「嵐の夜」08

(再公開 2017/08/22)
「真実」
 男は笑い声を上げた。好恵(よしえ)から離れると、
「そういやぁ、あゆみも最初は嫌がってたなぁ。けど、すぐになついてきたぞ」
「お姉ちゃんに何をしたの? お姉ちゃんがあなたみたいな人、好きになるはずない」
 好恵は男を睨(にら)みつける。男は薄笑いを浮かべて言った。
「そんな恐い顔すんなよ。別に、俺が殺したわけじゃない。あいつが勝手に車の前に飛び出したんだ。ちょうど、客のところへ連れてく途中(とちゅう)でな」
「客って? お姉ちゃんをどこへ連れて行こうとしたの?」
「ホテルだよ。子供じゃないんだから、それくらい分かるだろ。これからどんどん客を取らせて、がっぽり稼(かせ)ごうと思ってたのに、とんだ誤算(ごさん)だよ」
「なんて人なの。ひどい! お姉ちゃんにそんなことさせるなんて」
「それはどうかなぁ」男は好恵の身体をなめまわすように見つめて、「でも、君みたいな妹がいてよかったよ。あゆみの代わりを探す手間(てま)がはぶけた」
「じゃあ、あのアキラって人は? あなたとどういう関係なの?」
「ああ、あいつか? さあなぁ、一カ月くらい前、向こうから近寄って来たんだ。まあ、何かに使えそうだったんで。――そんな時、君が俺のところへ来たんだ。妹がいるなんて知らなかったよ。あゆみほどじゃないが、磨(みが)けば上玉(じょうだま)になると思ってな」
「あの時、私に言ったことは嘘(うそ)だったの? アキラがお姉ちゃんを…」
「そうだよ。アキラは、君を引き寄せる餌(えさ)さ。これで、君も仲間入りってワケだ」
「私は、あなたの仲間なんかじゃないわ。一緒(いっしょ)にしないで」
「今さら遅いよ。俺は君の復讐(ふくしゅう)の手助けをしただけだ。もし俺が捕まったら、君も共犯者(きょうはんしゃ)になるんだぞ。そうなりたくないだろ。だったら、俺に協力してくれよ」
「私は、復讐なんて…。ただ、真実を知りたかっただけよ」
「でも、この計画を立てたのは君じゃないか。もう、完璧(かんぺき)だったよ。君は頭もいいし、即戦力(そくせんりょく)としては申し分ない。後は、ちょっとした儀式(ぎしき)をするだけだ」
「儀式? 何よそれ」
「簡単なことさ。君が裏切らないように、その身体にしっかり刻(きざ)みつけるんだ」
 男は好恵の方へゆっくり近づきながら言った。「二人で楽しもうぜ。この快楽(かいらく)を知ったら、逃げ出そうなんて思わなくなる」
 好恵は壁際(かべぎわ)まで後退(あとずさ)る。もう逃げ場はなかった。男は舌(した)なめずりをして手を伸(の)ばしてくる。まさに間一髪(かんいっぱつ)、好恵は身体をかわして男の背後に回り込む。その動きは素早かった。男が振り返った瞬間、男の身体は宙を飛んだ。そして好恵の蹴(け)りが、男のみぞおちをとらえる。男はそのまま気を失った。好恵は目に涙をいっぱいためて言った。
「私はお姉ちゃんとは違うの。お姉ちゃんの痛みに比(くら)べたら…」
 その時、アキラが部屋に飛び込んで来た。勿論(もちろん)、好恵を助けに来たのだが、男が倒れているのを見て拍子抜(ひょうしぬ)けしてしまった。好恵は涙を拭(ふ)きながら言った。
「ごめんなさい。あなたをこんなことに巻き込んじゃって…」
<つぶやき>人は見かけによらぬもの。どんな才能が隠れているのか分かりませんよね。
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2013年08月17日