連載物語

「空からきた少女」035

「新型ロボット」
 赤い光が消えると、チップメル教授は膝(ひざ)をついて屈(かが)み込んだ。身体中を虫が這(は)い回ったようで、何とも嫌(いや)な気分になったのだ。そんな嫌な感覚(かんかく)がおさまると、教授は目を開けた。すると、目の前に誰かの足元(あしもと)が見えた。教授は、視線(しせん)を上げていく。そこに立っている人物の顔を見て、教授は腰(こし)を抜(ぬ)かした。そこにいたのは、紛(まぎ)れもない自分自身だったのだ。
「どうだね。傑作(けっさく)だろう」
 緑の男は嬉(うれ)しそうにまた笑った。
「こいつは、すべてをコピーすることが出来るんだ。強度(きょうど)は違(ちが)うがね」
 緑の男は教授を後ろへさがらせると、教授の姿をしたロボットに向かって爆弾(ばくだん)を投げつけた。爆発音とともに一面(いちめん)に煙(けむり)が充満(じゅうまん)した。だが、煙はすぐに天井(てんじょう)に吸(す)い込まれていく。煙が消えた後には、傷(きず)ひとつついていないロボットが、何事(なにごと)もなかったように立っていた。
「これはすごい」教授は思わずつぶやいた。
「こいつはプロトタイプだ。まだまだ改良(かいりょう)の余地(よち)があるんだがね。時間がないのが残念(ざんねん)だ」
 別の研究員が言った。「この子に組み込まれている電子頭脳(ずのう)は、最高の出来なんだ。学習や分析(ぶんせき)能力が優(すぐ)れているのはもちろんだが、より我々(われわれ)に近い思考(しこう)を――」
「おい! 君はしゃべりすぎだ」緑の男はその研究員を制(せい)した。
<つぶやき>同じ人間が作れたら、面倒なことはすべて任せて…。そんなこと考えちゃ…。
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2017年04月22日

「空からきた少女」036

「意味深な…」
 緑の男は、チップメル教授の方を見て言った。
「あとは、あなたの作るデータにかかっている。よろしく頼むよ」
「はい。しかし、これはすばらしい」
 教授はロボットに近づいて言った。「これなら、原始的(げんしてき)な文明(ぶんめい)を持っている生物がいても、姿を真似(まね)ることで影響(えいきょう)を最小限に抑(おさ)えることができる。何より、間近(まぢか)な場所で観察(かんさつ)が出来るんだ。ぜひ、私の研究にも使いたい」
「それは無理(むり)だな。あなたは、まだ何も分かっていないようだ」
 緑の男はつぶやいた。「我々(われわれ)の開発(かいはつ)したものをどう使うかは、上の奴(やつ)らが決めることだ。我々が自由に使えるのは、この穴蔵(あなぐら)の中だけだよ」
 教授は改(あらた)めて理解(りかい)した。もう、この惑星(わくせい)アルメスからは出られないことを。二度と、家族や友人たちに会うこともできないのだ。教授は緑の男に訊(き)いた。
「君は、一生(いっしょう)ここで研究を続けるのか? それで、満足なのか?」
「ああ、もちろんさ。ここには煩(わずら)わしいことは全くない。自分の研究に没頭(ぼっとう)できるんだ。最高の環境だよ。それに…」
 緑の男は声をひそめて言った。
「ここは閉ざされた場所じゃない。あなたにも、いずれ分かるときがくるはずだ」
 緑の男は、意味深(いみしん)な笑(え)みを浮かべて教授を見つめた。
<つぶやき>チップメル教授はこれからどうなるのでしょうか? そしてロボットは…。
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2017年05月01日

