超短編戯曲一覧

「月夜見さま」

(再公開 2017/03/20)
 ○ 良太(りょうた)の部屋・夜
部屋の窓から月を見ている良太。突然、目の前に顔が現れて腰を抜かす。
良太「うわーっ!」
窓から女の子が入ってくる。良太、唖然(あぜん)とする。女の子、部屋の中を見回して。
月夜見「へえ、こんな狭いところに住んでるんだ」
良太「き、君は誰だ? どうやって…」
月夜見「あたし、月夜見(つくよみ)よ。あなた、あたしのことずっと見てたでしょ」
良太「えっ? 俺は、君なんて知らないよ」
月夜見「もう、あたしに見とれてたじゃない。だから、あたし来たのよ」
良太「だから、知らないって言ってるだろ。帰ってくれよ」
月夜見「イヤよ。あたし、帰らない。しばらく、ここにいることにするわ」
良太「冗談じゃないよ。そんなこと…」
月夜見「ねえ、お腹(なか)空いちゃった。何か食べさせてよ」
 ○ 良太の部屋・数日後の夜
良太と月夜見が帰ってくる。月夜見は楽しそうにはしゃいでいる。
月夜見「今日は楽しかったわ。ありがとうね、良太」
良太「いや、そんな…」
良太は財布を見る。中には小銭しか入っていない。
良太「なあ、そろそろ帰ってくれないか。俺もこれ以上学校休むと、マジやばいんだよ」
月夜見「学校?」
良太「だから、大学だよ。それに、バイトもしないといけないし」
月夜見「バイト?」
良太「もう、ピンチなんだよね。君が、すっごく食べるもんだから。そんな華奢(きゃしゃ)な身体して、どこに入ってくんだよ。店の人だって、驚いてたじゃないか」
月夜見「そお? これでも減らしてるんだけどなぁ。じゃあ、明日は…」
良太「だから、もう金(かね)がないんだよ。明日、食べるものなんてないんだ」
月夜見「なんだ。お金がないの? じゃあ、あたしが何とかしてあげる」
良太「えっ? 金、持ってるのかよ」
月夜見、窓から月を見上げて、
月夜見「あそこの、クレーターをあなたにあげるわ。自由に使っていいのよ」
良太「えっ、クレーターって?」
月夜見「月の中でも一番大きなやつよ。それと、その隣の平らなとこもつけてあげる」
良太「だから、そんなのもらっても…。どうしろって言うんだよ」
月夜見「そうだ。これから行かない? あたし、案内してあげるよ」
良太「行くって、どこへ?」
月夜見「(月を指さし)あそこよ。あたし、月の神様だもん」
<つぶやき>月を見つめすぎないで。月夜見さまがあなたの所へも現れるかもしれません。
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2012年09月10日

