ブログ版物語ID

*** 作品リスト ***
  No、  公開日     作品名(本文表示へ)
0093 2010/05/07 0001「お嬢様教育コース」
0094 2010/05/10 0002「女の切り札」
0096 2010/05/16 0003「仕事と恋」
0099 2010/05/22 0004「ラブレター」
0101 2010/05/25 0005「最後のラブレター」
0102 2010/05/28 0006「タイミング」
0103 2010/06/03 0007「飛び立つ男」
0104 2010/06/06 0008「ロスト・ワールド」
0108 2010/06/12 0009「タイムカプセル」
0109 2010/06/15 0010「呼びつける」
0112 2010/06/24 0011「ほんの小さな夢」
0114 2010/06/30 0012「約束」
0117 2010/07/06 0013「復活の日」
0119 2010/07/12 0014「恋の始まり」
0123 2010/07/18 0015「ふくらむ疑惑」
0125 2010/07/24 0016「探しものは…」
0128 2010/08/02 0017「初恋前夜」
0130 2010/08/08 0018「遠距離ストーカー」
0133 2010/08/14 0019「大切な宝物」
0134 2010/08/17 0020「自殺志願者」
0138 2010/08/26 0021「漬ける女」
0141 2010/09/01 0022「アフター5のシンデレラ」
0144 2010/09/07 0023「いちご症候群」
0146 2010/09/13 0024「運命の出会い」
0148 2010/09/19 0025「エリカちゃん」
0151 2010/09/25 0026「プレゼント」
0153 2010/10/01 0027「我ら探検隊」
0155 2010/10/07 0028「ウルトラQQ」
0158 2010/10/13 0029「ママの楽しみ」
0160 2010/10/16 0030「君を好きになった理由」
0162 2010/10/22 0031「週末婚の憂鬱」
0164 2010/10/28 0032「戦場の架け橋」
0165 2010/11/03 0033「公園友達」
0167 2010/11/09 0034「幻の美容師」
0169 2010/11/15 0035「水曜の女」
0172 2010/11/21 0036「テレパス」
0173 2010/11/27 0037「星くずのペンダント」
0175 2010/11/30 0038「別れの杯」
0177 2010/12/06 0039「犯罪者撲滅キャンペーン」
0178 2010/12/12 0040「昔みたいに」
0179 2010/12/18 0041「無器用な探偵さん」
0182 2010/12/24 0042「美味しいもの倶楽部」
0184 2010/12/27 0043「音信不通」
0185 2010/12/30 0044「リセット」
0186 2011/01/02 0045「コピーロボット」
0187 2011/01/05 0046「笑顔が一番」
0190 2011/01/14 0047「しゃっくり」
0191 2011/01/20 0048「時をかけるねこ」
0193 2011/01/23 0049「人生の誤算」
0194 2011/01/29 0050「恋人週間」
0196 2011/02/04 0051「おとり捜査」
0198 2011/02/07 0052「スキャンダル」
0201 2011/02/13 0053「わがままな天使」
0203 2011/02/19 0054「妖怪樹」
0204 2011/02/25 0055「後ろ姿に恋した男」
0205 2011/02/26 0056「逃亡者」
0206 2011/03/01 0057「山の神様」
0208 2011/03/07 0058「新生日本誕生」
0209 2011/03/10 0059「時空倶楽部」
0211 2011/03/16 0060「マイホーム」
0213 2011/03/18 0061「選ばない女」
0214 2011/03/21 0062「若返りクリーム」
0216 2011/03/27 0063「早とちり」
0217 2011/04/02 0064「祖父の財宝」
0219 2011/04/05 0065「大掃除」
0221 2011/04/11 0066「パワースーツ」
0223 2011/04/19 0067「デザインする女たち」
0225 2011/04/22 0068「我が道を行け」
0228 2011/04/28 0069「夢の約束」
0229 2011/05/04 0070「失家族」
0231 2011/05/10 0071「瓢箪から駒?」
0233 2011/05/13 0072「幸せの基準」
0234 2011/05/16 0073「二人だけのサイン」
0235 2011/05/22 0074「大切な場所」
0238 2011/05/28 0075「もうひとりの自分1」
0239 2011/05/31 0076「もうひとりの自分2」
0240 2011/06/03 0077「もうひとりの自分3」
0241 2011/06/06 0078「もうひとりの自分4」
0242 2011/06/09 0079「もうひとりの自分5」
0243 2011/06/12 0080「もうひとりの自分6」
0244 2011/06/15 0081「好きの条件」
0246 2011/06/21 0082「まだ早い」
0247 2011/06/24 0083「髪の長い彼女」
0248 2011/06/27 0084「魅惑の宴」
0249 2011/06/30 0085「重大事件発生」
0250 2011/07/03 0086「風になりたい」
0251 2011/07/06 0087「遺産相続」
0252 2011/07/09 0088「恋電気」
0253 2011/07/12 0089「代わり者」
0254 2011/07/15 0090「ご先祖様」
0255 2011/07/18 0091「夢の絆創膏」
0257 2011/07/21 0092「恋人売ります」
0258 2011/07/24 0093「親友との再会」
0259 2011/07/30 0094「宅配の人」
0260 2011/08/02 0095「再仕分け」
0261 2011/08/05 0096「寿命の木」
0263 2011/08/08 0097「結婚活動」
0264 2011/08/11 0098「べっぴん彗星」
0265 2011/08/14 0099「恋水から」
0266 2011/08/17 0100「家族会議のひとこま」

*** 作品リスト ***
  No、  公開日     作品名(本文表示へ)
0267 2011/08/20 0101「三日月少女隊」
0268 2011/08/23 0102「メロンパン」
0269 2011/08/26 0103「何に見える?」
0271 2011/08/29 0104「現場検証」
0272 2011/09/04 0105「夫婦の駆け引き」
0274 2011/09/07 0106「わすれもの」
0276 2011/09/13 0107「紙もの収集家」
0277 2011/09/16 0108「まさかのほこり」
0278 2011/09/19 0109「私の恋文」
0279 2011/09/22 0110「宇宙家族」
0280 2011/09/25 0111「裏の顔」
0281 2011/09/28 0112「冷蔵庫の神様」
0283 2011/10/01 0113「最強だから…」
0284 2011/10/04 0114「パーティ女」
0285 2011/10/07 0115「猫の恩返し」
0286 2011/10/10 0116「ふるさと便」
0287 2011/10/13 0117「むむまっふぁ」
0288 2011/10/16 0118「よろず様」
0289 2011/10/19 0119「初めての笑顔」
0290 2011/10/22 0120「始まりは突然に」
0291 2011/10/25 0121「妻の独立宣言」
0292 2011/10/28 0122「二人で一人」
0293 2011/11/03 0123「あこがれの人」
0295 2011/11/06 0124「謎の女」
0297 2011/11/09 0125「恋がたき」
0298 2011/11/12 0126「一生分の幸せ」
0299 2011/11/15 0127「人類の始まり」
0300 2011/11/18 0128「お宝争奪戦」
0301 2011/11/21 0129「髪を切った理由(わけ)」
0302 2011/11/24 0130「お天気ママ」
0303 2011/11/27 0131「乙女たちの恋模様」
0304 2011/11/30 0132「見守りメール」
0305 2011/12/03 0133「恋に悩む」
0306 2011/12/06 0134「真実は闇の中」
0307 2011/12/09 0135「あぶない贈り物」
0308 2011/12/12 0136「生き残り大作戦」
0309 2011/12/15 0137「逆転の悪夢」
0310 2011/12/18 0138「隠しごと」
0311 2011/12/21 0139「変わりたい」
0312 2011/12/24 0140「妻の手料理」
0313 2011/12/27 0141「自己中娘」
0314 2011/12/30 0142「保険の人」
0315 2012/01/02 0143「直球娘」
0316 2012/01/05 0144「恋の道しるべ」
0317 2012/01/08 0145「賞味期限」
0318 2012/01/11 0146「何げないひとこと」
0319 2012/01/14 0147「したがる夫」
0320 2012/01/17 0148「鷺(さぎ)の恩返し」
0321 2012/01/20 0149「神頼み」
0322 2012/01/23 0150「超人サプリ」
0323 2012/01/26 0151「おそろい」
0324 2012/01/29 0152「リセットの呪文」
0325 2012/02/01 0153「ホームパーティー」
0326 2012/02/04 0154「愛の砂漠」
0327 2012/02/07 0155「恋の巡り合わせ」
0328 2012/02/10 0156「小指娘」
0329 2012/02/13 0157「お散歩」
0330 2012/02/16 0158「大丈夫?」
0331 2012/02/19 0159「ダブルブッキング」
0332 2012/02/22 0160「ファーストキス」
0333 2012/02/25 0161「我が家のルール」
0334 2012/02/28 0162「責任」
0335 2012/03/02 0163「生活改善」
0336 2012/03/05 0164「おれない彼女」
0337 2012/03/08 0165「100人目の…」
0338 2012/03/11 0166「妻の隠しごと」
0339 2012/03/14 0167「でれでれ」
0340 2012/03/17 0168「氷の女」
0341 2012/03/20 0169「誘拐犯の事情」
0342 2012/03/23 0170「家計簿効果」
0343 2012/03/26 0171「冬眠生活」
0344 2012/03/29 0172「おねだり」
0345 2012/04/01 0173「思いこみ」
0346 2012/04/04 0174「ひとりぼっち」
0347 2012/04/07 0175「ナンパなの?」
0348 2012/04/10 0176「輪廻転生」
0349 2012/04/13 0177「幸せ捜し」
0350 2012/04/16 0178「データ消失」
0351 2012/04/19 0179「やきもち?」
0353 2012/04/22 0180「愛人志望」
0354 2012/04/25 0181「微笑みの魔力」
0355 2012/04/28 0182「本当の気持ち」
0357 2012/05/01 0183「飛び立とう」
0358 2012/05/04 0184「トマト娘」
0360 2012/05/07 0185「さよなら」
0361 2012/05/10 0186「隣の不可思議」
0363 2012/05/13 0187「確認事項」
0364 2012/05/16 0188「マイペース」
0365 2012/05/19 0189「新しい娘」
0367 2012/05/22 0190「将来の夢」
0368 2012/05/25 0191「春の訪れ」
0370 2012/05/28 0192「幸せの実」
0371 2012/05/31 0193「花見の宴」
0373 2012/06/03 0194「放課後」
0374 2012/06/06 0195「特別な微笑み」
0375 2012/06/09 0196「円満の木」
0377 2012/06/12 0197「テレビの彼女」
0378 2012/06/15 0198「はずれ娘」
0380 2012/06/18 0199「癒されたい」
0381 2012/06/21 0200「僕のこだわり」

*** 作品リスト ***
 No、  公開日     作品名(本文表示へ)
0383 2012/06/24 0201「夢想のすきま」
0384 2012/06/27 0202「ゆれる心」
0386 2012/06/30 0203「恋人体験」
0387 2012/07/03 0204「恋は化学反応」
0388 2012/07/06 0205「猫の学校」
0390 2012/07/09 0206「裏切りの代償」
0391 2012/07/12 0207「お好み焼き」
0393 2012/07/15 0208「オーパーツ」
0394 2012/07/17 0209「生まれる場所」
0395 2012/07/19 0210「サプライズ」
0397 2012/07/22 0211「迷い道」
0398 2012/07/24 0212「彼女の挑戦」
0399 2012/07/26 0213「あたしの彼はストーカー」
0401 2012/07/29 0214「離婚保険」
0402 2012/08/01 0215「真剣勝負」
0404 2012/08/04 0216「妻の心配」
0405 2012/08/08 0217「再就職の行方」
0407 2012/08/11 0218「親友の結婚」
0408 2012/08/13 0219「操縦の裏技」
0409 2012/08/15 0220「選択のルール」
0411 2012/08/18 0221「彼女の悩み」
0412 2012/08/20 0222「彼の決断」
0413 2012/08/22 0223「先輩の顔」
0415 2012/08/24 0224「もしもで始まる」
0416 2012/08/26 0225「世紀の発見?」
0417 2012/08/28 0226「変化の隙間」
0419 2012/08/30 0227「なんか面白い」
0420 2012/09/01 0228「とんだシェア」
0421 2012/09/03 0229「鏡のない部屋」
0423 2012/09/05 0230「耳の虫」
0424 2012/09/07 0231「醜い顔」
0425 2012/09/09 0232「招き猫パワー」
0427 2012/09/11 0233「苦手なもの」
0428 2012/09/13 0234「予測不能の彼女」
0429 2012/09/15 0235「別れる理由」
0431 2012/09/17 0236「趣味の女」
0432 2012/09/19 0237「フライング」
0433 2012/09/21 0238「恥ずかしい失敗」
0435 2012/09/23 0239「無料サンプル」
0436 2012/09/25 0240「嫌いなもの」
0437 2012/09/27 0241「なぜの探究」
0439 2012/09/29 0242「季節はずれの花火」
0440 2012/10/01 0243「捜し物は何ですか」
