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書庫 超短編戯曲1~
T:001「伝説・寿椅子」
ある会社の給湯室。新入社員の理恵に仕事を教えている女子社員の綾佳。
綾佳「ここが給湯室ね。お茶の葉とかコーヒーはこの棚にあって、湯呑みとかカップは後ろの食器棚に入ってるから」
理恵「はい」
綾佳「あと、分かんないことがあったら、いつでも訊いて。教えてあげるから」
理恵「あの…。私、何かしましたか?」
綾佳「何かって?」
理恵「だって、私の前に座ってる先輩が、怖い顔で私を見てるんです」
綾佳「ああ、お局様ね。(あたりを気にして小声で)亀山先輩に逆らっちゃダメよ。あの人に睨まれたら、地獄の底に突き落とされるから」
理恵「ええっ…、そんな。私、ちゃんと挨拶もしたし、なにも…」
綾佳「私が思うに、あなたの使ってる椅子が原因かもね」
理恵「椅子?」
綾佳「この会社には、寿椅子っていう伝説があってね。その椅子に女子社員が座ると、三ヶ月以内に恋人ができて、一年以内に寿退社できるって言われているの」
理恵「ほんとですか? そんなことあるはずないですよ」
綾佳「だって、一年くらい前にこの部署に来た子がね、昨日、寿退社したのよ。来週、結婚式を挙げるんだって」
理恵「え? でも、それは…」
綾佳「その子の椅子。いま、あなたが使ってるやつよ」
理恵「ええっ…」
綾佳「亀山先輩は、あなたの椅子を寿椅子だと思ってるのよ。きっと、狙ってたんだわ。今朝だって、いつもよりも早く出社してたし。でも…、どうして椅子を取り替えなかったのかな?」
理恵「あっ! 私、今朝、早く来すぎて、まだ誰もいなかったから、あの椅子に座って…」
綾佳「それ、ほんと?」
理恵「ええ。そしたら、亀山先輩が走り込んできて…。なんか、すごい顔で…」
綾佳「ああ、やっちゃったわね」
理恵「どうしよう…」
突然、亀山が給湯室を覗き込んで、
亀山「いつまでかかってるの。早く仕事に戻りなさい。(理恵を睨んで)佐々木さん、早く一人前になってよね。でないと、私…」
亀山、薄笑いをうかべて立ち去る。
理恵(慌てて)「私、今から椅子を取り替えてもらってきます」
綾佳「もう遅いわよ。伝説では持ち主になった人が寿退社しない限り、次の持ち主にはなれないらしいから」
理恵「そんなあ…」
<つぶやき>こんな椅子があったら、私も…。でも、これって神頼みですよね。
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T:002「食いしん坊のルームメイト」
とあるアパート。越してきたばかりなのか、段ボール箱などが積み上げられている。真一が段ボール箱を一つずつ開けながら、
真一「これは、台所用品と…。あれ…、これ捨てようと思ってたのに、何でこんなところにあるんだ。ああ…、もうぐちゃぐちゃだな。どこに何が入ってるのか分かんないよ」
真一が積み上げてある段ボール箱をどかすと、部屋の隅に女が座っていた。
真一「(驚いて)わぁ! えっ…、だれ? 何でこんなところに…」
幽子「初めまして。私、幽子って言います。どうぞよろしく」(三つ指ついておじぎをする)
真一「ゆうこ? えっ…。どっから入ってきたんだよ」
幽子「私は、ずっとここに居たよ。今日から、ルームメイトだね」
真一「はぁ、なに言ってるの? ここは俺の部屋だから。早く、出てけよ」
幽子「それは、ちょっと無理かなぁ。だって、ここから出られないし」
真一「えっ、なに言ってんだよ。いいから、出てけよ」
真一は幽子を外に追い出し、玄関の扉を閉める。閉めてすぐに、扉を叩く音がする。
真一「まったく、いい加減にしろよ!」
扉を開ける真一。外には別の女が立っていた。
希美「なに…。おどかさないでよ」
真一「のぞみ…。えっ、どうして…」
希美「一人じゃ大変だと思って、手伝いに来たんじゃない。それに、これ。引っ越しといえば、蕎麦でしょう。そこのコンビニで買って来ちゃった」
真一「あっ、ありがとう。あの…、いまさ、誰かに会わなかった?」
希美「誰かって?」
真一「いや…、別にいいんだ。さあ、入って。どうぞ」
希美「はい、おじゃましまーす。なんだ、全然片付いてないじゃない」
真一「だって、さっき始めたばかりだからさ」
希美「よし。じゃあ、やっつけちゃうわよ」
希美はコンビニの袋をそのまま冷蔵庫にしまう。二人は、片付けを始める。
しばらくすると、冷蔵庫の方で蕎麦をすする音がする。希美がそれに気づいて、
希美「だれ?(近づいて)何してるのよ。それ、私が買ってきたやつじゃない!」
幽子「初めまして。私、幽子って言います。どうぞよろしく」(三つ指ついておじぎをする)
希美「よろしくって? 真一! 誰よ、この人。何でここにいるのよ」
真一「えっ? あっ!(希美に)いや、あの…。俺にもよく分かんないんだけど…」
幽子「あの…。私のことは気にしないで。邪魔とかしませんから」
希美「そう言うことじゃなくて。(怒って)真一、ちゃんと説明してよね」
幽子「すいません。これ、もう一つ食べてもいいですか? もう半年も何も食べてなくて。前にいた人は、料理とか全然しない人だったんです。だから、追い出しちゃった。真一は、ちゃんと料理作ってね」
幽子は冷蔵庫のなかに消えていく。茫然と立ちつくす二人。
<つぶやき>引っ越しする時は気をつけましょう。先住者がいるかもしれません。
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T:003「小悪魔的微笑」
小さな結婚式場で、受付をすることになった初対面の二人。
さやか「ねえ、花嫁のドレス、見た? 超ダサくない」
山本「そんな…。(小声で)他のお客さんに聞こえますよ」
さやか「別にいいじゃん。どうせ、ちんけな結婚式なんだから」
山本「ダメですって、そんなこと言っちゃあ」
さやか「正貴も、何であんなブスにしたんだろう」
山本「ブスって。姫野さんはブスじゃないですよ」
さやか「あんた、あの女のなに?」
山本「なにって…、友達ですよ」
さやか「私、むかし正貴と付き合ってたから、あいつのこと何でも知ってんだよね」
山本「えっ!?」
さやか「そんなに驚かなくてもいいじゃん。むかしのことよ」
山本「昔って?」
さやか「あの二人、ぜったい別れるね。一年もたないんじゃないのかなぁ」
山本「そんなことないですよ。別れるなんてことは…」
さやか(山本の顔を覗き込み)「あんたさ、もしかしてあの女のこと好きなの?」
山本(動揺して)「えっ、そ、そんなことは…」
さやか「やっぱりそうなんだ。あんな女、やめときなよ。どこがいいの? どうせ今日だって、無理やり受付係を押しつけられたんでしょう」
山本「いや、それは…」
さやか「ねえ、私と付き合わない?」
山本「はい?」
さやか「いいじゃない。あんた、どうせ他に彼女いないんでしょう」
山本「あのね、突然そんなこと言われても…」
受付に客がやって来る。
さやか「どうも、ありがとうございます。こちらにご記入下さい。(山本に微笑みかける)もうすぐ始まりますので、あちらの方でお待ち下さい」
客が受付を離れていく。山本はどうしたものかと考え込んでいる。
さやか「ねえ、これ終わったら、二人で抜け出さない?」
山本「そんな、ダメですよ」
さやか「いいじゃん、デートしようよぉ」
山本(怒って)「もう、冗談は止めて下さい。僕は…」
さやか「わあっ、かわいいーぃ。じゃあ、式が終わってからでいいよ」
山本「なんで、僕なんかと付き合うんですか。きょう会ったばかりなのに…」
さやか「だって、あんたみたいな人、初めてなんだもん。なんか、感じるものがあるのよ。きっと、私のタイプなんだわ。そんな難しい顔しないで。お試し期間ってことで、よろしくねっ~」(とても可愛らしく微笑みかける)
<つぶやき>この男、いじられるタイプなの? 優しくしてあげてくださいね。
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T:004「優しい嘘」
結婚十数年目の夫婦。朝食の情景。
和子(お茶を出して)「ねえ、昨夜も遅かったみたいね」
孝夫(ちょっと動揺)「えっ…、そうだね」(ご飯を頬張る)
和子(夫の前に座り顔色をうかがいながら)「仕事、そんなに忙しいの?」
孝夫(ご飯をのみ込んで)「うん…、ちょっと忙しいかな」
和子「へーえ、そうなんだ」
孝夫「なに? なんか…」
和子「別に…。そうだ、昨夜、山田さんから電話があったわよ」
孝夫「えっ、山田から? なんて…」
和子「さぁ。でも、あなた、会社にいたのよね。なんで家に電話してきたのかな?」
孝夫「昨日はさ、外回りしてて、直帰するって言っといたから。たぶんそれで…」
和子「あれーぇ。でも、山田さん、あなたは定時で帰ったって言ってたわよ」
孝夫「あれっ、おかしいな…」
中学生の娘・あずさがあわてて飛び込んで来て、食卓に座る。
あずさ「お母さん! 今日から朝練が始まるから早く起こしてって言ったじゃないの」
和子「そうだった?」
あずさ(食事を口いっぱいに入れて)「もう、遅れちゃうよ。先生に、怒られるんだから」
和子「遅くまで起きてるからでしょう。もっと早く寝なさいよ」
あずさ(食べながら)「いろいろやりたいことがあるのよ。一日、三十時間あったらなぁ」
孝夫(笑いながら)「それは、いくらなんでも無理だろう。(和子に)なあ…」
和子は孝夫に冷たい目線を向ける。孝夫は、目をそらして食事をつづける。
あずさ(食べ終わって、口をもぐもぐさせながら)「もう、行く。やばいよ」
和子「はい、お弁当。残さないでよ」
あずさ「わかってるって。いつも、ありがとうね。行ってきまーす」
あずさ、飛び出していく。和子は食卓に戻り、
和子「で、どこに行ってたの?」
孝夫「だから、仕事だよ。得意先を回ってて…」
和子「あなたのシャツ、いい匂いがしてたけど。誰かと、高級料理でも食べたのかな?」
孝夫「そんなことないよ。気のせいだって。ははは…」
和子「あなた! 家族のあいだで嘘はつかないって約束したよね」
孝夫「嘘なんか…。(間)わかったよ。実は…、篠原のところで料理を習ってるんだ」
和子「篠原…。あなたの親友で、あの高級レストランのオーナーシェフの…篠原さん?!」
孝夫「そうだよ。今度の結婚記念日、そのレストランで、僕が作った料理を食べてもらおうかなって…。もう、びっくりさせようと思ってたのになあ」
和子「えっ、ごめんなさい。私…。あーあ、そういうことは早く教えてよ。新しい服、買わないと。ねっ、いいでしょう? わぁ、楽しみだな。どんなドレスにしようかな…」
孝夫「いや、そこまでしなくても…。あずさも連れて行くんだし」(困った顔で見つめる)
<つぶやき>なんだかんだと言っても、家族円満が一番ですよね。うちは大丈夫かな?
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T:005「SINOBI」
○ 夕方のとある商店街
閑散として人通りのない商店街。店主たちが不安そうに通りを見ていた。
ナレーション「突然現れたスーパーにお客を奪われ、存亡の危機に瀕した商店街。だが、ここには人知れず暮らす忍びの者たちがいた。これは現代に生きる忍びの物語である」
○ 質屋の藏の二階
夜。音もなく集まってくる者たち。それぞれ仕事着を身につけ、道具を携えている。
八百屋「お頭、やっぱりあのスーパー、変ですよ。仕入れ先がまったくつかめない」
質屋の頭「運送屋の情報では、あちらこちらに出没して、荒稼ぎをしているようだ」
荒物屋「このままじゃ、この商店街も潰されちまいますよ。早く手を打たないと」
ミスド店員「えーっ、そんな。わたし、せっかくいいバイト見つけたのにぃ」
魚屋店員「お頭の前でなんて口のきき方するんだ。まったく、今どきの若いもんは…」
本屋「なに言ってんだ。お前とたいして違わねえだろう。お頭、これからどうします?」
質屋の頭「今夜、忍び込もう。いいか、どんな相手か分からんが、油断するんじゃないぞ」
真剣な表情の面々。緊張が走る。
○ スーパーの店内
非常灯がついている薄暗い店内。あちこちに散って調べていた忍びたちが集合する。
米屋「お頭、ここの米、事故米が混じってますよ」
肉屋「それに、冷凍肉のラベル、張り替えてますぜ。どう見ても産地偽装だ」
本屋「金庫の中には裏帳簿がありました。どうやら、盗品も扱ってますね」
突然、照明がつき、男たちがまわりを取り囲んだ。手には武器を持っている。
スーパー社長「おやおや、こんな大きなネズミがいたとはな」
魚屋店員「お前らな、こんな商売していいと思ってんのか!」
スーパー社長「ばれちゃ仕方がない。(子分たちに)生かして返すんじゃねえぞ!」
男たちは剣を振るい襲いかかる。忍びたちは、それぞれの道具で応戦する。菜箸やおたま、竹ぼうきなど。ミスド店員が男たちに囲まれる。魚屋店員が助け出す。
魚屋店員「お前、なにやってんだよ。ちゃんと修業してないだろう」
ミスド店員「うるさいなぁ。ちょっと、手元がくるっただけよ」
ミスド店員はフォークの手裏剣を敵に投げつける。形勢は忍びたちに傾く。社長が合図をすると、いたるところで爆発が起き、店内に煙が充満していく。
○ スーパーを見下ろす丘の上
忍びたちが炎上しているスーパーを見下ろしている。傷を負ったものもいる。
本屋「あいつらは、いったい何者だったんでしょう?」
質屋の頭「俺たちと同じ忍びだろう。また、現れるかもしれんな」
ミスド店員「そんときは、わたしがまたやっつけてやるわよ」
魚屋店員「よく言うよ。やられそうだったくせに」
ミスド店員はふくれ顔で魚屋店員を追いかける。みんなは笑顔で二人を見つめる。
<つぶやき>影ながら働いている人たちがいるかもしれません。あなたの隣にも…。
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T:006「人生の選択」
お洒落なバーで、若い男女が人生の大切な場面をむかえていた。
真理「ねえ、いつもの居酒屋でよかったのに。ここ、高いんじゃないの?」
貢 「あのさ、今日は…。静かなところがいいかなと思って」
真理「えっ? どうしたのよ。なんか、いつものみつぐじゃなぁい」
貢 「俺たち、もう付き合い始めて二年だろ。そろそろ…」
真理「もうそんなに。早いよね。私も、もうお肌の曲がり角かな。なんて」
貢 「だから、その…。ここらへんで、けじめというか…」
真理「なに? もしかして、他に好きな人できちゃったの?」
貢 「そうじゃなくて…。ぼ、僕と…。け、けっ…、結婚しよう!」
真理(結婚と聞いて、すぐに即答する)「無理」
貢 「えっ? なんで…」
真理「私たち、このままでいいじゃない。結婚なんて…」
貢 「だって、俺たち好きあってるんじゃ…」
真理「そうよ。私、みつぐのこと大好きよ。でも、結婚は無理なの」
貢 「わけ分かんないよ。大好きだったら、結婚ってことになるでしょう」
真理「オダマリ!」
貢 「えっ…」
真理「私、結婚したら尾田真理になるのよ。そんなの、ありえないでしょう」
貢 「はぁ? なに言ってるの。いい名前じゃない、尾田真理って」
真理「じゃあ、もし子供ができて、病院の待合室で<オダマリ!>を連呼されても平気でいられるの? 私は、無理。恥ずかしくて耐えられない」
貢 「そんなこと、こだわることじゃないでしょう。俺たちの愛にくらべたら…」
真理「だったら、みつぐが婿養子に来てよ。どうせ次男なんだから、いいでしょう」
貢 「それは…。その、養子は…」
真理「こっちはお姉ちゃんと二人だから、どっちかが継がないといけないんだから」
貢 「そんなこと言っても、俺も、無理だよ」
真理「なんでよ。私のこと愛してるんでしょう。だったら、それくらい…」
貢 「<タダのみつぐ>だよ。なんか、嫌なんだよなぁ」
真理「なによ。只野のどこが悪いのよ。只野家をバカにしてるの?」
貢 「だって、いままでさんざん君に貢いでるのに、それが名前になるんだよ」
真理「オダマリ! 私より名前にこだわるわけね。もういい、別れましょう」
貢 「えっ! なに言ってるんだよ。最初にこだわったのは君じゃないか」
二人とも黙り込んでしまう。なんともいやな間。
二人で「あの…」(ばつの悪い間)
真理「私…。やっぱり、別れたくない。みつぐのこと大好きだから…」
貢 「僕も、真理のとこ大好きだよ。もう一度、養子のこと考えてみるから…」
二人、手を取り見つめ合う。この二人の未来は明るいのか?