「あなたのこと嫌いです」

(再公開 2017/03/29)
ある大学のラウンジ。ユリカが沈んだ顔をして座っていた。そこへ香里(かおり)がやって来る。
香里「(ユリカの前に座り)ビシッと言ってやったからね。あなたのことは嫌いです。二度と顔も見たくない。もう私の前に顔を出さないでって」
ユリカ「えっ、私そんなこと言ってないでしょ。もう、何でよ」
香里「何でって。あなたが言えって言ったのよ。だから、あたし…」
ユリカ「私、嫌いとか、顔も見たくないなんて言ってないでしょ」
香里「ああ、それは、つい出ちゃったのよ。仕方ないじゃない。勢いってやつよ」
ユリカ「勢いって…。私は、もっと普通にしようって……。で、何か言ってた?」
香里「別に、何も」
ユリカ「何もってことはないでしょ。だって、だって…」
香里「そんなに気になるんだったら、本人に訊けばいいじゃない」
ユリカ「本人って…。もう、あの人と一緒にいると、落ち着かないのよ」
香里「まったく、何でそんなに喧嘩(けんか)ばっかするのかなぁ。あたしには理解できないわ」
ユリカ「知らないわよ。向こうからふっかけてくるんだから」
香里「あんたたち、ほんと似たもの同士ね。寂しがり屋のくせに、意地っ張りで。自分の思ってることを素直に言えないんだから」
ユリカ「そんなことない。あの人と一緒にしないで」
香里「おかげで、あたしは二人にいいように使われて。何でこんなめんどくさいこと」
ユリカ「ごめん。だって、香里しか頼める人いないから」
香里「どうせ、あたしは共通の友人ですよ。でもね、それも今日で終わりにするからね」
ユリカ「えっ? それ、どういう…」
そこへ智也(ともや)がやって来る。ユリカがいるので驚いて立ち止まる。
香里「もう、何やってるのよ。早く来なさいよ」
智也「(気まずそうに来て、座る。香里に)これ、どういう…」
香里「二人で、ゆっくり話し合ってもらおうと思って」
ユリカ智也「何で?」
香里「だから、お互いに言いたいことがあるよね。あるはずよ」
ユリカ「な、ないわよ。そんなの…」
香里「ユリカ。言っちゃいなさい。スッキリするわよ。さあ」
ユリカ「えっ、ここで…」
香里「智也も、あるんでしょ。自分の思いをぶちまけちゃいなさいよ」
智也「えっ。それは…」
香里「もう、めんどくさいなぁ。じゃ、あたしが代わりに言ってあげるよ。ユリカは智也のことが大好きです。智也もユリカのことが好きだーぁ」
二人、唖然として見つめ合う。
香里「ほら、立って。(二人を立たせる)ハグしなさい。いいから、しなさいよ。(二人、ぎこちなく抱き合う)これで良し。今度喧嘩したら、あたしが許さないからね」
<つぶやき>香里さんもこれでひと安心です。やっと、自分の彼氏捜しに専念できますね。
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2012年09月22日

「雲のように」

(再公開 2017/04/07)
街を見渡せる丘の上にある公園。ベンチに座る二人。無言で空を見ている。青い空に白い雲がいくつも浮かび、その中の一つが形を変えて二つに分かれようとしていた。
「ねえ、私たちも、あの雲みたいに、きれいに別れられたらいいのにね」
「……。別れよう。俺たち、その方がいいと思うんだ」
男は離婚届を女に渡す。すでに男は記入をすませ、印鑑も押されている。女は顔色も変えず、離婚届をしばらく見つめる。そして、男の方を向くとにっこり微笑んで、
「いやよ。(離婚届をゆっくり破りながら)私は、別れる気なんてないわ」
「なぜだ。もう、俺たちには愛情なんて…」
「私は、あなたのこと好きよ。愛してるわ」
「嘘だ。君は他に…。俺が知らないとでも思ってるのか?」
「そう言えば、ここだったわよね。あなたが私にプロポーズしたの」
「男がいるんだろ。その男と、食事をしたり、買い物に行ったり。俺は、ちゃんと…」
「あなた、ここで始めてキスしてくれて。(恥ずかしそうに微笑んで)私、嬉しくって」
「俺の話を聞けよ。いつから浮気してたんだ」
「私、浮気なんてしてないわ。あの人たちは、ただのお友だちよ」
「あの人たち? えっ、ヒゲの男だけじゃないのか。他にも…」
「ねえ、あなた。今日は、どこかでお食事でもしない? 久しぶりに」
「何言ってんだよ。俺たち、別れ話をしてるんだぞ。よくそんなこと…」
女、男の手を取り、やさしく微笑む。男は、困惑の色を隠せない。
「ね、いいでしょ?(何かを思いついて)そうだ。あのお店に行ってみない?」
「えっ? ……」
「ほら、私たちがデートの最後にいつも行ってた、あのお店よ。まだ、あるかしら?」
「そんなことより。俺と別れてくれ。俺は別れたいんだ」
女、しばらく男の顔を見つめている。いつになく真剣な男の顔。
「(空を見上げて)あっ、さっきの雲、消えちゃったね。どこ行ったんだろ?」
しばしの沈黙。女はいつまでも空を見ていた。男は立ち上がり行こうとする。
「(空を見上げたまま)いいわよ。別れてあげる」
「(振り返り)ほんとか? ほんとに別れてくれるのか?」
「(男の顔を見ないで)ええ。私たちも、きれいに別れましょ」
「ありがとう。じゃ、離婚届を書いて…」
「いいわ。(カバンから離婚届を出して)ここに、書いておいたから」
女はベンチに離婚届を置く。男はそれを受け取り、頭をさげて、
「悪いな。これで、さよならだ。元気でな」
「(また空を見上げて)ええ。あなたも…。今度の人は、ちゃんと幸せにしてあげて」
男、驚いて足が止まる。女の方を見るが、何も言わずに行ってしまう。女は空を見上げたまま。頬にひとすじ、涙がこぼれる。
<つぶやき>ちょっとだけ強がって、でも切ない思いで苦しくて。愛はどこへ行ったの?
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2012年10月05日

