超短編戯曲一覧

「忘れたい記憶、買います」

(再公開 2017/04/16)
診察室のような一室。香織(かおり)がしのぶにつき添(そ)われて座っている。その前には白衣を着た男。カルテに何か書き込みをしていた。
香織「あの、私、どこが悪かったんですか?」
「もう大丈夫ですよ。これで、スッキリしたと思います。注意しなければいけないことは、お友だちに伝えておきましたので、彼女の言うことはちゃんと守って下さいね」
香織「あっ、はい。(しのぶに)ねえ、私、どうしちゃったのかな?」
しのぶ「もう、風邪よ、風邪。あたしの言うこと聞かないから、こじらせちゃったんでしょ」
香織「そうなの?」
「では、受付でお支払いをしますので、しばらくお待ち下さい」
二人は部屋を出る。香織は少しふらついたが、しのぶがしっかり支えてやった。
数日後、二人の姿は街中にあった。香織は楽しそうに笑っている。前から来た男が香織を見つけて声をかけてきた。
山本「(ニヤつきながら)香織じゃない。久しぶりだな」
香織は誰だか分からず、しのぶの顔を見る。しのぶは二人の間に入り、
しのぶ「人違いです。(香織に)さあ、行きましょ」
山本「なあ、お前、今どこにいるんだよ。何で引っ越したんだ。連絡先教えろよ!」
しのぶは構わず、香織を引っ張って歩いて行く。山本(やまもと)、追いかける。しのぶは、山本から逃げるようにして、香織の手を取り走り出す。
香織「ねえ、どうしたのよ。今の人って…」
しのぶ「いいから、走って!」
翌日、同じ場所。香織が一人で携帯でしゃべりながら歩いている。
香織「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても。……。うん、これから帰るね」
香織、携帯を切る。目の前に山本が立っていた。香織、驚いて立ち止まる。
山本「よっ。やっと会えたな。ずっと待ってたんだぞ」
香織「あ、あの。人違いじゃないですか。私、あなたのこと知らないし…」
香織、歩き出す。山本、香織の腕を強くつかんで引き寄せる。
山本「待てよ。俺から逃げられるとでも思ってるのか。いいから、ちょっと付き合えよ」
山本、無理やり香織を引っ張って行こうとする。いつの間にか、黒ずくめの女が山本の前に立ちはだかる。山本、その女をにらみつけて、
山本「何だ、お前。邪魔(じゃま)するな。とっとと消えろ」
山本、女を突き飛ばそうとする。だが、女は山本の手をつかみ締(し)め上げる。思わず、香織を離す山本。女は余裕の顔で香織に、
「行きなさい。あなたには関係ないことよ」
香織はその場を走り去る。女は手を離し、銃のようなものを突きつける。
「消えるのは、あなたの方よ。このウジ虫野郎(やろう)」
女は引き金を引く。青白い閃光(せんこう)が走り、山本に当たる。彼の姿は一瞬に消える。
「(携帯をかけて)元彼の消去、完了です。引き続き、彼女のサポートを続けます」
<つぶやき>嫌な記憶を買い取ってくれる。未来の世界には、そんな会社ができてるかも。
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2012年10月19日

