書庫 超短編戯曲51~

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T:051「手術室」
手術室。ナースが準備をしている。そこへ新人のナースが患者を運んでくる。無言で作業は続く。そこへ、執刀医が登場。ナースたちの顔に緊張が走る。
望月「では、これより内臓の入れ替えと、腕の接合手術を開始する」
ナースたち「はい」
望月「麻酔はかけてあるな」
ももえ「もう、バッチリです」
望月「では、ミュージック、スタート!」
一瞬の間。望月は紗英を睨みつける。
ももえ「紗英ちゃん、スイッチ入れて。ほら、そこのラジカセ」
紗英「あっ…、はい。すいません」
紗英、慌ててラジカセのスイッチを入れる。大音響でハードロックが流れる。驚いた紗英、スイッチを切ってしまう。
望月「何やってんだ。俺のテンションを下げるつもりか!」
ももえ「もう、先生。そんなに怒らないでください。彼女は初めてなんですから」
紗英「(おどおどと頭を下げて)すいません。あたし…」
ももえ「(紗英に)大丈夫よ。最初は誰だってこうなんだから。慣れるわよ」
ももえ、ラジカセのスイッチを入れる。また、大音響で音楽が流れる。その中で、望月のテンションはヒートアップしていく。
望月「メス!」
ももえ、大きなハサミを渡す。紗英、ぼう然と見ている。
望月「開くぞ。(紗英に)おい、ここを持って広げてろ」
紗英「(慌てて)はい。これでいいですか?」
望月「ふん、やれば出来るじゃないか。しっかり持ってろ」
手術は順調に進んでいった。そして、最後のひと針を縫い終わり、糸を切る。
望月「(満足そうに)よし。これで終わりだ」
ラジカセを止めるももえ。二人とも、一仕事終えた達成感でいっぱいになっている。
紗英「あの…。(聞きにくそうに)これって、いったい…」
望月「つまらんだろ、普通にやったら」
紗英「でも、何であたしたちこんな格好で…」
望月「コスプレは嫌いか? だったら、他の仕事を捜しな」
ももえ「店長、そんなこと言ったら可哀相でしょ」
望月「まわりを見てみろ。子供たちが楽しんでるだろ」
窓の外には、子供たちが何人も並んで顔を覗かせていた。
望月「みんないい顔してるじゃないか。俺たちは、夢を売る仕事をしてるんだ。(手術台の縫いぐるみを抱きあげて)こいつだって、また子供たちのところへ帰れるんだ」
感無量で涙ぐむ望月。ちょっと引いて見ている紗英。
<つぶやき>初めての仕事は戸惑うことばかり。でも、楽しいこともきっとあるはずです。
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T:052「自由恋愛禁止令」
自由恋愛が禁止されている未来。愛してはいけない人を愛した男が逮捕された。
取調室で訊問(じんもん)を受ける男。
男「何がいけないって言うんだ! 俺は、ただ彼女のことを…」
取調官「君は、なぜこの法律ができたか知ってるだろ。結婚できない人を無くすためだ。それに、遺伝的にも優秀な子孫を多く残す。これは少子化が進む社会では必要な…」
男「そんなの知るか! 好きな女と結婚できないなんて、そんな社会…」
取調官「君に残された道は二つだ。再教育センターへ行くか、収容所で強制労働につくか」
男、一瞬顔がこわばる。取調官はあくまでも穏やかに話を進める。
取調官「君と一緒にいた女性だが、再教育センターへ行くことに決めたそうだ」
男「嘘だ。彼女がそんなこと言うはずが…。俺たち愛しあってるんだ!」
取調官「いやぁ、女性の方がしたたかだと思わないか。彼女は賢明(けんめい)な選択をしたわけだ」
男、頭をかきむしり困惑する。取調官はさらに続ける。
取調官「あっ、そうそう。彼女の婚約相手と私も会ったが、なかなかの好青年だったよ。きっと彼女のことを幸せにするだろう」
男「どんな奴だ。彼女も会ったのか?」
取調官「もちろんさ。あの様子だと、彼女もすぐに社会復帰できるだろ。そしたら、幸せな結婚生活が始まるってわけだ」
男「くそっ! 何でだよ。俺に言ったことは全部嘘なのか…」
取調官「君も、冷静になって考えてみるといい。少し、時間をあげよう」
取調官、部屋を出て行く。身動きひとつしない男。
しばらくして女が入って来る。男、女が話しかけるまでまったく気づかない。
女「ねえ、どうして待てなかったのよ」
女、男の前に座る。男はうつむき女を見ようともしない。
男「誰だ、お前。いいから、ほっといてくれ」
女「そんなに、いい女だったの?」
男「ああ。でも、もうそんなこと…」
女「あたしよりも、いい女だった」
男、初めて女の顔を見る。男の顔に驚きの表情がうかぶ。
女「あと一日待ってくれたら、あたしと会えたのに」
男「あと一日? 何のことだ。俺には…」
女「もう、どうしてそんなにせっかちなのよ。あたしほどいい女はいないのに。あなただって分かったでしょ」
男「えっ? 何だよ。何を言ってるんだ…」
女「あたしよ、あなたの婚約者は。でも、それもどうなるか分かんないけどね。あなたがもし収容所を選んだら、あたしの運命も変わっちゃうから」
男「いや、そんなこと…。俺は、君を選ぶよ。だから、俺と結婚してくれ」
<つぶやき>恋愛が苦手な人が増えたから? もし、こんな世界になったらどうしましょ。
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T:053「恋の恨み晴らします」
   とある公園。ここは恋人たちの待ち合わせの場所。今日も多くの恋人たちが、恋する人を待ちわびていた。そして、この二人も…。
藍子「もう、おそいぃ。何してたのよぉ」
タカシ「悪い。ちょっと仕事が終わらなくてさ」
藍子「あたし、もう待ちくたびれたぁ。今日は、タカシのおごりだからね」
タカシ「なに言ってんだよ。いつも俺が…」
藍子「ねえ、あたしのこと愛してる?」
タカシ「何だよ。変なこと聞くなよ」
藍子「変なことじゃないでしょ。だって、今日も遅れてくるし…」
タカシ「だから、仕事だって言ってるだろ。お前みたいに、時間通り終わんないんだよ」
藍子「いいから、言ってよ。ちゃんとタカシの口から聞きたいの」
タカシ「こんなとこで言えるかよ。ほら、行くぞ」
   タカシが行こうとするのを、腕をつかんで止める藍子。
藍子「待ってよ。ちゃんと言ってくれるまで、あたし行かないから」
タカシ「はぁ? 何だよ、めんどくせぇなぁ」
藍子「ちゃんと言って。言ってよ。あたしのこと愛してるって」
   タカシ、藍子の手を振りはらい、いらつきながら、
タカシ「もうやめよ。俺、やっぱお前のこと愛してないわ」
藍子「えっ? それ、どういうこと?」
タカシ「だから、お前とは付き合えないって言ってんだよ」
藍子「どうして? どうしてよ。あたしのこと好きだって…」
タカシ「それは、お前と付き合ってるって、友だちに自慢(じまん)したかっただけだよ。でもな、お前の良いとこ顔だけだもんな。あとは最悪」
藍子「そんなこと…。あたしだって…」
タカシ「何があるって言うんだ。頭は悪いし、性格もお高くとまってて。奇麗(きれい)ってだけで、何でも許されるなんて思うなよ」
藍子「何よ…。タカシだって、他に女がいるんでしょ。あたし、知ってるんだから」
タカシ「それが何だって言うんだよ。お前に関係ないだろ」
藍子「関係あるわよ。あたし、別れないから。絶対に別れないからね」
タカシ「うるせぇ。もう二度と連絡してくるな。分かったか」
   タカシ、藍子を突き飛ばして行ってしまう。ひとり残される藍子。
   二人の様子をじっと見ていた男がやって来る。
男「(優しく)大丈夫ですか? よかったら、お話し聞きますよ」
藍子「えっ、どなたですか?」
男「あっ、申し遅れました。私、恋の恨みをすっきり晴らす、晴らし屋でございます。ただいまキャンペーン中でして、格安料金になっております」
<つぶやき>一体何をしてくれるんでしょう。復讐、それとも…。ちょっと気になります。
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T:054「憧れの先輩」
   学食。昼時のピークが過ぎたころ。
   陽子(ようこ)と珠恵(たまえ)がやって来る。学食を見回した陽子、そこに憧れの先輩を発見する。
陽子「ねっ、あそこにしよ」
   先輩のいる近くのテーブルへさっさと行ってしまう。先輩の顔が見える席に座る陽子。
   遅れて珠恵がやって来る。先輩の顔を見て、驚いて声をかける珠恵。
珠恵「お兄ちゃん! どうしたのよ、こんなところで」
先輩「おっ、久しぶり。元気にしてるか?」
珠恵「もう元気よ、あたしは。珍しいよね、学食にいるなんて」
先輩「それがさ、お袋、入院しちゃってさ。弁当がないんだよね」
珠恵「えっ。おばさん、大丈夫なの? もう、教えてくれればいいのに」
先輩「大丈夫、大丈夫。大したことないから。でもな、お袋がいないだけで、家の中めちゃくちゃでさ。今、男ばっかりだからなぁ」
珠恵「じゃ、明日行ってあげるよ。どうせ、洗濯物とかたまってるでしょ」
先輩「でも、悪いよそれは」
珠恵「なに言ってるの。おばさんに仕込まれた家事の腕、見せてあげるわ」
先輩「じゃ、頼もうかな。助かるよ、ほんと。じゃ、来るとき連絡して」
   先輩は、笑顔で去って行った。陽子の隣に座る珠恵。ふくれた顔で機嫌が悪い陽子。
珠恵「どうしたの? そんな顔して」
陽子「何でよ。何で紹介してくれなかったの!」
珠恵「えっ、なに?」
陽子「今の先輩と知り合いなの? どう言うこと、教えなさいよ」
珠恵「ああ、お兄ちゃんのこと。家が近くでね、お母さん同士が友だちだったのよ。だから、小さい頃から、よく遊びに行ってて」
陽子「何で教えてくれなかったのよ。もう!」
珠恵「そんなこと言われても…」
陽子「私も行く。一緒に行くからね。いいでしょ」
珠恵「行くって、どこへ?」
陽子「先輩の家によ」
珠恵「えっ、どうして?」
陽子「どうしてもよ。絶対に連れてってよ。約束だからね」
珠恵「いやいや、でもそれは…」
陽子「いいじゃない。私も手伝いたいの。それで、今度こそ先輩に紹介してよ」
珠恵「もう、どうしたのよ。あっ、まさかお兄ちゃんのこと…」
陽子「そ、そんなんじゃないわよ。それより、珠恵はどうなのよ。あの先輩のこと好きだとか、そんなことないわよね」
珠恵「ないわよ。だって、お兄ちゃんだもん」
陽子「じゃあさ、訊くけど…。先輩って、彼女とかいるのかな?」
<つぶやき>憧れの人とお近づきになりたい。こんなチャンスはまたとありませんから。
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T:055「犬も食えない」
   始まりはささいなこと。それが泥沼へと落ちていく。ある夫婦の痴話喧嘩(ちわげんか)。
妻「そうよね。どうせ私のことなんか…」
夫「そんなこと言ってないだろ。そっちが勝手にそう思ってるだけで、俺は…」
