「嵐の夜」07

(再公開 2017/08/12)
「救出」
 賢治(けんじ)は紀香(のりか)の口を手でふさぎながら言った。「静かにしろよ。頼むから」
 紀香は椅子(いす)に縛(しば)りつけられていて身動きがとれなかった。だが必死に抵抗(ていこう)して、賢治の指にかみついた。賢治は思わず悲鳴を上げて紀香から離れる。紀香は震える声で、
「何でよ。あたし、ちゃんと言われた通りにしてるでしょ。どうして…」
「そんなこと、俺が知るかよ。あの人が――」
 紀香の顔が恐怖(きょうふ)でこわばった。「ねえ…、お願い、助けて。あたし、お家に帰りたい」
「バカか? そんなことしたら、俺まで何されるか――」
 その時だ。突然、賢治が前へ倒れ込んだ。紀香は小さな悲鳴を上げる。暗闇(くらやみ)の中から姿を現したのはアキラだった。アキラはゆっくり紀香に近づくとささやいた。
「のりちゃん、もう大丈夫だよ。一緒(いっしょ)にお家に帰ろう」
 ホッとしたのか紀香は大粒の涙を流した。アキラは紀香のロープをほどいてやり、それで手早く賢治を縛り上げた。「これでいい。当分(とうぶん)目を覚ますことはないだろう。ちょっと可哀想(かわいそう)だが、今騒(さわ)がれるとまずいんでね」
 紀香はアキラの腕を引っ張って言った。「早く逃げよ。ここにいたら殺されちゃう」
 アキラは紀香の手を握(にぎ)り、「まだやることが残ってるんだ。君に訊(き)きたいことがある。篠崎和也(しのざきかずや)を知ってるよね? 彼とはどういう」
「あたし、知らないわ。そんな人…」
「じゃあ、さっき話してた、あの人のことを教えてくれないか?」
 紀香の顔から血の気が引いていった。彼女は震える手を口元(くちもと)へやり、
「あたし、悪くないわ。あたしは、言われた通りのことをしただけよ。だから…」
「分かってるよ。君は、あの人に脅(おど)されていた。だから仕方(しかた)なく」
「ええ…。最初はお金だったの。でも、あたし、もうお金なくて…。そしたら、俺の仕事を手伝えって。だから、だからあたし…。彼も、そうよ。あたしと同じ…」
 紀香は床に倒れている賢治を指差した。アキラは肯(うなず)いて、
「もう一つ教えてくれないか。君が持っていた黒い手帳。日付と数字、それに符丁(ふちょう)が書かれていたんだが、何の帳簿か知ってるかい?」
 紀香は首を何度も振って、「知らない、知らないわ。中は見たことないの。あの人が持ってろって。大切なものだから、なくしたらただじゃ置かないって。それで…」
「分かった。ずいぶん怖(こわ)い思いしたんだな。もう、これで終わりだから」
 アキラは、泣きじゃくる紀香を優しく抱きしめた。
 好恵(よしえ)は男に詰め寄り言った。
「篠崎さん。どういうことよ。あなた、そんなことひと言も…」
「まあ、慌(あわ)てなさんな」男はニヤつきながら好恵の顔を見て言った。「夜は長いんだ。邪魔者(じゃまもの)もいないし、ゆっくり楽しもうぜ。なあ」
 男は好恵の肩に手を置いた。そして、ぐいっと自分の方に引き寄せる。好恵は両手で男をはねつけて、「何すんのよ。私、あなたなんか大嫌いよ!」
<つぶやき>何でもないことから犯罪に巻き込まれることもあるのです。気をつけようね。
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2013年06月19日