<つぶやき>こんなことはそうあることでは…。でも、名字が変わるって変な感じかも。
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T:007「専属天使」
一人暮らしの男の部屋。男はデートに出かけようとして急いでいた。
安田「財布も持ったし、ハンカチOK。プレゼントもあるし…」
玄関のチャイムが鳴る。
安田「誰だよ、こんな時に…」
男は玄関を開ける。白いワンピースの若い女性が立っていた。
安田「えっ、どなたですか?」
スージー「あなた、安田さん?」
安田「はい。そうですけど…」
スージー「あーっ、やっと見つけた。この住所、分かりづらい。迷っちゃったじゃない」
安田「えっ?」
スージー「今日から、あなたの担当になったから、よろしく」(部屋に上がり込んでいく)
安田「ちょっと待てよ。なに、担当って?」
スージー「だから…。(めんどくさそうに)神様の命令で、あなた専属の天使になったの」
安田「天使ってなに? 悪いけど、これから出かけるから、帰って来んないかな」
スージー「あの女はやめときなよ。運命の相手じゃないから」
安田「なに勝手なこと言ってるんだよ。僕が彼女と付き合うために、どれだけ努力を重ねてきたか。彼女はね、もう僕にはもったいないくらい、素晴らしい人で…」
スージーはテーブルの上の箱からシュークリームを出して美味しそうに食べ始める。
スージー(食べながら)「そうよ、不釣り合いなの。分かってるじゃない」
安田(気づいて)「あっ! なに食べてんだよ。それは彼女のために買っておいた…」
スージー「これ、美味しいね。私、気に入っちゃった」
安田(箱を覗いて)「おまえ、全部食べたな。これを買うのに、何時間並んだと思ってんだよ。どうしてくれるんだ。今日、買っていくって約束して…」
スージー「もう、いいじゃん。どうせ、別れるんだから」
安田「おまえ、本当に天使か? 天使がこんなことしていいのかよ」
スージー「うーん、別にいいんじゃないの。天使にそんな決まりはないしぃ」
安田「嘘だ! おまえ、天使なんかじゃないだろう。誰に頼まれた? 言ってみろ!」
スージー「もう、うざい。そんなんだからモテないのよ」
安田「だったら、天使だっていう証拠を見せろ。天使の輪っかも羽根もないじゃないか」
スージー「そんなのあるわけないじゃん。それは、人間の作り話よ」
安田「もういい。出てってくれ。出てけよ!」
スージー「私も出て行きたいんだけど、これも仕事だしぃ。当分ここにいるから」
安田「当分って、なんだよ。まさか、ここに住みつくつもりか?」
スージー「しかたないじゃない。あなたが運命の人に出会って、幸せをつかむのを見届けなきゃいけないしぃ。いいじゃない、こんな可愛い天使と一緒にいられるのよ」
安田「あのな、どこが可愛いんだよ。だいたいな…」
スージー「ねえ。これ、毎日食べたい。でないと私、運命の人、教えてあげない」
<つぶやき>これは幸運なの、不幸なの。でも、運命の人が分かるんだよ。よくない?
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T:008「不思議な体験」
森の中の小道。二人の兄妹が歩いていた。
あかね「お兄ちゃん、ほんとに近道なの? ねえ、戻ろうよぉ」
陽太「なに言ってるんだよ。あかねが寄り道するから遅くなったんだろ」
あかね「だって、ばあちゃんに、このお花、あげたかったんだもん。それに、お兄ちゃんだって…」
陽太「もう、いいから。早くしないと、暗くなっちゃうぞ」
あかね「でも…」
陽太「大丈夫だよ。この森を抜ければ、ばあちゃんの家につけるから」
あかね「うん」
森の奥に入って行く二人。木々にさえぎられて、だんだん薄暗くなっていく。
あかね(立ち止まって)「お兄ちゃん」
陽太「なんだよ」
あかね「誰か…、後ろにいる」
陽太「えっ?(後ろの方を見る)誰もいないよ。もう、おどかすなよ」
あかね「だって、さっき足音がしたもん」
陽太「いいから。ほら、行くぞ」
あかね「待ってよ、お兄ちゃん」
妹は兄の手をとって、再び歩き出す。しばらくして、後ろの方で奇妙な音がする。
あかね(驚いて立ち止まり)「ねえ、いまの聞いた?」
陽太「うん。なんの音かな?」
二人して、後ろを振り向く。暗闇が迫ってくるように感じて、驚いて駆け出す二人。しばらく走ると、妹が転んでしまう。
陽太「あかね!」(妹に駆け寄る)
あかね「お兄ちゃん…」(泣き出してしまう)
陽太(後ろの方を見て)「もう大丈夫だ。誰もいないよ」
あかね(泣きながら)「もう、いやだ~ぁ」
森の中から音がして、何かが飛び出してくる。驚いて身をこわばらせる二人。
ばあちゃん「おや、どうしたね。(二人を見て)なんだ、陽太にあかねじゃないか」
あかね(ばあちゃんに抱きついて)「ばあちゃん!」
ばあちゃん「どうした、どうした。たぬきにでも化かされたか?」
陽太「タヌキ?」
ばあちゃん「そうだよ。この森には昔からたぬきたちが棲んでいてね。人をおどかしたり、迷わせたりするのさ」
あかね「ばあちゃんも、化かされたことあるの?」
ばあちゃん「ああ。でも、時には人助けもするんだよ。ほら、この先に行けば、ばあちゃんの家がある。これからは、兄妹仲良くしないといけないよ」
突然、一陣の風が吹き、目を閉じる二人。目を開けるとばあちゃんの姿は消えていた。
<つぶやき>こんな経験ありませんか? でも、気をつけて下さい。危険な場合も…。
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T:009「正義の味方ピーマン!」
子供向けイベントの控え室。出演者たちが準備をしている。
吾朗「なあ。何だよ、これ」
祐介「それは、虫歯キングーだよ。子供たちの歯を虫歯に変えてしまう…」
吾朗「そう言うことじゃなくて。ヒーロー物だって言ったよな」
祐介「そうだよ。吾朗には悪役の大将になってもらって…」
吾朗「あのさ、もっとさ、別のやつがあるだろ。もっと、こう…」
祐介「えっ?」
吾朗「だから、仮面ライダーとか、ウルトラマンとか、何とかレンジャーとか、格好いいのがあるじゃない。なんで、こんな…。格好悪いだろ、こんなんじゃ」
祐介「そうかな? でも、子供たちには、けっこう人気あるんだぜ」
吾朗「ホントかよ。それに、それなんだよ。お前の着てるの?」
祐介「これは、ピーマン。正義の味方で、子供たちを虫歯キングーから守っちゃうんだ」
吾朗「ダサいよ。だいいち、ピーマンなんて子供のいちばん嫌いな野菜だろ」
祐介「だから、子供たちに、ピーマンは君たちの味方だよって、分かってもらおうと…」
吾朗「俺、やめようかな。こんなの、やってらんないよ」
祐介「そんな、虫歯キングーがいなかったら、困るよ。なあ、頼むよ」
司会の奇麗なお姉さんが入って来る。
さおり「お早うございます。今日もよろしくお願いしまーす」
祐介「あっ、お早うございます。よろしくお願いします」
さおり「あれ、新しい人?」
吾朗「どうも。僕、長瀬吾朗と言います。今日からよろしくお願いします!」
さおり「あっ、虫歯キングーやるんだぁ。がんばってね」
吾朗「はい、がんばりまーす」
祐介「えっ、やるのかよ」
吾朗「さあ、稽古しようぜ。僕は、何をすればいいんだ」
祐介「ああ、それじゃ…」
さおり「じゃあ、私は打ち合わせしてくるね」
さおり、控え室から出ていく。
吾朗「おい、おい。あんな可愛い子がいるなら、そう言ってくれよ。俺、がんばっちゃうから。で、今日終わったら、彼女、飲みに誘おうぜ。お疲れ様会だーっ!」
祐介「それはいいけど、ホントにやってくれるんだろうな」
吾朗「もちろん。彼女、誰か付き合ってる人いるのかな?」
祐介「付き合ってるっていうか、彼女、結婚してるから。娘さんもいるし。それに、彼女、アラフォーだよ」
吾朗「えっ! だって、どう見たって、二十歳ぐらいにしか…」
祐介「じゃあ、稽古するから、早く着替えてね」
吾朗「何だよ。嘘だろーぉ!」
<つぶやき>世の中には信じられないことが多々あるのです。そこが面白いというか…。
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T:010「まぬけな窃盗団」
とある大企業の備品倉庫。地階の奥まったところにあるので、めったに人は来ない。会社の制服を着た女性が縛られている。それを取り囲む男たち。
明日香「あの、私、いつまでここに…」
兄貴「今、考えてるんだよ。静かにしてろ」
ふとっちょ「アニキ、もう帰ろうよ。オイラ、腹へって…」
兄貴「何だと。もとはといえば、お前の、がせネタのせいでこうなったんだろうが」
ちょろ「こうなったら、この女、かっさらって、そんで、売り飛ばして…」
兄貴「ばか野郎。俺たちはな、落ちぶれたとはいっても、由緒ある窃盗団なんだぞ」
ちょろ「だってよ、このままじゃ、金になんないし。それにこの女、結構、上玉だぜ」
明日香「あの、ちょっといいですか?」
ちょろ「うるせえな。おめえは黙ってろよ」
明日香「でも、私、思いついたんですけど…」
兄貴「やっと機密情報のことを話す気になったのか? もし、そうじゃなかったら…」
明日香「ごめんなさい。本当に知らないんです。でも、その人、私がすごいもの持ってるって言ったんですよね?」
ふとっちょ「そうだよ。なんかぁ、誰も真似できないんだって」
兄貴「おい、ちょっと待てよ。そんなこと聞いてねえぞ」
ふとっちょ「だって、兄貴、最後まで聞いてくれなかったじゃないか」
兄貴「よし、わかった。じゃあ、聞いてやるよ。ほら、話せよ。話せって、話せ!」
ふとっちょ「そんな、せかされるとさ。えっと…、あの…」
兄貴「その情報屋、どこのどいつだ。えっ? いくら払ったんだ?」
ふとっちょ「払ってないよ。だって、俺、そんな金、持ってないしね」
兄貴「おい、おい、おい。信じられねえよなぁ…」
ちょろ「ほら、どんな奴だか言ってみろ。俺が見つけだして、ボコボコにしてやるからよ」
ふとっちょ「知らないよ。この近くの、屋台で話してたの聞いただけで…」
兄貴「聞いただけって何だよ。それじゃ、何か、酔っぱらいのたわごとかよ」
ふとっちょ「うん、そうだよ。それを、兄貴が…」
兄貴「もういい! 何も言うな。もう、聞きたくない」
明日香「それ、たぶん、この会社の人たちです。きっと、そうだと思います」
兄貴「おい、ほどいてやれ。もう、やめた。バカバカしい」
ふとっちょ「いいのかい? わかった」
ふとっちょ、明日香の縄をほどいてやる。
兄貴(明日香に)「ほら、もう行ってもいいぞ」
明日香「ありがとうございます」
兄貴「あ、そうだ。さっき、何か言いかけてたよな?」
明日香「私、人の顔をすぐ覚えちゃうんです。それに、似顔絵も得意なんですよ」
明日香、ほっとした顔で出て行く。男たち顔を見合わせて、慌てて追いかけていく。
<つぶやき>果たして彼女は逃げられたんでしょうか? 言葉には気をつけましょう。
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T:011「作家の気晴らし」
とある落ち目の作家の書斎。新米の編集者がはりついている。
先生「うーん。あーぁ。んがーぁ……。だめだ、書けない。(編集者に)君ね、ちょっと向こうに行っててくれないか。どうも、気が散っていけない」
編集者「だめです。僕が離れたすきに、逃げようとしてるでしょう。今度はだまされませんよ。今日が締切なんですから、がんばって書いて下さいよ」
先生「そうは言うけどね、書けないものは書けないよ」
編集者「お願いします。今日、原稿を持って帰らないと、編集長に何て言われるか」
先生「そうね。でも、まあ、クビにはならんだろう。君、知ってるかね。あの編集長の武勇伝。彼女はね、ああ見えても、柔術の達人でね」
編集者「先生。この間は、大和撫子で日本女性の鏡だって言ってませんでしたか?」
先生「えっ、そんなこと言ったかな。そうか、大和撫子で柔術の達人なんだよ」
編集者「もう、いいですから。早く原稿を書いて下さい」
先生「せっかちだね。そんなだから、彼女に嫌われるんだよ」
編集者「そんなことないですよ。彼女とは…」
先生「うまくいってるの?」
編集者「それは、まあ、それなりに…」
先生「はっきりしないねぇ。ほら、この間の誕生日。私の言った通りにしたんだろ。(間)しなかったの? だめだよ、君。女性にとって誕生日とは、一種のバロメーターなんだよ。相手の男を査定してるんだ。だからこそ、男はそこに勝負を賭けなきゃ」
編集者「しましたよ。先生の言った通りに…」
先生「そうか。それで、どうだったんだ?(間)もう、じれったいなぁ。はっきりしない男は嫌われるぞ」
編集者「でも、何で彼女の誕生日に、禅寺で半日コースの修業をするんですか?」
先生「あの禅寺は良かっただろ。心身ともに鍛えられて。あそこの半日コースはな、お勧めなんだよ。値段も手頃だしな。君の彼女も喜んだろ」
編集者「どうかな。でも、僕はつらかったですよ。もう、足はしびれるし…」
先生「だめだよ。彼女の前でそんな弱音を吐いちゃ」
編集者「でも、先生。最後のホテルっていうのは、どうなんですか?」
先生「良かっただろ、あのホテル。あそこのディナーは最高なんだよ」
編集者「それ、いつの話ですか? 僕たちが行ってみたら、ラブホになってましたけど」
先生「えっ? そうなの。うふ、うふふ…。良かったじゃない。盛り上がっただろ」
編集者「それどころか、ひかれちゃいましたよ。彼女、そのまま帰っちゃって…」
先生「そうなの。君の彼女は奥手なんだねぇ。そうだ。これを書いてみるかな」
編集者「ちょっと、やめて下さいよ。変なこと書かないで下さい」
先生「大丈夫だよ。君のことだとは分からないさ。それとも、原稿できなくても…」
編集者「もう。先生、まさか原稿のネタがほしくて、僕にあんなことさせたんですか?」
先生は含み笑いをして、原稿用紙に向かいペンを走らせた。
<つぶやき>書けない時には、ちょっとした息抜きの充電が必要なんでしょうね。
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T:012「夜の訪問者」
夜中、銃をかまえて部屋に忍び込んできた二人の殺し屋。
マック(声をひそめて)「お前、あっちの部屋を見てこい」
ガスはうなずき、そっと扉を開けて隣の部屋へ入る。
マック「何だ、この部屋は。まるで女の部屋じゃないか。そういう趣味でもあるのかな」
ガスが戻ってきて、部屋の扉を閉める。
ガス「誰も居なかったよ。あっちは、寝室だった。縫いぐるみとか、いっぱいあったよ」
マック「どうも変だ。ほんとにこの住所なのか?」
ガス「うん、間違いないよ。何度も、確認したんだ」
マック「それにしたって、どう見ても女の部屋だぞ。それも子供部屋みたいだ」
ガス「こういうの集めてるんじゃないのかい。えっと、コレクターとかいう…」
マック「殺し屋がこんなもの集めるわけないだろ。俺は、どうも最初から気にくわなかったんだ。同業者をやるなんて。何で、こんな仕事を引き受けたんだ?」
ガス「ごめんよ。でも、少しでもお金が入れば…。ここんとこ、仕事なかっただろ」
マック「まあいい。住所はここで間違いない。相手の男は殺し屋で、ジェーシーと呼ばれていて、少女趣味がある変態ってことだ。奴が帰って来るまで、待ち伏せしよう」
ガス「そうだね。それがいいよ」
寝室の扉が開き、寝間着姿の少女が出てくる。男たちがいるのに驚いて、逃げようとする少女。男たちはあわてて少女を押さえ込み、口をふさぐ。
マック「(ガスに)誰も居ないんじゃなかったのかよ」
ガス「あっ、ごめんよ。暗かったから…。居ないと思ったんだ」
マック「(少女に)落ち着け、何もしないよ。静かにしてれば、何もしない。いいか?」
少女はうなずく。二人は彼女をはなしてやる。
マック「悪かったな。ちょっとした手違いなんだ。俺たちは、部屋を間違えただけだ。いいか、俺たちのことは忘れてくれ。そうしないと、あんたを消さなきゃいけなくなる」
ガス「(マックに)これから、どうするんだい?」
マック「もう、やめた。この仕事は断る」
ガス「でも、そんなことしたら、俺たちが消されちゃうよ」
マック「そんときは、二人して逃げようぜ。もう、汐時かもな」
ジェシカ「助けてあげようか? 私が逃がしてあげる」
マック「なに言ってるんだ。お嬢さんにそんなこと出来ないよ」
ジェシカ「それはどうかしら。私、ジェーシー。同業者みたいね。よろしく」
ガス「えっ! あんたが、殺し屋? 信じられないよ」
ジェシカ「実はね、私もやめたいと思ってたんだ。一緒に逃げてくれない。いいでしょ?」
マック「まあ、かまわないけど。それにしても、何だって殺し屋なんかに?」
ジェシカ「それを話してると、朝になっちゃうわ」
ガス「大丈夫だよ。これから話す時間はたっぷりあるさ」
三人はくすくすと笑う。ジェシカは急いで荷造りを始め、男たちもそれを手伝う。
<つぶやき>世の中には、いろんな職業があるんですね。でも、命は大切にして下さい。
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T:013「死出の旅」
どこだかわからない何もない空間。ひとりの男が歩いてくる。
中年男「ここは、どこだ? 俺は何でこんなところに…」
暗闇から、老人がぬっと現れる。
老人「あなたは死んだんですよ。交通事故でした。あっけなかったですね」
中年男「死んだ…。俺は、死んだのか?」
老人「そうですよ。これからあなたは、長い旅に出ることになります。出発の前に、ひとつだけ願いをかなえることができますが、何かありますか?」
中年男「願い? じゃあ、生き返らせてくれ。俺は、あんたよりも若い。まだ、やりたいことがいっぱいあるんだ!」
老人「それは、無理です。では、他になければ…」
中年男「だったら、妻に会わせてくれ! せめて、女房には別れを言っておきたい」
老人はにっこり笑ってうなずくと、あたりはまばゆい光に包まれた。光が消えると、男の目の前に中年の女が立っていた。
中年女「あなた、何で死んじゃったのよ。まだ、家のローン、残ってるのよ」
中年男(女の顔を覗き込み)「誰だ、あんたは?」
中年女「あら、いやだ。私の顔、忘れちゃったの? もう、なんて人なの」
中年男「芳恵なのか? お前、そんな顔、してたんだ。そう言えば、お前の顔、じっくり見たことなかった気がするな…。(間)今まで、ありがとう。これで、さよならだ」
中年女「(明るく)後は心配しないで。あなたの保険金で、何とかやりくりするから」
女はまばゆい光にかき消される。光が消えると、男の子が現れる。
男の子「おじちゃん、出発の時間だよ」
中年男「ちょっと、待ってくれ。もう一人だけ、会いたい人がいるんだ」
男の子「どうしようかな? 願い事はひとつしか…」
中年男「いいじゃないか。ちょっと、面倒みてる子がいてね。俺が急にいなくなると…」
男の子「おじちゃんの恋人だよね。でも、会わないほうがいいと思うけど…」
中年男「さよならを言うだけなんだ。すぐ、すむから…」
また、光に包まれる。今度は、若い女が姿を現す。
若い女「おじさん! お金、持ってきてくれた?」
中年男(女の顔を覗き込んで)「お前、誰だ?」
若い女「なんだ、違うの? 今日は、会う日じゃないでしょ。私、忙しいんだから…」
中年男「嘘だ。俺の知ってる子は、もっと、奇麗で、スタイルもよくて…。こんな、そばかす顔のジャージ女じゃない。胸だって、もっとこう…」
若い女「ばっかじゃないの。私が、おやじと本気で付き合うわけないでしょ」
