書庫 ブログ版物語701~

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T:0701「まじっ?」
「もう、何なのよ」由香里(ゆかり)はプリプリしながら教室(きょうしつ)へ戻(もど)ってきた。
 教室で待っていた美幸(みゆき)は、「遅(おそ)かったじゃない。何かあったの?」
「聞いてよ、美幸。坂本(さかもと)のやつがね、付き合えってうるさいのよ。何で私が日直(にっちょく)の仕事(しごと)を手伝(てつだ)わなきゃいけないのよ。ひどいと思わない?」
「えっ? 坂本君って日直じゃないよ。それって…、もしかしてコクられたんじゃないの?」
 由香里は一瞬(いっしゅん)かたまったが、「…いやいや、ないない、それは、ないでしょ」
「でも坂本君って、いつも由香里のこと見てると思うんだけど。どんな感じで言われたの?」
「いや、どんなって…。えっと…、だから、俺(おれ)と付き合ってくれ…って」
「間違(まちが)いなく告白(こくはく)なんじゃない? ああっ、今ごろ、坂本君、落ち込んでるんだろうなぁ。あたし、ちょっと行ってくるね。慰(なぐさ)めてあげなきゃ、かわいそうだわ」
「ちょっと待ってよ。何で、美幸が慰めるのよ。おかしいでしょ」
「だって、あたし、坂本君のこと、ちょっと気になってたのよ。でも、由香里にその気がないんなら、あたしと付き合っても問題(もんだい)ないわよね」
「ええっ! だって、あんながさつで、どうしようもないやつよ。好きになるなんて…」
「そこがいいのよ。何だか、あたしの母性本能(ぼせいほんのう)をくすぐられちゃう感(かん)じ」
「待って、私も行く。だって、私にも責任(せきにん)があるから。美幸にだけ、そんなこと――」
<つぶやき>どこに恋(こい)がころがっているか分かりませんよ。ほら、あなたの目の前に…。
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T:0702「修業」
「いいか、頭(あたま)を使うな。身体(からだ)で会得(えとく)するんだ。分かったな」
「はい…。でも、わたしは、掃除(そうじ)をするために来たわけじゃ…」
「口答(くちごた)えをするな! お前は、私に弟子入(でしい)りしたくて来たんじゃないのか? 師匠(ししょう)の命令(めいれい)は絶対(ぜったい)だ。もし嫌(いや)なら帰ってもらってもかまわないんだぞ」
「いえ…、やります。すいませんでした。わたし、がんばりますから…」
 男は彼女を残(のこ)して出て行った。彼女は、雑巾(ぞうきん)を絞(しぼ)ると廊下(ろうか)の雑巾がけを始めた。――しばらく掃除を続けていると、老人(ろうじん)がよろよろとやって来た。彼女を見て老人は言った。
「君(きみ)は、こんなところで何をしているんだね?」
「掃除ですよ。ここの、先生(せんせい)に言われて…。わたし、ここで修業(しゅぎょう)するために来たんです」
「先生? わしの知っている限(かぎ)り、ここで先生と言われているのは一人だけのはずだが」
「だから、その先生が…。あの、あなたも、ここで働(はたら)いているんですか?」
「ああ、もしかして君の言う先生というのは、真っ黒に日焼(ひや)けした身体の大きな…」
「はい、そうです。その方です。とても厳(きび)しい先生で、さっきも口答えするなって」
「それなら、ここの居候(いそうろう)だよ。掃除をするように言っておいたんだが、また逃(に)げ出したか」
「えっ、違(ちが)うんですか? そんな…、わたしはてっきり…」
「じゃ、後は頼(たの)んだよ。終わったら、お茶(ちゃ)をご馳走(ちそう)しよう。美味(おい)しい饅頭(まんじゅう)もあるからな」
 老人はそう言うと、奥(おく)の部屋へ入って行った。もしかして、この老人が…。
<つぶやき>何かを会得するためには、厳(きび)しい修業が必要(ひつよう)なんですね。楽をしていては…。
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T:0703「グウェ」