妻「もういいわよ。あなたは私に興味なんかないんでしょ」
夫「何でそうなるんだよ。俺が、何したっていうんだ」
妻「ああっ! 分かんないんならいいわよ。もう、こんなのうんざりだわ」
   妻は出て行こうとする。それを引き止める夫。妻は夫の手を振りはらい、
妻「離してよ。私、出て行くんだから。私たちには愛なんてなかった。そうでしょ」
夫「なに言ってんだ? 訳(わけ)分かんないよ」
妻「あなたは、私の稼(かせ)ぎに興味があるだけ。それだけのことよ。やっと分かったわ」
夫「バカ言え。俺は、そんなこと一度も思ったことないよ」
妻「嘘よ。よくそんなことが言えるわね。私が知らないとでも思ったの」
夫「何のことだよ」
妻「そうやって、いつもとぼけて…。何なのよ。たいした稼ぎもないくせに――」
夫「うるさいな! 俺だって、一生懸命働いてるだろ。そんなこと、とやかく言われる筋合いはないよ。――お前だって、俺のルックスに引かれただけじゃないか」
妻「そうよ。その何が悪いの」
   開き直る妻。夫も後へ引けなくなった。
夫「あのな…。たいして可愛(かわい)くもないのに、結婚してやったんだぞ。それが何だ。ちょっと俺よりも稼いでるだけで、偉(えら)そうにしやがって…」
妻「可愛くない? よく言うわよ。プロポーズの時、何て言ったか忘れちゃったの?」
夫「そんな昔の話、覚えてるわけないだろ」
妻「――あなただって、見る影もないじゃない。今のあなたは、ただのメタボ中年よ」
夫「お前だって…」
   夫、妻の顔を見る。夫は妻が少し奇麗になった気がして、言葉が出て来ない。
妻「(勝ち誇ったように)私だって、努力してきたのよ。あなたは知らないでしょうけど」
夫「……何時からだ?」
妻「なに? そんなこと、……言えないわよ」
夫「そんなに前から、浮気してたのか? 相手は誰だ。俺の知ってる奴か」
妻「(呆(あき)れて)ばっかじゃないの。私がそんなことするわけないでしょ」
夫「好きな奴がいるから、そんなに奇麗にしてるんだろ。それくらい俺だって…」
妻「ほんと、何にも分かってないのね」
夫「言えよ!」
妻「そんなこと…、恥ずかしくて言えないわ」
夫「俺は…、お前のことずっと愛してるんだ。それなのに…」
妻「私だって、あなたのことずっと愛してるわよ。何か文句あんの?」
<つぶやき>ちょっとしたすれ違いはあるものです。たまには喧嘩もありかもしれません。
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T:056「告白の手前」
   学校の昼休み。渡り廊下を友だちと歩いているさやか。楽しげである。
友だち「ほんと、面白(おもしろ)いでしょ。まったくなに考えてんだか」
さやか「でも、そういうところが好きなんでしょ」
友だち「まあ、そうなんだけどさ」
   反対側から思いつめた顔で卓海(たくみ)がやって来て、さやかに声をかける。
卓海「なあ、ちょっと話があるんだけど…」
   さやかはちょっと驚いた顔をして、友だちを見る。
友だち「ああ、いいよ。あたし、先に行ってるから。じゃあね」
さやか「うん。ごめんね。(友だちを見送って)なに? 話って」
卓海「あの……。野球部に、斉藤(さいとう)先輩っているだろ」
さやか「斉藤…? 知らないわ、そんな人」
卓海「いるんだよ。その先輩が、君のこと知ってて。俺と同じクラスだろって…」
さやか「あの、何が言いたいの。分かんないよ」
卓海「だから、その先輩が、君のことが好きだって。で、俺に紹介しろって」
さやか「えっ? 何それ」
卓海「だから、ちょっと会ってくれるだけでいいんだ。頼む」
   卓海、頭を下げる。困惑(こんわく)の顔で見ているさやか。
さやか「そんなの、イヤよ。あたし、困るわ」
卓海「そこを何とか。もし会ってくれないと、先輩に何されるか」
さやか「そんな――。内田(うちだ)君は、それでいいの?」
卓海「俺? 俺は――」
   卓海、何も言えなくなる。さやか、何かを決心したように、
さやか「あたし、好きな人がいるの。だから、内田君から断ってくれない」
卓海「ああ…、そうなんだ。それじゃ、仕方ないよな。分かった、そうするよ」
さやか「ごめんね。なんか……」
卓海「いいよ。後は何とかするから、大丈夫。ほんと…」
   卓海、すごすごと教室へ戻っていく。さやか、卓海を呼び止めて。
さやか「あの――。あたしの好きな人って……」
卓海「(振り返り)えっ?」
さやか「ううん。いいの。ほんと、ごめんね」
   卓海、首をかしげながら行ってしまう。それを見送って、
さやか「もう…、何で言えないのよ。バカバカバカ(自分の頭を叩く)」
   自己嫌悪で大きなため息をつくさやか。
さやか「卓海君、大丈夫かな。ひどいことされないといいんだけど…。やっぱり、会ってあげればよかったかなぁ。でも、そんなことしたら……。あーっ、あたし、なにやってんだろ。もう。しっかりしろ、さやか」
<つぶやき>「あなたが好きです」それだけのことなのに、なかなか言えないんですよね。
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T:057「恋愛同盟」057
   とある会社の女子寮の一室。ここでミーティングが行われようとしていた。
   沙恵(さえ)と愛子(あいこ)が雑談しているところへ、香里(かおり)が後輩の菜月(なつき)を連れてやって来た。
香里「ごめん、遅くなって。(菜月の方を振り返り)さあ、入って」
   香里、躊躇(ちゅうちょ)している菜月を引っぱり込み、二人の前に座らせる。
沙恵「これでそろったわね。じゃ、恋愛同盟のミーティングを始めます。まず、今日から新しく加わることになった、えっと…」
香里「山村(やまむら)菜月です。彼女は同じ課の後輩で、とってもいい子なんです」
菜月「(小さな声で)ちょっと、先輩。あたし、そんなつもりで…」
香里「何言ってるの。あんた、すっごく興味があるって言ってたじゃない」
菜月「そうですけど。でも、それは…」
沙恵「香里ちゃん。また先走っちゃったの? もう、しょうがないわね」
愛子「じゃあ、私からこの同盟の説明をさせていただきます」
香里「よっ、事務局長。秘書課の星!」
愛子「チャチャは入れないで下さい。(事務的な口調になり)まず、私たちには鉄の掟(おきて)があります。まず、毎日のミーティングで恋愛の成果を発表すること。これは、どんな些細(ささい)なことでも情報を共有して、失恋という最悪な事態を避けるためです」
香里「(菜月に)そうそう。あたしなんか、ずいぶん助けられてるのよ」
愛子「そして、婚約するまではお泊まり禁止。香里さんも、わかってますよね?」
香里「もちよ。あたしなんか、お泊まりはしてませんから」
沙恵「菜月さん。これは乙女のたしなみというものよ。貞節(ていせつ)は守らないとね」
菜月「……はい」(三人のテンションについていけない)
愛子「最後に、これが一番大切なことです。同盟内で同じ人を好きにならない。もし、この違反が発覚(はっかく)したら、それ相応(そうおう)のバツを受けてもらいます」
沙恵「(驚いている菜月に)心配しなくても大丈夫。これは、余計(よけい)な摩擦(まさつ)を避けるためよ。それに、二股とか三股とかする殿方もいるから、注意しないとね」
香里「そうなんだよ。ほら、営業に立花(たちばな)っているじゃない。ちょっとイケメンの」
菜月「ああ。あたし、食事に誘われて…」
香里「うそっ! あんたにまで」
愛子「あの人は止めときなさい。ここにいる全員に声をかけてますから」
菜月「そうなんですか? ああ、ありがとうございます。そうします」
香里「良かったね。これでもう、あんたも私たちの一員よ。頑張ろうね」
菜月「でも…。それと、これとは…」
香里「何言ってんのよ。あんたも、好きな人できたんでしょ。いいじゃん」
沙恵「どなたなの? 私たちにも教えて下さらない。あなたの力になりたいの」
菜月「あの…。(しばらく考えて)同じ課の、相沢弘樹(あいざわひろき)さん、です」
   一同驚き、沙恵を見る。沙恵、一瞬顔が引きつり、倒れそうになる。
<つぶやき>この後、どうなったんでしょ。菜月さんは同盟に加わることになったのか?
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T:058「親父のつぶやき」
   会社の飲み会。宴(えん)もたけなわの頃。係長が部下に愚痴(ぐち)をこぼしていた。
係長「――小さい頃は、いつも俺にくっついててねぇ」
日菜子「へえ、娘さんがみえるんですか」
係長「そう。二人いてね。どっちも可愛(かわい)くって。こりゃ、誰に似たのかなぁ」
吉村「係長、そういうの親バカって言うんですよ」
係長「うるせえ、吉村。お前は、早く嫁さんをもらえ。そうすりゃな、俺の気持ちが…」
かすみ「係長、ちょっと飲み過ぎですよ」
係長「はい、分かっております。(日菜子に)でね、その娘が俺に言うのよ。お父さんとは……。(泣きそうになるのをグッとこらえて)まるで汚いものでも見るように。俺は、どうすりゃいいんだよ」
かすみ「高校生で思春期(ししゅんき)真っただ中でしょ。仕方ないんじゃないんですか」
係長「分かってますよ、そんなこと。でもね、父親としては…」
日菜子「私も分かります」
係長「俺の気持ち、分かってくれる?」
日菜子「いえ…、あの、娘さんの…」
係長「えっ、そうなの? そうか、君のお父さんも辛(つら)い思いをしてるんだね」
日菜子「そんなことありません。私の父は、ただ口うるさいだけの人ですから。だから、大学に入ったとき独り暮らし始めて…」
係長「えっ! そうなの? やっぱり、そうか~ぁ!」
かすみ「係長、どうしたんですか?」
係長「いやね、上の娘がね、独り暮らし始めたいから大学へ行くって言うんだよ。これって、おかしいでしょ?」
かすみ「えっ、どこがです?」
係長「どこがって。ほら、大学へ行くのは口実(こうじつ)で、家を出たいってことでしょ。で、そういうことはつまり、俺と一緒に暮らしたくないってことで…」
かすみ「そんな、考えすぎですよ」
吉村「でも、今どきの子は進んでますからねぇ。(日菜子を見て)一人になったら」
日菜子「何ですか? 変な目で見ないで下さい」
係長「ダメだ。絶対ダメだ。うちの子は、まだ子供なんだ。独り暮らしなんて絶対許さん」
かすみ「大学生はもう大人ですよ」
係長「だから心配なんじゃないか。そうだろ?(日菜子に)君の場合はどうだったのかな?」
日菜子「えっ、何がですか?」
係長「だから、危なかったこととか…。好きな人ができると、あれだよね。つまり…」
日菜子「えっ…。ちょっと、それは…」
かすみ「係長。そんなに知りたいんだったら、私が教えてあげますよ。私も、独り暮らし長かったですからねぇ。いま考えると、いろいろと――」
<つぶやき>父親の、この複雑な気持ち。娘には届かないのでしょうか。どう思います?
