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*** 作品リスト ***
  No、  公開日     作品名(本文表示へ)
0093 2010/05/07 0001「お嬢様教育コース」
0094 2010/05/10 0002「女の切り札」
0096 2010/05/16 0003「仕事と恋」
0099 2010/05/22 0004「ラブレター」
0101 2010/05/25 0005「最後のラブレター」
0102 2010/05/28 0006「タイミング」
0103 2010/06/03 0007「飛び立つ男」
0104 2010/06/06 0008「ロスト・ワールド」
0108 2010/06/12 0009「タイムカプセル」
0109 2010/06/15 0010「呼びつける」
0112 2010/06/24 0011「ほんの小さな夢」
0114 2010/06/30 0012「約束」
0117 2010/07/06 0013「復活の日」
0119 2010/07/12 0014「恋の始まり」
0123 2010/07/18 0015「ふくらむ疑惑」
0125 2010/07/24 0016「探しものは…」
0128 2010/08/02 0017「初恋前夜」
0130 2010/08/08 0018「遠距離ストーカー」
0133 2010/08/14 0019「大切な宝物」
0134 2010/08/17 0020「自殺志願者」
0138 2010/08/26 0021「漬ける女」
0141 2010/09/01 0022「アフター5のシンデレラ」
0144 2010/09/07 0023「いちご症候群」
0146 2010/09/13 0024「運命の出会い」
0148 2010/09/19 0025「エリカちゃん」
0151 2010/09/25 0026「プレゼント」
0153 2010/10/01 0027「我ら探検隊」
0155 2010/10/07 0028「ウルトラQQ」
0158 2010/10/13 0029「ママの楽しみ」
0160 2010/10/16 0030「君を好きになった理由」
0162 2010/10/22 0031「週末婚の憂鬱」
0164 2010/10/28 0032「戦場の架け橋」
0165 2010/11/03 0033「公園友達」
0167 2010/11/09 0034「幻の美容師」
0169 2010/11/15 0035「水曜の女」
0172 2010/11/21 0036「テレパス」
0173 2010/11/27 0037「星くずのペンダント」
0175 2010/11/30 0038「別れの杯」
0177 2010/12/06 0039「犯罪者撲滅キャンペーン」
0178 2010/12/12 0040「昔みたいに」
0179 2010/12/18 0041「無器用な探偵さん」
0182 2010/12/24 0042「美味しいもの倶楽部」
0184 2010/12/27 0043「音信不通」
0185 2010/12/30 0044「リセット」
0186 2011/01/02 0045「コピーロボット」
0187 2011/01/05 0046「笑顔が一番」
0190 2011/01/14 0047「しゃっくり」
0191 2011/01/20 0048「時をかけるねこ」
0193 2011/01/23 0049「人生の誤算」
0194 2011/01/29 0050「恋人週間」
0196 2011/02/04 0051「おとり捜査」
0198 2011/02/07 0052「スキャンダル」
0201 2011/02/13 0053「わがままな天使」
0203 2011/02/19 0054「妖怪樹」
0204 2011/02/25 0055「後ろ姿に恋した男」
0205 2011/02/26 0056「逃亡者」
0206 2011/03/01 0057「山の神様」
0208 2011/03/07 0058「新生日本誕生」
0209 2011/03/10 0059「時空倶楽部」
0211 2011/03/16 0060「マイホーム」
0213 2011/03/18 0061「選ばない女」
0214 2011/03/21 0062「若返りクリーム」
0216 2011/03/27 0063「早とちり」
0217 2011/04/02 0064「祖父の財宝」
0219 2011/04/05 0065「大掃除」
0221 2011/04/11 0066「パワースーツ」
0223 2011/04/19 0067「デザインする女たち」
0225 2011/04/22 0068「我が道を行け」
0228 2011/04/28 0069「夢の約束」

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T:0069「夢の約束」
 綾乃(あやの)は変な夢(ゆめ)をみて目が覚(さ)めた。見知(みし)らぬ男性とキスをする夢。キスと言っても事故(じこ)のようなもので、男性とぶつかって倒(たお)れた拍子(ひょうし)に唇(くちびる)が触(ふ)れただけのこと。でも、その時のどきどき感が目が覚めても残っていた。綾乃はたまに予知夢(よちむ)をみることがあったので、その日は落ち着かない一日になってしまった。人とぶつからないように細心(さいしん)の注意(ちゅうい)を払(はら)い、職場(しょくば)から真っ直(す)ぐに家に帰った。家に着いたときには、ほとほと疲(つか)れ果(は)ててしまった。
 次の朝、綾乃はまた夢をみて目が覚めた。昨日と同じ男性が出てきて、なぜかとても仲良(なかよ)くなっていた。どこかの喫茶店(きっさてん)でお茶(ちゃ)をしながら、次のデートの約束(やくそく)をしていたのだ。綾乃はこれは夢なんだと、何度も自分に言いきかせた。
 ――今日も何ごともなく過ぎていった。人とぶつかることもなかったし、「きっと、あれはただの夢だったのよ」と、ほっと胸(むね)をなで下ろした。
 職場からの帰り道。駅(えき)に着いたとき、ふっと夢でした約束のことを思い出した。
 <駅の壁画前(へきがまえ)。午後六時>。綾乃は足を止めた。駅の壁画前に立っていたのだ。駅にある大時計(おおどけい)を見ると、ちょうど午後六時。「まさか…」綾乃は心の中でつぶやいて、辺りを見まわしてみた。でも、夢に出てきた男性は見当たらなかった。ほっとして歩き出したとき、後ろから肩(かた)を叩(たた)かれた。綾乃が驚(おどろ)いて振(ふ)り返ると、そこにはあの男性が…。
<つぶやき>夢と現実(げんじつ)の境界(きょうかい)が曖昧(あいまい)になったとき、不思議(ふしぎ)なことが起こるかもしれません。
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T:0068「我が道を行け」
「ねえ、早苗(さなえ)は進路(しんろ)決めたの?」
「進路か~ぁ。何かね、ぴんとこないんだよねぇ」
「なに言ってるの。来年は三年だよ」
「綾(あや)は決めたの?」
「私は大学行って、考古学(こうこがく)を勉強(べんきょう)するんだ。将来(しょうらい)は、すっごいお宝(たから)を掘(ほ)り当てるわよ」
「なんか、綾らしいよね。私なんか、やりたいことなんて…」
「早苗は女優(じょゆう)になるんでしょ。演劇(えんげき)、がんばってるじゃない」
「そんなの、無理(むり)だよ。私には、才能(さいのう)なんてないんだから…」
「最初(さいしょ)からあきらめてどうするのよ。やってみなきゃ分かんないじゃない」
「分かるわよ。私なんて美人(びじん)でもないし、勉強だって苦手(にがて)だし…」
「そんなこと言ってたら何も出来ないわよ。私だって、先のことなんか分かんないけど…。後悔(こうかい)だけはしたくないの。だから、今やれることをやるだけよ」
「綾は、そういうところはしっかりしてるよね。羨(うらや)ましいわ」
「そういうところは、って何よ。まあ、いいわ。ゆっくり考えればいいんじゃない。ほんと、早苗はマイペースなんだから…。でも、そういうところ、私は嫌(きら)いじゃないよ」
「なんか、全然(ぜんぜん)ほめてないよね。もう、意地悪(いじわる)なんだから」
<つぶやき>先のことなんか誰にも分かんないよね。でも、可能性(かのうせい)は無限(むげん)にあるんじゃ…。
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T:0067「デザインする女たち」
 居酒屋(いざかや)で職場(しょくば)の同僚(どうりょう)たちが、飲みながら日頃(ひごろ)のうさを晴(は)らしていた。
「鈴木(すずき)は最近(さいきん)、小洒落(こじゃれ)てきたよなぁ。そんな格好(かっこう)しなかったのに」
「そうだそうだ。それも、みんなあの奇麗(きれい)な奥(おく)さんが選(えら)んだのか?」
「まあ、そうですけど」鈴木は照(て)れながら、「えっ、そんなに似合(にあ)ってますかね?」
「なわけねえだろぉ」「似合ってねえよ」「そうだそうだ」
 同僚たちはいっせいにケチを付けたが、内心(ないしん)では羨(うらや)ましいと思っていたに違(ちが)いない。なにしろ、美人(びじん)でよく気がついて、それに優(やさ)しいときていてはケチの付けようがない。
「俺(おれ)なんか、小遣(こづか)い減(へ)らされてさ。昼飯(ひるめし)を選ぶにも、大変(たいへん)なんだよ」
「鈴木はいいよな。いつも、愛妻弁当(あいさいべんとう)で」
「でもな、それも今のうちだけだぞ。一年もしてみろ、弁当のおかずはゆうべの残り物になって…。そんでもって、いずれは俺みたいに、手抜(てぬ)きの…」
「いや、うちのやつはそんなことは…」
「甘(あま)いぞ、鈴木! いずれはな、飼(か)い慣(な)らされていく運命(うんめい)なんだよ。俺たちは」
「そうだぞ。その第一歩が、服(ふく)なんだ。そんで、妻(つま)の好(この)みにデザインされていくんだ」
 飲み会は深夜(しんや)まで続くはずもなく、終わりを告(つ)げた。短い時間でも、家族のために戦っている男たちにとって、これはささやかな楽しみなのだ。奪(うば)わないで欲(ほ)しいと叫(さけ)びたい。
<つぶやき>お父さんは、家族のために大変なんです。優しい言葉をかけてあげましょう。
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T:0066「パワースーツ」
 とある研究所(けんきゅうじょ)。ここで世(よ)にも恐(おそ)ろしい実験(じっけん)が行われようとしていた。
「立花(たちばな)君。とうとう完成(かんせい)したぞ」等々力(とどろき)博士は助手(じょしゅ)にスーツを手渡(てわた)した。
「先生…」助手は尻込(しりご)みしながら、「これは、まさか…」
「わしが開発(かいはつ)したパワースーツだ。これを着ると超能力(ちょうのうりょく)が使えるようになるんだ」
 博士が手渡したのは、どう見ても普通(ふつう)の背広(せびろ)にしか見えなかった。
「いいから、着たまえ。これからテストを始めるぞ」
「先生、僕が実験台(じっけんだい)になるんですか?」
「当たり前じゃないか。君は私の片腕(かたうで)なんだぞ」
「でも…。電気(でんき)がビリビリっとか、気分(きぶん)が悪くなったりとか、そんなことに…」
「立花君、何を言ってるんだね。そのための実験じゃないか。安全性(あんぜんせい)を確認(かくにん)するんだ」
「そうなんですけど…。この前のときだって、もう少しで命(いのち)を落とすところ――」
「君は大げさだな。ちょっとした配線(はいせん)のミスじゃないか。たいしたことじゃない」
 助手は気が進(すす)まなかったが、仕方(しかた)なく背広を着ることにした。博士(はかせ)はリモコンのスイッチを入れて、「どうだね? 何か、こう、変化(へんか)は感じられないか?」
 突然(とつぜん)、洋服掛(ようふくか)けに掛けてあったパワースーツが火花(ひばな)を散(ち)らして燃(も)えあがった。それを見た博士は驚いた様子もまったくなく、一人でうなずくと呟(つぶや)いた。
「なるほど…。これはちょっとした配線のミスだ。立花君、次は完璧(かんぺき)なものにするぞ」
<つぶやき>実験は、成功しそうにありませんよね。立花君には、転職(てんしょく)を勧(すす)めたいです。
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T:0065「大掃除」
 年末(ねんまつ)の休日。私は部屋の大掃除(おおそうじ)にとりかかった。ずぼらな私にとっては、一大決心(いちだいけっしん)だった。今年は仕事(しごと)もうまくいかず、付き合っていた彼にはふられて…。さんざんな年だったから、来年こそはと気分(きぶん)を新(あら)たにしたかったのだ。
 押(お)し入れに入っているものを全部引っぱり出しみて驚(おどろ)いた。こんなにいろんなものが詰(つ)め込んであったんだ。もう忘(わす)れてしまった思い出もびっくり箱のように飛び出してきた。
 ほこりをかぶったせんべいの箱。そこには子供の頃(ころ)のへたな字で、<だいじなもの>と書かれていた。蓋(ふた)を開けてみると、懐(なつ)かしいものがいっぱい入っていた。ひとつずつ手にとって…。あの頃の楽しかった思い出や、いろんなことが泉(いずみ)のようにわいてきた。
 きらきら輝(かがや)くスーパーボール。ここに入ってたんだ。これをくれた男の子。名前…、なんだったかな…。同級生(どうきゅうせい)の子だったけど、あんまり遊(あそ)んだ記憶(きおく)がない。でも、これをもらったときのことは憶(おぼ)えている。<これを持ってると、良いことがあるんだぞ>そう言って、突然(とつぜん)渡されて…。あっ、たしかその子、転校(てんこう)したんだ。今、どうしてるのかな?
