「明日の私」

 私には、もう一人、〈明日(あした)の私〉がいる。朝になると私を起こしてくれて、今日の忠告(ちゅうこく)をしてくれる。そのおかげかどうか、今まで何事(なにごと)もなく過(す)ごしてこられた。
 でも、何時(いつ)からか私は〈明日の私〉に疑念(ぎねん)を抱(いだ)くようになってしまった。本当にその忠告は正しいのか…。もしかしたら、別の選択(せんたく)があるのではないか…。その気持ちは私の中でだんだん大きく膨(ふく)らみ、自分でもどうすることも出来なくなった。
 そんな時だ。〈明日の私〉がこんな忠告をしてくれた。
「今日は、仕事が終わったら真っすぐ帰るのよ。寄(よ)り道なんかしちゃダメだからね」
 でも、今日は恋人(こいびと)から食事に誘(さそ)われていた。何か大事(だいじ)な話があるって。もしかしたらプロポーズかも…。だから、忠告に従(したが)うことなんてあり得(え)ない。
 ――私は、初めて忠告に逆(さか)らった。仕事が終わると、何時もの待ち合わせの場所へ向かった。人混(ひとご)みの中、私は恋人の姿(すがた)を見つけると小走(こばし)りで彼に近づいた。彼も私を見つけて手を上げた。その直後(ちょくご)、私は彼の後に人影(ひとかげ)を見た。それも、私の知ってる女性――。
 これ、どういうこと? 何で彼女がここに…。私は彼を問い詰(つ)めようとしたが、その前に彼が口を開いた。
「ごめん。今日は、もう一人いるんだ。一緒(いっしょ)に話がしたくて。どこか、入ろうか?」
 私が言葉(ことば)につまっていると、その、もう一人の彼女が口を出した。
「先輩(せんぱい)、ごめんなさいね。あたしは、来たくなかったんだけど、彼がどうしてもって言うから…。もし、先輩がイヤだったら、あたし、ここで待っててもいいのよ」
 この状況(じょうきょう)で…、いくら鈍感(どんかん)な私でも理解(りかい)できた。こいつ、二股(ふたまた)をかけてたのか! 何時からだ? この後輩(こうはい)を彼に紹介(しょうかい)したのは一ヶ月くらい前だから…。ああ、もう!!
 私は彼を睨(にら)みつけた。彼は、私と目を合わせようともしないで言った。
「そういうことで…。君とは、別(わか)れたいんだ。こんなことになって、ほんとごめん。でも、君とはこれからも――」
 私は、思いっ切り彼を引っぱたいていた。そして、彼に背を向けて私は駆(か)け出した。どこをどう歩いたのか、気がついたときには自分の家に戻っていた。――私は後悔(こうかい)していた。何で忠告に従わなかったんだろう。もし、彼に会いに行かなかったら、こんなことになんかならなかったはずなのに…。私は、いつの間にか眠(ねむ)ってしまったようだ。
 翌日、〈明日の私〉は起こしに来てくれなかった。遅刻(ちこく)ぎりぎりで会社に着いた私は、仕事に没頭(ぼっとう)した。そうしないと、イヤなことがどんどん頭の中に浮(う)かんできて、どうにかなってしまいそうだった。
 会社から帰ると、もうクタクタだった。泥(どろ)のように、このまま眠ってしまいたかった。私はベッドにもぐり込むと、目を閉じた。――でも、すぐに私は誰かに揺(ゆ)り起こされた。目を開けると、そこにはもう一人の自分がいた。私は思わず飛び起きて言った。
「ごめんなさい、私が悪かったわ。だから、もう一度――」
 もう一人の自分は、私の頭をなでならが呟(つぶや)いた。「私は、昨日(きのう)のあなたよ。何で、あんな後輩を彼に会わせたのよ。だから、別れることになっちゃったのよ」
<つぶやき>明日の私と昨日の私。あなただったら、どちらの言葉を聞いてみたいですか?
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2017年05月20日