「メビウスの輪」09

「突入」
 車のヘッドライトが、神崎(かんざき)たちがいる車の後ろへゆっくりと近づいて来た。そして路肩(ろかた)によせると少し後方に停車した。その車に乗っていたのは曽根(そね)刑事だった。曽根は車から降りると、小走りにやって来て車の窓(まど)を叩いてドアを開けた。曽根は車へ乗り込むと、申し訳なさそうに神崎警部に言った。
「遅くなりました。あの娘(むすめ)にさんざん連れ回されて大変だったんです」
「それは羨(うらや)ましいなぁ。俺も若い娘(こ)と一緒(いっしょ)に…」冗談(じょうだん)まじりに言ったのは松野(まつの)だった。
「そんなんじゃ…。あれ? 松野さん、殺人事件の方に行ってたんじゃ」
「ああ。あれはもう解決したさ。犯人が近くの交番に出頭(しゅっとう)して来たんだ。女のことでもめて、ついカッとなってブスリとやったらしい。まったくなに考えてんだか」
 松野は吐(は)き捨てるように言った。神崎警部が後ろを振り返って、
「で、あのお嬢(じょう)さんをちゃんと送り届けたんだろうな?」
「もちろんです。でも、お腹(なか)が空(す)いたから食事をさせろとか、ゲーセンへ連れてけとか…。おかげで僕の財布(さいふ)はすっからかんですよ」
「お前も楽しんだんだろ? それくらい我慢(がまん)しろよ」笑いながら松野がささやいた。
 曽根は気を取り直して報告を続けた。「それでやっと帰る気になって、家の着いたのが夜中の二時でした。その家って言うのが、すっごい豪邸(ごうてい)で――」
 曽根の声がうわずった。だが、場違いなことに気づいて言葉を切った。「すいません。それで、その邸(やしき)の若い女中にこっそり聞いたんですが…。娘の名前は鈴木千夏(すずきちなつ)。どっかの大企業の創業者のひ孫(まご)だそうです。高校生なんですが、学校へは行ってなくて部屋に引きこもっていたようです。それがここ一週間くらい前から出かけるようになって…」
 今まで黙(だま)っていたアリスが言葉を挟(はさ)んだ。「それは私がお願いをしたからよ」
「お願い…」神崎警部がキューブを手に取り、「君とあの娘(こ)はどういうつながりなんだ?」
 アリスは光を点滅させながら答えた。「それは、彼女が優秀なハッカーだったからよ。私の指示(しじ)に的確(てきかく)に答えてくれて、それ以上のことをしてくれたわ」
「なるほど、まだ子供なのにそんなに優秀とは気づかなかったよ」
 警部は感心したように言った。――まだ日の出前だが、外はすっかり明るくなっていた。警部の顔つきが変わり、無線で全員に突入待機(たいき)の指示を出した。
「さあ、ちょっとお邪魔(じゃま)しようじゃないか。歓迎(かんげい)されるといいんだがね」
 警部は少しおどけて言うと車のドアを開けた。警部の後に松野と曽根刑事が続いた。まずは少人数で中の様子をさぐるのだ。工場の入口には二十人ほどの警官が待機していた。警部が扉(とびら)の近くの刑事に合図(あいず)をすると、その刑事は持っていた道具で扉にかかっていたチェーンを壊(こわ)した。まずは警部が扉をくぐり、続いて松野刑事、そして曽根が入ろうとしたとき、そばにいた刑事が言った。「おい、この娘(こ)も連れていくのか?」
 曽根が振り返ろうとしたとき、後ろから押されて、曽根は扉の中へ転がり込んだ。曽根の後ろに立っていたのはチータンこと千夏だった。彼女は隣(となり)にいた刑事ににっこり微笑(ほほえ)むと、扉の中へ吸い込まれるように入って行った。
<つぶやき>おてんばなお嬢さんの登場です。でも、どうやってここまで来たんでしょう。
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2016年04月17日