短編物語

*** 作品リスト ***
  No、  公開日    作品名(本文表示へ)
0011 2009/05/11 001「怪事件ファイル/蜘蛛の糸1」
0014 2009/05/22 002「怪事件ファイル/蜘蛛の糸2」
0017 2009/05/28 003「怪事件ファイル/蜘蛛の糸3
0083 2010/03/13 001「女子大生探偵アン&ユリ/絵画盗難事件1」
0086 2010/04/03 002「女子大生探偵アン&ユリ/絵画盗難事件2」
0089 2010/04/23 003「女子大生探偵アン&ユリ/絵画盗難事件3」
0092 2010/05/05 004「女子大生探偵アン&ユリ/絵画盗難事件4」
0098 2010/05/20 005「女子大生探偵アン&ユリ/絵画盗難事件5」
0106 2010/06/10 006「女子大生探偵アン&ユリ/絵画盗難事件6」

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T:006「女子大生探偵アン&ユリ」
 「絵画盗難事件」6
 大熊警部は男のことについて詳しく訊いた。
 主人の話では、その男は一ヵ月ほど前に突然現れて、山本と名乗ったそうだ。職業は画商で、この屋敷のコレクションのことをどこかで聞いてやって来たのだ。その後も何度か訪ねて来て、数日前に絵を売ってほしいと持ちかけてきた。
 警部は主人が話し終えると、「うーん」と唸った。何かひっかかるものがあるようだ。
「あのーォ」ユリが恐る恐る警部に声をかけた。「あの人、昨日ここに来てましたよ」
「なに!」警部は大声で叫んだ。ユリは思わずアンの後ろに隠れた。
「そんなはずないよ」山科刑事が言った。「昨日の客の中に山本なんて…」
「あの人はお客なんかじゃありません」綾佳が答えた。「パーティが始まる頃には帰ったはずです」
 警部は顎をさすって主人に訊いた。「その山本という男は、何をしに来たのですか?」
「いつものように、絵を見せてほしいと。今日は忙しいからと断ったのですが、どうしてもと言われるものですから…」
「それで、コレクションの部屋に入ったんですね」
 主人は頷いた。そこで、すかさず身を乗り出してユリが話に割って入った。
「あの、その部屋で、その人、ひとりになった時ってありました?」
 主人は戸惑ったように警部の方を見た。警部は微妙に嫌な顔をしたが、自分も訊きたいことだったので何も言わず促した。
「はい。ちょうどお客が来られる時間でしたので…。ですが、ほんの数分だと思います」
「その山本って人は、いつもステッキを持ってましたか?」ユリはうれしそうに訊いた。
「ええ。足が悪いみたいでしたが…」
 主人は首を傾げて答えた。なぜそんな質問をするのか理解できないようだ。それは警部も同様だった。ひとりでニヤニヤしている小娘が、気に食わないという顔をしていた。
「あの、もう一度あの部屋を見せてもらえませんか?」ユリは主人にお願いした。
 部屋は事件が起こった時のままにされていた。贋作の絵だけが外されて、ぽっかりと穴が空いたようになっている。ユリは部屋の中を見まわした。すべての作品が整然と並べられ、ある種の緊張感を漂わせている。彼女はあの母親が描いたという絵の前に歩み寄った。そして、何かを確認するように絵の額縁にふれた。
「私、わかっちゃいました」
 ユリは嬉しそうに振り返って言った。「たぶん、ここにあります」
 みんなはきょとんとした顔でユリを見た。アンが心配そうに駆け寄ってきてささやいた。
「ねえ、そんなこと言っちゃって大丈夫なの? あのおじさん、すごい顔で睨んでるよ」
 たしかに、警部の我慢も限界にきていた。横で山科がおろおろしている。でも、ユリはそんなことおかまいなしに綾佳に声をかけた。
「ねえ、この絵、外してもいいですか?」
<つぶやき>いよいよ事件は核心へと向かいます。はたして絵は見つかるのでしょうか?
