超短編戯曲一覧

「おもかげ」

(再公開 2017/08/25)
落ち着いた雰囲気(ふんいき)の喫茶店。マスターの好みなのかジャズが微(かす)かに流れている。そこへ、男女の客が入って来る。二人が席につくと、マスターが注文を聞きにやって来た。
マスター「(男に向かって)お久しぶりですね。いつものでいいですか?」
智也(ともや)「ええ。お願いします」
マスター「(女に向かって)そちらは?」
百合恵(ゆりえ)「じゃあ、(メニューを見てちょっと迷ったが)カフェオレを」
マスター「かしこまりました。しばらくお待ちください」
マスターは席から離れていく。それを待っていたかのように百合恵が小声で、
百合恵「ねえ、ここへ来たことあるの?」
智也「ああ、たまにね。なかなかいい店だろ。ちょっと気に入ってるんだ」
百合恵「(店内を見回して)そうね。あたしも近くまで来たら寄ろうかしら。――ねえ、いつものって、なに頼んだの?」
智也は笑って誤魔化(ごまか)して、それには答えなかった。百合恵は話題を変えて、
百合恵「ねえ、覚えてる? 今日が何の日か。私たちが出会って、ちょうど一年よ。早いよね、もう一年たったなんて信じられない。そう思わない?」
百合恵は智也の様子がおかしいのに気がついた。何となく元気がないような。そこへウエイトレスが来て、二人の前に注文したものを置いていく。智也の前に置かれたものを見て驚く百合恵。ウエイトレスが行ってしまってから、
百合恵「クリームソーダ? 何で? えっ、智也ってそういうの飲むんだ」
智也「(意味ありげに笑うと)まあ、たまにだけどね」
智也はしばらくクリームソーダを眺(なが)める。その様子を不思議そうに見つめる百合恵。
数日後、同じ店に百合恵が一人でやって来た。彼女はカウンターの席に座る。
マスター「今日はお一人ですか? ご注文は?」
百合恵「じゃあ…。(何かを思いついてクスッと笑い)クリームソーダを」
マスター「はい。かしこまりました」
マスターが手際(てぎわ)よくクリームソーダを作り始める。それを見ながら百合恵が、
百合恵「あの、この前、あたしと一緒(いっしょ)に来た…」
マスター「近藤(こんどう)様ですか? 昔からよく来てくださる常連(じょうれん)の方ですよ」
百合恵「変なことを訊(き)きますけど…。彼、何でクリームソーダなんでしょう?」
マスター「ああ。もう、五、六年前でしょうか。一緒におみえになっていた女性の方が、いつも注文されていて。お一人でおみえになるようになってからは、いつもそれを」
百合恵「その女性って?――ごめんなさい。彼には、このことは内緒(ないしょ)で…」
マスター「(クリームソーダを百合恵の前に出しながら)はい。私も詳(くわ)しくは知らないんですが。交通事故でお亡くなりになったと聞いています」
百合恵「(ちょっとショックを受けて)そ、そうなんだ。全然知らなかったわ。彼ったら、まだその人のこと…。あーぁ、それじゃ、焼きもちも焼けやしないわ」
<つぶやき>好きだった人の面影は、いつまでも心の中に残ってる。それは誰にでも…。
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2013年08月26日