「空からきた少女」037

「鎮守の森」
 木漏(こも)れ日が、まるでパッチワークのように森の中を照(て)らしていた。森の奥からは鳥のさえずりが聞こえ、あちこちに生き物の息吹(いぶき)が感じられる。
 ここは植林(しょくりん)の森。杉(すぎ)の大木が真っすぐに空へ伸(の)びていた。だが、木の周(まわ)りには下草(したくさ)が生(お)い茂(しげ)り、倒木(とうぼく)や枯(か)れ枝(えだ)がそのままにされている。昔はきちんと手入れされていたはずなのに、ここ数年は手をかけられていないようだ。
 その森の中を、ひとりの少女が歩いていた。淡(あわ)いピンクのワンピースを着て、とても可愛(かわい)らしい少女だ。でも、森を歩くには不似合(ふにあ)いだ。せっかくのきれいな靴(くつ)や服が、泥(どろ)などで汚れてしまっていた。長い黒髪にはクモの巣(す)がくっつき、どこかで引っかけたのだろう、スカートの裾(すそ)が破(やぶ)れていた。彼女はそんなこと気にならないのか、夢遊病者(むゆうびょうしゃ)のようにふらふらと歩いていた。その顔はどこか寂(さび)しげで、虚(うつ)ろな目をしている。
 植林の森のはずれ、自然の森との境界(きょうかい)に大きな岩(いわ)があった。なぜここに大岩があるのか、とても不思議な感じだ。まるで誰かが運んで来たかのように、ぽつんとひとつだけ居座(いすわ)っていた。その大岩の近くには、小さくて古い神社(じんじゃ)が建てられている。神社の裏手(うらて)には山が連(つら)なり、自然のままの森が広がっていた。
 少女は、その森の方へと歩(ほ)を進めているようだ。まるで何かに引き寄せられるように…。
<つぶやき>場面はどこにでもあるような山間の町へ。これからどんな展開をするのか?
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2017年05月11日

「空からきた少女」038

「出会い」
 大岩(おおいわ)の上に、少年がぼんやりと寝転(ねころ)がっていた。彼はむしゃくしゃしたときや、一人になりたいとき、いつもここに来ていた。ここには滅多(めった)に人は来ないし、彼にとって落ち着ける場所になっているようだ。
 小枝(こえだ)を踏(ふ)み折(お)る音で、彼は起き上がった。見ると、女の子がこちらへ近づいてくる。それは、見たことのない子だ。ここらへんの子供じゃないのだろう。彼はそう思った。彼女はどんどん大岩の方に近づいてくる。彼は高い場所にいるので、彼女はまだ気づいていないようだ。彼女は大岩の前を通り過ぎ、森の奥の方へ歩いて行く。彼は慌(あわ)てて大岩から飛びおりて、彼女を追(お)いかけた。そして、彼女の前で立ち止まり、行く手をふさいだ。
「だめだよ。入っちゃ」少年は声をかけた。
 少女はその声で我(われ)に返ったのか、急に目の前に現れた少年に驚いて後(あと)ずさった。
「この森を知らない人間が入ると、戻(もど)れなくなるから」少年の目は真剣(しんけん)だった。
 少女はおびえていた。それは少年にもはっきりと分かった。彼女は長い髪(かみ)を震(ふる)える指でくるくると回しながら、周(まわ)りを見まわして、「あたし…。どうして……」
「おまえ、どこから来たんだ? なんで、こんなところに」
 いつもの乱暴者(らんぼうもの)の彼なら、声などかけなかっただろう。でも、なぜか分からないが、放(ほ)っておけなかったのだ。彼女はそのことには何も答えず、何かを思い出したように、
「あたし、帰らなきゃ…」と、少女はふらふらとまた歩き出した。
<つぶやき>彼女はなぜこんな所へ来たのでしょうか? そこには何か理由があるのか。
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2017年05月29日

