読切物語

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読切物語

「禁断の場所」

 町外れに、大きくて立派(りっぱ)な屋敷(やしき)が建っていた。だが手入れをしていないようで、柵(さく)が壊れていたり、屋敷の雨よけの戸が外(はず)れかけていたり、広い庭園(ていえん)も雑草がはびこっていた。まるで廃墟(はいきょ)のようで、人が住んでいるようには見えなかった。
 この屋敷を外から覗(のぞ)いている姉妹(しまい)がいた。姉が妹の手を引っ張って、
「もう帰りましょ。こんなところに住んでる人なんかいないわよ」
 妹は動こうとせずに答えた。「あたし見たのよ。昨日の夕方、明かりが点いてたわ」
「見間違(みまちが)いよ。ここからじゃ、草が邪魔(じゃま)をして家の窓(まど)なんか見えないじゃない」
「ほんとに見たの。こっちよ、柵が壊れているところがあるの」
 妹は、今度は逆(ぎゃく)に姉の手を引っぱって駆(か)け出した。――妹が言う通り、柵が壊れていて子供が入れる隙間(すきま)があった。妹はするりとそこを抜(ぬ)けて中へ入る。姉はためらって、
「ダメよ、勝手(かって)に入ったら怒(おこ)られるわよ。戻って来なさい」
「心配(しんぱい)ないわよ。人なんか住んでないんでしょ? あたしひとりで行ってくるわ」
 妹は屋敷の方へ歩き出した。姉は、ほっとくわけにもいかず、隙間を何とかくぐり抜けて妹の後を追いかけた。――草をかき分けてしばらく行くと、開けた場所に出た。目の前に、大きな屋敷が飛び込んで来た。二人は顔を見合わせて、屋敷の壁際(かべぎわ)まで駆け出した。そして、壁づたいに一つ一つの窓から中を覗いて見る。人の気配(けはい)はなかったが、でも思ったより部屋の中は整然(せいぜん)としていた。玄関までたどり着くと、姉は呼鈴(よびりん)を探してみた。でも妹の方は、玄関の扉(とびら)に手をかけた。扉は鈍(にぶ)い音を立てて動き出す。姉は驚いて声をあげた。
「何してるのよ。もし誰か住んでたらどうするの」
 妹は唇(くちびる)に人差し指をあてて静かにするように合図(あいず)をすると、扉から頭を突っ込んで家の中を覗いて見た。屋敷は中世の洋館という感じで、がらんとしていて骨董品(こっとうひん)らしきものがあちこちに飾られていた。耳を澄(す)ましていると、どこからか低く唸(うな)るような音がかすかに聞こえてきた。妹は思わず屋敷の中へ――。二人は音のする方へ歩き出した。
 ――その部屋には、複雑に組み立てられた機械(きかい)が並んでいた。色とりどりのランプが点滅し、火花を散らしながら、まるで呼吸(こきゅう)をしているように音を立てていた。
「さあ、やっと完成(かんせい)だ。今までさんざんわしをバカにしてきた連中に、吠(ほ)え面(ずら)をかかせてやる。わしの考えが正しかったことを見せつけてやるんだ」
 白髪(しらが)まじりの頭で、白衣(はくい)を着ている男が高笑いをした。その様子(ようす)を廊下(ろうか)の窓から覗いているのは、あの姉妹だ。男は機械を愛(いと)おしそうに触(ふ)れながら呟(つぶや)いた。
「さあ、始めよう。お前がいてくれて本当に助かったよ。電球(でんきゅう)を替(か)えるときに梯子(はしご)から落ちるなんて、まったくドジな話しだが…。おかげで、わしの研究(けんきゅう)を完成させることができる。最後の最後まで、わしのために…。さあ、わしがお前に命(いのち)を吹(ふ)き込んでやる」
 その時、姉妹が悲鳴(ひめい)をあげた。機械の中に人の姿を見つけたのだ。いくつものコードで機械につながれていた。悲鳴を聞いて、男は侵入者(しんにゅうしゃ)に気がついて叫(さけ)んだ。
「誰だ! 出て来い! ここから逃(に)げられると思うなよ。実験台(じっけんだい)にしてやる」
 姉妹は恐怖(きょうふ)に駆られて走り出した。玄関から外へ逃げようとしたが、どういうわけか扉はびくともしなかった。足音が静かに、だが確実(かくじつ)に二人に近づいて来ていた。
<つぶやき>二人は逃げることが出来るのでしょうか? きっと逃げ道はあるはずです。
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2017年01月22日

