書庫 ブログ版物語601~

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T:0601「情報を制するもの」
 軍服(ぐんぷく)を着た男が、女に歩(あゆ)み寄(よ)って言った。「君(きみ)は、ダンカン将軍(しょうぐん)のことで話があるとか」
 女はおずおずと、「あたし、バーで女給(じょきゅう)してて…。お店(みせ)には軍人(ぐんじん)さんも大勢(おおぜい)来るから、いろんな話を聞けるんです。だから…」
 ダンカンとこの男は、軍の中で権力争(けんりょくあらそ)いをしていた。どちらがこの国を支配(しはい)するのか、それによってこの国の運命(うんめい)まで変わってしまうのだ。女は男の耳元(みみもと)で何かをささやいた。そして、紙切(かみき)れを手渡(てわた)した。男はそれを見ると顔色(かおいろ)が変わり、部屋を飛び出して行った。
 女は部屋の中で一人になると、目つきが変わった。男の机(つくえ)の上にある端末(たんまつ)を操作(そうさ)して、ある情報(じょうほう)をペンダント型の記憶媒体(きおくばいたい)にダウンロードした。女が部屋を出ようとしたとき、さっきの男が戻(もど)って来た。女は驚(おどろ)いて立ち止まる。男は女の前に立ちふさがり、
「やっぱり、お前は敵国(てきこく)のスパイだな。何をねらって来たんだ?」
 男は女からペンダントを取り上げると、女の服(ふく)の襟(えり)をつかんで嫌(いや)らしい笑(え)みを浮(う)かべて言った。「じっくりと、その身体(からだ)に教(おし)えてもらおうか?」
 女は不敵(ふてき)な笑(え)みを浮(う)かべて、「いいわよ。でも、あなたにできるかしら?」
 男は女の首(くび)をつかんで言った。「お前が行くのはベッドじゃなく、暗い監獄(かんごく)の拷問(ごうもん)室だ」
 軍服の男たちが入って来て、女を引きずるように部屋から連れ出して行った。男はほくそ笑んでささやいた。「これで、俺(おれ)はすべてを手にすることができる。ハハハハ」
 その日のうちに、男は何者かに暗殺(あんさつ)された。そして、女は密(ひそ)かに国外退去(こくがいたいきょ)となった。
<つぶやき>いろんな人の思惑(おもわく)が交差(こうさ)して、もう何が何だか分かんなくなってきてます。
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T:0602「純情乙女」
 東京(とうきょう)の大学(だいがく)に入学(にゅうがく)した青年(せいねん)が二年振(ぶ)りに帰省(きせい)した。実家(じっか)の前まで来たとき、隣(となり)の家から出て来た若(わか)い娘(むすめ)とぶつかった。その娘は青年の顔を睨(にら)みつけたが、急に顔をそむけた。
 青年は娘の顔を覗(のぞ)き込み、「あれ、みっちゃん? みっちゃんじゃないか」
 娘は背(せ)を向けた。青年は娘の変わりように驚(おどろ)いて、
「どうしたんだ? 髪(かみ)、染(そ)めちゃって…。まだ高校生だろ。何でそんな――」
 娘はキッと青年を見て呟(つぶや)いた。「お前のせいだ。お前なんか…」
「なあ、何があった? ちゃんと学校行ってるのか。悪(わる)い仲間(なかま)と――」
「うるせえな。お前には関係(かんけい)ねえだろ。親(おや)でもないのに…」
「幼(おさな)なじみだろ。心配(しんぱい)するさ。小さいころからずっと見てきたんだ」
「もう、ほっといてよ。あたしは…、もう昔(むかし)のあたしじゃないの」
「なに言ってんだ。みっちゃんは、みっちゃんだろ。あの無邪気(むじゃき)で可愛(かわい)い――」
「じゃあ、何で答(こた)えてくれなかったの? あたし、告白(こくはく)したんだよ。それなのに…」
「えっ、告白? 誰(だれ)に?――俺(おれ)? ちょっと待ってくれ。えっ…、それっていつ?」
「大学に合格(ごうかく)したときだよ。あたし告白したよね。ちゃんと、勇気(ゆうき)だして、したんだから」
 青年はしばらく考えてみたが、「いやいやいや…。ごめん、告白されたなんて…」
「何で! あたし、ちゃんと言ったじゃない。あたしも行きたいって!」
<つぶやき>この後、もう一度告白したようです。さて、乙女(おとめ)の恋(こい)は実(みの)ったのでしょうか?
