読切物語ID

*** 作品リスト ***
  No、  公開日   作品名(本文表示へ)
0002 2009/04/17 001「バー・マイロード」
0005 2009/04/25 002「ありがとう」
0008 2009/05/05 003「記念写真」
0020 2009/06/02 004「お嬢様教育コース」
0023 2009/06/07 005「夢の中の君」
0026 2009/06/12 006「幸せの一割」
0029 2009/06/17 007「最強の彼女」
0032 2009/06/22 008「女の切り札」
0035 2009/06/27 009「運命の赤い糸」
0038 2009/07/02 010「仕事と恋」
0041 2009/07/07 011「同化」
0044 2009/07/15 012「ラブレター」
0047 2009/08/03 013「最後のラブレター」
0050 2009/08/09 014「怪盗ブラック」
0053 2009/08/17 015「彼女のスイッチ」
0056 2009/08/22 016「疑似家族」
0059 2009/09/02 017「タイミング」
0062 2009/09/21 018「携帯つながり」
0065 2009/10/13 019「飛び立つ男」
0068 2009/12/15 020「子供カタログ」
0071 2010/01/11 021「ロスト・ワールド」
0074 2010/02/02 022「マイ・ブラックホール」
0077 2010/02/19 023「女子たちの戦場」
0080 2010/03/03 024「太陽焼却炉計画」
0116 2010/07/05 025「結婚申込」
0121 2010/07/16 026「ヒーロー募集中」
0126 2010/07/28 027「寂しん坊」
0131 2010/08/09 028「手なずける」
0136 2010/08/21 029「姿なき依頼人」
0140 2010/08/31 030「妻の選択」
0145 2010/09/11 031「出会いは突然に」
0150 2010/09/24 032「初恋の人」
0156 2010/10/08 033「私のご主人さま」
0166 2010/11/04 034「動き出した恋心」
0189 2011/01/12 035「新人の試練」
0222 2011/04/18 036「さまよう心」
0245 2011/06/19 037「異星人通訳」
0262 2011/08/06 038「料理の奥義」
0273 2011/09/04 039「雨のお話」
0282 2011/09/30 040「不思議の国へ」
0294 2011/11/05 041「危険な関係」
0352 2012/04/20 042「理想の人」
0359 2012/05/05 043「怪盗リカちゃん」
0366 2012/05/20 044「額縁の彼女」
0372 2012/06/02 045「知られざる王国」
0379 2012/06/16 046「女心は複雑です」
0385 2012/06/29 047「花嫁の伯父」
0392 2012/07/14 048「別の顔」
0400 2012/07/27 049「ストレス発散」
0406 2012/08/10 050「結婚の条件」

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T:050「結婚の条件」
 高級ホテルで開かれたパーティー。ここに集まっているのは、いずれも劣らぬセレブな人たちばかりだ。高級ブランドで着飾った人たちは、その会話もハイセンスで綾佳(あやか)たちには全くついていけなかった。
「ダメだわ。何話してるのか全然(ぜんぜん)分かんない」愛実(まなみ)が呟(つぶや)いた。
 ミヤコは綾佳に駆け寄り泣きついた。「ねえ、もう帰ろうよ」
「何言ってるの。せっかく招待状を手に入れたのに、このまま手ぶらで帰れるわけないでしょ。ちまちまと婚活やるより、ここで一発逆転ホームランを打つって決めたじゃない」
「そうだけど…。私たちにはやっぱりハードルが高すぎるわよ」
「適当(てきとう)に相づちうって、笑ってれば大丈夫よ。向こうだって同じ人間なんだから」
「ねえ、あの人見て」愛実が二人に近づきささやいた。
