ブログ版物語

*** 作品リスト ***
  No、  公開日     作品名(本文表示へ)
0093 2010/05/07 0001「お嬢様教育コース」
0094 2010/05/10 0002「女の切り札」
0096 2010/05/16 0003「仕事と恋」
0099 2010/05/22 0004「ラブレター」
0101 2010/05/25 0005「最後のラブレター」
0102 2010/05/28 0006「タイミング」
0103 2010/06/03 0007「飛び立つ男」
0104 2010/06/06 0008「ロスト・ワールド」
0108 2010/06/12 0009「タイムカプセル」
0109 2010/06/15 0010「呼びつける」
0112 2010/06/24 0011「ほんの小さな夢」
0114 2010/06/30 0012「約束」
0117 2010/07/06 0013「復活の日」
0119 2010/07/12 0014「恋の始まり」
0123 2010/07/18 0015「ふくらむ疑惑」
0125 2010/07/24 0016「探しものは…」
0128 2010/08/02 0017「初恋前夜」
0130 2010/08/08 0018「遠距離ストーカー」
0133 2010/08/14 0019「大切な宝物」
0134 2010/08/17 0020「自殺志願者」
0138 2010/08/26 0021「漬ける女」
0141 2010/09/01 0022「アフター5のシンデレラ」
0144 2010/09/07 0023「いちご症候群」
0146 2010/09/13 0024「運命の出会い」
0148 2010/09/19 0025「エリカちゃん」
0151 2010/09/25 0026「プレゼント」
0153 2010/10/01 0027「我ら探検隊」
0155 2010/10/07 0028「ウルトラQQ」
0158 2010/10/13 0029「ママの楽しみ」
0160 2010/10/16 0030「君を好きになった理由」
0162 2010/10/22 0031「週末婚の憂鬱」
0164 2010/10/28 0032「戦場の架け橋」
0165 2010/11/03 0033「公園友達」
0167 2010/11/09 0034「幻の美容師」
0169 2010/11/15 0035「水曜の女」
0172 2010/11/21 0036「テレパス」
0173 2010/11/27 0037「星くずのペンダント」
0175 2010/11/30 0038「別れの杯」
0177 2010/12/06 0039「犯罪者撲滅キャンペーン」
0178 2010/12/12 0040「昔みたいに」
0179 2010/12/18 0041「無器用な探偵さん」
0182 2010/12/24 0042「美味しいもの倶楽部」
0184 2010/12/27 0043「音信不通」
0185 2010/12/30 0044「リセット」
0186 2011/01/02 0045「コピーロボット」
0187 2011/01/05 0046「笑顔が一番」
0190 2011/01/14 0047「しゃっくり」
0191 2011/01/20 0048「時をかけるねこ」
0193 2011/01/23 0049「人生の誤算」
0194 2011/01/29 0050「恋人週間」
0196 2011/02/04 0051「おとり捜査」
0198 2011/02/07 0052「スキャンダル」
0201 2011/02/13 0053「わがままな天使」
0203 2011/02/19 0054「妖怪樹」
0204 2011/02/25 0055「後ろ姿に恋した男」
0205 2011/02/26 0056「逃亡者」
0206 2011/03/01 0057「山の神様」
0208 2011/03/07 0058「新生日本誕生」
0209 2011/03/10 0059「時空倶楽部」
0211 2011/03/16 0060「マイホーム」
0213 2011/03/18 0061「選ばない女」
0214 2011/03/21 0062「若返りクリーム」
0216 2011/03/27 0063「早とちり」
0217 2011/04/02 0064「祖父の財宝」
0219 2011/04/05 0065「大掃除」
0221 2011/04/11 0066「パワースーツ」
0223 2011/04/19 0067「デザインする女たち」
0225 2011/04/22 0068「我が道を行け」
0228 2011/04/28 0069「夢の約束」
0229 2011/05/04 0070「失家族」
0231 2011/05/10 0071「瓢箪から駒?」
0233 2011/05/13 0072「幸せの基準」
0234 2011/05/16 0073「二人だけのサイン」
0235 2011/05/22 0074「大切な場所」
0238 2011/05/28 0075「もうひとりの自分1」
0239 2011/05/31 0076「もうひとりの自分2」
0240 2011/06/03 0077「もうひとりの自分3」
0241 2011/06/06 0078「もうひとりの自分4」
0242 2011/06/09 0079「もうひとりの自分5」
0243 2011/06/12 0080「もうひとりの自分6」
0244 2011/06/15 0081「好きの条件」
0246 2011/06/21 0082「まだ早い」
0247 2011/06/24 0083「髪の長い彼女」
0248 2011/06/27 0084「魅惑の宴」
0249 2011/06/30 0085「重大事件発生」
0250 2011/07/03 0086「風になりたい」
0251 2011/07/06 0087「遺産相続」
0252 2011/07/09 0088「恋電気」
0253 2011/07/12 0089「代わり者」
0254 2011/07/15 0090「ご先祖様」
0255 2011/07/18 0091「夢の絆創膏」
0257 2011/07/21 0092「恋人売ります」
0258 2011/07/24 0093「親友との再会」
0259 2011/07/30 0094「宅配の人」
0260 2011/08/02 0095「再仕分け」
0261 2011/08/05 0096「寿命の木」
0263 2011/08/08 0097「結婚活動」
0264 2011/08/11 0098「べっぴん彗星」
0265 2011/08/14 0099「恋水から」
0266 2011/08/17 0100「家族会議のひとこま」

*** 作品リスト ***
  No、  公開日     作品名(本文表示へ)
0267 2011/08/20 0101「三日月少女隊」
0268 2011/08/23 0102「メロンパン」
0269 2011/08/26 0103「何に見える?」
0271 2011/08/29 0104「現場検証」
0272 2011/09/04 0105「夫婦の駆け引き」
0274 2011/09/07 0106「わすれもの」
0276 2011/09/13 0107「紙もの収集家」
0277 2011/09/16 0108「まさかのほこり」
0278 2011/09/19 0109「私の恋文」
0279 2011/09/22 0110「宇宙家族」
0280 2011/09/25 0111「裏の顔」
0281 2011/09/28 0112「冷蔵庫の神様」
0283 2011/10/01 0113「最強だから…」
0284 2011/10/04 0114「パーティ女」
0285 2011/10/07 0115「猫の恩返し」
0286 2011/10/10 0116「ふるさと便」
0287 2011/10/13 0117「むむまっふぁ」
0288 2011/10/16 0118「よろず様」
0289 2011/10/19 0119「初めての笑顔」
0290 2011/10/22 0120「始まりは突然に」
0291 2011/10/25 0121「妻の独立宣言」
0292 2011/10/28 0122「二人で一人」
0293 2011/11/03 0123「あこがれの人」
0295 2011/11/06 0124「謎の女」
0297 2011/11/09 0125「恋がたき」
0298 2011/11/12 0126「一生分の幸せ」
0299 2011/11/15 0127「人類の始まり」
0300 2011/11/18 0128「お宝争奪戦」
0301 2011/11/21 0129「髪を切った理由(わけ)」
0302 2011/11/24 0130「お天気ママ」
0303 2011/11/27 0131「乙女たちの恋模様」
0304 2011/11/30 0132「見守りメール」
0305 2011/12/03 0133「恋に悩む」
0306 2011/12/06 0134「真実は闇の中」
0307 2011/12/09 0135「あぶない贈り物」
0308 2011/12/12 0136「生き残り大作戦」
0309 2011/12/15 0137「逆転の悪夢」
0310 2011/12/18 0138「隠しごと」
0311 2011/12/21 0139「変わりたい」
0312 2011/12/24 0140「妻の手料理」
0313 2011/12/27 0141「自己中娘」
0314 2011/12/30 0142「保険の人」
0315 2012/01/02 0143「直球娘」
0316 2012/01/05 0144「恋の道しるべ」
0317 2012/01/08 0145「賞味期限」
0318 2012/01/11 0146「何げないひとこと」
0319 2012/01/14 0147「したがる夫」
0320 2012/01/17 0148「鷺(さぎ)の恩返し」
0321 2012/01/20 0149「神頼み」
0322 2012/01/23 0150「超人サプリ」
0323 2012/01/26 0151「おそろい」
0324 2012/01/29 0152「リセットの呪文」
0325 2012/02/01 0153「ホームパーティー」
0326 2012/02/04 0154「愛の砂漠」
0327 2012/02/07 0155「恋の巡り合わせ」
0328 2012/02/10 0156「小指娘」
0329 2012/02/13 0157「お散歩」
0330 2012/02/16 0158「大丈夫?」
0331 2012/02/19 0159「ダブルブッキング」
0332 2012/02/22 0160「ファーストキス」
0333 2012/02/25 0161「我が家のルール」
0334 2012/02/28 0162「責任」
0335 2012/03/02 0163「生活改善」
0336 2012/03/05 0164「おれない彼女」
0337 2012/03/08 0165「100人目の…」
0338 2012/03/11 0166「妻の隠しごと」
0339 2012/03/14 0167「でれでれ」
0340 2012/03/17 0168「氷の女」
0341 2012/03/20 0169「誘拐犯の事情」
0342 2012/03/23 0170「家計簿効果」
0343 2012/03/26 0171「冬眠生活」
0344 2012/03/29 0172「おねだり」
0345 2012/04/01 0173「思いこみ」
0346 2012/04/04 0174「ひとりぼっち」
0347 2012/04/07 0175「ナンパなの?」
0348 2012/04/10 0176「輪廻転生」
0349 2012/04/13 0177「幸せ捜し」
0350 2012/04/16 0178「データ消失」
0351 2012/04/19 0179「やきもち?」
0353 2012/04/22 0180「愛人志望」
0354 2012/04/25 0181「微笑みの魔力」
0355 2012/04/28 0182「本当の気持ち」
0357 2012/05/01 0183「飛び立とう」
0358 2012/05/04 0184「トマト娘」
0360 2012/05/07 0185「さよなら」
0361 2012/05/10 0186「隣の不可思議」
0363 2012/05/13 0187「確認事項」
0364 2012/05/16 0188「マイペース」
0365 2012/05/19 0189「新しい娘」
0367 2012/05/22 0190「将来の夢」
0368 2012/05/25 0191「春の訪れ」
0370 2012/05/28 0192「幸せの実」
0371 2012/05/31 0193「花見の宴」
0373 2012/06/03 0194「放課後」
0374 2012/06/06 0195「特別な微笑み」
0375 2012/06/09 0196「円満の木」
0377 2012/06/12 0197「テレビの彼女」
0378 2012/06/15 0198「はずれ娘」
0380 2012/06/18 0199「癒されたい」
0381 2012/06/21 0200「僕のこだわり」

*** 作品リスト ***
 No、  公開日     作品名(本文表示へ)
0383 2012/06/24 0201「夢想のすきま」
0384 2012/06/27 0202「ゆれる心」
0386 2012/06/30 0203「恋人体験」
0387 2012/07/03 0204「恋は化学反応」
0388 2012/07/06 0205「猫の学校」
0390 2012/07/09 0206「裏切りの代償」
0391 2012/07/12 0207「お好み焼き」
0393 2012/07/15 0208「オーパーツ」
0394 2012/07/17 0209「生まれる場所」
0395 2012/07/19 0210「サプライズ」
0397 2012/07/22 0211「迷い道」
0398 2012/07/24 0212「彼女の挑戦」
0399 2012/07/26 0213「あたしの彼はストーカー」
0401 2012/07/29 0214「離婚保険」
0402 2012/08/01 0215「真剣勝負」
0404 2012/08/04 0216「妻の心配」
0405 2012/08/08 0217「再就職の行方」
0407 2012/08/11 0218「親友の結婚」
0408 2012/08/13 0219「操縦の裏技」
0409 2012/08/15 0220「選択のルール」
0411 2012/08/18 0221「彼女の悩み」
0412 2012/08/20 0222「彼の決断」
0413 2012/08/22 0223「先輩の顔」
0415 2012/08/24 0224「もしもで始まる」

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T:0224「もしもで始まる」
「もしもよ。この世界(せかい)がなくなって、私たち二人だけになったらどうする?」
 つぐみは真剣(しんけん)な顔で言った。好恵(よしえ)はちょっと首(くび)をかしげて、
「それは大変(たいへん)ね。でも、そんなことにはならないと思うわ」
「だから、もしもの話よ。もしもそうなったら、私たちお互(たが)い助け合わないといけないよね」
「そうね」好恵は売店(ばいてん)で買った焼(や)きそばパンを手に取った。
「食べ物も、やっぱり二人で分け合わないと」つぐみは好恵の方に身体(からだ)を寄(よ)せて、「私は、そうするよ。だって、私たち親友(しんゆう)だもんね」
「もう、何なのよ」好恵は少し離(はな)れて、「これは、あげないわよ」
 好恵は焼きそばパンを後ろに隠(かく)した。つぐみは頬(ほお)をふくらませて言った。
「いいじゃん。私、今日は焼きそばパンの気分なの。半分(はんぶん)こしようよ」
「やだ。あたしがこれを買うのに、どれだけダッシュしたか。最後(さいご)の一個だったのよ」
「すごいよね。私のためにそこまでしてくれるなんて。やっぱ親友だわ」
「何言ってるのよ。これは、あたしのです。そんなに欲(ほ)しかったら、ダッシュしなさいよ」
「そんな…。私が、足が遅(おそ)いの知ってるくせに。何でそんな意地悪(いじわる)言うのよ」
 つぐみは悲しげな顔をする。好恵はしぶしぶ同意(どうい)するしかなかった。
<つぶやき>売店(ばいてん)の争奪戦(そうだつせん)は熾烈(しれつ)なんです。体力と知力を駆使(くし)してゲットしましょうね。
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T:0223「先輩の顔」
 香奈(かな)は会社の屋上(おくじょう)の扉(とびら)を開けると、思いっきり伸(の)びをして、声を上げようとして呑(の)み込んだ。手すりの所に、のぞみ先輩(せんぱい)の後ろ姿(すがた)が見えたのだ。しばらく、どうしようかともじもじしていると、先輩の方が気づいてくれた。
「何してるの?」いつもの自信(じしん)に満(み)ちた先輩の声。
 香奈は息抜(いきぬ)きに来たとも言えず、へらへらと笑ってしまう。
「別にいいわよ。ここは、気分転換(きぶんてんかん)には最高(さいこう)の場所だからね」
 先輩は青い空を見上げて大きく息をはいた。香奈は先輩の隣(となり)まで行って、同じように空を見上げてみた。何だか吸(す)い込まれてしまいそうな、そんな青い色をしている。
「あなた、好きな人いるの?」先輩が唐突(とうとつ)に訊(き)いてきた。
 香奈はどぎまぎしてしまった。どう答えればいいのか、思いつかないようだ。
「ほんと、分かりやすい娘(こ)ね」先輩はクスッと笑うと、「大事(だいじ)にしなさいよ」
 香奈は、先輩がなぜそんなことを言ったのか気になった。それで、つい余計(よけい)なことを訊いてしまった。「先輩は、好きな人いるんですか?」
「私?」先輩は一瞬(いっしゅん)考えて、「私は…、今は仕事が恋人(こいびと)かな」いつもと違(ちが)う先輩の顔。
「ところで企画書(きかくしょ)はできたの?」先輩はすぐに仕事の顔に戻ってしまった。
 香奈は緊張(きんちょう)して、「それが、いろいろ考えてるんですが…」曖昧(あいまい)に答えてしまう。
「何してるのよ。私が見てあげるわ。行くわよ」
<つぶやき>厳(きび)しい先輩はいますよね。でも、厳しいだけじゃないんです。優(やさ)しい面も…。
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T:0222「彼の決断」
 木村(きむら)は思い悩(なや)んでいた。あれから鳥山(とりやま)のことが気になって…。
 そんな時、鳥山が同僚(どうりょう)の男性と会社を出るのを見かけた。その男は、何人もの女子社員を口説(くど)いていると、もっぱらの噂(うわさ)がある。木村は、思わず二人の後を追いかけた。
 二人は繁華街(はんかがい)にある洒落(しゃれ)たバーへと入って行った。木村は少し躊躇(ちゅうちょ)したが、「何やってんだよ」と呟(つぶや)いて、バーの扉(とびら)を開けた。
 店内は意外(いがい)と広く、薄暗かった。木村はカウンターに座ると、彼女をさり気なく捜(さが)した。そして、店の奥のテーブル席に彼女を見つける。彼女の前には、色鮮(いろあざ)やかなカクテルが。男は、しきりに飲むように勧(すす)めている。彼女は手を振(ふ)り、断(ことわ)っているように見えた。木村は少しホッとした。しかし次の瞬間(しゅんかん)、彼女はグラスに手をのばし始めた。
 彼女の手がグラスに触(ふれ)れる間際(まぎわ)、別の手がグラスをつかんだ。そして、一気(いっき)にカクテルを飲み干(ほ)す。彼女は驚(おどろ)いて顔を上げた。そこにいたのは木村だった。
 木村は男の方に振り向くと、「悪いけど、僕(ぼく)の彼女なんだ。もう誘(さそ)わないでくれる」
 男は、バツが悪そうに席を立った。
「彼女って?」鳥山は訳(わけ)が分からず訊(き)いた。
「仕方(しかた)ないだろ。心配(しんぱい)なんだ。もう、君が飲まないように、ちゃんと僕が見てるから」
<つぶやき>好きって気持ちは、どこから始まるのでしょ。きっと、些細(ささい)なことからかも。
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T:0221「彼女の悩み」
「うん、鳥山(とりやま)さんの気持ち分かるよ」木村(きむら)は優(やさ)しくささやいた。
 目頭(めがしら)を押(お)さえてうつむいていた彼女は、突然(とつぜん)顔を上げるときつい口調(くちょう)で言った。
「何が分かるの? あなたに、何が分かるって言うのよ!」
 木村は彼女の突然の変貌(へんぼう)に驚(おどろ)き、心の中で呟(つぶや)いた。
<えっ、何で…。女の子って共感(きょうかん)すると、いい感じになるんじゃないの?>
「コラ、木村!」彼女はコップ酒(ざけ)を一気(いっき)に飲み干(ほ)すと、木村の首(くび)に腕(うで)を回してしめ上げた。
「人がしゃべってる時は、ちゃんと聞く。そんなこともできねえのか」
「あの、痛(いた)いです。ちょっと、やめて…」木村は何とか逃(のが)れると、やんわりと言った。
「ちょっと鳥山さん、飲み過ぎたんじゃないかなぁ。もうそろそろ、やめた方が…」
「そうよ。私は飲むとこうなるの。いつも、いつもいつも、これで彼に逃げられるの。だから、飲まないって言ったじゃない。それを、木村! あんたが飲ませたんでしょ」
「だって、そんなこと知らなかったから…」
「私を酔(よ)わせて、どうするつもりだったのよ。はっきり言いなさい。言え!」
「いや、別に僕(ぼく)は何も…」
 彼女は拳(こぶし)を木村の顔の前につき出した。いつものおとなしい彼女は消え失(う)せている。
「あの、ちょっとだけです。ほんのちょっと、いい感じになればなって。ごめんなさい」
<つぶやき>彼女のことを広い心で包んでくれる、そんな人がいつか現れます。たぶん?
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T:0220「選択のルール」
「ねえ、あなたのバッグ素敵(すてき)ね。私にくださらない?」
 綾(あや)は見ず知らずの女性から声をかけられた。それと同時に、どこからかカウントダウンが始まった。10、9、8――。綾は日頃(ひごろ)から何かを決めることが苦手(にがて)だった。ましてや、知らない人から言われたものだから、慌(あわ)てふためいてしまった。
 3、2、1――。綾は思わず目をつむった。ブッブーと、どこからかブザーの音。綾が目をあけると、持っていたバッグがスーパーのレジ袋に変わっていた。
「何なのよ。どうなってるの」綾はさっきの女性を捜(さが)したが、どこにもその姿(すがた)はなかった。
 その時、良太(りょうた)が声をかけた。彼は綾の恋人(こいびと)で、付き合い始めて一ヵ月になる。
「ねえ、聞いてよ。変な人が…」綾は必死(ひっし)に訴(うった)えた。
 そこへ、別の若い女性が声をかけた。「あなたの彼氏(かれし)、素敵ね。あたしにちょうだい」
 またカウントダウンが始まった。綾は、どういうことか理解(りかい)できず、何も言えないままブザーが鳴った。綾が目をあけると、良太とその女性が腕(うで)を組んで歩いていく。綾は必死に駆(か)け出した。良太に追いつくと、彼の腕をつかんで息(いき)を切らしながら言った。
「なにやってるのよ。この人は誰(だれ)なの?」
 良太は綾の顔を見て言った。「君こそ誰だ? 人違(ひとちが)いじゃないの」
<つぶやき>10秒ルールの世界。もし即断(そくだん)できなければ、すべてを失うかもしれません。
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T:0219「操縦の裏技」
 妻(つま)が朝食の支度(したく)をしていると、夫(おっと)がもそもそと起(お)きてきた。
「今日は遅(おそ)かったね。すぐ食べられるから、待ってて」
 妻は何だがご機嫌(きげん)な感じで微笑(ほほえ)んだ。夫は寝不足気味(ねぶそくぎみ)に目をこすると、顔を洗(あら)いに洗面所(せんめんじょ)へ――。戻(もど)って来た頃(ころ)には、朝食の支度(したく)がととのっていた。夫は席(せき)につくと、
「何かさ、夢(ゆめ)を見たんだよねぇ。すっごく良い夢だった気がするんだけど…」
「えっ、どんな夢だったの?」妻は嬉(うれ)しそうに訊(き)いた。
「それが、よく分からないんだ。思い出せなくて…。何が良かったのかなぁ?」
「何よそれ。変なの。さあ、食べましょ」妻はやっぱり楽しそうだ。
 夫は食事をしながら言った。「何かさ、良い夢のはずなのに、どっと疲(つか)れた感じで…」
「あなた、大丈夫(だいじょうぶ)? もう、働(はたら)き過ぎよ。今日は休みなんだし、リフレッシュしに、どっか行かない? あたし、行きたいところがあるんだけど…」
「ああ、いいよ。出かけようか」
 いつもは出不精(でぶしょう)で、ぐだぐだと文句(もんく)ばっかり言っている夫だったが、今日は素直(すなお)に賛成(さんせい)した。こんなこと、結婚以来(いらい)始めてかもしれない。妻は、そんな夫を見てほくそ笑(え)んだ。
 ――実は昨夜(ゆうべ)、妻は夫が寝静まった頃、彼の耳元に何か呪文(じゅもん)のようなものを何度もささやいていた。そんなこと全(まった)く知らない夫は、美味(おい)しそうに朝食をほおばった。
<つぶやき>知らないうちに、妻の言いなりになってしまう。そんなこと出来たらいいな。
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T:0218「親友の結婚」
「ねえ、智子(ともこ)。ちょっと飲みすぎじゃない」
 良枝(よしえ)は智子の前に水の入ったコップを置いた。智子は完全(かんぜん)に目が据(す)わり、ろれつも回らなくなっている。
「だから、何なのよ。良い妻(つま)って。あんたさ、そんなんで良いと思ってるの?」
「もう、何なのよさっきから。そんなに、私が結婚(けっこん)するのが気に入らないの?」
「ふん、何が結婚よ。あんたみたいな優等生(ゆうとうせい)がいるから、男はつけ上がるのよ」
「はいはい。もう遅(おそ)いから、今日は泊(と)まっていくでしょ」
「うん、そうする。――今日は朝まで飲むぞーォ」
「なに言ってるの。飲みすぎだって言ってるでしょ。もう、いい加減(かげん)にしなよ」
「いいじゃない。もう、こうやってあんたと飲むこともなくなるんだから」
「別にいいのよ。いつでも遊(あそ)びに来て。賢(さとし)さんも…」
「ああっ、もう! そうやって、あたしは良い妻をやってます、って見せつけたいのね」
「そんなこと思ってないわよ。私たちは、これからもずっと友だちなんだから」
 智子は身体(からだ)をふわふわと揺(ゆ)らしながら、良枝の顔をじっと見つめる。みるみるうちに、彼女の目に涙(なみだ)が浮(う)かび、顔をくしゃくしゃにしながら良枝に抱(だ)きついた。
<つぶやき>お祝いしたいのに、何だかちょっぴり寂(さび)しくて。女心は揺(ゆ)れちゃってます。
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T:0217「再就職の行方」
「えーと、神崎香苗(かんざきかなえ)さん」面接官(めんせつかん)は履歴書(りれきしょ)の写真(しゃしん)と見比(みくら)べながら言った。
「帝都大(ていとだい)を卒業(そつぎょう)。それから、一流企業(いちりゅうきぎょう)に就職(しゅうしょく)されてますね。どうして辞(や)められたんですか」
「私、もっといろんなことに挑戦(ちょうせん)して自分を磨(みが)いていこうと思いまして」
「なるほど。キャリアアップをお考えなんですね。しかし、我(わ)が社では業種(ぎょうしゅ)が…」
「ですから、まったく新しい分野(ぶんや)で、自分の可能性(かのうせい)を試(ため)したいと考えています」
 面接官は履歴書の一点に注目(ちゅうもく)した。そして、何度も履歴書を確認(かくにん)して言った。
「年齢(ねんれい)が25才とありますが…。これは間違(まちが)いじゃありませんか?」
「いえ。私、25ですが。それが何か?」
「いや、この学歴(がくれき)などを拝見(はいけん)しますと、年数(ねんすう)が合わないような…」
「そんなことありません。飛び級(きゅう)しましたので。私、こう見えても優秀(ゆうしゅう)なんですの」
「しかし、どう見ても25には…」面接官は香苗の顔を見ながら首(くび)をひねった。
「私、老(ふ)けて見られることが多いんです。私の知性(ちせい)が、そうさせるのかもしれません」
「今回の募集(ぼしゅう)は25才まで、と言うことはご存じですよね。本当のことをおっしゃって…」
「だから、言ってるじゃないですか。私は25です。間違いありません」
「そうですか…。では、結果(けっか)は後日、お知らせしますので。もう、結構(けっこう)ですよ」
 香苗は面接官に好印象(こういんしょう)を残そうと、にっこり微笑(ほほえ)んでその場をあとにした。
<つぶやき>次の仕事を見つけるは大変なんです。なりふりなんか、かまってられません。
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T:0216「妻の心配」
「ねえ、あなた。最近(さいきん)、またお腹(なか)出てきたんじゃない?」
 妻(つま)は心配(しんぱい)そうに夫(おっと)のお腹に目をやった。夫は、さり気なくお腹を引っ込めて、「そ、そんなことないよ。全然(ぜんぜん)、大丈夫(だいじょうぶ)だって」
「でも…」妻は夫の顔色(かおいろ)をうかがって、探(さぐ)るような目つきで言った。
「まさか、外でどか食(ぐ)いとかしてるんじゃないでしょうね」
「なに言ってんだよ。そんなこと出来るほど小遣(こづか)いもらってないだろ」
「そうよねぇ。でも、最近帰りが遅(おそ)いじゃない。どっか…」
「だから、仕事(しごと)だって。最近、忙(いそが)しいんだよ。今日も、遅くなるからな」
 妻は夫を送り出すと、夫が昨日(きのう)着ていた背広(せびろ)をしまおうと手に取った。ポケットを確認(かくにん)して…。その中に、片方(かたほう)だけのイヤリングを見つけてしまった。
 夫が外回(そとまわ)りから会社に戻(もど)ると、同僚(どうりょう)の一人が声をかけた。
「なあ、さっき奥(おく)さんから電話があったぞ」
「えっ! 何だって」夫は慌(あわ)てて訊(き)いた。「お前、余計(よけい)なこと言ってないよな」
「何かよく分かんないけど…。大事(だいじ)な話があるから、真っ直ぐに帰って来いって」
「まさか、〈大食(おおぐ)いの会〉のことバレたんじゃ。だから俺(おれ)、イヤだって言っただろ」
「なに言ってんだ。お前だって、千絵(ちえ)ちゃんに誘(さそ)われて喜(よろこ)んでたじゃないか」
<つぶやき>完食(かんしょく)したら安くなる。そんなのに誘われたら、断れないかもしれませんね。
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T:0215「真剣勝負」
 紀子(のりこ)はお中元(ちゅうげん)のカタログを見ながら、眉間(みけん)にシワを寄せた。なぜ彼女がこれほど真剣(しんけん)に選(えら)んでいるのか。それは、前回の失敗(しっぱい)があったからだ。
 去年(きょねん)の暮(く)れのこと。結婚間もない彼女は、義母(はは)からお歳暮(せいぼ)を選んで贈(おく)っておくようにと頼(たの)まれた。彼女は何も知らぬまま引き受けた。
 紀子の嫁(とつ)いだ家は旧家(きゅうか)で、親戚(しんせき)も大勢(おおぜい)あった。正月(しょうがつ)には、その面々(めんめん)が一堂(いちどう)に会して宴(うたげ)が催(もよお)される習(なら)わしになっている。親戚の人たちは、彼女が嫁(よめ)だと知ると態度を一変(いっぺん)させた。みんなは口々にお歳暮にクレームをつけてきたのだ。「あんなのもらってもね」とか、「何を考えてあんなものをよこしたんだ」などなど、嫌味(いやみ)なことばかり言われてしまった。中には、せっかく贈ったお歳暮を突き返してきた人もいた。
 宴が終わる頃には、彼女はぐったりとして座り込んでしまった。そこへ、とどめを刺(さ)したのは義姉(あね)だった。「こんなんじゃ、嫁として失格(しっかく)ね」
 普通(ふつう)の嫁だったら実家(じっか)へ逃げ出しただろう。でも、紀子は違っていた。彼女は持ち前の負けん気で踏(ふ)みとどまった。今度のお中元はリベンジなのだ。
 彼女の横では、気持ちよさそうに夫が寝息(ねいき)をたてている。彼女は夫の頬(ほお)を突っついてささやいた。「君は、この家の長男のくせに、何の役(やく)にも立たないんだから」
 夫はそれに応(こた)えるように笑いながら寝言(ねごと)で、「もう、やめろよ。くすぐったいって…」
<つぶやき>こんなお坊ちゃんはあてにできません。嫁として家をしっかり守って下さい。
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T:0214「離婚保険」
 とある結婚相談所(けっこんそうだんじょ)でお相手(あいて)を見つけた二人。今日は、系列会社(けいれつがいしゃ)の結婚式場(しきじょう)に式の打ち合わせに来ていた。一通(ひととお)り打ち合わせが終わると、担当者(たんとうしゃ)はニコニコしながら言った。
「私どもでは、離婚保険(りこんほけん)も手がけておりまして、もしよろしければ、ぜひご検討(けんとう)を…」
「離婚って、私たちこれから結婚するんですよ。そんな縁起(えんぎ)でもない」
「しかしですねぇ、現在(げんざい)10組のうち4組は離婚をされておりまして…」
「あたしたちは、そんなことしないわ。だって、愛し合ってるんですもの」
「それはもちろんでございます。これは、あくまでも保険ですから。月々の掛金(かけきん)も、ご予算(よさん)に合わせていろんなコースをお選(えら)びいただけます。それに、ご加入(かにゅう)いただければ、10年ごとの節目(ふしめ)にお祝(いわ)い金が出ることになっております」
「へえ、お金がもらえるんですか?」ちょっと興味(きょうみ)を抱(いだ)いた男性。
「ただし、ご結婚から3年以内に離婚をされますと、保険料は支払われませんのでご注意(ちゅうい)下さい。それと、もし万(まん)が一、三年を過ぎてから離婚された場合、我が社では特別保障(とくべつほしょう)といたしまして、次のお相手を責任(せきにん)を持って捜(さが)させていただきます」
「ええっ、もっと素敵(すてき)な男性を捜していただけるの?」女性の目が輝(かがや)いた。
「はい、もちろんでございます。二度目の結婚式は、格安(かくやす)のお値段(ねだん)でやらせて――」
<つぶやき>結婚は博打(ばくち)なのかも。でも、その価値を上げるのも下げるのも当人同士です。
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T:0213「あたしの彼はストーカー」
「で、あたしが酔(よ)っぱらいに絡(から)まれてるとこ助(たす)けてくれて。でも、お礼(れい)も言えなかったの」
「あんた、何で一人でそんなとこ歩いてたのよ。気をつけなきゃダメじゃない」
「でも、人けのない所(ところ)じゃないと、どんな人だか分からないじゃない」
「なに考えてんの? あんたの方からストーカーを誘(さそ)ってどうすんのよ」
「だって…。そんなに悪い人じゃないと思うわ」
「ストーカーに良い人なんていないわよ。もう、二度とこんなことしないで。いい」
「うん。でもね…、あたし分かっちゃった気がする。たぶん、あたしを助けてくれた人よ」
「もう、何がよ?」
「だから、あたしのことずっと見てる人。だってその人、何となく見覚(みおぼ)えがあるもの」
「えっ、そいつがストーカーってこと?」
「きっとそうよ。今度(こんど)見かけたら声をかけてみようかなぁ」
「ダメよ、そんなこと。何されるか分かんないでしょ」
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。それに、助けてもらったお礼を言わないといけないし」
「だったら、私も一緒(いっしょ)に行く。私から言ってやるわ。大事(だいじ)な親友(しんゆう)に付きまとうなって」
「やめて。そんなことしたら、もう会えなくなっちゃうわ。彼って、シャイなだけなのよ」
「だから――。まさか、あんた、その人のこと……。絶対(ぜったい)、やめなさいよ」
<つぶやき>危(あぶ)ないことはよしましょう。でも、世の中悪い人ばかりじゃないと信じたい。
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T:0212「彼女の挑戦」
 ――時間がない。彼女はいつも追(お)われていた。あたふたと焦(あせ)りまくって、気の休まる時がない。それにいつも空回(からまわ)りして、悪(わる)い方へと転(ころ)がっていく。これは、仕事(しごと)ばかりのことではなさそうだ。
 こうなった一番の原因(げんいん)は、付き合っていた彼と別れたこと。何で振(ふ)られたのか、彼女自身(じしん)まったく納得(なっとく)していない。自分はこんなに彼のことを愛していたのに――。彼女はそのうっぷんを仕事にぶつけていたのかもしれない。自分はこんなに仕事ができて、振られるようなダメな女じゃないと。でも本当(ほんとう)のところは、彼がいなくなった心の寂(さび)しさを埋(う)めようとしていただけなのだ。
 そんな時、誰かがポツリと呟(つぶや)いた。「もうやめちゃえば…」
 誰が言ったのか分からない。彼女の空耳(そらみみ)なのかも…。でも、彼女には確(たし)かに聞こえたのだ。もうやめちゃえば…、って。彼女は全身(ぜんしん)の力が抜(ぬ)けてしまった。へなへなと座(すわ)り込み、勝手(かって)に涙(なみだ)があふれてきた。彼女は周りのことなど気にせずに、わんわんと泣(な)いた。
 それからしばらくして、彼女は会社を辞(や)めた。三十過ぎての転職(てんしょく)は無謀(むぼう)なのかもしれない。でも、彼女は新しい生き方を捜(さが)し始めた。後悔(こうかい)はしていない。自分で決めたことだから。これからいろんなことに挑戦(ちょうせん)して、自分の道を切り開いてみせる。
<つぶやき>行き詰(づ)まったら、肩(かた)の力を抜きましょう。新しい考えが浮かんでくるかも。
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T:0211「迷い道」
 草(くさ)むらの中をかき分けて歩く調査隊(ちょうさたい)。先頭(せんとう)を行くのは隊長(たいちょう)の村雨(むらさめ)。その顔は真剣(しんけん)そのものである。どこかから「キィーン」と甲高(かんだか)い大きな鳴(な)き声がした。隊長は立ち止まり、辺りをキョロキョロしながら言った。
「気をつけろ。どこから…、何が飛(と)び出すか…、分からんからな」
「でも、隊長」すぐ後ろを歩いていたヨリ子が言った。「大丈夫(だいじょうぶ)だと思いますけど」
「何を言ってる。今のを聞いたろ。あの鳴き声がするということは、怪獣(かいじゅう)が出現(しゅつげん)する…」
「隊長!」列(れつ)の後ろの方から叫(さけ)ぶ隊員(たいいん)の声。「後ろがつかえてるんで、早く行って下さい」
 ヨリ子は隊長をなだめるように、「あの、ウルトラマンじゃないんですから。それに、今の声はキジの鳴き声ですよ。――もう、こういうのやめませんか、教授(きょうじゅ)」
「何を言ってるんだ。人跡未踏(じんせきみとう)のこのシチュエーションなんだぞ。怪獣が無理(むり)だとしても、恐竜(きょうりゅう)とか、巨大昆虫(きょだいこんちゅう)、それから…、そうだ、巨大アナコンダなんてのもあるぞ」
「映画(えいが)じゃないんですから」ヨリ子はため息をつき、「それに、ここは日本です。私たち、ただ道(みち)に迷(まよ)ってるだけじゃないですか。教授がこっちだって言い張(は)るもんだから…」
「私のせいだと言うのかね。ヨリ子君、君はなぜこのシチュエーションを楽しまないんだ」
「だから、私たち昼食(ちゅうしょく)も食べずにずっと歩きつづけてるんです。誰(だれ)かさんが、お弁当(べんとう)を車の中に置き忘(わす)れるから。――これ以上(いじょう)、何かゴタゴタ言ったら、私、切(き)れますよ。いいんですか?」
 教授はヨリ子のひと睨(にら)みで口をつぐみ、すごすごと歩き出した。
<つぶやき>無事(ぶじ)に車まで辿(たど)り着けたのでしょうか。それにしても、何の調査だったの?
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T:0210「サプライズ」
 私の彼は、あまり感情(かんじょう)を表(おもて)に出さない。彼の誕生日(たんじょうび)にサプライズで驚(おどろ)かせてあげた時も、ちっとも期待通(きたいどお)りの反応(はんのう)を示(しめ)さない。「ああ、ありがとう」って言っただけで平然(へいぜん)としている。私としてはまったく面白(おもしろ)くない。彼の告白(こくはく)にOKした時もそうだ。嬉(うれ)しくて飛(と)び上がるとか、叫(さけ)んじゃうとかすればいいのに。この時も、「ああ、ありがとう」で終わってしまった。
 だから、今度の日食(にっしょく)のイベントには友だちを大勢(おおぜい)集めることにした。だって、私一人で盛(も)り上がってもつまんないじゃない。
 日食の当日(とうじつ)。案(あん)の定(じょう)、彼はいつも通りにやって来た。他の友達(ともだち)はわいわい騒(さわ)いで、期待(きたい)で胸(むね)をふくらませているのに――。辺(あた)りが少しずつ暗(くら)くなって日食のリングが見えた時、周(まわ)りからは歓声(かんせい)がわき上がった。彼はと見ると、やっぱりいつも通り…。
 でも、すぐ横(よこ)にいた私は気づいちゃった。彼が小さな声で、「おおっ、すごい。すごい」って何度も言っているのを。たぶん、これが彼にとって最上級(さいじょうきゅう)の感動(かんどう)の仕方(しかた)なんだよね。
 そんなことを思いながら彼を見つめていると、突然(とつぜん)彼が私に振り返った。彼と目が合う。――何なのこれ。周りのみんなは太陽(たいよう)の方を見つめている。彼は、私だけに聞こえるようにささやいた。「結婚(けっこん)しよう」って。ひどいよ、こんな不意打(ふいう)ちをするなんて。私は涙(なみだ)があふれそうになるのを必死(ひっし)にこらえて、コクリと頷(うなず)いた。
<つぶやき>感動の仕方も人それぞれ。でも、嬉しさはみんな同じなのかもしれません。
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T:0209「生まれる場所」
 男が目を開けると、そこは一面(いちめん)白い雲(くも)に覆(おお)われた見たこともない場所(ばしょ)だった。足下(あしもと)も真っ白で、地面(じめん)を踏(ふ)みしめている感覚(かんかく)もないのだ。男は必死(ひっし)に考えた。どうしてここにいるのか。ここに来る前はどこで何をしていたのか。だが、男は何も思い出せなかった。
 どこからともなく声が聞こえた。
「いらっしゃい。いよいよ、交代(こうたい)のときが来ましたか」
 男は声のする方に振(ふ)り返った。雲の間から、別の男が顔を出す。
「えっ、何のことですか? 私は一体(いったい)どうして…」
「あなたは選(えら)ばれたのですよ。この森(もり)の番人(ばんにん)にね」
 別の男が手で雲を払(はら)うと、雲はまるで生き物のように動き出した。そこに現れたのは、見たこともないような巨木(きょぼく)。四方(しほう)にのびた枝(えだ)には、光り輝(かがや)く実(み)がいくつもついていた。
「あなたの仕事(しごと)は、この魂(たましい)の木を悪魔(あくま)たちから守(まも)ることです。この杖(つえ)を使ってね」
 別の男は長くて細い杖を男に渡すと、まるで煙(けむり)のように消えていった。男は何が何だか分からないまま、茫然(ぼうぜん)と立ちつくした。――どのくらいたったろう。冷たい風が男の頬(ほお)を突き刺(さ)した。みるみる黒い雲がわき上がり、その中から大きな悪魔が姿(すがた)を現した。
「これが悪魔なのか? こんな細い杖で、どう戦(たたか)えばいいんだ」
 男はやみくもに杖を振り回した。すると、杖の先が悪魔に触(ふ)れた。とたん、悪魔はすごい勢(いきお)いで息(いき)をはき、風船(ふうせん)のように飛び去ってしまった。
<つぶやき>まるで夢のような話。でも、そんな場所はないなんて誰も言えませんよね。
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T:0208「オーパーツ」
「見たまえ、この見事(みごと)な壁画(へきが)を」教授(きょうじゅ)は興奮(こうふん)した声で言った。「保存状態(ほぞんじょうたい)も申(もう)し分ない」
 真っ暗な洞窟(どうくつ)の中、みんなのどよめきがこだました。調査(ちょうさ)を始めると、かなりの数の動物(どうぶつ)の壁画が見つかり、中には人の姿(すがた)らしいものも発見(はっけん)された。ほどなくして、洞窟の奥(おく)の方を調べていた隊員(たいいん)が叫(さけ)んだ。
「教授、来てください。文字(もじ)らしいものを見つけました」
 教授たちは転(ころ)びそうになりながら、声のする方へ急いだ。教授がそこで見たものは、細(こま)かな線(せん)がいくつも引かれていて、それは何かの形を示(しめ)す図形(ずけい)にも見えた。
「教授、ここを見てください」隊員は壁(かべ)の一点(いってん)を示して、「これって、絵文字(えもじ)じゃありませんか? あの携帯(けいたい)メールで使う顔文字に似てると思うんですが」
 教授は灯(あかり)を近づけ、食い入るように覗(のぞ)き込む。確(たし)かに笑ってVサインを出している顔に見えてきた。隊員は別の場所(ばしょ)を指(ゆび)さして、「これなんか、いびつですがハートマークじゃ」
「どういうことだ」教授は頭をかかえた。「この時代(じだい)に、こんな図形を書いていたなんて」
 教授はさらに詳(くわ)しく調べ、驚(おどろ)くような仮説(かせつ)を打ち立てた。
「これは何かの盟約(めいやく)かもしれん。文字の全体(ぜんたい)を見ると二つのグループに分かれている。それぞれ書き方が違(ちが)うから、別の人物(じんぶつ)が書いたものだろう。そして、最後(さいご)のサインだ。人の手形(てがた)がそれぞれつけられている。もしこれが解読(かいどく)できたら、歴史(れきし)が変わるかもしれんぞ」
<つぶやき>壁画はその時代を生きた人の証(あか)し。私たちは未来(みらい)に何を残せるのでしょうか。
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T:0207「お好み焼き」
「まだ食べるの?」お好み焼きを前にして好美(よしみ)が訊(き)いた。「ちょっと食べすぎじゃない」
「なに言ってるのよ。ここのは最高(さいこう)の味(あじ)なのよ。せっかく来たんだから食べなきゃ」
 恵子(けいこ)は大きな口を開けて、ガブリと頬張(ほおば)った。
「好美、無理(むり)だってば。この子にそんなこと言っても」写真(しゃしん)を撮(と)りながら、冷静(れいせい)な口調(くちょう)であかりが言った。「食欲(しょくよく)は生きるための基本(きほん)よ」
「そうそう。好美、食べないんだったら食べてあげようか?」
「ダメ、これはあたしのだから。もう、恵子もさ、ダイエットしようとか思わないわけ」
「まったく。だって、何で我慢(がまん)しなきゃいけないの。意味(いみ)分かんない」
 あかりはくすりと笑い、「男子より、お好み焼きのほうが大事(だいじ)なのね」
「そうじゃないけど」恵子は食べる手をとめて、「やっぱ、これが私だし。無理して男子と付き合っても、疲(つか)れるだけじゃない。このまんまの私を好きになってくれなきゃ」
「でも、見た目も大切(たいせつ)よ」好美は口をとがらせて言った。「太(ふと)ったら誰(だれ)も振り向かない」
「私が集めた情報(じょうほう)では…」あかりはスマホを確認(かくにん)しながら言った。「我(わ)が校(こう)の傾向(けいこう)からいくと、標準的(ひょうじゅんてき)な体型(たいけい)が一番もててるわね」
「あたしたちって、標準よね」恵子はにっこり笑い、最後の一切れを口にした。
 好美もあかりもうなずいて、美味しそうにハフハフと口を動かした。
<つぶやき>美味しいものは、とりあえず食べておきましょう。もったいないですから。
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T:0206「裏切りの代償」
「ねえ、聞いた?」未希(みき)が私のところへ駆(か)け寄ってきて言った。
「営業(えいぎょう)の小林和也(こばやしかずや)が、経理(けいり)の藤崎(ふじさき)あやめとできてるんだって」
「うそ!」あたしは正直(しょうじき)マジ驚(おどろ)いた。だって、小林クンと付き合ってるのあたしだもん。
「これは確(たし)かな情報(じょうほう)よ。あやめって専務(せんむ)の娘(むすめ)でしょ。小林も出世(しゅっせ)を狙(ねら)ってるのかもね」
 あたしは、彼女の言うことなど全く耳に入らなかった。あいつ、何考えてんのよ。藤崎あやめ…。確かに彼女は私より若いわよ。多少きれいかもしれない。でも――。いけない。ここは落ちついて、冷静(れいせい)に判断(はんだん)しなきゃ。絶対(ぜったい)これは間違(まちが)いよ。だって、この間、あたし、プロポーズされたもん。結婚(けっこん)しようって…。今度の週末(しゅうまつ)は、彼のご家族(かぞく)と会う約束(やくそく)だって――。
 ――あたしは平静(へいせい)を装(よそお)って彼の家を訪(たず)ねた。彼もいつものように…。
「母さん、こちら山本友里(やまもとゆり)さん。同じ職場(しょくば)の先輩(せんぱい)でね――」
 えっ、どういうこと? おつき合いしてるとか、言ってくれないの? 何でよ。
 あたしがちょっと席(せき)を外(はず)して戻(もど)って来ると、彼の話し声が聞こえてきた。
「――そんなんじゃないよ。彼女がどうしてもって言うから。先輩だからね、断(ことわ)れないだろ。母さんだって知ってるじゃない。僕は年上(としうえ)なんか興味(きょうみ)ないし――」
 ふふ……。憶(おぼ)えてなさい。年上の女を怒(おこ)らせたらどうなるか――。
<つぶやき>この代償(だいしょう)はどんなことになるんでしょう。ちょっと考えただけでも怖(こわ)いです。
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T:0205「猫の学校」
 公園(こうえん)の端(はし)の茂(しげ)みの中。子猫(こねこ)たちを集めて、猫教師(きょうし)の講義(こうぎ)の真っ最中(さいちゅう)。
 騒(さわ)いでいる子猫たちを静かにさせると猫教師は言った。「これから、人間(にんげん)の世界(せかい)でいかに生き抜(ぬ)くかを教えます。これは、とっても大切(たいせつ)な心得(こころえ)です。しっかりと聞くように」
 子猫たちは、何が始まるのか興味津々(きょうみしんしん)で聞き耳をたてる。先生は続けた。
「まず、人間は私たちの召使(めしつか)いです。けっして媚(こ)びたりしないこと。いつも気高(けだか)く、毅然(きぜん)とした態度(たいど)でいなさい。彼らが何をしようと、相手(あいて)をしてはいけません」
「でも先生、猫じゃらしを振(ふ)られたらどうするの?」
「その時は、あなたたちの能力(のうりょく)を存分(ぞんぶん)に見せつけてやりなさい」
「お腹(なか)が空(す)いたら、どうしたらいいの?」
「それはいい質問(しつもん)です。人間は時間になれば食事(しょくじ)を出してくれます。もし人間が忘(わす)れているようなら、そいつの顔を見てひと声鳴(な)いて足にすり寄りなさい。それでもダメなときは、躊躇(ちゅうちょ)することなく人間の足を引っかいてやりなさい」
「そんなことをしたら、ひどい目にあわされちゃうよ」子猫たちは騒ぎ出す。
 先生は一喝(いっかつ)すると言った。「あなたたちには野性(やせい)の血(ち)が流れています。それを忘れてはいけません。人間など、我々(われわれ)にとっては必要不可欠(ひつようふかけつ)な存在(そんざい)ではありません。そんな時は、人間など捨(す)ててしまいなさい。住み家(か)を変えるのです」
<つぶやき>猫って不思議(ふしぎ)な動物。気分屋(きぶんや)なのに、寂(さび)しい時にはちゃんと癒(いや)してくれる。
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T:0204「恋は化学反応」
「君(きみ)って、おもしろい娘(こ)だね」合コンの帰り道、敏也(としや)は言った。かすみは歩(ほ)を早める。
「ちょっと、待ってよ。そんなに急(いそ)がなくても…」敏也は追(お)いかける。
 かすみはいきなり立ち止まり振(ふ)り返った。危(あや)うく、二人はぶつかりそうなくらい急接近(きゅうせっきん)。
「何かご用(よう)ですか?」かすみは冷(つめ)たく言い放(はな)つ。「もう、ついてこないで下さい」
「いや、別に…そんなつもりは。僕(ぼく)も、帰り道はこっちなんだよね」
 かすみは敏也が言い終わらないうちにまた歩き出した。敏也は彼女の横に駆(か)け寄って、
「あのさ、君みたいな娘(こ)が合コンに来るなんて…」
「別に、私は行きたくて行ったんじゃありません。友達から人数が足りないと言われて」
「そうなんだ。なるほど、なっとく…」
「私、恋(こい)とかそういう下(くだ)らないことはしませんから。付き合おうなんて思わないで下さい。恋なんて、ただの化学反応(かがくはんのう)です。一目惚(ひとめぼ)れは錯覚(さっかく)にすぎません。男なんて、子孫(しそん)を残(のこ)すために生存(せいぞん)しているだけです。まして、結婚(けっこん)なんて…」
「やっぱり僕、君に一目惚れしたみたいだ。君といると、何か面白(おもしろ)くなりそう」
「あの。私の話し聞いてます? 私はあなたなんか…」かすみは彼と目が合い一瞬(いっしゅん)見入ってしまった。そしてぶつぶつと呟(つぶや)いた。「これは化学反応よ。私は恋なんか、恋なんか…」
