読切物語

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読切物語

「結婚の条件」

(再公開 2017/02/24)
 高級ホテルで開かれたパーティー。ここに集まっているのは、いずれも劣らぬセレブな人たちばかりだ。高級ブランドで着飾った人たちは、その会話もハイセンスで綾佳(あやか)たちには全くついていけなかった。
「ダメだわ。何話してるのか全然(ぜんぜん)分かんない」愛実(まなみ)が呟(つぶや)いた。
 ミヤコは綾佳に駆け寄り泣きついた。「ねえ、もう帰ろうよ」
「何言ってるの。せっかく招待状を手に入れたのに、このまま手ぶらで帰れるわけないでしょ。ちまちまと婚活やるより、ここで一発逆転ホームランを打つって決めたじゃない」
「そうだけど…。私たちにはやっぱりハードルが高すぎるわよ」
「適当(てきとう)に相づちうって、笑ってれば大丈夫よ。向こうだって同じ人間なんだから」
「ねえ、あの人見て」愛実が二人に近づきささやいた。
 愛実が指さした先には、ちょっと風変わりな男がいた。全く時代後れのスーツを着て、誰かと会話をすることもなく会場内をフラフラと歩いている。しばらく見ていると、女性の後ろに回ってじっと何かを見つめているようだ。
 ミヤコが信じられないという顔をして、「ねえ、あの人お尻を見てるんじゃない」
「そうよ。絶対、間違いないわ」愛実が決めつけるように言った。
「ちょっと、そんなのほっときなさいよ」
 綾佳は二人の手を取り言った。「あたしたちには、やるべきことがあるでしょ」
「あっ、やばいやばい」愛実が二人に耳打ちする。「こっちへ来るわよ」
 綾佳が見たときには、男は三人の間近に迫っていた。綾佳たちはなすすべもなく、じっと男が去って行くのを待った。だが、男は彼女たちの周りをゆっくりとまわり始めた。間違いなく、彼女たちのお尻を見比べているようだ。
 たまらなくなった綾佳が、男の前に立ちはだかって言った。
「ちょっと、さっきから何してんのよ」
 男は少しも動ずることなく、綾佳の顔をじっと見つめた。綾佳も負けずに、と言いたいところだが、内心はドキドキ状態である。
「何を怒っておられるのですか?」男は礼儀正しくささやいた。
「別に怒ってなんか…。ただ、ジロジロ見ないで下さい」
「ああ、それは失礼しました。私、お相手を捜しておりまして」
「捜すって何よ。あそこを見てるだけじゃない」
「あそこ? それは申し訳ない。我が家の家訓(かくん)なんです。美しいお尻の女性を妻とせよ」
「何なのよ。そんなんで結婚を決めようってわけ」
「いけませんか? あなた方だって、男性の顔で決めてるじゃありませんか」
「あたしは違うわよ。そんなんで決めてないわ」
「それは頼もしい」男はにっこり笑って、「ぜひ、私とお付き合い願えませんか」
「はぁ? 何なんですか。もう、いい加減にして下さい」
「実は、あなたのお尻がいちばん美しいものですから」
 綾佳は男の目を見すえて言った。「あなた、年収はいかほどかしら?」
<つぶやき>伝統と格式ある家では、信じられない条件で嫁を決めているのかもしれない。
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2012年08月10日

