「脅迫」

(再公開 2017/09/16)
ホテルの一室。室内は間接(かんせつ)照明だけで薄暗くなっている。女が一人、ソファに座り室内の一点を見つめていた。ドアのノックの音が静寂(せいじゃく)を破(やぶ)った。女は意(い)を決して立ち上がると、ドアのロックを外して扉(とびら)を開ける。外にはよれよれのコートを着て、サングラスをかけた男が立っていた。女は無言で男を室内に招(まね)き入れてドアを閉め、後ろ手にドアのロックをかけた。男は座り心地のよさそうなソファにどかっと座る。
「さっそくだが、本題に入らせてもらうよ。こっちも少し訳ありでさ」
女はニヤついている男を見ながら、用意していたウイスキーとグラスを手にして、
「そんなに急がなくても。一杯どう? ごちそうするわ」
「悪いが、こっちも仕事なんでね。後にしてもらえるかな」
「そう。それは残念(ざんねん)」
女は二つのグラスをテーブルに置くと、自分のグラスだけにウイスキーを注(そそ)いだ。
「じゃあ、私は頂(いただ)くわね。(ウイスキーを一口飲んで)その前に、確かめたいわ。あなたが私の何を知っているのか。適当(てきとう)なこと言ってるだけじゃないの?」
「(不敵(ふてき)な笑(え)みを浮かべ)俺が何を知ってるかなんてどうでもいいじゃないか。あんたは俺の誘いに乗った。ということは、やましいことがあるんだろ」
「それは違うわ。根も葉もないことで、煩(わずら)わされたくないだけよ」
「ホントにそれだけかよ。それだけで金を出すなんて、あんたも変わってるな。まあいいや。で、いくら払ってくれるんだ?」
「それは、そちら次第(しだい)よ。あなたが知っていることを、話して頂かなくちゃ」
「ホントに食えねえ女だな。じゃあ、一つだけ教えてやるよ。あんたは、ある男と不倫(ふりん)をしていた。それも、かなりの大物とな」
女はくすりと笑う。男は怪訝(けげん)そうな顔で女を見つめた。
「あら、ごめんなさい。何だかおかしくて。フフフ…」
「そんなに面白(おもしろ)いかい? じゃあ、これならどうだ。その男が、なぜ死んだのか」
「もういいわ。じゃあ、こうしましょ」
女は立ち上がると、ソファの後ろからボストンバッグを出してテーブルの横に置いた。
「ここに一千万あるわ。これで忘れてもらえるかしら?」
「(バッグを取り中を確かめて)ハハハハハ…。ありがてえ、これだけありゃ」
「(ソファに座り)じゃあ、これで契約(けいやく)成立ね」
「ああ、これはもらっておくよ」
男は女のグラスを取り、ウイスキーを一気に飲み干した。そして立ち上がると、
「じゃあ、また連絡するよ。あんたほど上得意(じょうとくい)はいないからな」
男はニヤリと笑い、女に背を向けると二、三歩(ぽ)歩き出す。と、突然(とつぜん)苦しみ出して、その場に倒れ込んだ。女はもがいている男を見つめながら言った。
「残念ね。あなたは心臓発作で死んじゃうのよ。そしたら、集金に来られないわね」
突然、「はい、カット」と声がかかる。スタッフのざわついた声が部屋に響いた。
<つぶやき>よかったぁ。これはドラマの撮影だったんですね。二時間ドラマなのかな?
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2014年03月22日