「サイケな彼女」

(再公開 2017/09/02)
三泊四日で友達と旅行に出かけていたママ。家族を残して旅行に出かけるのは初めてで、家のことが心配で目一杯(めいっぱい)楽しむことは出来なかった。何しろ、夫は家事は全くしないし。ママは家の中が悲惨(ひさん)なことになっていないか不安な気持ちで玄関を開けた。
ママ「ただいま。(返事がない)変ねえ。出かけてるのかしら?」
ママは廊下(ろうか)を通り居間(いま)へ入ろうとすると、居間の扉(とびら)が開いて中からパパが出て来た。
パパ「(後ろ手に扉を閉めて)お帰り。早かったね。帰りは夜になるんじゃなかったの?」
ママ「うん、そのつもりだったんだけど。先に帰って来ちゃった」
パパ「(扉の前で)そ、そうなんだ。ゆっくりしてくればよかったのに…」
ママ「ねえ、そこどいてよ。入れないでしょ」
パパ「あーっ、そうだね。荷物、持ってあげるよ。(荷物を受け取り)おっ、おもっ」
ママ「おみあげ、一杯買って来ちゃった」
居間の中から「もういいよ」と子供たちの声がする。
ママ「なあに? 何かあるの?」
パパ「いや、何でもないよ。(ママを先に行かせて)みんな、ママの帰りを首を長くして…」
居間に入るママ。部屋の中は思っていたより奇麗(きれい)になっていた。ママは少しホッとして、駆け寄ってきた子供たちを抱きしめる。
ママ「良い子にしてた? パパを困らせたりしなかったでしょうね?」
息子「うん。ちゃんとお手伝いしたよ。ねえ、僕のお土産(みやげ)はなに?」
「ねえ、ママ。あたしね、ちゃんとお掃除(そうじ)とかしたわよ。奇麗になってるでしょ」
ママ「(部屋を見回して)そうね、ありがとう。でも――」
ママは何か違和感(いわかん)を憶(おぼ)えて言葉を切る。いつもの部屋なのだが、何かが違う。その何かが何なのか、ママには分からなかった。
パパ「どうかした?(何かを誤魔化(ごまか)すように)疲れただろ。今日はゆっくりして…」
その時、寝室のほうからサイケな若い女が出て来る。彼女は意味深(いみしん)に微笑(ほほえ)みかけると、
「そんじゃ、あたし、時間なんで帰るわ。あとよろしく」
「えっ、まだいいじゃない。もう少しいてよ。お願い」
女はそのままスタスタと玄関へ。子供たちは後を追いかける。
ママは唖然(あぜん)とした顔をして見送る。女が居間から出て行くと、
ママ「ねえ、今の娘(こ)、誰? 何で私たちの寝室にいたの?」
パパ「(恐る恐る)あ…、あの人はね、ほら、子供たちのことを見てもらおうと…」
ママ「はい? どういうこと。分かるように説明してよ」
パパ「だから、ベビーシッターっていうか、その、ママの代わりに、いろいろと…」
ママ「そんな話、聞いてないけど。それに、なに、あの娘(こ)の格好。あんな…」
パパ「でも、とってもいい娘(こ)なんだよ。ちょっとしゃべり方がフレンドリーすぎるけど、とっても気がつくし。――勿論(もちろん)、君ほどじゃないけど」
ママ「(パパへ疑(うたが)いの目を向けて)そうなんだ。――じゃ、どんなことをしてもらったのか、今夜じっくり聞かせてもらおうじゃない」
<つぶやき>奥さんのいない間に、勝手なことをしないようにね。後で何を言われるか。
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2013年11月07日

「ご主人さま」

(再公開 2017/09/08)
とあるアパートの一室。運送業者が大きな段ボール箱を運び込んでいた。その様子を困(こま)った顔をして見つめるタクミ。運送業者は部屋の真ん中に箱を置くと、受取のサインをもらって帰っていく。タクミは箱に貼(は)られた送り状を見て、
タクミ「まったく、お袋(ふくろ)、なに送ってきたんだよ。こんなでっかいの…」
タクミは箱を蹴飛(けと)ばすと、携帯を取り実家へ電話をかけようとする。その時、箱の中からピーッという小さな音が聞こえた。タクミは箱に近づく。また音がする。
タクミ「何なんだよ。また、変なもんじゃないだろうな」
タクミは梱包(こんぽう)を取ると、箱に貼られた荷造りテープを勢いよくはがす。そして箱を開けると、ワッと悲鳴をあげてその場で腰を抜かした。
タクミ「(震える声で)何だよ。何で、人が入ってんだよ。えっ、まさか死体?」
タクミは恐る恐る腰を上げて箱の中を覗(のぞ)こうと。その時、人の顔が飛び出してきた。タクミはまた悲鳴をあげて倒れ込む。中から出て来たのは女の子。女の子は箱から飛び出ると、部屋の中をぐるっと見回した。そしてタクミに視線を合わせると、
ヨシエ「(機械的な声で)ご主人さまを確認。これより任務(にんむ)を遂行(すいこう)します」
タクミ「なに? 何なんだよ。君は、一体誰だ? どうしてここに」
ヨシエ「私はヨシエ。横田好恵(よこたよしえ)のオーダーでやって来ました。あなたをサポートするようにプログラムされています」
タクミ「好恵って、お袋の名前じゃない。それに、何だよサポートって?」
ヨシエ「ご主人さまのデータはすべてインプット済(ず)みです。ご主人さまの健康管理から婚約者の選別(せんべつ)までサポートします」
タクミ「いいよ、そんなこと。サポートなんか必要ないから、もう帰ってくれ」
ヨシエ「そのオーダーはお受けできません。ご主人さま、現在、お付き合いしている女性は存在していますか?」
タクミ「そ、それは…。何で、お前にそんなこと言わなきゃいけないんだよ」
ヨシエ「微妙(びみょう)、微妙…。室内に女性の持ち物発見できず。存在しない確率92%」
タクミ「もういい加減にしてくれよ。帰らないと警察呼ぶぞ!」
タクミはヨシエの腕(うで)をつかみ引っぱろうとする。が、びくともしない。
ヨシエ「しつけモードに切り替えます。反抗(はんこう)は許(ゆる)されません」
ヨシエはタクミのえり首をつかむと、片手でグイっと持ち上げた。タクミは手足をバタつかせもがくが、逃げることができない。たまらず、
タクミ「分かった。分かったから、放(はな)してくれ…」
ヨシエ「(手を放し)しつけモード解除。今から観察モードに入ります。ご主人さまの行動を観察し、問題点を洗い出します。さらに、現在、接触(せっしょく)している女性の中から、婚約者にふさわしい人物を選別していきます」
タクミ「まさか、会社までついて来るっていうのか? そんなこと止めてくれよ」
ヨシエ「そのオーダーは却下(きゃっか)します。すでに、同行(どうこう)の許可(きょか)は得(え)ています」
<つぶやき>もしこんなアンドロイドが現れたら、もう大変なことになっちゃうかもね。
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2014年03月02日