0441 2012/10/03 0244「笑いの壺」
0443 2012/10/06 0245「恋愛保険は必要か」
0444 2012/10/08 0246「脱皮のあと」
0445 2012/10/10 0247「不可解な出来事」

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T:0247「不可解な出来事」
 夜中(よなか)の十二時を過(す)ぎた頃(ころ)。玄関(げんかん)のチャイムが鳴(な)った。朋香(ともか)がドアののぞき穴(あな)から見てみると、知らない男が立っていた。朋香は恐(おそ)る恐るドア越(ご)しに、「どなたですか?」と訊(き)いた。
 男は物静(ものしず)かな声で、「あの、篠原(しのはら)です。篠原安則(やすのり)。何度か、パーティでお目にかかってるんですが…。覚(おぼ)えてませんか?」
 そういえば、友だちのパーティで紹介(しょうかい)されたことがある。でも、どうしてここに。
「ここを開けてもらえませんか? 大事(だいじ)なお話があるんです」
 朋香は、チェーンを付けたままドアを開けた。篠原はホッとした顔で礼(れい)を言うと、「あの、近藤(こんどう)アキラを知ってますよね。お付き合いをしているとか…、聞いたんですが」
「別に、付き合ってるわけじゃ…。何度か、お食事(しょくじ)をしただけです」
「あいつの言うことは信用(しんよう)しないで下さい。もう、あいつには近づかない方がいい」
「何でそんなことを…。あなた、近藤さんとはどういう…」
「あいつは、おかしいんだ。普通(ふつう)じゃない。もう会わない方が、君(きみ)のためだ」
 篠原はメモを渡(わた)して、「もし何かあったら、僕(ぼく)に連絡(れんらく)して下さい。必(かなら)ず助(たす)けますから」
 数日後。どうしても気になった朋香は、メモに書かれた番号に電話をしてみた。だが、何度かけてもつながらない。近藤からも、ぷっつりと連絡がこなくなった。
 いったい何があったのか? あの夜のことは、いまだに謎(なぞ)である。
<つぶやき>深夜(しんや)の訪問者(ほうもんしゃ)は、危険(きけん)な香(かお)りを運びます。けしてドアを開けてはいけません。
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T:0246「脱皮のあと」
 山根(やまね)は大学(だいがく)の研究室(けんきゅうしつ)へ飛び込んで来て叫(さけ)んだ。「教授(きょうじゅ)、大発見です!」
 ちょうどコーヒーを飲もうとしていた神崎(かんざき)教授は、危(あや)うくこぼしそうになった。山根は教授に飛びかからんばかりに接近(せっきん)してわめいた。
「すごいの、見つけちゃいました!」
 教授は驚(おどろ)いた様子(ようす)もなく言った。「ツチノコが見つかったのかい?」
「そんなんじゃありませんよ。もっと、もっと、すごいものです!」
「でも、君。ツチノコを捜(さが)しに行ってたんだろ?」
「これを見てください」山根は古い写真(しゃしん)を教授に見せて、「これ、どう思いますか?」
 その写真は田舎(いなか)で撮(と)られた集合(しゅうごう)写真で、数人の村人(むらびと)が写(うつ)されていた。
「どうって」教授は写真を見て、「そうだなぁ。昭和初期(しょうわしょき)ぐらいに撮られた…」
「そうじゃなくて」山根はじれったそうに、「みんなが持ってるやつです。これ、何かに似(に)てませんか? よく見てください!」
 教授はじっくりと写真を見る。「これは、ヘビの抜(ぬ)けがらか…。それにしては、大きいな」
 山根は写真の上下を逆(ぎゃく)にして、「こうするとヘビじゃなくて人間の形に見えませんか?」
「確(たし)かに…。これが腕(うで)と足で、これか頭か。しかし君、人間は脱皮(だっぴ)はしないぞ」
「だから、大発見なんです! きっと、これは宇宙人(うちゅうじん)の抜けがらなんですよ」
<つぶやき>写真だけでは確(たし)かなことは分かりません。山根の調査(ちょうさ)はまだまだ続くのか。
Copyright(C)2008- YumenoyaAll Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

T:0245「恋愛保険は必要か」
 いろんな保障(ほしょう)が進んできた現代(げんだい)。とうとう、恋(こい)にも保険(ほけん)をかける時代(じだい)がやって来た。
 この恋愛(れんあい)保険は、結婚資金(しきん)の積立(つみたて)が目的(もくてき)なのだが、オプションとして失恋保障(しつれんほしょう)が付(つ)くのが一般的(いっぱんてき)である。失恋時の傷手(いたで)を少しでも癒(いや)すために、保険会社では様々(さまざま)なメニューを用意(ようい)して、契約者(けいやくしゃ)の獲得(かくとく)にしのぎを削(けず)っていた。
 失恋による損失(そんしつ)は個人(こじん)ばかりでなく、企業(きぎょう)にとっても大きな問題(もんだい)になっている。失恋によって仕事(しごと)の効率(こうりつ)が下がったり、長期(ちょうき)の欠勤(けっきん)をする者まで出てきているからだ。経営者(けいえいしゃ)たちは、その対策(たいさく)としてこの保険に注目(ちゅうもく)している。保険会社でも、新たなニーズに応(こた)えるため、企業向けの失恋保険を検討(けんとう)しているということだ。
 この保険の発売当初(とうしょ)は、若い女性をターゲットにしていた。しかし、予想(よそう)に反(はん)して、男性の契約者が急増(きゅうぞう)。その対応(たいおう)に追(お)われている保険会社もあるようだ。その理由(りゆう)として、恋愛に不慣(ふな)れで臆病(おくびょう)になっている男性が増加(ぞうか)している、と指摘(してき)する専門家(せんもんか)もいる。
 ともあれ、この恋愛保険の可能性(かのうせい)はまだまだ計(はか)り知れない。だが、大きな問題があると話す結婚アドバイザーもいる。それは、恋愛に対して真摯(しんし)に取り組もうとせず、安易(あんい)な恋愛に走る人が増えてきたということだ。
 つい先日(せんじつ)のことだが、恋愛関係(かんけい)を偽装(ぎそう)して、失恋保障をだまし取ろうとした男女が逮捕(たいほ)されている。恋愛の規程(きてい)をどう定(さだ)めるのか。早急(さっきゅう)の対策が望(のぞ)まれている。
<つぶやき>私には難(むずか)しいことは分かりません。でも、一番大事(だいじ)なのは思いやりの心です。
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T:0244「笑いの壺」
「ねえ、好子(よしこ)。今の、笑(わら)うところじゃないでしょ」
 好子は苦(くる)しそうに笑いながら、「フフフ…。だって、おかしいィ」
 好子はちょっと変わっている。他の人と笑いの壺(つぼ)が違うのだ。友だちが面白(おもしろ)くて笑っていても、彼女は何が可笑(おか)しいのって顔をする。反対(はんたい)に、みんながしらってしてる時、クスクス、ゲラゲラと笑い出す。そして、みんなからひんしゅくを買うのだ。
「私が真剣(しんけん)に話してるのに、そんなに笑うことないでしょ」
「ハハハ…。だって、ほんと可笑(おか)しいんだもん」
「何が可笑しいのよ。ちゃんと分かるように説明(せつめい)して」
 私は、今日は機嫌(きげん)が悪かった。いつもなら、<そうなんだ>ってスルーするのに、今日はそんな気にはならなかった。そんな私を見て、彼女も何か感じたらしく、
「ごめんね。もう笑わないから」好子はフッと息(いき)をはいて真顔(まがお)になる。
「それで、どうしたの? 続きを聞かせてよ」
「もう、いいわよ」私はぷいとそっぽを向く。
「ねえ、気になるじゃない。もう笑わないから。お願い」
「絶対(ぜったい)、笑わない? もし約束(やくそく)破(やぶ)ったら、絶交(ぜっこう)だからね」
 彼女を見ると、すでに笑いをこらえるのに四苦八苦(しくはっく)していた。
<つぶやき>人によって笑いの壺って違いますよね。でも、違っていてもいいんじゃない。
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T:0243「捜し物は何ですか」
 とある商店街(しょうてんがい)の、日用品(にちようひん)を扱(あつか)っているお店(みせ)。どこにでもあるような小さなお店なのだが、どういうわけか変な噂(うわさ)が広まった。そこへ行くと欲(ほ)しいものが何でも手に入る、と。
「あの、ここに来れば何でも売(う)ってもらえると聞いたんですが?」
「うちには日用品しかないですけど。誰(だれ)から聞いたのか知らないが…」
「私、縫(ぬ)いぐるみが欲しいんです。売って下さい。お金ならいくらでも」
「ちょっと待ってよ。縫いぐるみなんか置いてないから。他の店に行ってよ」
「どこにも売ってないんです。お願いします」
「お願いって言われても、ないものはないんだから」
「カバの縫いぐるみなんです。それも、かかえるくらいすっごく大きなやつで」
「カバ…。カバの縫いぐるみ捜(さが)してるの? 大きなやつねぇ…」
 店主はしばらく考えていたが、「うちにあることはあるけど。売りもんじゃないからな」
「あるんですか?」客は小躍(こおど)りして、「ありがとうございます。おいくらですか?」
「だから、売りもんじゃ…」
 店主は気がいいので、断(ことわ)りきれなくなってしまった。店の奥(おく)へ行くと、大きなカバの縫いぐるみをかかえて戻(もど)って来て、「こんなんでいいのかい?」
「ああ、これが欲しかったんです。ここへ来てよかったわ。みんなにも教えてあげなきゃ」
<つぶやき>こんな便利(べんり)なお店があると助かるよね。でも、苦労(くろう)して捜すのも醍醐味(だいごみ)です。
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T:0242「季節はずれの花火」
 部屋(へや)の片隅(かたすみ)に置かれた花火(はなび)。彼女と一緒(いっしょ)にやろうと買って来た。でも、その前に振(ふ)られてしまい。夏も終わりだというのに、そのままになっている。
 こうなったら一人でやってやる。僕(ぼく)は近くの小さな公園(こうえん)へ向(む)かった。もう夜中(よなか)で誰(だれ)もいない公園。僕はベンチに座って花火に火をつけた。眩(まぶ)しいくらいの火花(ひばな)が飛(と)び交(か)い、白い煙(けむり)がもくもくと立ち込めた。そして、当然(とうぜん)のことだが、花火の光がだんだん弱くなり、辺りはまた暗闇(くらやみ)になってしまう。僕は、もう一本、もう一本と火をつけた。
 何本目だったろう。僕が顔をあげると、暗闇(くらやみ)の中からうっすらと白いものが近づいて来た。よく見ると、それは浴衣(ゆかた)を着た奇麗(きれい)な女性。僕を振った彼女より、ずっと奇麗(きれい)な人だった。その人は僕のそばまで来ると、にっこり微笑(ほほえ)んでちょこんと座った。
 何でこんな時間にこんな所へ…。この時は、そんなことどうでもよかった。今までの寂(さび)しさがどこかに吹(ふ)っ飛んで、僕はまた花火に火をつけた。ところが、不思議(ふしぎ)なことに一本花火が終わると、一人ずつ浴衣の女性が増(ふ)えていく。みんなモデルのような美しい人ばかり。そして、最後(さいご)の一本。みんなの目線(めせん)が、僕に集(あつ)まっているのが分かった。僕は、おもむろに火をつけた。すると、女性の一人が始めて口を開いた。
「これで、あなたも私たちのものになるのよ。一緒に行きましょうね」
<つぶやき>どこへ行くの? でも、花火の後始末(あとしまつ)だけは、ちゃんとしておいて下さいね。
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T:0241「なぜの探究」
 ある会社(かいしゃ)に、笑(わら)わない女がいた。とても優秀(ゆうしゅう)なのだが、周(まわ)りからはちょっと避(さ)けられている感じ。でも、彼女はまったく気にしていないようだ。
「彼女は、なぜ笑わないんだろ?」男性社員(しゃいん)の一人が同僚(どうりょう)に訊(き)いた。
「さあな。何でそんなこと気にするんだよ。あんな女と付き合っても、つまんないぞ」
「なぜ、そんなことが分かるんだ? 君は、あの人と付き合ったことがあるのかい?」
「あるわけないだろ。彼女を見てりゃ、それぐらい分かるよ」
「そうかな? これは、確(たし)かめてみるべきだ」
 男は女のところへ行き訊いてみた。「君(きみ)はなぜ笑わないんだ?」
 女は答えた。「仕事中(しごとちゅう)よ。なぜここで笑わなければいけないんですか?」
「確かに、君の言うとおりだ。では、僕(ぼく)と付き合ってくれないか?」
「はい? 言ってる意味(いみ)が分からないんですが。なぜあなたと付き合う必要(ひつよう)があるの?」
「それは、君の笑顔が見たいからだ。勿論(もちろん)、お付き合いしている人がいなければの話だが」
 女はしばらく考えて、「お付き合いしている人はいません。でも、あなたとお付き合いするつもりはありません。もういいですか? 仕事中なんで」
「なぜだ。断(こと)る理由(りゆう)を聞かせてくれないか? 君は、男には興味(きょうみ)がないのか?」
 女はにっこり微笑(ほほえ)むと、きっぱり言った。「あなたに、興味がないだけです」
<つぶやき>この男の探究心(たんきゅうしん)は、まだまだ続くのかも。あんまり変なこと訊かないように。
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T:0240「嫌いなもの」
「あたし、この店いやだ。中華(ちゅうか)にしよ」彼女の気紛(きまぐ)れが、また始まった。
「でも、イタリアンがいいって言ったろ」僕(ぼく)は、ここまで来たんだからと引き止める。
「でも、あたし、今は中華の気分(きぶん)なの。行きましょ」
 もう、こうなったらどうしようもない。仕方(しかた)なく、彼女について行く。幸(さいわ)い近くに中華の店があったので、僕はホッとした。彼女はああだこうだと、注文(ちゅうもん)するのも一苦労(ひとくろう)。やっと料理(りょうり)が並(なら)んで、いただきますになった。ところが、僕が食べはじめると、ピーマンとかニンジンとか、僕の皿(さら)にどんどん増(ふ)えていく。
「だって、あたし嫌(きら)いだもん。食べてもいいよ」彼女は何でもないように言い切る。
 何だよ、それ。僕の彼女への愛情(あいじょう)がどんどん減(へ)っていくような気がする。ほんとに、この娘(こ)と付き合ってていいのかな? 僕は彼女に訊(き)いてみた。
「なあ、どうしてそんなに嫌いなものが有るんだ?」
「嫌いなんだから仕方ないでしょ。それと、この間(あいだ)の山口(やまぐち)って娘(こ)、もう連(つ)れて来ないで」
「何でだよ。彼女は大切(たいせつ)な友だちで、とってもいい奴(やつ)なんだ」
「何よ。あの娘(こ)、あなたのこと変な目で見てるじゃない。そんな人と、一緒(いっしょ)にいたくない」
 この時、僕の好きという気持ちが、一気(いっき)に吹(ふ)き飛んでしまった。もう、こいつとは絶対(ぜったい)に結婚(けっこん)しないし、会うのもこれが最後(さいご)だと決めた。
<つぶやき>周りに気配(きくば)りができないと、あなたの傍(そば)から誰(だれ)もいなくなってしまうかも。
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T:0239「無料サンプル」
「なにぐずぐずしてるのよ。早く行くわよ」優子(ゆうこ)は急(せ)かすように言った。
「何で、僕(ぼく)が行かなきゃいけないんだよ。お姉(ねえ)ちゃん一人で行けばいいだろ」
「あんた、あたしに口答(くちごた)えするわけ。どうせ、休みは家でゴロゴロしてるだけでしょ」
「そんなことないよ。僕だって、いろいろ予定(よてい)が…」
「なに言ってるの。彼女もいないくせに。ほら、今日のは韓国(かんこく)コスメの無料(むりょう)サンプルなのよ。お一人様一個(こ)だけなんだから。急(いそ)がないと無(な)くなっちゃうでしょ。これを逃(のが)したら…」
「何で、男の僕が、そんなとこに…。恥(は)ずかしいだろ。誰(だれ)かに見られたら」
 優子は不気味(ぶきみ)に微笑(ほほえ)むと、弟(おとうと)の方へ詰(つ)め寄って言った。
「じゃあ、女装(じょそう)していく? あんた、ママに似(に)てるから、きっと美人(びじん)になると思うわ」