「ナビゲーション」

(再公開 2017/04/25)
乗用車の中。ドライブに出かけた二人。楽しそうである。目的地に近づいた頃。
「ねえ。あたし、ここら辺は詳(くわ)しいのよ。前に、よく遊びに来てたから」
「へーえ、そうなんだ。家族と来てたの?」
「ううん。前にね、付き合ってた人と。楽しかったわよ」
「そ、そうか…。(複雑な気持ちでつぶやく)何なんだよ、それ…」
「(急に)そこ、左へ入って。左よ!」
「えっ、でも、ナビは直進なんだけど」
「いいの。こっちの方が近道なんだから。言う通りにしなよ」
男、仕方なく彼女の言う通りに左に曲がる。
「ほんとに大丈夫なの。何か、違う方へ行っちゃうんじゃない?」
「大丈夫だって。あたし、これでも一度も道に迷ったことないんだから」
「でも、それって、どうなのかな?」
「なに。あたしのこと信じてないの? あなたって、そういう人だったの」
「いや、そういうことじゃなくて。ここは、やっぱり地図でいった方が…」
「(突然ナビの電源を切って)あたしがナビしてるんだから、こんなの見ないで」
「(驚き)ああっ、そんな…」
女のナビで車は走り続ける。いつの間にか、山の中へと突き進んでいた。
「あの、どんどん道が細くなってくんだけど。ほんとに、大丈夫なの?」
「(不安な素振(そぶ)りを見せるが)うん、大丈夫よ。だって、裏道(うらみち)なんだから、こんなもんよ」
男、限界(げんかい)を感じて車をとめる。女の方を見て、
「なあ、戻らないか? このまま行ったら、道が無くなっちゃう気がするんだ」
「(バツが悪そうに)そ、そうね。そうしましょ」
男、何とか車をUターンさせてゆっくり走り出す。女はナビの電源を入れる。
「(ナビの画面を見て)あれ、どうなってるの。道がなくなってる!」
「大丈夫だよ。今来た道を戻ればいいんだから」
「もう、何で! あなたのせいよ。何とかしなさいよ!」
「えっ? だって、君がこっちだって…」
「あたしのせいだって言うの。あたしは、早く着いた方がいいと思って…」
「分かったよ。君のせいなんかじゃないから。何も、君が悪いなんて…」
「思ってる! 思ってるでしょ。絶対、そうに決まってるわ」
「何言ってんだよ。俺は、そんなこと…」
「いつもそうよ。あなたの目は、あたしをバカにしてるとしか思えない」
「なにそれ。そんなこと言われても、俺はこういう顔だから。どうしろって言うんだよ」
「もう、どうでもいいわよ! あたし、帰る。あなたとは、もう一緒にいたくない!」
「分かったよ。家まで送ってくから。もう、そんなこと言うなよ」
女、膨(ふく)れっ面をして黙ってしまう。しばらくすると、女は穏やかな顔で眠りについた。
<つぶやき>せっかくのドライブです。喧嘩なんかしたら、楽しくなくなっちゃいますよ。
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2012年11月02日

「気になる人」

(再公開 2017/05/04)
とあるオシャレなカフェ。女二人が何やらひそひそと話している。
好恵(よしえ)「ねえ、やっぱやめようよ。こんなことしても…」
まなみ「何言ってるの。あなたが言い出したのよ。今さら怖(お)じ気(け)づいてどうするの」
好恵「でも、私は別に…。見てるだけでよかったのに」
まなみ「あのね、そんなんだから彼氏とかできないのよ。ここは攻(せ)めていかなきゃ」
好恵「えっ…。でも、私…」
まなみ「今日のために、あたしがどれだけ時間を費(つい)やしたか知ってるの? あなたのわがままをきいて、あなたが一番似合う服をそろえてあげたのよ」
好恵「私、別にわがままなんか言ってないでしょ。ミニスカートは嫌だって言っただけで」
まなみ「男を振り向かせるのに一番手っ取り早いのは、胸と足よ。好恵は足を見せるしかないでしょ。だから、ミニじゃなくキュロットにしてあげたじゃない」
好恵「そりゃ確かに、私は胸はないわよ。でも、だからって足を出せばいいなんて…」
まなみ「(ため息をつき)あのさ。好恵は彼氏が欲しいの、欲しくないの?」
好恵「……。そ、それは、欲しいわよ」
まなみ「だったら、女の武器を使うしかないでしょ。普段パンツばっかで、オシャレとか気にしてないんだから。だからダメなのよ」
好恵「そんなこと…。私だって、それなりに考えてるわよ」
まなみ「ねえ、好恵ってけっこう可愛(かわい)いわよ。色白だし、スタイルだって悪くない。もっと自信をもたなきゃ。あなたに足(た)りないのは、そこなのよ」
カフェに若い男が入ってくる。二人の近くの席に座る。好恵がそわそわしだす。
まなみ「(声をおとして)ねえ、あの人なの?」
好恵、緊張して飲みのもを口にするが、持つ手が小刻みに震える。
まなみ「(男を盗み見て)へえ、なかなかじゃない。こりゃ、やり甲斐(がい)あるわ」
まなみ、にやにやと笑う。好恵は、逃げ出したい気持ちでいっぱいになっている。
まなみ「ちょっと、落ち着きなさいよ。大丈夫だから。あたしの言う通りにすれば…」
好恵「ダメ。無理、絶対ムリ。私、帰る。帰っていいかな? 帰るわ」
まなみ、立ちあがろうとする好恵の手をつかんで、
まなみ「逃げちゃダメ。ここで逃げたら、恋人なんかできないわよ。それでもいいの?」
好恵、立つのをやめて、うつむきながら首を振る。覚悟を決めたようだ。
まなみ「じゃあ、作戦開始よ。ここは、Bパターンでいきましょう。あれだけのイケメンよ。女性との付き合いも多いはずだから、こっちもガツンとかましてやりましょ」
好恵「えっ、ちょっと待って。Bパターンって、どうするんだっけ?」
まなみ「何言ってるのよ。昨日、さんざん打ち合わせたじゃない。忘れちゃったの?」
好恵「ご、ごめん。私、ダメかも…。もう、頭の中、真っ白で…」
まなみ「仕方ないわね。あたしも一緒に行ってあげるわ」
二人、ゆっくり立ちあがる。そして、若い男の方へ歩き出した。
<つぶやき>Bパターンって? ちょっと気になっちゃいます。成功するんでしょうか。
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2012年11月16日

