とか暖をとることができた。男たちは服を脱いで、暖炉の前に並べた。人心地(ひとごこち)ついた頃、紀香がポツリと呟(つぶや)いた。
「ねえ、あたしのバッグは? あれがないと、困るわ」
 それに応えてアキラが言った。「朝になったら見てみるよ。崖の下にあるかもしれない」
「お願いね。携帯とか、お財布も入ってるの。それに、手帳…」
 ずっと黙り込んでいた賢治が、頭をかきむしって、誰に言うともなく、
「何で動いたんだよ。俺、ちゃんとサイドブレーキしたはずなのに」
「まさか、誰かがやったとか?」好恵が押し殺したようにささやいた。
<つぶやき>これで、朝までここにいることに。これから、彼らに何が起こるのでしょう。
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2013年02月27日

「嵐の夜」03

(再公開 2017/07/07)
「疑心暗鬼」
 みんなは顔を見合わせた。賢治(けんじ)は疑(うたが)いの目をアキラに向ける。
「まさか…。一番最後に車から降りたのって――」
 アキラは呆(あき)れたように、「ちょっと待てよ。俺が、何でそんなことしなきゃいけないんだ。意味分かんねえよ」
「ねえ、やめようよ」好恵(よしえ)が間に入って、「私たち友達でしょ。ごめん、私が変なこと言っちゃったから。きっと、あれよ。ブレーキをかけ忘れて…」
 賢治は好恵を睨(にら)みつけて抗議(こうぎ)する。アキラは何かを思いついたようにつぶやいた。
「いや。好恵の言ってること、間違ってないのかもしれない。だってさ、そう考えた方が辻褄(つじつま)が合うじゃないか。きっと、俺たち以外に誰かいるんだよ」
「うそ。あたし怖いわ」紀香(のりか)はアキラの腕にしがみついて、震える声で言った。
「この家のどこに人がいるっていうんだ!」賢治はやけになってわめき散らす。
 アキラは冷静に、状況を分析するように話し始めた。
「まず、好恵が見たっていう灯り。たぶん、この上だったんじゃないかな」
 アキラは人差し指を立てて上に向ける。確かに、この屋敷は二階建てだった。それは、みんなも見ているはずだ。アキラは先を続ける。
「それに、車。賢治さ、車のキーどうした?」
「あっ。そういやぁ、つけっぱなしだ。だって、すぐ戻るつもりだったから…」
「じゃ、カギもかかってないってことだろ。俺たちがこの家に入ったのを見て、そのスキに車を動かしたのかもしれない」
「もし、二階に誰かいたとして、どうやって外へ出るんだよ。俺たちここにいたんだぞ」
「外に階段があるのかもしれない。そしたら、自由に出入りできるだろ」
「でも、誰が何のために?」好恵はみんなの顔を見渡して、「私たち恨(うら)まれることなんか…」
 突然、紀香がパニックになり叫んだ。「イヤだ! イヤよ、あたし! 助けて!」
 紀香は玄関の方へ駆け出した。好恵がそれを抑(おさ)えて、「大丈夫だよ。私がついてるから」
「そんなのダメよ」紀香は顔を引きつらせながら、「警察よ。警察を呼んで。お願い!」
「ああ。そうね、そうしよ。私がかけるから、ねっ」
 好恵は紀香を落ち着かせると暖炉の側に座らせ、あっと声を漏(も)らした。
「ダメだわ。私の携帯、車の中だった。ねえ、賢治は持ってる」
「俺も、全部車の中だよ。何も持ってない」
 好恵はアキラを見た。アキラは首を振って、「俺は、携帯は持ってない」
「こいつはアナログ人間なんだよ。文明を否定(ひてい)してるんだ」
「俺は、自由でいたいだけだ。そんなの持ってると、ロクなことないからな」
 その時だ。上の方からガタンと何かが倒れるような音が響いた。一瞬、みんなは凍りついて、天井を見上げる。
「イヤ、イヤ、助けて…」真っ先に声を上げたのは紀香だった。好恵にしがみつく。
 アキラは賢治を見て、「やっぱり誰かいるんだ。行ってみよう。確かめるんだ」
 男たちは干しておいた服を手早く着ると、足音を立てないように階段へ向かった。
<つぶやき>誰かいるんでしょうか? もしそうだとしたら、何のためにこんなことを。
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2013年03月13日