 山道(やまみち)を登(のぼ)っていく取材班(しゅざいはん)。レポーターの女性がマイクを手に、
「ここが未確認生物(みかくにんせいぶつ)のグウェが棲息(せいそく)している場所(ばしょ)だということです。とても景色(けしき)が良い所なんですが、取材場所を公開(こうかい)しないという条件(じょうけん)での取材ですので、その景色をお見せすることはできません。――ねえ、カメラさん。回りを撮(と)らないように気をつけてね」
 しばらく行くと、待(ま)ち合わせの場所にたどり着いた。そこで待っていたのは、ちょっと場違(ばちが)いな雰囲気(ふんいき)の男性だった。彼女は彼に近づいてマイクを向けた。
「あなたが情報(じょうほう)を提供(ていきょう)していただいたKさんですか?」
 男性はちょっと緊張(きんちょう)した感じで答(こた)えた。「ええ、そうです。私が…」
「早速(さっそく)なんですが、そのグウェのことについて教えていただけますか?」
「ああ、はい。グウェというのは、ヒマラヤの雪男(ゆきおとこ)とかロッキー山脈(さんみゃく)のビッグフットに匹敵(ひってき)する生物(せいぶつ)なんです。ええ、体長(たいちょう)は2メートルほどで、人間のように二足歩行(にそくほこう)をして…」
「あなたは、目撃(もくげき)したことがあるんですか?」
「いえ、そう簡単(かんたん)には…。私は20年追(お)いかけてますが、なかなか…」
「では、この辺りの住人(じゅうにん)の方が目撃してるんですか? それとも昔の文献(ぶんけん)に出ていたとか」
「いや、それはどうでしょうか…。私は、聞いたことありませんけど…」
「えっ? じゃあ、どうしてここにいると…。どんな根拠(こんきょ)があって」
「感じるんです。この辺(あた)りにいるんじゃないかって…。間違(まちが)いありません」
<つぶやき>これは、どうなの? せっかく取材したのに、お蔵入(くらい)りになりそうですね。
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T:0704「おやつ盗難事件」
 学校(がっこう)から帰って来た好子(よしこ)は、空(から)になった菓子箱(かしばこ)を前にして呟(つぶや)いた。
「おかしいわ、今朝(けさ)はちゃんとあったのに…。誰(だれ)の仕業(しわざ)かしら?」
 好子は遅(おく)れて帰って来た妹(いもうと)に、「わたし達(たち)のおやつ、なくなってるわ」
「おやつ…? ああ、それならいつもの所にあるんじゃないの?」
「それじゃないの」好子は菓子箱を妹に見せて、「これよ。わたし、楽しみにしてたのに」
「ああ、それは、お母さんが――」
「そうよ。今日の分だから、手をつけちゃダメよって、言われてたやつよ。それがなくなってるの。これは事件よ。絶対(ぜったい)に犯人(はんにん)を捕(つか)まえて、取り戻(もど)さなきゃ」
「お姉ちゃん…。捕まえるって、そんなことしなくても…。それに、お母さん――」
「ああ! そうよ、これはきっと…。でも…、何か、何か欠(か)けているわ。この事件(じけん)を解(と)くためには…。何か見落(みお)としていることがあるような気がするの。それが何なのか…」
 その時、お使いに行っていた母親(ははおや)が戻(もど)って来た。好子は、さっそく尋問(じんもん)を始めた。
 母親は、「ああ、それはお客(きゃく)さまに出したわよ。あなたも知ってるでしょ。大崎(おおさき)の伯父(おじ)さん達がみえたのよ。昨日(きのう)、二人にはお話ししたでしょ?」
「わたし、そんなの聞いてないわ。わたし達の分じゃなかったの?」
 妹が言った。「あたし、聞いたわよ。お姉ちゃん、推理小説(すいりしょうせつ)に夢中(むちゅう)だったじゃない」
<つぶやき>人の話はちゃんと聞きましょうね。そうじゃないと、勘違(かんちが)いをすることに…。
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T:0705「しずく56~不思議な石」
