読切物語

サイト管理人のブログです。

読切物語

「恋に恋して」

(再公開 2017/05/26)
 好きなのに好きって言えない。とっても簡単な言葉なのに、それを言ってしまうと壊(こわ)れてしまいそうな、そんな気がして…。私は、いつまでもうじうじしていた。
 彼とは友だち。の、はずだった。でも、いつからか意識し始め、気がつけば、彼のことをずっと見ていた。彼は、そんな私のことなんてまったく気づいていないみたい。そんなこと当たり前のこと。私と彼の間には、ものすごく距離があるの。それを縮(ちぢ)めることなんて、今の私にはとても無理だわ。
 私は親友に相談してみた。彼女は、とってもさばさばしていて、思っていることは何でも言ってしまう。私とはまったく真逆(まぎゃく)な性格をしていた。今までもいろんな悩みを聞いてくれたし、私のことをいつも励(はげ)ましてくれていた。
 彼女は私の言うことを黙って聞いてくれて、
「何だ。そんなの、訊いてみればいいじゃない」
「そ、そんなこと訊けないよ。もし、私のこと好きじゃなかったら…」
「それを確かめるんでしょ。でなきゃ、いつまでもスッキリしないままよ」
「そうだけど…。でもね、でも……」
「もう、しょうがないな。あたしが訊いてきてあげる。あんたのこと、どう思ってるのか」
 翌日。彼女は私のところへ来て言った。
「彼ね。他に好きな人がいるんだって。だから、あんたとは付き合えないって」
 私は、何だがホッとしたような…。だって、もし彼と付き合うことになったら、どうしたらいいかまた悩んでしまいそうで。これで、よかったのよ。
 それから一ヵ月後。私は他の友だちが話しているのを聞いてしまった。私の親友と彼が付き合ってるって。私は、自分の耳を疑ってしまった。だって、彼には他に好きな人がいるって――。それって、彼女のことだったの?
 私は確かめようと、彼女に会いに行った。でも、そんなこと訊けないよ。私はまたうじうじうじうじ。結局、何も訊けなかった。それからというもの、私は彼女を避けるようになってしまった。彼女の方も…。
 私は、こんなことで親友をなくすなんて。それもこれも、私のはっきりしない性格のせいよ。私は、いつも他の人に頼ってばっかり。こんなんじゃ、いつまでたっても恋なんてできないわ。自分のことは自分で何とかしなきゃ。でも、そう簡単に自分の性格を変えることなんてできそうにない。
 私は一人でいることが多くなった。今日もひとりでランチ。もう慣(な)れてしまったというか、開き直ったと言ってもいいかも。さあ食べようって思ったとき、私は声をかけられた。
「あの、ここいいですか?」
 顔をあげると、そこには見知らぬ男性。私に微笑みかけている。これって…。
「すいません。ここしか、あいてないものですから」
 何だ。そういうことね。私は、愛想(あいそ)笑いをしてしまう。ああ、私も恋がしたい。もう、うじうじなんてしてられないわ。
<つぶやき>出会いはどこに転がっているか分かりません。チャンスは逃がさないように。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