「嵐の夜」04

(再公開 2017/07/16)
「人間消失」
 アキラと賢治(けんじ)は階段をゆっくりと上がって行った。ときおり階段のきしむ音がギーギーと鈍(にぶ)い音を立てた。二階は広間になっていて、調度品はほとんどなく、椅子が数脚と壊れた小テーブルがうち捨てられていた。
 アキラは頬(ほお)に風を感じた。どこかの窓が開いているのか? アキラはランプをかざして、部屋をぐるりと見回した。その時だ。バタンと大きな音がして、二人は身構えた。音のした方へランプを向ける。窓の外にある鎧戸(よろいど)が風に揺れているのが見えた。
 アキラは駆け寄り窓を開ける。風が容赦(ようしや)なく吹き込み、雨粒を部屋の中へと送り込む。アキラは急いで動いている鎧戸に手をかけた。その時、ふと窓の下に目をやって思わず声を上げた。そこには梯子(はしご)か立てかけてあったのだ。
「おい、来てみろよ。やっぱり、誰かいるんだ」
 呼ばれた賢治は、慌ててアキラの方へ行こうとして、何かにつまずき倒れ込んだ。
「何やってんだよ」アキラは呆(あき)れて呟(つぶや)くと、鎧戸と窓を閉め始めた。これ以上濡(ぬ)れたくはなかったのだ。賢治は起き上がると、やけになりつまずかせたものを蹴飛(けと)ばした。その拍子(ひようし)に、その上にかけてあったカーテンらしき布がずれて、下から白いものが顔を覗かせた。
 賢治は、それが何なのか気になった。近寄ると布に手をかけてめくってみた。次の瞬間、賢治の悲鳴が部屋中に響き渡った。賢治は震える声で叫んだ。
「ひ、ひとだ…。人が…、倒れてる!」
 布の下からまっ白い手と、長い髪の毛らしきものが現れていた。アキラはランプをつかむと、賢治の方へ駆け寄った。ランプの灯りをかざして見てみる。すぐに、アキラはフッと息をはいて言った。「何だよ、脅(おど)かすなよ。ほら、よく見てみろよ」
 アキラが布を全部めくると、等身大の女性のマネキンが姿を現した。暗がりだったので見間違(みまちが)えるのも当然かもしれない。アキラはくすくすと笑い出した。
「笑うなよ。もう、何て日なんだ。くそっ」賢治も苦笑(にがわら)いをするしかなかった。
 突然、後から声がした。二人はギクリとして振り返る。そこにいたのは好恵(よしえ)だった。
「何だよ。びっくりさせるなよ」賢治は引きつった顔で言った。
 好恵は二人に近づきながら、「だって、さっき悲鳴が聞こえたから…」
「何でもないよ。賢治がさ――」
「いいよ、その話は。誰だって、間違えることあるだろ。もう、ほっといてくれ」
 アキラは笑いをこらえて、好恵の後ろの方を覗きながら言った。
「あれ、のりちゃんは? 一緒(いつしよ)じゃないのか?」
「紀香なら、ここに…」
 好恵は後を振り返った。だが、そこに紀香の姿はなかった。
「あれ? 私のすぐ後にいたのよ。一緒に階段を上がって――」
 三人は顔を見合わせた。そして、階段の方へ駆け寄り下を覗いてみた。でも、そこに人の気配はなかった。暖炉(だんろ)の灯りがちらつき、薪(まき)の燃えるパチパチという音がかすかに聞こえるだけだった。三人は急いで階段を駆け下りた。
<つぶやき>暗がりの中には、何かがひそんでいるのかもしれません。あなたの後にも…。
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2013年03月28日

「嵐の夜」05

(再公開 2017/07/25)
「見えない誰か」
 下の階には誰もいなかった。暖炉(だんろ)の炎がゆれているだけ。アキラは床の上の自分の上衣を手に取った。それは、紀香(のりか)の肩にかけてやった服だ。好恵(よしえ)は何度も紀香の名前を呼んでみた。だが、返事が返ってくることはなかった。
「捜そう。きっとこの屋敷のどこかにいるはずだ」
 アキラはそう言うと、さっきの梯子(はしご)のことを好恵に話して聞かせて、
「誰かがいるんだよ。そいつがのりちゃんを――」
「そうね。じゃあ、私とアキラさんで下を見るわ。賢治(けんじ)は上を見てきて」
「えっ、俺一人かよ」賢治は不服(ふふく)を洩(も)らした。「上にいるわけないだろ」
「念(ねん)のためよ。あっ、もしかして怖いの?」
「そ、そんなことないよ。俺に怖いもんなんか…」
 賢治はランプを手にすると、後ろを振り返りつつ階段を上がって行った。
「じゃ、俺たちも行こうか」アキラは暖炉に薪(まき)を入れると好恵に言った。
 二人はライターの灯りを頼りに歩き出した。さっき薪を探しに行ったので、間取(まど)りもある程度は把握(はあく)している。長い廊下(ろうか)を進んで、まずは一番奥のキッチンへ。そこで、アキラは燭台(しよくだい)を見つけて、ローソクに灯りをうつした。
「これだけのお屋敷だからね。きっとあると思ったんだ」
 アキラはそう言うと、燭台の灯り越しに好恵を見た。好恵は何かに怯(おび)えているような、そんな表情を浮かべていた。でもアキラの視線を感じると、好恵はいつもの顔に戻った。
「こっちよ。こっちにも部屋があるみたい」好恵は先に立って歩き出す。
 確かにそこには扉があった。他の扉よりも重厚(じゆうこう)で特別な部屋のようだ。二人は扉を開けて中へ入った。この部屋は書斎(しよさい)のようだ。壁は本棚になっていて、かつては沢山(たくさん)の本が並べられていたのだろう。今は埃(ほこり)にまみれた本が数冊残されているだけ。
 アキラは部屋を見回して言った。「ここには誰もいないな。他へ行こう」
「ちょっと待って」好恵は唇(くちびる)をかみしめて言った。「あなたに、訊(き)きたいことがあるの」
 二階にいた賢治は、そこに小さな部屋があるのを見つけていた。その一つに入って、ランプの灯りで中を照らす。そして誰もいないことを確認すると、部屋を出ようとして扉の方へ歩き出した。その時、突然、後から誰かに口をふさがれた。賢治はとっさに叫(さけ)ぼうとしたが、耳元でささやかれた言葉でおとなしくなってしまった。
「訊きたいことって?」アキラは燭台を机の上に置くと言った。
「何かな? 実は、僕も、君に訊いておきたいことが――」
「あゆみ…、菅野(かんの)あゆみを知ってるよね。正直(しようじき)に答えて」
 好恵の顔は真剣だった。アキラは、一瞬動揺(どうよう)したような顔を見せた。
「やっぱり、そうなんだ。あなたが、お姉ちゃんを――」好恵の目から涙がこぼれる。
「えっ? どうしたんだよ。俺は…」アキラは口ごもって好恵を見つめる。
 その時、好恵の顔に驚きの表情がうかんだ。アキラが後を振り返ろうとしたとき、鈍(にぶ)い音とともにアキラの身体が床に倒れ込んだ。好恵は震える声で叫んだ。
「だめよ! そんなことしちゃ」
<つぶやき>誰かが、魔の手を伸ばし始めます。一体、これから何が起きるのでしょうか?
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2013年05月01日