「忘れたい記憶、買います」

(再公開 2017/04/16)
診察室のような一室。香織(かおり)がしのぶにつき添(そ)われて座っている。その前には白衣を着た男。カルテに何か書き込みをしていた。
香織「あの、私、どこが悪かったんですか?」
「もう大丈夫ですよ。これで、スッキリしたと思います。注意しなければいけないことは、お友だちに伝えておきましたので、彼女の言うことはちゃんと守って下さいね」
香織「あっ、はい。(しのぶに)ねえ、私、どうしちゃったのかな?」
しのぶ「もう、風邪よ、風邪。あたしの言うこと聞かないから、こじらせちゃったんでしょ」
香織「そうなの?」
「では、受付でお支払いをしますので、しばらくお待ち下さい」
二人は部屋を出る。香織は少しふらついたが、しのぶがしっかり支えてやった。
数日後、二人の姿は街中にあった。香織は楽しそうに笑っている。前から来た男が香織を見つけて声をかけてきた。
山本「(ニヤつきながら)香織じゃない。久しぶりだな」
香織は誰だか分からず、しのぶの顔を見る。しのぶは二人の間に入り、
しのぶ「人違いです。(香織に)さあ、行きましょ」
山本「なあ、お前、今どこにいるんだよ。何で引っ越したんだ。連絡先教えろよ!」
しのぶは構わず、香織を引っ張って歩いて行く。山本(やまもと)、追いかける。しのぶは、山本から逃げるようにして、香織の手を取り走り出す。
香織「ねえ、どうしたのよ。今の人って…」
しのぶ「いいから、走って!」
翌日、同じ場所。香織が一人で携帯でしゃべりながら歩いている。
香織「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても。……。うん、これから帰るね」
香織、携帯を切る。目の前に山本が立っていた。香織、驚いて立ち止まる。
山本「よっ。やっと会えたな。ずっと待ってたんだぞ」
香織「あ、あの。人違いじゃないですか。私、あなたのこと知らないし…」
香織、歩き出す。山本、香織の腕を強くつかんで引き寄せる。
山本「待てよ。俺から逃げられるとでも思ってるのか。いいから、ちょっと付き合えよ」
山本、無理やり香織を引っ張って行こうとする。いつの間にか、黒ずくめの女が山本の前に立ちはだかる。山本、その女をにらみつけて、
山本「何だ、お前。邪魔(じゃま)するな。とっとと消えろ」
山本、女を突き飛ばそうとする。だが、女は山本の手をつかみ締(し)め上げる。思わず、香織を離す山本。女は余裕の顔で香織に、
「行きなさい。あなたには関係ないことよ」
香織はその場を走り去る。女は手を離し、銃のようなものを突きつける。
「消えるのは、あなたの方よ。このウジ虫野郎(やろう)」
女は引き金を引く。青白い閃光(せんこう)が走り、山本に当たる。彼の姿は一瞬に消える。
「(携帯をかけて)元彼の消去、完了です。引き続き、彼女のサポートを続けます」
<つぶやき>嫌な記憶を買い取ってくれる。未来の世界には、そんな会社ができてるかも。
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2012年10月19日