<つぶやき>恋はするものじゃなく落ちるもの。理屈(りくつ)で説明(せつめい)できないから面白いのかも。
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T:0203「恋人体験」
 ビル街(がい)にある小さなレストラン。表(おもて)には看板(かんばん)もなく、外からではそこにお店があるとは分からない。店内(てんない)には小さなテーブルがいくつか置かれ、それぞれに二つの椅子(いす)が並(なら)べられていた。どう見ても、どこにでもありそうなレストランである。
「ここで、恋人体験(こいびとたいけん)をしていただきます」
 男はテーブルにつくと、若(わか)い女性に言った。女性はソワソワしながら、
「あの、ほんとに大丈夫(だいじょうぶ)なんですか? 取(と)り憑(つ)かれちゃったりとか…」
「大丈夫ですよ。お相手(あいて)をするスタッフは信頼(しんらい)できるエキスパートですから」
 女性は店内を見回(みまわ)した。テーブルには一人だけ客(きゃく)が座(すわ)っているのに、料理(りょうり)や飲み物は二人分置かれている。それに、それぞれの客は、目の前の誰(だれ)もいない席(せき)に話しかけたり、笑(わら)ったりしているのだ。不思議(ふしぎ)そうな顔をしている女性に向かって男が言った。
「みなさん、楽しそうでしょ。ここで、異性(いせい)との会話(かいわ)の仕方(しかた)などを練習(れんしゅう)していただきます」
 女性は不安(ふあん)そうにうなずいて、「私にも、できますか?」
「もちろんです。事前(じぜん)にお伺(うかが)いしたご要望(ようぼう)から、何人かピックアップしておきました」
 男は写真(しゃしん)付きのリストを彼女に見せた。「この中から、お選(えら)びいただけますか」
 そこにあるのは、どれも彼女好(ごの)みの男性ばかり。男はさらに付け加えた。
「ただし、これは店内のみで、お持ち帰りはできませんので、ご注意(ちゅうい)ください」
<つぶやき>生身(なまみ)の人間じゃないので、会話が苦手(にがて)な方も気楽(きらく)におしゃべりできるかも。
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T:0202「ゆれる心」
「お前は、何度問題(もんだい)を起こせば気が済(す)むんだ」担任(たんにん)の梅沢(うめざわ)は恵理(えり)を睨(にら)みつけて言った。
「関係(かんけい)ねえだろ。うっせぇなぁ」恵理も負(ま)けずに睨み返す。
 梅沢は隣(となり)にいる妙子(たえこ)に言った。「相沢(あいざわ)。学級委員(がっきゅういいん)のお前まで、何してたんだ?」
「私は…」妙子は声をつまらせた。
「こいつは関係ねえよ」恵理は妙子をかばうように、「あたし一人でやったんだ」
「当たり前だ。相沢はな、成績(せいせき)も優秀(ゆうしゅう)で、お前みたいな不良(ふりょう)とは違(ちが)うんだ。他校(たこう)の生徒(せいと)と喧嘩(けんか)するような、そんな…」
「違います!」妙子は声を張(は)りあげた。「神田(かんだ)さんは、悪くないんです。あれは…」
 理恵は妙子の言葉(ことば)をさえぎるように、「退学(たいがく)でも何でもいいよ。こんな学校いつでも…」
「私も、同じ処分(しょぶん)にして下さい」妙子は担任の前に出て、意(い)を決して言った。
「相沢…。なに言ってるんだ? そんなことをしたら…」
「先生。私も喧嘩をしました。それは、間違(まちが)いありませんから」
「ばっかじゃねぇのか」理恵は妙子の胸(むな)ぐらをつかみ、「お前みたいな奴(やつ)、大嫌(だいきら)いなんだよ。さっさと、自分の居場所(いばしょ)に戻(もど)りな。二度と顔(つら)見せるんじゃねえぞ」
 言葉とは裏腹(うらはら)に、理恵の目には友を思う優(やさ)しさがこもっていた。
<つぶやき>若い頃はどうしようもない感情で心がクチャクチャになる。でも、本当は…。
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T:0201「夢想のすきま」
 それは突然(とつぜん)のことだった。目の前にイケメンの青年(せいねん)が現れたと思ったら、愛(あい)してるとささやかれ…。気がつけば彼の腕(うで)に抱(だ)かれて、口づけを交(か)わしていた。
 絵理子(えりこ)は薄(うす)れる意識(いしき)のなか思った。こんなことあり得(え)ないわよ。だって、知らない男性よ。抱かれちゃってるのよ。それに、キスまでしてるなんて。
 絵理子は彼から離(はな)れようと必死(ひっし)にもがいた。でも、全然(ぜんぜん)力が入らない。彼の腕はどんどん身体(からだ)をしめつける。彼女は自分(じぶん)の身体が深(ふか)い沼(ぬま)に沈(しず)んでいくのを感じた。次の瞬間(しゅんかん)、彼女はベッドから転(ころ)がり落ちていた。
「いてっ…。もう…」彼女は状況(じょうきょう)が把握(はあく)できなかった。目の前には床(ゆか)があり、まるで知らない場所にいるように感じた。彼女は目をこすりながら、ゆっくり起き上がって、
「えーっ、何なのよ……」
 意識がハッキリしてくると、彼女はため息(いき)をついた。
「あーっ、忙(いそが)しすぎるせいよ。来週(らいしゅう)、絶対(ぜったい)に休暇(きゆうか)とるから。もう限界(げんかい)よ」
 彼女は自分を奮(ふる)い立たせるように大きく伸(の)びをした。そして、目覚(めざ)まし時計を見た。
「あっ! もうこんな時間じゃない。遅刻(ちこく)しちゃうわ」
 絵理子は大急(おおいそ)ぎで身支度(みじたく)を調(ととの)えると、あたふたと部屋を飛び出した。彼女が出て行ったあとには、いろんなものが散乱(さんらん)し、足の踏(ふ)み場もなかった。そして、ベッドには――。
<つぶやき>忙しすぎると心のバランスも崩(くず)れちゃうから。そこへ忍(しの)び寄る怪(あや)しい影(かげ)…。
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T:0200「僕のこだわり」
 僕(ぼく)は小学生ながら変なこだわりを持っている。少々の雨なら傘(かさ)なんて使わない。それが男だ。僕はいつも格好(かっこ)いい男でいたいのだ。ママには、何で傘を差(さ)さないのって言われるけど、これだけは絶対(ぜったい)に譲(ゆず)れない。
 そんなある日。僕はいつものように小雨(こさめ)の中を歩いていた。すると、誰(だれ)かが僕に傘を差し掛(か)けてきた。ふっと横(よこ)を見る。すると、そこには彼女(かのじょ)が…。
 僕の胸(むね)は高鳴(たかな)った。だって、彼女は僕たちのあこがれの響子(きようこ)ちゃん。僕のすぐ横を歩いている。これは、まさに奇跡(きせき)に近いことだ。――ダメだ。こんなことで動揺(どうよう)してどうする。ここは、クールに決(き)めないと。男の美学(びがく)だ。
「何だよ」僕はそっけなく言ってしまった。
「濡(ぬ)れちゃうよ。近くまで一緒(いっしょ)に帰ろ」彼女は優(やさ)しく微笑(ほほえ)んだ。
「別にいいよ。ほっとけよ」
 何でだ。心ではそんなこと思ってないのに、勝手(かって)に口から飛び出してしまった。
「もう、そんなこと言って」彼女はちょっと怒(おこ)った顔をする。それも、また可愛(かわい)い。
 響子ちゃんは、何にも言わずに一緒に歩いてくれた。ずっと傘を僕の方に傾(かたむ)けて。僕は、誰かに見られやしないかとドキドキだ。でも、ずっとこのままでいたいと願(ねが)ってる。
<つぶやき>小学生でも大人と変わらない。美しいものに憧(あこが)れ、恋が芽生(めば)えていくのです。
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T:0199「癒されたい」
「何なのよ、これ!」美咲(みさき)はベランダに出て叫(さけ)んだ。
 狭(せま)いベランダいっぱいに特大(とくだい)のプランターが置かれていた。
「いいでしょ」日菜子(ひなこ)は嬉(うれ)しそうに、「ネットで見つけたの。癒(いや)されちゃうんだって」
「癒されるって、どういうことよ?」
「よく分かんないけど、そう書いてあったわ。でね、これから収穫(しゅうかく)しようと思って」
「はぁ? でも、葉(は)っぱも出てないし、変な茎(くき)が伸(の)びてるだけじゃない」
「ねえ、手伝(てつだ)ってよ。そのために来てもらったんだから」
 美咲は渋々(しぶしぶ)引き受けた。変な茎のようなものを二人でそっと引っ張り上げる。土が少しずつ盛(も)り上がってきて、ぴょこっと大きなものが顔を出した。とたんに、美咲は悲鳴(ひめい)を上げた。顔を出したのは、大きな芋虫(いもむし)のような――。
「わ~ぁ、かわい~いィ」日菜子はそう言うと芋虫のようなものの頭をなでて、「もう、ぷよぷよしてるぅ。これって、モスラじゃない?」
 美咲は部屋の隅(すみ)まで逃げ出して、「いやだ! あたし、虫(むし)とかダメなんだから…」
「かわいいのにぃ。これって、本物(ほんもの)かな? 生きてるといいなぁ」
「そんなわけないでしょ。作り物に決まってるわ」美咲はべそをかきながら言った。
 二人が見つめていると、それはモゾモゾと動き出し、土の中から這(は)い出した。
<つぶやき>ネットで何でも買えちゃう。でも、まさかこんなものまで売られてるなんて。
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T:0198「はずれ娘」
「あたし、はずればっかり引いてしまうんです」頼子(よりこ)はうつむきながら言った。
「はぁ? 悪いがうちは何でも屋で、人生相談(じんせいそうだん)なんかしてないんだけど」
「でも、表(おもて)に何でも相談にのりますって」
「それは…」小太(こぶと)りの男は頭をかきながら、「まいったな…。で、どうしたいんだ」
「だから、はずれを引かないようにするにはどうしたら…」
「別にいいじゃないか、はずれを引いたって。それも、あんたの才能(さいのう)だ」
 男は何かを思いついたのか、彼女を街外(まちはず)れの倉庫(そうこ)へ連(つ)れ出した。薄暗(うすぐら)い倉庫の中では、闇(やみ)のオークションが開かれている。男は並(なら)べられている骨董品(こっとうひん)を見せながら言った。
「この中で、あんたが欲(ほ)しいと思うものはどれだ?」
「あたし、骨董品なんて分かりません。選(えら)べって言われても…」
「心配(しんぱい)すんな。俺(おれ)だって分かんねえよ。ここに並んでるのはどれもガラクタばっかりさ。でもな、たまに本物(ほんもの)がまぎれ込(こ)んでいるんだ」
 頼子は最後(さいご)まで悩(なや)んだ二つのうちの一つを選んで、「あたし、こっちがいいです」
 男は、彼女が最後に選ばなかった方をわずかな金で落札(らくさつ)させた。
 後日(ごじつ)、頼子は何でも屋に呼び出された。行ってみると、男は彼女の前に札束(さつたば)を置き、
「これがあんたの報酬(ほうしゅう)だ。おかげで、本物を手に入れることができたよ」
<つぶやき>はずれを引き続けても、いつか当たりに巡(めぐ)り合う。それに気付けるかどうか。
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T:0197「テレビの彼女」
 賢吾(けんご)は眠(ねむ)い目をこすりながらテレビに見入(みい)っていた。時間は夜中(よなか)の2時を回っている。テレビに映(うつ)し出されていたのは若(わか)い女性。アイドルのようにとても可愛(かわい)いが、今までテレビでは見たことのない人だった。
 彼はしきりにテレビに向かって話しかけていた。すると、不思議(ふしぎ)なことにテレビの中の女性も、相(あい)づちをうったり返事(へんじ)を返してきた。
「ねえ、今度はいつ会えるかな?」賢吾はいとおしそうに訊(き)いた。
「そうねえ」彼女はしばらく考えて、「分かんないわ、そんなこと」
「僕は毎日会いたいんだ。でも、一晩中(ひとばんじゅう)起きていると、昼間(ひるま)眠くて仕事(しごと)にならないんだ」
「それはダメよ、ちゃんと寝(ね)てください。そうじゃないと、あたし…」
 テレビの彼女は悲しげな顔をして目を伏(ふ)せた。それから、何かを決意(けつい)したように彼の方を見つめて言った。「じゃあ、明日の26時にこのチャンネルで会いましょ」
「ほんとに?」賢吾は嬉(うれ)しさのあまり飛び上がった。
 そして次の日。約束(やくそく)の時間に賢吾はテレビのスイッチを入れた。チャンネルを合わせる。でも、そこに映っていたのは、シャーッという音と砂(すな)あらしだけだった。
「何だよ、どうしたんだ」賢吾は思わずテレビを叩(たた)いた。しかし、何も変わらなかった。
「もう会えない…。あんな約束しなきゃよかった。俺(おれ)が弱音(よわね)を吐(は)いたから嫌(きら)われたんだ」
<つぶやき>夜中の使われていないチャンネル。そこには誰(だれ)も知らない世界があるのです。
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T:0196「円満の木」
 我(わ)が家には大きな鉢植(はちう)えがある。友達(ともだち)が引っ越す時に譲(ゆず)り受けたものだ。今では、子供の背丈(せたけ)ほどに成長(せいちょう)している。園芸(えんげい)初心者(しょしんしゃ)の私たちだったけど、何とかちゃんと育(そだ)てることができている。それがここ最近(さいきん)、葉(は)の艶(つや)も悪(わる)く元気(げんき)がなくなってしまった。
 原因(げんいん)がまったく分からず諦(あきら)めかけていた時、その友達から電話があった。そこで私は、どうしたらいいのか訊(き)いてみた。すると、
「ねえ、家の中で何か問題(もんだい)があるでしょ」
 私は驚(おどろ)いた。確(たし)かに最近、夫(おっと)との仲(なか)がギクシャクしていた。でも、それは今までだってあったことだし――。
「ひとつ、提案(ていあん)があるんだけど」
 友達は私が黙(だま)り込(こ)んでしまったので何かを感じたのだろう、こんなことを言ってくれた。
「ひとまわり大きな鉢に植(う)え替(か)えてあげて。絶対(ぜったい)、旦那(だんな)さんと一緒(いっしょ)にやるのよ。二人で、子供を扱(あつか)うように優(やさ)しく優しくしてあげて。そしたら、元気になるわよ」
 私は半信半疑(はんしんはんぎ)だった。夫にそのことを話したら、「そうか」と言って手伝(てつだ)ってくれた。
 それからしばらくして、鉢植えも元気を取り戻(もど)した。そして、いつの間にか私たちの仲も元通(もとどお)りに…。何だが、とっても不思議(ふしぎ)な感じです。
<つぶやき>夫婦の間にも、おしゃべりは必要(ひつよう)です。植物(しょくぶつ)たちもよく分かってるのかもね。
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T:0195「特別な微笑み」
「君(きみ)は何てことしてくれたんだ」平山(ひらやま)部長は困惑(こんわく)顔で言った。「綾瀬(あやせ)君に暴言(ぼうげん)を吐(は)いたそうじゃないか。彼女が、我(わ)が社(しゃ)にとってどれほど大切(たいせつ)な人材(じんざい)か分かってるのか?」
「でも部長(ぶちょう)」高野(たかの)は不満(ふまん)そうに、「僕(ぼく)は別に、そんなつもりで…」
「何で、つまんないなんて言ったんだね。そのせいで、彼女は笑(わら)えなくなったんだぞ」
「僕は、彼女を傷(きず)つけようとか、そういうんじゃなくて。ほんと、冗談(じょうだん)みたいな…」
「そんなことはわかっとる。だがな、綾瀬君は自分はつまんない女だと思い込んでしまってるんだ。最悪(さいあく)、彼女が会社を辞(や)めるなんて言いだしてみろ、我が社は倒産(とうさん)だ」
「部長、それは言いすぎですよ」
「清和(せいわ)物産が取引(とりひき)の停止(ていし)を打診(だしん)してきた。あそこの社長(しゃちょう)が、なぜ毎月うちへ来るのか知ってるか。綾瀬君の淹(い)れるお茶(ちゃ)を楽しみにしてるんだ。今月おみえになったとき、彼女に微笑(ほほえ)んでもらえなかったことを気にされて、このままじゃ取引できないと」
「そんな…。でも別に、他の女子社員だっているんだし。そんな大人気(おとなげ)ない…」
「君は分かってない。いいか、彼女は特別(とくべつ)なんだ」
「どこがです? あんなチャラチャラした奴(やつ)の…」
「これは業務命令(ぎょうむめいれい)だ。彼女の笑顔を取り戻(もど)すんだ。これには、我が社の運命(うんめい)、いや、社員(しゃいん)とその家族(かぞく)の生活(せいかつ)がかかってるんだ。頼(たの)むぞ」
<つぶやき>可愛(かわい)い人に微笑んでもらえたら、それだけで幸せな気分になっちゃいますね。
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T:0194「放課後」
 学校(がっこう)の放課後(ほうかご)、教室(きょうしつ)に残って友香(ともか)は和也(かずや)に勉強(べんきょう)を教えていた。今度のテストで成績(せいせき)が悪いと、和也は補習(ほしゅう)を受けなくてはいけないのだ。
「あーっ、そうか、分かった。なんだ、簡単(かんたん)じゃねーぇか」
 和也は大きく伸(の)びをして言った。それを見て友香はため息(いき)をつき、
「こんなこと、授業(じゅぎょう)をちゃんと聞いてれば分かるはずよ」
「そうなんだけどさぁ。なんか、ずーっと座(すわ)ってると眠(ねむ)くなっちゃって」
「いい、これが分かったら次の問題(もんだい)も簡単なはずよ。やってみて」
「えっ、まだやるのかよ」
「なに言ってるのよ。まだ三十分もたってないじゃない」
「まぁ、そうだけど…。よし、やるぞ」和也は問題を睨(にら)みつけた。そして、唸(うな)った。
 しばらく黙(だま)って見ていた友香だが、我慢(がまん)しきれず口を出した。「だから、これとこれで…」
 友香が手を出したとき、思わず和也の手に触(ふ)れてしまった。二人とも一瞬(いっしゅん)とまり、見つめ合う。その距離(きょり)のあまりの近さに、二人は飛(と)び上がった。
「もう、あたし帰る。あとは、自分で考えて」友香は逃(に)げるように教室を出て行った。
「えっ、何だよ? なに怒(おこ)ってんだよ。俺(おれ)、なんか…」
<つぶやき>男ってほんとに鈍感(どんかん)なのです。分かんない奴(やつ)にはぶちかましてやりましょう。
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T:0193「花見の宴」
 この会社(かいしゃ)では、社員(しゃいん)そろっての花見(はなみ)の宴(うたげ)が毎月開かれることになっていた。会社設立(せつりつ)からの行事(ぎょうじ)で、社員の親睦(しんぼく)を深めるために始まったようだ。この宴の幹事(かんじ)を任(まか)されるのは新入社員(しんにゅうしゃいん)の二人。スーツ姿(すがた)もまだぎこちなく、初々(ういうい)しい感じである。
 今日は朝から宴の準備(じゅんび)を調(ととの)えて、場所(ばしょ)取りに来ていた。あとは、お昼(ひる)の時間にみんながそろうのを待つだけである。ここまで来ると、二人の距離(きょり)もだいぶ縮(ちぢ)まってきていた。
「俺(おれ)たち、場所取りする意味(いみ)あるのかな? まわり誰(だれ)もいないし」
「桜(さくら)じゃないからね。でも、この花きれいよ。赤くて、ほんとブラシみたい」
「ブラシの木なんて、誰も知らないんじゃないかなぁ」
「ほんと。あたしも全然(ぜんぜん)知らなかった」彼女はぎこちなく笑(わら)って、「みんな、遅(おそ)いわね」
「ああ…、もう来るんじゃないかな」彼は腕時計(うでどけい)で時間を確認(かくにん)。しばしの沈黙(ちんもく)――。
「ねえ、ちょっと遅すぎない?」彼女は不安気(ふあんげ)な顔で、「ちゃんと、ここの場所分かるよね」
「大丈夫(だいじょうぶ)だろ。掲示板(けいじばん)にちゃんと…」そこで彼は突然(とつぜん)立ち上がり叫(さけ)んだ。「忘(わす)れてた!」
「なに? どうしたのよ?」
「俺、掲示板に地図貼(は)るの…。どうしよう。そうだ、電話(でんわ)して…」彼はポケットを探(さぐ)ってみるが携帯電話が見つからない。ますます彼は慌(あわ)てだした。それを見て彼女は、
「もう、落ち着いて下さい。あたしがかけますから」平然(へいぜん)と携帯電話を取りだした。
<つぶやき>女は度胸(どきょう)なんです。最後の詰(つ)めが甘(あま)いと、これから頭が上がらなくなるかも。
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T:0192「幸せの実」
 近所(きんじょ)の神社(じんじゃ)でお祭(まつ)りがあった。私はここに越して来て日も浅(あさ)いので、ふらりと立ち寄ってみた。小さなお祭りで、露店(ろてん)も4、5軒(けん)しかなかった。それほど面白(おもしろ)いこともなく、私は一回りして帰ることにした。鳥居(とりい)を出てしばらく行くと、小さな露店の老婆(ろうば)に呼(よ)び止められた。老婆は小さな植木鉢(うえきばち)を私に差し出して、
「あんたに、これをあげよう。これは幸運(こううん)の木で、幸せの実(み)がなるんだ」
 戸惑(とまど)っている私に、老婆は植木鉢を押(お)しつけた。私は、言われるままに受け取ってしまった。どうも、私はこういうのは断れないというか…、損(そん)な性格(せいかく)なのだ。
 もともとずぼらなところがあって、ウチへ持って帰っても、水をやることもなく玄関(げんかん)に放(ほう)ったままにしていた。何日かたった頃(ころ)、その鉢に芽(め)が出ているのを発見(はっけん)した。こうなってくると、いくらずぼらな私でも、水をやらなきゃと思ってしまう。
 それから一週間。その芽は順調(じゅんちょう)に、と言うか、驚異的(きょういてき)なスピードで伸(の)びていった。半月たった頃には、30センチほどに成長(せいちょう)した。そして、枝(えだ)の先には小さなつぼみまでふくらみ始めた。私はどんな花が咲(さ)くのか、楽しみになってきた。
 毎朝早起(はやお)きして世話(せわ)をして、仕事(しごと)が終わったら真っ直ぐにウチに帰る。今までの不規則(ふきそく)な生活(せいかつ)が嘘(うそ)のようだ。身体(からだ)もすこぶる快調(かいちょう)で、仕事も楽しくなってきた。それに、最近(さいきん)、彼女というか、好きな人が現れた。これって、幸運の木のおかげなのかな?
<つぶやき>ささいなことから幸せが生まれます。それを育てられるかは、あなた次第(しだい)。
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T:0191「春の訪れ」
「まだ帰ってこないよ。どうしちゃったんだろ?」小学生(しょうがくせい)の娘(むすめ)が訊(き)きに来た。
「もう来るわよ。心配(しんぱい)しなくても大丈夫(だいじょうぶ)だから」
 私は子供の頃(ころ)を思い出す。そう言えば、私も春になると軒先(のきさき)を眺(なが)めては母に訊いたものだ。その時の母と同じように答えている自分に、私はクスッと笑(わら)ってしまた。
「ねえ、ここが分からないんじゃないかなぁ。空(そら)から見えるように目印(めじるし)をつけなきゃ」
「それじゃ、びっくりしちゃうかもしれないわ。いつも通りにしてた方がいいのよ」
「でも、帰ってこられないと大変(たいへん)だわ」
 私は心配そうな顔をしている娘に言った。
「今年は、まだ寒(さむ)いからね。ゆっくり旅(たび)をしてるのよ。暖(あたた)かくなったら、きっと帰って来るわ。もう少し待(ま)ってあげましょ」
 娘はこくりと頷(うなず)いた。
 それから何日かして、外で遊(あそ)んでいた娘が駆(か)けこんで来た。
「ねえ、いたよ。空を飛んでたの」娘は目を輝(かがや)かせて、早口(はやくち)でまくしたてた。
「きっと、うちのツバメだよね。また、帰ってきたんだよね。そうだよね」
 毎年やって来るツバメたちは、我(わ)が家では家族同然(どうぜん)になっている。私は、はしゃいでいる娘を見ながら、いつまでもこんな優(やさ)しい気持ちを忘(わす)れないで、と願(ねが)った。
<つぶやき>春を運んで来てくれる家族(かぞく)がいたら、とっても幸せな気分になれるかもね。
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T:0190「将来の夢」
 学校(がっこう)の宿題(しゅくだい)として、将来(しょうらい)の夢(ゆめ)について作文(さくぶん)を書くことになった。僕(ぼく)は今までそんなこと考えたこともなかった。大きくなったら何をやりたいか、そんなこと分かるわけがない。
 でも、他の子たちはいろんなことを書くんだろうなぁ。耕作(こうさく)んちは八百屋(やおや)だから商売(しょうばい)を継(つ)ぐだろうし。翔太(しようた)は勉強(べんきょう)ができるから学校の先生(せんせい)かな。太郎(たろう)は目立(めだ)ちたがり屋(や)だから宇宙(うちゅう)飛行士って書くに決まってる。はるかはブスのくせにモデルになるって騒(さわ)いでたし――。
 僕は何にしようかなぁ? サラリーマンとかそんなんじゃつまんないし。ここはやっぱり、大きくいっといた方がいいのかもしれないな。どうせ、夢なんだし。
 僕は原稿用紙(げんこうようし)に向かって、さらさらと鉛筆(えんぴつ)を走(はし)らせた。〈世界せいふく〉
 僕は素晴(すば)らしい思いつきにほくそ笑(え)んだ。こんなこと誰(だれ)も考えつかないだろう。僕は、世界せいふくをしたら何をやりたいか、思いつくままに書きつらねていった。
 まず、学校の宿題はやめさせる。それに、お小遣(こづか)いは今の三倍に増(ふ)やす。それから…。
 その時、お姉ちゃんが部屋に入ってきて言った。
「ねえ、何やってるのよ。ちゃんと片付けてって言ったでしょ。ここは、あたしの場所(ばしょ)なんだから」
 お姉ちゃんが出て行ってから、僕は新たに一つ付(つ)け加えた。
〈僕だけの広い部屋を用意(ようい)させる〉
<つぶやき>子供は無邪気(むじゃき)にいろんな夢を話します。でも、大人になると夢を語るのが…。
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T:0189「新しい娘」
 娘(むすめ)が五年ぶりに帰ってくる。といっても、本物(ほんもの)ではなくロボットなのだが。本当(ほんとう)の娘は田舎暮(いなかぐ)らしに嫌気(いやけ)がさし、今は都会(とかい)に出て働(はたら)いている。盆(ぼん)や正月(しょうがつ)にも帰ってくることはなかった。たまに電話(でんわ)をしてきても、あれを送れの一言(ひとこと)で切ってしまう。
 私たち夫婦(ふうふ)は、これからの老後(ろうご)について考えた。娘をあてにしても仕方(しかた)がない。そんな時、このロボットのことを知ったのだ。人間そっくりのロボットが私たちにも買えるなんて。千項目(せんこうもく)を越えるアンケートに記入(きにゅう)するのは大変(たいへん)だったが、娘の写真(しゃしん)を添(そ)えて購入(こうにゅう)を申し込んだ。そしてついに、今日届(とど)けられることになったのだ。
 梱包(こんぽう)を開けて私たちは驚(おどろ)いた。想像(そうぞう)以上のできばえに、本当に娘が帰ってきたと錯覚(さっかく)したくらいだ。私たちはさっそくロボットのスイッチを入れて、こわごわ話しかけてみる。すると、これまた娘とそっくりの声で返事(へんじ)が返ってきた。私たちは思わず微笑(ほほえ)んだ。娘がまだ子供の頃の、あのあどけない姿(すがた)がよみがえってきた。
 説明書(せつめいしょ)には、まだ幼児(ようじ)の知能(ちのう)しかないので、いろんなことを教えて下さいとあった。私たちは、何から教えようかと顔を見合わせた。と同時(どうじ)に、不安(ふあん)が私たちの頭をよぎった。育(そだ)て方を間違(まちが)えると、娘の二の舞(まい)になりかねない。ちゃんと私たちのことを大切(たいせつ)にしてくれるように、愛情(あいじょう)をそそいでいかなくてはいけない。この娘(こ)には、私たちの老後がかかっているのだから。
<つぶやき>久しぶりに帰郷(ききょう)したら、自分とそっくりな娘がいた。これはびっくりですね。
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T:0188「マイペース」
「ねえ、どれが良いと思う?」涼子(りようこ)はショーケースの中を指(ゆび)さして訊(き)いた。
「あのさ、それだけなの? 緊急(きんきゅう)の非常事態(ひじょうじたい)って…」秋穂(あきほ)は力が抜(ぬ)ける思いだった。
「そうよ」涼子はさらりと言って、「ほんとに迷(まよ)ってるのよ。どっちがいいかなぁ?」
 涼子はケースの中を食い入るように見つめた。秋穂はイラつきながら、
「何なのよ。あたし、彼の誘(さそ)いを断(ことわ)ってまで来てるのよ。それが、こんなことって…」
「えっ、彼氏(かれし)いたの? 全然(ぜんぜん)知らなかった」
「いや…、彼氏というか…。まだ、そこまではいってないけど。でも、初めてなのよ」
「ああーっ、どうしようかなぁ」涼子はまた品定(しなさだ)めに戻(もど)った。そして、しばらく彼女は唸(うな)っていたが、「やっぱ、やめるわ。もうちょっと、よく考えてみる。今日はありがとね」
 彼女はそのまま店(みせ)を出て行った。秋穂は彼女を追(お)いかけて、
「待ってよ。あたしはどうすればいいのよ」
 しかし、涼子はそのまま行ってしまった。残(のこ)された秋穂は急いでスマホを取りだして、彼に電話をかけた。今なら、まだ間に合うかもしれない。でも、電話の向こうからはアナウンスの声が…。〈電源(でんげん)が切れているか、電波(でんぱ)の届(とど)かない所に……〉
「何でよ。――もう絶対(ぜったい)、涼子には付き合ってあげないんだから」
<つぶやき>彼女はいったい何を買おうとしていたんでしょ。ちょっと、気になります。
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T:0187「確認事項」
「何よ、話って」恵里香(えりか)はソファーに寝転(ねころ)びながら言った。
「だからね…」賢治(けんじ)は控(ひか)え目な感じで、「君が、どういうつもりなのかなって…」
 恵里香はテレビ番組(ばんぐみ)に夢中(むちゅう)で、賢治の話など聞いているのかどうか――。賢治はたまらず、リモコンに手をのばしテレビの電源(でんげん)を切った。恵里香はやっと起(お)き上がり、
「何すんのよ。あたし、見てるんだから…」
「だからね、これは大事(だいじ)な話なんだから。ちゃんと聞いてよ。――君がここに来て、もう一週間だよね。今の、この僕(ぼく)たちの状況(じょうきょう)というか、関係(かんけい)って…」
「ねえ、ケンちゃん。何が言いたいのよ。あたし、分かんない」
「だからね、僕のことどう思ってるのかなって…。つまり、僕と結婚(けっこん)しようとか…」
「そうねえ」恵里香は賢治の顔をしばらく見つめて、「それも、ありかな」
「えっ、何だよそれ…。ほんとに真剣(しんけん)に考えてるのかよ」賢治は不安(ふあん)な顔で言った。
「考えてるわよ。だって、ケンちゃんといると、とっても楽(らく)っていうか…」
「じゃあさ。家事(かじ)とか、ちょっと手伝(てつだ)ってくれてもいいんじゃ…」
「えーっ、あたしが?」恵里香はリモコンに手をのばしながら言った。「ケンちゃん、得意(とくい)じゃん。あたしケンちゃんの料理(りょうり)、大好きだよ」
「いや、僕が言いたいのはね。えっと、そういうことじゃなくて…」
 恵里香はテレビの電源を入れると、画面(がめん)に釘付(くぎづ)けになりケラケラと笑った。
<つぶやき>愛って何なんでしょう。結婚って…。二人で、将来(しょうらい)のこと話してみませんか。
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T:0186「隣の不可思議」
 ここ半年くらい、隣(となり)の部屋は空(あ)き部屋になっていた。でも、どうやら最近(さいきん)になって人が入ったみたい。時々、カリカリとかバチバチとか変な音が聞こえてくる。何の音なのかと聞き耳を立てると、音は消(き)えてしまうの。
 それから、この間(あいだ)のことよ。洗濯物(せんたくもの)を干(ほ)そうとベランダに出ると、今まで嗅(か)いだことのないような変な臭(にお)いがしたの。どうやら、それは隣から流れてきてるみたい。そっと隣を覗(のぞ)いてみると、黒い影(かげ)がホワーッと…。私、びっくりして声を上げそうになっちゃった。
 友達(ともだち)にこのこと話してみたけど、誰(だれ)も本気(ほんき)に聞いてくれなくて。でもね、一人だけ真剣(しんけん)に聞いてくれる娘(こ)がいて。その娘、会ってみたいって言い出したの。私、やめた方がいいって言ったんだけど…。
 今、その娘は隣の部屋に行ってるわ。私、一緒(いっしょ)に行こうかって言ったけど、一人で大丈夫(だいじょうぶ)よって。ほんとに大丈夫かなぁ。もう一時間ぐらいたってるのに、まだ戻(もど)って来ないの。
 私、もうじっとしてられないわ。これから、隣へ行こうと思う。やっぱり、心配(しんぱい)だもの。もし、何かあったら大変だし…。
 ――彼女が隣の部屋の前に来たとき、扉(とびら)がスーッと音もなく開いた。そして、彼女は吸(す)い込まれるように部屋の中へ。それ以来(いらい)、彼女の姿(すがた)を見かけることはなくなった。
<つぶやき>二人はどうなったんでしょう。異次元(いじげん)の世界に迷(まよ)い込んでしまったのかも。
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T:0185「さよなら」
 智子(ともこ)は身支度(みじたく)をおえると、最後(さいご)に部屋(へや)の中を見渡(みわた)した。彼と過(す)ごした三年は、辛(つら)かったこともあったけど、今は楽しかったことしか思い出せない。
 彼とはなぜか気が合って、彼の前だとそのままの自分でいられた。彼のそばにいるだけで、何だか幸(しあわ)せな気分(きぶん)になれたのだ。だから、一緒(いっしょ)に暮(く)らし始めた。その頃(ころ)は、毎日が楽しくて、幸せすぎるくらいだった。こんな日が、ずっと続くと思っていた。
 それが、いつからか、ちょっとずつ、二人の歯車(はぐるま)が狂(くる)いはじめた。気持(きも)ちがすれ違(ちが)い、ささいなことで喧嘩(けんか)をするようになった。智子は彼の気持ちを引き止めようと必死(ひっし)になった。でも、彼との溝(みぞ)を埋(う)めることはできなかった。
 何でこうなったのか、智子にもわからない。別に嫌(きら)いになったわけじゃないのに…。今はもう、あの頃の幸せな気持ちには戻(もど)れない。このまま一緒にいると、二人とも駄目(だめ)になってしまうかも…。もう、別れるしか――。何か別の方法(ほうほう)があったのかもしれない。彼との関係(かんけい)を修復(しゅうふく)する方法(ほうほう)が。でも、今の智子には何も思いつかなかった。
 最後に、彼女は彼が好きだった手料理(てりょうり)を用意(ようい)して、思い出の花をテーブルに添(そ)えた。そして、〈今までありがとう〉と書き置きした。
 彼女は部屋を出ると、部屋の鍵(かぎ)をカチリとかけた。そして、新聞受けに鍵をすべらせた。無人(むじん)の部屋に、鍵が落ちる音だけが響(ひび)いた。
<つぶやき>努力(どりょく)しても、それが報(むく)われるとは限(かぎ)らない。でも、しないではいられない。
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T:0184「トマト娘」
「ほんとに嫌(きら)いなの?」愛実(まなみ)は悲しそうな顔で言った。
「ああ、あんなののどこが美味(うま)いんだ」剛(たける)はしかめっ面(つら)をしてみせた。
「じゃあ、あたしに任(まか)せて。絶対(ぜったい)に好きにしちゃうから」
 次の日。愛実はいろんなトマト料理(りょうり)を作って剛の前に並(なら)べ、楽しそうに言った。
「ちょっと頑張(がんば)っちゃった。食べてみて。どれも美味(おい)しいのよ」
「嫌味(いやみ)かよ。俺(おれ)はトマトは嫌いだって言っただろ」
「だって…。ほんとに美味しいのよ。一口でいいから、食べてみて」
「誰(だれ)が食べるか!」剛はかたくなに拒否(きょひ)した。
 愛実はうつむいて身体を震(ふる)わせる。剛が横目(よこめ)で見ると、彼女は泣(な)いていた。
「泣くようなことじゃないだろ。もう、いい加減(かげん)にしてくれよ」
「だって…。だって、トマトが嫌いな人がいるなんて…」
「わかったよ。食べりゃいいんだろ。食べりゃ…」
 剛はやけくそになって、料理を口いっぱいにほおばる。その様子(ようす)を見つめる愛実。
「どう? 美味しい?」
「まあ…。不味(まず)くはないよ」剛はぶっきらぼうに言った。
「わぁ、よかったぁ」愛実の顔にお日様(ひさま)のような笑顔が戻(もど)った。
<つぶやき>男の無器用(ぶきよう)な優(やさ)しさなのかも。素直(すなお)に言葉で表(あらわ)すことが苦手(にがて)なんでしょうね。
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T:0183「飛び立とう」
 春になると新しい生活(せいかつ)が始まる。いろんな出会(であ)いとかあって、友達(ともだち)を作らなくちゃとか思うかもしれない。でも、私はちょっと変わってるかも。特別(とくべつ)仲の良い友達を作ろうとは思わない。今までだって、普通(ふつう)に友達はいたしね。
 私って、みんなと同じことをするのが苦手(にがて)なの。それに、あの子の仲間(なかま)とか、この子の友達とか、そういう枠(わく)に入りたくないんだ。私は、いつでも自分のやりたいことを自由(じゆう)にしたいの。誰(だれ)かとどこかへ行ったり、同じものを着(き)たり食べたり、そんなのおかしいわ。
 これは、他(ほか)の子を否定(ひてい)しているわけじゃないのよ。これが私の生き方なの。私は、人と違(ちが)っていることをいけないこととは思わない。むしろ、違っていることを楽しんでいるのかもしれない。人それぞれ、いろんな生き方があっていいんだもん。
 私は他の人をバカにしたり、悪口(わるくち)を言ったりしない。だって、私ってそんなすごい人間(にんげん)じゃないし、天才(てんさい)でもない。私思うんだけど、他の人はきっと私にないものを持っているはずよ。私の知らない世界(せかい)を持ってる。それってすごいよね。いろんな人と話ができれば、どんどん私の世界も広がっていくのよ。
 ――これは夢(ゆめ)みないな話。ほんとうの私は……、ただの臆病(おくびょう)な人間。人とおしゃべりするのが苦手で、コンプレックスの固(かた)まり。でも、そんな私でも春になると、飛び立ちたいともがいてる。あと少しなの、あとちょっとで、きっと…。
<つぶやき>人それぞれに人生があります。それはあなただけのもの。大切(たいせつ)にしましょう。
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T:0182「本当の気持ち」
「ほんと、あり得(え)ないわよ。こんなこと…」明日香(あすか)は頭をかかえていた。
「ねえ、どうしたのよ」隣(となり)で心配(しんぱい)そうに有紀(ゆき)が訊(き)いた。
「ううん、何でもないの」
 明日香は自分の気持ちを奮(ふる)い立たせようと顔を上げた。
「昨日、あれから何かあったの?」
「ない、ないわよ。あるわけないじゃないの。あんな奴(やつ)と…」
「そうか。何かあったんだ」有紀は肯(うなず)きながら、「言ってごらん。聞いてあげるから」
「だから、何にもないって。何があるって言うのよ」
「また、やっちゃったんだ。今度は、何が原因(げんいん)なの?」
「そんなの知らないわよ。向こうが勝手(かって)に…。ああっ…、もう思い出したくもない」
「そんなこと言っちゃって。あんたたち、けっこう仲良(なかい)いよね」
「よくないわよ。あんなイヤな奴…。もう、顔も見たくないわ」
「とか言っちゃって、ほんとは会いたいくせに」有紀はニヤニヤと笑っていた。
「会いたくなんか…。向こうが来るから…しかたないじゃない」
「そうだね。ほんと、イヤな奴だよね。私が言っといてあげるよ。もう近よるなって」
「いや、そこまで…」明日香はちょっと困(こま)った顔をして、「あたしから言うから、ちゃんと」
「そう」有紀はすべてを納得(なっとく)した感じで、「ちゃんと返事(へんじ)しないと、ダメだよ」
<つぶやき>昨日、何があったんでしょう。意外(いがい)と、自分の本心(ほんしん)は気づかないのかもね。
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T:0181「微笑みの魔力」
「ねえ、今の人って誰(だれ)なの?」鈴子(すずこ)は真理(まり)に訊(き)いた。
「ああ、彼は――」真理はにっこり微笑(ほほえ)んで言葉(ことば)をにごした。
 真理は合う度(たび)に違(ちが)う男に送(おく)られて来る。どれも美男子(びだんし)かお金持(かねも)ちそうな男ばかり。友達の間ではけっこう噂(うわさ)になっている。鈴子も興味津々(きようみしんしん)でいるのだ。
「この間の人とは違うわよね」鈴子はたまらず訊いてみた。
「この間の?」真理は首を傾(かし)げて訊き返す。
「そうよ。今の人とは違ったわよね?」
「そうだったかしら――」真理はそう言うと、また微笑んだ。
 鈴子は思った。きっと男たちは、この微笑みにやられちゃうのね。
 確(たし)かに、彼女の微笑みには男をとりこにするような魔力(まりょく)があった。その力(ちから)は、学生の頃よりもさらにパワーアップしている。
「真理って、彼氏(かれし)っているの?」鈴子はさらに突(つ)っこんだ。
 周(まわ)りにいた友達は、驚(おどろ)きの目で鈴子を見た。今まで、真理に男の話しをふるのはタブーとされていた。まして、彼氏のことを訊くなんて…。でも、みんなの不安(ふあん)をよそに真理は、
「あたし、まだ好きな方はいないのよ。なかなか縁(えん)がなくて」
 真理のお嬢様(じょうさま)ぶりに、鈴子もこれ以上(いじょう)なにも言えなくなってしまった。
<つぶやき>好きな人に微笑みかけられると、ぞくぞくってしませんか。恋の魔法(まほう)かもね。
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T:0180「愛人志望」
「でね、あたし考(かんが)えたの」明日香(あすか)は得意(とくい)げに言った。「結婚(けっこん)して妻(つま)になるより、愛人(あいじん)のほうがどんなに楽(らく)かって」
 私は、今までこの娘(こ)にどれだけ振(ふ)り回されたか。もう大抵(たいてい)のことには驚(おどろ)かないわ。私はさとすように言ってやった。
「愛人だって楽じゃないんじゃない。それはそれで…」
「でも、旦那(だんな)に縛(しば)られるよりは良いわよ。自分の好きなようにできるのよ」
「なに言ってるの? そんなこと言ってられるのは若(わか)いうちだけよ。男なんてね――」
「だからよ。もしそうなったら、由佳(ゆか)に助(たす)けてもらうわ。よろしくね」
「えっ、何で私が? イヤよ、そんなの」
「あたしたち親友(しんゆう)でしょ。今まで助け合ってきたじゃない」
「よく言うわよ。私がどれだけ…」
「あっ、そうだ!」明日香は突然(とつぜん)ひらめいた。「由佳の旦那の愛人になればいいのよ。そしたら、あたしたちもっと仲良(なかよ)くなれるわ」
「冗談(じょうだん)じゃないわよ。うちの人は、そんなことしません」
「でも…。この間(あいだ)会ったとき、すっごくあたしに優(やさ)しくしれくれたのよ」
「それ、いつの話しよ。言っとくけどね、うちの旦那に手を出したら許(ゆる)さないから!」
<つぶやき>人のやらないことをやる。ある意味(いみ)、才能(さいのう)なのかも。でも、迷惑(めいわく)かけちゃ…。
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T:0179「やきもち?」
「なあ、何か怒(おこ)ってないか?」良太(りようた)は恵里香(えりか)の顔を覗(のぞ)き込んで言った。
「別に、怒ってなんかないわよ」恵里香は顔をそむけるように答(こた)える。
「いや、何かあっただろ。俺(おれ)でよかったら、話し聞いてやるぞ」
「別に、話すことなんかないわよ。もう、ほっといて」
 良太は恵里香が行こうとするのをとめて、「ほっとけないだろ。俺たち友達(ともだち)じゃないか」
「……。だから、いいって言ってるでしょ。もう…、女とチャラチャラしてるくせに」
「えっ、何だよそれ? 誰(だれ)のことだ?」
「あなたよ!」恵里香は思わず言ってしまった。もうこうなったらハッキリさせようと彼女は決めて、「昨日、奇麗(きれい)な女の子と歩いてたでしょ。あたし、見てたんだから」
「ああ、あいつか」良太にも心当(こころあ)たりがあるようだ。「別にいいだろ。俺が誰と歩いてたって。何でそんなことで怒るんだよ」
「何でって…。だから、あたしは怒ってなんかいません」
「いや、怒ってるね」良太は恵里香の頬(ほお)に両手を当てて、「この顔は怒ってるだろ」
「もう、何するのよ」恵里香は良太の手を振りはらい、「あたしたちそんな関係(かんけい)じゃ…」
「あいつは、俺の従妹(いとこ)だよ。お前が思ってるような奴(やつ)じゃないから。心配(しんぱい)すんな」
「えっ、そうなの?」恵里香は、じわじわと恥(は)ずかしさがわきあがり顔を赤くした。
<つぶやき>恋の始まりの、ちょっと切なくじれったい。気持ちを伝えてスッキリさせよ。
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T:0178「データ消失」
「ねえ、頼(たの)んでおいた資料(しりょう)できてる?」凜子(りんこ)は会社へ戻ると、新人(しんじん)の百花(ももか)に訊(き)いた。
「それが…」百花は首(くび)を傾(かし)げなら言った。「この子、変なんですぅ」
 凜子はパソコンの画面(がめん)をのぞき込(こ)んだ。しかし、パソコンの電源(でんげん)は落(お)ちていて――。どういうことか訊こうと百花の方を見ると、彼女は電源コードの先(さき)を持っていた。
「えっ? まさか、プラグを抜(ぬ)いちゃったの?」
「はい。だって、全然(ぜんぜん)動かなくなっちゃって」
「動かないからって、プラグ抜いたらダメでしょ。データはちゃんと保存(ほぞん)したでしょうね」
「保存ですか?」百花はまた首を傾げて、「よく分かんないですぅ」
「よく分かんないって…。あなた、パソコン使えるんでしょ?」
「はい。家で、ゲームとかやってましたから。あたし、得意(とくい)なんです」
「そういうことじゃなくて…。もういいわ。プラグ、元(もと)に戻して」
 凜子はパソコンを立ち上げてみる。しかし、あるべきはずのファイルもフォルダーもなくなっていた。最後(さいご)の望(のぞ)みのゴミ箱も空(から)の状態(じょうたい)。
「どうして? 何でなにも残(のこ)ってないのよ」凜子はかなりうろたえていた。
 でも、百花は平然(へいぜん)と言ってのける。「なんか、削除(さくじょ)すれば動くのかなって思ってぇ」
<つぶやき>バックアップはちゃんととっておきましょう。何があるか分かりませんよ。
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T:0177「幸せ捜し」
 ひかりは、今どきの子には珍(めずら)しく本好きときている。家の近くに図書館(としょかん)があるので、毎日のように通(かよ)っていた。彼女は、そこの蔵書(ぞうしょ)をすべて読破(どくは)するのを目標(もくひょう)にしていた。
 ある日のこと、家で借(か)りてきた本を読んでいると、一枚のカードが挟(はさ)まれているのを発見(はっけん)した。そのカードには本のタイトルとページ数が書かれ、最後(さいご)に〈あなたは幸せを手にできる〉と書き添(そ)えられていた。
 最初(さいしょ)、誰(だれ)かのイタズラだと彼女は思った。でも何となく気になって、次の日に図書館でその本を捜(さが)してみた。彼女にとって本を捜すのは容易(たやす)かった。目当(めあ)ての本を見つけると、指定(してい)されたページを開(ひら)いてみる。そこには、またカードが挟まれていて、本の名前とページ数が記(しる)されていた。そして最後に、〈あなたは幸せに一歩近づいた〉とあった。
「もう、何なのよ」ひかりはじれったそうにつぶやいた。
 ここまできたら途中(とちゅう)で止められない。彼女は次の本へと向かった。だが、その本はなかなか見つからなかった。彼女は図書館の人に訊(き)いてみた。すると、
「ああ、その本なら貸(か)し出し中ですね。たぶん、来週には返却(へんきゃく)されると思いますが」
「そんな…。あたし、どうしてもその本が必要(ひつよう)なんです」
「でもこの本、人気(にんき)があるみたいで、戻(もど)って来てもすぐ次の人が借りていきますからね」
 彼女は愕然(がくぜん)とした。そんな人気のある本なのに、あたし、まだ読んでないなんて…。
<つぶやき>その本にはどんな幸せが記されているのか。読んでみたいと思いませんか?
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T:0176「輪廻転生」
「本当(ほんとう)に殺(ころ)したのか?」取調室(とりしらべしつ)で刑事(けいじ)が自首(じしゅ)してきた男に訊(き)いた。
「ほんとです。間違(まちが)いありません」浅黒(あさぐろ)い顔の男は大きな両手(りょうて)を前に出して、「この手で、その女の首(くび)をしめたんです」
「しかしなぁ」刑事はため息(いき)をつき、「お前の言った場所(ばしょ)に死体(したい)なんかなかったぞ」
「そんなはずありません。だって、ほんとに俺(おれ)、やったんですから」
「じゃ訊くが、その女とはどこで知り合ったんだ」
「どこって…」男は口ごもった。「それは、あの…」
「警察(けいさつ)もヒマじゃないんだぞ。そんないい加減(かげん)なことで世話(せわ)やかすなよ」
「待って下さいよ。言います、言いますから」男は刑事にすがるように話しはじめた。
「公園(こうえん)にいたら、向(む)こうから話しかけてきたんです。遊(あそ)ばないかって…」
「それで」刑事は先を促(うなが)した。
「それで…。変だなって思ったんですよ。あんな奇麗(きれい)な人が、俺なんか相手(あいて)にするはずないし。だから俺、断(ことわ)ったんですよ。そしたら……。俺、首をしめてました」
「もう帰っていいよ。お前の作り話に付き合ってられるか」
「そんな。また女が近づいて来たらどうするんですか? もう、殺したくないんです!」
<つぶやき>この男の手にかかると、生まれ変わることができる。そんな噂(うわさ)があるとか…。
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T:0175「ナンパなの?」
 さよりは友達(ともだち)のホームパーティーに来ていた。どうしてもって誘(さそ)われたのだ。彼女は内気(うちき)でおしゃべりも苦手(にがて)。こんな華(はな)やかなところでは、どうしたらいいか分からず隅(すみ)の方で小さくなっていた。そんな彼女の横(よこ)に男性が座(すわ)り込んだ。彼女はビクッと身体(からだ)をこわばらせる。
「ねえ、ここいいかな?」彼は赤みが差(さ)した顔に笑顔(えがお)を浮かべて訊(き)いた。
「あっ…、はい」彼女は消(き)え入るような声で答えた。
「今度、ハイキングの計画(けいかく)があるんだけど、君も行かない?」
「えっ…。あ、私は――」彼女は少し困(こま)った顔をしたが、「酔(よ)っぱらってるんですか?」
「うーん、ちょっとね。でも、全然(ぜんぜん)そんなんじゃないから。俺(おれ)は…」
 その時だ。離(はな)れたところから彼を呼ぶ声がして、ほかの男性が近寄って来て言った。
「おい、タカシ。また、ナンパか? お前もこりない奴(やつ)だな」
「バカ、違(ちが)うよ。そんなんじゃないって」彼はそう言うと、その友だちを追い払(はら)った。そして、さよりの方に向き直って、「ほんと、違うから。あいつ、酔っぱらってて、いい加減(かげん)なこと言ってるだけだからさ。これは、ナンパなんかじゃなく…」
「あの、いいです。私、そういうのは…」彼女は目をそらして言った。
「じゃあさ…。君は、何がしたい? 俺、付き合うから。何でも言ってよ」
 さよりは彼の真意(しんい)が分からず、この場から逃(に)げ出したい気持ちで一杯(いっぱい)になっていた。
<つぶやき>少しずつでいいんです。自分の世界を広げてみませんか? 何か変わるかも。
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T:0174「ひとりぼっち」
「ほんとに助かったわ」
 愛子(あいこ)は奈津(なつ)に言った。「あなたの言う通りだったの。あいつ、やっぱり浮気(うわき)してたのよ。もう、すっぱり別れてやったわ」
「そうなの」奈津は、はにかむようにうつむきながら言った。
「またお願(ねが)いね。今度こそいい男を捕(つか)まえてみせるから」
 愛子は颯爽(さつそう)と行ってしまった。残(のこ)された奈津はため息(いき)をつく。
 ――奈津には不思議(ふしぎ)な力があった。それは、人の未来(みらい)を予見(よけん)することができるのだ。他の人からはありがたがられたりするのだが、当(とう)の本人には何の役(やく)にも立っていない。
 好きな人ができても、その人の未来に自分が存在(そんざい)しないことが分かってしまうと――。これほど辛(つら)いことはないのかもしれない。だから、彼女はなるべく人を見ないようにしていた。いつもうつむいて歩(ある)き、必要(ひつよう)以上に人と関(かか)わらないようにしていた。
 奈津はボンヤリと歩き出した。その時だ。何かにぶつかり、彼女は尻(しり)もちをついた。
「大丈夫(だいじょうぶ)?」若い男が彼女に手を差(さ)し出した。「ゴメン。気づかなくて」
 奈津は彼を見て思わず叫(さけ)んだ。「私と付き合って下さい!」
 彼女は自分が言ってしまったことに驚(おどろ)き、顔を真っ赤にさせた。でも、本当(ほんとう)に嬉(うれ)しかったのだ。未来が見えない人に初めて出会(であ)えたのだから。
<つぶやき>好きになった人の未来を見ることができるとしたら。あなたはどうします?
