「メビウスの輪」07

「キューブ」
 女の子はちょっと微笑(ほほえ)むと、「あたしは、チータンよ。チータンっていうの」
 神崎(かんざき)警部は首をかしげた。側(そば)にいた曽根(そね)刑事が怒(おこ)った顔で言った。
「本名だ。君の名前を言いなさい。そんなふざけたこと言ってると――」
「チータンは、あたしのハンドルネームよ。何か文句(もんく)でもあるの?」
 警部は曽根が反論(はんろん)するのを抑(おさ)えて、
「じゃあ、チータンさん…。君は…、いくつかな?」
「チータンでいいわよ。おじさん、女性に年齢(とし)を聞くのってどうなの?」
「ああ、そうか…。でもね、これもおじさんの仕事でね。どうしても訊(き)かなきゃいけないんだ。教えてくれないかな?」
「そう、じゃあ教えてあげる。あたし17よ。これでも高校生なの」
「そうか…。で、どこの高校に通ってるのかな?」
「それは教えない。それに、あたし学校には行ってないの。つまんないんだもん。別に行かなくてもどうってことないし…」
「でも友達に会えないんじゃ、寂(さび)しくないかい?」
「別に…。あたし、友達なんか必要ないから。そういうの、面倒(めんどう)なだけよ」
 その時、電話のベルが鳴り出した。彼女は慌(あわ)てて上着の下からポーチを出して、その中からサイコロを大きくしたようなものを取り出した。彼女はそれを手のひらに乗せ、光っている面を軽くなでた。すると、ベルの音が鳴り止んだ。
 警部たちが怪訝(けげん)そうに見ていると、彼女はそのキューブに向かって話し出した。
「ごめん、アリス。捕(つか)まっちゃった。あたし、どうしたらいい?」
 警部は思わず訊いた。「それは…、何だい?」
 彼女は自慢気(じまんげ)に答えた。「いいでしょ、ネットで手に入れたの。最新モデルの――」
 突然、彼女の後ろから手を伸(の)ばした曽根が、そのキューブを取り上げて言った。
「何だ、これは…。スマホにしては妙(みょう)な形だな。何の表示(ひょうじ)も出てないし…」
 彼女は立ち上がり、曽根からそれを取り返しそうと手を出しながら叫(さけ)んだ。
「ちょっと返してよ。それはあたしのよ!」
 曽根は取られまいとしながら、それを振(ふ)ってみた。するとベルが鳴り出した。曽根は驚いて、思わす手を放してしまった。そのキューブは宙(ちゅう)を舞(ま)った。弧(こ)を描いて落下していく。でも、彼女が素早(すばや)くそれを受け止めた。そして曽根に詰(つ)め寄って、
「もう、何て人なの。いい加減(かげん)にしてよ。ほんと、最低な――」
 どこからか、彼女の名を呼ぶ女の声がした。「チータン、もうやめて」
 彼女の手の中でキューブが光り出した。彼女は手を開いて、それに話しかけた。
「ごめんね。こいつが急に…。もう誰にも渡さないから」
「いいのよ。あなたをこれ以上巻き込むことはできないわ。あなたのお仕事はもう終わり」
「そんなのイヤよ。あたし、まだやれるわ。もっと手伝わせてよ」
 女の声を聞いていた曽根が、急に叫んで言った。
「警部! この声です。あの時、僕の携帯(けいたい)にかけてきたのは、この女ですよ!」
<つぶやき>謎の女の正体がこれで分かるのかな。それにしてもこのキューブは何なの?
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2016年01月18日