「ナビゲーション」

(再公開 2017/04/25)
乗用車の中。ドライブに出かけた二人。楽しそうである。目的地に近づいた頃。
「ねえ。あたし、ここら辺は詳(くわ)しいのよ。前に、よく遊びに来てたから」
「へーえ、そうなんだ。家族と来てたの?」
「ううん。前にね、付き合ってた人と。楽しかったわよ」
「そ、そうか…。(複雑な気持ちでつぶやく)何なんだよ、それ…」
「(急に)そこ、左へ入って。左よ!」
「えっ、でも、ナビは直進なんだけど」
「いいの。こっちの方が近道なんだから。言う通りにしなよ」
男、仕方なく彼女の言う通りに左に曲がる。
「ほんとに大丈夫なの。何か、違う方へ行っちゃうんじゃない?」
「大丈夫だって。あたし、これでも一度も道に迷ったことないんだから」
「でも、それって、どうなのかな?」
「なに。あたしのこと信じてないの? あなたって、そういう人だったの」
「いや、そういうことじゃなくて。ここは、やっぱり地図でいった方が…」
「(突然ナビの電源を切って)あたしがナビしてるんだから、こんなの見ないで」
「(驚き)ああっ、そんな…」
女のナビで車は走り続ける。いつの間にか、山の中へと突き進んでいた。
「あの、どんどん道が細くなってくんだけど。ほんとに、大丈夫なの?」
「(不安な素振(そぶ)りを見せるが)うん、大丈夫よ。だって、裏道(うらみち)なんだから、こんなもんよ」
男、限界(げんかい)を感じて車をとめる。女の方を見て、
「なあ、戻らないか? このまま行ったら、道が無くなっちゃう気がするんだ」
「(バツが悪そうに)そ、そうね。そうしましょ」
男、何とか車をUターンさせてゆっくり走り出す。女はナビの電源を入れる。
「(ナビの画面を見て)あれ、どうなってるの。道がなくなってる!」
「大丈夫だよ。今来た道を戻ればいいんだから」
「もう、何で! あなたのせいよ。何とかしなさいよ!」
「えっ? だって、君がこっちだって…」
「あたしのせいだって言うの。あたしは、早く着いた方がいいと思って…」
「分かったよ。君のせいなんかじゃないから。何も、君が悪いなんて…」
「思ってる! 思ってるでしょ。絶対、そうに決まってるわ」
「何言ってんだよ。俺は、そんなこと…」
「いつもそうよ。あなたの目は、あたしをバカにしてるとしか思えない」
「なにそれ。そんなこと言われても、俺はこういう顔だから。どうしろって言うんだよ」
「もう、どうでもいいわよ! あたし、帰る。あなたとは、もう一緒にいたくない!」
「分かったよ。家まで送ってくから。もう、そんなこと言うなよ」
女、膨(ふく)れっ面をして黙ってしまう。しばらくすると、女は穏やかな顔で眠りについた。
<つぶやき>せっかくのドライブです。喧嘩なんかしたら、楽しくなくなっちゃいますよ。
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2012年11月02日