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T:0173「思いこみ」
 転勤(てんきん)するかもしれない――。彼からそう聞かされたとき、私はいい機会(きかい)かもしれないと思った。私たちの関係(かんけい)を見直(みなお)すには…。
 彼とつき合い始めてもう五年。別に彼のこと嫌(きら)いになったわけじゃない。でも、何て言ったらいいのか――。お互(たが)いの愛情(あいじょう)が薄(うす)れてしまったのか…、恋人(こいびと)じゃなくなってしまった気がするの。このまま結婚(けっこん)しても…、私にはその先が想像(そうぞう)できない。
 彼から大事(だいじ)な話があると言われたとき、私はプロポーズだと思った。だから、私は彼よりも先に切り出したの。「ねえ、私たち、しばらく距離(きょり)をおかない?」
 彼はキョトンとして、私の顔を見つめたわ。私は、かまわずに続けた。
「これが、いい機会だと思うの。私たちマンネリになってるのよ。だから、ちょっと離(はな)れてみて、お互いのことじっくり考えてみない?」
「それは、つまり…」彼はかすれる声で言った。「別れたいって…」
「そうじゃないわ。そうじゃないけど…」
「ちょっと、待ってよ。俺(おれ)たちって、そういう関係じゃないよなぁ」
 彼の言葉(ことば)に、私は首(くび)をひねった。それって、どういうことかな? 私たち…。
「俺さ、結婚するんだ」彼はきっぱりと言った。「今日、君(きみ)に紹介(しょうかい)しようと思って」
 やだ。何よそれ。訊(き)いてないわよ、そんなこと。私の頭は、思考停止状態(しこうていしじょうたい)におちいった。
<つぶやき>思い込んでしまうと、周(まわ)りが見えなくなってしまうもの。気をつけましょう。
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T:0172「おねだり」
 休日の朝、娘(むすめ)は猫(ねこ)なで声で父に話しかけてきた。父には分かっていた。娘がこういう行動(こうどう)をとった場合(ばあい)は、何かをねだるつもりでいるときなのだと。そこで、父は先手(せんて)をとった。
「ダメだぞ。絶対(ぜったい)にダメだ。お前にはまだ早い」
「まだ何も言ってないじゃん」娘はもっと可愛(かわい)く、父の愛(あい)を揺(ゆ)さぶるように続けた。「だって、みんな持ってるし。あたしも欲(ほ)しいんだもん。ねーえ、いいでしーょ」
 父はこれしきのことでは動揺(どうよう)しない。ここは、父としての威厳(いげん)を見せなければならない。
「いいか、みんなが持ってるから欲しいなんて、そんないい加減(かげん)な気持(きも)ちで…」
「じゃあ、あなた」朝食(ちょうしょく)の支度(したく)をしていた妻(つま)が口を挟(はさ)んだ。「昨日(きのう)言ってたあれも…」
 父は、まさかここで妻が参戦(さんせん)するとは思っていなかった。しかし、ここで退(しりぞ)いては、威厳どころか今の地位(ちい)も危(あや)うくしかねない。
「お母さん、あれとこれとは話が違(ちが)うからね。今はこっちの話だから…」
 そこは夫婦(ふうふ)の間のこと、娘の前ではお互(たが)いに平静(へいせい)をよそおわなければならない。妻もそこのところは分かっていたようで、クスッと笑って退散(たいさん)した。
「じゃあ、いいもん。お母さんに頼(たの)むから。ねえ、お母さーん」娘は矛先(ほこさき)を母に向けた。
 父は、娘との距離(きょり)が遠(とお)のいたような、淋(さび)しい気持ちに襲(おそ)われて娘を見つめた。
<つぶやき>娘を持つ父の気持ちは複雑(ふくざつ)なのかも…。娘には幸(しあわ)せになってほしいのです。
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T:0171「冬眠生活」
 私にはちょっと変わった姉(あね)がいる。もう、普通(ふつう)じゃないの。子供(こども)の頃(ころ)はそれほど気にならなかったけど、今では彼女が何を考えてるのかまったく理解(りかい)できない。
 この間も、大量(たいりょう)の食料品(しょくりょうひん)を買い込んできて、私は驚(おどろ)いてしまった。
「ねえ、そんなに買ってどうするのよ?」
「今日から冬眠(とうみん)するから」姉は平然(へいぜん)と言った。「外へ出なくてもいいように買ってきたの」
「えっ? どういうことよ。仕事(しごと)はどうするの?」
「何か、仕事は行かなくてもよくなったから」
 私はため息(いき)をついて、「何よそれ。まさか、仕事辞(や)めたんじゃないよね」
「まあ、そんな感じかな」姉はたいしたことないみたいに、さっぱりと言ってのける。
「お姉ちゃん! どうしてよ」私はイライラしながら言った。
「だって、彼がね。もうお前とは会いたくないって…。そう言うから」
「彼って? お姉ちゃん、付き合ってる人いたの!」
 一緒(いっしょ)に住んでいるのに、そんな話(はな)し一度も出なかった。でも、振(ふ)られたからって仕事辞めなくてもいいじゃない。何で冬眠なのよ。
「お姉ちゃん、これからどうするつもりよ。もう、そんなんだから…」
「なに怒(おこ)ってんの? 大丈夫(だいじょうぶ)よ。冬眠からさめたら、またバリバリ働(はたら)くから」
<つぶやき>恋の傷(きず)を癒(いや)すには時間がかかるもの。でも、本当に冬眠がベストなのかな?
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T:0170「家計簿効果」
 私は子供(こども)ができたことを機(き)に、家計簿(かけいぼ)をつけることにした。今まで何度も挫折(ざせつ)してしまったが、今度はそんなこと言ってられない。だって、子供が生まれたらお金がかかるし、今のうちに少しでも貯(たくわ)えを増(ふ)やしておかなきゃ。
 今までの経験(けいけん)から、ゆるゆる家計簿でいくことにした。もうざっくりと記帳(きちょう)して、多少合わなくても気にしない。これなら、私にも続けられそうだ。
 まず、月々の決まっている支払分(しはらいぶん)を計算(けいさん)して、それに水道光熱費(すいどうこうねつひ)でしょ、それと食費(しょくひ)に、そうそう、ガソリン代も必要(ひつよう)ね。あとは、洋服(ようふく)も買いたいし、化粧品(けしょうひん)も必要(ひつよう)だわ。
 私はすべての支出を合計(ごうけい)してみた。そして、旦那(だんな)の給料(きゅうりょう)と照(て)らし合わせる。その結果(けっか)、私は目を疑(うたが)った。「これじゃ、足(た)りないわ。全然(ぜんぜん)足りない」
 私は考(かんが)えた。「そうよ。こうなったら、削(けず)れるところから削って、減(へ)らせば…」
 まず、何からいくか…。外食(がいしょく)を減らしましょう。旦那も、私がお弁当(べんとう)を作ってあげれば、お小遣(こづか)いを減らせるじゃない。余分(よぶん)なお金がなければ、飲(の)みに行くこともなくなるし一石二鳥(いっせきにちょう)ってとこね。それに早く帰ってくれれば、家事(かじ)も手伝(てつだ)ってもらえるし。
「そうよ。これから私も出産(しゅっさん)と子育(こそだ)てで大変(たいへん)なんだから。今から家事を教えておかなきゃ」
 私は妙案(みょうあん)にほくそ笑(え)んだ。そして、自分へのご褒美(ほうび)は何がいいかとカタログをめくった。
<つぶやき>真っ先に減らされるのは、夫(おっと)の小遣いなんですね。お弁当に期待(きたい)しましょ。
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T:0169「誘拐犯の事情」
「上手(うま)くいったか?」古びた倉庫(そうこ)の中で黒ずくめの男が言った。
「ああ、この中に入ってるよ」
 外から戻(もど)ってきた、これも黒ずくめの小柄(こがら)な男が答えた。その男が持っている麻袋(あさぶくろ)がわずかに震(ふる)えた。それを見て、待っていた男は不思議(ふしぎ)そうに訊(き)いた。
「おい、やけに小さいじゃないか」
「いや、そんなことないよ。まだ、子供(こども)だからな」
 その時、麻袋の中から変な声がした。待っていた男の顔色(かおいろ)が変わり、
「お前、ヘマしてないよな。ちゃんと、あの屋敷(やしき)へ行ったのか?」
「ああ、行ったさ。この間、二人で下見(したみ)した…」
「そこの、アリサっていう孫娘(まごむすめ)を連(つ)れて来たんだろうな?」
「もちろん、そうさ。アリサって呼(よ)ばれてた奴(やつ)を連れて来たよ」
「じゃ、何なんだ今のは…」
「きっと、お腹(なか)が減(へ)ってるんだよ。餌(えさ)あげないとな」
 小柄な男が麻袋を開けると、小さな子犬(こいぬ)が顔を出した。男は子犬の頭を優(やさ)しくなでながら言った。「今頃(いまごろ)、あの屋敷の奴ら捜(さが)してるだろうな」
 待っていた男は椅子(いす)に飛び乗ると、「俺(おれ)は犬は嫌(きら)いなんだ! 何で犬なんか誘拐(ゆうかい)したんだ」
「誘拐じゃないよ。勝手(かって)について来たんだ。ここで飼(か)っちゃダメかな?」
<つぶやき>お互いの意思(いし)が通じてないと、とんだことになっちゃうかもしれませんね。
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T:0168「氷の女」
 氷川冷子(ひかわれいこ)。我(わ)が社(しゃ)にとって、もっとも優秀(ゆうしゅう)で有能(ゆうのう)な社員(しゃいん)のひとりだ。だが、それ以上(いじょう)に彼女の美しすぎる顔立(かおだ)ちと姿(すがた)は、何人もの男性社員をとりこにした。彼女を射止(いと)めようと、無謀(むぼう)にも挑戦(ちょうせん)し散(ち)っていった熱(あつ)い男たちは数知(かずし)れず。
 彼女の氷(こおり)のような眼差(まなざ)しは、胸(むね)に突(つ)き刺(さ)さるほどの激痛(げきつう)をあたえ。また、彼女の手に触(ふ)れるだけで、身体中に悪寒(おかん)が走り入院する騒(さわ)ぎにもなった。我が社では憂慮(ゆうりよ)し、特別対策(とくべつたいさく)チームを結成(けっせい)した。彼女に近づこうとする熱い男を排除(はいじよ)し、減少(げんしょう)しつつある男性社員を保護(ほご)しようというのだ。そのチームのリーダーには、女性にまったく興味(きょうみ)を示(しめ)さない温水(ぬくみず)があたることになった。温水は、我が社にとって何の利益(りえき)も生み出さない男だった。だが、その温厚(おんこう)な人柄(ひとがら)で不思議(ふしぎ)と窓際(まどぎわ)で踏(ふ)みとどまっていた。
 数日後、冷子に近づこうとする男性社員は激減(げきげん)した。これで、彼女も仕事に専念(せんねん)することができて、我が社の業績(ぎょうせき)も向上(こうじょう)するはずだった。だが、ここにきて異変(いへん)が起こった。彼女の仕事に対する熱意(ねつい)が、別の方向(ほうこう)へと向いてしまったのだ。
 彼女の眼差しには氷のような冷たさはなくなり、頬(ほお)はわずかに紅潮(こうちよう)して表情(ひょうじょう)も穏(おだ)やかになった。そして、彼女の見つめる先には、いつも温水がいた。彼女がなぜこの男を選(えら)んだのか、それは未(いま)だに謎(なぞ)である。今後、この男の評価(ひょうか)を再検討(さいけんとう)する必要(ひつよう)にせまられている。
<つぶやき>いつもクールな彼女にとって、彼は特別(とくべつ)な人に見えたのかもしれませんね。
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T:0167「でれでれ」
「いいか、みんな気をつけてくれよ。くれぐれも機嫌(きげん)をそこねるようなことはするな」
 社長(しゃちょう)の家の前で、係長(かかりちょう)が部下(ぶか)たちに注意(ちゅうい)した。部下たちも社長の厳(きび)しさを知っているので、顔をこわばらせた。ここを乗り越(こ)えなければ、今度のプロジェクトの成功(せいこう)はおぼつかない。下手(へた)をすると、中止(ちゅうし)にされてしまうかもしれない。
 社長の待つ部屋に入ると、みんなを睨(にら)みつけるように社長が座(すわ)っていた。
「座りたまえ」社長の低音(ていおん)の声が響(ひび)く。「すまんな。こんなところまで」
「いえ、とんでもありません」係長はうわずった声で言った。「そ、それでですね。今回のプロジェクトの詳細(しょうさい)について、ご説明(せつめい)させて――」
 その時、部屋の襖(ふすま)が開き小さな子供が飛び込んで来た。そして、みんなの間を通り抜(ぬ)け、社長の膝(ひざ)へ飛び乗った。社長はみるみる顔をほころばせ、その子の頭をなでながら言った。
「どうちたのぉ? いま、大事(だいじ)なおはなちをしてるからねぇ。向こうで、待ってなちゃい」
 それを見た部下のひとりがつぶやいた。「いやだーぁ、赤ちゃん言葉使ってるぅ」
 まだ新人(しんじん)の女子社員が言ってしまったのだ。みんなに動揺(どうよう)が走った。でも、もう遅(おそ)い。間違いなく社長にも聞こえたはず。子供が出て行くと、社長はおもむろに言った。
「娘(むすめ)がね、どっかへ出かけると言って、孫(まご)を預(あず)けに来てね。まったく、困(こま)ったもんだ」
 社長の顔は、いつものいかめしい顔に戻っていた。
<つぶやき>この場合、見ない、聞かないふりをしておいた方がいいのかもしれません。
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T:0166「妻の隠しごと」
 僕(ぼく)が家に帰ると、妻(つま)は上機嫌(じょうきげん)で僕を迎(むか)え入れた。いつもなら、そっけないくらいなのに、今夜はどうも様子(ようす)がおかしい。何かあったのか…。僕は訊(き)いてみた。
「何もないわよ」妻はあっさりそう言うと、「早く着替(きが)えてきて。夕食(ゆうしょく)、できてるから」
 明らかにいつもと違(ちが)う。妻はウキウキと鼻歌(はなうた)まで飛び出していた。今日は、何かの記念日(きねんび)か――。いや、そんなはずはない。僕は、手帳(てちょう)を取り出して確認(かくにん)してみた。
 食卓に着くと、テーブルには奇麗(きれい)な花が飾(かざ)られていた。それに、夕食はいつもより豪華(ごうか)で――。これは、一体(いったい)どういうことだ? 僕はあれこれと考えてみた。宝(たから)くじを当てたのか? でも、彼女が宝くじを買ってるなんてことあるのかな? それとも、まさか、子供(こども)――。それは、あり得(え)るな。もしそうだとしたら……。僕は、どうしても確(たし)かめたかった。
「だから、何もないってば」妻はニコニコしながら答(こた)えた。
「まさか…、子供ができたとか?」こういうことは、男には自覚(じかく)がもてない。
「いないわよ」妻はお腹(なか)をさすりながら言った。「子供、欲(ほ)しくなったの?」
「いや、そう言うわけじゃ…。でも、何かあったんだろ? だって…」
「どう? 今夜の料理(りょうり)は上手(うま)くできたと思うんだけど…」妻は嬉(うれ)しそうに言った。
 確かに今日の夕食は美味(おい)しいよ。でも、僕が訊きたいのはそういうことじゃなくて…。
<つぶやき>何か良いことでもあったんでしょうか。知りたくなる気持ちも分かります。
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T:0165「100人目の…」
「なあ、何がいけないと思う?」耕助(こうすけ)は智子(ともこ)に訊(き)いた。
「あのさ、逆(ぎゃく)に訊きたいんだけど、何で無理(むり)な女ばっか選(えら)ぶのよ?」
「いや、それは…」耕助はしばらく考えて、「ハードルが高いほど燃(も)えるっていうか…」
「どうしようもないバカね。そんなんだから、いつまでも彼女ができないのよ」
「そうなんだよなぁ。小一(しよういち)の初恋(はつこい)から数えて、この間の娘(こ)が99人目か…」
「あんた、数えてんの?」智子はあきれ果(は)てていた。
「だって、今まで俺(おれ)が好きになった娘(こ)たちだぜ。忘(わす)れるわけないだろ」
 智子は、ほっぺたを膨(ふく)らませて不機嫌(ふきげん)な顔をした。耕助とは幼(おさな)なじみで、彼の考えそうなことは何でも分かっている。でも、こと恋愛(れんあい)に関しては理解(りかい)できなかった。
「そう言えば、お前って、彼氏(かれし)いるのか?」
 唐突(とうとつ)に質問(しつもん)された智子は、明らかに動揺(どうよう)していた。それを誤魔化(ごまか)すように、
「あたしのことは、関係(かんけい)ないでしょ。変なこと訊かないでよ」
「だって、そういう話、聞かないし…。あ、あれだろ? お前、気が強いから…」
「うるさい、うるさい、うるさい!」智子は耕助に顔を近づけて連呼(れんこ)した。
 耕助は彼女の顔を間近(まぢか)に見てつぶやいた。「お前って、けっこう可愛(かわい)いよなぁ」
 智子はみるみる顔を赤くしたかと思うと、耕助の頬(ほお)をぶん殴(なぐ)った。
<つぶやき>近すぎて気づかないことってあるかも。彼女の恋は成就(じょうじゅ)するのでしょうか。
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T:0164「おれない彼女」
 僕(ぼく)の彼女には変なスイッチがある。そのスイッチが入ると、もう誰(だれ)にも止められない。
「ねえ、この会社(かいしゃ)どうかしら? とってもいいと思うんだけど」
 彼女は僕に会社の資料(しりょう)を見せながら言った。「パパの知り合いの社長(しゃちょう)さんがやってるの。今、良(い)い人を探(さが)しててさ。浩人(ひろと)にぴったりだと思うんだ」
「いいよ。別に、君(きみ)に探してもらおうなんて…」
「そうじゃないわよ。あたし、浩人に…」
「大丈夫(だいじょうぶ)だよ。就職先(しゅうしょくさき)ぐらい自分(じぶん)で見つけるから」
「分かってるわよ。分かってるけど、あたしも力になりたいの」
「もう、勝手(かって)なことすんなよ! 俺(おれ)だって、ちゃんと考えてるんだから」
 つい感情的(かんじょうてき)になったことを、僕は後悔(こうかい)した。彼女の目つきが変わり、スイッチが…。
「ねえ、あたしがせっかく探してきてあげたんでしょ。何なのよ、その態度(たいど)は」
 彼女は会社の資料を僕に投(な)げつけて、
「ちゃんと見なさいよ。見もしないで何がわかるの。あんたさ、そんなんだから就職できないんでしょ。いつまでもプラプラしてさ、ほんとに働(はたら)く気あるの? もう話はつけて来たから、絶対(ぜったい)面接(めんせつ)に行きなさいよ。今度逃(に)げ出したら、ただじゃすまないから」
<つぶやき>彼のことを心配(しんぱい)してるから、ついつい余計(よけい)なお世話(せわ)をやいてしまうのです。
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T:0163「生活改善」
 結婚(けっこん)して半年。新しい生活にも慣(な)れた頃(ころ)、離(はな)れた所に住んでいる友だちと会うことになった。久しぶりに再会(さいかい)した彼女は、開口一番(かいこういちばん)私にこう言った。
「ねえ、ちょっと太(ふと)ったんじゃない?」
 私も、うすうすは気がついていた。でも、こう面(めん)と向かって言われると、これは不味(まず)いかもしれないと…。このまま知らん顔をしている場合じゃないわ。
 そこで私は、ダイエットを始めようと決心(けっしん)した。でも、もともと運動(うんどう)が苦手(にがて)で、飽(あ)きっぽい私にとって、それは無謀(むぼう)なことかもしれない。そこで私は、熟慮(じゆくりよ)に熟慮を重(かさ)ねたすえ、お金もかからず無理(むり)なく簡単(かんたん)にできる方法(ほうほう)を考えた。
 それは、ウオーキング。これなら手軽(てがる)に、いつでも始められそうだ。でも、ダラダラと歩いているだけでは効果(こうか)は期待(きたい)できない。やるからには、それなりの成果(せいか)がでないと。そこで私は、入門書(にゅうもんしょ)を買って必要(ひつよう)な知識(ちしき)を身につけた。
 そして今日、私はウオーキングのデビューをする。旦那(だんな)を仕事(しごと)に送り出すと、私も着替(きが)えて外へ飛び出した。住宅街(じゅうたくがい)を抜(ぬ)けると、そこには川沿いに遊歩道(ゆうほどう)が整備(せいび)されている。朝早い時間は走っている人をよく見かけるが、この時間はまばらになっている。それでも、何人かの人とすれ違う。そのたびに、おはようって挨拶(あいさつ)されて。何か、知らない人なのに清々(すがすが)しい気分(きぶん)になった。風はまだ少し冷たいけど、道端(みちばた)に小さな花を見つけた。こんなところで春と出会えて、何だか得(とく)した気分。これなら、続けられるかも――。
<つぶやき>人に言われて気づくことってありますよね。あんなことや、こんなこと…。
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T:0162「責任」
 綾佳(あやか)は新しい事業(じぎょう)のチーフを任(まか)された。これは異例(いれい)の抜擢(ばつてき)で、彼女はその責任(せきにん)の重さをひしひしと感じていた。そのためか、部下(ぶか)たちの些細(ささい)なミスにも神経(しんけい)をとがらせた。
「こんなことも出来(でき)ないの! ちゃんと確認(かくにん)しなさいって言ったでしょ。何度言わせるのよ!」
 綾佳の荒(あら)らげた声がするたびに、部屋の空気(くうき)が澱(よど)んでいくようだった。
 そんな時、補充要員(ほじゅうよういん)として一人の青年(せいねん)がチームに加(くわ)わった。彼はどんな仕事(しごと)にも誠心誠意(せいしんせいい)向き合い、その誠実(せいじつ)さは誰(だれ)もが好感(こうかん)をいだくものだった。綾佳も、いつしか彼に大切(たいせつ)な仕事を任せるようになった。同僚(どうりょう)たちは、こんな優秀(ゆうしゅう)な社員(しゃいん)がいたのかと驚(おどろ)き、綾佳よりこの青年に仕事の相談(そうだん)をするようになった。その様子(ようす)を見るたびに、綾佳の心はざわついた。チーフとしての自分の立場(たちば)が危(あや)うくなるような、そんな気がしたのだ。
 ある日のこと。綾佳が一人で残業(ざんぎょう)していると、デスクの上にコーヒーが置かれた。彼女が目を上げると、そこにはその青年が立っていた。
「あなた、まだいたの?」
「ええ。でも、もう帰ろうと思います」
「そう……」綾佳は何か言いたげな顔をしたが、言葉(ことば)をのみこんで、「お疲(つか)れさま」
 青年は帰りかけた足を止めると。「あの…。チーフは、怒(おこ)った顔より笑顔(えがお)のほうが素敵(すてき)だと思います。あっ、これは…、僕(ぼく)だけじゃなくて、みんな思ってますから」
<つぶやき>どんな仕事にも責任はつきものです。でも、たまには肩(かた)の力を抜(ぬ)きましょう。
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T:0161「我が家のルール」
 我(わ)が家(や)では守(まも)らなければならないルールがある。それは、朝食(ちょうしょく)は必(かなら)ず家族(かぞく)そろって摂(と)ること。いつからこのルールができたのか私は知らない。聞くところによると、私が生まれる前からあったみたいだ。
 このルールには例外(れいがい)はない。私やママは大丈夫(だいじょうぶ)なんだけど、パパやお兄(にい)ちゃんは寝坊(ねぼう)することがある。そんな時は、私の出番(でばん)なの。私の手にかかったら、すぐに目が覚(さ)めちゃうんだから。休日だろうと容赦(ようしゃ)はしないわ。だって、ちゃんと起きてくれないと、朝食が食べられないし、学校に遅(おく)れたら大変(たいへん)だもん。
 私は、これは当たり前のことだと思っていた。でも、友だちに聞くとそうでもないみたい。だって、朝ごはんを食べない子がいたりするんだよ。私には信じられないわ。朝、食べないと、元気(げんき)が出ないじゃない。それに、家族全員(かぞくぜんいん)がそろうことって、朝ぐらいしかないからね。たとえ短い時間でも、我が家ではとっても大切(たいせつ)な時間なの。
 このルールを思いついた人って、すごいと思う。たぶん、おばあちゃんか、ひいおばあちゃんかもしれない。今度、訊(き)いてみようかな。もし、私が結婚(けっこん)して家庭(かてい)を持ったら、絶対(ぜったい)このルールを取り入れようと思う。まだ、ずいぶん先のことかもしれないけど。
 そのためにも、早起(はやお)きのできる彼氏(かれし)を見つけないとね。まず、そこからです。
<つぶやき>早起きをすると一日がとっても長く感じます。少し得(とく)した気分になれるかも。
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T:0160「ファーストキス」
 私のファーストキスの相手(あいて)は五歳の甥(おい)っ子だった。それも、突然(とつぜん)抱きついてきてブチュッとされてしまった。まったく、マセガキなんだから…。それを見ていたお姉(ねえ)ちゃんが、私をからかうように言った。
「ねえ、もしかしてファーストキスだったの?」
「そ…、そんなわけないでしょ。私だって、それくらい…」
 お姉ちゃんには隠(かく)しごとはできない。昔(むかし)からそうなのだ。もう、腹(はら)が立つ…。
「子供(こども)相手に本気(まじ)にならないでね。あたしの可愛(かわい)い息子(むすこ)なんだから」
「なわけないでしょ。私にだって、ちゃんと好きな人いるんだから」
「へえ、そうなんだ。で、その彼とは…」お姉ちゃんはいつもそうだ。年上(としうえ)ぶって…。
「やっぱりね。まだ手も握(にぎ)ってないんだ。あんたさ、そんなんだから…」
「握ったわよ。手ぐらい、ちゃんとつないでるわ」
「でも、それだけなんでしょ。それじゃ、恋人なんて言えないわよ」
 もう、彼のこと何にも知らないくせに、何なのよ。私だって、したいわよ。でも…。
「あたしが教えてあげようか?」お姉ちゃんは意味深(いみしん)な笑(え)みを浮(う)かべる。
 私が奥手(おくて)になっちゃったのは、奔放(ほんぽう)すぎるお姉ちゃんのせいだ。お姉ちゃんみたいには、絶対(ぜったい)にならないって思ってたのに…。でも、この際(さい)、教えてもらっちゃおうかなぁ…。
<つぶやき>何事(なにごと)もタイミングが肝心(かんじん)です。好機(こうき)を逃(に)がさず、しっかりゲットしましょう。
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T:0159「ダブルブッキング」
 憧(あこが)れの野村(のむら)先輩から誘(さそ)われた。次の休みにどっかへ行かないかって…。あたしは完全(かんぜん)に舞(ま)い上がって、即座(そくざ)にOKしちゃいました。うふっ…。
 お家に帰って手帳(てちょう)に書き込む。三日後、野村先輩(せんぱい)とデート――。あれ? その日の蘭(らん)に、何か書いてあるわ。あたしは、目まいを起こしそうになった。その日って、有紀(ゆき)ちゃんと遊びに行くんだった。どうしよう、こんなのって…。
 せっかく先輩に誘ってもらったのに、今さら断(ことわ)るなんてできない。それに、こんなこと二度とないかもしれないわ。そうよ、有紀ちゃんの方を断っちゃえばいいのよ。でも…、デートだから行けないなんて言ったら、有紀ちゃん怒(おこ)っちゃって、あなたとは絶交(ぜっこう)よって言われちゃうかも――。そうだわ、そうよ。デートって言わなきゃいいのよ。
 でも、どっかでばったり会っちゃうかもしれない。ううん、絶対(ぜったい)、会うわ。もし、先輩と一緒(いっしょ)のとこ見られたら最悪(さいあく)よ。ここは、ちゃんと考えないとダメ。先輩とは、まだ付き合ってるわけじゃないからダメージは少ないわ。でも、有紀ちゃんとはずっと親友(しんゆう)で…。
 あたしは決断(けつだん)した。やっぱり友情(ゆうじょう)をとるべきなのよ。そうと決まれば、あたしの行動(こうどう)は素早(すばや)かった。すぐに先輩に断りの電話を入れた。これでいいわ。ホッとしたあたしは、お風呂(ふろ)に向かった。身も心もほぐれて部屋に戻(もど)ると、有紀ちゃんからメールが届(とど)いていた。
<今度の休み、行けなくなっちゃった。野村先輩とデートなの。ゴメンね>
<つぶやき>心配性(しんぱいしょう)でもいいんです。じっくりと考えた決断なら、後悔(こうかい)なんてないはず。
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T:0158「大丈夫?」
「誰(だれ)か、お客(きゃく)さんにコーヒーを出してくれないか?」
 課長(かちょう)が女子社員(しゃいん)たちに声をかけた。すかさず返事(へんじ)をしたのは、一番若(わか)い百花(ももか)だった。
「大事(だいじ)な得意先(とくいさき)だから、一番上等(じょうとう)なやつで頼(たの)むよ」
 そう言うと、課長は書類(しょるい)を抱(かか)えて応接室(おうせつしつ)へ急(いそ)いだ。
 課長を見送りながら百花が答える。「はい、よろこんで!」
 その様子(ようす)を見ていた他(ほか)の女子社員たち、仕事(しごと)の手を止めて、
「ねえ、あの娘(こ)、変だよね。何であんな返事をするわけ?」
「みんなで居酒屋(いざかや)に行ったじゃない。その時、妙(みょう)に気に入っちゃってたからねぇ」
「でも、大丈夫(だいじょうぶ)なの。あの娘(こ)に任(まか)せちゃって」
「私、コーヒーの淹(い)れ方なら教えておきましたけど…」
「あたし見ちゃったわよ。あの子、湯呑(ゆの)みにお茶(ちゃ)の葉(は)入れてるとこ」
「ほんとに? あり得(え)ないでしょ。もう、今の娘(こ)はどうなってるの」
「あたしさ、驚(おどろ)いちゃって。お茶の葉は急須(きゅうす)に入れないとダメだよって注意(ちゅうい)したけど」
「ねえ、本当(ほんと)に大丈夫かな? なんか、嫌(いや)な予感(よかん)しかしないんだけど」
「いくら何でも、子供(こども)じゃないんだから……」
 みんなは顔を見合わせると、一斉(いっせい)に立ち上がり給湯室(きゅうとうしつ)へ駆(か)け出した。
<つぶやき>若い時には失敗(しっぱい)をしてもいいんです。そこから、学べることがきっとある。
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T:0157「お散歩」
 私は、よくお散歩(さんぽ)に出かける。それも家の近くを歩くんだ。遠くへ行かないぶんお金もかからないし、気分転換(きぶんてんかん)や運動(うんどう)にもなってしまう。
 近所といっても、まだまだ知らない所がいっぱいある。歩いていると、通ったことのない道や路地(ろじ)が私に誘(さそ)いかけてくる。こっちへおいで、この先(さき)にはいいことが待ってるよって。私は、ついついその誘惑(ゆうわく)に負(ま)けて、フラフラと入り込んでしまう。その結果(けっか)として、プチ迷子(まいご)になってしまうのだ。
 でも、思わぬ発見(はっけん)や出会(であ)いがあることも確(たし)かだ。この間なんか、いつもうちの庭(にわ)に遊(あそ)びに来ている猫(ねこ)に出くわした。
「この子ったら、こんなところまで来ていたんだ。もしかしたら、このあたりのボス猫かもしれないわ」うちの猫でもないのに、何だか誇(ほこ)らしく思えてしまう。
「今度来たとき、何かご褒美(ほうび)をあげなくちゃ」
 散歩の途中(とちゅう)で、私はいろんな空想(くうそう)をめぐらせる。道端(みちばた)に咲(さ)いた小さな花や、古(ふる)そうな家やへんてこな建物(たてもの)。青い空に白い雲(くも)が浮かんでいたら言うことはない。私は想像(そうぞう)の翼(つばさ)をひろげて、空(そら)高く飛び立つことだってできるんだ。そして、いろんな登場人物(とうじょうじんぶつ)がはちゃめちゃに飛び回って…。ひとりでクスッと笑ってしまう。
 もし誰(だれ)かに見られたら、変な人って思われてしまうかもしれない。でも、私はそんなこと気にしない。だって、これが私の楽しみなんだから。
<つぶやき>誰しも、何かしら楽しみはあるもの。それは、人生を豊(ゆた)かにしてくれるかも。
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T:0156「小指娘」
 小さな身体(からだ)の私(わたし)は、恋(こい)をするのも命(いのち)がけ。彼に近づくときは、大声で叫(さけ)ばないと踏(ふ)みつぶされてしまう。それに、彼の指(ゆび)で頭をナデナデされるときは、気をつけないと骨折(こっせつ)してしまうかも。キスのときなんか、鼻息(はないき)で飛(と)ばされそうになったり、下手(へた)をすると呑(の)み込まれてしまうかもしれない。
 それでも、こんな小さな私なのに、彼はとっても優(やさ)しくしてくれる。私のことを助(たす)けてくれるの。この間も、猫(ねこ)に襲(おそ)われそうになったとき、彼が飛んできて追(お)っ払ってくれた。私も、彼のために何かしてあげたい。でも、私に何ができるんだろう。
 彼のためにお料理(りょうり)を作っても、彼の一口分にもならないし。部屋のお掃除(そうじ)をしても、鉛筆(えんぴつ)一本動かすのもままならない。彼は言うのよ。私がそばにいるだけで良いって。でも、私は彼のために何かしてあげたい。もし、私の身体が普通(ふつう)の大きさだったら、何でもしてあげられるのに。彼のことを見ているだけしかできないなんて…。
 もしかすると、彼のこと好きになっちゃいけないのかもしれない。私といるより、普通の女の子と付き合った方が、彼は幸(しあわ)せになれるはずよ。彼にそう言うと、彼は何も言わずに出て行った。私は、何だが心が震(ふる)えた。もうこれで…。
 でも、彼が戻(もど)ってきたとき、その手にはしわくちゃの婚姻届(こんいんとどけ)が握(にぎ)られていた。
<つぶやき>好きな人を一途(いちず)に思い続けることができたら。そんな恋をしてみたいです。
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T:0155「恋の巡り合わせ」
 私の恋愛(れんあい)は、いつも突然(とつぜん)終わってしまう。なぜだかわからないけど、彼と突然連絡(れんらく)が取れなくなって――。そんなことが何度かあったので、もう恋なんかよそうって思っていた。でも、そんな私にまた恋が巡(めぐ)ってきた。今度(こんど)は、彼の方から好きだって告白(こくはく)されて…。今までに、こういう展開(てんかい)は始めてかもしれない。
 彼とのデートはとっても楽しくて、毎日わくわくしていた。でも、楽しければ楽しいほど、私の心には不安(ふあん)が広がって…。また、いなくなってしまうんじゃないかって。
 ――彼とつき合い始めて一ヵ月ほどたった時。彼が、待ち合わせの時間になっても現れなかった。私、嫌(いや)な予感(よかん)がしたわ。すぐに彼のスマホに電話をしたけど、つながらなかった。私、必死(ひっし)に考えたわ。彼に嫌われるようなことしなかったかって。でも、何も思いつかなくて…。
 私は待ったわ。待って、待って…。でも悪いことは重(かさ)なるもので、雨まで降(ふ)り出してきて。私は気が滅入(めい)るばかり。そんな時よ。遠くから私の名前を呼ぶ声がして。――彼よ。彼が、雨に濡(ぬ)れながら走っていた。私は、涙(なみだ)があふれそうになるのをグッとこらえたわ。
「ごめんね。乗ってた電車が故障(こしょう)しちゃて。で、バスに乗りかえたんだけど、ぜんぜん違う方向へ行っちゃって」彼は申し訳なさそうに言った。「でもね、いいの見つけちゃった」
 彼はポケットからガラス細工(ざいく)の小さな動物(どうぶつ)を私に見せて、「ほら、君にそっくりだろ」
 これって、どう見てもタヌキだよね。私、喜(よろこ)んで良いのかな? 微妙(びみょう)なんだけど…。
<つぶやき>誰しもいろんな恋の巡り合わせはあるもの。それをつかめるかどうかだけ。
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T:0154「愛の砂漠」
 あるところに二人の女がいた。彼女たちは、ひたすら待ち続けていた。
「いつになったら来てくれるのよ? もう、ずいぶん待ったけど、誰(だれ)も来ないじゃない」
「なに弱音(よわね)をはいてるの。そう簡単(かんたん)に会えるはずないじゃない。ここは辛抱(しんぼう)よ」
「でも…。あたし、誰を待っているのかも忘(わす)れちゃったわ」
「私たちが待ってるのはスーパーマンよ。私たちを救(すく)ってくれる」
「えっ、そうなの? なんか、違(ちが)うような気もするけど…」
「忘れちゃダメよ。私たちは、この愛の砂漠(さばく)から救い出してくれるヒーローを待ってるんだから」
「ヒーローって、大げさすぎない? 山田(やまだ)くんとか、斉藤(さいとう)さんでいいじゃない」
「そんな手軽(てがる)なバーゲン品(ひん)でいいわけ。私たちは、そんなんじゃ納得(なっとく)できないはずよ」
「でも、あたしはそれでもいいかなって…。ほら、バーゲン品でもいいのあるじゃん」
「それじゃダメよ。これは、一生(いっしょう)の問題(もんだい)よ。選択(せんたく)を誤(あやま)ったら、取り返しがつかないの」
「それは分かるけど…。手近(てぢか)なところで手を打つのも、ありかなって…」
「あなた、まさか…。なに舞(まい)い上がってるの。あんな男に告白(こくはく)されたぐらいで」
「そうじゃないよ。そうじゃないけど、あの人も悪(わる)い人じゃないと思うわ」
「そうだけど。あの顔よ。出世(しゅっせ)なんか望(のぞ)めないわよ」
<つぶやき>これは誰かさんの心の声かもしれません。良き人生の選択をされますように。
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T:0153「ホームパーティー」
 会社の先輩(せんぱい)からホームパーティーに誘(さそ)われた。会社に入って間(ま)もない僕(ぼく)は、他の社員(しゃいん)の方と親(した)しくなれるかと思い参加(さんか)した。でも、これが厄(わざわい)の始まりになるとは――。
 僕は先輩の部屋に入って驚(おどろ)いた。美味(おい)しそうな手料理(てりょうり)が並(なら)び、室内(しつない)も奇麗(きれい)に飾(かざ)り付けされていた。僕のほかには誰(だれ)もいないようで、まさか一人で用意(ようい)したんじゃないよね。
「今日はありがとうね」先輩は嬉(うれ)しそうに、「食べようか。あたし、お腹(なか)すいちゃった」
「でも、まだ他の人が…」
「誰も来ないわよ。招待(しょうたい)したのは、あなただけだから」
 先輩は僕が戸惑(とまど)っているのを見て、「心配(しんぱい)しなくてもいいわよ。取(と)って食(く)おうなんて思ってないから。あたし、肉食系(にくしょくけい)女子じゃないから」
 僕は何て答(こた)えたらいいのか分からず、「今日は…、何のパーティなんですか?」
「あーぁ。あたしも、とうとう大台(おおだい)に乗っちゃって。一人じゃ寂(さび)しいじゃない」
 えっ、先輩の誕生日(たんじょうび)だったんだ。でも大台って? 先輩、いくつになったのかな? 先輩の私生活(しせいかつ)なんて、まったく分からないし。そもそも、先輩って結婚(けっこん)してたんじゃ? 指輪(ゆびわ)とかしてなかったかな? 僕の頭はぐるぐる回る。
 ここは、冷静(れいせい)に対処(たいしょ)しなくてはいけない。まず、年齢(ねんれい)のことにふれるのは絶対(ぜったい)にさけた方がいい。僕にだって、それくらいの空気(くうき)は読(よ)める。でも、これからどうすれば…。
<つぶやき>女性の真意(しんい)を計(はか)るのはとても難(むずか)しいかも。でも、あまり読みすぎるのも…。
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T:0152「リセットの呪文」
 僕(ぼく)はどんな失敗(しっぱい)もたちどころにリセットしてしまう、特別(とくべつ)な呪文(じゅもん)を知っている。今まで、これを使って社会(しゃかい)の荒波(あらなみ)を幾度(いくど)も乗り越(こ)えてきた。例(たと)えば、僕のミスで会社に損害(そんがい)を与(あた)えた時も、リストラ対象(たいしょう)にされた時もこの呪文は役(やく)に立った。
 僕がどうしてそんな呪文を知っているかって――。そんなこと教えられるわけないじゃないか。それを教えてしまったら、呪文の効果(こうか)が無(な)くなってしまうだろ。僕は特別な人間なんだ。この呪文を使って、会社の頂点(ちょうてん)に立ってやるんだ。
 ある日、家に帰ってみると妻(つま)の機嫌(きげん)が悪(わる)かった。僕を見るなり口をとがらせて、
「早く帰って来るって、言ったよね」
「うるさいな。こっちは仕事(しごと)なんだよ。仕方(しかた)ないだろ」
「今日が何の日か忘(わす)れちゃったの? 今日は、私たちの結婚記念日(けっこんきねんび)よ!」
 僕は、完全(かんぜん)に忘れていた。けど大(だい)の男が、いちいちそんなこと覚(おぼ)えてるわけないだろ。こうなったら、あの呪文を使うしかない。僕は叫(さけ)んだ。「イサナン、メゴニトンホー!」
 彼女は口を開(あ)けたまま動けなくなった。これですべてリセット。なかったことに…。
 でも、すぐに彼女は叫んだ。「イナゲ、アテシルユー!」
 次の瞬間(しゅんかん)、僕は彼女の前で土下座(どげざ)をしていた。まさか、妻には効果が無いなんて…。
<つぶやき>そんな便利(べんり)な呪文があったら、何度でも使ってしまいます。乱発(らんぱつ)に注意(ちゅうい)です。
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T:0151「おそろい」
 私には片思(かたおも)いの彼がいる。同じクラスで、しかも隣(となり)の席(せき)。これってすごいよね。振(ふ)り向けば彼がいるんだよ。授業(じゅぎょう)に身(み)が入らないのも分かるでしょ。
 今、私は彼の持ち物をチェックしている。彼と同じものを探(さが)しては、買い集(あつ)めてるんだ。ノートや筆入(ふでい)れ、消(け)しゴムやシャーペンなどなど…。もうずいぶん集めちゃった。でもね、学校(がっこう)へは持って行かないの。そんなことしたら、友だちになんて言われるか。
 私が彼のこと好(す)きなのは誰(だれ)も知らないんだ。私は片思いでいいの。もし、私から告白(こくはく)して、断(ことわ)られたら最悪(さいあく)じゃない。だから、彼とおそろいのもので充分満足(じゅうぶんまんぞく)してる。
 でもね、この間…。私、間違(まちが)えて彼とおそろいの筆入れをカバンに入れちゃって。授業で使うわけにいかないじゃない。だって、中に入ってるの全部(ぜんぶ)おそろいなのよ。絶対(ぜったい)にまわりの子から訊(き)かれちゃうわ。どうして一緒(いっしょ)なのって…。
 その時よ。私が困(こま)った顔してると、彼が声をかけてくれたの。いつもは、おしゃべりなんかあんまりしないのに。それで、それでよ。彼、貸(か)してくれたの。彼がいつも使ってるシャーペンを。私、手が震(ふる)えちゃった。だって、彼のものに触(ふ)れるなんて――。
 これは、きっとチャンスよ。私の頭の中で、そんな声が聞こえた。告白のコールが鳴(な)り響(ひび)いてる。でも、いきなり告白は無理(むり)よ。絶対無理。まずは、少しずつ…。そう、たわいのないおしゃべりから始めるの。でも――、私の趣味(しゅみ)を彼に知られたら、どうしようぅ…。
<つぶやき>告白には勇気(ゆうき)が必要(ひつよう)。でも、ちょっとしたきっかけがあれば踏(ふ)み出せるかも。
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T:0150「超人サプリ」
「さあ、いよいよ我々(われわれ)の研究(けんきゅう)も最終段階(さいしゅうだんかい)に入った」
 等々力(とどろき)教授は感慨深(かんがいぶか)げに言った。「これから人体実験(じんたいじっけん)を始めようと思う」
「でも…、誰(だれ)が実験台(じっけんだい)に…」助手(じょしゅ)の立花(たちばな)は不安(ふあん)な面持(おもも)ちで訊(き)いた。
「それはもちろん、君しかいないじゃないか。この研究を外部(がいぶ)にもらすわけにはいかん」
「でも、僕(ぼく)なんかじゃ。お役(やく)に立ちそうも…」
「何を言ってるんだ。前回(ぜんかい)のパワースーツは問題(もんだい)があったが、今度のはただ飲(の)み込めばいいだけだ。この小さな錠剤(じょうざい)をな。そうするだけで超人(ちょうじん)に変身(へんしん)できるんだ」
 教授(きょうじゅ)は尻込(しりご)みしている助手に薬(くすり)を手渡(てわた)し、
「いいか、どんな超人になりたいか、強く念(ねん)じるんだ。そして、これを飲み込む」
 助手は祈(いの)るような思いで錠剤を飲み込んだ。教授は目を大きく見開き、助手を見つめる。だが、いくら待っても何の変化(へんか)もしなかった。教授は訊いた。
「立花君。君はいったい、どんな超人になりたかったんだ?」
「それは、ちょっと言えません。でも、実験は成功(せいこう)したんじゃないかと…」
「どこが成功なんだ! 何も変わってやしないじゃないか」
「変わらなかったから成功なんです。だって…、変わるなって、念じてましたから」
<つぶやき>こりない教授の実験はいつまで続くのでしょう。果(は)たして、助手の運命(うんめい)は?