「ちょっと、待ってよ」弟は後ずさりして、「分かった。行くよ。行けばいいんだろ」
「まったく、手のかかる子なんだから。急ぎなさいよ。それと、向こうでは私たち他人(たにん)だからね。絶対(ぜったい)、話しかけちゃダメよ」
「何でだよ。そんなことまでしなくても」
「どこで誰が見てるか分かんないでしょ。化粧品(けしょうひん)を買ってる弟がいるなんて分かったら、なに言われるか分かんないじゃない」
「何だよ、それ。お姉ちゃんがやらせてるんだろ。もう…、イヤだぁ」
<つぶやき>強すぎる姉(あね)がいると、弟は苦労(くろう)するのです。優しい彼女を見つけましょうね。
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T:0238「恥ずかしい失敗」
 冴子(さえこ)はいつも冷静(れいせい)で、どんな仕事(しごと)でもテキパキとこなしてしまうやり手の社員(しゃいん)だった。そんな彼女の前に現れたのは、彼女の過去(かこ)を知る幼(おさな)なじみ。まさか同じ会社(かいしゃ)にいたなんて、思ってもいなかった。彼の出現(しゅつげん)で、彼女の調子(ちょうし)は狂(くる)いっぱなし。
 冴子は彼を呼び出して言った。「ねえ、余計(よけい)なことは言わないで」
 彼はキョトンとして答えた。「何の話だよ? 俺(おれ)は別に…」
「兼子(かねこ)さんに言ったでしょ。あたしのこと」
「いや…。あ、この間(あいだ)、飲(の)みに誘(さそ)われちゃって。あの人、いい人だね」
「その時ね、しゃべったのは。何で教えたのよ。あたしの小学生の時のこと」
「えっ? 俺、そんなこと話したかなぁ」
「あなたしかいないでしょ。あんな、恥(は)ずかしい失敗(しっぱい)を知ってるのは」
「ああ、あれか。何だよ、そんなことまだ気にしてるのか?」
「あたしは、この会社では優秀(ゆうしゅう)な社員なの。兼子さんだって、そんなあたしを…」
「お前さ、兼子さんと付き合ってんだってな。いつ結婚(けっこん)するんだよ」
「な、なに言ってるのよ。そんなこと…」
「あの人、お前に向いてるかもな。お前のこと話したら、ニコニコしてたぞ」
<つぶやき>子供の頃は失敗をするもの。全てひっくるめて好きになってもらいましょう。
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T:0237「フライング」
 料亭(りょうてい)の座敷(ざしき)で若い男が倒(たお)れていた。その男のそばで介抱(かいほう)している女性。心配(しんぱい)そうに彼の顔を見つめていた。どのくらいたったろう、男が目を覚(さ)ました。すると女性は、
「もう、ほんとバカね。呑(の)めもしないのに、あんな無茶(むちゃ)して」
「あの…、商談(しょうだん)はどうなりました? 社長(しゃちょう)さんは…」
「あれくらいの酒(さけ)、私が呑めないとでも思ったの? 私が呑んでたら楽勝(らくしょう)だったのに」
「あっ、すいません。やっぱ、ダメでしたか?」
「あの社長ね、私を女だと思って見下(みくだ)してるのよ。あなたにだって、それくらい分かるでしょ。今度こそ、あの社長の鼻(はな)をへし折(お)ってやれたのに」
「すいません。でも、そんなことさせられません。身体(からだ)こわしたらどうするんです」
「あのね、自分のこと心配しなさいよ。あなたに、そんなこと言われる筋合(すじあ)いはないわ」
「ありますよ。だって、僕(ぼく)……。先輩(せんぱい)のこと、心配しちゃいけませんか?」
「もう、なに言ってるのよ。半人前(はんにんまえ)のくせに」
「そうですけど。でも、僕、先輩のことが好きなんです。だから…」男は自分の言ってしまったことに気づき、「あれ…、これって告白(こくはく)ですよね。あの…、今の、なかったことにしてもらえませんか? もっと、ちゃんとしたとこで…」
 女性は恥(は)ずかしさを誤魔化(ごまか)すように言った。「もう帰るわよ。いつまで寝(ね)てるのよ」
<つぶやき>誰(だれ)かを好きになると、相手(あいて)のことが気になりますよね。でも、告白は慎重(しんちょう)に。
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T:0236「趣味の女」
「いい、お姉(ねえ)ちゃん。変なこと口走(くちばし)らないでね」妹(いもうと)は姉(あね)の服(ふく)を選(えら)びながら言った。
「あーっ、あたし、どうしてハイって言っちゃったんだろ」
「なに言ってるのよ。柏木(かしわぎ)先輩(せんぱい)のこと嫌(きら)いじゃないんでしょ」
「うーん、好きとか嫌いとか、思ったことないもん。今から断(ことわ)ってもいいかな?」
「せっかく先輩から誘(さそ)ってもらったんでしょ。断ってどうすんのよ」
 妹は姉の洋服(ようふく)を全部(ぜんぶ)引っぱり出すと、「ねえ。お姉ちゃんさ、何で可愛(かわい)い服とか持ってないのよ。そんなんだから、今まで彼氏(かれし)とかできなかったのよ」
「じゃあさ、古墳(こふん)めぐりとかしても…」
「ダメ! 初(はつ)デートよ。何で古墳なのよ。そんなことしたら、速攻(そっこう)振られちゃうでしょ」
「別にいいよ。それならそれで…」
「言っとくけど、古墳の話とか、オカルト的な話なんか絶対(ぜったい)ダメだからね」
「えーっ、そんな。じゃあ、なに話せばいいの? そんなんじゃ、間(ま)が持(も)てない」
「先輩の言うことに相(あい)づち打(う)ってればいいのよ。お姉ちゃんさ、普通(ふつう)にしてれば充分(じゅうぶん)美人なんだから。何で、もっと可愛くできないかなぁ」
「だって、そんなのめんどくさいし。発掘(はっくつ)とか、古文書(こもんじょ)読んでる方が楽しいじゃない」
<つぶやき>趣味(しゅみ)が合うかどうかも大切(たいせつ)。共通(きょうつう)の話題(わだい)があると、二人の距離(きょり)も縮(ちぢ)まるかも。
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T:0235「別れる理由」
「何で?」真希(まき)は彼が突然(とつぜん)言い出したことが理解(りかい)できなかった。
「だから、僕(ぼく)たち別れよう。きっと、その方が良いと思うんだ」
「だから、どうしてそうなるのよ。私たち、愛し合ってるじゃない」
「アリサが…。今朝(けさ)、亡(な)くなったんだ。もう、君(きみ)と付き合っていく気力(きりょく)が…」
「アリサって、あなたが飼(か)ってるカメよね。……そうなんだ。それは、大変(たいへん)だったわね」
 真希は、彼がカメを可愛(かわい)がっていたことは知っていたし、見せてもらったこともある。でも、そのことが別れる理由(りゆう)なんて、全く納得(なっとく)ができなかった。
「もう、僕は誰(だれ)も愛せないんだ。分かってくれよ」
「分からないわよ。じゃ、なに。私より、カメの方を愛してたってこと」
「僕が小さい頃(ころ)から、ずっとそばにいてくれたんだ。アリサがいなくちゃ」
「じゃあ、新しいカメを飼えばいいじゃない。アリサって名前をつけて…」
「アリサの代(か)わりなんていないよ! 君は、どうしてそんなひどいことが言えるんだ」
 彼はけしてダメな人間(にんげん)じゃなかった。とっても優(やさ)しいし、顔だって悪くない。欠点(けってん)があるとすれば、カメに依存(いそん)しすぎることだ。真希は荒療治(あらりょうじ)をすることにした。
「あなたのお母さんから聞いたんだけど。10年前にアリサは死んでるのよ。知らなかったでしょ。さあ、ぐだぐだ言ってないで、カメを買いにいくわよ」
<つぶやき>何があっても動じない。そんな強い女性に男は惹(ひ)かれるのかもしれません。
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T:0234「予測不能の彼女」
 僕(ぼく)の彼女は、会う度(たび)に違(ちが)う顔をみせてくれる。飽(あ)きることはないのだが、付き合っていくにはちょっと大変(たいへん)かもしれない。いや、ほんと大変なんです。
 デートの予定(よてい)は二人で前もって決めておく。でも最終的(さいしゅうてき)には、当日(とうじつ)の彼女の気分(きぶん)で変わることがほとんどだ。だから、付き合い始めは驚(おどろ)かされることばかり。
 ある時なんか、彼女はバイクで乗りつけてきて。いきなりドライブに行こうって。僕は、彼女がバイクを乗り回しているなんて全く知らなかった。それも七半(ななはん)だよ。そんなアクティブな娘(こ)だなんて、想像(そうぞう)すらできなかった。
 かと思うと、清楚(せいそ)な和服姿(わふくすがた)で現れて、大人(おとな)の色香(いろか)をふりまくことも。もう、僕はうっとりするしか…。おしとやかな大人の女性って感じで、所作(しょさ)なんかも決まってるんです。
 はたまた、遊園地(ゆうえんち)に連れて行かれた時は、無邪気(むじゃき)にはしゃいでみせて。ほんと、子供みたいに楽しそうな笑顔を見せてくれる。そんな彼女を見ているだけで、僕は幸せな気分になってしまう。
 たまには僕の選(えら)んだデートコースで…、と思うんだけど。一度、それをやって彼女の機嫌(きげん)をそこねたことがある。僕には、何が気に入らないのか全く理解(りかい)できなかった。でも、彼女が怒(おこ)るとめちゃくちゃ恐(こわ)いってことが分かった。それ以来、僕は自粛(じしゅく)している。
<つぶやき>女性はいろんな顔を持っているのです。でも、どれも本当の顔なんだよね。
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T:0233「苦手なもの」
「教授(きょうじゅ)、何か分かりましたか?」女刑事(けいじ)が訊(き)いた。
「いや別に、ただの家じゃないか。住む人がいなくなって二、三年ってとこかな」
「ここに住んでた人の所在(しょざい)が分からないんです。何か手掛(てが)かりが欲(ほ)しいんですよね」
「そんなことを言われても、私は人捜(ひとさが)しは専門(せんもん)じゃないからね」
「あっ、言い忘(わす)れてましたけど、ここ、出るみたいなんです。だから、教授にお願(ねが)いして」
「出るって? こんなところに何が出るっていうんだ」
「ですから、これは噂(うわさ)なんですが、幽霊(ゆうれい)が出るみたいなんです」
 教授は青白(あおじろ)い顔をして、「私は、これで失礼(しつれい)するよ。これは、私の仕事(しごと)じゃないな」
「何言ってるんですか。教授は、超常現象(ちょうじょうげんしょう)の専門家(せんもんか)でしょ。お願いしますよ」
「私は、超常現象と言っても、こういう系(けい)は扱(あつか)ってないんだ」
「まさか、怖(こわ)いんですか?」
「こ、怖いとかそう言うことじゃないんだよ」
 教授は慌(あわ)てて逃げ出そうとして、下にあった座布団を蹴飛(けと)ばした。その下から現れたのは、黒い大きな染(し)み。女刑事はそれを見て顔色を変えた。
「これは、血痕(けっこん)かもしれません。署(しょ)に連絡(れんらく)しますのでここにいて下さい」
 その時、すでに教授は意識(いしき)をなくしていた。
<つぶやき>誰にでも、苦手(にがて)なものはありますよね。なるべく近づかないようにしましょ。
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T:0232「招き猫パワー」
 私の実家(じっか)には、古ぼけた招(まね)き猫(ねこ)が床(とこ)の間(ま)の端(はし)に飾(かざ)られている。たぶんおじいちゃんが手に入れたのだろう。私が物心(ものごころ)ついた頃(ころ)には、その場所にちょこんと座っていた。
 小さい頃、その招き猫をオモチャがわりに遊(あそ)んでいた、微(かす)かな記憶(きおく)が残っている。今思えば、何でそんなことをしていたのか全く分からない。おじいちゃんという人はおおらかな人で、怒(おこ)ることもなく私のことを笑(わら)いながら見ていた、と後(あと)で母に聞かされた。そのおじいちゃんも今は亡(な)く、何だか招き猫も寂(さび)しそうだ。
 右手を挙(あ)げているのが金運(きんうん)を、左手は人を招く。と、いつの頃からか私の脳裏(のうり)に焼きついていた。だぶん、おじいちゃんに教えてもらったのかもしれない。私は招き猫の埃(ほこり)をはらいながら、昔(むかし)に思いをはせていた。きっとこの子のおかげで、今まで無事(ぶじ)に過(す)ごせていたんだわ。右手を挙げているから、ずっと金運を呼び寄せてくれていたに違(ちが)いない。
 今、私の部屋(へや)には小さな招き猫の貯金箱(ちょきんばこ)が鎮座(ちんざ)している。いろんなものを招き寄せてもらおうと思って、両手を挙げている可愛(かわい)いのにした。お金も欲しいし、素敵(すてき)な彼だって私には必要(ひつよう)よ。これは、別に欲張(よくば)ってとか、そういうことじゃないからね。
 でも、招き猫にお願いするだけじゃダメだってことは分かってる。それなりの、努力(どりょく)はしないといけない。そこが一番の問題(もんだい)よね。なまけてちゃ、絶対に前には進めない。この子に手を合わせながら、自分を叱咤激励(しったげきれい)している毎日です。
<つぶやき>神頼みも、努力があってこそなのです。そこのところを、お忘れなきように。
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T:0231「醜い顔」
「あたしの顔(かお)、変えて下さい」時子(ときこ)は医者(いしゃ)に哀願(あいがん)した。
 彼女の前に座っていた医者は、黙(だま)って彼女を見つめるだけ。彼女はたまらず、
「あたし、先生の噂(うわさ)を聴(き)きました。凄(すご)く腕(うで)のいいお医者さんだって。だから…」
「どういう噂をお聞きになったのか知りませんが、どうもその必要(ひつよう)はないようです」
 時子はキョトンとして、なぜそんなことを言うのか理解(りかい)できなかった。医者は続けた。
「ちゃんと、鼻(はな)も目も口もある。何も不足(ふそく)していない。手を加(くわ)える必要(ひつよう)など…」
「そんな…。あたしは、この顔のせいで苦(くる)しんでいるんです。こんな醜(みにく)い顔…」
「そうですか? 私にはそうは見えませんが。まあ、美人(びじん)とは言えないまでも、そこそこの顔をしておられると思いますよ」
「あなたは、それでも医者ですか? あたしは、この顔のせいで彼氏(かれし)もできないし、仕事(しごと)も他の娘(こ)に持っていかれて。あたし、やりたい仕事もやらせてもらえないんです」
「しかし、それはあなたの顔のせいでしょうか。原因(げんいん)はもっと他にあるかもしれません」
「あたしのこと何も知らないくせに、何でそんなことが言えるんですか?」
「私はいろんな人を見てきましたから。ちょっと目先(めさき)を変えただけで、活(い)き活きと生活(せいかつ)なさっている方を何人も知っています。あなたも生き方を変えてみたらいかがですか?」
<つぶやき>思い込みは視野(しや)を狭(せば)めてしまいます。少し立ち止まって周(まわ)りを見てみましょ。
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T:0230「耳の虫」
「私の話し、聞いてる?」頼子(よりこ)は不機嫌(ふきげん)そうに言った。
 あかりはキョトンとして、「えっ、なに?」
「もう、ひとが真剣(しんけん)に話してるのに、何で聞いてくれないの?」
「ごめん」あかりは手を合わせると言った。「きっと虫(むし)のせいよ」
 頼子は、またかと思った。あかりはたまに変なことを口走(くちばし)る。今度だって、きっとそうだ。
「ねえ、知ってる」あかりはかまわずに続けた。「耳(みみ)の穴(あな)には、小さな小さな虫が住んでいるの。そいつらのせいで、人の話が聞こえなくなったり、空耳(そらみみ)がしたりするのよ」
「そんなわけないでしょ。絶対(ぜったい)、他のこと考えてただけじゃない」
「そ、そんなことないわよ。別にあたし、彼のことなんか…」
「ほら、やっぱり。どうせ、私より彼の方が大切(たいせつ)なんでしょ」
「もう、そんなことないって。――でもね、耳の虫は本当(ほんとう)にいるのよ」
「いるわけないわ。また、そんな作り話して」
「いるわよ。だって、その虫が教えてくれたのよ。彼と初めて会ったとき、こいつを捕(つか)まえろって聞こえたんだから。あたしは、その言葉通りに彼を捕まえて、今は幸せいっぱい」