あたりは光に包まれ、女は光とともに消える。暗闇から老人が現れる。
老人「もう、心残りはありませんね。さあ、これがあなたの歩く道ですよ」
老人が指差すと、どこまでも続く道が現れる。男は先のない道をとぼとぼと歩き出す。
<つぶやき>私は心残りが一杯ありすぎて、願い事はひとつでは足りません。きっと…。
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T:014「会社の極秘事項」
とある大企業の給湯室。女子社員たちが立ち話をしている。
綾乃「昨日の合コン、どうだったの?」
安江「それがね、みずきが…」
綾乃「えっ、みずきをよんだの? それじゃ、最悪だったでしょ。なんで彼女なんか…」
安江「だって、メンバーが足りなくて、仕方なかったのよ」
綾乃「で、今回は何やらかしたの? 前はたしか、相手の男、殴りつけて…」
安江「それが、すっごくおとなしかったの。まるで別人だったわ」
綾乃「ウソ。じゃ、相手の男、合格点だったのね。それでそれで、どうなったの?」
安江「別になにも…。店を出たら、そのまま一人で帰っちゃったから」
理恵「あの、私、見ちゃいました」
綾乃「理恵ちゃん、あなたも合コンに参加してたの?」
理恵「はい。先輩に、どうしてもって言われて…」
綾乃「もう、安江。彼女、まだ新人なんだから」
安江「それで、何を見たの? 教えなさいよ」
理恵「それが…。私、別に後をつけたわけじゃないんですよ。たまたま、帰る方向が…」
安江「いいわよ、そんなこと。本題に入りなさいよ」
理恵「はい。それが、男の人が待ってて…」
安江「えっ、合コンの男?」
理恵「いえ。それが、別の…」
綾乃「付き合ってる人、いたのね。知らなかったわ」
安江「みずきって、私生活は謎だらけだからね。それで、どんな男だったの?」
理恵「あの…。でも、こんなこと言っちゃっていいのかな…」
安江「何よ。ここまで言ってやめるつもり。許さないわよ」
綾乃「もう、そうやって新人をいじめないの。それで、知ってる人なの?」
理恵「はい。実は…、部長でした」
安江「部長!(急に声をひそめて)まさか、あの部長が? あり得ないでしょ」
綾乃「そうね。みずきのタイプじゃないわよ。だって、あの、まどぎわ部長よ」
安江「理恵ちゃん。あなたの見間違いじゃないの?」
理恵「そうでしょうか? 私、何だか自信が…」
年配の女子社員が入ってくる。
佐藤「あなたたちが知らないのも当然ね。今はまどぎわだけど、昔の部長はすごかったのよ。退社の時間になると、部長を目当てに女子社員がビルの外に集まったものよ」
安江「そんなことが…」
佐藤「このとこは、うち会社の伝説になっているから、覚えておきなさい。それと、みずきさん、部長の娘なのよ。でも、これは会社の極秘事項だから。もし誰かにしゃべったら、あなたたち会社から消されるわよ。気をつけなさい」
<つぶやき>会社には伝説や謎がつきものです。もしかしたら、あなたの会社にも…。
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T:015「突然の再会」
賑やかな居酒屋。会社の歓迎会で十数人が楽しく飲み食いしている。
係長「さあ、吉永さん。(ビールを注ごうとする)君は、いける口かね」
吉永「いえ、私は。(係長のビールを取り)どうぞ。これから、よろしくお願いします」
長田「あっ、係長! ずるいですよ。あの、僕にも注いでもらえませんか?」
吉永「はい。どうぞ(ビールを注ぐ)」
鈴木「吉永さん、そんなに気を使わなくてもいいから。まったく、うちの男どもは、ちょっと可愛い娘(こ)が来るとこれなんだから」
係長「いいじゃないの、鈴木さん。じゃあ、僕は鈴木さんに注いでもらおうかな?」
鈴木「はいはい。こんなおばさんで、すいませんねぇ」(ビールを注ぎに行く)
長田「それにしても、佐々木、遅いですね。何やってんだろうなぁ」
係長「なんか、向こうで引き止められたって言ってたな」
鈴木「佐々木さん、人がいいから。また、世間話に付き合わされたんじゃないの」
吉永「佐々木さんって?」
鈴木「あのね、一週間前から出張でね。あっちこっち、得意先を回ってるのよ」
係長「もう来ると思うんだけどねぇ」
佐々木が大きな鞄を抱えて入って来る。
佐々木「すいません、遅くなっちゃって。あっ、係長。無事に戻ってまいりました」
係長「ご苦労さん。報告は明日、明日。さあ、まあ、一杯やりなさい(コップを渡す)」
吉永「あの、私が」(佐々木にビールを注ぐ)
佐々木は吉永の顔を見て驚き、コップを落としてしまう。ビールがこぼれる。
長田「おい、佐々木。何やってんだよ!」
佐々木「あっ、すいません」(慌ててハンカチで拭こうとする)
吉永がてきぱきとおしぼりで先に拭いてしまう。吉永の顔を見つめる佐々木。
長田「なに見つめてんだよ。こら、佐々木。おまえ、十年早い!」
佐々木「あ、いや…。別に、僕は…」(しどろもどろになっている)
時間は過ぎて、歓迎会は終わった。最後に残ったのは佐々木と吉永の二人だけ。
佐々木「あの、吉永さん。えっと…、ご、ご出身はどちらですか?」
吉永「私は、ここが地元なんです。二年ぶりに戻って来たんですよ」
佐々木「二年ですか。あの、吉永さん…、えっと…、僕…、あなたに、似てる人…」
吉永「まったく、変わんないなぁ。はっきりしゃべりなよ!」
佐々木「えっ?」
吉永「まだ気づかないの。私よ、相沢真理。一年も付き合ってたのに、忘れるかぁ?」
佐々木「ま、まり! えっ、どうして…。だって、お前、二年前に急にいなくなって…」
吉永「いろいろあったのよ。両親が離婚してね。吉永って、母親の姓なの」
佐々木「でも、どうして僕の会社に…」
吉永「逢いたかったの。ずっと、ずーっと逢いたかったんだから」(佐々木を抱きしめる)
<つぶやき>男とは、いつも女に翻弄されるもの。それでも、男は女に惚れるのです。
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T:016「謎の物体」
警察の遺失物係。担当者たちが机を囲んで、頭を抱えていた。
桜井「これ、何なんだ。ねえ、安藤さん。書類には何て書いてあります?」
陽子「えっと、<蛍光灯みたいな>」
桜井「はい? まったく、いい加減な…」
陽子「でも、ほんとに何でしょう。係長はどう思います?」
係長は椅子にふんぞり返って座っている。まるで興味がないようだ。
係長「適当に処理しとけよ。どうせ、誰も探しに来ないさ」
桜井「(手に取り)確かに丸型の蛍光灯みたいだけど、プラグを差し込むところがないし。それに、蛍光灯にしては重すぎるなあ。書類にはほかに何か?」
陽子「はい。子供たちが持ち込んだと…」
係長「何だよ。子供の悪戯じゃねえか。そんなの捨てちまえよ」
陽子「でも、係長…」
桜井「どこで拾ったんです?」
陽子「それはですね、えっと、農道の脇の草むらの中です」
桜井「農機具でもないしな。何かの機械の部品かもしれない」
係長「そんな輪っかで、何ができるんだよ。せいぜい、輪投げの輪っかぐらいだろ」
桜井「係長、茶化さないで下さいよ。こっちは真剣に…」
係長「お前は、そんなんだから飛ばされたんだぞ。わかってるのかよ」
輪っかに顔を近づけて、じっと見ていた陽子が突然叫んだ。
陽子「あっ! 桜井さん、ここの内側に何か書いてあります」
桜井「何かって?」
陽子「(目を皿のようにするが)うーん。ダメです。小さすぎてわかりません」
桜井「そうだ。確か、どっかの棚に大きな虫眼鏡が…」
係長「天眼鏡だったら、ここにあるぞ(机の抽出から取り出す)」
陽子「係長、かってに持ち出さないで下さい」
係長「わるいわるい。最近、新聞が読みにくくてさ」
陽子は係長から天眼鏡を受け取り、桜井に手渡す。
陽子「何かわかりますか?」
桜井「(覗いて)うーん。日本語でも英語でもないなあ。こんな文字、見たことないよ」
陽子「(横から天眼鏡を覗き込んで)これって、アラビア語とかじゃありません?」
いつの間にか、係長が陽子の後ろに立って覗き込み、
係長「というより、象形文字じゃないのか。これなんか、魚の形にそっくりだ」
桜井「ほんとだ。でも、何で…。ますます、分かんなくなってきたぞ」
係長「もう、いいからさ、帰ろうよ。とっくに閉店の時間だよ」
陽子「そうですね。もう、こんな時間だし、明日にしましょうか」
三人は帰り支度をすませると、部屋から出て行く。薄暗い部屋の中。机の上の輪っかが、かすかに光を放つ。点滅する光。突然、輪っかが浮き上がり、静かに回り始める。
<つぶやき>よく分かんないものって、ありますよね。想像力を膨らませてみましょう。
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T:017「行き違い」
ビルの屋上。夕焼けが街を染めている。女がひとり、たたずんでいる。そこへ男が現れる。
男「どうしたんだ。こんなところへ呼び出して?」
女「あっ、ごめんね」
男「いいけどさ。なんかあった? また、ミスでもしたんだろ」
女「そんなんじゃないよ。……」
男「悩みごとか? まあ、恋愛のこと以外だったら、アドバイスしてやるよ」
女「……。何で、何でそんなこと言うの? 芳恵のことなんか、もう忘れてよ」
男「えっ? どうしたんだよ」
女「芳恵はあなたを捨てたのよ。それなのに、あなた…」
男「やめろよ。あいつのこと、悪く言うのは…」
女「もう一年よ。いなくなった人のことを…」
男「分かってるよ、そんなこと。でも…」
女「でも、何よ」
男「そんな話しだったら、俺、もう行くよ」(女から離れていく)
女「私、あなたのそばにいるわ、ずっと。だから…」
男「……」(ふり返る)
女「好きなの、あなたのこと。芳恵が好きになる前から、あなたのことが好きだった」
男「……」(困惑した顔つき)
女「あーあ。やっと、言えた!」(笑顔になる女)
男「えっ? どういうことだよ」
女「ああ、もういいのよ。忘れて、今のは」
男「(女に近づき)忘れてって…?」
女「私ね、あなたに初めて会った時から好きになっちゃって。ずっと、告白しようって思ってたの。でも、あなたは芳恵と付き合い始めて…。彼女と別れてからも、あなたは私のことなんかちっとも…」
男「だって、それは…。あいつの親友だし…」
女「私、もう悩むのに疲れちゃったの。それに、自分を変えないと、前には進めないって気づいたんだ。だから、こんな片思いからは、今日で卒業します」
男「何だよ、それ」
女「明日からは、会社の同僚として、よろしくお願いします」
男「あのさ、何かおかしくない? こんなこと聞かされたら、俺はどうすればいいんだよ」
女「別に、今まで通りでいいんじゃない。何も変わらないわ。そうでしょ」
男「いや、変わるだろ、普通。好きだって言われたら、こっちだって…」
女「もう、しょうがないな。じゃあ、ハグしましょうか? それなら…」
男「だから、そう言うことじゃなくて…。何か違うだろう? なんて言うかなあ…」
女「わかった。じゃあ、キスしてもいいわよ。それで、おしまい」
<つぶやき>女はしたたかな生き物です。注意して取り扱いましょう。優しくしてね。
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T:018「ブラックパンサー1」
探偵事務所。若い女がたたずんでいる。そこへ男が入って来る。
明菜「(驚いて)あっ、ごめんなさい。勝手に入ってしまって」
神崎「だれ? あっ、もしかして山岡の…。そうだよね! いつだったか、写真を…」
明菜「はい、妹の山岡明菜です。あなたは?」
神崎「俺は神崎。ここで一緒に働いてたんだ。あいつも、こんな可愛い妹を残して…」
明菜「生前は、兄がお世話になりました。今日は、私物を引き取りに来ました」
神崎「そうか。そこだよ。(机を指差す)几帳面だったから、きれいに片付いてるだろ」
明菜は兄が使っていた机にふれる。ドアがノックされて男が入って来る。
稲垣「仕事を頼みたいんだが」
神崎「そうですか、どうぞ」
古びたソファーに座るようにすすめる。座るやいなや、
稲垣「実は、ブラックパンサーの警備をお願いしたい」
神崎「(一瞬、驚くが平静をよそおって)ブラックパンサー?」
稲垣「ダイヤです。いま日本に来ていまして、明日のパーティでお披露目するんです」
明菜「それって、盗まれたんじゃ…」
稲垣が鋭い眼差しを明菜に向ける。
明菜「あ、すいません。以前、兄から聞いたことがあるんです。怪盗に盗まれたって」
稲垣「盗まれたのはイミテーションです。本物じゃありません」
神崎「それで、どうしてここに。警備会社に頼めばいいじゃありませんか」
稲垣「予告状が届いたんです。怪盗ドラゴンからね」
神崎「そんなばかな、彼なら…。いや、ドラゴンは死んだと聞いていますが」
稲垣「それは噂です。死んだという証拠はどこにもない」
稲垣はレトロな封筒を出す。受け取った神崎は封筒から予告状を取り出して読む。
稲垣「この探偵事務所は、ドラゴンと対決したことがあるとか。ぜひ、お願いした」
神崎「(しばらく考えて)わかりました。お引き受けしましょう」
賑やかなパーティ会場。一角には、ガラスケースに入れられたダイヤが展示してある。
明菜「あの、どうして私まで…」
神崎「ごめんね。人手がなくてね。猫の手も借りたいっていうか…」
明菜「私は猫じゃありません。それに…」
神崎「(時計を見て)そろそろ予告の時間だ。君は、何があってもダイヤから離れるな」
明菜「わかりました。ここにいますけど…」
神崎が離れると、突然停電になる。動揺する人々。しばらくすると灯りが戻る。
ケースのそばにいた人がダイヤが消えているのに気づき騒ぎ出す。
神崎が駆け込んでくる。ケースの横で茫然と立っている明菜を見て、
神崎「どうした。何があった?」
明菜「そんな…。(ゆっくり神崎を見て)兄が…、兄がいたんです。そこに(指差す)」
神崎「あいつが…」
<つぶやき>ダイヤはどこへ。そして、怪盗の正体とは。謎が謎を呼んで次回へ続く。
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T:019「ブラックパンサー2」
パーティ会場。客の中に紛れ込んでいた刑事たちが、すぐに出入口をふさいだ。
稲垣「(驚き)どうしたんだ。なんだ、君たちは…」
神崎「私が警察を呼んでおきました。事件を未然に防ごうと思いまして」
稲垣「警察? なんてことを…!」
客の中から、年配の警部が近寄ってきて、
警部「大河原泰造だな。詐欺容疑で逮捕状がでてる。観念するんだな」
稲垣「なにを言ってる。俺は…」
警部「お前の仲間は、すでに我々が拘束した」
稲垣「クソッ…!」
神崎「警部、ダイヤは?」
警部「大丈夫です。いま捜させてます。(蛍光テープを取り出し)これを貼っといたんで、連中の動きはちゃんとつかんでますよ」
会場にある熱帯魚の入った大きな水槽の中を、刑事たちが手を入れて探っている。
刑事「ありました。警部、見つけましたよ」(走ってきて、ダイヤを警部に渡す)
警部「ほらね、日本の警察も捨てたもんじゃないでしょ」
神崎「(ダイヤを受け取り光にかざす)やっぱり、にせ物ですね」
警部「本物が見つかるわけありませんよ。深い海の底に沈んでるんですから」
神崎「そうですね」
警部「(部下に)おい、連行しとけ」
刑事たち犯人を連行していく。神崎は明菜に近づき声をかける。
神崎「今日はありがとう。おかげで…。(きょろきょろしている明菜に)どうしたの?」
明菜「あの、何か違うんです。停電になる前と…」
神崎「えっ?」
明菜「私、間違い探しが得意なんです。だから、気になっちゃって」
明菜は照明のシャンデリアに目を止めた。警部も何ごとかと近寄ってくる。
明菜「みーつけた。あそこです。(シャンデリアの一つを指差す)あそこに、何かあります」
探偵事務所。翌日。明菜が訪ねてきていた。
神崎「まさか、あんなところに本物のダイヤがあるとはね。君は、よく見つけたね」
明菜「でも、どうやってあんなところに置いたんでしょう」
神崎「さあねぇ。今日、帰るんだろ。元気でね。また…」
明菜「あの! 私を、ここで雇ってもらえませんか? お願いします」
神崎「えっ、何を言い出すんだ、君は」
明菜「私、ちゃんと確かめたいんです。兄のことを。そうじゃないと…」
神崎「でも、山岡は海で遭難して…」
明菜「でも、兄は見つかってません。それに、昨夜の会場にいたんです。私、はっきりと」
神崎「帰りなさい。もうこれ以上、かかわらない方がいい」
<つぶやき>お兄さんには何か秘密があるのでしょうか。それは、また次の機会に…。
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T:020「ゴールを目指して」
駅前の喫茶店。利恵がそわそわしながら待っている。そこへはるかがやって来る。
利恵「もう、遅い。何時だと思ってるのよ」
はるか「十分遅れただけでしょ。それに、急に呼び出しといて…」
利恵「ねえ、どうしたの。そんなにお洒落しちゃって」
はるか「ちょっと……ね。私だって、暇じゃないんだから」
利恵「そうなんだ。うふふふ…」
はるか「変な笑い方するな。それで、急用ってなによ。私、あんまり時間ないから…」
利恵「(あらたまって)報告します。私、ついに彼氏ができちゃいました」
はるか「はい? なによ、そんなことで呼び出したの」
利恵「そうだよ。もう、まっ先にはるかに教えてあげたくて…」
はるか「いいよ、そんなこといちいち報告しなくても」
利恵「なに言ってるの。同級生の友達で私たちだけじゃない。いまだに彼氏がいないの」
はるか「(声をひそめて)もう、こんなとこで、そんなこと…」
利恵「今度の彼はね、とっても優しくて…」
はるか「はいはい。でも、今度は大丈夫なの? お金、だまし取られてるんじゃ…」
利恵「それは、大丈夫。私だって、ちゃんと学習できるんだから」
はるか「それならいいけど。あんた、ほんと変な男に惹かれるんだから」
利恵「彼ったらね、いつも私に電話してきて。腹へった、何か食べに行こうよって、甘えた声で言うのよ。私、そのたびに彼に付き合って。少し、太っちゃったかな?」
はるか「なにそれ。ひょっとして、おごったりとかしてない?」
利恵「だって、彼、まだ学生なのよ。社会人としては当然…」
はるか「あきれた。彼、いくつなの?」
利恵「うふふ。あのね、まだ、二十歳。きゃっ…」
はるか「利恵、冷静になって、よく考えてみな。あなたと、一回りも違うのよ」
利恵「十個だよ。それに、私のことお姉さんみたいだって…。彼ね、男の兄弟ばかりで、お姉さんが欲しかったんだって」
はるか「はーぁ。私、もう行くわ。付き合ってらんない」
利恵「えーっ、まだいいじゃない。いま来たとこでしょ」
はるか「私、堅実にいこうと思って。あなたより先に、ゴールするからね」
利恵「なによ、それ」
はるか「婚活よ。私、真剣に取り組もうと思って。これからお見合いパーティがあるの」
利恵「えーっ。大丈夫なの? 男の人と話したりするんだよ。ちゃんと、しゃべれるの?」
はるか「大丈夫よ…。私だって、もう、大人なんだし…」
利恵「だって、高校のとき、ひどいふられかたして、十日も学校休んだじゃない」
はるか「もう、言わないで。思い出しちゃうじゃない」
利恵「それ以来、男の人と…」
はるか「今度こそ、乗り切ってみせるわ。それで、淋しい女から卒業するんだから」
<つぶやき>みんなの思いはただひとつ。幸せをその手でつかみ取りましょう。ファイト!