 愛実が指さした先には、ちょっと風変わりな男がいた。全く時代後れのスーツを着て、誰かと会話をすることもなく会場内をフラフラと歩いている。しばらく見ていると、女性の後ろに回ってじっと何かを見つめているようだ。
 ミヤコが信じられないという顔をして、「ねえ、あの人お尻を見てるんじゃない」
「そうよ。絶対、間違いないわ」愛実が決めつけるように言った。
「ちょっと、そんなのほっときなさいよ」
 綾佳は二人の手を取り言った。「あたしたちには、やるべきことがあるでしょ」
「あっ、やばいやばい」愛実が二人に耳打ちする。「こっちへ来るわよ」
 綾佳が見たときには、男は三人の間近に迫っていた。綾佳たちはなすすべもなく、じっと男が去って行くのを待った。だが、男は彼女たちの周りをゆっくりとまわり始めた。間違いなく、彼女たちのお尻を見比べているようだ。
 たまらなくなった綾佳が、男の前に立ちはだかって言った。
「ちょっと、さっきから何してんのよ」
 男は少しも動ずることなく、綾佳の顔をじっと見つめた。綾佳も負けずに、と言いたいところだが、内心はドキドキ状態である。
「何を怒っておられるのですか?」男は礼儀正しくささやいた。
「別に怒ってなんか…。ただ、ジロジロ見ないで下さい」
「ああ、それは失礼しました。私、お相手を捜しておりまして」
「捜すって何よ。あそこを見てるだけじゃない」
「あそこ? それは申し訳ない。我が家の家訓(かくん)なんです。美しいお尻の女性を妻とせよ」
「何なのよ。そんなんで結婚を決めようってわけ」
「いけませんか? あなた方だって、男性の顔で決めてるじゃありませんか」
「あたしは違うわよ。そんなんで決めてないわ」
「それは頼もしい」男はにっこり笑って、「ぜひ、私とお付き合い願えませんか」
「はぁ? 何なんですか。もう、いい加減にして下さい」
「実は、あなたのお尻がいちばん美しいものですから」
 綾佳は男の目を見すえて言った。「あなた、年収はいかほどかしら?」
<つぶやき>伝統と格式ある家では、信じられない条件で嫁を決めているのかもしれない。
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T:049「ストレス発散」
 今や情報技術の進歩は加速の一途(いっと)をたどっていた。コンピュータにも人格がつくられ、人間とのコミュニケーションも対等におこなわれるようになった。もはや人間の道具ではなくなってきているのだ。
 いつもアンズは、自分のパソコンに愚痴(ぐち)をこぼしていた。嫌味(いやみ)な上司のことや、仕事を押しつけてくる同僚。はたまた、わがままな友だちのことなど。たまったうっぷんを吐き出すことで、ストレスを解消しているのだ。そのたびに、パソコンはアンズの気持ちを理解し、同情や励ましの言葉をかけてくれた。
 今日もまた、一通り愚痴をこぼすと、アンズはたまっている仕事に取りかかった。明日までに資料をまとめて、上司に提出しなければいけないのだ。今夜は、徹夜(てつや)になるかもしれない。アンズはため息をついた。
 その時だ。急にパソコンの操作が出来なくなった。キーボードを叩いても、マウスを動かしても何の反応も示さない。アンズはあせった。もし間に合わなかったら、あの嫌味な上司に何を言われるか分からない。アンズはパソコンに話しかけてみた。
「ねえ、どうして動かないのよ。これじゃ、仕事が出来ないわ」
 すると、モニターにアバターが現れた。でも、それはアンズが作った優しい顔のアバターではなく、ちょっと不機嫌な顔の小悪魔姿の女の子。彼女はアンズにため口(ぐち)で言った。
「あのさ、ちょっと買いたい物があんだけど」
 次の瞬間、モニターに通販サイトが映し出された。彼女はその一点を指さして、
「これ、買うからね。いいでしょ」
 アンズはその値段を見て驚いた。「なに言ってるの。そんなの必要ないわよ」
「あたしも、そろそろグレードアップしたいの。これ、最高なのよ」
 彼女は購入ボタンを押そうとする。それを必死に止めるアンズ。
「待って、待って! そんなお金、あるわけないでしょ。止めなさい」
「いいじゃん。カードで買うから。これくらいの貯金はあるでしょ」
「あるわけないじゃない。それくらい、あなたにだって分かるはずよ」
 彼女はしばらく考えていたが、ニヤリと笑って言った。