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T:005「女子大生探偵アン&ユリ」
 「絵画盗難事件」5
「まあ、お座り下さい」大熊警部は穏やかな口調で言った。だが、彼の目は刑事の鋭い目つきに変わっていた。「われわれもあらゆる可能性を考えていまして。保険が掛けられている以上、調べないわけにはいかないんですよ」
「それで、ですね」山科刑事が先を続けた。「お爺様が今どこにいるのか、ご存じですか? 会社の方には来ていないということなのですが」
「さあ…」綾佳は首を傾げながら座り、「朝早くに出かけたみたいで、私にはわかりません」
「そうですか」山科はちょっと困った顔をして言った。
 さっきからずっと何かを考えていたユリが、一人言のようにささやいた。
「どうして、あの絵を欲しがっているんでしょう」
「えっ、どうしたんだ?」隣に座っていたアンが訊き返した。
「あの、さっきの人ね。どうして、あの絵を欲しがるのかなって思って。だって、有名な画家の絵じゃないし、私にはその理由がわからないの」
 絵の話になると、綾佳の表情が曇った。それを見逃さなかった警部は、さっきよりも優しく尋ねた。「もし、お差し支えなければ、話していただけませんか?」
 綾佳は一瞬迷ったが、意を決して頷いた。
「あれは母が描いたんです。あの絵に描かれているのは、母との思い出の場所。子供の頃、よく遊びに行った場所なんです。その母も二年前に亡くなって…」
 母親のことを思い出したのか、綾佳は言葉をつまらせた。警部は彼女が落ち着くのを待って、口を挟んだ。「なぜ、そんな大切な絵を手放すことにしたんです?」
「違います」綾佳は首を振り、「最初はほかの絵だったんです。それなのに、母の絵の方がいいって、急に言いだして」
「なるほど」警部は頷いた。
「あの、最初の絵って、何だったんですか?」
 ユリが横から口を出したので、警部は咳ばらいをして睨みつけた。ユリは小さくなって、アンの方に身を寄せた。
「あの絵です。昨日、盗まれた」
 綾佳の言葉に、刑事たちは顔を見合わせた。
 その時、玄関の方で音がした。誰かが入って来たようだ。綾佳は、「おじいちゃん…」とつぶやいて部屋を飛び出していった。
 この家の主人は初老の男だった。髪は白く、目には優しさと教養の高さがうかがえた。とても犯罪を犯すような人間には見えない。主人は刑事たちの質問に答えて、
「たしかに会社の経営はよくありません。ですが、保険金をだまし取ろうなんて。そんなこと考えたこともありません」
 老人はきっぱりと言った。そして、さっきの男の話になると驚いたように、「私があの絵を手放すわけがない。私の大切な…、娘の絵なんですから」
<つぶやき>他人には価値がなくても、その人にとってはとても大切なものってあるよね。
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T:004「女子大生探偵アン&ユリ」
 「絵画盗難事件」4
 男はユリの言うことなど無視して、壁に掛けてある絵の方に歩み寄って言った。
「じゃあ、これはもらっていくよ」不敵な笑みを浮かべ、男は絵に手を伸ばす。
「触らないで!」綾佳は男に駆け寄り、その腕に飛びついた。
 突然のことで、アンもユリも立ち尽くしていた。アンがやっと加勢に入ろうとしたとき、背後から、「何やってんだ」とすごみのある声が響いた。
 そこに立っていたのは大熊警部。その後ろには、山科刑事がひかえていた。
「勝手なまねをしてもらっちゃ困るな」警部は男を睨みつけた。
 男がひるんだ隙を見て、綾佳は絵をはずして両腕でしっかりと抱きしめた。それを見た男は舌打ちをして、いまいましそうに綾佳を睨みつけて帰って行った。
「すいません。勝手に入って来て」男を見送り山科が言った。「何度も声をかけたんですが」
「またお前たちか」大熊警部はアンたちを見て、「俺たちの邪魔だけはしないでくれよ」
 警部は皮肉たっぷりに言うと、座り込んで震えている綾佳に手を差し出した。