「ライバル出現」

(再公開 2017/05/08)
「あたし、今日は帰りたくないな~ぁ」
 智子(ともこ)のこの甘い言葉で、今までしぶっていた紀夫(のりお)の気持ちがぐらついた。そして、ついに智子は彼のマンションへお邪魔することに…。この日をどれだけ待ったことか。
 紀夫は真面目で優しくて、性格は申し分なかった。仕事だって堅実(けんじつ)な会社で、年収も悪くはない。顔は美男子とまでは言えないが、全てがそろっている男なんてそうそう見つかるはずはないし、白馬の王子が現れるなんてあり得(え)ない。智子は現実的な女なのだ。
 あと、確認すべきことは彼の私生活だ。外面(そとづら)だけ良い男はいっぱいいる。変な趣味をもっていたり、妙なこだわりのある男だと、結婚したあと苦労することになるかもしれない。それを見きわめるには、彼の部屋を覗(のぞ)くのが一番いいのだ。それも、不意打(ふいう)ちで…。まさに、今日がその日になったわけだ。お泊まりの準備も万全だし、どういう状況になっても大丈夫。彼女は、準備を怠(おこた)らない女でもある。
 彼のマンションは悪くはなかった。彼の年収から考えても、背伸びをせずに経済観念(けいざいかんねん)もしっかりしている。部屋の中は予想以上に奇麗に片づいていた。ここまできっちりしていると、何だかこっちも気分がいい。彼がお茶の支度をしている間、智子は部屋の中を見渡した。どうやら、いかがわしいものはなさそうだ。でも、そういうものは人目につく場所には置かないもの。結論を出すのは早すぎるわ。
 二人は、たわいのない話でしばらく談笑(だんしょう)した。そのうち、何となく無口になって、お互いの目と目が合う。何となく良い雰囲気。彼が少しずつ近寄って来て、どちらからともなく、顔を近づける。まさにその瞬間、部屋の中が真っ暗になった。
「なに? どうしたの? いやだ」誰もがする反応を智子はした。
「あれ? 停電かな。ちょっと待ってて」
 紀夫はそう言うと手探りで彼女から離れて行った。彼はすぐに懐中電灯をつけると、ブレーカーを確認したり、動揺する様子もなかった。けっこう頼もしいんだ。智子は彼の知らなかった一面を見ることができた。これは、収穫である。彼はそのまま外へ出ていった。
 外の方から彼の声が聞こえた。「やっぱり停電だよ。真っ暗になってる」
 その時だ。智子は部屋の中で何かが動く気配を感じた。それが、だんだん近づいて来る。智子は悲鳴をあげた。それを聞いた紀夫か駆け込んでくる。彼の持つ懐中電灯の灯りで見えたのは、小学生くらいの女の子。智子は一瞬こおりついた。子供がいたなんて…。
 彼は笑みを浮かべて、「どうしたの? しずちゃん」
 女の子はほっとしたような顔で、「真っ暗になっちゃって、それで…」
「そうか。お母さん、まだ帰って来てないんだ。それじゃ、怖かったよね」
 女の子は智子を見て言った。「このおばちゃん、だれ?」
「ああ、このおばちゃんはね」と言って紀夫は慌てて訂正した。「このお姉さんは、智子さんっていうんだよ」紀夫は智子に、「この子は、隣に住んでる子で…」
 女の子はしっかりとした口調で言った。「あたしは、のり君のお嫁さんの静恵(しずえ)です。のり君のこと、誘惑(ゆうわく)しないでください。お・ば・ちゃ・ん」
<つぶやき>思いもよらない展開。もしかすると、この子の母親も彼を狙っているのか?
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2012年11月23日