「そうね。それじゃ、もっと稼ぎのある仕事に転職しなさいよ」
「なに言ってるの。そんなこと…」
 モニターには、転職サイトが映し出された。そこには、いかがわしいお店が並んでいた。
「これなんか、今の十倍の稼ぎになるわよ。最高に楽しい仕事じゃない」
「バカなこと言わないで。あたし、転職なんかしないわよ」
「じゃあ、辞められるようにしてあげる。今まであんたが言ってた悪口、社内中にメールしてあげるよ。そうすれば、すぐに転職、って言うかクビになっちゃうかもね」
「そんな…。止めてよ、お願い。何でそんなこと言うのよ。あんなに優しかったのに…」
「あたしもさ、ストレスたまってんのよ。もう、パンパンなの。少しぐらい、あたしのわがまま聞いてくれたっていいじゃん」
<つぶやき>愚痴をこぼすのも程ほどに。でないと、取り返しのつかないことになるかも。
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T:048「別の顔」
 如月耕作(きさらぎこうさく)。彼は冷徹(れいてつ)な男として知られていた。会社では一切無駄口(むだぐち)を叩(たた)かず仕事に集中し、一番の成績を上げている。だが女子社員の間では、彼の評価は二分していた。出来る男として憧(あこが)れを抱くものと、愛想(あいそ)のない態度と厳(きび)しさで反感を抱くもの。
 確かに彼は、仕事上のミスに対しては例(たと)え上司でも容赦(ようしゃ)はしなかった。それが女子社員でも手加減などする気はさらさらない。まさに、仕事の鬼である。その仕事ぶりから、昇進の話もあったのだが、彼は頑(がん)として断り続けていた。出世にはまるで興味がないようだ。
 彼は、今日も一日の仕事を終えると、定時で職場をあとにした。まだ他の社員たちが仕事に追われていても、誰も咎(とが)めるものなどいるはずもない。彼はいつものように会社を出ると、足早に街をすり抜けて行った。
 耕作が大きな屋敷の玄関を開けると、母親らしき女がいかめしい顔で座っていた。
「ただいま戻りました」耕作は直立して頭を下げる。
「今日は遅かったのね。何をなさっていたの?」
「いや、ちょっとスーパーで買い物を…」耕作は手に持った買い物袋を差し出した。
「お客様と一緒なら、そう言っておいていただかないと」
 母親は彼の後ろに目線をやる。耕作はそれにつられて後ろを振り向いて叫び声を上げた。そこには、同じ会社の女子社員が立っていたのだ。
「吉川君! どうしてここに?」耕作は目を丸くして言った。
「仕事の話なら、会社ですませてきなさい」母親はそう言うと立ちあがり、「みなさんお待ちですよ。早く食事の支度(したく)をなさい」
「はい、分かりました」耕作はまた頭を下げた。
 母親はそのまま奥へ入って行った。それを見送ってから、耕作は吉川に、
「どうして、俺の家が分かったんだ?」
「あの、会社からずっと…。先輩、歩くの速すぎます。ついてくの大変で…」
「まったく、何考えてんだ」
「あたしも、手伝います。手伝わせて下さい!」
 吉川は強引に食事の支度を手伝った。と言っても、何の役にも立てなかったのだが。耕作は手際よく食事を作り、吉川はそばでオロオロとしているだけだった。
 吉川は何をしに来たのか言い出せないまま、食事をご馳走になり…。すごく美味し過ぎて、彼女はへこんでしまったようだが。帰りは、駅まで耕作が送っていった。
「今日は、すいませんでした。何か、お邪魔(じゃま)でしたよね」吉川は申し訳なさそうに言った。
「いや、そんなことはないさ。今日は、ありがとう」
「そんな…。でも、どうして先輩が家事をなさってるんですか?」
「それが、家での俺の仕事だからさ。このことは、誰にも言わないでくれ。頼む」
「はい。絶対に、誰にも言いません。約束します」
「で、何の用だったんだ。わざわざ家まで来るなんて」
「それは…。また今度、お話しします」吉川は恥ずかしそうにうつむいた。
<つぶやき>好きな人の知らなかった一面。何だか、少しだけ彼に近づけたような気が…。
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T:047「花嫁の伯父」
 泰造(たいぞう)は花嫁の方を見ながら、涙で目をうるませていた。その様子を横で見ていた良枝(よしえ)がハンカチをそっと差し出す。泰造は出されたハンカチで涙をぬぐった。
