「嵐の夜」02

(再公開 2017/06/28)
「閉じ込め」
 外から聞こえてきた音は、雷が落ちた音というより何かがぶつかった時の音に近かった。四人はそれぞれ玄関脇の出窓と玄関の扉へ走った。いち早く出窓から外を見たのは好恵(よしえ)だった。彼女はそこにあるべきはずのものが消えているのに気づき叫んだ。
「車がなくなってるわ!」
 ほとんど同時に、外から賢治(けんじ)の悲痛(ひつう)な叫び声が、「俺の車が…、何でだよ!」
 車は轍(わだち)の跡を残して消えていた。賢治とアキラは土砂降(どしゃぶ)りのなか飛び出した。轍の跡を辿(たど)って行く。外は外灯もなく真っ暗である。足下が何とか見えるだけだった。10メートルほど行ったところで、突然、アキラが賢治の服をつかんで引っ張った。賢治は尻もちをついて、水たまりに倒れ込む。
「何すんだよ! いてぇじゃねえか!」賢治はやけくそになってわめいた。
 アキラは轍の先を指さした。賢治はそれを見て震えあがった。目の前の地面が無くなっていたのだ。アキラは恐る恐る近づいて下を覗いてみた。だが、暗闇(くらやみ)で何も見えない。下の方からは激流(げきりゅう)の音が、ゴーッゴーッと不気味に鳴っていた。今まで気づかなかったのだが、どうやらここには川が流れているようだ。それも、かなり水かさが増している。
 アキラは賢治を見て首を振った。車は激流に飲み込まれたか、崖(がけ)の下で大破(たいは)しているだろうことは誰の目にも明らかだ。
「俺の車…。ふざけんなよ! まだ、ローンだって残ってんだぞ」
 賢治は子供のように地面を叩き、水しぶきをあたりにまき散らした。
 アキラは賢治を抱きかかえて屋敷へ戻った。二人ともずぶ濡(ぬ)れである。夏の終わりとはいえ、このままでは風邪をひいてしまいそうだ。
「私、いいもの見つけたわ」好恵はランプの明かりを部屋の隅へ持って行く。
 そこには立派な暖炉(だんろ)があった。かつては、この家に住んでいた家族と団欒(だんらん)を共にしていたのだろう。今はその面影(おもかげ)すら消えかけていた。
「きっと、どこかに薪(まき)が残ってるんじゃないかしら」好恵はランプをテーブルに戻すと、「私、探してみるわ。紀香(のりか)、手伝ってよ」
「あ、あたし? イヤよ。行きたくないわ」
「じゃあ、俺が行くよ。のりちゃんは賢治を見ててくれ」
 しばらくして、二人は戻って来た。アキラは薪の束(たば)を両腕に抱えていた。火をつけるのに時間はかかったが、何とか暖をとることができた。男たちは服を脱いで、暖炉の前に並べた。人心地(ひとごこち)ついた頃、紀香がポツリと呟(つぶや)いた。
「ねえ、あたしのバッグは? あれがないと、困るわ」
 それに応えてアキラが言った。「朝になったら見てみるよ。崖の下にあるかもしれない」
「お願いね。携帯とか、お財布も入ってるの。それに、手帳…」
 ずっと黙り込んでいた賢治が、頭をかきむしって、誰に言うともなく、
「何で動いたんだよ。俺、ちゃんとサイドブレーキしたはずなのに」
「まさか、誰かがやったとか?」好恵が押し殺したようにささやいた。
<つぶやき>これで、朝までここにいることに。これから、彼らに何が起こるのでしょう。
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2013年02月27日