「空からきた少女」039

「ぬくもり」
「そっちじゃないよ」彼は少女を呼びとめた。そして神社の方を指差(ゆびさ)して、
「森から出るなら、こっちの方が近道(ちかみち)だ」
 少女は彼の方を振り返り、かすかに頷(うなず)いた。少年は神社の方へ歩き出す。時々、後ろを気にしながら。
 そこには道があるわけでもないので、木の根(ね)や岩が所々(ところどころ)に飛び出している。少年は慣(な)れているのでずんずんと歩いて行く。でも、少女の方は何度もつまずいて、とうとう枯葉(かれは)に足を滑(すべ)らせて転んでしまった。見かねて少年が駆(か)け寄り、少女に手を差し出すと、少女はためらいながらも少年の手を取った。
 少年は、柔(やわ)らかくて暖(あたた)かな少女の手の感触(かんしょく)に、どきりとした。人とこんなふうに触(ふ)れ合うのは久(ひさ)しぶりだった。一緒(いっしょ)に暮らしている母親とは、いつも反発(はんぱつ)ばかりしていたから。
 どのくらい歩いただろうか、細長い窪地(くぼち)にさしかかった。いつ頃掘(ほ)られたのだろうか、神社の周りは空堀(からぼり)で囲(かこ)まれているのだ。窪地の向こうの木々の間に、神社のお社(やしろ)が見え隠(かく)れしている。崩(くず)れて緩(ゆる)やかな傾斜(けいしゃ)になっているところを通り、二人は空堀を越(こ)えた。
 神社の境内(けいだい)に出ると、二人は気恥(きは)ずかしさから、どちらからともなく手を離した。
 境内は大きな木々に囲まれていて、夏だというのに涼(すず)やかな風に包(つつ)まれていた。少年は細い参道(さんどう)を歩いて行く。少し遅(おく)れて、少女も歩き出した。二人とも、どうしたらいいのか分からず無言(むごん)のままだ。誰もいない境内に、蝉(せみ)の声だけが響(ひび)いていた。
<つぶやき>この二人の出会いから、何かが始まるのでしょうか。それはまた次のお話。
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2017年06月07日

「空からきた少女」040

「幼なじみ」
 古ぼけた鳥居(とりい)をくぐり、道に出た。ここは田舎(いなか)町なので、歩いている人などいなかった。少し離れたところにある畑(はたけ)で、農作業をしている人が小さく見えるだけだ。
「家はどこ? 送って行くよ」少年は思い切って声をかけた。
「いえ…」少女はちょっと困った顔をして目を伏(ふ)せたが、少年の方をしっかりと見て、
「帰れます…。一人で帰れますから。ありがとう」
 少女は頭を下げるとにっこりと笑顔を見せて、そのまま背を向けて歩き出した。彼女の後ろ姿はどこか寂(さび)しげで、少年の心はざわついていた。少年は彼女とつないだ手を見る。まだ、彼女のぬくもりが残っているような、そんな気がした。
 そんな二人の様子(ようす)を木陰(こかげ)から見ていた者がいた。少女が離れていくのを見届(みとど)けてから、ゆっくりと少年に近づいて声をかけた。
「ねえ、大介(だいすけ)。いまの子、だれ?」
 少年は驚(おどろ)いて振り返った。そこにいたのは幼なじみの花代(はなよ)だ。
「知るかよ」大介はぶっきらぼうに答えた。
「こんなとこで何してたの?」花代は神社の方を見て言った。
「お前には関係ねえだろ。もう、うるせえなぁ」
「何よ。そんな言い方しなくても…」
<つぶやき>田舎では子供たちの遊び場はいっぱい。でも気をつけないといけないことも。
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2017年06月25日

「空からきた少女」041

「近づくもの」
 大介(だいすけ)は花代(はなよ)の言うことなど聞かずに、ぷいと逃げるように行ってしまった。
 この二人、以前はとても仲(なか)が良かった。何でも話せる関係だった。それが、大介の両親(りょうしん)が離婚(りこん)してからというもの、二人の関係(かんけい)もぎくしゃくしてしまった。花代は、前のように仲良くしたいと思っていた。でもそんな気持ちとは裏腹(うらはら)に、ひどいことを言ってしまう自分がいた。花代には大介の行き場のない気持ちを、どうすることもできないのだ。やるせない思いで、花代は大介を見送るしかなかった。
 ――はるか宇宙(うちゅう)の彼方(かなた)、天(あま)の川の方角(ほうがく)から近づいて来る光があった。まだ小さすぎて、地球からはそれを確認(かくにん)することは出来ない。発光体(はっこうたい)はものすごいスピードで太陽系に入り、次第(しだい)に速度(そくど)を落としていく。海王星(かいおうせい)、土星(どせい)の軌道(きどう)を通りすぎて木星(もくせい)の間近(まぢか)まで迫(せま)ったとき、燃(も)えるような光が消えていった。光の中から現れたのは、直径(ちょっけい)が二メートルにも満たない球体(きゅうたい)だった。その球体は銀色をしていて、太陽の光をキラキラと反射(はんしゃ)させていた。球体はさらに速度を落として、火星(かせい)へ向かって進んで行った。
 ちょうどその頃、火星に近づいていく探査機(たんさき)があった。機体には日の丸が描かれていて、日本が火星に送った初めての探査機だ。小型ながらも日本の技術の粋(すい)を集めて作られている。探査機は順調(じゅんちょう)に飛行を続け、ようやく火星の周回軌道に投入するところまでたどり着いた。日本中がその探査機を固唾(かたず)を呑(の)んで見守っていた。
<つぶやき>宇宙を目指すのはとても大変なこと。でもそこには大いなる夢とロマンが…。
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2017年07月13日

