「雲のように」

(再公開 2017/04/07)
街を見渡せる丘の上にある公園。ベンチに座る二人。無言で空を見ている。青い空に白い雲がいくつも浮かび、その中の一つが形を変えて二つに分かれようとしていた。
「ねえ、私たちも、あの雲みたいに、きれいに別れられたらいいのにね」
「……。別れよう。俺たち、その方がいいと思うんだ」
男は離婚届を女に渡す。すでに男は記入をすませ、印鑑も押されている。女は顔色も変えず、離婚届をしばらく見つめる。そして、男の方を向くとにっこり微笑んで、
「いやよ。(離婚届をゆっくり破りながら)私は、別れる気なんてないわ」
「なぜだ。もう、俺たちには愛情なんて…」
「私は、あなたのこと好きよ。愛してるわ」
「嘘だ。君は他に…。俺が知らないとでも思ってるのか?」
「そう言えば、ここだったわよね。あなたが私にプロポーズしたの」
「男がいるんだろ。その男と、食事をしたり、買い物に行ったり。俺は、ちゃんと…」
「あなた、ここで始めてキスしてくれて。(恥ずかしそうに微笑んで)私、嬉しくって」
「俺の話を聞けよ。いつから浮気してたんだ」
「私、浮気なんてしてないわ。あの人たちは、ただのお友だちよ」
「あの人たち? えっ、ヒゲの男だけじゃないのか。他にも…」
「ねえ、あなた。今日は、どこかでお食事でもしない? 久しぶりに」
「何言ってんだよ。俺たち、別れ話をしてるんだぞ。よくそんなこと…」
女、男の手を取り、やさしく微笑む。男は、困惑の色を隠せない。
「ね、いいでしょ?(何かを思いついて)そうだ。あのお店に行ってみない?」
「えっ? ……」
「ほら、私たちがデートの最後にいつも行ってた、あのお店よ。まだ、あるかしら?」
「そんなことより。俺と別れてくれ。俺は別れたいんだ」
女、しばらく男の顔を見つめている。いつになく真剣な男の顔。
「(空を見上げて)あっ、さっきの雲、消えちゃったね。どこ行ったんだろ?」
しばしの沈黙。女はいつまでも空を見ていた。男は立ち上がり行こうとする。
「(空を見上げたまま)いいわよ。別れてあげる」
「(振り返り)ほんとか? ほんとに別れてくれるのか?」
「(男の顔を見ないで)ええ。私たちも、きれいに別れましょ」
「ありがとう。じゃ、離婚届を書いて…」
「いいわ。(カバンから離婚届を出して)ここに、書いておいたから」
女はベンチに離婚届を置く。男はそれを受け取り、頭をさげて、
「悪いな。これで、さよならだ。元気でな」
「(また空を見上げて)ええ。あなたも…。今度の人は、ちゃんと幸せにしてあげて」
男、驚いて足が止まる。女の方を見るが、何も言わずに行ってしまう。女は空を見上げたまま。頬にひとすじ、涙がこぼれる。
<つぶやき>ちょっとだけ強がって、でも切ない思いで苦しくて。愛はどこへ行ったの?
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2012年10月05日