 しずくはまだ眠(ねむ)ったままだった。つくねは何かを決意(けつい)するように、しずくの手を強く握(にぎ)りしめてささやいた。
「早く戻(もど)って来て。あなたには、言いたいことたくさんあるんだからね」
 つくねが部屋(へや)に戻ると、千鶴(ちづる)があずみに話しかけていた。
「それは厄介(やっかい)ね。人を操(あやつ)る能力者(のうりょくしゃ)か…。そんな相手(あいて)と、どう戦(たたか)うのよ?」
「そうね、分からないわ。私に、能力者を見分けられる能力(ちから)があればいいんだけど…」
 二人の話に割(わ)って入ったのはハルだった。「それなら、何とかなるかも」
 ハルはポケットから小石(こいし)を取り出した。丸(まる)っこいその石は艶(つや)こそないが、翡翠(ひすい)のような深(ふか)い緑色(みどりいろ)をしていた。ハルはそれをあずみの身体(からだ)に押(お)し当てた。すると不思議(ふしぎ)なことに、その小石が緑の光を放(はな)ち始めた。そして身体から離(はな)すと、光は消(き)えてしまった。ハルは、
「庭(にわ)の掃除(そうじ)をしてたときに見つけたの。よく分かんないけど、能力者どうしが触(ふ)れると光るみたいなんだ。これなら役(やく)に立つんじゃない?」
 あずみはその石を受(う)け取ると、手のひらに乗(の)せてつくねに言った。「試(ため)してみて」
 つくねがそっと指(ゆび)で触れてみると、また緑の光を放ちだした。つくねは思わず呟(つぶや)いた。
「すごい…。不思議ね、何で光るのかしら? でも、これがあればすぐに見つけられるわ」
「それだけじゃダメよ」千鶴が言った。「わたし達だって操られてしまうのよ。その能力(ちから)をはね返(かえ)す方法(ほうほう)を考えないと、勝(か)ち目はないわ。私も、ちょっと調(しら)べてみるね」
<つぶやき>無謀(むぼう)な戦いになるかもしれません。この先(さき)、どんな試練(しれん)が待っているのか…。
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T:0706「リベンジ」
 私の友だちに〈合(ごう)コンの女王(じょうおう)〉とささやかれている娘(こ)がいる。彼女はスタイルもよくて、誰(だれ)が見ても美人(びじん)の部類(ぶるい)に入る。おまけに社交的(しゃこうてき)で、いつも明るく振(ふ)る舞(ま)っていて――。そんな彼女が、今日は何だかイライラしていた。私を見つけると近寄(ちかよ)って来て、
「昨日(きのう)の合コンは最悪(さいあく)だったわ。あたしに落(お)ちない男はいないはずなのに…。そいつ、あたしと目を合わせようともしないのよ。信じられる? 何て男なの!」
 私は戸惑(とまど)いながら訊(き)いてみた。「昨日のって…、大学(だいがく)の…」
「そうよ、気晴(きば)らしのつもりで顔を出してあげたのに…。理工学部(りこうがくぶ)の斉藤(さいとう)! あたしを無視(むし)したのよ。この…、このあたしをよ。許(ゆる)せない。何であたしより串(くし)カツを選(えら)ぶのよ!」
「串カツ…? ああ、そういうお店に行ったんだね」
「そうよ、皆(みな)さん庶民的(しょみんてき)な所が好(この)みみたいで…。そうか、あのお店は、あたしにとってアウェーだったんだわ。だから、あたしの魅力(みりょく)に気づかなかったのよ。きっとそうだわ」
「いや、それは違(ちが)うと思うよ。でも、あなたがそんなこと気にしなくても…」
「気にするわよ。だって、理工学部の斉藤、あいつが、美味(おい)しそうに串カツをほおばる顔が目にちらつくのよ。寝(ね)ても覚(さ)めても、斉藤のことが頭から離(はな)れないの。こうなったらリベンジよ。斉藤を呼(よ)び出しで、高級(こうきゅう)フレンチのお店に連(つ)れて行ってやる」
<つぶやき>これは恋(こい)しちゃったのかな? でも、斉藤君にその気があるのかどうか…。