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T:059「社内マニュアル」
   とある会社のオフィス。新人のしのぶが仕事に追われていた。吉崎(よしざき)が来る。
吉崎「おい、いつまでかかってんだよ。早くしてくれよ」
しのぶ「あっ、すいません。あと少しですから…」
   しのぶは書類の束を何組かホチキスで止めて、吉崎へ渡す。
吉崎「(確認して)何だよ。順番が違うじゃないか。何やってんだよ。ちゃんと番号がふってあるだろ。なに見てんだ」
しのぶ「すいません。あれ、番号なんてついてました?」
吉崎「ついてるだろ。それに、何でホチキスで止めるんだよ。アレがあるだろ」
しのぶ「あれ?」
吉崎「アレだよ。そんなことも分かんないのか。ほんと、使えねえなぁ。もういいよ」
   吉崎、自分のデスクへ戻って行く。しのぶは隣の席の亜矢(あや)に声をかける。
しのぶ「あの、先輩。あれって何ですか?」
亜矢「ごめんね。私、これから急ぎでアッチへ行って来るから。あとよろしくね」
しのぶ「えっ、あっちって?」
亜矢「課長に何か言われたら、ナニをナニするからって、ちゃんと伝えといてね」
   亜矢、足早にオフィスを出て行く。しのぶは慌てて、
しのぶ「あの、あっちって、どこなんですか? あたし、何て言えば…」
   しのぶ、ため息をつく。そこへ課長がやって来る。
課長「あれ、松浦(まつうら)君は?」
しのぶ「あっ、それが…。あの、あっちへ行くって、ついさっき…」
課長「ああ、アッチへ行っちゃた。そうか、なら仕方ないな」
しのぶ「あの、課長。あっちってどこなんですか?」
課長「えっ、君、知らないの?」
しのぶ「はい」
課長「そうなの。君、新人研修は受けたんだろ」
しのぶ「新人研修って? そんなのあったんですか?」
課長「ああ。合格通知と一緒に案内が送られてるはずだが」
しのぶ「合格通知って…。あの、あたし、電話で聞いただけで、何も…」
課長「あれ、おかしいな。きっと人事の方の手違いだろう。よし。私から研修を受けられるようにナニしとくから。君も大変だったろう。何にも知らないんじゃ」
しのぶ「はい。もう、いつも怒られてばかりで…」
課長「そうだろう。あっ、そうだ。社内マニュアルが…。ちょっと待っててくれ」
   課長は自分のデスクから、分厚いファイルを持って来る。
課長「分からないことがあったら、これを見るといい。ちょっと古いが、大体のことは分かるはずだ」
   しのぶ、渡されたマニュアルの重さにふらついてしまう。
<つぶやき>仕事にはいろんな隠語(いんご)がつきもの。でも、それが多すぎると新人は大変です。
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T:060「月夜見さま」
 ○ 良太(りょうた)の部屋・夜
   部屋の窓から月を見ている良太。突然、目の前に顔が現れて腰を抜かす。
良太「うわーっ!」
   窓から女の子が入ってくる。良太、唖然(あぜん)とする。女の子、部屋の中を見回して。
月夜見「へえ、こんな狭いところに住んでるんだ」
良太「き、君は誰だ? どうやって…」
月夜見「あたし、月夜見(つくよみ)よ。あなた、あたしのことずっと見てたでしょ」
良太「えっ? 俺は、君なんて知らないよ」
月夜見「もう、あたしに見とれてたじゃない。だから、あたし来たのよ」
良太「だから、知らないって言ってるだろ。帰ってくれよ」
月夜見「イヤよ。あたし、帰らない。しばらく、ここにいることにするわ」
良太「冗談じゃないよ。そんなこと…」
月夜見「ねえ、お腹(なか)空いちゃった。何か食べさせてよ」
 ○ 良太の部屋・数日後の夜
   良太と月夜見が帰ってくる。月夜見は楽しそうにはしゃいでいる。
月夜見「今日は楽しかったわ。ありがとうね、良太」
良太「いや、そんな…」
   良太は財布を見る。中には小銭しか入っていない。
良太「なあ、そろそろ帰ってくれないか。俺もこれ以上学校休むと、マジやばいんだよ」
月夜見「学校?」
良太「だから、大学だよ。それに、バイトもしないといけないし」
月夜見「バイト?」
良太「もう、ピンチなんだよね。君が、すっごく食べるもんだから。そんな華奢(きゃしゃ)な身体して、どこに入ってくんだよ。店の人だって、驚いてたじゃないか」
月夜見「そお? これでも減らしてるんだけどなぁ。じゃあ、明日は…」
良太「だから、もう金(かね)がないんだよ。明日、食べるものなんてないんだ」
月夜見「なんだ。お金がないの? じゃあ、あたしが何とかしてあげる」
良太「えっ? 金、持ってるのかよ」
   月夜見、窓から月を見上げて、
月夜見「あそこの、クレーターをあなたにあげるわ。自由に使っていいのよ」
良太「えっ、クレーターって?」
月夜見「月の中でも一番大きなやつよ。それと、その隣の平らなとこもつけてあげる」
良太「だから、そんなのもらっても…。どうしろって言うんだよ」
月夜見「そうだ。これから行かない? あたし、案内してあげるよ」
良太「行くって、どこへ?」
月夜見「(月を指さし)あそこよ。あたし、月の神様だもん」
<つぶやき>月を見つめすぎないで。月夜見さまがあなたの所へも現れるかもしれません。
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T:061「あなたのこと嫌いです」
   ある大学のラウンジ。ユリカが沈んだ顔をして座っていた。そこへ香里(かおり)がやって来る。
香里「(ユリカの前に座り)ビシッと言ってやったからね。あなたのことは嫌いです。二度と顔も見たくない。もう私の前に顔を出さないでって」
ユリカ「えっ、私そんなこと言ってないでしょ。もう、何でよ」
香里「何でって。あなたが言えって言ったのよ。だから、あたし…」
ユリカ「私、嫌いとか、顔も見たくないなんて言ってないでしょ」
香里「ああ、それは、つい出ちゃったのよ。仕方ないじゃない。勢いってやつよ」
ユリカ「勢いって…。私は、もっと普通にしようって……。で、何か言ってた?」
香里「別に、何も」
ユリカ「何もってことはないでしょ。だって、だって…」
香里「そんなに気になるんだったら、本人に訊けばいいじゃない」
ユリカ「本人って…。もう、あの人と一緒にいると、落ち着かないのよ」
香里「まったく、何でそんなに喧嘩(けんか)ばっかするのかなぁ。あたしには理解できないわ」
ユリカ「知らないわよ。向こうからふっかけてくるんだから」
香里「あんたたち、ほんと似たもの同士ね。寂しがり屋のくせに、意地っ張りで。自分の思ってることを素直に言えないんだから」
ユリカ「そんなことない。あの人と一緒にしないで」
香里「おかげで、あたしは二人にいいように使われて。何でこんなめんどくさいこと」
ユリカ「ごめん。だって、香里しか頼める人いないから」
香里「どうせ、あたしは共通の友人ですよ。でもね、それも今日で終わりにするからね」
ユリカ「えっ? それ、どういう…」
   そこへ智也(ともや)がやって来る。ユリカがいるので驚いて立ち止まる。
香里「もう、何やってるのよ。早く来なさいよ」
智也「(気まずそうに来て、座る。香里に)これ、どういう…」
香里「二人で、ゆっくり話し合ってもらおうと思って」
ユリカ・智也「何で?」
香里「だから、お互いに言いたいことがあるよね。あるはずよ」
ユリカ「な、ないわよ。そんなの…」
香里「ユリカ。言っちゃいなさい。スッキリするわよ。さあ」
ユリカ「えっ、ここで…」
香里「智也も、あるんでしょ。自分の思いをぶちまけちゃいなさいよ」
智也「えっ。それは…」
香里「もう、めんどくさいなぁ。じゃ、あたしが代わりに言ってあげるよ。ユリカは智也のことが大好きです。智也もユリカのことが好きだーぁ」
   二人、唖然として見つめ合う。
香里「ほら、立って。(二人を立たせる)ハグしなさい。いいから、しなさいよ。(二人、ぎこちなく抱き合う)これで良し。今度喧嘩したら、あたしが許さないからね」
<つぶやき>香里さんもこれでひと安心です。やっと、自分の彼氏捜しに専念できますね。
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T:062「雲のように」
   街を見渡せる丘の上にある公園。ベンチに座る二人。無言で空を見ている。青い空に白い雲がいくつも浮かび、その中の一つが形を変えて二つに分かれようとしていた。
女「ねえ、私たちも、あの雲みたいに、きれいに別れられたらいいのにね」
男「……。別れよう。俺たち、その方がいいと思うんだ」
   男は離婚届を女に渡す。すでに男は記入をすませ、印鑑も押されている。女は顔色も変えず、離婚届をしばらく見つめる。そして、男の方を向くとにっこり微笑んで、
女「いやよ。(離婚届をゆっくり破りながら)私は、別れる気なんてないわ」
男「なぜだ。もう、俺たちには愛情なんて…」
女「私は、あなたのこと好きよ。愛してるわ」
男「嘘だ。君は他に…。俺が知らないとでも思ってるのか?」
女「そう言えば、ここだったわよね。あなたが私にプロポーズしたの」
男「男がいるんだろ。その男と、食事をしたり、買い物に行ったり。俺は、ちゃんと…」
女「あなた、ここで始めてキスしてくれて。(恥ずかしそうに微笑んで)私、嬉しくって」
男「俺の話を聞けよ。いつから浮気してたんだ」
女「私、浮気なんてしてないわ。あの人たちは、ただのお友だちよ」
男「あの人たち? えっ、ヒゲの男だけじゃないのか。他にも…」
女「ねえ、あなた。今日は、どこかでお食事でもしない? 久しぶりに」
男「何言ってんだよ。俺たち、別れ話をしてるんだぞ。よくそんなこと…」
   女、男の手を取り、やさしく微笑む。男は、困惑の色を隠せない。
女「ね、いいでしょ?(何かを思いついて)そうだ。あのお店に行ってみない?」
男「えっ? ……」
女「ほら、私たちがデートの最後にいつも行ってた、あのお店よ。まだ、あるかしら?」
男「そんなことより。俺と別れてくれ。俺は別れたいんだ」
   女、しばらく男の顔を見つめている。いつになく真剣な男の顔。
女「(空を見上げて)あっ、さっきの雲、消えちゃったね。どこ行ったんだろ?」
   しばしの沈黙。女はいつまでも空を見ていた。男は立ち上がり行こうとする。
女「(空を見上げたまま)いいわよ。別れてあげる」
男「(振り返り)ほんとか? ほんとに別れてくれるのか?」
女「(男の顔を見ないで)ええ。私たちも、きれいに別れましょ」
男「ありがとう。じゃ、離婚届を書いて…」
女「いいわ。(カバンから離婚届を出して)ここに、書いておいたから」
   女はベンチに離婚届を置く。男はそれを受け取り、頭をさげて、
男「悪いな。これで、さよならだ。元気でな」
女「(また空を見上げて)ええ。あなたも…。今度の人は、ちゃんと幸せにしてあげて」
   男、驚いて足が止まる。女の方を見るが、何も言わずに行ってしまう。女は空を見上げたまま。頬にひとすじ、涙がこぼれる。
<つぶやき>ちょっとだけ強がって、でも切ない思いで苦しくて。愛はどこへ行ったの?