「兄と妹」

(再公開 2017/05/14)
独り暮らしの兄・隆夫(たかお)のマンション。そこへ妹・好恵(よしえ)が来ていた。何かと世話をやく好恵を、隆夫は持てあましていた。話は結婚のことにおよんで、
隆夫「俺は結婚できないんじゃなくて、結婚しないんだ」
好恵「もう、いつもそうなんだから。お兄ちゃん、もっと現実を見なさいよ」
隆夫「何で、お前にそんなこと言われなきゃいけないんだよ」
好恵「それは、お兄ちゃんのこと心配してるんでしょ。ほんと、お兄ちゃんって、人とのコミュニケーションが下手(へた)なんだから。そんなんじゃ、絶対結婚なんて無理よ」
隆夫「うるさい。余計なお世話だ。いいから、お前、帰れよ」
好恵「この間の、あの人は? ほら、すっごくいい感じだったじゃない」
隆夫「えっ?(少し動揺して)だ、誰の話してんだよ」
好恵「誰って…。もう、とぼけちゃって。私、あの人ならいいと思うわ。優しそうだし」
隆夫「あいつは、ダメだろ。なに言ってんだよ。あの人は、そういう、あれじゃ。――もういいから、帰れよ。お前さ、何しにうちへ来るんだ? ここはな、お前の家じゃないんだぞ。用もないのに来るなよ」
好恵「用ならあるわよ。私が来なかったら、この部屋グチャグチャになるでしょ」
隆夫「ならないよ。たとえなったとしても、お前には関係ないだろ」
好恵「あるわよ。グチャグチャだったら、私、泊(と)まれないじゃない」
隆夫「何だよそれ。また、泊まるつもりでいるのか? ここは、旅館じゃないんだぞ」
好恵「いいじゃん。ここからの方が、学校も近いし。何かと都合がいいのよ」
隆夫「お前な…。あれか? また親父と喧嘩(けんか)でもしたんだろ」
好恵「そんなんじゃ…。いいでしょ、私だってたまには息抜きしたって」
隆夫「あのな。親に心配かけんなよ」
好恵「お兄ちゃんに、そんなこと言われたくない。お兄ちゃんこそ、心配かけてんじゃん」
隆夫「俺は、ちゃんと働いてんだよ。学生のくせに、なにえらそうに…」
好恵、膨(ふく)れっ面(つら)をして黙ってしまう。まだあどけない子供のよう。
隆夫「あのな。そんな顔してもダメだからな。帰れ」
好恵「何よ。今日の夕飯、私が用意してあげたじゃない。それなのに追い出すの?」
隆夫「用意したって、スーパーの惣菜(そうざい)を温めただけだろ。それに、お金はさっき渡したじゃないか。お前も、少しは料理くらい出来るようにしないと…」
好恵「出来るわよ。この間なんか、ハムエッグ作ったんだから」
隆夫「(笑って)真っ黒にしたんだってな。ちゃんと聞いてるぞ」
好恵「何で知ってんの? あ、あれは、ちょっと失敗しただけで…」
隆夫「ちゃんと、母さんに連絡しとけよ。でないと、俺が怒られるからな」
好恵「えっ? じゃ、いいの。泊まっても?」
隆夫「ああ、今日だけだぞ。それと…」
好恵、兄の話を最後まで聞かずに、すぐに携帯を出して家に電話をかけだす。
<つぶやき>兄にとって、妹は可愛くて…。妹は、ちゃっかり利用しちゃうんですよね。
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2012年11月30日