「明日の私」

 私には、もう一人、〈明日(あした)の私〉がいる。朝になると私を起こしてくれて、今日の忠告(ちゅうこく)をしてくれる。そのおかげかどうか、今まで何事(なにごと)もなく過(す)ごしてこられた。
 でも、何時(いつ)からか私は〈明日の私〉に疑念(ぎねん)を抱(いだ)くようになってしまった。本当にその忠告は正しいのか…。もしかしたら、別の選択(せんたく)があるのではないか…。その気持ちは私の中でだんだん大きく膨(ふく)らみ、自分でもどうすることも出来なくなった。
 そんな時だ。〈明日の私〉がこんな忠告をしてくれた。
「今日は、仕事が終わったら真っすぐ帰るのよ。寄(よ)り道なんかしちゃダメだからね」
 でも、今日は恋人(こいびと)から食事に誘(さそ)われていた。何か大事(だいじ)な話があるって。もしかしたらプロポーズかも…。だから、忠告に従(したが)うことなんてあり得(え)ない。
 ――私は、初めて忠告に逆(さか)らった。仕事が終わると、何時もの待ち合わせの場所へ向かった。人混(ひとご)みの中、私は恋人の姿(すがた)を見つけると小走(こばし)りで彼に近づいた。彼も私を見つけて手を上げた。その直後(ちょくご)、私は彼の後に人影(ひとかげ)を見た。それも、私の知ってる女性――。
 これ、どういうこと? 何で彼女がここに…。私は彼を問い詰(つ)めようとしたが、その前に彼が口を開いた。
「ごめん。今日は、もう一人いるんだ。一緒(いっしょ)に話がしたくて。どこか、入ろうか?」
 私が言葉(ことば)につまっていると、その、もう一人の彼女が口を出した。
「先輩(せんぱい)、ごめんなさいね。あたしは、来たくなかったんだけど、彼がどうしてもって言うから…。もし、先輩がイヤだったら、あたし、ここで待っててもいいのよ」
 この状況(じょうきょう)で…、いくら鈍感(どんかん)な私でも理解(りかい)できた。こいつ、二股(ふたまた)をかけてたのか! 何時からだ? この後輩(こうはい)を彼に紹介(しょうかい)したのは一ヶ月くらい前だから…。ああ、もう!!
 私は彼を睨(にら)みつけた。彼は、私と目を合わせようともしないで言った。
「そういうことで…。君とは、別(わか)れたいんだ。こんなことになって、ほんとごめん。でも、君とはこれからも――」
 私は、思いっ切り彼を引っぱたいていた。そして、彼に背を向けて私は駆(か)け出した。どこをどう歩いたのか、気がついたときには自分の家に戻っていた。――私は後悔(こうかい)していた。何で忠告に従わなかったんだろう。もし、彼に会いに行かなかったら、こんなことになんかならなかったはずなのに…。私は、いつの間にか眠(ねむ)ってしまったようだ。
 翌日、〈明日の私〉は起こしに来てくれなかった。遅刻(ちこく)ぎりぎりで会社に着いた私は、仕事に没頭(ぼっとう)した。そうしないと、イヤなことがどんどん頭の中に浮(う)かんできて、どうにかなってしまいそうだった。
 会社から帰ると、もうクタクタだった。泥(どろ)のように、このまま眠ってしまいたかった。私はベッドにもぐり込むと、目を閉じた。――でも、すぐに私は誰かに揺(ゆ)り起こされた。目を開けると、そこにはもう一人の自分がいた。私は思わず飛び起きて言った。
「ごめんなさい、私が悪かったわ。だから、もう一度――」
 もう一人の自分は、私の頭をなでならが呟(つぶや)いた。「私は、昨日(きのう)のあなたよ。何で、あんな後輩を彼に会わせたのよ。だから、別れることになっちゃったのよ」
<つぶやき>明日の私と昨日の私。あなただったら、どちらの言葉を聞いてみたいですか?
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2017年05月20日