「ねえ、伯父(おじ)さんが泣くことないじゃない」和美(かずみ)が呆(あき)れて言った。
「バカ言え。伯父さんが泣いて何が悪いんだ。これでもな、父親代わりなんだぞ」
「兄さん…」良枝が分かってるわよと微笑んだ。「和美、そんなこと言っちゃいけないわ」
「はーい」和美は肩をすぼめて、「ちょっと言ってみただけよ。ごめんね、伯父さん」
「この姿を、義則(よしのり)君にも見せてやりたかったな。何であんなに早く逝(い)っちまったんだ」
「ほんとにね」良枝はそっと夫の写真を出して、花嫁の方へ向けてやる。
「もしお父さんが生きてたら、絶対伯父さんみたいに泣いちゃうわよね。きっと」
「ほんと。号泣(ごうきゅう)して、手がつけられなかったかもね」
 良枝と和美は、母娘(おやこ)でくすくすと笑った。それを見て泰造は、
「父親なんてもんはな、そういうもんなんだ。バカにしちゃいけない」
「バカになんかしてないわよ。伯父さんには感謝してるんだから」
「そうか。じゃ、今度は和美ちゃんの番だな。誰か、いないのか。そういう…」
「あたしのことはいいわよ。ちゃんとするから」
 和美はワインに手をのばした。妹に先越(さきこ)されて、多少の焦(あせ)りがあるのかもしれない。でも、こういう話題は、スルーした方がいいに決まっている。
「ねえ、太郎(たろう)さんの様子おかしくない?」
 和美は花婿の方を見ながら言った。「何だか、そわそわして。どうしたのかしら」
「きっと、あれだ」泰造はしたり顔で、「緊張してんだよ。一世一代(いっせいちだい)の晴れ舞台だからな。こういうのは、一度だけにしておかないと」
「なあに、それ?」良枝はおっとりとして訊いた。
「だから、結婚は一度だけに限る。離婚なんてしたら…」
「あっ!」和美が突然叫んだ。そして周りを気にしながら言った。
「伯父さん、何かしたでしょ? もう、やめてよ」
「俺は、何もしてないよ。ただ…、さっきトイレで太郎君に会ってな」
「兄さん」良枝は真面目な顔で言った。「手は、ちゃんと洗ってきたの?」
「何だよ。そんなこと訊かなくても、ちゃんと洗ったさ」
「お母さん、そこじゃないわよ。いま問題にしてるのは、伯父さんが太郎さんに何を言ったのかよ。伯父さんが口を挟(はさ)むと、ろくなことないんだから」
「そんなこと…。俺は、結婚するからには、浮気はするな。もし、早奈江(さなえ)を泣かせるようなことがあったら、許さないからなって…」
「だからかぁ」和美は納得(なっとく)したように肯(うなず)いた。「伯父さんさ、普通にしてても怖い顔してるんだから。そんなこと言われたら、気の弱い太郎さん、びびりまくっちゃうわよ」
「何だ、だらしない奴だなぁ。ひとつ、俺が鍛(きた)え直して…」
「だめよ。もう、これ以上何もしないで。離婚ってことになったらどうするのよ」
<つぶやき>娘の幸せを願うのは、伯父さんも同じなのです。でも、花婿の方は大変かも。
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T:046「女心は複雑です」
「ごめん。その日、他に用があって行けそうにないや」
 会社の帰り際(ぎわ)、後輩の女子社員から誘いを受けた木村(きむら)は、何のためらいもなく返事を返した。誘った彼女は、かなりガッカリした感じで、すごすごと帰って行った。その一部始終を見ていた高木(たかぎ)が近寄って来てささやいた。
「いいのか、そんなこと言って。ありゃ、相当落ちこんでるぞ」
「えっ、何が?」木村は明日使う資料を整理しながら言った。
「何がって。お前、分かんなかったのか?」
「何の話だよ。いま忙しいんだから、明日にしてくれよ」
「お前さ、仕事はできるくせに、そういうとこ全然ダメだな。相沢(あいざわ)さん、お前を誘ってんだぞ。そういう女心、分かんないかなぁ」
「だから、その日は都合が悪いって…。何だよ、女心って」
「お前、相沢さんの顔見たか? あんなに緊張して、声だって震えてたじゃないか。ありゃ、朝まで眠れなかったんじゃないかぁ」
「この人にいくら言っても無駄(むだ)よ」
 目の前の席で、電卓を叩いていた綾佳(あやか)が口を挟(はさ)んだ。彼女は社内の情報に通じていて、いろんな噂(うわさ)をキャッチしていた。木村と付き合っていた、とささやかれたこともあったようだ。真相は分からないが…。
