「心の記憶」

 愛香(あいか)は教室(きょうしつ)に駆(か)け込むと、親友(しんゆう)の夏美(なつみ)を捕(つか)まえて訊(き)いた。
「ねえ、今日は、何年の何月何日?」
 そんなことを訊かれた夏美は一瞬(いっしゅん)戸惑(とまど)っていたが、
「今日は、2017年の10月12日よ。何でそんなこと訊くのよ」
 愛香は生徒手帳(せいとてちょう)にそれを書き込んだ。そして、矢継(やつ)ぎ早(ばや)に次の質問(しつもん)をした。
「じゃあ、ここ数日の間に、何か変わったことってなかった?」
「変わったことって…。あっ、この間の連休(れんきゅう)にみんなで遊(あそ)びに行ったことぐらいかなぁ」
「どこへ行ったの? それって、あたしもいた?」
「もう、なに言ってるのよ。あなたがみんなを誘(さそ)ったんじゃない。遊びに行こうって…」
「あたしが…。ああ、そうなんだ。で、どこへ行ったの?」
「どこって…、あなたが行きたいって言ってたショッピングモールじゃない」
「ショッピングモール…」
「新しくできたとこよ。ねえ、何だか顔色(かおいろ)悪(わる)いよ。どこか…」
「大丈夫(だいじょうぶ)…、あたしは平気(へいき)よ。あたし、ちょっと行ってくる。行かなきゃ」
 愛香は教室を飛び出した。彼女は走りながら呟(つぶや)いた。
「どうなってるの。10月のわけないし、ショッピングモールだってまだ工事中(こうじちゅう)じゃない」
 ――愛香はショッピングモールへ来ていた。平日だというのに、大勢(おおぜい)の客で賑(にぎ)わっている。彼女は呆然(ぼうぜん)として、ふらふらと店内に入って行った。しばらく行くと、誰(だれ)かに声をかけられた。彼女が振(ふ)り返ると、そこにいたのは夏美だった。
「愛香…、だよね。どうしちゃったの? 何で制服(せいふく)なんか着てるのよ」
「えっ…、夏美こそ、授業中(じゅぎょうちゅう)じゃないの? こんなとこ来て…」
「はぁ? 今日は休講(きゅうこう)になったからでしょ。あなたこそ、何してるのよ。コスプレ? にしたって、二十歳(はたち)過ぎてるのに、それはちょっと恥(は)ずかしくない?」
「二十歳…。ねえ、今日は何年の何月何日?」
「どうしちゃったのよ。今日は、2021年の10月12日よ」
「2021年…。あたしは…、どこで、何してるの? ねえ、教えてよ!」
「ちょっと、落ち着いて。しっかりしてよ。あなたは、私と同じ大学に通ってるんじゃない。もう大学生なのよ。どうしちゃったの? あなたすごく変よ」
「あたし、どうなってるの…。あたしは、まだ高校生よ。大学なんて知らないわ」
 愛香はその場から逃げ出した。どこをどう歩いたのか、彼女は自宅(じたく)の前に来ていた。玄関(げんかん)を開けて中へ入るとたくさんの靴(くつ)が並んでいた。奥からは赤ちゃんの泣き声がする。彼女は玄関を上がると泣き声のする方へ向かった。そこには見覚(みおぼ)えのある顔が並んでいた。みんな黒い服を着ていた。部屋の奥には花が飾られ、中央には黒枠(くろわく)に入った写真(しゃしん)が――。
 彼女の後から声がした。「どうですか? もう思い残(のこ)すことは…」
 愛香は穏(おだ)やかな声で答えた。
「ええ。ただ、あの子がちゃんと育(そだ)ってくれるかどうか…、それだけが心配(しんぱい)です」
「大丈夫ですよ。あなたには、素晴(すば)らしい家族(かぞく)がいるじゃありませんか」
<つぶやき>これは、どういう話しなんでしょう。とっても不思議(ふしぎ)なことになってます。
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2017年10月19日