2012年12月21日

「また明日」

(再公開 2017/06/04)
 三年付き合っていた彼が突然いなくなった。何の前触(まえぶ)れもなく。別れぎわに、また明日って言ってたのに。これって、どういうことよ。あたし…、捨てられたってこと。
 彼と最後に会った日のことは今でも覚えてる。仕事帰りに二人で待ち合わせ。いつものお店で食事して、たわいのない話で盛り上がる。いつもと変わらない、全然、まったく別れ話なんかなかったし、喧嘩(けんか)だってしてないでしょ。なのに、どうして?
 次の日、メールして。返信がなかったけど、仕事が忙しいんだなって思ってた。夜になって電話して。つながらなかったけど、まだ仕事なのかなって…。そういうことって、今までだってあったから。それに、彼って、そういうのマメじゃないし。
 でも、三日たっても連絡がなくて。さすがのあたしも、変だなって思った。それで、彼の会社に電話してみた。そしたら、彼、会社辞(や)めてたの。辞めた理由を訊いてみたら、一身上(いっしんじょう)の都合(つごう)ですって。それって、何よ。まったく分かんない。
 あたし、彼のアパートへ行ってみたわ。そしたら、誰もいなくて。たまたま顔を合わせた隣の人に言われちゃった。二、三日前に引っ越したって。あたし、目の前が真っ暗になったわ。もう、笑うしかないじゃない。あたしは、何度も何度も、彼の携帯に電話した。何度かけたって、電源が入ってないってそればっかし。
 あたし、一人で考えてみたわ。あたしが捨てられた理由。でも、いくら考えたって、そんなの思いつかないわよ。あたしの、何がいけなかったの。いなくなる前に、教えてほしかったわよ。もうダメ。これ以上一人でいたら、あたしどうにかなっちゃう。無性(むしょう)に淋(さび)しくて、叫びたくなるくらい腹が立った。
 あたしは友だちに電話した。誰かに聞いてもらわないと、あたしおかしくなりそう。友だちは慰(なぐさ)めてくれたわ。そんな身勝手(みがって)な男のことなんか忘れなさいって。別れて正解だったのよ。ほんと、そうかもしれない。でも、でもね。あたしもそうしようと思ったわよ。思ったけど、どうしても心のどっかに彼のことが引っかかってるの。このままじゃ、あたし前へ進めない。仕事も手につかないし。
 今、あたしは彼の実家へ向かっている。興信所(こうしんじょ)で調べてもらったの、彼のことを。そしたら、彼の居場所(いばしょ)が見つかったわ。一ヵ月ぶりの再会。彼には、言いたいことが山ほどある。でも、その前に一発ぶん殴(なぐ)ってやる。それくらいのこと、許されるはずよ。
 地図を見ながらあたしは歩く。――何なのここは。畑ばっかりで、家なんでどこにあるのよ。道を訊こうにも、人なんかまったく歩いてないじゃない。彼が、こんな田舎で育ったなんて、まったく知らなかった。あたし、彼のことどこまで知ってたんだろう。
 遠くの畑で働いている人影を見つけた。あたしは、その人の方へ歩いて行く。これでやっと道を訊くことができるわ。だんだん近づくにつれて、あたしはハッとした。その人の背格好(せかっこう)、身体つき…。そして、帽子の下で見え隠れする顔。あたしは足を止めた。それは、間違いなく彼だった。あたし、身体が震えたわ。頭へ血がカーッとのぼって…。
 あたしはゆっくりと彼に近づく。あたしを見つけた彼の顔は、ハトみたいに口を開けちゃって。あんなに言いたいことがあったのに、あたし何も言えなくなっちゃった。
<つぶやき>人生は出会いと別れの連続です。悔いのないように、一期一会(いちごいちえ)で生きましょ。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

2013年01月04日

「別れの言葉」

(再公開 2017/09/05)
 義之(よしゆき)はふらふらとした足取りで歩いていた。大学の研究室にこもっていて、もう三日も満足(まんぞく)に寝ていないのだ。ビルの角(かど)に差しかかったとき、義之の身体に何かがぶつかってきた。はずみで彼は倒れ込んでしまった。その彼の上に覆(おお)い被(かぶ)さるように乗っかって来たのは、大きなサングラスにキャップをかぶった女の子。彼女は周(まわ)りを気にしながら立ち上がると、
「大丈夫(だいじょうぶ)? ごめんなさい、急いでたんで。ケガとかしてない?」
 義之はオドオドしながら立ち上がり、「こっちこそ、気がつかなくて、すいません」
 彼が顔を上げると、彼女がいきなり抱きついて来て、彼に唇(くちびる)を押しつける。その時、すぐ傍(そば)まで走って来た黒ずくめの男たちのしゃべり声が聞こえた。
「おい、どこ行ったんだ? 見失(みうしな)ったらやばいぞ。お前たちは向こうへ行け」
 男たちは方々(ほうぼう)に散(ち)らばって駆(か)けて行った。彼女は義之から離れると、走り去る男たちを目で追った。キスをされた義之は目を丸くしていた。完全に目が覚めたようだ。
「あ、あの…。い、今のは、ど、どういうこと…」と、しどろもどろになっている。
「気にしないで。あたし、悪い人たちに追われてるの。ねえ、駅はどっち?」
「あっ、それなら、僕もそっちへ行くところで…」
 彼女は義之の手をつかむと、「案内して。あたし、行かなきゃいけない所があるの」
 義之と女の子は同じ電車に乗っていた。彼女がお金を持っていなかったからだ。義之は横に座っている彼女を見た。眠ってしまったようで、義之の方へもたれかかっている。
 義之は自分の唇に指(ゆび)を当てた。さっきのキスの感覚がまだ残っている。義之は彼女のことが気になりだした。そっと彼女のサングラスをはずしてみる。彼女の顔立(かおだ)ちは整(ととの)っていて、とても可愛(かわい)らしく見えた。どうやら、年下みたいだ。
 義之が彼女の顔を眺(なが)めていると、周りにいた女学生がひそひそと囁(ささや)きだした。彼女が目をさます。サングラスがないことに気づくと、慌(あわ)てて手を頭の方へ…。その拍子(ひょうし)に、かぶっていたキャップが床に転がった。次の瞬間、彼女の肩へ真っ黒な黒髪がはらはらと落ちてきた。それを合図(あいず)に、彼女は女学生たちに囲(かこ)まれてキャーキャーと大騒(おおさわ)ぎになった。ちょうど電車が停まって、扉(とびら)が開く。彼女はキャップをつかむと、人をかき分けて電車から飛び降りた。義之も慌てて後を追いかける。何とか外へ出ると、電車は走り去って行った。
 二人は空港にいた。彼女が行かなきゃいけないと言った場所だ。彼女は搭乗口(とうじょうぐち)の近くで誰かを見つけると、一人で駆け出した。義之はその場から動けなかった。こっから先は、行かない方がいいと思ったのだ。彼女は男性の前で立ち止まり、見つめ合う。何を話しているのか義之には分からなかった。でも、恋人なのだろうと想像(そうぞう)はつく。しばらくして、男性は搭乗口へ歩き出した。彼女は男性が見えなくなるまで見送っていた。義之は彼女から目をそらす。何だか彼女が泣いてるみたいで…。彼女が戻ってくると、
「ありがとうね。こんなとこまで付き合わせちゃって」彼女はサングラスをはずし、「でも、あなた、あたしのことほんとに知らないの?」
 義之は首を傾(かし)げて、「ああ…、うん。君はどういう娘(こ)なんだい?」
 彼女はにっこり笑うとサングラスをかけて、「よかった。あなたみたいな人がいてくれて」
<つぶやき>彼女の正体は何なのか? 彼がそれを知ることになるのはもう少し後のこと。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