 私はスーパーボールを陽(ひ)にかざしてみた。ちょっと汚(よご)れてしまっているけど、今でもきらきら輝いている。私は、なんだか嬉(うれ)しくなった。これを持ってると、きっと良いことがありそうな、そんな気がした。私って、ほんと単純(たんじゅん)なんだから…。
<つぶやき>大掃除は大発見のチャンス。でも、早くやっつけないと年を越しちゃうよ。
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T:0064「祖父の財宝」
 探偵(たんてい)は知人(ちじん)の紹介(しょうかい)で依頼(いらい)を受け、とある豪邸(ごうてい)を訪(おとず)れた。
「探してもらいたいのは祖父(そふ)が残した財宝(ざいほう)です」依頼人は一枚の絵(え)を見せ、「この絵の下に別の絵がありました。それが、どうも地図(ちず)のようなのです」
「しかし、どうしてそれが財宝の地図だと…」
「これは祖父が描(か)いた絵です。祖父は生前(せいぜん)、命(いのち)よりも大切(たいせつ)な宝(たから)があると言っていました」
 X線で撮影(さつえい)された絵を見ると、三角の記号(きごう)や線が描(えが)かれていて、地図のようにも見えた。
「この三つ並(なら)んだ三角は山ですかね。それでこの線は川か道。それでこの記号は…」
 探偵は考え込んでしまった。場所(ばしょ)が特定(とくてい)できるような文字(もじ)が書かれていないのだ。本当にこれが宝の地図なのか、それすら判断(はんだん)できなかった。探偵は窓(まど)の外(そと)に目をやった。そこには立派(りっぱ)な日本庭園(ていえん)が造(つく)られていた。大きな岩(いわ)が三つ並んでいて、砂利(じゃり)が敷(し)かれ――。
「これだ!」探偵はそう叫(さけ)ぶと、庭(にわ)と絵を見比(みくら)べた。三つの三角と三つの岩。そして…。
「あれはなんですか?」探偵は庭園の一角(いっかく)を指(ゆび)さした。
「空井戸(からいど)です。祖父が掘(ほ)らせたんですが、結局(けっきょく)、水は出なかったと聞いていますが…」
 探偵は井戸の上にのせてある岩の蓋(ふた)をどけさせた。中を覗(のぞ)くと掘られた跡(あと)はなく、頑丈(がんじょう)な箱(はこ)が入れられていた。箱を開けてみると、子供が描(か)いた絵が納(おさ)められていた。
「これは…」依頼人はその絵を見て、「私が、小学生の時に描いた絵です!」
<つぶやき>どんなものにもかえられないもの。それが、その人にとってのお宝なんです。
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T:0063「早とちり」
 みそらはサークルの先輩(せんぱい)の佐々木(ささき)君が好きだった。彼女の片思(かたおも)いなのだが――。今夜はそのサークル仲間(なかま)が忘年会(ぼうねんかい)ということで居酒屋(いざかや)に集まり、いつものように大騒(おおさわ)ぎになっていた。でも、みそらは佐々木君がまだ来ていないので、少ししょげて一人で飲んでいた。
 みそらはいつの間に眠(ねむ)ってしまったのか、気がついたときには誰(だれ)もいなくなっていた。
「あれ、どうして…」みそらがきょろきょろしていると、佐々木君がやって来てみそらの前に座(すわ)り、「みそらちゃん、僕(ぼく)は君のことが…」佐々木君の熱(あつ)い眼差(まなざ)し…。みそらは直感(ちょっかん)で、告白(こくはく)されると感じた。そして、彼の顔が近づいてきて――。
「ちょっと。しっかりしなさいよ」声をかけたのは、みそらの親友(しんゆう)の沙織(さおり)だった。
「あれ、みんな帰ったんじゃ…」みそらは夢(ゆめ)だと気づき、恥(は)ずかしくなって顔を赤らめた。
「ウソ。もしかして、酔(よ)っぱらってるの」沙織はみそらの顔を覗(のぞ)き込み、「信じられない」
 そこへサークル仲間が駆(か)け込んできて、「おい、佐々木が事故(じこ)にあったって…」
 忘年会はすぐにお開きになり、みんなで病院に駆けつけた。みそらは、いても立ってもいられなかった。病院に入ってみると、佐々木君は待合室(まちあいしつ)に座っていた。
「佐々木先輩!」まっ先に駆け寄ったのはみそらだった。腕(うで)に包帯(ほうたい)を巻いた佐々木君は驚(おどろ)いた顔をして、「みんな、どうしたんだ。忘年会、終わったのか?」
 佐々木君は自転車(じてんしゃ)とぶつかっただけだった。みそらは引っ込みがつかなくなっていた。
<つぶやき>誰かさんの早とちりでこんなことに…。でもね、これで距離(きょり)が縮(ちぢ)まるかもよ。
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T:0062「若返りクリーム」
「また新しい化粧品(けしょうひん)買ったのか?」夫(おっと)は鏡(かがみ)の前でお肌(はだ)の手入(てい)れをしている妻(つま)に言った。
「商店街(しょうてんがい)にね、小さな化粧品のお店が開店(かいてん)したの。安かったのよ」
「いくら安いからって、こんなに買わなくても…」
「だって、まとめて買った方がお得(とく)だったのよ」
 深夜(しんや)、妻の叫(さけ)び声で夫は目を覚(さ)ました。妻はおびえた顔で、
「義父(おとう)さん! いつ来たんですか? ここは、私たちの寝室(しんしつ)ですよ」
「なに言ってるんだよ。俺(おれ)だよ」夫は妻を見て驚(おどろ)いた。若(わか)い頃(ころ)の妻がそこにいたのだ。
「出てって下さい!」妻は夫を寝室から追(お)い出してしまった。夫は扉(とびら)を叩(たた)きながら、
「おい。いくら親父(おやじ)に似(に)てきたからって、なに考えてんだよ」
 何を言っても、妻は開(あ)けようとはしなかった。あきらめた夫は、ふと、妻が使っていたクリームの瓶(びん)に目をとめた。そこには、<これを塗(ぬ)るとあなたも若返(わかがえ)る>と書いてあった。
「まさか…」夫はさっきの妻の顔を思い出して、「これで若返ったのか?」
 夫はクリームを顔に塗ってみたが、なんの変化(へんか)もなかった。「くそっ。もっと塗ってやれ」
 夫はメタボなお腹(なか)と薄(うす)くなってきた頭(あたま)にも塗りたくり、すべての瓶を空(から)にしてしまった。
 朝になって、妻はそっと寝室から出てきた。床には夫のパジャマが脱(ぬ)ぎ捨(す)てられていて、その中で赤ちゃんがすやすやと寝息(ねいき)をたてていた。
<つぶやき>使用上の注意はよく読んで、ちゃんと正しく使いましょうね。さもないと…。
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T:0061「選ばない女」
 僕(ぼく)の彼女は容姿端麗(ようしたんれい)で、申(もう)し分(ぶん)のない女性だった。ただ、ひとつだけ欠点(けってん)をあげると…。
「どれにしよう。迷(まよ)っちゃうわ。ねえ、どれが良いと思う」
「何でもいいじゃない。早く、頼(たの)もうよ」
「ねえ、あなたはどれにしたの?」「僕は、やっぱりこれかな」
「ええ、それなの。でも、それって美味(おい)しいのかな」
「前に食べたことあるけど、美味しかったよ」
「そうなんだ。私…、どうしようかな。ねえ、あなたが決めてよ」
「ええ…、そうだな。これがいいんじゃないかな。ヘルシーそうだし」
「そお? でも私は、どっちかって言うと、こっちかな」
「じゃあ、そっちにすればいいじゃない。注文(ちゅうもん)しようよ」
「ちょっと待ってよ。もう少し考(かんが)えさせて」
「そんなに考え込まなくても…。先に頼んじゃうよ」
「分かったわよ。じゃあ、あなたが決めた、ヘルシーそうなのでいいわ」
 今日も楽しく食事(しょくじ)をしてたはずなのに、店を出たところで彼女はぽつりとつぶやいた。
「他のにすればよかった。あんまり美味しくなかったわ。あなたが選(えら)んだのよ。次は絶対(ぜったい)に、美味しいお店に連(つ)れてってよね」
 彼女の好(この)みが今ひとつ把握(はあく)できなくて…。僕はどうすればいいのでしょうか?
<つぶやき>私にそんなこと言われても…。彼女に決めさせるのが一番だと思いますけど。
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T:0060「マイホーム」
 山田(やまだ)さんは念願(ねんがん)の一戸建(いっこだ)てを購入(こうにゅう)した。とても便利(べんり)な場所なのに、信じられないくらい安かったのだ。家族(かぞく)は欠陥住宅(けっかんじゅうたく)じゃないのかと心配(しんぱい)したが、物件(ぶっけん)を見てみると、少し古いがとてもしっかりした造(つく)りになっていた。
 引っ越しの後片付(あとかたづ)けもすんで、家族が寝静(ねしず)まった深夜(しんや)のこと。二階に寝ていた山田さん夫婦(ふうふ)は、ガサガサという物音(ものおと)で目が覚(さ)めた。その音は階下(かいか)から聞こえてきていた。階段(かいだん)のところまで来てみると、娘(むすめ)が下を覗(のぞ)き込んでいた。
「ねえ、パパ」娘はひそひそと、「下の電気(でんき)、ついてるみたい。泥棒(どろぼう)かな?」
 山田さんを先頭(せんとう)に、みんなで下へ降(お)りてみた。すると、台所(だいどころ)の明かりがついていて、流しに洗(あら)い残(のこ)してあった食器(しょっき)が奇麗(きれい)に片付いていた。リビングに行ってみると、掃除機(そうじき)がさっきまで使われていたかのように、コンセントにコードが差(さ)し込まれたままになっていた。
「誰(だれ)が出したの? 片付けておいたのに」奥(おく)さんが不思議(ふしぎ)そうにつぶやいた。
 一通(ひととお)り家の中を見てみたが、盗(と)られたものもなく、誰かが侵入(しんにゅう)した形跡(けいせき)もなかった。一安心(ひとあんしん)した三人は、リビングに集まった。すると、突然(とつぜん)電気が消えて真(ま)っ暗(くら)になり、娘が悲鳴(ひめい)をあげた。「なにか足にさわった」娘はそう言って母親に抱(だ)きついた。明かりか戻(もど)ると、三人は目を疑(うたが)った。テーブルが奇麗(きれい)に飾(かざ)られて、メッセージがおかれていたのだ。
<ようこそ。大歓迎(だいかんげい)です。これから仲良(なかよ)く暮(く)らしましょうね>
<つぶやき>謎(なぞ)の同居人(どうきょにん)、それともこの家の精霊(せいれい)なのかな。こんな物件はいかがですか?
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T:0059「時空倶楽部」
 紗英(さえ)は大学の求人情報(きゅうじんじょうほう)の掲示板(けいじばん)を見ていて、<時空倶楽部(じくうくらぶ)>という会社名の求人に目がとまった。詳細(しょうさい)を見てみると、歴史(れきし)の資料(しりょう)を整理(せいり)する仕事(しごと)と書いてあった。
 歴史好きの紗英は<時空倶楽部>から送られてきた地図(ちず)を見ながら、とあるビルの前までやって来た。そのビルは薄汚(うすよご)れていて、時代(じだい)を感じさせる建物(たてもの)だった。
「8Xって、八階ってことなのかな」紗英はエレベーターを待ちながらつぶやいた。
 エレベーターに乗ると、八階のボタンの横に<8X>のボタンがあった。紗英は、「何でこんなボタンが…」と思いつつも、そのボタンを押(お)してみた。
 エレベーターが開くと、目の前に<時空倶楽部>のプレートがついた扉(とびら)があった。扉を叩(たた)いて中に入ってみると、受付(うけつけ)の女性が待っていて、
「山本(やまもと)紗英さんですね。お待ちしておりました。早速(さっそく)ですが、お仕事をお願いします」
「あの、私は面接(めんせつ)に来ただけで、まだ…」
「あなたは採用(さいよう)されました。あなたの仕事は、時空(じくう)を飛(と)び越(こ)えて歴史を壊(こわ)そうとする悪人(あくにん)から、この世界を守ることです。必要(ひつよう)なアイテムはこのポーチの中に入っています」
「ちょっと待って下さい。それは、どういうことですか?」
「たった今、歴史上の重要(じゅうよう)な人物(じんぶつ)が暗殺(あんさつ)されました。あなたは時間をさかのぼって、暗殺を阻止(そし)して下さい。詳細はこのカプセルに入っています。さあ、呑(の)み込んで」
<つぶやき>こんな命がけの仕事は考え物ですね。でも、やり甲斐(がい)はあるかもしれません。
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T:0058「新生日本誕生」
 涼子(りょうこ)は若(わか)くして新人賞(しんじんしょう)を受賞(じゅしょう)した女流作家(じょりゅうさっか)――。ここ一ヵ月間、部屋にこもって仕事(しごと)をしていた。何とかきつい締切(しめきり)をこなした彼女は、気分転換(きぶんてんかん)もかねて買い物に出かけた。
 近くのコンビニに入った涼子は、違和感(いわかん)を感じた。店員(てんいん)や客の話している言葉(ことば)が理解(りかい)できないのだ。まるで、外国(がいこく)に突然(とつぜん)迷(まよ)い込んでしまったような…。涼子はパンやスナックなどをカゴに入れレジまで持って行った。レジに表示(ひょうじ)された金額を見て、涼子はお金を店員に差し出した。すると店員は大声をあげて、非常(ひじょう)ベルを鳴(な)らした。突然のことに驚(おどろ)いた涼子はおろおろするばかり。すぐに警官(けいかん)がやって来て、涼子は警察署(けいさつしょ)に連行(れんこう)された。
 ――取調室(とりしらべしつ)で刑事(けいじ)の訊問(じんもん)が始まった。「この金はどうした!」
 刑事は涼子の財布(さいふ)らかお金を出して、「円(えん)を使ったら罪(つみ)になることぐらい知ってるだろ。円をどこで手に入れたんだ!」
 涼子には、刑事がしゃべっている言葉が理解(りかい)できなかった。
「私が、何をしたっていうの? 私は、お金を払おうと…」
 刑事たちは涼子の言葉を聞き顔(かお)を見合わせた。そして、何かひそひそと相談(そうだん)を始めた。
「あんた」年長(ねんちょう)の刑事が日本語(にほんご)で話し始めた。「知らないのか? 日本が変わったのを…」
「変わったって…。どういうこと?」
「新しい政府(せいふ)が誕生(たんじょう)したんだ。それで、日本語の使用(しよう)を禁止(きんし)して、円も廃止(はいし)されたんだ」
<つぶやき>一ヵ月も閉じこもっていたので、浦島太郎(うらしまたろう)状態(じょうたい)になってしまったんですね。
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T:0057「山の神様」
 私は三年ぶりに娘(むすめ)を連れて実家(じっか)へ帰郷(ききょう)した。――私の故郷(ふるさと)は山の中にある小さな村(むら)で、今でも昔ながらの生活(せいかつ)が残っていた。私はまだ幼(おさな)い娘に、この自然(しぜん)の中での生活を味(あじ)あわせてあげたかったのだ。私の子供(こども)の頃(ころ)のように…。
「ねえ、大きな木の下に、変な子がいたよ」娘は畑(はたけ)から帰ってくると、私に報告(ほうこく)した。
「山の神様(かみさま)が挨拶(あいさつ)に来たんだね」八十路(やそじ)を越(こ)えた祖母(そぼ)が、笑いながら娘の頭(あたま)をなでた。
 山の神様。そういえば、私も子供の頃に…。近所(きんじょ)の子たちと遊(あそ)んでいると、知らない子がいて…。それに気がつくと、いつの間にか消(き)えてしまう。そんなことが何度かあったような…。そんな、子供の頃の不思議(ふしぎ)な思い出が残っていた。
「明日もね、また、行ってもいい?」娘は嬉(うれ)しそうに、「遊ぼって、約束(やくそく)したの」
「そう。じゃあ、ママと一緒(いっしょ)に行こうか」
「うん。一緒に行こうね」娘はそう言うと、家の中に駆(か)け込んでいった。
「昔は、子供も大勢(おおぜい)いて賑(にぎ)やかだったけど…」祖母は農具(のうぐ)を洗(あら)いながら、「神様も遊び相手(あいて)がいないから、淋(さび)しいんだろうね」とぽつりとつぶやいた。
 たしかに、この村も過疎化(かそか)で人が減(へ)っていた。ふっと、私の中に淋しさがこみ上げてきた。よし、明日は娘と一緒に、山の神様と思う存分(ぞんぶん)遊んであげよう。私はそう決めた。でも、私に姿(すがた)を見せてくれるかな。子供の頃のように――。
<つぶやき>子供の頃の純真(じゅんしん)な心を思い出してみましょう。世界が変わるかもしれません。
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T:0056「逃亡者」
 耕助(こうすけ)は夜中の二時に玄関(げんかん)のチャイムの音で目を覚(さ)ました。「誰(だれ)だよ、こんな時間に…」
「俺(おれ)だよ、一平(いっぺい)」外から声がして、「開けてくれよ」一平とは大学からの親友(しんゆう)だった。
 耕助が扉(とびら)を開けると、「頼(たの)む。かくまってくれ」一平は急いで扉を閉めて鍵(かぎ)をかけた。
「どうしたんだよ。何かあったのか?」
「それが…、ばれたんだ。あいつに見つかっちゃて…」
「えっ? 何の話しだよ」
「愛子(あいこ)だよ。愛子にへそくりが見つかって、それで逃(に)げてきたんだ」
「おい、マジかよ。何でそんなバカなことしたんだよ」
「俺だって、遊(あそ)ぶ金くらい…。それに、買いたい物もあったんだ」
「それ、まずいよ。悪いが、出てってくれないか」
「おい、親友を見捨(みす)てるのか? 頼むよ、お前のとこしか…」
