「気になるもの」

 彼女は、おしゃべりしている間(あいだ)も彼のことを観察(かんさつ)していた。そして、いつもと違(ちが)う彼の様子(ようす)に、疑惑(ぎわく)を感じはじめた。彼女は、心の中で自問自答(じもんじとう)する。
 どうしたのかしら…。いつもなら私の話しをちゃんと聞いてくれるのに、生返事(なまへんじ)ばっかりで心ここにあらずって感じ…。私と目を合わせようともしないなんて…。もしかして、他に気になることでもあるのかしら…。
 彼女は、「どうしたの? 今日は…、楽しそうに見えないけど…」
 彼がこの問(と)いにどう答(こた)えたのか。それは誰(だれ)が考えても分かることだ。どう答えたのかは問題(もんだい)ではない。彼は明らかに動揺(どうよう)していた。彼のしゃべり方、ちょっとした仕種(しぐさ)で彼が何かを隠(かく)していることは明白(めいはく)だ。彼女はその確信(かくしん)を得(え)た。彼女はまた自問自答を始める。
 私に知られたくないことがあるのかしら? もしかして…、浮気(うわき)?! 私のほかに女ができたとか…。いやいや、そんなはずないわ。だって、彼には浮気するような度胸(どきょう)なんてないはずよ。私に告白(こくはく)してきたときだって、真っ赤な顔をしてしどろもどろだったじゃない。そんな人がよ、他の女に手を出すなんて――。でも、待って…。もし…、もしもよ、女の方から迫(せま)ってきたとしたら…。彼、優(やさ)しいから…。断(ことわ)りきれなくて、ずるずると…。いやいや、それはないわよ。だって、彼のこと好きになる女なんて――。ああっ、私、なに考えてんのよ。そんなこと言ったら、彼と付き合ってるこの私は…。今のは訂正(ていせい)よ。彼のこと好きになる女はいるはずよ。そうでなきゃいけないわ。
 彼女はずばりと訊(き)いた。「何か隠(かく)してるでしょ。私に言えないことあるんじゃないの?」
 彼がそれを認(みと)めるはずはない。きっぱりと否定(ひてい)した。しかし、彼女の疑惑は晴(は)れることはなかった。彼女の自問自答は迷宮(めいきゅう)に入ってしまったようだ。
 何よ…、何なのよ。この言い方…。まるで、自分が正しくて、私が変なこと言ってるみたいな――。何か、腹立(はらた)つわ。へらへらと笑(わら)ってるとこなんか、ウソついてるとしか思えない。もし隠しごとがあったら、ただじゃすまないから…。
 彼女はさらに切り込んだ。「じゃあ、それを証明(しょうめい)して。私が納得(なっとく)できるように」
 何もないことを証明するとこなどできるわけがない。彼は困惑(こんわく)し、何も答えることができなくなった。彼女の疑惑はとんでもない方向へ進もうとしていた。自問自答が続く。
 何も答えられないんだ。そうよね、やっぱり隠しごとしてるんじゃない。もし浮気だったら許(ゆる)さないから。絶対(ぜったい)、別れて――。ちょっと待って…。浮気じゃなかったら…。他の隠しごとって何かしら? ええっと…、もう、何も思いつかないわ。
 彼女は眉間(みけん)に皺(しわ)を寄せながら、「だったら、私のこと、どう思ってるか答えて」
 これもまた分かりきった答えが返ってきた。告白した相手(あいて)なのだから、当然(とうぜん)といえば当然だ。でも、彼女には何か引っかかるものがあるようだ。彼女は迷宮から抜(ぬ)け出せるのか?
 そうよね…、そんなことは、私だって分かってたわよ。そうでなきゃ、私だって付き合ってなんか…。でも、何か変よ。絶対、何かあるはずよ。
 彼女はため息(いき)をついて、彼の方へ目を向けた。すると、彼は――。彼女の方を向いてはいるが、その目線(めせん)は彼女を通り越(こ)して、彼女の後ろを見ているようだ。彼女はハッとして振(ふ)り返った。そこにあったのは、な、なんと――。
<つぶやき>何でここで終わりなんでしょ? たぶん、作者(さくしゃ)が迷宮に入ってしまったから。
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2019年04月19日