「脅迫」

(再公開 2017/09/16)
ホテルの一室。室内は間接(かんせつ)照明だけで薄暗くなっている。女が一人、ソファに座り室内の一点を見つめていた。ドアのノックの音が静寂(せいじゃく)を破(やぶ)った。女は意(い)を決して立ち上がると、ドアのロックを外して扉(とびら)を開ける。外にはよれよれのコートを着て、サングラスをかけた男が立っていた。女は無言で男を室内に招(まね)き入れてドアを閉め、後ろ手にドアのロックをかけた。男は座り心地のよさそうなソファにどかっと座る。
「さっそくだが、本題に入らせてもらうよ。こっちも少し訳ありでさ」
女はニヤついている男を見ながら、用意していたウイスキーとグラスを手にして、
「そんなに急がなくても。一杯どう? ごちそうするわ」
「悪いが、こっちも仕事なんでね。後にしてもらえるかな」
「そう。それは残念(ざんねん)」
女は二つのグラスをテーブルに置くと、自分のグラスだけにウイスキーを注(そそ)いだ。
「じゃあ、私は頂(いただ)くわね。(ウイスキーを一口飲んで)その前に、確かめたいわ。あなたが私の何を知っているのか。適当(てきとう)なこと言ってるだけじゃないの?」
「(不敵(ふてき)な笑(え)みを浮かべ)俺が何を知ってるかなんてどうでもいいじゃないか。あんたは俺の誘いに乗った。ということは、やましいことがあるんだろ」
「それは違うわ。根も葉もないことで、煩(わずら)わされたくないだけよ」
「ホントにそれだけかよ。それだけで金を出すなんて、あんたも変わってるな。まあいいや。で、いくら払ってくれるんだ?」
「それは、そちら次第(しだい)よ。あなたが知っていることを、話して頂かなくちゃ」
「ホントに食えねえ女だな。じゃあ、一つだけ教えてやるよ。あんたは、ある男と不倫(ふりん)をしていた。それも、かなりの大物とな」
女はくすりと笑う。男は怪訝(けげん)そうな顔で女を見つめた。
「あら、ごめんなさい。何だかおかしくて。フフフ…」
「そんなに面白(おもしろ)いかい? じゃあ、これならどうだ。その男が、なぜ死んだのか」
「もういいわ。じゃあ、こうしましょ」
女は立ち上がると、ソファの後ろからボストンバッグを出してテーブルの横に置いた。
「ここに一千万あるわ。これで忘れてもらえるかしら?」
「(バッグを取り中を確かめて)ハハハハハ…。ありがてえ、これだけありゃ」
「(ソファに座り)じゃあ、これで契約(けいやく)成立ね」
「ああ、これはもらっておくよ」
男は女のグラスを取り、ウイスキーを一気に飲み干した。そして立ち上がると、
「じゃあ、また連絡するよ。あんたほど上得意(じょうとくい)はいないからな」
男はニヤリと笑い、女に背を向けると二、三歩(ぽ)歩き出す。と、突然(とつぜん)苦しみ出して、その場に倒れ込んだ。女はもがいている男を見つめながら言った。
「残念ね。あなたは心臓発作で死んじゃうのよ。そしたら、集金に来られないわね」
突然、「はい、カット」と声がかかる。スタッフのざわついた声が部屋に響いた。
<つぶやき>よかったぁ。これはドラマの撮影だったんですね。二時間ドラマなのかな?
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2014年03月22日