「新種創造」

(再公開 2017/05/23)
○ 深い森の入口
教授と助手がリュックを背負い、網(あみ)を持って立っていた。
助手「(不安気に)ほんとに行くんですか?」
教授「当たり前だ。あのゴキブリ野郎に負けてたまるか」
助手「でも、新種の昆虫がそう簡単に見つかるはずありませんよ」
教授「何を言うか。そもそも、私の方が先だったんだ。あの昆虫を発見したのは」
助手「そうかもしれませんが、横島(よこしま)教授が先に発表してしまったんですし」
教授「横島! あいつは、いつもそうだ。私の邪魔(じゃま)ばかりしやがって」
助手「教授、大丈夫ですか。あんまり興奮(こうふん)すると」
教授「行くぞ。この森の中には必ず新種の昆虫がいるはずだ。私に捕まるのを待ってる」
助手「はあ。でも…」
教授「心配するな。ここはホットスポットなんだ。新種の昆虫の宝庫さ」
教授を先頭に森へ分け入る。道なき道を進んでいく。
○ 古びた建物の前
森の中に突然現れた建物。二人は驚いて建物に近づいて行く。
教授「なぜだ。なぜこんなところに、こんなものが」
助手「人が住んでるんでしょうか? もしかしたら、廃墟(はいきょ)かもしれませんよ」
建物の入口の戸が、音をたてて開く。中から老人が顔を出した。
老人「何か用かね? こんなとこへ来るんだ。お前たちの目的はあれだろ」
助手「あの、僕たちは、その、昆虫を探して…」
老人「だったら入りな。ここには、お前たちの欲しがってるものがあるぞ」
老人は、二人を中へ招き入れた。二人は、恐る恐る入って行く。
○ 実験室
実験器具などが並べられている部屋。昆虫が入っているケースも並んでいる。
教授「(ケースの中の昆虫を見て)これは…。まさか、こんなところに」
老人「さすが、お目が高い。そいつは、つい最近発見された新種さ」
教授「信じられない。まだ、一匹しか見つかっていないはずだ」
助手「教授! これを見て下さい。これって、横島教授が発見したやつですよ」
教授「どれだ。(駆け寄り見つめる)うーん。間違いない。これは私が発見したやつだ」
老人「ほう。横島を知ってるのか? あいつは、金払いが悪くてな」
教授「(老人に詰め寄り)どういうことだ。あんたはいったい、何者なんだ」
老人「そんなことより、これなんかどうかね。(ケースの一つを見せて)この、何ともいえない色と輝き。フォルムも最高のできばえさ」
教授は、その昆虫に魅了(みりょう)されてしまう。
老人「百万でどうだ。こいつの発見者になれるんだ。けして高くはないと思うが」
教授「これは、素晴らしい。こんな昆虫がいたなんて…。分かった。払おう。絶対に他の奴に渡さないでくれ。これは、私の昆虫だ。ハハハハハハハ」
<つぶやき>まねしないで下さい。自然の摂理(せつり)に逆らったら、どんなしっぺ返しが来るか。
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2012年12月14日