「だからだよ。愛子さん、絶対(ぜったい)ここに来るから。俺まで、巻(ま)き込むなよ」
 その時、電話が鳴(な)り出した。二人は背筋(せすじ)に冷(つめ)たいものが走り、ぶるっと震(ふる)えた。
「きっと、愛子だ。いないって言ってくれ。俺は、来てないって…」
「そんなこと言って、後でばれたら…」
 今度は、玄関のチャイムが何度も押されて、扉がドンドンと叩(たた)かれた。そして、
「こんばんは。遅(おそ)くにすいません。うちの人、来てませんか?」
<つぶやき>隠(かく)しごと、してませんか? もしかすると、もうばれてるかもしれませんよ。
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T:0055「後ろ姿に恋した男」
 小間物屋(こまものや)の若旦那(わかだんな)が寝込(ねこ)んでしまった。医者(いしゃ)を呼んで診(み)てもらっても、どこも悪いところはないと言われるばかり。――そこで若旦那によくよく話を聞いてみると、恋(こい)わずらいだと判明(はんめい)した。神社(じんじゃ)の祭礼(さいれい)で見かけた娘(むすめ)のことが忘(わす)れられず、苦(くる)しくて食事も喉(のど)を通らない始末(しまつ)。そこで、八方(はっぽう)手を尽(つ)くしてその娘を捜(さが)そうとしたのだが、顔(かお)が分からない。若旦那は後ろ姿(すがた)しか見ていなかったのだ。考えあぐねた主人(しゅじん)は、町内の火消(ひけ)しの棟梁(とうりよう)に相談(そうだん)した。
 棟梁は、それならばと、町内の娘を集めて、後ろ姿のお見合いをさせることになった。それを聞きつけた町内の娘たちは、我(われ)も我もと集まってきて、店の中はてんてこ舞(ま)いになってしまった。でも、あらかた見合いが終わっても、目当(めあ)ての娘は見つからなかった。
 そこへ小間使(こまづか)いの娘がお茶(ちゃ)を持って入って来た。若旦那はその娘の後ろ姿を見たとたん、
「あーっ、これだ!」
 その声に驚(おどろ)いたのは小間使いの娘。奉公(ほうこう)にあがったばかりだったので、何かそそうをしたのかと小さくなってしまった。主人は娘を呼び寄せて、
「おさと、お前、神社の祭礼に行ったのかい?」
「はい、お嬢(じょう)さんのお供(とも)で…。すいません、あたし、お嬢さんのお着物(きもの)を着て…」
「いいんだよ。おさと、これから毎朝、後ろ姿をこいつに見せてやってくれないか」
<つぶやき>この若旦那は、うぶなんです。でも、こんなこと言われても困りますよね。
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T:0054「妖怪樹」
 森(もり)に囲(かこ)まれた小さな庵(いおり)。ここには風変(ふうが)わりな占(うらな)い師(し)が住んでいた。仕事(しごと)に行き詰(づ)まった男が、この場所(ばしょ)に引きつけられるようにやって来た。
「ほんとうに、こんなことで仕事がうまくいくんですか?」
「これはヤルキの種(たね)です。これを身体(からだ)に付(つ)ければ勢力(せいりょく)がみなぎり、仕事で成功(せいこう)すること間違(まちが)いなし。ただし、使用期間(しようきかん)は半年間です。半年後には、必(かなら)ずはずしに来て下さい」
 占い師は男の腕(うで)に種を押(お)しつけた。すると、種はホクロのように腕に張(は)り付き取れなくなった。男はこの日を境(さかい)に、精力的(せいりょくてき)に仕事をこなすようになった。成果(せいか)はみるみる上がり、平社員(ひらしゃいん)から部長へと異例(いれい)の昇進(しょうしん)をとげてしまった。
 半年たったある日、男のもとに一通(いっつう)のはがきが舞(ま)い込んだ。それはあの占い師からの警告(けいこく)の手紙(てがみ)で、種をはずしに来るようにと書かれていた。男は気にもとめずに、ゴミ箱に投(な)げ捨(す)てた。男は金(かね)も地位(ちい)も手に入れて、有頂天(うちょうてん)になっていたのだ。
 数日後、男は身体に異変(いへん)を感じた。頭(あたま)の上に小さなこぶが突(つ)き出て、それが日に日に大きくなっているようなのだ。男は慌(あわ)てて、あの占い師の庵を訪(おとず)れた。
「警告したはずですよ」占い師はそう言うと、「まあ、多少不便(たしょうふべん)なことはあるかもしれませんが、寿命(じゅみょう)も数百年は延(の)びましたし、この森にはお仲間(なかま)も大勢(おおぜい)いますから安心して下さい」
 男は頭がむずがゆくなってきたので手をやると、そこには小さな芽(め)が出始めていた。
<つぶやき>あまり欲張(よくば)りすぎるのはやめましょう。ほどほどが、ちょうどいいかも…。
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T:0053「わがままな天使」
「ねえ、エンジェルのケーキが食べたい。買ってきて」
「今から? 無理(むり)だよ。だって、もう店は閉まってるし」
「どうしても食べたいの。私の言うこと何でもきくって言ったじゃない」
「そりゃ言ったけど…」
「買ってきてくれたら、私、手術(しゅじゅつ)してもいいんだけどなぁ」
「分かったよ。じゃあ、俺(おれ)が作ってやる。たしかケーキの本あったし…」
 くるみは武志(たけし)が本を探し始めると、悪戯(いたずら)っぽい目をして、胸(むね)を押(お)さえて苦(くる)しみだした。それを見た武志は駆(か)け寄ってきて、「くるみ! しっかりしろ。いま、救急車(きゅうきゅうしゃ)よんで…」
くるみは電話をしに行こうとする武志の腕(うで)をつかんで、「その前に、ケーキ買ってきて」
「くるみ…」武志はくるみの肩(かた)をつかんで、「ばか! 心配(しんぱい)させるなよ」
 くるみは武志の真剣(しんけん)な顔(かお)に驚(おどろ)いた。でも素直(すなお)に謝(あやま)れなくて、つい憎(にく)まれ口をたたいて、
「そんな顔しないでよ。どうせ、すぐ死ぬんだから」
「そんなこと言うなよ。先生だって、手術をすれば助(たす)かる可能性(かのうせい)だって…」
「ほんの少しだけね。今まで生きてこれたのは奇跡(きせき)なの。奇跡なんて、そう続(つづ)かないわ」
「くるみ、あきらめるなよ」
「もう、いい。私のことなんか、ほっといてよ」くるみはそう言うと、自分の部屋に駆け込んだ。武志はやるせない思いを押し殺(ころ)して、「今、ケーキ作ってやるから、待ってろよ」
<つぶやき>どうしようもない苦しみと悲しみを、どう乗り越えたらいいのでしょうか。
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T:0052「スキャンダル」
 大企業(だいきぎょう)の給湯室(きゅうとうしつ)で女子社員たちが噂話(うわさばなし)で盛(も)り上がっていた。
「ねえ、部長(ぶちょう)が秘書課(ひしょか)の相沢芳恵(あいざわよしえ)と不倫(ふりん)してるんだって」
「ウソ…、それって確(たし)かな情報(じょうほう)なの?」
「間違(まちが)いないわよ。総務部(そうむぶ)の飯島(いいじま)さんの話だから」
「それは間違いないわ。飯島さんの情報網(じょうほうもう)は確かだもん」
 みんなの話を黙(だま)って聞いていた明美(あけみ)はため息をついた。それに気づいた女子社員の一人が、
「ねえ、どうしたの明美。さっきから、元気ないじゃない」
「別に…。仕事に戻(もど)りましょう。こんなとこでサボってると、また部長に怒(おこ)られるわよ」
「そうね。でも、部長って以外(いがい)よね。あんな顔でどうして女ができるんだろう」
「ほんとよね。これは、この会社の七不思議(ななふしぎ)のひとつだわ」
 明美は部屋に戻るとやりかけていた書類(しょるい)をまとめ、メモを付けて部長のデスクへ持っていった。部長は書類を受け取ると、明美の顔を見てにこりと笑って、
「ご苦労(くろう)さん。えっと…、例(れい)の件(けん)だけど、都合(つごう)はどうかね?」
「それが…」明美は微笑(ほほえ)み返すと、「メモに書いておきましたので」と一礼(いちれい)して、さっさと自分のデスクへ戻ってしまった。部長は怪訝(けげん)な顔をしてメモを見た。
<相沢さんと楽しんだんですか? もし、私と別れるつもりなら覚悟(かくご)しなさい。奥さんに言いつけるわよ。どうなっても知らないから!>
<つぶやき>これは恐怖です。でも、会社の七不思議って、他にはどんなのがあるのかな?
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T:0051「おとり捜査」
「あの、何で今回も私なんですか?」京子(きょうこ)は不満(ふまん)そうな顔でつぶやいた。
「お前、男装(だんそう)も似合(にあ)うじゃないか。これは新しい発見(はっけん)だなぁ」
「なに感心(かんしん)してるんですか。先輩(せんぱい)がやって下さいよ。その方が…」
「なに言ってるんだ。今回の捜査(そうさ)はな、今までとは違(ちが)うんだ。ふふふふ、心配(しんぱい)すんな。俺(おれ)がちゃんと張(は)り付いてやるから、大丈夫(だいじょうぶ)だ」
「それがいちばん心配なんですけど。前回だって、全然(ぜんぜん)助(たす)けてくれなかったじゃないですか。私、危(あぶ)なかったんですから…」
「たかがケツ触(さわ)られただけじゃねえか。そんなのはな、危険(きけん)のうちに入らねえよ。いいか、今回の相手(あいて)は、小心者(しょうしんもの)のこそ泥(どろ)だ。そいつがどういうわけか、宝石泥棒(ほうせきどろぼう)のブツを盗(ぬす)みやがった。時価(じか)数十億(おく)という代物(しろもの)だ」
「宝石を盗んだんですか?」京子の目が輝(かがや)いた。
「そうだよ。きっと、どこかに隠(かく)しているはずなんだ。それを聞き出すんだ」
「でも、どうやって?」
「そんなこと、自分で考えろよ。そいつは男好きだから、近づくのはわけないさ」
「男好きって…。私は、女です! それじゃ…、また、危険じゃないですかぁ」
<つぶやき>こんな相棒(あいぼう)と一緒(いっしょ)だととても大変かもしれません。がんばれ、京子ちゃん!
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T:0050「恋人週間」
「あの、佐藤太一(さとうたいち)さんですよね」
 女性は一礼(いちれい)すると、「私、結婚促進公団(けっこんそくしんこうだん)から派遣(はけん)された百瀬(ももせ)ひとみです。今日から一週間、あなたの恋人(こいびと)になりました。よろしくお願いします」
「はい……?」太一はきょとんとして、「えっ、何なんですか?」
「あの、連絡(れんらく)が来てると思うんですが…」
 ひとみは顔(かお)を赤らめて、「申し訳ありません。私、またへまをしちゃって…。ごめんなさい。あの…、改(あらた)めてご説明(せつめい)します。政府(せいふ)が試験的(しけんてき)に恋人週間を始めて、それは、えっと…、人口増加(じんこうぞうか)の対策(たいさく)で…。つまり…、政府がやる合コンみたいなものです。登録(とうろく)されている男女を出会わせて…」
「登録って、僕(ぼく)は登録なんかしてませんよ」
「あの、登録は本人(ほんにん)じゃなくても、家族(かぞく)ならできるんです。だから…」
「あっ。もしかして、お袋(ふくろ)が…。まったく、勝手(かって)なことするんだから」
「断(ことわ)らないで下さい。一週間でいいんです。もし断られたら、登録を消されちゃって…」
「でも、あなたみたいな奇麗(きれい)な人だったら、恋人なんてすぐに…」
「見た目で判断(はんだん)しないで下さい! 恋人ができないから、こうして…」
「あの…」太一はひとみの涙(なみだ)を見て、「分かりました。一週間…、よろしくお願いします」
「ありがとうございます。私、がんばりますから」
<つぶやき>これがきっかけで、結婚できるのでしょうか。後は、この二人しだいです。
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T:0049「人生の誤算」
 新婚初夜(しんこんしょや)の二人が、ベッドの中でこんな会話(かいわ)をしていた。
「君(きみ)は、僕(ぼく)の持ってる金(かね)が欲(ほ)しいんだろ?」
「そうよ。お金がなかったら、あなたなんか相手(あいて)にしなかったわ」
「ふん。君みたいに正直(しょうじき)な女は初めてだよ。本心(ほんしん)をあっさり言ってしまうんだから」
「だから、私を選(えら)んだんでしょ。いいのよ、他に好きな女ができたら、愛人(あいじん)にしても」
「それは助(たす)かるね。君も、好きなだけ遊(あそ)んでもいいんだよ」
「私は、男には興味(きょうみ)ないの。お金さえあれば満足(まんぞく)よ」
 ――それから一年が過(す)ぎて、この二人の生活は大きく変わってしまった。
「もう愛人とは別れるって言ったじゃない。何でまだ付き合ってるのよ」
「なに勝手(かって)なこと言ってるんだ。愛人を作れって言ったのは君じゃないか」
「あの時と、事情(じじょう)が変わったの。お腹(なか)の中には、あなたの子供(こども)がいるのよ」
「もう、僕たち別れよう。慰謝料(いしゃりょう)や養育費(よういくひ)はちゃんと払(はら)ってやるよ」
「いやよ。私は離婚(りこん)はしないから。この子のためにも、私たちやり直(なお)しましょ」
「なに言ってるんだ。君は僕のことなんか何とも思ってないじゃないか」
「あなたはこの子の父親なのよ。愛人なんかに財産(ざいさん)を盗(と)られるなんて、まっぴらよ!」
<つぶやき>お金のために人生を踏(ふ)み外さないで下さい。思いやりの気持ちが大切(たいせつ)です。
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T:0048「時をかけるねこ」
 ある大学(だいがく)の研究室(けんきゅうしつ)にねこが出入りするようになった。学生たちも研究の合間(あいま)に世話(せわ)をしてとても可愛(かわい)がったので、いつの間にかそこに棲(す)み着(つ)きマスコットになってしまった。
 ――ある学生が古い雑誌(ざっし)を見つけてきた。そこには発明王(はつめいおう)エジソンの写真(しゃしん)が掲載(けいさい)されていて、彼の横にはねこが座っていた。学生はそのねこを指(ゆび)さして、
「これを見て。うちのねことそっくりじゃない。この毛(け)の模様(もよう)とか…」
「そうかなぁ。白黒写真だし、似(に)てるだけじゃないのか?」
「だって、この首輪(くびわ)についてる丸(まる)い鈴(すず)のような飾(かざ)り。これは絶対(ぜったい)同じものよ」
 そこに別の学生が来て、「おい、今日の新聞(しんぶん)見たか? ここにうちのねこが載(の)ってるよ」
 学生たちは集まってきて新聞を取り囲(かこ)んだ。それはエジプトで見つかった遺跡(いせき)の写真で、奇麗(きれい)な壁画(へきが)にねこが描(えが)かれていた。学生たちにどよめきが走った。
「ほら、見てよ。これも首輪に同じ飾りがついてるわ」
「どういうことだよ、これは…。同じねこなんてあり得(え)ないだろ。もしそうだったら…」
「そんな、長生(ながい)きのねこなんているわけないだろ」
「まさか、時空(じくう)を移動(いどう)してるとか…。時(とき)をかけるねこだったりして」
 学生たちは、窓際(まどぎわ)で気持ちよさそうにひなたぼっこをしているねこに目をやった。
<つぶやき>私も、こんなことが出来たらいいのになぁ…。ああ、羨(うらや)ましいかぎりです。
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T:0047「しゃっくり」
「ねえ、大丈夫(だいじょうぶ)?」遥(はるか)はニコニコしながら、「つばを飲み込むと、止まるかも」
「お前、楽しんでないか? ヒック…。たかが、しゃっくりじゃないか、こんなヒック」
「そうだ、これなんかどう? これを呑(の)み込めば…」
「こんなの呑み込んだら、喉(のど)に詰(つ)まヒック、ヒック…。何で大福(だいふく)なんか持ってヒック…」
「お店の前、通ったら、食べたくなっちゃって。そうだ、いいこと思いついちゃった」
 遥は押し入れの中に頭を突っ込んで、何かを探し始めた。
「もういいよ、そのうちヒック、止まるから。ヒック、お前、何しに来たんヒック…」
 圭介(けいすけ)は水でも飲もうかと立ちあがった。その時、すぐ後ろで<パン! パン!>と大きな音がして、圭介は飛び上がった。振り返ると遥が大きなクラッカーを手に立っていた。
「あのな…、驚(おど)かすなよ。どこからそんなの…」
「ほら、圭介のびっくり誕生会(たんじょうかい)に使おうと買っておいたのよ。でも、圭介ったら自分の誕生日忘れてて、結局(けっきょく)できなかったじゃない」
「ああ、そんなこともあったな。あれ、止まった……。やった、やっとおさまった」
「よかったね。これで話せるわ。ねえ、私ね…。赤ちゃん、できちゃったの!」
「えっ、ほんとかよ! ヒック…、ヒック…。まただヒック…。驚かすなよヒック…」
<つぶやき>おめでたなんですか。こんなこと聞かされちゃったら、そりゃ驚きますよね。
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T:0046「笑顔が一番」
 光恵(みつえ)は彼と暮(く)らし始めて二年目を迎(むか)えた。彼女は彼のことを愛している。彼のためなら何でもしたいし、どんな苦労(くろう)もいとわなかった。結婚はしていなかったが、二人の愛は永遠(えいえん)に続くと、彼女は信(しん)じていた。でも彼の方は…。彼の心はいつの間にか離(はな)れていたようだ。