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T:0603「嵐を呼ぶ男」
 私の彼はちょっと変わってるの。彼とのデートは、いつも何かが起(お)こるんだ。
 初めてのデートの時は、台風(たいふう)が来てしまった。だから、どこへも行けずに中止(ちゅうし)になった。次の約束(やくそく)の日は、突然(とつぜん)の大雨(おおあめ)になってしまって…。ずぶ濡(ぬ)れになった私は、風邪(かぜ)をひいて三日間寝込(ねこ)んでしまった。
 一週間後のデートの日は、大風(おおかぜ)が吹(ふ)いていて大変(たいへん)だった。彼は私に風が当(あ)たらないようにと風上(かざかみ)に立ってくれて…。それでも、私の髪(かみ)はグチャグチャになってしまった。スカートをはいて行かなくて良かったわ。
 彼は私に会うたびに、ごめんねって言ってくれる。そして、
「僕(ぼく)は、嵐(あらし)を呼(よ)んでしまう男だから…。きっと、これからも僕に会うときは大変かもしれない。それでも、僕と付き合ってくれるかい?」
 私は彼に答(こた)えたわ。「そんなの平気(へいき)よ。だって、あなたと会うときは、いつもエキサイティングなんだもの。これから何が起こるか、ワクワクするわ」
 そんなことを言ってしまう私って…。私も、変わってるのかもしれないわ。今日も彼とデートの約束をしている。窓(まど)の外を見ると、大きな雲(くも)が湧(わ)き上がっていて、遠(とお)くで雷(かみなり)のゴロゴロという音がかすかに聞こえてきた。――今日は、彼がプロポーズしてくれるかもしれないわ。私は胸(むね)を躍(おど)らせて、大きなバッグの中に雨具(あまぐ)をしのばせた。
<つぶやき>雨男(あめおとこ)ならぬ嵐男ですか。彼と付き合うには相当(そうとう)の覚悟(かくご)が必要(ひつよう)かもしれません。
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T:0604「雪山」
「もう少しだ。ほら、頂上(ちょうじょう)が見えるだろ。がんばれ!」
 男は後ろを向いて、女に言った。だが、女は雪(ゆき)の斜面(しゃめん)に座(すわ)り込んでしまって身動(みうご)きできない。男を見上げると苦(くる)しそうに言った。
「もう無理(むり)よ。あなただけでも、行ってちょうだい。私、ここで待ってるから…」
「なに言ってるんだ。お前をおいて行けるわけないだろ。それに、お前と一緒(いっしょ)じゃないと意味(いみ)ないんだ。二人で頂上に立つって約束(やくそく)したじゃないか」
「ほんとに無理なの。もう一歩も歩けないわ。だから、行って!」
「分かった。じゃ、山を降(お)りよう。……無理をさせて、すまなかった」
「ダメ、そんなのダメよ。この山を征服(せいふく)するのが、あなたの夢(ゆめ)だったじゃない。今までしてきたことが、無駄(むだ)になっちゃう」
「いいんだ。またいつでも登(のぼ)れるさ。次は、必(かなら)ず二人で成功(せいこう)させよう」
 その時、下の方から坊主頭(ぼうずあたま)の白髭(しろひげ)を長く伸(の)ばした老人(ろうじん)が、ひょうひょうと登って来た。二人の姿(すがた)を見て、老人は言った。
「こんな雪の日に登らんでもいいのに。大変(たいへん)だろ? 明日になればきれいに溶(と)けちまうから、また来なさい。この山は逃(に)げやせんからな。ハッハッハッ」
 老人はそう言うと、軽々(かるがる)とした足取(あしど)りで頂上へと向かって行った。二人は老人を見送(みおく)ると、信じられないとうい顔で見つめ合った。
<つぶやき>この老人は何者(なにもの)なのでしょう。仙人(せんにん)、それとも偉(えら)い修行僧(しゅぎょうそう)なのかもしれない。
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T:0605「しずく36~盟友」
 神崎(かんざき)つくねは、柊(ひいらぎ)あずみの意外(いがい)な面(めん)を見てしまって、このことをどう理解(りかい)すればいいのか戸惑(とまど)っていた。あずみは、そんなことまったく気にしない様子(ようす)で、