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T:021「よりどころ」
暗闇の中。どこともしれない道。男と女が迷い込んだ。
女「ねえ、どうするのよ」
男「どうするって?」
女「私たち、どこまで行けばいいの?」
男「そんなこと、俺にわかるわけないだろ。こんな暗くて、先が見えないんじゃあ」
女「あなたのせいよ。あなたが行こうって言ったのよ」
男「何だよ。お前だって、のこのこついて来たんだろ」
女「何よ、あなたがそそのかしたからでしょ。俺について来れば、幸せにしてやる…」
男「それはな、言葉のあやだよ。そんなこともわかんないのかよ」
女「もう、こんなの耐えられない。私、帰ります」
男「ふん、出来るもんならやってみろよ。おまえ一人じゃ、何にも出来ないくせに」
女「ひどい。女だと思って、馬鹿にしないでよ」
男「馬鹿になんかしてないよ。俺は事実を言ってるだけだ」
女「よく言うわよ。あなただって…。私がいなきゃ、何にも出来ないじゃない」
男「俺は…。お前がいなくたって、全然平気だよ」
女「強がり言っちゃって。わかったわよ。じゃあ、さよなら。お元気で」
女、男から離れていき、暗闇に消えてしまう。間。不安になる男。
男「おい。(間)おーい! どこにいるんだ。戻って来いよ!」
男、女が消えた方に走り出そうとする。女、別の方向から現れる。
女「呼んだ?」
男「(驚いて)わあ! お前、脅かすなよ。何で、そんな方から…」
女「知らないわよ。まっすぐ歩いてたら、あなたの声が聞こえて…」
男「それで、淋しくなって引き返してきたのか?」
女「違うわよ。引き返してなんかいないわ。私は、まっすぐ歩いてきたの」
男「どういうことだ。まさか、俺たち、同じところをぐるぐる回っているのか?」
女「そんな…。じゃあ、私たち、このままずっと…」
男「なに馬鹿なこと言ってんだよ。そんなことあるわけ…」
女「(不安になり)ねえ、私たち、どっちから来たのかな?」
男「どっちって、(指さして)あっちだよ」
女「それ、違うわよ。(別の方向を指して)むこうだったよ」
男「なに言ってんだ。そっちじゃないよ。俺たちが来たのは…」
男、ぐるりとあたりを見回す。そして、困惑した顔で女を見る。
女「なに? どうしたのよ」
男「わからない。俺たち、どっちから来たんだ。出口はどこなんだよ!」
女「落ち着いて。大丈夫だよ。きっと、どこかにあるわ。二人で探しましょ」
男「なあ、俺のそばにいてくれ。(女にしがみつき)もう、どこへも行かないでくれ」
<つぶやき>男にとって、女はよりどころなのかもしれません。女にとって、男は…。
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T:022「取扱注意の女」
居酒屋で会社の飲み会が開かれていた。そろそろお開きという感じ。テーブルの隅の方で、芳恵が新入社員の圭太にからんでいた。
芳恵「ちょっと、ちゃんと私の話し聞いてる!」
圭太「もちろん、聞いてますよ、先輩。でも、あの、そろそろ…」
芳恵「なんで、あの女に任せるのよ。私の方が、きっちりと、この…」
圭太「あの、先輩。もう、みんな、帰ろうって…」
圭太は立ち上がろうとする。芳恵、彼の腕をつかんで引っぱる。
芳恵「まだ、話し終わってないでしょ。人の話は、ちゃんと最後まで聞きなさい」
圭太「ちゃんと聞いてますって…」
芳恵「私はね、この会社で、一生懸命働いてきてるの。もう、七年よ。七年」
圭太「ああ、そうなんですか」
芳恵「あの女より、私の方が優秀なんだから。ちょっと私より美人なだけなのに、なんでいい仕事は向こうへ行っちゃうわけ」
圭太「いや、そんなことないですよ。先輩の仕事だって…」
芳恵「フフフ…。ねえ、あの女の昔のあだ名、教えてあげようか? どん亀って言うの。フフフ…。小学校の運動会で、いつもびり走ってて…」
圭太「何で、そんなこと…」
芳恵「だから、こんなちっちゃい頃から知ってるの。ほんと、いやな奴だったわよ」
圭太「それって、幼なじみとか…」
芳恵「幼稚園のときなんか、私のおもちゃでかってに遊ぶのよ。自分のことしか考えてないの。今も、そういうとこあるじゃない。そう思わない…」
圭太「いや、そうかな…」
芳恵は圭太の腕をつかんだまま酔いつぶれてしまう。
係長「じゃあ、さきに帰るな。君たちの分は、立て替えといたから」
圭太「そんな、係長…」
明日香「じゃあね、芳恵のこと頼んだわよ。ちゃんと、送ってあげてね」
圭太「いや、待って下さいよ。僕も…」
寛子「大丈夫よ。君は草食系だから、きっと無事に帰れるわよ」
圭太「えっ? どういうことですか」
吾朗「(圭太の耳元で)お前、変な気おこすなよ。へたすると、怪我じゃすまないぞ」
圭太「なに言ってるんですか、先輩」
芳恵「(突然目をさまし)こら、新人。まだ、話し終わってないだろ(また寝る)」
圭太「あの、僕はどうすれば…」
時江「彼女、合気道やってるのよ。だから、反射的に身体が動いちゃうこともあるみたい。取扱には細心の注意を払いなさい。私が言えることは、それだけよ」
みんなは出て行く。圭太は、気持ちよさそうに寝ている芳恵を見て、途方にくれた。
<つぶやき>翌日、きっと彼女は何事もなく出社することでしょう。すべてを忘れて…。
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T:023「○○○探知機」
ビルに囲まれた小さな池。そこへ行くには、ビルの間の細い隙間を通り抜けなければならない。男と女が大きな鞄を抱えて、やっとのことで池の畔にたどり着いた。
女「すごーい、こんなところに池があるなんて…。信じられないわ」
男「僕の言ったとおりだろ。この古地図に間違いはなかった」
女「こんな都会の真ん中なのに、よく残ってたわね。これは、奇跡よ」
男、鞄から小型の金属探知機を取り出し準備を始める。女はそれを見て、
女「ねえ、何してるの?」
男「お宝を探すのさ。この池に沈められているはずなんだ」
女「えっ、何のこと? 私たち、ガマガエルの調査に来たんでしょ。幻の大ガマを…」
男「そうでも言わなきゃ、君は手伝ってくれないだろ。だから…」
女「ウソだったの? もう、信じられない! 私はてっきり…」
男「もちろん、君の研究のためだよ。大学の研究室の予算は削られるばっかりだし、事業仕訳とかで、この先どうなるか。君が研究を続けるためにも、これはやり遂げないと」
女「でも…」
男「心配すんなよ。今度は大丈夫だから。確かな情報なんだ。ここは昔、大名庭園だったんだ。幕末の頃に、軍資金としてお殿様がここにお宝を沈めたんだってさ」
女「もう…、いい加減にしてよ。そんなこと信じるなんて…」
男「いいから、手伝ってくれよ。もし見つかったら、僕たちの結婚資金にしても…」
男、探知機のスイッチを入れると、途端に反応がでる。
男「マジかよ。いきなりビンゴだぜ。ほら、見てみろよ」
女も色めき立つ。しかし、反応はすぐに消えてしまう。
女「ほら、みなさい。どうせ、壊れかけの中古の探知機を買わされたんでしょ」
男「おかしいな。ちゃんと調整したんだけどな」
男、探知機をいじりながら動かしてみる。草むらにかざしたとき、また反応が。
男「ほら、こっちだったんだ。今度こそ…」
探知機の反応が弱くなる。男、探知機を動かしながら、
男「あれ、おかしいな。どうなってんだ」
女「何やってるの。やっぱり壊れてるんじゃない」
男「いや、それが…。移動してるんだよ。お宝が動いてる」
草むらから何かが飛び出して、池に飛び込む。広がる波紋。女、それを見て驚き、
女「えっ、そんな…。あれは、黄金のカエル。こんなところにいたなんて…」
男「何だよ、それ」
女「研究者の間で伝説になってる、幻のカエルよ! 昔の文献には出てくるんだけど、まだ誰も発見した人はいなくて…。もう絶滅したと思われているの」
男「それは、高いのか?」
女「値段なんか付けられないわよ。とっても、貴重な…。捕まえるわよ!」
女の目がらんらんと輝いた。男、その異様な雰囲気に思わず尻込みした。
<つぶやき>女の執念というか、ちょっと怖いところがあるかも。でも、引かないでね。
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T:024「私のテリトリー」
雑然とした一人暮らしの華子の部屋。足の踏み場もない。そこへ友達が訪ねてくる。
ななみ「ごめんなさい、こんな時間に」
華子「なに? どうしたの」
ななみ「あの、このあいだ、私が貸した本…」
華子「ああ、あれね。あるわよ。どうぞ、入って」
ななみ「ごめんね。ちょっと必要になって…」
部屋の中を見て凍りつくななみ。身体がむずがゆくなってくる。華子は雑誌や洗濯物などをどかしたりして、
華子「どうしたの? そんなとこに立ってないで、座ってよ。ここあけたから」
ななみ「ええ…。あの、掃除でもしてたの、ずいぶん散らかって…」
華子「あっ、そうだ。夕飯食べてかない? あたし、ちょうど鍋、食べたかったのよ」
ななみ「ええ、いいけど。あの、ちょっとここらへん片付けたほうが…」
華子「すぐ行ってくるね。そこのスーパー、この時間だと安売りしてるのよ」
ななみ「あの、はなちゃん。ここね、散らかってるから…」
華子「ダッシュで戻って来るから、あとよろしく!」
華子、買い物袋を提げて飛び出していく。取り残されるななみ。身体のむずむずがひどくなる。
ななみ「何なのよ、この部屋……。だめ、もう我慢できない」
ななみ、部屋の片付けをはじめる。その手際のよさはただ者ではない。部屋がきれいに片付いた頃、華子が戻ってくる。部屋に入るなり、これまた凍りつく。
華子「なんで…。どうしたのよ」
ななみ「お帰り。時間があったから、片付けといたね」
華子「なにしてんの。こんなことしたら、どこに何があるのかわからないじゃない」
ななみ「大丈夫よ。ちゃんと機能的に配置してあるから。すぐに見つかるわ」
華子「機能的って…。あたしには、あのままのほうが…」
ななみ「なに言ってるの。部屋はちゃんと片付けておいた方が、気持ちがいいじゃない」
華子「あのね、ななみはそうかもしれないけど…」
ななみ、華子の話も聞かずに買い物袋の中を覗き込んで、
ななみ「ねえ、これって何の鍋をやるつもりなの?」
華子「何のって、そんなの適当よ。何でも鍋に入れて、あと味付けすれば…」
ななみ「もう、はなちゃん。ちゃんと何を作るのか決めてから買い物しなくちゃ」
華子「大丈夫だって。適当にやっちゃっても美味しくなるんだから」
ななみ「だめよ、そんなの不経済だわ。それに、賞味期限が切れてるのは処分しないと」
華子「まさか、キッチンも…」
ななみ「だって、これから料理するんでしょ。きれいにしておいたほうがいいじゃない」
華子「ハハ…。そうだけど、そこまでしなくても…」
ななみ「そうだ。今度、うちに遊びに来てよ。美味しいもの作ってあげるから」
<つぶやき>こんな友達が一人いると、ずいぶん助かるかもしれません。でも、私は…。
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T:025「夫婦の絆」
とある病院。病室で妻が眠っている。夫は横に座って、彼女の寝顔を見つめていた。夫の思いつめたような悲しい目。妻がふっと眼をさます。
妻「……あら、来てたんですか」
妻は起きようとするが、夫はそれを止めて、
夫「いいよ。起きなくても」
妻「(微笑んで)起こして下さればいいのに。全然、気がつかなかったわ」
夫「……うん」
妻「どうかしたんですか?」
夫「いや…。お前の、寝顔を見てたんだ。それだけだ」
妻「あら、いやだわ」
妻は顔を手で隠す。夫は気恥ずかしそうに笑う。
夫「お前の寝顔なんて、見たことなかったな」
妻「そうですか? そんなことありませんよ」
夫、急に口を固く結ぶ。その様子を見て、妻は何かをさっして、
妻「何かあったんですか? いつもと…」
夫「ない。何もない」
しばし見つめ合う二人。夫は目をそらして、
夫「旅行に行くぞ。ほら、前に行きたいって言ってた…」
妻「えっ? あなたが…」
夫「二人でだ。出発は…、明日だ。うん、明日」
妻「急なんですね。あなたは、いつも突然決めるんだから(懐かしそうに微笑む)」
夫「お前は、ついてくればいい」
妻「でも私、まだ退院できないんですよ。あなただけで行って下さい」
夫「一人で行って、どうするんだ。つまらんだろう」
妻「じゃあ、俊彦でも誘えばいいじゃないですか」
夫「あいつと行ったら、また喧嘩になる。それでもいいのか?」
妻「そうですねぇ。それは、困りましたね。(くすりと笑う)」
夫「なんだ。笑うところじゃないぞ」
妻「だって…。じゃあ、こうしませんか。私が退院したら、一緒に行きましょう」
夫「うん…、しかたないな。で…、いつ退院するんだ」
妻「そうですね…。あなたから、先生に訊いてみて下さい」
夫「俺がか? そうか…。うん…、そうだな」
妻「私は、大丈夫ですよ。あなたを、一人になんかしませんから」
夫「えっ? うん…、そうだ。そうしてくれ…」
妻「はい」
妻はにこりと微笑む。二人は、しばし見つめ合う。
<つぶやき>時間をかけ育んだ夫婦の絆。いつまでも、思いやれる心を持ちたいものです。
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T:026「記憶売ります」
○ 夜の裏通り
人通りのない商店街の裏通りを、ふらふらと歩く亜紀。毎日の忙しさに疲れ果てているようだ。ふと、<記憶売ります>と書かれた小さな看板に目が止まった。気になって店の中を覗く亜紀。だが、中の様子はわからない。亜紀は一瞬ためらうが、思い切って中へ入ってみる。
○ 店の中
薄暗く狭い店内。小さなカウンターの奥に初老の男が座っていた。彼の後ろの棚には、何やら小さな箱がたくさん並べられている。
男 「どんな記憶が欲しいんだい?」
亜紀「(戸惑いながら)いや、私はちょっと…」(出て行こうとする)
男 「何でもあるよ。あんたのお望みしだいだ」
亜紀「私は、別に買いに来たわけじゃ…」
男 「そうだな、これなんかどうだ。(棚から小箱を取り出して)格闘家の記憶だ。人を思う存分投げ飛ばして、ストレス解消にはこれがいちばんだ」
亜紀「だから、私は…」
男 「気に入らないか。(別の小箱を出して)だったらこれだ。幸せの記憶。あんたにはこっちの方が良いかもな」
亜紀「幸せの記憶?」
男 「ふふふ、これはいいぞ。(ひとつずつ示して)これは、恋愛の記憶。こっちは、愛人の記憶。で、これは達成の記憶。(亜紀の顔を見て)だが、あんたにはこれだな」
亜紀「えっ、これは?」
男 「初恋の記憶だ。あんたが今、いちばん欲しいのは、これだろう」
亜紀は思わずそれを手に取り、じっと見つめる。
○ 会社の談話室
亜紀と同僚の桃子がつかの間の休憩を取っている。
桃子「ねえ、昨日、なんかあったでしょ」
亜紀「えっ、どうして?」
桃子「だって、すっごい楽しそうじゃない。ねえ、白状しなさいよ」
亜紀「別に、なんにもないわよ。ただね、ちょっと思い出したことがあって」
桃子「なによ、教えなさいよ」
亜紀「それが、今朝起きたらね。ふふふ…」
桃子「一人でニヤニヤしちゃって。もう、気になるぅ」
亜紀「ごめん。実はね、初恋の人のことを思い出しちゃって」
桃子「初恋?」
亜紀「あの頃に突然戻ったみたいになっちゃって、なんかドキドキしちゃった」
嬉しそうに話を続ける亜紀。それを、あきれた顔をして聞いている桃子。
<つぶやき>誰しもいろんな思い出があります。でも、本当にあなたの思い出ですか?