 光恵がそのことに気づいたのは、仕事から帰って来たときだった。テーブルの上にメモが置かれていた。広告(こうこく)の裏(うら)に書かれた、走り書きのメモ。
<俺(おれ)は出て行く。好きな女ができたんだ。バイバイ>
 光恵は我(わ)が目を疑(うたが)った。出て行くなんて…。お金なんか持ってないのに。光恵はハッとして、タンスの引き出しを開けてみた。そこに入れておいたはずの通帳(つうちょう)と印鑑(いんかん)、父の形見(かたみ)の金(きん)の懐中時計(かいちゅうとけい)が消えていた。時計が入っていた箱(はこ)には、一緒(いっしょ)に入れておいた父の写真(しゃしん)だけが残されていた。光恵は力が抜(ぬ)けてしまい、写真を手にしてしゃがみ込んでしまった。
 涙(なみだ)が頬(ほお)をつたっていく。彼女はそれをぬぐいもせずに、ひとしきり泣いた。その後、手にした写真に目をやり、「お父さん…」とつぶやいた。写真の中の父親は笑っていた。
 次の朝。タンスの上には父の写真が置かれていた。光恵は父の写真に手を合わせた。光恵の耳(みみ)には父の口癖(くちぐせ)が聞こえていた。
<笑顔(えがお)が一番だぞ。笑顔でいれば幸せになれるんだ>
 光恵は吹(ふ)っ切るように笑顔を作り、仕事へと出かけていった。
<つぶやき>簡単(かんたん)なことじゃないですよね。でも、笑顔を忘れないで。きっといつか…。
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T:0045「コピーロボット」
 美子(よしこ)は<どうしても>と、おばさんに頼(たの)まれて、お見合(みあ)いをすることになった。写真(しゃしん)で見た限(かぎ)りでは、ごく平凡(へいぼん)な中小企業(ちゅうしょうきぎょう)のサラリーマンだ。美子は気が進まなかった。そこで、最近(さいきん)手に入れたコピーロボットを身代(みが)わりにすることにした。見合いの席(せき)で失敗(しっぱい)させて、嫌(きら)われるようにしむけるのだ。
「ねえ、どうだった?」見合いから帰って来たロボットに美子は訊(き)いた。
「それが、おかしいの。何だか気に入られちゃったみたいで」
「どうしてよ。ちゃんと私の言った通りにしたんでしょ」
「もちろんよ。お茶をこぼしてみたり、口を開(あ)けて食事(しょくじ)をしたり。それと、言葉(ことば)づかいもたどたどしくしたのよ。絶対(ぜったい)に普通(ふつう)の人だったら好きにはならないわ」
「ああ、どうしよう。このまま話が進んじゃったら…。そんなの困(こま)るわ」
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。二人っきりになったとき話したんだけど、とっても真面目(まじめ)そうな良い人だったわよ。何でもできる人よりも、少し抜(ぬ)けてる人の方がいいって言ってたわ」
「なにそれ。それじゃ私が、まるでバカ娘(むすめ)ってことじゃない。冗談(じょうだん)じゃないわよ!」
「そんなに怒(おこ)らないで。あなたが気に入らなかったら、私が付き合ってもいいのよ」
「これは、私の見合いよ。いいわ。私から会いに行って、ガツンと言ってやるわよ」
<つぶやき>出会いは一期一会(いちごいちえ)です。ひょんなことから恋が生まれるのかもしれません。
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T:0044「リセット」
 ベッドの上で若い女性が死を迎(むか)えようとしていた。彼女の手を優しく握(にぎ)りしめている若い男。男は彼女のそばから離れようとせず、励(はげ)まし続けていた。
「あなた…」女は苦しい息(いき)をついて、「私は…、あなたに出会えて、幸せでした」
「僕もだよ。きっと元気になるから…」
 男は胸(むね)が詰(つ)まり、それ以上なにも言えなくなった。
「ありがとう」女は最後(さいご)にそう言い残(のこ)すと、目を閉(と)じ動かなくなった。男は彼女にすがりつき、泣(な)き明(あ)かした。
 朝になると、どこからか声が聞こえてきた。「リセットしますか?」
 男はそれに答えて、「そうだな、今度はもう少し寿命(じゅみょう)を延(の)ばしてくれないか?」
「その要望(ようぼう)にはお答えできません。病気などの発病(はつびょう)は、無作為(むさくい)に決められています」
「分かったよ。なら、容姿(ようし)と年齢(ねんれい)は今のままでリセットしてくれ」
 女の腕(うで)につながれていたケーブルが自動的にはずされて、彼女は目を覚ました。
「あなた、おはよう。今日は、早いのね」女は起き上がり、「朝食は何がいい?」
「そうだな。今日は、和食(わしょく)がいいなぁ」男はそう言うと、女にキスをした。
 食事ができる間に男は新聞(しんぶん)を読み、いつもと変わらぬ一日が始まった。部屋の丸窓(まるまど)から外を見ると、真っ暗な世界が広がり、眼下(がんか)には茶色く濁(にご)った地球が浮(う)かんでいた。
「僕も手伝うよ」男は席(せき)を立って腕まくりをした。その腕にはプラグが付いていた。
<つぶやき>人の人生は一度きりしかありません。悔(く)いのないように過ごしたいものです。
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T:0043「音信不通」
 人通りの多い繁華街(はんかがい)を歩いていた淳史(あつし)は、一人の女に目をとめて凍(こお)りついた。彼の手は震(ふる)え、呼吸(こきゅう)は荒(あら)くなり、たまらずその場から逃(に)げだした。繁華街の通りを離(はな)れ、人気(ひとけ)のない脇道(わきみち)に足を踏(ふ)み入れた淳史は、
「まさか、そんな…」荒い息(いき)でつぶやいた。
 彼は後ろを振り返ると、息を呑(の)んだ。そこには、さっきの女が立っていたのだ。その女はかすかに微笑(ほほえ)んで、淳史の方へ近づきながら、「やっと、見つけたわ」
「一恵(かずえ)…一恵…」淳史は口の中でそう繰(く)り返すと、また駆(か)け出した。どこをどう走ったのか、いつの間にか墓場(はかば)の中に入り込んでいた。淳史は驚(おどろ)き、へたり込んでしまった。
 淳史はふと、目の前の墓石(はかいし)に目をやった。そこには<磯崎(いそざき)>と刻(きざ)まれていた。
「ねえ、返して」突然(とつぜん)、女の声が耳に飛び込んで来た。淳史は驚き振り返った。そこにはあの女が、淳史を見下ろしていた。女は、「早く返してよ!」と叫(さけ)んだ。
「ごめん、ごめんなさい」淳史は震える声で、「あれは、もう…」
「まさか、捨(す)てたとか…」女は淳史の胸倉(むなぐら)をつかみ、「言うんじゃないでしょうね」
「いや、捨てたわけじゃ…ないけど…」淳史は苦(くる)し紛(まぎ)れにへらへらと笑った。
「あの女か…」女は淳史に顔を近づけて、「やっぱり、あの女に渡(わた)したのね!」
 女は淳史の腕(うで)を抱(かか)え込み、彼を引きずるようにいずこともなく去(さ)って行った。
<つぶやき>彼が何をしでかして、この後どうなったのか…。ご想像(そうぞう)におまかせします。
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T:0042「美味しいもの倶楽部」
「ここのケーキ、美味(おい)しいねぇ」
 陽子(ようこ)はケーキをひとくち食べて幸(しあわ)せな気分(きぶん)になった。
 政夫(まさお)は陽子の笑顔を見るのが好きだった。だから、美味しいお店を見つけると、それを口実(こうじつ)に陽子を連れ出していた。彼女とは学生のときからの付き合いで、初めて会ったときから恋(こい)に落ちてしまった。陽子の方は、そんなことまったく気づいてはいなかったが…。
 陽子はケーキを食べ終わると、「ねえ、何か話があるって言ってたけど。なに?」
「それがね。あの…」政夫は今日こそ、告白(こくはく)しようと決心(けっしん)していたが…。
「私もね、田中(たなか)君に言わなきゃいけないことがあるんだ」陽子は改(あらた)まって切り出した。
「私ね、来月(らいげつ)からパリに行くの。向こうで、本格的(ほんかくてき)にパティシエの修業(しゅぎょう)をしようと思って。今のお店の店長ね、若いころパリで修業してて。知り合いのパティシエを紹介(しょうかい)してもらったの。その人のお店で働(はたら)けることになっちゃったんだ」
「えっ、そうなの…」政夫は、頭の中がまっ白になった。
「最低(さいてい)でも四、五年は頑張(がんば)ろうと思って。だから、美味しいもの倶楽部(くらぶ)はお休みさせて下さい。また日本に戻ってきたら復帰(ふっき)するから、お願い」陽子は手を合わせた。
「そうか…。陽子の夢だったもんな…。よかったじゃないか、頑張ってこいよ!」
「うん、ありがとうね。あっ、私が戻ってくるまでに、ちゃんと部員増(ふ)やしといてよね」
<つぶやき>彼女の夢を叶(かな)えるため、男はじっと我慢(がまん)するのです。つらいっす、ほんとに。
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T:0041「無器用な探偵さん」
「君(きみ)はここにいて、逃(に)げ道をふさぐんだ」
 探偵(たんてい)は助手(じょしゅ)のハルカに指示(しじ)をすると、緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちで大きく息(いき)をした。ハルカは不安(ふあん)げな顔をして探偵に声をかけた。
「一人で大丈夫(だいじょうぶ)ですか? 私も行ったほうが…」
「いや、大丈夫だよ。これくらい僕(ぼく)一人で出来(でき)るさ。心配(しんぱい)ない」
 二人はここ数日の間、宗太郎(そうたろう)を追(お)いかけていた。だが、宗太郎は二人をあざ笑うように逃げ回っていた。それが今日、やっとねぐらを突(つ)き止めることができたのだ。
 探偵は懐中電灯(かいちゅうでんとう)を手に、暗い廃屋(はいおく)の中に入って行った。ハルカは懐中電灯の明かりを目で追った。明かりが見えなくなってしばらくたったとき、奥(おく)の方から何かが倒(たお)れる大きな物音(ものおと)がして、探偵の悲鳴(ひめい)が聞こえた。ハルカは思わず声をあげた。
「探偵さん! 大丈夫なの」
「そっちへ行ったぞ。捕(つか)まえるんだ!」暗闇(くらやみ)から探偵のうわずった声が響(ひび)いた。
 ハルカは身構(みがま)えて、暗闇に目をこらした。ここで逃がしてしまったら、今までの苦労(くろう)がすべて無駄(むだ)になってしまう。近くで何かが倒れる音がした。ハルカの顔に緊張が走った。黒い影(かげ)がハルカに向かって来た。ハルカは黒い影に飛びつき、暴(あば)れる相手(あいて)を押(お)さえ込んだ。
 探偵が足を引きずり出て来ると、ハルカの腕(うで)の中で、「ニャー」と宗太郎がひと声鳴(な)いた。
<つぶやき>無器用(ぶきよう)でもいいんです。ひとすじの道を究(きわ)めていきましょう。そしたら…。
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T:0040「昔みたいに」
 一人娘(ひとりむすめ)を送り出した夫婦(ふうふ)が、テーブルをはさみお茶(ちゃ)をすすっていた。
「綾佳(あやか)、きれいだったなぁ。今日は天気(てんき)もよかったし、いい一日だった」
「そうですね。あの娘(こ)がこんなに早く結婚(けっこん)するなんて、思ってもみませんでしたよ」
「そうだな。でも、遅(おそ)いよりはいいさ。この家も淋(さび)しくなるなぁ」
「なに言ってるんですか。近いんですから、ちょくちょく帰って来ますよ」
「そうかなぁ」夫(おっと)は嬉(うれ)しそうにしたが、
「でも、そうたびたび帰って来るのは、まずいだろ」
「ふふ…」妻(つま)は思い出し笑いをして、「覚(おぼ)えてます? なんて私にプロポーズしたのか」
「えっ、何だよ急に」夫は目をそらし、お茶をすすった。
「ほら、披露宴(ひろうえん)のときにそんな話が出たじゃないですか。それで、思い出したんですよ」
「そんな話はいいじゃないか。それより、どうしてるかな綾佳は…」
「あなた、私にこう言ったんですよ。俺はお前と――」
「もういいよ、そんな昔の話しは。俺(おれ)はもう忘れたよ」
「ああ、ずるい。都合(つごう)の悪いことはすぐ忘れるんだから」
「でもな、一つだけ覚えてるぞ。新婚旅行のとき、お前と始めて泊(と)まった旅館(りょかん)で…」
「まだ覚えてたんですか? いやだわ。そうだ、また二人で旅行に行きましょうよ。ねっ」
<つぶやき>たまには夫婦で昔の話しをしてみませんか? ちょっと気恥(きは)ずかしいかも。
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T:0039「犯罪者撲滅キャンペーン」
 ベッドに寝(ね)かされている男が目を覚(さ)ました。男のそばには白衣(はくい)の女医(じょい)が立っている。
「ここは…」男は辺りを見回して、「どうして、ここに…」
「ここは、総合病院(そうごうびょういん)です。山崎(やまざき)さんは、仕事先で倒(たお)れて、ここに運ばれたんですよ」
「えっ、何をしてたんだ。私は…。ああっ、思い出せない。私は、山崎なんですか?」
「山崎さんは、倒れたときに頭を強く打ったので、記憶(きおく)に障害(しょうがい)が起(お)きたんだと思います」
「記憶に障害が…」男は包帯(ほうたい)の巻(ま)かれた頭に手をやった。
「大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。記憶はちゃんと戻(もど)りますから。それより、奥さんがみえてますよ」
 女医は病室の扉(とびら)を開けて、外で待っていた妻(つま)を招(まね)き入れた。
「あなた」妻は男のそばに駆(か)け寄って、「よかった…。もう、心配(しんぱい)したんだから」
 女医は病室を出て隣(となり)の部屋に入った。そこで病室の様子(ようす)を見ていた男がつぶやいた。
「迫真(はくしん)の演技(えんぎ)だな。いったい何処(どこ)から連れてきたのかね?」
「あれは人間ではありません。プログラム通りに反応(はんのう)しているだけです」
「そうなのか。でも、受刑者(じゅけいしゃ)の記憶を消して更生(こうせい)させるとは、驚(おどろ)いたよ。この計画(けいかく)がうまく行けば、刑務所(けいむしょ)の経費(けいひ)を減(へ)らすことができるな。だが、記憶が戻ることは無いのかね」
「脳(のう)に埋(う)め込んだ装置(そうち)の保障期間(ほしょうきかん)は五十年です。彼が生きている間は問題(もんだい)ないでしょう」
<つぶやき>未来の世界では、こんなことになってるかもしれませんよ。怖(こわ)いですね…。
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T:0038「別れの杯」
 女は部屋を出て行こうとしていた。男は女を呼(よ)び止めて、
「もう行くのかい?」
「ええ。いつまでもここにはいられないわ」女は淋(さび)しげに微笑(ほほえ)んだ。
「いいじゃないか。もう少しいてくれても」
「切りがないじゃない。いつまでも、こんなことしてちゃだめよ」
「あと一杯(いっぱい)だけ。なあ、いいだろう」男は女に杯(さかずき)を差し出した。
 女は男に寄り添(そ)うように座ると、何も言わず杯を受け取った。そして、酒(さけ)を注(そそ)ぐ男の顔を静かに見つめた。女の目からひとしずく涙(なみだ)がこぼれ、口元(くちもと)に持ってきた杯にきらきらとこぼれ落ちた。女はわずかに口をつけ、杯を男に返す。女の目には強い決意(けつい)が現れていた。
「また、会えるかい?」男は女の手を強くにぎり、「必(かなら)ず会いに行くから。いいだろ?」
「もうよしましょう。辛(つら)くなるだけよ。きっと、いい人に出会えるわ。だから…」
「僕は、君でなくちゃ…」男は女の悲しそうな顔を見て、手をゆるめた。「そうだな…、もうよすよ。でも、君のことは忘(わす)れないから。僕の心の中で君は…」
 ――そこで男は目を覚ました。ふと、彼女の姿を探して部屋を見まわす。誰(だれ)もいない現実(げんじつ)が突(つ)き刺(さ)さり、男はため息をついた。飲みかけの杯に目がとまり、男はぐいと飲み干(ほ)した。燗冷(かんざ)ましが喉(のど)を通り、身体の芯(しん)までしみ込んだ。
<つぶやき>男は恋に溺(おぼ)れ、必死(ひっし)にもがいて…。それでも、男は恋を追(お)い求めるのです。
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T:0037「星くずのペンダント」
 彼と喧嘩(けんか)をした。きっかけは些細(ささい)なことだったのに、まさかこんなことになるなんて。もう、三日も連絡(れんらく)がない。
 時間がたつにつれて、仲直(なかなお)りのきっかけがつかめなくなっていた。このまま、さよならするのかな。そんなのイヤだ。
 私は思いきってメールを送ろうとスマホを手にした。その時、着信音が鳴ってメールが届いた。見てみると、
<この間は、ごめん。ドアの取っ手を見て>
 彼からのメールだ。私は急いで玄関(げんかん)を開けてみた。取っ手のところに小さな紙袋(かみぶくろ)がかけてあった。中にはケースに入ったペンダントが。これって、あの時の…。
「それさ、ずっと見てただろ」彼は私の前に突然(とつぜん)現れて、「なんか、欲(ほ)しそうにしてたから」
「でも、これってけっこう高かったのよ。どうして…」