「幽霊女子」

 彼女は幽霊(ゆうれい)。なぜ幽霊になっちゃったのか、彼女にもよく分からない。でも…、何か未練(みれん)でもあったのだろう。――そんな彼女が恋(こい)をした。まさに、初恋(はつこい)である。彼との出会いに、彼女は運命(うんめい)を感じてしまった。幽霊が運命を感じるなんて、変かも知れないけど…。
 ――彼女が、しょんぼりと公園(こうえん)のベンチに座(すわ)っていると、彼の方から声をかけて来た。幽霊になって初めてだ、こんなこと…。彼女は思わず訊(き)いてしまった。
「あたしが、見えるんですか?」
 彼は、ごく普通(ふつう)に、まるで友だちにでも話すように、「ごめんね、何か大丈夫(だいじょうぶ)かなって…。ほら、同じ学校みたいだからさ。迷惑(めいわく)だったかな?」
 彼女は、なぜかセーラー服を着ていた。若(わか)くして、高校生のときに亡(な)くなったのかもしれない。同じ高校の生徒(せいと)だったのだろう。
 そこへ、同じ制服(せいふく)を着た女子がやって来て、彼に声をかけた。どうやら、友だちなのか、それとも、もっと親(した)しい――。彼女に、嫉妬(しっと)という気持ちが生まれた。彼女は、その女の子を睨(にら)みつけた。すると、突然(とつぜん)突風(とっぷう)が吹(ふ)き荒(あ)れて、女の子のスカートをめくりあげた。
 それからというもの、彼女は彼に取り憑(つ)くことにした。取り憑くといっても、悪(わる)さをするとか、不幸(ふこう)にさせるとか、そういうことじゃないからね。彼女は、彼が一人になるのを見計(みはか)らって、彼の前に現れた。もちろん、ごくさり気なく、偶然(ぐうぜん)を装(よそお)って…。
 彼は、彼女を見つけると嬉(うれ)しそうに微笑(ほほえ)んだ。――何度か会って話をしてみて、彼女はますます彼のことを好きになってしまった。どうやら、付き合っている彼女はいないようだ。ここは、ちゃんと告白(こくはく)して…。でも、彼女はふと考えた。
「幽霊のあたしが、人間に告白するのって、いいのかな? あたしなんかが――」
 彼女は、告白をためらってしまった。そんな、うじうじとしているとき、最強(さいきょう)のライバルが転校(てんこう)してきた。その、人間の女子は、彼に猛(もう)アタックをかけてきた。彼に一人になる隙(すき)をあたえないのだ。まるで、幽霊の彼女のことを気づいているみたいに。
 彼女はあせった。このままだと、彼に会うことができなくなってしまう。彼女は、何度も、何度も、その機会(きかい)をうかがったが、いつも邪魔(じゃま)されて――。とうとう、最悪(さいあく)の事態(じたい)を迎(むか)えることになった。それは、あの人間の女子が告白すると公言(こうげん)したのだ。
 もう、うじうじしている場合ではなくなった。あんな女子に彼を取られるなんて…。こうなったら、取り殺すしか――。いや、彼女はそんな野蛮(やばん)な幽霊ではなかった。
 ――人間女子が彼を呼び出した。彼女は二人の様子(ようす)を物陰(ものかげ)からうかがった。まさに、女子が彼を見つめて告白しようとした瞬間(しゅんかん)――。彼女は飛び出した。女子を押(お)しのけると、
「あなたのことが好きです。あたしと、付き合って下さい」
 まさに、どんでん返(がえ)し! 驚(おどろ)いたのはその人間女子で、見たことのない女子が現れて横取(よこど)りされてしまったのだ。まあ、幽霊なんで見えるわけもないのだが…。
 さらに、彼の返事(へんじ)は衝撃的(しょうげきてき)だった。「やっと現(あらわ)れてくれたね。ずっと待(ま)ってたんだよ。でも、ずるいなぁ。僕の方から告白するつもりだったのに」
 彼女は、彼のこの言葉(ことば)で天(てん)にも昇(のぼ)る心地(ここち)になってしまって、あやうく成仏(じょうぶつ)しそうになってしまった。この後、二人は…。いや、人間女子の反撃が始まるかも――。
<つぶやき>恋のバトルの始まりですね。さて、どっちが彼を射止(いと)めることになるのか…。
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2017年07月04日