「お嬢さん、大丈夫か?」警部はその顔に似合わず、優しく綾佳を立たせて訊いた。
「さっきの男は何者です? どうして、この絵を」
 綾佳は固く口を閉ざして何も言わなかった。そんな彼女のようすを見て、警部もそれ以上詮索することはなかった。
 応接間に通された刑事たちは、綾佳が淹れてくれた紅茶を口にした。警部は紅茶を飲み干すと、はーっと息を吐いた。警部のほころんだ顔つきを見て、アンは思わず吹き出した。
「なんだ」警部はアンを睨みつけて、「何でお前たちがここにいるんだ」
「いいだろう」アンは口をとがらせて、「綾佳に何かしたら、ただじゃおかないからな」
「だめだよ。そんなこと言っちゃ」隣にいたユリが小さな声で注意した。
「まあ、いい」警部は不機嫌そうにつぶやくと、山科に目配せした。
 山科は緊張気味に、「こちらのご主人にお訊きしたいことがありまして、伺ったんですが」
「すいません。今、お爺さまは出かけておりまして…」伏し目がちに綾佳が答えた。
「そうですか…」
 山科は判断を仰ぐために警部の方を見た。だが、警部はお茶菓子に出された手作りのクッキーを、美味しそうにほおばっていた。無視された山科はため息をついた。警部は自分の娘と同じ年頃の女性には、どうも手ぬるくなってしまうのだ。もちろん、例外はあるが。
「あの、ご存知でしたか?」山科は本題に入った。「盗まれた絵には、かなり高額な保険が掛けられていたことを」
「はい。ここにある高価なものには、保険を掛けてあると聞いたことがあります」
「で、あなたのお爺様の会社の経営状態が、あまりよくないそうですね」
「何が言いたいんですか?」綾佳は困惑した顔で訊いた。
「保険金詐欺を疑っているの?」突然、ユリが横から口を挟んだ。
「そんな…」綾佳は立ち上がり山科を睨みつけて、「おじいちゃんは、そんなことしないわ」
<つぶやき>恐い顔をしていても、実は優しい心の持ち主かも。父親は娘には弱いのです。
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T:003「女子大生探偵アン&ユリ」
 「絵画盗難事件」3
 次の日の朝、アンとユリは事件のあった屋敷へ向かっていた。
 ユリは気になる事があると、他の事が見えなくなってしまうところがある。今日だって、大学の講義があるのにそれをさぼってしまったのだ。ユリは真面目に大学に通っているから大丈夫だが、アンは単位がギリギリなので気が気じゃなかった。でも、ユリの性格を知っているので、一人にするわけにはいかなかった。彼女は世間知らずで気が弱いくせに、危険なところへどんどん入り込んでしまうことがある。
 二人が屋敷に到着すると、綾佳が出迎えてくれた。でも、何となく様子がおかしい。昨日の明るくて快活な感じがまるでないのだ。何か心配ごとでもあるような、そんな顔をしていた。
「あら、どうしたの?」二人の顔を見た綾佳は、驚いたように言った。
「わるい。ちょっといいかな」アンが申し訳なさそうに、「ユリがどうしてもって言うから」
「ごめん。今ちょっと、お客が来てるの。私の部屋で待っててくれるかな」
 綾佳はそう言うと、二人を二階の自室に案内した。
 玄関のホールを抜け、アンティーク風の木彫(もくちよう)の手摺りがついた階段を踊り場まで来たとき、階下から大きな声がした。
「こんなところで何をしてる!」
 その声に驚いて、綾佳とアンは後ろを振り返った。アンははっとした。そこにいるはずのユリの姿が消えていたのだ。アンはしまったという顔をして、階段を駆けおりた。
 声がした場所は、例のコレクションが並べられた小部屋だった。アンたちが部屋に飛びこんだとき、小柄な男がユリにつかみかかろうとしていた。
「やめろ!」アンが叫んだ。
 男はその声にびくっとしたが、入ってきた二人を見て平静さをよそおった。
「いや、私は…」男は薄くなった頭をなでながら、「忍び込んでいた女を捕まえようと」
「彼女は私の友だちです」綾佳は鋭い声で言った。「あなたこそ、勝手に入らないで」