「何かないとさ、来づらいっていうか…。ほら、俺(おれ)さ、貯金(ちょきん)とかしてるし」
「それって、まさか…。ダメだよ。カナダ旅行(りょこう)のための貯金でしょ。あんなにがんばってバイトしてたじゃない。もらえないよ」
「いいんだよ。また、貯金すればいいんだから。カナダが無くなるわけでもないし。ほら、楽しみが延(の)びたってことで…。それに、俺だけじゃなくて、君と二人で行きたいから」
「もう、ほんと計画性(けいかくせい)がないんだから。そんなんじゃ、いつ行けるか分かんないでしょ」
<つぶやき>ほんとにそうですよね。でも、彼と仲直りできてよかったじゃないですか。
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T:0036「テレパス」
 さやかには不思議(ふしぎ)な能力(のうりょく)があった。心の声が聞こえるのだ。周(まわ)りの人の考えていることが、洪水(こうずい)のように頭の中に流れ込んでくる。子供の頃はたまらなく嫌(いや)だったが、今はそれをくい止める術(すべ)を身につけ、相手(あいて)のことを知りたいときだけ力を使っていた。さやかは力のことは誰にも話したことはない。だから、このことは誰も知らないはずだった。それなのに…。
 とある喫茶店(きっさてん)で紅茶(こうちゃ)を飲んでいたとき、どこからか声が聞こえた。さやかは声をあげそうになった。力を使っていないのに、さやかの心の中に飛び込んで来たのだ。
<おばあちゃん。こっちだよ。ここにいるよ>
 さやかは店内を見まわした。誰だろう? 私より力の強い人がいるなんて。さやかは力を開放(かいほう)した。他の客たちの声が次々に飛び込んで来る。さやかは一人の青年(せいねん)に目をとめた。彼からは何も聞こえてこないのだ。さやかはその青年に意識(いしき)を集中(しゅうちゅう)させた。すると、
<やっと、見つけてくれたね。僕は、あなたの孫(まご)です。未来(みらい)から来たんだよ>
<未来? 何をバカなことを言ってるの。そんなこと、あるわけないわ>
<ほら、右側に座っている人を見て。おばあちゃんは、その人と恋(こい)をして…>
 さやかは右側の客を見て、<あんな人、私の好みじゃないわ。いい加減(かげん)なこと…>
 さやかが振り返ると、さっきまでいたはずの青年の姿(すがた)はどこにもなかった。
<つぶやき>世の中には、まだまだ不思議なことや、理解できないことがあるのかもね。
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T:0035「水曜の女」
 智美(ともみ)と遥(はるか)は十年来の友(とも)だった。でも、同じ人を好きになってしまい、一ヵ月前から絶交状態(ぜっこうじょうたい)にあった。
 智美が行き付けだった飲み屋をのぞくと、遥が酔(よ)いつぶれていた。この店には仕事帰り、よく二人で来ていたのだ。絶交してからは、智美は足が遠(とお)のいていた。
「やあ、久し振りじゃない」店主はいつもの笑顔でそう言うと、「遥ちゃん、どうしたんだろうねぇ。こんなになるまで飲んだことないのに」
「もう、しょうがないな」智美は隣(とな)りに座り遥を揺(ゆ)り起こし、「ねえ、遥。起きなさいよ」
「うーん」と遥はゆっくり顔をあげると、智美の顔を覗(のぞ)き込み、「あっ、智美!」
「あんた、飲みすぎだよ。いい加減(かげん)にしなよ」
「智(とも)にそんなこと言われたくないよ。何でここにいるのよ」
「遥と同じ理由(りゆう)。私も、酔いつぶれようと思ってね」
「智も振られたんだ。はははは…。おかしくって…。たまんないわ。ふふふ…」
「そうね。まさかね、他の女がいたなんて。私たち、何やってたんだろう」
「まったくだよ。仕事(しごと)が忙(いそが)しいとか言って、水曜日にしか会ってくれなかったんだよ」
「水曜の女か…。私は、木曜だったなぁ。ねえ、また友達になってくれる?」
「なに言ってるの。私たちの腐(くさ)れ縁(えん)はいつまでも続くの。二人でいい男、見つけるわよ」
<つぶやき>空元気(からげんき)でもいいんですよ。前を向いて突き進みましょう。きっと明日は…。
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T:0034「幻の美容師」
「ねえ、本当(ほんとう)にここなの?」ブランド品で着飾(きかざ)った娘(むすめ)がささやいた。
「はい、お嬢様(じょうさま)」と付(つ)き人の娘が答えて、「ここで間違(まちが)いないはずです」
 そこは薄汚(うすよご)れたビルの一階にある美容室(びようしつ)だった。上流階級(じょうりゅうかいきゅう)の女性の間で、幻(まぼろし)の美容師(びようし)がいると噂(うわさ)されていたのだ。二人が中に入ってみると、外観(がいかん)とはまったく違っていた。店の中は奇麗(きれい)に整(ととの)えられ、髪(かみ)の毛一本も落ちてはいなかった。店主(てんしゅ)は二人を無愛想(ぶあいそう)に迎(むか)えた。
「あの…」付き人はいかめしい顔の店主に声をかけ、「こちらに幻の美容師がいると…」
「さあね…。どうするんだ。やるのか、やらないのか」男は客を見ようともしなかった。
「もちろん、お願いするわ」お嬢様は鏡(かがみ)の前に座(すわ)ると、「この雑誌(ざっし)に載(の)っている髪型(かみがた)にしてちょうだい」
 お嬢様の目配(めくば)せで、付き人が雑誌を開き男の前に差し出した。
 男はそれをちらっと見て、「やめときな。あんたには、今のままがお似合(にあ)いだ」
「それ、どういう意味(いみ)!」お嬢様は立ちあがり男を睨(にら)みつけた。だが男は気にもとめず、付き人の顔をじっと見つめて、「あんた、いい顔してるな。もっと奇麗になりたくないか?」
 付き人の娘は、男の迫力(はくりょく)におされてうなずいた。すると男は有無(うむ)も言わせず娘を座らせ仕事(しごと)にとりかかった。男の手さばきは軽(かろ)やかで、無駄(むだ)がなかった。あっという間に仕事を終わらせた。驚(おどろ)いたことに、鏡に映(うつ)った娘の顔は、まるで天使(てんし)が舞(ま)い降(お)りたようだった。
<つぶやき>誰かの真似をするのはやめにして、あるがままの自分を見つめてみませんか?
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T:0033「公園友達」
 明日香(あすか)は公園(こうえん)のベンチに座(すわ)り、ぼうっとしていた。そこへ犬(いぬ)を連れた男がやって来て、
「こんにちは」と声をかけた。でも彼女が気づかないので男は横に座り、「どうしたの?」
「あっ…、いやだ。山田(やまだ)さん、いつからいたんですか?」
 この二人は公園友達だった。この公園で何度か挨拶(あいさつ)を交(か)わすうち、仲良(なかよ)くなってしまったのだ。お互(たが)いどんな仕事(しごと)をしているか知らないし、どこに住んでいるのかも聞くことはなかった。ただこの公園で会うだけの関係(かんけい)。でも、明日香にとってはとても居心地(いごこち)のいい付き合いだった。山田には、なぜか心のもやもやを何でも話せてしまうのだ。
「あのね」明日香は笑いながら切り出した。「彼と、別れたの。もう、最悪(さいあく)。彼ったら、他の女を私の部屋に入れたのよ。これまで何度も浮気(うわき)して。私、知らないふりしてたけど、もう限界(げんかい)。彼に、出てけって言っちゃった」
「そうですか。それは大変(たいへん)でしたね」山田は悲(かな)しげな顔をして、「大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」
「うん、平気(へいき)よ。私、こういうことにはなれてるの。だって、悲しくても涙(なみだ)なんか出ないし…。あーあ、何で私には変な男ばっかり寄(よ)ってくるんだろう」
「僕(ぼく)も変な男かもしれませんね。こうして、あなたの悩(なや)みごとを聞いてるんだから」
「あっ、山田さんは違いますから…」と明日香は笑ったが、なぜか涙があふれてきた。
<つぶやき>辛(つら)い時、何でも話せる人がいるといいですね。見つけるのは大変ですけど…。
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T:0032「戦場の架け橋」
 とある有名(ゆうめい)ホテルで創業(そうぎょう)三十周年のパーティが開かれていた。各界(かっかい)の名士(めいし)が招待(しょうたい)され、その子女(しじょ)の方々も奇麗(きれい)に着飾(きかざ)り花を添(そ)えた。このパーティ、ホテルの御曹司(おんぞうし)の結婚相手を見つける目的(もくてき)もあった。だから、お嬢(じょう)さまたちの力の入れようといったら、すごいものだった。御曹司が現れたとたん、水面下(すいめんか)で壮絶(そうぜつ)なバトルが繰(く)り広げられた。わざとぶつかってドレスを汚(よご)したり、御曹司に近づこうとする女性の足を引っかけて転(ころ)ばせたり、まるで戦場(せんじょう)である。
 その戦場の中で一人だけ、御曹司には目もくれず黙々(もくもく)と食事を楽しんでいる女性がいた。彼女は、隅(すみ)の方で淋(さび)しげに座っている娘(むすめ)に気がついて声をかけた。
「ねえ、これ美味(おい)しいよ」とご馳走(ちそう)を盛(も)った皿(さら)を差し出した。娘はそれを受け取り、
「あ、ありがとうございます」娘は悲しさを隠(かく)すように微笑(ほほえ)んだ。
「あら、大変(たいへん)。ドレスが汚れちゃってるわ。あなた、もう諦(あきら)めちゃうの?」
「私は、そんなんじゃないんです。ただの友だちで…。大学で知り合っただけで…」
「そう。あいつが呼(よ)んだんだ。ふーん、何か分かる気がするな。いいわ、私が呼んであげる」彼女はそう言うと、大声で御曹司を呼びつけて、「ダメでしょ。彼女をひとりにさせて」
「姉(ねえ)さん、大声出さないでよ。仕方(しかた)ないだろ、動けなかったんだから」
「さあ、これでいいわ。後は二人で楽しみなさい。じゃあねぇ」
<つぶやき>こんな小粋(こいき)なお姉さんがいてくれると、ちょっと楽しいかもしれませんね。
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T:0031「週末婚の憂鬱」
 康雄(やすお)と香織(かおり)は三十代半(なか)ばで結婚(けっこん)し、いつの間にか結婚四年目に突入(とつにゅう)していた。二人は平日は別々に生活(せいかつ)して、週末(しゅうまつ)だけ一緒(いっしょ)に暮(く)らす週末婚(しゅうまつこん)という生活をしていた。仕事の忙(いそが)しい二人にとって、それが一番いい選択(せんたく)だと思ったからだ。でも、四年もたってみると…。
「ねえ、ここには仕事を持ち込まない約束(やくそく)でしょ」香織はイライラしていた。
「仕方(しかた)ないだろ。急(いそ)ぎの仕事で、月曜までに仕上(しあ)げないといけないんだから」
「あなた、先週も仕事だって言って来なかったじゃない!」
「あの時は…、いろいろあって大変(たいへん)だったんだよ」康雄は目を合わそうとしなかった。
「何よ、いろいろって。夜遅(おそ)くても、帰ってこられるでしょ。私、待ってたんだから!」
「ちゃんと、電話しただろ。君だって、そういうこと、あったじゃないか。……。なあ、どうしたんだよ。そんなに怒(おこ)ることじゃないだろ」
「別に、怒ってなんかいないわよ。ただ、私は…」
「仕事、うまくいってないのか? だったら、もう辞(や)めちゃえよ。君がいなくたって…」
「何で、どうして私が辞めなきゃいけないのよ。そんなこと言わないで!」
「ごめん。言い過(す)ぎたよ」康雄は香織を優(やさ)しく抱(だ)きしめた。その時、携帯(けいたい)が鳴り出した。
 康雄は着信(ちゃくしん)を確認(かくにん)すると、急に顔色(かおいろ)を変えて部屋を出て行った。そして、声をひそめて電話の相手に答えた。「週末はダメだって……。いや、そうじゃなくて…」
<つぶやき>どんなに忙しくても、二人の時間を大切に。会話があれば心は結(むす)ばれてます。
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T:0030「君を好きになった理由(わけ)」
 どうして君(きみ)を好きになったんだろう?
 出会いは最悪(さいあく)だった。君は僕(ぼく)を殴(なぐ)り飛ばしたんだから。君の友達をもて遊んだ男と間違(まちが)えて…。僕ってそんなにひどい男に見えたのかな? その後、君は僕に謝(あやま)るどころか、ひと晩(ばん)じゅうつき合わせたよね。いま思うと、それが君にとって精一杯(せいいっぱい)の謝罪(しゃざい)だったのかな?
 初めて会ったときから、君は自己中(じこちゅう)でわがままだったよね。僕が携帯(けいたい)番号を教えたら、毎日のようにかけてきて…。あれは何だったのかな? 君はひとりでしゃべって、僕の返事(へんじ)も聞かずにすぐに切ってしまう。結局(けっきょく)、僕が君に合わせるしかないじゃないか。
 僕が約束(やくそく)の時間に遅(おく)れたとき、君はほっぺたを丸くして僕を睨(にら)みつけたよね。僕はそれを見て笑っちゃった。だって、とっても可愛(かわい)かったから。その時からかな、君のことを好きになったのは。でも、僕から君に近づくと、君は距離(きょり)をとってしまう。どうしてかな?
 君から突然(とつぜん)別れようって言われたとき、僕は目の前が真っ暗になった。理由(わけ)を訊(き)いても、君は泣いてばかりで。はじめて君の涙(なみだ)を見た。この時、僕は決めたんだ。君を守るって。君を抱(だ)きとめることができるのは、僕しかいないんだから。僕がそう言ったら、君は黙(だま)ってうなずいたよね。今、君は僕の横で寝息(ねいき)をたてている。あの涙は何だったのか、今でも分からない。でも、いいんだ。君の幸(しあわ)せそうな寝顔(ねがお)を、こうして見ていられるんだから。
<つぶやき>相手(あいて)のすべてを知ることはできません。でも、愛があればそれで充分(じゅうぶん)です。
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T:0029「ママの楽しみ」
「ごちそうさま」
 愛子(あいこ)は箸(はし)を置いて、ため息をついた。その様子(ようす)を見て母親は、
「どうしちゃったの? いつもなら呆(あき)れるぐらい食べるくせに」
「別に…。なんか、食欲(しょくよく)ないの」
 母親は娘の額(ひたい)に手をあてて、
「熱(ねつ)はなさそうねぇ。あっ! もしかして、好きな人でも…」
「そ、そんなんじゃないよ。な、なに言ってるの」愛子はあきらかに慌(あわ)てていた。
「そうなんだ。よかったわ。あんたもやっと恋(こい)に目覚(めざ)めたのね」
「やっとって何よ。私だって、それくらい…」
「で、誰(だれ)なの? 高校の同級生? もう、告白(こくはく)したの。それとも、されちゃった?」
「勝手(かって)に決めつけないでよ。そんなんじゃないってば…」
「ママにも憶(おぼ)えがあるわ。あれは、小学六年の夏だったなぁ」
「まだ、子供じゃない。そんなの恋じゃないわよ」
「なに言ってるの。恋に齢(とし)は関係ないのよ。今度、家に連れてきなさい。いいわね」
「えっ? そんなの、無理(むり)だよ。パパがなんて言うか…」
「そうね、パパにはショックが大きいかもね。でも、パパがどんな顔するか楽しみだわ」
「ママ、何を期待(きたい)してるの? やめてよ、もう」
<つぶやき>父親の心をもてあそばないようにして下さい。繊細(せんさい)な生き物なのですから。
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T:0028「ウルトラQQ」
 とある温泉旅館(おんせんりょかん)で事件(じけん)は起こった。ここに宿泊(しゅくはく)していた女性客が、部屋から忽然(こつぜん)と姿(すがた)を消したのだ。部屋には荷物(にもつ)が残され、飲みかけのお茶と、食べかけの茶菓子(ちゃがし)がそのままになっていた。すぐに警察(けいさつ)が呼ばれたが、なにぶん田舎(いなか)なので駐在所(ちゅうざいしょ)の老巡査(ろうじゅんさ)がやって来た。
「そんで、だれも旅館から出てくの見とらんのかね?」
 老巡査は従業員(じゅうぎょういん)一人一人に訊(き)いてみたが、だれも見たものはいなかった。
「旅館の中、くまなく探してもおらんかったんだね。そんで、どんな人だったん?」
「それが…」担当(たんとう)の仲居(なかい)が答えた。「顔はよく分からんのだわ。帽子(ぼうし)かぶってサングラスかけて、マスクしとったの。でもね、背格好(せかっこう)は女の人だったよ」
「顔が分からんかったら、捜(さが)しようないわなぁ」老巡査は頭をかいて、「荷物、見せてもらえるかな? なんか、手掛(てが)かりがあるかもしれんし」
 残されていたのは小さな鞄(かばん)が一つだけだった。どう見ても男物(おとこもの)の鞄だ。女性の持ち物とは思えない。老巡査は鞄を開けてみた。中に入っていたのは、女性がかぶっていた帽子に、サングラスとマスク。それに、女性が着ていた服。これは、仲居が間違(まちが)いないと確認(かくにん)した。
「とすると、その女性は裸(はだか)で出て行ったのか!」老巡査は目を丸くした。
 結局、この事件はだれかの悪戯(いたずら)として処理(しょり)された。真相(しんそう)はいまだに闇(やみ)の中である。
<つぶやき>その人はきっと透明人間(とうめいにんげん)だったんじゃないのかな。あなたはどう思います?