2013年11月17日

「残されたもの」

(再公開 2017/09/11)
 ある資産家が亡くなった。彼は良き家族を持っていたようで、世間で言う遺産争(いさんあらそ)いにはならなかった。でも、それはきちんとした遺言書(ゆいごんしょ)が作られていたからだろう。
 それが見つかったのは、葬儀(そうぎ)も終わり、彼の家族が遺品(いひん)の整理をしていた時のことだ。それは本の間に挟(はさ)まっていて、茶封筒にきれいに折りたたまれて見つかった。それには意味不明の文字や絵がびっしりと羅列(られつ)されていた。封筒には<我が良き家族へ>と書かれている。そこにいた家族はみんな頭をかかえた。もしかしたら、まだ他に遺産があるのかもしれない。その隠し場所がここに書かれているのでは…。実際、彼の資産がどれだけあったのか、家族は誰も知らない。だから、そう思う者がいても不思議ではないのだ。
 そこで家族たちは相談した。もしお宝が見つかったらみんなで折半(せっぱん)することを条件に、彼らは探偵を雇(やと)うことにした。最も信用があって、頭の切れそうな探偵を――。
「これが、問題の…」探偵はそれを見るなり口を閉じた。何事かを考えているように、じっとそれを見つめる。隣にいた助手が口を挟んだ。
「これが暗号なんですか? これだけじゃ、何が何だか分からないわ」
 探偵は笑みを浮かべると助手に呟(つぶや)いた。「さっぱり分からん。君の言う通りだ」
 落胆(らくたん)している家族を前に探偵は言った。
「亡くなった方のことを教えていただけませんか? そこにヒントがあるかもしれない」
 家族の話をまとめると、茶目(ちゃめ)っ気たっぷりの人で、いつもみんなを煙(けむ)に巻いて楽しんでいたそうだ。探偵はますます頭をかかえた。残されていた遺品すべてを調べてみたが、謎を解く鍵は見つからなかった。探偵は家族の前でおもむろに言った。
「もう少し時間をいただけませんか。これを持ち帰って、じっくりと…」
 家族たちの顔には失望(しつぼう)の色が出ていた。探偵は仕方なく、
「でも、一つだけ分かったことがあります。これには家族に対する感謝の気持ちが込められていました。よく見ると、この中にはアリが10匹、描かれています。つまり――」
「ありがとう?」助手が思わず呟いた。「だじゃれですか?」
 探偵はそれを助手に押しつけて、話を続ける。「そうです。これはまさに、そういうことなんです。最後の最後まで、皆さんを楽しませようとされたのではないでしょうか」
 家族たちはなるほどと、腑(ふ)に落ちたようだ。探偵はさらに調査を続けると約束して、その家を後にした。家を出てからも、助手はそれを首を傾(かし)げながら見つめていたが、
「先生、変ですよ。あたし、何度も数えてみたんですが、この中にアリが12匹いるんです。これって、どういうことなんですか?」
 探偵は助手からそれを取り上げると言った。
「いいんだよ、そんなことは。それより」探偵はポケットから小さな手帳を取り出して、
「遺品の中でこれを見つけたんだ。この中にも、同じ絵が描かれていた」
「先生、黙って持って来ちゃったんですか? そんなことしたら…」
「人聞きの悪いことを…。ちょっと拝借(はいしゃく)しただけだ。これも依頼人のためだろっ」
「そんなこと言って。お宝を一人占(ひとりじ)めしようって…。ダメですよ、そんなことしちゃ」
<つぶやき>探偵も生きていくにはお金が必要なんです。でも、猫ババはダメですからね。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