「彼女の事情」

 僕(ぼく)は近くの神社(じんじゃ)のお祭(まつ)りに来ていた。家族(かぞく)連れが多いのだが、若いカップルがやたらに目についた。僕だって、彼女と一緒(いっしょ)に来るはずだった。昨日(きのう)、別れようって言われなければ…。失恋(しつれん)の痛手(いたで)は、思いのほか大きかった。今も、人混(ひとご)みの中に彼女の姿(すがた)を探している。
 ――神社の参道(さんどう)からちょっと脇(わき)に入ったところ。その夜店(よみせ)は、薄暗(うすぐら)い人目(ひとめ)につかない場所にあった。夜店というにはほど遠い、段ボール箱と小さな旗(はた)のようなものが立っているだけ。そこに、僕は人影(ひとかげ)を見た。どうやら若い女性のようだ。その人は僕が見ているのが分かったようで、にっこり微笑(ほほえ)むと(薄暗いのでほんとに微笑んでいたのかははっきりしないが)、僕を手招(てまね)きした。よせばいいのに、僕は人恋(ひとこい)しかったからか、ふらふらと彼女の方へ行ってしまった。
 彼女は、涙(なみだ)ながらに僕に訴(うった)えた。
「これを、売(う)って帰らないと、家では幼(おさな)い妹(いもうと)と弟(おとうと)が――」
 後で考えればおかしな話しだ。たった五百円のものを売って、それで生活のたしになるとも思えない。彼女が段ボール箱から出したものは、黒くて丸いもの…。ちょうどピンポン玉くらいの大きさだった。それが彼女の両手の上で、ころころと動き回った。
 彼女は愛(いと)おしそうに言った。「妖獣(ようじゅう)のまる君(くん)よ。育(そだ)て方はそんなにむずかしくないわ。たまに手の上にのせてあげるだけでいいの。餌(えさ)をあげる必要(ひつよう)はないし、フンとかもしないから衛生的(えいせいてき)よ」
 僕は、なぜだかよく分からないが、それを買ってしまった。もう、明らかに怪(あや)しいはずなのに――。普通(ふつう)に考えたら、手は出さないでしょ。それを…、僕は…白状(はくじょう)するが、彼女の愛(あい)くるしい姿にやられてしまったのかもしれない…。
 ――あれから一週間、その黒い物体(ぶったい)は成長(せいちょう)していた。今では、直径(ちょっけい)1メートルを超(こ)えて、かなり邪魔(じゃま)な存在(そんざい)になってしまった。もう、僕の狭(せま)い部屋では無理(むり)。そこで、彼女に引き取ってもらおうと思った。でも、どこに住んでいるのか分からない。僕は、彼女と出会った神社へ行ってみることにした。
 彼女はそこにいた。僕が事情(じじょう)を説明(せつめい)すると、彼女は嬉(うれ)しそうに答えて、
「それはすごいわ。そんなに環境(かんきょう)がよかったのね。普通はそこまで大きくならないのよ」
 二人で部屋に戻(もど)ると、とんでもないことになっていた。部屋中に、まる君が散(ち)らばっていたのだ。足の踏(ふ)み場もないくらい。彼女は目を丸くして言った。
「わぁ、産(う)まれちゃったのね。すごい、こんなに沢山(たくさん)のまる君を見たのは初めてだわ」
 唖然(あぜん)としている僕を見て彼女は続けた。
「心配(しんぱい)しないで。窓(まど)を開けてあげれば、風(かぜ)に乗って飛んで行っちゃうから」
 彼女の言う通り、窓を開けると吸(す)い出されるように次々(つぎつぎ)に飛び出して行った。最後の一匹が出て行くと、彼女はもじもじしながら、「あの、お願いがあるんだけど…。この部屋、貸(か)してくれない? ここで、繁殖(はんしょく)をさせたいの。実(じつ)はね、まる君を見つけるのって、とっても大変(たいへん)なのよ。一日中探(さが)し回っても見つからないときもあって。お礼(れい)は、売上(うりあげ)の三割(わり)…、いや五割でもいいわ。お願い! もちろん、あたしの寝(ね)る場所は、どこか部屋の隅(すみ)でいいのよ。あなたの生活の邪魔にならないようにするから。ねぇ、いいでしょ?」
<つぶやき>これは、もしかして同居(どうきょ)するってことなの? 彼女はいったい何者なのか?
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2017年08月19日