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T:0027「我ら探検隊」
 UMA(ユーマ)探検隊(たんけんたい)は深い森の中に分け入った。今回の目的はツチノコ捜索(そうさく)である。先日、この森の中でツチノコの目撃情報(もくげきじょうほう)があったのだ。はたして、彼らはツチノコを発見できるのか?
「野元(のもと)隊長。目撃されたのは、この辺りだと思われます」
「いよいよ、我々の活動(かつどう)が報(むく)われる時が来た。身を引き締(し)めて、捜索にあたってくれ」
 隊長の檄(げき)が飛び、隊員たちは散開(さんかい)し、辺りをくまなく探し回った。だが、いっこうに見つかる気配(けはい)はなかった。時間だけが、虚(むな)しく過ぎていく。
「隊長、もう無理(むり)ですよ。あきらめましょうよぉ」
「何を言ってるんだね。明子(あきこ)隊員、最後まであきらめちゃだめだ」
「隊長、あれを見て下さい!」松村(まつむら)隊員が、森の先を指さした。そこには街(まち)の明かりが…。
「はーい! もうやめましょう」明子は覚(さ)めた口調(くちょう)で、「みなさーん、撤収(てっしゅう)しますよーぉ。集めたゴミは、車のところまで運んで、分別(ふんべつ)して下さーい。お願いしまーす」
「明子君、次はもっとやり甲斐(がい)のある所へ行きたいね。ヒマラヤで雪男(ゆきおとこ)の捜索とか…」
「社長、わが社にそんな余裕(よゆう)はありません。ボランティア活動もいいですけど、社員を探検ごっこに付き合わせるのは、もう止めて下さい」
「いいじゃないか。楽しまなきゃ。それに、このビデオでCMを作れば、一石二鳥(いっせきにちょう)だよ」
<つぶやき>この会社の行く末(すえ)は大丈夫(だいじょうぶ)なの? でも、遊び心は大切です。忘れないでね。
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T:0026「プレゼント」
 今日は彼の誕生日(たんじょうび)。彼といっても、私の片思(かたおも)いなんだけど…。彼は、私のことをたくさんいる友達の一人としか思っていない。今度の誕生パーティだって、特別(とくべつ)に招待(しょうたい)されたわけじゃない。なのに私ったら、彼へのプレゼントを真剣(しんけん)に探して、何を着ていくかで悩(なや)んでいる。ほんと、バカみたいだよね。私にもう少し勇気(ゆうき)があったら、彼に告白(こくはく)して…。
 誕生パーティはレストランを貸(か)し切って盛大(せいだい)に始まった。彼の周(まわ)りには奇麗(きれい)な女の子がいっぱいいて、私は足がすくんでしまった。大きなバースデーケーキの横には、たくさんのプレゼントが積(つ)み上げられていて。私のプレゼントより、大きくて豪華(ごうか)なものばかり。
 私はパーティとか華(はな)やかな場所はほんとは苦手(にがて)なんだ。だから、隅(すみ)の方で小さくなっていた。彼へのプレゼントを握(にぎ)りしめて…。私がぼんやり座っていると、
「やあ、来てくれたんだ」彼がすぐ横に座って話しかけてきた。私はドキドキして、
「あの…、おめでとう…」彼の顔をまともに見ることができなかった。でも、少しだけ勇気を出して、「これ、あなたにと思って…」プレゼントを渡すことができた。
「君からプレゼントをもらえるなんて…。ありがとう」
 彼は嬉(うれ)しそうに受け取ってくれた。そして、「ねえ、誰か、付き合ってる人とか…、いるのかな?」私が首(くび)を振ると、「だったら、僕と付き合って下さい。ああッ…、やっと言えた」
 彼はほっとした顔をして、私に微笑(ほほえ)んだ。
<つぶやき>気持ちはちゃんと伝えないと、なにも始まりませんから。はじめの一歩です。
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T:0025「エリカちゃん」
 由佳(ゆか)は、お手伝(てつだ)いロボ<エリカちゃん>を手に入れて上機嫌(じょうきげん)だった。これで家事(かじ)から解放(かいほう)され、自分だけの時間を楽しむことができる。エリカちゃんは最新式(さいしんしき)だけあって人間とそっくりで、ロボットとは思えないほどだ。由佳と同じ二十代の女性をモデルに作られていた。
 由佳は分厚(ぶあつ)いマニュアルを見て、「こんなに読めないわ。まっ、いいか」と言ってロボットの起動(きどう)スイッチを入れた。動き出したエリカちゃんに、由佳は掃除(そうじ)、洗濯(せんたく)、炊事(すいじ)と次々に家事を言いつけた。由佳は大満足(だいまんぞく)だった。いつどこへ出かけても、時間を気にしなくてもいい。すべてエリカちゃんがやってくれるから――。
 今日も遅(おそ)くまで友達と遊んで帰ってみると、エリカちゃんは夫(おっと)とソファーでくつろいでいた。肩(かた)を抱(だ)いたりして、夫もまんざらでもない様子(ようす)。それを見た由佳は、
「エリカ、何してるの? ちゃんと仕事をしなさい!」
「あなたこそ、いつまで遊んでるのよ」エリカは命令口調(めいれいくちょう)になり、「早く部屋を片づけなさい。洗濯物(せんたくもの)だってたまってるのよ。さっさとやりなさい!」
「えっ…」由佳は怖(こわ)くなりトイレに逃げ込み、携帯(けいたい)でメーカーに電話をかけた。メーカーの担当者(たんとうしゃ)は、「ありがとうって言いました? 人間と同じで、感謝(かんしゃ)の言葉(ことば)をかけないと暴走(ぼうそう)するんです。マニュアルの注意書(ちゅういが)きにも書いてあるんですがね。よく、読んでみて下さい。対処法(たいしょほう)としましては、しばらくエリカの言う通りにしてれば、もとに戻(もど)ると思います」
<つぶやき>近日、お助けロボ<タクヤくん>発売決定! 予約(よやく)はお早めにお願いします。
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T:0024「運命の出会い」
 窓(まど)から気持ちのいい朝日(あさひ)が射(さ)し込み、良太(りょうた)は目を覚ました。だが、昨夜(ゆうべ)、飲みすぎた良太は最悪(さいあく)の状態(じょうたい)だった。頭はガンガンするし、何となく気分もよくないのだ。どうせ今日は休みだし、このまま寝ていようと良太は決め込んだ。
 寝返(ねがえ)りを打って、ふっと目を開けたとき、良太は驚(おどろ)いて飛び起きた。そこに、女の子が寝ていたのだ。それも、かなり可愛(かわい)い…。良太は目をぱちくりさせて、何でこうなったのか必死(ひっし)に思い出そうとした。でも、昨夜、友達と店を出てからの記憶(きおく)がないのだ。どうやって家に帰って来たのかも…。
 良太があたふたしていると女の子が目を覚まし、「おはようございます」と言って可愛い笑顔で起き上がり、良太の顔を見つめた。良太はあまりの美しさに、身体(からだ)が震(ふる)えた。
「あの…、おはようございます」良太は思わず挨拶(あいさつ)を返したが、「えっと、どなたですか?」
「忘れちゃったんですか? 昨夜、会ったじゃないですか」
「あの、どこで会ったんですかね? よく覚えてなくて…。すいません!」
「別にいいんですよ、そんなこと。これから、よろしくお願いします。今日から、あなたにつくことにしました。だって、私と気が合いそうだから」
「えっ、これからって? つくってなに?」良太には何のことかまったく分からなかった。
「たまにいるんですよ。私たちのことが見えてしまう人って。ふふふふ……」
<つぶやき>記憶(きおく)をなくすほど飲まないようにして下さい。何が起こるか分かりませんよ。
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T:0023「いちご症候群」
 ここは心療内科(しんりょうないか)の診察室(しんさつしつ)。今日もちょっと変わった患者(かんじゃ)がやって来た。
「どうされました?」美人(びじん)の先生は優しく微笑(ほほえ)んた。
「あの…」患者はそわそわして周(まわ)りを気にしながら小さな声で言った。
「実は、見えてしまうんです」
「えっ?」先生は患者を落ち着かせようと、「大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。何が見えるんですか?」
 患者は震(ふる)える手を押さえながら、「僕、食べ物に見えてしまうんです。いろんなものが…。あれ、先生のくちびる…」患者は先生の口元(くちもと)をじっと見つめた。
「吉田(よしだ)さん、大丈夫ですか? 私のくちびるが、何かに見えるんですか?」
「ああああ…」患者は何とか理性(りせい)を保(たも)とうと踏(ふ)みとどまって、
「イチゴ…。みずみずしいイチゴに見えます。ああああああ…、食べたい!」
「吉田さん。落ち着きましょう。深呼吸(しんこきゅう)して下さい、ほら」先生は深呼吸をして見せた。
 だが、これは逆効果(ぎゃくこうか)だった。患者はつばを飲み込み、目を血走(ちばし)らせ、くちびるを奪(うば)おうと先生に抱(だ)きついた。驚いた先生は悲鳴(ひめい)をあげて、患者を思いっ切りひっぱたいて、
「何すんのよ。この変態(へんたい)おやじ!」と叫(さけ)んでから、先生ははっと我(われ)に返った。
「あらっ、私ったら…」先生は慌(あわ)てて患者に駆(か)け寄り、「すいません、大丈夫ですか?」
 患者は先生の顔を覗(のぞ)き込み、「あれ、治(なお)ってる。先生、もうイチゴに見えません!」
<つぶやき>とても不思議な病気ですよね。でも、あなたの一撃(いちげき)で治るかもしれません。
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T:0022「アフター5のシンデレラ」
 ちょっと昔(むかし)のお話しです。財閥(ざいばつ)の一流企業に、なぜか中途採用(ちゅうとさいよう)で一人の女の子が入社しました。彼女は黒眼鏡(くろめがね)をかけて髪(かみ)はぼさぼさ、化粧(けしょう)もしてないようなみすぼらしい娘でした。それに、仕事ものろまで、失敗(しっぱい)ばかりしていて、いつも怒鳴(どな)られていました。
 そんな風(ふう)なので先輩(せんぱい)の女子社員からは雑用(ざつよう)にこき使(つか)われ、男子社員からも見向きもされず、声をかけられることもありませんでした。そんな彼女ですが、愚痴(ぐち)をこぼすこともなく、こまねずみのように働いていました。
 ある日、前が見えないほど書類(しょるい)を抱(かか)えて歩いていた彼女は、一人の男子社員とぶつかって転(ころ)んでしまいます。彼女はおどおどして「すいません」と頭を下げますが、男子社員はニコニコ笑って、「大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」と優(やさ)しく手を取ってくれました。
 その男は真面目(まじめ)だけが取り柄(え)で、いつも楽しそうに仕事をしていました。男は彼女を見た途端(とたん)、好きになってしまいます。一生懸命(いっしょうけんめい)に働いている彼女を、何かと手伝(てつだ)うようになったのです。男はどんな陰口(かげぐち)を言われても、まったく気にしませんでした。
 いつしか二人は付き合うようになりました。そして、彼女は男を家に招(まね)くことにしたのです。彼女に連れられて、男はそわそわしながら家に向かいます。そして、
「ここなんですよ」と彼女が指さした先には、立派(りっぱ)な豪邸(ごうてい)が建っていました。
 実は彼女は、財閥のお嬢さんだったのです。男は、足がすくんでしまいました。
<つぶやき>この二人は、これからどうなるのでしょうか? 幸せになってほしいなぁ。
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T:0021「漬ける女」
 とある喫茶店(きっさてん)で、紗英(さえ)は悲しそうな顔をして、涙(なみだ)をこらえていた。そんな紗英を見て、親友の麻美(あさみ)はあきれた顔をしてささやいた。
「もう、こんなところで泣(な)かないでよ」
「だって、あの人ったら、私を捨(す)てたのよ。お前みたいな重い女とは、もう付き合えないって」紗英の目から、ひとすじ涙がこぼれた。
「もう…」麻美はハンカチを手渡して、「だからやめなって言ったじゃない」
「私、あの人のために、いろいろしてあげたのよ。それなのに、それなのに…」
「紗英はね、尽(つ)くしすぎるのよ。もっとさ、私みたいに気楽(きらく)に…」
「あの人ね、私といると、漬(つけ)け物石(いし)を抱(だ)いてるみたいだって言ったのよ」
「漬け物石? 今どき、そんなの使わないでしょ。けっこう、古風(こふう)な人だったのね」
「私もね、つい言っちゃったの。あなたみたいなフニャフニャで、野沢菜(のざわな)みたいな人…」
「へーえ、言っちゃったんだ。紗英、それでいいんだよ。あんな男なんて忘れなよ」
「私が、野沢菜って言ったから、嫌(きら)われたのよ。きっとそうよ。それで、出てけって…」
「もう。別れた男のことで、イジイジしないの。スッパリと忘(わす)れなきゃ。いいわ、私がもっといい男、見繕(みつくろ)ってあげる。そうね、歯(は)ごたえのありそうな、カブみたいな人とか…」
 紗英はすごい形相(ぎょうそう)で睨(にら)みつける。麻美は殺気(さっき)を感じて、「もう、冗談(じょうだん)だってば…」
<つぶやき>こんな一途(いちず)な人もいるんですよ。今度は素敵(すてき)な人と出会えるといいですね。
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T:0020「自殺志願者」
 一人の男が公園(こうえん)のベンチに座(すわ)り、悲嘆(ひたん)に暮(く)れていた。そこへ幼(おさな)い少女が近寄って来た。
「ねえ、おじちゃん。どうしたの?」
 少女はあどけない笑顔で男の顔を覗(のぞ)き込んだ。男は少女の方を見るが、目をそらして額(ひたい)に手をあてて大きなため息をついた。