「違うでしょ」

○小さな食堂(しょくどう)の店先(みせさき)
どこにでもあるような食堂。目新しいものはないが値段は安くて、まあまあ美味(おい)しいものが食べられる。まだ贅沢(ぜいたく)が出来ない若い二人は、ちょくちょく利用していた。
店に入ろうとする男性。だが、女性のほうは店の前で足を止めてしまう。
「(えっ、ここ? 何で?)ねえ、違(ちが)うよね? だって、今日は…」
「ごめん。ちょっと、いろいろあって…。本当は、他の店を予約(よやく)してたんだけど、そこがね、何か食中毒(しょくちゅうどく)出したとかで、営業停止になっちゃって…」
「でもでも、ここは違うよね。だって…(わたしの誕生日よ。それなのに…)」
「他の店を探してみたんだけど、どこも一杯(いっぱい)で、予約が取れなかったんだよ」
「それで、このお店?(えっ、そんなの…)」
「入ろうよ。もう、お腹(なか)すいちゃった。ねっ」
男は店内へ入っていく。女はがっかりしたような顔をする。
○回想(かいそう)・彼女のアパートの前(夜)
デートのあと、彼女を家まで送ってきた彼。別れ際(ぎわ)に、
「今日は楽しかったね。また明日…。(女が少し離れたところを呼び止めて)そうだ。今度の誕生日には、絶対びっくりさせるから。楽しみにしてて」
笑顔で手を振る男。女も小さく手を振り返す。
○同じ食堂の店先
まだ店の前に立っている女。口に手を当てて何か思案顔(しあんがお)。
「(楽しみにしててって言ったくせに。もう、がっかりだわ。あっ、ひょっとして貸し切り? わたしのために…。でも…、ちょっと違うけど、しょうがないか…)」
女は店の中へ入って行く。
○同 店内
テーブルが四つほど並び、カウンター席もある。他の客が数人、食事をしていた。彼は一番奥のテーブルに座って、彼女に小さく手招(てまね)きをする。彼女は店の中がいつも通りなので、さらにがっかりした顔になる。足取り重く、彼の前まで行き座る。
「いつものでいいかな? それとも、何か他のにする?」
「ねえ、その前に、ちょっと確認(かくにん)しときたいんだけど。この前、言ったよね。誕生日にはびっくりさせるって…。あれって…(プロポーズじゃかいのかよ)」
「あ、それね…。えっと…、まあいいか。あの、僕と結婚して下さい。指輪(ゆびわ)は…、ちょっと手違(てちが)いがあって、間(ま)に合わなかったんだよね。ごめんね…」
「えっ…。(このタイミング? 言っちゃうんだ。さらっと、こんな大事(だいじ)なこと…。違うでしょ? 違うよね。もう、信じられない。指輪がないんなら別に日にしなさいよ)」
女はもやもやした笑い方をして、
「びっくりさせるって、こういうことなんだ。よく分かったわ。ああ、びっくりだわ。ほんと…。わたし、帰るね。さようなら」
女は立ち上がり、すたすたと店を出て行った。男は茫然(ぼうぜん)と女を見送った。
<つぶやき>カッコ内の台詞は、彼女の心の声です。誰でも、違うと思っちゃいますよね。
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2016年07月06日

「家事手伝い」

○とあるマンションの部屋
五郎(ごろう)が一人暮らしをしている家。彼は几帳面(きちょうめん)な性格(せいかく)でいつもならきれいに整頓(せいとん)されているはずなのだが、今は足の踏(ふ)み場もないほど散(ち)らかっている。その中で何かがうごめいているような、そんな気配(けはい)が感じられる。
○同マンションの玄関中
鍵(かぎ)を開ける音。五郎が仕事から帰って来る。ドアを開けて中に入ったとたん、あまりの変わりようにしばし唖然(あぜん)として立ちつくす。彼は慌(あわ)てて靴(くつ)を脱ぐと、置かれている段ボール箱などを押しやりながら部屋に入って行った。
○同マンションの部屋
部屋の入口で立ちつくす五郎。思わず叫(さけ)んだ。
五郎「何じゃ、こりゃ…! ど、どうなってるんだ!」
部屋に置かれたソファの陰(かげ)から、のっそりと顔を出した若い女。五郎に気づくと、すっとソファの陰へ隠(かく)れる。五郎は散乱(さんらん)している雑誌や服などに足を取られながらも何とかソファまでたどり着くと、女の首根(くびね)っこをつかんで引っ張り上げた。
五郎「何をしている。これはどういうことなんだ? ここは俺の…」
女は五郎の手から逃れると部屋の隅(すみ)へ行って、ぎこちなく愛嬌(あいきょう)を振(ふ)りまいて言った。
「ごめんなさい。どうしてもお引っ越し、しなくちゃいけなくなって…」
五郎「一晩(ひとばん)だけって約束(やくそく)だろ? だから、今朝だって出るとき合鍵(あいかぎ)渡してポストにって…。そうか、最初っからそのつもりで…。なに考えてんだ!」
五郎は女に迫(せま)って行く。女はちょこまかと逃げ回りながら、
「違(ちが)うの、そんなつもりじゃなかったの、信じて。ちゃんと話すから、聞いてよ」
五郎は立ち止まる。女は息を整(ととの)えると、
「朝、帰ったら大家(おおや)さんがいて…。わたし、家賃(やちん)を滞納(たいのう)してて…、それで出てけって。わたし、ためてた家賃払ったんだけど、許(ゆる)してくれなくて…」
五郎「だからって、俺のところへ来なくてもいいだろ。実家(じっか)とか、友だちの――」
「ごめんなさい。でも、そのお金、あなたに借(か)りちゃったから。そこの引出(ひきだし)にあった…」
五郎、慌てて引き出しを開けて確かめる。愕然(がくぜん)とする。
五郎「ああっ、忘れてた。(震える声で)この金は…、俺が…、俺が…」
「ごめんなさい。わたし、ちゃんと返すから。それまで、ここにおいてもらえないかな?」
五郎「はぁ? なに言ってるんだ。冗談(じょうだん)じゃないぞ。泊(と)まる所がないっていうから…。それを、こんなのってありかよ。俺、バカみたいじゃないか」
「わたし、ほんとに感謝してるのよ。見ず知らずのわたしを、下心(したごころ)なしに泊めてくれて…。ほんとに良い人だと思ってる。だから、ちゃんとしないといけないと思って」
五郎「お前、仕事は? ちゃんと仕事してれば、そんなことにはならないはずだ」
「あの、何ていうか、いろいろあって…、今は無職(むしょく)…? 仕事は探してたのよ、わたしなりにちゃんと…。でも、なかなか…、やっぱり不景気(ふけいき)なのかしらね…。あの、それでね…、今日からは家事手伝いってことで、よろしくお願いします」
<つぶやき>大丈夫なんでしょうか? 彼女に、家事が出来るとは思えないんですが…。
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2016年07月30日