「はいはい。もういいわよ。どうせ私は、別れ話でグチャグチャよ」
<つぶやき>身体(からだ)にまつわるいろんな不思議(ふしぎ)、きっといっぱいあるんじゃないでしょうか。
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T:0229「鏡のない部屋」
 刑事(けいじ)たちが部屋(へや)に入ると、中はガランとしていて女性の部屋とは思えなかった。年配(ねんぱい)の刑事が部屋を見回して呟(つぶや)いた。「何で無いんだ」
 まだ新米(しんまい)の女刑事が訊(き)き返した。「何がです?」
「鏡(かがみ)だよ。普通(ふつう)、女性の部屋にはあるもんだろ。ほんとにここに住(す)んでたのかな?」
「私、聞き込みに行ってきます」新米刑事はそのまま部屋を飛び出した。
 年配の刑事が一通(ひととお)り部屋の中を確認(かくにん)していると、別の刑事が入って来た。
「女の身元(みもと)が分かりました」その刑事は信じられないという顔をして、「それが、すでに亡(な)くなっているんです。先月、変死体(へんしたい)で発見(はっけん)されたそうです」
「死んでる? じゃ、ここにいたのは誰(だれ)なんだ」年配の刑事は唸(うな)り声を上げて、「変死体って言ったな。どんな状態(じょうたい)で発見されたんだ」
「それが、血(ち)が無くなっていたと。それに、傷口(きずぐち)から血が流れた跡(あと)もなかったそうです」
 その頃(ころ)、女刑事は路上(ろじょう)で声をかけられた。彼女は振り向くと、恐怖(きょうふ)で目を見開(みひら)いた。
 数日後のこと、山中(さんちゅう)で行方不明(ゆくえふめい)になっていた新米刑事の変死体が発見された。
「ほんとにここでいいんですか? もっと良い部屋があるのに」
 不動産屋(ふどうさんや)の若い男が言った。借(か)り手の女は軽(かる)く微笑(ほほえ)んで肯(うなず)いた。その顔は、あの女刑事とそっくりだった。女は鍵(かぎ)を受け取ると、そのまま部屋の中へ消えていった。
<つぶやき>一体何があったのか。この女の正体は? 謎(なぞ)が謎を呼び、その先の結末(けつまつ)は…。
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T:0228「とんだシェア」
 部屋(へや)の中は、いろんなものが散乱(さんらん)していた。その中で、女の子が二人、髪(かみ)を振(ふ)り乱(みだ)し息(いき)も絶(た)え絶(だ)えに座り込んでいる。この様子(ようす)を見ていた別の女の子が言った。
「もう気がすんだでしょ。このへんで、仲直(なかなお)りしたら」
「何で手を出したのよ。拓也(たくや)はあたしのものなんだから」
「私のほうが先(さき)でしょ。横(よこ)から割(わ)り込んできたくせに」
「あなたこそ。拓也は、あたしを好きだって言ってくれたの」
「バカなこと言わないで。私は愛してるって言われたわ」
 二人はまた取っ組み合いになる。別の女の子はため息をついて、二人を引き離(はな)す。
「もういい加減(かげん)にしてよ。二人とも振られたんだから。それでいいじゃない」
「よくないわよ」
「そうよ。あなたにそんなこと言われる筋合(すじあ)いはないわ」
「そう。じゃあ、勝手(かって)にしなさい。あたし、拓也が待ってるからもう行くね。ちゃんと、この部屋片(かた)づけといてよ。あたしたちの共同(きょうどう)の場所(ばしょ)なんだから」
 別の女の子はいそいそと出て行った。それを見送った二人、顔を見合わせて、
「あたし、ここから出て行くわ。あの子といると彼氏(かれし)なんてできないもん」
「私も、そうする。――ねえ、私たち、またシェアしない? 一人は寂(さび)しいし…」
<つぶやき>もっと誠実(せいじつ)な男性を見つけましょう。今度は、同じ人を好きにならないでね。
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T:0227「なんか面白い」
「君って、なんか面白(おもしろ)いよね」
 あたしは、たいていの人にこう言われる。それも、半分(はんぶん)笑いながら――。何が面白いって言うのよ。あたしには全然(ぜんぜん)分かんない。「何のこと?」って訊(き)いても、ちゃんと答えてくれた人は誰(だれ)もいない。
「やっぱ、面白いわ」ってまた言われて――。
 ほんと、失礼(しつれい)しちゃう。あたしは、別に面白い顔をしてるわけでもないし、ごくごく普通(ふつう)の女の子よ。他の人と違(ちが)うところなんて何にも無いわ。なのに、何でそんなこと言われなきゃいけないのよ。あたしが怒(おこ)った顔をすると、また――。
「ほんと、飽(あ)きないよなぁ」
 それは誉(ほ)めてるのか、けなしてるのか、どっちよ。あたしはママに訊いてみた。ママは料理(りょうり)をしながら即答(そくとう)した。
「それは、味(あじ)があるってことじゃないの」
「あたしは、スルメイカってこと?」あたしは、真面目(まじめ)な顔で訊き返す。
 ママは笑いながら、「そうかもね。パパの大好物(だいこうぶつ)じゃない」
「意味(いみ)分かんないよ。もっと、真面目に答えてよ」
「はいはい。じゃ、パパにでも訊いてみたら」
「えっ、パパはダメよ。あたしがなに言ったって、親父(おやじ)ギャグしか返ってこないじゃん」
<つぶやき>それぞれの家には文化(ぶんか)があるのです。みんな違ってるから面白いんですよ。
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T:0226「変化の隙間」
 私は、他の人が感じないような特別(とくべつ)な感覚(かんかく)を持っている。例(たと)えば、天気(てんき)の変わり目とか、仕事(しごと)の善(よ)し悪(あ)しも分かってしまう。私、思うんだけど。きっと、その変わり目というか、何かと何かの隙間(すきま)には特別な何かがあるんじゃないかしら。でも、そのことに気がつく人は、ほとんどいないのかもしれない。
 人間関係(かんけい)なんかもそう。この人はどんな気分(きぶん)でいるのか、だいたいピンときてしまう。良さそうな人でも、どこかでこの人はダメって感じてしまうの。まあ、そのおかげというか、ひどい失恋(しつれん)は経験(けいけん)しないですんでいるけど。
 今の彼と付き合い始めた時も、この人は大丈夫(だいじょうぶ)って感じていた。だからなのか、今まで仲良(なかよ)く続いている。そりゃ、ちょっとしたことで喧嘩(けんか)をすることはあるわよ。でも、意見(いけん)が合わないことは誰(だれ)にでもあるし、気持ちがすれ違うことだってごく普通(ふつう)のことよ。
 でも…。今、私、何か変な感覚(かんかく)を味(あじ)わっている。今まで、こんなことは無(な)かった気がする。目の前には彼がいて、何かいつもと様子(ようす)が違(ちが)うの。何かをやらかしそうな…。そういえば、このところ仕事が忙(いそが)しくてゆっくり会う時間なかったし…。まさか、別れ話をしようってことじゃ…。私は、この感覚に堪(た)えきれず、思わず言ってしまった。
「言いたいことがあるんだったら、はっきり言いなさいよ。私はいつだって…」
<つぶやき>彼は何をしようとしてるの? この変化(へんか)の隙間(すきま)には、何が存在(そんざい)しているのか。
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T:0225「世紀の発見?」
「ついに天使(てんし)の矢(や)を発見(はっけん)したぞ。これで、究極(きゅうきょく)の惚(ほ)れ薬(ぐすり)の開発(かいはつ)が一歩前進(ぜんしん)だ」
 等々力(とどろき)教授は小躍(こおど)りしながら、研究室(けんきゅうしつ)に入ってきた助手(じょしゅ)に言った。
「教授(きょうじゅ)、今度はそんな研究をしてたんですか?」助手の立花(たちばな)は困惑(こんわく)の色を隠(かく)せない。
「立花君、早速実証(じっしょう)に取りかかるぞ。準備(じゅんび)をしたまえ」
 立花は顕微鏡(けんびきょう)をのぞき込み、「でも教授、これはバクテリアの一種(いっしゅ)じゃないんですか?」
 教授は助手の言葉(ことば)など耳に入らない様子(ようす)で、
「君は好きな娘(こ)がいるそうじゃないか。それも、ずっと片思(かたおも)いとか」
 立花は顔をこわばらせた。「何で、そんなこと…」
「私が恋(こい)バナにうといとでも思っていたのかね」教授は時計(とけい)を見ながら、「君の片思いの相手(あいて)を呼(よ)び出しておいた。もうそろそろやって来るはずだ」
「な、何で? ちょっと、待ってくださいよ」
 教授はビーカーを手渡(てわた)して、「これを飲(の)んで彼女に甘(あま)くとろけるような言葉をささやくんだ。その言葉に乗って天使の矢が彼女に突(つ)き刺(さ)さる。そうなれば、彼女はもう君のものだ」
「イヤですよ。そんなことをしたら彼女に嫌(きら)われて、もう二度と会えなくなります」
「じゃあ、仕方(しかた)がない。私が実験台(じっけんだい)になろう。悪いが、彼女のことは諦(あきら)めてくれ」
「そんな…、ダメですよ! 私がやります。やればいいんでしょ」
<つぶやき>彼女のために、ここはどうしても断れない立花君。彼女に気持ちは届(とど)くのか。
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T:0224「もしもで始まる」
「もしもよ。この世界(せかい)がなくなって、私たち二人だけになったらどうする?」
 つぐみは真剣(しんけん)な顔で言った。好恵(よしえ)はちょっと首(くび)をかしげて、
「それは大変(たいへん)ね。でも、そんなことにはならないと思うわ」
「だから、もしもの話よ。もしもそうなったら、私たちお互(たが)い助け合わないといけないよね」
「そうね」好恵は売店(ばいてん)で買った焼(や)きそばパンを手に取った。
「食べ物も、やっぱり二人で分け合わないと」つぐみは好恵の方に身体(からだ)を寄(よ)せて、「私は、そうするよ。だって、私たち親友(しんゆう)だもんね」
「もう、何なのよ」好恵は少し離(はな)れて、「これは、あげないわよ」
 好恵は焼きそばパンを後ろに隠(かく)した。つぐみは頬(ほお)をふくらませて言った。
「いいじゃん。私、今日は焼きそばパンの気分なの。半分(はんぶん)こしようよ」
「やだ。あたしがこれを買うのに、どれだけダッシュしたか。最後(さいご)の一個だったのよ」
「すごいよね。私のためにそこまでしてくれるなんて。やっぱ親友だわ」
「何言ってるのよ。これは、あたしのです。そんなに欲(ほ)しかったら、ダッシュしなさいよ」
「そんな…。私が、足が遅(おそ)いの知ってるくせに。何でそんな意地悪(いじわる)言うのよ」
 つぐみは悲しげな顔をする。好恵はしぶしぶ同意(どうい)するしかなかった。
<つぶやき>売店(ばいてん)の争奪戦(そうだつせん)は熾烈(しれつ)なんです。体力と知力を駆使(くし)してゲットしましょうね。
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T:0223「先輩の顔」
 香奈(かな)は会社の屋上(おくじょう)の扉(とびら)を開けると、思いっきり伸(の)びをして、声を上げようとして呑(の)み込んだ。手すりの所に、のぞみ先輩(せんぱい)の後ろ姿(すがた)が見えたのだ。しばらく、どうしようかともじもじしていると、先輩の方が気づいてくれた。
「何してるの?」いつもの自信(じしん)に満(み)ちた先輩の声。
 香奈は息抜(いきぬ)きに来たとも言えず、へらへらと笑ってしまう。
「別にいいわよ。ここは、気分転換(きぶんてんかん)には最高(さいこう)の場所だからね」
 先輩は青い空を見上げて大きく息をはいた。香奈は先輩の隣(となり)まで行って、同じように空を見上げてみた。何だか吸(す)い込まれてしまいそうな、そんな青い色をしている。
「あなた、好きな人いるの?」先輩が唐突(とうとつ)に訊(き)いてきた。
 香奈はどぎまぎしてしまった。どう答えればいいのか、思いつかないようだ。
「ほんと、分かりやすい娘(こ)ね」先輩はクスッと笑うと、「大事(だいじ)にしなさいよ」
 香奈は、先輩がなぜそんなことを言ったのか気になった。それで、つい余計(よけい)なことを訊いてしまった。「先輩は、好きな人いるんですか?」
「私?」先輩は一瞬(いっしゅん)考えて、「私は…、今は仕事が恋人(こいびと)かな」いつもと違(ちが)う先輩の顔。
「ところで企画書(きかくしょ)はできたの?」先輩はすぐに仕事の顔に戻ってしまった。
 香奈は緊張(きんちょう)して、「それが、いろいろ考えてるんですが…」曖昧(あいまい)に答えてしまう。
「何してるのよ。私が見てあげるわ。行くわよ」
<つぶやき>厳(きび)しい先輩はいますよね。でも、厳しいだけじゃないんです。優(やさ)しい面も…。
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T:0222「彼の決断」
 木村(きむら)は思い悩(なや)んでいた。あれから鳥山(とりやま)のことが気になって…。
 そんな時、鳥山が同僚(どうりょう)の男性と会社を出るのを見かけた。その男は、何人もの女子社員を口説(くど)いていると、もっぱらの噂(うわさ)がある。木村は、思わず二人の後を追いかけた。
 二人は繁華街(はんかがい)にある洒落(しゃれ)たバーへと入って行った。木村は少し躊躇(ちゅうちょ)したが、「何やってんだよ」と呟(つぶや)いて、バーの扉(とびら)を開けた。
 店内は意外(いがい)と広く、薄暗かった。木村はカウンターに座ると、彼女をさり気なく捜(さが)した。そして、店の奥のテーブル席に彼女を見つける。彼女の前には、色鮮(いろあざ)やかなカクテルが。男は、しきりに飲むように勧(すす)めている。彼女は手を振(ふ)り、断(ことわ)っているように見えた。木村は少しホッとした。しかし次の瞬間(しゅんかん)、彼女はグラスに手をのばし始めた。
 彼女の手がグラスに触(ふれ)れる間際(まぎわ)、別の手がグラスをつかんだ。そして、一気(いっき)にカクテルを飲み干(ほ)す。彼女は驚(おどろ)いて顔を上げた。そこにいたのは木村だった。
 木村は男の方に振り向くと、「悪いけど、僕(ぼく)の彼女なんだ。もう誘(さそ)わないでくれる」
 男は、バツが悪そうに席を立った。
「彼女って?」鳥山は訳(わけ)が分からず訊(き)いた。
「仕方(しかた)ないだろ。心配(しんぱい)なんだ。もう、君が飲まないように、ちゃんと僕が見てるから」
<つぶやき>好きって気持ちは、どこから始まるのでしょ。きっと、些細(ささい)なことからかも。
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T:0221「彼女の悩み」
「うん、鳥山(とりやま)さんの気持ち分かるよ」木村(きむら)は優(やさ)しくささやいた。
 目頭(めがしら)を押(お)さえてうつむいていた彼女は、突然(とつぜん)顔を上げるときつい口調(くちょう)で言った。
「何が分かるの? あなたに、何が分かるって言うのよ!」
 木村は彼女の突然の変貌(へんぼう)に驚(おどろ)き、心の中で呟(つぶや)いた。
<えっ、何で…。女の子って共感(きょうかん)すると、いい感じになるんじゃないの?>
「コラ、木村!」彼女はコップ酒(ざけ)を一気(いっき)に飲み干(ほ)すと、木村の首(くび)に腕(うで)を回してしめ上げた。
「人がしゃべってる時は、ちゃんと聞く。そんなこともできねえのか」
「あの、痛(いた)いです。ちょっと、やめて…」木村は何とか逃(のが)れると、やんわりと言った。
「ちょっと鳥山さん、飲み過ぎたんじゃないかなぁ。もうそろそろ、やめた方が…」
「そうよ。私は飲むとこうなるの。いつも、いつもいつも、これで彼に逃げられるの。だから、飲まないって言ったじゃない。それを、木村! あんたが飲ませたんでしょ」
「だって、そんなこと知らなかったから…」
「私を酔(よ)わせて、どうするつもりだったのよ。はっきり言いなさい。言え!」
「いや、別に僕(ぼく)は何も…」
 彼女は拳(こぶし)を木村の顔の前につき出した。いつものおとなしい彼女は消え失(う)せている。
「あの、ちょっとだけです。ほんのちょっと、いい感じになればなって。ごめんなさい」
<つぶやき>彼女のことを広い心で包んでくれる、そんな人がいつか現れます。たぶん?