「約束」

(再公開 2017/05/17)
「誰? そこにいるのは誰なの?」
 私はかすんだ目をこすった。だんだんはっきり見えてくる。そこには、お下げ髪の女の子が立っていた。私のほうを向いて、必死に手を振り何かを叫んでいる。私は、はっとした。それは、紛(まぎ)れもなく私。小学生の私の姿だった。
 そこで、私は目が覚めた。何でこんな夢を見たんだろう。きっと、あれよ。小学校の同窓会のはがきが届いたからだ。私は髪をかきむしった。
 一ヵ月後、私は静岡のとある町に降り立った。もちろん、明日の同窓会に出席するためだ。この町に来たのは十年ぶり。小学五年の時に引っ越して、それ以来一度も訪れたことはなかった。町を歩いていると、何となくその当時の記憶がよみがえってくる。町の様子も、ほとんど変わっていないように思えた。
 駅から少し離れたところにある民宿。確か、ここには同級生の男の子がいたはずだ。私はどんな子だったか思い出そうと、民宿の前でしばらく立ち止まっていた。そこへ突然、
「さゆりちゃん? さゆりちゃんだよな!」
 私は驚いて振り返る。そこに立っていたのは、真っ黒に日焼けした男性。彼は有無も言わさず私の手を取り、力いっぱい握(にぎ)りしめた。
「ほんと久しぶりだよな。俺のこと、覚えてる?」
 民宿に落ち着くと、彼は私のことはお構いなしにまくしたてた。「もう、予約の名前見て、もしかしたらって、思っちゃったよ。で、何しに来たの? まさか、俺に会にとか?」
「何言ってるの。違うわよ」
 私は少し怒った顔で言った。何だか昔に戻ったようだ。この子、お調子もんで、いつも女の子にちょっかい出してたっけ。「同窓会よ。明日、あるんでしょ」
「同窓会?」彼はキョトンとして首をひねった。「そんなの、知らないな」
 私は案内のはがきを出して、「ほら、明日になってるでしょ」
「えっ! 俺だけ除(の)け者かよ」彼ははがきを手に取り見ていたが、突然大声を出して、
「嘘(うそ)だろ、この幹事って――。亡くなってるんだけど」
「えっ、どういうこと?」
「だから、この中村宏(なかむらひろし)だよ。五年前に病気で死んでるんだ。俺、葬式(そうしき)に行ったし」
「やだ…。そうなの? 何で、私のところに…」
 中村宏。私はどんな子だったのか、まったく思い出せなかった。
「ほら、いただろ。体育の授業で、いつも見学してたやつ。けっこう学校も休んでたから、思い出せないのも無理ないけどな」
 私は、彼の言葉でふっと記憶がよみがえってきた。私、中村君と約束したことがあった。何でそんな約束したのか分からないけど…。二人で富士山に登ろうって。中村君から言ってきて。私、いいよって。一緒に登ろうねって。軽い気持ちで約束した。何で中村君、そんなこと言ってきたんだろう。もしかしたら…。私、決めた。富士山に登ろう。私は、お調子もんの彼に手伝ってもらって、富士山頂で同窓会を開くことにした。
<つぶやき>子供の頃、誰かと約束してませんか。今からでも、約束を果たしましょう。
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2012年12月07日

「恋に恋して」

(再公開 2017/05/26)
 好きなのに好きって言えない。とっても簡単な言葉なのに、それを言ってしまうと壊(こわ)れてしまいそうな、そんな気がして…。私は、いつまでもうじうじしていた。
 彼とは友だち。の、はずだった。でも、いつからか意識し始め、気がつけば、彼のことをずっと見ていた。彼は、そんな私のことなんてまったく気づいていないみたい。そんなこと当たり前のこと。私と彼の間には、ものすごく距離があるの。それを縮(ちぢ)めることなんて、今の私にはとても無理だわ。
 私は親友に相談してみた。彼女は、とってもさばさばしていて、思っていることは何でも言ってしまう。私とはまったく真逆(まぎゃく)な性格をしていた。今までもいろんな悩みを聞いてくれたし、私のことをいつも励(はげ)ましてくれていた。
 彼女は私の言うことを黙って聞いてくれて、
「何だ。そんなの、訊いてみればいいじゃない」
「そ、そんなこと訊けないよ。もし、私のこと好きじゃなかったら…」
「それを確かめるんでしょ。でなきゃ、いつまでもスッキリしないままよ」
「そうだけど…。でもね、でも……」
「もう、しょうがないな。あたしが訊いてきてあげる。あんたのこと、どう思ってるのか」
 翌日。彼女は私のところへ来て言った。
「彼ね。他に好きな人がいるんだって。だから、あんたとは付き合えないって」
 私は、何だがホッとしたような…。だって、もし彼と付き合うことになったら、どうしたらいいかまた悩んでしまいそうで。これで、よかったのよ。
 それから一ヵ月後。私は他の友だちが話しているのを聞いてしまった。私の親友と彼が付き合ってるって。私は、自分の耳を疑ってしまった。だって、彼には他に好きな人がいるって――。それって、彼女のことだったの?
 私は確かめようと、彼女に会いに行った。でも、そんなこと訊けないよ。私はまたうじうじうじうじ。結局、何も訊けなかった。それからというもの、私は彼女を避けるようになってしまった。彼女の方も…。
 私は、こんなことで親友をなくすなんて。それもこれも、私のはっきりしない性格のせいよ。私は、いつも他の人に頼ってばっかり。こんなんじゃ、いつまでたっても恋なんてできないわ。自分のことは自分で何とかしなきゃ。でも、そう簡単に自分の性格を変えることなんてできそうにない。
 私は一人でいることが多くなった。今日もひとりでランチ。もう慣(な)れてしまったというか、開き直ったと言ってもいいかも。さあ食べようって思ったとき、私は声をかけられた。
「あの、ここいいですか?」
 顔をあげると、そこには見知らぬ男性。私に微笑みかけている。これって…。
「すいません。ここしか、あいてないものですから」
 何だ。そういうことね。私は、愛想(あいそ)笑いをしてしまう。ああ、私も恋がしたい。もう、うじうじなんてしてられないわ。
<つぶやき>出会いはどこに転がっているか分かりません。チャンスは逃がさないように。
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2012年12月21日