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T:0149「神頼み」
 茜(あかね)は何かにつけて、近くの神社(じんじゃ)へお参(まい)りを欠(か)かさない。初詣(はつもうで)はもちろんのこと、高校や大学の入試(にゅうし)の前にも必(かなら)ずお参りをした。そのおかげかどうか、今までの願いはすべて叶(かな)えられてきた。今日も朝早くから、社殿(しゃでん)の前で熱心(ねっしん)に手を合わせる茜の姿(すがた)があった。
「神様、今日、神谷(かみや)先輩に告白(こくはく)をします。私の、人生(じんせい)初の告白です。どうか、先輩(せんぱい)と付き合うことができますように。お願いします」
 彼女は深々(ふかぶか)と頭を下げると社殿をあとにした。これだけ念入(ねんい)りにお参りをして、お賽銭(さいせん)だっていつもより奮発(ふんぱつ)した。これできっと願いはとどくはず。茜の心に、そんな確信(かくしん)が芽生(めば)えていた。これで先輩の前でも、ためらうことは絶対(ぜったい)にないわ。
 茜が参道(さんどう)を歩いていると、一人の老人(ろうじん)が彼女に会釈(えしやく)をした。茜も、たまに見かける人なので頭を下げる。いつもならそれだけなのに、今日は老人の方から話しかけてきた。
「いつもお参りをしてくれる感心(かんしん)な子じゃのう。だがな、今回ばかりは無理(むり)じゃ。なんせ、ここは五穀豊穣(ごこくほうじよう)、学業成就(がくぎょうじょうじゅ)、交通安全(こうつうあんぜん)が専門(せんもん)じゃからのう」
「はい…」茜はあいまいに返事(へんじ)を返す。
 老人は、「恋愛(れんあい)については、縁結(えんむす)びの神(かみ)さんへ行ってくれんか」
 老人はそのまま社殿の方へ歩いて行った。茜も、「変な人…」って思いながら歩き出す。でも、気になって彼女は後ろを振(ふ)り返った。すると、もうそこには老人の姿はなかった。
<つぶやき>神頼(かみだの)みでもいいんです。そうすることで、勇気(ゆうき)や自信(じしん)がわいてくるかもね。
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T:0148「鷺(さぎ)の恩返し」
 ある日のこと。一人暮(ひとりぐ)らしのむさい男の部屋(へや)に、まっ白なワンピースに黄色い靴(くつ)を履(は)いた若い女が訪(たず)ねてきた。すらりと伸(の)びた足に均整(きんせい)のとれた体(からだ)つき、まだ幼(おさな)さが残(のこ)る顔だちは可憐(かれん)な花のようである。少女は男に言った。
「なにか困(こま)ってることはありませんか?」
「えっ?」男が驚(おどろ)くのも無理(むり)はない。彼がこんな美少女(びしょうじょ)と出会(であ)える機会(きかい)は皆無(かいむ)である。
「あたし…」少女はうつむき加減(かげん)で言った。「あなたのこと、助(たす)けたいんです」
「あの、どなたですか?」男はにやついた顔で彼女を見た。こんな娘(こ)と話せるなんて…。
「あたしのこと、覚(おぼ)えてませんか?」少女は寂(さび)しげな顔をみせたが、「そうですよね。あたし、こんな姿(すがた)だから…」
「いや…」男は必死(ひっし)に思い出そうとした。こんな可愛(かわい)い娘と会って忘(わす)れるはずがない。
「でも、いいんです」少女は愛くるしい笑顔で言った。「覚えてなくて当然(とうぜん)ですから」
「でも…。ごめんなさい」男はまったく思い出せない。「どこで会いました?」
「あの…、あたし、何でもしますから。恩返(おんがえ)ししたいんです」
「何でもって? それは、あの…」男の妄想(もうそう)は広がりつづける。
「とりあえず、欲(ほ)しいものを言ってください。すぐに買って来ますから」
 そう言って、少女は愛(あい)らしい手を差(さ)し出した。
<つぶやき>男性のみなさん。知らない美少女に話しかけられても、ついて行かないで。
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T:0147「したがる夫」
 あたしの夫(おっと)はしたがりのところがある。会社(かいしゃ)の若(わか)い女子社員たちが、「家事(かじ)をする男子っていいよね」と話しているのを聞いてしまって…。俺(おれ)も実(じつ)はやってるんだと言いたくなっちゃったようで…。でも、実際(じっさい)にやっていないと話しにならないので、家で突然(とつぜん)ガチャガチャとやり始めた。
 別(べつ)にいいのよ。ちゃんとやってくれるんだったら、あたしもその方が助(たす)かるし。でも、彼のやり方は雑(ざつ)すぎて――。掃除(そうじ)をすれば部屋の中はめちゃくちゃになるし、勝手(かって)に洗濯(せんたく)をしてあたしのお気に入りの洋服(ようふく)をダメにしちゃうし…。言いたいことはいっぱいあるのよ。でも、彼のやる気を考(かんが)えて、あたしは優(やさ)しく、あくまでも優しくアドバイスをしてあげるの。なのに彼ったら、ぜんぜんあたしの話を聞こうともしない。
 昨夜(ゆうべ)だってそうよ。後輩(こうはい)が弁当(べんとう)男子になって女子社員の注目(ちゅうもく)を集(あつ)めたからって、明日から俺も弁当男子になるって宣言(せんげん)しなくても――。あたしはイヤな予感(よかん)がしたわ。
 今朝(けさ)、いつもの時間に目覚(めざ)めると、彼の姿(すがた)はベッドになかった。あたしは胸騒(むなさわ)ぎがして台所(だいどころ)に急(いそ)いだわ。そしたら、もうぐちゃぐちゃで…。あたしの予想(よそう)をはるかにこえた惨状(さんじょう)になっていた。なのに、彼ったらこう言うのよ。
「何か簡単(かんたん)なのでいいから、弁当のおかず作ってくれないか」
 あたしは、あいた口がふさがらなかったわ。いったい何を作ろうとして、こんな状態(じょうたい)になったのよ。あたしは訊(き)きたいのをグッとこらえた。
<つぶやき>彼も悪気(わるぎ)はないんです。忍耐強(にんたいづよ)く、あきらめないで指導(しどう)していきましょう。
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T:0146「何げないひとこと」
「ちょっと太(ふと)ったんじゃない?」
 彼のこの不意打(ふいう)ちのひとことで、何の準備(じゅんび)も予想(よそう)もしていなかった私は言葉(ことば)を失(うしな)った。でも、ここで何か言っておかないと、認(みと)めてしまうってことになりかねない。
「そんなことないわよ」私は笑(わら)いながら答えた。でも、顔は引きつっていたかも…。
 ――絶対(ぜったい)違う。絶対違(ちが)うわよ。私は家に帰るまで、この言葉を呪文(じゅもん)のように唱(とな)えていた。家に帰ると、さっそく鏡(かがみ)の前に立ってみた。そこには、いつもと変わらない私が映(うつ)っている。ためしに、服(ふく)をまくり上げてお腹を出してみる。
「ほら、ぜんぜんじゃない。いつもと変わらないわ」
 私は、ホッと胸(むね)をなで下ろした。ふと、体重計(たいじゅうけい)が目に入った。そういえば、最近計(はか)ってなかったわ。私は、体重計に乗(の)ってみようと思いついた。でも…。
「そこまでしなくても――別にいいよね。大丈夫(だいじょうぶ)なんだから…」
 私は自分に甘(あま)いところがある。でも、今回はそれでは済(す)まされない。彼に太っているって思われたのは事実(じじつ)なんだから。私は目をつぶって体重計の上に…。そして、思い切って目を開ける。あーっ――。
「ぜんぜん大丈夫じゃない。あーっ、よかったーぁ」
<つぶやき>女の子は、ちょっとしたことで心を乱(みだ)してしまう。繊細(せんさい)な生き物なのです。
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T:0145「賞味期限」
 あたしが立てた人生設計(じんせいせっけい)は完璧(かんぺき)なものだった。志望校(しぼうこう)には一発合格(いっぱつごうかく)、一流企業(いちりゅうきぎょう)にだって就職(しゅうしょく)できた。それもこれも、自分(じぶん)の立てた目標(もくひょう)を忘(わす)れずに、人並(ひとな)み以上(いじょう)の努力(どりょく)を重ねたからだ。でも結婚(けっこん)に関(かん)しては、努力が報(むく)われるとは限(かぎ)らない。
 あたしは三十を目前(もくぜん)にしていた。予定(よてい)では、すでに子供を産(う)んでいるはずなのに…。結婚に向けて習(なら)いごともしたし、家事(かじ)だって完璧にこなす自信(じしん)もある。なのに、この人はって思っても、売約済(ばいやくず)みか既婚者(きこんしゃ)ばかり。あたしは高望(たかのぞ)みなんてしてないわ。ごく普通(ふつう)に優(やさ)しくて、普通に真面目(まじめ)で、普通に稼(かせ)いでくれる人でいいの。なのに、何でいないのよ。
 そんな時だった。両親(りょうしん)からお見合(みあ)いの話がもたらされた。お相手(あいて)は申(もう)し分のない人で、それにあたしより二つ年下(としした)。こんな話に飛(と)びつかないなんて、馬鹿(ばか)よ。あたしには時間がないの。リミットは目前にせまっていた。
 見合いの当日。あたしは、朝から妙(みょう)な緊張(きんちょう)に包(つつ)まれていた。じっとしていられなくて、やけに喉(のど)が渇(かわ)くの。見合いの席(せき)につくときも、足が震(ふる)えてつまずきそうになってしまった。座ってからも相手の話なんか耳に入らなくて、ずっと彼の顔を見つめたまま――。きっとあたし、マヌケな顔をしていたかもしれない。最悪(さいあく)なのは、あたしの最初のひとこと。
「結婚してください!」
 この瞬間(しゅんかん)、あたしは、完璧な人生設計が崩(くず)れていく音を聞いた。
<つぶやき>人生はまだまだ長い。この先、きっと良いことが待っているかもしれません。
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T:0144「恋の道しるべ」
 僕(ぼく)は古本屋(ふるほんや)で買った本の中に手書(てが)きの地図(ちず)を見つけた。たまたま遊(あそ)びに来ていた友人たちにその地図を見せると、宝(たから)の地図じゃないのかと盛(も)り上がった。
「――探そうって言ったて、地名(ちめい)とか書いてないからなぁ。どこの地図か分かんないだろ」
「でも、これ橋(はし)の名前(なまえ)だよな。富士見橋(ふじみばし)って書いてあるぞ」
 みんなはおでこをぶつけるように、地図に見入(みい)った。一人が言った。
「俺(おれ)、知ってるぞ。家の近くにある小さな橋、富士見橋って言うんだって」
 みんなはいっせいに彼を見る。彼は、「ばあちゃんから聞いたんだけど…」
「なあ、この下手(へた)な絵、お地蔵(じぞう)さんだよな」また、みんなは地図に集中(しゅうちゅう)する。
 一人が叫(さけ)んだ。「これって、ほら、あそこの角(かど)にある、あのお地蔵さんじゃないのか」
 みんなは色めき立った。そして、大騒(おおさわ)ぎしながら地図の道(みち)を目印(めじるし)へたどっていった。
 その時、「うるさいぞ」っておじいちゃんがやって来て、地図を見て言った。「これは…」
「おじいちゃん、知ってるの?」僕はうわずった声で、「この古本に挟(はさ)んであったんだ」
「この本は、わしが先週(せんしゅう)、売(う)ったやつだ。こんなとこにあったんだ。これはな、わしが死んだ婆(ばあ)さんに渡(わた)そうと思ってな。婆さんとは一目惚(ひとめぼ)れで、最初(さいしょ)は話もできんかった。だから、わしはここに住んでるって、婆さんに教えたくてな。でも、結局(けっきょく)渡せんかったがなぁ」
<つぶやき>恋する思いを伝えるのは大変なんです。今も昔も、それは変わらないのかも。
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T:0143「直球娘」
 私は、何でも白黒(しろくろ)はっきりさせないと気がすまない性格(せいかく)だ。いつまでもグズグズと何も決められない人を見ていると、身体(からだ)がムズムズして口を出さずにはいられなくなる。おかげで、私の友だちはごくわずか…。でも、私はまったく気にしない。これが私なんだから。
 そんな私が、不覚(ふかく)にも恋をした。それも一目惚(ひとめぼ)れという、私の中で想像(そうぞう)すら出来(でき)ない状況(じょうきょう)におちいった。彼の前に出ると、いつもの私ではいられなくなってしまうのだ。
 私は、この心のザワザワを解消(かいしょう)すべく、彼に告白(こくはく)することにした。私は彼が現(あらわ)れるのを待(ま)った。彼の行動(こうどう)は把握(はあく)している。もうすぐ来てくれるはずだ。
 いつもの時刻(じこく)にドアが開き、彼がその姿(すがた)を現した。彼はいつもの席(せき)に座(すわ)り、私がそばに行くのを待っている。私は彼の前に水の入ったコップを置(お)く。彼はそこで言うのだ。
「ホットとモンブラン」何のためらいもなく、潔(いさぎよ)いその声に私はうっとりとしてしまう。
 いけないわ。ここよ、ここで言わないと。もうひとりの私が命令(めいれい)する。
「私と付き合って下さい」――言えた、言えたわよ、私。
 私は期待(きたい)を込(こ)めて彼を見つめる。彼はキョトンとして、「えっ、なに?」
「好きだって言ってるのよ。付き合うのか、付き合わないのかハッキリしろよ!」
 次の瞬間(しゅんかん)、私は後悔(こうかい)と恥(は)ずかしさで、顔をまっ赤にして逃(に)げ出した。私のほろ苦(にが)い恋の話――。どういうわけか、その彼は、私の横(よこ)で気持ちよさそうに寝息(ねいき)をたてている。
<つぶやき>彼女の信念(しんねん)はどんな時でも揺(ゆ)らがない。彼はそこに惚(ほ)れたのかもしれません。
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T:0142「保険の人」
 私は父と二人暮(ぐ)らし。母はずいぶん前に亡(な)くなっている。だからってこともないけど、結婚(けっこん)したいって気にはならなかった。そんな私も、年頃(としごろ)を過(す)ぎてやっと結婚を決めた。
 これを機(き)に、私は父を旅行(りょこう)に誘(さそ)った。父への感謝(かんしゃ)も込めて、二人で楽しい思い出を作ろうと思ったの。でも、父にはちょっと変な癖(くせ)があって、何にでも保険(ほけん)をかけたがるんだ。
 父はすぐに旅行の準備(じゅんび)をはじめた。旅先(たびさき)の地図(ちず)とコンパス。寝袋(ねぶくろ)に大量(たいりょう)の非常食(ひじょうしょく)、それに薬(くすり)の数々。私は唖然(あぜん)とした。一泊(ぱく)二日の温泉(おんせん)旅行なのに、何でこんなに…。父は、旅先は何が起こるかわからんって言って。私は即座(そくざ)に却下(きゃっか)したけど。旅館(りょかん)に着いてからも大変だった。旅の雰囲気(ふんいき)を味(あじ)わうどころじゃないわ。やっと落ち着けたのは食事(しょくじ)のとき。
 父はビールを飲みながら、ぽつりと言った。「本当(ほんとう)に、あの男でいいのか?」
 父は結婚について反対(はんたい)はしなかったので、まさか今になってそんなこと言うなんて。
「ちゃんと、保険はかけてあるんだろうな?」
「保険って…」私はそのままの言葉を受け取って答えた。
「まだ、そんなのいいわよ」
「よくない。ちゃんと彼の代わりを用意(ようい)しておかないと。もし、あの男とダメになっても、キープの男がいれば安心(あんしん)じゃないか」
「そ、そんなのいないわよ。お父さんだって、お母さんのことずっと好きだったんでしょ」
「ああ、ずっと好きだったぞ。でも、お母さんは保険の方だったんだがな」
<つぶやき>娘として、こんな父親どうなんでしょ。でも、きっと良い父親だったのかな。
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T:0141「自己中娘」
 私にはちょっと変わった友だちがいる。まわりを意識(いしき)しすぎるというか、一緒(いっしょ)にいるととっても疲(つか)れてしまうの。この間(あいだ)も、待ち合わせのオープンカフェで…。
「ねえ、さっきからあの人、あたしをずっと見てるわ」
 私がそっちを見ようとすると、彼女はそれを止めて、
「見ちゃダメよ。こっちが気にしてるって分かったら大変(たいへん)よ」
「でも、それって気のせいよ。きっと…」
「彼だけじゃないわ。ほら、あの人も、こっちの人も、外(そと)を歩いてる人だって、みんなあたしのことジロジロ見つめて…。美(うつく)しすぎるって、ほんと罪(つみ)よね」
 確(たし)かに、彼女は私よりは奇麗(きれい)よ。それは認(みと)めるわ。でも、世の中の男がすべてあなたを見てるわけじゃないわ。私はあきれてしまって、紅茶(こうちゃ)をひとくち口にする。そして、彼女に目を戻(もど)すと…。彼女はしきりに手を振(ふ)っていた。
「なにしてるの?」私は当然(とうぜん)の反応(はんのう)として彼女に訊(き)いた。
「おかしいの…。あそこにいる人、私のこと見ようともしないのよ」
 彼女の目線(めせん)の先(さき)には若い男性。見ないのは当然(とうぜん)よ。だって、本(ほん)を読んでるんだから。
「あの人、どうかしてるわ。ねえ、ちょっと行ってきて。さり気なく、あたしの方を振り向かせるの。だって、本なんかより、あたしの方がずっと見る価値(かち)があるでしょ」
<つぶやき>こんな困(こま)った娘(こ)いるんでしょうか。でも、自分を美しく見せるのは大切(たいせつ)です。
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T:0140「妻の手料理」
「どう? 美味(おい)しくない?」妻(つま)のこの一言(ひとこと)で、私は身震(みぶる)いした。この言葉(ことば)の裏(うら)には、間違(まちが)いなく〈美味しいでしょ。美味しいって言って。美味しいはずよ〉という、彼女の願望(がんぼう)というか、熱望(ねつぼう)が込められている。
 妻は創作料理(そうさくりょうり)とか言って、たまにとんでもない料理を作ることがある。それが、ほとんどの確率(かくりつ)で口に出来(でき)るものではないのだ。でも、彼女の方は味(あじ)が分からないのか、美味しいものと思い込んでいるから始末(しまつ)が悪(わる)い。もしここで、私が不味(まず)いと言ったら最後(さいご)、妻は三日は立ち直れなくなってしまう。その落ち込みようといったら、半端(はんぱ)なものではないのだ。それに、ここであいまいな返事(へんじ)をしてしまうと、次の日も、また次の日も、私が美味しいと言わない限(かぎ)り、同じ料理がアレンジを加(くわ)えられて出てくるのだ。
 妻は私が料理にどんな評価(ひょうか)を下すのか、満面(まんめん)の笑顔(えがお)で待っている。私は、これでも男だ。ここでビシッと言わないと。そうは思うのだが、その後のことを考えてしまうと…。
 妻はそんな私のことなどお構(かま)いなしに言うのだ。
「この食材(しょくざい)の組み合わせは、他の人には絶対(ぜったい)に思いつかないと思うの。それに、味付(あじつ)けも斬新(ざんしん)でしょ。きっと、あなたも気に入ってくれると思うわ」
「ああ…、そうだね。とっても美味しいよ。でもね…」
「そうでしょ! そうだと思った。まだ、たくさんあるからね」
<つぶやき>これは難しい問題なのかもしれません。でも、正直(しょうじき)に答えてあげた方が…。
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T:0139「変わりたい」
「もう、つまんない」これがあたしの口癖(くちぐせ)になっていた。
 彼と暮(く)らし始めた頃(ころ)、毎日が楽しくて、こんな日がずーっと続くと思ってた。
「洗濯物(せんたくもの)、たたんどいたよ」彼はいつものようにあたしに微笑(ほほえ)みかける。
 あたしは膨(ふく)れっ面(つら)をして、「やろうと思ってたのに、何で先(さき)にやっちゃうのよ」
「ごめん。でも、ほら、君は忙(いそが)しそうだから…」
「忙しくたって、それくらいやれるわよ。もう、勝手(かって)なことしないで」
「だから、謝(あやま)ってるじゃないか」彼は困(こま)った顔をしてあたしを見つめる。
 これは、いつものちょとした喧嘩(けんか)。すぐに仲直(なかなお)りして、また元通(もとどお)りになるって――。でも、そう思っていたのは、あたしだけだったのかもしれない。彼がどんな気持ちでいるのかなんて、全然(ぜんぜん)考えていなかった。
 彼から突然(とつぜん)別れようって言われたとき、あたしは彼のこと責(せ)めたわ。彼のことがどうしても許(ゆる)せなかった。
 ――彼と別れて、初めて気づいたの。彼はあたしのこと、ちゃんと考えてくれていた。でもあたしは、ずっと彼に甘(あま)えてばかり…。彼は出て行くとき、心配(しんぱい)そうな顔をしてあたしを気づかっていた。なのにあたしは、声をかけるどころか顔を見ようともしなかった。
 今でも、彼のことは好きよ。――あたし、変わりたい。もっといい女になって、彼に会いに行くの。またふられてもいい、嫌(きら)われてもいい。もう一度、告白(こくはく)するんだ。
<つぶやき>不変(ふへん)の愛(あい)はないのかも。あっちこっちぶつかりながら、育(そだ)てていくものです。
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T:0138「隠しごと」
 最近(さいきん)、彼の様子(ようす)がおかしい、と言うかめっちゃくちゃあやしい。明らかに、私のことさけてるし、彼の部屋(へや)に行っても中に入れてくれないの。私、彼のこと、誠実(せいじつ)で嘘(うそ)なんかつかない人だと思ってたのに。こうなったら、浮気(うわき)してるとこを突(つ)き止めてやるわ。
 私は探偵(たんてい)のように彼の会社(かいしゃ)の前に張(は)り付いた。彼は、私とデートしない時は真(ま)っすぐにアパートに帰るはずよ。――思った通り、彼は自分のアパートの方へ歩いて行った。
 私はちょっとホッとした。浮気じゃないかも…。でも次の瞬間(しゅんかん)、彼は脇道(わきみち)へそれて行く。えっ…? どこへ行くのよ。私は、胸(むね)がドキドキしてきた。
 彼は、とあるお店に入った。私は店内(てんない)を覗(のぞ)こうとして、思わずくしゃみが飛(と)び出した。何だか、鼻(はな)がむずむずして。ダメだ、ここってペットショップじゃない。私、猫(ねこ)アレルギーなの。しばらくして、彼は紙袋(かみぶくろ)を手に出てきた。何を買ったのよ? きっと、浮気相手(あいて)は動物好きなんだわ。彼、猫好きだったし…。彼は、そのまま自分のアパートへ向かった。
 もう、こうなったら現場(げんば)を押(お)さえるしかないわ。彼の部屋のドアをノックして…。彼は、私の顔を見て驚(おどろ)いた様子。すかさず私は、彼を押しのけて部屋へ突入(とつにゅう)! だが、そこには女の影(かげ)はなく、私はくしゃみが止まらなくなった。彼は、そんな私を部屋の外へ連(つ)れ出して言った。
「ごめん。友だちが旅行(りょこう)するからって、猫を預(あず)かってて…。それで…」
<つぶやき>隠(かく)しごとはしないようにしましょ。そうしないと、誤解(ごかい)の連鎖(れんさ)が始まります。
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T:0137「逆転の悪夢」
 太郎(たろう)は昨夜(ゆうべ)、些細(ささい)なことで帆波(ほなみ)と口論(こうろん)になった。いつものことなのだが、妻(つま)の愚図(ぐず)なところが我慢(がまん)ならないのだ。イライラしながら眠(ねむ)りについたせいか、太郎は朝目覚(めざ)めても何だか頭が重く、ベッドから起き上がる気にもなれなかった。でも、仕事(しごと)に行かないと…。太郎はベッドから起き上がろうと頑張(がんば)った。その時、寝室(しんしつ)のドアが勢(いきお)いよく開いた。
「いつまで寝(ね)てんのよ! ほんとに愚図なんだから」
 それは、妻の帆波だった。でも、いつものおっとりした様子(ようす)はなく、その目はつり上がり鬼嫁(おによめ)のようだった。帆波は太郎の腕(うで)をつかみ、ベッドから引きずりおろすと言った。
「早く朝食(ちょうしょく)を作りなさい。仕事に遅(おく)れるでしょ!」さらに罵声(ばせい)は続く。「あなたはノロいんだから。いつも言ってるでしょ。何であたしの言うように、早く起きないのよ!」
「おい、帆波。どうしたんだよ。何で…」
「口答(くちごた)えしないで、さっさとやりなさい! ほんと愚図なんだから」
 帆波は夫(おっと)を締(し)め上げた。その力といったら、大(だい)の男でも抵抗(ていこう)できないほどだった。太郎は、苦(くる)しさのあまり手足をばたつかせ、何とか逃(のが)れようと必死(ひっし)でもがいた。
 その時、どこからか天使(てんし)のような声が聞こえた。「あなた…、どうしたの?」
 太郎が目を開けると、妻の顔があった。太郎は大きく息(いき)をついた。帆波は、いつもと変わらない笑顔(えがお)を見せて、「昨夜は、ごめんなさい。ねえ、もう起きないと、会社遅れるよ」
<つぶやき>たまには相手(あいて)の立場(たちば)になって考えてみて。自分がどう見られているのかを。
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T:0136「生き残り大作戦」
 とあるスーパーのバックヤード。従業員(じゅうぎょういん)やパートのおばさんたちが集められていた。彼らを前に、店長(てんちょう)が沈痛(ちんつう)な面持(おもも)ちで話しはじめた。
「近くに新しいスーパーが開店(かいてん)した影響(えいきょう)で、ここ数ヵ月間、売上(うりあげ)は日を増(ま)すごとに下降(かこう)しています。このままでは、最悪(さいあく)の場合、閉店(へいてん)に追(お)いこまれるかもしれません。そこで、みなさんに、お客(きゃく)を集める良いアイデアを考えてもらいたいんです」
 従業員たちも客が減(へ)っていることは気づいていた。しかし、この状況(じょうきょう)を打開(だかい)できるようなアイデアは出そうになかった。そんな時、パートのおばさんが呟(つぶや)いた。
「ここがなくなると困(こま)るわ。だって、新しいとこ、ここより遠(とお)いんだもの」
 この呟きで他のパートのおばさんたちも、重(おも)い口を開きはじめた。
「よそのスーパーでやらないようなことをすれば良いんじゃない。たとえば、ゆるキャラみたいなの作って、バンバン宣伝(せんでん)して、イベントとかやっちゃうのよ」
「イベントやるんだったら、私たちでAKB48みたいなアイドルグループを作ろうよ」
「そんなの無理(むり)でしょ。それより、託児所(たくじしょ)とかあれば良いんじゃない。ついでに買い物もできて、若(わか)い奥(おく)さんには大助(おおだす)かりよ」
 この後(あと)も会議(かいぎ)は白熱(はくねつ)した。いつの間にか、みんなの顔に笑顔がこぼれていた。
<つぶやき>パートのおばさん目線(めせん)は、参考(さんこう)になるかもしれません。主婦(しゅふ)のプロですから。
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T:0135「あぶない贈り物」
「お姉(ねえ)ちゃん、何やってたの」杏(あん)はじれったそうに帰ったばかりの美鈴(みすず)の手を引っぱった。
 美鈴は靴(くつ)を脱(ぬ)ぐのもそこそこに、居間(いま)へ押(お)し込まれてしまった。そこで杏は少し怯(おび)えたような感じで、居間の中央(ちゅうおう)に置かれた小包(こづつみ)を指(ゆび)さして言った。
「ほら…、それ」
「何なのよ」美鈴はその小包を手に取って、「誰(だれ)からきたの?」
「小林(こばやし)の叔父(おじ)さんよ。ほら、世界中を放浪(ほうろう)してる」
「えっ!」美鈴は思わず手に持った小包を落としそうになった。「う、嘘(うそ)でしょ…」
 美鈴は危険物(きけんぶつ)を扱(あつか)うように、持っていた小包をそっと畳(たたみ)の上に置くと、ゆっくり後退(あとずさ)った。そして、妹(いもうと)と顔を見合わせて訊(き)いた。
「ねえ、お母さんにきたんだよね。私じゃないよね」
「あたし、ちゃんと見たよ。お姉ちゃんの名前になってた」
「何で! 私、いらないよ。あんたにあげるから…、好(す)きにしていいよ」
「いらないわよ。あたし、去年(きょねん)もらったし。それで充分(じゅうぶん)。もう、思い出したくもないわ」
「そんなこと言わないで。お姉ちゃんの言うこと聞けないの!」
「いやよ。お姉ちゃんにきたんだから」杏は美鈴の背中(せなか)を押しやり、「早く開けなさいよ」
「そんな…」美鈴は恐(おそ)る恐る近づくが、途中(とちゅう)で足がすくんでしまい引き返してしまった。
「ねえ、お母さんが帰ってきてからにしない? そうしようよ、ねっ」
<つぶやき>とんでもない珍(めずら)しいものが入っているかも。何が入っているのか興味津々(きょうみしんしん)。
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T:0134「真実は闇の中」
 お休みの朝。蘭子(らんこ)はコーヒーを飲みながら、今日は何をしようかと思いをめぐらせていた。そんな時、玄関(げんかん)のチャイムが鳴(な)り、良枝(よしえ)が尋(たず)ねてきた。良枝はドアを開けるなり、蘭子に平手打(ひらてう)ちをくらわせて言った。「どういうつもりよ! ひとの旦那(だんな)に手を出すなんて」
 蘭子は向かってくる良枝を何とか押(お)さえつけて、なだめるように言った。
「ねえ、落ち着いてよ。何のことか、あたしには分からないわ」
「とぼけても無駄(むだ)よ。ちゃんと、うちの人が白状(はくじょう)したんだから」
「ほんとに知らないわよ。あたしがそんなことするわけないでしょ」
 蘭子は良枝を突(つ)き飛ばした。良枝は悔(くや)しさが込み上げてきて、その場で泣き崩(くず)れた。
「言っとくけど、あたし、あなたの旦那に興味(きょうみ)なんかないわよ。何であたしが…」
「言ったのよ、寝言(ねごと)で。蘭子、蘭子って…」良枝は絞(しぼ)り出すように言った。
「寝言って何よ。そんなんで、あたしのこと浮気相手(うわきあいて)って思ったの?」
「違(ちが)うわよ。今朝、旦那を問(と)い詰(つ)めたら、付き合ってるって言ったの」
「それは…、あたしじゃないわ。ねえ、あなたたちを引き合わせたのはあたしよ」
 蘭子は良枝を優(やさ)しく抱(だ)き寄せて、ささやいた。「あたしは、あなたの味方(みかた)よ。信じて」
 蘭子の顔はあくまでも穏(おだ)やかだが、口元(くちもと)がわずかに微笑(ほほえ)んでいるようだった。
<つぶやき>人の気持ちは誰にも分かりません。本人でも、気づかないことありますから。
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T:0133「恋に悩む」
 大学生(だいがくせい)になった私は、いくつもの恋(こい)を経験(けいけん)し…。と言っても、楽しいのは最初(さいしょ)のうちだけで、いつも彼の方から別れを宣告(せんこく)されていた。今度もまた――。
「またなの?」佑希(ゆうき)はあきれた顔でつぶやいた。
「だって…。ねえ、どうしてかな? 私って、そんなにイヤな女?」
「まあ、そうなんじゃないの。ほら、あれよ。ミキは世話(せわ)をやきすぎるのよ」
「だって、喜(よろこ)んでくれたから。だから私…」
「そりゃ、付き合い始めはそうかもしれないけど。限度(げんど)があるでしょ」
「でも、もっと喜んで欲(ほ)しいじゃん。私、彼の楽しそうな顔、見ていたいの」
「だからって、いつも一緒(いっしょ)ってわけにいかないでしょ。たまには、彼をひとりにして…」
「ダメよ、そんなの。彼をひとりになんかさせられないわ」
「それがいけないのよ。誰(だれ)だって、ひとりになりたい時ってあると思うよ」
「でも…」ミキは哀(かな)しそうな目でうつむいた。
「まあ、いいんじゃないの。失敗(しっぱい)しただけ成功(せいこう)に近づくんだから。次も、がんばりなよ」
「次、あるかな? 私、成功できると思う?」
「それは、分かんないわ。でも、いつか物好(ものず)きが現れるかもね」
「ひどい。何で、そんなこと言うのよ。私、真剣(しんけん)に悩(なや)んでるんだから…」
<つぶやき>恋の悩みは尽(つ)きないものかも。恋に恋することなく、人に恋をしましょうね。
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T:0132「見守りメール」
 いつからだろう、知らない人からメールが届(とど)くようになったのは。でも、それは迷惑(めいわく)メールとかじゃなくて、いつも私を助(たす)けてくれたの。
 道(みち)に迷(まよ)ってしまった時には、分かりやすく道順(みちじゅん)を指示(しじ)してくれたり。友だちとランチする時も、近くにある隠(かく)れた名店(めいてん)を教えてくれた。他にも、友だちとはしゃぎすぎて終電(しゅうでん)の時間を忘(わす)れていると、ちゃんと時間を教えてくれて、早く帰るように注意(ちゅうい)してくれる。
 どうして私の行動(こうどう)が分かるのか? 最初(さいしょ)のうちは、とっても恐(こわ)かったわ。もしかして、ストーカーじゃないかって思った時もある。でもね、誰(だれ)かにつけられているとか、そんな気配(けはい)まったくなかったの。時々(ときどき)は、うるさいな、ほっといてって思う時もあったけど。いま思うと、私のために言ってくれたんだと思う。まるで、父親みたいな感(かん)じでね。
 私が結婚(けっこん)を決めた時から、そのメールは送られてこなくなった。今まで当たり前のように届いていたから、何だか寂(さび)しいというか…。変な話よね。だって、会ったこともない人なのよ。それなのに、その人は私の身近(みぢか)な人になっていた。私のこと、もう面倒臭(めんどくさ)いと思ったのかな? いつまでたっても、私って成長(せいちょう)しないから。だから、やめちゃったのかな。
 いや、違(ちが)うわ。そんな人じゃないと思う。きっと、私が新しい人生(じんせい)を踏(ふ)み出したから、もう心配(しんぱい)ないって思ってくれたんじゃないかな。そうだといいんだけど…。
〈今までありがとう〉私は、最初で最後の返信(へんしん)メールを送った。
<つぶやき>誰だったの? でも見守られていると安心(あんしん)できますよね。感謝(かんしゃ)を忘れないで。
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T:0131「乙女たちの恋模様」
「ねえ、どんな彼を連(つ)れて来ると思う?」心愛(ここあ)はワクワクしながら訊(き)いた。
「そうねぇ、きっと普通(ふつう)なんじゃない」結衣(ゆい)はあまり興味(きょうみ)がなさそうだ。
「でも短大(たんだい)のとき言ってたじゃない。絶対(ぜったい)、美男子(びだんし)で高収入(こうしゅうにゅう)で優(やさ)しい人と結婚(けっこん)するって」
「あのね、そんな人いるわけないでしょ。ちょっと考(かんが)えれば分かることだわ」
「そりゃ、そうだけど。愛子(あいこ)のことだもん、ひょっとしてってこともあるでしょ」
「ないない、絶対(ぜったい)あり得(え)ない。あの子って、口ばっかりなんだから。心愛だって知ってるでしょ。あんないい加減(かげん)で、優柔不断(ゆうじゅうふだん)で…。何で私が、会わなきゃいけないのよ」
「忘(わす)れちゃったの? 卒業(そつぎょう)のとき決(き)めたじゃない、三人で。結婚するときは、みんなでお祝(いわ)いしようって。もう、そんな顔しないで。二人で祝ってあげようよ」
 心愛は、結衣に微笑(ほほえ)んで見せた。それを見た結衣は、仕方(しかた)なく口を横(よこ)に伸(の)ばして歯(は)を出して見せた。その顔に、心愛は思わず吹(ふ)き出した。
「私、あなたみたいに笑えないから」結衣はますます不機嫌(ふきげん)になった。
「そんなことないわよ。だって、あたし知ってるもん。結衣の笑顔」
「何で…。私、忘れたわ。そんな昔(むかし)のこと…」
「ねえ、あの彼とは、その後、どうなの?」
「知らないわよ。あんな人のことなんか。私、もう誰(だれ)とも付き合うつもりないから」
<つぶやき>恋することで乙女(おとめ)は奇麗(きれい)になっていくのです。いつまでも、恋(こい)をしましょう。
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T:0130「お天気ママ」
 ママの天気予報(てんきよほう)は不思議(ふしぎ)なくらいよく当(あ)たる。でもね、まれにママの天気予報がはずれてしまうことがある。その時は、ママの体調(たいちょう)が悪(わる)いときなの。病気(びょうき)になる前兆(ぜんちょう)みたい。前にね、突然(とつぜん)倒(たお)れてしまったことがあって、その時は大変(たいへん)だったわ。それからというもの、ママが天気予報をはずした時は、家族(かぞく)みんな、真(ま)っ先に家に帰ることにしているの。
 今日のこと。テレビの天気予報は晴(は)れなのに、ママは午後(ごご)から雨(あめ)になるかもって言ったの。でもね、昼が過ぎても雨になる気配(けはい)もなかった。あたしは心配(しんぱい)になって家に電話をしたわ。いつもなら、ママがいるはずの時間なのに誰(だれ)も出ないの。あたしはますます心配になって、学校を早退(そうたい)して家へ急(いそ)いだわ。家に帰るとパパがいて、ママと話しをしていた。
「もう、何なのよ」ママはあきれた顔で言った。「私だって、間違(まちが)えることあるわよ」
「でも、ママ。一応(いちおう)、病院(びょういん)で検査(けんさ)してもらおうよ」
「パパ、なに言ってるの? そんなに心配しなくても、私はどこも悪くないわよ」
「でも、もしもってこともあるから」
「そうよ、ママ。あたし、ママがいなくちゃ何もできないのよ」
「じゃあ、今日から、家事(かじ)とか手伝(てつだ)ってくれるよね。いろいろ教(おし)えてあげるから」
 ママはそう言うと、にっこり微笑(ほほえ)んだ。
<つぶやき>母から教わることっていっぱいあるかも。何か教えられたことありますか?
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T:0129「髪を切った理由(わけ)」
 私は髪(かみ)を切った。それもかなり大胆(だいたん)に、フェアリーショートにしてしまった。今までずっと髪を長くしていたので、まわりの人から嫌(いや)というほど質問攻(しつもんぜ)めにあった。でも、別に特別(とくべつ)な理由(りゆう)があるわけじゃないの。ただ何となく切りたくなっちゃっただけ。切ってみると、何だかこれもありかなって、私はとても気に入ってるんだ。
 翌日(よくじつ)の朝。職場(しょくば)の友だちからメールが届(とど)いた。その内容(ないよう)を見て私は驚(おどろ)いた。私が彼にふられて髪を切ったことになっていた。それも、この件(けん)に関(かん)して私には訊(き)かないようにって…。まったくドジな話よね。私にまで一斉(いつせい)メールをするなんて。
 私はため息(いき)をついた。これから友だちと会うとき、どんな顔をすればいいのよ。だいいち、私には彼なんていないし、どこからそんな話が出てきたのかな? 私のいないところで、どんどん話が膨(ふく)らんでいるようで…。
 よし、こうなったらはっきり訂正(ていせい)しといたほうがいいわ。私は彼女にメールを打った。送信(そうしん)ボタンを押(お)そうとしたとき、いやーな考えが頭に浮(う)かんだ。彼女、どこまでメールを送ったのかな? 仕事関係(しごとかんけい)とか、会社(かいしゃ)の同僚(どうりょう)や上司(じょうし)とか…。まさか、そこまで…。
 彼女って、まだ若(わか)いのに誰(だれ)とでも仲(なか)よくなって。そういえば、社食(しゃしょく)で部長(ぶちょう)とアドレス交換(こうかん)してたわ。――今日、会社休もかなぁ。でも、そしたら失恋(しつれん)の痛手(いたで)とかって思われて…。
「あーっ、もう!」私は思わず叫(さけ)んでしまった。
<つぶやき>間違いはすぐに訂正しておきましょう。あいまいにしておくのは要注意(ようちゅうい)です。
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T:0128「お宝争奪戦」
 地球(ちきゅう)の上空(じょうくう)には大量(たいりょう)の宇宙(うちゅう)ゴミがただよっている。
 ある日、そのゴミの中に未確認(みかくにん)の物体(ぶったい)を発見(はっけん)した。直径(ちょっけい)2メートルほどの物体なので、人工衛星(じんこうえいせい)であることは間違(まちが)いないようだ。偶然(ぐうぜん)発見したとはいえ、これだけの大きさの物をなぜ今まで確認できなかったのか不思議(ふしぎ)である。しかし、どこの国に問(と)い合わせても、その場所(ばしょ)に衛星(えいせい)を打ち上げた記録(きろく)は残(のこ)されていなかった。
 観測(かんそく)を続けてみると、その謎(なぞ)の衛星は地球の上空を不規則(ふきそく)に動きまわっていることが分かった。まるで意志(いし)をもっているかのように、使われなくなった人工衛星などに近付いたり離(はな)れたりを繰(く)り返していた。
「今度のはデカいから稼(かせ)げるかもな」
「そうだな。まったく地球人って奴(やつ)は、何でこんなとこに放(ほう)っておくんだろうなぁ」
「でも、そのおかげで、俺(おれ)たちは何の苦労(くろう)もなくお宝(たから)をいただけるわけだ」
「まったくだ。俺たち盗賊(とうぞく)にとっちゃ、宝の山だぜ」
「こんなに遠くまで来たんだ。せいぜい稼がせてもらおうぜ」
「オイ、あれを見ろよ。どこの宇宙船(うちゅうせん)だ?」
「俺たちのお宝を横取(よこど)りしようなんて、ふてえ野郎(やろう)だ。追(お)っ払(ぱら)ってやろうぜ」
<つぶやき>私たち地球人の知らないところで、こんな争(あらそ)いが起きているかもしれません。
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T:0127「人類の始まり」
 とある大学(だいがく)の研究室(けんきゅうしつ)。今、ここでは壮大(そうだい)な実験(じっけん)が行われようとしていた。学生(がくせい)を前にして、教授(きょうじゅ)が実験の趣旨(しゅし)について話しはじめた。
「これから君たちには、私の実験に参加(さんか)してもらう。実験のテーマは、<人類(じんるい)はいかにして言葉(ことば)を手に入れたのか>。私の考(かんが)えでは、全(すべ)ての言葉の始まりは<ア>だ。ウキウキでもなく、ウホウホでもなく、<ア>が全ての言葉の始まりなのだよ。そこでだ、今後(こんご)、この研究室内での会話(かいわ)は全て<ア>を使うことにする。それ以外(いがい)の言葉を使った者(もの)には、単位(たんい)はつかないと思ってくれ。では、今から――」
「教授、待って下さい」学生のひとりが声をあげた。「いきなりそんなこと言われても」
「アア、アアアアア、アアアーアー(もう、実験は始まっているぞ)」
 学生たちには選択(せんたく)の余地(よち)はなかった。誰(だれ)からともなく<ア>を使い始めると、研究室全体(ぜんたい)が<ア>で埋(う)め尽(つ)くされていった。それは、さながら原始時代(げんしじだい)に戻(もど)ったようだ。中には、猿(さる)の真似(まね)をする学生も現れた。教授はその様子(ようす)を満足(まんぞく)そうに見つめていた。
 数日後のことである。研究室の前の廊下(ろうか)に学生たちが集まっていた。教授が姿(すがた)を見せると、学生たちは教授に詰(つ)め寄(よ)り言った。
「いつまでこの実験を続けるんですか? こんなことをやって何の意味(いみ)があるんです」
「意味を考えるな。原始人になりきるのだ。そうすれば、おのずと言葉は生まれてくる」
<つぶやき>言葉の誕生(たんじょう)の瞬間(しゅんかん)はどうだったのかな。この実験で新語(しんご)が誕生するかもね。
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T:0126「一生分の幸せ」
「僕(ぼく)と付き合ってくれないか?」
 隆(たかし)は一大決心(いちだいけっしん)で由香里(ゆかり)に告白(こくはく)をした。
「えっ、あたしと?」由香里は顔を赤らめて、「でも、でも…」
「僕は、君のことが好きなんだ。前からずっと」
「でも…、それじゃ幸(しあわ)せになりすぎてしまうわ。だからあたし…、付き合えない」
「僕のこと好きじゃないってことか…」隆は肩(かた)を落としてうなだれた。
「好きよ、あたしも。でもね…」由香里は隆に背(せ)を向けて、「人の幸せの分量(ぶんりょう)はね、生まれた時に決められちゃうの。だから、もしあなたと付き合ってしまったら、一生(いっしょう)分の幸せを使い切ってしまうかもしれないでしょ。あたしは、少しの幸せで良いの。その方が、最後(さいご)まで幸せでいられるじゃない」
「大丈夫(だいじょうぶ)だよ」隆は由香里を振(ふ)り向かせると、「僕が、幸せにしてあげる」
「ダメよ。そんなこと、できないわ。もう決まってるんだから」
「そんなことないさ。そりゃ、僕なんかじゃ…。君のことほんとに幸せにできるのか、自信(じしん)があるわけじゃない。けどね、僕はこう思うんだ。二人が笑(わら)っていられれば、幸せだって2倍になる。もし、子供(こども)ができれば3倍、4倍にだってなるんだ。二人で、幸せを増(ふ)やしていこうよ。僕は、君の笑顔を見てるだけで、じゅうぶん幸せなんだ」
<つぶやき>幸せって何でしょうか? 人それぞれ、いろんな幸せがあるんでしょうね。
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T:0125「恋がたき」
 俊夫(としお)は友だちの紹介(しょうかい)で彼女ができた。まだ付き合い始めて日も浅(あさ)いので、彼女とのデートはドキドキで、自分でもワケがわからずハイテンションになっていた。逢(あ)えない日には、電話でおしゃべりをした。おもに、彼の方が聞き役(やく)に回るのだが…。
 今日も、俊夫は彼女と楽しそうに電話をしていた。いつも膝(ひざ)の上で喉(のど)を鳴(な)らしている飼(か)い猫(ねこ)が、いつになく電話を気にしているようだ。おもむろに膝の上で立ち上がると――。
「ねえ、誰(だれ)と話してるのよ」
 女の甘(あま)くささやくような声がした。その声は、電話の向(む)こうまで聞こえていたようで、
「俊夫さん、誰かそこにいるの?」
 彼女が不審(ふしん)がるのは当然(とうぜん)の反応(はんのう)だ。でも、いちばん驚(おどろ)いていたのは俊夫の方だ。誰もいるはずがないのに、女性の声が聞こえたのだから。また、声がした。
「あたし、もう待(ま)てないわ。早くしてよ」さらに甘える声で、「お・ね・が・い」
「ねえ、聞いてるの俊夫さん。今の声は誰よ。まさか、私の他に…。もう、信じられない!」
「ちょ、待ってよ」俊夫は慌(あわ)てて言った。「誰もいるはずないだろ。僕(ぼく)は君(きみ)だけ――」
「じゃ、今のは? 女の声がしたじゃない。私、あなたがそんな人だとは思わなかったわ」
 彼女は泣(な)きながら電話を切った。俊夫の頭の中では、〈なんで、なんで〉がぐるぐると駆(か)けめぐった。飼い猫はそれを見て膝の上で寝(ね)そべり、満足(まんぞく)そうに喉を鳴らし始めた。
<つぶやき>この後、どうなったんでしょ。猫がしゃべるなんて信じてもらえないよね。
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T:0124「謎の女」
 香苗(かなえ)は二泊(はく)三日の旅(たび)に出た。結婚(けっこん)してから女友だちと旅行(りょこう)に出るのは始めてだ。でも、ちょっと心配(しんぱい)もあった。夫(おっと)ひとりで家のこと大丈夫(だいじょうぶ)かしら?
 ――家に帰った香苗は、恐(おそ)る恐る玄関(げんかん)を開けた。夫は出かけているのか、声をかけても返事(へんじ)がなかった。彼女はキッチンから居間(いま)と部屋を見回(みまわ)した。意外(いがい)ときれいに片付(かたづ)いている。いや…、前よりきれいになっているかもしれない。彼女は、そう思った。
「へえ、やるときはやるんだ」香苗は感心(かんしん)したようにつぶやいた。
 その時、後ろから声がした。彼女が振(ふ)り返ると、そこには夫が驚(おどろ)いた顔で立っていた。
「なんだ、いたの?」
「ああ…」夫は妙(みょう)な作(つく)り笑(わら)いをしながら、「おかえり…。早かったね」
 夫の反応(はんのう)は明(あき)らかにおかしい。香苗はソファの上に見馴(みな)れないものがかけてあるのに目がとまった。手に取ってみると、それはエプロン。夫にどういうことか訊(き)こうとしたとき、玄関のチャイムが鳴(な)った。夫は玄関に走る。玄関で女の声が聞こえたかと思うと、ずかずかと若(わか)い女が上がり込んできた。その女は、香苗が持っていたエプロンを見つけると、
「それ、私のです。忘(わす)れちゃって。もうほんと、私ってそそっかしくって」
 若い女は香苗からエプロンを受(う)け取ると、そのまま出て行ってしまった。
<つぶやき>彼女はいったい誰(だれ)だったんでしょう。夫が雇(やと)った家政婦(かせいふ)さん? それとも…。
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T:0123「あこがれの人」
 あたしには、あこがれの先輩(せんぱい)がいる。同じ会社(かいしゃ)の人で、そんなにハンサムとかじゃないけど、真面目(まじめ)でとっても優(やさ)しいの。でも、無駄口(むだぐち)を言う人じゃないから、会社では仕事(しごと)の話しかしたことがない。
 この間、二人だけになった時があったの。あたしが残業(ざんぎょう)してるとき、彼が外回(そとまわ)りから帰って来て…。彼が、ただいま戻(もど)りましたって言ったとき、なんかドキドキしちゃった。だって、あたしだけに言ってくれたのよ。他に誰(だれ)もいないんだから…。
 でも、ダメ。あたし、なに話したらいいのか分からなくて…。お疲(つか)れさまですって、言っただけで後(あと)が続(つづ)かない。彼は自分の机(つくえ)のところに座(すわ)って、書類(しょるい)の整理(せいり)をはじめたの。仕方(しかた)ないから、あたしも仕事してるふりをして…。そんな時よ、彼の方から話しかけてきたの。
「山田(やまだ)さんは、料理(りょうり)とか、得意(とくい)ですか?」
 あたし突然(とつぜん)のとこで動揺(どうよう)しちゃって、
「えっ、あの…。得意というほどでは…。でも、料理するのは嫌(きら)いじゃないです」
 ああ…。なんで得意です、好きですって言わなかったんだろ。もう、バカバカバカ…。
 彼は、そうなんだって言ったきり…。えっ、今のは何だったの? そこで終わりってどういうことよ。何でそんなこと訊(き)いたの? あたしの頭(あたま)の中は??????だらけになって…。彼に聞き返したいのに――。ああっ、そんなこと訊けないよぉ……。
<つぶやき>憧(あこが)れの人の前だと、何も言えなくなるよね。彼の方もそうかもしれませんよ。
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T:0122「二人で一人」
 とある会社(かいしゃ)の面接会場(めんせつかいじょう)。就職(しゅうしょく)氷河期(ひょうがき)と言われる昨今(さつこん)、大勢(おおぜい)の若者(わかもの)であふれていた。一人ずつ名前(なまえ)を呼ばれて部屋へ入って行くのだが――。
「あの、立花薫(たちばなかおる)さんは?」
 面接官(めんせつかん)は二人で入って来た若い男女に訊(たず)ねた。
「はい、私です」二人同時(どうじ)に答える。
「いや、あの…」面接官は履歴書(りれきしょ)を見て、「えっと、男性の方(かた)…」
「あの」女は微笑(ほほえ)みながら優(やさ)しそうな声で言った。「私たち、二人で一人なんです」
「はい? それはどういう…」
「ですから、私たち、お互(たが)いに欠点(けってん)を補(おぎな)いながら暮(く)らしているんです」
「それは…、ご夫婦(ふうふ)という…」
「夫婦じゃありません。ご説明(せつめい)しますと、私はおもにコミュニケーション担当(たんとう)で、この人は事務全般(じむぜんぱん)と理数系(りすうけい)が得意(とくい)なんです。それに、力仕事(ちからしごと)も担当しています」
 面接官はあきれ顔で言った。「あの、うちではそういう採用(さいよう)はしてませんので…」
「でも、御社(おんしゃ)の募集要項(ぼしゅうようこう)にある資格(しかく)も、すべて取得(しゅとく)していますし…」
「でしたら、お一人ずつ面接を受(う)けていただけませんか。そうでないと…」
「でも、二人でないと困(こま)るんです。あの、お給料(きゅうりょう)の方は、一人分でかまいません。私たち、二人で一人なんですから」女は得意(とくい)の笑顔(えがお)を面接官にふりまいた。
<つぶやき>欠点を補い合うのはいいことです。でも、欠点も個性(こせい)なんじゃないのかな。
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T:0121「妻の独立宣言」
 結婚(けっこん)して一ヵ月。新婚(しんこん)の甘(あま)い生活(せいかつ)を夢見(ゆめみ)ていた私は、夫(おっと)のわがまま放題(ほうだい)にぶち切れてしまいました。結婚前にそういう人だと分かってたら、結婚なんて――。
 まず驚(おどろ)いたのが、朝は俺(おれ)より先に起(お)きるなってこと。朝は私の寝顔(ねがお)を見ていたいからって、なに甘いこと言ってるのよ。じゃあ、朝食(ちょうしょく)は誰(だれ)が作るのよって話よね。それによ、朝食はしっかり食べたいから、三品(さんぴん)以上おかずを作ってくれって。そんなの無理(むり)でしょ。そこまで私に要求(ようきゅう)するなら、もっと朝早く起きればいいじゃない。私はあなたが起きるのを、寝(ね)たふりをしてずっと待(ま)ってるのよ。
 まだあるわ。食べるの遅(おそ)すぎ。よく噛(か)んで食べなきゃいけないのは分かるわよ。でも、朝は忙(いそが)しいんだから。今まで会社(かいしゃ)に遅刻(ちこく)したことないのかなぁ。それに、私が先に食べ終わると怒(おこ)るんだから。私だって、仕事があるんだから付き合ってられないわよ。
 私は夫が望(のぞ)む良(よ)き妻(つま)になることをやめました。対等(たいとう)な立場(たちば)で、共(とも)に生きることを望(のぞ)みます。私は、夫にそう宣言(せんげん)しました。夫は私の言うことを黙(だま)って聞いてたけど…。私は、張(は)り詰(つ)めていたものがスッと取れて、何だか晴(は)れやかな気分(きぶん)になっちゃった。
 その日から、二人の関係(かんけい)も変わった気がします。私が口うるさくなっただけかもしれませんが。夫婦(ふうふ)なんて、思ってることは何でも言わないと、いけないのかもしれません。
<つぶやき>良き夫、良き妻になる。簡単(かんたん)なことじゃないですよね。思いやりを忘(わす)れずに。
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T:0120「始まりは突然に」
 男は、繁華街(はんかがい)で女の子を拾(ひろ)った。どこか寂(さび)しげな彼女の顔(かお)が、目にとまったのだ。何かに導(みちび)かれるように、男は彼女に声をかけていた。
「ほんとに泊(と)めてくれるの?」彼女は半信半疑(はんしんはんぎ)で男に訊(き)いた。
「ああ、あんまりきれいな部屋じゃないけどな」
 男はぎこちなく微笑(ほほえ)んだ。
「ありがとう」彼女は部屋に入ると、ホッとした顔になり言った。「でも、タダで泊めてもらうわけにはいかないわ。お礼(れい)に、あたしのこと、抱(だ)いてもいいよ」
「ふん。俺(おれ)は、好きでもない女は抱かないんだ」
「別にいいのよ。あたし始めてじゃないし。あなたもそのつもりで…」
「俺さ、妹(いもうと)がいたんだ」男はぽつりと言った。「君と同じぐらいの年頃(としごろ)かな。君の顔見てたら、妹のこと思い出してさ。もし、生きてたら…」
「やめてよ、そんな話するの。あたし聞きたくないわ」
「そうか…。そうだよな。忘(わす)れてくれ」男は口をつぐんだ。
 翌朝。彼女が目を覚(さ)ますと、そこに男の姿(すがた)はなかった。枕元(まくらもと)に小さなメモが置(お)かれていた。〈もし泊まるところがなかったら、また来てもいいぞ〉
「何よ、もう」彼女は思わず目を赤くして、「あたし、あなたの名前(なまえ)も知らないのよ」
<つぶやき>いろんな人生を背負(せお)った人たち。ふとしたことで出会い、人生を共有(きょうゆう)する。
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T:0119「初めての笑顔」
 うちのクラスには、ちょっと変わった女の子がいた。誰(だれ)とも友だちにならず、いつも一人でいるのだ。無駄(むだ)なおしゃべりとかしないし、彼女の笑(わら)った顔なんか、一度も見たことがない。別(べつ)にいじめられているわけでもないのに、こんなんで楽(たの)しいことあるのかなぁ。
 学校(がっこう)の帰り道。いつもの川沿(かわぞ)いの道(みち)を歩いていると、土手(どて)の芝生(しばふ)に制服姿(せいふくすがた)の女の子が座(すわ)っていた。よく見ると、それはあの子だ。何でこんなとこにいるのか。彼女の家は、たしかこっちの方角(ほうがく)じゃないはずなのに。僕(ぼく)は声をかけるか迷(まよ)った。クラスメイトと言っても、話をしたことなんてほとんど無(な)い。僕は、そっと彼女の後ろを通り抜(ぬ)けようとした。その時だ。彼女が口を開(ひら)いた。「あの雲(くも)、気持(きも)ちよさそう」
 まわりには僕しかいないから、僕に話しかけてきたって誰だって思うよね。僕は思わず、そうかなって返事(へんじ)を返(かえ)してしまった。後で考えてみると、彼女の独(ひと)り言(ごと)だったのかもしれない。でも、返事をしてしまったからには、そのまま素通(すどお)りなんてできない。
「ねえ、山田(やまだ)くんも一緒(いっしょ)に見てかない?」彼女はそう言うと、恥(は)ずかしそうに笑った。
 僕は突然(とつぜん)のことで、どうしたらいいのか戸惑(とまど)っていた。彼女はそれを感(かん)じ取ったのか、
「別にいいのよ」彼女はうつむいて繰(く)り返した。「ほんとに、いいの。もう行って」
 僕は彼女の隣(となり)に座った。なぜそうしたのか分からない。きっと、彼女の笑顔(えがお)をもう一度見てみたいって、思ったからかもしれない。
<つぶやき>女の子の気持ちは、微妙(びみょう)で複雑(ふくざつ)で…。男子には理解(りかい)できないかもしれません。
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T:0118「よろず様」
 会議室(かいぎしつ)の隅(すみ)に置かれている古(ふる)いロッカー。何でそんなところに置かれているのか不思議(ふしぎ)なのだが、誰(だれ)もそれを移動(いどう)させようとは考えなかった。
 十数年前まで、この部屋は女子更衣室(こういしつ)として使われていた。社屋(しゃおく)の改装(かいそう)のさい、全部(ぜんぶ)のロッカーを外に運び出すことになったのだが、なぜかこのロッカーだけが重(おも)すぎてびくともしないのだ。それに、力任(ちからまか)せに動かそうとすると、全身(ぜんしん)に激痛(げきつう)が走った。それ以来(いらい)、会議室になった今も、その場所に残(のこ)されることになったのだ。
 いつからか、そのロッカーは〈よろず様〉と呼(よ)ばれるようになった。誰が言い出したのか分からないが、よろず様の前で手を合わせて願(ねが)いごとをするとかなう、という噂(うわさ)がささやかれるようになったのだ。社員(しゃいん)の誰もが信じているというわけでもないのだが、中にはこっそりと願いごとをする社員もいるようだ。
 これはあくまでも噂なのだが、社内恋愛(しゃないれんあい)が成就(じょうじゅ)したとか、社内で紛失(ふんしつ)した大事(だいじ)な書類(しょるい)が見つかったとか、ライバルを蹴落(けお)として出世(しゅっせ)したとか。いろんな噂が今でも続いている。それに、これは別のことかもしれないが、誰もいないはずなのに、白い影(かげ)を見たとか…。
 ほら、今日もまた〈よろず様〉に願いごとをする人がやって来ました。
<つぶやき>こんな都市伝説(としでんせつ)、信じますか? あなたの身近にも、あるかもしれません。
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T:0117「むむまっふぁ」
 女子会(じょしかい)。結婚(けっこん)とか出産(しゅっさん)・子育(こそだ)てなど、いろんな経験(けいけん)を積(つ)んできた女たちの集まり。中にはまだ未婚(みこん)の女子(じょし)もいたりする。学生の頃(ころ)とは違(ちが)い、いろんな話題(わだい)で盛(も)り上がっていた。
「ほんと、どこで覚(おぼ)えてきたのか。うちの子ったら、あれしてってうるさいのよ」
「なに? あれって」
「もしかして、<むむまっふぁ>じゃない。今、流行(はや)ってるみたいよ」
「そうなのよ。きっと幼稚園(ようちえん)で覚えてきたんだわ。男の子なのにいつまでも甘(あま)えん坊(ぼう)で」
「きっと、それはあれよ」今まで静(しず)かにみんなの話を聞いていた女子が口をはさんだ。
「旦那(だんな)の入れ知恵(ぢえ)ね。自分(じぶん)もやりたいもんだから、子供(こども)をダシにしてるのよ」
「もういやだ。そんなことないわよ。うちの人は…」
「ふふ。あなた、旦那に言われたことないんだ」皮肉(ひにく)めいて女子は言う。
「あるわよ。たまにだけど…」
「気をつけた方がいいかもね。旦那が妙(みょう)に甘える時は、何か隠(かく)し事(ごと)をしてるはずだから」
「そんなことないわよ。私に隠し事なんて…」
「ふふ、おかしい。そう思ってたほうが、幸(しあわ)せかもね。良い母親してなよ」
「あのね、結婚もしてないくせに、何でそんなこと言われなきゃいけないのよ」
 何でも言い合える、そんな女子会はまだまだ続(つづ)くのである。
<つぶやき>憎(にく)まれ口をたたくのは、みんなの話題についていきたいからかもしれません。
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T:0116「ふるさと便」
「ほんとに凄(すご)いのよ」美咲(みさき)は友だちの幸恵(ゆきえ)に言った。
「うちのお母さんって、あたしの思ってること何でも分かっちゃうの」
「えっ、そんなことあるのかな?」幸恵は信じられないという顔をした。
「だって、あたしが欲(ほ)しいなぁって思っただけで、宅配(たくはい)で届(とど)いちゃうのよ。この間だって、地元(じもと)の味噌(みそ)と醤油(しょうゆ)でしょ。それに、あたしが子供の頃(ころ)から大好きだったお菓子(かし)まで入ってたのよ」
「へえ、よかったじゃない。もうなくなりそうだって言ってたよね」
「そうなの。電話(でんわ)しようかなって思ってたところに届いたから、びっくりしちゃった」
「じゃあ、もう大丈夫(だいじょうぶ)だよね」幸恵は嬉(うれ)しそうに訊(き)いた。
「でもね、あたし…。お母さんの手料理(てりょうり)が食べたくなっちゃった。お母さんの作るカレー、もう絶品(ぜっぴん)なのよ。幸恵にも食べさせてあげたいなぁ」
 美咲と別れた幸恵は、スマホを取り出して電話をかけた。
「ふるさと便(びん)の吉川(よしかわ)です。いつもお世話(せわ)になっております。実(じつ)は、美咲様がお母様のカレーを食べたいと……。はい、それはもう大丈夫です。当社(とうしゃ)ではオプションサービスで、手料理を温(あたた)かいままお届けすることもいたしております。……はい、ありがとうございます」
<つぶやき>故郷(ふるさと)から届く荷物(にもつ)には、家族(かぞく)の愛が詰(つ)まっています。運ぶ人も思いは同じ。
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T:0115「猫の恩返し」
 かすみは不思議(ふしぎ)なとら猫(ねこ)に出会(でくわ)した。毛並(けな)みから見て、きっと野良猫(のらねこ)なのだろう。その猫は逃(に)げるどころか、かすみの足にすり寄(よ)って来た。彼女は別に可愛(かわい)いと思ったわけでもないのに、猫を家に連れて帰ることにした。そういう衝動(しょうどう)にかられたのだ。
 彼女の生活(せいかつ)は一変(いっぺん)した。一人暮(ぐ)らしだったので、家で猫が待(ま)っていると思うだけで、何だかウキウキした気分(きぶん)になった。そして、仕事(しごと)で嫌(いや)なことがあったり、彼と喧嘩(けんか)した時には、その猫は黙(だま)って彼女の愚痴(ぐち)を聞いてくれるのだ。
 ある日のとこ、かすみは仕事でトラブルがあり、落(お)ち込(こ)んで帰って来た。もう仕事なんか辞(や)めてやる、と猫に愚痴をこぼし涙(なみだ)を流(なが)した。いつもなら黙って聞いている猫が、今日はひと声鳴(な)いて彼女の頬(ほお)をなめた。そして、こう言った。
「明日から、俺(おれ)が働(はたら)くよ」
 かすみは、人の声がしたのに驚(おどろ)いた。誰(だれ)もいるはずがないのに、部屋を見回した。
「今の声は…」かすみはとら猫を見てつぶやいた。「まさか、そんなはずないわよね」
 次の朝、かすみは起(お)きるのもおっくうだった。いつもなら、ベッドの横(よこ)で寝(ね)ているはずの猫がいない。仕方(しかた)なく、かすみはベッドから這(は)い出して、猫を呼(よ)んでみた。でも、部屋の中を見渡(みわた)しても、猫の姿(すがた)はなかった。きっと出かけちゃったのね、と彼女は思った。
 かすみは外を見てみようと玄関(げんかん)のドアを開けた。すると、目の前に大きな、大きなネズミが一匹、転(ころ)がっている。その横で、とら猫が気持(きも)ちよさそうに顔を洗(あら)っていた。
<つぶやき>義理堅(ぎりがた)い猫もいるのです。でも、なるべく猫の手は借(か)りないようにしましょ。
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T:0114「パーティ女」
 遥(はるか)はパーティ大好きの女の子。今日もまた幹事(かんじ)として奮闘(ふんとう)していた。
「ねえ、これなに?」和子(かずこ)は、渡(わた)された案内状(あんないじょう)を見て訊(き)いた。
「ハルちゃんが寿退社(ことぶきたいしゃ)しちゃうんで、お祝(いわ)いの会をやるんですぅ」
 遥は嬉(うれ)しそうに言った。
「いや、それは分かるわよ、見れば。そういうことじゃなくて、何で私の家でやるの?」
「だって、先輩(せんぱい)のお家(うち)、駅(えき)に近いしぃ、みんな集(あつ)まれると思うんですぅ」
「私、聞いてないわよ、そんなこと。それに、私、ハルちゃんなんて知らないし…」
「えっ、経理(けいり)にいるハルちゃんですよ。春木作太郎(はるきさくたろう)」
 和子は、一瞬(いっしゅん)言葉を失(うしな)った。いつものことだが、この女には常識(じょうしき)は通(つう)じない。
「ハルちゃん、結婚(けっこん)して、実家(じっか)に帰って、家の仕事(しごと)を継(つ)ぐんだって、張(は)り切っちゃって」
「ああ、そういうこと…。でもね、私の家でやらなくても、いいんじゃないのかなぁ」
「だって、先輩の家の方が、持ち込みできるし、時間無制限(むせいげん)だし、予算(よさん)もそんなに…」
「ちょっと待ってよ。それだったら、あなたの家でやればいいじゃない」
「ええっ、いいじゃないですかぁ。こんな可愛(かわい)い後輩(こうはい)が、お願(ねが)いしてるんですよぉ」
「あのね、先週(せんしゅう)だって、私の家でやったじゃない」
「それが、とっても好評(こうひょう)だったんですぅ。またやってって、みんな言ってましたぁ」
「なんで…、なんでよ。誰(だれ)がそんなこと言ったの? 教えなさいよ!」
<つぶやき>きっと楽しいパーティになるんでしょう。先輩にも良い出会いがあるかも。
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T:0113「最強だから…」
 佑希(ゆうき)は若いながらも優秀(ゆうしゅう)な刑事(けいじ)で、今まで何人もの犯人(はんにん)を捕(つか)まえていた。でも、今日は非番(ひばん)で、彼とデートの真っ最中(さいちゅう)。フリフリの服(ふく)を着て、まるでお姫様(ひめさま)のようだ。彼には、仕事(しごと)は〈公務員(こうむいん)だよ〉としか言っていなかった。
 二人は腕(うで)を組(く)んで歩いていたが、後ろから聞き覚(おぼ)えのある声がした。彼女が振(ふ)り向くと、同僚(どうりょう)の刑事たちが男を追(お)いかけてこっちへ向(む)かっていた。彼女の目つきが一瞬(いっしゅん)に変(かわ)る。腕を組んでいた彼を突(つ)き飛(と)ばすと、男の前に立ちはだかった。そして、あっという間(ま)に男を投(な)げ飛ばした。そして、駆(か)けつけた刑事たちが男を取り押(お)さえる。
 佑希はすぐさま、彼のもとへ走った。彼は何が起(お)きたのかまったく分からなかった。
「大丈夫(だいじょうぶ)?」佑希は彼を助(たす)け起こすと、「気をつけてよ。こんなところで転(ころ)んじゃって」
 それを見ていた若い刑事が声をかけた。「柏木(かしわぎ)?」
 佑希は振り返ると、後輩(こうはい)の刑事を睨(にら)みつけた。その目は、〈あたしは非番なの。邪魔(じゃま)しないで!〉と言っているようだ。若い刑事は、それ以上なにも言えなくなった。佑希は彼に気づかれないように、また腕を組み楽しそうに笑いながら行ってしまった。
「そっとしといてやれ」年上(としうえ)の刑事が彼女を見送りながら言った。「柏木も必死(ひっし)なんだよ。今まで何人もふられてるからなぁ。でも、今度(こんど)のはよさそうじゃないか」
<つぶやき>いくら腕力(わんりょく)が強くても、優(やさ)しくされたいし甘(あま)えたい時もある。女ですもの。
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T:0112「冷蔵庫の神様」
「ねえ、あたしのプリン知らない?」亜矢(あや)は寝ぼけ顔の俊彦(としひこ)に訊(き)いた。
「知らないよ」俊彦は頭をかきながら答えた。「きっとあれだ、サリーが食べたんだろ」
「あのね、猫(ねこ)が冷蔵庫(れいぞうこ)を開けられるわけないでしょ。昨夜(ゆうべ)はあったんだから。あなたしかいないじゃない。うちにいたのは」
「さあ、昨夜は飲みすぎたからなぁ。あっ、そうだ。そう言えば、いたよ。冷蔵庫の中に」
「なに言ってるの?」
「ほら、あいつ…。何てったけ…。冷蔵庫の神様(かみさま)!」
「もう、ふざけたこと言わないでよ。食べたなら食べたって、言えばいいじゃない。いつもいつも、そうやって…」
「いるんだよ、本当(ほんとう)に。ほら、トイレの神様だっているんだから」
 亜矢はゴミ箱の中から見つけたプリンのカップを取り出して言った。
「これが、証拠(しょうこ)よ。あたし楽しみにしてたんだから。あなたが同じもの買って来るまで、絶対(ぜったい)に部屋(へや)には入れないから。そのつもりで」
「えっ、そんな…」
 その時、ソファの上でサリーがひと声鳴(な)いて、冷蔵庫の中からはカタンと音がした。
<つぶやき>さて、犯人(はんにん)は誰(だれ)なんでしょう。私も、ないしょのつまみ食いは大好きです。
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T:0111「裏の顔」
「ねえ、さっきから何やってるの?」
「メールよ」愛華(あいか)は指(ゆび)を動かしながら答(こた)えた。
「あいつ、ぜんぜん返信(へんしん)してこないんだもん」
「あいつって?」典子(のりこ)は美味(おい)しそうにケーキをほおばりながら言った。
「泰造(たいぞう)よ。まったく、何やってるんだか…。もう、イライラする」
「仕事(しごと)で忙(いそが)しいんじゃないの」
「こんな時間に、仕事のわけないでしょ。きっとあれよ、女よ。女がいるんだわ」
「えっ、あの人が…」典子は泰造の顔(かお)を思い浮(う)かべて、「ないない。絶対(ぜったい)ないわよ」
「何でそんなこと言えるのよ。あの人ね、あれで結構(けっこう)、女性受(じょせいう)けがいいんだから」
「そうなんだ。でも…、あたしはないなぁ。だって、あの顔よ」
「何よそれ。それじゃ、まるで私が…」
「ごめん、ごめん。そういうことじゃなくて」典子はなだめるように愛華の前にケーキをおいて、「これ、食べてみて。とっても美味しいわよ」
 愛華はケーキをちらっと見たが、「うーん、ダメ。今はそんな気になれないわ」
「でもね…」典子はにっこり微笑(ほほえ)み、「甘(あま)いもの食べると。落ち着くわよ」
「分かったわよ。じゃあ、あと一回だけメールしてから…」
「もうやめなよ。あの人ね、あなたのこと、めんどくさいって言ってたわよ」
<つぶやき>見えないところで、いろんなバトルが繰(く)り広げられているのかもしれません。
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T:0110「宇宙家族」
 山田(やまだ)家の面々(めんめん)は、緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちで管制室(かんせいしつ)からの指示(しじ)を待っていた。操縦席(そうじゅうせき)にはパパが、その横には計器(けいき)を見つめるママ。後ろには二人の子供たちが、こわばった顔(かお)で座(すわ)っていた。窓(まど)の外には火星(かせい)が迫(せま)り、いよいよ火星着陸(ちゃくりく)という最大(さいだい)のミッションを迎(むか)えようとしていた。
 管制室からの指示はGO。パパの操作(そうさ)で宇宙船(うちゅうせん)は着陸態勢(たいせい)に入った。もうこれで、中止(ちゅうし)することは出来ない。あとは、成功(せいこう)を祈(いの)るだけだ。もし成功すれば、人類(じんるい)が始めて火星に足を踏(ふ)み入れることになる。
 宇宙船はゆっくりと降下(こうか)していった。地面(じめん)がどんどん近づいて来る。そして、ついにその時がやってきた。十カ月もの長い時間、待ち続けた瞬間(しゅんかん)だ。計器で着地(ちゃくち)したことを確認(かくにん)すると、ママはパパの手を優(やさ)しくつかんだ。子供たちも手をのばす。家族(かぞく)は、この快挙(かいきょ)を静(しず)かにかみしめた。
 管制室に着陸の成功を知らせると、宇宙船に故障(こしょう)がないかチェックをすませた。次にすることは、船外(せんがい)での作業(さぎょう)になる。みんなは宇宙服(うちゅうふく)を着てハッチの前に立った。パパがゆっくりとハッチを開ける。そして、目の前には写真(しゃしん)で見た火星の風景(ふうけい)が…あるはずだった。
「やあ、おめでとう」赤ら顔の男がパパに近づき握手(あくしゅ)を求(もと)めて言った。「これで、火星旅行(りょこう)のシミュレーションは終了(しゅうりょう)です。貴重(きちょう)なデータをとることが出来ました。ありがとう」
「えっ! そんなこと聞いてないよ。ここは火星じゃないのか?」
<つぶやき>残念(ざんねん)でしたね。でも、火星旅行の夢(ゆめ)がかなうのは、もうすぐかもしれません。
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T:0109「私の恋文」
 私は考古学(こうこがく)が大好(だいす)きな女の子。今日も、城跡(しろあと)の発掘(はっくつ)を手伝っていた。――休憩(きゅうけい)時間に、私は大きな木の根元(ねもと)でお昼(ひる)を食べることにした。たぶん、この木はお城が建っていた当時(とうじ)も、ここで葉(は)を繁(しげ)らせていたんだろうなぁ。私は、昔(むかし)の様子(ようす)を想像(そうぞう)していた。
 ふと、私は足下(あしもと)に何か引っかかるものがあるのに気がついた。よく見ると、地面(じめん)から何かが突(つ)き出ている。持っていたシャベルで掘(ほ)ってみると、朽(く)ちかけている文箱(ふばこ)が出てきた。そっと箱を開けると、中には油紙(あぶらがみ)に包(つつ)まれた手紙(てがみ)…?