「キューピット社」

(再公開 2017/09/25)
古びた貸(か)しビルの三階にあるオフィス。数人の男女が忙(いそが)しそうに働いている。若い女性が遠慮(えんりょ)がちに入ってくる。それを迎(むか)えたのはここの社長のようだ。
社長「いやぁ、いらっしゃい。よく来てくださいました」
社長は入って来た女性とにこやかに握手(あくしゅ)をかわす。女性は戸惑(とまど)いながら会釈(えしゃく)する。
社長「どうぞどうぞ、こちらへ」
社長はそんなに広くないオフィスの片隅(かたすみ)にある応接用のスペースへ案内する。女性を座らせると、社長は女性を気づかうように言葉をかけた。
社長「もう、落ち着かれましたか? いやぁ、災難(さいなん)でしたね。まさか結婚式の当日にドタキャンされるなんて。こんなことは滅多(めった)に――」
女性「あの、その話は、もう…。思い出したくないんです」
社長「ああーっ、これは失礼(しつれい)しました。そうですよね。無神経(むしんけい)なことを言ってしまって」
女性「いいえ、いいんです。それで、あの…。今日、お伺(うかが)いしたのは――」
社長「(満面の笑みで)では、我(わ)が社に来ていただけるんですね」
女性「いえ、それは…。あの、もう少しちゃんとお話しをうかがってから。私、先月、勤めてた会社を退職(たいしょく)して。上司(じょうし)には戻って来いって言われたんですが…。戻れば、あの人と顔を合わすこともあるんで…。だったら、全然違う仕事でやり直そうかなって…」
社長「なるほど。分かります。でしたら、この会社はあなたにうってつけだと思いますよ。この前もお話しましたが、我が社は縁結(えんむす)びが主(おも)な仕事です。片思いに胸を痛めている人から依頼(いらい)を受けまして、その恋の成就(じょうじゅ)のお手伝いをしているんです」
女性「それって、結婚相談所みたいな仕事ですか?」
社長「ちょっと違いますね。我々は好きな相手がいる方の依頼しか受けません。例えば、初めて会って恋に落ちてしまったとか、ずっと思い続けているのに告白できない。相手が自分のことをどう思っているのか分からないので恋に臆病(おくびょう)になってしまった、などなど。そういう人たちが、恋に一歩を踏(ふ)み出すきっかけをサポートしています」
女性「そんなことするのに意味があるんですか? いつまでも同じ人を好きになんか…。それに、相手の気持ちなんて分からないじゃないですか。嘘(うそ)をつくことだって」
社長「確かに、そうですね。我々が縁(えん)を結んだ人たちでも、別れてしまうことはあります。でもね、それでもいいんです。必ず恋がかなうわけではありませんが、その瞬間は間違いなく恋をしているんです。あなたも、そうだったんじゃありませんか?」
女性「そ、それは…」
社長「あっ、また余計なことを…。失礼しました。でも、そういうあなただからこそ、この仕事を手伝っていただきたいのです。恋はいいことばかりじゃありません。辛(つら)い思いをすることだってあります。だからこそ、あなたの助言(じょげん)が必要なんです。今は、好きだという気持ちを勘違(かんちが)いしている人が結構(けっこう)いますからね」
女性「私もその中の一人ですね。何か、自分が嫌(いや)になります」
社長「いえ、あなたは違います。あなたなら素敵(すてき)な恋ができますよ。私が保証(ほしょう)します」
<つぶやき>実はこの会社、恋の女神の指令でキューピットたちが運営してるらしいです。
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2014年05月15日

