「メビウスの輪」08
「謎の工場」
街(まち)外れにある閉鎖(へいさ)されている工場。思ったよりも敷地(しきち)は広く、周りは高い塀(へい)に囲まれていて中の様子をうかがい知ることはできない。出入口は正面にある鉄製の門だけで、その格子(こうし)の隙間(すきま)から建物の一部をかろうじて見ることができた。
夜明け前、まだ辺りは暗がりに包まれていたが、東の空がかすかに色を取り戻しつつあった。――門から少し離れた所に、一台の車が止まっていた。その中にいたのは神崎(かんざき)警部で、門の方をじっと見つめていた。彼はまるでひとりごとのように呟(つぶや)いた。
「本当にここなのか? 人の出入りは全くないし、明かりもついていない」
助手席の方から女性の声がした。それは例のキューブからだ。
「中には人はいないはずよ。それに機械(きかい)を動かすのに明かりは必要ないわ」
「でも、アリス。まだ信じられないよ。ここで人間を造っているなんて…。直子(なおこ)にそのことを話したら、目を丸くしてね。絶対に無傷(むきず)で押収(おうしゅう)しろって、うるさいんだ」
「それはやめておいた方がいいわ。あなたたちが、それを手にするのは早すぎる」
その時、後ろのドアをノックして松野(まつの)刑事が乗り込んできた。
「警部、遅くなってすいません。この工場なんですがね、二年ほど前に買収(ばいしゅう)されて、今の所有者は〈ブレイン〉という会社です。ですがね、この会社、どうも実体(じったい)がつかめなくて…。登記されていた住所や電話番号もでたらめで、連絡の取りようがありません」
「そうか、ご苦労さん。夜明けを待って突入しよう」
「はい。もう準備はできてます。それとここへ来る途中で近くの交番(こうばん)に寄ったんですが、ちょと面白い話を耳にしましてね。何でも、一ヵ月ほど前に、ここで賭博(とばく)の検挙(けんきょ)があったそうで…。本庁からマル暴(ぼう)の刑事が大勢来てたみたいです」
「その話なら聞いたことがあるな。ここだったのか…。でも、よく分かったな?」
「それがね、半年ほど前から、柄(がら)の悪そうな連中が出入りするようになって、それで内偵(ないてい)をしてたみたいですね。交番の警官にも気をつけるように言われていたそうです」
「なるほど。じゃ、その〈ブレイン〉って会社も暴力団がらみかもな」
「話はそれだけじゃないんですよ。二ヵ月ほど前に、この工場へ大型トラックが入って行ったそうなんですが、誰も出ていくのを見ていないんですよ。検挙に入った時にくまなく工場内を調べても、トラックどころか何の機械もなくてガランとしてたそうで」
「どういうことだ…。じゃあ、今も何もないってことか?」
「それは違うと思うわ」二人の話を黙って聞いていたアリスが言った。「電力会社に入って調べてみたけど、この工場にかなりの電力を供給(きょうきゅう)してるわ。それも、無償(むしょう)でね」
「無償って?」松野は驚いて言った。「そんなことできるのか?」
「彼にはたやすいことよ。データを書き替えればいいだけだから。この場所を買い取るのだって、世界中の銀行から同じことをして資金(しきん)を集めたはずよ」
「彼って…」警部は戸惑(とまど)いを隠(かく)しきれず、「いったい誰なんだ? 君の正体も教えてもらえないし…。本当に、君を信用(しんよう)していいのか分からないよ」
「じゃあ、一つだけ…。彼の名は、ブレインよ」
<つぶやき>あの女の子はどうしたのって、気になりますよね。それは次回と言うことで。
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