「空からきた少女」042

「火星探査機」
 日本の探査機(たんさき)が火星(かせい)に近づいていた。計算では間もなく周回軌道(しゅうかいきどう)に乗るはずだ。宇宙開発センターの管制室(かんせいしつ)では、探査機からの信号を今か今かと待ち構えていた。モニターを見つめていた担当者が声を上げた。
「信号を受信しました。軌道投入(とうにゅう)を確認。成功です!」
 静まり返っていた管制室が、一転(いってん)歓喜(かんき)の声に包(つつ)まれた。互(たが)いに握手(あくしゅ)をかわしたり、抱き合ったり、涙を流して喜ぶ人もいた。今までの長かった苦労が報(むく)われた瞬間だ。
 このミッションの責任者が声を上げた。
「みんな、ご苦労さま。だが、本番はこれからだ。気を引きしめて、それぞれの作業を進めてくれ。みんな、ほんとにありがとう!」
 ――宇宙空間を漂(ただよ)っている十数個の小さな物体があった。小惑星がぶつかった時に飛び散った星くずなのか…。大きなものでも二、三センチほどしかなかった。それが火星の引力(いんりょく)に引きよせられて、スピードを上げて近づいて来ていた。その行く手には、軌道に乗ったばかりの探査機が浮(う)かんでいる。地球からはそのことを知ることはできない。
 探査機をかすめるように、それは隕石(いんせき)となって火星の表面へ次々と落下していった。
 ――もうこれで危険は去ったかと思ったとき、一センチほどの塊(かたまり)が探査機に激突(げきとつ)した。そして、機体を突(つ)き抜けて地表へ落下していく。機体には大きな穴が開いてしまった。それと同時に、小さな爆発が起き探査機は機能を停止した。
<つぶやき>宇宙では何が起こるか分からない。それでも知りたいことは山ほどあります。
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2017年07月22日

「空からきた少女」043

「佐藤家の朝」
 朝の光がレースのカーテン越(ご)しに柔(やわ)らかに差し込んで、鳥のさえずりが彼女を起(お)こそうとするかのように窓(まど)の外から聞こえていた。そして、扉(とびら)の向こうからは母親が朝食の支度(したく)をしている音やテレビの声が響(ひび)いてくる。でも、それさえも彼女には心地(ここち)よく聞こえてしまうのか、幸(しあわ)せそうな寝顔を布団(ふとん)の間からのぞかせていた。
 ここは郊外(こうがい)にある何の特徴(とくちょう)もないような小さな町、石神町(いしがみちょう)。彼女の住む団地(だんち)は少し高い場所にあり、周(まわ)りには果樹園(かじゅえん)とか民家が点在(てんざい)している。彼女たち一家の部屋は三階にあり、見晴(みは)らしはすこぶる良い。彼女もそこは気に入っているようだ。
「ねえ、お姉ちゃん起こしてきて。学校に遅れちゃうわ」
 母親はハムエッグを皿(さら)に移しながら、テーブルに茶碗(ちゃわん)を並(なら)べていた勇太(ゆうた)に声をかけた。
 勇太は小学三年生だが、しっかりしていて母親の手伝いを率先(そっせん)してやっていた。勇太は、分かったと言って子供部屋の扉を開けた。そして、まだ布団にくるまっている姉を揺(ゆ)り起こして、「ねえ、起きて。起きないと、どうなっても知らないよ」
 姉の菜月(なつき)は目を閉じたまま不機嫌(ふきげん)に答えた。「うるさいなぁ…。もう少し…」
 これはいつものことなのだろう、勇太は小さくため息(いき)をつくと部屋を出て行った。キッチンでは朝食の支度は終わっていた。母親は勇太が戻ってくると、
「先に食べてなさい。ママはひと仕事してくるからね」
 そう言うと、母親は腕(うで)まくりしながら子供部屋へ入って行った。
<つぶやき>どこにでもあるような朝の風景です。あなたにも身に憶えがあるのでは…。
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2017年07月31日