「家事手伝い」

○とあるマンションの部屋
五郎(ごろう)が一人暮らしをしている家。彼は几帳面(きちょうめん)な性格(せいかく)でいつもならきれいに整頓(せいとん)されているはずなのだが、今は足の踏(ふ)み場もないほど散(ち)らかっている。その中で何かがうごめいているような、そんな気配(けはい)が感じられる。
○同マンションの玄関中
鍵(かぎ)を開ける音。五郎が仕事から帰って来る。ドアを開けて中に入ったとたん、あまりの変わりようにしばし唖然(あぜん)として立ちつくす。彼は慌(あわ)てて靴(くつ)を脱ぐと、置かれている段ボール箱などを押しやりながら部屋に入って行った。
○同マンションの部屋
部屋の入口で立ちつくす五郎。思わず叫(さけ)んだ。
五郎「何じゃ、こりゃ…! ど、どうなってるんだ!」
部屋に置かれたソファの陰(かげ)から、のっそりと顔を出した若い女。五郎に気づくと、すっとソファの陰へ隠(かく)れる。五郎は散乱(さんらん)している雑誌や服などに足を取られながらも何とかソファまでたどり着くと、女の首根(くびね)っこをつかんで引っ張り上げた。
五郎「何をしている。これはどういうことなんだ? ここは俺の…」
女は五郎の手から逃れると部屋の隅(すみ)へ行って、ぎこちなく愛嬌(あいきょう)を振(ふ)りまいて言った。
「ごめんなさい。どうしてもお引っ越し、しなくちゃいけなくなって…」
五郎「一晩(ひとばん)だけって約束(やくそく)だろ? だから、今朝だって出るとき合鍵(あいかぎ)渡してポストにって…。そうか、最初っからそのつもりで…。なに考えてんだ!」
五郎は女に迫(せま)って行く。女はちょこまかと逃げ回りながら、
「違(ちが)うの、そんなつもりじゃなかったの、信じて。ちゃんと話すから、聞いてよ」
五郎は立ち止まる。女は息を整(ととの)えると、
「朝、帰ったら大家(おおや)さんがいて…。わたし、家賃(やちん)を滞納(たいのう)してて…、それで出てけって。わたし、ためてた家賃払ったんだけど、許(ゆる)してくれなくて…」
五郎「だからって、俺のところへ来なくてもいいだろ。実家(じっか)とか、友だちの――」
「ごめんなさい。でも、そのお金、あなたに借(か)りちゃったから。そこの引出(ひきだし)にあった…」
五郎、慌てて引き出しを開けて確かめる。愕然(がくぜん)とする。
五郎「ああっ、忘れてた。(震える声で)この金は…、俺が…、俺が…」
「ごめんなさい。わたし、ちゃんと返すから。それまで、ここにおいてもらえないかな?」
五郎「はぁ? なに言ってるんだ。冗談(じょうだん)じゃないぞ。泊(と)まる所がないっていうから…。それを、こんなのってありかよ。俺、バカみたいじゃないか」
「わたし、ほんとに感謝してるのよ。見ず知らずのわたしを、下心(したごころ)なしに泊めてくれて…。ほんとに良い人だと思ってる。だから、ちゃんとしないといけないと思って」
五郎「お前、仕事は? ちゃんと仕事してれば、そんなことにはならないはずだ」
「あの、何ていうか、いろいろあって…、今は無職(むしょく)…? 仕事は探してたのよ、わたしなりにちゃんと…。でも、なかなか…、やっぱり不景気(ふけいき)なのかしらね…。あの、それでね…、今日からは家事手伝いってことで、よろしくお願いします」
<つぶやき>大丈夫なんでしょうか? 彼女に、家事が出来るとは思えないんですが…。
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2016年07月30日