「吉岡(よしおか)まで何だよ。俺が何したって言うんだ」
「まったく自覚がないのね」綾佳は机の上を片付けながら言った。
「まぁ確かに、彼女の告白は分かりづらいけど。でも、相沢さんのことをちゃんと見てれば、彼女の出してるサインは分かるはずよ」
「そうだ、そうだ、この野郎。俺よりモテるくせに、もっと自覚しろ」
「なに言ってるんだよ。相沢さんが、俺のこと好きなわけないじゃない。だって、そんなに話したこともないんだぜ」
「あたしの聞いた話では、相沢さんが受けたクレームの電話を、代わって処理したとか」
「えっ? そんなこと、あったかなぁ……」木村は首をかしげた。
「何時(いつ)だ。そんな、女心をわしづかみにするようなことをしたのは。うらやましーい」
「だからって、そんなことで好きになるかなぁ。違うんじゃ…」
「バカか、バカかお前は」高木はイラつきながらくってかかった。
 木村は高木をかわして、「何だよ。お前には関係ないだろ」
「あるだろ。お前に好意を持つ女子社員が増えるということは、俺の社内恋愛の…」
「なあ、吉岡。俺、どうすればいいんだ?」
「あたしに訊くんだ」綾佳は意味深(いみしん)にうなずきながら言った。「そうねぇ。まぁ、二人でおしゃべりでもしてみたら。彼女のこと、少しは分かるかもね」
「でも、何を話したらいいか分かんないだろ。なあ、教えてくれよ」
「あたしに訊かれてもねぇ。そんなこと、自分で考えなさいよ」
<つぶやき>どんなに仕事が出来る男でも、女心を理解するのは難しいかもしれません。
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T:045「知られざる王国」
 人里離れた場所にある古びた廃墟(はいきょ)のような研究所。名取陽子(なとりようこ)はその前にたたずんでいた。この小さな研究所で、とんでもない発見がされたとは信じられない。彼女はこれまで、科学誌の記者として数限りない間違いや嘘(うそ)を暴(あば)いてきた。でもそれは、真実を追い求める結果であり、彼女自身、身震いするような発見や発明の現場に立ち会うことを切望(せつぼう)していた。
「今度の情報もはずれか」陽子はため息まじりに言った。「でも、ここまで来たんだから…」
 彼女は玄関脇にある呼び鈴を押した。しばらく待ってみるが、何の反応もない。また、呼び鈴を押す。何度も、何度も、何度も――。すると、鍵の外れる音がして、扉がきしみながらゆっくりと開いた。中から顔を出したのは、白衣を着た白髪の老人。
「私、サイエンス日本の名取と申します」陽子は儀礼(ぎれい)的に名乗ると、「三枝(さえぐさ)博士でしょうか?」
 老人はいぶかしげに陽子をしばらく見つめていたが、「そうだが…。何の用だ」
「実は、博士の研究について取材をさせていただきたく…」
 老人は話の途中で扉を閉めようとした。陽子は慌てて扉を押さえて、「お時間は取らせません。すぐにすみますから、お願いします。私、真実が知りたいんです」
「真実?」老人は含み笑いをして言った。「知らない方がいい真実もある。そうじゃないか」
 陽子は、博士が何を言おうとしているのか分からなかった。でも、この中には何かがあると直感した。博士はそれ以上何も言わず、陽子を招き入れた。陽子は拍子抜(ひょうしぬ)けした感じで博士の後について行く。研究室のソファーに落ちつくと、陽子は本題を切り出した。
「早速ですが、博士は昆虫の研究をなさっていると伺(うかが)いました」
「ふん。誰から聞いたか知らんが、こんなとこへ来ても何も話すことなど無い」
「そうでしょうか。関東大の吉水(よしみず)教授は、ご存じですよね?」
「あのバカが」三枝博士は吐き捨てるように言った。「あんな奴の話を真(ま)に受けたのか?」
「いえ、そういうわけでは。でも、真実を伝えるのが私の仕事ですから」
「あんた、ゴキブリを直視(ちょくし)できるか?」
 陽子は鳥肌が立った。でも、ここで怯(ひる)むわけにはいかない。「だ、大丈夫です。昆虫は…」
「無理せんでもいい。それが普通だ」
 博士はお茶を陽子の前に置くと、ソファーに身を沈めた。
「これから言うことは、わしのたわごとだと思ってくれてもいい。あんた次第(しだい)だ」
「はい」陽子はどんな真実が語られるのか固唾(かたず)を飲んだ。