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T:0220「選択のルール」
「ねえ、あなたのバッグ素敵(すてき)ね。私にくださらない?」
 綾(あや)は見ず知らずの女性から声をかけられた。それと同時に、どこからかカウントダウンが始まった。10、9、8――。綾は日頃(ひごろ)から何かを決めることが苦手(にがて)だった。ましてや、知らない人から言われたものだから、慌(あわ)てふためいてしまった。
 3、2、1――。綾は思わず目をつむった。ブッブーと、どこからかブザーの音。綾が目をあけると、持っていたバッグがスーパーのレジ袋に変わっていた。
「何なのよ。どうなってるの」綾はさっきの女性を捜(さが)したが、どこにもその姿(すがた)はなかった。
 その時、良太(りょうた)が声をかけた。彼は綾の恋人(こいびと)で、付き合い始めて一ヵ月になる。
「ねえ、聞いてよ。変な人が…」綾は必死(ひっし)に訴(うった)えた。
 そこへ、別の若い女性が声をかけた。「あなたの彼氏(かれし)、素敵ね。あたしにちょうだい」
 またカウントダウンが始まった。綾は、どういうことか理解(りかい)できず、何も言えないままブザーが鳴った。綾が目をあけると、良太とその女性が腕(うで)を組んで歩いていく。綾は必死に駆(か)け出した。良太に追いつくと、彼の腕をつかんで息(いき)を切らしながら言った。
「なにやってるのよ。この人は誰(だれ)なの?」
 良太は綾の顔を見て言った。「君こそ誰だ? 人違(ひとちが)いじゃないの」
<つぶやき>10秒ルールの世界。もし即断(そくだん)できなければ、すべてを失うかもしれません。
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T:0219「操縦の裏技」
 妻(つま)が朝食の支度(したく)をしていると、夫(おっと)がもそもそと起(お)きてきた。
「今日は遅(おそ)かったね。すぐ食べられるから、待ってて」
 妻は何だがご機嫌(きげん)な感じで微笑(ほほえ)んだ。夫は寝不足気味(ねぶそくぎみ)に目をこすると、顔を洗(あら)いに洗面所(せんめんじょ)へ――。戻(もど)って来た頃(ころ)には、朝食の支度(したく)がととのっていた。夫は席(せき)につくと、
「何かさ、夢(ゆめ)を見たんだよねぇ。すっごく良い夢だった気がするんだけど…」
「えっ、どんな夢だったの?」妻は嬉(うれ)しそうに訊(き)いた。
「それが、よく分からないんだ。思い出せなくて…。何が良かったのかなぁ?」
「何よそれ。変なの。さあ、食べましょ」妻はやっぱり楽しそうだ。
 夫は食事をしながら言った。「何かさ、良い夢のはずなのに、どっと疲(つか)れた感じで…」
「あなた、大丈夫(だいじょうぶ)? もう、働(はたら)き過ぎよ。今日は休みなんだし、リフレッシュしに、どっか行かない? あたし、行きたいところがあるんだけど…」
「ああ、いいよ。出かけようか」
 いつもは出不精(でぶしょう)で、ぐだぐだと文句(もんく)ばっかり言っている夫だったが、今日は素直(すなお)に賛成(さんせい)した。こんなこと、結婚以来(いらい)始めてかもしれない。妻は、そんな夫を見てほくそ笑(え)んだ。
 ――実は昨夜(ゆうべ)、妻は夫が寝静まった頃、彼の耳元に何か呪文(じゅもん)のようなものを何度もささやいていた。そんなこと全(まった)く知らない夫は、美味(おい)しそうに朝食をほおばった。
<つぶやき>知らないうちに、妻の言いなりになってしまう。そんなこと出来たらいいな。
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T:0218「親友の結婚」
「ねえ、智子(ともこ)。ちょっと飲みすぎじゃない」
 良枝(よしえ)は智子の前に水の入ったコップを置いた。智子は完全(かんぜん)に目が据(す)わり、ろれつも回らなくなっている。
「だから、何なのよ。良い妻(つま)って。あんたさ、そんなんで良いと思ってるの?」
「もう、何なのよさっきから。そんなに、私が結婚(けっこん)するのが気に入らないの?」
「ふん、何が結婚よ。あんたみたいな優等生(ゆうとうせい)がいるから、男はつけ上がるのよ」
「はいはい。もう遅(おそ)いから、今日は泊(と)まっていくでしょ」
「うん、そうする。――今日は朝まで飲むぞーォ」
「なに言ってるの。飲みすぎだって言ってるでしょ。もう、いい加減(かげん)にしなよ」
「いいじゃない。もう、こうやってあんたと飲むこともなくなるんだから」
「別にいいのよ。いつでも遊(あそ)びに来て。賢(さとし)さんも…」
「ああっ、もう! そうやって、あたしは良い妻をやってます、って見せつけたいのね」
「そんなこと思ってないわよ。私たちは、これからもずっと友だちなんだから」
 智子は身体(からだ)をふわふわと揺(ゆ)らしながら、良枝の顔をじっと見つめる。みるみるうちに、彼女の目に涙(なみだ)が浮(う)かび、顔をくしゃくしゃにしながら良枝に抱(だ)きついた。
<つぶやき>お祝いしたいのに、何だかちょっぴり寂(さび)しくて。女心は揺(ゆ)れちゃってます。
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T:0217「再就職の行方」
「えーと、神崎香苗(かんざきかなえ)さん」面接官(めんせつかん)は履歴書(りれきしょ)の写真(しゃしん)と見比(みくら)べながら言った。
「帝都大(ていとだい)を卒業(そつぎょう)。それから、一流企業(いちりゅうきぎょう)に就職(しゅうしょく)されてますね。どうして辞(や)められたんですか」
「私、もっといろんなことに挑戦(ちょうせん)して自分を磨(みが)いていこうと思いまして」
「なるほど。キャリアアップをお考えなんですね。しかし、我(わ)が社では業種(ぎょうしゅ)が…」
「ですから、まったく新しい分野(ぶんや)で、自分の可能性(かのうせい)を試(ため)したいと考えています」
 面接官は履歴書の一点に注目(ちゅうもく)した。そして、何度も履歴書を確認(かくにん)して言った。
「年齢(ねんれい)が25才とありますが…。これは間違(まちが)いじゃありませんか?」
「いえ。私、25ですが。それが何か?」
「いや、この学歴(がくれき)などを拝見(はいけん)しますと、年数(ねんすう)が合わないような…」
「そんなことありません。飛び級(きゅう)しましたので。私、こう見えても優秀(ゆうしゅう)なんですの」
「しかし、どう見ても25には…」面接官は香苗の顔を見ながら首(くび)をひねった。
「私、老(ふ)けて見られることが多いんです。私の知性(ちせい)が、そうさせるのかもしれません」
「今回の募集(ぼしゅう)は25才まで、と言うことはご存じですよね。本当のことをおっしゃって…」
「だから、言ってるじゃないですか。私は25です。間違いありません」
「そうですか…。では、結果(けっか)は後日、お知らせしますので。もう、結構(けっこう)ですよ」
 香苗は面接官に好印象(こういんしょう)を残そうと、にっこり微笑(ほほえ)んでその場をあとにした。
<つぶやき>次の仕事を見つけるは大変なんです。なりふりなんか、かまってられません。
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T:0216「妻の心配」
「ねえ、あなた。最近(さいきん)、またお腹(なか)出てきたんじゃない?」
 妻(つま)は心配(しんぱい)そうに夫(おっと)のお腹に目をやった。夫は、さり気なくお腹を引っ込めて、「そ、そんなことないよ。全然(ぜんぜん)、大丈夫(だいじょうぶ)だって」
「でも…」妻は夫の顔色(かおいろ)をうかがって、探(さぐ)るような目つきで言った。
「まさか、外でどか食(ぐ)いとかしてるんじゃないでしょうね」
「なに言ってんだよ。そんなこと出来るほど小遣(こづか)いもらってないだろ」
「そうよねぇ。でも、最近帰りが遅(おそ)いじゃない。どっか…」
「だから、仕事(しごと)だって。最近、忙(いそが)しいんだよ。今日も、遅くなるからな」
 妻は夫を送り出すと、夫が昨日(きのう)着ていた背広(せびろ)をしまおうと手に取った。ポケットを確認(かくにん)して…。その中に、片方(かたほう)だけのイヤリングを見つけてしまった。
 夫が外回(そとまわ)りから会社に戻(もど)ると、同僚(どうりょう)の一人が声をかけた。
「なあ、さっき奥(おく)さんから電話があったぞ」
「えっ! 何だって」夫は慌(あわ)てて訊(き)いた。「お前、余計(よけい)なこと言ってないよな」
「何かよく分かんないけど…。大事(だいじ)な話があるから、真っ直ぐに帰って来いって」
「まさか、〈大食(おおぐ)いの会〉のことバレたんじゃ。だから俺(おれ)、イヤだって言っただろ」
「なに言ってんだ。お前だって、千絵(ちえ)ちゃんに誘(さそ)われて喜(よろこ)んでたじゃないか」
<つぶやき>完食(かんしょく)したら安くなる。そんなのに誘われたら、断れないかもしれませんね。
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T:0215「真剣勝負」
 紀子(のりこ)はお中元(ちゅうげん)のカタログを見ながら、眉間(みけん)にシワを寄せた。なぜ彼女がこれほど真剣(しんけん)に選(えら)んでいるのか。それは、前回の失敗(しっぱい)があったからだ。
 去年(きょねん)の暮(く)れのこと。結婚間もない彼女は、義母(はは)からお歳暮(せいぼ)を選んで贈(おく)っておくようにと頼(たの)まれた。彼女は何も知らぬまま引き受けた。
 紀子の嫁(とつ)いだ家は旧家(きゅうか)で、親戚(しんせき)も大勢(おおぜい)あった。正月(しょうがつ)には、その面々(めんめん)が一堂(いちどう)に会して宴(うたげ)が催(もよお)される習(なら)わしになっている。親戚の人たちは、彼女が嫁(よめ)だと知ると態度を一変(いっぺん)させた。みんなは口々にお歳暮にクレームをつけてきたのだ。「あんなのもらってもね」とか、「何を考えてあんなものをよこしたんだ」などなど、嫌味(いやみ)なことばかり言われてしまった。中には、せっかく贈ったお歳暮を突き返してきた人もいた。
 宴が終わる頃には、彼女はぐったりとして座り込んでしまった。そこへ、とどめを刺(さ)したのは義姉(あね)だった。「こんなんじゃ、嫁として失格(しっかく)ね」
 普通(ふつう)の嫁だったら実家(じっか)へ逃げ出しただろう。でも、紀子は違っていた。彼女は持ち前の負けん気で踏(ふ)みとどまった。今度のお中元はリベンジなのだ。
 彼女の横では、気持ちよさそうに夫が寝息(ねいき)をたてている。彼女は夫の頬(ほお)を突っついてささやいた。「君は、この家の長男のくせに、何の役(やく)にも立たないんだから」
 夫はそれに応(こた)えるように笑いながら寝言(ねごと)で、「もう、やめろよ。くすぐったいって…」
<つぶやき>こんなお坊ちゃんはあてにできません。嫁として家をしっかり守って下さい。
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T:0214「離婚保険」
 とある結婚相談所(けっこんそうだんじょ)でお相手(あいて)を見つけた二人。今日は、系列会社(けいれつがいしゃ)の結婚式場(しきじょう)に式の打ち合わせに来ていた。一通(ひととお)り打ち合わせが終わると、担当者(たんとうしゃ)はニコニコしながら言った。
「私どもでは、離婚保険(りこんほけん)も手がけておりまして、もしよろしければ、ぜひご検討(けんとう)を…」
「離婚って、私たちこれから結婚するんですよ。そんな縁起(えんぎ)でもない」
「しかしですねぇ、現在(げんざい)10組のうち4組は離婚をされておりまして…」
「あたしたちは、そんなことしないわ。だって、愛し合ってるんですもの」
「それはもちろんでございます。これは、あくまでも保険ですから。月々の掛金(かけきん)も、ご予算(よさん)に合わせていろんなコースをお選(えら)びいただけます。それに、ご加入(かにゅう)いただければ、10年ごとの節目(ふしめ)にお祝(いわ)い金が出ることになっております」
「へえ、お金がもらえるんですか?」ちょっと興味(きょうみ)を抱(いだ)いた男性。
「ただし、ご結婚から3年以内に離婚をされますと、保険料は支払われませんのでご注意(ちゅうい)下さい。それと、もし万(まん)が一、三年を過ぎてから離婚された場合、我が社では特別保障(とくべつほしょう)といたしまして、次のお相手を責任(せきにん)を持って捜(さが)させていただきます」
「ええっ、もっと素敵(すてき)な男性を捜していただけるの?」女性の目が輝(かがや)いた。
「はい、もちろんでございます。二度目の結婚式は、格安(かくやす)のお値段(ねだん)でやらせて――」
<つぶやき>結婚は博打(ばくち)なのかも。でも、その価値を上げるのも下げるのも当人同士です。
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T:0213「あたしの彼はストーカー」
「で、あたしが酔(よ)っぱらいに絡(から)まれてるとこ助(たす)けてくれて。でも、お礼(れい)も言えなかったの」
「あんた、何で一人でそんなとこ歩いてたのよ。気をつけなきゃダメじゃない」
「でも、人けのない所(ところ)じゃないと、どんな人だか分からないじゃない」
「なに考えてんの? あんたの方からストーカーを誘(さそ)ってどうすんのよ」
「だって…。そんなに悪い人じゃないと思うわ」
「ストーカーに良い人なんていないわよ。もう、二度とこんなことしないで。いい」
「うん。でもね…、あたし分かっちゃった気がする。たぶん、あたしを助けてくれた人よ」
「もう、何がよ?」
「だから、あたしのことずっと見てる人。だってその人、何となく見覚(みおぼ)えがあるもの」
「えっ、そいつがストーカーってこと?」
「きっとそうよ。今度(こんど)見かけたら声をかけてみようかなぁ」
「ダメよ、そんなこと。何されるか分かんないでしょ」
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。それに、助けてもらったお礼を言わないといけないし」
「だったら、私も一緒(いっしょ)に行く。私から言ってやるわ。大事(だいじ)な親友(しんゆう)に付きまとうなって」
「やめて。そんなことしたら、もう会えなくなっちゃうわ。彼って、シャイなだけなのよ」
「だから――。まさか、あんた、その人のこと……。絶対(ぜったい)、やめなさいよ」
<つぶやき>危(あぶ)ないことはよしましょう。でも、世の中悪い人ばかりじゃないと信じたい。
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T:0212「彼女の挑戦」
 ――時間がない。彼女はいつも追(お)われていた。あたふたと焦(あせ)りまくって、気の休まる時がない。それにいつも空回(からまわ)りして、悪(わる)い方へと転(ころ)がっていく。これは、仕事(しごと)ばかりのことではなさそうだ。
 こうなった一番の原因(げんいん)は、付き合っていた彼と別れたこと。何で振(ふ)られたのか、彼女自身(じしん)まったく納得(なっとく)していない。自分はこんなに彼のことを愛していたのに――。彼女はそのうっぷんを仕事にぶつけていたのかもしれない。自分はこんなに仕事ができて、振られるようなダメな女じゃないと。でも本当(ほんとう)のところは、彼がいなくなった心の寂(さび)しさを埋(う)めようとしていただけなのだ。
 そんな時、誰かがポツリと呟(つぶや)いた。「もうやめちゃえば…」
 誰が言ったのか分からない。彼女の空耳(そらみみ)なのかも…。でも、彼女には確(たし)かに聞こえたのだ。もうやめちゃえば…、って。彼女は全身(ぜんしん)の力が抜(ぬ)けてしまった。へなへなと座(すわ)り込み、勝手(かって)に涙(なみだ)があふれてきた。彼女は周りのことなど気にせずに、わんわんと泣(な)いた。
 それからしばらくして、彼女は会社を辞(や)めた。三十過ぎての転職(てんしょく)は無謀(むぼう)なのかもしれない。でも、彼女は新しい生き方を捜(さが)し始めた。後悔(こうかい)はしていない。自分で決めたことだから。これからいろんなことに挑戦(ちょうせん)して、自分の道を切り開いてみせる。
<つぶやき>行き詰(づ)まったら、肩(かた)の力を抜きましょう。新しい考えが浮かんでくるかも。
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T:0211「迷い道」
 草(くさ)むらの中をかき分けて歩く調査隊(ちょうさたい)。先頭(せんとう)を行くのは隊長(たいちょう)の村雨(むらさめ)。その顔は真剣(しんけん)そのものである。どこかから「キィーン」と甲高(かんだか)い大きな鳴(な)き声がした。隊長は立ち止まり、辺りをキョロキョロしながら言った。
「気をつけろ。どこから…、何が飛(と)び出すか…、分からんからな」
「でも、隊長」すぐ後ろを歩いていたヨリ子が言った。「大丈夫(だいじょうぶ)だと思いますけど」
「何を言ってる。今のを聞いたろ。あの鳴き声がするということは、怪獣(かいじゅう)が出現(しゅつげん)する…」
「隊長!」列(れつ)の後ろの方から叫(さけ)ぶ隊員(たいいん)の声。「後ろがつかえてるんで、早く行って下さい」
 ヨリ子は隊長をなだめるように、「あの、ウルトラマンじゃないんですから。それに、今の声はキジの鳴き声ですよ。――もう、こういうのやめませんか、教授(きょうじゅ)」
「何を言ってるんだ。人跡未踏(じんせきみとう)のこのシチュエーションなんだぞ。怪獣が無理(むり)だとしても、恐竜(きょうりゅう)とか、巨大昆虫(きょだいこんちゅう)、それから…、そうだ、巨大アナコンダなんてのもあるぞ」
「映画(えいが)じゃないんですから」ヨリ子はため息をつき、「それに、ここは日本です。私たち、ただ道(みち)に迷(まよ)ってるだけじゃないですか。教授がこっちだって言い張(は)るもんだから…」
「私のせいだと言うのかね。ヨリ子君、君はなぜこのシチュエーションを楽しまないんだ」
「だから、私たち昼食(ちゅうしょく)も食べずにずっと歩きつづけてるんです。誰(だれ)かさんが、お弁当(べんとう)を車の中に置き忘(わす)れるから。――これ以上(いじょう)、何かゴタゴタ言ったら、私、切(き)れますよ。いいんですか?」
 教授はヨリ子のひと睨(にら)みで口をつぐみ、すごすごと歩き出した。
<つぶやき>無事(ぶじ)に車まで辿(たど)り着けたのでしょうか。それにしても、何の調査だったの?