「違うでしょ」

○小さな食堂(しょくどう)の店先(みせさき)
どこにでもあるような食堂。目新しいものはないが値段は安くて、まあまあ美味(おい)しいものが食べられる。まだ贅沢(ぜいたく)が出来ない若い二人は、ちょくちょく利用していた。
店に入ろうとする男性。だが、女性のほうは店の前で足を止めてしまう。
「(えっ、ここ? 何で?)ねえ、違(ちが)うよね? だって、今日は…」
「ごめん。ちょっと、いろいろあって…。本当は、他の店を予約(よやく)してたんだけど、そこがね、何か食中毒(しょくちゅうどく)出したとかで、営業停止になっちゃって…」
「でもでも、ここは違うよね。だって…(わたしの誕生日よ。それなのに…)」
「他の店を探してみたんだけど、どこも一杯(いっぱい)で、予約が取れなかったんだよ」
「それで、このお店?(えっ、そんなの…)」
「入ろうよ。もう、お腹(なか)すいちゃった。ねっ」
男は店内へ入っていく。女はがっかりしたような顔をする。
○回想(かいそう)・彼女のアパートの前(夜)
デートのあと、彼女を家まで送ってきた彼。別れ際(ぎわ)に、
「今日は楽しかったね。また明日…。(女が少し離れたところを呼び止めて)そうだ。今度の誕生日には、絶対びっくりさせるから。楽しみにしてて」
笑顔で手を振る男。女も小さく手を振り返す。
○同じ食堂の店先
まだ店の前に立っている女。口に手を当てて何か思案顔(しあんがお)。
「(楽しみにしててって言ったくせに。もう、がっかりだわ。あっ、ひょっとして貸し切り? わたしのために…。でも…、ちょっと違うけど、しょうがないか…)」
女は店の中へ入って行く。
○同 店内
テーブルが四つほど並び、カウンター席もある。他の客が数人、食事をしていた。彼は一番奥のテーブルに座って、彼女に小さく手招(てまね)きをする。彼女は店の中がいつも通りなので、さらにがっかりした顔になる。足取り重く、彼の前まで行き座る。
「いつものでいいかな? それとも、何か他のにする?」
「ねえ、その前に、ちょっと確認(かくにん)しときたいんだけど。この前、言ったよね。誕生日にはびっくりさせるって…。あれって…(プロポーズじゃかいのかよ)」
「あ、それね…。えっと…、まあいいか。あの、僕と結婚して下さい。指輪(ゆびわ)は…、ちょっと手違(てちが)いがあって、間(ま)に合わなかったんだよね。ごめんね…」
「えっ…。(このタイミング? 言っちゃうんだ。さらっと、こんな大事(だいじ)なこと…。違うでしょ? 違うよね。もう、信じられない。指輪がないんなら別に日にしなさいよ)」
女はもやもやした笑い方をして、
「びっくりさせるって、こういうことなんだ。よく分かったわ。ああ、びっくりだわ。ほんと…。わたし、帰るね。さようなら」
女は立ち上がり、すたすたと店を出て行った。男は茫然(ぼうぜん)と女を見送った。
<つぶやき>カッコ内の台詞は、彼女の心の声です。誰でも、違うと思っちゃいますよね。
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2016年07月06日

「家事手伝い」

○とあるマンションの部屋
五郎(ごろう)が一人暮らしをしている家。彼は几帳面(きちょうめん)な性格(せいかく)でいつもならきれいに整頓(せいとん)されているはずなのだが、今は足の踏(ふ)み場もないほど散(ち)らかっている。その中で何かがうごめいているような、そんな気配(けはい)が感じられる。
○同マンションの玄関中
鍵(かぎ)を開ける音。五郎が仕事から帰って来る。ドアを開けて中に入ったとたん、あまりの変わりようにしばし唖然(あぜん)として立ちつくす。彼は慌(あわ)てて靴(くつ)を脱ぐと、置かれている段ボール箱などを押しやりながら部屋に入って行った。
○同マンションの部屋
部屋の入口で立ちつくす五郎。思わず叫(さけ)んだ。
五郎「何じゃ、こりゃ…! ど、どうなってるんだ!」
部屋に置かれたソファの陰(かげ)から、のっそりと顔を出した若い女。五郎に気づくと、すっとソファの陰へ隠(かく)れる。五郎は散乱(さんらん)している雑誌や服などに足を取られながらも何とかソファまでたどり着くと、女の首根(くびね)っこをつかんで引っ張り上げた。
五郎「何をしている。これはどういうことなんだ? ここは俺の…」
女は五郎の手から逃れると部屋の隅(すみ)へ行って、ぎこちなく愛嬌(あいきょう)を振(ふ)りまいて言った。
「ごめんなさい。どうしてもお引っ越し、しなくちゃいけなくなって…」
五郎「一晩(ひとばん)だけって約束(やくそく)だろ? だから、今朝だって出るとき合鍵(あいかぎ)渡してポストにって…。そうか、最初っからそのつもりで…。なに考えてんだ!」
五郎は女に迫(せま)って行く。女はちょこまかと逃げ回りながら、
「違(ちが)うの、そんなつもりじゃなかったの、信じて。ちゃんと話すから、聞いてよ」
五郎は立ち止まる。女は息を整(ととの)えると、
「朝、帰ったら大家(おおや)さんがいて…。わたし、家賃(やちん)を滞納(たいのう)してて…、それで出てけって。わたし、ためてた家賃払ったんだけど、許(ゆる)してくれなくて…」
五郎「だからって、俺のところへ来なくてもいいだろ。実家(じっか)とか、友だちの――」
「ごめんなさい。でも、そのお金、あなたに借(か)りちゃったから。そこの引出(ひきだし)にあった…」
五郎、慌てて引き出しを開けて確かめる。愕然(がくぜん)とする。
五郎「ああっ、忘れてた。(震える声で)この金は…、俺が…、俺が…」
「ごめんなさい。わたし、ちゃんと返すから。それまで、ここにおいてもらえないかな?」
五郎「はぁ? なに言ってるんだ。冗談(じょうだん)じゃないぞ。泊(と)まる所がないっていうから…。それを、こんなのってありかよ。俺、バカみたいじゃないか」
「わたし、ほんとに感謝してるのよ。見ず知らずのわたしを、下心(したごころ)なしに泊めてくれて…。ほんとに良い人だと思ってる。だから、ちゃんとしないといけないと思って」
五郎「お前、仕事は? ちゃんと仕事してれば、そんなことにはならないはずだ」
「あの、何ていうか、いろいろあって…、今は無職(むしょく)…? 仕事は探してたのよ、わたしなりにちゃんと…。でも、なかなか…、やっぱり不景気(ふけいき)なのかしらね…。あの、それでね…、今日からは家事手伝いってことで、よろしくお願いします」
<つぶやき>大丈夫なんでしょうか? 彼女に、家事が出来るとは思えないんですが…。
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2016年07月30日