「なに? 何か問題(もんだい)でもあるの?」
「いえ、そう言うわけじゃ…。でも、どうして…」
「ああ…」あずみは携帯(けいたい)をつくねに見せて、「これね。私たちと同じ能力者(のうりょくしゃ)よ。千里眼(せんりがん)の能力(ちから)があって、とっても頼(たよ)りになる人よ。…性格(せいかく)には、問題あるけどね」
 あずみの言い方に、ちょっと刺(とげ)があるように感じたつくねは、これ以上訊(き)かない方がいいのかと思った。あずみは、つくねの心中(しんちゅう)を察(さっ)したのか、
「イヤだ、そういうんじゃないのよ。この人とは腐(くさ)れ縁(えん)でね。ちょうど、あなたとしずくみたいなもんよ。出会ったときからいろんな……。もう止めましょ。今は、昔(むかし)の話をしてる時じゃないから。しずくが待ってるわ」
 つくねは肯(うなず)くと、窓(まど)の方へ向かった。そこから外へ出ようとしたのだ。でも、あずみはつくねの肩(かた)に手を置(お)いて、自分の方へ引き寄(よ)せると言った。
「時間が無いわ。飛(と)ぶわよ。いい、私にしっかりつかまってて」
 つくねがあずみの身体(からだ)に手を回すと、二人の姿(すがた)は忽然(こつぜん)と消えた。後に残(のこ)されたのは、窓の外に転(ころ)がっているつくねの靴(くつ)だけだった。
<つぶやき>どうでもいいことなんですが、この靴ってどうなっちゃうの? 気になる。
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T:0606「お嬢さま」
 私には好(す)きな人がいる。好きといっても私の片思(かたおも)いだけど。彼は同じクラスで、どちらかというと目立(めだ)たない人。格好(かっこ)良くもないし、クラスの人気者(にんきもの)でもない。でも、とっても優(やさ)しいの。こんな私にも、気づかってくれて…。
 私、思い切って告白(こくはく)しようと思った。でも、なかなか彼と二人っきりになれなくて…。それが、その機会(きかい)がやっと来た。放課後(ほうかご)、先生(せんせい)に呼(よ)ばれた私は職員室(しょくいんしつ)から戻(もど)ってみると、教室(きょうしつ)には彼が一人だけ残(のこ)っていて。私は、思わず彼に話しかけた。
「あの、矢野(やの)君。私、話したいことがあるの。聞いてくれる?」
 彼が、私を見た。私は、顔が熱(あつ)くなって、胸(むね)がドキドキしてきた。私が告白しようとしたその瞬間(しゅんかん)、私の後ろから声がした。「あら、二人で何してるの?」
 それは、金城由依(かねしろゆい)。お嬢(じょう)さまと、みんなから呼ばれていた。家はお金持ちで、学校で一番の美人(びじん)。そしてとんでもない勘違(かんちが)い女だ。クラスの男子(だんし)、いや学校中の男子に好かれていると思い込んでいた。まあ、彼女に話しかけられた男子は、舞(ま)い上がってしまうのは事実(じじつ)だけど…。そんな彼女が、何で矢野君に目をつけるのよ。彼女は私を見て言った。
「ひどい、矢野君を一人占(じ)めするなんて。三田(みた)さん、矢野君はあたしを待ってたのよ」
 矢野君は、お嬢さまに言った。「違(ちが)うよ。僕(ぼく)が待ってたのは…」
 ――彼は、私を見た。やっと理解(りかい)したのか、お嬢さまは何も言わずに教室を出て行った。
<つぶやき>これって両思(りょうおも)いなのかな? でも、お嬢さまがこのまま黙(だま)っているかしら。
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T:0607「思うまま」
 若者(わかもの)が、道端(みちばた)で占(うらな)いの看板(かんばん)を掲(かか)げている男に声をかけられた。
「あんさん、何か悩(なや)みごとでもあるんでっか? よかったら、見てあげまひょか?」
 若者はきょろきょろ辺(あた)りを見回(みまわ)して、「いや、僕(ぼく)は、そういうんじゃ…」
「遠慮(えんりょ)せんでもよろしいがな。寄(よ)って行きなはれ」
 若者は言われるままに近づくと、男は半(なか)ば強引(ごういん)に座らせて、若者の顔をまじまじと見つめて言った。「ははーん、分かった。――恋(こい)の悩(なや)みやないですか?」
