「決まりごと」02

(再公開 2017/03/14)
「ここなの?」
「おかしいなぁ、この辺りだと思うんだけど…」
 明日実(あすみ)は地図をグルグル回して、辺りをキョロキョロと見回した。だが、それらしい建物もなく、そこにあるのは雑木林? それも全く手入れとかされていない、うっそうとした森状態。明日実は、そこに小さな小道を発見した。道は曲がりくねっているようで、木々に邪魔をされて先が見えなくなっている。まるで、森に呑み込まれるような感じ。
「まさか、ここってこと?」明日実は恐る恐るその小道を入って行った。
 小道は思ったほど長くはなく、すぐに開けた場所に出た。そこに、一軒の古い平屋(ひらや)が建っている。玄関の上には表札があり、「京塚(きょうづか)」と記されていた。
「えーっ、ここなの?」明日実はしばらくぼう然と立ちつくした。
 彼女は小説に出てくるような、オシャレで豪華(ごうか)な邸宅(ていたく)を想像していた。それが、こんなみすぼらしくて、今にも壊れそうな……。
 ――明日実は気をとり直して玄関の呼び鈴を押した。しばらく待ってみる。……。だが、何の反応もなかった。もう一度、呼び鈴を押す。………。やっぱり、何の返事も返ってこない。留守のはずはない。今日訪ねることは、ちゃんと連絡してあるのだから。そっと玄関の戸を開けてみる。戸はガラガラと音をたてながら開いた。明日実は「ごめんください」と声をかけた。…………。家の中は静まりかえっている。ここで帰るわけにはいかない。だって、憧(あこが)れの京塚雅也(きょうづかまさや)がすぐそこにいるかもしれない。
 明日実は家の中へ足を踏み入れた。目の前には廊下があり、その突き当たりと左右に部屋の扉が見えた。彼女はそこでもう一度声をかけ、靴を脱いで上がろうとした。ちょうどその時、右側の扉が開き男が出て来た。その男はもじゃもじゃの髪に、不精ヒゲをはやしている。着ているものと言ったら、薄汚れたTシャツに穴の開いた紺のジャージ。どう見ても、有名な作家先生には見えなかった。彼女はホッとして声をかけた。
「あの、すいません。先生はご在宅ですか? あたし、出版社から…」
 男はぶっきらぼうに答えた。「遅かったですね」
 明日実は腕時計を見て、「あっ、すいません。初めてなので、ちょっと場所が…」
 男はじっと彼女を見ていたが、顎(あご)で左の扉を示して、「こっちで待っててもらえますか」
「はい。すいません。ありがとう…」
 男は彼女の言葉を最後まで聞かずに、出て来た扉の中へ引っ込んだ。
 彼女は口をとがらせて言った。「何なのよ。変なひとね」
 明日実は玄関を上がると、左の扉を開けて中に入った。そこは応接室になっていた。部屋の中は奇麗に片付けられていて。と言うか、余計な飾りとか全くなかった。ほんとに殺風景な、色のない部屋だと彼女は思った。
 彼女はソファに座ると、テーブルの上にケーキの箱をそっと置いた。――どのくらい待っただろう。彼女は腕時計を見て、「もう、いつまで待たせるのよ」
 あれから一時間は過ぎている。明日実は待ちきれなくなって、応接室を出て男が入っていった扉をノックした。やっぱり返事は返ってこない。彼女は静かに扉を開けてみた。
<つぶやき>初めての場所へ行く時は、事前にチェックをしましょうね。そうしないと…。
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2012年09月04日