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T:063「忘れたい記憶、買います」
   診察室のような一室。香織(かおり)がしのぶにつき添(そ)われて座っている。その前には白衣を着た男。カルテに何か書き込みをしていた。
香織「あの、私、どこが悪かったんですか?」
男「もう大丈夫ですよ。これで、スッキリしたと思います。注意しなければいけないことは、お友だちに伝えておきましたので、彼女の言うことはちゃんと守って下さいね」
香織「あっ、はい。(しのぶに)ねえ、私、どうしちゃったのかな?」
しのぶ「もう、風邪よ、風邪。あたしの言うこと聞かないから、こじらせちゃったんでしょ」
香織「そうなの?」
男「では、受付でお支払いをしますので、しばらくお待ち下さい」
   二人は部屋を出る。香織は少しふらついたが、しのぶがしっかり支えてやった。
   数日後、二人の姿は街中にあった。香織は楽しそうに笑っている。前から来た男が香織を見つけて声をかけてきた。
山本「(ニヤつきながら)香織じゃない。久しぶりだな」
   香織は誰だか分からず、しのぶの顔を見る。しのぶは二人の間に入り、
しのぶ「人違いです。(香織に)さあ、行きましょ」
山本「なあ、お前、今どこにいるんだよ。何で引っ越したんだ。連絡先教えろよ!」
   しのぶは構わず、香織を引っ張って歩いて行く。山本(やまもと)、追いかける。しのぶは、山本から逃げるようにして、香織の手を取り走り出す。
香織「ねえ、どうしたのよ。今の人って…」
しのぶ「いいから、走って!」
   翌日、同じ場所。香織が一人で携帯でしゃべりながら歩いている。
香織「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても。……。うん、これから帰るね」
   香織、携帯を切る。目の前に山本が立っていた。香織、驚いて立ち止まる。
山本「よっ。やっと会えたな。ずっと待ってたんだぞ」
香織「あ、あの。人違いじゃないですか。私、あなたのこと知らないし…」
   香織、歩き出す。山本、香織の腕を強くつかんで引き寄せる。
山本「待てよ。俺から逃げられるとでも思ってるのか。いいから、ちょっと付き合えよ」
   山本、無理やり香織を引っ張って行こうとする。いつの間にか、黒ずくめの女が山本の前に立ちはだかる。山本、その女をにらみつけて、
山本「何だ、お前。邪魔(じゃま)するな。とっとと消えろ」
   山本、女を突き飛ばそうとする。だが、女は山本の手をつかみ締(し)め上げる。思わず、香織を離す山本。女は余裕の顔で香織に、
女「行きなさい。あなたには関係ないことよ」
   香織はその場を走り去る。女は手を離し、銃のようなものを突きつける。
女「消えるのは、あなたの方よ。このウジ虫野郎(やろう)」
   女は引き金を引く。青白い閃光(せんこう)が走り、山本に当たる。彼の姿は一瞬に消える。
女「(携帯をかけて)元彼の消去、完了です。引き続き、彼女のサポートを続けます」
<つぶやき>嫌な記憶を買い取ってくれる。未来の世界には、そんな会社ができてるかも。
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T:064「ナビゲーション」
   乗用車の中。ドライブに出かけた二人。楽しそうである。目的地に近づいた頃。
女「ねえ。あたし、ここら辺は詳(くわ)しいのよ。前に、よく遊びに来てたから」
男「へーえ、そうなんだ。家族と来てたの?」
女「ううん。前にね、付き合ってた人と。楽しかったわよ」
男「そ、そうか…。(複雑な気持ちでつぶやく)何なんだよ、それ…」
女「(急に)そこ、左へ入って。左よ!」
男「えっ、でも、ナビは直進なんだけど」
女「いいの。こっちの方が近道なんだから。言う通りにしなよ」
   男、仕方なく彼女の言う通りに左に曲がる。
男「ほんとに大丈夫なの。何か、違う方へ行っちゃうんじゃない?」
女「大丈夫だって。あたし、これでも一度も道に迷ったことないんだから」
男「でも、それって、どうなのかな?」
女「なに。あたしのこと信じてないの? あなたって、そういう人だったの」
男「いや、そういうことじゃなくて。ここは、やっぱり地図でいった方が…」
女「(突然ナビの電源を切って)あたしがナビしてるんだから、こんなの見ないで」
男「(驚き)ああっ、そんな…」
   女のナビで車は走り続ける。いつの間にか、山の中へと突き進んでいた。
男「あの、どんどん道が細くなってくんだけど。ほんとに、大丈夫なの?」
女「(不安な素振(そぶ)りを見せるが)うん、大丈夫よ。だって、裏道(うらみち)なんだから、こんなもんよ」
   男、限界(げんかい)を感じて車をとめる。女の方を見て、
男「なあ、戻らないか? このまま行ったら、道が無くなっちゃう気がするんだ」
女「(バツが悪そうに)そ、そうね。そうしましょ」
   男、何とか車をUターンさせてゆっくり走り出す。女はナビの電源を入れる。
女「(ナビの画面を見て)あれ、どうなってるの。道がなくなってる!」
男「大丈夫だよ。今来た道を戻ればいいんだから」
女「もう、何で! あなたのせいよ。何とかしなさいよ!」
男「えっ? だって、君がこっちだって…」
女「あたしのせいだって言うの。あたしは、早く着いた方がいいと思って…」
男「分かったよ。君のせいなんかじゃないから。何も、君が悪いなんて…」
女「思ってる! 思ってるでしょ。絶対、そうに決まってるわ」
男「なに言ってんだよ。俺は、そんなこと…」
女「いつもそうよ。あなたの目は、あたしをバカにしてるとしか思えない」
男「なにそれ。そんなこと言われても、俺はこういう顔だから。どうしろって言うんだよ」
女「もう、どうでもいいわよ! あたし、帰る。あなたとは、もう一緒にいたくない!」
男「分かったよ。家まで送ってくから。もう、そんなこと言うなよ」
   女、膨(ふく)れっ面をして黙ってしまう。しばらくすると、女は穏やかな顔で眠りについた。
<つぶやき>せっかくのドライブです。喧嘩なんかしたら、楽しくなくなっちゃいますよ。
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T:065「気になる人」
   とあるオシャレなカフェ。女二人が何やらひそひそと話している。
好恵(よしえ)「ねえ、やっぱやめようよ。こんなことしても…」
まなみ「なに言ってるの。あなたが言い出したのよ。今さら怖(お)じ気(け)づいてどうするの」
好恵「でも、私は別に…。見てるだけでよかったのに」
まなみ「あのね、そんなんだから彼氏とかできないのよ。ここは攻(せ)めていかなきゃ」
好恵「えっ…。でも、私…」
まなみ「今日のために、あたしがどれだけ時間を費(つい)やしたか知ってるの? あなたのわがままをきいて、あなたが一番似合う服をそろえてあげたのよ」
好恵「私、別にわがままなんか言ってないでしょ。ミニスカートは嫌だって言っただけで」
まなみ「男を振り向かせるのに一番手っ取り早いのは、胸と足よ。好恵は足を見せるしかないでしょ。だから、ミニじゃなくキュロットにしてあげたじゃない」
好恵「そりゃ確かに、私は胸はないわよ。でも、だからって足を出せばいいなんて…」
まなみ「(ため息をつき)あのさ。好恵は彼氏が欲しいの、欲しくないの?」
好恵「……。そ、それは、欲しいわよ」
まなみ「だったら、女の武器を使うしかないでしょ。普段パンツばっかで、オシャレとか気にしてないんだから。だからダメなのよ」
好恵「そんなこと…。私だって、それなりに考えてるわよ」
まなみ「ねえ、好恵ってけっこう可愛(かわい)いわよ。色白だし、スタイルだって悪くない。もっと自信をもたなきゃ。あなたに足(た)りないのは、そこなのよ」
   カフェに若い男が入ってくる。二人の近くの席に座る。好恵がそわそわしだす。
まなみ「(声をおとして)ねえ、あの人なの?」
   好恵、緊張して飲みのもを口にするが、持つ手が小刻みに震える。
まなみ「(男を盗み見て)へえ、なかなかじゃない。こりゃ、やり甲斐(がい)あるわ」
   まなみ、にやにやと笑う。好恵は、逃げ出したい気持ちでいっぱいになっている。
まなみ「ちょっと、落ち着きなさいよ。大丈夫だから。あたしの言う通りにすれば…」
好恵「ダメ。無理、絶対ムリ。私、帰る。帰っていいかな? 帰るわ」
   まなみ、立ちあがろうとする好恵の手をつかんで、
まなみ「逃げちゃダメ。ここで逃げたら、恋人なんかできないわよ。それでもいいの?」
   好恵、立つのをやめて、うつむきながら首を振る。覚悟を決めたようだ。
まなみ「じゃあ、作戦開始よ。ここは、Bパターンでいきましょう。あれだけのイケメンよ。女性との付き合いも多いはずだから、こっちもガツンとかましてやりましょ」
好恵「えっ、ちょっと待って。Bパターンって、どうするんだっけ?」
まなみ「なに言ってるのよ。昨日、さんざん打ち合わせたじゃない。忘れちゃったの?」
好恵「ご、ごめん。私、ダメかも…。もう、頭の中、真っ白で…」
まなみ「仕方ないわね。あたしも一緒に行ってあげるわ」
   二人、ゆっくり立ちあがる。そして、若い男の方へ歩き出した。
<つぶやき>Bパターンって? ちょっと気になっちゃいます。成功するんでしょうか。
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T:066「兄と妹」
独り暮らしの兄・隆夫(たかお)のマンション。そこへ妹・好恵(よしえ)が来ていた。何かと世話をやく好恵を、隆夫は持てあましていた。話は結婚のことにおよんで、
隆夫「俺は結婚できないんじゃなくて、結婚しないんだ」
好恵「もう、いつもそうなんだから。お兄ちゃん、もっと現実を見なさいよ」
隆夫「何で、お前にそんなこと言われなきゃいけないんだよ」
好恵「それは、お兄ちゃんのこと心配してるんでしょ。ほんと、お兄ちゃんって、人とのコミュニケーションが下手(へた)なんだから。そんなんじゃ、絶対結婚なんて無理よ」
隆夫「うるさい。余計なお世話だ。いいから、お前、帰れよ」
好恵「この間の、あの人は? ほら、すっごくいい感じだったじゃない」
隆夫「えっ?(少し動揺して)だ、誰の話してんだよ」
好恵「誰って…。もう、とぼけちゃって。私、あの人ならいいと思うわ。優しそうだし」
隆夫「あいつは、ダメだろ。なに言ってんだよ。あの人は、そういう、あれじゃ。――もういいから、帰れよ。お前さ、何しにうちへ来るんだ? ここはな、お前の家じゃないんだぞ。用もないのに来るなよ」
好恵「用ならあるわよ。私が来なかったら、この部屋グチャグチャになるでしょ」
隆夫「ならないよ。たとえなったとしても、お前には関係ないだろ」
好恵「あるわよ。グチャグチャだったら、私、泊(と)まれないじゃない」
隆夫「何だよそれ。また、泊まるつもりでいるのか? ここは、旅館じゃないんだぞ」
好恵「いいじゃん。ここからの方が、学校も近いし。何かと都合がいいのよ」
隆夫「お前な…。あれか? また親父と喧嘩(けんか)でもしたんだろ」
好恵「そんなんじゃ…。いいでしょ、私だってたまには息抜きしたって」
隆夫「あのな。親に心配かけんなよ」
好恵「お兄ちゃんに、そんなこと言われたくない。お兄ちゃんこそ、心配かけてんじゃん」
隆夫「俺は、ちゃんと働いてんだよ。学生のくせに、なにえらそうに…」
好恵、膨(ふく)れっ面(つら)をして黙ってしまう。まだあどけない子供のよう。
隆夫「あのな。そんな顔してもダメだからな。帰れ」
好恵「何よ。今日の夕飯、私が用意してあげたじゃない。それなのに追い出すの?」
隆夫「用意したって、スーパーの惣菜(そうざい)を温めただけだろ。それに、お金はさっき渡したじゃないか。お前も、少しは料理くらい出来るようにしないと…」
好恵「出来るわよ。この間なんか、ハムエッグ作ったんだから」
隆夫「(笑って)真っ黒にしたんだってな。ちゃんと聞いてるぞ」
好恵「何で知ってんの? あ、あれは、ちょっと失敗しただけで…」
