「メビウスの輪」10

「迷宮入り?」
 曽根(そね)刑事は柔道(じゅうどう)の受け身よろしく、地面をくるりと回転して止まった。それを見ていた松野(まつの)刑事が呟(つぶや)いた。「おい、なにカッコつけてんだ」
 曽根が反論(はんろん)するよりも早く千夏(ちなつ)が口を開いた。「ほんと、役に立たないくせに」
 曽根は後ろに千夏が立っているのを見て、驚いた顔をして言った。
「ど、どうして…。どうやってここに来たんだ」
「だって、あたしが後ろに乗ってても、ぜんぜん気づかないんだもん。鈍感(どんかん)!」
「あっ、あの時か? 僕が女中に話しを聞いてるとき――」
 その時、神崎(かんざき)警部が声を上げた。「静かに…」そして千夏に向かって、「やっぱり来たか、困ったお嬢(じょう)さんだ。曽根、しっかり守ってやれよ」
「えっ、僕がですか? もう子守(こもり)はかんべんして下さいよ」
 四人は工場の建物に向かって歩き出した。途中でアリスがささやいた。
「おかしいわ。監視(かんし)カメラが作動してないし、静か過ぎる」
 建物の入口は大きな扉(とびら)になっていた。曽根と松野が左右に分かれて、扉の取っ手をつかんでゆっくりと開けていく。開いた隙間(すきま)から警部が中を覗(のぞ)き込んだ。
 ――警部は小さなため息をつくと、二人に扉を開けるように合図(あいず)した。薄暗い工場の中は何も見えない。ガランとした空間が広がっているだけのようだ。四人は建物の中へ入って行った。曽根が照明のスイッチを見つけて明かりをつけた。
 そこには、やはり何もなかった。でも広い工場内の真ん中辺りに小さな机がぽつんとあった。その上には何かが置かれているようだ。四人は回りを警戒(けいかい)しながら近づいて行く。机の上にあったのは小型のタブレット。警部がスイッチを入れるとメッセージが表示された。
〈わたしを見つけようなんて無駄(むだ)なことはやめたまえ。しかしながら、ここまでたどり着けたことは称賛(しょうさん)にあたいする。だが、次はそう簡単(かんたん)にはいかないだろう。アリス、わたしは待っているよ。君がわたしのもとへ戻ってくることを、楽しみにしている〉
 この後、工場の敷地内をくまなく捜索(そうさく)したが、何も見つけることはできなかった。警部はアリスに言った。「君たちはいったい何者なんだ? どうしてこんなことを」
 アリスは少し間をおいて話し出した。「私とブレインは、光と影。コインの表と裏のようなものよ。お互いを打ち消しあっているの。さあ、私ももう行かないと」
「また何か事件を起こすのかな? 君の、その影は…」
「そうね、そうなる前に止めるわ。そうしないと、私の方が影になってしまう。今まで協力してくれてありがとう。さようなら」
 警部が持っていたキューブの光が消えて、それきり何も動かなくなった。警部はため息をつくとひとり呟いた。
「こりゃ、またあいつにかみつかれるな。どうしたもんか…」
 警部が署に戻ると、神崎直子(なおこ)が腕(うで)を組んで待っていた。警部の姿を見ると飛んで来て、
「ねえ、どういうこと? 私、言ったよね。どうしてこういうことになるわけ?」
「仕方(しかた)ないだろ、何もなかったんだから…。どうしようもないじゃないか」
 警部のポケットの中で、あのキューブがかすかに光を放ったように見えた。
<つぶやき>次はどんな事件が起こるのでしょうか? それはまた、次回ということで…。
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2016年05月19日