「嵐の夜」06

(再公開 2017/08/03)
「あゆみ」
 アキラはもうろうとする意識(いしき)のなか、幻覚(げんかく)のような夢を見ていた。そこには子供の頃の自分がいて、目の前には女の子が立っている。その子が誰なのか、アキラは知っていた。
 二人は広い屋敷の中でかくれんぼをしているようだ。鬼が誰なのか分からないが、二人で一緒に隠(かく)れようとしていた。女の子はアキラの手を取って、こっちよって引っ張って行く。でもその先には扉(とびら)はなく、見上げるほどの大きな本棚があるだけ。女の子は口に人差し指を当てて静かにするように合図すると、本棚にある飾りに手をかけぐいと押し下げた。すると、本棚の一部が動き出し後ろへずれていく。びっくりしているアキラを見て、女の子は嬉(うれ)しそうに笑った。そして、ずれた本棚に身体を押しつける。すると、本棚が扉のようにスーッと開いた。女の子は、アキラを手招(てまね)きすると中へ消えて行く。アキラは急いで追いかけようとしたが、足がもつれて転んでしまった。
 激しい痛みでアキラは目覚めた。あれからどのくらいたったろう。部屋の中は真っ暗で、目が見えなくなったかと錯覚(さっかく)するほどだ。アキラは起き上がると、ポケットからライターを取り出して火をつけた。額(ひたい)の辺りがずきずき痛む。誰かに殴(なぐ)られたのだが、相手が誰だったのかまったく分からない。ライターの明かりをかざしてみる。さっきまでいた部屋に間違いない。目の前には見上げるほどの本棚…。床に座った状態なのでそう感じたのだろう。そこで、アキラの脳裏(のうり)にさっきの女の子の顔がよぎった。
「あゆみちゃん…」アキラはそう呟(つぶや)くと、いろんな記憶がよみがえってきた。
「そうか…、ここはあの時の…。何で気づかなかったんだ」
 アキラはふらつきながら立ち上がると、本棚を調べ始めた。目的のものを見つけるのにさほど時間はかからなかった。
「どうしてあんなことをしたの? これじゃ、私たち――」
 燭台(しょくだい)の明かりに照らされた好恵(よしえ)の顔は悲痛なものだった。好恵に背を向けていた男が振り返る。その顔は笑みさえ浮かべていた。
「俺たちは犯罪者じゃない。あいつのやったことを思い浮かべてみろ」
「でも、このままにしたら死んじゃうかもしれないわ。手当(てあて)だけでも…」
「ハハハハ、何言ってんだよ。あゆみを死に追いやった相手を助けるのか? あゆみとおんなじで、お嬢様なんだなぁ。好きになっちまいそうだ」
「冗談はやめて! 私たちは…。私は、お姉ちゃんが何で自殺したのか、それが知りたいだけなの。それに、お姉ちゃんだって、こんなこと望んでない」
「ああ、そうだった。あゆみの婚約者としては、ここは同意した方がいいのかな」
 その時、どこからか女性の悲鳴が聞こえてきた。それは、紀香(のりか)の声だ。
「あなた、何をしたの?」好恵は男に駆け寄り言った。
「目を覚ましただけだよ。まったく、うるさい女だ。そろそろ黙らせないとな」
 好恵は男を睨(にら)みつけると、「私、見てくるわ。一人にしとけない」
「ちょっと待てよ。まだ話は終わってない。真相(しんそう)を教えてやるよ。何で自殺したか」
 好恵は立ち止まりゆっくりと振り返った。「何で? どうしてあなたが…」
<つぶやき>謎の男が現れました。あゆみの自殺の裏には、何が隠されているのでしょう。
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2013年05月28日