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T:0707「話さないで」
 夏美(なつみ)は息(いき)を切らしながら自分(じぶん)のアパートに飛(と)び込んだ。血(ち)の気(け)のない顔をして、身体(からだ)ががたがた震(ふる)えている。夏美は慌(あわ)ててドアに鍵(かぎ)をかけると、靴(くつ)を脱(ぬ)ぎ捨(す)てて部屋の中へ転(ころ)がるように入って行った。そしてベッドの前で小さな子供(こども)のようにうずくまった。
 しばらくそのままでいた夏美は、何か思いついたのか握(にぎ)りしめていたスマホで友だちに電話をかけた。呼(よ)び出し音が鳴(な)っている間(あいだ)、彼女は部屋の中を怯(おび)えながら見回した。相手(あいて)が出ると、慌てた口調(くちょう)で彼女はしゃべりだした。
「ど、どうしよう…。あたし、あたし――」
 その先(さき)は、涙(なみだ)があふれてきて声にならなかった。それでも何とか気を取り直(なお)して、
「あたし、見ちゃったの。女の人が、殺(ころ)されるところ。――もしもし、もしもし…。どうしたの? 貴志(たかし)? 貴志! 何とか言ってよ!」
 突然(とつぜん)、相手(あいて)の声が聞こえなくなった。夏美は不安(ふあん)になって、何度も何度も相手の名前を呼んでみた。でも、何の反応(はんのう)もない。――その時、玄関(げんかん)の扉(とびら)を叩(たた)く音がした。夏美は恐(おそ)る恐る玄関に近づいて、聞き耳(みみ)をたてた。すると、扉の外からか細(ぼそ)い女の声が聞こえた。
「誰(だれ)にも話さないでって言ったのに。あなたが約束(やくそく)を破(やぶ)るから、こうなるのよ」
 夏美はその場(ば)にへたり込んだ。身体中に悪寒(おかん)が走った。今度は後ろの方から声がした。
「でも、心配(しんぱい)しなくてもいいわよ。あなたもすぐに向こうへ連(つ)れて行ってあげるから…」
<つぶやき>ギャーッ! 何なのこれ。もう怖(こわ)いよ。トイレに行けなくなっちゃうでしょ。
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T:0708「電気屋さん」
「やっぱり、頼(たよ)りになるのは同級生(どうきゅうせい)の電気屋(でんきや)さんね」
「何だよ、心にもないこと言って。気色悪(きしょくわる)い」
「ひどい、これでも感謝(かんしゃ)してるんだよ。いつもありがとうね」
「でもな、買い変えた方がいいぞ。このクーラーだと電気代(でんきだい)もかかるだろうし、もう寿命(じゅみょう)だよ。今なら、もっと良いやつ出てるんだから」
「ムリだよ。そんなお金ないし、食べてくだけで精一杯(せいいっぱい)なんだもん」
「お前、まさか修理代(しゅうりだい)を値切(ねぎ)ろうとか思ってないだろうな。勘弁(かんべん)してくれよ。こっちだってな、個人商店(こじんしょうてん)なんだから。大手(おおて)の電気屋に客(きゃく)取られて大変(たいへん)なんぞ」
「そうなんだ、大変だね。でも…、わたしってけっこう利用(りよう)してるよね?」
「えっ、まあなぁ。…いつもありがとうございます。これからもごひいきに」
「じゃあさ、新しいクーラー買ってあげようかなぁ…?」
「……。何で? 今、金(かね)ないって言ったじゃないか…。あっ、ダメだ。絶対(ぜったい)ダメ!」
「まだ何も言ってないじゃない」
「聞かなくても分かるさ。値引(ねび)きしろって言うんだろ。これまで何回してやったと思ってるんだ。そのたびに、経理(けいり)やってるうちのやつを誤魔化(ごまか)すのにどれだけ苦労(くろう)してるか」
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。奥(おく)さんとわたしは親友(しんゆう)なんだよ。あなたより付き合い長いんだから」
「だからだよ。こんなことしてるのがばれたら、あらぬ誤解(ごかい)をされちゃうだろ」
<つぶやき>奥さんに誤解されないように、ここは正直(しょうじき)に話したほうがいいんじゃない?