隆夫「ちゃんと、母さんに連絡しとけよ。でないと、俺が怒られるからな」
好恵「えっ? じゃ、いいの。泊まっても?」
隆夫「ああ、今日だけだぞ。それと…」
好恵、兄の話を最後まで聞かずに、すぐに携帯を出して家に電話をかけだす。
<つぶやき>兄にとって、妹は可愛くて…。妹は、ちゃっかり利用しちゃうんですよね。
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T:067「新種創造」067
○ 深い森の入口
   教授と助手がリュックを背負い、網(あみ)を持って立っていた。
助手「(不安気に)ほんとに行くんですか?」
教授「当たり前だ。あのゴキブリ野郎に負けてたまるか」
助手「でも、新種の昆虫がそう簡単に見つかるはずありませんよ」
教授「何を言うか。そもそも、私の方が先だったんだ。あの昆虫を発見したのは」
助手「そうかもしれませんが、横島(よこしま)教授が先に発表してしまったんですし」
教授「横島! あいつは、いつもそうだ。私の邪魔(じゃま)ばかりしやがって」
助手「教授、大丈夫ですか。あんまり興奮(こうふん)すると」
教授「行くぞ。この森の中には必ず新種の昆虫がいるはずだ。私に捕まるのを待ってる」
助手「はあ。でも…」
教授「心配するな。ここはホットスポットなんだ。新種の昆虫の宝庫さ」
   教授を先頭に森へ分け入る。道なき道を進んでいく。
○ 古びた建物の前
   森の中に突然現れた建物。二人は驚いて建物に近づいて行く。
教授「なぜだ。なぜこんなところに、こんなものが」
助手「人が住んでるんでしょうか? もしかしたら、廃墟(はいきょ)かもしれませんよ」
   建物の入口の戸が、音をたてて開く。中から老人が顔を出した。
老人「何か用かね? こんなとこへ来るんだ。お前たちの目的はあれだろ」
助手「あの、僕たちは、その、昆虫を探して…」
老人「だったら入りな。ここには、お前たちの欲しがってるものがあるぞ」
   老人は、二人を中へ招き入れた。二人は、恐る恐る入って行く。
○ 実験室
   実験器具などが並べられている部屋。昆虫が入っているケースも並んでいる。
教授「(ケースの中の昆虫を見て)これは…。まさか、こんなところに」
老人「さすが、お目が高い。そいつは、つい最近発見された新種さ」
教授「信じられない。まだ、一匹しか見つかっていないはずだ」
助手「教授! これを見て下さい。これって、横島教授が発見したやつですよ」
教授「どれだ。(駆け寄り見つめる)うーん。間違いない。これは私が発見したやつだ」
老人「ほう。横島を知ってるのか? あいつは、金払いが悪くてな」
教授「(老人に詰め寄り)どういうことだ。あんたはいったい、何者なんだ」
老人「そんなことより、これなんかどうかね。(ケースの一つを見せて)この、何ともいえない色と輝き。フォルムも最高のできばえさ」
   教授は、その昆虫に魅了(みりょう)されてしまう。
老人「百万でどうだ。こいつの発見者になれるんだ。けして高くはないと思うが」
教授「これは、素晴らしい。こんな昆虫がいたなんて…。分かった。払おう。絶対に他の奴に渡さないでくれ。これは、私の昆虫だ。ハハハハハハハ」
<つぶやき>まねしないで下さい。自然の摂理(せつり)に逆らったら、どんなしっぺ返しが来るか。
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T:068「バーコード」
   未来の世界。人々は持って生まれたバーコードによって選別することを選んだ。
   それはあらゆる場面で行われ、そこから逃れることはできなかった。
選別人「次の方。こちらへ腕をのせて下さい」
   呼ばれた青年は言われるままに腕をのせる。装置が動き出し、一枚のカードをはじき出した。選別人はそれを見て驚きの声をあげる。
選別人「ほう、これは珍しい。あなたは、素晴らしいバーコードをお持ちですね」
青年1「そ、そうなんですか? でも、僕は…、普通でいいんですけど」
選別人「あなたは選ばれたんですよ。人類の宝です。その能力を存分(ぞんぶん)に生かして下さい」
青年1「でも、僕なんかに、何ができるんでしょう?」
選別人「それは、私には分かりません。でも、あなたは人類に貢献(こうけん)できるんです。頑張って下さい。では、一番右の金のドアからお入り下さい」
   選別人はカードを渡しドアへ促(うなが)す。その時、後ろにいた別の青年が割り込んできた。
青年2「ちょっと待てよ。何でこんなみすぼらしい奴が金のドアなんだ。納得(なっとく)できないな」
選別人「(顔色を変えることなく)こちらへ腕をのせて下さい」
青年2「聞いてんのかよ。こんなのが人類に貢献できるわけないだろ」
   選別人、青年2の腕をつかんで装置の上にのせる。装置が動き出す。
青年2「なにすんだよ。俺を誰だと思ってんだ。俺は、この国の大統領の息子だぞ」
選別人「ほう、それは素晴らしい」
   装置が一枚のカードをはじき出す。選別人はそれを見て、
選別人「では、一番左の木のドアからお入り下さい」
青年2「はぁ? 俺が木のドアだって。冗談じゃない。俺にはな、特別な才能が…」
選別人「お父上は素晴らしい才能をお持ちだと思います。だからといって、あなたにもその才能があるとは限りません。次の方どうぞ」
青年2「待てよ! 俺は大統領の息子だぞ。そんなことしてみろ。後でどうなるか…」
   青年2は警備員に押さえられ、引きずられるように木のドアへ連れて行かれた。
   次の少女が顔をこわばらせて立っていた。
選別人「大丈夫ですよ。(にこやかな表情で)私は、取って食ったりしませんから」
少女「あっ、はい。(おずおずと進み出て)よろしくお願いします」
選別人「こちらへ腕をのせて下さい。心配なさらなくてもいいですよ。運命なんて、その人の努力次第(しだい)でどうとでも変わりますから」
   装置が動き出し、一枚のカードをはじき出す。
選別人「なかなか良いバーコードですよ。では、右から三番目の銅のドアへ行って下さい」
少女「はい。ありがとうございました」
   少女はカードを受け取りドアへと進む。
   彼女の後ろには長い列が続いていて、最後尾がどこなのか全く分からない。選別人は、いつ終わるか分からない仕事を延々(えんえん)続けていく。
<つぶやき>まるで最後の審判のような光景です。自分の力を信じて前へ進みましょう。
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T:069「浮気宣言」
   ある恋人同志の会話。いつまでも煮え切らない男に、女は結婚を匂(にお)わせたようだ。
男「君は、本当に僕と結婚したいのか?」
女「ええ。あなたは、あたしと結婚する気はあるわよね?」
   男、しばらく女を見つめていたが、おもむろに口を開いた。
男「まあ、なくはないな」
女「何よ、それ。あなた、あたしのことどう思ってるの。はっきり聞かせて」
男「どうって? それは、あれだ。まあ、嫌いではないと思うよ」
女「えっ? だって、あたしのこと好きだって、愛してるって言ったじゃない」
男「それは、君が聞くから。そう答えるしかないだろ」
女「(呆れて)何なのよ。それじゃ、あたしのことだましたのね」
男「そんなんじゃないよ。(面倒(めんどう)くさそうに)だから、君のこと好きに決まってるだろ。好きじゃなきゃ、付き合わないよ。そんなこと訊くなよ」
女「じゃあ、証明して。あたしのこと、どれくらい愛してるか」
男「分かったよ。じゃ、結婚すればいいんだろ。そんなの、いつだってしてやるよ」
女「ほんと? 約束よ。じゃあ、あたしの両親と会って」
男「えっ? そんなの後でいいよ。また今度な」
女「ダメよ。今すぐ。明日はどう? 仕事休みなんだし」
男「うるさいな。明日は、やることがあるんだよ」
女「何よ。今、結婚するって言ったじゃない。あたしたち二人のことよ」
男「結婚、結婚って。いっとくけど、僕は結婚しても浮気はするからな」
女「はぁ? 何言ってるの。浮気って…」
男「だから、浮気宣言だよ。当然じゃないか。君より好きになる女が現れるかもしれないだろ。君は、それでも僕と一緒になりたいのか?」
女「そんな…。あなた、そんなこと考えてたの?」
男「いけないか。どうせ君だって、何にも考えてないんだろ。ただお気楽(きらく)に結婚したいなんて言ってるだけじゃないか」
   女は少しも驚かず、あっさりと言ってのける。
女「そう。いいわよ、それで。あたしもそうするから」
男「はぁ、何だよそれ」
女「だから、あたしも好きな人ができたら、浮気するってことよ」
男「何言ってんだ。君は、僕のことが好きなんだろ。僕の妻になりたいって…」
女「あなただって、似たようなもんでしょ。そう思わない?」
男「君は、いったい何を考えてるんだ?」
女「結婚なんて形式的なものよ。結婚したら世間に認められるでしょ。お気楽な主婦の仲間入り。でも、あたしはそんなんじゃ満足できないの。あなた、知ってる? 愛がなくても、結婚はできるのよ。あたしたち、きっといい夫婦になれるわ」
<つぶやき>愛は、どこにいってしまったの? 真心の愛を見失わないようにしましょ。
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T:070「初めての挨拶」
   付き合っている真以子(まいこ)を両親に会わせるために実家に戻った一樹(かずき)。茶の間で対面した両親。両親としてみればいろいろと確かめなければいけないことが。
一樹「えっと、彼女が、今、付き合ってる…」
真以子「(元気よく笑顔で)里見(さとみ)真以子です。一樹と付き合って三カ月になります」
   面食(めんく)らう両親。二人で顔を見合わせる。一樹、真以子を見詰(みつ)める。
父親「ああ…、なかなか元気そうで、いいんじゃないのかな。なあ、母さん?」
母親「(戸惑いながら)そうねぇ。それに、可愛(かわい)い子じゃない、一樹」
真以子「はい。よく言われます(満面(まんめん)の笑(え)み)」
一樹の声「(真以子を見て)ええ、そこはあれだろ。自分から言うか? それに、笑いすぎだって」
母親「それで、一樹。どこで知り合ったの?」
一樹「ああ、それは友達に…」
真以子「合コンです。彼ったら、すっごい積極的(せっきょくてき)で…」
一樹「(真以子の手を押さえて、小声で)ちょっと、それは――」
父親「合コン? 一樹、お前、合コンなんか…」
一樹「違うよ。合コンって言うのは、いろんな友達が集まって、ほら、何て言うかな…」
   一樹、言葉に詰まり真以子を見る。真以子は無邪気(むじゃき)に微笑(ほほえ)んでいる。
一樹の声「何だよ。普通、ここは友達の紹介で、とか言うだろ。どうすんだよ」
真以子「あたしも、いろいろ合コンしてたんですけど、彼ほど気が合う人いなかったです。それで、もう盛り上がっちゃって――。やっちゃいました」
   両親と一樹、驚いた顔で真以子を見る。
一樹の声「な、何で? そりゃ確かに、盛り上がってラブホに行っちゃったけど。でも、酔(よ)っぱらいすぎてて、そのまま寝ちゃっただけだろ」
父親「あの、やっちゃったってのは?」
一樹の声「親父! そこは、掘(ほ)り下げるとこじゃないだろ。そんなこと訊くなよ」
真以子「あっ、それは、二人で一緒に…」
母親「ところで、真以子さんは、一樹のどこかよかったのかな?」
一樹の声「お袋(ふくろ)、ナイス。やっぱ、機転(きてん)が利(き)くわ」
真以子「う~ん、そうですね~ぇ(しばらく考えている)」
一樹の声「(真以子を見詰めて)おいおい、そんなに考えることなのか?」
真以子「あたし、いろんな方とお付き合いしてきたんですが――」
父親「それは、合コンで?」
一樹の声「親父、合コンのことから離(はな)れろよ」
真以子「ええ。お医者さんとか、一流企業の人、それにお金持ちの社長さん」
父親「そりゃ、すごいな。一樹とは月とすっぽんだ」
一樹の声「ほっとけよ。どうせ俺は、親父の息子だよ」
真以子「やっぱ、一樹と一緒だとすっごく楽なんです。素(す)のままのあたしでいられるし」