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T:0210「サプライズ」
 私の彼は、あまり感情(かんじょう)を表(おもて)に出さない。彼の誕生日(たんじょうび)にサプライズで驚(おどろ)かせてあげた時も、ちっとも期待通(きたいどお)りの反応(はんのう)を示(しめ)さない。「ああ、ありがとう」って言っただけで平然(へいぜん)としている。私としてはまったく面白(おもしろ)くない。彼の告白(こくはく)にOKした時もそうだ。嬉(うれ)しくて飛(と)び上がるとか、叫(さけ)んじゃうとかすればいいのに。この時も、「ああ、ありがとう」で終わってしまった。
 だから、今度の日食(にっしょく)のイベントには友だちを大勢(おおぜい)集めることにした。だって、私一人で盛(も)り上がってもつまんないじゃない。
 日食の当日(とうじつ)。案(あん)の定(じょう)、彼はいつも通りにやって来た。他の友達(ともだち)はわいわい騒(さわ)いで、期待(きたい)で胸(むね)をふくらませているのに――。辺(あた)りが少しずつ暗(くら)くなって日食のリングが見えた時、周(まわ)りからは歓声(かんせい)がわき上がった。彼はと見ると、やっぱりいつも通り…。
 でも、すぐ横(よこ)にいた私は気づいちゃった。彼が小さな声で、「おおっ、すごい。すごい」って何度も言っているのを。たぶん、これが彼にとって最上級(さいじょうきゅう)の感動(かんどう)の仕方(しかた)なんだよね。
 そんなことを思いながら彼を見つめていると、突然(とつぜん)彼が私に振り返った。彼と目が合う。――何なのこれ。周りのみんなは太陽(たいよう)の方を見つめている。彼は、私だけに聞こえるようにささやいた。「結婚(けっこん)しよう」って。ひどいよ、こんな不意打(ふいう)ちをするなんて。私は涙(なみだ)があふれそうになるのを必死(ひっし)にこらえて、コクリと頷(うなず)いた。
<つぶやき>感動の仕方も人それぞれ。でも、嬉しさはみんな同じなのかもしれません。
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T:0209「生まれる場所」
 男が目を開けると、そこは一面(いちめん)白い雲(くも)に覆(おお)われた見たこともない場所(ばしょ)だった。足下(あしもと)も真っ白で、地面(じめん)を踏(ふ)みしめている感覚(かんかく)もないのだ。男は必死(ひっし)に考えた。どうしてここにいるのか。ここに来る前はどこで何をしていたのか。だが、男は何も思い出せなかった。
 どこからともなく声が聞こえた。
「いらっしゃい。いよいよ、交代(こうたい)のときが来ましたか」
 男は声のする方に振(ふ)り返った。雲の間から、別の男が顔を出す。
「えっ、何のことですか? 私は一体(いったい)どうして…」
「あなたは選(えら)ばれたのですよ。この森(もり)の番人(ばんにん)にね」
 別の男が手で雲を払(はら)うと、雲はまるで生き物のように動き出した。そこに現れたのは、見たこともないような巨木(きょぼく)。四方(しほう)にのびた枝(えだ)には、光り輝(かがや)く実(み)がいくつもついていた。
「あなたの仕事(しごと)は、この魂(たましい)の木を悪魔(あくま)たちから守(まも)ることです。この杖(つえ)を使ってね」
 別の男は長くて細い杖を男に渡すと、まるで煙(けむり)のように消えていった。男は何が何だか分からないまま、茫然(ぼうぜん)と立ちつくした。――どのくらいたったろう。冷たい風が男の頬(ほお)を突き刺(さ)した。みるみる黒い雲がわき上がり、その中から大きな悪魔が姿(すがた)を現した。
「これが悪魔なのか? こんな細い杖で、どう戦(たたか)えばいいんだ」
 男はやみくもに杖を振り回した。すると、杖の先が悪魔に触(ふ)れた。とたん、悪魔はすごい勢(いきお)いで息(いき)をはき、風船(ふうせん)のように飛び去ってしまった。
<つぶやき>まるで夢のような話。でも、そんな場所はないなんて誰も言えませんよね。
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T:0208「オーパーツ」
「見たまえ、この見事(みごと)な壁画(へきが)を」教授(きょうじゅ)は興奮(こうふん)した声で言った。「保存状態(ほぞんじょうたい)も申(もう)し分ない」
 真っ暗な洞窟(どうくつ)の中、みんなのどよめきがこだました。調査(ちょうさ)を始めると、かなりの数の動物(どうぶつ)の壁画が見つかり、中には人の姿(すがた)らしいものも発見(はっけん)された。ほどなくして、洞窟の奥(おく)の方を調べていた隊員(たいいん)が叫(さけ)んだ。
「教授、来てください。文字(もじ)らしいものを見つけました」
 教授たちは転(ころ)びそうになりながら、声のする方へ急いだ。教授がそこで見たものは、細(こま)かな線(せん)がいくつも引かれていて、それは何かの形を示(しめ)す図形(ずけい)にも見えた。
「教授、ここを見てください」隊員は壁(かべ)の一点(いってん)を示して、「これって、絵文字(えもじ)じゃありませんか? あの携帯(けいたい)メールで使う顔文字に似てると思うんですが」
 教授は灯(あかり)を近づけ、食い入るように覗(のぞ)き込む。確(たし)かに笑ってVサインを出している顔に見えてきた。隊員は別の場所(ばしょ)を指(ゆび)さして、「これなんか、いびつですがハートマークじゃ」
「どういうことだ」教授は頭をかかえた。「この時代(じだい)に、こんな図形を書いていたなんて」
 教授はさらに詳(くわ)しく調べ、驚(おどろ)くような仮説(かせつ)を打ち立てた。
「これは何かの盟約(めいやく)かもしれん。文字の全体(ぜんたい)を見ると二つのグループに分かれている。それぞれ書き方が違(ちが)うから、別の人物(じんぶつ)が書いたものだろう。そして、最後(さいご)のサインだ。人の手形(てがた)がそれぞれつけられている。もしこれが解読(かいどく)できたら、歴史(れきし)が変わるかもしれんぞ」
<つぶやき>壁画はその時代を生きた人の証(あか)し。私たちは未来(みらい)に何を残せるのでしょうか。
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T:0207「お好み焼き」
「まだ食べるの?」お好み焼きを前にして好美(よしみ)が訊(き)いた。「ちょっと食べすぎじゃない」
「なに言ってるのよ。ここのは最高(さいこう)の味(あじ)なのよ。せっかく来たんだから食べなきゃ」
 恵子(けいこ)は大きな口を開けて、ガブリと頬張(ほおば)った。
「好美、無理(むり)だってば。この子にそんなこと言っても」写真(しゃしん)を撮(と)りながら、冷静(れいせい)な口調(くちょう)であかりが言った。「食欲(しょくよく)は生きるための基本(きほん)よ」
「そうそう。好美、食べないんだったら食べてあげようか?」
「ダメ、これはあたしのだから。もう、恵子もさ、ダイエットしようとか思わないわけ」
「まったく。だって、何で我慢(がまん)しなきゃいけないの。意味(いみ)分かんない」
 あかりはくすりと笑い、「男子より、お好み焼きのほうが大事(だいじ)なのね」
「そうじゃないけど」恵子は食べる手をとめて、「やっぱ、これが私だし。無理して男子と付き合っても、疲(つか)れるだけじゃない。このまんまの私を好きになってくれなきゃ」
「でも、見た目も大切(たいせつ)よ」好美は口をとがらせて言った。「太(ふと)ったら誰(だれ)も振り向かない」
「私が集めた情報(じょうほう)では…」あかりはスマホを確認(かくにん)しながら言った。「我(わ)が校(こう)の傾向(けいこう)からいくと、標準的(ひょうじゅんてき)な体型(たいけい)が一番もててるわね」
「あたしたちって、標準よね」恵子はにっこり笑い、最後の一切れを口にした。
 好美もあかりもうなずいて、美味しそうにハフハフと口を動かした。
<つぶやき>美味しいものは、とりあえず食べておきましょう。もったいないですから。
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T:0206「裏切りの代償」
「ねえ、聞いた?」未希(みき)が私のところへ駆(か)け寄ってきて言った。
「営業(えいぎょう)の小林和也(こばやしかずや)が、経理(けいり)の藤崎(ふじさき)あやめとできてるんだって」
「うそ!」あたしは正直(しょうじき)マジ驚(おどろ)いた。だって、小林クンと付き合ってるのあたしだもん。
「これは確(たし)かな情報(じょうほう)よ。あやめって専務(せんむ)の娘(むすめ)でしょ。小林も出世(しゅっせ)を狙(ねら)ってるのかもね」
 あたしは、彼女の言うことなど全く耳に入らなかった。あいつ、何考えてんのよ。藤崎あやめ…。確かに彼女は私より若いわよ。多少きれいかもしれない。でも――。いけない。ここは落ちついて、冷静(れいせい)に判断(はんだん)しなきゃ。絶対(ぜったい)これは間違(まちが)いよ。だって、この間、あたし、プロポーズされたもん。結婚(けっこん)しようって…。今度の週末(しゅうまつ)は、彼のご家族(かぞく)と会う約束(やくそく)だって――。
 ――あたしは平静(へいせい)を装(よそお)って彼の家を訪(たず)ねた。彼もいつものように…。
「母さん、こちら山本友里(やまもとゆり)さん。同じ職場(しょくば)の先輩(せんぱい)でね――」
 えっ、どういうこと? おつき合いしてるとか、言ってくれないの? 何でよ。
 あたしがちょっと席(せき)を外(はず)して戻(もど)って来ると、彼の話し声が聞こえてきた。
「――そんなんじゃないよ。彼女がどうしてもって言うから。先輩だからね、断(ことわ)れないだろ。母さんだって知ってるじゃない。僕は年上(としうえ)なんか興味(きょうみ)ないし――」
 ふふ……。憶(おぼ)えてなさい。年上の女を怒(おこ)らせたらどうなるか――。
<つぶやき>この代償(だいしょう)はどんなことになるんでしょう。ちょっと考えただけでも怖(こわ)いです。
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T:0205「猫の学校」
 公園(こうえん)の端(はし)の茂(しげ)みの中。子猫(こねこ)たちを集めて、猫教師(きょうし)の講義(こうぎ)の真っ最中(さいちゅう)。
 騒(さわ)いでいる子猫たちを静かにさせると猫教師は言った。「これから、人間(にんげん)の世界(せかい)でいかに生き抜(ぬ)くかを教えます。これは、とっても大切(たいせつ)な心得(こころえ)です。しっかりと聞くように」
 子猫たちは、何が始まるのか興味津々(きょうみしんしん)で聞き耳をたてる。先生は続けた。
「まず、人間は私たちの召使(めしつか)いです。けっして媚(こ)びたりしないこと。いつも気高(けだか)く、毅然(きぜん)とした態度(たいど)でいなさい。彼らが何をしようと、相手(あいて)をしてはいけません」
「でも先生、猫じゃらしを振(ふ)られたらどうするの?」
「その時は、あなたたちの能力(のうりょく)を存分(ぞんぶん)に見せつけてやりなさい」
「お腹(なか)が空(す)いたら、どうしたらいいの?」
「それはいい質問(しつもん)です。人間は時間になれば食事(しょくじ)を出してくれます。もし人間が忘(わす)れているようなら、そいつの顔を見てひと声鳴(な)いて足にすり寄りなさい。それでもダメなときは、躊躇(ちゅうちょ)することなく人間の足を引っかいてやりなさい」
「そんなことをしたら、ひどい目にあわされちゃうよ」子猫たちは騒ぎ出す。
 先生は一喝(いっかつ)すると言った。「あなたたちには野性(やせい)の血(ち)が流れています。それを忘れてはいけません。人間など、我々(われわれ)にとっては必要不可欠(ひつようふかけつ)な存在(そんざい)ではありません。そんな時は、人間など捨(す)ててしまいなさい。住み家(か)を変えるのです」
<つぶやき>猫って不思議(ふしぎ)な動物。気分屋(きぶんや)なのに、寂(さび)しい時にはちゃんと癒(いや)してくれる。
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T:0204「恋は化学反応」
「君(きみ)って、おもしろい娘(こ)だね」合コンの帰り道、敏也(としや)は言った。かすみは歩(ほ)を早める。
「ちょっと、待ってよ。そんなに急(いそ)がなくても…」敏也は追(お)いかける。
 かすみはいきなり立ち止まり振(ふ)り返った。危(あや)うく、二人はぶつかりそうなくらい急接近(きゅうせっきん)。
「何かご用(よう)ですか?」かすみは冷(つめ)たく言い放(はな)つ。「もう、ついてこないで下さい」
「いや、別に…そんなつもりは。僕(ぼく)も、帰り道はこっちなんだよね」
 かすみは敏也が言い終わらないうちにまた歩き出した。敏也は彼女の横に駆(か)け寄って、
「あのさ、君みたいな娘(こ)が合コンに来るなんて…」
「別に、私は行きたくて行ったんじゃありません。友達から人数が足りないと言われて」
「そうなんだ。なるほど、なっとく…」
「私、恋(こい)とかそういう下(くだ)らないことはしませんから。付き合おうなんて思わないで下さい。恋なんて、ただの化学反応(かがくはんのう)です。一目惚(ひとめぼ)れは錯覚(さっかく)にすぎません。男なんて、子孫(しそん)を残(のこ)すために生存(せいぞん)しているだけです。まして、結婚(けっこん)なんて…」
「やっぱり僕、君に一目惚れしたみたいだ。君といると、何か面白(おもしろ)くなりそう」
「あの。私の話し聞いてます? 私はあなたなんか…」かすみは彼と目が合い一瞬(いっしゅん)見入ってしまった。そしてぶつぶつと呟(つぶや)いた。「これは化学反応よ。私は恋なんか、恋なんか…」
<つぶやき>恋はするものじゃなく落ちるもの。理屈(りくつ)で説明(せつめい)できないから面白いのかも。
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T:0203「恋人体験」
 ビル街(がい)にある小さなレストラン。表(おもて)には看板(かんばん)もなく、外からではそこにお店があるとは分からない。店内(てんない)には小さなテーブルがいくつか置かれ、それぞれに二つの椅子(いす)が並(なら)べられていた。どう見ても、どこにでもありそうなレストランである。
「ここで、恋人体験(こいびとたいけん)をしていただきます」
 男はテーブルにつくと、若(わか)い女性に言った。女性はソワソワしながら、
「あの、ほんとに大丈夫(だいじょうぶ)なんですか? 取(と)り憑(つ)かれちゃったりとか…」
「大丈夫ですよ。お相手(あいて)をするスタッフは信頼(しんらい)できるエキスパートですから」
 女性は店内を見回(みまわ)した。テーブルには一人だけ客(きゃく)が座(すわ)っているのに、料理(りょうり)や飲み物は二人分置かれている。それに、それぞれの客は、目の前の誰(だれ)もいない席(せき)に話しかけたり、笑(わら)ったりしているのだ。不思議(ふしぎ)そうな顔をしている女性に向かって男が言った。
「みなさん、楽しそうでしょ。ここで、異性(いせい)との会話(かいわ)の仕方(しかた)などを練習(れんしゅう)していただきます」
 女性は不安(ふあん)そうにうなずいて、「私にも、できますか?」
「もちろんです。事前(じぜん)にお伺(うかが)いしたご要望(ようぼう)から、何人かピックアップしておきました」
 男は写真(しゃしん)付きのリストを彼女に見せた。「この中から、お選(えら)びいただけますか」
 そこにあるのは、どれも彼女好(ごの)みの男性ばかり。男はさらに付け加えた。
「ただし、これは店内のみで、お持ち帰りはできませんので、ご注意(ちゅうい)ください」
<つぶやき>生身(なまみ)の人間じゃないので、会話が苦手(にがて)な方も気楽(きらく)におしゃべりできるかも。
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T:0202「ゆれる心」
「お前は、何度問題(もんだい)を起こせば気が済(す)むんだ」担任(たんにん)の梅沢(うめざわ)は恵理(えり)を睨(にら)みつけて言った。
「関係(かんけい)ねえだろ。うっせぇなぁ」恵理も負(ま)けずに睨み返す。
 梅沢は隣(となり)にいる妙子(たえこ)に言った。「相沢(あいざわ)。学級委員(がっきゅういいん)のお前まで、何してたんだ?」
「私は…」妙子は声をつまらせた。
「こいつは関係ねえよ」恵理は妙子をかばうように、「あたし一人でやったんだ」
「当たり前だ。相沢はな、成績(せいせき)も優秀(ゆうしゅう)で、お前みたいな不良(ふりょう)とは違(ちが)うんだ。他校(たこう)の生徒(せいと)と喧嘩(けんか)するような、そんな…」
「違います!」妙子は声を張(は)りあげた。「神田(かんだ)さんは、悪くないんです。あれは…」
 理恵は妙子の言葉(ことば)をさえぎるように、「退学(たいがく)でも何でもいいよ。こんな学校いつでも…」
「私も、同じ処分(しょぶん)にして下さい」妙子は担任の前に出て、意(い)を決して言った。
「相沢…。なに言ってるんだ? そんなことをしたら…」
「先生。私も喧嘩をしました。それは、間違(まちが)いありませんから」
「ばっかじゃねぇのか」理恵は妙子の胸(むな)ぐらをつかみ、「お前みたいな奴(やつ)、大嫌(だいきら)いなんだよ。さっさと、自分の居場所(いばしょ)に戻(もど)りな。二度と顔(つら)見せるんじゃねえぞ」
 言葉とは裏腹(うらはら)に、理恵の目には友を思う優(やさ)しさがこもっていた。
<つぶやき>若い頃はどうしようもない感情で心がクチャクチャになる。でも、本当は…。
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T:0201「夢想のすきま」
 それは突然(とつぜん)のことだった。目の前にイケメンの青年(せいねん)が現れたと思ったら、愛(あい)してるとささやかれ…。気がつけば彼の腕(うで)に抱(だ)かれて、口づけを交(か)わしていた。
