「嵐の夜」03

(再公開 2017/07/07)
「疑心暗鬼」
 みんなは顔を見合わせた。賢治(けんじ)は疑(うたが)いの目をアキラに向ける。
「まさか…。一番最後に車から降りたのって――」
 アキラは呆(あき)れたように、「ちょっと待てよ。俺が、何でそんなことしなきゃいけないんだ。意味分かんねえよ」
「ねえ、やめようよ」好恵(よしえ)が間に入って、「私たち友達でしょ。ごめん、私が変なこと言っちゃったから。きっと、あれよ。ブレーキをかけ忘れて…」
 賢治は好恵を睨(にら)みつけて抗議(こうぎ)する。アキラは何かを思いついたようにつぶやいた。
「いや。好恵の言ってること、間違ってないのかもしれない。だってさ、そう考えた方が辻褄(つじつま)が合うじゃないか。きっと、俺たち以外に誰かいるんだよ」
「うそ。あたし怖いわ」紀香(のりか)はアキラの腕にしがみついて、震える声で言った。
「この家のどこに人がいるっていうんだ!」賢治はやけになってわめき散らす。
 アキラは冷静に、状況を分析するように話し始めた。
「まず、好恵が見たっていう灯り。たぶん、この上だったんじゃないかな」
 アキラは人差し指を立てて上に向ける。確かに、この屋敷は二階建てだった。それは、みんなも見ているはずだ。アキラは先を続ける。
「それに、車。賢治さ、車のキーどうした?」
「あっ。そういやぁ、つけっぱなしだ。だって、すぐ戻るつもりだったから…」
「じゃ、カギもかかってないってことだろ。俺たちがこの家に入ったのを見て、そのスキに車を動かしたのかもしれない」
「もし、二階に誰かいたとして、どうやって外へ出るんだよ。俺たちここにいたんだぞ」
「外に階段があるのかもしれない。そしたら、自由に出入りできるだろ」
「でも、誰が何のために?」好恵はみんなの顔を見渡して、「私たち恨(うら)まれることなんか…」
 突然、紀香がパニックになり叫んだ。「イヤだ! イヤよ、あたし! 助けて!」
 紀香は玄関の方へ駆け出した。好恵がそれを抑(おさ)えて、「大丈夫だよ。私がついてるから」
「そんなのダメよ」紀香は顔を引きつらせながら、「警察よ。警察を呼んで。お願い!」
「ああ。そうね、そうしよ。私がかけるから、ねっ」
 好恵は紀香を落ち着かせると暖炉の側に座らせ、あっと声を漏(も)らした。
「ダメだわ。私の携帯、車の中だった。ねえ、賢治は持ってる」
「俺も、全部車の中だよ。何も持ってない」
 好恵はアキラを見た。アキラは首を振って、「俺は、携帯は持ってない」
「こいつはアナログ人間なんだよ。文明を否定(ひてい)してるんだ」
「俺は、自由でいたいだけだ。そんなの持ってると、ロクなことないからな」
 その時だ。上の方からガタンと何かが倒れるような音が響いた。一瞬、みんなは凍りついて、天井を見上げる。
「イヤ、イヤ、助けて…」真っ先に声を上げたのは紀香だった。好恵にしがみつく。
 アキラは賢治を見て、「やっぱり誰かいるんだ。行ってみよう。確かめるんだ」
 男たちは干しておいた服を手早く着ると、足音を立てないように階段へ向かった。
<つぶやき>誰かいるんでしょうか? もしそうだとしたら、何のためにこんなことを。
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2013年03月13日