<つぶやき>あけすけの彼女ですが、悪気なんて全くないんです。末長くお付き合いを…。
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T:071「音の乱舞」
   舞台は無人のまま幕が開く。ところどころに演奏者たちの椅子などが置かれている。
   舞台下手から小鳥の囀(さえず)りのような音が静かに響いてくる。しばらくすると、その音に答えるように上手の方から別の囀りが始まる。
   下手から演奏者Aが出て来る。
木管楽器奏者A(小鳥の囀りのように演奏しながら、何かを探しているような仕草)
   上手から演奏者Bが出て来る。
木管楽器奏者B(Aの演奏に答えるように。最初は素っ気なく、気のない素振り)
   二人の演奏は、小鳥たちの求愛のように聞こえる。始めは静かに、そして徐々に距離を縮めて、愛を確かめ合う。二つの囀りは、最高のハーモニーを奏でる。
   良い雰囲気のところへ金管楽器が大音響をあげる。小鳥たちは驚き、左右に分かれる。いつの間にか、舞台のあちこちに金管楽器奏者が登場していた。
金管楽器奏者たち(小鳥たちの邪魔をするように、大声でおしゃべりを始める)
   小鳥たちの声はかき消され、相手に届かない。小鳥たちは怯(おび)えて、囀りを止めてしまう。金管楽器たち、面白おかしく演奏を盛り上げていく。
   どこからともなく、犬の鳴き声が聞こえはじめる。最初はかすかに、徐々にその存在を際立(きわだ)たせていく。どんどん犬の数が増えていくように。犬たちは演奏に潜り込み、まるで音符を食べてしまうかのよう。金管楽器の音が消されていく。
   最後に犬たちの遠吠えがあり、舞台は静まり返る。
   小鳥たちの囀りが静かに始まる。二人は駆け寄り、また愛のささやきを始める。
   しかし、それもつかの間、今度は打楽器たちが地鳴りを響かせて二人を引き離す。
打楽器奏者たち(あるものは舞台を縦横に動き回り、あるものは所定の場所で打ち鳴らす)
   打楽器たち、最初はバラバラの音だったが、次第に一つのリズムを刻み始める。
   小鳥たちの囀りが、そのすき間に入り込む。まるで飛び回っているように忙しく。
   小鳥たちが疲れはてた頃、ハチの羽音のように弦楽器たちが加わってくる。ぶんぶんとうるさく飛び回る。左右からほかの弦楽器奏者たちも登場。
弦楽器奏者たち(あるものは舞台を華麗に舞い踊る)
   いろんな音が混ざり合い、次第にメロディーが生まれ始める。だが、風船の破裂音のような金管楽器の音に邪魔されてしまう。音は不協和音になって飛び散っていく。金管楽器たちは、容赦なくめちゃくちゃにしていく。
   不協和音のすき間に、また小鳥たちの囀りが聞こえはじめる。徐々にほかの木管楽器たちも加わっていく。始めは弱々しかったが、次第に力強くなっていく。そして、生まれかけていたメロディーがよみがえっていく。
   ほかの楽器たちも、一つ、また一つと、そのメロディーに加わっていく。てんでばらばらだった楽器たちが、まとまり始める。それはまるで、新しい生き物の誕生の瞬間のように。全ての楽器が一つの音楽を奏で始める。
   その中で、小鳥たちの甘いささやき。愛のメロディーが繰り返される。
<つぶやき>いろんな音が混ざり合うと、どんな音楽になるのか。想像してみて下さい。
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T:072「歯が痛い」
   とある町の歯科医院。男が妻に付き添(そ)われてやって来る。男は頬(ほお)を押さえて、痛そうにしている。妻は不安げな男とは裏腹(うらはら)に楽しげである。
妻「あの、予約した神崎(かんざき)ですが、よろしくお願いします」
受付の助手「はい、お待ちしてました。どうぞ、お入りください」
   妻は男に視線を向ける。男は首を振り待合室のソファから立とうとしない。
妻「あなた、何してるの? 行くわよ」
男「いや、俺は…。もう少しここで…」
妻「もう。痛いんでしょ。治(なお)してもらえば、痛みなんか――」
男「分かってるよ、そんなこと。だから、もう少し…。こういうのは、心の準備が…」
妻「(呆(あき)れて)何言ってるの。心の準備は、さんざん家でやったじゃない」
男「家は家だよ。こことは違うんだ。俺は…。(突然立ち上がり)やっぱり帰る」
妻「(男の腕をつかみ)ちょっと、待ちなさいよ。なにびびってるの。あなた男でしょ」
男「(妻の手を振りほどこうとしながら)こういうのは、男とか女とか、関係ないんだ」
受付の助手「あの、どうされました?」
妻「(にこやかに)いえ、すいません。すぐ、行きますので。(男に厳(きび)しく、声を落として)いい加減(かげん)にして! これ以上ぐだぐだ言ったら、どうなるか分かってるわよね」
   男は、なぜかおとなしくなる。妻に引っ張られるように診察室へ入って行く。
歯科医師「(別の患者を診(み)ながら)どうぞ。そこに座ってください」
妻「はい。(男に)あなた、そこに座って。ほら、大丈夫だから」
   男、言われるままに、恐る恐る座る。妻は、少し離れたところで夫に手を振る。医師が男の方へ来て、診察を始めようとするが、妻を見て、
歯科医師「あの、付き添いの方は、外でお待ちください」
妻「すいません。ちょっと心配なんで、ここにいていいですか?」
歯科医師「まあ、いいですけど…。(背もたれを倒しながら男に)じゃ、診ますね。口を大きく開けて下さい」
   男、口を開けようとしない。妻はみかねて、
妻「あなた、口を開けるの。先生が診られないでしょ。(医師に)どうもすいません」
   隣の席で、小学生くらいの女の子がくすくすと笑う。
歯科医師「大丈夫ですよ。見るだけですから」
妻「ほら、私の言った通りでしょ。ここの先生は美人なんだから。あなた言ったわよね。どうせ診てもらうなら、若くて美人の先生に診てもらいたいって」
歯科医師「あの、それは…」
妻「こんなチャンスはないわよ。ちょっと痛いぐらい我慢(がまん)しなさい」
   男、先生の顔を見て口元がゆるみ、ゆっくりと口を開ける。
歯科医師「(口の中を診て)ああ、これですねぇ。これは、痛かったでしょ」
   先生は準備を終えるとスイッチを入れる。キーンという高い音。男の顔が引きつる。
<つぶやき>歯痛は我慢できません。こんなことにならないように、歯磨きは忘れずに。
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T:073「社内恋愛の結末」
   とあるレストラン。男女が向かい合って食事の最中(さいちゆう)。
   女は楽しそうにたわいもないおしゃべりをしている。男は肯(うなず)いて相(あい)づちを打っているが、心ここに在(あ)らずという感じ。
   食後の飲み物が運ばれてくると、男は、女のおしゃべりを遮(さえぎ)るように、
男「ちょっといいかな…。今日は、大事(だいじ)な話があるんだ」
   女の顔から笑顔が消える。女は男をじっと見つめる。
男「俺たち、もうやめよう。こんなこと…」
女「こんなこと、って?」
男「俺たちは、そういう関係じゃ…。だから、何か、二人で運命感じちゃって付き合い始めたけど、やっぱ、違うと思うんだよね。俺たちは――」
女「何それ? 何が言いたいのか分かんない。あたしたち、これからも、ずっと――」
男「無理だ。(女から視線をそらして)ごめん。君とはもう付き合えない」
女「えっ、何で? あなた、あたしのこと好きだって言ったよね。俺たちはずっと変わらないでいようって…。あれは、嘘(うそ)だったの? あたしを引っかけるだけの口説(くど)き文句(もんく)?」
男「(女の顔を見ないで)いや、それは…。あの時は、俺だって…」
女「何で急にそんなこと言うのよ。あたしが結婚を匂(にお)わせたから? だから別れようって」
   男は何も答えようとしない。女は大きなため息をつく。
女「やっぱり、あの噂(うわさ)は本当だったんだ。何でそうなるのよ」
男「なに言ってんだよ。俺は、そういうあれじゃ…」
女「あたしが知らないとでも思ってるの? それぐらい、あたしの耳にも入ってくるわよ」
男「そ、そうなんだ。…でもな、これは、会社のためっていうか――」
女「取引先の、社長の娘なんだって。そんなにお金が欲しいの?」
男「いや、そうじゃないよ。向こうから、付き合ってくれって…」
女「へぇ、告白とかされちゃったわけ。見せて。写真とかあるんでしょ?」
男「それは…、ちょっと…。い、今は……」
   女、怖い顔で睨(にら)みつけている。男は、おずおずと携帯の画像を出して女に渡す。
   画像の女は、可愛くてけっこう美人である。女は嫉妬(しつと)の炎が燃えあがる。
女「おとなしそうな顔して…。こんな女、消去よ」
   女は画像を消去してしまう。男は慌てて携帯を取り上げて、
男「何すんだよ。やめろよ」
女「その女に電話して。あたしが話をつけてあげる。人の男を盗(と)るなんて――」
男「彼女は悪くない。……知らないんだよ。君がいるってこと」
女「はぁ? あなたってそんな人だったの? 最低。あたしは、あなたの何なのよ!」
男「(周りを気にしつつ、声を落として)大きな声を出すなよ。みんなが見るだろ」
女「(落ち着き払って)分かったわ。別れてあげる。その代わり…」
   女は立ち上がり、飲み物を男の顔にぶっかける。そして、何事もなかったように、真っすぐ前を向いて去って行く。男は呆然(ぼうぜん)としたまま、座り続けている。
<つぶやき>誠実が一番。嘘が嘘を呼び、取り返しのつかないことになるかも知れません。
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T:074「聞き役」
   客もまばらになった居酒屋。幸菜(ゆきな)がジョッキのビールを飲み干して言った。
幸菜「何でよ。何でそうなるの? 何とか言いなさいよ」
   隣で一緒に飲んでいた高太郎(こうたろう)の頭をひっぱたく。かなり酔っているようだ。
高太郎「ちょっと、痛いよ。もう、飲み過ぎだって」
幸菜「ふん。あなた、あたしのこと、バカにしてるでしょ」
高太郎「してないよ。僕がそんなことするわけないだろ」
幸菜「嘘よ。そうやって、あたしのこと陰(かげ)で笑ってるんだわ。あたし知ってんだから」
高太郎「何言ってんだよ。もう帰ろ、なっ。送って行くから」
   幸菜、思わず涙があふれてくる。手で涙を拭(ぬぐ)いながら、
幸菜「あれは、あたしの企画よ。それなのに、何で他の人に…。そんなのおかしいでしょ」
高太郎「(ハンカチを渡して)もう泣くなよ。また、別の企画考えよう」
幸菜「簡単に言わないで。あそこまで準備して、これからだったのよ。なのに…」
高太郎「部長もあの企画ほめてたよ。さすがだって。だから――」
幸菜「(高太郎の顔を覗き込んで)あなた、何で黙ってたのよ。あたしのこと応援してるって言ったじゃない。もう、役立たずなんだから」
高太郎「だって…。そりゃ、無理だろ。部長が決めたことなんだから。それに、高木(たかぎ)に任せときゃ、絶対この企画成功するから。心配すんなって」
幸菜「そういうことじゃないでしょ。もう、全然わかってない」
高太郎「分かってるよ。幸(ゆき)ちゃんのくやしい気持ち。だけどな、僕たちは――」
幸菜「もういい。帰れっ。あんたの顔なんか見たくない」
高太郎「何言ってんだよ。さあ、一緒に帰ろ」
幸菜「イヤだ。あたし、帰らない。まだ、飲みたいの。もう、ほっといてよ」
   幸菜、テーブルに突(つ)っ伏(ぷ)する。空のグラスが倒れる。高太郎、それを直しながら、
高太郎「だから言っただろ。飲めないくせに、無理するから」
幸菜「(寝言のように)もう…、あたしの…、△※○×~%……」
高太郎「まったく…。(寝顔を覗き込んで)こうしてると、可愛いんだけどなぁ」
   しばらく幸菜を見つめる高太郎。幸菜が突然はね起きる。驚く高太郎。
幸菜「だめ。(頭をかきむしり)あーっ、帰る。あたし、帰る」
   ふらふらしながら立ち上がる幸菜。倒れそうになるのを抱き止める高太郎。二人の顔と顔が急接近。しばし見つめ合う二人。