 私は胸(むね)が高鳴(たかな)るのを覚(おぼ)えた。だって、こんな発見(はっけん)をしたのは初めてなんだもん。私は、震(ふる)える手で油紙をはずして――。中に入っていたのは、やっぱり手紙。私は、そっと開いてみた。書かれている文字(もじ)を見ると、女性が書いた手紙だわ。それくらい私にだって分かる。宛名(あてな)は真之介(しんのすけ)。私に分かる文字を拾(ひろ)い読みすると…。これは、私の想像よ。きっとこれは、ラブレターだと思う。昔の人が書いた、恋文(こいぶみ)ってやつ。
 私は、最後(さいご)に書かれてある名前(なまえ)を見て驚(おどろ)いた。〈あや〉って書いてある。私は身体(からだ)が震えたわ。だって、私の名前、亜矢(あや)だもん。それに、いま付き合ってる彼の名前、真之介。
 これって、偶然(ぐうぜん)? えっ、こんな偶然あるはずないよ。だって…。だとすると、私と真之介、前世(ぜんせ)でつながっていたってこと。これって、私が書いたラブレターなのかな?
<つぶやき>出会いには、いろんな運命が隠(かく)れているのかもしれません。あなたにも…。
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T:0108「まさかのほこり」
 三日間、あたしは旅行(りょこう)に出かけた。気さくな友達(ともだち)と一緒(いっしょ)に、とても楽しい時間を過ごした。すっかり身も心もリフレッシュしたし、明日から仕事(しごと)をがんばろう。
 だが、そう思ったのもつかの間だった。あたしは部屋(へや)の中に異変(いへん)を感じた。あれが…、あれを見つけてしまったのだ。旅行に出かける前には、絶対(ぜったい)になかったはずなのに。どうして、あんなところにたまっているの?
 あたしの頭(あたま)をよぎったのは、「いつ、掃除(そうじ)をしたっけ?」
 あたしは掃除が嫌(きら)いなわけじゃないのよ。ただ、ちょっと仕事が忙(いそが)しかったりすると、まあいいかって思っちゃって…。それじゃいけないことは分かってるわ。分かってるけど、どうしても後回(あとまわ)しにしてしまう。あたしだって、ちゃんと掃除しようって思ってるのよ。
 部屋の隅(すみ)でふわふわの固(かた)まりになって、あたしのことをあざ笑っているようだ。
「よし、こうなったら今から掃除しよう」
 その気になった時にやらないと、またずるずるになってしまう。あたしは、掃除機(そうじき)を手にした。そして、〈覚悟(かくご)しなさい〉とばかり、ふわふわの固まりに照準(しょうじゅん)を合わせた。固まりが掃除機に吸(す)い込まれていくのは、何だか気分(きぶん)がいい。ふっとその時、ソファに目がいった。ソファの下の暗闇(くらやみ)。きっと、そこにも…。あたしは、身震(みぶる)いした。
<つぶやき>気をつけましょう。知らない間に、あれはあなたのそばに忍(しの)び寄っています。
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T:0107「紙もの収集家」
 男がドアを開けると、そこには女が立っていた。手には地図(ちず)を握(にぎ)りしめている。
「来ちゃった」女はちょっと恥(は)ずかしそうにうつむいて言った。
「えっ? あっ…、言ってくれれば迎(むか)えに行ったのに…」
 男は、女の突然(とつぜん)の訪問(ほうもん)に動揺(どうよう)を隠(かく)せなかった。男は散(ち)らかった部屋を手早(てばや)く片付(かたづ)けると、女を迎え入れた。テーブルをはさんで向かい合う二人。しばしの沈黙(ちんもく)の後、
「あの、お願いがあるんだけど…」女が口火(くちび)を切った。「これを、書いてほしいの」
 女がバッグから出したのは、婚姻届(こんいんとどけ)だった。男は一瞬(いっしゅん)かたまった。
「えっ? あの……。僕(ぼく)たち、付き合い始めて、まだ三カ月だよ」
「もう三カ月よ。そろそろ、いいんじゃないかな」女は平然(へいぜん)と言う。
「だって、だって…。僕、まだ、君のこと両親(りょうしん)に話してないし。君の家族(かぞく)にだって…」
「別に、いいわよ。そんなの後でも」
「それに、僕たちまだ…。何もしてないっていうか……」
「あたし、紙(かみ)を集めてるの。卒業証書(そつぎょうしょうしょ)や、いろんな賞状(しょうじょう)。あと、資格(しかく)の認定書(にんていしょ)とかね。だから、婚姻届もコレクションに加(くわ)えたくて」
「だからって……。でも、婚姻届は役所(やくしょ)に出すから、手元(てもと)には残(のこ)らないんじゃ」
「そっか。でも、コピーをとってもいいし…。もう一枚(まい)書いておくっていうのはどう?」
<つぶやき>彼女が次に欲しがるもの。それは、離婚届(りこんとどけ)かもしれません。気をつけて…。
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T:0106「わすれもの」
 とあるパーティの会場(かいじょう)。さやかは女友達(ともだち)に誘(さそ)われてやって来ていた。目的(もくてき)はもちろん、いい男を見つけること。周(まわ)りを見渡(みわた)せば、美男(びなん)ばかりがそろっていた。
「ねえ、あの人…」友達がさやかにささやいた。「さっきから、ずっとあなたを見てるわよ」
 さやかは、さり気なくそちらに目をやった。そこにいたのは、明らかに場違(ばちが)いな男性。ブサイクとは言わないが、小太(こぶと)りで時代遅(じだいおく)れのスーツを着ていた。その男性は、意(い)を決(けっ)したようにさやかに近づいて来て言った。「あの、ちょっといいですか?」
 男はさやかを抱(だ)きしめるように腕(うで)を回(まわ)した。さやかは男のお腹(なか)が自分(じぶん)の身体(からだ)に触(ふ)れて、思わず叫(さけ)び声をあげそうになった。見ず知らずの人から、突然(とつぜん)ハグされるなんて。
「何するんですか…」さやかは消(き)え入(い)るような声で言った。
「もうちょっとですから…」男はそう言うと、すぐに回していた腕を離(はな)した。そして、さやかの前にそっと手を出す。そこにあったのは、洋服(ようふく)のタグ。さやかは買ったばかりで、はずすのを忘(わす)れていたのだ。男は誰(だれ)にも気づかれないように、それをポケットにしまった。
 さやかは何も言えず、男の顔を見つめていた。男はにっこり微笑(ほほえ)むと、その場を離れて行った。さやかは男の後ろ姿を目で追(お)った。彼のスーツの首もとに、クリーニングのタグが覗(のぞ)いていた。さやかはくすりと笑(わら)うと、彼のあとを追いかけた。
<つぶやき>出会いのきっかけは、些細(ささい)なことなんです。そこから、何か始まるかもね。
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T:0105「夫婦の駆け引き」
 結婚(けっこん)して三年、いつの間にか夫(おっと)は私に関心(かんしん)を示(しめ)さなくなった。髪(かみ)を切っても、新しい服(ふく)を着ていても、まったく気づいてくれない。料理(りょうり)にいたっては、こっちから訊(き)かない限(かぎ)り美味(おい)しいなんて……。たとえ美味しいって言ってくれても、本当(ほんとう)にそう思っているのか怪(あや)しいものだわ。私はこの状況(じょうきょう)を変えようと、思案(しあん)をめぐらせた。
 夫の帰る時間を見はからって帰宅(きたく)をする。もちろん、近くのスーパーへ行く格好(かっこう)じゃなく、奇麗(きれい)にオシャレをしてね。きっと夫は訊いてくるわ。どこへ行ってたんだいって。
 すかさず私はこう答えるの。「ちょっとね」
 この言い方は難(むずか)しいわ。かすかに微笑(ほほえ)んで、女の色香(いろか)をただよわせるのよ。声のトーンを少しあげて、ゆっくりとささやくように。この一言(ひとこと)で、夫は私に釘付(くぎづ)けになるはず。
「ちょっとって何だよ。俺(おれ)に言えないのか?」
 夫は、こう切り出してくるわ。そこで私は、夫に背(せ)を向けてこう言ってやるの。
「あら、どうしたのあなた…。私のことは、気になさらないで」
「なに言ってるんだ?……」
 夫はきっと動揺(どうよう)するはずよ。だって、いつもの私じゃないんだもの。私は夫の肩(かた)に手をかけて、彼の目をじっと見つめてとどめのひと言。「私のこと…」
「なあ、今日の晩飯(ばんめし)は何かな? 俺、もう腹(はら)ぺこなんだよ」
<つぶやき>胃袋はしっかりつかんでいるようですね。でも、愛の言葉も聞きたいです。
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T:0104「現場検証」
「しかし、奇麗(きれい)な顔してますよねぇ。まるで、モデルのような…」
「オイ、惚(ほ)れるなよ」
「惚れるわけないじゃないですか。死体(したい)ですよ。そんな…」
 二人の刑事(けいじ)は、ソファーの上に横たわっている女性に手を合わせた。現場(げんば)には侵入(しんにゅう)した跡(あと)も、あらそったような形跡(けいせき)もなかった。
「自殺(じさつ)ですかね?」若(わか)い刑事が言った。「美人(びじん)なのになぁ」
「何で自殺したんだよ。外傷(がいしょう)もないし、毒(どく)を飲(の)んだら何か残(のこ)ってるはずだろ」
 先輩(せんぱい)の刑事は、部屋の中を見渡(みわた)した。鑑識(かんしき)が部屋の隅々(すみずみ)まで調(しら)べている。だが、これといって死亡(しぼう)につながる手掛(てが)かりはなさそうだ。
「あの、せ、先輩……」若い刑事が震(ふる)える声で叫(さけ)んだ。
「どうした? 何か見つけたのか」
「いえ、あの…。これ…、さっきと変わってませんか?」若い刑事は死体を指(ゆび)さした。
「なに言ってるんだ?」
「だから、彼女、さっきと違(ちが)うんです。この…、手の位置(いち)が、こう……」
「あのな」先輩はあきれた顔で、「死体が動いたなんて、聞いたことないぞ」
「そ、そうですよね」
 若い刑事は、もう一度彼女を見た。その顔は、かすかに微笑(ほほえ)んでいるように見えた。
<つぶやき>死んでも、奇麗とか美人とか言われると嬉(うれ)しくなるのかも。女心(おんなごころ)なんです。
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T:0103「何に見える?」
「ねえ、あそこにシロがいるよ」小さな女の子は、空(そら)を見上げて言った。
「シロって?」パパはしゃがみ込(こ)んで娘(むすめ)に訊(き)いた。
「お花屋(はなや)さんの、太(ふと)っちょのシロだよ」女の子は雲(くも)を指(ゆび)さして、
「あれ、変わっちゃった」
「あっ、ほら。あそこにクマがいるよ」パパが別(べつ)の方向(ほうこう)を指さした。
 女の子は少し考(かんが)えて、「ちがうよ。あれは、パンダさんだよ」
 夏の昼下(ひるさ)がり。おつかいの帰り道、二人だけのデートのひととき。パパにしてみれば、娘とこんな時間を過(す)ごすのは久(ひさ)しぶりかもしれない。すーっと涼(すず)しい風(かぜ)が吹(ふ)いてくる。後ろを振り返ると、いつの間にか黒(くろ)い雲が追(お)いかけて来ていた。
「あれ、ママじゃない」女の子は黒い雲を指さして言った。
「ほんとだ」パパは娘の顔を見てにっこり笑い、「早く帰ろうか。ママ、おいて来ちゃったから、きっと怒(おこ)ってるかもなぁ」
「そうだね。ママ、怒りんぼさんだから。困(こま)るよね」
 その時、遠くから雷(かみなり)の音がゴロゴロ鳴(な)った。二人はおかしくなってクスクス笑った。入道雲(にゅうどうぐも)は、もくもくとその形を変えていく。
「ねえ、パパ。今度は、ママも一緒(いっしょ)ね」女の子はそう言うと、パパの手を取った。
<つぶやき>ママだって、家族のためにがんばってるんです。優しくしてあげて下さい。
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T:0102「メロンパン」
「これ、おみやげね」亜矢(あや)は紙袋(かみぶくろ)を差(さ)し出した。
 見覚(みおぼ)えのあるその袋。早苗(さなえ)はにっこり笑って、「アンジェだぁ。まだ、やってるのね」
 それは、高校の帰り道、いつも寄り道していたパン屋の袋。中を見てみると、数種類のパンが入っていた。二人はそれぞれ好きなパンを取ってほおばった。
 早苗は、亜矢がメロンパンを美味(おい)しそうに食べるのを見て、くすりと笑った。
「なに? どうしたのよ」亜矢は気になって訊(き)いてみた。
「いえ、ちょっとね。昔(むかし)の彼のことを思い出しただけなの。その人ね、メロンパンが大好きで、ほんとに美味しそうに食べるのよ」
「ええ? それって、あたしの知ってる人?」
「さあ…、どうだったかなぁ」早苗は懐(なつ)かしそうに、またくすりと笑った。
「何よ。昔のことなんだから、教えてくれたっていいじゃない」亜矢は疑(うたが)いの目で、「ほんとに付き合ってたの? 高校の頃、男のウワサなんかなかったじゃない」
「それは亜矢が知らないだけで…。でも、何で別れたのかなぁ…。とっても良い人だったのよ」
「はいはい。もういいわよ。どうせ、あたしは未(いま)だにシングルですよ」
「もうっ。ねえ、これも食べていいわよ」早苗はパンの袋を亜矢の鼻先(はなさき)へ持っていった。
<つぶやき>ふとしたことで昔の記憶(きおく)がよみがえる。懐かしくもあり、恥(は)ずかしくもある。
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T:0101「三日月少女隊」
 月の王宮(おうきゅう)。帝(みかど)を前に、月の将来(しょうらい)を決める御前会議(ごぜんかいぎ)が開かれていた。あの、かぐや姫(ひめ)もそこにいた。まず、議長(ぎちょう)が口火(くちび)を切って、「今や、月を見上げる子供たちが激減(げきげん)している。何とかせねば、我々(われわれ)の存在(そんざい)も危(あや)うくなる。子供の関心(かんしん)を月に向(む)けさせる手立(てだ)てを考えていただきたい」
「それなら…」ひとりの大臣(だいじん)が口を開いた。「新しいかぐや姫を送(おく)り込めばいい」
「それはどうでしょう」別の大臣が異論(いろん)を唱(とな)えた。「今の日本に、かぐや姫を宿(やど)すことのできる太(ふと)い竹(たけ)がどれだけあるか。それに、人間に見つけてもらわなければ何にもならない」
 議長はかぐや姫に意見(いけん)を求(もと)めた。かぐや姫は哀(かな)しげな顔で、「残念(ざんねん)ながら、かぐや姫を大切(たいせつ)に育(そだ)てることのできる人間はいないでしょう。人間の心は欲望(よくぼう)に満(み)ちています」
「ならば、我々もそれに従(したが)おう」急進的(きゅうしんてき)な議員(ぎいん)が発言(はつげん)した。「子供たちに欲望を植(う)え付けてやるのです。夢(ゆめ)よりも欲望の力のほうが、エネルギー量(りょう)は桁違(けたちが)いに大きくなる」
「でも、どうやって」議長は先を促(うなが)した。
「簡単(かんたん)なことです。人間の可愛(かわい)い娘(むすめ)たちを集(あつ)めて、アイドルグループを作るのです。そうすれば、人間たちは群(むら)がってくる。我々は労(ろう)せずして、欲望を手にすることが可能(かのう)です」
「私は反対(はんたい)です」かぐや姫が言った。「そんなことをしたら、人間は滅(ほろ)んでしまう」
 議員はさらにつけ加えた。「この役目(やくめ)は、かぐや姫にお願(ねが)いしたい」
「私が?」かぐや姫は一瞬(いっしゅん)考え、「分かりました。でも、私は人間を信じたいです」
<つぶやき>子供の頃の夢、いつから忘れてしまうのでしょう。いつまでも忘れないで。
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T:0100「家族会議のひとこま」
 斉藤家(さいとうけ)の家族会議(かぞくかいぎ)は紛糾(ふんきゅう)を極(きわ)めていた。それぞれの思惑(おもわく)が交錯(こうさく)し、妥協点(だきょうてん)を見出すことができなかった。ことの発端(ほったん)は、智宏(ともひろ)のひと言。「家を建(た)て替(か)えるぞ!」
 智宏は家族に何の相談(そうだん)もなく、家の間取図(まとりず)を見せ、
「どうだ。これが新しい我(わ)が家だ」
 そういう状況(じょうきょう)で家族が納得(なっとく)するはずもなく、まず妻(つま)が苦言(くげん)を呈(てい)した。
「ねえ、どうしてキッチンの広さが変わらないのよ。これじゃ、建て替える意味(いみ)ないでしょ」
 子供たちからも不満(ふまん)が飛び出した。「ねえ、あたし一人の部屋がいい。弟(おとうと)と一緒(いっしょ)なんて」
「僕(ぼく)だって、お姉(ねえ)ちゃんと一緒じゃイヤだよ。落ち着いて勉強(べんきょう)できないもん」
「仕方(しかた)ないだろ」智宏は父親の威厳(いげん)をもって言った。「土地(とち)の広さは同じなんだから」
 間取図をじっと見ていた妻が言った。「ねえ、この部屋は何よ。ずいぶん広いわね」
「ああ、これか」智宏はにっこり笑い、「俺(おれ)のコレクションルームさ。これだけあれば…」
「ちょっと、待ってよ」妻はすかさず言った。「これは、ダメでしょ」
 娘(むすめ)も加わって、「そうよ。もう、変(へん)なものを持ち込まないで」
「これは、必要(ひつよう)でしょう」智宏は反論(はんろん)した。「そのための、建て替えなんだから」
 家族は冷(ひや)ややかな目線(めせん)を向けた。その時、妻の父が乱入(らんにゅう)してきた。
「家を建てるんだって」父は間取図を見て、「どれが、わしの部屋なんだ?」
「お父さん!」妻はあきれて、「いくら新しいものが好きだからって、自分の家があるでしょ」
<つぶやき>家を建てることは、一大事業(いちだいじぎょう)なんです。家族との話し合いは大切(たいせつ)ですよね。
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T:0099「恋水から」
 私は木漏(こも)れ日のなか、公園(こうえん)のベンチでうたた寝(ね)をしていた。ふと気がつくと、近くのベンチに若(わか)い女性が座(すわ)っている。いつからそこにいたのだろう。誰(だれ)かを待(ま)っているのか…、彼女は動こうとはしなかった。
 ――それからどのくらいたっただろう。そろそろ行こうかと起(お)き上がると、まだそこに彼女はいた。待ち人は、まだ来てないのか? 辺(あた)りを見回してみたが、それらしい人影(ひとかげ)はまったくなかった。私は気になって、しばらく様子(ようす)をうかがうことにした。
 そろそろ日も傾(かたむ)きかけた頃(ころ)、彼女は大きなため息(いき)をついた。彼女の表情(ひょうじょう)から、寂(さび)しいのを我慢(がまん)しているのが分かった。そして、彼女の目からすーっと涙(なみだ)がこぼれ出た。
 まったく、誰なんだ。こんな可愛(かわい)い子を泣かせる奴(やつ)は。私は、放(ほ)っておけなくなって、彼女に駆(か)け寄(よ)った。そしてベンチへ飛(と)び乗(の)ると、彼女の身体(からだ)にすり寄った。
 彼女は突然(とつぜん)のことで驚(おどろ)いた様子だったが、私と目が合うとかすかに笑(え)みを浮(う)かべた。私は、飛びっきりの甘(あま)~い声でささやいた。ゴロニャ~ン。彼女は、間違(まちが)いなく微笑(ほほえ)んで、私の頭を優(やさ)しくなでてくれた。この日から、私は彼女と暮(く)らすことにした。
 二人の生活(せいかつ)は、瞬(またた)く間に過ぎていった。どうやら、彼女も新しい恋を見つけたようだ。そろそろ、私の役目(やくめ)も終(お)わりだな。私は、ふわふわのタオルの上でゆっくり目を閉じた。
<つぶやき>そっと寄りそってくれる、そんな誰かがいてくれる。幸せって何でしょう。
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T:0098「べっぴん彗星」
 夜空に突然(とつぜん)現れた彗星(すいせい)。日を追(お)うごとにはっきり見えてきて、どんどん地球(ちきゅう)に接近(せっきん)しているようだ。そして、江戸(えど)ではいろんな噂(うわさ)が飛びかった。
「おい、聞いたかい。星(ほし)が降(ふ)ってくるんだってよ。みんなで見物(けんぶつ)しようじゃねえか」
「熊(くま)さん、なに呑気(のんき)なこと言ってるんだい。どっかへ逃(に)げないと、おだぶつだよ」
「えっ? でも、あんなにちっちぇえじゃねえか。心配(しんぱい)いらねえよ」
「まだ遠くにあるから小さく見えるんだ。そばに来て見ろ、こんなにでっけえんだよ」
 ご隠居(いんきょ)は、手をめいっぱいに広げて見せた。「それに、あの星から出ている尾(お)っぽには、人を狂(くる)わす毒(どく)があるそうだ。ちょっとでも吸(す)い込んだら最後(さいご)――」
 そこへ、長屋(ながや)の寅(とら)さんが飛び込んで来て、
「てえへんだ! てえへんだよ、ご隠居さん」
「どうしたい、そんなにあわてて」
「これが、あわてずにいられよか。神(かみ)さんが来るんだってよ。ほら、あの空に浮(う)かんでるやつに乗(の)ってるんだってさ。もう、えれえ騒(さわ)ぎよ」
 それを聞いて熊さん、「へえ、それはどんな神さんだい。おいらも会ってみたいもんだ」
 ご隠居さんはあきれて言った。「お前さん、何も分かってないねえ」
「だってさ、人を狂わせるんだろ。だったら、べっぴんさんにきまってるじゃねえか」
<つぶやき>何も知らないというのは、いいことかもしれません。知る歓(よろこ)びがあるから。
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T:0097「結婚活動」
「あのですね、山崎(やまさき)様。この、お相手(あいて)の条件(じょうけん)についてなんですが…」アドバイザーは優(やさ)しく微笑(ほほえ)みながら言った。「二、三、ご質問(しつもん)させていただいても…」
「ええ、どうぞ」無表情(むひょうじょう)のまま女性は答(こた)えた。
「この、住(す)む場所は実家(じっか)から一キロ以内(いない)、というのは…」
「私、家族(かぞく)のことが大好(だいす)きなんです。できれば、同居(どうきょ)したいくらいなんです」
「そうですか。でも、たしか弟(おとうと)さんがいらっしゃいましたよね」
「ええ。同居ということになっても、弟にはちゃんと納得(なっとく)させます」
「そうなんですか……。では次の、絶対(ぜったい)に浮気(うわき)はしない…」
「当然(とうぜん)ですわ。そうでしょ。私を妻(つま)にするんですから」
「しかしですね、これは…」アドバイザーは困惑(こんわく)しながら言った。
「男は浮気をするものです。生物学(せいぶつがく)的に考えても、当然のことですわ。まあ、一応(いちおう)、条件として書いたまでです。もしそうなったら、追(お)い出すだけですから」
「ああ、なるほど……。あと、この遺伝子(いでんし)の採取(さいしゅ)に同意(どうい)すること、とありますが…」
「良い子孫(しそん)を残(のこ)す。それが、私たちが生きる一番(いちばん)の目的(もくてき)じゃありませんか。そうでしょ」
「はあ…、そ、そうなんです…か?」
「そのためには、相手の情報(じょうほう)を見きわめる必要(ひつよう)があります。一番良いマッチングを選(えら)ばなければ、良い子孫を得(え)ることはできませんわ。私が出した条件に、何か問題でも?」
<つぶやき>気持ちは二の次…。こんな時代が来るのでしょうか? 何だか淋(さび)しいです。
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T:0096「寿命の木」
 深い森の中。一人の男が、もう幾日(いくにち)もさまよい歩いていた。男には、どうしても見つけなければならないものがあった。それは、寿命(じゅみょう)の木。その実(み)を食べると、どんな病(やまい)でもたちどころに治(なお)してしまうと言い伝えられていた。持って来た食料(しょくりょう)も尽(つ)き、男は疲労(ひろう)と空腹(くうふく)でもうろうとしていた。薄(うす)れる意識(いしき)の中、どこからか声が聞こえた。
「何しに来たの? ここは人間が来る場所(ばしょ)じゃないわ」
 男には、その声がどこから聞こえてくるのか分からなかった。また、声がした。
「早く戻(もど)りなさい。いまなら、まだ間(ま)にあうわ」
「誰(だれ)だ?」男はかすむ目をこすり、「この森に住む精霊(せいれい)なのか? だったら、教(おし)えて下さい。寿命の木はどこにありますか? 俺(おれ)は、その実を持って帰らないといけないんだ」
「その木なら、あなたの前にあるわ」
 男の目の前に、たしかにその木はあった。枝(えだ)には、実がひとつ生(な)っている。男は、その実を取ろうと手を伸(の)ばした。また声がした。
「その実を取ると、あなたの寿命が尽きてしまいますよ。それでもいいの?」
「かまいません」男はきっぱりと言った。「だいじな人の命が助かるなら、かまわない」
「なら、持ってお行きなさい。寿命が尽きるまで、その人とともに生きるがいい」
<つぶやき>もし男の決意(けつい)が揺(ゆ)らいだら、精霊は男の命を抜(ぬ)き取ったかもしれませんね。
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T:0095「再仕分け」
「遅(おそ)かったじゃない」ありさは友達の良枝(よしえ)を迎(むか)え入れた。
「だって…」良枝は大きな荷物(にもつ)を運(はこ)び込み、「いろいろ準備(じゅんび)があって」
「準備って…。何を持って来たの?」
「大掃除(おおそうじ)に必要(ひつよう)なものよ。ほら、あなたのところ、何もないでしょ」
「あるわよ、それくらい」
 良枝は部屋(へや)の中を見渡(みわた)して、「やっぱり思った通りね。どうしたらこんなに散(ち)らかるわけ」
「これは…。今、片付(かたづ)けてる途中(とちゅう)なの。これから、いろいろと…」
「ちゃんと順番(じゅんばん)を考(かんが)えてやらないから、こんなことになっちゃうのよ」
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。もう、だいたい終(お)わってるから」ありさは部屋の中を指(ゆび)さして、「この辺(あた)りにあるのがいらないので、こっちにあるのがとっておくやつ。で、あとは…」
「ねえ、これ捨(す)てちゃうの? お気に入りだって言ってたじゃない」
 良枝は段ボール箱に無造作(むぞうさ)に入れられていたカバンを取り出して言った。
「それは、彼からもらったのだからいいの。この間(あいだ)、別れたから…」
「えっ、別れちゃったの? 良(い)い人だったのに。そうか、それで大掃除ね…。でもね、ありさ。このカバン、まだ充分(じゅうぶん)使えるわ。捨てたりしたら、この子が可哀想(かわいそう)よ。これはとっておきましょ。それに、これなんかもまだまだ使えるわよ――」
 良枝は、次々と再仕分(さいしわけ)けを始めた。その手際(てぎわ)のよさに、ありさは何も言えなくなった。
<つぶやき>残しておきたいものって、何を基準(きじゅん)に決めていますか。難(むずか)しい問題(もんだい)かもね。
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T:0094「宅配の人」
「ねえ、いつになったら私たち二人で出かけられるの?」
「もうすぐだよ。今日こそ届(とど)くと思うんだ。待ち望(のぞ)んでいるものが」
「あなたはいつもそう。この間(あいだ)だって、その前だってずっと。私は二人で出かけたいの」
「でも、二人で出かけてしまったら、誰(だれ)が宅配(たくはい)を受け取るんだい? 誰かいなきゃ」
「ねえ、何を待っているの? 教えてよ」
 女の我慢(がまん)も限界(げんかい)に来ていた。彼女は、ただ二人で楽しい時間を過ごしたいだけなのに。男は、彼女の気持ちも分からず、「それなんだよ。僕(ぼく)、何を待っているのかな? はっきり思い出せないんだ。でも、とっても大切(たいせつ)なものだと思うんだ。きっと、僕たちにとってね」
「何よそれ。何か分からずに待っているの? ねえ、もういいじゃない。そんなのほっといて、出かけましょうよ。私、行きたいところがあるの」
 その時、玄関(げんかん)のチャイムが鳴(な)った。男は、一目散(いちもくさん)に玄関へ。扉(とびら)を開けると、宅配の人が立っていた。手には小さな段(だん)ボール箱(ばこ)。男はそれをうやうやしく受け取る。女にも変な期待(きたい)がふくらみ、「ねえ、どこから来たの?」
「分からない。差出人(さしだしにん)が書(か)いてないんだ。でも、僕らの名前は書いてあるよ」
 男は慎重(しんちょう)にテープをはがし、箱(はこ)を開ける。箱の中にはカードが一枚。
 《おめでとう。二人には、永遠(えいえん)の幸(しあわ)せが約束(やくそく)されました》
<つぶやき>神様からの御墨付(おすみつ)き? でも、お互(たが)いの気持(きも)ちを尊重(そんちょう)しないといけません。
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T:0093「親友との再会」
「あら、小奈津(こなつ)じゃない。久(ひさ)しぶり」
 あたしはその声を聞いて身体(からだ)が震(ふる)えた。恐(おそ)る恐る振(ふ)り返ってみる。やっぱりそこにいたのは、
「菜津子(なつこ)…。どうして、ここに?」あたしの声はうわずっていた。
 彼女と出会ったのは小学生の頃(ころ)。菜津子と小奈津。名前が似(に)ているせいで、あたしはいつも彼女の添(そ)え物(もの)になっていた。そりゃ、彼女は転校生(てんこうせい)で頭(あたま)が良くて、美人(びじん)で明るくて誰(だれ)からも好(す)かれて…。非(ひ)の打(う)ち所なんてみじんも無(な)い。あたしなんか……。
 菜津子は、どういうわけかあたしを親友(しんゆう)に選(えら)んだ。あたしは、別に嫌(いや)だっていう理由(りゆう)もないし、何となくそれを受(う)け入れた。それが、転落(てんらく)への道(みち)だとも気づかずに。
 別に、彼女が悪(わる)いわけじゃない。彼女と付き合ってみれば分かるけど、本当(ほんとう)に純真無垢(じゅんしんむく)で天使(てんし)のような心(こころ)を持っていた。悪いのはまわりの男子(だんし)だ。あたしが彼女と仲良(なかよ)しだからって、彼女はどんな男が好きかとか、彼女と付き合うにはどうすればいいんだ。彼女は今朝(けさ)何を食べた…。もう、いつも話題(わだい)は彼女のことばかり。こんなことが、高校まで続いたの。で、あたしは決めたんだ。大学は絶対(ぜったい)違(ちが)う所へ行こうって。菜津子は東京へ行ったけど、あたしは地元(じもと)の大学に入学した。あたしの大学生活は、そりゃ充実(じゅうじつ)してたわ。
 それなのに、何で、職場(しょくば)で彼女と再会(さいかい)? 何で同じ会社(かいしゃ)? しかも、何で本社(ほんしゃ)から転勤(てんきん)してくるのよ。絶対…、絶対にあたしの彼には紹介(しょうかい)しないから。
<つぶやき>誰かと比(くら)べるのは止(や)めよう。あなたはあなたなんだから。胸(むね)をはりましょう。
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T:0092「恋人売ります」
「何だよ、こんなところに呼(よ)び出して」丸雄(まるお)はカフェの席(せき)につくなり言った。
「遅(おそ)かったじゃないか。何やってたんだよ」親友(しんゆう)の拓也(たくや)はむずむずしながら、「実(じつ)はさ、ネットショッピングですっごいの見つけちゃって。俺(おれ)、買っちゃったんだよ、恋人(こいびと)を」
「恋人?」丸雄は何の話をしているのか分からず、拓也の顔をまじまじと見つめた。
「それがさ、いくらだと思う? 何と、一万円プラス消費税(しょうひぜい)。すっごいだろ」
「何だよそれ」丸雄はあきれて言った。「そんな、恋人が買えるわけないだろ。お前、絶対(ぜったい)だまされてるぞ。まさか、振(ふ)り込んだりしてないだろうな、金(かね)」
「振り込んだよ。決まってるじゃないか。だって、一万プラス消費税だぞ。それで、恋人ができるんだ。俺たち念願(ねんがん)の…。考えてもみろよ、俺たち彼女いない歴(れき)、何年だ?」
「もう、付き合ってらんないよ。俺、帰るな。これから、仕事(しごと)があるんだ」
「ダメだよ。お前がいないでどうするんだよ」
「俺には関係(かんけい)ないだろ」丸雄は席を立とうとするが、拓也は必死(ひっし)に引き止めて、
「来るんだよ、今からここに。その、恋人が…。それでな、お前の写真(しゃしん)を送っといたから、お前がいないと会えないだろ。その、恋人に」
「な、なに考えてんだよ。オ、オレ、どうすればいんだ。急に、そんなこと言われても…」
<つぶやき>男はどうしてこんなに浅(あさ)はかなんでしょう。でも、その恋人は来たのかな?