「逃がし屋」

○とある惑星(わくせい)にある飲み屋
薄暗い店内。けっこう混(こ)み合っていて、いろんな言語(げんご)が飛び交っていた。陽気(ようき)な音楽が流れ、ステージでは踊り子たちが客を楽しませていた。
人目(ひとめ)につかない店の奥のテーブルで、男と女が何やら密談(みつだん)をしている。
 「本当にあたしを逃(に)がしてくれるんでしょうね?」
 「もちろんだ。でも、それは報酬次第(ほうしゅうしだい)だけどな…。こっちも商売なんだ、悪く思わんでくれ。で、あんたは誰に狙(ねら)われてるんだい?」
 「それ、聞いちゃう? そういうの、気にするんだ」
 「そりゃ気にするだろ。やばい相手(あいて)だと、こっちもこれからの商売がやりにくくなるからな。それに、こういう商売は、いろいろと…。ほら、分かるだろ?」
 「じゃ、いいわ。他を捜(さが)すから…」
立とうとする女の手をつかんで、男は女を席に戻す。
 「待てよ、まだ話はついてない。それに、俺より凄腕(すごうで)の逃がし屋はどこにもいないぜ」
 「ふん、自信満々(じしんまんまん)ね。でも、あたしの話を最後まで聞いたら、きっとあなたもすぐに逃げ出すわ。――あたし、ガバンから逃げたいの」
 「(目を見開いて)ガバン…、あのドラグ・ガバンか? こいつは驚(おどろ)いた」
 「あなた、知ってるの? あいつのこと」
 「まあな、ちょっとした顔見知(かおみし)りってとこかな…。しかし、こりゃ相当(そうとう)やばいな」
 「いいわよ、断(ことわ)っても。どうせあなたも命(いのち)が惜(お)しいんでしょ」
 「誰が断ると言った。で、何やらかしたんだ? 盗(ぬす)みか、それとも――」
 「あたしは、まっとうに仕事をしてるわ。これでもお金は持ってるのよ」
 「そりゃ頼(たの)もしいねぇ。これで商談(しょうだん)も先へすすむってわけだ。でも、そんなお嬢(じょう)さんが、どうしてあんな奴(やつ)と付き合ってるんだい?」
 「付き合ってなんかないわ。向こうから近づいて来るだけよ。あたし、あんまりしつこいから張(は)り倒(たお)してやったわ。そしたら、手下(てした)たちが押しかけて来て…」
 「そりゃ面白(おもしろ)いや。見てみたかったなぁ。――何がねらいだ? ガバンは下手物(げてもの)好きだ。あんたみたいな美人に惚(ほ)れるはずがない」
 「(顔色が変わり)そ、そんなの知らないわよ。それより、引き受けてくれるの?」
 「そうだな…、1000でどうだ。こっちもいろいろ準備が必要だから、さしあたりその半額の500は先に払ってもらわないとな」
 「500?! それは高すぎるわ。今は、300しか持ってないもの」
 「それじゃ話にならないな。こっちは命がけの仕事だ。それだけじゃ…」
 「払うわよ、1000でも2000でも…。あてはあるの。そこへ連れてってくれれば、あなたが望(のぞ)むだけあげるわ」
 「こりゃ、楽しい旅になりそうだ。じゃ出ようか? 急がないと、ガバンって野郎(やろう)は犬並(な)みに鼻(はな)がきくからな。見つからないうちに、すぐに出航(しゅっこう)しないと。いつでも飛べるように準備はしてあるんだ。300あれば、出航の許可(きょか)が下(お)りるはずだ」
<つぶやき>彼女は訳ありのようですね。果たして、逃げ切ることができるのでしょうか?
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2016年10月26日