「また明日」

(再公開 2017/06/04)
 三年付き合っていた彼が突然いなくなった。何の前触(まえぶ)れもなく。別れぎわに、また明日って言ってたのに。これって、どういうことよ。あたし…、捨てられたってこと。
 彼と最後に会った日のことは今でも覚えてる。仕事帰りに二人で待ち合わせ。いつものお店で食事して、たわいのない話で盛り上がる。いつもと変わらない、全然、まったく別れ話なんかなかったし、喧嘩(けんか)だってしてないでしょ。なのに、どうして?
 次の日、メールして。返信がなかったけど、仕事が忙しいんだなって思ってた。夜になって電話して。つながらなかったけど、まだ仕事なのかなって…。そういうことって、今までだってあったから。それに、彼って、そういうのマメじゃないし。
 でも、三日たっても連絡がなくて。さすがのあたしも、変だなって思った。それで、彼の会社に電話してみた。そしたら、彼、会社辞(や)めてたの。辞めた理由を訊いてみたら、一身上(いっしんじょう)の都合(つごう)ですって。それって、何よ。まったく分かんない。
 あたし、彼のアパートへ行ってみたわ。そしたら、誰もいなくて。たまたま顔を合わせた隣の人に言われちゃった。二、三日前に引っ越したって。あたし、目の前が真っ暗になったわ。もう、笑うしかないじゃない。あたしは、何度も何度も、彼の携帯に電話した。何度かけたって、電源が入ってないってそればっかし。
 あたし、一人で考えてみたわ。あたしが捨てられた理由。でも、いくら考えたって、そんなの思いつかないわよ。あたしの、何がいけなかったの。いなくなる前に、教えてほしかったわよ。もうダメ。これ以上一人でいたら、あたしどうにかなっちゃう。無性(むしょう)に淋(さび)しくて、叫びたくなるくらい腹が立った。
 あたしは友だちに電話した。誰かに聞いてもらわないと、あたしおかしくなりそう。友だちは慰(なぐさ)めてくれたわ。そんな身勝手(みがって)な男のことなんか忘れなさいって。別れて正解だったのよ。ほんと、そうかもしれない。でも、でもね。あたしもそうしようと思ったわよ。思ったけど、どうしても心のどっかに彼のことが引っかかってるの。このままじゃ、あたし前へ進めない。仕事も手につかないし。
 今、あたしは彼の実家へ向かっている。興信所(こうしんじょ)で調べてもらったの、彼のことを。そしたら、彼の居場所(いばしょ)が見つかったわ。一ヵ月ぶりの再会。彼には、言いたいことが山ほどある。でも、その前に一発ぶん殴(なぐ)ってやる。それくらいのこと、許されるはずよ。
 地図を見ながらあたしは歩く。――何なのここは。畑ばっかりで、家なんでどこにあるのよ。道を訊こうにも、人なんかまったく歩いてないじゃない。彼が、こんな田舎で育ったなんて、まったく知らなかった。あたし、彼のことどこまで知ってたんだろう。
 遠くの畑で働いている人影を見つけた。あたしは、その人の方へ歩いて行く。これでやっと道を訊くことができるわ。だんだん近づくにつれて、あたしはハッとした。その人の背格好(せかっこう)、身体つき…。そして、帽子の下で見え隠れする顔。あたしは足を止めた。それは、間違いなく彼だった。あたし、身体が震えたわ。頭へ血がカーッとのぼって…。
 あたしはゆっくりと彼に近づく。あたしを見つけた彼の顔は、ハトみたいに口を開けちゃって。あんなに言いたいことがあったのに、あたし何も言えなくなっちゃった。
<つぶやき>人生は出会いと別れの連続です。悔いのないように、一期一会(いちごいちえ)で生きましょ。
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2013年01月04日