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T:0091「夢の絆創膏」
 アマゾンの密林(みつりん)。鈴木(すずき)がここに来ることになった発端(ほったん)は、インターネットに流れていた噂(うわさ)。<アマゾンの奥地(おくち)には、どんな怪我(けが)でも治(なお)してしまう絆創膏(ばんそうこう)がある>
 ことの真相(しんそう)は分からないが、もしそれが本当(ほんとう)なら会社に大きな利益(りえき)をもたらすだろう。これだけの大仕事を任(まか)せられるのは、日本のサラリーマン、鈴木良夫(よしお)しかいなかった。
 ――彼はやっとの思いで、小さな村にたどり着いた。そこで彼が目にしたのは、誰(だれ)もが絆創膏をつけていることだ。彼は村人(むらびと)をつかまえて話を聞こうとした。もちろん、彼は現地(げんち)の言葉(ことば)など分からない。身(み)ぶりや手ぶり、物真似(ものまね)まで使って意思疎通(いしそつう)を図(はか)った。その甲斐(かい)あってか、村人は彼を一軒(いっけん)の小屋(こや)へ案内(あんない)した。
 小屋の中に入って、彼は驚(おどろ)いた。そこにいたのは、紛(まぎ)れもない日本人の青年(せいねん)だった。
「こんなところでスーツ姿(すがた)を見られるなんて」青年はひとなつっこく笑(わら)った。
「スーツは日本のサラリーマンの正装(せいそう)ですから」鈴木は胸(むね)をはって言った。「ところで、どうしてあなたはこんなところにいるんですか?」
「僕ですか。僕は絆創膏を売り歩いてるんです。世界中まわりましたけど、ここの人たち、僕の絆創膏を気に入っちゃって。これを貼(は)ってると悪霊(あくりょう)が逃(に)げて行くんだそうです」
「それじゃ、この絆創膏は日本で手に入るんですか?」
「もちろんです。あっ、じゃあ、僕の名刺(めいし)を渡(わた)しときますね」
<つぶやき>日本のサラリーマンはすごいんですね。どこへでも行っちゃうんですから。
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T:0090「ご先祖様」
 それは突然(とつぜん)のことだった。朝食の後片付(あとかたづ)けを終えて振(ふ)り返ったとき、その人はそこにいたのだ。じっと芳恵(よしえ)を見つめて…。その顔は、間違(まちが)いなく不機嫌(ふきげん)だった。
「だれ……ですか?」芳恵はやっとのことで言葉(ことば)を発(はっ)した。
「誰(だれ)って、あんたの先祖(せんぞ)だよ」四十(しじゅう)がらみの、着古(きふる)した和服姿(わふくすがた)の女は言った。
「まったく、なってないよ、あんたの段取(だんど)りの悪(わる)さは。誰に教(おそ)わったんだい?」
「あの…」芳恵は、もう唖然(あぜん)とするばかり。
「ずっと上から見てたけどさ。もう、我慢(がまん)できなくて出て来ちゃったよ」
「で、出て来たって? それは、どういう…」
「いいかい。これからみっちり仕込(しこ)んでやるから。しっかり覚(おぼ)えなよ」
「あの、でも…、あたし、これから仕事(しごと)に…」
「なに言ってんだい。子育(こそだ)てもまともにできないで、何が仕事だ」
「でも、行かないと…」芳恵は声を震(ふる)わせながら、「家のローンだってあるし…」
「旦那(だんな)の稼(かせ)ぎでやっていけないようじゃ、どうしようもないねぇ。わしが、主婦(しゅふ)の神髄(しんずい)をたたき込んでやるか」女は芳恵の腕(うで)をつかんで、「逃(に)げ出そうとしても、無駄(むだ)だからね」
 その日から、芳恵のつらく、厳(きび)しい主婦修業(しゅぎょう)が始まったのである。
<つぶやき>便利(べんり)な生活(せいかつ)に慣(な)れてしまうと、ついつい楽をしたくなる。気をつけたいです。
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T:0089「代わり者」
「なあ、頼(たの)むよ。俺(おれ)、今日は部活(ぶかつ)に遅(おく)れるわけにいかないんだ」
 服部(はっとり)はそう言うと教室(きょうしつ)を飛(と)び出した。その様子(ようす)を見ていた班長(はんちょう)の香里(かおり)が近寄(ちかよ)って来て、
「ねえ、吉井(よしい)君。何で断(ことわ)らないのよ。掃除当番(そうじとうばん)なんだから、服部君にやらせなきゃ」
「いや、あの…、別に僕(ぼく)は…」吉井はうつむいたまま答えた。
 そこへ、野球部、陸上部、バレー部などの部長(ぶちょう)たちが走り込んできた。少し遅れて、書道部、茶道(さどう)部、吹奏楽(すいそうがく)部、料理研究部の部長たちも。この学校の全てのクラブの部長たちが勢(せい)ぞろいしたようだ。彼らの目的(もくてき)は吉井君。でも、彼のことを吉井と呼ぶものはひとりもいなかった。鈴木(すずき)、山崎(やまざき)、亀山(かめやま)、佐藤(さとう)、沢田(さわだ)、林(はやし)……などなど。
「吉井君、どうなってるのよ」香里は、教室いっぱいに集まった部長たちを見て言った。
「いや、あの…」吉井は頭(あたま)をかきながら、「代(か)わってくれって頼まれて、それで…」
 真(ま)っ先に吉井の腕(うで)をつかんだのは野球部だった。「頼むよ。今度の試合(しあい)に勝(か)ちたいんだ」
 ほかの部長たちも吉井に近づこうと押(お)し合いながら、「うちのクラブには君が必要(ひつよう)なんだ」「あなたの才能(さいのう)を生かせるのは私たちのクラブよ」「いや、俺たちのクラブに」
「ちょっと、待ってよ!」香里が大声を張(は)り上げてみんなを制(せい)した。
「吉井君は誰かの代わりなんかじゃないわ! 吉井君は、吉井君なんだから」
「いや、あの…」吉井は香里に申(もう)し訳(わけ)なさそうに言った。「別に、僕は…」
<つぶやき>代役(だいやく)なのに才能を発揮(はっき)してしまう。吉井君とは、いったい何者なのでしょう。
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T:0088「恋電気」
「恵里香(えりか)にもやっと来たわけね」愛子(あいこ)は半(なか)ばからかうように言った。
「そんなんじゃないわ。ただ、あの人とちょっと手が触(ふ)れたとき…」
 恵里香はその時のことを思っただけで、胸(むね)が高鳴(たかな)り頬(ほお)を赤らめた。
「ねえ、どんなシチュエーションで手を握(にぎ)ったのよ」
 愛子は恵里香の手をとって言った。でも、恵里香はそんなことまったく耳に入らず、
「ねえ、どうしたらいいと思う? 私、これは運命(うんめい)だと思うの。だって、佐藤(さとう)君の手に触れただけなのに、ビビって、まるで電気(でんき)が走ったみたいに…。私、頭(あたま)の中がまっ白になっちゃった」
 恵里香は一般常識(いっぱんじょうしき)がずれているというか、天然(てんねん)なところがあった。愛子は、そこのところは心得(こころえ)ていて、バカなことをしないようにいつも注意(ちゅうい)をはらっていた。今度も、愛子はさとすように言った。「あのさ、それって、きっと静電気(せいでんき)だと思うよ」
「そんなことないわ。だって、ビビって…。ビビってしたんだから、ほんとに」
「恵里香、運命なんてそうそうあるもんじゃないわ。それに、佐藤には好きな娘(こ)いるわよ」
「だって、これは運命よ。ビビってきたんだもん」恵里香は口をとがらせた。
「いい。よく考えなさい」愛子は恵里香の肩(かた)をつかんで言った。「恵里香は、男に免疫(めんえき)がないんだから。好きになる人は、もっと慎重(しんちょう)に選(えら)ばないとダメだよ」
<つぶやき>いつも思うんです。運命の人を見分(みわ)ける方法(ほうほう)があったらいいのになぁって。
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T:0087「遺産相続」
 古(ふる)ぼけた洋館(ようかん)。建てられた当時(とうじ)はハイカラな住まいだったが、百年近くたった今となっては見る影(かげ)もなかった。広い庭(にわ)も雑草(ざっそう)や木々(きぎ)が生(お)い茂(しげ)り、うっそうとした森と化(か)していた。
 その洋館を前にして一組の一家が呆然(ぼうぜん)と立ちつくしていた。中学生の娘(むすめ)が誰(だれ)に言うともなくつぶやいた。「あたしたち、ここに住むの…」
「そうね」妻(つま)は戸惑(とまど)いをあらわに言った。
「こんなにひどいとは思わなかったわ」
 夫(おっと)は取(と)り繕(つくろ)うように、「すっごい屋敷(やしき)だろ。子供のときさ…」
「あなた、どうしてちゃんと確認(かくにん)しなかったの」
 妻は静(しず)かに言った。しかし、その声には身(み)も凍(こお)るような冷(つめ)たさがあった。
「いや…。子供の頃、ここに来たとき、ほんとワクワクするようなところでさ」
「それ、何十年前の話なのよ。もう、私たち戻(もど)れないのよ、前の家には」
「お前だって、大きな屋敷に住めるって、喜(よろこ)んでたじゃないか」
「それは、あなたが大叔父(おおおじ)の遺産(いさん)がもらえるって、大はしゃぎするから…」
「ねえ」娘が話に割(わ)り込んで言った。「中に入ろうよ。どんなだか見てみたいわ」
「ああ、そうだな」夫は鍵(かぎ)を出しながら、「きっと、お前も気に入ると思うよ」
「明日から大変(たいへん)よね。きれいに掃除(そうじ)しないと」娘は楽(たの)しそうに言った。これから始まる新生活に胸(むね)を躍(おど)らせているようだ。「ねえ、友だちができたら、呼んでもいい?」
<つぶやき>どこまでも前向きでいたいよね。それが幸せにつながるのかもしれません。
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T:0086「風になりたい」
風になりたい
あなたから遠く離(はな)れても いつもあなたを見守(みまも)っていたいから
あなたが淋(さび)しくて涙(なみだ)するとき 暖(あたた)かな風でそっとあなたの髪(かみ)をなでてあげる
どんなに辛(つら)いことがあっても あなたはひとりじゃないんだから
風になりたい
あなたと会えなくなっても いつもあなたのそばにいたいから
あなたがやるせなくむせぶとき 優(やさ)しい風でそっとあなたをつつんであげる
どんなに苦(くる)しいことがあっても あなたなら乗(の)り越(こ)えられるはず
風になりたい
あなたのことを忘(わす)れないように いつもあなたを感じていたいから
あなたが楽しそうに微笑(ほほえ)むとき 木々(きぎ)をゆらして音楽(おんがく)を奏(かな)でよう
どんな時でもあなたの笑顔(えがお)は きっとまわりを幸(しあわ)せにできるはず
風になりたい
あなたが前に進もうとしていたら 力いっぱい背中(せなか)を押(お)してあげたいから
あなたが夢に心踊(こころおど)らすとき すがすがしい風で送(おく)り出してあげよう
いつでもどこでも未来(みらい)を開くのは ほんの少しの勇気(ゆうき)と信念(しんねん)なのだから
<つぶやき>人間はとっても小さな存在(そんざい)だけど、大きな可能性(かのうせい)を秘(ひ)めていると思います。
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T:0085「重大事件発生」
「うーん」探偵(たんてい)は首(くび)をひねった。「これは…」
 と言ったなり黙(だま)り込(こ)む。そばにいた警部(けいぶ)は心配(しんぱい)そうに、探偵の次の行動(こうどう)を見守(みまも)った。
 探偵はいくつもの難事件(なんじけん)を解決(かいけつ)にみちびき、警察(けいさつ)からも一目置(いちもくお)かれていた。その彼をもってしても、今回の事件は先(さき)が見えなかった。何ひとつ、手掛(てが)かりになるものがないのだ。
「どこかに出口(でぐち)があるはずです。この問題(もんだい)を解決(かいけつ)する」
「出口……見つかりそうですか?」
 警部は探偵を見つめた。もし、この事件が解決できないと、警部の命運(めいうん)も尽(つ)きてしまう。
 「まず謝(あやま)るべきです」
 探偵はおもむろに口を開いて、「きっと奥(おく)さんもわかってくれます」
「それができないから、こうして頼(たの)んでるんじゃないですか。あいつは、うちのやつはですね、そんな生易(なまやさ)しいやつじゃないんです」
「鬼(おに)警部と恐(おそ)れられているあなたよりも…、ですか?」
「私なんかね、あいつの前ではネコ同然(どうぜん)ですから」
「しかし、この状態(じょうたい)では…」探偵は足の踏(ふ)み場(ば)もなく散(ちら)らかっている部屋を見回(みまわ)した。
「どうしても思い出せなくて、つい…。でも、この部屋にあることは間違(まちが)いないんです」
「まず落ち着いて、ゆっくり思い出しましょう。結婚指輪(けっこんゆびわ)をどこに置(お)いたのかを…」
<つぶやき>あなたは好きな人からどう思われてますか。優しい気持ちを忘れないでね。
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T:0084「魅惑の宴」
「これ、美味(おい)しいね」ステーキをほおばりながら、由香里(ゆかり)は嬉(うれ)しそうに言った。
「そうでしょ」百合恵(ゆりえ)は得意気(とくいげ)に、「この料理(りょうり)で三千円よ。しかも、食べ放題(ほうだい)のバイキング」
「もう、あたし幸(しあわ)せすぎて」由香里の手は止まらなかった。次々(つぎつぎ)と料理を口へ運んでいく。
 どこからか、かすかに声が聞こえてきた。でも、二人には聞こえない様子(ようす)。
<もう、やめなって。昨日(きのう)、あんなに後悔(こうかい)したのに。ダイエットするんじゃなかったの>
 どうやら、これは由香里の心の声。由香里は聞こえているのか、それとも無視(むし)しているのか。心の声はあまりにもか細(ぼそ)く、彼女の食欲(しょくよく)に打(う)ち勝(か)つことはできなかった。
<いつまで食べるつもりよ。もう元(もと)は充分(じゅうぶん)とったんだから、いい加減(かげん)にしなよ>
 由香里は取り分けてきた料理をすべて平(たい)らげてしまった。でも、まだ物足(ものた)りないのか、目の前の百合恵にささやいた。
「ねえ、今度(こんど)はデザートいかない? さっき、美味しそうなの見つけといたの」
「いいわねぇ。あたしの分もお願(ねが)い」
<冗談(じょうだん)じゃないわよ。これ以上食べたら取り返しのつかないことになるわよ>
 由香里は立ち上がり、デザートの方へゆっくりと歩き出した。
<ダメよ。ダメだってば。止まりなさい。そっち行っちゃダメ! ブタになるわよ!>
<つぶやき>食べることは楽しみのひとつ。でも、たまには心の声に耳を傾(かたむ)けましょう。
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T:0083「髪の長い彼女」
 僕(ぼく)は髪(かみ)の長い女性が好きだ。それも、黒髪(くろかみ)のストレート。こう、髪をスーッとかき上げる仕草(しぐさ)はたまらない。なぜ女性の好みがかたよってしまったのか。それは、姉(あね)の影響(えいきょう)が大(だい)なのだ。姉は子供の頃(ころ)から髪を短くしていて、よく男の子と間違(まちが)われていた。性格(せいかく)も男勝(おとこまさ)りで、僕はいつも泣(な)かされてばかり。大人(おとな)になった今でも、頭(あたま)が上がらない。だから、姉とは正反対(せいはんたい)の女性に惹(ひ)かれてしまうのだろう。
 今の彼女は、やっぱり髪が長くて、優(やさ)しくて、思いやりがあって…。彼女のそばにいるだけで、心が癒(いや)されてしまう。彼女を見ているだけで、幸(しあわ)せな気分(きぶん)になる。今夜も…。
「今日はありがとうね。これでやっとテレビが見られるわ。あたし、配線(はいせん)のことよく分からなくて。夕飯(ゆうはん)、食べていくでしょ。じゃ、ちょっと着替(きが)えてくるね。待ってて」
 彼女はそう言うと隣(となり)の部屋(へや)へ。僕は彼女の部屋に入るのは初めてだった。何だか落ち着かない。彼女が出て来るまで、僕は何もできずにじっと座(すわ)っていた。
 扉(とびら)の開く音で僕は振(ふ)り向いた。そこにいた彼女は…。
「どうしたの?」彼女は唖然(あぜん)としている僕を見て、「どう、似合(にあ)うでしょ。これが、あたし」
「えっ…、何で? か、髪が…」
「短いほうが楽(らく)なのよ。仕事(しごと)に行くときはウイッグにしてるけど、こっちの方が気に入ってるの。さて、なに作ろっかなぁ。これでもあたし、料理(りょうり)は得意(とくい)なのよ」
<つぶやき>あなたはどんな基準(きじゅん)で恋人を選(えら)びますか。きっとひとつではないはずです。
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T:0082「まだ早い」
「あかり、風呂(ふろ)入るぞ」泰造(たいぞう)は愛娘(まなむすめ)と過(す)ごすこの時間を、何よりも楽しみにしていた。
 いつものあかりだったら喜(よろこ)んで父親に駆(か)け寄って行くのだが、今日はどうも様子(ようす)が違(ちが)う。泰造から隠(かく)れるように、母親の恵理(えり)の後(うし)ろにくっついた。
「どうした? パパ、先(さき)に入っちゃうぞ」
「いいもん」あかりは半分(はんぶん)顔を覗(のぞ)かせて言った。「あかり、ともくんがいい」
「ともくん?」泰造は首(くび)を傾(かし)げて恵理に訊(き)いた。
「誰(だれ)のことだよ、えっ?」
「ほら、この間、近所(きんじょ)に引っ越してきた吉村(よしむら)さんとこの…」
「聞いてないよ、そんなこと」泰造はムッとして言った。
「そうだった? 何か、すっごく仲良(なかよ)しになっちゃって」理恵は楽しそうにあかりに声をかけた。「ねっ、あかり。ラブラブだよねぇ」
「うん、ラブラブだよねっ」
「冗談(じょうだん)じゃないよ」泰造は顔色(かおいろ)を変えてあかりに駆け寄り、
「お前には、まだ早い。何が、ラブラブだよ。パパは絶対(ぜったい)に…」
「あなた、なに言ってるのよ。あかり、怖(こわ)がってるでしょ」
「お前も、お前だ。何で、そんな男と遊(あそ)ばせるんだ。それでも、母親か」
「もう、いい加減(かげん)にして。あかりはまだ幼稚園(ようちえん)よ。今から、そんなこと言ってどうするの」
<つぶやき>父親にとって、娘は特別(とくべつ)な存在(そんざい)なのかもしれません。でも、ほどほどにね。
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T:0081「好きの条件」
「ねえぇ、最低(さいてい)の男でしょ。何であんなやつ、好きになったのかなぁ」
 あすみは親友(しんゆう)の芳恵(よしえ)のマンションに押(お)しかけて、愚痴(ぐち)をこぼした。
「それって、普通(ふつう)のことだと思うけど」芳恵はまたかと思いながら、「そんなことで別れてたら、あんた絶対(ぜったい)結婚(けっこん)できないよ」
「でもぉ、あんなだらしない人だとは思わなかったの」
「あすみは几帳面(きちょうめん)すぎるのよ。うちの旦那(だんな)なんか、いつものことよ。もう少しさぁ――」
「あたしは、ほんの少しでいいから気を使って欲(ほ)しいだけなの。そんな難(むずか)しいことじゃないわ。使ったタオルは四角く掛(か)けておくとか、脱(ぬ)いだ靴(くつ)はきれいにそろえる。それと、服(ふく)とかそこら辺に脱ぎ捨(す)てない。あと、部屋の中を散(ち)らかさない、食べこぼしは…」
「はいはい、わかったから」芳恵はそう言うとハーブティーをあすみの前に置いて、「これ飲んで、少し落ち着こう」
 あすみは言われるままにハーブティーを口にする。芳恵はそれをしばらく眺(なが)めてから、
「そんなに嫌(いや)なら、別れちゃいなさい。それがいいわ。もっと他に良い人がいるかも…」
「えっ、なに言ってるのよ。あたしは別に…、そこまで…」
「経理(けいり)の山田(やまだ)君なんてどう? 面白味(おもしろみ)はないけど、几帳面よ。あすみにぴったりかも」
<つぶやき>嫌なところばかり見ていると、良いところが見えなくなってしまうかも…。
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T:0080「もうひとりの自分6」
 会議室(かいぎしつ)に飛(と)び込んだ二人は、一瞬(いっしゅん)凍(こお)りついた。ちょうど企画会議(きかくかいぎ)の真(ま)っ最中(さいちゅう)だったのだ。部屋の中にいた全員(ぜんいん)の視線(しせん)が二人に向けられた。
「あれ…」さおりはひきつった笑顔(えがお)を作り、うわずった声で誤魔化(ごまか)した。「すいません。部屋を間違(まちが)えたみたいです」さおりは吉田(よしだ)の手をつかむと、慌(あわ)てて会議室から飛び出した。
「あの、先輩(せんぱい)」吉田は息(いき)も荒(あら)く動転(どうてん)しているさおりにささやいた。「大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」
 その声でやっとさおりは我(われ)にかえった。ふと、吉田の手を握(にぎ)ったままなのに気づいて、慌てて放し頬(ほお)を赤らめた。「ごめんなさい。わたし…。忘れて、今日のことは、ね…」
 さおりはそう言うと、吉田の前から逃(に)げ出した。「何やってるんだろう、わたし…」
「あの、いいですよ」吉田は離れていくさおりの背中(せなか)に声をかけた。「今日、空(あ)いてます」
「えっ?」さおりはきょとんとした顔で振(ふ)り返った。
「僕、いい店、捜(さが)しておきます」吉田はさわやかな笑顔を見せた。
「ダメダメダメ」さおりは吉田に駆(か)け寄り、「なに言ってるの、わたしなんかと…」
「いいえ、先輩にはいつもお世話(せわ)になってますから。今日は、僕がおごります」
「そんな…。じゃあ、他の子も誘(さそ)って…」
「そんな。僕は二人だけで…。僕とじゃ、ダメですか?」
 もうひとりの自分は二人のやりとりをじっと見つめていた。そして、満足(まんぞく)げににっこり微笑(ほほえ)むと、煙(けむり)のように消えていった。
<つぶやき>もうひとりの自分って何だったんでしょうね。幸せを運ぶ天使(てんし)だったのかな?
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T:0079「もうひとりの自分5」
 次の日のこと。もうひとりの自分の行動(こうどう)は素早(すばや)かった。出社(しゅっしゃ)するなり、後輩(こうはい)の男性社員にメモをはさんだ書類(しょるい)を手渡(てわた)して、「よろしくね」と言って微笑(ほほえ)んだ。もちろん、これはさおりを意(い)のままに操(あやつ)ったもうひとりの自分の仕業(しわざ)なのだが――。
「ねえ、どういうつもりよ」さおりはトイレに駆(か)け込み訴(うった)えた。「昨夜(ゆうべ)も言ったじゃない。吉田(よしだ)君はダメだって。幾(いく)つ歳(とし)が離(はな)れてると思ってるの? 五つよ、五つ!」
「それが何よ。大(たい)した問題(もんだい)じゃないわ。あの子ね、入社(にゅうしゃ)したときからあなたのこと気にしてたのよ。あなたは気づかなかったかもしれないけど」
「あのね。それは、わたしが隣(となり)の席(せき)にいて、いろいろ仕事(しごと)を教えてあげてたからで…」
「もう、いつまでぐちぐち言ってるの。さあ、行くわよ。待たせちゃ悪(わる)いでしょ」
 もうひとりの自分は操り人形(にんぎょう)のようにさおりの身体(からだ)を動かした。さおりにはどうすることもできなかった。手鏡(てかがみ)を取り出そうにも、手すら自由(じゆう)にできないのだ。
 会議室(かいぎしつ)の前でさおりは吉田と鉢合(はちあ)わせした。吉田は身(み)をこわばらせた。
「あの…」彼はしどろもどろになりながら、「今日は良い天気(てんき)ですね。ははは…」
「そうね。ふふ…」さおりもどうすればいいか分からず相槌(あいづち)を打(う)った。それを見かねたもうひとりの自分は、吉田の腕(うで)をつかむと会議室に押(お)し込んでドアを閉めた。
<つぶやき>こらこら、ちょっとやり過ぎじゃないですか? この話の結末(けつまつ)はどうなるの?
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T:0078「もうひとりの自分4」
 さおりは落ち着かない様子(ようす)で摩天楼(まてんろう)に入って行った。今までこんな華(はな)やかなドレスは着たことがなかったのだ。神谷(かみや)はもう先に来ていて、手を挙(あ)げてさおりを呼(よ)んだ。
 二人だけの食事はとても楽しいものだった。神谷は女性の扱(あつか)いがうまくて、話題(わだい)も豊富(ほうふ)で飽(あ)きさせることがなかった。きっと、何人もの女性と付き合ってきたのだろう。
 食事の後、さおりはバーでほろ酔(よ)い気分(きぶん)で神谷のおしゃべりを聞いていた。その時、
「あら、裕二(ゆうじ)さん」と妖艶(ようえん)な女性が話しかけてきた。「今日はどうしたの?」
「ああ、麗華(れいか)さん…」神谷はちょっと気まずい感じになった。
 麗華はさおりをちらっと見たが、「ねえ、向こうで一緒(いっしょ)に飲みましょ。お話ししたいこともあるし。ねえ、いいでしょう?」麗華は甘(あま)えるように神谷にしなだれかかった。
「ごめん」神谷はさおりに、「得意先(とくいさき)のお嬢(じょう)さんなんだ。今日はこれで」
 神谷はさおりの返事(へんじ)も聞かずに立ち上がり、麗華に腕(うで)を取られて行ってしまった。
「あらら…」もうひとりの自分が口をはさんだ。「残念(ざんねん)だったわね」
「何よ」さおりは周(まわ)りを気にして小声で言った。「いいわよ、どうせ…」
「もし悪女(あくじょ)になる度胸(どきょう)があるんだったら、奪(うば)い返してあげてもいいのよ」
「わたしは、そんな…」さおりは目をそらし、うつむいてしまった。
「そうね。悪女ってタイプじゃないわよね。じゃ、あきらめなさい。どうせ、そんなに好きじゃなかったんだし。別の男にしようよ。そうだ、ちょうどいいのがいるじゃない」
<つぶやき>今度は何をしようとしているのでしょうか。気が気じゃないさおりであった。
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T:0077「もうひとりの自分3」
 神谷(かみや)という男は社内(しゃない)きってのイケメンで、女子社員だれもが少しでも近づこうとしのぎを削(けず)っていた。さおりもあこがれていたが、自分とはつり合わないと最初(さいしょ)からあきらめていた。遠くから眺(なが)めているだけで、さおりはそれで充分満足(じゅうぶんまんぞく)していたのだ。
 でも、今日はいつものさおりとは違(ちが)っていた。出社(しゅっしゃ)するなり女子社員たちを押(お)しのけて、
「ねえ、今夜八時。国際(こくさい)ホテルの摩天楼(まてんろう)に来て。待(ま)ってるから」
 神谷をはじめ、周りにいた女子社員たちはあっけにとられた。さおりがこんなことを言うなんて、誰(だれ)も想像(そうぞう)すらしていなかった。でも、いちばん驚(おどろ)いていたのはさおりだった。自分の意思(いし)とは関係(かんけい)なく、勝手(かって)に足が動き、勝手に言葉(ことば)が口からあふれ出てしまったのだ。
 さおりは顔(かお)を真っ赤にしてトイレに駆(か)け込んで叫(さけ)んだ。「なにしてるのよ!」
「彼、きっと来るわよ」もうひとりの自分が姿(すがた)を現し嬉(うれ)しそうに言った。「楽しみだわぁ」
「もう…、余計(よけい)なことしないでよ。どうするのよ。わたし…」
「心配(しんぱい)ないって。わたしが助(たす)けてあげるから。まずは、その服(ふく)ね。もっとドレスアップしなくちゃ。仕事(しごと)が終わったら速攻(そっこう)で買いに行くわよ」
 服選(えら)びは大変(たいへん)だった。鏡(かがみ)を隠(かく)さないともうひとりの自分が出てこられないから。服を選んでいるあいだ、さおりは楽しくなってきている自分に驚いた。最初(さいしょ)は嫌々(いやいや)だったのに…。
<つぶやき>もうひとりの自分に振(ふ)りまわされてるさおり。まだ、お話は続いちゃいます。
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T:0076「もうひとりの自分2」
 さおりはあの日からずっと、もうひとりの自分に付(つ)きまとわれていた。見られているだけでも落ち着かないのに、休む間(ま)もなくしゃべりかけてくるのだ。でも、さおりはその対処法(たいしょほう)を見つけた。自分の姿(すがた)が鏡(かがみ)やガラスに映(うつ)っているとき、彼女をそこに閉(と)じ込(こ)めることができるのだ。おしゃべりも止(や)めさせることができた。
 彼女の姿は他の人には見えないようだ。だから、人前(ひとまえ)では彼女を無視(むし)することにした。だって、一人でぶつぶつしゃべっていたら、変(へん)な人に思われてしまうから。会社にいるときは要注意(ようちゅうい)。もちろん、机(つくえ)の上には鏡を置いて、邪魔(じゃま)されないようにしていた。
 ある日、もうひとりの自分がある提案(ていあん)をした。
「ねえ。あなた、営業(えいぎょう)の神谷(かみや)さんのこと好きなんでしょ」
「何よ、急に」さおりは動揺(どうよう)をかくせなかった。「そんなことないわよ」
「分かってるわよ。だって、私はあなたなんだもん」
「あなたには関係(かんけい)ないでしょ」さおりはそう言うと手鏡(てかがみ)を手に取った。
「もう帰ってよ。あなたのいた場所(ばしょ)に。私の前から消(き)えてちょうだい」
「いやよ」そう言うと、もうひとりの自分は楽(たの)しそうに微笑(ほほえ)んだ。「わたしが、神谷さんと付き合えるようにしてあげる。簡単(かんたん)なことよ。ちょっと足を踏(ふ)み出せばいいんだから」
<つぶやき>この話、まだ続くのでしょうか? さおりの運命(うんめい)は、どうなっちゃうの…。
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T:0075「もうひとりの自分1」
 さおりは初めて行った町で、古風(こふう)なアンティークの店を見つけた。何かに引きよせられるように店内(てんない)に入ってみると、きれいに装飾(そうしょく)された小さな手鏡(てかがみ)が目に止まった。
「わぁ、すてき…」さおりは思わずつぶやいた。
 それを見ていた店主(てんしゅ)の老婦人(ろうふじん)は優(やさ)しく微笑(ほほえ)み、「どうぞ。手にとってよく見て」
 さおりは手鏡を手に取ると、恐(おそ)る恐る値段(ねだん)を聞いてみた。年代物(ねんだいもの)の鏡のようで、高貴(こうき)な人が使っていたに違(ちが)いないと思ったからだ。さおりは今まで物欲(ぶつよく)というものを感じたことはなかった。でも、これだけはどうしても手に入れたいという衝動(しょうどう)を抑(おさ)えきれなかった。
「今月の給料日(きゅうりょうび)までは節約生活(せつやくせいかつ)ね」さおりは家に帰るとつぶやいた。でも、後悔(こうかい)はなかった。大切(たいせつ)に持って帰ってきた手鏡を箱(はこ)から出し、自分の顔を鏡に映(うつ)してみる。不思議(ふしぎ)と他の鏡よりも自分の顔がきれいに見えた。何だか嬉(うれ)しくなって笑(え)みがこぼれた。
 そのとき、突然(とつぜん)、鏡から閃光(せんこう)が走った。さおりはまぶしくて目を塞(ふさ)いだ。一瞬(いっしゅん)のことで、何がどうしたのか…。目を開けてみると、目の前に女が座(すわ)っていた。さおりは飛(と)び上がった。あまりのことに言葉(ことば)も出ない。それに、その女は双子(ふたご)のように自分とそっくりなのだ。
 その女は立ちあがり背伸(せの)びをすると、嬉しそうにつぶやいた。「やっぱり、外(そと)はいいわ」
「あなた、だれ?」さおりは何とか言葉を絞(しぼ)りだした。女はさおりの手を取ると、
「わたしは、あなたよ。あなたは、わたし」そう言って女は微笑んだ。
 さおりは混乱(こんらん)していた。何が起(お)きているのか分からず、不安(ふあん)な気持(きも)ちで一杯(いっぱい)になった。
<つぶやき>さおりはどうなちゃうの? この話の続きは…。次の機会(きかい)に。乞(こ)うご期待(きたい)?
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T:0074「大切な場所」
「何でそうなるのよ」祐実(ゆみ)は怒(おこ)っていた。「勝手(かって)に決(き)めないでよ!」
「だって、祐実には仕事(しごと)があるだろ。ついて来いなんて言えないよ」
「そうよ。やっと今の仕事、面白(おもしろ)くなってきたのよ。これから…」
「だから、別(わか)れよう。その方がいいんだ。僕ひとりで田舎(いなか)に帰るから」
「もう、そうやっていつもひとりで決めちゃって。そういうところ、直(なお)しなさいよ」
「仕方(しかた)ないだろ。家の仕事、手伝(てつだ)わないといけなくなったんだから」
「だったら、何でついて来いって言わないのよ」
「そんなこと言ったって…。来てくれるのかよ」
「何で私が、田舎になんか…。私、虫(むし)とか大嫌(だいきら)いなんだから、行くわけないでしょ」
「もういいよ。別れた方がいいんだ」
「何で…、そんなに簡単(かんたん)にあきらめるのよ。やっぱり私のこと好きじゃなかったんだ」
「好きだよ。好きだから…。祐実には幸(しあわ)せになってほしいんだ!」
「じゃあ、ちゃんと言いなさいよ。私…、あなたと一緒(いっしょ)じゃないと幸せじゃないの。あなたのそばが、いちばん居心地(いごこち)がいいの。何があっても離(はな)れないから…」
「祐実…! 僕と…、僕について来い!」
「いいわよ。そのかわり、虫とか出たときは、すぐに助けに来てよ。約束(やくそく)だからね」
<つぶやき>何よりも大切(たいせつ)なもの。あなたにはありますか? 私は、御馳走(ごちそう)があれば…。
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T:0073「二人だけのサイン」
 十年ぶりの高校(こうこう)の同窓会(どうそうかい)。そんなに集(あつ)まらないと思っていたのに…。僕(ぼく)はぐるりと辺(あた)りを見まわした。そのとき人だかりの中から、
「おい、田崎(たざき)!」嬉(うれ)しそうに男が駆(か)け寄(よ)ってきて、
「久(ひさ)し振(ぶ)りだなぁ。元気(げんき)だったか!」
「兼田(かねだ)か?」それは親友(しんゆう)だった男。卒業(そつぎょう)してからは会う機会(きかい)もなくなっていた。彼とはなぜか気があって、遊(あそ)び仲間(なかま)のうちで何でも話せる気の良い奴(やつ)だった。
「おまえ知ってるか?」兼田は僕の耳もとでつぶやいた。「マドンナ、結婚(けっこん)したみたいだぞ」
 マドンナ。クラスの中で飛(と)び抜(ぬ)けて可愛(かわい)い娘(こ)で、僕たちは密(ひそ)かにそう呼(よ)んでいた。
「あの頃(ころ)、おまえ好きだったもんな」兼田はニヤニヤして、「結局(けっきょく)、告白(こくはく)できなくて…」
「よせよ、もう昔(むかし)の話しだろ」僕は心がざわついた。
 実(じつ)は、マドンナと短い間だったけど付き合っていた。別に告白をしたわけではないのだが。ちょっとしたきっかけで話をし始めて、二人にしか分からないサインを交(か)わしたり。会うときも誰にも知られないように気を配(くば)り、わくわくする時間を共有(きょうゆう)していた。
 卒業の時、僕はマドンナと約束(やくそく)をした。今度(こんど)会ったとき、お互(たが)いにまだ好きでいたら、サインを交わそうねって。それから僕らは別々(べつべつ)の道(みち)へ進み、二人の絆(きずな)は途切(とぎ)れたまま。
 僕は会場(かいじょう)で、いつしかマドンナを捜(さが)していた。彼女は女子たちの輪(わ)の中にいた。彼女と目があったとき、僕はドキッとした。彼女は二人だけのサインを送(おく)っていたのだ。
<つぶやき>青春(せいしゅん)の淡(あわ)い恋(こい)。懐(なつ)かしくもあり、どこか危険(きけん)な香(かお)りもはらんでいそうです。
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T:0072「幸せの基準」
 加代子(かよこ)は行き詰(づ)まっていた。人生(じんせい)の選択(せんたく)にことごとく失敗(しっぱい)して、生きる気力(きりょく)さえなくしていた。人づてによく当(あ)たる占(うらな)い師(し)のことを知って、彼女は訪(たず)ねてみた。
 その占い師は八十路(やそじ)を越(こ)えた老人(ろうじん)だった。温和(おんわ)な顔立(かおだ)ちの老人は、嫌(いや)な顔をするでもなく彼女を招(まね)き入れて、「私は、占い師じゃないんですよ。ただ、話をするだけです」
「そんな…」加代子は落胆(らくたん)の顔をして、「よく当たるって聞いてきたんですよ」
「こんな年寄(としよ)りですが、よろしければ、お話しをうかがいますが」老人は優(やさ)しく微笑(ほほえ)んだ。
 この老人からは不思議(ふしぎ)なオーラが出ていた。加代子は身(み)も心も軽(かる)くなるような、何か暖(あたた)かなものに包(つつ)まれているような気がして、心に溜(た)まっていたものを吐(は)き出した。
 老人は彼女の話を聞き終わると、「大変(たいへん)でしたね。よく、がんばりました。でも、あなたの選択は本当(ほんとう)に間違(まちが)っていたんでしょうか。あなたはまだお若(わか)い。そんなことを考えるのは、ずっと先でもいいんじゃないんですか。ご主人のことだってそうです。二人三脚(ににんさんきゃく)ですよ。お互(たが)いに助(たす)け合い、補(おぎな)い合って愛情(あいじょう)を育(そだ)てていくんです」
「でも、あの人は私のことなんか…。どうでもいいんです」
「あなたはどうですか? もう、愛せなくなってしまったのですか?」
「私は…。分からない。どうしたいのか分からないんです」
「今の気持(きも)ちをご主人(しゅじん)に話してみたらどうですか。何か変わるかもしれませんよ」
<つぶやき>人生は人それぞれ。失敗もありますよ。でも、人は学(まな)ぶことができるはず。
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T:0071「瓢箪から駒?」
「遅(おそ)かったじゃない。何やってたのよ」芳恵(よしえ)は玄関(げんかん)を見回(みまわ)している健太郎(けんたろう)にささやいた。
「お前の家、すごいなぁ。お嬢様(じょうさま)だとは聞いてたけど、こんな豪邸(ごうてい)に住んでたのかよ」
「そんなこといいから、早くあがって」
「いや。俺(おれ)は、これを返(かえ)しに来ただけだから。でも、何でネクタイ着用(ちゃくよう)なんだよ。仕事(しごと)じゃないんだから、こんな格好(かっこう)――」
「あのね、これから何があっても、私にあわせて。余計(よけい)なことはしゃべらないでよ」
 芳恵は健太郎に質問(しつもん)させる時間(じかん)を与(あた)えなかった。有無(うむ)を言わせず、健太郎を家の中に引っぱっりあげた。奥(おく)の部屋(へや)に通されると、そこには芳恵の父親がいかめしい顔で座(すわ)っていた。
「お父様。こちらが、岡部(おかべ)健太郎さんです」
 健太郎はいつもと違(ちが)う芳恵の振(ふ)る舞(まい)いに驚(おどろ)いた。ただ唖然(あぜん)とするばかり。
「こいつか」父親は健太郎の顔を睨(にら)みつけた。「こんな男のどこがいいんだ」
「お父様。健太郎さんは、とてもいい人です。私と結婚(けっこん)の約束(やくそく)をしてくれました」
 健太郎は目をみはって、芳恵の顔を見た。芳恵は目で合図(あいず)を送(おく)る。
「許(ゆる)さん。お前は、わしが決(き)めた相手(あいて)と結婚するんだ。今度(こんど)の見合(みあ)いはな、大切(たいせつ)な…」
「お父さん」突然(とつぜん)、健太郎が口を開(ひら)いた。「僕(ぼく)はまだまだ半人前(はんにんまえ)ですが、芳恵さんのことを誰(だれ)よりも愛しています。必(かなら)ず幸せにしてみせます。結婚を許して下さい!」
<つぶやき>突然のこととはいえ、この先どうなるのでしょう。本当に結婚するのかな?
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T:0070「失家族」
 西暦(せいれき)三千八年。千年近く前の火山噴火(かざんふんか)で埋(う)もれてしまった町が発見(はっけん)された。何年もかけて発掘調査(はっくつちょうさ)が行われ、数々(かずかず)の遺物(いぶつ)が掘(ほ)り出された。そして、今も発掘作業(さぎょう)は続いている。
「教授(きょうじゅ)、これを見て下さい」研究員(けんきゅういん)が小さな箱(はこ)を持って駆(か)け込んできた。
「これは」教授は驚(おどろ)きの声をあげた。「よく無傷(むきず)で残(のこ)っていたな。これは奇跡(きせき)だ」
 発掘された箱は頑丈(がんじょう)な金庫(きんこ)に納(おさ)められていたので、当時(とうじ)の姿(すがた)をそのままとどめていた。
「驚かないで下さい。この中にとんでもないものが入っていたんです」
 研究員がそっと箱を開けると、中から数枚の写真(しゃしん)が出てきた。
「おお、千年前の人の姿が写(うつ)っているなんて…。これは、すばらしい発見だよ!」
「でも、教授。この人たちはどういう関係(かんけい)なんでしょう。男と女、それに子供(こども)が三人」
「うーん。これはおそらく、昔(むかし)の文献(ぶんけん)に書かれていた、家族(かぞく)という単位(たんい)じゃないのかな」
「家族? それは、どういう基準(きじゅん)で構成(こうせい)されているんでしょうか?」
「この頃(ころ)は、男と女は夫婦(ふうふ)という不安定(ふあんてい)な結(むす)びつきで暮(く)らしていたんだ。我々(われわれ)の時代(じだい)では無くなってしまった習慣(しゅうかん)だよ。おそらく、この男女から生まれたのがこの子供たちだろう」
「なるほど、今では考えられない暮らしをしていたんですね。だって、我々には親(おや)と呼(よ)ぶような人はいないし、まして子供を普通(ふつう)の人が育(そだ)てるなんて。あり得(え)ませんよ」
「でもね、私はいつも自問(じもん)するんだ。機械(きかい)で人口(じんこう)がコントロールされている我々よりも、この時代の人間の方が、エキサイティングな暮らしをしていたんじゃないかとね」
<つぶやき>核家族(かくかぞく)なんて言うけど、いつまでも家族というのは無くしたくないですね。
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T:0069「夢の約束」
 綾乃(あやの)は変な夢(ゆめ)をみて目が覚(さ)めた。見知(みし)らぬ男性とキスをする夢。キスと言っても事故(じこ)のようなもので、男性とぶつかって倒(たお)れた拍子(ひょうし)に唇(くちびる)が触(ふ)れただけのこと。でも、その時のどきどき感が目が覚めても残っていた。綾乃はたまに予知夢(よちむ)をみることがあったので、その日は落ち着かない一日になってしまった。人とぶつからないように細心(さいしん)の注意(ちゅうい)を払(はら)い、職場(しょくば)から真っ直(す)ぐに家に帰った。家に着いたときには、ほとほと疲(つか)れ果(は)ててしまった。
 次の朝、綾乃はまた夢をみて目が覚めた。昨日と同じ男性が出てきて、なぜかとても仲良(なかよ)くなっていた。どこかの喫茶店(きっさてん)でお茶(ちゃ)をしながら、次のデートの約束(やくそく)をしていたのだ。綾乃はこれは夢なんだと、何度も自分に言いきかせた。
 ――今日も何ごともなく過ぎていった。人とぶつかることもなかったし、「きっと、あれはただの夢だったのよ」と、ほっと胸(むね)をなで下ろした。
 職場からの帰り道。駅(えき)に着いたとき、ふっと夢でした約束のことを思い出した。
 <駅の壁画前(へきがまえ)。午後六時>。綾乃は足を止めた。駅の壁画前に立っていたのだ。駅にある大時計(おおどけい)を見ると、ちょうど午後六時。「まさか…」綾乃は心の中でつぶやいて、辺りを見まわしてみた。でも、夢に出てきた男性は見当たらなかった。ほっとして歩き出したとき、後ろから肩(かた)を叩(たた)かれた。綾乃が驚(おどろ)いて振(ふ)り返ると、そこにはあの男性が…。
<つぶやき>夢と現実(げんじつ)の境界(きょうかい)が曖昧(あいまい)になったとき、不思議(ふしぎ)なことが起こるかもしれません。
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T:0068「我が道を行け」
「ねえ、早苗(さなえ)は進路(しんろ)決めたの?」
「進路か~ぁ。何かね、ぴんとこないんだよねぇ」
「なに言ってるの。来年は三年だよ」
「綾(あや)は決めたの?」
「私は大学行って、考古学(こうこがく)を勉強(べんきょう)するんだ。将来(しょうらい)は、すっごいお宝(たから)を掘(ほ)り当てるわよ」
「なんか、綾らしいよね。私なんか、やりたいことなんて…」
「早苗は女優(じょゆう)になるんでしょ。演劇(えんげき)、がんばってるじゃない」
「そんなの、無理(むり)だよ。私には、才能(さいのう)なんてないんだから…」
「最初(さいしょ)からあきらめてどうするのよ。やってみなきゃ分かんないじゃない」
「分かるわよ。私なんて美人(びじん)でもないし、勉強だって苦手(にがて)だし…」
「そんなこと言ってたら何も出来ないわよ。私だって、先のことなんか分かんないけど…。後悔(こうかい)だけはしたくないの。だから、今やれることをやるだけよ」
「綾は、そういうところはしっかりしてるよね。羨(うらや)ましいわ」
「そういうところは、って何よ。まあ、いいわ。ゆっくり考えればいいんじゃない。ほんと、早苗はマイペースなんだから…。でも、そういうところ、私は嫌(きら)いじゃないよ」
「なんか、全然(ぜんぜん)ほめてないよね。もう、意地悪(いじわる)なんだから」
<つぶやき>先のことなんか誰にも分かんないよね。でも、可能性(かのうせい)は無限(むげん)にあるんじゃ…。
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T:0067「デザインする女たち」
 居酒屋(いざかや)で職場(しょくば)の同僚(どうりょう)たちが、飲みながら日頃(ひごろ)のうさを晴(は)らしていた。
「鈴木(すずき)は最近(さいきん)、小洒落(こじゃれ)てきたよなぁ。そんな格好(かっこう)しなかったのに」
「そうだそうだ。それも、みんなあの奇麗(きれい)な奥(おく)さんが選(えら)んだのか?」
「まあ、そうですけど」鈴木は照(て)れながら、「えっ、そんなに似合(にあ)ってますかね?」
「なわけねえだろぉ」「似合ってねえよ」「そうだそうだ」
 同僚たちはいっせいにケチを付けたが、内心(ないしん)では羨(うらや)ましいと思っていたに違(ちが)いない。なにしろ、美人(びじん)でよく気がついて、それに優(やさ)しいときていてはケチの付けようがない。
「俺(おれ)なんか、小遣(こづか)い減(へ)らされてさ。昼飯(ひるめし)を選ぶにも、大変(たいへん)なんだよ」
「鈴木はいいよな。いつも、愛妻弁当(あいさいべんとう)で」
「でもな、それも今のうちだけだぞ。一年もしてみろ、弁当のおかずはゆうべの残り物になって…。そんでもって、いずれは俺みたいに、手抜(てぬ)きの…」
「いや、うちのやつはそんなことは…」
「甘(あま)いぞ、鈴木! いずれはな、飼(か)い慣(な)らされていく運命(うんめい)なんだよ。俺たちは」
「そうだぞ。その第一歩が、服(ふく)なんだ。そんで、妻(つま)の好(この)みにデザインされていくんだ」
 飲み会は深夜(しんや)まで続くはずもなく、終わりを告(つ)げた。短い時間でも、家族のために戦っている男たちにとって、これはささやかな楽しみなのだ。奪(うば)わないで欲(ほ)しいと叫(さけ)びたい。
<つぶやき>お父さんは、家族のために大変なんです。優しい言葉をかけてあげましょう。
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T:0066「パワースーツ」
 とある研究所(けんきゅうじょ)。ここで世(よ)にも恐(おそ)ろしい実験(じっけん)が行われようとしていた。
「立花(たちばな)君。とうとう完成(かんせい)したぞ」等々力(とどろき)博士は助手(じょしゅ)にスーツを手渡(てわた)した。
「先生…」助手は尻込(しりご)みしながら、「これは、まさか…」
「わしが開発(かいはつ)したパワースーツだ。これを着ると超能力(ちょうのうりょく)が使えるようになるんだ」
 博士が手渡したのは、どう見ても普通(ふつう)の背広(せびろ)にしか見えなかった。
「いいから、着たまえ。これからテストを始めるぞ」
「先生、僕が実験台(じっけんだい)になるんですか?」
「当たり前じゃないか。君は私の片腕(かたうで)なんだぞ」
「でも…。電気(でんき)がビリビリっとか、気分(きぶん)が悪くなったりとか、そんなことに…」
「立花君、何を言ってるんだね。そのための実験じゃないか。安全性(あんぜんせい)を確認(かくにん)するんだ」
「そうなんですけど…。この前のときだって、もう少しで命(いのち)を落とすところ――」
「君は大げさだな。ちょっとした配線(はいせん)のミスじゃないか。たいしたことじゃない」
 助手は気が進(すす)まなかったが、仕方(しかた)なく背広を着ることにした。博士(はかせ)はリモコンのスイッチを入れて、「どうだね? 何か、こう、変化(へんか)は感じられないか?」
 突然(とつぜん)、洋服掛(ようふくか)けに掛けてあったパワースーツが火花(ひばな)を散(ち)らして燃(も)えあがった。それを見た博士は驚いた様子もまったくなく、一人でうなずくと呟(つぶや)いた。
「なるほど…。これはちょっとした配線のミスだ。立花君、次は完璧(かんぺき)なものにするぞ」
<つぶやき>実験は、成功しそうにありませんよね。立花君には、転職(てんしょく)を勧(すす)めたいです。
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T:0065「大掃除」
 年末(ねんまつ)の休日。私は部屋の大掃除(おおそうじ)にとりかかった。ずぼらな私にとっては、一大決心(いちだいけっしん)だった。今年は仕事(しごと)もうまくいかず、付き合っていた彼にはふられて…。さんざんな年だったから、来年こそはと気分(きぶん)を新(あら)たにしたかったのだ。
 押(お)し入れに入っているものを全部引っぱり出しみて驚(おどろ)いた。こんなにいろんなものが詰(つ)め込んであったんだ。もう忘(わす)れてしまった思い出もびっくり箱のように飛び出してきた。
 ほこりをかぶったせんべいの箱。そこには子供の頃(ころ)のへたな字で、<だいじなもの>と書かれていた。蓋(ふた)を開けてみると、懐(なつ)かしいものがいっぱい入っていた。ひとつずつ手にとって…。あの頃の楽しかった思い出や、いろんなことが泉(いずみ)のようにわいてきた。
 きらきら輝(かがや)くスーパーボール。ここに入ってたんだ。これをくれた男の子。名前…、なんだったかな…。同級生(どうきゅうせい)の子だったけど、あんまり遊(あそ)んだ記憶(きおく)がない。でも、これをもらったときのことは憶(おぼ)えている。<これを持ってると、良いことがあるんだぞ>そう言って、突然(とつぜん)渡されて…。あっ、たしかその子、転校(てんこう)したんだ。今、どうしてるのかな?
 私はスーパーボールを陽(ひ)にかざしてみた。ちょっと汚(よご)れてしまっているけど、今でもきらきら輝いている。私は、なんだか嬉(うれ)しくなった。これを持ってると、きっと良いことがありそうな、そんな気がした。私って、ほんと単純(たんじゅん)なんだから…。
<つぶやき>大掃除は大発見のチャンス。でも、早くやっつけないと年を越しちゃうよ。
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T:0064「祖父の財宝」
 探偵(たんてい)は知人(ちじん)の紹介(しょうかい)で依頼(いらい)を受け、とある豪邸(ごうてい)を訪(おとず)れた。
「探してもらいたいのは祖父(そふ)が残した財宝(ざいほう)です」依頼人は一枚の絵(え)を見せ、「この絵の下に別の絵がありました。それが、どうも地図(ちず)のようなのです」
「しかし、どうしてそれが財宝の地図だと…」
「これは祖父が描(か)いた絵です。祖父は生前(せいぜん)、命(いのち)よりも大切(たいせつ)な宝(たから)があると言っていました」
 X線で撮影(さつえい)された絵を見ると、三角の記号(きごう)や線が描(えが)かれていて、地図のようにも見えた。
「この三つ並(なら)んだ三角は山ですかね。それでこの線は川か道。それでこの記号は…」
 探偵は考え込んでしまった。場所(ばしょ)が特定(とくてい)できるような文字(もじ)が書かれていないのだ。本当にこれが宝の地図なのか、それすら判断(はんだん)できなかった。探偵は窓(まど)の外(そと)に目をやった。そこには立派(りっぱ)な日本庭園(ていえん)が造(つく)られていた。大きな岩(いわ)が三つ並んでいて、砂利(じゃり)が敷(し)かれ――。
「これだ!」探偵はそう叫(さけ)ぶと、庭(にわ)と絵を見比(みくら)べた。三つの三角と三つの岩。そして…。
「あれはなんですか?」探偵は庭園の一角(いっかく)を指(ゆび)さした。
「空井戸(からいど)です。祖父が掘(ほ)らせたんですが、結局(けっきょく)、水は出なかったと聞いていますが…」
 探偵は井戸の上にのせてある岩の蓋(ふた)をどけさせた。中を覗(のぞ)くと掘られた跡(あと)はなく、頑丈(がんじょう)な箱(はこ)が入れられていた。箱を開けてみると、子供が描(か)いた絵が納(おさ)められていた。
「これは…」依頼人はその絵を見て、「私が、小学生の時に描いた絵です!」
<つぶやき>どんなものにもかえられないもの。それが、その人にとってのお宝なんです。
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T:0063「早とちり」
 みそらはサークルの先輩(せんぱい)の佐々木(ささき)君が好きだった。彼女の片思(かたおも)いなのだが――。今夜はそのサークル仲間(なかま)が忘年会(ぼうねんかい)ということで居酒屋(いざかや)に集まり、いつものように大騒(おおさわ)ぎになっていた。でも、みそらは佐々木君がまだ来ていないので、少ししょげて一人で飲んでいた。
 みそらはいつの間に眠(ねむ)ってしまったのか、気がついたときには誰(だれ)もいなくなっていた。
「あれ、どうして…」みそらがきょろきょろしていると、佐々木君がやって来てみそらの前に座(すわ)り、「みそらちゃん、僕(ぼく)は君のことが…」佐々木君の熱(あつ)い眼差(まなざ)し…。みそらは直感(ちょっかん)で、告白(こくはく)されると感じた。そして、彼の顔が近づいてきて――。
「ちょっと。しっかりしなさいよ」声をかけたのは、みそらの親友(しんゆう)の沙織(さおり)だった。
「あれ、みんな帰ったんじゃ…」みそらは夢(ゆめ)だと気づき、恥(は)ずかしくなって顔を赤らめた。
「ウソ。もしかして、酔(よ)っぱらってるの」沙織はみそらの顔を覗(のぞ)き込み、「信じられない」
 そこへサークル仲間が駆(か)け込んできて、「おい、佐々木が事故(じこ)にあったって…」
 忘年会はすぐにお開きになり、みんなで病院に駆けつけた。みそらは、いても立ってもいられなかった。病院に入ってみると、佐々木君は待合室(まちあいしつ)に座っていた。
「佐々木先輩!」まっ先に駆け寄ったのはみそらだった。腕(うで)に包帯(ほうたい)を巻いた佐々木君は驚(おどろ)いた顔をして、「みんな、どうしたんだ。忘年会、終わったのか?」
 佐々木君は自転車(じてんしゃ)とぶつかっただけだった。みそらは引っ込みがつかなくなっていた。
<つぶやき>誰かさんの早とちりでこんなことに…。でもね、これで距離(きょり)が縮(ちぢ)まるかもよ。
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T:0062「若返りクリーム」
「また新しい化粧品(けしょうひん)買ったのか?」夫(おっと)は鏡(かがみ)の前でお肌(はだ)の手入(てい)れをしている妻(つま)に言った。
「商店街(しょうてんがい)にね、小さな化粧品のお店が開店(かいてん)したの。安かったのよ」
「いくら安いからって、こんなに買わなくても…」
「だって、まとめて買った方がお得(とく)だったのよ」
 深夜(しんや)、妻の叫(さけ)び声で夫は目を覚(さ)ました。妻はおびえた顔で、
「義父(おとう)さん! いつ来たんですか? ここは、私たちの寝室(しんしつ)ですよ」
「なに言ってるんだよ。俺(おれ)だよ」夫は妻を見て驚(おどろ)いた。若(わか)い頃(ころ)の妻がそこにいたのだ。
「出てって下さい!」妻は夫を寝室から追(お)い出してしまった。夫は扉(とびら)を叩(たた)きながら、
「おい。いくら親父(おやじ)に似(に)てきたからって、なに考えてんだよ」
 何を言っても、妻は開(あ)けようとはしなかった。あきらめた夫は、ふと、妻が使っていたクリームの瓶(びん)に目をとめた。そこには、<これを塗(ぬ)るとあなたも若返(わかがえ)る>と書いてあった。
「まさか…」夫はさっきの妻の顔を思い出して、「これで若返ったのか?」
 夫はクリームを顔に塗ってみたが、なんの変化(へんか)もなかった。「くそっ。もっと塗ってやれ」
 夫はメタボなお腹(なか)と薄(うす)くなってきた頭(あたま)にも塗りたくり、すべての瓶を空(から)にしてしまった。
 朝になって、妻はそっと寝室から出てきた。床には夫のパジャマが脱(ぬ)ぎ捨(す)てられていて、その中で赤ちゃんがすやすやと寝息(ねいき)をたてていた。
<つぶやき>使用上の注意はよく読んで、ちゃんと正しく使いましょうね。さもないと…。
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T:0061「選ばない女」
 僕(ぼく)の彼女は容姿端麗(ようしたんれい)で、申(もう)し分(ぶん)のない女性だった。ただ、ひとつだけ欠点(けってん)をあげると…。
「どれにしよう。迷(まよ)っちゃうわ。ねえ、どれが良いと思う」
「何でもいいじゃない。早く、頼(たの)もうよ」
「ねえ、あなたはどれにしたの?」「僕は、やっぱりこれかな」
「ええ、それなの。でも、それって美味(おい)しいのかな」
「前に食べたことあるけど、美味しかったよ」
「そうなんだ。私…、どうしようかな。ねえ、あなたが決めてよ」
「ええ…、そうだな。これがいいんじゃないかな。ヘルシーそうだし」
「そお? でも私は、どっちかって言うと、こっちかな」
「じゃあ、そっちにすればいいじゃない。注文(ちゅうもん)しようよ」
「ちょっと待ってよ。もう少し考(かんが)えさせて」
「そんなに考え込まなくても…。先に頼んじゃうよ」
「分かったわよ。じゃあ、あなたが決めた、ヘルシーそうなのでいいわ」
 今日も楽しく食事(しょくじ)をしてたはずなのに、店を出たところで彼女はぽつりとつぶやいた。
「他のにすればよかった。あんまり美味しくなかったわ。あなたが選(えら)んだのよ。次は絶対(ぜったい)に、美味しいお店に連(つ)れてってよね」
 彼女の好(この)みが今ひとつ把握(はあく)できなくて…。僕はどうすればいいのでしょうか?
<つぶやき>私にそんなこと言われても…。彼女に決めさせるのが一番だと思いますけど。
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T:0060「マイホーム」
 山田(やまだ)さんは念願(ねんがん)の一戸建(いっこだ)てを購入(こうにゅう)した。とても便利(べんり)な場所なのに、信じられないくらい安かったのだ。家族(かぞく)は欠陥住宅(けっかんじゅうたく)じゃないのかと心配(しんぱい)したが、物件(ぶっけん)を見てみると、少し古いがとてもしっかりした造(つく)りになっていた。
 引っ越しの後片付(あとかたづ)けもすんで、家族が寝静(ねしず)まった深夜(しんや)のこと。二階に寝ていた山田さん夫婦(ふうふ)は、ガサガサという物音(ものおと)で目が覚(さ)めた。その音は階下(かいか)から聞こえてきていた。階段(かいだん)のところまで来てみると、娘(むすめ)が下を覗(のぞ)き込んでいた。
「ねえ、パパ」娘はひそひそと、「下の電気(でんき)、ついてるみたい。泥棒(どろぼう)かな?」
 山田さんを先頭(せんとう)に、みんなで下へ降(お)りてみた。すると、台所(だいどころ)の明かりがついていて、流しに洗(あら)い残(のこ)してあった食器(しょっき)が奇麗(きれい)に片付いていた。リビングに行ってみると、掃除機(そうじき)がさっきまで使われていたかのように、コンセントにコードが差(さ)し込まれたままになっていた。
「誰(だれ)が出したの? 片付けておいたのに」奥(おく)さんが不思議(ふしぎ)そうにつぶやいた。
 一通(ひととお)り家の中を見てみたが、盗(と)られたものもなく、誰かが侵入(しんにゅう)した形跡(けいせき)もなかった。一安心(ひとあんしん)した三人は、リビングに集まった。すると、突然(とつぜん)電気が消えて真(ま)っ暗(くら)になり、娘が悲鳴(ひめい)をあげた。「なにか足にさわった」娘はそう言って母親に抱(だ)きついた。明かりか戻(もど)ると、三人は目を疑(うたが)った。テーブルが奇麗(きれい)に飾(かざ)られて、メッセージがおかれていたのだ。
<ようこそ。大歓迎(だいかんげい)です。これから仲良(なかよ)く暮(く)らしましょうね>
<つぶやき>謎(なぞ)の同居人(どうきょにん)、それともこの家の精霊(せいれい)なのかな。こんな物件はいかがですか?
