「メビウスの輪」06

「女の子」
神崎(かんざき)警部はゆっくりと明かりの方へ近づいて行った。――足音をしのばせてドアの前まで来ると、ドアの取っ手に手を伸(の)ばした。その時だ。突然(とつぜん)ドアが開いて、部屋の中から黒い影(かげ)が飛び出してきた。その拍子(ひょうし)に、警部はドアに押されて態勢(たいせい)を崩(くず)された。
警部は叫(さけ)んだ。「止まれ! 止まるんだ!」
それと同時に、店の明かりが点いて曽根(そね)刑事が出口の前に駆(か)けつけた。黒ずくめの人物は一瞬(いっしゅん)躊躇(ちゅうちょ)したが、曽根に向かって突っ込んでくる。曽根も、新米(しんまい)といえども一応(いちおう)刑事である。向かってくる相手を両腕(りょううで)で押さえて踏(ふ)みとどめる。と、そのはずみで相手の黒い帽子(ぼうし)が床(ゆか)に落ちた。すると、黒髪(くろかみ)がはらりと落ちて来て曽根の手にかかった。曽根は、思わず力を緩(ゆる)めてしまった。相手はチャンスとばかり、曽根の足を思いっ切り踏んづけた。
曽根は「あぅ」と声を上げたが、痛みをこらえて、相手を床に倒(たお)してその上にのしかかった。曽根の手が相手の胸(むね)を押さえつける。その柔(やわ)らかな感触(かんしょく)に曽根が気づいたとき、女性の悲鳴(ひめい)があがった。曽根は、思わず胸から手を放した。女の子の声が店内に響(ひび)き渡った。
「どこさわってんのよ! この変態(へんたい)おやじ!」
相手は女性、それもどう見ても高校生ぐらいに見える。彼女に睨(にら)まれた曽根は、たじろいでしまった。どうやら、女性にはめっぽう弱(よわ)いのかもしれない。それはさておき、警部は女の子を立たせると、店のソファに座らせた。女の子は、さっきまでの威勢(いせい)のよさはなくなり、口をギュッと結(むす)んで、不安そうな目をしていた。
警部は彼女のそばに座り、優しく話しかけた。
「君に、訊(き)きたいことがあるんだけど、教えてもらえるかな?」
女の子はちらっと警部の方を見たが、ますます顔をこわばらせて床へ目を落とした。警部は、彼女の気持ちを和(やわ)らげるように言った。
「さっきはすまなかったね。こいつを許(ゆる)してもらえるかな?」
警部は曽根の方を見てから、「これでも、けっこう良い奴(やつ)なんだよ。まあ、女性にモテたって話は聞かないけどね。どう見ても、女性に好かれるタイプじゃないだろ?」
曽根は抗議(こうぎ)するように、「警部。そ、それは…、言いすぎです。僕は、これでも…」
二人のやりとりを見て、女の子は思わず微笑(ほほえ)んだ。そして、警部に同意(どうい)するように、
「ほんと、どう見たって良い所なんてないわ」
曽根は、「君には関係ないだろ。だいたい、君が逃げたりするから、ああいうことになるんだ。それに、僕は変態でもないし、おやじでも――」
「まあまあ、その辺にしとけ」警部は曽根をなだめると、彼女に向き直って言った。
「こっちも、これが仕事でね。君には、いろいろと質問しなくちゃならない。それは、分かってもらえるかな?」
女の子は観念(かんねん)したように答えた。「捕(つか)まっちゃたんだから、仕方(しかた)ないわね。いいわよ。でも、何でも話すかは、おじさんの質問しだいだけど」
「いや、手厳(てきび)しいねぇ。おじさんも、気をつけて質問をしなくちゃなぁ。じゃあ…、まず、君の名前から教えてもらえないかな?」
<つぶやき>この娘は何者なのでしょう。そして、一連の事件とどう関わっているのか…。
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