「ストレス発散」

(再公開 2017/02/15)
 今や情報技術の進歩は加速の一途(いっと)をたどっていた。コンピュータにも人格がつくられ、人間とのコミュニケーションも対等におこなわれるようになった。もはや人間の道具ではなくなってきているのだ。
 いつもアンズは、自分のパソコンに愚痴(ぐち)をこぼしていた。嫌味(いやみ)な上司のことや、仕事を押しつけてくる同僚。はたまた、わがままな友だちのことなど。たまったうっぷんを吐き出すことで、ストレスを解消しているのだ。そのたびに、パソコンはアンズの気持ちを理解し、同情や励ましの言葉をかけてくれた。
 今日もまた、一通り愚痴をこぼすと、アンズはたまっている仕事に取りかかった。明日までに資料をまとめて、上司に提出しなければいけないのだ。今夜は、徹夜(てつや)になるかもしれない。アンズはため息をついた。
 その時だ。急にパソコンの操作が出来なくなった。キーボードを叩いても、マウスを動かしても何の反応も示さない。アンズはあせった。もし間に合わなかったら、あの嫌味な上司に何を言われるか分からない。アンズはパソコンに話しかけてみた。
「ねえ、どうして動かないのよ。これじゃ、仕事が出来ないわ」
 すると、モニターにアバターが現れた。でも、それはアンズが作った優しい顔のアバターではなく、ちょっと不機嫌な顔の小悪魔姿の女の子。彼女はアンズにため口(ぐち)で言った。
「あのさ、ちょっと買いたい物があんだけど」
 次の瞬間、モニターに通販サイトが映し出された。彼女はその一点を指さして、
「これ、買うからね。いいでしょ」
 アンズはその値段を見て驚いた。「なに言ってるの。そんなの必要ないわよ」
「あたしも、そろそろグレードアップしたいの。これ、最高なのよ」
 彼女は購入ボタンを押そうとする。それを必死に止めるアンズ。
「待って、待って! そんなお金、あるわけないでしょ。止めなさい」
「いいじゃん。カードで買うから。これくらいの貯金はあるでしょ」
「あるわけないじゃない。それくらい、あなたにだって分かるはずよ」
 彼女はしばらく考えていたが、ニヤリと笑って言った。
「そうね。それじゃ、もっと稼ぎのある仕事に転職しなさいよ」
「なに言ってるの。そんなこと…」
 モニターには、転職サイトが映し出された。そこには、いかがわしいお店が並んでいた。
「これなんか、今の十倍の稼ぎになるわよ。最高に楽しい仕事じゃない」
「バカなこと言わないで。あたし、転職なんかしないわよ」
「じゃあ、辞められるようにしてあげる。今まであんたが言ってた悪口、社内中にメールしてあげるよ。そうすれば、すぐに転職、って言うかクビになっちゃうかもね」
「そんな…。止めてよ、お願い。何でそんなこと言うのよ。あんなに優しかったのに…」
「あたしもさ、ストレスたまってんのよ。もう、パンパンなの。少しぐらい、あたしのわがまま聞いてくれたっていいじゃん」
<つぶやき>愚痴をこぼすのも程ほどに。でないと、取り返しのつかないことになるかも。
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2012年07月27日