「空からきた少女」039

「ぬくもり」
「そっちじゃないよ」彼は少女を呼びとめた。そして神社の方を指差(ゆびさ)して、
「森から出るなら、こっちの方が近道(ちかみち)だ」
 少女は彼の方を振り返り、かすかに頷(うなず)いた。少年は神社の方へ歩き出す。時々、後ろを気にしながら。
 そこには道があるわけでもないので、木の根(ね)や岩が所々(ところどころ)に飛び出している。少年は慣(な)れているのでずんずんと歩いて行く。でも、少女の方は何度もつまずいて、とうとう枯葉(かれは)に足を滑(すべ)らせて転んでしまった。見かねて少年が駆(か)け寄り、少女に手を差し出すと、少女はためらいながらも少年の手を取った。
 少年は、柔(やわ)らかくて暖(あたた)かな少女の手の感触(かんしょく)に、どきりとした。人とこんなふうに触(ふ)れ合うのは久(ひさ)しぶりだった。一緒(いっしょ)に暮らしている母親とは、いつも反発(はんぱつ)ばかりしていたから。
 どのくらい歩いただろうか、細長い窪地(くぼち)にさしかかった。いつ頃掘(ほ)られたのだろうか、神社の周りは空堀(からぼり)で囲(かこ)まれているのだ。窪地の向こうの木々の間に、神社のお社(やしろ)が見え隠(かく)れしている。崩(くず)れて緩(ゆる)やかな傾斜(けいしゃ)になっているところを通り、二人は空堀を越(こ)えた。
 神社の境内(けいだい)に出ると、二人は気恥(きは)ずかしさから、どちらからともなく手を離した。
 境内は大きな木々に囲まれていて、夏だというのに涼(すず)やかな風に包(つつ)まれていた。少年は細い参道(さんどう)を歩いて行く。少し遅(おく)れて、少女も歩き出した。二人とも、どうしたらいいのか分からず無言(むごん)のままだ。誰もいない境内に、蝉(せみ)の声だけが響(ひび)いていた。
<つぶやき>この二人の出会いから、何かが始まるのでしょうか。それはまた次のお話。
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2017年06月07日