「逃がし屋」

○とある惑星(わくせい)にある飲み屋
薄暗い店内。けっこう混(こ)み合っていて、いろんな言語(げんご)が飛び交っていた。陽気(ようき)な音楽が流れ、ステージでは踊り子たちが客を楽しませていた。
人目(ひとめ)につかない店の奥のテーブルで、男と女が何やら密談(みつだん)をしている。
 「本当にあたしを逃(に)がしてくれるんでしょうね?」
 「もちろんだ。でも、それは報酬次第(ほうしゅうしだい)だけどな…。こっちも商売なんだ、悪く思わんでくれ。で、あんたは誰に狙(ねら)われてるんだい?」
 「それ、聞いちゃう? そういうの、気にするんだ」
 「そりゃ気にするだろ。やばい相手(あいて)だと、こっちもこれからの商売がやりにくくなるからな。それに、こういう商売は、いろいろと…。ほら、分かるだろ?」
 「じゃ、いいわ。他を捜(さが)すから…」
立とうとする女の手をつかんで、男は女を席に戻す。
 「待てよ、まだ話はついてない。それに、俺より凄腕(すごうで)の逃がし屋はどこにもいないぜ」
 「ふん、自信満々(じしんまんまん)ね。でも、あたしの話を最後まで聞いたら、きっとあなたもすぐに逃げ出すわ。――あたし、ガバンから逃げたいの」
 「(目を見開いて)ガバン…、あのドラグ・ガバンか? こいつは驚(おどろ)いた」
 「あなた、知ってるの? あいつのこと」
 「まあな、ちょっとした顔見知(かおみし)りってとこかな…。しかし、こりゃ相当(そうとう)やばいな」
 「いいわよ、断(ことわ)っても。どうせあなたも命(いのち)が惜(お)しいんでしょ」
 「誰が断ると言った。で、何やらかしたんだ? 盗(ぬす)みか、それとも――」
 「あたしは、まっとうに仕事をしてるわ。これでもお金は持ってるのよ」
 「そりゃ頼(たの)もしいねぇ。これで商談(しょうだん)も先へすすむってわけだ。でも、そんなお嬢(じょう)さんが、どうしてあんな奴(やつ)と付き合ってるんだい?」
 「付き合ってなんかないわ。向こうから近づいて来るだけよ。あたし、あんまりしつこいから張(は)り倒(たお)してやったわ。そしたら、手下(てした)たちが押しかけて来て…」
 「そりゃ面白(おもしろ)いや。見てみたかったなぁ。――何がねらいだ? ガバンは下手物(げてもの)好きだ。あんたみたいな美人に惚(ほ)れるはずがない」
 「(顔色が変わり)そ、そんなの知らないわよ。それより、引き受けてくれるの?」
 「そうだな…、1000でどうだ。こっちもいろいろ準備が必要だから、さしあたりその半額の500は先に払ってもらわないとな」
 「500?! それは高すぎるわ。今は、300しか持ってないもの」
 「それじゃ話にならないな。こっちは命がけの仕事だ。それだけじゃ…」
 「払うわよ、1000でも2000でも…。あてはあるの。そこへ連れてってくれれば、あなたが望(のぞ)むだけあげるわ」
 「こりゃ、楽しい旅になりそうだ。じゃ出ようか? 急がないと、ガバンって野郎(やろう)は犬並(な)みに鼻(はな)がきくからな。見つからないうちに、すぐに出航(しゅっこう)しないと。いつでも飛べるように準備はしてあるんだ。300あれば、出航の許可(きょか)が下(お)りるはずだ」
<つぶやき>彼女は訳ありのようですね。果たして、逃げ切ることができるのでしょうか?
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2016年10月26日