「嵐の夜」06

(再公開 2017/08/03)
「あゆみ」
 アキラはもうろうとする意識(いしき)のなか、幻覚(げんかく)のような夢を見ていた。そこには子供の頃の自分がいて、目の前には女の子が立っている。その子が誰なのか、アキラは知っていた。
 二人は広い屋敷の中でかくれんぼをしているようだ。鬼が誰なのか分からないが、二人で一緒に隠(かく)れようとしていた。女の子はアキラの手を取って、こっちよって引っ張って行く。でもその先には扉(とびら)はなく、見上げるほどの大きな本棚があるだけ。女の子は口に人差し指を当てて静かにするように合図すると、本棚にある飾りに手をかけぐいと押し下げた。すると、本棚の一部が動き出し後ろへずれていく。びっくりしているアキラを見て、女の子は嬉(うれ)しそうに笑った。そして、ずれた本棚に身体を押しつける。すると、本棚が扉のようにスーッと開いた。女の子は、アキラを手招(てまね)きすると中へ消えて行く。アキラは急いで追いかけようとしたが、足がもつれて転んでしまった。
 激しい痛みでアキラは目覚めた。あれからどのくらいたったろう。部屋の中は真っ暗で、目が見えなくなったかと錯覚(さっかく)するほどだ。アキラは起き上がると、ポケットからライターを取り出して火をつけた。額(ひたい)の辺りがずきずき痛む。誰かに殴(なぐ)られたのだが、相手が誰だったのかまったく分からない。ライターの明かりをかざしてみる。さっきまでいた部屋に間違いない。目の前には見上げるほどの本棚…。床に座った状態なのでそう感じたのだろう。そこで、アキラの脳裏(のうり)にさっきの女の子の顔がよぎった。
「あゆみちゃん…」アキラはそう呟(つぶや)くと、いろんな記憶がよみがえってきた。
「そうか…、ここはあの時の…。何で気づかなかったんだ」
 アキラはふらつきながら立ち上がると、本棚を調べ始めた。目的のものを見つけるのにさほど時間はかからなかった。
「どうしてあんなことをしたの? これじゃ、私たち――」
 燭台(しょくだい)の明かりに照らされた好恵(よしえ)の顔は悲痛なものだった。好恵に背を向けていた男が振り返る。その顔は笑みさえ浮かべていた。
「俺たちは犯罪者じゃない。あいつのやったことを思い浮かべてみろ」
「でも、このままにしたら死んじゃうかもしれないわ。手当(てあて)だけでも…」
「ハハハハ、何言ってんだよ。あゆみを死に追いやった相手を助けるのか? あゆみとおんなじで、お嬢様なんだなぁ。好きになっちまいそうだ」
「冗談はやめて! 私たちは…。私は、お姉ちゃんが何で自殺したのか、それが知りたいだけなの。それに、お姉ちゃんだって、こんなこと望んでない」
「ああ、そうだった。あゆみの婚約者としては、ここは同意した方がいいのかな」
 その時、どこからか女性の悲鳴が聞こえてきた。それは、紀香(のりか)の声だ。
「あなた、何をしたの?」好恵は男に駆け寄り言った。
「目を覚ましただけだよ。まったく、うるさい女だ。そろそろ黙らせないとな」
 好恵は男を睨(にら)みつけると、「私、見てくるわ。一人にしとけない」
「ちょっと待てよ。まだ話は終わってない。真相(しんそう)を教えてやるよ。何で自殺したか」
 好恵は立ち止まりゆっくりと振り返った。「何で? どうしてあなたが…」
<つぶやき>謎の男が現れました。あゆみの自殺の裏には、何が隠されているのでしょう。
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2013年05月28日
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