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T:027「モテ期の女?」
一人暮らしの祐子の部屋。突然、友だちのやよいが訪ねてきた。
祐子「急にどうしたの? 連絡くれれば」
やよい「ふふふ、どうもぉ。ちょっとね、幸せのおすそわけ」
やよいは有名店のケーキを差し出す。
祐子「なによ、それってイヤミ? どうせ、私は一人ですよ」
やよい、いつものようにずかずかと上がりこむ。
やよい「実はね。あたし、モテ期に入っちゃったみたいなの」
祐子「モテ期って、あの一生のうちに三回来るってやつ?」
やよい「そうなの。もう、男の人の視線がすごいのよ。あたし、オーラ出てるかも」
祐子「なに言ってんのよ。あんたには彼がちゃんといるでしょ」
やよい「ふふ、そうなんだけど。それとは、違うのよ」
祐子「もう、そんなことしてると彼にふられちゃうわよ」
やよい「祐子、そんなこと言ってちゃだめよ。女はね、男の視線で美しくなるのよ」
祐子「はいはい、そうですか」
祐子、お茶の支度などをはじめる。
やよい「彼だってね、まったく他の男が振り向かない女を、好きでいられると思う?」
祐子「どうせ私は、誰も振り向きませんよ」
やよい「そうね。祐子はさぁ、もうちょっと考えた方がいいわ」
祐子「いいわよ。別に心配してくれなくても」
やよい「まず、服装ね。もう、地味すぎるのよ。もっと、こう…」
祐子「私は、変えるつもりはありません」
やよい「なに、意地はってるのよ。祐子は、あたしみたいに顔立ちがいいんだから」
祐子「もういいよ、そんな話は。それより、ケーキ食べよう」
やよい「そうやって、いつも肝心なことから目をそらして」
祐子「そんなことないわよ。私は…」
やよい「まさか、いつか白馬の王子さまが現れて、とか思ってるんじゃないでしょうね」
祐子「そんなこと、思ってないわよ」
やよい「じゃあ、モテ期を目指そうよ。祐子にも、幸せになってほしいの」
祐子「いや、それって目指すことじゃないでしょ」
やよい「あたしが、きっちりコーチしてあげる」
祐子「いいわよ。そんなことしてくれなくても」
やよい「祐子だって、彼が欲しいでしょ」
祐子「それは…、そうだけど」
やよい「じゃあ、一歩を踏み出そうよ。あたしの言うとおりにしてたら、男の視線はくぎづけよ。ね、あたしと一緒にがんばろう」
祐子「いや…。私は別に、あんたみたいになりたくないから」
やよい「もう無理しちゃって。いいのよ、遠慮しなくても。あたしの幸せ、分けてあげる」
<つぶやき>いい女の条件って何でしょう。男性にモテること? 自分磨きをしましょう。
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T:028「不老長寿の秘薬」
豪華に飾り立てた女の部屋。そこへ、ボロボロの服を着てやつれ果てた男1が来る。
男1「やっと見つけたよ。君が欲しがっていた、不老長寿の秘薬を」
女 「あなた、だれ?」
男1「俺だよ。ほら、ずいぶんやつれてしまったけど」
女(男の顔をよく見て)「ああ、あなたね。ずいぶん時間がかかったのね」
男1「すまない。何しろ、世界中を飛び回っていたからね」
女 「それで、本当に見つけてきたの?」
男1「ああ、チベットの奥地の小さな村でね」
男1は汚れた巾着袋から、大事そうに豆粒ほどの黒い塊を数個取り出す。
女(それを見て)「これが、そうなの。(臭いが漂ってきて)うっ、何か臭うわ」
男1(それを女の前に差し出し)「さあ、飲んでみてくれないか」
女(身をそらして)「でも、本当に効くの? これは、何で出来ているのかしら」
男1「それは、教えてもらえなかったんだ。でも、効き目はあるはずさ」
女 「そう」(女は恐る恐る薬に手を伸ばす)
そこに男2がやって来る。彼は立派な服装をしている。
男2「お嬢さん。約束どおり、持って来ましたよ」
女 「あなたは、昨日のお方」
男2「さあ、これであなたも十歳は若返ります」
女はリボンなどで奇麗に包装された箱を受け取り、ワクワクしながら箱を開ける。
女 「あっ、これは! いまCMで話題沸騰中の、超売れているという、あの」
男2「そうです。あの若返りの美容液と、染みそばかすも消してしまうという化粧品のセットです。普通、何時間も並ばないと手に入らないのですが、僕のコネで手に入れました」
女 「まあ、ステキ」
男1「待ってくれ。それは何だ、何なんだよ」
女 「まあ、あなた知らないの? 遅れてるわね。ほほほほ」
男1「だって、俺は世界中を飛び回って、君のために…」
女 「もう、あなたはいいわ。さあ、帰ってちょうだい」
男1「そんな…」
男2「お嬢さん。僕と一緒にディナーでも」
女 「ええ、いいわ」
男1、その場に崩れ落ちる。そして、手にしていた薬を見つめる。やるせない思いで、涙があふれてくる。男1は、まるで毒でもあおるように、薬をすべて飲み込んでしまう。すると、やつれていた男1の姿がみるみる変わり、凛々しい青年へと変身する。
女 「ウソでしょ。まさか、本物の不老長寿の秘薬だったの。(男1に駆け寄り)まだ残ってるわよね。私のために持って来てくれたんでしょ。ねえ、私にもちょうだい」
男1「もうないよ。すべて終わってしまった」(男1は立ち去っていく)
女 「じゃあ、せめて、秘薬を見つけた村の場所を教えてよ。お願い!」
<つぶやき>自分にとって、本当に大切なもの。あなたは、それを見分けられますか?
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T:029「衝動買い」
ひなと綾佳がパソコンの画面に見入っていた。とんでもないものを見つけたようだ。
ひな「ねえ、これって本物かな?」
綾佳「なわけないでしょ。一万円よ。ただのフィギュアじゃないの」
ひな「だって、ここに説明が書いてあるわ。人間のように動き回り、話もできるって」
綾佳「あのね、ネットスーパーでそんなもの売ってるわけないでしょ」
ひな「でもね、鉄腕アトムよ」
綾佳「もう。あんたってすぐに信じ込むんだから。この前だって、変なガラクタ買っちゃったじゃない。いいかげん懲りたらどうなの」
ひな「でも…。でもね、鉄腕アトムよ。本物だったらどうするのよ」
綾佳「だから、本物じゃないって。ただの、アニメのキャラクターじゃない」
ひな「なに言ってるの。アトムが生まれてから50年以上たっているのよ」
綾佳「だから、なによ」
ひな「だから、本物ができていても不思議じゃないでしょ。もう、21世紀なんだから」
綾佳「ひなちゃん、よく考えてみな。もし本物だったら、一万円じゃ買えないでしょ」
ひな「もしかしたら、量産できるようになったのかも。だから、安く買えるのよ」
綾佳「いい加減にしなよ。そんな話、聞いたことないわ」
ひな「きっとあれよ。秘密裏に開発されて、私たちをあっと言わせたかったのかも。それか、どこかの研究所から盗まれたのが…」
綾佳「ねえ、もうやめよ。私たちが探してるのは、ロボットじゃないでしょ」
ひな「そうだけど…。でもね、もしここで買わないと、次はないかもしれないわ」
綾佳「まさか、買うつもりなの? 信じられない」
ひな「だって、私、後悔したくないもの。ここで手に入れないと、二度と買えないわ」
綾佳「あのね、鉄腕アトムを手に入れて、どうすんのよ? また、ガラクタが増えるだけでしょ。ほら、まわりを見てみなよ。あんたの部屋、寝る場所もないじゃない」
ひな「大丈夫よ。アトムに片付けてもらうから」
綾佳「はっ? ちょっと待ってよ。言っとくけど、これは本物じゃないから。ぜったい、片付けとか出来ないから」
ひな「そんなことないわ。人間のように動くのよ。話だってできるし。ほら、これを見て。(画面を指して)大きさだって、1メートルもあるのよ」
綾佳「もう、あたし知らないから。そんなの買ったら、ほんと寝る場所なくなっちゃうよ」
ひな「心配しなくてもいいよ。百万馬力なんだよ、空だって飛べちゃうのよ」
綾佳「だから、なに? 飛べるわけないでしょ」
ひな「じゃあ、買っちゃうね(クリックしようとする)」
綾佳「(ひなの手を押さえて)やめなさいって。あんた、人の話し聞いてないでしょ」
ひな「えーっ、でもーォ、欲しいんだもん」
綾佳「(優しく)ちょっと、頭、冷やそうね。良い子だから…(パソコンの電源を切る)」
<つぶやき>衝動買いとかしてませんか。気をつけないと自分の居場所をなくしますよ。
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T:030「透明風呂敷」
とある研究室。いろんな装置が置かれていて、雑然としている。女が入ってくる。
つばさ「(ドアから顔を覗かせて)ねえ、いるの?」
部屋の奥、見えないところから男の声がする。
一郎「ああ。入って来いよ」
つばさ「(入りながら)何なのよ、あの貼り紙。無断入室禁止なんて。それに、急に呼び出して。私が、何度電話しても出ないくせに…」
部屋の中にいるはずの一郎の姿がなく、つばさは辺りを見まわす。
つばさ「もう、どこにいるのよ。隠れてないで出て来なさい」
一郎「僕なら、ここにいるよ。君の目の前」
つばさ「えっ?(突然、鼻をつままれ)きゃっ」
つばさが目を開けると、一郎が目の前に立っていた。
一郎「ハハハ、大成功。やったね」
つばさ「なに、ふざけてんのよ。ほんと、怒るわよ」
一郎「僕の姿、見えなかっただろ。とうとう、成功したんだ。君に最初に見せたくてね」
つばさ「何なのよ」
一郎「透明マントさ。これをかぶると、姿が見えなくなるんだ」
つばさ「あきれた。あんた、そんなの作るために一ヵ月も研究所にこもってたの。それに、なにそれ。マントじゃなくて、唐草模様のでっかい風呂敷じゃないの」
一郎「これは試作品なんだよ。この布の表面に、特殊なコーティングがしてあるんだ」
つばさ「そんなの作って、いやらしいこと考えてるんじゃないでしょうね」
一郎「違うよ、そんなこと。僕はただ、ひとみさんの気持ちを知りたくて…」
つばさ「ひとみ?」
一郎「だから、ひとみさんが、僕のこと、どう思っているのかなって…」
つばさ「(ため息)はーっ。そんなこと、直接訊けばいいでしょ」
一郎「ばかっ、訊けるわけないだろ。ぜったい、無理だから」
つばさ「もう、小心者なんだから」
一郎「だから、つばさから訊いてみてくれないかな。僕、これかぶってそばにいるから」
この時、ドアがノックされる。女の声が聞こえる。
ひとみ「あの、どなたかいませんか?」
一郎「あーっ、ひとみさんだ。どーしよう。あの…、あの、まだ、僕、心の準備が…」
つばさ「しょうがないなぁ。まったく、めんどくさいヤツ」
つばさ、ドアを開けに行く。一郎、慌ててしまい風呂敷を裏むきにして頭からかぶる。
つばさ「(ドアを開けて)どうぞ、入って」
ひとみ「すいません。(部屋に入る)あの、教授はいらっしゃいますか?」
風呂敷をかぶった一郎を見て、ひとみは驚き立ち止まる。
つばさ「(そんな一郎を見て)ばっかぁ。(ひとみに小声で)見なかったことにしてあげて。教授は、ちょっとふざけてるだけだから、気にしなくてもいいのよ」
<つぶやき>慌てて失敗することってありますよね。皆さんも、どうかお気をつけ下さい。
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T:031「一緒にいる理由」
夕食後のくつろぎのひととき。それは、夫のちょっとした疑問で始まった。
夫「(お茶をひとくちすすり)なあ。俺たち、何で一緒に住んでるんだろう」
妻「(片付けを終えて、夫の前に座り)何よ。突然、変なこと言っちゃって」
夫「いや、何だろうね。俺たち、一緒に住む理由があるんだろうか?」
妻「(お茶をすすり)あたしたち、夫婦ですよ。一緒に住むのは当たり前じゃない」
夫「そうなんだよな。でもさぁ、子供たちも独り立ちしたし…」
妻「あなた、離婚したいんですか?」
夫「そうじゃないさ。そういうことじゃなくて、俺たちが一緒にいる理由さ」
妻「そんなこと急に言われても。思いつかないわ」
夫「そうだな。(お茶をすすり)お前、俺のこと愛してるか?」
妻「やですよ。そんなこと…。ねえ、どうしたの? 変ですよ」
夫「俺は、お前のことを愛してるのかな?」
妻「あらっ。あたしのこと愛してないんですか?」
夫「どうなのかなぁ。昔は、愛してた気がするんだけど」
妻「そうですね。あたしたち、子供のことで手一杯でしたからね」
夫「そうだな。俺、子供のために、頑張って働いたよな」
妻「あなただけじゃないですよ。あたしだって必死でしたから」
長い沈黙。それぞれ昔のことを思い出しているのか。
夫「なあ、俺たち昔に戻らないか?」
妻「えっ?」
夫「もう一度、あの頃に戻ってみようよ」
妻「あの頃って?」
夫「ほら。初めて二人が出会ったときから、もう一度はじめるんだ」
妻「何を言ってるんですか。子供じゃあるまいし」
夫「いいじゃないか。行ってみようよ。俺たちが初めて会った場所に」
妻「あなた、ちゃんと覚えてるんですか?」
夫「もちろんさ。あれはたしか、大学のコンパか何かで…」
妻「違いますよ。あたしたち、図書館で会ったんですよ」
夫「あれっ。そうだったか?」
妻「そうですよ。もう、いい加減なんだから」
夫「じゃあ、明日、行こうよ。行けば、ちゃんと思い出すさ」
妻「でも、もうないかもしれませんよ。昔のことですから」
夫「ないわけないさ。図書館だぜ。つぶれるわけないだろう」
妻「移転してるかもしれませんよ。それとも、建て替えられているかも」
夫「それでもいいさ。その場所に行くことに、意味があるんだ」
妻「そうですね。じゃ、別々に行きましょう。向こうで、お互いを見つけるの」
夫「それはだめだよ。外じゃ、お前のこと見つけられない」
<つぶやき>家にいる時の奥さんしか見てないと、外ですれ違っても気づかないかもね。
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T:032「招福茶」
○ とある会社のオフィス
社員たちが忙しそうに働いている。
榊原「あなた、まだそんなことしてるの」
百合恵「すいません。もう少しで終わりますから」
榊原「それ終わったら、この書類破棄しといて。お願いね(書類の束を置いて行く)」
百合恵「はい。わかりました」
神崎「ねえ、これコピーしてくれない。5部でいいから」
百合恵「でも、あたし…。これが、まだ…」
神崎「急ぎなんだよ。ここに置いとくから、頼んだよ」
百合恵、慌ててしまい大切な書類をシュレッダーに入れる。神崎がそれに気づいて。
神崎「バカ、何やってるんだよ。それは俺の書類だろ!」
百合恵「えっ…。(気づいて)あっ、すいません。あたし…」
神崎「何やってんだよ。コピーもできないのか。もういいよ。自分でやるから」
百合恵「すいません」
部長「おい。誰かお茶を淹れてくれないか。大事な取引先の社長が見えたんだ」
榊原「はい。すぐ持って行きます。(百合恵に)あなた、お茶を淹れて」
百合恵「あたしがですか?」
榊原「あなた、それぐらいしかできないでしょ」
百合恵「はい、すぐに…」
○ 同じ会社の応接室
百合恵が呼ばれてやって来る。
社長「君かね、お茶を淹れてくれたのは」
百合恵「(恐る恐る)はい。あたしですが…」
社長「ちょっと訊きたいんだがね、このお茶はどこのお茶かね?」
部長「社長、このお茶はですね…」
百合恵「(突然)すいません。実は、来客用のお茶を切らしてしまって…」
部長「何だって! それじゃ、これはいつも飲んでいる特売のお茶なのか」
百合恵「ごめんなさい(頭をさげる)」
社長「(笑いながら)いや、そうか。あなたは大したものだ。こんなにうまいお茶を淹れられるなんて。どうかね、秘書として、私の所へ来てくれないか?」
百合恵「えっ?」
部長「社長、この子はですね、とてもそのような…」
社長「わかっとるよ、手放したくないことは。しかしだね、どうだろう出向ということで」
部長「しかし…」
社長「心配せんでもいい。ここの社長には、ちゃんと話をつけておく。(百合恵に)君、明日から来てくれるね。いや、楽しみが一つ増えた。よろしく頼むよ」
<つぶやき>何か得意なことを見つけよう。もしかすると幸せが転がり込んで来るかも。
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T:033「リストラ担当部長」
とある大企業の営業部。部長らしき男がお茶をすすり、他の社員たちの様子を見ている。仕事が一段落した女子社員たちがおしゃべりを始めた。
好美「あのォ、神崎部長っていつもああなんですか?」
さやか「ああって?」
好美「書類に判を押すだけで、誰かに指示をすることもないし」
厚子「あなたは、まだ来たばかりだから不思議に思うかもね。わたしもそうだったから」
さやか「ほんと、いつもお茶をすすってるし。あれで仕事してるのかって思っちゃうよね」
厚子「でもさ、あたしの聞いたところでは、かなりのやり手みたいよ」
好美「えーっ、ほんとですか?」
さやか「私も聞いたことある。何億っていう商談をまとめたとか…」
好美「あの部長がですか?(部長の方を覗き見て)そんなふうには見えないですけど」
厚子「人事部にいる友達に聞いたんだけど、神崎部長って経理や総務、それに人事部にもいたんだって。それに、専務や常務とため口で話してるのを見たことあるって」
さやか「それホント? でも、同期ってことはないわよね」
厚子「そこが不思議なのよ。年齢からいったら、部長の方がぜったい年下のはずよ」
好美「でもそんなすごい人が、なんで営業四課にいるんですか?」
さやか「そうよね。ここは営業部の吹き溜まりだからね」
好美「何か、やっちゃったんですよ。それでここに飛ばされた、とか」
厚子「それはないわ。そんな人が専務とため口なんかで話さないでしょ」
好美「そうですよね」
さやか「ねえ、部長って人事部にもいたんだよね」
厚子「それは間違いないわよ。人事部長がそう言ってたんだって」
さやか「じゃあ、あれしかないわね」
好美「えっ、なんなんですか?」
さやか「ほら、五年ぐらい前だったかなぁ。うちの会社、営業不振の時があったでしょ」
厚子「ああ、あったわね。あたしはまだ入社したてで、詳しいことはわからなかったけど」
さやか「私、その頃、庶務にいたの。で、妙な噂があったのよ」
厚子「噂って?」
さやか「リストラ部っていうのが新設されて、社員一人一人の査定を極秘でしてるって」
好美「極秘?」
さやか「その頃ね、庶務で何人か突然退職した人がいたの。いま考えると、神崎部長、ちょくちょく庶務課に顔だしてたのよ。きっと、情報収集してたんだわ」
厚子「それじゃ、リストラ担当部長ってこと?」
好美「でも…、でも、今は違いますよね。だって、だって…」
さやか「あなた、なに慌ててるのよ」
好美「あたし、昨日、ミスしちゃったんです。あたし、首になっちゃうんですか?」
<つぶやき>突然肩を叩かれて、もういいよって言われたら…。あなたならどうします?
