「メビウスの輪」04

「手掛かり」
 神崎(かんざき)警部は小さく息を吐(は)くと、曽根(そね)刑事に訊(き)いた。
「どのくらい、その場から離れていたんだ?」
「そうですね」曽根は少し考えて、「ほんの二、三分だと思います。すぐ戻りましたから…」
「確か、あそこの安置室(あんちしつ)…、出入口は――」
 警部の言葉尻(ことばじり)をとらえて神崎直子(かんざきなおこ)が口を挟(はさ)んだ。「ひとつだけしかないわ。そんな短い間に死体を三つも運び出すなんて、どうやったのかしら?」
「そうなんですよ。僕もそこが引っかかっているんです」
 曽根は勢い込んで言った。「いくら何でも、気づかないはずはないんです」
「本当に消えたってことか…」
 警部はそう呟(つぶや)くと、ハッとして直子の方を見た。直子は頬(ほお)を膨(ふく)らまし、不機嫌(ふきげん)そうな顔をしていた。警部は愛想笑(あいそわら)いをして、自分の頬を叩(たた)いた。その時、松野(まつの)刑事が口を開いた。
「あの、ちょっと見てもらいたいんですが…。気になる女が映(うつ)ってるんですよ」
 松野刑事は、昨夜から防犯カメラの映像をチェックしていた。警部は勢いよく立ち上がると、デスクに置かれたモニターのところへ行った。松野はモニターの前に座っている刑事に、録画の再生をするように合図(あいず)して、
「これが、最初に死体が発見された川原(かわら)の、すぐ近くにある橋(はし)を映したものです」
 まだ早朝なので車や人の通行はほとんどなかった。薄暗い中で、橋の外灯(がいとう)があたっている所だけがはっきり見えている。画面の手前から、橋を渡っていく人影が現れた。
「ここからです。よく見ててくださいよ」
 松野がモニターを指(ゆび)さした。その人影は外灯の所まで来ると立ち止まった。明かりの中に映し出されたのは、白っぽいワンピースを着た髪の長い女。その女は突然振り返って、こちらの方を見つめる。それはまるで、モニターの中から反対に見つめられている感じがした。女はすぐに向き直ると、橋を渡って暗闇(くらやみ)に消えて行った。松野は次の指示をして、
「いまの、覚(おぼ)えててくださいよ。次のは、二件目の死体が発見されたオフィスビル一階の出入口の映像です。一瞬(いっしゅん)ですので、見逃(みのが)さないでください」
 昼の時間なのだろう、ビルの出入口にはサラリーマンやOLの姿が大勢(おおぜい)行き交っていた。その中で、どこから現れたのか白いワンピースの女がビルを出て行く姿が…。やはり髪の長い女で、さっきの女と同一人物のように思えた。松野はまた次の指示をして、
「これが三件目。公園の入口の所にあるカメラです。子供に交(ま)じって女が出て行きます」
 子供たちが駆け出していくすぐ後に、白のワンピースに髪の長い女が通り過ぎた。――三件の事件現場近くで、同じ女が映っているなんて。偶然(ぐうぜん)とは考えにくい。
 松野は警部に向き直ると、「いずれも、死体発見の一、二時間前の映像です。これだけで犯人とは断定(だんてい)できませんが、何か関係があるのかも知れません」
「そうだな」警部は肯(うなず)きながら、「他の場所の映像も調べてくれ。女の足取(あしど)りが分かるかもしれない。今はどんな些細(ささい)なことでも、手掛(てが)かりが必要なんだ」
 その場にいた刑事たちは大きく肯き、それぞれの捜査に飛び出して行った。
<つぶやき>この女の登場で捜査は進展するのでしょうか? 謎は深まるばかりですね。
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2015年10月08日