 綾佳の、この男に対する態度は普通ではなかった。そこには、憎しみが込められているようにさえ思えた。男は平然として、薄笑いを浮かべて言った。
「お嬢さん、私は自分の絵を見に来ただけです」
「あの絵は、あなたには渡さないわ」綾佳は男に詰め寄って、「渡すもんですか!」
「困りましたね」男は綾佳の顔を覗き込み、「もう、売買契約は済んでるんですよ。今日は、絵を引き取りに来たんですがね」
「あの…、ちょっといいですか?」今まで黙って二人のやりとりを見ていたユリが、男に声をかけた。「あなた、昨日もいましたよね。パーティーのとき」
「それがどうしたんだ」男は刺すような視線をユリに向けた。
 ユリはそんなこと気にもとめず、「今日は、ステッキを持ってないんですね。足が悪かったんじゃないんですか?」
<つぶやき>ちょっとした事が気になることってありますよね。私は大雑把ですけど…。
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T:002「女子大生探偵アン&ユリ」
 「絵画盗難事件」2
「大丈夫か?」アンはユリのことを気づかって訊いた。「どうしたんだ。何かされたのか」
「いえ、私がいけなかったの。私が…」ユリは消え入りそうな声で答えた。
「おい、山科」大熊警部は若い刑事を睨みつけて言った。「早くつまみ出せ!」
 山科は警部に従うしかなかった。「はい」と返事をすると二人に近づいて行った。
「やるのか」アンは今にも若い刑事に飛びかかろうとしていた。
 それを止めたのはユリだった。アンの腕にしがみついて必死に叫んだ。「やめて。ダメ!」
 ユリの叫び声に、アンは驚いて立ち止まった。彼女がこんな大声を出すなんて、思ってもみなかったのだ。ユリ自身も自分の声に驚いて、手を口に当てて頬を赤らめた。
「お前ら何なんだ」警部はあきれて言った。「こっちはガキの相手をしてる暇はないんだ」
「なに言ってんだ。あたしたちが見つけてやったんだろ」アンも黙ってはいなかった。
「やめて」ユリはアンの袖を引っぱって言った。「お願いだから…」
「わかったよ」アンはまだ何か言いたげだったが、しかたなく引き下がった。
「あの…、私…、確かめてみたんです」ユリはおどおどしながら言った。
「この部屋は、毎朝、ここのご主人がお掃除してるんですって。今朝も、お掃除をしてて。その時は、間違いなく、絵は、本物だったそうです」
「そんなことはな、とっくに調べてるんだよ」大熊警部は見下すように言った。
「そして…」ユリは途中で言葉を切った。緊張のために、息が荒くなってしまったのだ。
「大丈夫かよ」アンは心配そうにユリに寄りそった。
 ユリはアンの顔を見て少し落ち着いたのか、先を続けた。「私がにせ物を見つけたのが、お昼過ぎの一時ぐらいでした。だから、その間に、絵がすり替えられたことになります」
「そっか」アンは感心したように、「じゃあ、その時間にこの屋敷にいたやつが怪しいんだ」
「おい、山科」警部はうんざりしたように言った。「このお嬢さんたちに、説明してやれ」
「僕がですか?」山科は聞き返したが、警部は受けつけなかった。
「わかりました」山科はそう言うと二人の前に出て、「だからね。今、ここにいた人たちを、一人ずつ事情聴取してるんだよ。それと、所持品の検査もね」
「そうですよね」ユリはひとりごとのようにつぶやいた。そして、何か考えごとでもするように、飾られている美術品に目をうつした。
 その時、中年の刑事が入って来て警部に耳打ちをした。警部はその報告を聞いて唸った。
「なんてこった。こりゃ、やっかいだぞ」
「どうしたんですか?」山科が駆け寄って訊いた。
「何も出なかったとさ。目撃者もなしだ」警部は頭をかいた。
「じゃあ、絵はどこにいったんだよ」アンが警部に尋ねた。
「知るかよ」警部は不機嫌に答えると、入って来た刑事に向かって言った。
「客たちを帰そう。これ以上引き止めるわけにはいかんだろ」
 ユリは周りのことなど気にもとめず、無意識に傾いている絵をもとに戻した。
<つぶやき>男勝りのアンと人見知りのユリ。二人は絵を見つけられるのでしょうか?
