「迫る」

○住宅街にある公園(こうえん) 夜
さほど広くもない公園。夜なので子供の姿(すがた)もなくひっそりしている。若い男がベンチに座って落ち着かない様子(ようす)。さっきから腕時計(うでどけい)を何度も見ている。ここは学生の頃から付き合っている彼女との待ち合わせの場所だった。その彼女が小走(こばし)りでやって来た。
 「(息を切らして)ごめんね、遅(おそ)くなっちゃった。待ったでしょ?」
 「(立ち上がり)いや、そうでもないよ。で、何だよ…、大事(だいじ)な話って?」
 「うん…、それがね…」
二人はベンチに座る。女は、もじもじとしている。男が先走(さきばし)り、
 「わ、別れたいってことか? 何でだよ。そりゃ、最近(さいきん)忙しくてなかなか会えなかったけど…。俺(おれ)は、お前のことずっと――」
 「(冷静(れいせい)に言い放(はな)つ)なに言ってるの? そんな話しじゃないわよ」
 「(一瞬(いっしゅん)かたまるがほっとして)何だよ、そうなのか? ああ、もう、びっくりしたぁ。大事な話って言うから、俺、もう、ずっとドキドキだったんだぞ」
 「(独(ひと)り言のように)まあ、別れてもいいんだけどね」
 「(聞こえなかったようで)なに? で、何なんだよ話しって」
 「それがね、急な話なんだけど…。引っ越すのよ、私たち家族(かぞく)で…」
 「引っ越す? えっ、どうして…。どこへ行くんだよ?」
 「九州(きゅうしゅう)。父さんの故郷(ふるさと)なんだけど、そっちで暮(く)らすことになったの」
 「九州…、そりゃ、遠いな…。でも、一緒(いっしょ)に行かなくても、仕事だってあるだろ?」
 「私のお父さんのこと知ってるでしょ。一人娘(ひとりむすめ)の私を置いて行くわけないじゃない。前に私が、一人暮らししたいって言ったとき猛反対(もうはんたい)されたじゃない。私だけ残(のこ)るなんて言ったら、大変なことになっちゃうわ」
 「まあ、そうだな…。あの人なら、お前の会社に乗りこんで辞表(じひょう)を出すかもなぁ」
 「私、遠距離恋愛(えんきょりれんあい)はしたくないの。そんなの、続(つづ)くわけないし」
 「えっ、そんなの…。大丈夫(だいじょうぶ)だって、俺は、遠くなったって俺の愛は――」
 「そうなの。前に遠距離してた彼は、他の女と…。そうなっちゃうんだから」
 「えっ、付き合ってた奴(やつ)、いたのかよ? 俺、聞いてないぞ」
 「そんなこと、何で話さなきゃいけないのよ。あなたには関係(かんけい)ないじゃない」
 「まあ、そうだけど…。でも、俺はそんなこと絶対(ぜったい)ないから。他の女なんか――」
 「(じっと男の顔を見つめて)遠距離にしないためには、一つだけ方法(ほうほう)があるわ」
 「方法…? 何だよ、それ?」
 「(じれったそうに)私は、ここに残りたいのよ。そのためには残る理由(りゆう)が必要(ひつよう)なの」
男は首をかしげるばかり。女は大きなため息をついて、
 「もう…、結婚(けっこん)よ! 何で分からないかなぁ。普通(ふつう)、気づくでしょ」
 「…ああ、なるほど。そうだよな…。でも、急に結婚って言われても…」
 「急って何よ? あたしたち、付き合い始めてもう長いよね。急ってことはないでしょ。私、このまま別れてもいいのよ。その方が面倒(めんどう)なこともないし。そうしましょうか?」
<つぶやき>まさに、ここは決断のときですよ。ビシッと決めて、男を上げましょうよ。
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2017年06月16日