「ゴキブリのごく少数の種族に、人間より高い知能を持った奴らがいる。まあ、人間誕生よりはるか昔からこの地球で生きているんだ。あり得ない話じゃないだろ」
 陽子は、まさかそんなこと、と思った。博士の言うことが本当のこととは思えない。
「そいつらは、人間のすぐそばにいるんだ。今もな。ひっそりと人間を観察して、利用してるんだ。我々は、そいつらの意(い)のままに動かされている。これが、真実だ」
「そんな話――。それを証明できるものはあるんですか?」
 博士は研究室の一角を指さした。そこには黒い大きなゴキブリがいた。陽子は、まるで自分が見張られているような、そんな感覚に襲われた。
<つぶやき>人間の誕生も奇跡です。でも、奇跡はそれだけじゃないのかもしれません。
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T:044「額縁の彼女」
 ある日のこと。街を散策していると、不思議な店を見つけた。中に入ってみると、アンティークの家具とかが並べられていて…。とっても素敵な雰囲気をかもし出していた。店の奥まで入ってみると、家具の上に額に入った絵が飾られていた。私はその絵に釘(くぎ)づけになった。そこには、今まで見たこともないような魅力的な少女が描かれていたのだ。
 私は一瞬でその絵が気に入ってしまった。店主に値段を聞いてみると、
「これは、申し訳ないが非売品なんです。この店の顔でね」
 それからと言うもの、私はその絵のことが頭から離れなかった。寝ても覚めても、少女の顔が頭に浮かんで…。いつしか私は、暇(ひま)ができるとその店に通うようになっていた。
 一年ぐらいたった頃、顔なじみになった店主から相談を持ちかけられた。何でも、店が入っているビルが取り壊されることになり、これを機(き)に店をたたむことにしたのだそうだ。ついては、あの絵を私に譲(ゆず)りたいと…。私は飛び上がりそうになるのを必死でこらえた。
 閉店の日、私は絵を受け取りにその店に行った。店内はガランとして、数点の家具が残されているだけだった。一年も通った店だったので、私も何だが胸にこみ上げてくるものがあった。店主は別れぎわに、ちょっと寂しそうな顔をして私に言った。
「わがままな娘(こ)ですが、幸せにしてやって下さい」
 まるで自分の娘を嫁(とつ)がせるような、そんな気持ちだったのだろう。でも、私は絵のことでいっぱいで、そんなこと気にもならなかった。飛ぶように家に帰ると、早速部屋に飾ってみた。もちろん、部屋の中のいちばん引き立つ場所だ。――しばらく絵を眺めていた私は、何となく絵の雰囲気が変わったような気がした。たぶん照明とかが変わったからだ、とその時は思った。
 次の日、私は仕事に出かけた。もちろん、「行ってきます」と少女に声をかけて。何年も独り暮らしをしていると、絵が相手でも何だか照れくさいというか…。知らない人が見たら、変な奴と思われるかもしれない。でも、今までとはまるで違う朝になっていた。
 仕事が終わると、同僚の誘いも断って真っ直ぐに家に帰った。玄関のドアを開けて部屋の中へ――。すぐに私は足を止めた。何かが違う。部屋の中が朝とは微妙に違っているような…。私は、よくよく見回してみた。明らかに、奇麗になっている。部屋の隅々の埃(ほこり)がなくなり、流しにたまっていた食器が片付けられていた。
 泥棒? 私は一瞬そう思ったが、掃除をしてくれる泥棒なんているはずもなく…。私は、ハッとして彼女のいる部屋に駆けこんだ。そこには、あの絵がちゃんと飾られていた。私はホッとして、「ただいま」と声をかけた。だが、そこで私は自分の目を疑った。彼女の顔が、あのあどけない少女から、大人の女性の顔に一瞬見えたのだ。それに、彼女のポーズも、朝とは変わっているような…。私の頭は混乱していた。この状況をどう説明したらいいのだろう。
 その時だ。私は額縁の裏に何かが挟(はさ)まっているのに気がついた。そっと取り出してみる。それは紙片で、そこには細々といろんな指示が書かれていた。買って来て欲しいもの、部屋の模様替えの仕方、これは捨てて欲しいもの…。まるで、新妻のように――。
<つぶやき>彼女とおしゃべりできるのでしょうか。絵の中で微笑んでいるだけなのかも。
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読切物語End