2014年03月12日

「待ちきれない」

(再公開 2017/09/19)
 彼女は待っていた。彼の口からプロポーズの言葉が出るのを…。でも彼は、何か言いたそうな素振(そぶ)りは見せるのだが、肝心(かんじん)なことになるとまるっきりダメなのだ。彼女にはそれがもどかしかった。――思い起(お)こせば、彼が告白しようとしたときも…。なかなか言い出してくれないから、仕方(しかた)なく彼女のほうから、
「あなたのこと好きかも…。私たち、付き合わない?」って言ってしまった。
 だからこそ、プロポーズは彼の方からしてほしい。彼女はそう思っていた。今日のデートでも、言うチャンスはたくさんあったはずだ。それに、今日は特別な日。彼だってそれが分かってて、こんな素敵(すてき)なレストランを予約したはずよ。なのに…。
 食事も終わりに近づいていた。デザートが運ばれて来て、二人の前に並べられる。彼女は小さな歓声(かんせい)をあげて、彼に笑顔を向ける。でも内心(ないしん)では、
「さあ、今よ。今でしょ。今言わないで、いつ言うのよ!」
 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、彼は美味(おい)しそうにデザートを頬張(ほおば)った。彼女は小さく溜息(ためいき)をつき、デザートを口にする。美味しいはずなのに、ちっとも美味しく感じないのはなぜ…。今日、プロポーズしてくれるんじゃないの?
 もう帰らなきゃいけない時間が迫(せま)っていた。彼も時計を気にしはじめた。二人の会話も途切(とぎ)れ途切れになり…。彼女は彼を見つめて、意味深な微笑(ほほえ)みを浮かべる。そして心の中で呪文(じゅもん)のように何度も呟(つぶや)いた。
「これが最後よ。言いなさい。プロポーズ、プロポーズ、プロポーズ…」
 きっと心の声が顔に出てしまったのだろう。彼は心配そうに彼女の顔を見て言った。
「大丈夫? お腹(なか)でも痛いの?」
 彼女は我(われ)に返って、「えっ、いや…。何でもない、何でもないわよ。別に…」
「だって、眉間(みけん)にシワ寄せて、苦しそうに見えたんだけど…」
 彼女は思った。こいつ、プロポーズする気なんてないんだ。期待した私がバカだったのよ。あーっもう、せっかくの記念日なのに――。
 二人は店を出ると、駅へ向かって歩き出した。彼女はどうやらご機嫌(きげん)ななめのようで、俯(うつむ)き加減(かげん)で黙(だま)って歩いていた。彼の方も、ポケットへ手を突っ込んでスタスタと…。ほどなくすると駅前に到着(とうちゃく)した。ここで二人は別れることとなる。
 彼女は彼の顔を見るでもなく手を上げて言った。「じゃ、またね」
 彼女の顔には、いつもの笑顔はなかった。足取りも重く、彼女は改札へ向かって歩き出す。すると、すぐに彼が彼女を呼び止めた。彼女が振り向くと、彼は指輪の箱を差し出して叫んだ。「あの…、ぼっ、僕と、け、けっ――」
 彼女は顔を真っ赤にして駆(か)けて来ると、慌(あわ)てて彼の口を押さえて小さな声で、
「ちょ、ちょっと…。こんなとこで、それはないでしょ。みんなが見てるじゃない」
 確かに駅前である。遅い時間でも人通りはある。彼はそこまで目に入らなかったようだ。
「ごめん。でも、今しかないと思って…。僕と、結婚してく――」
 彼女はキスで彼の口を塞(ふさ)ぐと、彼の耳元で囁(ささや)いた。
「もう、帰りたくなくなっちゃうじゃない。どうしてくれるのよ」
<つぶやき>恋は盲目(もうもく)にするものなのです。恋人たちの邪魔(じゃま)だけはしないようにしましょ。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