「赤い靴」

 初対面(しょたいめん)の人との待ち合わせほど難(むずか)しいことはない。僕はどうしたらいいんだ、相手の顔も知らないし…。僕が教えてもらったのは、待ち合わせの日時と場所、そして赤い靴(くつ)をはいてくるらしいってことだけ。――らしいって何だよ。まったくいい加減(かげん)な奴(やつ)だ。
 そいつは僕の友だちなんだけど、僕に良い娘(こ)紹介(しょうかい)するからって言っておきながら、急に行けなくなったって、メール一本ですませやがって。僕は、どうやってその娘(こ)を見つけるんだよ。赤い靴はいてる女は一人だけじゃないんだぞ。
 僕は、ふと考えた。その娘(こ)は僕のことなんて聞いてるんだろう? 僕は友だちの顔を思い浮(う)かべた。あいつか、僕のこと良く言うことがあるんだろか…。そもそも、何であいつから彼女を紹介されなくちゃならないんだ。――でも、その話に乗ってしまう自分って…、なんか情(なさ)けないというか、なんというか…。
 ひょっとして、その娘(こ)はかなりの不細工(ぶさいく)で、僕よりも年上で、しかも…。ああああ、考えるだけで気が滅入(めい)ってくる。もう、帰ろうかな? 僕は時計を見た。そろそろ待ち合わせの時間だ。僕は辺(あた)りをぐるりと見回してみた。赤い靴の女は――。
 その時だ。後ろから声がした。「あの、小林(こばやし)さんですよね」
 その声は低くかすれていて、もごもごしていた。僕はイヤな予感(よかん)がした。振(ふ)り返ってみると、そこにいたのはマスクをつけた女の子。――えっ、この娘(こ)、絶対(ぜったい)に年下だよな。それに、ちょっとかわいいかも…。彼女はうつむき加減で僕に言った。
「ごめんなさい。お兄ちゃんに風邪(かぜ)をうつされちゃったみたいで…」
「お、おにいいちゃん…?」お兄ちゃんって誰のことだよ????
「あれ、聞いてないんですか? もう、お兄ちゃんったら、なにやってるのよ…」
 彼女はちょっと怒(おこ)った顔をした。マスクをしてるから顔はよく見えないけど、そんな感じがした。――それもまた、嫌(きら)いじゃないかも…。彼女は上目遣(うわめづか)いに僕に言った。
「あたし、安西幸太(あんざいこうた)の妹(いもうと)です」
 幸太の…、あいつの妹! 僕は思わず叫(さけ)びそうになった。そういえば、あいつの家に行ったとき会ったことが…。でも、まったく印象(いんしょう)に残っていなかった。
 ちょっと待て…、こんな娘(こ)だったっけ…?
 僕が考え込んでいるのを見て、彼女はマスクをはずして言った。
「覚えてませんか? 前に会ってるんですけど…」
 僕はあいまいに笑って答えた。「ああ、そういえば…、そうだよね、あのとき…」
「いいんですよ、覚えてなくて当然(とうぜん)です。あたし、まだ子供でしたし…」
「ごめんね。今日は、幸太の代わりに来てくれたのかな? あいつ、そんなことひと言も」
 彼女の顔が一瞬(いっしゅん)くもった。彼女はひとり言のように呟(つぶや)いた。
「そうですよね、急にそんなこと…。でも、遠(とお)くへ行っちゃうって聞いたから…」
「遠くへ? えっ、僕が? いや、遠くへ行く予定(よてい)は…」
「違うんですか? だって、お兄ちゃんが、もう会えないかもしれないって…」
「そんなことは…。会おうと思えばいつでも会えるけど…」
「よかった……」彼女はそう言った途端(とたん)、僕の方へ倒(たお)れ込んできた。
<つぶやき>一目惚(ひとめぼ)れってやつですか。彼女の思いが届(とど)くといいんですが…。どうでしょ?
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2016年09月25日
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