幸菜「なっ、なに? あの…、あ、あたし…」
   離れようとする幸菜。高太郎はしっかりと抱きしめる。
高太郎「無理すんなよ。こんなの見たくないんだ。僕、部長に言うよ。ちゃんと言うから」
幸菜「ちょ、ちょっと、分かったから。離してよ。こんなとこで…」
高太郎「僕は、幸ちゃんのためだったら、クビになってもかまわない」
幸菜「そんなのダメよ。そんなことしたら、あたしの愚痴(ぐち)は誰が聞いてくれるの?」
<つぶやき>勘違いなの? 彼女はうっぷんを聞いてくれる相手が欲しかっただけかも。
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T:075「父と娘」
   とある公園。見晴らしのいい場所にあるベンチに娘が座っている。その回りを落ち着かない様子でうろうろしている父親。
娘「ねえ、座ったら? 目ざわりなんですけど」
父親「ああ…。もう、来ると思うんだ。きっと、お前も好きになって――」
娘「ねえ、どうして公園なのよ。もっと他にあるでしょ? 雰囲気のいいお店とか」
父親「そ、そうだな。でも、ここがいちばん落ち着くというか…。よく二人でここに…」
娘「(父親を見つめて、嫌味(いやみ)を込めて)そうなんだ。あたし、全然知らなかった」
父親「ああ…、それはだな、いろいろ、あれだ。タイミングを、こう…」
   父親、ハンカチを出して汗(あせ)をふく。娘は遠くを見ながら、
娘「で、あたしは何て呼べばいいの?」
父親「そ、それは…。まあ、お前の好きな呼び方でいいんじゃないか?」
娘「そう。じゃあ、ママ? でも、あたしより10コ上なんでしょ。ということは…」
父親「ママは、ちょっとあれかな? 彼女、まだ二十代だし…」
娘「ほんと、何でこんなオヤジを好きになったのか。あたし、信じられないんですけど。一体(いったい)どこで知り合ったのよ。そこんとこ、まだちゃんと聞いてないんですけど」
父親「それはだな、おいおいと…。彼女が来たら、順(じゅん)を追って…」
娘「まさか、お金目当てだったりして。――まあ、それはないか。ウチにそんなお金…」
父親「なに言ってる。彼女はそんな人じゃないぞ。とっても純粋(じゅんすい)な――」
娘「純粋? あたしに言わせれば、ただのバカよ。こんな、どっから見ても中年のオヤジで、しかも子供までいるんだよ。あたしだったら、絶対好きにならない」
父親「お前、父親に向かって…、それはないだろ」
娘「あっ、分かった。よっぽどのブスなんじゃない? だから、男なら誰でもって」
父親「いい加減にしなさい! 彼女はそんな…」
   父親は財布から一枚の写真を取り出して娘に渡す。娘はそれを見て、
娘「ゲゲッ! 嘘でしょ。何で、こんな人が…。あり得ない。絶対あり得ないでしょ!」
父親「(自慢気に)けっこう、あれだろ。――これで、若いのに、しっかりしてるんだ」
娘「絶対、欺(だま)されてる。お金とか渡してるんじゃないの。それか、保険! まさか、生命保険入ったりしてないでしょうね。やめてよ、殺されちゃうよ」
父親「だから、パパの話を聞いてなかったのか? お金なんか渡してないし、保険にも入ってない。彼女は、本当にパパのことを好きになって…」
娘「違うよ。ねえ、しっかりして。こんな奇麗(きれい)な人が、パパのこと好きになるはずないでしょ。あれよ、他に付き合ってる男がいるはずだわ。いなきゃ変よ」
父親「お前は彼女のことを分かってない。彼女に会えばきっと――」
娘「もしかして、整形(せいけい)とか…。歳(とし)も誤魔化(ごまか)してるんじゃないの? もう、やだよ。再婚なんかやめようよ。あたし、ちゃんとパパのこと…」
父親「もう決めたんだ。お前に老後(ろうご)の心配なんかされたくない」
<つぶやき>どんな人を好きになるか。人それぞれです。でも、この場合はどうなんでしょ。
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T:076「恋愛マスター」
   野崎(のざき)は今話題の小説家。彼のもとへ編集者の立花葵(たちばなあおい)がやって来た。
野崎「恋の相談を僕に? でも、僕なんかが…」
葵「今、先生の書く恋愛小説は、若い女性の間ですごい人気になってるんです。ですから、今度、私どもで創刊(そうかん)する女性雑誌の目玉(めだま)として、恋愛相談を――」
野崎「無理だ。僕にはそんなことをしている時間はない。次の新作の準備もあるし」
葵「それは、分かってます。ですから、ほんのちょっとでいいんです。読者からのメールを読んでいただいて、簡単(かんたん)なコメントをいただければ、あとはこちらで…」
野崎「それじゃ、僕がやる必要は無(な)いだろ。君は、僕の名前を使いたいだけじゃないのか?」
葵「あっ、いや、けしてそういうわけじゃ…。大変、失礼しました」
   葵、深々と頭を下げる。彼女はこの企画を通すのに必死なのだ。
葵「あの、勿論(もちろん)、内容については先生にチェックしていただいてからと言うことで…。ですから…、私も先生の恋愛小説のファンでして。すごく、共感(きょうかん)できるというか…。今、若い女性の間では、恋愛のバイブルみたいな――」
野崎「やめてくれ。僕が書いてるのはフィクションだ。ウソっぱちなんだよ」
葵「でも、先生は今まで沢山(たくさん)の恋愛小説を書かれていますよね。ですから、その…」
野崎「それが何だっていうんだ。僕が、恋愛のマスターとでも言いたいのか?」
葵「いえ、それは…。失礼しました。あの、私、どうしてもこの企画を…」
野崎「僕は、結末(けつまつ)がどうなるか分かってて書いてる。恋愛がどうのこうのなんて、僕には興味(きょうみ)ないんだ。だって、実際の恋愛の結末がどうなるかなんて、誰にも分かるわけないじゃないか。そんな…、もし恋愛の正攻法(せいこうほう)があるとしたら、僕の方が知りたいよ!」
   野崎、次第(しだい)に興奮(こうふん)してくる。葵はどうしたらいいのか戸惑う。
葵「あの、先生? どうされたんですか?」
野崎「(我(われ)に返って)いや…、何でもない。そういうことだから、この話は…」
葵「そ、そんな。あの…。(何かを思いついて)今の感じでいいと思います。ビシビシと言ってもらったほうが、読者もきっと喜びますし。絶対、評判(ひょうばん)になるはずです」
野崎「君は、僕の話を聞いてなかったのか? 絶対無理だ! 僕にはできない」
葵「なぜですか? 理由を聞かせてください。そうじゃなきゃ、私…」
野崎「だから…。僕は…、一度も恋愛をしたことがない。そんなんで、アドバイスなんかできるわけないだろ。もう、帰ってくれ!」
   葵、唖然(あぜん)として野崎の顔を見るが、言葉が出ない。
野崎「ふん…、笑いたけりゃ笑えばいいさ。そうだよ。僕は、恋愛小説を書いてるくせに、今まで一度だって女性と付き合ったことなんてないんだ。だから、女性の気持ちなんてまったく分からないし、どうすりゃ相思相愛(そうしそうあい)になるかなんて――」
   野崎、頭を抱えてしまう。葵、なぜかホッとしたように、
葵「大丈夫ですよ。先生は、ちゃんと女性の気持ち分かってますから。それは、読者のみんなが知ってます。先生、もっと自信を持って下さい」
<つぶやき>先生は恋愛で何かトラウマがあるんだ。これがきっかけで恋が芽生えるかも?
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T:077「おもかげ」
   落ち着いた雰囲気(ふんいき)の喫茶店。マスターの好みなのかジャズが微(かす)かに流れている。そこへ、男女の客が入って来る。二人が席につくと、マスターが注文を聞きにやって来た。
マスター「(男に向かって)お久しぶりですね。いつものでいいですか?」
智也(ともや)「ええ。お願いします」
マスター「(女に向かって)そちらは?」
百合恵(ゆりえ)「じゃあ、(メニューを見てちょっと迷ったが)カフェオレを」
マスター「かしこまりました。しばらくお待ちください」
   マスターは席から離れていく。それを待っていたかのように百合恵が小声で、
百合恵「ねえ、ここへ来たことあるの?」
智也「ああ、たまにね。なかなかいい店だろ。ちょっと気に入ってるんだ」
百合恵「(店内を見回して)そうね。あたしも近くまで来たら寄ろうかしら。――ねえ、いつものって、なに頼んだの?」
   智也は笑って誤魔化(ごまか)して、それには答えなかった。百合恵は話題を変えて、
百合恵「ねえ、覚えてる? 今日が何の日か。私たちが出会って、ちょうど一年よ。早いよね、もう一年たったなんて信じられない。そう思わない?」
   百合恵は智也の様子がおかしいのに気がついた。何となく元気がないような。そこへウエイトレスが来て、二人の前に注文したものを置いていく。智也の前に置かれたものを見て驚く百合恵。ウエイトレスが行ってしまってから、
百合恵「クリームソーダ? 何で? えっ、智也ってそういうの飲むんだ」
智也「(意味ありげに笑うと)まあ、たまにだけどね」
   智也はしばらくクリームソーダを眺(なが)める。その様子を不思議そうに見つめる百合恵。
   数日後、同じ店に百合恵が一人でやって来た。彼女はカウンターの席に座る。
マスター「今日はお一人ですか? ご注文は?」
百合恵「じゃあ…。(何かを思いついてクスッと笑い)クリームソーダを」
マスター「はい。かしこまりました」
   マスターが手際(てぎわ)よくクリームソーダを作り始める。それを見ながら百合恵が、
百合恵「あの、この前、あたしと一緒(いっしょ)に来た…」
マスター「近藤(こんどう)様ですか? 昔からよく来てくださる常連(じょうれん)の方ですよ」
百合恵「変なことを訊(き)きますけど…。彼、何でクリームソーダなんでしょう?」
マスター「ああ。もう、五、六年前でしょうか。一緒におみえになっていた女性の方が、いつも注文されていて。お一人でおみえになるようになってからは、いつもそれを」
百合恵「その女性って?――ごめんなさい。彼には、このことは内緒(ないしょ)で…」
マスター「(クリームソーダを百合恵の前に出しながら)はい。私も詳(くわ)しくは知らないんですが。交通事故でお亡くなりになったと聞いています」
百合恵「(ちょっとショックを受けて)そ、そうなんだ。全然知らなかったわ。彼ったら、まだその人のこと…。あーぁ、それじゃ、焼きもちも焼けやしないわ」
<つぶやき>好きだった人の面影は、いつまでも心の中に残ってる。それは誰にでも…。
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T:078「サイケな彼女」
   三泊四日で友達と旅行に出かけていたママ。家族を残して旅行に出かけるのは初めてで、家のことが心配で目一杯(めいっぱい)楽しむことは出来なかった。何しろ、夫は家事は全くしないし。ママは家の中が悲惨(ひさん)なことになっていないか不安な気持ちで玄関を開けた。
ママ「ただいま。(返事がない)変ねえ。出かけてるのかしら?」
   ママは廊下(ろうか)を通り居間(いま)へ入ろうとすると、居間の扉(とびら)が開いて中からパパが出て来た。
パパ「(後ろ手に扉を閉めて)お帰り。早かったね。帰りは夜になるんじゃなかったの?」
ママ「うん、そのつもりだったんだけど。先に帰って来ちゃった」
パパ「(扉の前で)そ、そうなんだ。ゆっくりしてくればよかったのに…」
ママ「ねえ、そこどいてよ。入れないでしょ」
パパ「あーっ、そうだね。荷物、持ってあげるよ。(荷物を受け取り)おっ、おもっ」
ママ「おみあげ、一杯買って来ちゃった」
   居間の中から「もういいよ」と子供たちの声がする。
ママ「なあに? 何かあるの?」
パパ「いや、何でもないよ。(ママを先に行かせて)みんな、ママの帰りを首を長くして…」
   居間に入るママ。部屋の中は思っていたより奇麗(きれい)になっていた。ママは少しホッとして、駆け寄ってきた子供たちを抱きしめる。
ママ「良い子にしてた? パパを困らせたりしなかったでしょうね?」
息子「うん。ちゃんとお手伝いしたよ。ねえ、僕のお土産(みやげ)はなに?」