「選ばれし者」

女が一人、座(すわ)っている。目の前にいる誰(だれ)かに何かを頼(たの)まれているようだ。何度か相(あい)づちをうっていたが、困(こま)った顔をして話し始める。
「えっ、そうなの? そんなこと急に言われても…、あたし困るわ」
女は目線を外して小さくため息をつく。
「あのさ…、どうしてあたしなの? あたしがいないときにそんなこと決めるなんて…、もうひどいよ。他にもいるじゃない、もっとふさわしい人が…。そうでしょ?」
相手が何かを話している間、また相づちを繰り返す。だんだんいたたまれなくなってきて、話を止めるように口を挟(はさ)む。
「だってさ! それ何か違(ちが)うでしょ。それで、どうしてあたしになるの? やっぱり、おかしいよ。もう…、あたしにはムリだから。そんなことできない!」
女はそっぽを向く。だが相手がまた何か言うたびに、女は背(せ)を向けたまま身体をよじらせ、しまいには悲しげな顔になり振り返る。
「ダメよぉ、そんなこと言っても…。ムリなものはムリなの…。(懇願(こんがん)するように)ねえ、他の人に頼んでよ。お願い! 他にもいるじゃない、上手(うま)くやれる人が…」
相手が話している間、女はだんだん恥(は)ずかしそうに、ニヤニヤそわそわし始める。
「ちょっと待って…。それって、あの人が言ったの? あたしのこと…」
あの人とは、どうやら女が片思(かたおも)いをしている相手のようだ。目の前にいる人物は、何か交換条件を提案(ていあん)して女に納得(なっとく)させようとしていた。女は思わず立ち上がり、
「そ、そんなの…。あたしに…、それ、言っちゃうの…?」
女はもどかしそうに座ると、しばらく悩(なや)んで、すごく悩んでから、
「でも…、でもね…。あたしには、信じられないんだけど…。あの人が、そんな…、あたしに、あたしと…そういうこと…」
女はしばらく相手の顔をまじまじと見つめる。だんだんと睨(にら)みつけるような恐い目つきになる。相手は多少ひるんだように目をそらしたようだ。
「(冷静(れいせい)を装(よそお)いながら)じゃあ、会わせてよ、あの人に。あの人から、直接(ちょくせつ)、確(たし)かめたいの。そうじゃなきゃ、引き受けられないわ」
相手は喜んで女のことを称賛(しょうさん)しはじめる。女はそれを止めるように、
「やめてよ! あたし、まだ引き受けたわけじゃないわ。あの人に会ってからよ」
相手は何か困ったような顔をして話し出す。女の表情が曇(くも)ってくる。
「そんな…、いないってどういうことよ。どこへ行ったの? それじゃ、ぜんぜん話が違うじゃない。ねえ、本当にあの人が言ったの? ウソとかつかないでね」
相手は平身低頭(へいしんていとう)してあやまり、さらに泣き落としにかかる。女は驚き、困り果て、
「ちょっと、やめてよ。そんなことしないで……。泣きたいのはこっちなんだから」
女は手で顔をおおいうなだれる。呻(うめ)き声がもれる。女は意(い)を決して立ち上がると、
「分かったわよ。やればいいんでしょ! やってあげるわよ。その代わり、このことがちゃんと上手くいったら…。あの人と…、そういう…、あなたがいま言ったみたいに、あれになるように、して…、欲しいなって…。分かってる? 絶対(ぜったい)だからね、約束(やくそく)よ」
<つぶやき>さて、彼女は何を頼まれたのでしょうか? 上手く行くといいですけど…。
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2016年12月18日

