「嵐の夜」05

(再公開 2017/07/25)
「見えない誰か」
 下の階には誰もいなかった。暖炉(だんろ)の炎がゆれているだけ。アキラは床の上の自分の上衣を手に取った。それは、紀香(のりか)の肩にかけてやった服だ。好恵(よしえ)は何度も紀香の名前を呼んでみた。だが、返事が返ってくることはなかった。
「捜そう。きっとこの屋敷のどこかにいるはずだ」
 アキラはそう言うと、さっきの梯子(はしご)のことを好恵に話して聞かせて、
「誰かがいるんだよ。そいつがのりちゃんを――」
「そうね。じゃあ、私とアキラさんで下を見るわ。賢治(けんじ)は上を見てきて」
「えっ、俺一人かよ」賢治は不服(ふふく)を洩(も)らした。「上にいるわけないだろ」
「念(ねん)のためよ。あっ、もしかして怖いの?」
「そ、そんなことないよ。俺に怖いもんなんか…」
 賢治はランプを手にすると、後ろを振り返りつつ階段を上がって行った。
「じゃ、俺たちも行こうか」アキラは暖炉に薪(まき)を入れると好恵に言った。
 二人はライターの灯りを頼りに歩き出した。さっき薪を探しに行ったので、間取(まど)りもある程度は把握(はあく)している。長い廊下(ろうか)を進んで、まずは一番奥のキッチンへ。そこで、アキラは燭台(しよくだい)を見つけて、ローソクに灯りをうつした。
「これだけのお屋敷だからね。きっとあると思ったんだ」
 アキラはそう言うと、燭台の灯り越しに好恵を見た。好恵は何かに怯(おび)えているような、そんな表情を浮かべていた。でもアキラの視線を感じると、好恵はいつもの顔に戻った。
「こっちよ。こっちにも部屋があるみたい」好恵は先に立って歩き出す。
 確かにそこには扉があった。他の扉よりも重厚(じゆうこう)で特別な部屋のようだ。二人は扉を開けて中へ入った。この部屋は書斎(しよさい)のようだ。壁は本棚になっていて、かつては沢山(たくさん)の本が並べられていたのだろう。今は埃(ほこり)にまみれた本が数冊残されているだけ。
 アキラは部屋を見回して言った。「ここには誰もいないな。他へ行こう」
「ちょっと待って」好恵は唇(くちびる)をかみしめて言った。「あなたに、訊(き)きたいことがあるの」
 二階にいた賢治は、そこに小さな部屋があるのを見つけていた。その一つに入って、ランプの灯りで中を照らす。そして誰もいないことを確認すると、部屋を出ようとして扉の方へ歩き出した。その時、突然、後から誰かに口をふさがれた。賢治はとっさに叫(さけ)ぼうとしたが、耳元でささやかれた言葉でおとなしくなってしまった。
「訊きたいことって?」アキラは燭台を机の上に置くと言った。
「何かな? 実は、僕も、君に訊いておきたいことが――」
「あゆみ…、菅野(かんの)あゆみを知ってるよね。正直(しようじき)に答えて」
 好恵の顔は真剣だった。アキラは、一瞬動揺(どうよう)したような顔を見せた。
「やっぱり、そうなんだ。あなたが、お姉ちゃんを――」好恵の目から涙がこぼれる。
「えっ? どうしたんだよ。俺は…」アキラは口ごもって好恵を見つめる。
 その時、好恵の顔に驚きの表情がうかんだ。アキラが後を振り返ろうとしたとき、鈍(にぶ)い音とともにアキラの身体が床に倒れ込んだ。好恵は震える声で叫んだ。
「だめよ! そんなことしちゃ」
<つぶやき>誰かが、魔の手を伸ばし始めます。一体、これから何が起きるのでしょうか?
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

2013年05月01日