2014年05月03日

「禁断の場所」

 町外れに、大きくて立派(りっぱ)な屋敷(やしき)が建っていた。だが手入れをしていないようで、柵(さく)が壊れていたり、屋敷の雨よけの戸が外(はず)れかけていたり、広い庭園(ていえん)も雑草がはびこっていた。まるで廃墟(はいきょ)のようで、人が住んでいるようには見えなかった。
 この屋敷を外から覗(のぞ)いている姉妹(しまい)がいた。姉が妹の手を引っ張って、
「もう帰りましょ。こんなところに住んでる人なんかいないわよ」
 妹は動こうとせずに答えた。「あたし見たのよ。昨日の夕方、明かりが点いてたわ」
「見間違(みまちが)いよ。ここからじゃ、草が邪魔(じゃま)をして家の窓(まど)なんか見えないじゃない」
「ほんとに見たの。こっちよ、柵が壊れているところがあるの」
 妹は、今度は逆(ぎゃく)に姉の手を引っぱって駆(か)け出した。――妹が言う通り、柵が壊れていて子供が入れる隙間(すきま)があった。妹はするりとそこを抜(ぬ)けて中へ入る。姉はためらって、
「ダメよ、勝手(かって)に入ったら怒(おこ)られるわよ。戻って来なさい」
「心配(しんぱい)ないわよ。人なんか住んでないんでしょ? あたしひとりで行ってくるわ」
 妹は屋敷の方へ歩き出した。姉は、ほっとくわけにもいかず、隙間を何とかくぐり抜けて妹の後を追いかけた。――草をかき分けてしばらく行くと、開けた場所に出た。目の前に、大きな屋敷が飛び込んで来た。二人は顔を見合わせて、屋敷の壁際(かべぎわ)まで駆け出した。そして、壁づたいに一つ一つの窓から中を覗いて見る。人の気配(けはい)はなかったが、でも思ったより部屋の中は整然(せいぜん)としていた。玄関までたどり着くと、姉は呼鈴(よびりん)を探してみた。でも妹の方は、玄関の扉(とびら)に手をかけた。扉は鈍(にぶ)い音を立てて動き出す。姉は驚いて声をあげた。
「何してるのよ。もし誰か住んでたらどうするの」
 妹は唇(くちびる)に人差し指をあてて静かにするように合図(あいず)をすると、扉から頭を突っ込んで家の中を覗いて見た。屋敷は中世の洋館という感じで、がらんとしていて骨董品(こっとうひん)らしきものがあちこちに飾られていた。耳を澄(す)ましていると、どこからか低く唸(うな)るような音がかすかに聞こえてきた。妹は思わず屋敷の中へ――。二人は音のする方へ歩き出した。
 ――その部屋には、複雑に組み立てられた機械(きかい)が並んでいた。色とりどりのランプが点滅し、火花を散らしながら、まるで呼吸(こきゅう)をしているように音を立てていた。
「さあ、やっと完成(かんせい)だ。今までさんざんわしをバカにしてきた連中に、吠(ほ)え面(ずら)をかかせてやる。わしの考えが正しかったことを見せつけてやるんだ」
 白髪(しらが)まじりの頭で、白衣(はくい)を着ている男が高笑いをした。その様子(ようす)を廊下(ろうか)の窓から覗いているのは、あの姉妹だ。男は機械を愛(いと)おしそうに触(ふ)れながら呟(つぶや)いた。
「さあ、始めよう。お前がいてくれて本当に助かったよ。電球(でんきゅう)を替(か)えるときに梯子(はしご)から落ちるなんて、まったくドジな話しだが…。おかげで、わしの研究(けんきゅう)を完成させることができる。最後の最後まで、わしのために…。さあ、わしがお前に命(いのち)を吹(ふ)き込んでやる」
 その時、姉妹が悲鳴(ひめい)をあげた。機械の中に人の姿を見つけたのだ。いくつものコードで機械につながれていた。悲鳴を聞いて、男は侵入者(しんにゅうしゃ)に気がついて叫(さけ)んだ。
「誰だ! 出て来い! ここから逃(に)げられると思うなよ。実験台(じっけんだい)にしてやる」
 姉妹は恐怖(きょうふ)に駆られて走り出した。玄関から外へ逃げようとしたが、どういうわけか扉はびくともしなかった。足音が静かに、だが確実(かくじつ)に二人に近づいて来ていた。
<つぶやき>二人は逃げることが出来るのでしょうか? きっと逃げ道はあるはずです。
Copyright(C)2008-2017 Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

2017年01月22日
» 続きを読む