「逃がし屋」

○とある惑星(わくせい)にある飲み屋
薄暗い店内。けっこう混(こ)み合っていて、いろんな言語(げんご)が飛び交っていた。陽気(ようき)な音楽が流れ、ステージでは踊り子たちが客を楽しませていた。
人目(ひとめ)につかない店の奥のテーブルで、男と女が何やら密談(みつだん)をしている。
 「本当にあたしを逃(に)がしてくれるんでしょうね?」
 「もちろんだ。でも、それは報酬次第(ほうしゅうしだい)だけどな…。こっちも商売なんだ、悪く思わんでくれ。で、あんたは誰に狙(ねら)われてるんだい?」
 「それ、聞いちゃう? そういうの、気にするんだ」
 「そりゃ気にするだろ。やばい相手(あいて)だと、こっちもこれからの商売がやりにくくなるからな。それに、こういう商売は、いろいろと…。ほら、分かるだろ?」
 「じゃ、いいわ。他を捜(さが)すから…」
立とうとする女の手をつかんで、男は女を席に戻す。
 「待てよ、まだ話はついてない。それに、俺より凄腕(すごうで)の逃がし屋はどこにもいないぜ」
 「ふん、自信満々(じしんまんまん)ね。でも、あたしの話を最後まで聞いたら、きっとあなたもすぐに逃げ出すわ。――あたし、ガバンから逃げたいの」
 「(目を見開いて)ガバン…、あのドラグ・ガバンか? こいつは驚(おどろ)いた」
 「あなた、知ってるの? あいつのこと」
 「まあな、ちょっとした顔見知(かおみし)りってとこかな…。しかし、こりゃ相当(そうとう)やばいな」
 「いいわよ、断(ことわ)っても。どうせあなたも命(いのち)が惜(お)しいんでしょ」
 「誰が断ると言った。で、何やらかしたんだ? 盗(ぬす)みか、それとも――」
 「あたしは、まっとうに仕事をしてるわ。これでもお金は持ってるのよ」
 「そりゃ頼(たの)もしいねぇ。これで商談(しょうだん)も先へすすむってわけだ。でも、そんなお嬢(じょう)さんが、どうしてあんな奴(やつ)と付き合ってるんだい?」
 「付き合ってなんかないわ。向こうから近づいて来るだけよ。あたし、あんまりしつこいから張(は)り倒(たお)してやったわ。そしたら、手下(てした)たちが押しかけて来て…」
 「そりゃ面白(おもしろ)いや。見てみたかったなぁ。――何がねらいだ? ガバンは下手物(げてもの)好きだ。あんたみたいな美人に惚(ほ)れるはずがない」
 「(顔色が変わり)そ、そんなの知らないわよ。それより、引き受けてくれるの?」
 「そうだな…、1000でどうだ。こっちもいろいろ準備が必要だから、さしあたりその半額の500は先に払ってもらわないとな」
 「500?! それは高すぎるわ。今は、300しか持ってないもの」
 「それじゃ話にならないな。こっちは命がけの仕事だ。それだけじゃ…」
 「払うわよ、1000でも2000でも…。あてはあるの。そこへ連れてってくれれば、あなたが望(のぞ)むだけあげるわ」
 「こりゃ、楽しい旅になりそうだ。じゃ出ようか? 急がないと、ガバンって野郎(やろう)は犬並(な)みに鼻(はな)がきくからな。見つからないうちに、すぐに出航(しゅっこう)しないと。いつでも飛べるように準備はしてあるんだ。300あれば、出航の許可(きょか)が下(お)りるはずだ」
<つぶやき>彼女は訳ありのようですね。果たして、逃げ切ることができるのでしょうか?
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2016年10月26日

「選ばれし者」

女が一人、座(すわ)っている。目の前にいる誰(だれ)かに何かを頼(たの)まれているようだ。何度か相(あい)づちをうっていたが、困(こま)った顔をして話し始める。
「えっ、そうなの? そんなこと急に言われても…、あたし困るわ」
女は目線を外して小さくため息をつく。
「あのさ…、どうしてあたしなの? あたしがいないときにそんなこと決めるなんて…、もうひどいよ。他にもいるじゃない、もっとふさわしい人が…。そうでしょ?」
相手が何かを話している間、また相づちを繰り返す。だんだんいたたまれなくなってきて、話を止めるように口を挟(はさ)む。
「だってさ! それ何か違(ちが)うでしょ。それで、どうしてあたしになるの? やっぱり、おかしいよ。もう…、あたしにはムリだから。そんなことできない!」
女はそっぽを向く。だが相手がまた何か言うたびに、女は背(せ)を向けたまま身体をよじらせ、しまいには悲しげな顔になり振り返る。
「ダメよぉ、そんなこと言っても…。ムリなものはムリなの…。(懇願(こんがん)するように)ねえ、他の人に頼んでよ。お願い! 他にもいるじゃない、上手(うま)くやれる人が…」
相手が話している間、女はだんだん恥(は)ずかしそうに、ニヤニヤそわそわし始める。
「ちょっと待って…。それって、あの人が言ったの? あたしのこと…」
あの人とは、どうやら女が片思(かたおも)いをしている相手のようだ。目の前にいる人物は、何か交換条件を提案(ていあん)して女に納得(なっとく)させようとしていた。女は思わず立ち上がり、
「そ、そんなの…。あたしに…、それ、言っちゃうの…?」
女はもどかしそうに座ると、しばらく悩(なや)んで、すごく悩んでから、
「でも…、でもね…。あたしには、信じられないんだけど…。あの人が、そんな…、あたしに、あたしと…そういうこと…」
女はしばらく相手の顔をまじまじと見つめる。だんだんと睨(にら)みつけるような恐い目つきになる。相手は多少ひるんだように目をそらしたようだ。
「(冷静(れいせい)を装(よそお)いながら)じゃあ、会わせてよ、あの人に。あの人から、直接(ちょくせつ)、確(たし)かめたいの。そうじゃなきゃ、引き受けられないわ」
相手は喜んで女のことを称賛(しょうさん)しはじめる。女はそれを止めるように、
「やめてよ! あたし、まだ引き受けたわけじゃないわ。あの人に会ってからよ」
相手は何か困ったような顔をして話し出す。女の表情が曇(くも)ってくる。
「そんな…、いないってどういうことよ。どこへ行ったの? それじゃ、ぜんぜん話が違うじゃない。ねえ、本当にあの人が言ったの? ウソとかつかないでね」
相手は平身低頭(へいしんていとう)してあやまり、さらに泣き落としにかかる。女は驚き、困り果て、
「ちょっと、やめてよ。そんなことしないで……。泣きたいのはこっちなんだから」
女は手で顔をおおいうなだれる。呻(うめ)き声がもれる。女は意(い)を決して立ち上がると、
「分かったわよ。やればいいんでしょ! やってあげるわよ。その代わり、このことがちゃんと上手くいったら…。あの人と…、そういう…、あなたがいま言ったみたいに、あれになるように、して…、欲しいなって…。分かってる? 絶対(ぜったい)だからね、約束(やくそく)よ」
<つぶやき>さて、彼女は何を頼まれたのでしょうか? 上手く行くといいですけど…。
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2016年12月18日