「選ばれし者」

女が一人、座(すわ)っている。目の前にいる誰(だれ)かに何かを頼(たの)まれているようだ。何度か相(あい)づちをうっていたが、困(こま)った顔をして話し始める。
「えっ、そうなの? そんなこと急に言われても…、あたし困るわ」
女は目線を外して小さくため息をつく。
「あのさ…、どうしてあたしなの? あたしがいないときにそんなこと決めるなんて…、もうひどいよ。他にもいるじゃない、もっとふさわしい人が…。そうでしょ?」
相手が何かを話している間、また相づちを繰り返す。だんだんいたたまれなくなってきて、話を止めるように口を挟(はさ)む。
「だってさ! それ何か違(ちが)うでしょ。それで、どうしてあたしになるの? やっぱり、おかしいよ。もう…、あたしにはムリだから。そんなことできない!」
女はそっぽを向く。だが相手がまた何か言うたびに、女は背(せ)を向けたまま身体をよじらせ、しまいには悲しげな顔になり振り返る。
「ダメよぉ、そんなこと言っても…。ムリなものはムリなの…。(懇願(こんがん)するように)ねえ、他の人に頼んでよ。お願い! 他にもいるじゃない、上手(うま)くやれる人が…」
相手が話している間、女はだんだん恥(は)ずかしそうに、ニヤニヤそわそわし始める。
「ちょっと待って…。それって、あの人が言ったの? あたしのこと…」
あの人とは、どうやら女が片思(かたおも)いをしている相手のようだ。目の前にいる人物は、何か交換条件を提案(ていあん)して女に納得(なっとく)させようとしていた。女は思わず立ち上がり、
「そ、そんなの…。あたしに…、それ、言っちゃうの…?」
女はもどかしそうに座ると、しばらく悩(なや)んで、すごく悩んでから、
「でも…、でもね…。あたしには、信じられないんだけど…。あの人が、そんな…、あたしに、あたしと…そういうこと…」
女はしばらく相手の顔をまじまじと見つめる。だんだんと睨(にら)みつけるような恐い目つきになる。相手は多少ひるんだように目をそらしたようだ。
「(冷静(れいせい)を装(よそお)いながら)じゃあ、会わせてよ、あの人に。あの人から、直接(ちょくせつ)、確(たし)かめたいの。そうじゃなきゃ、引き受けられないわ」
相手は喜んで女のことを称賛(しょうさん)しはじめる。女はそれを止めるように、
「やめてよ! あたし、まだ引き受けたわけじゃないわ。あの人に会ってからよ」
相手は何か困ったような顔をして話し出す。女の表情が曇(くも)ってくる。
「そんな…、いないってどういうことよ。どこへ行ったの? それじゃ、ぜんぜん話が違うじゃない。ねえ、本当にあの人が言ったの? ウソとかつかないでね」
相手は平身低頭(へいしんていとう)してあやまり、さらに泣き落としにかかる。女は驚き、困り果て、
「ちょっと、やめてよ。そんなことしないで……。泣きたいのはこっちなんだから」
女は手で顔をおおいうなだれる。呻(うめ)き声がもれる。女は意(い)を決して立ち上がると、
「分かったわよ。やればいいんでしょ! やってあげるわよ。その代わり、このことがちゃんと上手くいったら…。あの人と…、そういう…、あなたがいま言ったみたいに、あれになるように、して…、欲しいなって…。分かってる? 絶対(ぜったい)だからね、約束(やくそく)よ」
<つぶやき>さて、彼女は何を頼まれたのでしょうか? 上手く行くといいですけど…。
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2016年12月18日

