「雪子ちゃん」

 小学生の雪子(ゆきこ)ちゃんが思いつめた顔をして帰って来ると、家の前に可愛(かわい)らしい女の子が立っていました。どうやら雪子ちゃんの帰りを待っていたようです。
 雪子ちゃんは彼女に気づくと、笑顔を見せて駆(か)け寄って言いました。
「わらしちゃん、どうしたの? 東北(とうほく)へ帰ったんじゃなかったの」
「それがね、あたしが居着(いつ)くことにした家の人がね、こっちへ引っ越すことになっちゃって。どうしようかなぁって考えてたら、雪子ちゃんに会いたくなっちゃったの」
「また会えて、うれしいわ。この前、遊(あそ)びに来たのって50年くらい前だったかな?」
 50年前って何だよ、って突(つ)っ込みを入れたくなりますが…。実(じつ)は、彼女たちは人間ではないのです。察(さっ)しの良い人なら分かると思いますが、雪子ちゃんは雪女(ゆきおんな)の娘(むすめ)で、わらしちゃんは座敷童子(ざしきわらし)だったのです。
 雪子ちゃんは、雪女のお母さんと一緒(いっしょ)に人間の住む街(まち)に暮(く)らしていました。中古物件(ちゅうこぶっけん)だけど一戸建(いっこだ)ての家を手に入れて、まあ大変(たいへん)なこともあるけど、それなりに快適(かいてき)に暮らしているようです。お母さんは、人間のことを勉強(べんきょう)させようと、雪子ちゃんを学校へ通わせていました。人間の友だちもいるんですよ。でも、雪女ってことは誰(だれ)も気づいていません。
 雪子ちゃんは、わらしちゃんを家に招(まね)き入れると、ジュースやお菓子(かし)を出して、二人でおしゃべりが始まりました。わらしちゃんが言いました。
「心配事(しんぱいごと)でもあるの? 何か、いつもの雪子ちゃんじゃないわ」
「それがね…」雪子ちゃんはぽつりぽつりと話し始めました。「家庭訪問(かていほうもん)があるのよ。学校の先生がね、家に来るんだって…」
「すごい、まるで人間みたい。でも、大丈夫(だいじょうぶ)なの? 雪女ってばれたら…」
「それは、いいのよ。問題(もんだい)は、お母さんが旅行中(りょこうちゅう)だってこと…。今ね、ヒマラヤに行ってるのよ。何かね、雪男(ゆきおとこ)さんたちと親睦(しんぼく)を深(ふか)めるんだって。要(よう)は合コンよ」
「すごいじゃない。上手(うま)くいけば、新しいお父さんができるじゃない」
「いやよ。あたし、毛深(けぶか)いお父さんなんていらないわ。もう、それはどうでもいいのよ。お母さんがいないってことは、家庭訪問に来てくれないってことなの」
「それは、それでいいんじゃないの?」
「よくないわ。あたしは、他の子と同じように、先生に来てほしいの。だから、誰か、お母さんを頼(たの)める人いないかなって考えてるの」
「だったら、山姫(やまひめ)おばさんに頼んだら? 色白(いろじろ)の美人(びじん)だし、ぴったりじゃない」
「ダメよ。あのおばさん、人を見ると大声で笑って生(い)き血(ち)を吸(す)っちゃうのよ。それに、九州(きゅうしゅう)にいるんだから、来てくれないわよ」
「そうか…。じゃあ、山姥(やまんば)さんは? この近くにもいるんじゃない?」
「山姥さんは、お母さんじゃなくてお婆(ばあ)さんになっちゃうわ」
「なら、ろくろ首(くび)さんに頼めばいいじゃない。絶対(ぜったい)に引き受けてくれるわ」
「やめてよ。わらしちゃんも知ってるでしょ。ろくろ首さんは、緊張(きんちょう)すると首が伸(の)びちゃうのよ。先生の前でそんなことになったら、学校へ行けなくなっちゃう」
「じゃあ、お母さんが帰って来るまで待ってもらったら? それしかないよ」
<つぶやき>人間の世界に妖怪(ようかい)が溶(と)けこむのは大変です。あなたの回りにもいるかもよ。
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2018年02月07日