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T:0059「時空倶楽部」
 紗英(さえ)は大学の求人情報(きゅうじんじょうほう)の掲示板(けいじばん)を見ていて、<時空倶楽部(じくうくらぶ)>という会社名の求人に目がとまった。詳細(しょうさい)を見てみると、歴史(れきし)の資料(しりょう)を整理(せいり)する仕事(しごと)と書いてあった。
 歴史好きの紗英は<時空倶楽部>から送られてきた地図(ちず)を見ながら、とあるビルの前までやって来た。そのビルは薄汚(うすよご)れていて、時代(じだい)を感じさせる建物(たてもの)だった。
「8Xって、八階ってことなのかな」紗英はエレベーターを待ちながらつぶやいた。
 エレベーターに乗ると、八階のボタンの横に<8X>のボタンがあった。紗英は、「何でこんなボタンが…」と思いつつも、そのボタンを押(お)してみた。
 エレベーターが開くと、目の前に<時空倶楽部>のプレートがついた扉(とびら)があった。扉を叩(たた)いて中に入ってみると、受付(うけつけ)の女性が待っていて、
「山本(やまもと)紗英さんですね。お待ちしておりました。早速(さっそく)ですが、お仕事をお願いします」
「あの、私は面接(めんせつ)に来ただけで、まだ…」
「あなたは採用(さいよう)されました。あなたの仕事は、時空(じくう)を飛(と)び越(こ)えて歴史を壊(こわ)そうとする悪人(あくにん)から、この世界を守ることです。必要(ひつよう)なアイテムはこのポーチの中に入っています」
「ちょっと待って下さい。それは、どういうことですか?」
「たった今、歴史上の重要(じゅうよう)な人物(じんぶつ)が暗殺(あんさつ)されました。あなたは時間をさかのぼって、暗殺を阻止(そし)して下さい。詳細はこのカプセルに入っています。さあ、呑(の)み込んで」
<つぶやき>こんな命がけの仕事は考え物ですね。でも、やり甲斐(がい)はあるかもしれません。
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T:0058「新生日本誕生」
 涼子(りょうこ)は若(わか)くして新人賞(しんじんしょう)を受賞(じゅしょう)した女流作家(じょりゅうさっか)――。ここ一ヵ月間、部屋にこもって仕事(しごと)をしていた。何とかきつい締切(しめきり)をこなした彼女は、気分転換(きぶんてんかん)もかねて買い物に出かけた。
 近くのコンビニに入った涼子は、違和感(いわかん)を感じた。店員(てんいん)や客の話している言葉(ことば)が理解(りかい)できないのだ。まるで、外国(がいこく)に突然(とつぜん)迷(まよ)い込んでしまったような…。涼子はパンやスナックなどをカゴに入れレジまで持って行った。レジに表示(ひょうじ)された金額を見て、涼子はお金を店員に差し出した。すると店員は大声をあげて、非常(ひじょう)ベルを鳴(な)らした。突然のことに驚(おどろ)いた涼子はおろおろするばかり。すぐに警官(けいかん)がやって来て、涼子は警察署(けいさつしょ)に連行(れんこう)された。
 ――取調室(とりしらべしつ)で刑事(けいじ)の訊問(じんもん)が始まった。「この金はどうした!」
 刑事は涼子の財布(さいふ)らかお金を出して、「円(えん)を使ったら罪(つみ)になることぐらい知ってるだろ。円をどこで手に入れたんだ!」
 涼子には、刑事がしゃべっている言葉が理解(りかい)できなかった。
「私が、何をしたっていうの? 私は、お金を払おうと…」
 刑事たちは涼子の言葉を聞き顔(かお)を見合わせた。そして、何かひそひそと相談(そうだん)を始めた。
「あんた」年長(ねんちょう)の刑事が日本語(にほんご)で話し始めた。「知らないのか? 日本が変わったのを…」
「変わったって…。どういうこと?」
「新しい政府(せいふ)が誕生(たんじょう)したんだ。それで、日本語の使用(しよう)を禁止(きんし)して、円も廃止(はいし)されたんだ」
<つぶやき>一ヵ月も閉じこもっていたので、浦島太郎(うらしまたろう)状態(じょうたい)になってしまったんですね。
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T:0057「山の神様」
 私は三年ぶりに娘(むすめ)を連れて実家(じっか)へ帰郷(ききょう)した。――私の故郷(ふるさと)は山の中にある小さな村(むら)で、今でも昔ながらの生活(せいかつ)が残っていた。私はまだ幼(おさな)い娘に、この自然(しぜん)の中での生活を味(あじ)あわせてあげたかったのだ。私の子供(こども)の頃(ころ)のように…。
「ねえ、大きな木の下に、変な子がいたよ」娘は畑(はたけ)から帰ってくると、私に報告(ほうこく)した。
「山の神様(かみさま)が挨拶(あいさつ)に来たんだね」八十路(やそじ)を越(こ)えた祖母(そぼ)が、笑いながら娘の頭(あたま)をなでた。
 山の神様。そういえば、私も子供の頃に…。近所(きんじょ)の子たちと遊(あそ)んでいると、知らない子がいて…。それに気がつくと、いつの間にか消(き)えてしまう。そんなことが何度かあったような…。そんな、子供の頃の不思議(ふしぎ)な思い出が残っていた。
「明日もね、また、行ってもいい?」娘は嬉(うれ)しそうに、「遊ぼって、約束(やくそく)したの」
「そう。じゃあ、ママと一緒(いっしょ)に行こうか」
「うん。一緒に行こうね」娘はそう言うと、家の中に駆(か)け込んでいった。
「昔は、子供も大勢(おおぜい)いて賑(にぎ)やかだったけど…」祖母は農具(のうぐ)を洗(あら)いながら、「神様も遊び相手(あいて)がいないから、淋(さび)しいんだろうね」とぽつりとつぶやいた。
 たしかに、この村も過疎化(かそか)で人が減(へ)っていた。ふっと、私の中に淋しさがこみ上げてきた。よし、明日は娘と一緒に、山の神様と思う存分(ぞんぶん)遊んであげよう。私はそう決めた。でも、私に姿(すがた)を見せてくれるかな。子供の頃のように――。
<つぶやき>子供の頃の純真(じゅんしん)な心を思い出してみましょう。世界が変わるかもしれません。
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T:0056「逃亡者」
 耕助(こうすけ)は夜中の二時に玄関(げんかん)のチャイムの音で目を覚(さ)ました。「誰(だれ)だよ、こんな時間に…」
「俺(おれ)だよ、一平(いっぺい)」外から声がして、「開けてくれよ」一平とは大学からの親友(しんゆう)だった。
 耕助が扉(とびら)を開けると、「頼(たの)む。かくまってくれ」一平は急いで扉を閉めて鍵(かぎ)をかけた。
「どうしたんだよ。何かあったのか?」
「それが…、ばれたんだ。あいつに見つかっちゃて…」
「えっ? 何の話しだよ」
「愛子(あいこ)だよ。愛子にへそくりが見つかって、それで逃(に)げてきたんだ」
「おい、マジかよ。何でそんなバカなことしたんだよ」
「俺だって、遊(あそ)ぶ金くらい…。それに、買いたい物もあったんだ」
「それ、まずいよ。悪いが、出てってくれないか」
「おい、親友を見捨(みす)てるのか? 頼むよ、お前のとこしか…」
「だからだよ。愛子さん、絶対(ぜったい)ここに来るから。俺まで、巻(ま)き込むなよ」
 その時、電話が鳴(な)り出した。二人は背筋(せすじ)に冷(つめ)たいものが走り、ぶるっと震(ふる)えた。
「きっと、愛子だ。いないって言ってくれ。俺は、来てないって…」
「そんなこと言って、後でばれたら…」
 今度は、玄関のチャイムが何度も押されて、扉がドンドンと叩(たた)かれた。そして、
「こんばんは。遅(おそ)くにすいません。うちの人、来てませんか?」
<つぶやき>隠(かく)しごと、してませんか? もしかすると、もうばれてるかもしれませんよ。
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T:0055「後ろ姿に恋した男」
 小間物屋(こまものや)の若旦那(わかだんな)が寝込(ねこ)んでしまった。医者(いしゃ)を呼んで診(み)てもらっても、どこも悪いところはないと言われるばかり。――そこで若旦那によくよく話を聞いてみると、恋(こい)わずらいだと判明(はんめい)した。神社(じんじゃ)の祭礼(さいれい)で見かけた娘(むすめ)のことが忘(わす)れられず、苦(くる)しくて食事も喉(のど)を通らない始末(しまつ)。そこで、八方(はっぽう)手を尽(つ)くしてその娘を捜(さが)そうとしたのだが、顔(かお)が分からない。若旦那は後ろ姿(すがた)しか見ていなかったのだ。考えあぐねた主人(しゅじん)は、町内の火消(ひけ)しの棟梁(とうりよう)に相談(そうだん)した。
 棟梁は、それならばと、町内の娘を集めて、後ろ姿のお見合いをさせることになった。それを聞きつけた町内の娘たちは、我(われ)も我もと集まってきて、店の中はてんてこ舞(ま)いになってしまった。でも、あらかた見合いが終わっても、目当(めあ)ての娘は見つからなかった。
 そこへ小間使(こまづか)いの娘がお茶(ちゃ)を持って入って来た。若旦那はその娘の後ろ姿を見たとたん、
「あーっ、これだ!」
 その声に驚(おどろ)いたのは小間使いの娘。奉公(ほうこう)にあがったばかりだったので、何かそそうをしたのかと小さくなってしまった。主人は娘を呼び寄せて、
「おさと、お前、神社の祭礼に行ったのかい?」
「はい、お嬢(じょう)さんのお供(とも)で…。すいません、あたし、お嬢さんのお着物(きもの)を着て…」
「いいんだよ。おさと、これから毎朝、後ろ姿をこいつに見せてやってくれないか」
<つぶやき>この若旦那は、うぶなんです。でも、こんなこと言われても困りますよね。
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T:0054「妖怪樹」
 森(もり)に囲(かこ)まれた小さな庵(いおり)。ここには風変(ふうが)わりな占(うらな)い師(し)が住んでいた。仕事(しごと)に行き詰(づ)まった男が、この場所(ばしょ)に引きつけられるようにやって来た。
「ほんとうに、こんなことで仕事がうまくいくんですか?」
「これはヤルキの種(たね)です。これを身体(からだ)に付(つ)ければ勢力(せいりょく)がみなぎり、仕事で成功(せいこう)すること間違(まちが)いなし。ただし、使用期間(しようきかん)は半年間です。半年後には、必(かなら)ずはずしに来て下さい」
 占い師は男の腕(うで)に種を押(お)しつけた。すると、種はホクロのように腕に張(は)り付き取れなくなった。男はこの日を境(さかい)に、精力的(せいりょくてき)に仕事をこなすようになった。成果(せいか)はみるみる上がり、平社員(ひらしゃいん)から部長へと異例(いれい)の昇進(しょうしん)をとげてしまった。
 半年たったある日、男のもとに一通(いっつう)のはがきが舞(ま)い込んだ。それはあの占い師からの警告(けいこく)の手紙(てがみ)で、種をはずしに来るようにと書かれていた。男は気にもとめずに、ゴミ箱に投(な)げ捨(す)てた。男は金(かね)も地位(ちい)も手に入れて、有頂天(うちょうてん)になっていたのだ。
 数日後、男は身体に異変(いへん)を感じた。頭(あたま)の上に小さなこぶが突(つ)き出て、それが日に日に大きくなっているようなのだ。男は慌(あわ)てて、あの占い師の庵を訪(おとず)れた。
「警告したはずですよ」占い師はそう言うと、「まあ、多少不便(たしょうふべん)なことはあるかもしれませんが、寿命(じゅみょう)も数百年は延(の)びましたし、この森にはお仲間(なかま)も大勢(おおぜい)いますから安心して下さい」
 男は頭がむずがゆくなってきたので手をやると、そこには小さな芽(め)が出始めていた。
<つぶやき>あまり欲張(よくば)りすぎるのはやめましょう。ほどほどが、ちょうどいいかも…。
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T:0053「わがままな天使」
「ねえ、エンジェルのケーキが食べたい。買ってきて」
「今から? 無理(むり)だよ。だって、もう店は閉まってるし」
「どうしても食べたいの。私の言うこと何でもきくって言ったじゃない」
「そりゃ言ったけど…」
「買ってきてくれたら、私、手術(しゅじゅつ)してもいいんだけどなぁ」
「分かったよ。じゃあ、俺(おれ)が作ってやる。たしかケーキの本あったし…」
 くるみは武志(たけし)が本を探し始めると、悪戯(いたずら)っぽい目をして、胸(むね)を押(お)さえて苦(くる)しみだした。それを見た武志は駆(か)け寄ってきて、「くるみ! しっかりしろ。いま、救急車(きゅうきゅうしゃ)よんで…」
くるみは電話をしに行こうとする武志の腕(うで)をつかんで、「その前に、ケーキ買ってきて」
「くるみ…」武志はくるみの肩(かた)をつかんで、「ばか! 心配(しんぱい)させるなよ」
 くるみは武志の真剣(しんけん)な顔(かお)に驚(おどろ)いた。でも素直(すなお)に謝(あやま)れなくて、つい憎(にく)まれ口をたたいて、
「そんな顔しないでよ。どうせ、すぐ死ぬんだから」
「そんなこと言うなよ。先生だって、手術をすれば助(たす)かる可能性(かのうせい)だって…」
「ほんの少しだけね。今まで生きてこれたのは奇跡(きせき)なの。奇跡なんて、そう続(つづ)かないわ」
「くるみ、あきらめるなよ」
「もう、いい。私のことなんか、ほっといてよ」くるみはそう言うと、自分の部屋に駆け込んだ。武志はやるせない思いを押し殺(ころ)して、「今、ケーキ作ってやるから、待ってろよ」
<つぶやき>どうしようもない苦しみと悲しみを、どう乗り越えたらいいのでしょうか。
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T:0052「スキャンダル」
 大企業(だいきぎょう)の給湯室(きゅうとうしつ)で女子社員たちが噂話(うわさばなし)で盛(も)り上がっていた。
「ねえ、部長(ぶちょう)が秘書課(ひしょか)の相沢芳恵(あいざわよしえ)と不倫(ふりん)してるんだって」
「ウソ…、それって確(たし)かな情報(じょうほう)なの?」
「間違(まちが)いないわよ。総務部(そうむぶ)の飯島(いいじま)さんの話だから」
「それは間違いないわ。飯島さんの情報網(じょうほうもう)は確かだもん」
 みんなの話を黙(だま)って聞いていた明美(あけみ)はため息をついた。それに気づいた女子社員の一人が、
「ねえ、どうしたの明美。さっきから、元気ないじゃない」
「別に…。仕事に戻(もど)りましょう。こんなとこでサボってると、また部長に怒(おこ)られるわよ」
「そうね。でも、部長って以外(いがい)よね。あんな顔でどうして女ができるんだろう」
「ほんとよね。これは、この会社の七不思議(ななふしぎ)のひとつだわ」
 明美は部屋に戻るとやりかけていた書類(しょるい)をまとめ、メモを付けて部長のデスクへ持っていった。部長は書類を受け取ると、明美の顔を見てにこりと笑って、
「ご苦労(くろう)さん。えっと…、例(れい)の件(けん)だけど、都合(つごう)はどうかね?」
「それが…」明美は微笑(ほほえ)み返すと、「メモに書いておきましたので」と一礼(いちれい)して、さっさと自分のデスクへ戻ってしまった。部長は怪訝(けげん)な顔をしてメモを見た。
<相沢さんと楽しんだんですか? もし、私と別れるつもりなら覚悟(かくご)しなさい。奥さんに言いつけるわよ。どうなっても知らないから!>
<つぶやき>これは恐怖です。でも、会社の七不思議って、他にはどんなのがあるのかな?
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T:0051「おとり捜査」
「あの、何で今回も私なんですか?」京子(きょうこ)は不満(ふまん)そうな顔でつぶやいた。
「お前、男装(だんそう)も似合(にあ)うじゃないか。これは新しい発見(はっけん)だなぁ」
「なに感心(かんしん)してるんですか。先輩(せんぱい)がやって下さいよ。その方が…」
「なに言ってるんだ。今回の捜査(そうさ)はな、今までとは違(ちが)うんだ。ふふふふ、心配(しんぱい)すんな。俺(おれ)がちゃんと張(は)り付いてやるから、大丈夫(だいじょうぶ)だ」
「それがいちばん心配なんですけど。前回だって、全然(ぜんぜん)助(たす)けてくれなかったじゃないですか。私、危(あぶ)なかったんですから…」
「たかがケツ触(さわ)られただけじゃねえか。そんなのはな、危険(きけん)のうちに入らねえよ。いいか、今回の相手(あいて)は、小心者(しょうしんもの)のこそ泥(どろ)だ。そいつがどういうわけか、宝石泥棒(ほうせきどろぼう)のブツを盗(ぬす)みやがった。時価(じか)数十億(おく)という代物(しろもの)だ」
「宝石を盗んだんですか?」京子の目が輝(かがや)いた。
「そうだよ。きっと、どこかに隠(かく)しているはずなんだ。それを聞き出すんだ」
「でも、どうやって?」
「そんなこと、自分で考えろよ。そいつは男好きだから、近づくのはわけないさ」
「男好きって…。私は、女です! それじゃ…、また、危険じゃないですかぁ」
<つぶやき>こんな相棒(あいぼう)と一緒(いっしょ)だととても大変かもしれません。がんばれ、京子ちゃん!
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T:0050「恋人週間」
「あの、佐藤太一(さとうたいち)さんですよね」
 女性は一礼(いちれい)すると、「私、結婚促進公団(けっこんそくしんこうだん)から派遣(はけん)された百瀬(ももせ)ひとみです。今日から一週間、あなたの恋人(こいびと)になりました。よろしくお願いします」
「はい……?」太一はきょとんとして、「えっ、何なんですか?」
「あの、連絡(れんらく)が来てると思うんですが…」
 ひとみは顔(かお)を赤らめて、「申し訳ありません。私、またへまをしちゃって…。ごめんなさい。あの…、改(あらた)めてご説明(せつめい)します。政府(せいふ)が試験的(しけんてき)に恋人週間を始めて、それは、えっと…、人口増加(じんこうぞうか)の対策(たいさく)で…。つまり…、政府がやる合コンみたいなものです。登録(とうろく)されている男女を出会わせて…」
「登録って、僕(ぼく)は登録なんかしてませんよ」
「あの、登録は本人(ほんにん)じゃなくても、家族(かぞく)ならできるんです。だから…」
「あっ。もしかして、お袋(ふくろ)が…。まったく、勝手(かって)なことするんだから」
「断(ことわ)らないで下さい。一週間でいいんです。もし断られたら、登録を消されちゃって…」
「でも、あなたみたいな奇麗(きれい)な人だったら、恋人なんてすぐに…」
「見た目で判断(はんだん)しないで下さい! 恋人ができないから、こうして…」
「あの…」太一はひとみの涙(なみだ)を見て、「分かりました。一週間…、よろしくお願いします」
「ありがとうございます。私、がんばりますから」
<つぶやき>これがきっかけで、結婚できるのでしょうか。後は、この二人しだいです。
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T:0049「人生の誤算」
 新婚初夜(しんこんしょや)の二人が、ベッドの中でこんな会話(かいわ)をしていた。
「君(きみ)は、僕(ぼく)の持ってる金(かね)が欲(ほ)しいんだろ?」
「そうよ。お金がなかったら、あなたなんか相手(あいて)にしなかったわ」
「ふん。君みたいに正直(しょうじき)な女は初めてだよ。本心(ほんしん)をあっさり言ってしまうんだから」
「だから、私を選(えら)んだんでしょ。いいのよ、他に好きな女ができたら、愛人(あいじん)にしても」
「それは助(たす)かるね。君も、好きなだけ遊(あそ)んでもいいんだよ」
「私は、男には興味(きょうみ)ないの。お金さえあれば満足(まんぞく)よ」
 ――それから一年が過(す)ぎて、この二人の生活は大きく変わってしまった。
「もう愛人とは別れるって言ったじゃない。何でまだ付き合ってるのよ」
「なに勝手(かって)なこと言ってるんだ。愛人を作れって言ったのは君じゃないか」
「あの時と、事情(じじょう)が変わったの。お腹(なか)の中には、あなたの子供(こども)がいるのよ」
「もう、僕たち別れよう。慰謝料(いしゃりょう)や養育費(よういくひ)はちゃんと払(はら)ってやるよ」
「いやよ。私は離婚(りこん)はしないから。この子のためにも、私たちやり直(なお)しましょ」
「なに言ってるんだ。君は僕のことなんか何とも思ってないじゃないか」
「あなたはこの子の父親なのよ。愛人なんかに財産(ざいさん)を盗(と)られるなんて、まっぴらよ!」
<つぶやき>お金のために人生を踏(ふ)み外さないで下さい。思いやりの気持ちが大切(たいせつ)です。
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T:0048「時をかけるねこ」
 ある大学(だいがく)の研究室(けんきゅうしつ)にねこが出入りするようになった。学生たちも研究の合間(あいま)に世話(せわ)をしてとても可愛(かわい)がったので、いつの間にかそこに棲(す)み着(つ)きマスコットになってしまった。
 ――ある学生が古い雑誌(ざっし)を見つけてきた。そこには発明王(はつめいおう)エジソンの写真(しゃしん)が掲載(けいさい)されていて、彼の横にはねこが座っていた。学生はそのねこを指(ゆび)さして、
「これを見て。うちのねことそっくりじゃない。この毛(け)の模様(もよう)とか…」
「そうかなぁ。白黒写真だし、似(に)てるだけじゃないのか?」
「だって、この首輪(くびわ)についてる丸(まる)い鈴(すず)のような飾(かざ)り。これは絶対(ぜったい)同じものよ」
 そこに別の学生が来て、「おい、今日の新聞(しんぶん)見たか? ここにうちのねこが載(の)ってるよ」
 学生たちは集まってきて新聞を取り囲(かこ)んだ。それはエジプトで見つかった遺跡(いせき)の写真で、奇麗(きれい)な壁画(へきが)にねこが描(えが)かれていた。学生たちにどよめきが走った。
「ほら、見てよ。これも首輪に同じ飾りがついてるわ」
「どういうことだよ、これは…。同じねこなんてあり得(え)ないだろ。もしそうだったら…」
「そんな、長生(ながい)きのねこなんているわけないだろ」
「まさか、時空(じくう)を移動(いどう)してるとか…。時(とき)をかけるねこだったりして」
 学生たちは、窓際(まどぎわ)で気持ちよさそうにひなたぼっこをしているねこに目をやった。
<つぶやき>私も、こんなことが出来たらいいのになぁ…。ああ、羨(うらや)ましいかぎりです。
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T:0047「しゃっくり」
「ねえ、大丈夫(だいじょうぶ)?」遥(はるか)はニコニコしながら、「つばを飲み込むと、止まるかも」
「お前、楽しんでないか? ヒック…。たかが、しゃっくりじゃないか、こんなヒック」
「そうだ、これなんかどう? これを呑(の)み込めば…」
「こんなの呑み込んだら、喉(のど)に詰(つ)まヒック、ヒック…。何で大福(だいふく)なんか持ってヒック…」
「お店の前、通ったら、食べたくなっちゃって。そうだ、いいこと思いついちゃった」
 遥は押し入れの中に頭を突っ込んで、何かを探し始めた。
「もういいよ、そのうちヒック、止まるから。ヒック、お前、何しに来たんヒック…」
 圭介(けいすけ)は水でも飲もうかと立ちあがった。その時、すぐ後ろで<パン! パン!>と大きな音がして、圭介は飛び上がった。振り返ると遥が大きなクラッカーを手に立っていた。
「あのな…、驚(おど)かすなよ。どこからそんなの…」
「ほら、圭介のびっくり誕生会(たんじょうかい)に使おうと買っておいたのよ。でも、圭介ったら自分の誕生日忘れてて、結局(けっきょく)できなかったじゃない」
「ああ、そんなこともあったな。あれ、止まった……。やった、やっとおさまった」
「よかったね。これで話せるわ。ねえ、私ね…。赤ちゃん、できちゃったの!」
「えっ、ほんとかよ! ヒック…、ヒック…。まただヒック…。驚かすなよヒック…」
<つぶやき>おめでたなんですか。こんなこと聞かされちゃったら、そりゃ驚きますよね。
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T:0046「笑顔が一番」
 光恵(みつえ)は彼と暮(く)らし始めて二年目を迎(むか)えた。彼女は彼のことを愛している。彼のためなら何でもしたいし、どんな苦労(くろう)もいとわなかった。結婚はしていなかったが、二人の愛は永遠(えいえん)に続くと、彼女は信(しん)じていた。でも彼の方は…。彼の心はいつの間にか離(はな)れていたようだ。
 光恵がそのことに気づいたのは、仕事から帰って来たときだった。テーブルの上にメモが置かれていた。広告(こうこく)の裏(うら)に書かれた、走り書きのメモ。
<俺(おれ)は出て行く。好きな女ができたんだ。バイバイ>
 光恵は我(わ)が目を疑(うたが)った。出て行くなんて…。お金なんか持ってないのに。光恵はハッとして、タンスの引き出しを開けてみた。そこに入れておいたはずの通帳(つうちょう)と印鑑(いんかん)、父の形見(かたみ)の金(きん)の懐中時計(かいちゅうとけい)が消えていた。時計が入っていた箱(はこ)には、一緒(いっしょ)に入れておいた父の写真(しゃしん)だけが残されていた。光恵は力が抜(ぬ)けてしまい、写真を手にしてしゃがみ込んでしまった。
 涙(なみだ)が頬(ほお)をつたっていく。彼女はそれをぬぐいもせずに、ひとしきり泣いた。その後、手にした写真に目をやり、「お父さん…」とつぶやいた。写真の中の父親は笑っていた。
 次の朝。タンスの上には父の写真が置かれていた。光恵は父の写真に手を合わせた。光恵の耳(みみ)には父の口癖(くちぐせ)が聞こえていた。
<笑顔(えがお)が一番だぞ。笑顔でいれば幸せになれるんだ>
 光恵は吹(ふ)っ切るように笑顔を作り、仕事へと出かけていった。
<つぶやき>簡単(かんたん)なことじゃないですよね。でも、笑顔を忘れないで。きっといつか…。
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T:0045「コピーロボット」
 美子(よしこ)は<どうしても>と、おばさんに頼(たの)まれて、お見合(みあ)いをすることになった。写真(しゃしん)で見た限(かぎ)りでは、ごく平凡(へいぼん)な中小企業(ちゅうしょうきぎょう)のサラリーマンだ。美子は気が進まなかった。そこで、最近(さいきん)手に入れたコピーロボットを身代(みが)わりにすることにした。見合いの席(せき)で失敗(しっぱい)させて、嫌(きら)われるようにしむけるのだ。
「ねえ、どうだった?」見合いから帰って来たロボットに美子は訊(き)いた。
「それが、おかしいの。何だか気に入られちゃったみたいで」
「どうしてよ。ちゃんと私の言った通りにしたんでしょ」
「もちろんよ。お茶をこぼしてみたり、口を開(あ)けて食事(しょくじ)をしたり。それと、言葉(ことば)づかいもたどたどしくしたのよ。絶対(ぜったい)に普通(ふつう)の人だったら好きにはならないわ」
「ああ、どうしよう。このまま話が進んじゃったら…。そんなの困(こま)るわ」
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。二人っきりになったとき話したんだけど、とっても真面目(まじめ)そうな良い人だったわよ。何でもできる人よりも、少し抜(ぬ)けてる人の方がいいって言ってたわ」
「なにそれ。それじゃ私が、まるでバカ娘(むすめ)ってことじゃない。冗談(じょうだん)じゃないわよ!」
「そんなに怒(おこ)らないで。あなたが気に入らなかったら、私が付き合ってもいいのよ」
「これは、私の見合いよ。いいわ。私から会いに行って、ガツンと言ってやるわよ」
<つぶやき>出会いは一期一会(いちごいちえ)です。ひょんなことから恋が生まれるのかもしれません。
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T:0044「リセット」
 ベッドの上で若い女性が死を迎(むか)えようとしていた。彼女の手を優しく握(にぎ)りしめている若い男。男は彼女のそばから離れようとせず、励(はげ)まし続けていた。
「あなた…」女は苦しい息(いき)をついて、「私は…、あなたに出会えて、幸せでした」
「僕もだよ。きっと元気になるから…」
 男は胸(むね)が詰(つ)まり、それ以上なにも言えなくなった。
「ありがとう」女は最後(さいご)にそう言い残(のこ)すと、目を閉(と)じ動かなくなった。男は彼女にすがりつき、泣(な)き明(あ)かした。
 朝になると、どこからか声が聞こえてきた。「リセットしますか?」
 男はそれに答えて、「そうだな、今度はもう少し寿命(じゅみょう)を延(の)ばしてくれないか?」
「その要望(ようぼう)にはお答えできません。病気などの発病(はつびょう)は、無作為(むさくい)に決められています」
「分かったよ。なら、容姿(ようし)と年齢(ねんれい)は今のままでリセットしてくれ」
 女の腕(うで)につながれていたケーブルが自動的にはずされて、彼女は目を覚ました。
「あなた、おはよう。今日は、早いのね」女は起き上がり、「朝食は何がいい?」
「そうだな。今日は、和食(わしょく)がいいなぁ」男はそう言うと、女にキスをした。
 食事ができる間に男は新聞(しんぶん)を読み、いつもと変わらぬ一日が始まった。部屋の丸窓(まるまど)から外を見ると、真っ暗な世界が広がり、眼下(がんか)には茶色く濁(にご)った地球が浮(う)かんでいた。
「僕も手伝うよ」男は席(せき)を立って腕まくりをした。その腕にはプラグが付いていた。
<つぶやき>人の人生は一度きりしかありません。悔(く)いのないように過ごしたいものです。
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T:0043「音信不通」
 人通りの多い繁華街(はんかがい)を歩いていた淳史(あつし)は、一人の女に目をとめて凍(こお)りついた。彼の手は震(ふる)え、呼吸(こきゅう)は荒(あら)くなり、たまらずその場から逃(に)げだした。繁華街の通りを離(はな)れ、人気(ひとけ)のない脇道(わきみち)に足を踏(ふ)み入れた淳史は、
「まさか、そんな…」荒い息(いき)でつぶやいた。
 彼は後ろを振り返ると、息を呑(の)んだ。そこには、さっきの女が立っていたのだ。その女はかすかに微笑(ほほえ)んで、淳史の方へ近づきながら、「やっと、見つけたわ」
「一恵(かずえ)…一恵…」淳史は口の中でそう繰(く)り返すと、また駆(か)け出した。どこをどう走ったのか、いつの間にか墓場(はかば)の中に入り込んでいた。淳史は驚(おどろ)き、へたり込んでしまった。
 淳史はふと、目の前の墓石(はかいし)に目をやった。そこには<磯崎(いそざき)>と刻(きざ)まれていた。
「ねえ、返して」突然(とつぜん)、女の声が耳に飛び込んで来た。淳史は驚き振り返った。そこにはあの女が、淳史を見下ろしていた。女は、「早く返してよ!」と叫(さけ)んだ。
「ごめん、ごめんなさい」淳史は震える声で、「あれは、もう…」
「まさか、捨(す)てたとか…」女は淳史の胸倉(むなぐら)をつかみ、「言うんじゃないでしょうね」
「いや、捨てたわけじゃ…ないけど…」淳史は苦(くる)し紛(まぎ)れにへらへらと笑った。
「あの女か…」女は淳史に顔を近づけて、「やっぱり、あの女に渡(わた)したのね!」
 女は淳史の腕(うで)を抱(かか)え込み、彼を引きずるようにいずこともなく去(さ)って行った。
<つぶやき>彼が何をしでかして、この後どうなったのか…。ご想像(そうぞう)におまかせします。
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T:0042「美味しいもの倶楽部」
「ここのケーキ、美味(おい)しいねぇ」
 陽子(ようこ)はケーキをひとくち食べて幸(しあわ)せな気分(きぶん)になった。
 政夫(まさお)は陽子の笑顔を見るのが好きだった。だから、美味しいお店を見つけると、それを口実(こうじつ)に陽子を連れ出していた。彼女とは学生のときからの付き合いで、初めて会ったときから恋(こい)に落ちてしまった。陽子の方は、そんなことまったく気づいてはいなかったが…。
 陽子はケーキを食べ終わると、「ねえ、何か話があるって言ってたけど。なに?」
「それがね。あの…」政夫は今日こそ、告白(こくはく)しようと決心(けっしん)していたが…。
「私もね、田中(たなか)君に言わなきゃいけないことがあるんだ」陽子は改(あらた)まって切り出した。
「私ね、来月(らいげつ)からパリに行くの。向こうで、本格的(ほんかくてき)にパティシエの修業(しゅぎょう)をしようと思って。今のお店の店長ね、若いころパリで修業してて。知り合いのパティシエを紹介(しょうかい)してもらったの。その人のお店で働(はたら)けることになっちゃったんだ」
「えっ、そうなの…」政夫は、頭の中がまっ白になった。
「最低(さいてい)でも四、五年は頑張(がんば)ろうと思って。だから、美味しいもの倶楽部(くらぶ)はお休みさせて下さい。また日本に戻ってきたら復帰(ふっき)するから、お願い」陽子は手を合わせた。
「そうか…。陽子の夢だったもんな…。よかったじゃないか、頑張ってこいよ!」
「うん、ありがとうね。あっ、私が戻ってくるまでに、ちゃんと部員増(ふ)やしといてよね」
<つぶやき>彼女の夢を叶(かな)えるため、男はじっと我慢(がまん)するのです。つらいっす、ほんとに。
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T:0041「無器用な探偵さん」
「君(きみ)はここにいて、逃(に)げ道をふさぐんだ」
 探偵(たんてい)は助手(じょしゅ)のハルカに指示(しじ)をすると、緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちで大きく息(いき)をした。ハルカは不安(ふあん)げな顔をして探偵に声をかけた。
「一人で大丈夫(だいじょうぶ)ですか? 私も行ったほうが…」
「いや、大丈夫だよ。これくらい僕(ぼく)一人で出来(でき)るさ。心配(しんぱい)ない」
 二人はここ数日の間、宗太郎(そうたろう)を追(お)いかけていた。だが、宗太郎は二人をあざ笑うように逃げ回っていた。それが今日、やっとねぐらを突(つ)き止めることができたのだ。
 探偵は懐中電灯(かいちゅうでんとう)を手に、暗い廃屋(はいおく)の中に入って行った。ハルカは懐中電灯の明かりを目で追った。明かりが見えなくなってしばらくたったとき、奥(おく)の方から何かが倒(たお)れる大きな物音(ものおと)がして、探偵の悲鳴(ひめい)が聞こえた。ハルカは思わず声をあげた。
「探偵さん! 大丈夫なの」
「そっちへ行ったぞ。捕(つか)まえるんだ!」暗闇(くらやみ)から探偵のうわずった声が響(ひび)いた。
 ハルカは身構(みがま)えて、暗闇に目をこらした。ここで逃がしてしまったら、今までの苦労(くろう)がすべて無駄(むだ)になってしまう。近くで何かが倒れる音がした。ハルカの顔に緊張が走った。黒い影(かげ)がハルカに向かって来た。ハルカは黒い影に飛びつき、暴(あば)れる相手(あいて)を押(お)さえ込んだ。
 探偵が足を引きずり出て来ると、ハルカの腕(うで)の中で、「ニャー」と宗太郎がひと声鳴(な)いた。
<つぶやき>無器用(ぶきよう)でもいいんです。ひとすじの道を究(きわ)めていきましょう。そしたら…。
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T:0040「昔みたいに」
 一人娘(ひとりむすめ)を送り出した夫婦(ふうふ)が、テーブルをはさみお茶(ちゃ)をすすっていた。
「綾佳(あやか)、きれいだったなぁ。今日は天気(てんき)もよかったし、いい一日だった」
「そうですね。あの娘(こ)がこんなに早く結婚(けっこん)するなんて、思ってもみませんでしたよ」
「そうだな。でも、遅(おそ)いよりはいいさ。この家も淋(さび)しくなるなぁ」
「なに言ってるんですか。近いんですから、ちょくちょく帰って来ますよ」
「そうかなぁ」夫(おっと)は嬉(うれ)しそうにしたが、
「でも、そうたびたび帰って来るのは、まずいだろ」
「ふふ…」妻(つま)は思い出し笑いをして、「覚(おぼ)えてます? なんて私にプロポーズしたのか」
「えっ、何だよ急に」夫は目をそらし、お茶をすすった。
「ほら、披露宴(ひろうえん)のときにそんな話が出たじゃないですか。それで、思い出したんですよ」
「そんな話はいいじゃないか。それより、どうしてるかな綾佳は…」
「あなた、私にこう言ったんですよ。俺はお前と――」
「もういいよ、そんな昔の話しは。俺(おれ)はもう忘れたよ」
「ああ、ずるい。都合(つごう)の悪いことはすぐ忘れるんだから」
「でもな、一つだけ覚えてるぞ。新婚旅行のとき、お前と始めて泊(と)まった旅館(りょかん)で…」
「まだ覚えてたんですか? いやだわ。そうだ、また二人で旅行に行きましょうよ。ねっ」
<つぶやき>たまには夫婦で昔の話しをしてみませんか? ちょっと気恥(きは)ずかしいかも。
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T:0039「犯罪者撲滅キャンペーン」
 ベッドに寝(ね)かされている男が目を覚(さ)ました。男のそばには白衣(はくい)の女医(じょい)が立っている。
「ここは…」男は辺りを見回して、「どうして、ここに…」
「ここは、総合病院(そうごうびょういん)です。山崎(やまざき)さんは、仕事先で倒(たお)れて、ここに運ばれたんですよ」
「えっ、何をしてたんだ。私は…。ああっ、思い出せない。私は、山崎なんですか?」
「山崎さんは、倒れたときに頭を強く打ったので、記憶(きおく)に障害(しょうがい)が起(お)きたんだと思います」
「記憶に障害が…」男は包帯(ほうたい)の巻(ま)かれた頭に手をやった。
「大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。記憶はちゃんと戻(もど)りますから。それより、奥さんがみえてますよ」
 女医は病室の扉(とびら)を開けて、外で待っていた妻(つま)を招(まね)き入れた。
「あなた」妻は男のそばに駆(か)け寄って、「よかった…。もう、心配(しんぱい)したんだから」
 女医は病室を出て隣(となり)の部屋に入った。そこで病室の様子(ようす)を見ていた男がつぶやいた。
「迫真(はくしん)の演技(えんぎ)だな。いったい何処(どこ)から連れてきたのかね?」
「あれは人間ではありません。プログラム通りに反応(はんのう)しているだけです」
「そうなのか。でも、受刑者(じゅけいしゃ)の記憶を消して更生(こうせい)させるとは、驚(おどろ)いたよ。この計画(けいかく)がうまく行けば、刑務所(けいむしょ)の経費(けいひ)を減(へ)らすことができるな。だが、記憶が戻ることは無いのかね」
「脳(のう)に埋(う)め込んだ装置(そうち)の保障期間(ほしょうきかん)は五十年です。彼が生きている間は問題(もんだい)ないでしょう」
<つぶやき>未来の世界では、こんなことになってるかもしれませんよ。怖(こわ)いですね…。
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T:0038「別れの杯」
 女は部屋を出て行こうとしていた。男は女を呼(よ)び止めて、
「もう行くのかい?」
「ええ。いつまでもここにはいられないわ」女は淋(さび)しげに微笑(ほほえ)んだ。
「いいじゃないか。もう少しいてくれても」
「切りがないじゃない。いつまでも、こんなことしてちゃだめよ」
「あと一杯(いっぱい)だけ。なあ、いいだろう」男は女に杯(さかずき)を差し出した。
 女は男に寄り添(そ)うように座ると、何も言わず杯を受け取った。そして、酒(さけ)を注(そそ)ぐ男の顔を静かに見つめた。女の目からひとしずく涙(なみだ)がこぼれ、口元(くちもと)に持ってきた杯にきらきらとこぼれ落ちた。女はわずかに口をつけ、杯を男に返す。女の目には強い決意(けつい)が現れていた。
「また、会えるかい?」男は女の手を強くにぎり、「必(かなら)ず会いに行くから。いいだろ?」
「もうよしましょう。辛(つら)くなるだけよ。きっと、いい人に出会えるわ。だから…」
「僕は、君でなくちゃ…」男は女の悲しそうな顔を見て、手をゆるめた。「そうだな…、もうよすよ。でも、君のことは忘(わす)れないから。僕の心の中で君は…」
 ――そこで男は目を覚ました。ふと、彼女の姿を探して部屋を見まわす。誰(だれ)もいない現実(げんじつ)が突(つ)き刺(さ)さり、男はため息をついた。飲みかけの杯に目がとまり、男はぐいと飲み干(ほ)した。燗冷(かんざ)ましが喉(のど)を通り、身体の芯(しん)までしみ込んだ。
<つぶやき>男は恋に溺(おぼ)れ、必死(ひっし)にもがいて…。それでも、男は恋を追(お)い求めるのです。
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T:0037「星くずのペンダント」
 彼と喧嘩(けんか)をした。きっかけは些細(ささい)なことだったのに、まさかこんなことになるなんて。もう、三日も連絡(れんらく)がない。
 時間がたつにつれて、仲直(なかなお)りのきっかけがつかめなくなっていた。このまま、さよならするのかな。そんなのイヤだ。
 私は思いきってメールを送ろうとスマホを手にした。その時、着信音が鳴ってメールが届いた。見てみると、
<この間は、ごめん。ドアの取っ手を見て>
 彼からのメールだ。私は急いで玄関(げんかん)を開けてみた。取っ手のところに小さな紙袋(かみぶくろ)がかけてあった。中にはケースに入ったペンダントが。これって、あの時の…。
「それさ、ずっと見てただろ」彼は私の前に突然(とつぜん)現れて、「なんか、欲(ほ)しそうにしてたから」
「でも、これってけっこう高かったのよ。どうして…」
「何かないとさ、来づらいっていうか…。ほら、俺(おれ)さ、貯金(ちょきん)とかしてるし」
「それって、まさか…。ダメだよ。カナダ旅行(りょこう)のための貯金でしょ。あんなにがんばってバイトしてたじゃない。もらえないよ」
「いいんだよ。また、貯金すればいいんだから。カナダが無くなるわけでもないし。ほら、楽しみが延(の)びたってことで…。それに、俺だけじゃなくて、君と二人で行きたいから」
「もう、ほんと計画性(けいかくせい)がないんだから。そんなんじゃ、いつ行けるか分かんないでしょ」
<つぶやき>ほんとにそうですよね。でも、彼と仲直りできてよかったじゃないですか。
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T:0036「テレパス」
 さやかには不思議(ふしぎ)な能力(のうりょく)があった。心の声が聞こえるのだ。周(まわ)りの人の考えていることが、洪水(こうずい)のように頭の中に流れ込んでくる。子供の頃はたまらなく嫌(いや)だったが、今はそれをくい止める術(すべ)を身につけ、相手(あいて)のことを知りたいときだけ力を使っていた。さやかは力のことは誰にも話したことはない。だから、このことは誰も知らないはずだった。それなのに…。
 とある喫茶店(きっさてん)で紅茶(こうちゃ)を飲んでいたとき、どこからか声が聞こえた。さやかは声をあげそうになった。力を使っていないのに、さやかの心の中に飛び込んで来たのだ。
<おばあちゃん。こっちだよ。ここにいるよ>
 さやかは店内を見まわした。誰だろう? 私より力の強い人がいるなんて。さやかは力を開放(かいほう)した。他の客たちの声が次々に飛び込んで来る。さやかは一人の青年(せいねん)に目をとめた。彼からは何も聞こえてこないのだ。さやかはその青年に意識(いしき)を集中(しゅうちゅう)させた。すると、
<やっと、見つけてくれたね。僕は、あなたの孫(まご)です。未来(みらい)から来たんだよ>
<未来? 何をバカなことを言ってるの。そんなこと、あるわけないわ>
<ほら、右側に座っている人を見て。おばあちゃんは、その人と恋(こい)をして…>
 さやかは右側の客を見て、<あんな人、私の好みじゃないわ。いい加減(かげん)なこと…>
 さやかが振り返ると、さっきまでいたはずの青年の姿(すがた)はどこにもなかった。
<つぶやき>世の中には、まだまだ不思議なことや、理解できないことがあるのかもね。
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T:0035「水曜の女」
 智美(ともみ)と遥(はるか)は十年来の友(とも)だった。でも、同じ人を好きになってしまい、一ヵ月前から絶交状態(ぜっこうじょうたい)にあった。
 智美が行き付けだった飲み屋をのぞくと、遥が酔(よ)いつぶれていた。この店には仕事帰り、よく二人で来ていたのだ。絶交してからは、智美は足が遠(とお)のいていた。
「やあ、久し振りじゃない」店主はいつもの笑顔でそう言うと、「遥ちゃん、どうしたんだろうねぇ。こんなになるまで飲んだことないのに」
「もう、しょうがないな」智美は隣(とな)りに座り遥を揺(ゆ)り起こし、「ねえ、遥。起きなさいよ」
「うーん」と遥はゆっくり顔をあげると、智美の顔を覗(のぞ)き込み、「あっ、智美!」
「あんた、飲みすぎだよ。いい加減(かげん)にしなよ」
「智(とも)にそんなこと言われたくないよ。何でここにいるのよ」
「遥と同じ理由(りゆう)。私も、酔いつぶれようと思ってね」
「智も振られたんだ。はははは…。おかしくって…。たまんないわ。ふふふ…」
「そうね。まさかね、他の女がいたなんて。私たち、何やってたんだろう」
「まったくだよ。仕事(しごと)が忙(いそが)しいとか言って、水曜日にしか会ってくれなかったんだよ」
「水曜の女か…。私は、木曜だったなぁ。ねえ、また友達になってくれる?」
「なに言ってるの。私たちの腐(くさ)れ縁(えん)はいつまでも続くの。二人でいい男、見つけるわよ」
<つぶやき>空元気(からげんき)でもいいんですよ。前を向いて突き進みましょう。きっと明日は…。
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T:0034「幻の美容師」
「ねえ、本当(ほんとう)にここなの?」ブランド品で着飾(きかざ)った娘(むすめ)がささやいた。
「はい、お嬢様(じょうさま)」と付(つ)き人の娘が答えて、「ここで間違(まちが)いないはずです」
 そこは薄汚(うすよご)れたビルの一階にある美容室(びようしつ)だった。上流階級(じょうりゅうかいきゅう)の女性の間で、幻(まぼろし)の美容師(びようし)がいると噂(うわさ)されていたのだ。二人が中に入ってみると、外観(がいかん)とはまったく違っていた。店の中は奇麗(きれい)に整(ととの)えられ、髪(かみ)の毛一本も落ちてはいなかった。店主(てんしゅ)は二人を無愛想(ぶあいそう)に迎(むか)えた。
「あの…」付き人はいかめしい顔の店主に声をかけ、「こちらに幻の美容師がいると…」
「さあね…。どうするんだ。やるのか、やらないのか」男は客を見ようともしなかった。
「もちろん、お願いするわ」お嬢様は鏡(かがみ)の前に座(すわ)ると、「この雑誌(ざっし)に載(の)っている髪型(かみがた)にしてちょうだい」
 お嬢様の目配(めくば)せで、付き人が雑誌を開き男の前に差し出した。
 男はそれをちらっと見て、「やめときな。あんたには、今のままがお似合(にあ)いだ」
「それ、どういう意味(いみ)!」お嬢様は立ちあがり男を睨(にら)みつけた。だが男は気にもとめず、付き人の顔をじっと見つめて、「あんた、いい顔してるな。もっと奇麗になりたくないか?」
 付き人の娘は、男の迫力(はくりょく)におされてうなずいた。すると男は有無(うむ)も言わせず娘を座らせ仕事(しごと)にとりかかった。男の手さばきは軽(かろ)やかで、無駄(むだ)がなかった。あっという間に仕事を終わらせた。驚(おどろ)いたことに、鏡に映(うつ)った娘の顔は、まるで天使(てんし)が舞(ま)い降(お)りたようだった。
<つぶやき>誰かの真似をするのはやめにして、あるがままの自分を見つめてみませんか?
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T:0033「公園友達」
 明日香(あすか)は公園(こうえん)のベンチに座(すわ)り、ぼうっとしていた。そこへ犬(いぬ)を連れた男がやって来て、
「こんにちは」と声をかけた。でも彼女が気づかないので男は横に座り、「どうしたの?」
「あっ…、いやだ。山田(やまだ)さん、いつからいたんですか?」
 この二人は公園友達だった。この公園で何度か挨拶(あいさつ)を交(か)わすうち、仲良(なかよ)くなってしまったのだ。お互(たが)いどんな仕事(しごと)をしているか知らないし、どこに住んでいるのかも聞くことはなかった。ただこの公園で会うだけの関係(かんけい)。でも、明日香にとってはとても居心地(いごこち)のいい付き合いだった。山田には、なぜか心のもやもやを何でも話せてしまうのだ。
「あのね」明日香は笑いながら切り出した。「彼と、別れたの。もう、最悪(さいあく)。彼ったら、他の女を私の部屋に入れたのよ。これまで何度も浮気(うわき)して。私、知らないふりしてたけど、もう限界(げんかい)。彼に、出てけって言っちゃった」
「そうですか。それは大変(たいへん)でしたね」山田は悲(かな)しげな顔をして、「大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」
「うん、平気(へいき)よ。私、こういうことにはなれてるの。だって、悲しくても涙(なみだ)なんか出ないし…。あーあ、何で私には変な男ばっかり寄(よ)ってくるんだろう」
「僕(ぼく)も変な男かもしれませんね。こうして、あなたの悩(なや)みごとを聞いてるんだから」
「あっ、山田さんは違いますから…」と明日香は笑ったが、なぜか涙があふれてきた。
<つぶやき>辛(つら)い時、何でも話せる人がいるといいですね。見つけるのは大変ですけど…。
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T:0032「戦場の架け橋」
 とある有名(ゆうめい)ホテルで創業(そうぎょう)三十周年のパーティが開かれていた。各界(かっかい)の名士(めいし)が招待(しょうたい)され、その子女(しじょ)の方々も奇麗(きれい)に着飾(きかざ)り花を添(そ)えた。このパーティ、ホテルの御曹司(おんぞうし)の結婚相手を見つける目的(もくてき)もあった。だから、お嬢(じょう)さまたちの力の入れようといったら、すごいものだった。御曹司が現れたとたん、水面下(すいめんか)で壮絶(そうぜつ)なバトルが繰(く)り広げられた。わざとぶつかってドレスを汚(よご)したり、御曹司に近づこうとする女性の足を引っかけて転(ころ)ばせたり、まるで戦場(せんじょう)である。
 その戦場の中で一人だけ、御曹司には目もくれず黙々(もくもく)と食事を楽しんでいる女性がいた。彼女は、隅(すみ)の方で淋(さび)しげに座っている娘(むすめ)に気がついて声をかけた。
「ねえ、これ美味(おい)しいよ」とご馳走(ちそう)を盛(も)った皿(さら)を差し出した。娘はそれを受け取り、
「あ、ありがとうございます」娘は悲しさを隠(かく)すように微笑(ほほえ)んだ。
「あら、大変(たいへん)。ドレスが汚れちゃってるわ。あなた、もう諦(あきら)めちゃうの?」
「私は、そんなんじゃないんです。ただの友だちで…。大学で知り合っただけで…」
「そう。あいつが呼(よ)んだんだ。ふーん、何か分かる気がするな。いいわ、私が呼んであげる」彼女はそう言うと、大声で御曹司を呼びつけて、「ダメでしょ。彼女をひとりにさせて」
「姉(ねえ)さん、大声出さないでよ。仕方(しかた)ないだろ、動けなかったんだから」
「さあ、これでいいわ。後は二人で楽しみなさい。じゃあねぇ」
<つぶやき>こんな小粋(こいき)なお姉さんがいてくれると、ちょっと楽しいかもしれませんね。
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T:0031「週末婚の憂鬱」
 康雄(やすお)と香織(かおり)は三十代半(なか)ばで結婚(けっこん)し、いつの間にか結婚四年目に突入(とつにゅう)していた。二人は平日は別々に生活(せいかつ)して、週末(しゅうまつ)だけ一緒(いっしょ)に暮(く)らす週末婚(しゅうまつこん)という生活をしていた。仕事の忙(いそが)しい二人にとって、それが一番いい選択(せんたく)だと思ったからだ。でも、四年もたってみると…。
「ねえ、ここには仕事を持ち込まない約束(やくそく)でしょ」香織はイライラしていた。
「仕方(しかた)ないだろ。急(いそ)ぎの仕事で、月曜までに仕上(しあ)げないといけないんだから」
「あなた、先週も仕事だって言って来なかったじゃない!」
「あの時は…、いろいろあって大変(たいへん)だったんだよ」康雄は目を合わそうとしなかった。
「何よ、いろいろって。夜遅(おそ)くても、帰ってこられるでしょ。私、待ってたんだから!」
「ちゃんと、電話しただろ。君だって、そういうこと、あったじゃないか。……。なあ、どうしたんだよ。そんなに怒(おこ)ることじゃないだろ」
「別に、怒ってなんかいないわよ。ただ、私は…」
「仕事、うまくいってないのか? だったら、もう辞(や)めちゃえよ。君がいなくたって…」
「何で、どうして私が辞めなきゃいけないのよ。そんなこと言わないで!」
「ごめん。言い過(す)ぎたよ」康雄は香織を優(やさ)しく抱(だ)きしめた。その時、携帯(けいたい)が鳴り出した。
 康雄は着信(ちゃくしん)を確認(かくにん)すると、急に顔色(かおいろ)を変えて部屋を出て行った。そして、声をひそめて電話の相手に答えた。「週末はダメだって……。いや、そうじゃなくて…」
<つぶやき>どんなに忙しくても、二人の時間を大切に。会話があれば心は結(むす)ばれてます。
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T:0030「君を好きになった理由(わけ)」
 どうして君(きみ)を好きになったんだろう?