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T:034「バックアップ」
とあるレストラン。女友だち二人が食事をしている。会話が途切れたところで。
麻衣「ねえ、実はね…。あたし、好きな人ができたかも」
さや「えっ、ほんと! あーぁ、よかったじゃない」
麻衣「でもね、まだ…」
さや、携帯電話を出してメールを打ちはじめる。
麻衣「ねえ、何してるの?」
さや「みんなにも報告しなくちゃ」
麻衣「ちょっと待ってよ。まだ誰にも言わないで」
さや「(打ちながら)だって、お祝いよ。みんなでぱーっと…」
麻衣「だから、まだそこまで行ってないっていうか…」
さや「(打つ手を止めて)えっ、どういうこと?」
麻衣「まだ、相手の気持ちもわからないし、あたしか勝手に思ってるだけって…」
さや「(続きを打ちながら)大丈夫よ。私たちでバックアップしてあげるから」
麻衣「いいよ。もう、そんなことしなくても」
さや「そんなわけにはいかないでしょ。あなただけよ、彼氏がいないのは」
麻衣「だから、いいってば」
さや「私たち、もうすぐ三十よ。少しは結婚のこと真剣に考えないと。そうでしょ」
麻衣「わかってるわよ。でも、前みたいに…」
さや「ああ、あれね。(思い出し笑い)あれは、麻衣がもたもたしてたからじゃない」
麻衣「でも、あたしが告白する前に、みんなでよってたかって…」
さや「あの男はダメよ。私たちは話をつけようとしただけなのに、逃げ出しちゃって」
麻衣「それは…。あんな大勢で、彼のこと…」
さや「次は大丈夫よ。私たちだって学習してるから。前みたいにはならないわ」
麻衣「ほんとに、お願いだから。余計なことしないで」
さや「(打ち終わって送信)集合かけといたわよ。で、今度はいつ会うの?」
麻衣「えっ? いつって、それは…。だって、あたしたち別に、付き合ってるわけじゃ…」
さや「そうか。じゃあ、そいつの名前教えて。それと、写メを送ってよ」
麻衣「だから…」
さや「ほら、早くして」
麻衣「(仕方なく)やまだ……。やっぱり、いいよ!」
さや「山田ね。携帯貸して。写真、撮ってあるんでしょ」
麻衣、首を振る。さや、手を突き出す。
さや「そんなわけないでしょ。告白は出来なくても、隠し撮りはしてたよね」
麻衣「うーん、でも…(迷ったあげく、携帯を渡す)」
さや「大丈夫よ、私たちにまかせて。麻衣のこと好きになるようにもっていくから。もし、他に女がいても何とかしてあげるわよ」
<つぶやき>こんな頼もしいバックアップは、どうなんでしょう。ほんとに、大丈夫?
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T:035「あれそれ、なに?」
夫婦と娘が食卓を囲み、夕飯を食べている。一家団欒のひととき。
父「(母に)おい、あれを取ってくれないか」
母「はい、あれね。(娘に)ねえ、お父さんにそれ取って」
娘「……(ソースを父の前に置く)」
父「ああ、ありがとう(ソースをかける)」
母「ねえ、あれ、買って来てくれた?」
父「あれな。売ってなかったぞ」
母「そんなはずないわよ。お隣の奥さん、あそこであれしたって言ってたんだから」
父「そんなこと言ってもな…」
母「お店の人に、ちゃんと聞いてみたんですか」
父「でも、あれだぞ。そんなこと聞けるかよ」
母「じゃあ、あそこならあるんじゃないかしら」
父「あそこまで行くのか? ちょっと遠いぞ」
母「いいじゃないの。会社の帰りに寄ってみてよ。いい運動になるわよ」
父「そんなに言うんなら、母さんが行けばいいじゃないか」
母「だって、あたし忙しいし。お父さん、お願いします」
父「分かったよ。じゃあ、あれのとき、ついでに行って来るよ」
母「あれって、ずいぶん先じゃありませんか。そんなに待てないわ」
父「じゃあ、母さんがあれのときに、あれすればいいじゃないか」
母「あなたはいつもそうですね。私にばかり押しつけて」
父「別に押しつけてないだろ。俺は、あれのときに行くって言ってるじゃないか」
今まで黙って食事をしていた娘が、たまりかねて口を出す。
娘「私が買って来てあげようか?」
突然言われたことに驚き、二人で娘を見つめる。
娘「(ビクッとして)なによ…。私、変なこと言った?」
父「(真顔で)だめだ。お前に、そんなことさせるわけにはいかん」
母「そうよ。あなたには、まだ早いわ」
娘「なに言ってるのよ。私、もう高校生よ。いつもスーパへ買い物に行ってるじゃない」
両親は顔を見合わせてから、黙って食事を続ける。
娘「なんなのよ。せっかく私が行ってあげるって言ってるのに」
母「今度ね。今度のとき、頼むから…」
娘「(母に)ねえ、あれってなんなの? さっきから、なに話してるのか分からない」
母「ああ…、それはね…」
父「(止めるように)母さん」
娘「もう、あれとかそれとか。ちゃんと名詞で話してよ。そんなことじゃ、二人ともぼけちゃうわよ」
父「なに言ってるんだ。父さんは、そんな歳じゃないぞ」
<つぶやき>あれって何なのでしょうか? あなたはあれとかそれ、使ってませんか?
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T:036「思い出せない」
智子の部屋。彼女は頭を抱え、困り果てていた。そこへ親友の紗理奈がやって来る。
紗理奈「ねえ、どうしたのよ。緊急事態だけじゃ、分からないでしょ」
智子「(助けを求めるように)ねえ、彼が帰ってくるの」
紗理奈「そう…。それがどうしたの?」
智子「だから…。あたし、彼の顔…、分からない」
紗理奈「えっ、何よ? なに言ってるの、智子」
智子「彼ね、一週間前から東北に出張に行ってるの。それで…、彼、どんな顔してた?」
紗理奈「私に訊かないでよ。一度も会ったことないでしょ」
智子「えっ、そうだった?」
紗理奈「そうよ。私たち親友でしょ。紹介ぐらいしてくれたっていいじゃない」
智子「ごめん…」
紗理奈「で、何なのよ。泣きそうな声で電話してきてさぁ」
智子「だから、彼の顔が思い出せないの」
紗理奈「はぁ? あんた、彼とつき合い始めて、三カ月ぐらいはたってるはずよね」
智子「ええ、そのくらいかな」
紗理奈「で、なんで顔が分からないのよ」
智子「だって、顔よりも……」
紗理奈「まさか、プレゼントとか、そっちの方に目が行ってるわけ」
智子「とっても良い人なのよ。優しくって、何でもしてくれるの」
紗理奈「もう、信じられない。そんなことで私を呼び出したの?」
智子「だって、紗理奈しかいないんだもん。ねえ、どうしよう」
紗理奈「知らないわよ。そんなこと」
智子「彼ね、今夜、駅で会おうって、電話してきたの」
紗理奈「(面倒臭そうに)写真とかあるでしょ。それを見ればいいじゃない」
智子「彼ね、写真嫌いなの。ちゃんと写ってるの、一枚もないのよ」
紗理奈「もう、何なのよ。それじゃ、駅で待ってれば、彼の方が見つけてくれるわよ」
智子「ほんとに?」
紗理奈「心配ないって」
智子「でも、彼も、あたしのこと分からなかったらどうするの?」
紗理奈「そんなことないわよ。彼、智子のこと好きなんでしょ」
智子「うーん…。たぶん…?」
紗理奈「なによ、それ」
智子「だって、好きだとか、そういうこと一度も言ってくれないし…」
紗理奈「あんたたち、どういうつき合い方してんのよ」
智子「普通よ。別に特別な関係じゃないし」
紗理奈「恋人は、特別な関係でしょ。もう、なに言ってるのか分かんない」
<つぶやき>いろんなつき合い方があるのかも…。好きな人の顔、ちゃんと見てますか?