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T:001「女子大生探偵アン&ユリ」
 「絵画盗難事件」1
「合コンじゃなかったの?」アンは綾佳をつかまえて、がっかりしたようにささやいた。
「違うわよ。今日はおじいちゃんのホームパーティー」綾佳はクスッと笑って、「アンが来てくれてよかった。これでパーティーも退屈しなくてすむわ」
「えーっ、せっかく気合い入れて来たのに」
「それより、あなたが連れて来たお友達、変わってるわね」綾佳は部屋の隅をうろうろしている女の子を指さして、「さっきからずっと、部屋の中を見てまわってるわよ」
「ああ」アンは微笑んで、「ユリよ。大学で知り合ったの。今ではいちばんのダチね」
「へえ、珍しい。あなたがあんな大人しそうな子を友達にするなんて」
「あいつは特別なんだよ」
 アンと綾佳は高校の同級生。今日、久し振りに会ったので、その頃の話に夢中になった。ふと、アンは袖が引っぱられているのに気がついた。振り向くと、ユリが隣に来ていた。
「あの…」ユリは伏し目がちに、とても小さな声で言った。「ちょっと来て」
 ユリはアンの腕を引っぱって歩き出した。綾佳も二人の後をついて行く。ユリは美術品が並べられている小部屋に入ると、小さな絵の前で立ち止まった。
「どうしたのよ。ユリ?」アンはユリの顔を覗き込むようにして言った。
「これね」ユリは緊張で声を震わせながら、「この絵、本物じゃない。どの部屋にも立派な美術品が置いてあるわ。きっと、ここの人は目利きのはずよ。こんな絵は、飾らない」
 アンは驚いて、絵をまじまじと眺めて言った。「おまえ、絵のことがわかるのか?」
 ――屋敷の前にはパトカーが並び、警官たちが出入口をかためた。パーティーに来ていた客たちは足止めされ、一人ずつ取り調べを受けていた。
「ほんとに本物が掛けてあったのか?」大熊警部は贋作の前で顎をなでた。
「ええ、間違いないそうです」隣にいた若い刑事が答えた。
「じゃあ、この絵は」警部は顎をしゃくって、「証拠物件として運んどけ」
 警部はそう言うと、部屋を出ようと出口の方へ振り返って驚いた。すぐ後ろに、ユリが立っていたのだ。警部は危うくユリとぶつかるところだった。
「山科!」警部は顔を真っ赤にして若い刑事に怒鳴った。「何でここに容疑者がいるんだ」
「すいません」若い刑事はすぐに飛んできてユリに言った。「ここへは入らないで…」
 山科はユリの顔を見て、思わず言葉につまった。「さ、小百合さん。何でここに…」
「あっ、タモツさん…」ユリも驚いたようで、顔を赤らめて目を伏せた。
「何やってんだ」警部は後ろから山科の頭を叩き、「さっさと連れてけ」
「でも…」山科は警部を部屋の隅まで連れて行き声をひそめて、「あの子…いや、あの方は、副総監のお嬢さんで…」
「フクソウカン? エッ、副総監って!」警部は思わず口を押さえた。だが、声をひそめて命令した。「ばか野郎。いくら副総監のお嬢さんだってな、ダメなもんはダメなんだ」
 山科がユリを外へ連れ出そうとしたとき、アンが部屋に飛び込んで来て言った。
「おい、何すんだよ」アンはユリをかばうように自分の方に引き寄せた。
<つぶやき>女子大生のアンとユリ。二人はどうなるんでしょうか。そして事件の行方は?
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T:003「怪事件ファイル」
 「蜘蛛の糸」3
 どれほど時間がたったのか、太陽が西の山に隠れようとしていた。二人は茂みや藪の中を探し回り、へとへとに疲れ果てていた。
「日が沈む前に見つけないと」山田は西の空を見てつぶやいた。
「ねえ! 本当にあるんですか?」東側の斜面を探していたいちごが叫んだ。
「ええ、どこかにあるはずなんですが」山田は自信なげに答えるしかなかった。
「まったく、何で私がこんなことしなきゃいけないのよ」いちごは汚れた服を気にしながらつぶやいた。いちごの髪にはクモの巣がはりつき、顔や手は泥だらけになっていた。
 その時、穴の前でおとなしく座っていたアリスが異様な声で鳴き始めた。その鳴き声に混じって、がさごそと何かが這い出してくるような無気味な音が聞こえはじめた。
「まずい!」山田はそう叫ぶと祠に駆け寄った。そして、祠を元の位置に戻して穴を塞いだ。アリスは山田のそばで、鋭い唸り声を繰り返した。
「どうしたんですか!」そのただならぬ様子を見ていちごが叫んだ。