 若者は首(くび)を大きく振(ふ)ったが、男は確信(かくしん)したようにささやいた。
「ここだけの話ですけど…。好きな人を思いのままに操(あやつ)れる薬(くすり)がおます。よかったら…」
「えっ!」若者は思わす声をあげた。「そ、そんな薬が…、あるんですか?」
「はい。ただし、あんさんがその手で飲ませんとあきまへん」
「そ、そんな…。どうすればいいんですか? 僕は、彼女に告白(こくはく)もしてないのに…。まともに話すらしたことないんですよ」
「あきまへんな。なら、声をかけなさい。で、これをこっそり飲ませば、思うままに…」
「それ、ほんとですか? ほんとに、僕の…、思うままに…」
「はい。――では、ここは勉強(べんきょう)させていただいて、三万円で、どうですか?」
「さ、三万! ちょっと高くないですか? これ、一粒(ひとつぶ)ですよね」
「なに言うてはりますの。これで、あんさんの人生(じんせい)がバラ色になるんでっせ。安(やす)い、安い」
<つぶやき>男の性(さが)と言いますか…、そんなことして恋人(こいびと)を作るなんて。絶対(ぜったい)ダメです。
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T:0608「あなた」
 手を伸(の)ばせば、そこにある。ほんの少し勇気(ゆうき)をだして…。そうすれば手に入るの。わたしの欲(ほ)しいもの。それは…、あなた。
 わたしは、あなたを自分(じぶん)のものにしたいって衝動(しょうどう)にかられている。これが恋(こい)というものなのか、わたしには分からない。でも、日に日にその衝動が抑(おさ)えきれなくなって…。自分でもどうすることもできない。あなたを見るたびに、わたしの胸(むね)はしめつけられた。
 何度、あなたから目をそらそうとしたか。でも、そのたびにあなたの姿(すがた)がちらついて…。あなたのことを探(さが)してしまう。もうあたし、あなたなしでは生きてゆけないかも。こんな苦(くる)しい思い、いつまで続くんでしょ…。
 でも、それももう終わりよ。わたし、決(き)めたわ。明日、あなたを手に入れる。そのために、今まで我慢(がまん)してきたんだもん。やっとその日が来たの。わたしは、あなたのもとへ走ったわ。そして、あなたの姿を見たとき――。
 だめ、だめよ。…どうして? あなたの横にいるのは――。あたしは、何てことを考えてるの。あたし、あなたのことは好きよ。でも、あなたの隣(となり)にはもっと素敵(すてき)な――。いけないわ、そんなこと…。わたしは、浮気(うわき)な女じゃないはずよ。わたしの一途(いちず)な思いは、こんなことで砕(くだ)けたりなんか…。でも、女心(おんなごころ)って……。
<つぶやき>あなたって、何なんでしょうね。いろんなもので想像(そうぞう)を膨(ふく)らませてみると…。
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T:0609「お嫁さんごっこ」
 小学生の娘(むすめ)が男の子を連(つ)れて帰って来た。こんなことは初(はじ)めてだ。私は目を丸(まる)くした。娘はソファに深々(ふかぶか)と座(すわ)ると、その男の子に言った。
「よっちゃん。あたし、おなか空(す)いちゃった。なにか作ってよ」
 私は驚(おどろ)いた。ママと同じことを言うなんて…。私は、娘に言った。
「あかね、そんなこと頼(たの)んじゃだめだよ。お客(きゃく)さんなんだから」
 娘は嬉(うれ)しそうに、「あら、あたし、よっちゃんのお嫁(よめ)さんになるのよ。いいでしょ」
 娘の口からお嫁さんなんて言葉(ことば)を聞くなんて。それも、こんなに早(はや)く。父親(ちちおや)としては、何とも複雑(ふくざつ)な心持(こころも)ちになった。だが、そんなこと言ってる場合(ばあい)じゃない。いけないことはいけないと、はっきり娘に教(おし)えてやらなくては…。そうだ、父親として。
 私が娘に向(む)き直(なお)ったとき、後ろから男の子が言った。
「いいよ。僕(ぼく)、たまにママのお手伝(てつだ)いしてるから。なにが食べたいの?」