「絶滅危惧種」

空港内のとある一室。大きな机(つくえ)と数脚(すうきゃく)の椅子(いす)が置かれているだけで、会議室というには殺風景(さっぷうけい)な感じである。外国人風の若い女に案内されて、大きな荷物を抱(かか)えた若い男がやって来る。その後に数人の男たちが続く。
ローザ「どうぞ、こちらへおかけになって下さい」
若い女は机の前の椅子をすすめる。女は男と対面(たいめん)するように席(せき)につく。
ローザ「私、ローザ・山下です。政府の日本保護機関(ほごきかん)で働いている者です。少し、お聞きしたいことがあって、こちらに来ていただきました。質問(しつもん)、いいですか?」
若い男「あ、はい。かまいませんが…」
ローザ「あなたは五年前に出国(しゅっこく)されていますね。今までどちらの国にいましたか?」
若い男「えっと、アジアを旅してました。あっちこっちへ…、旅をするのが好きで…」
ローザ「あなたのパスポートを拝見(はいけん)しました。それによると、日本で起きたパンデミックの前に出国されていますね。間違いありませんか?」
若い男「パンデミックって…。何のことですか?」
ローザ「(驚いて)あなた、知らないですか? 五年前に起きた伝染病(でんせんびょう)の大流行(だいりゅうこう)を…。一年間、日本は封鎖(ふうさ)されていたんですよ」
若い男「そんな…、知りませんでした。旅行中は誰とも連絡(れんらく)してないし。そういうニュースを聞ける場所にはいなかったんで。携帯(けいたい)も非常用のつもりで電源は切ってあったし」
ローザ「そう、そうなんですか…。あなたのご両親、御家族は日本人ですか? 血縁(けつえん)の人で、外国人と結婚した方はいませんか?」
若い男「いないはずですけど…。両親も日本から出たことありませんし」
ローザ「純粋(じゅんすい)な日本人、分かりました。すぐにあなたの家族と会えるように手配(てはい)します」
ローザは男の一人に合図(あいず)をすると、男は部屋を出て行く。
ローザ「ご無事(ぶじ)だといいんですか…」
若い男「そんな、ひどいことになってたんですか?」
ローザ「ええ、日本人の八割(はちわり)が亡くなりました。そのほとんどが、赤ちゃんから三十代までの若い方たちでした。感染(かんせん)が治(おさ)まった後、政府は税収(ぜいしゅう)を補(おぎな)うために、外国からの移住(いじゅう)を促進(そくしん)しました。それにより、純粋な日本人、子供を作ることのできる若い独身(どくしん)の日本人が減(へ)り続けています。純粋な日本人は全滅寸前(ぜんめつすんぜん)というわけです」
若い男は首をかしげるばかりで、彼女の話の内容が理解(りかい)できないようだ。
ローザ「そこで、あなたには、これから精密検査(せいみつけんさ)を受けていただきます。健康状態に問題がなければ、あなたは日本政府の特別保護対象(ほごたいしょう)になります。――心配(しんぱい)は何もありません。あなたは今まで通り自由に生活できます。住宅は勿論(もちろん)、生活や、医療(いりょう)にかかる費用(ひよう)はすべて政府が負担(ふたん)します。ただ、あなたには純粋な日本人を増やすため、こちらで指定した純粋な日本人女性たちと子作りに励(はげ)んでもらいます」
若い男「ちょっと待って下さい。それは、どういうことですか?」
ローザ「日本人の絶滅を防(ふせ)ぐためにはこれしかないのです。もし希望(きぼう)があれば、その中の女性から一緒(いっしょ)に暮らす妻(つま)を選ぶことができます」
<つぶやき>もし地球上から日本人がいなくなったら…。あまり考えたくないですよね。
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2017年02月09日

