「メビウスの輪」01

(再公開 2015/06/15)
「変死体」
 夜の公園。数時間前まで子供たちの歓声(かんせい)が聞こえていた。今は黄色いテープが張られ、警察関係者が忙しく動き回っている。照明が昼間のように辺りを照らしていた。
 神崎(かんざき)警部はうんざりした顔で黄色いテープの下をくぐった。神崎を迎(むか)えたのは、まだ新人の曽根(そね)刑事だ。曽根は緊張した顔で言った。
「通報があったのは一時間くらい前です。現場は、まだそのままに…」
「そうか。今日は何て日だ。これで三人目だぞ。これが最後にして欲しいよ」
 神崎警部は一人言(ひとりごと)のように呟(つぶや)いた。彼が愚痴(ぐち)をこぼすのも無理はない。さっきまで別の現場にいたのだ。そこで連絡を受けて、取るものも取りあえず駆(か)けつけたのだ。
「また変死体(へんしたい)じゃないだろうな。身元(みもと)が分かるものは――」
 神崎警部はシートが張られた現場に入って口をつぐんだ。目の前のベンチに男が座っていて、今にも立ち上がりそうな…。とても死体には見えないのだ。警部は死体に手を合わせると、じっくりと観察を始めた。曽根刑事が急に思い出したように報告を始めた。
「あの、近所の子供たちの話なんですが…。夕方、この被害者が、ここにいるのを見たと言っています。ずっとここに座っていたので、気味(きみ)が悪くて憶(おぼ)えていたんです」
「夕方というと、三、四時間前ってことか」
 警部は近くにいた鑑識(かんしき)に声をかけた。「ここ、もういいかな?」
「ええ、もう済(す)んでます。後は、被害者を運び出すだけです」
 それを聞いた警部は、被害者の肩(かた)を軽く押してみた。すると死体はベンチに倒(たお)れ込んだ。
「まただ」警部はいまいましそうに呟いた。「何で、死後硬直(しごこうちょく)してないんだ。まるで、ついさっきまで生きていたみたいに…。すぐに検視(けんし)に回してくれ。頼んだぞ」
 数時間後、神崎警部は捜査本部にいた。最初の被害者の検死(けんし)報告によると、外傷(がいしょう)はなく、薬物反応も認められなかった。だが病死と判断できる材料もなく、結局、殺人を含めての捜査となった。難問(なんもん)なのは、三人の被害者の身元を示すものが何もないことだ。衣服のほかは、所持品もなくお手上げ状態。警部は現場付近の防犯カメラを全て洗い出すように指示を出した。被害者の足取りや、三つの事件に共通するものが見つかるかもしれない。
 神崎警部は目を閉じて、じっとデスクに座っていた。いつものことなのだが、こうやって頭の中を整理して、何が起きたのかを推理(すいり)しているのだ。時間は夜の十二時になろうとしていた。けたたましく電話のベルが鳴った。警部は素早く受話器を取る。
「神崎だ。…ああ、曽根君か。検視は終わったのか?」
 電話の相手は曽根刑事だった。検視を依頼した大学病院に張りつかせていたのだ。曽根はかなり取り乱していた。早口でまくしたてるので何を言っているのか聞きとれない。
「落ち着け。何を慌(あわ)ててるんだ。分かるように言ってくれ」
 受話器の向こうの曽根は息を整(ととの)えると、はっきりと聞きとれる声で言った。
「それが、消えたんです。ちょっと目を離しただけなのに…」
 警部は怪訝(けげん)そうな顔をして言った。「何の話だ。何が消えたって――」
「死体ですよ! それも、三人とも。運び込んだ死体が、消えてなくなったんです」
<つぶやき>これはまだ序章にすぎない。これから何が起こるのか、誰にも分からない。
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2014年04月18日