「そうねえ…。じゃあ、ホットケーキがいいわ」
 その時だ。ママが帰って来た。娘はママに駆(か)け寄(よ)ると、自慢(じまん)するようによっちゃんのことを話した。ママは娘を抱(だ)きしめると、
「よかったわねぇ。ママも、パパと結婚(けっこん)したからこんなに幸(しあわ)せになれたのよ。あかねも、絶対(ぜったい)に逃(に)がしちゃだめだからね。分からないことがあったら、何でもママに訊(き)きなさい」
<つぶやき>子供は親に似(に)るといいますが、たくましい娘に育(そだ)つんじゃないかと思います。
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T:0610「しずく37~間一髪」
 月島(つきしま)しずくは、水木涼(みずきりょう)に操(あやつ)られるまま、大木(たいぼく)に下がっているロープの前まで来てしまった。しずくの手がロープをつかんで、頭を輪(わ)の中へくぐらせる。しずくには、それを止めることができなかった。涼は楽しげに言った。
「さあ、最後(さいご)の時よ。何か言い残(のこ)すことがあれば、聞いてあげるけど?」
 しずくは震(ふる)える声で言った。「私が、何をしたっていうの? あの時、約束(やくそく)したじゃない。忘(わす)れちゃったの? 私たちが、初めて会ったとき…」
「なに言ってるの。そんなの知らないわよ。さあ、始めましょうか」
 涼が手を上げると、ロープが動き出した。ずるずると、まるで蛇(へび)のように上がって行く。ロープがしずくの首(くび)をゆっくりと絞(し)め始めた。少しずつ身体(からだ)が浮(う)き上がり、かかとが地面(じめん)から離(はな)れていく。涼は、苦(くる)しんでいるしずくを笑(わら)いながら見つめていた。だが、その涼の顔に苦痛(くつう)の表情(ひょうじょう)が現れた。頭痛(ずつう)のために涼が自分の頭に手をやると、ロープの動きが止まった。しずくは涼に向かって声を上げた。「やめて! お願(ねが)いよ…」
 その時だ。二人の前に、柊(ひいらぎ)あずみと神崎(かんざき)つくねが現れた。次の瞬間(しゅんかん)には、しずくの身体はあずみに抱(だ)きかかえられていた。あずみはロープを首から外(はず)して、二人はその場に倒(たお)れ込む。つくねはパチンコを構(かま)え、涼に狙(ねら)いを定(さだ)めて打ち込もうとしていた。
 しずくはそれを見て叫(さけ)んだ。「だめ! やめてぇ!!」
<つぶやき>ほんと間に合ってよかったです。でも、何で涼はこんなことしたんでしょう。
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T:0611「非常事態」
 外(そと)は大雨で強い風が吹(ふ)き荒(あ)れている。男は必死(ひっし)に玄関(げんかん)の戸(と)を押(お)さえていた。手を放(はな)したら最後(さいご)、この家は倒壊(とうかい)してしまうだろう。それほど古(ふる)い家だった。男は大声で叫(さけ)んだ。
「アイちゃん! ちょっと手を貸(か)してくれないか! このままじゃ…」
 部屋の中には女がいた。女は爪(つめ)にネイルを塗(ぬ)りながら、イヤホンで音楽(おんがく)を聴(き)いていた。どうやら男の声は届(とど)かないみたいだ。男は、さらに声を張(は)り上げた。女はやっと気づいたようで、「なに? いま、手がはなせないの。無理(むり)いわないで…」
 女は両手の指(ゆび)を立てながら、玄関の方へ歩いて行った。男は女が来たのを見ると、
「何してるんだよ。ちょっと手を貸してくれ。俺(おれ)だけじゃもう…」
「いやよ。あなたが何とかしてよ」女は自分の手を男に見せて、
「今のあたしは何もできないの。見ればわかるでしょ。それに、あなた言ったじゃない。これからは、俺が全部面倒(めんどう)見てやるからって」
「そりゃ、言ったけど…。今は、非常事態(ひじょうじたい)なんだ。頼(たの)むよ」
「あたし、こんなぼろい家だなんて知らなかったわ」
「悪(わる)かったよ。でも、始めに言っただろ。最初(さいしょ)から贅沢(ぜいたく)はできないって」
「それにしたって、これはひどすぎよ。あたし、帰ろかなぁ…。今ならまだ…」