「迫る」

○住宅街にある公園(こうえん) 夜
さほど広くもない公園。夜なので子供の姿(すがた)もなくひっそりしている。若い男がベンチに座って落ち着かない様子(ようす)。さっきから腕時計(うでどけい)を何度も見ている。ここは学生の頃から付き合っている彼女との待ち合わせの場所だった。その彼女が小走(こばし)りでやって来た。
 「(息を切らして)ごめんね、遅(おそ)くなっちゃった。待ったでしょ?」
 「(立ち上がり)いや、そうでもないよ。で、何だよ…、大事(だいじ)な話って?」
 「うん…、それがね…」
二人はベンチに座る。女は、もじもじとしている。男が先走(さきばし)り、
 「わ、別れたいってことか? 何でだよ。そりゃ、最近(さいきん)忙しくてなかなか会えなかったけど…。俺(おれ)は、お前のことずっと――」
 「(冷静(れいせい)に言い放(はな)つ)なに言ってるの? そんな話しじゃないわよ」
 「(一瞬(いっしゅん)かたまるがほっとして)何だよ、そうなのか? ああ、もう、びっくりしたぁ。大事な話って言うから、俺、もう、ずっとドキドキだったんだぞ」
 「(独(ひと)り言のように)まあ、別れてもいいんだけどね」
 「(聞こえなかったようで)なに? で、何なんだよ話しって」
 「それがね、急な話なんだけど…。引っ越すのよ、私たち家族(かぞく)で…」
 「引っ越す? えっ、どうして…。どこへ行くんだよ?」
 「九州(きゅうしゅう)。父さんの故郷(ふるさと)なんだけど、そっちで暮(く)らすことになったの」
 「九州…、そりゃ、遠いな…。でも、一緒(いっしょ)に行かなくても、仕事だってあるだろ?」
 「私のお父さんのこと知ってるでしょ。一人娘(ひとりむすめ)の私を置いて行くわけないじゃない。前に私が、一人暮らししたいって言ったとき猛反対(もうはんたい)されたじゃない。私だけ残(のこ)るなんて言ったら、大変なことになっちゃうわ」
 「まあ、そうだな…。あの人なら、お前の会社に乗りこんで辞表(じひょう)を出すかもなぁ」
 「私、遠距離恋愛(えんきょりれんあい)はしたくないの。そんなの、続(つづ)くわけないし」
 「えっ、そんなの…。大丈夫(だいじょうぶ)だって、俺は、遠くなったって俺の愛は――」
 「そうなの。前に遠距離してた彼は、他の女と…。そうなっちゃうんだから」
 「えっ、付き合ってた奴(やつ)、いたのかよ? 俺、聞いてないぞ」
 「そんなこと、何で話さなきゃいけないのよ。あなたには関係(かんけい)ないじゃない」
 「まあ、そうだけど…。でも、俺はそんなこと絶対(ぜったい)ないから。他の女なんか――」
 「(じっと男の顔を見つめて)遠距離にしないためには、一つだけ方法(ほうほう)があるわ」
 「方法…? 何だよ、それ?」
 「(じれったそうに)私は、ここに残りたいのよ。そのためには残る理由(りゆう)が必要(ひつよう)なの」
男は首をかしげるばかり。女は大きなため息をついて、
 「もう…、結婚(けっこん)よ! 何で分からないかなぁ。普通(ふつう)、気づくでしょ」
 「…ああ、なるほど。そうだよな…。でも、急に結婚って言われても…」
 「急って何よ? あたしたち、付き合い始めてもう長いよね。急ってことはないでしょ。私、このまま別れてもいいのよ。その方が面倒(めんどう)なこともないし。そうしましょうか?」
<つぶやき>まさに、ここは決断のときですよ。ビシッと決めて、男を上げましょうよ。
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2017年06月16日