 出会いは最悪(さいあく)だった。君は僕(ぼく)を殴(なぐ)り飛ばしたんだから。君の友達をもて遊んだ男と間違(まちが)えて…。僕ってそんなにひどい男に見えたのかな? その後、君は僕に謝(あやま)るどころか、ひと晩(ばん)じゅうつき合わせたよね。いま思うと、それが君にとって精一杯(せいいっぱい)の謝罪(しゃざい)だったのかな?
 初めて会ったときから、君は自己中(じこちゅう)でわがままだったよね。僕が携帯(けいたい)番号を教えたら、毎日のようにかけてきて…。あれは何だったのかな? 君はひとりでしゃべって、僕の返事(へんじ)も聞かずにすぐに切ってしまう。結局(けっきょく)、僕が君に合わせるしかないじゃないか。
 僕が約束(やくそく)の時間に遅(おく)れたとき、君はほっぺたを丸くして僕を睨(にら)みつけたよね。僕はそれを見て笑っちゃった。だって、とっても可愛(かわい)かったから。その時からかな、君のことを好きになったのは。でも、僕から君に近づくと、君は距離(きょり)をとってしまう。どうしてかな?
 君から突然(とつぜん)別れようって言われたとき、僕は目の前が真っ暗になった。理由(わけ)を訊(き)いても、君は泣いてばかりで。はじめて君の涙(なみだ)を見た。この時、僕は決めたんだ。君を守るって。君を抱(だ)きとめることができるのは、僕しかいないんだから。僕がそう言ったら、君は黙(だま)ってうなずいたよね。今、君は僕の横で寝息(ねいき)をたてている。あの涙は何だったのか、今でも分からない。でも、いいんだ。君の幸(しあわ)せそうな寝顔(ねがお)を、こうして見ていられるんだから。
<つぶやき>相手(あいて)のすべてを知ることはできません。でも、愛があればそれで充分(じゅうぶん)です。
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T:0029「ママの楽しみ」
「ごちそうさま」
 愛子(あいこ)は箸(はし)を置いて、ため息をついた。その様子(ようす)を見て母親は、
「どうしちゃったの? いつもなら呆(あき)れるぐらい食べるくせに」
「別に…。なんか、食欲(しょくよく)ないの」
 母親は娘の額(ひたい)に手をあてて、
「熱(ねつ)はなさそうねぇ。あっ! もしかして、好きな人でも…」
「そ、そんなんじゃないよ。な、なに言ってるの」愛子はあきらかに慌(あわ)てていた。
「そうなんだ。よかったわ。あんたもやっと恋(こい)に目覚(めざ)めたのね」
「やっとって何よ。私だって、それくらい…」
「で、誰(だれ)なの? 高校の同級生? もう、告白(こくはく)したの。それとも、されちゃった?」
「勝手(かって)に決めつけないでよ。そんなんじゃないってば…」
「ママにも憶(おぼ)えがあるわ。あれは、小学六年の夏だったなぁ」
「まだ、子供じゃない。そんなの恋じゃないわよ」
「なに言ってるの。恋に齢(とし)は関係ないのよ。今度、家に連れてきなさい。いいわね」
「えっ? そんなの、無理(むり)だよ。パパがなんて言うか…」
「そうね、パパにはショックが大きいかもね。でも、パパがどんな顔するか楽しみだわ」
「ママ、何を期待(きたい)してるの? やめてよ、もう」
<つぶやき>父親の心をもてあそばないようにして下さい。繊細(せんさい)な生き物なのですから。
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T:0028「ウルトラQQ」
 とある温泉旅館(おんせんりょかん)で事件(じけん)は起こった。ここに宿泊(しゅくはく)していた女性客が、部屋から忽然(こつぜん)と姿(すがた)を消したのだ。部屋には荷物(にもつ)が残され、飲みかけのお茶と、食べかけの茶菓子(ちゃがし)がそのままになっていた。すぐに警察(けいさつ)が呼ばれたが、なにぶん田舎(いなか)なので駐在所(ちゅうざいしょ)の老巡査(ろうじゅんさ)がやって来た。
「そんで、だれも旅館から出てくの見とらんのかね?」
 老巡査は従業員(じゅうぎょういん)一人一人に訊(き)いてみたが、だれも見たものはいなかった。
「旅館の中、くまなく探してもおらんかったんだね。そんで、どんな人だったん?」
「それが…」担当(たんとう)の仲居(なかい)が答えた。「顔はよく分からんのだわ。帽子(ぼうし)かぶってサングラスかけて、マスクしとったの。でもね、背格好(せかっこう)は女の人だったよ」
「顔が分からんかったら、捜(さが)しようないわなぁ」老巡査は頭をかいて、「荷物、見せてもらえるかな? なんか、手掛(てが)かりがあるかもしれんし」
 残されていたのは小さな鞄(かばん)が一つだけだった。どう見ても男物(おとこもの)の鞄だ。女性の持ち物とは思えない。老巡査は鞄を開けてみた。中に入っていたのは、女性がかぶっていた帽子に、サングラスとマスク。それに、女性が着ていた服。これは、仲居が間違(まちが)いないと確認(かくにん)した。
「とすると、その女性は裸(はだか)で出て行ったのか!」老巡査は目を丸くした。
 結局、この事件はだれかの悪戯(いたずら)として処理(しょり)された。真相(しんそう)はいまだに闇(やみ)の中である。
<つぶやき>その人はきっと透明人間(とうめいにんげん)だったんじゃないのかな。あなたはどう思います?
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T:0027「我ら探検隊」
 UMA(ユーマ)探検隊(たんけんたい)は深い森の中に分け入った。今回の目的はツチノコ捜索(そうさく)である。先日、この森の中でツチノコの目撃情報(もくげきじょうほう)があったのだ。はたして、彼らはツチノコを発見できるのか?
「野元(のもと)隊長。目撃されたのは、この辺りだと思われます」
「いよいよ、我々の活動(かつどう)が報(むく)われる時が来た。身を引き締(し)めて、捜索にあたってくれ」
 隊長の檄(げき)が飛び、隊員たちは散開(さんかい)し、辺りをくまなく探し回った。だが、いっこうに見つかる気配(けはい)はなかった。時間だけが、虚(むな)しく過ぎていく。
「隊長、もう無理(むり)ですよ。あきらめましょうよぉ」
「何を言ってるんだね。明子(あきこ)隊員、最後まであきらめちゃだめだ」
「隊長、あれを見て下さい!」松村(まつむら)隊員が、森の先を指さした。そこには街(まち)の明かりが…。
「はーい! もうやめましょう」明子は覚(さ)めた口調(くちょう)で、「みなさーん、撤収(てっしゅう)しますよーぉ。集めたゴミは、車のところまで運んで、分別(ふんべつ)して下さーい。お願いしまーす」
「明子君、次はもっとやり甲斐(がい)のある所へ行きたいね。ヒマラヤで雪男(ゆきおとこ)の捜索とか…」
「社長、わが社にそんな余裕(よゆう)はありません。ボランティア活動もいいですけど、社員を探検ごっこに付き合わせるのは、もう止めて下さい」
「いいじゃないか。楽しまなきゃ。それに、このビデオでCMを作れば、一石二鳥(いっせきにちょう)だよ」
<つぶやき>この会社の行く末(すえ)は大丈夫(だいじょうぶ)なの? でも、遊び心は大切です。忘れないでね。
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T:0026「プレゼント」
 今日は彼の誕生日(たんじょうび)。彼といっても、私の片思(かたおも)いなんだけど…。彼は、私のことをたくさんいる友達の一人としか思っていない。今度の誕生パーティだって、特別(とくべつ)に招待(しょうたい)されたわけじゃない。なのに私ったら、彼へのプレゼントを真剣(しんけん)に探して、何を着ていくかで悩(なや)んでいる。ほんと、バカみたいだよね。私にもう少し勇気(ゆうき)があったら、彼に告白(こくはく)して…。
 誕生パーティはレストランを貸(か)し切って盛大(せいだい)に始まった。彼の周(まわ)りには奇麗(きれい)な女の子がいっぱいいて、私は足がすくんでしまった。大きなバースデーケーキの横には、たくさんのプレゼントが積(つ)み上げられていて。私のプレゼントより、大きくて豪華(ごうか)なものばかり。
 私はパーティとか華(はな)やかな場所はほんとは苦手(にがて)なんだ。だから、隅(すみ)の方で小さくなっていた。彼へのプレゼントを握(にぎ)りしめて…。私がぼんやり座っていると、
「やあ、来てくれたんだ」彼がすぐ横に座って話しかけてきた。私はドキドキして、
「あの…、おめでとう…」彼の顔をまともに見ることができなかった。でも、少しだけ勇気を出して、「これ、あなたにと思って…」プレゼントを渡すことができた。
「君からプレゼントをもらえるなんて…。ありがとう」
 彼は嬉(うれ)しそうに受け取ってくれた。そして、「ねえ、誰か、付き合ってる人とか…、いるのかな?」私が首(くび)を振ると、「だったら、僕と付き合って下さい。ああッ…、やっと言えた」
 彼はほっとした顔をして、私に微笑(ほほえ)んだ。
<つぶやき>気持ちはちゃんと伝えないと、なにも始まりませんから。はじめの一歩です。
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T:0025「エリカちゃん」
 由佳(ゆか)は、お手伝(てつだ)いロボ<エリカちゃん>を手に入れて上機嫌(じょうきげん)だった。これで家事(かじ)から解放(かいほう)され、自分だけの時間を楽しむことができる。エリカちゃんは最新式(さいしんしき)だけあって人間とそっくりで、ロボットとは思えないほどだ。由佳と同じ二十代の女性をモデルに作られていた。
 由佳は分厚(ぶあつ)いマニュアルを見て、「こんなに読めないわ。まっ、いいか」と言ってロボットの起動(きどう)スイッチを入れた。動き出したエリカちゃんに、由佳は掃除(そうじ)、洗濯(せんたく)、炊事(すいじ)と次々に家事を言いつけた。由佳は大満足(だいまんぞく)だった。いつどこへ出かけても、時間を気にしなくてもいい。すべてエリカちゃんがやってくれるから――。
 今日も遅(おそ)くまで友達と遊んで帰ってみると、エリカちゃんは夫(おっと)とソファーでくつろいでいた。肩(かた)を抱(だ)いたりして、夫もまんざらでもない様子(ようす)。それを見た由佳は、
「エリカ、何してるの? ちゃんと仕事をしなさい!」
「あなたこそ、いつまで遊んでるのよ」エリカは命令口調(めいれいくちょう)になり、「早く部屋を片づけなさい。洗濯物(せんたくもの)だってたまってるのよ。さっさとやりなさい!」
「えっ…」由佳は怖(こわ)くなりトイレに逃げ込み、携帯(けいたい)でメーカーに電話をかけた。メーカーの担当者(たんとうしゃ)は、「ありがとうって言いました? 人間と同じで、感謝(かんしゃ)の言葉(ことば)をかけないと暴走(ぼうそう)するんです。マニュアルの注意書(ちゅういが)きにも書いてあるんですがね。よく、読んでみて下さい。対処法(たいしょほう)としましては、しばらくエリカの言う通りにしてれば、もとに戻(もど)ると思います」
<つぶやき>近日、お助けロボ<タクヤくん>発売決定! 予約(よやく)はお早めにお願いします。
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T:0024「運命の出会い」
 窓(まど)から気持ちのいい朝日(あさひ)が射(さ)し込み、良太(りょうた)は目を覚ました。だが、昨夜(ゆうべ)、飲みすぎた良太は最悪(さいあく)の状態(じょうたい)だった。頭はガンガンするし、何となく気分もよくないのだ。どうせ今日は休みだし、このまま寝ていようと良太は決め込んだ。
 寝返(ねがえ)りを打って、ふっと目を開けたとき、良太は驚(おどろ)いて飛び起きた。そこに、女の子が寝ていたのだ。それも、かなり可愛(かわい)い…。良太は目をぱちくりさせて、何でこうなったのか必死(ひっし)に思い出そうとした。でも、昨夜、友達と店を出てからの記憶(きおく)がないのだ。どうやって家に帰って来たのかも…。
 良太があたふたしていると女の子が目を覚まし、「おはようございます」と言って可愛い笑顔で起き上がり、良太の顔を見つめた。良太はあまりの美しさに、身体(からだ)が震(ふる)えた。
「あの…、おはようございます」良太は思わず挨拶(あいさつ)を返したが、「えっと、どなたですか?」
「忘れちゃったんですか? 昨夜、会ったじゃないですか」
「あの、どこで会ったんですかね? よく覚えてなくて…。すいません!」
「別にいいんですよ、そんなこと。これから、よろしくお願いします。今日から、あなたにつくことにしました。だって、私と気が合いそうだから」
「えっ、これからって? つくってなに?」良太には何のことかまったく分からなかった。
「たまにいるんですよ。私たちのことが見えてしまう人って。ふふふふ……」
<つぶやき>記憶(きおく)をなくすほど飲まないようにして下さい。何が起こるか分かりませんよ。
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T:0023「いちご症候群」
 ここは心療内科(しんりょうないか)の診察室(しんさつしつ)。今日もちょっと変わった患者(かんじゃ)がやって来た。
「どうされました?」美人(びじん)の先生は優しく微笑(ほほえ)んた。
「あの…」患者はそわそわして周(まわ)りを気にしながら小さな声で言った。
「実は、見えてしまうんです」
「えっ?」先生は患者を落ち着かせようと、「大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。何が見えるんですか?」
 患者は震(ふる)える手を押さえながら、「僕、食べ物に見えてしまうんです。いろんなものが…。あれ、先生のくちびる…」患者は先生の口元(くちもと)をじっと見つめた。
「吉田(よしだ)さん、大丈夫ですか? 私のくちびるが、何かに見えるんですか?」
「ああああ…」患者は何とか理性(りせい)を保(たも)とうと踏(ふ)みとどまって、
「イチゴ…。みずみずしいイチゴに見えます。ああああああ…、食べたい!」
「吉田さん。落ち着きましょう。深呼吸(しんこきゅう)して下さい、ほら」先生は深呼吸をして見せた。
 だが、これは逆効果(ぎゃくこうか)だった。患者はつばを飲み込み、目を血走(ちばし)らせ、くちびるを奪(うば)おうと先生に抱(だ)きついた。驚いた先生は悲鳴(ひめい)をあげて、患者を思いっ切りひっぱたいて、
「何すんのよ。この変態(へんたい)おやじ!」と叫(さけ)んでから、先生ははっと我(われ)に返った。
「あらっ、私ったら…」先生は慌(あわ)てて患者に駆(か)け寄り、「すいません、大丈夫ですか?」
 患者は先生の顔を覗(のぞ)き込み、「あれ、治(なお)ってる。先生、もうイチゴに見えません!」
<つぶやき>とても不思議な病気ですよね。でも、あなたの一撃(いちげき)で治るかもしれません。
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T:0022「アフター5のシンデレラ」
 ちょっと昔(むかし)のお話しです。財閥(ざいばつ)の一流企業に、なぜか中途採用(ちゅうとさいよう)で一人の女の子が入社しました。彼女は黒眼鏡(くろめがね)をかけて髪(かみ)はぼさぼさ、化粧(けしょう)もしてないようなみすぼらしい娘でした。それに、仕事ものろまで、失敗(しっぱい)ばかりしていて、いつも怒鳴(どな)られていました。
 そんな風(ふう)なので先輩(せんぱい)の女子社員からは雑用(ざつよう)にこき使(つか)われ、男子社員からも見向きもされず、声をかけられることもありませんでした。そんな彼女ですが、愚痴(ぐち)をこぼすこともなく、こまねずみのように働いていました。
 ある日、前が見えないほど書類(しょるい)を抱(かか)えて歩いていた彼女は、一人の男子社員とぶつかって転(ころ)んでしまいます。彼女はおどおどして「すいません」と頭を下げますが、男子社員はニコニコ笑って、「大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」と優(やさ)しく手を取ってくれました。
 その男は真面目(まじめ)だけが取り柄(え)で、いつも楽しそうに仕事をしていました。男は彼女を見た途端(とたん)、好きになってしまいます。一生懸命(いっしょうけんめい)に働いている彼女を、何かと手伝(てつだ)うようになったのです。男はどんな陰口(かげぐち)を言われても、まったく気にしませんでした。
 いつしか二人は付き合うようになりました。そして、彼女は男を家に招(まね)くことにしたのです。彼女に連れられて、男はそわそわしながら家に向かいます。そして、
「ここなんですよ」と彼女が指さした先には、立派(りっぱ)な豪邸(ごうてい)が建っていました。
 実は彼女は、財閥のお嬢さんだったのです。男は、足がすくんでしまいました。
<つぶやき>この二人は、これからどうなるのでしょうか? 幸せになってほしいなぁ。
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T:0021「漬ける女」
 とある喫茶店(きっさてん)で、紗英(さえ)は悲しそうな顔をして、涙(なみだ)をこらえていた。そんな紗英を見て、親友の麻美(あさみ)はあきれた顔をしてささやいた。
「もう、こんなところで泣(な)かないでよ」
「だって、あの人ったら、私を捨(す)てたのよ。お前みたいな重い女とは、もう付き合えないって」紗英の目から、ひとすじ涙がこぼれた。
「もう…」麻美はハンカチを手渡して、「だからやめなって言ったじゃない」
「私、あの人のために、いろいろしてあげたのよ。それなのに、それなのに…」
「紗英はね、尽(つ)くしすぎるのよ。もっとさ、私みたいに気楽(きらく)に…」
「あの人ね、私といると、漬(つけ)け物石(いし)を抱(だ)いてるみたいだって言ったのよ」
「漬け物石? 今どき、そんなの使わないでしょ。けっこう、古風(こふう)な人だったのね」
「私もね、つい言っちゃったの。あなたみたいなフニャフニャで、野沢菜(のざわな)みたいな人…」
「へーえ、言っちゃったんだ。紗英、それでいいんだよ。あんな男なんて忘れなよ」
「私が、野沢菜って言ったから、嫌(きら)われたのよ。きっとそうよ。それで、出てけって…」
「もう。別れた男のことで、イジイジしないの。スッパリと忘(わす)れなきゃ。いいわ、私がもっといい男、見繕(みつくろ)ってあげる。そうね、歯(は)ごたえのありそうな、カブみたいな人とか…」
 紗英はすごい形相(ぎょうそう)で睨(にら)みつける。麻美は殺気(さっき)を感じて、「もう、冗談(じょうだん)だってば…」
<つぶやき>こんな一途(いちず)な人もいるんですよ。今度は素敵(すてき)な人と出会えるといいですね。
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T:0020「自殺志願者」
 一人の男が公園(こうえん)のベンチに座(すわ)り、悲嘆(ひたん)に暮(く)れていた。そこへ幼(おさな)い少女が近寄って来た。
「ねえ、おじちゃん。どうしたの?」
 少女はあどけない笑顔で男の顔を覗(のぞ)き込んだ。男は少女の方を見るが、目をそらして額(ひたい)に手をあてて大きなため息をついた。
「一人にしてくれないか」男はかすれた声でつぶやくと、「おじちゃんは、これから遠(とお)いところへ行かなきゃいけないんだ」
「遠いところ?」少女は男の手を取り、「ねえ、あたしも連れてって」
 少女の小さくて温(あたた)かい手とつぶらな瞳(ひとみ)は、男の寒々(さむざむ)とした心にぬくもりを与えた。
「あたしも行きたい。だってね、遠いところにはママがいるんだよ。ママに会いたいの」
「そんなこと言っちゃいけない」男は少女を抱(だ)きしめて、「死んじゃいけないよ!」
 ――次の瞬間(しゅんかん)、「はい、終了(しゅうりょう)です」と声が聞こえてきて、ベンチや少女は跡形(あとかた)もなく消え失(う)せ、白(しろ)一色の部屋に変わった。そして、音もなく自動扉(じどうとびら)が開いた。
「今度はいけると思ったのになぁ」男は部屋から出ると受付(うけつけ)の女性に、「またダメですか?」
「そうですね。もう少し頑張(がんば)っていただかないと、自殺許可証(じさつきょかしょう)は発行(はっこう)できませんね」
「あの、また予約(よやく)をお願いします。今度こそ、頑張りますから」
「では、次は一週間後です。それまで、しっかり生きていて下さいね」
<つぶやき>生きることも大変ですが、死ぬことも大変かもしれません。生き抜いて…。
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T:0019「大切な宝物」
「ねえ、これはなに?」
 妻(つま)は、薄暗い藏(くら)の中から私を呼(よ)んだ。外で発掘品(はっくつひん)を整理(せいり)していた私は、懐中電灯(かいちゅうでんとう)を手に穴蔵(あなぐら)へ向かった。
 実は、崩(くず)れかけている古い藏を取り壊(こわ)すことにしたのだ。何代(なんだい)も前の先祖(せんぞ)が建てたもので、長年の風雨(ふうう)で痛(いた)みがひどくなり、この間の台風(たいふう)でとうとう壁(かべ)が崩れてしまったのだ。
 この藏にはいろんな思い出がある。子供の頃、悪(わる)さをして父親に閉じ込められたり、祖父(そふ)と一緒(いっしょ)に探検(たんけん)したこともあった。今思うと、祖父はかなりの変わり者だった。ほとんど家にはいなかったのだ。いつも旅をしていて、突然(とつぜん)帰ってくる。どんな仕事をしているのか聞いてみたことがあったが、祖父は「わしは、探検家(たんけんか)さ」と笑っていたのを覚(おぼ)えている。
「ねえ、これすごいよ」妻は私にほこりにまみれた小さな箱(はこ)を見せた。
「これは…」私には見覚(みおぼ)えがあった。祖母(そぼ)が大切(たいせつ)にしていた箱だ。でも、中に何が入っていたのか、私には記憶(きおく)がなかった。たぶん、祖母が亡(な)くなってから、父が藏にしまったのだろう。妻はそっと箱を開けてみた。私は懐中電灯で中を照(て)らす。
「うわっ!」妻は驚きの声をあげた。「すごくきれい。ねえ、見て!」
 中に入っていたのは、たくさんの絵はがきだった。昔の風景(ふうけい)や人物(じんぶつ)、花などが印刷(いんさつ)されていた。文面(ぶんめん)を見ると、祖父が祖母に宛(あ)てた手紙で、愛情(あいじょう)込めた言葉がつづられていた。
<つぶやき>大切な人に、あなたは何を残しますか? どんなものでも、それは宝物(たからもの)です。
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T:0018「遠距離ストーカー」
「あっ、まただ」淳子(じゅんこ)は着信(ちゃくしん)したばかりのメールを見て呟(つぶや)いた。
「どうしたの?」一緒(いっしょ)にお茶をしていた菜月(なつき)が、ケーキを頬張(ほおばり)りながら聞いてきた。
「私のストーカー」淳子は平気(へいき)な顔でそう言うと、「毎日ね、メールしてくるのよ」
「ストーカーって…。なにそれ?」菜月は心配(しんぱい)して、「大丈夫(だいじょうぶ)なの?」
「私の故郷(ふるさと)にいる元彼(もとかれ)なの。もう、しつこくて」
「元彼? それだったら、着信拒否(きょひ)とかすればいいじゃない。そうすれば…」
「えっ、そんなことしたら、もう届(とど)かなくなるじゃない」
「なに言ってるの。迷惑(めいわく)してるんでしょ?」
「だって、今まで来てたのが来なくなったら、なんか淋(さび)しいじゃん」
「あんた、ときどき分かんないこと言うよね。そもそも、何で元彼と別れたの?」
「えっとね、こっちでやりたい仕事(しごと)があったし、都会(とかい)に来たかったの」
「それで、その元彼は許(ゆる)してくれなかったんだ」
「ううん。黙(だま)って来ちゃった」
 淳子は婚約指輪(こんやくゆびわ)を見せて、「結婚の約束(やくそく)までしたんだけどね」
「えっ! あんたね、指輪を返して、ちゃんと別れてから出てきなさいよ」
「私、彼のとこ嫌(きら)いじゃないし。向こうに戻ったら、結婚するかもしれないじゃん」
<つぶやき>こんな自由奔放(じゆうほんぽう)な彼女と付き合うのは、とっても大変じゃないかと思います。
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T:0017「初恋前夜」
 ありさは校門(こうもん)のところで里子(さとこ)を待っていた。この二人は気が合うようで、学校ではいちばんの仲良(なかよ)しだった。でも、今日は何だか、ありさの様子(ようす)がちょっといつもと違うみたいだ。里子が来ると、ありさは言いにくそうに、
「あのね…。里(さと)ちゃんに頼(たの)みがあるんだけど…」
「なに? 何でも言ってよ。でも、勉強(べんきょう)のことは無理(むり)だからね」
「佐藤(さとう)君のことなんだけど…」ありさは頬(ほお)を赤らめて、「付き合ってる子とか、いるのかな?」
「佐藤? 良夫(よしお)のこと」里子は笑いながら、「いない、いない。いるわけないよ。だって、部活(ぶかつ)のないときは、いつも私の家に来て暇(ひま)つぶししてるのよ」
「そおなんだ。里ちゃんは、佐藤君のこと、どう思ってるの? 好きとか…」
「えっ? 私は…」里子は今まで良夫のことをそんなふうに考えたことはなかった。
「あいつとは幼稚園(ようちえん)のときからの幼(おさな)なじみで、好きとかそういうのは…」
「じゃあ、いいよね。私が好きになっても」ありさは思わず言ってしまった。
 里子は驚(おどろ)いた。良夫のことをそんなふうに思っていたなんて。ありさは恥(は)ずかしそうに、
「ねえ、佐藤君に、私と付き合ってほしいって、伝(つた)えてくれない?」
 里子は胸(むね)が騒(さわ)いだ。何だか分からないけど、大切(たいせつ)なものを無(な)くしてしまうような、淋(さび)しい気持ちになった。だから、里子はこんなふうに答えてしまった。
「それは、無理よ。私からは…、言えないわ。ごめんね。ほんと、ごめん」
<つぶやき>この二人はこれからどうなるのでしょう? 親友のままでいてほしいけど…。
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T:0016「探しものは…」
 もう陽も落ちて薄暗くなった教室で、二人の生徒(せいと)が何かを探していた。
「どうしてないのよ」やよいはべそをかきながら、「困(こま)ったなぁ。どうしよう…」
「他のとこに持ってったんじゃないのか?」祐介(ゆうすけ)は呆(あき)れて、「お前、そそっかしいからな」
「他のとこって…。あっ、音楽室(おんがくしつ)かも。帰る前にそこによったのよ」
 二人は暗い廊下(ろうか)を音楽室に向かった。昼間と違って何だか別の場所のようだ。薄気味悪(うすきみわる)い感じなので、やよいは祐介の腕(うで)をつかんだ。階段を上がって行くと、ピアノの音が聞こえてきた。二人は顔を見合わせて、息を呑(の)んだ。三階について音楽室の方を見たとき、何かがすーっと動いたような気がした。やよいは思わず祐介にしがみついて言った。「何かいたよぉ」
「バカ、気のせいだよ」祐介は怖(こわ)いのを我慢(がまん)して、「ほら、行くぞ」
 ピアノの音はいつの間にか消えていた。音楽室の扉(とびら)をそっと開けて、二人は中に入った。中には誰もいなかったが、ピアノのふたが開けられたままになっていた。やよいは教壇(きょうだん)の上に探していたものを見つけて駆(か)け寄(よ)り、「あった。あったよ、祐介」やよいは大事(だいじ)そうにそれを祐介に手渡(てわた)して、「はい、プレゼント。今日は私たちが初めて…」
「それ、神田(かんだ)さんのなの。ダメじゃない、忘れていっちゃあ。大切(たいせつ)なものなんでしょ」
 突然(とつぜん)先生に声をかけられたので、二人はどぎまぎしてしまった。
<つぶやき>大切なものは無くさないようにしないといけません。気をつけて下さいね。
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T:0015「ふくらむ疑惑」
「ねえ、あなた」君江(きみえ)は背広(せびろ)のポケットに入っていた一枚のメモを見せて、「これはなに?」と微笑(ほほえ)んだ。
 隆(たかし)は遅(おそ)い夕食を食べながら、ちらっとメモを見て、「えっ、何それ?」
「あれ、とぼけるんだ。読んであげましょうか?」
 君江は夫(おっと)に疑(うたが)いの目をむけた。
 隆はきょとんとして、ふくれている妻(つま)を見た。君江はおもむろにメモを読み始める。
「今日は楽しかったわ。まさか、二人であんなことが出来るなんて、思ってもみなかったんですもの。また誘(さそ)って下さいね。待ってるわ。かおり」
 メモを読み終えた君江は、「さあ、ちゃんと説明(せつめい)して。かおりって誰(だれ)なの?」
「かおり? 知らないよ。知るわけないだろ」
「とぼけないでよ! かおりって人と、何をしたの!」
「何もしてないよ。ほんとだって」隆には身に覚えがないようだ。
「今日のことよ。忘れたなんて言わせないから。会社の人じゃないの? それとも…」
「あっ、思い出したよ。あの、このあいだ移動(いどう)で来た娘(こ)で…。それで、席(せき)が隣(となり)になって、いろいろ教えてあげたりとか…。ちょっと変わった娘(こ)で、天然(てんねん)っていうか…」
「それで、仲良(なかよ)くなったんだ。で、あんなことやこんなことして、楽しんだんだ…」
 二人の話し合いは、深夜(しんや)まで続いた。この結末(けつまつ)は、ご想像(そうぞう)におまかせします。
<つぶやき>些細(ささい)なことが、とんでもないことになるときも、あるのです。気をつけて。
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T:0014「恋の始まり」
「おはよう。田中(たなか)君…、早いのね」ななみは恥(は)ずかしさのあまり声がうわずっていた。
「あ、吉田(よしだ)さん。あの、どうも…」田中の方も何だか落ち着かない様子(ようす)だ。
 この二人、お互(たが)いに好きなのだ。でも、それが言い出せないでいた。他の友達がいるときは何でもないのだが、いざ二人っきりになると意識(いしき)しすぎてしまい何も話せなくなる。二人してもじもじしていると、それぞれの携帯(けいたい)が鳴(な)り出した。
「あ、さゆり。何してるの、遅いよ。えっ…、今日、来られない? 何でよ…」
「何だよ、研二(けんじ)。早く来いよ。えっ、嘘(うそ)だろ。どうすんだよ。えっ…」
 今日は友達四人で水族館(すいぞくかん)に行くことになっていた。それが、ドタキャンされたみたいだ。実(じつ)は、友達が気をきかせて、二人っきりになれるように計画(けいかく)したのだ。二人はどうしていいのか分からず、うつむいてしまった。でも、真(ま)っ赤な顔をしたななみの方から、
「あの…、さゆり、来られないって。何か…、急に用事(ようじ)が出来たみたいなの」
「そう…。沢田(さわだ)も、今日、ダメだってさ。どうしようか…、これから」
「えっと…、行かない? 水族館。二人で…。せっかく、来たんだから…」
「そうだね。うん…、そうしようか。それがいいよ」
 二人はぎこちなく歩き出した。二人の恋の時計(とけい)が、ゆっくりと動きはじめた。
<つぶやき>恋の始まりは、突然(とつぜん)やって来るんですよね。今思えば、その頃(ころ)がいちばん…。
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T:0013「復活の日」
 古びた酒場(さかば)のカウンターで、一人の男がバーボンを飲んでいた。だいぶ酔(よ)いが回っているようで、うつろな目をして物思(ものおも)いにふけっていた。そこに、この店には不釣(ふつ)り合いな、二十歳(はたち)ぐらいの若い女が近寄ってきて、隣(となり)の席に座り男の顔を覗(のぞ)き込んだ。
「ねえ」女は男に声をかけ、「私にダンス教えてよ。お願い」
 男は女の顔をちらりと見ただけで、何も言わずに残っていたバーボンを喉(のど)に流しこんだ。
「おじさん、聞いてんの? 何とか言いなよ」女はイラついて男の腕(うで)をつかんだ。
 男はその手を振りはらうと、「何度来ても同じだ。俺(おれ)は、ダンスはやめたんだ」
「そんなこと言わないで。私も、おじさんみたいに一流(いちりゅう)のダンサーになりたいの」
 女の目は真剣(しんけん)だった。男の心は揺(ゆ)れていた。彼女を見ていると、昔の自分とそっくりなのだ。捨(す)てたはずの夢(ゆめ)がちらつき、心の片隅(かたすみ)で熱い気持ちがくすぶり始めていた。
「やめとけ。俺みたいになるだけだ。踊れなくなったら、もう死んだも同然(どうぜん)だ」
「だったら、私が生き返らせてあげる。おじさんがなくした夢、私が取り戻(もど)してあげるわ」
「お前な……」男は何か言いかけたが、しばらく考え込んで、「俺の授業料(じゅぎょうりょう)は高いぞ」
「えっ…、教えてくれるの? ありがとう! でも、授業料っていくらなの?」
 男は飲んでいたグラスを差し出し、「こいつ、一杯(いっぱい)だ」
<つぶやき>いくつになっても、熱い情熱を忘れないでいたいですよね。青春、万歳!!
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T:0012「約束」
 昼(ひる)近くになって純子(じゅんこ)はベッドから這(は)い出した。今日は久(ひさ)し振(ぶ)りのお休み。もう一ヵ月も休みがなかったのだ。だから、今日は一日をまったりと過ごすことに決めていた。純子は思いっ切り背伸(せの)びをするとニコニコしながら、「今日は、なにしようかなぁ」と呟(つぶや)いた。
 これが純子の平穏(へいおん)な一日の始まり…、のはずだった。一本の電話がかかってくるまでは。
<おめえ、何やってんだ。約束(やくそく)忘れたんけ?>それは男の声だった。
「えっ、どなたですか?」純子には聞き覚(おぼ)えのない声だった。
<バカこくでねえ。オラだ! おめえの物忘(ものわす)れは、大人(おとな)になってもちっとも治(なお)んねえな。そんなんだからさ、いつまでたっても恋人が出来ねえんだ>
「さとし? 何で…、何で番号知ってんの!」それは幼(おさな)なじみの男だった。
<約束通り迎(むか)えに来たさぁ。田舎(いなか)にけえって、結婚(けっこん)すべ>
「いきなり何よ。あんたとなんか結婚しないわよ。するわけないでしょ!」
<なに言ってんだ。三年たっても恋人できなかったら、オラと結婚するって言ったべ>
「そんなこと言ってねえ」でも純子は、冗談半分(じょうだんはんぶん)にそんなことを言ったような気がした。
<すぐ着くからな。もう、淋(さび)しい思いさせねえから。待ってろや>
 純子はこの後、さとしを説得(せっとく)して追(お)い出すのに長い時間を費(つい)やした。結局(けっきょく)、まったりとした休日は夢に終わった。
<つぶやき>冗談半分に変な約束してませんか? 気をつけないととんでもないことに…。
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T:0011「ほんの小さな夢」
 さゆりはラブホテルの一室(いっしつ)で朝を迎(むか)えた。横で寝(ね)ているのは、名前も知らない行きずりの男。彼女は自分の身体を売って、お金を手に入れていた。別に、お小遣(こづか)いが欲(ほ)しくてしているわけではなく、女一人で生きていくにはこの方法(ほうほう)しか思いつかなかったのだ。でも、彼女には夢があった。お金を貯(た)めて雑貨(ざっか)のお店を持つこと。そのための勉強(べんきょう)もしていた。
 さゆりは家庭(かてい)のぬくもりを知らなかった。両親からは邪魔者扱(じゃまものあつか)いされ、いつも一人ぼっちだった。自分の家なのに、そこには彼女の居場所(いばしょ)はなかったのだ。だから、自分のお店を持つことは、自分の居場所を作ることなのかもしれない。
「どうして、こんな商売をしてるんだい」
 男は着替(きが)え終わるとさゆりに声をかけた。
「私、学校もちゃんと行ってないし」さゆりは髪(かみ)をとかしながら、「でもね、勉強は嫌(きら)いじゃないのよ。いまも勉強してる。私には夢があるんだ」
 さゆりは無邪気(むじゃき)に微笑(ほほえ)んだ。
「夢ね」男はしらけた顔で、「夢があったって、幸せにはなれないさ。俺(おれ)は、自分の夢はすべてかなえたけど、そこには幸せなんかなかった」
「そんなことないよ。夢があれば生きていけるわ。もし夢がかなったら、また別の夢を…」
「夢がかなったら、後は失(うしな)うだけだよ。仕事も、家庭もな。後は何も残らない」
「それは違うよ。そんな悲しいこと言わないで…」さゆりは男を優(やさ)しく抱(だ)きしめた。
<つぶやき>どんな人にも夢はあると…。夢は元気の源(みなもと)。人生を喜びで満(み)たしてくれる。
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T:0010「呼びつける」
 佐々木(ささき)は、半年かけて新しい得意先(とくいさき)と契約(けいやく)を結(むす)ぶまでにこぎつけた。今日は契約書を交わす大事(だいじ)な日。佐々木の上司(じょうし)も加わり、得意先の社長と最終的な契約の確認(かくにん)をしていた。
 その時、静かな会議室にメールの着信音が鳴(な)り響(ひび)いた。佐々木は慌(あわ)てて、「すいません」と言ってメールを確認し、「今日はダメだって言ったのになぁ」とつぶやいた。
「今度は何だって?」上司が心配(しんぱい)そうにささやいた。
 佐々木は携帯を上司にこっそりと見せた。そこにあった文面は、
<早く来て。来なかったら怒(おこ)っちゃうから!>
 佐々木の恋人からのメールだった。こういうことはたびたびあったので、上司もなれたもので、「もう少し、待ってもらえないのか? 今はちょっとな…」
「何か問題(もんだい)でもあるのかね?」相手(あいて)の社長はただならぬ様子(ようす)に声をかけた。
「いや、ちょっと個人的(こじんてき)なことでして」
 上司は言葉をにごした。が、またメールの着信音が鳴り響いた。今度は、
<何してるの! 来なさい!! どうなっても知らないわよ!>
「まずいな」メールを見た上司はそうつぶやくと、「ここはいいから、君は行きなさい」
「いったいどうしたんだね?」社長は相手の会社の大事(おおごと)だと思い声を荒(あら)げた。
 上司は仕方なく届(とど)いたメールを見せて、佐々木の恋人のことを説明した。社長はそれを聞くと、「これはいかん。わしにも憶(おぼ)えがあるんだ。すぐ行きたまえ。行かなきゃダメだ!」
<つぶやき>いつの時代になっても、女性はたくましいのです。見くびらないように…。
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T:0009「タイムカプセル」
 久(ひさ)し振(ぶ)りに故郷(こきょう)に帰って来た。二年ぶりぐらいかなぁ。実は家を建て替(か)えることになって、<片付けを手伝いに帰って来い>って連絡(れんらく)があったの。私は高校を卒業(そつぎょう)してから東京の大学に入り、そのまま就職(しゅうしょく)してしまった。だから、私の部屋は高校生のときのままになっている。
 部屋の片付けをしていると、いろんな発見があった。あの頃(ころ)の思い出がこの部屋にはいっぱい詰(つ)まっている。そして、私は見つけてしまった。彼と二人で撮(と)った記念写真。彼も東京の大学に入ったので、二人の付き合いは続いていた。でも、大学を卒業する前に、些細(ささい)なことがきっかけで別れてしまった。いま考えると、別れた原因って何だったのかな。いろんなことが積(つ)もり積もって、二人の気持ちが離(はな)れてしまったのね、きっと。
 写真の中の二人は、今でも恋人のままで時間が止まっていた。まるでタイムカプセルみたいに…。あっ、思い出した。この写真は二人でタイムカプセルを埋(う)めたときのだ。その頃の記憶(きおく)が頭の中を駆(か)けめぐった。高校卒業の記念にって、学校の近くの公園(こうえん)にこっそり埋めたタイムカプセル。たしか、十年後に二人で掘(ほ)り起こそうって約束(やくそく)した。
 私は写真の日付を見て驚いた。十年後って明日じゃない。何だかドキドキしてしまった。明日、行ってみようかな。そしたら、彼に会えるかもしれない…。私ってバカね。そんなことあるわけないのに。何を期待(きたい)してるのよ。でも…、行ってみてもいいよね。
<つぶやき>あの頃の楽しかったこと、忘れたくないよね。そんな思い出を作りましょう。
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T:0008「ロスト・ワールド」
 ここは地球最後の秘境(ひきょう)。深い密林(みつりん)や湿地(しっち)に守られた、前人未踏(ぜんじんみとう)の地である。以前撮(と)られた衛星(えいせい)写真で、密林の中に断崖(だんがい)に囲(かこ)まれた小高い丘(おか)があり、その中央に小さな山があることが確認(かくにん)された。前回の予備調査(よびちょうさ)で新種(しんしゅ)の生物が多数発見されているので、今回の調査には全世界の注目(ちゅうもく)が集まっていた。
 探検隊は断崖を登り切り、いよいよ未知の世界に踏(ふ)み込んだ。そこは倒木(とうぼく)や立木(こだち)にいたるまで苔(こけ)でおおわれていて、今まで歩いてきたジャングルとはまったく違っていた。
「隊長(たいちょう)! あれは何ですか?」
 しばらく歩いたところで隊員(たいいん)の一人が叫(さけ)んだ。何かが倒木のあいだから頭(あたま)を出していたのだ。隊長はすぐに駆(か)け寄り、驚きの声をあげた。
「何でここにあるんだ!」隊長が手にしたのはペットボトルだった。
「こっちにも何かあります!」別の隊員が叫んだ。そこにあったのはスナック菓子(かし)の袋(ふくろ)。
 次々と見つかる人の痕跡(こんせき)に、隊長をはじめ隊員たちは呆然(ぼうぜん)と立ちつくした。何とか目的の小山(こやま)にたどり着いたとき、みんなは言葉をなくした。驚きのあまりしゃがみ込む者や、憤(いきどお)りのあまり涙(なみだ)する隊員さえいた。そこにあったのは、ゴミの山。緑色のごみ袋が積(つ)み上げられて、山のようになっていたのだ。その時、どこからともなく飛行機の音が響(ひび)き始めた。みんなが見上げると、小型の輸送機(ゆそうき)が旋回(せんかい)していて、緑のごみ袋を落とし始めた。
<つぶやき>ゴミはちゃんと持ち帰りましょう。小さなことからでも地球を救えるのです。
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T:0007「飛び立つ男」
 崖(がけ)の上に一人の男が立っていた。ただ立っていた。風が吹き始めると両手を真横(まよこ)に広げて目をつむり、身体で風を受けて背筋(せすじ)を伸(の)ばす。まるで飛び立とうとでもするように。
 そこに一人の女がやって来た。女は、男のしていることを不思議(ふしぎ)そうに眺(なが)めていたが、
「何をしてるの?」と声をかけた。「あなた、昨日もここにいたわね」
「僕は、待ってるんですよ」
 男は空を見上げたまま、女を見ようともしなかった。
「誰(だれ)を待っているの?」
「風を待ってるんです。僕の風を」
「あなたの風?」
 女には、男の言っていることが理解できなかった。「風は誰のものでもないわ。それに、どうやって風を見分けるの?」
「身体で感じるんです。自分の風を感じたら、飛び立つことができる」
「飛び立つ?」女は目を丸くして、「人は飛ぶことなんてできないわ」
「誰が決めたんですか?」男は女の顔を覗(のぞ)き込み、「思い込んでいるだけですよ」
「そんなことない」女はむきになって、「人の身体は飛ぶようにはできてないの」
「辛抱(しんぼう)して自分の風を待ち続ければ、飛び立つことができますよ。やってみませんか?」
「私には、そんな無駄(むだ)なことをする時間はないの。あなたもちゃんと働いた方がいいわ」
<つぶやき>男のロマンを理解することができたら、世界はもっと広がるのでしょうか?
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T:0006「タイミング」
 祐太(ゆうた)は会社の同期(どうき)の女性に思いを寄(よ)せていた。別に一目惚(ひとめぼ)れってわけじゃない。職場(しょくば)でたわいのない話をしたり、仕事のあとの飲み会とかで仲良くなって――。自分でも意識(いしき)しないうちに…、なんか良いよな、やっぱり気になる、好きになっちゃったのかも。てな感じで、<どうしようか>と思い始めたのは一ヵ月前だった。それからというもの、普通(ふつう)に話してるつもりでも、なんだかぎこちなくなっている自分がいた。
 彼女のプライベートのことは詳(くわ)しく知らないし、もしかすると彼氏がいるかもしれない。自分のことをどう思っているのかな? 祐太はあれこれと思い悩(なや)んでしまった。
 そんな祐太に突然(とつぜん)チャンスがめぐってきた。街を歩いていた祐太の目の前に、彼女が現れたのだ。彼女もびっくりした顔をして、
「この近くに友だちが住んでて、それで。田中(たなか)君は?」
「僕は、あの…。この辺(へん)に、住んでるんだよね。それで…」
「そうなんだ。あっ、そうだ。これから時間あります? 友達の家でパーティがあるの。一緒(いっしょ)に行きませんか?」
 祐太は行きたかった。でも、今日は田舎(いなか)から母親が出て来るので、駅まで向かえに行くことになっていたのだ。<なんで!>祐太は心の中で叫(さけ)んだ。彼女ともっと親(した)しくなれるかもしれないのに。祐太は彼女と別れてから、思いっ切りため息をついた。
<つぶやき>こういうことって、あるんですかね? そのうち、良い風が吹いてきますよ。
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T:0005「最後のラブレター」
 かすみさんがこの手紙を見つけたとき、もう僕はこの世界から消えてしまっていると思います。でも、悲しまないで下さい。僕とあなたが過ごした三十年のあいだ、楽しいことがたくさんあったから。僕は、あなたと一緒(いっしょ)にいられて、とても幸せでした。
 僕がこんなとこを言うと、かすみさんは怒(おこ)るかもしれませんね。だって、僕は良い夫ではなかったから。仕事にばかり夢中になって、あなたのとこを一人ぼっちにしてしまった。子供たちのことも、みんなかすみさんに任(まか)せてしまっていたし…。
 でも、あなたのおかげで、子供たちも無事(ぶじ)に育(そだ)ってくれました。とても感謝(かんしゃ)しています。こんなこと、面(めん)と向かっては言えなかった。ちゃんと言っておけばよかったね。
 あなたはいつも家族のことを考えていてくれたよね。僕が入院したときも、毎日のように来てくれた。僕がそんなに来なくていいよって言っても、あなたは<僕と一緒にいられる時間が増えたのよ、こんな幸せなことはない>って笑ってくれた。僕は、あなたの笑顔がいちばん好きだったんだよ。あなたの笑顔はみんなを幸せにしてくれる。
 僕がいなくなっても、笑顔を忘れないで下さい。これからは、あなたのやりたいことを好きなだけしていいんだよ。僕から、かすみさんへのご褒美(ほうび)です。ありがとう。
<つぶやき>人生の節目(ふしめ)にあたり、心のこもった感謝のラブレターを書いてみませんか?
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T:0004「ラブレター」
 山田(やまだ)君へ。突然(とつぜん)こんな手紙(てがみ)を書いちゃって、ごめんなさい。
 私が廊下(ろうか)で転(ころ)んでしまって、持っていたプリントをばらまいちゃったとき、そばにいた山田君は一緒(いっしょ)に集めてくれたよね。あのとき、私、ちゃんとお礼(れい)を言えなくて…。山田君は、そんなこともう忘れているかもしれないけど。私は、ずっと後悔(こうかい)してて…。なんで、ちゃんとありがとうって言わなかったんだろうって。ちゃんと言ってれば…。
 私、山田君と同じクラスになったときから、山田君のことがずっと気になってて…。でも、声をかけることができなかったんだよね。この手紙を書くのだって、ずっと迷(まよ)ってたんだ。友だちに相談(そうだん)したらね、ちゃんと告白(こくはく)した方がいいって言われたの。それで、私、決めたの。
 私、山田君のことが好きです。山田君は、他に好きな人がいるかもしれないけど、それでもいいの。私の片思(かたおも)いでもいい。こんな気持ちになったのは初めてで、自分でもどうしたらいいのか分からないんだ。今もドキドキしてる。でも、なんだか心の中がほわっとしてて、あったかいの。今まで悩(なや)んでいたことが、どっかへ行っちゃった。
 あのときは助けてくれて、ほんとにありがとう。もし、私のこと好きじゃなかったら…、好きになれなかったら、この手紙は捨(す)ててください。
<つぶやき>初恋は青春の思い出よね。心のどこかに隠れてて、時々現れては消えていく。
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T:0003「仕事と恋」
「何でそんなこと言うの? 約束(やくそく)したじゃない! ずっと一緒(いっしょ)にいるって」
 涼子(りょうこ)は電話口で声を荒(あ)らげた。電話相手の彼とは、もう三年の付き合いになる。ここ数ヶ月はお互(たが)いの仕事が忙(いそが)しく、なかなか逢(あ)うことが出来なかった。それに、電話も夜遅くしか出来ないので、長話(ながばなし)をするわけにもいかなかった。涼子は淋(さび)しい思いを我慢(がまん)していた。
 だから、今日はまだ早い時間なのに彼から電話がかかってきて、涼子は飛び上がらんばかりに喜(よろこ)んだ。それが、まさかこんな事になるなんて、夢にも思わなかった。
「どういうことよ。はっきり言ってよ」
 涼子の声は震(ふる)えていた。相手の話を身動(みうご)きもせずに聞いていたが、
「分かんないよ! 仕事がそんなに大切(たいせつ)なの。……そりゃ、私だって、仕事が忙しくて、急に逢えなくなったときあったけど…」
 涼子の目から、一筋(ひとすじ)の涙(なみだ)がこぼれた。
「ねえ、どうしてもだめなの。離(はな)れたくないよ。ずっと一緒にいようよ」
 彼は、涼子が泣いているのに気づいたようだ。
「泣いてなんかいないわよ。二人で出かける旅行、楽しみにしてたんだから。それなのに、私を残して、一人だけ日帰りで帰るなんて。いいわよ、一人で泊(と)まるから。二人分、ご馳走(ちそう)食べてやる!」
<つぶやき>仕事と恋の両立は難しいのかもしれませんね。どっちも大切なんですから。
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T:0002「女の切り札」
「何なのこれ?」
 エコバッグからカップ麺(めん)を取り出して純子(じゅんこ)が呟(つぶや)いた。
「私は醤油味(しょうゆあじ)を頼んだのに、何でとんこつ味を買ってくるのよ」
「だって、ちょうど売り切れてたから」
 隆(たかし)はヤカンに水を入れながら答えた。
「私はいま、醤油味を食べたいの。それ以外はあり得(え)ないから」
「いいじゃない。これだって美味(おい)しいって」ヤカンをコンロにのせて火をつける隆。
「そりゃ、とんこつも美味しいわよ。でも、今は醤油なの。醤油を食べたいの!」
「そんなのいいじゃん。美味しけりゃ、同じだって」隆は無頓着(むとんちゃく)な人間のようだ。
「買ってきて」純子はエコバッグを隆に突(つ)きつけて、「今すぐ買ってきて!」
 隆は純子のわがままには慣(な)れっこになっていたが、今日は我慢(がまん)の限界(げんかい)に達していた。
「お前な、いい加減(かげん)にしろよ! 前から言いたかったんだけど、朝食の目玉焼きに醤油なんかかけるなよ。目玉焼きはソースだろ。俺がせっかく美味しく作ってるのに…」
「なに言ってるの?」
 純子は鼻(はな)で笑って、「目玉焼きは醤油じゃない。常識(じょうしき)でしょ。それより、早く行ってよ。15分だけ待っててあげる。遅れたら、もうこの部屋には入れないから」
「何だよ、それ」隆は背筋(せすじ)に冷たいものが走るのを感じた。「分かった。行ってきまーす」
<つぶやき>隆、負けるな。いつかきっと、報われる時が来るから。たぶん…、きっと…。
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T:0001「お嬢様教育コース」
「ここは何処(どこ)よ!」ファッションモデルのように着飾(きかざ)った若い女性が叫(さけ)んだ。「エッフェル塔(とう)は? 凱旋門(がいせんもん)は何処にあるのよ」
「ここ、ガルバね」と添乗員(てんじょういん)が説明(せつめい)し、「アフリカの秘境(ひきょう)あるよ。どうね、良い景色(けしき)ね」
「どこがよ。何にも無(な)いじゃない」女は頭をかきむしり、「吉田(よしだ)! どうなってるの? 私はパリに行きたかったのよ。パリが私を待ってるの。あなた、なんとかなさい。いいわね」
「お嬢(じょう)様、そう言われましても。次の飛行機が来るのは、一週間後ですから」
「何で? それじゃ、チャーターしなさい。お金はいくらかかってもいいわ」
 女はそう言うと、バックから札束(さつたば)を取り出して吉田に突(つ)き出した。
「おお、これダメね」添乗員は札束を見て、「ここ、お金、使わないよ。物々交換(ぶつぶつこうかん)ね」
「物々交換?」女は顔をひきつらせて、「なにそれ? じゃあ、どうするのよ。吉田!」
「お嬢様、仕方(しかた)ありません。とりあえず、ホテルを探(さが)しましょう」
「ホテル、ないよ。私の家、来るといい。今、収穫(しゅうかく)の時期(じき)。人手(ひとで)、欲(ほ)しかったね」
 女はその場にへたり込んだ。吉田はそんな彼女に優しく微笑(ほほえ)んで、
「お嬢様、ここで働くのも悪くないかもしれません。きっと、良い経験(けいけん)になりますよ」
<つぶやき>お金では手に入らないものが、きっと見つかるかもね。がんばれ、お嬢様!
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