娘「ねえ、ママ。あたしね、ちゃんとお掃除(そうじ)とかしたわよ。奇麗になってるでしょ」
ママ「(部屋を見回して)そうね、ありがとう。でも――」
   ママは何か違和感(いわかん)を憶(おぼ)えて言葉を切る。いつもの部屋なのだが、何かが違う。その何かが何なのか、ママには分からなかった。
パパ「どうかした?(何かを誤魔化(ごまか)すように)疲れただろ。今日はゆっくりして…」
   その時、寝室のほうからサイケな若い女が出て来る。彼女は意味深(いみしん)に微笑(ほほえ)みかけると、
女「そんじゃ、あたし、時間なんで帰るわ。あとよろしく」
娘「えっ、まだいいじゃない。もう少しいてよ。お願い」
   女はそのままスタスタと玄関へ。子供たちは後を追いかける。
   ママは唖然(あぜん)とした顔をして見送る。女が居間から出て行くと、
ママ「ねえ、今の娘(こ)、誰? 何で私たちの寝室にいたの?」
パパ「(恐る恐る)あ…、あの人はね、ほら、子供たちのことを見てもらおうと…」
ママ「はい? どういうこと。分かるように説明してよ」
パパ「だから、ベビーシッターっていうか、その、ママの代わりに、いろいろと…」
ママ「そんな話、聞いてないけど。それに、なに、あの娘(こ)の格好。あんな…」
パパ「でも、とってもいい娘(こ)なんだよ。ちょっとしゃべり方がフレンドリーすぎるけど、とっても気がつくし。――勿論(もちろん)、君ほどじゃないけど」
ママ「(パパへ疑(うたが)いの目を向けて)そうなんだ。――じゃ、どんなことをしてもらったのか、今夜じっくり聞かせてもらおうじゃない」
<つぶやき>奥さんのいない間に、勝手なことをしないようにね。後で何を言われるか。
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T:079「ご主人さま」
   とあるアパートの一室。運送業者が大きな段ボール箱を運び込んでいた。その様子を困(こま)った顔をして見つめるタクミ。運送業者は部屋の真ん中に箱を置くと、受取のサインをもらって帰っていく。タクミは箱に貼(は)られた送り状を見て、
タクミ「まったく、お袋(ふくろ)、なに送ってきたんだよ。こんなでっかいの…」
   タクミは箱を蹴飛(けと)ばすと、携帯を取り実家へ電話をかけようとする。その時、箱の中からピーッという小さな音が聞こえた。タクミは箱に近づく。また音がする。
タクミ「何なんだよ。また、変なもんじゃないだろうな」
   タクミは梱包(こんぽう)を取ると、箱に貼られた荷造りテープを勢いよくはがす。そして箱を開けると、ワッと悲鳴をあげてその場で腰を抜かした。
タクミ「(震える声で)何だよ。何で、人が入ってんだよ。えっ、まさか死体?」
   タクミは恐る恐る腰を上げて箱の中を覗(のぞ)こうと。その時、人の顔が飛び出してきた。タクミはまた悲鳴をあげて倒れ込む。中から出て来たのは女の子。女の子は箱から飛び出ると、部屋の中をぐるっと見回した。そしてタクミに視線を合わせると、
ヨシエ「(機械的な声で)ご主人さまを確認。これより任務(にんむ)を遂行(すいこう)します」
タクミ「なに? 何なんだよ。君は、一体誰だ? どうしてここに」
ヨシエ「私はヨシエ。横田好恵(よこたよしえ)のオーダーでやって来ました。あなたをサポートするようにプログラムされています」
タクミ「好恵って、お袋の名前じゃない。それに、何だよサポートって?」
ヨシエ「ご主人さまのデータはすべてインプット済(ず)みです。ご主人さまの健康管理から婚約者の選別(せんべつ)までサポートします」
タクミ「いいよ、そんなこと。サポートなんか必要ないから、もう帰ってくれ」
ヨシエ「そのオーダーはお受けできません。ご主人さま、現在、お付き合いしている女性は存在していますか?」
タクミ「そ、それは…。何で、お前にそんなこと言わなきゃいけないんだよ」
ヨシエ「微妙(びみょう)、微妙…。室内に女性の持ち物発見できず。存在しない確率92%」
タクミ「もういい加減にしてくれよ。帰らないと警察呼ぶぞ!」
   タクミはヨシエの腕(うで)をつかみ引っぱろうとする。が、びくともしない。
ヨシエ「しつけモードに切り替えます。反抗(はんこう)は許(ゆる)されません」
   ヨシエはタクミのえり首をつかむと、片手でグイっと持ち上げた。タクミは手足をバタつかせもがくが、逃げることができない。たまらず、
タクミ「分かった。分かったから、放(はな)してくれ…」
ヨシエ「(手を放し)しつけモード解除。今から観察モードに入ります。ご主人さまの行動を観察し、問題点を洗い出します。さらに、現在、接触(せっしょく)している女性の中から、婚約者にふさわしい人物を選別していきます」
タクミ「まさか、会社までついて来るっていうのか? そんなこと止めてくれよ」
ヨシエ「そのオーダーは却下(きゃっか)します。すでに、同行(どうこう)の許可(きょか)は得(え)ています」
<つぶやき>もしこんなアンドロイドが現れたら、もう大変なことになっちゃうかもね。
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T:080「脅迫」
   ホテルの一室。室内は間接(かんせつ)照明だけで薄暗くなっている。女が一人、ソファに座り室内の一点を見つめていた。ドアのノックの音が静寂(せいじゃく)を破(やぶ)った。女は意(い)を決して立ち上がると、ドアのロックを外して扉(とびら)を開ける。外にはよれよれのコートを着て、サングラスをかけた男が立っていた。女は無言で男を室内に招(まね)き入れてドアを閉め、後ろ手にドアのロックをかけた。男は座り心地のよさそうなソファにどかっと座る。
男「さっそくだが、本題に入らせてもらうよ。こっちも少し訳ありでさ」
   女はニヤついている男を見ながら、用意していたウイスキーとグラスを手にして、
女「そんなに急がなくても。一杯どう? ごちそうするわ」
男「悪いが、こっちも仕事なんでね。後にしてもらえるかな」
女「そう。それは残念(ざんねん)」
   女は二つのグラスをテーブルに置くと、自分のグラスだけにウイスキーを注(そそ)いだ。
女「じゃあ、私は頂(いただ)くわね。(ウイスキーを一口飲んで)その前に、確かめたいわ。あなたが私の何を知っているのか。適当(てきとう)なこと言ってるだけじゃないの?」
男「(不敵(ふてき)な笑(え)みを浮かべ)俺が何を知ってるかなんてどうでもいいじゃないか。あんたは俺の誘いに乗った。ということは、やましいことがあるんだろ」
女「それは違うわ。根も葉もないことで、煩(わずら)わされたくないだけよ」
男「ホントにそれだけかよ。それだけで金を出すなんて、あんたも変わってるな。まあいいや。で、いくら払ってくれるんだ?」
女「それは、そちら次第(しだい)よ。あなたが知っていることを、話して頂かなくちゃ」
男「ホントに食えねえ女だな。じゃあ、一つだけ教えてやるよ。あんたは、ある男と不倫(ふりん)をしていた。それも、かなりの大物とな」
   女はくすりと笑う。男は怪訝(けげん)そうな顔で女を見つめた。
女「あら、ごめんなさい。何だかおかしくて。フフフ…」
男「そんなに面白(おもしろ)いかい? じゃあ、これならどうだ。その男が、なぜ死んだのか」
女「もういいわ。じゃあ、こうしましょ」
   女は立ち上がると、ソファの後ろからボストンバッグを出してテーブルの横に置いた。
女「ここに一千万あるわ。これで忘れてもらえるかしら?」
男「(バッグを取り中を確かめて)ハハハハハ…。ありがてえ、これだけありゃ」
女「(ソファに座り)じゃあ、これで契約(けいやく)成立ね」
男「ああ、これはもらっておくよ」
   男は女のグラスを取り、ウイスキーを一気に飲み干した。そして立ち上がると、
男「じゃあ、また連絡するよ。あんたほど上得意(じょうとくい)はいないからな」
   男はニヤリと笑い、女に背を向けると二、三歩(ぽ)歩き出す。と、突然(とつぜん)苦しみ出して、その場に倒れ込んだ。女はもがいている男を見つめながら言った。
女「残念ね。あなたは心臓発作で死んじゃうのよ。そしたら、集金に来られないわね」
   突然、「はい、カット」と声がかかる。スタッフのざわついた声が部屋に響いた。
<つぶやき>よかったぁ。これはドラマの撮影だったんですね。二時間ドラマなのかな?
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T:081「キューピット社」
   古びた貸(か)しビルの三階にあるオフィス。数人の男女が忙(いそが)しそうに働いている。若い女性が遠慮(えんりょ)がちに入ってくる。それを迎(むか)えたのはここの社長のようだ。
社長「いやぁ、いらっしゃい。よく来てくださいました」
   社長は入って来た女性とにこやかに握手(あくしゅ)をかわす。女性は戸惑(とまど)いながら会釈(えしゃく)する。
社長「どうぞどうぞ、こちらへ」
   社長はそんなに広くないオフィスの片隅(かたすみ)にある応接用のスペースへ案内する。女性を座らせると、社長は女性を気づかうように言葉をかけた。
社長「もう、落ち着かれましたか? いやぁ、災難(さいなん)でしたね。まさか結婚式の当日にドタキャンされるなんて。こんなことは滅多(めった)に――」
女性「あの、その話は、もう…。思い出したくないんです」
社長「ああーっ、これは失礼(しつれい)しました。そうですよね。無神経(むしんけい)なことを言ってしまって」
女性「いいえ、いいんです。それで、あの…。今日、お伺(うかが)いしたのは――」
社長「(満面の笑みで)では、我(わ)が社に来ていただけるんですね」
女性「いえ、それは…。あの、もう少しちゃんとお話しをうかがってから。私、先月、勤めてた会社を退職(たいしょく)して。上司(じょうし)には戻って来いって言われたんですが…。戻れば、あの人と顔を合わすこともあるんで…。だったら、全然違う仕事でやり直そうかなって…」
社長「なるほど。分かります。でしたら、この会社はあなたにうってつけだと思いますよ。この前もお話しましたが、我が社は縁結(えんむす)びが主(おも)な仕事です。片思いに胸を痛めている人から依頼(いらい)を受けまして、その恋の成就(じょうじゅ)のお手伝いをしているんです」
女性「それって、結婚相談所みたいな仕事ですか?」
社長「ちょっと違いますね。我々は好きな相手がいる方の依頼しか受けません。例えば、初めて会って恋に落ちてしまったとか、ずっと思い続けているのに告白できない。相手が自分のことをどう思っているのか分からないので恋に臆病(おくびょう)になってしまった、などなど。そういう人たちが、恋に一歩を踏(ふ)み出すきっかけをサポートしています」
女性「そんなことするのに意味があるんですか? いつまでも同じ人を好きになんか…。それに、相手の気持ちなんて分からないじゃないですか。嘘(うそ)をつくことだって」
社長「確かに、そうですね。我々が縁(えん)を結んだ人たちでも、別れてしまうことはあります。でもね、それでもいいんです。必ず恋がかなうわけではありませんが、その瞬間は間違いなく恋をしているんです。あなたも、そうだったんじゃありませんか?」
女性「そ、それは…」
社長「あっ、また余計なことを…。失礼しました。でも、そういうあなただからこそ、この仕事を手伝っていただきたいのです。恋はいいことばかりじゃありません。辛(つら)い思いをすることだってあります。だからこそ、あなたの助言(じょげん)が必要なんです。今は、好きだという気持ちを勘違(かんちが)いしている人が結構(けっこう)いますからね」
女性「私もその中の一人ですね。何か、自分が嫌(いや)になります」
社長「いえ、あなたは違います。あなたなら素敵(すてき)な恋ができますよ。私が保証(ほしょう)します」
<つぶやき>実はこの会社、恋の女神の指令でキューピットたちが運営してるらしいです。
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超短編戯曲End