 その時、突風(とっぷう)が襲(おそ)ってきた。男は、必死に踏(ふ)ん張(ば)りながら、
「その話、後(あと)にしないか? 今はこの状況(じょうきょう)を二人で乗(の)り切ろうよ。そうじゃないと――」
<つぶやき>嵐(あらし)は外(そと)だけじゃなく、家の中にも静(しず)かに吹き荒れていたのかもしれません。
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T:0612「無限空間」
「くそっ。やっぱりだめだ。暗証(あんしょう)番号を入れないとこの扉(とびら)は開(ひら)かない」
 男は扉の前で焦(あせ)る気持ちを抑(おさ)えて言った。さっきから警報(けいほう)が鳴(な)り響(ひび)き、どこからか人の叫(さけ)ぶ声が聞こえてきた。そばにいた女が、男を押(お)し退(の)けて言った。
「代(か)わって。わたしがやってみるわ。見張(みは)っててよ」
 女は頭に浮(う)かんが番号(ばんごう)を打ち込んでいく。すると、ロックが外(はず)れる音がした。
「お前、どうやったんだ? 何で、番号を知ってるんだよ」
「そんなこと…、わたしは適当(てきとう)にやっただけよ」
 扉が開くと、二人は手を取り合って駆(か)け出した。
 次の瞬間(しゅんかん)――。気がつくと、二人は扉の前に戻(もど)っていた。男が扉を開けようと必死(ひっし)になっている。でも、どうやっても扉は開(あ)きそうもない。
「くそっ。やっぱりだめだ。暗証番号を入れないとこの扉は開(ひら)かない」
 女は呆然(ぼうぜん)としていたが、男を押し退けると言った。「わたしが、やってみるわ」
 女は暗証番号を打ち込んだ。すると、ロックが外れて扉が開いた。
「お前、どうやったんだ? 何で、番号を知ってるんだよ」
「きっと、何度もやってるからよ。さあ、行って。わたしはここに残(のこ)るわ。何かを変えないと、たぶん永遠(えいえん)に同じことの繰り返しなのよ。あなただけでも、ここから逃(に)げて!」
<つぶやき>男なら、彼女を置(お)いていくなんてできないですよ。何があっても離(はな)れないで。
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T:0613「甘え上手」
 あいつは女子(じょし)に取り入るのが上手(うま)かった。いつの間にか仲良(なかよ)くなって、女子の輪(わ)の中に入って行く。俺(おれ)は、別に羨(うらや)ましいなんて思ってないけど…。でも、あいつがときどき俺の方を見て、どや顔(がお)をするのが気に食(く)わない。
 最近(さいきん)は保健室(ほけんしつ)に入り浸(びた)っているようだ。女子だけじゃなく、保健の先生(せんせい)にちょっかいだすなんて、絶対許(ゆる)せねえ。あの先生は、俺たちの憧(あこが)れの――。
 この間、保健室を覗(のぞ)いたとき、あいつがいて…。よりによって、あいつが先生に頭を撫(な)でられているとこを目撃(もくげき)してしまった。俺は、俺は、別に羨ましいなんて…。
 俺は心を決(き)めた。俺も、あいつのように――。どうすれば良いのかちゃんと分かってる。今まで、あいつのしていたことは全部(ぜんぶ)頭の中に入ってるんだ。後(あと)は行動(こうどう)に移(うつ)すだけだ。
 放課後(ほうかご)、俺は保健室を覗いてみた。生徒(せいと)は誰(だれ)もいなくて、先生だけが机(つくえ)に向かって仕事(しごと)をしていた。俺は保健室に入ると、あいつのしてたように声をかけた。多少、声がうわずってしまったが、これでつかみはOKだ。――そのはずだった。
 でも、先生は大笑(おおわら)いして、「何やってるの? あなたには似合(にあ)わないわよ、そんなこと。ねえぇ、人には向(む)き不向(ふむ)きがあるのよ。人の真似(まね)なんてしてないで、あなたらしいアプローチをしなさい。そうじゃないと、恋人(こいびと)なんてできないぞ」
<つぶやき>これが一番むずかしい。たくさん失敗(しっぱい)して、自分らしさを見つけましょう。
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ブログ版物語End