「絶滅危惧種」

空港内のとある一室。大きな机(つくえ)と数脚(すうきゃく)の椅子(いす)が置かれているだけで、会議室というには殺風景(さっぷうけい)な感じである。外国人風の若い女に案内されて、大きな荷物を抱(かか)えた若い男がやって来る。その後に数人の男たちが続く。
ローザ「どうぞ、こちらへおかけになって下さい」
若い女は机の前の椅子をすすめる。女は男と対面(たいめん)するように席(せき)につく。
ローザ「私、ローザ・山下です。政府の日本保護機関(ほごきかん)で働いている者です。少し、お聞きしたいことがあって、こちらに来ていただきました。質問(しつもん)、いいですか?」
若い男「あ、はい。かまいませんが…」
ローザ「あなたは五年前に出国(しゅっこく)されていますね。今までどちらの国にいましたか?」
若い男「えっと、アジアを旅してました。あっちこっちへ…、旅をするのが好きで…」
ローザ「あなたのパスポートを拝見(はいけん)しました。それによると、日本で起きたパンデミックの前に出国されていますね。間違いありませんか?」
若い男「パンデミックって…。何のことですか?」
ローザ「(驚いて)あなた、知らないですか? 五年前に起きた伝染病(でんせんびょう)の大流行(だいりゅうこう)を…。一年間、日本は封鎖(ふうさ)されていたんですよ」
若い男「そんな…、知りませんでした。旅行中は誰とも連絡(れんらく)してないし。そういうニュースを聞ける場所にはいなかったんで。携帯(けいたい)も非常用のつもりで電源は切ってあったし」
ローザ「そう、そうなんですか…。あなたのご両親、御家族は日本人ですか? 血縁(けつえん)の人で、外国人と結婚した方はいませんか?」
若い男「いないはずですけど…。両親も日本から出たことありませんし」
ローザ「純粋(じゅんすい)な日本人、分かりました。すぐにあなたの家族と会えるように手配(てはい)します」
ローザは男の一人に合図(あいず)をすると、男は部屋を出て行く。
ローザ「ご無事(ぶじ)だといいんですか…」
若い男「そんな、ひどいことになってたんですか?」
ローザ「ええ、日本人の八割(はちわり)が亡くなりました。そのほとんどが、赤ちゃんから三十代までの若い方たちでした。感染(かんせん)が治(おさ)まった後、政府は税収(ぜいしゅう)を補(おぎな)うために、外国からの移住(いじゅう)を促進(そくしん)しました。それにより、純粋な日本人、子供を作ることのできる若い独身(どくしん)の日本人が減(へ)り続けています。純粋な日本人は全滅寸前(ぜんめつすんぜん)というわけです」
若い男は首をかしげるばかりで、彼女の話の内容が理解(りかい)できないようだ。
ローザ「そこで、あなたには、これから精密検査(せいみつけんさ)を受けていただきます。健康状態に問題がなければ、あなたは日本政府の特別保護対象(ほごたいしょう)になります。――心配(しんぱい)は何もありません。あなたは今まで通り自由に生活できます。住宅は勿論(もちろん)、生活や、医療(いりょう)にかかる費用(ひよう)はすべて政府が負担(ふたん)します。ただ、あなたには純粋な日本人を増やすため、こちらで指定した純粋な日本人女性たちと子作りに励(はげ)んでもらいます」
若い男「ちょっと待って下さい。それは、どういうことですか?」
ローザ「日本人の絶滅を防(ふせ)ぐためにはこれしかないのです。もし希望(きぼう)があれば、その中の女性から一緒(いっしょ)に暮らす妻(つま)を選ぶことができます」
<つぶやき>もし地球上から日本人がいなくなったら…。あまり考えたくないですよね。
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2017年02月09日