「絶滅危惧種」

空港内のとある一室。大きな机(つくえ)と数脚(すうきゃく)の椅子(いす)が置かれているだけで、会議室というには殺風景(さっぷうけい)な感じである。外国人風の若い女に案内されて、大きな荷物を抱(かか)えた若い男がやって来る。その後に数人の男たちが続く。
ローザ「どうぞ、こちらへおかけになって下さい」
若い女は机の前の椅子をすすめる。女は男と対面(たいめん)するように席(せき)につく。
ローザ「私、ローザ・山下です。政府の日本保護機関(ほごきかん)で働いている者です。少し、お聞きしたいことがあって、こちらに来ていただきました。質問(しつもん)、いいですか?」
若い男「あ、はい。かまいませんが…」
ローザ「あなたは五年前に出国(しゅっこく)されていますね。今までどちらの国にいましたか?」
若い男「えっと、アジアを旅してました。あっちこっちへ…、旅をするのが好きで…」
ローザ「あなたのパスポートを拝見(はいけん)しました。それによると、日本で起きたパンデミックの前に出国されていますね。間違いありませんか?」
若い男「パンデミックって…。何のことですか?」
ローザ「(驚いて)あなた、知らないですか? 五年前に起きた伝染病(でんせんびょう)の大流行(だいりゅうこう)を…。一年間、日本は封鎖(ふうさ)されていたんですよ」
若い男「そんな…、知りませんでした。旅行中は誰とも連絡(れんらく)してないし。そういうニュースを聞ける場所にはいなかったんで。携帯(けいたい)も非常用のつもりで電源は切ってあったし」
ローザ「そう、そうなんですか…。あなたのご両親、御家族は日本人ですか? 血縁(けつえん)の人で、外国人と結婚した方はいませんか?」
若い男「いないはずですけど…。両親も日本から出たことありませんし」
ローザ「純粋(じゅんすい)な日本人、分かりました。すぐにあなたの家族と会えるように手配(てはい)します」
ローザは男の一人に合図(あいず)をすると、男は部屋を出て行く。
ローザ「ご無事(ぶじ)だといいんですか…」
若い男「そんな、ひどいことになってたんですか?」
ローザ「ええ、日本人の八割(はちわり)が亡くなりました。そのほとんどが、赤ちゃんから三十代までの若い方たちでした。感染(かんせん)が治(おさ)まった後、政府は税収(ぜいしゅう)を補(おぎな)うために、外国からの移住(いじゅう)を促進(そくしん)しました。それにより、純粋な日本人、子供を作ることのできる若い独身(どくしん)の日本人が減(へ)り続けています。純粋な日本人は全滅寸前(ぜんめつすんぜん)というわけです」
若い男は首をかしげるばかりで、彼女の話の内容が理解(りかい)できないようだ。
ローザ「そこで、あなたには、これから精密検査(せいみつけんさ)を受けていただきます。健康状態に問題がなければ、あなたは日本政府の特別保護対象(ほごたいしょう)になります。――心配(しんぱい)は何もありません。あなたは今まで通り自由に生活できます。住宅は勿論(もちろん)、生活や、医療(いりょう)にかかる費用(ひよう)はすべて政府が負担(ふたん)します。ただ、あなたには純粋な日本人を増やすため、こちらで指定した純粋な日本人女性たちと子作りに励(はげ)んでもらいます」
若い男「ちょっと待って下さい。それは、どういうことですか?」
ローザ「日本人の絶滅を防(ふせ)ぐためにはこれしかないのです。もし希望(きぼう)があれば、その中の女性から一緒(いっしょ)に暮らす妻(つま)を選ぶことができます」
<つぶやき>もし地球上から日本人がいなくなったら…。あまり考えたくないですよね。
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2017年02月09日