「空からきた少女」044

「朝の儀式」
 リビングのキャビネットには何枚も家族写真が飾(かざ)られている。両親と子供たちの楽しそうな笑顔が、そこにはあった。母親はその前を通って子供部屋へ入って行く。ベッドに近づくと、母親は優しい声で菜月(なつき)の耳元(みみもと)でささやいた。
「おきなさい、朝ですよ。早くしないと、学校に遅(おく)れちゃいますよ」
 菜月はまだ夢の中にいるようで、幸せそうな微笑(ほほえ)みを浮(う)かべていた。――これも、いつものことなのだろう。母親は何度か耳元でささやいてから、おもむろに立ち上がった。そして布団(ふとん)をつかんではねのけると、最後(さいご)の言葉(ことば)をはいた。
「いつまで寝てるの! いい加減(かげん)にしなさい。遅れても知らないからね」
 菜月の目がぱちりと開(あ)くのを確認(かくにん)すると、母親は菜月のほっぺたを両手ではさんで、おはようの挨拶(あいさつ)をした。菜月は起き上がると不機嫌(ふきげん)な顔をして、
「やめてよ。もう、子供じゃないんだから…。あっちへ行ってて」
 母親は菜月の頭をなでて言った。「子供じゃないんなら、自分でちゃんと起きなさい」
 佐藤(さとう)家は四人家族。でも父親が単身赴任(たんしんふにん)をしているので、母親はスーパーで働きながら一人で子供たちの面倒(めんどう)をみていた。子供たちも、母親が大変なのを分かっているので、家のお手伝いを進んでやっているようだ。でも、どうやら菜月は朝だけは苦手(にがて)みたい。
<つぶやき>早寝早起きは大切ですよね。早く起きると、とっても良い一日になるかも。
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2017年08月09日

「空からきた少女」045

「ニュース」
 勇太(ゆうた)は朝食を頬張(ほおば)りながら、テレビを食(く)い入(い)るように見ていた。ちょうど火星探査機のニュースをやっているのだ。昨日からその話題でみんなが騒(さわ)いでいた。
 記者会見の録画(ろくが)が始まった。計画の責任者は、故障(こしょう)の原因を調査中で復旧(ふっきゅう)に全力をつくしていると説明した。送られてきていた通信の記録を解析(かいせき)しているようだ。記者たちからは厳(きび)しい質問もあがった。巨額(きょがく)の資金が使われているので、これは仕方(しかた)のないことなのだが――。
 母親が戻って来ると、勇太は興奮(こうふん)しながら今のテレビの解説(かいせつ)を始めた。だが、母親は軽く相(あい)づちを打って受け流した。朝は、忙(いそが)しいのである。そうこうしている間に菜月(なつき)が部屋から飛び出してきて洗面所へ走り、慌(あわ)ただしく食卓に着いた。
 勇太は、今度は菜月を相手(あいて)にしゃべり始めた。でも菜月はまったく興味(きょうみ)がないのか、食事を口いっぱいに押し込んでいた。それを見ていた母親は呆(あき)れた顔をして、
「そんな食べ方はしないで。お行儀(ぎょうぎ)が悪いわよ」と注意した。
 勇太はあきらめたのか、食べ終わった食器を流しの方へ運んで行く。テレビのニュースは、いま話題(わだい)になっている映画の話へ移っていた。すると、菜月は食事の手を止めて、口をもぐもぐさせながらテレビを見つめた。この映画に出ている子役の娘(こ)が気になるようだ。
 菜月は思わず呟(つぶや)いた。「ああっ、この子、かわいいぃ。なんか、あこがれちゃうなぁ」
<つぶやき>子供たちはいろんなことに興味をもつものなのです。探究心は大切ですよね。
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2017年08月28日