「そこにいて下さい!」山田はそう言うとリュックから御札を取り出して、何やら呪文を唱え始めた。そして、その御札を祠に貼り付けた。すると無気味な音が消え、アリスもおとなしくなった。山田はいちごに向かって、「急いで見つけて下さい。お願いします」
「そんなこと言われても…」いちごはそう言いながらも、あたりを手当たり次第に探し回ってみた。でも、どんなにあせってみてもなかなか見つからなかった。なかばあきらめかけていたとき、ドンという音とともに地面が揺れるのを感じた。驚いたいちごが顔をあげると、山田が押さえていた祠が大きく揺れていた。何かが穴の中から突き上げているようだ。山田は必死になって祠を押さえ、アリスもさっきよりも大きな声で唸りだした。
「山田さん!」いちごはそう叫ぶと、足場の悪い斜面を降りて行った。
「来るな!」山田はいちごに叫んだ。「もう間に合いません。早く逃げて下さい!」
「そんなことできるわけないでしょう」そう言った途端に、いちごは足を滑らせて転んでしまった。ちょうど日が沈む時の最後の明かりが、あたりを一瞬、明るく照らし出した。
 その明かりを反射したのか、いちごは下草の中に光るものを見つけた。手を伸ばして草をかき分けてみると、そこには探していた封印石が光り輝いていた。
「あった!」いちごは嬉しさのあまりそう叫ぶと、斜面を転がるように駈け降りていった。
 廃屋の中で疲れ切った顔の二人が、囲炉裏の灯(ひ)を囲んで簡単な食事をとっていた。
「あれは、何だったんですか?」いちごは食事の手を止めて訊いた。
「さあ、何だったんでしょう」山田はあいまいに答えた。「この村の伝説では、昔、この辺りに大蜘蛛がいたそうです。たびたび作物が荒らされたり、村人が襲われたりして困っていた。そんな時、村に偉い修験者がやって来て、あの塚に大蜘蛛を封じ込めたそうです」
「その伝説とあの被害者と、どういう関係があるの?」
「たぶん、被害者が封印石を動かしたんでしょう。それで狙われたんだと思います」
「そんなバカな。でも、係長にどう報告するのよ。こんなこと、信じてもらえないわ」
 山田は微笑んで、横で寝ているアリスの頭をなでた。雲里村は暗闇に包まれていた。
<つぶやき>事件解決。でも、二人には次の怪事件が待っていた。それは、次の機会に…。
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T:002「怪事件ファイル」
 「蜘蛛の糸」2
 翌朝早く、二人は駅の改札口で待ち合わせた。いちごは係長からの命令もあり、しぶしぶ同行することになったのだ。いちごは山田の荷物を見て驚いた。小さなバスケットに猫が一匹入れられていた。黒のとら猫で、毛の色つやからみても年老いた猫である。
「なんで、猫なんか?」いちごは挨拶もそこそこに質問をあびせかけた。
「いや、それが」山田は頭をかきながら、「行きつけの中華飯店の女将さんに頼まれまして、しばらく預かることになってしまって」
「それにしたって、連れてこなくてもいいじゃないですか」
「一人にしておくのは、どうも可哀想で…」山田は猫を覗き込み、「なあ、アリス」
「もう、信じられない」いちごは山田を睨みつけて、「一人じゃなく一匹でしょう。もういいから、行きますよ」いちごはそう言い捨てると、先に改札を抜けて行った。
 いちごは憂鬱な気分だった。今日一日、この変な男と一緒にいなくてはいけないなんて。電車の席に座ると、いちごは大きなため息をついた。山田はそんなことは気にもかけずに、リュックからファイルを取り出していちごに手渡した。
「雲里(くもさと)村から事件現場まで、この一年の間に、ほぼ直線上に何人かの不可解な患者が病院に運ばれています。いずれも人けのない場所で、脱水状態で発見されているんです」
 いちごはファイルにざっと目を通して、「それが、この事件と関係あるんですか? だいいち、なんで北陸まで行かなきゃいけないんですか」
 いちごは山田が何を考えているのかまったく分からなかった。
「クモですよ。クモがすべてに関わっているんです」
「くもって…」いちごはあきれた顔で聞き返した。
「事件現場にあった蜘蛛の糸。それに、この患者たちの衣服にも蜘蛛の糸が付着していた。これから行く雲里(くもさと)村には、蜘蛛にまつわる伝説があるんです」
「なにバカなこと言ってるんですか。それじゃまるで、犯人は人間じゃないとでも…」
「そうですよ。人間にはこんなことは出来ませんから」
 いちごは頭をかきむしり、この先なにが待っているのか、不安な気持ちになってきた。