「シャベ友」

 朝から雨が降(ふ)っていた。朝食を終えた二人は、食器(しょっき)を片づけながら言葉(ことば)を交(か)わす。
「雨の日は、憂鬱(ゆううつ)だよね。でも、今日はお休みでもある」
「だから? もう、何なのよ」
「ということは、何をやってもOKだよね」まるで甘(あま)えるように、「ねぇ、遊(あそ)びに行かない?」
「いやよ。雨が降ってるし…。私は、今日は読書(どくしょ)でもするわ」
 この二人、一緒(いっしょ)に住むようになってまだ日が浅(あさ)い。一応(いちおう)、友だち同士(どうし)なのだが、出かけようと誘(さそ)っている娘(こ)の方が、転(ころ)がり込んで来たのだ。まあ、二人で暮(く)らせる広さはあるし、家賃(やちん)も半分出すということでシェアが成立(せいりつ)した。
「そんなのダメよ。せっかくのお休みじゃない。あたし、外で遊びたいなぁ」
「外は雨なのよ。私は、やめとくわ。あなた一人で行けばいいじゃない」
「つまんないよ、一人なんて…。ねえ、雨の日しかできないことしよ」
「はぁ? もう、何なのよ」
「それは…、このまま表(おもて)に飛び出して、ずぶ濡(ぬ)れになって走り回るの」
 この言葉に、聞いていた娘(こ)はごく当たり前の反応(はんのう)を返した。
「なに言ってるの? 子供(こども)じゃないんだから、そんなこと…。いえ、今の子供だってそんなバカなことしないわ。あなた少し変よ。まともな大人(おとな)だったら――」
「いいじゃない。バカなことしたって…」ちょっとふてくされて、ソファに寝転(ねころ)んだ。
 それをなだめるように彼女の頭をなでながら、「ねえ、何かあったの?」
「別に…。何もないわよ。あ~ぁ、つまんない…、ほんとつまんない」
「彼を誘えばいいじゃない。お休みなんだし」
「休みじゃない。あの人、仕事(しごと)なんだって…。もう、ほんとに仕事なのかぁ?」
「あきれた。彼に会えないから無茶(むちゃ)なこと言ってたのね」
「そうよ、いけない? 最近(さいきん)さぁ、あの人…、あたしのこと避(さ)けてる気がする」
「えっ、何かあったの? 喧嘩(けんか)でもしたとか…」
「なにも…、まったく何もない。あたしたち恋人(こいびと)同士なのに、何もないなんてどういうこと? このままじゃ、あたしたち、ただのシャベ友(とも)だよ」
「シャベ友って…」
「だから、会って、世間話(せけんばなし)をして、さようならって…。それだけの関係(かんけい)よ。そこには、好きもないし、愛情(あいじょう)もまったくわかない…。もう、終(おわ)わりなのかなぁ」
「なに言ってるのよ。あんなに、私にのろけてたくせに…。じゃあ、いいわ。出かけましょ」
「ほんと? 一緒に、濡れてくれる?」
「それは、いやよ。私、これでも身体(からだ)が弱(よわ)いの。そんなことしたら風邪(かぜ)ひいちゃうわ」
「何よそれ。まるで、〈私はお嬢(じょう)さまなのよ〉って言ってるみたい」
「言っとくけど、これでも私、ほんとにお嬢さまなのよ。知らなかったでしょ」
「だったら、あたしもお嬢さまよ。今度、ちゃんと証拠(しょうこ)見せてあげるわ」
 二人は、くすくすと笑い出した。この後、二人は出かけて行った。たぶん、ずぶ濡れになることなく帰って来ると思うけど。でも、ひょっとすると――。
<つぶやき>好きなのか、それとも、それほどでもないのか…。どうやって確かめたら…。
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2017年09月13日