 絵理子(えりこ)は薄(うす)れる意識(いしき)のなか思った。こんなことあり得(え)ないわよ。だって、知らない男性よ。抱かれちゃってるのよ。それに、キスまでしてるなんて。
 絵理子は彼から離(はな)れようと必死(ひっし)にもがいた。でも、全然(ぜんぜん)力が入らない。彼の腕はどんどん身体(からだ)をしめつける。彼女は自分(じぶん)の身体が深(ふか)い沼(ぬま)に沈(しず)んでいくのを感じた。次の瞬間(しゅんかん)、彼女はベッドから転(ころ)がり落ちていた。
「いてっ…。もう…」彼女は状況(じょうきょう)が把握(はあく)できなかった。目の前には床(ゆか)があり、まるで知らない場所にいるように感じた。彼女は目をこすりながら、ゆっくり起き上がって、
「えーっ、何なのよ……」
 意識がハッキリしてくると、彼女はため息(いき)をついた。
「あーっ、忙(いそが)しすぎるせいよ。来週(らいしゅう)、絶対(ぜったい)に休暇(きゆうか)とるから。もう限界(げんかい)よ」
 彼女は自分を奮(ふる)い立たせるように大きく伸(の)びをした。そして、目覚(めざ)まし時計を見た。
「あっ! もうこんな時間じゃない。遅刻(ちこく)しちゃうわ」
 絵理子は大急(おおいそ)ぎで身支度(みじたく)を調(ととの)えると、あたふたと部屋を飛び出した。彼女が出て行ったあとには、いろんなものが散乱(さんらん)し、足の踏(ふ)み場もなかった。そして、ベッドには――。
<つぶやき>忙しすぎると心のバランスも崩(くず)れちゃうから。そこへ忍(しの)び寄る怪(あや)しい影(かげ)…。
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T:0200「僕のこだわり」
 僕(ぼく)は小学生ながら変なこだわりを持っている。少々の雨なら傘(かさ)なんて使わない。それが男だ。僕はいつも格好(かっこ)いい男でいたいのだ。ママには、何で傘を差(さ)さないのって言われるけど、これだけは絶対(ぜったい)に譲(ゆず)れない。
 そんなある日。僕はいつものように小雨(こさめ)の中を歩いていた。すると、誰(だれ)かが僕に傘を差し掛(か)けてきた。ふっと横(よこ)を見る。すると、そこには彼女(かのじょ)が…。
 僕の胸(むね)は高鳴(たかな)った。だって、彼女は僕たちのあこがれの響子(きようこ)ちゃん。僕のすぐ横を歩いている。これは、まさに奇跡(きせき)に近いことだ。――ダメだ。こんなことで動揺(どうよう)してどうする。ここは、クールに決(き)めないと。男の美学(びがく)だ。
「何だよ」僕はそっけなく言ってしまった。
「濡(ぬ)れちゃうよ。近くまで一緒(いっしょ)に帰ろ」彼女は優(やさ)しく微笑(ほほえ)んだ。
「別にいいよ。ほっとけよ」
 何でだ。心ではそんなこと思ってないのに、勝手(かって)に口から飛び出してしまった。
「もう、そんなこと言って」彼女はちょっと怒(おこ)った顔をする。それも、また可愛(かわい)い。
 響子ちゃんは、何にも言わずに一緒に歩いてくれた。ずっと傘を僕の方に傾(かたむ)けて。僕は、誰かに見られやしないかとドキドキだ。でも、ずっとこのままでいたいと願(ねが)ってる。
<つぶやき>小学生でも大人と変わらない。美しいものに憧(あこが)れ、恋が芽生(めば)えていくのです。
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T:0199「癒されたい」
「何なのよ、これ!」美咲(みさき)はベランダに出て叫(さけ)んだ。
 狭(せま)いベランダいっぱいに特大(とくだい)のプランターが置かれていた。
「いいでしょ」日菜子(ひなこ)は嬉(うれ)しそうに、「ネットで見つけたの。癒(いや)されちゃうんだって」
「癒されるって、どういうことよ?」
「よく分かんないけど、そう書いてあったわ。でね、これから収穫(しゅうかく)しようと思って」
「はぁ? でも、葉(は)っぱも出てないし、変な茎(くき)が伸(の)びてるだけじゃない」
「ねえ、手伝(てつだ)ってよ。そのために来てもらったんだから」
 美咲は渋々(しぶしぶ)引き受けた。変な茎のようなものを二人でそっと引っ張り上げる。土が少しずつ盛(も)り上がってきて、ぴょこっと大きなものが顔を出した。とたんに、美咲は悲鳴(ひめい)を上げた。顔を出したのは、大きな芋虫(いもむし)のような――。
「わ~ぁ、かわい~いィ」日菜子はそう言うと芋虫のようなものの頭をなでて、「もう、ぷよぷよしてるぅ。これって、モスラじゃない?」
 美咲は部屋の隅(すみ)まで逃げ出して、「いやだ! あたし、虫(むし)とかダメなんだから…」
「かわいいのにぃ。これって、本物(ほんもの)かな? 生きてるといいなぁ」
「そんなわけないでしょ。作り物に決まってるわ」美咲はべそをかきながら言った。
 二人が見つめていると、それはモゾモゾと動き出し、土の中から這(は)い出した。
<つぶやき>ネットで何でも買えちゃう。でも、まさかこんなものまで売られてるなんて。
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T:0198「はずれ娘」
「あたし、はずればっかり引いてしまうんです」頼子(よりこ)はうつむきながら言った。
「はぁ? 悪いがうちは何でも屋で、人生相談(じんせいそうだん)なんかしてないんだけど」
「でも、表(おもて)に何でも相談にのりますって」
「それは…」小太(こぶと)りの男は頭をかきながら、「まいったな…。で、どうしたいんだ」
「だから、はずれを引かないようにするにはどうしたら…」
「別にいいじゃないか、はずれを引いたって。それも、あんたの才能(さいのう)だ」
 男は何かを思いついたのか、彼女を街外(まちはず)れの倉庫(そうこ)へ連(つ)れ出した。薄暗(うすぐら)い倉庫の中では、闇(やみ)のオークションが開かれている。男は並(なら)べられている骨董品(こっとうひん)を見せながら言った。
「この中で、あんたが欲(ほ)しいと思うものはどれだ?」
「あたし、骨董品なんて分かりません。選(えら)べって言われても…」
「心配(しんぱい)すんな。俺(おれ)だって分かんねえよ。ここに並んでるのはどれもガラクタばっかりさ。でもな、たまに本物(ほんもの)がまぎれ込(こ)んでいるんだ」
 頼子は最後(さいご)まで悩(なや)んだ二つのうちの一つを選んで、「あたし、こっちがいいです」
 男は、彼女が最後に選ばなかった方をわずかな金で落札(らくさつ)させた。
 後日(ごじつ)、頼子は何でも屋に呼び出された。行ってみると、男は彼女の前に札束(さつたば)を置き、
「これがあんたの報酬(ほうしゅう)だ。おかげで、本物を手に入れることができたよ」
<つぶやき>はずれを引き続けても、いつか当たりに巡(めぐ)り合う。それに気付けるかどうか。
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T:0197「テレビの彼女」
 賢吾(けんご)は眠(ねむ)い目をこすりながらテレビに見入(みい)っていた。時間は夜中(よなか)の2時を回っている。テレビに映(うつ)し出されていたのは若(わか)い女性。アイドルのようにとても可愛(かわい)いが、今までテレビでは見たことのない人だった。
 彼はしきりにテレビに向かって話しかけていた。すると、不思議(ふしぎ)なことにテレビの中の女性も、相(あい)づちをうったり返事(へんじ)を返してきた。
「ねえ、今度はいつ会えるかな?」賢吾はいとおしそうに訊(き)いた。
「そうねえ」彼女はしばらく考えて、「分かんないわ、そんなこと」
「僕は毎日会いたいんだ。でも、一晩中(ひとばんじゅう)起きていると、昼間(ひるま)眠くて仕事(しごと)にならないんだ」
「それはダメよ、ちゃんと寝(ね)てください。そうじゃないと、あたし…」
 テレビの彼女は悲しげな顔をして目を伏(ふ)せた。それから、何かを決意(けつい)したように彼の方を見つめて言った。「じゃあ、明日の26時にこのチャンネルで会いましょ」
「ほんとに?」賢吾は嬉(うれ)しさのあまり飛び上がった。
 そして次の日。約束(やくそく)の時間に賢吾はテレビのスイッチを入れた。チャンネルを合わせる。でも、そこに映っていたのは、シャーッという音と砂(すな)あらしだけだった。
「何だよ、どうしたんだ」賢吾は思わずテレビを叩(たた)いた。しかし、何も変わらなかった。
「もう会えない…。あんな約束しなきゃよかった。俺(おれ)が弱音(よわね)を吐(は)いたから嫌(きら)われたんだ」
<つぶやき>夜中の使われていないチャンネル。そこには誰(だれ)も知らない世界があるのです。
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T:0196「円満の木」
 我(わ)が家には大きな鉢植(はちう)えがある。友達(ともだち)が引っ越す時に譲(ゆず)り受けたものだ。今では、子供の背丈(せたけ)ほどに成長(せいちょう)している。園芸(えんげい)初心者(しょしんしゃ)の私たちだったけど、何とかちゃんと育(そだ)てることができている。それがここ最近(さいきん)、葉(は)の艶(つや)も悪(わる)く元気(げんき)がなくなってしまった。
 原因(げんいん)がまったく分からず諦(あきら)めかけていた時、その友達から電話があった。そこで私は、どうしたらいいのか訊(き)いてみた。すると、
「ねえ、家の中で何か問題(もんだい)があるでしょ」
 私は驚(おどろ)いた。確(たし)かに最近、夫(おっと)との仲(なか)がギクシャクしていた。でも、それは今までだってあったことだし――。
「ひとつ、提案(ていあん)があるんだけど」
 友達は私が黙(だま)り込(こ)んでしまったので何かを感じたのだろう、こんなことを言ってくれた。
「ひとまわり大きな鉢に植(う)え替(か)えてあげて。絶対(ぜったい)、旦那(だんな)さんと一緒(いっしょ)にやるのよ。二人で、子供を扱(あつか)うように優(やさ)しく優しくしてあげて。そしたら、元気になるわよ」
 私は半信半疑(はんしんはんぎ)だった。夫にそのことを話したら、「そうか」と言って手伝(てつだ)ってくれた。
 それからしばらくして、鉢植えも元気を取り戻(もど)した。そして、いつの間にか私たちの仲も元通(もとどお)りに…。何だが、とっても不思議(ふしぎ)な感じです。
<つぶやき>夫婦の間にも、おしゃべりは必要(ひつよう)です。植物(しょくぶつ)たちもよく分かってるのかもね。
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T:0195「特別な微笑み」
「君(きみ)は何てことしてくれたんだ」平山(ひらやま)部長は困惑(こんわく)顔で言った。「綾瀬(あやせ)君に暴言(ぼうげん)を吐(は)いたそうじゃないか。彼女が、我(わ)が社(しゃ)にとってどれほど大切(たいせつ)な人材(じんざい)か分かってるのか?」
「でも部長(ぶちょう)」高野(たかの)は不満(ふまん)そうに、「僕(ぼく)は別に、そんなつもりで…」
「何で、つまんないなんて言ったんだね。そのせいで、彼女は笑(わら)えなくなったんだぞ」
「僕は、彼女を傷(きず)つけようとか、そういうんじゃなくて。ほんと、冗談(じょうだん)みたいな…」
「そんなことはわかっとる。だがな、綾瀬君は自分はつまんない女だと思い込んでしまってるんだ。最悪(さいあく)、彼女が会社を辞(や)めるなんて言いだしてみろ、我が社は倒産(とうさん)だ」
「部長、それは言いすぎですよ」
「清和(せいわ)物産が取引(とりひき)の停止(ていし)を打診(だしん)してきた。あそこの社長(しゃちょう)が、なぜ毎月うちへ来るのか知ってるか。綾瀬君の淹(い)れるお茶(ちゃ)を楽しみにしてるんだ。今月おみえになったとき、彼女に微笑(ほほえ)んでもらえなかったことを気にされて、このままじゃ取引できないと」
「そんな…。でも別に、他の女子社員だっているんだし。そんな大人気(おとなげ)ない…」
「君は分かってない。いいか、彼女は特別(とくべつ)なんだ」
「どこがです? あんなチャラチャラした奴(やつ)の…」
「これは業務命令(ぎょうむめいれい)だ。彼女の笑顔を取り戻(もど)すんだ。これには、我が社の運命(うんめい)、いや、社員(しゃいん)とその家族(かぞく)の生活(せいかつ)がかかってるんだ。頼(たの)むぞ」
<つぶやき>可愛(かわい)い人に微笑んでもらえたら、それだけで幸せな気分になっちゃいますね。
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T:0194「放課後」
 学校(がっこう)の放課後(ほうかご)、教室(きょうしつ)に残って友香(ともか)は和也(かずや)に勉強(べんきょう)を教えていた。今度のテストで成績(せいせき)が悪いと、和也は補習(ほしゅう)を受けなくてはいけないのだ。
「あーっ、そうか、分かった。なんだ、簡単(かんたん)じゃねーぇか」
 和也は大きく伸(の)びをして言った。それを見て友香はため息(いき)をつき、
「こんなこと、授業(じゅぎょう)をちゃんと聞いてれば分かるはずよ」
「そうなんだけどさぁ。なんか、ずーっと座(すわ)ってると眠(ねむ)くなっちゃって」
「いい、これが分かったら次の問題(もんだい)も簡単なはずよ。やってみて」
「えっ、まだやるのかよ」
「なに言ってるのよ。まだ三十分もたってないじゃない」
「まぁ、そうだけど…。よし、やるぞ」和也は問題を睨(にら)みつけた。そして、唸(うな)った。
 しばらく黙(だま)って見ていた友香だが、我慢(がまん)しきれず口を出した。「だから、これとこれで…」
 友香が手を出したとき、思わず和也の手に触(ふ)れてしまった。二人とも一瞬(いっしゅん)とまり、見つめ合う。その距離(きょり)のあまりの近さに、二人は飛(と)び上がった。
「もう、あたし帰る。あとは、自分で考えて」友香は逃(に)げるように教室を出て行った。
「えっ、何だよ? なに怒(おこ)ってんだよ。俺(おれ)、なんか…」
<つぶやき>男ってほんとに鈍感(どんかん)なのです。分かんない奴(やつ)にはぶちかましてやりましょう。
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T:0193「花見の宴」
 この会社(かいしゃ)では、社員(しゃいん)そろっての花見(はなみ)の宴(うたげ)が毎月開かれることになっていた。会社設立(せつりつ)からの行事(ぎょうじ)で、社員の親睦(しんぼく)を深めるために始まったようだ。この宴の幹事(かんじ)を任(まか)されるのは新入社員(しんにゅうしゃいん)の二人。スーツ姿(すがた)もまだぎこちなく、初々(ういうい)しい感じである。
 今日は朝から宴の準備(じゅんび)を調(ととの)えて、場所(ばしょ)取りに来ていた。あとは、お昼(ひる)の時間にみんながそろうのを待つだけである。ここまで来ると、二人の距離(きょり)もだいぶ縮(ちぢ)まってきていた。
「俺(おれ)たち、場所取りする意味(いみ)あるのかな? まわり誰(だれ)もいないし」
「桜(さくら)じゃないからね。でも、この花きれいよ。赤くて、ほんとブラシみたい」
「ブラシの木なんて、誰も知らないんじゃないかなぁ」
「ほんと。あたしも全然(ぜんぜん)知らなかった」彼女はぎこちなく笑(わら)って、「みんな、遅(おそ)いわね」
「ああ…、もう来るんじゃないかな」彼は腕時計(うでどけい)で時間を確認(かくにん)。しばしの沈黙(ちんもく)――。
「ねえ、ちょっと遅すぎない?」彼女は不安気(ふあんげ)な顔で、「ちゃんと、ここの場所分かるよね」
「大丈夫(だいじょうぶ)だろ。掲示板(けいじばん)にちゃんと…」そこで彼は突然(とつぜん)立ち上がり叫(さけ)んだ。「忘(わす)れてた!」
「なに? どうしたのよ?」
「俺、掲示板に地図貼(は)るの…。どうしよう。そうだ、電話(でんわ)して…」彼はポケットを探(さぐ)ってみるが携帯電話が見つからない。ますます彼は慌(あわ)てだした。それを見て彼女は、
「もう、落ち着いて下さい。あたしがかけますから」平然(へいぜん)と携帯電話を取りだした。
<つぶやき>女は度胸(どきょう)なんです。最後の詰(つ)めが甘(あま)いと、これから頭が上がらなくなるかも。
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T:0192「幸せの実」
 近所(きんじょ)の神社(じんじゃ)でお祭(まつ)りがあった。私はここに越して来て日も浅(あさ)いので、ふらりと立ち寄ってみた。小さなお祭りで、露店(ろてん)も4、5軒(けん)しかなかった。それほど面白(おもしろ)いこともなく、私は一回りして帰ることにした。鳥居(とりい)を出てしばらく行くと、小さな露店の老婆(ろうば)に呼(よ)び止められた。老婆は小さな植木鉢(うえきばち)を私に差し出して、
「あんたに、これをあげよう。これは幸運(こううん)の木で、幸せの実(み)がなるんだ」
 戸惑(とまど)っている私に、老婆は植木鉢を押(お)しつけた。私は、言われるままに受け取ってしまった。どうも、私はこういうのは断れないというか…、損(そん)な性格(せいかく)なのだ。
 もともとずぼらなところがあって、ウチへ持って帰っても、水をやることもなく玄関(げんかん)に放(ほう)ったままにしていた。何日かたった頃(ころ)、その鉢に芽(め)が出ているのを発見(はっけん)した。こうなってくると、いくらずぼらな私でも、水をやらなきゃと思ってしまう。
 それから一週間。その芽は順調(じゅんちょう)に、と言うか、驚異的(きょういてき)なスピードで伸(の)びていった。半月たった頃には、30センチほどに成長(せいちょう)した。そして、枝(えだ)の先には小さなつぼみまでふくらみ始めた。私はどんな花が咲(さ)くのか、楽しみになってきた。
 毎朝早起(はやお)きして世話(せわ)をして、仕事(しごと)が終わったら真っ直ぐにウチに帰る。今までの不規則(ふきそく)な生活(せいかつ)が嘘(うそ)のようだ。身体(からだ)もすこぶる快調(かいちょう)で、仕事も楽しくなってきた。それに、最近(さいきん)、彼女というか、好きな人が現れた。これって、幸運の木のおかげなのかな?