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T:037「悲しい誕生日」
○ ななみのアパート
夜。ドアを叩く音。ドアを開けると、男が立っていた。
哲也「よっ。元気だったか?」
ななみ「哲也…。どうしてたのよ。全然、携帯つながらないし」
哲也「わるいわるい。(部屋に上がり込み)何か、仕事が忙しくてさぁ」
ななみ「でも、電話ぐらいしてくれたって…」
哲也「(座り込み)やっぱ、ここがいちばん落ち着くよなぁ。(寝転がる)」
ななみ「もう……。食事は? まだなんでしょ」
哲也「うん。何かある?(起き上がる)」
ななみ「あり合わせのものしかないわよ。来るなら、ちゃんと連絡してくれなきゃ」
哲也「(冷蔵庫を覗き)おっ、ケーキ、見っけ」
哲也、ショートケーキをがぶりとほおばる。
ななみ「あっ、それは…」
哲也「なに? いいだろ。ケーキぐらい食わしてくれたって」
ななみ「……。そりゃ、いいけど…」
哲也の携帯が鳴る。携帯を見て、着信メールを読む。
哲也「わるい。俺、ちょっと仕事行かなきゃ」
ななみ「仕事って、これから?」
哲也「うん。それでさ、ちょっと金貸して。タクシーで行かないと、間に合わないんだ」
ななみ「ええ、いいわよ。いくらいるの?」
哲也「そうだなぁ、五万くらい」
ななみ「(財布を見て)そんなにないわよ」
哲也「(財布を覗き込み、素早く札を抜き取り)これだけでいいよ」
ななみ「えっ、そんな…」
哲也、「じゃあな」と言って、足早に出て行く。一人、溜息をつくななみ。
○ 同じ、ななみのアパート
数時間後の深夜。また、ドアを叩く音。ドアを開けると、女が立っていた。
女「(怒って)哲也はどこ? ここにいるんでしょ」
ななみ「えっ、何ですか?」
女「(睨みつけ)あなたね。あの人の浮気相手って」
ななみ「浮気?」
女「私、哲也と婚約してるんです。あなた、今すぐ別れなさい」
ななみ「婚約? そんな…」
女「あの人に、どれだけお金つぎ込んできたと思ってるのよ。この、泥棒ねこ!」
女は、怒りにまかせてななみの頬を叩く。そして、ドアを勢いよく閉め、行ってしまう。ななみは立ち尽くし、
ななみ「何なのよ。(涙がこみ上げてきて、その場に座り込む)もう……、なんで…」
<つぶやき>尽くしても、その思いが伝わるとは限らない。くじけないで、生きていこう。
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T:038「変なこだわり」
とある遊園地の入口。大学のコンパで知り合った松井と桃子。今日は初めてのデートの日。松井が先に来て待っていると、人混みをぬって桃子が現れる。
桃子「ごめんなさい。遅れちゃって」
松井「いや、ぜんぜん。僕も、さっき来たところだし」
桃子「もう、孝志がぐずぐずしてて」
松井「えっ、タカシ?」
少し離れたところに男の子が立っていた。桃子は、男の子を引っぱって来て。
桃子「この子、あたしの弟なんです。もう高校生なんだけど、いつまでも子供で」
孝志、ふて腐れながらほんの少し頭を下げる。
桃子「こら。ちゃんと挨拶しなさい。(松井に)もう、礼儀も知らなくて」
孝志「(小声で)ちわっ」
松井「どうも…、松井です。(桃子に)でも、どうして?」
桃子「さあ、行きましょ。あたし、乗りたいのあるんです」
桃子、先に行ってしまう。後に残された二人、仕方なくついて行く。歩きながら。
松井「あの、君たち、仲が良いのかな?」
孝志「(まったく無関心に)別に…」
松井「(気まずく)ああ…、そうなんだ。でもさ、何で午後三時なんだろうね。今日は休みだし、朝からでも…」
孝志「あのさ、そういうことは姉貴に言ってよ」
松井「まあ、そうなんだけどね。君の姉さんのこと、まだよく分からなくて」
孝志「気をつけた方がいいよ。姉貴、見た目は良いけど、性格は最悪だから」
松井「えっ? それは、どういう…」
桃子が引き返して来て、
桃子「何してるんですか? 早くしないと、乗れなくなっちゃいます」
松井「あの、今度からさ、もっと早く待ち合わせしない?」
桃子「三時からじゃないと、だめなんです。あたし、3がラッキーナンバーだから」
松井「ラッキーナンバー?」
桃子「そうですよ。今日は3日だから、今度のデートは13日になります」
松井「えっ、何で?」
桃子「3のつく日にデートすると、幸せになれるんです」
松井「デートって…。だって、三人じゃない」
桃子「三人じゃだめですか? あたし、デートはいつも三人なんです」
松井、孝志の方を見る。孝志は目をそらす。
松井「ちょっと待ってよ。それ、おかしくない?」
桃子「(平然と)いいえ。もう、行きましょうよ。あたしたちには時間がないんです」
桃子、松井の腕を引っぱり、どんどん歩いて行く。孝志、溜息をつきついて行く。
<つぶやき>こんな姉思いの弟がいたら最高です。でもこの二人、いつまで続くのかな。
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T:039「幸せを呼ぶ猫」
小さな島にある小さな村。家の間をぬうように続く小道。二人の女が歩いている。
佳奈江「ねえ、ほんとにいるの?」
恵子「いるわよ。なんたって猫島よ。このガイドブックにだって、写真が載ってるわ」
佳奈江「でも、一匹も見つからないじゃない。あたし、この旅行にかけてるんだからね」
恵子「大丈夫だって。この島の猫は幸せを呼ぶって、ちゃんと書いてあるわ」
佳奈江「あーぁ。あたしこのままだと、ほんと、生きていけないわ」
恵子「そんなこと言ってると、幸せが逃げちゃうぞ」
佳奈江「やめてよ。会社がつぶれて失業して、これ以上、何があるって言うの」
恵子「じゃ、早く探しましょ。仕事に恵まれる猫」
佳奈江「でも、ほんとにいるの。そんな猫」
恵子「いるわよ。ちゃんと書いてあるもの。それも、写真付きよ(ガイドブックをめくる)」
佳奈江「(一人言)やめた方がよかったかな。貯金使っちゃったし、来月の家賃どうしよう」
恵子「(本を見せて)ほら、これが金運に恵まれる猫で、こっちのが子宝に恵まれるやつ。それで、こっちのが開運猫で、これが健康猫…」
佳奈江「もういいから。探すわよ。あたしの人生が掛かってるんだから」
佳奈江、必死になって探し回る。10mほど先の道に、猫がひょっこりと出て来る。
恵子「いた。(猫を指差し)ほら、佳奈江」
恵子は猫に近づこうとする佳奈江を止めて、ガイドブックと見較べる。
恵子「間違いないわ。あれが、仕事に恵まれる猫よ。ゆっくり近づいて、触るのよ」
佳奈江「わかってるわよ。(猫に近づいて行く)お願い、逃げないでよ。いい子だから…」
あと1mのところで猫が逃げていく。その場にへたり込む佳奈江。
佳奈江「(べそをかき)何でよ。あたしの仕事が……」
恵子「(側にしゃがみ)そんな血走った目で近づくからよ。きっと、殺気を感じたのね」
佳奈江「何よ、他人事だと思って…」
恵子「大丈夫よ。明日もあるじゃない。私たちには、まだ時間があるわ」
佳奈江「だって…。うーッ」
恵子「まず、宿に入りましょ。それから、作戦会議よ」
佳奈江「宿って? どこに泊まるのよ」
恵子「(指差して)ほら、あの山の上にあるお寺よ」
佳奈江「えーっ! そんなの聞いてないわよ」
恵子「そうだった? いいとこよ。たぶん…。さぁ、行きましょ」
二人が歩き出すと、脇腹にハートのブチがある猫が現れる。二人は立ち止まる。
恵子「嘘でしょ。まさか、こんなに早く見つかるなんて…」
佳奈江「どうしたのよ」
恵子「佳奈江、動かないでよ。あの成婚猫は、私のものだからね」
佳奈江「そんな猫がいるなんて聞いてないわよ。(恵子を押しのけて)あたしが先よ」
恵子「(佳奈江を捕まえて)やめなよ。また、逃げちゃうでしょ」
<つぶやき>猫には不思議な力があるかもしれません。くれぐれも、嫌われないように。
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T:040「読めない女」
一人暮らしの男の家。夜、男が帰ってくる。玄関を開けると、女が待っていた。
女「(三つ指ついて)お帰りなさいませ。今日も、お仕事、お疲れさまでした」
男「(驚き、あきれて)なぜだ。なぜここにいる」
女「お食事にしますか? それとも、お風呂?」
男「いい加減にしろよ。どうやって入ったんだ」
女「(ニコリと笑い)それは、合い鍵がありますから」
女は首にかけている鍵を見せる。男の形相が変わり女を追いかける。キッチンに逃げ込む女。男は何とか女を捕まえて、椅子に座らせる。
男「(息を切らしながら)いいか、よく聞け。君と私は、何の関係もないんだ」
女「関係って…。もう、いやだ」
男「なに恥ずかしがってんだ。君は会社の後輩で、それ以上何もない」
女「だって。あたしたち、一緒に寝たじゃないですか。あなたが、あたしをここに…」
男「ちょっと待て。それは、違うだろ。君が飲み会で酔いつぶれて、それで仕方なく」
女「もう、いいんですよ。あたしは、別に…」
男「よくない! 仕方なかったんだ。他の奴は先に帰っちゃうし。君をあのままにしておけないだろ。君はまったく起きないし。君の家は知らないし。それで、ここにつれて来たんだ。寝たのだって、別々の部屋じゃないか…」
女は夢中でしゃべっている男を放っておいて、ご飯をよそったり食事の支度を始める。男、やっとそれに気づいて。
男「何してるんだよ」
女「(支度をしながら)あなた、早く手を洗ってきて下さい」
男「だから…。(女の腕をつかみ)もういいから、帰ってくれ(引っぱって行く)」
女「痛いです。やめて下さい。はなして…」
男「(手を離し)君は、僕の妻でもなければ恋人でもない。いつまでここにいるつもりだ」
女「いつまでって…。ずっとですよ。あたしはあなたの…」
男「やめてくれ。それ以上言うな」
女「もう、いいじゃないですか。お食事にしましょ。お腹すいたでしょ(キッチンへ)」
男「だから…(女を追いかける)」
女「あたし、いい奥さんになりますから。心配しないで下さい」
男「(あきれて)はぁ? どこがだ。どこをどう見れば、いい奥さんに見えるんだ」
女「それは…。ほら、顔だって美人じゃないけど、そこそこじゃないですか」
男「顔のことはどうでもいいんだ。見てみろよ。食事はスーパーで買ってきた惣菜だろ。それに、何だこの散らかりようは。ここは、ゴミ屋敷か」
女「これは、あとで片付けますから。あたし、ぜんぜん気にしませんから」
男「前は、こんなんじゃなかったんだ。もっと、きちんと片付いてて…」
女「もう、一週間ですよ。そろそろ慣れて下さい。あたしたち、ずっと一緒なんですから」
<つぶやき>女の罠にはまっちゃったのかな。でも、何か憎めない娘だと思いませんか?
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T:041「ままならぬ恋」
とある会社の社食。食事を終えて、まなみが溜息をつく。同僚の久美が心配して。
久美「どうしたの? 今日は何だか元気ないわね。心配ごとでもあるの」
まなみ「うぅん…。(真剣な顔で)ねえ、聞いてくれる?」
久美「いいわよ」
まなみ「実はね…、昨夜、告られた」
久美「ほんと。(嬉しそうに)よかったじゃない。これで、やっとまなみも…」
まなみ「それがね…。(溜息をつく)」
久美「何よ、そんなに悩むことじゃないでしょ。でもさぁ、あんた、彼氏っていたの?」
まなみ「いないわよ。そんな人…」
久美「えっ? じゃ、何なのよ。告られたって」
まなみ「昨日、家に帰ったら、玄関で待ち伏せされて…」
久美「やだ。それ、ストーカーじゃない」
まなみ「違うわよ。そんなんじゃないの。彼は、幼なじみで…」
久美「何だ。それを先に言いなさいよ。じゃあ、幼なじみに告白されたのね」
まなみ「そう。でも、彼とは小さい頃から兄弟のようにしてて。そんなこと言うなんて…」
久美「でも、いいんじゃないの。お互い気心がわかってるし」
まなみ「だって、突然よ。あたし、そんなふうに思ったことないのに」
久美「まあ、それはあるかもね。近すぎて、恋愛対象にならないってことか」
まなみ「あたしには、お兄ちゃんって感じなの。だから、恋人としては考えられない」
久美「でもさぁ、嫌いじゃないんでしょ」
まなみ「それは、そうだけど…」
久美「じゃあ、これから恋愛対象として考えてみたら。きっとその人、前からあんたのこと好きだったのかもね。あんたさ、そういうとこ鈍いんだから」
まなみ「そんなことないわよ」
後ろの席に座って聞いていた先輩の純子が、唐突につぶやいた。
純子「やめときなよ、そんな人。不幸になるだけよ」
久美「でも先輩、よく知ってる人の方が…」
純子「そうかしら。そんな人はつまらないわよ。私の前の旦那がそうだったから」
まなみ「前の旦那?」
純子「なんて言うかな、どきどき感がないのよ。胸がざわざわするような、ときめきって言うの。そういうの、必要でしょ」
まなみ「そうですよね」
純子「でもね、ワイルド過ぎるのも考えものよ。私だって頑張ったのよ。何とかついて行こうと。もう、その時は必死だったわ。でも、続かなかったの。私には無理だった!」
久美「えっと、それって…」
純子「あ、これ前の前の旦那ね。今、どこで何してるのか。まあ、それがあったから、次の旦那は近場で見つくろって、失敗したわけよ。あんたは、慎重に相手を選びなさい」
<つぶやき>結婚って、相手のことをまるっと考えて…。とても、勇気のいる決断かも。
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T:042「どっちをとるの?」
風呂上がりの夫。コップの水を飲み干し、ケーキの箱を手に取り、その軽さに驚く。
夫「(箱の中を見て妻に)おい、俺の分のケーキは?」
妻「(食事の片付けをしながら)ないわよ」
夫「えっ、ないって? どこへやったんだよ」
妻「だって…。あなた、甘いもの、好きじゃないでしょ」
夫「なに言ってるんだよ。俺だって、食べることあるよ」
妻「あら、そうなの」
夫「まさか、おまえ…」
妻はにっこり微笑み、お腹をさする。
夫「何でだよ。俺は、あのケーキを買うために、五日も並んだんだぞ」
妻「(甘えるように)また、買って来てね」
夫「冗談じゃないよ。やっとの思いで、今日こそ食べられるって…。それを」
妻「たかがケーキひとつで、そんなに怒ることないでしょ」
夫「あのケーキはな、特別なんだよ。有名なパティシエが作ったやつで、なかなか買えないんだ。俺の前に並んでた人で売り切れってこともあったんだから」
妻「(とぼけて)あら、そうなんだ。知らなかったわ」
夫「嘘つけ。おまえが知らないわけないだろ!」
妻は悲しげな表情になり、椅子に崩れるように座り、顔をふせる。嗚咽が漏れる。
夫「また…。そうやって泣けば、俺が許すとでも思ってるのか」
妻「(顔をあげて夫を睨み)あたしと、ケーキと、どっちをとるの?」
夫「(一瞬たじろぎ)そ、そんなこと……」
妻、夫をじっと見つめる。夫は妻のことを愛していた。
夫「だから……、おまえだよ。(恥ずかしそうに)そんなこと、訊くなよ」
妻は、してやったりと微笑み、夫の胸に飛び込み。
妻「ありがとーぅ」
夫は、妻を引き離す。割り切れない気持ちがあるので。
夫「じゃあな、俺と、ケーキと、どっちが…」
妻「そんなこと、決まってるじゃない」
妻は言葉を切り、夫の顔を見つめる。夫は、妻の一言を期待を込めて待つ。
妻「(満面の笑みで)ケーキよ」
夫、期待を裏切られ呆然とする。妻は、夫から離れる。
夫「(やり切れない思いで)何でだよ。俺のこと好きじゃないのか?」
妻「(振り返り)それとこれとは違うわ」
夫「でも、さっきおまえ…」
妻「あなた。あたしがあのケーキを食べるために、どれだけダイエットしてるか知らないでしょ。あたしも頑張ってるんだから、あなたも頑張って」
夫「そんな……」
<つぶやき>何だかんだ言っても、この二人愛し合ってるんでしょうね。あきれちゃう。
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T:043「命がけの合コン」
個室のある洒落た雰囲気のお店。男二人、合コンのメンバーがそろうのを待っていた。
神崎「(落ち着かない様子で)なぁ、あいつら遅いな。何やってんだ」
吉田「(にやつきながら)何だよ。モデルと合コンだからって、舞い上がんなよ」
神崎「(思いつめた感じで)俺、やっぱ止めとくわ」
立ち上がろうとする神崎を押さえる吉田。
吉田「なに言ってんだよ。お前、美人のモデルと合コンだぞ。こんなチャンス、二度と…」
神崎「でもな、やっぱまずいよ。もし、こんなことが…」
吉田「なにびびってんだよ。大丈夫だよ。前だって、バレなかっただろ」
神崎「あの時は、俺が細心の注意をはらってたからで…」
吉田「俺たちみたいなオヤジがだぞ、美人のモデルさんたちとお話ができるんだ。これはもう、奇跡なんだぞ。それを、セッティングした俺の力量に感謝しろ」
神崎「じゃあ、何で来ないんだよ。大河内も杉浦も、遅いじゃないか」
吉田「たぶんあれだ、仕事で遅れてんだ。もし来なかったら、俺たち二人で…」
神崎「お前はいいよ。離婚してんだから。でも、俺は…」
吉田「お前はそんなんだから、奥さんに頭が上がらないんだ。もっと、堂々としてろよ」
神崎「バレたんだ。きっとそうだ。それ以外、考えられない」
吉田「はぁ? 何だよそれ」
神崎「お前だって知ってるだろ。あの二人の奥さんと俺のかみさん、ツーカー仲だって。毎日、連絡取りあってんだぞ。俺も、早く帰らないと…」
吉田「ちょっと待てよ。(携帯電話を取りだし)いま、電話してみるから」
神崎「(引きつった笑いで)ハハハ、もうお終いだ。離婚ってことになったら…」
吉田「たかが飲んで帰ったぐらいで、そんなことになるはずないだろ」
神崎「お前は知らないからそんなことが言えるんだ。あいつなら、やりかねない。だってな、俺がちょっと通りすがりの美人に振り返っただけで、三日、口もきいてくれなかったんだ。それに小遣いだって、三百円カットだ」
吉田「三百円って、子どもじゃないんだから」
神崎「そうだよ。俺もそう思うよ。一日、五百円だったのに、昼飯も食えないよ」
吉田「マジかよ」
神崎「なあ、一緒に来てくれないか。そんで、うちのやつに説明してくれよ」
吉田「なに言ってんだよ。ここは、どうすんだよ。合コンだぞ」
神崎「合コンなんかいつでもできるだろ。そんなことより…」
吉田「冗談じゃないよ。俺が、この合コン仕込むのに、どんだけコネ使ったか…」
外から女の子たちの笑い声が聞こえる。そして、ドアが開き女の子たちが入って来る。部屋の中がぱっとはなやかになる。男たち、思わず見とれてしまう。
吉田「(満面の笑みで)あれっ、早かったですね。どうぞ、どうぞ、入って」
神崎「さあ、さあ、こちらへ。(顔が緩み)いやーっ、お待ちしてました」
<つぶやき>男という生き物は、懲りないのかもしれません。それが男の性(さが)なのかも…。
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T:044「未来を映す鏡」
