「聞き役」

(再公開 2017/07/28)
客もまばらになった居酒屋。幸菜(ゆきな)がジョッキのビールを飲み干して言った。
幸菜「何でよ。何でそうなるの? 何とか言いなさいよ」
隣で一緒に飲んでいた高太郎(こうたろう)の頭をひっぱたく。かなり酔っているようだ。
高太郎「ちょっと、痛いよ。もう、飲み過ぎだって」
幸菜「ふん。あなた、あたしのこと、バカにしてるでしょ」
高太郎「してないよ。僕がそんなことするわけないだろ」
幸菜「嘘よ。そうやって、あたしのこと陰(かげ)で笑ってるんだわ。あたし知ってんだから」
高太郎「何言ってんだよ。もう帰ろ、なっ。送って行くから」
幸菜、思わず涙があふれてくる。手で涙を拭(ぬぐ)いながら、
幸菜「あれは、あたしの企画よ。それなのに、何で他の人に…。そんなのおかしいでしょ」
高太郎「(ハンカチを渡して)もう泣くなよ。また、別の企画考えよう」
幸菜「簡単に言わないで。あそこまで準備して、これからだったのよ。なのに…」
高太郎「部長もあの企画ほめてたよ。さすがだって。だから――」
幸菜「(高太郎の顔を覗き込んで)あなた、何で黙ってたのよ。あたしのこと応援してるって言ったじゃない。もう、役立たずなんだから」
高太郎「だって…。そりゃ、無理だろ。部長が決めたことなんだから。それに、高木(たかぎ)に任せときゃ、絶対この企画成功するから。心配すんなって」
幸菜「そういうことじゃないでしょ。もう、全然わかってない」
高太郎「分かってるよ。幸(ゆき)ちゃんのくやしい気持ち。だけどな、僕たちは――」
幸菜「もういい。帰れっ。あんたの顔なんか見たくない」
高太郎「何言ってんだよ。さあ、一緒に帰ろ」
幸菜「イヤだ。あたし、帰らない。まだ、飲みたいの。もう、ほっといてよ」
幸菜、テーブルに突(つ)っ伏(ぷ)する。空のグラスが倒れる。高太郎、それを直しながら、
高太郎「だから言っただろ。飲めないくせに、無理するから」
幸菜「(寝言のように)もう…、あたしの…、△※○×~%……」
高太郎「まったく…。(寝顔を覗き込んで)こうしてると、可愛いんだけどなぁ」
しばらく幸菜を見つめる高太郎。幸菜が突然はね起きる。驚く高太郎。
幸菜「だめ。(頭をかきむしり)あーっ、帰る。あたし、帰る」
ふらふらしながら立ち上がる幸菜。倒れそうになるのを抱き止める高太郎。二人の顔と顔が急接近。しばし見つめ合う二人。
幸菜「なっ、なに? あの…、あ、あたし…」
離れようとする幸菜。高太郎はしっかりと抱きしめる。
高太郎「無理すんなよ。こんなの見たくないんだ。僕、部長に言うよ。ちゃんと言うから」
幸菜「ちょ、ちょっと、分かったから。離してよ。こんなとこで…」
高太郎「僕は、幸ちゃんのためだったら、クビになってもかまわない」
幸菜「そんなのダメよ。そんなことしたら、あたしの愚痴(ぐち)は誰が聞いてくれるの?」
<つぶやき>勘違いなの? 彼女はうっぷんを聞いてくれる相手が欲しかっただけかも。
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2013年05月20日