<つぶやき>ささいなことから幸せが生まれます。それを育てられるかは、あなた次第(しだい)。
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T:0191「春の訪れ」
「まだ帰ってこないよ。どうしちゃったんだろ?」小学生(しょうがくせい)の娘(むすめ)が訊(き)きに来た。
「もう来るわよ。心配(しんぱい)しなくても大丈夫(だいじょうぶ)だから」
 私は子供の頃(ころ)を思い出す。そう言えば、私も春になると軒先(のきさき)を眺(なが)めては母に訊いたものだ。その時の母と同じように答えている自分に、私はクスッと笑(わら)ってしまた。
「ねえ、ここが分からないんじゃないかなぁ。空(そら)から見えるように目印(めじるし)をつけなきゃ」
「それじゃ、びっくりしちゃうかもしれないわ。いつも通りにしてた方がいいのよ」
「でも、帰ってこられないと大変(たいへん)だわ」
 私は心配そうな顔をしている娘に言った。
「今年は、まだ寒(さむ)いからね。ゆっくり旅(たび)をしてるのよ。暖(あたた)かくなったら、きっと帰って来るわ。もう少し待(ま)ってあげましょ」
 娘はこくりと頷(うなず)いた。
 それから何日かして、外で遊(あそ)んでいた娘が駆(か)けこんで来た。
「ねえ、いたよ。空を飛んでたの」娘は目を輝(かがや)かせて、早口(はやくち)でまくしたてた。
「きっと、うちのツバメだよね。また、帰ってきたんだよね。そうだよね」
 毎年やって来るツバメたちは、我(わ)が家では家族同然(どうぜん)になっている。私は、はしゃいでいる娘を見ながら、いつまでもこんな優(やさ)しい気持ちを忘(わす)れないで、と願(ねが)った。
<つぶやき>春を運んで来てくれる家族(かぞく)がいたら、とっても幸せな気分になれるかもね。
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T:0190「将来の夢」
 学校(がっこう)の宿題(しゅくだい)として、将来(しょうらい)の夢(ゆめ)について作文(さくぶん)を書くことになった。僕(ぼく)は今までそんなこと考えたこともなかった。大きくなったら何をやりたいか、そんなこと分かるわけがない。
 でも、他の子たちはいろんなことを書くんだろうなぁ。耕作(こうさく)んちは八百屋(やおや)だから商売(しょうばい)を継(つ)ぐだろうし。翔太(しようた)は勉強(べんきょう)ができるから学校の先生(せんせい)かな。太郎(たろう)は目立(めだ)ちたがり屋(や)だから宇宙(うちゅう)飛行士って書くに決まってる。はるかはブスのくせにモデルになるって騒(さわ)いでたし――。
 僕は何にしようかなぁ? サラリーマンとかそんなんじゃつまんないし。ここはやっぱり、大きくいっといた方がいいのかもしれないな。どうせ、夢なんだし。
 僕は原稿用紙(げんこうようし)に向かって、さらさらと鉛筆(えんぴつ)を走(はし)らせた。〈世界せいふく〉
 僕は素晴(すば)らしい思いつきにほくそ笑(え)んだ。こんなこと誰(だれ)も考えつかないだろう。僕は、世界せいふくをしたら何をやりたいか、思いつくままに書きつらねていった。
 まず、学校の宿題はやめさせる。それに、お小遣(こづか)いは今の三倍に増(ふ)やす。それから…。
 その時、お姉ちゃんが部屋に入ってきて言った。
「ねえ、何やってるのよ。ちゃんと片付けてって言ったでしょ。ここは、あたしの場所(ばしょ)なんだから」
 お姉ちゃんが出て行ってから、僕は新たに一つ付(つ)け加えた。
〈僕だけの広い部屋を用意(ようい)させる〉
<つぶやき>子供は無邪気(むじゃき)にいろんな夢を話します。でも、大人になると夢を語るのが…。
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T:0189「新しい娘」
 娘(むすめ)が五年ぶりに帰ってくる。といっても、本物(ほんもの)ではなくロボットなのだが。本当(ほんとう)の娘は田舎暮(いなかぐ)らしに嫌気(いやけ)がさし、今は都会(とかい)に出て働(はたら)いている。盆(ぼん)や正月(しょうがつ)にも帰ってくることはなかった。たまに電話(でんわ)をしてきても、あれを送れの一言(ひとこと)で切ってしまう。
 私たち夫婦(ふうふ)は、これからの老後(ろうご)について考えた。娘をあてにしても仕方(しかた)がない。そんな時、このロボットのことを知ったのだ。人間そっくりのロボットが私たちにも買えるなんて。千項目(せんこうもく)を越えるアンケートに記入(きにゅう)するのは大変(たいへん)だったが、娘の写真(しゃしん)を添(そ)えて購入(こうにゅう)を申し込んだ。そしてついに、今日届(とど)けられることになったのだ。
 梱包(こんぽう)を開けて私たちは驚(おどろ)いた。想像(そうぞう)以上のできばえに、本当に娘が帰ってきたと錯覚(さっかく)したくらいだ。私たちはさっそくロボットのスイッチを入れて、こわごわ話しかけてみる。すると、これまた娘とそっくりの声で返事(へんじ)が返ってきた。私たちは思わず微笑(ほほえ)んだ。娘がまだ子供の頃の、あのあどけない姿(すがた)がよみがえってきた。
 説明書(せつめいしょ)には、まだ幼児(ようじ)の知能(ちのう)しかないので、いろんなことを教えて下さいとあった。私たちは、何から教えようかと顔を見合わせた。と同時(どうじ)に、不安(ふあん)が私たちの頭をよぎった。育(そだ)て方を間違(まちが)えると、娘の二の舞(まい)になりかねない。ちゃんと私たちのことを大切(たいせつ)にしてくれるように、愛情(あいじょう)をそそいでいかなくてはいけない。この娘(こ)には、私たちの老後がかかっているのだから。
<つぶやき>久しぶりに帰郷(ききょう)したら、自分とそっくりな娘がいた。これはびっくりですね。
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T:0188「マイペース」
「ねえ、どれが良いと思う?」涼子(りようこ)はショーケースの中を指(ゆび)さして訊(き)いた。
「あのさ、それだけなの? 緊急(きんきゅう)の非常事態(ひじょうじたい)って…」秋穂(あきほ)は力が抜(ぬ)ける思いだった。
「そうよ」涼子はさらりと言って、「ほんとに迷(まよ)ってるのよ。どっちがいいかなぁ?」
 涼子はケースの中を食い入るように見つめた。秋穂はイラつきながら、
「何なのよ。あたし、彼の誘(さそ)いを断(ことわ)ってまで来てるのよ。それが、こんなことって…」
「えっ、彼氏(かれし)いたの? 全然(ぜんぜん)知らなかった」
「いや…、彼氏というか…。まだ、そこまではいってないけど。でも、初めてなのよ」
「ああーっ、どうしようかなぁ」涼子はまた品定(しなさだ)めに戻(もど)った。そして、しばらく彼女は唸(うな)っていたが、「やっぱ、やめるわ。もうちょっと、よく考えてみる。今日はありがとね」
 彼女はそのまま店(みせ)を出て行った。秋穂は彼女を追(お)いかけて、
「待ってよ。あたしはどうすればいいのよ」
 しかし、涼子はそのまま行ってしまった。残(のこ)された秋穂は急いでスマホを取りだして、彼に電話をかけた。今なら、まだ間に合うかもしれない。でも、電話の向こうからはアナウンスの声が…。〈電源(でんげん)が切れているか、電波(でんぱ)の届(とど)かない所に……〉
「何でよ。――もう絶対(ぜったい)、涼子には付き合ってあげないんだから」
<つぶやき>彼女はいったい何を買おうとしていたんでしょ。ちょっと、気になります。
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T:0187「確認事項」
「何よ、話って」恵里香(えりか)はソファーに寝転(ねころ)びながら言った。
「だからね…」賢治(けんじ)は控(ひか)え目な感じで、「君が、どういうつもりなのかなって…」
 恵里香はテレビ番組(ばんぐみ)に夢中(むちゅう)で、賢治の話など聞いているのかどうか――。賢治はたまらず、リモコンに手をのばしテレビの電源(でんげん)を切った。恵里香はやっと起(お)き上がり、
「何すんのよ。あたし、見てるんだから…」
「だからね、これは大事(だいじ)な話なんだから。ちゃんと聞いてよ。――君がここに来て、もう一週間だよね。今の、この僕(ぼく)たちの状況(じょうきょう)というか、関係(かんけい)って…」
「ねえ、ケンちゃん。何が言いたいのよ。あたし、分かんない」
「だからね、僕のことどう思ってるのかなって…。つまり、僕と結婚(けっこん)しようとか…」
「そうねえ」恵里香は賢治の顔をしばらく見つめて、「それも、ありかな」
「えっ、何だよそれ…。ほんとに真剣(しんけん)に考えてるのかよ」賢治は不安(ふあん)な顔で言った。
「考えてるわよ。だって、ケンちゃんといると、とっても楽(らく)っていうか…」
「じゃあさ。家事(かじ)とか、ちょっと手伝(てつだ)ってくれてもいいんじゃ…」
「えーっ、あたしが?」恵里香はリモコンに手をのばしながら言った。「ケンちゃん、得意(とくい)じゃん。あたしケンちゃんの料理(りょうり)、大好きだよ」
「いや、僕が言いたいのはね。えっと、そういうことじゃなくて…」
 恵里香はテレビの電源を入れると、画面(がめん)に釘付(くぎづ)けになりケラケラと笑った。
<つぶやき>愛って何なんでしょう。結婚って…。二人で、将来(しょうらい)のこと話してみませんか。
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T:0186「隣の不可思議」
 ここ半年くらい、隣(となり)の部屋は空(あ)き部屋になっていた。でも、どうやら最近(さいきん)になって人が入ったみたい。時々、カリカリとかバチバチとか変な音が聞こえてくる。何の音なのかと聞き耳を立てると、音は消(き)えてしまうの。
 それから、この間(あいだ)のことよ。洗濯物(せんたくもの)を干(ほ)そうとベランダに出ると、今まで嗅(か)いだことのないような変な臭(にお)いがしたの。どうやら、それは隣から流れてきてるみたい。そっと隣を覗(のぞ)いてみると、黒い影(かげ)がホワーッと…。私、びっくりして声を上げそうになっちゃった。
 友達(ともだち)にこのこと話してみたけど、誰(だれ)も本気(ほんき)に聞いてくれなくて。でもね、一人だけ真剣(しんけん)に聞いてくれる娘(こ)がいて。その娘、会ってみたいって言い出したの。私、やめた方がいいって言ったんだけど…。
 今、その娘は隣の部屋に行ってるわ。私、一緒(いっしょ)に行こうかって言ったけど、一人で大丈夫(だいじょうぶ)よって。ほんとに大丈夫かなぁ。もう一時間ぐらいたってるのに、まだ戻(もど)って来ないの。
 私、もうじっとしてられないわ。これから、隣へ行こうと思う。やっぱり、心配(しんぱい)だもの。もし、何かあったら大変だし…。
 ――彼女が隣の部屋の前に来たとき、扉(とびら)がスーッと音もなく開いた。そして、彼女は吸(す)い込まれるように部屋の中へ。それ以来(いらい)、彼女の姿(すがた)を見かけることはなくなった。
<つぶやき>二人はどうなったんでしょう。異次元(いじげん)の世界に迷(まよ)い込んでしまったのかも。
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