「メビウスの輪」05

「新たな事件」
 刑事たちの努力も虚(むな)しく、それから一週間たっても何の手掛(てが)かりも見つからなかった。現場近くで聞き込みをしたが、白いワンピースの女の目撃(もくげき)証言は得(え)られなかったし、他の防犯カメラの映像にも女の姿は残されていなかった。あの女はどこへ行ってしまったのか…。消えた三つの死体についても、何の進展(しんてん)もなかった。完全に捜査は暗礁(あんしょう)に乗り上げた。
 そんな時だ。別の殺人事件の連絡が入った。神崎(かんざき)警部をはじめ、その場にいた刑事たちに緊張(きんちょう)が走った。警部は、刑事たちを引きつれて現場に急いだ。
 現場は繁華街(はんかがい)の中にある小さな公園。その植え込みの中に男が仰向(あおむ)けに倒れていた。死体を確認した警部は、ホッと胸をなで下ろした。不謹慎(ふきんしん)なことだが、率直な感情だった。他の刑事たちも同様のようである。
 今度のやつは、今まで続いていた不可解(ふかかい)な死体ではなく、見ただけではっきりと殺人と分かるものだった。倒れている男の腹には何カ所も刺(さ)し傷があり、着ているワイシャツは真っ赤に染(そ)まっている。
 男の所持品を調べていた警部は、名刺入れに目を止めた。中を見てみると、〈クラブ メビウス 篠崎亮(しのざきりょう)〉と書かれている名刺が数枚入っていた。警部は首をかしげた。クラブ・メビウス…、どこかで聞き憶(おぼ)えのある――。
 その時、横から覗き込んでいた曽根(そね)刑事が声をあげた。
「これって、僕が…、あの、おかしな電話の女が言ってたのと――」
「メビウスの輪か!」警部は勢(いきお)い込んで言った。「まさかとは思うが、あの事件と関係があるかもしれんな。調べてみる価値(かち)はありそうだ」
 名刺に書かれていた住所は、ここからそんなに離れてはいなかった。警部は、他の刑事たちに指示をすると、曽根刑事を連れて現場を離れた。
 時間は朝の十時を過ぎた頃。飲み屋などが入っている雑居(ざっきょ)ビルが建ち並ぶ通りは、人もまばらで夜の賑(にぎ)やかさが嘘(うそ)のようだ。二人は、とあるビルの前で立ち止まった。一階の店舗(てんぽ)はシャッターが降ろされていて、その横に狭(せま)い階段が上へ続いていた。曽根刑事がビルを見上げて言った。
「ここですよ。看板(かんばん)があります。二階のようですね」
 小さな看板が、申し訳ていどについていた。二人は狭い階段を上がって行った。二階に着くと、目の前に重厚(じゅうこう)そうな扉(とびら)があった。扉には「クラブ メビウス」とプレートが付いている。こんな時間に誰かいるとは思えないが、警部は扉を叩いてみた。
 何度か繰り返してみたが、中からは何の反応もなかった。最後に、警部は扉の取っ手を回してみた。すると、取っ手が動いて扉が開(ひら)いた。二人は顔を見合わせて、ゆっくり扉を開けると中へ入った。店内は真っ暗だ。外からの明かりで何とか店内の様子が分かった。警部は声をあげた。
「誰かいませんか! 警察です。ちょっとお伺(うかが)いしたいことがありまして…」
 店内は静まり返っていた。警部は曽根刑事に明かりをつけるように目配(めくば)せした。曽根は手探りでカウンターの方へ向かった。警部は店の奥へと進んで行った。すると扉でもあるのか、下の方に明かりが洩(も)れているのが見えた。警部は曽根刑事に合図(あいず)した。
<つぶやき>さあ、誰かいるんでしょうか? 何か手掛かりが見つかるといいんですが…。
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2015年11月13日