「空からきた少女」046

「家族」
「もう、いい加減(かげん)にしなさい! 早くしないと遅刻(ちこく)するわよ」
 母親は怖(こわ)い顔で菜月(なつき)に言った。いつもと違うその様子(ようす)に、菜月は戸惑(とまど)ったように母親を見る。――母親は子供たちを座らせると、二人の顔をじっと見つめて静かに言った。
「昨夜(ゆうべ)、遅くにね、パパから電話があったの。こっちに戻って来られるかもしれないって」
「ほんとに?」勇太(ゆうた)は嬉(うれ)しそうに言った。「じゃあ、ずっと家にいるってこと?」
「そう…、そうよ」母親はそう答えたが、どこか浮(う)かない顔をしていた。
 父親は北海道の営業所に二年ほど前から単身赴任(たんしんふにん)をしていた。最初のうちは月に一度は帰って来られたのに、仕事が忙(いそが)しくなったのか、それが二月に一回になり、三月に一回になりで、今は半年以上も帰ってこない。もともと単身赴任は一年のはずだった。その一年がたった時、どういう会社の事情(じじょう)か分からないが本社へ戻ることができなくなった。それもあるので、母親は今度のこともあまり期待(きたい)はしていないようだ。
 子供たちが寝静(ねしず)まってから、母親は電話で言い争(あらそ)ったり泣いたりしていることがよくあった。菜月はそのことに気づいていて、知らないふりはしているが両親のことを心配していた。母親の淋(さび)しさを、子供ながらに感じていたのかもしれない。
 母親は心配そうにしている子供たちを見て、気を取り直して微笑(ほほえ)んで見せた。
<つぶやき>家族は愛という絆で結ばれているのです。でも、それを見失うこともある。
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2017年09月22日

「空からきた少女」047

「登校」
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。今度はきっと…」母親は自分にも言い聞かせるように呟(つぶや)いた。
 ふと時計を見た母親はハッとして言った。「あら、もうこんな時間じゃない。早くしないと、みんな待ってるわよ。急ぎなさい。ほら、ぐずぐずしないで――」
 いつもの母親に戻ったようだ。子供たちもほっとする暇(ひま)はない。慌(あわ)ててランドセルを背負って家を飛び出して行く。母親は笑顔で二人を送り出した。
 道の脇(わき)にある大きな樫(かし)の木。夏には心地よい日陰(ひかげ)を提供(ていきょう)してくれる。その下には、いつから置かれているのか小さな地蔵(じぞう)が祀(まつ)られていた。ここが子供たちの集合場所になっていて、ここから並(なら)んで学校へ向かうのだ。もう、七、八人の子供たちが待っていた。
 そこへ慌てて駆(か)け込んでくる二人。菜月(なつき)が遅(おく)れてくるのはいつものことなのか、みんなも待たされるのは慣(な)れているようだ。花代(はなよ)が菜月に声をかけた。
「遅(おそ)いよ。班長が遅れてどうすんのよ」
 菜月は舌(した)をペロリと出して、「ごめん、ちょっといろいろあって…」
 この班では、菜月と花代が五年生だけど一番年上の学年になる。同級生の大介(だいすけ)も同じ班なのだが、彼もいろいろあって今は一緒(いっしょ)に登校(とうこう)しなくなっていた。花代は自分勝手(かって)なことばかりしている大介のことを口では怒(おこ)っているが、心のうちでは心配(しんぱい)しているのだ。今朝も花代は大介の家に寄って来たのだが、もう学校へ出かけてしまっていた。
<つぶやき>集団登校に郷愁(きょうしゅう)を感じることはありませんか? これも歳(とし)のせいかもね。
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2017年10月10日