「一人にしてくれないか」男はかすれた声でつぶやくと、「おじちゃんは、これから遠(とお)いところへ行かなきゃいけないんだ」
「遠いところ?」少女は男の手を取り、「ねえ、あたしも連れてって」
 少女の小さくて温(あたた)かい手とつぶらな瞳(ひとみ)は、男の寒々(さむざむ)とした心にぬくもりを与えた。
「あたしも行きたい。だってね、遠いところにはママがいるんだよ。ママに会いたいの」
「そんなこと言っちゃいけない」男は少女を抱(だ)きしめて、「死んじゃいけないよ!」
 ――次の瞬間(しゅんかん)、「はい、終了(しゅうりょう)です」と声が聞こえてきて、ベンチや少女は跡形(あとかた)もなく消え失(う)せ、白(しろ)一色の部屋に変わった。そして、音もなく自動扉(じどうとびら)が開いた。
「今度はいけると思ったのになぁ」男は部屋から出ると受付(うけつけ)の女性に、「またダメですか?」
「そうですね。もう少し頑張(がんば)っていただかないと、自殺許可証(じさつきょかしょう)は発行(はっこう)できませんね」
「あの、また予約(よやく)をお願いします。今度こそ、頑張りますから」
「では、次は一週間後です。それまで、しっかり生きていて下さいね」
<つぶやき>生きることも大変ですが、死ぬことも大変かもしれません。生き抜いて…。
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T:0019「大切な宝物」
「ねえ、これはなに?」
 妻(つま)は、薄暗い藏(くら)の中から私を呼(よ)んだ。外で発掘品(はっくつひん)を整理(せいり)していた私は、懐中電灯(かいちゅうでんとう)を手に穴蔵(あなぐら)へ向かった。
 実は、崩(くず)れかけている古い藏を取り壊(こわ)すことにしたのだ。何代(なんだい)も前の先祖(せんぞ)が建てたもので、長年の風雨(ふうう)で痛(いた)みがひどくなり、この間の台風(たいふう)でとうとう壁(かべ)が崩れてしまったのだ。
 この藏にはいろんな思い出がある。子供の頃、悪(わる)さをして父親に閉じ込められたり、祖父(そふ)と一緒(いっしょ)に探検(たんけん)したこともあった。今思うと、祖父はかなりの変わり者だった。ほとんど家にはいなかったのだ。いつも旅をしていて、突然(とつぜん)帰ってくる。どんな仕事をしているのか聞いてみたことがあったが、祖父は「わしは、探検家(たんけんか)さ」と笑っていたのを覚(おぼ)えている。
「ねえ、これすごいよ」妻は私にほこりにまみれた小さな箱(はこ)を見せた。
「これは…」私には見覚(みおぼ)えがあった。祖母(そぼ)が大切(たいせつ)にしていた箱だ。でも、中に何が入っていたのか、私には記憶(きおく)がなかった。たぶん、祖母が亡(な)くなってから、父が藏にしまったのだろう。妻はそっと箱を開けてみた。私は懐中電灯で中を照(て)らす。
「うわっ!」妻は驚きの声をあげた。「すごくきれい。ねえ、見て!」
 中に入っていたのは、たくさんの絵はがきだった。昔の風景(ふうけい)や人物(じんぶつ)、花などが印刷(いんさつ)されていた。文面(ぶんめん)を見ると、祖父が祖母に宛(あ)てた手紙で、愛情(あいじょう)込めた言葉がつづられていた。
<つぶやき>大切な人に、あなたは何を残しますか? どんなものでも、それは宝物(たからもの)です。
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T:0018「遠距離ストーカー」
「あっ、まただ」淳子(じゅんこ)は着信(ちゃくしん)したばかりのメールを見て呟(つぶや)いた。
「どうしたの?」一緒(いっしょ)にお茶をしていた菜月(なつき)が、ケーキを頬張(ほおばり)りながら聞いてきた。
「私のストーカー」淳子は平気(へいき)な顔でそう言うと、「毎日ね、メールしてくるのよ」
「ストーカーって…。なにそれ?」菜月は心配(しんぱい)して、「大丈夫(だいじょうぶ)なの?」
「私の故郷(ふるさと)にいる元彼(もとかれ)なの。もう、しつこくて」
「元彼? それだったら、着信拒否(きょひ)とかすればいいじゃない。そうすれば…」
「えっ、そんなことしたら、もう届(とど)かなくなるじゃない」
「なに言ってるの。迷惑(めいわく)してるんでしょ?」
「だって、今まで来てたのが来なくなったら、なんか淋(さび)しいじゃん」
「あんた、ときどき分かんないこと言うよね。そもそも、何で元彼と別れたの?」
「えっとね、こっちでやりたい仕事(しごと)があったし、都会(とかい)に来たかったの」
「それで、その元彼は許(ゆる)してくれなかったんだ」
「ううん。黙(だま)って来ちゃった」
 淳子は婚約指輪(こんやくゆびわ)を見せて、「結婚の約束(やくそく)までしたんだけどね」
「えっ! あんたね、指輪を返して、ちゃんと別れてから出てきなさいよ」
「私、彼のとこ嫌(きら)いじゃないし。向こうに戻ったら、結婚するかもしれないじゃん」
<つぶやき>こんな自由奔放(じゆうほんぽう)な彼女と付き合うのは、とっても大変じゃないかと思います。
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T:0017「初恋前夜」
 ありさは校門(こうもん)のところで里子(さとこ)を待っていた。この二人は気が合うようで、学校ではいちばんの仲良(なかよ)しだった。でも、今日は何だか、ありさの様子(ようす)がちょっといつもと違うみたいだ。里子が来ると、ありさは言いにくそうに、
「あのね…。里(さと)ちゃんに頼(たの)みがあるんだけど…」
「なに? 何でも言ってよ。でも、勉強(べんきょう)のことは無理(むり)だからね」
「佐藤(さとう)君のことなんだけど…」ありさは頬(ほお)を赤らめて、「付き合ってる子とか、いるのかな?」
「佐藤? 良夫(よしお)のこと」里子は笑いながら、「いない、いない。いるわけないよ。だって、部活(ぶかつ)のないときは、いつも私の家に来て暇(ひま)つぶししてるのよ」
「そおなんだ。里ちゃんは、佐藤君のこと、どう思ってるの? 好きとか…」
「えっ? 私は…」里子は今まで良夫のことをそんなふうに考えたことはなかった。
「あいつとは幼稚園(ようちえん)のときからの幼(おさな)なじみで、好きとかそういうのは…」
「じゃあ、いいよね。私が好きになっても」ありさは思わず言ってしまった。
 里子は驚(おどろ)いた。良夫のことをそんなふうに思っていたなんて。ありさは恥(は)ずかしそうに、
「ねえ、佐藤君に、私と付き合ってほしいって、伝(つた)えてくれない?」
 里子は胸(むね)が騒(さわ)いだ。何だか分からないけど、大切(たいせつ)なものを無(な)くしてしまうような、淋(さび)しい気持ちになった。だから、里子はこんなふうに答えてしまった。
「それは、無理よ。私からは…、言えないわ。ごめんね。ほんと、ごめん」
<つぶやき>この二人はこれからどうなるのでしょう? 親友のままでいてほしいけど…。
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T:0016「探しものは…」
 もう陽も落ちて薄暗くなった教室で、二人の生徒(せいと)が何かを探していた。
「どうしてないのよ」やよいはべそをかきながら、「困(こま)ったなぁ。どうしよう…」
「他のとこに持ってったんじゃないのか?」祐介(ゆうすけ)は呆(あき)れて、「お前、そそっかしいからな」
「他のとこって…。あっ、音楽室(おんがくしつ)かも。帰る前にそこによったのよ」
 二人は暗い廊下(ろうか)を音楽室に向かった。昼間と違って何だか別の場所のようだ。薄気味悪(うすきみわる)い感じなので、やよいは祐介の腕(うで)をつかんだ。階段を上がって行くと、ピアノの音が聞こえてきた。二人は顔を見合わせて、息を呑(の)んだ。三階について音楽室の方を見たとき、何かがすーっと動いたような気がした。やよいは思わず祐介にしがみついて言った。「何かいたよぉ」
「バカ、気のせいだよ」祐介は怖(こわ)いのを我慢(がまん)して、「ほら、行くぞ」
 ピアノの音はいつの間にか消えていた。音楽室の扉(とびら)をそっと開けて、二人は中に入った。中には誰もいなかったが、ピアノのふたが開けられたままになっていた。やよいは教壇(きょうだん)の上に探していたものを見つけて駆(か)け寄(よ)り、「あった。あったよ、祐介」やよいは大事(だいじ)そうにそれを祐介に手渡(てわた)して、「はい、プレゼント。今日は私たちが初めて…」
「それ、神田(かんだ)さんのなの。ダメじゃない、忘れていっちゃあ。大切(たいせつ)なものなんでしょ」
 突然(とつぜん)先生に声をかけられたので、二人はどぎまぎしてしまった。
<つぶやき>大切なものは無くさないようにしないといけません。気をつけて下さいね。
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T:0015「ふくらむ疑惑」
「ねえ、あなた」君江(きみえ)は背広(せびろ)のポケットに入っていた一枚のメモを見せて、「これはなに?」と微笑(ほほえ)んだ。
 隆(たかし)は遅(おそ)い夕食を食べながら、ちらっとメモを見て、「えっ、何それ?」
「あれ、とぼけるんだ。読んであげましょうか?」
 君江は夫(おっと)に疑(うたが)いの目をむけた。
 隆はきょとんとして、ふくれている妻(つま)を見た。君江はおもむろにメモを読み始める。
「今日は楽しかったわ。まさか、二人であんなことが出来るなんて、思ってもみなかったんですもの。また誘(さそ)って下さいね。待ってるわ。かおり」
 メモを読み終えた君江は、「さあ、ちゃんと説明(せつめい)して。かおりって誰(だれ)なの?」
「かおり? 知らないよ。知るわけないだろ」
「とぼけないでよ! かおりって人と、何をしたの!」
「何もしてないよ。ほんとだって」隆には身に覚えがないようだ。
「今日のことよ。忘れたなんて言わせないから。会社の人じゃないの? それとも…」
「あっ、思い出したよ。あの、このあいだ移動(いどう)で来た娘(こ)で…。それで、席(せき)が隣(となり)になって、いろいろ教えてあげたりとか…。ちょっと変わった娘(こ)で、天然(てんねん)っていうか…」
「それで、仲良(なかよ)くなったんだ。で、あんなことやこんなことして、楽しんだんだ…」
 二人の話し合いは、深夜(しんや)まで続いた。この結末(けつまつ)は、ご想像(そうぞう)におまかせします。
<つぶやき>些細(ささい)なことが、とんでもないことになるときも、あるのです。気をつけて。
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T:0014「恋の始まり」
「おはよう。田中(たなか)君…、早いのね」ななみは恥(は)ずかしさのあまり声がうわずっていた。
「あ、吉田(よしだ)さん。あの、どうも…」田中の方も何だか落ち着かない様子(ようす)だ。
 この二人、お互(たが)いに好きなのだ。でも、それが言い出せないでいた。他の友達がいるときは何でもないのだが、いざ二人っきりになると意識(いしき)しすぎてしまい何も話せなくなる。二人してもじもじしていると、それぞれの携帯(けいたい)が鳴(な)り出した。
「あ、さゆり。何してるの、遅いよ。えっ…、今日、来られない? 何でよ…」
「何だよ、研二(けんじ)。早く来いよ。えっ、嘘(うそ)だろ。どうすんだよ。えっ…」
 今日は友達四人で水族館(すいぞくかん)に行くことになっていた。それが、ドタキャンされたみたいだ。実(じつ)は、友達が気をきかせて、二人っきりになれるように計画(けいかく)したのだ。二人はどうしていいのか分からず、うつむいてしまった。でも、真(ま)っ赤な顔をしたななみの方から、
「あの…、さゆり、来られないって。何か…、急に用事(ようじ)が出来たみたいなの」
「そう…。沢田(さわだ)も、今日、ダメだってさ。どうしようか…、これから」
「えっと…、行かない? 水族館。二人で…。せっかく、来たんだから…」
「そうだね。うん…、そうしようか。それがいいよ」
 二人はぎこちなく歩き出した。二人の恋の時計(とけい)が、ゆっくりと動きはじめた。
<つぶやき>恋の始まりは、突然(とつぜん)やって来るんですよね。今思えば、その頃(ころ)がいちばん…。
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T:0013「復活の日」
 古びた酒場(さかば)のカウンターで、一人の男がバーボンを飲んでいた。だいぶ酔(よ)いが回っているようで、うつろな目をして物思(ものおも)いにふけっていた。そこに、この店には不釣(ふつ)り合いな、二十歳(はたち)ぐらいの若い女が近寄ってきて、隣(となり)の席に座り男の顔を覗(のぞ)き込んだ。
「ねえ」女は男に声をかけ、「私にダンス教えてよ。お願い」
 男は女の顔をちらりと見ただけで、何も言わずに残っていたバーボンを喉(のど)に流しこんだ。
「おじさん、聞いてんの? 何とか言いなよ」女はイラついて男の腕(うで)をつかんだ。
 男はその手を振りはらうと、「何度来ても同じだ。俺(おれ)は、ダンスはやめたんだ」
「そんなこと言わないで。私も、おじさんみたいに一流(いちりゅう)のダンサーになりたいの」
 女の目は真剣(しんけん)だった。男の心は揺(ゆ)れていた。彼女を見ていると、昔の自分とそっくりなのだ。捨(す)てたはずの夢(ゆめ)がちらつき、心の片隅(かたすみ)で熱い気持ちがくすぶり始めていた。
「やめとけ。俺みたいになるだけだ。踊れなくなったら、もう死んだも同然(どうぜん)だ」
「だったら、私が生き返らせてあげる。おじさんがなくした夢、私が取り戻(もど)してあげるわ」
「お前な……」男は何か言いかけたが、しばらく考え込んで、「俺の授業料(じゅぎょうりょう)は高いぞ」
「えっ…、教えてくれるの? ありがとう! でも、授業料っていくらなの?」
 男は飲んでいたグラスを差し出し、「こいつ、一杯(いっぱい)だ」
<つぶやき>いくつになっても、熱い情熱を忘れないでいたいですよね。青春、万歳!!