「記憶媒体」

 彼女はことごとく就活(しゅうかつ)に失敗(しっぱい)していた。もう何十社も面接(めんせつ)を受(う)けたが、どこからも内定(ないてい)をもらうことはできなかった。このままだと卒業(そつぎょう)までに…就職(しゅうしょく)できない。
 そんなせっぱ詰(つ)まっていた時だった。彼女に電話がかかって来たのは。それは、聞いたことのない会社で…。もちろん彼女が面接を受けた会社ではなかった。
 電話の相手は人事部(じんじぶ)の者だと名乗(なの)り、有能(ゆうのう)な人材(じんざい)を求(もと)めていると話した。彼女は首(くび)をかしげた。彼女はごく普通(ふつう)の大学生で、特別(とくべつ)な資格(しかく)も能力(のうりょく)も持ち合わせてはいなかった。彼女がそのことを話すと、電話の相手はこう答えた。
「それがいいのです。わたし達にとっては、ごく普通の人が有能な人材なのですから」
 彼女はますます訳(わけ)が分からなくなった。そうは言っても、彼女にとってはこれが最後のチャンスになるかもしれない。これをのがしたら、完全(かんぜん)に就職浪人(ろうにん)になってしまうかも…。
 電話の相手はさらに続けた。「どうでしょう? 我(わ)が社に来ていただけますか?」
「はい、もちろん…。でも、どんな仕事(しごと)なんでしょう? 私でも勤(つと)まるでしょうか?」
「もちろんです。誰(だれ)にでもできる仕事ですよ。ですが、採用(さいよう)にあたって、ごく簡単(かんたん)なテストを受けていただかないといけません。それに合格(ごうかく)すれば、本採用(ほんさいよう)となります」
 ――後日、メールで受け取った地図(ちず)を見ながら、彼女はその会社へ向かった。〈ごく簡単なテスト〉を受けるためだ。その会社は、小さな古(ふる)ぼけたビルの中にあった。受付(うけつけ)でしばらく待っていると、一人の男がやって来て彼女と挨拶(あいさつ)を交(か)わした。その男の声は、あの電話の声と同じだった。彼女は、その男について階段(かいだん)を下りて行った。
 ――それからの記憶(きおく)が…、彼女には曖昧(あいまい)になっていた。階段を下りて行ったことまでは覚(おぼ)えているのだが…。気がついた時には応接室(おうせつしつ)にいて、目の前のテーブルの上には採用通知(つうち)が置いてあった。そして、恰幅(かっぷく)のいい男性が彼女に話しかけていた。
「おめでとう。これであなたも我が社の社員(しゃいん)です。四月からお願いしますよ。それで、あなたの配属先(はいぞくさき)ですが、こちらの会社になります」
「えっ、この会社じゃないんですか?」彼女は少し不安(ふあん)になった。
「我が社では、ほとんどの社員が他の企業(きぎょう)に出向(しゅっこう)しているんです。もちろんこれは契約社員(けいやくしゃいん)ということではなく、我が社の正社員(せいしゃいん)ですのでご心配(しんぱい)なく」
 彼女は書類(しょるい)に書かれている社名(しゃめい)を見て驚(おどろ)いた。それは一流企業(いちりゅうきぎょう)で、彼女にとっては全く相手(あいて)にされないような、超(ちょう)エリートしか入社(にゅうしゃ)できない会社だった。
「ほ、ほんとに、この会社に…。私が――」
「はい、そうですよ。それで、こちらから指定(してい)した日に、業務報告(ぎょうむほうこく)をこちらに提出(ていしゅつ)しに来て下さい。出向先にはこちらから連絡(れんらく)が行きますので、欠勤(けっきん)にはなりません」
 彼女はまるで狐(きつね)につままれたような、そんな感じで帰って行った。外に出ると、強い風で彼女の髪(かみ)が巻(ま)き上げられた。すると、彼女のうなじにバーコードのようなあざが見えた。
 ――恰幅のいい男が、電話の男に呟(つぶや)いた。
「今度のはなかなかいいじゃないか。容量(ようりょう)も充分(じゅうぶん)だし、記憶媒体(きおくばいたい)としては申(もう)し分ない」
「しかし、人間の脳(のう)を使うなんて。これならハッキングの心配もありませんし、我が国の雇用問題(こようもんだい)も解消(かいしょう)するんじゃありませんか? どんどん採用を増(ふ)やしましょう」
<つぶやき>えっ、どういうこと? もしかして、本人には知らされてないのでしょうか?
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2017年10月01日
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