「シャベ友」

 朝から雨が降(ふ)っていた。朝食を終えた二人は、食器(しょっき)を片づけながら言葉(ことば)を交(か)わす。
「雨の日は、憂鬱(ゆううつ)だよね。でも、今日はお休みでもある」
「だから? もう、何なのよ」
「ということは、何をやってもOKだよね」まるで甘(あま)えるように、「ねぇ、遊(あそ)びに行かない?」
「いやよ。雨が降ってるし…。私は、今日は読書(どくしょ)でもするわ」
 この二人、一緒(いっしょ)に住むようになってまだ日が浅(あさ)い。一応(いちおう)、友だち同士(どうし)なのだが、出かけようと誘(さそ)っている娘(こ)の方が、転(ころ)がり込んで来たのだ。まあ、二人で暮(く)らせる広さはあるし、家賃(やちん)も半分出すということでシェアが成立(せいりつ)した。
「そんなのダメよ。せっかくのお休みじゃない。あたし、外で遊びたいなぁ」
「外は雨なのよ。私は、やめとくわ。あなた一人で行けばいいじゃない」
「つまんないよ、一人なんて…。ねえ、雨の日しかできないことしよ」
「はぁ? もう、何なのよ」
「それは…、このまま表(おもて)に飛び出して、ずぶ濡(ぬ)れになって走り回るの」
 この言葉に、聞いていた娘(こ)はごく当たり前の反応(はんのう)を返した。
「なに言ってるの? 子供(こども)じゃないんだから、そんなこと…。いえ、今の子供だってそんなバカなことしないわ。あなた少し変よ。まともな大人(おとな)だったら――」
「いいじゃない。バカなことしたって…」ちょっとふてくされて、ソファに寝転(ねころ)んだ。
 それをなだめるように彼女の頭をなでながら、「ねえ、何かあったの?」
「別に…。何もないわよ。あ~ぁ、つまんない…、ほんとつまんない」
「彼を誘えばいいじゃない。お休みなんだし」
「休みじゃない。あの人、仕事(しごと)なんだって…。もう、ほんとに仕事なのかぁ?」
「あきれた。彼に会えないから無茶(むちゃ)なこと言ってたのね」
「そうよ、いけない? 最近(さいきん)さぁ、あの人…、あたしのこと避(さ)けてる気がする」
「えっ、何かあったの? 喧嘩(けんか)でもしたとか…」
「なにも…、まったく何もない。あたしたち恋人(こいびと)同士なのに、何もないなんてどういうこと? このままじゃ、あたしたち、ただのシャベ友(とも)だよ」
「シャベ友って…」
「だから、会って、世間話(せけんばなし)をして、さようならって…。それだけの関係(かんけい)よ。そこには、好きもないし、愛情(あいじょう)もまったくわかない…。もう、終(おわ)わりなのかなぁ」
「なに言ってるのよ。あんなに、私にのろけてたくせに…。じゃあ、いいわ。出かけましょ」
「ほんと? 一緒に、濡れてくれる?」
「それは、いやよ。私、これでも身体(からだ)が弱(よわ)いの。そんなことしたら風邪(かぜ)ひいちゃうわ」
「何よそれ。まるで、〈私はお嬢(じょう)さまなのよ〉って言ってるみたい」
「言っとくけど、これでも私、ほんとにお嬢さまなのよ。知らなかったでしょ」
「だったら、あたしもお嬢さまよ。今度、ちゃんと証拠(しょうこ)見せてあげるわ」
 二人は、くすくすと笑い出した。この後、二人は出かけて行った。たぶん、ずぶ濡れになることなく帰って来ると思うけど。でも、ひょっとすると――。
<つぶやき>好きなのか、それとも、それほどでもないのか…。どうやって確かめたら…。
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2017年09月13日