「家事手伝い」

○とあるマンションの部屋
五郎(ごろう)が一人暮らしをしている家。彼は几帳面(きちょうめん)な性格(せいかく)でいつもならきれいに整頓(せいとん)されているはずなのだが、今は足の踏(ふ)み場もないほど散(ち)らかっている。その中で何かがうごめいているような、そんな気配(けはい)が感じられる。
○同マンションの玄関中
鍵(かぎ)を開ける音。五郎が仕事から帰って来る。ドアを開けて中に入ったとたん、あまりの変わりようにしばし唖然(あぜん)として立ちつくす。彼は慌(あわ)てて靴(くつ)を脱ぐと、置かれている段ボール箱などを押しやりながら部屋に入って行った。
○同マンションの部屋
部屋の入口で立ちつくす五郎。思わず叫(さけ)んだ。
五郎「何じゃ、こりゃ…! ど、どうなってるんだ!」
部屋に置かれたソファの陰(かげ)から、のっそりと顔を出した若い女。五郎に気づくと、すっとソファの陰へ隠(かく)れる。五郎は散乱(さんらん)している雑誌や服などに足を取られながらも何とかソファまでたどり着くと、女の首根(くびね)っこをつかんで引っ張り上げた。
五郎「何をしている。これはどういうことなんだ? ここは俺の…」
女は五郎の手から逃れると部屋の隅(すみ)へ行って、ぎこちなく愛嬌(あいきょう)を振(ふ)りまいて言った。
「ごめんなさい。どうしてもお引っ越し、しなくちゃいけなくなって…」
五郎「一晩(ひとばん)だけって約束(やくそく)だろ? だから、今朝だって出るとき合鍵(あいかぎ)渡してポストにって…。そうか、最初っからそのつもりで…。なに考えてんだ!」
五郎は女に迫(せま)って行く。女はちょこまかと逃げ回りながら、
「違(ちが)うの、そんなつもりじゃなかったの、信じて。ちゃんと話すから、聞いてよ」
五郎は立ち止まる。女は息を整(ととの)えると、
「朝、帰ったら大家(おおや)さんがいて…。わたし、家賃(やちん)を滞納(たいのう)してて…、それで出てけって。わたし、ためてた家賃払ったんだけど、許(ゆる)してくれなくて…」
五郎「だからって、俺のところへ来なくてもいいだろ。実家(じっか)とか、友だちの――」
「ごめんなさい。でも、そのお金、あなたに借(か)りちゃったから。そこの引出(ひきだし)にあった…」
五郎、慌てて引き出しを開けて確かめる。愕然(がくぜん)とする。
五郎「ああっ、忘れてた。(震える声で)この金は…、俺が…、俺が…」
「ごめんなさい。わたし、ちゃんと返すから。それまで、ここにおいてもらえないかな?」
五郎「はぁ? なに言ってるんだ。冗談(じょうだん)じゃないぞ。泊(と)まる所がないっていうから…。それを、こんなのってありかよ。俺、バカみたいじゃないか」
「わたし、ほんとに感謝してるのよ。見ず知らずのわたしを、下心(したごころ)なしに泊めてくれて…。ほんとに良い人だと思ってる。だから、ちゃんとしないといけないと思って」
五郎「お前、仕事は? ちゃんと仕事してれば、そんなことにはならないはずだ」
「あの、何ていうか、いろいろあって…、今は無職(むしょく)…? 仕事は探してたのよ、わたしなりにちゃんと…。でも、なかなか…、やっぱり不景気(ふけいき)なのかしらね…。あの、それでね…、今日からは家事手伝いってことで、よろしくお願いします」
<つぶやき>大丈夫なんでしょうか? 彼女に、家事が出来るとは思えないんですが…。
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2016年07月30日