「空からきた少女」048

「憧れの…」
 みんなは学校へ向けて出発した。前を歩いている勇太(ゆうた)に花代(はなよ)が声をかけた。
「勇太もかわいそうね。出来(でき)の悪い姉(あね)がいると大変でしょ?」
 勇太は後を振(ふ)り向いて肯(うなず)くと、にやにやしながら菜月(なつき)の顔を見た。菜月は、
「勇太、前を向いて歩かないと、転(ころ)んでも知らないよ。ほら」
 勇太が前を向くと、菜月は花代にささやいた。「もう、変なこと言わないでよ」
「遅刻(ちこく)した罰(ばつ)よ」花代は笑いながら言った。「いつになったら直(なお)るのかな?」
「ほんとごめん。実はさ、テレビであの映画のことやってたのよ。だからつい見ちゃって」
「あきれた。それで遅(おく)れるなんて信じられない」
「しかたないでしょ。わたしの憧(あこが)れの立花(たちばな)さやかが出てるのよ。もうじき封切(ふうぎ)りじゃない。絶対(ぜったい)、一緒(いっしょ)に観(み)に行こうね。あ~ぁ、待ち遠しいわぁ」
「ほんと好きよねぇ。だったら、菜月も女優を目指(めざ)したら」
 菜月は慌(あわ)てふためいて、「な、なに言ってるのよ。そ、そんなの、ムリに決まってるでしょ。わたしは見てるほうがいいの。そ、そんな映画に出るなんて、ムリ、ムリ、ムリ…」
 花代はそんな菜月を見て思いっ切り笑った。こんなに笑ったのは久(ひさ)しぶりだ。
 花代は先祖代々(せんぞだいだい)この町に住んでいた。家は農業(のうぎょう)をやっていて、田んぼや畑、それに桃(もも)も育てていた。兄(あに)が二人と姉が一人いて、花代は末(すえ)っ子だけど、とっても面倒見(めんどうみ)のあるしっかりした子だった。祖父母(そふぼ)も同居(どうきょ)していて、とってもにぎやかな家庭(かてい)で暮(く)らしていた。
<つぶやき>大家族の家は少なくなっていますよね。どんな家族でも仲良しがいいです。
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2017年10月28日

「空からきた少女」049

「仲良し」
 菜月(なつき)たち家族がこの町に越(こ)して来たのは、菜月が三年生になったときだ。初めての学校に戸惑(とまど)っている菜月に一番最初に話しかけてくれたのが花代(はなよ)で、家が近いこともあり菜月の最初の友だちになってくれた。今では何でも話せる親友である。
 花代はこの町のことをいろいろ教えてくれた。この土地ならではの習慣(しゅうかん)や、季節(きせつ)ごとのお祭り、行事(ぎょうじ)のことなど、都会育ちの菜月には驚くようなことばかりだ。
 ――菜月たちが学校へ向かう途中(とちゅう)、脇道(わきみち)から男の子が出て来た。六年生の神崎五郎(かんざきごろう)だ。彼も同じ班(はん)になっているのだが、一緒(いっしょ)に登校(とうこう)することはなかった。
 五郎は彼女たちに目もくれず、すたすたと前を歩いて行く。菜月は声をかけようとしたのだが、花代がそれを止めて小声でささやいた。
「やめときなよ。どうせ、一緒に行くわけないわ。ほっときましょうよ」
「でも…」菜月はそれ以上何も言えなかった。
 菜月は五郎のことは何も知らなかった。六年生だし、話をしたこともない。でも、何か気になっていたのだ。他の子とは、雰囲気(ふんいき)がまるで違(ちが)うから…。
 花代は五郎のことが好きではないようだ。それは彼女の五郎を見る目で分かる。菜月もそのことには気づいていた。他の友だちから聞いた話だが、どうやら五郎ではなく彼の家、神崎家のことが嫌いのようだ。昔、何かあったみたい。
<つぶやき>田舎ではいろんな風習があったりするのです。それは昔から続いてきたこと。
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2017年11月15日