住宅地の中にひっそりと建つ古びた洋館。門は固く閉ざされているのだが、その前には老若男女であふれていた。老婆が不機嫌な顔で、門の中から怒鳴り散らした。
老婆「さあ、とっとと行きな! こんなとこにいられちゃ、目ざわりなんだよ!」
集まっていた人たちは、ざわざわと文句を言いながら散って行った。それを不思議そうに見ていた女が二人。老婆の方に駆け寄ってきて。
すず子「あの、何かあったんですか?」
老婆「何にもないよ」
すず子「でも…」
明日香「(すず子の腕をつかんで)ねえ、もう行こうよ」
すず子「(明日香に)だって、あれだけ人がいたんだよ。絶対、何かあったんだよ」
老婆「(明日香の顔をじっくり見て)あんた、いい顔してるね」
明日香「(恥ずかしそうに)えっ、そんな…」
老婆「美人っていう意味じゃないよ。(微笑んで)あんた、自分の未来を知りたくないか?」
明日香「みらい?」
老婆「見せてやろう。入りな」
老婆は門を開ける。明日香はためらってすず子を見る。
すず子「面白そうじゃない。見せてもらおうよ」
すず子は明日香の背中を押し、入ろうとする。それを止める老婆。
老婆「あんたはお呼びじゃないよ。とっとと行きな」
すず子「いいでしょ。あたしにも見せてよ」
老婆「(すず子の顔を覗き見て)まあ、いいだろう。後悔しても知らないよ」
部屋の中は、どこか異国の匂いがただよい、別世界に迷い込んだよう。部屋の奥に、分厚いカーテンで仕切られた部分がある。
老婆「(すず子に)じゃ、あんたからだ。そこに入りな」
すず子は嬉しそうに、カーテンの中へ。しばらくして、げっそりした顔で出てくる。
すず子「あれが、あたし? そんなはずないわよ。あたし、絶対信じないから」
老婆「信じようと信じまいと、あれが今のあんたの未来だ。さあ、今度はお前さんだ」
明日香「えっ? あたしは…」
いやがる明日香を、カーテンの中へ押し込む老婆。しばらくして出てくる明日香。
すず子「(明日香に)大丈夫? 気にしなくていいんだからね」
明日香「私は大丈夫よ。だって、ただの鏡じゃない」
すず子「なに言ってるの? あたしの時は、未来の姿が映ってたのよ」
老婆「人の未来はどうにでも変わるもんだ。自分次第でね。今日をどう生きたかだ。(明日香に)だがお前さんは、人とは違う道を歩くことになるようだ」
明日香「違う道?」
老婆「(微笑んで)あんたは、必ずまたここへ来ることになる。そういう運命さ」
<つぶやき>未来は変えられる。でも、どうにもならない運命って、あるのかもしれない。
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T:045「役者の悪夢」
とある劇場の舞台袖。ロミオの衣装を着た大山が立っている。そこへ、小道具を持った吉田が来る。吉田、大山に気づいて声をかける。
吉田「先輩、どこへ行ってたんですか? 舞台監督が探してましたよ」
大山「あっ、吉田くん…。ここはどこだ? 俺、こんなとこで何してるんだ」
吉田「もうすぐ幕が開きますよ。スタンバイして下さい」
大山「ちょっと待てよ。えっ、何が始まるんだ?」
吉田「なに冗談言ってるんですか。頑張ってくださいね、先輩」
大山「頑張るって、何を?」
吉田「ロミオですよ。先輩、あんなにやりたがってたじゃないですか」
大山「バカ。俺が、ロミオなんてやれるわけないだろ。だって、その役は…」
舞台のベルが鳴る。
吉田「本番まで、あと十分ですよ。舞台監督には、僕からOKだって伝えときますから」
吉田、そのまま暗闇に消える。
大山「ちょっと、OKのわけないだろ。俺、台詞だってまともに覚えてないんだぞ」
暗闇からティボルトの衣装を着た花沢が現れる。
花沢「(大山を見て)ふん、ずいぶん年寄り臭いロミオだな」
大山「花沢…。どうしてお前、ロミオじゃないんだ」
花沢「どうして。こっちが訊きたいですよ。先輩、演出になに言ったんですか?」
大山「いや、俺は何も…。そうだ。替わってくれよ、ロミオはお前じゃなきゃ」
花沢「イヤミですか。せいぜい頑張って下さい。俺、本気で行きますから、そのつもりで」
大山「何だよ。本気って?」
花沢、暗闇に消える。入れ替わりに、ジュリエット役の久美が来る。
久美「先輩、よろしくお願いします」
大山「あっ、久美ちゃん。(しどろもどろになり)いや、俺は…。こんな…はずは…」
久美「あたし、大山先輩とやれるなんて夢のようです」
大山「だから、そうじゃなくって…。お、俺なんかじゃ…」
久美「実は、あたし…。先輩の舞台を観て、女優になりたいって思ったんです」
大山「えっ、お、俺なんかの…」
久美「あたし、まだまだ未熟ですけど、先輩のような役者になりたいんです」
大山「そ、それは、どうかな…。お、俺なんかより…」
久美「あっ、すいません。本番前にこんなこと…。じゃ、よろしくお願いします」
久美、暗闇に消えていく。ひとりになった大山、おろおろして。
大山「どうすんだよ。こんなにハードルあがっちゃって。今さら、やめられないじゃないか。(暗闇に向かって)おーい、吉田くん。いないの? ちょっと頼みがあるんだけどさ」
暗転。居酒屋のざわめき。その中で、吉田の声が聞こえてくる。
吉田(声)「先輩、起きて下さいよ。もう、帰りますよ。ねえ、先輩!」
<つぶやき>役者になると、こんな夢を見ることがあるみたい。夢でもドキドキですね。
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T:046「最終兵器」
とある私立病院の診察室のひとつ。看護婦が患者を案内して入ってくる。
先生「どうされました?」
先生、患者の顔を見て一瞬、息が止まる。患者、先生の前に座る。
看護婦「先生。お願いします」
先生「あ、ああ…。(患者と目を合わさずに)今日は、どうされました…」
患者「あの、先生。実は…、ご相談したいことがありまして」
先生「相談? えっと、あの…。(看護婦に)君、あれだ…」
看護婦「はい?」
患者「先生。あたし、そんなに魅力ありませんか?」
先生と看護婦、思わず患者の顔を見る。
患者「女性として、どうなのかなって…」
先生「いや、ええっと…(看護婦の方を見る)」
看護婦「あ…、はい。もちろん、そんなことは…」
患者「夫は、あたしのこと、まったく見てくれないんです。話をしていても上の空で…」
先生「えっと、そういうことでしたら、別の先生を…」
患者「休みの日なんか、うちでゴロゴロしてて、家のこと何もしてくれないんです」
先生「それは、仕事が忙しいからじゃ…」
患者「あたし、別に無理なこと言ってるんじゃないんです。ただ、せっかく二人でいるのに…」
先生「そういうことはですね、ご主人と話し合われた方が…」
患者「あたし、何度もそうしようとしました。でも、ぜんぜん…(涙ぐむ)」
先生「あのですね、ここは病院ですから…。他の患者さんもみえますし…」
患者「ここでも、私の話しを聞いてくれないんですか」
先生「そうじゃなくて…。(言葉を荒げて)場所をわきまえろよ」
看護婦「(たしなめるように)先生、そういう…」
先生「あっ…。いや、これは、あれで…」
看護婦「(患者に)すいません。まだ、お若い先生なので、失礼なことを…」
患者「いえ、いいんですよ。慣れてますから」
看護婦「えっ?」
先生「(看護婦に)あの、ここはいいから、君は、ちょっと、はずしてもらえないかな」
看護婦「何を言ってるんですか、先生。私がいないと…」
先生「大丈夫だから、もう、あれだ…、あの…」
患者「あたしは、別にかまいませんよ。いてもらった方が、いいかもしれません」
先生「(患者に)あのな、そういうこと言うなよ」
看護婦「先生、また」
先生「だから…。これは、あれで…」
患者「(おもむろに白紙の離婚届を出して)時間はかかりません。三分ですみますから」
<つぶやき>奥さんには感謝の気持ちを伝えましょう。夫婦円満の秘訣かもしれません。
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T:047「恋の方程式」
初秋の公園。緊張した面持ちの五郎がやって来る。少し離れてその後ろに、重い足取りの友里がついて来ていた。公園のベンチに座っていた春菜が、五郎を見つけて。
春菜「五郎さん!(と笑顔で手を振る)」
五郎はますます緊張して、ぎこちない歩き方になる。春菜の前に来ると、心臓が飛び出さんばかりに騒ぎ出す。春菜は、五郎の後ろに友里がいるのに気付いて動揺する。
春菜「どうして、友里がいるの?」
友里「(戸惑いながら)いや、あの、私は…」
春菜「あたし、今日は五郎さんとデートだって言ったよね。それ、知ってて…」
友里「だから、私…、来るつもりなかったの。って言うか…」
五郎「あの、ぼ、僕が呼んだんです。一緒に来てくれって」
春菜「えっ? 五郎さん、そんな…」
五郎「あの、春ちゃんと知り合えたのも、こいつのおかげだし…。やっぱり、ちゃんと立ち会ってもらおうかなって…。ハハハ…(ぎこちなく笑う)」
友里「あの…、私、もう行くね。その方が…(その場を逃げ出そうとする)」
五郎「(友里を追いかけ腕をつかみ、小声で)何だよ。いてくれるって言っただろ」
友里「(小声で)だって、私がいたら…。(春菜の方を覗き見て)もう、イヤだ」
五郎「(小声で)幼なじみだろ。少しは協力しろよ」
友里「(小声で)だって…。何で私が、あんたの告白に付き合わなきゃいけないのよ」
五郎「(小声で)犬に噛みつかれそうになったとき、誰が助けてやったんだよ」
友里「(思わず大きな声で)それって、小学生のときの話でしょ。なんで…」
春菜「(二人の側に来て)ねえ、二人で何やってるのよ」
五郎「いや、何でもないんです。こいつが変なこと言うもんだから…」
友里「私は、別になにも…」
春菜「(二人の間に割って入り五郎に甘えるように)ねえ、今日はどこへ行こうか?」
五郎「あの、その前に…。ちょっと、だいじな話が」
春菜「(笑顔で)なあに?」
五郎、友里の方を見て、ひとりで何度も肯く。友里は、いたたまれずに目をそらす。五郎、心を決めて春菜の前に立つ。口の中がカラカラになっている。
五郎「あ、あの…(声がうわずってしまう)」
五郎、小さく咳払いをする。気を取り直して、春菜の方を向く。
五郎「ぼ、僕と…。あの…、僕は、君のこと…」
突然、友里が二人の間に入り、五郎の口をふさぐようにキスをする。五郎は驚き呆然となり、されるがままになっている。
春菜「そんな……」(哀しみのあまり、涙があふれてくる)
春菜、その場から逃げるように走り去る。友里、我に返り春菜に叫ぶ。
友里「春菜! 私、そんなつもりじゃ…。ごめんね。ほんとに、ごめんなさい…」
<つぶやき>恋はいつの間にか、本人も気づかないうちに芽生えてしまうものなのかも。
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T:048「ひとおし」
とある会社の資料室の前。入口で中の様子をうかがっている則夫(のりお)。そこへ、先輩の夏美(なつみ)が通りかかる。夏美はそっと後ろから声をかける。
夏美「(ささやくように)何してるの?」
則夫「(驚いて)わっ…」
則夫、振り返って夏美だと分かると、彼女を少し離れた場所へ引っぱって行く。
夏美「なに…、何なの。もう、どうしたのよ」
則夫「(落ち着きなく)いや、別に何もないですよ。先輩こそ、どうしたんですか?」
夏美「それは、こっちが訊いてるんでしょ。中に誰かいるの?」
則夫、資料室の方を見せないように、ぎこちなく壁になって、
則夫「いや…、なに言ってるんですか。誰も、いませんよ。絶対…」
夏美「あやしーい」
夏美、則夫の目を見る。則夫、視線をそらす。その隙に、夏美はすり抜けて、資料室へ走り中を覗く。
夏美「あっ……。佐々木さん?」
夏美、中に入ろうとする。それを止める則夫。また引っぱり出す。
則夫「ダメですよ、先輩」
夏美「もう、何なのよ。ねえ、彼女どうしたの? なんか、泣いてるみたいだったけど」
則夫「よく分からないんですが、神崎課長に何か言われたみたいなんです」
夏美「えっ。あの課長、また新人いじめかよ。まったく、しょうがないなぁ。で、あんたはなに覗いてたの」
則夫「いや、僕は…。ちょっと、心配で…」
夏美「まったく…。今がチャンスでしょ。彼女に、優しい言葉でもかけてやりなよ」
則夫「えっ、でも、僕なんかが…」
夏美「あんたさ、佐々木さんのこと好きなんでしょ」
則夫「(あわてて)ぼ、僕は、そ、そんな…」
夏美「彼女が入社してきた時から、目つきが違ってたもんなぁ。ずっと、彼女のこと見てるでしょ。みんな気づいてるわよ。あんたが佐々木さんのこと、どう思ってるか」
則夫「えっ…。そうなんですか?」
夏美「(からかうように)気づいてないのは、佐々木さんだけかもね」
則夫、大きなため息をつく。
夏美「なに落ち込んでるのよ。まだ、何も始まってないでしょ。さあ、行ってきな」
則夫「えっ、行くって?」
夏美「彼女のところに決まってるでしょ。今、気持ちを伝えないでどうするのよ」
則夫「でも、今は…」
夏美「しょうがないなぁ。だったら、彼女のそばにいるだけでもいいから。行きな」
夏美、則夫の背中を押して、資料室へ入れてしまう。彼女の方へ歩き出す則夫。
<つぶやき>何か決断するとき、誰かに背中を押してもらいたい。そう思うことって…。
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T:049「タイムスリップ」
現在は使われなくなった倉庫。その一角に、着物姿の女が縛られている。その近くには、痩せていて神経質そうな男1と、小太りで間の抜けた男2がいる。
男1「俺は金持ちそうな女の子を連れて来いって言ったんだ。(女の指さし)何だこれは?」
男2「そうなんだけど…。でもね、ほら、よく見てよ。まるで、お姫様みたいだろ」
男1「あのな、こんな女連れて来たら、あとあと面倒だろが。分かってんのかよ」
男2「でも、金持ちってのは間違いないよ。俺、訊いたんだ。あんたの家は金持ちかって」
男1「バカか。そんなこと訊いたら、いっぺんに怪しまれるだろ」
男2「言ったんだよ。私はお城に住んでるって。お付きの人が何人もいて…」
男1「そんな女、どこにいるんだ。こんなのな、ただのコスプレの歴女のバカ女だ」
猿ぐつわをされた女が、何かを言いたくてウーウー声をたてる。
男1「うるさい! 静かにしてないと、ただじゃすまないぞ」
男2「ダメだよ。恐がってるじゃないか。きっと、きつく縛りすぎてるんだ。ちょっと、緩めてやろうよ」
男1「もう、勝手にしろ」
男2「(女に)な、いいかい。騒いじゃダメだぞ」
女、ウーウー言いながら首を縦にふる。男2、猿ぐつわをはずしてやる。
女「(気品のある声で)私を誰だと思っているの。こんなことをして、あなた達こそ…」
男1「黙れ! いいか、それ以上何か言ったら、どっかへ売り飛ばしてやるからな」
男2「えっ、ダメだよ。そんなことしちゃ、かわいそうだ」
男1「(男2に詰め寄り)お前がヘマしたからだ。金にならなきゃ、俺たち終わりなんだぞ」
女「そんなに金子(きんす)が欲しいのか? なら、この縄を解きなさい」
男1「何だと。お前、何様のつもりだ。俺たちがその気になったらな…」
女「いいか、よくお聞きなさい。父上にお前たちを家来に取り立てるよう、私からお願いしてあげます。きっと、父上は私の言うことを…」
男1「(笑って)この女、バカじゃないのか。そんな嘘、誰が信じると思ってるんだ」
男2「(男1に)なあ、とりあえず、連絡してみるのはどうだろ? きっと、こいつの親も心配してると思うんだ。きっと、俺たちに金をくれるさ」
男1「そうだな。それしかないか。(女に)おい、お前んとこの電話番号を教えろ」
女「でんわばんごう? それは、何だ?」
男1「はぁ? 電話だよ。お前の親と連絡をとるんだ」
女「なら、文(ふみ)を書きます。この縄をほどきなさい」
男1「電話もねえのか。どんな家に住んでるんだ」
女「(凜として)早くなさい!」
男2「(驚いて)はい」(女の縄を解いてやる)
女、すかさず男2を押し倒し、そばにあった棒切れで、男たちを叩きのめす。
女「さあ、お前たちは今から私の家来です。私のために、しっかり働きなさい」
男たち、女の気高さに圧倒されて、その場にひれ伏してしまう。
<つぶやき>いつの時代も、女性は強くたくましいのです。きっと、この先の未来でも…。
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T:050「カバに好かれた男」
どことも知れぬ場所。男が疲れきった足取りでやって来る。
男「(うわごとのように)本当にいるんだ。いるんだよ、そこに…。そこに…」
男は後ろを振り返り、何かの気配に怯え、よろめき倒れ伏す。
いつの間にか、男の背後に女が立っていた。女はしばらく男を見つめていたが、
女「どうしたんですか? あなた、こんなところで何をしているの」
男「(ゆっくりと顔を上げながら、消え入るような声で)誰だ。誰かいるのか?」
男、後ろを振り返る。しばらくの間。女は、意味ありげに微笑む。
女「あなたは、だあれ?」
男「俺は…。――いいんだ。もう行ってくれ。俺にかまうな」
女「でも…。あなた、少し変よ。普通じゃないわ」
男「そうさ。俺は普通じゃない。そんなこと分かってる。もう充分…」
女「あたしに出来ることはない?」
男「(悲嘆に笑い)ハハハ…、君に何ができるんだ。そんな、きゃしゃな身体で」
女「あたし、見た目よりは力はあるのよ。何も心配はいらないわ」
男「お前も変わってるな。じゃ、俺の話を聞いてくれるか?」
女「(優しく微笑み)ええ、いいわよ」
男「俺には見えるんだ。そいつは、いつも俺の後ろにいて、俺のことを狙ってる」
女「誰かに追われているの?」
男「誰か…。――そいつは人じゃない! カバだよ、でかい口を開けた」
女の表情が一瞬変わる。が、すぐにもとに戻り、男はそれに気づかない。
男「(絞り出すように)何で俺なんだ。俺が、何をしたって言うんだ」
女「そう。あなたにはカバが見えるのね」
男「いいさ、どうせお前も信じちゃ…」
女「あたし、信じるわ」
女、男に手を差し出す。間。男、神にすがるようにその手を取る。男、ゆっくりと立ち上がる。見つめ合う二人。が、男の頭にまた不安がよぎる。
男「(女の後ろに隠れ子供のように怯えて)いる。あいつが、こっちをにらんでる」
女「心配しないで。あたしが助けてあげる」
男、力が抜けるようにひざまずく。女、男から離れて。
女「あたし、飼ってたウサギが死んじゃって。でも、その子がね、あたしの前に現れて言うのよ。カバに好かれてる人を探してって」
男「何だよ、それ…」
女「(男を抱き寄せ)良かったわ。これで、あの子がまた戻って来てくれる」
男の顔に苦悶の表情がうかぶ。女、男から離れる。男の身体にナイフが刺さっている。
男「(すべてを悟ったように)ああ…。ありがとう。これで、ぐっすり眠れるよ」
男、ゆっくりと崩れていく。女は、聖母のように男を見つめる。
<つぶやき>誰かのために、誰かが犠牲を払う。でも、本当にそれでいいんでしょうか。
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超短編戯曲End