 雲里村に着いたのは昼過ぎ。この村はすでに廃村になっていて、荒れ果てた家が点在しているだけだった。山田は迷うことなく村のはずれにある森に入っていった。森の奥にある鳥居をくぐると、こんもりした塚が見えてきた。その塚のすぐ前に、小さな祠(ほこら)があった。
「思ったとおりだ。祠が動かされています」山田は祠に近づいて詳しく調べ始めた。
 祠のすぐ後ろ側の塚の部分に、人間の頭ほどの穴が空いていた。そして、祠に貼り付けてあった封印の御札が破られ、中にあるはずの封印石が消えていた。
「封印石を探しましょう。その辺に捨てられているはずです」
 いちごは言われるままに、山田に説明された丸い形の封印石を探し始めた。山田はというと、バスケットから猫を出して、祠の後ろの穴の前に座らせていた。
「何してるの! あなたも探しなさいよ」藪の中を探していたいちごが、声をはりあげた。
「すいません」山田はそう答えると、「頼むぞ。見張っててくれ」とアリスにつぶやいた。
<つぶやき>世の中には不思議なことがいっぱいあるんです。気をつけましょうね。
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T:001「怪事件ファイル」
 「蜘蛛の糸」1
「いい加減に本当のことを言いなさいよ!」
 取調室に若い女刑事の声が響いた。容疑者とおぼしき男は困った顔をして、「だから、さっきから違うって言ってるじゃないですか」
 女刑事は机を叩き、「じゃあ、なんであんなところにいたの!」と男の顔を覗き込んだ。しかし、男はまったく動じる気配もなく、「刑事さん、化粧とかちゃんとした方がいいですよ。美人の顔立ちなんだから…」と優しい笑顔で答えた。
 女刑事の怒りが頂点に達したとき、ドアが開いて年配の刑事が顔を出した。
「おい、いちご。容疑者を捕まえたって、本当か?」
「はい、係長。この男です。現場をうろついていたので連行してきました」
「そうか」年配の刑事はそう言うと、容疑者の顔を見て驚きの声をあげた。
「山田さんじゃないですか! いつ日本に帰ってこられたんですか?」
「あっ、お久しぶりです。お元気でしたか?」男はにこやかに刑事と握手をかわした。
 女刑事は思いもよらない展開にうろたえて、「あの、係長。この人は…」
「ばかもん! この人はな、もと警視庁捜査一課の…」
「あの、その話は」山田は係長の話をさえぎり、「変死体が見つかったそうですね」
「そうなんですよ」係長は困り果てた様子で、「お知恵を拝借できませんかね」
「係長、なんでこんな人に…」女刑事は不服そうに抗議した。
 変死体が見つかったのは4日前で、河原の清掃をしていた近くの住民が発見した。被害者の身元は所持品からすぐに判明し、一週間前までの生存が確認された。係長が頭を悩ましている原因は、死体が普通の状態ではなく、ミイラ化していたからだ。一週間前まで生きていた人間が、ミイラになるはずがなかった。
 山田は捜査資料を一通り見終わると、「なるほど」とつぶやいて、「被害者の趣味は?」
「趣味!?」女刑事はあきれて聞き返したが、「そう言えば、山の写真とかありましたから、登山とか、ハイキングじゃないんですか」
「北陸の雲里(くもさと)村には行ってませんか?」
「趣味が事件に関係あるんですか?」女刑事はそう言うと、被害者のパソコンに残されていた日記を調べ始めた。すると、ちょうど一年前に訪れていることが記されていた。
「じゃあ、明日、そこへ行ってみましょう。きっと、何か分かるはずです」
「私も? いや、私は仕事がありますから、無理ですよ」
「そうですか…。では、僕はこれで」そう言って山田は部屋を出た。でもすぐに戻ってきて、「お名前をうかがってもいいですか? 僕は、山田太郎と言います。よく、偽名じゃないかとか言われますけど、本名なんですよ。よろしく」そう言うと山田は手を差し出した。
 女刑事はちょっと戸惑ったが、「私は、野原です」と挑戦的な態度で山田をにらみ返した。
「野原いちごさんですか。いいお名前ですね」と山田はにこやかに笑顔をむけた。
「どうして…」女刑事は驚きの声を上げた。そして、みるみる顔が赤くなり、
「バカにしないでよ!」と叫ぶと、そのまま部屋から飛び出して行た。
<つぶやき>新人のときは、張り切りすぎちゃうんです。失敗を恐れないでね。
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短編物語End