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T:0012「約束」
 昼(ひる)近くになって純子(じゅんこ)はベッドから這(は)い出した。今日は久(ひさ)し振(ぶ)りのお休み。もう一ヵ月も休みがなかったのだ。だから、今日は一日をまったりと過ごすことに決めていた。純子は思いっ切り背伸(せの)びをするとニコニコしながら、「今日は、なにしようかなぁ」と呟(つぶや)いた。
 これが純子の平穏(へいおん)な一日の始まり…、のはずだった。一本の電話がかかってくるまでは。
<おめえ、何やってんだ。約束(やくそく)忘れたんけ?>それは男の声だった。
「えっ、どなたですか?」純子には聞き覚(おぼ)えのない声だった。
<バカこくでねえ。オラだ! おめえの物忘(ものわす)れは、大人(おとな)になってもちっとも治(なお)んねえな。そんなんだからさ、いつまでたっても恋人が出来ねえんだ>
「さとし? 何で…、何で番号知ってんの!」それは幼(おさな)なじみの男だった。
<約束通り迎(むか)えに来たさぁ。田舎(いなか)にけえって、結婚(けっこん)すべ>
「いきなり何よ。あんたとなんか結婚しないわよ。するわけないでしょ!」
<なに言ってんだ。三年たっても恋人できなかったら、オラと結婚するって言ったべ>
「そんなこと言ってねえ」でも純子は、冗談半分(じょうだんはんぶん)にそんなことを言ったような気がした。
<すぐ着くからな。もう、淋(さび)しい思いさせねえから。待ってろや>
 純子はこの後、さとしを説得(せっとく)して追(お)い出すのに長い時間を費(つい)やした。結局(けっきょく)、まったりとした休日は夢に終わった。
<つぶやき>冗談半分に変な約束してませんか? 気をつけないととんでもないことに…。
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T:0011「ほんの小さな夢」
 さゆりはラブホテルの一室(いっしつ)で朝を迎(むか)えた。横で寝(ね)ているのは、名前も知らない行きずりの男。彼女は自分の身体を売って、お金を手に入れていた。別に、お小遣(こづか)いが欲(ほ)しくてしているわけではなく、女一人で生きていくにはこの方法(ほうほう)しか思いつかなかったのだ。でも、彼女には夢があった。お金を貯(た)めて雑貨(ざっか)のお店を持つこと。そのための勉強(べんきょう)もしていた。
 さゆりは家庭(かてい)のぬくもりを知らなかった。両親からは邪魔者扱(じゃまものあつか)いされ、いつも一人ぼっちだった。自分の家なのに、そこには彼女の居場所(いばしょ)はなかったのだ。だから、自分のお店を持つことは、自分の居場所を作ることなのかもしれない。
「どうして、こんな商売をしてるんだい」
 男は着替(きが)え終わるとさゆりに声をかけた。
「私、学校もちゃんと行ってないし」さゆりは髪(かみ)をとかしながら、「でもね、勉強は嫌(きら)いじゃないのよ。いまも勉強してる。私には夢があるんだ」
 さゆりは無邪気(むじゃき)に微笑(ほほえ)んだ。
「夢ね」男はしらけた顔で、「夢があったって、幸せにはなれないさ。俺(おれ)は、自分の夢はすべてかなえたけど、そこには幸せなんかなかった」
「そんなことないよ。夢があれば生きていけるわ。もし夢がかなったら、また別の夢を…」
「夢がかなったら、後は失(うしな)うだけだよ。仕事も、家庭もな。後は何も残らない」
「それは違うよ。そんな悲しいこと言わないで…」さゆりは男を優(やさ)しく抱(だ)きしめた。
<つぶやき>どんな人にも夢はあると…。夢は元気の源(みなもと)。人生を喜びで満(み)たしてくれる。
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T:0010「呼びつける」
 佐々木(ささき)は、半年かけて新しい得意先(とくいさき)と契約(けいやく)を結(むす)ぶまでにこぎつけた。今日は契約書を交わす大事(だいじ)な日。佐々木の上司(じょうし)も加わり、得意先の社長と最終的な契約の確認(かくにん)をしていた。
 その時、静かな会議室にメールの着信音が鳴(な)り響(ひび)いた。佐々木は慌(あわ)てて、「すいません」と言ってメールを確認し、「今日はダメだって言ったのになぁ」とつぶやいた。
「今度は何だって?」上司が心配(しんぱい)そうにささやいた。
 佐々木は携帯を上司にこっそりと見せた。そこにあった文面は、
<早く来て。来なかったら怒(おこ)っちゃうから!>
 佐々木の恋人からのメールだった。こういうことはたびたびあったので、上司もなれたもので、「もう少し、待ってもらえないのか? 今はちょっとな…」
「何か問題(もんだい)でもあるのかね?」相手(あいて)の社長はただならぬ様子(ようす)に声をかけた。
「いや、ちょっと個人的(こじんてき)なことでして」
 上司は言葉をにごした。が、またメールの着信音が鳴り響いた。今度は、
<何してるの! 来なさい!! どうなっても知らないわよ!>
「まずいな」メールを見た上司はそうつぶやくと、「ここはいいから、君は行きなさい」
「いったいどうしたんだね?」社長は相手の会社の大事(おおごと)だと思い声を荒(あら)げた。
 上司は仕方なく届(とど)いたメールを見せて、佐々木の恋人のことを説明した。社長はそれを聞くと、「これはいかん。わしにも憶(おぼ)えがあるんだ。すぐ行きたまえ。行かなきゃダメだ!」
<つぶやき>いつの時代になっても、女性はたくましいのです。見くびらないように…。
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T:0009「タイムカプセル」
 久(ひさ)し振(ぶ)りに故郷(こきょう)に帰って来た。二年ぶりぐらいかなぁ。実は家を建て替(か)えることになって、<片付けを手伝いに帰って来い>って連絡(れんらく)があったの。私は高校を卒業(そつぎょう)してから東京の大学に入り、そのまま就職(しゅうしょく)してしまった。だから、私の部屋は高校生のときのままになっている。
 部屋の片付けをしていると、いろんな発見があった。あの頃(ころ)の思い出がこの部屋にはいっぱい詰(つ)まっている。そして、私は見つけてしまった。彼と二人で撮(と)った記念写真。彼も東京の大学に入ったので、二人の付き合いは続いていた。でも、大学を卒業する前に、些細(ささい)なことがきっかけで別れてしまった。いま考えると、別れた原因って何だったのかな。いろんなことが積(つ)もり積もって、二人の気持ちが離(はな)れてしまったのね、きっと。
 写真の中の二人は、今でも恋人のままで時間が止まっていた。まるでタイムカプセルみたいに…。あっ、思い出した。この写真は二人でタイムカプセルを埋(う)めたときのだ。その頃の記憶(きおく)が頭の中を駆(か)けめぐった。高校卒業の記念にって、学校の近くの公園(こうえん)にこっそり埋めたタイムカプセル。たしか、十年後に二人で掘(ほ)り起こそうって約束(やくそく)した。
 私は写真の日付を見て驚いた。十年後って明日じゃない。何だかドキドキしてしまった。明日、行ってみようかな。そしたら、彼に会えるかもしれない…。私ってバカね。そんなことあるわけないのに。何を期待(きたい)してるのよ。でも…、行ってみてもいいよね。
<つぶやき>あの頃の楽しかったこと、忘れたくないよね。そんな思い出を作りましょう。
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T:0008「ロスト・ワールド」
 ここは地球最後の秘境(ひきょう)。深い密林(みつりん)や湿地(しっち)に守られた、前人未踏(ぜんじんみとう)の地である。以前撮(と)られた衛星(えいせい)写真で、密林の中に断崖(だんがい)に囲(かこ)まれた小高い丘(おか)があり、その中央に小さな山があることが確認(かくにん)された。前回の予備調査(よびちょうさ)で新種(しんしゅ)の生物が多数発見されているので、今回の調査には全世界の注目(ちゅうもく)が集まっていた。
 探検隊は断崖を登り切り、いよいよ未知の世界に踏(ふ)み込んだ。そこは倒木(とうぼく)や立木(こだち)にいたるまで苔(こけ)でおおわれていて、今まで歩いてきたジャングルとはまったく違っていた。
「隊長(たいちょう)! あれは何ですか?」
 しばらく歩いたところで隊員(たいいん)の一人が叫(さけ)んだ。何かが倒木のあいだから頭(あたま)を出していたのだ。隊長はすぐに駆(か)け寄り、驚きの声をあげた。
「何でここにあるんだ!」隊長が手にしたのはペットボトルだった。
「こっちにも何かあります!」別の隊員が叫んだ。そこにあったのはスナック菓子(かし)の袋(ふくろ)。
 次々と見つかる人の痕跡(こんせき)に、隊長をはじめ隊員たちは呆然(ぼうぜん)と立ちつくした。何とか目的の小山(こやま)にたどり着いたとき、みんなは言葉をなくした。驚きのあまりしゃがみ込む者や、憤(いきどお)りのあまり涙(なみだ)する隊員さえいた。そこにあったのは、ゴミの山。緑色のごみ袋が積(つ)み上げられて、山のようになっていたのだ。その時、どこからともなく飛行機の音が響(ひび)き始めた。みんなが見上げると、小型の輸送機(ゆそうき)が旋回(せんかい)していて、緑のごみ袋を落とし始めた。
<つぶやき>ゴミはちゃんと持ち帰りましょう。小さなことからでも地球を救えるのです。
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T:0007「飛び立つ男」
 崖(がけ)の上に一人の男が立っていた。ただ立っていた。風が吹き始めると両手を真横(まよこ)に広げて目をつむり、身体で風を受けて背筋(せすじ)を伸(の)ばす。まるで飛び立とうとでもするように。
 そこに一人の女がやって来た。女は、男のしていることを不思議(ふしぎ)そうに眺(なが)めていたが、
「何をしてるの?」と声をかけた。「あなた、昨日もここにいたわね」
「僕は、待ってるんですよ」
 男は空を見上げたまま、女を見ようともしなかった。
「誰(だれ)を待っているの?」
「風を待ってるんです。僕の風を」
「あなたの風?」
 女には、男の言っていることが理解できなかった。「風は誰のものでもないわ。それに、どうやって風を見分けるの?」
「身体で感じるんです。自分の風を感じたら、飛び立つことができる」
「飛び立つ?」女は目を丸くして、「人は飛ぶことなんてできないわ」
「誰が決めたんですか?」男は女の顔を覗(のぞ)き込み、「思い込んでいるだけですよ」
「そんなことない」女はむきになって、「人の身体は飛ぶようにはできてないの」
「辛抱(しんぼう)して自分の風を待ち続ければ、飛び立つことができますよ。やってみませんか?」
「私には、そんな無駄(むだ)なことをする時間はないの。あなたもちゃんと働いた方がいいわ」
<つぶやき>男のロマンを理解することができたら、世界はもっと広がるのでしょうか?
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T:0006「タイミング」
 祐太(ゆうた)は会社の同期(どうき)の女性に思いを寄(よ)せていた。別に一目惚(ひとめぼ)れってわけじゃない。職場(しょくば)でたわいのない話をしたり、仕事のあとの飲み会とかで仲良くなって――。自分でも意識(いしき)しないうちに…、なんか良いよな、やっぱり気になる、好きになっちゃったのかも。てな感じで、<どうしようか>と思い始めたのは一ヵ月前だった。それからというもの、普通(ふつう)に話してるつもりでも、なんだかぎこちなくなっている自分がいた。
 彼女のプライベートのことは詳(くわ)しく知らないし、もしかすると彼氏がいるかもしれない。自分のことをどう思っているのかな? 祐太はあれこれと思い悩(なや)んでしまった。
 そんな祐太に突然(とつぜん)チャンスがめぐってきた。街を歩いていた祐太の目の前に、彼女が現れたのだ。彼女もびっくりした顔をして、
「この近くに友だちが住んでて、それで。田中(たなか)君は?」
「僕は、あの…。この辺(へん)に、住んでるんだよね。それで…」
「そうなんだ。あっ、そうだ。これから時間あります? 友達の家でパーティがあるの。一緒(いっしょ)に行きませんか?」
 祐太は行きたかった。でも、今日は田舎(いなか)から母親が出て来るので、駅まで向かえに行くことになっていたのだ。<なんで!>祐太は心の中で叫(さけ)んだ。彼女ともっと親(した)しくなれるかもしれないのに。祐太は彼女と別れてから、思いっ切りため息をついた。
<つぶやき>こういうことって、あるんですかね? そのうち、良い風が吹いてきますよ。
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T:0005「最後のラブレター」
 かすみさんがこの手紙を見つけたとき、もう僕はこの世界から消えてしまっていると思います。でも、悲しまないで下さい。僕とあなたが過ごした三十年のあいだ、楽しいことがたくさんあったから。僕は、あなたと一緒(いっしょ)にいられて、とても幸せでした。
 僕がこんなとこを言うと、かすみさんは怒(おこ)るかもしれませんね。だって、僕は良い夫ではなかったから。仕事にばかり夢中になって、あなたのとこを一人ぼっちにしてしまった。子供たちのことも、みんなかすみさんに任(まか)せてしまっていたし…。
 でも、あなたのおかげで、子供たちも無事(ぶじ)に育(そだ)ってくれました。とても感謝(かんしゃ)しています。こんなこと、面(めん)と向かっては言えなかった。ちゃんと言っておけばよかったね。
 あなたはいつも家族のことを考えていてくれたよね。僕が入院したときも、毎日のように来てくれた。僕がそんなに来なくていいよって言っても、あなたは<僕と一緒にいられる時間が増えたのよ、こんな幸せなことはない>って笑ってくれた。僕は、あなたの笑顔がいちばん好きだったんだよ。あなたの笑顔はみんなを幸せにしてくれる。
 僕がいなくなっても、笑顔を忘れないで下さい。これからは、あなたのやりたいことを好きなだけしていいんだよ。僕から、かすみさんへのご褒美(ほうび)です。ありがとう。
<つぶやき>人生の節目(ふしめ)にあたり、心のこもった感謝のラブレターを書いてみませんか?
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T:0004「ラブレター」
 山田(やまだ)君へ。突然(とつぜん)こんな手紙(てがみ)を書いちゃって、ごめんなさい。
 私が廊下(ろうか)で転(ころ)んでしまって、持っていたプリントをばらまいちゃったとき、そばにいた山田君は一緒(いっしょ)に集めてくれたよね。あのとき、私、ちゃんとお礼(れい)を言えなくて…。山田君は、そんなこともう忘れているかもしれないけど。私は、ずっと後悔(こうかい)してて…。なんで、ちゃんとありがとうって言わなかったんだろうって。ちゃんと言ってれば…。
 私、山田君と同じクラスになったときから、山田君のことがずっと気になってて…。でも、声をかけることができなかったんだよね。この手紙を書くのだって、ずっと迷(まよ)ってたんだ。友だちに相談(そうだん)したらね、ちゃんと告白(こくはく)した方がいいって言われたの。それで、私、決めたの。
 私、山田君のことが好きです。山田君は、他に好きな人がいるかもしれないけど、それでもいいの。私の片思(かたおも)いでもいい。こんな気持ちになったのは初めてで、自分でもどうしたらいいのか分からないんだ。今もドキドキしてる。でも、なんだか心の中がほわっとしてて、あったかいの。今まで悩(なや)んでいたことが、どっかへ行っちゃった。
 あのときは助けてくれて、ほんとにありがとう。もし、私のこと好きじゃなかったら…、好きになれなかったら、この手紙は捨(す)ててください。
<つぶやき>初恋は青春の思い出よね。心のどこかに隠れてて、時々現れては消えていく。
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T:0003「仕事と恋」
「何でそんなこと言うの? 約束(やくそく)したじゃない! ずっと一緒(いっしょ)にいるって」
 涼子(りょうこ)は電話口で声を荒(あ)らげた。電話相手の彼とは、もう三年の付き合いになる。ここ数ヶ月はお互(たが)いの仕事が忙(いそが)しく、なかなか逢(あ)うことが出来なかった。それに、電話も夜遅くしか出来ないので、長話(ながばなし)をするわけにもいかなかった。涼子は淋(さび)しい思いを我慢(がまん)していた。
 だから、今日はまだ早い時間なのに彼から電話がかかってきて、涼子は飛び上がらんばかりに喜(よろこ)んだ。それが、まさかこんな事になるなんて、夢にも思わなかった。
「どういうことよ。はっきり言ってよ」
 涼子の声は震(ふる)えていた。相手の話を身動(みうご)きもせずに聞いていたが、
「分かんないよ! 仕事がそんなに大切(たいせつ)なの。……そりゃ、私だって、仕事が忙しくて、急に逢えなくなったときあったけど…」
 涼子の目から、一筋(ひとすじ)の涙(なみだ)がこぼれた。
「ねえ、どうしてもだめなの。離(はな)れたくないよ。ずっと一緒にいようよ」
 彼は、涼子が泣いているのに気づいたようだ。
「泣いてなんかいないわよ。二人で出かける旅行、楽しみにしてたんだから。それなのに、私を残して、一人だけ日帰りで帰るなんて。いいわよ、一人で泊(と)まるから。二人分、ご馳走(ちそう)食べてやる!」
<つぶやき>仕事と恋の両立は難しいのかもしれませんね。どっちも大切なんですから。
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T:0002「女の切り札」
「何なのこれ?」
 エコバッグからカップ麺(めん)を取り出して純子(じゅんこ)が呟(つぶや)いた。
「私は醤油味(しょうゆあじ)を頼んだのに、何でとんこつ味を買ってくるのよ」
「だって、ちょうど売り切れてたから」
 隆(たかし)はヤカンに水を入れながら答えた。
「私はいま、醤油味を食べたいの。それ以外はあり得(え)ないから」
「いいじゃない。これだって美味(おい)しいって」ヤカンをコンロにのせて火をつける隆。
「そりゃ、とんこつも美味しいわよ。でも、今は醤油なの。醤油を食べたいの!」
「そんなのいいじゃん。美味しけりゃ、同じだって」隆は無頓着(むとんちゃく)な人間のようだ。
「買ってきて」純子はエコバッグを隆に突(つ)きつけて、「今すぐ買ってきて!」
 隆は純子のわがままには慣(な)れっこになっていたが、今日は我慢(がまん)の限界(げんかい)に達していた。
「お前な、いい加減(かげん)にしろよ! 前から言いたかったんだけど、朝食の目玉焼きに醤油なんかかけるなよ。目玉焼きはソースだろ。俺がせっかく美味しく作ってるのに…」
「なに言ってるの?」
 純子は鼻(はな)で笑って、「目玉焼きは醤油じゃない。常識(じょうしき)でしょ。それより、早く行ってよ。15分だけ待っててあげる。遅れたら、もうこの部屋には入れないから」
「何だよ、それ」隆は背筋(せすじ)に冷たいものが走るのを感じた。「分かった。行ってきまーす」
<つぶやき>隆、負けるな。いつかきっと、報われる時が来るから。たぶん…、きっと…。
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T:0001「お嬢様教育コース」
「ここは何処(どこ)よ!」ファッションモデルのように着飾(きかざ)った若い女性が叫(さけ)んだ。「エッフェル塔(とう)は? 凱旋門(がいせんもん)は何処にあるのよ」
「ここ、ガルバね」と添乗員(てんじょういん)が説明(せつめい)し、「アフリカの秘境(ひきょう)あるよ。どうね、良い景色(けしき)ね」
「どこがよ。何にも無(な)いじゃない」女は頭をかきむしり、「吉田(よしだ)! どうなってるの? 私はパリに行きたかったのよ。パリが私を待ってるの。あなた、なんとかなさい。いいわね」
「お嬢(じょう)様、そう言われましても。次の飛行機が来るのは、一週間後ですから」
「何で? それじゃ、チャーターしなさい。お金はいくらかかってもいいわ」
 女はそう言うと、バックから札束(さつたば)を取り出して吉田に突(つ)き出した。
「おお、これダメね」添乗員は札束を見て、「ここ、お金、使わないよ。物々交換(ぶつぶつこうかん)ね」
「物々交換?」女は顔をひきつらせて、「なにそれ? じゃあ、どうするのよ。吉田!」
「お嬢様、仕方(しかた)ありません。とりあえず、ホテルを探(さが)しましょう」
「ホテル、ないよ。私の家、来るといい。今、収穫(しゅうかく)の時期(じき)。人手(ひとで)、欲(ほ)しかったね」
 女はその場にへたり込んだ。吉田はそんな彼女に優しく微笑(ほほえ)んで、
「お嬢様、ここで働くのも悪くないかもしれません。きっと、良い経験(けいけん)になりますよ」
<つぶやき>お金では手に入らないものが、きっと見つかるかもね。がんばれ、お嬢様!
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