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T:0709「ウワサからの恋」
「えぇ! ど、どうして、そんなこと言うのよ。そんなことあるわけないじゃん」
 校門(こうもん)のところで顔を合わせた友だちに、さゆりは目を丸(まる)くして答えた。その友だちは、
「だって、すごい噂(うわさ)になってるよ。さゆりと三組の相沢(あいざわ)が付き合ってるって」
 何でそんな噂が…。そりゃ確(たし)かに、相沢君のこと気になってはいたけど、ただそれだけで。まだ、話しもしたことないのに…。誰(だれ)がそんないい加減(かげん)な噂を――。
 さゆりの頭に芳恵(よしえ)の顔が浮(う)かんだ。彼女だ。相沢君のこと打ち明けたのは彼女しかいない。さゆりは駆(か)け出した。息(いき)を切らしながら教室(きょうしつ)へ駆け込み、芳恵を見つけると、「あなたなの? 何でよ、変なこと言いふらさないで」
 芳恵はさゆりの耳元(みみもと)にささやいた。「大丈夫(だいじょうぶ)よ、あたしに任(まか)せて。きっとうまく行くわ」
 その時、誰かがさゆりの名前(なまえ)を呼(よ)んだ。振(ふ)り向くと、教室の入口(いりぐち)に相沢君が立っていた。
 芳恵が声をあげた。「ここです。この娘(こ)が、さゆりで~す!」
 さゆりは何が起(お)きているのかまったく理解(りかい)できないでいた。相沢君は、さゆりに言った。
「ちょっと、いいかな? 話があるんだ」
 さゆりの思考(しこう)は停止(ていし)した。もう、何が何だか…。芳恵がさゆりの背中(せなか)を押(お)して、
「やったね。これで話しをする機会(きかい)ができたじゃない。がんばってね」
 さゆりは芳恵の方を振り返り、「なに言ってるのよ。こんなことでうまく行くわけないでしょ。ムリだから、どう考えても…。もう、私、どうすればいいのよ」
<つぶやき>果(は)たして、相沢君の話って…。この恋(こい)は先(さき)へ進むことが出来るのでしょうか?
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T:0710「しずく57~帰路」
 あずみは千鶴(ちづる)たちに別れを告(つ)げると、車が駐(と)めてあるところまで降(お)りて来た。車に荷物(にもつ)を積(つ)み込んでいるとき、つくねが不意(ふい)にやって来て車に乗(の)り込んだ。
 あずみは驚(おどろ)いて車の中を覗(のぞ)き込み、「何やってるの? あなたはここに残(のこ)りなさい」
「あたしのことは気にしないでください。自分(じぶん)の身(み)は自分で守(まも)りますから」
「バカなこと言わないで。これから先(さき)、どんな危険(きけん)なことになるか分からないのよ」
「足手(あしで)まといにはなりません。今までだって、何度も危険(きけん)なことありましたから」
 つくねのこわばった顔を見て、あずみはあきらめるしかなかった。
「まったく、しょうがないわね。どうなっても知らないわよ」
「はい。あたし、絶対(ぜったい)、負(ま)けませんから。しずくが戻(もど)って来るまで……」
 あずみは車を走らせながら言った。「あなた、住(す)むところないわよね」
「それなら何とかなります。あの町に越(こ)して来たとき、いくつか見つけてありますから」
「そんなのダメよ。私のことへ来なさい。どこに敵(てき)が隠(かく)れているか分からないんだから」
「でも、あたしがいたら、迷惑(めいわく)なんじゃないですか?」
「なに言ってるのよ。迷惑なんか…、ないわよ。どうせ、一人暮(ぐ)らしだし…。ああ、でもね…。ちょっと散(ち)らかってるけど、気にしないでね。ほら、いろいろ忙(いそが)しくて、片付(かたづ)けしてる時間が…、ね。そういうの、分かるでしょ?」
<つぶやき>どんだけ散らかってるの。人には見た目では分からない意外(いがい)なギャップが…。
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T:0711「好きなもの」
「ねえ、亜利沙(ありさ)って、何か癒(い)やされるものってあるの?」
 京子(きょうこ)の質問(しつもん)に、ぽっちゃり系の良江(よしえ)が横から割(わ)り込んできて、「あたしは、甘(あま)い物を食べてるときかな。もう、イヤなこと全部忘(わす)れて、幸せな気持ちになれるの」
「はいはい、それはみんな知ってるよ」京子は頷(うなず)きながら言った。
 ちょっと謎(なぞ)めいた雰囲気(ふんいき)がある亜利沙は、おどおどしながら答えた。
「わたしは、そういうのは…、別に…」
「何かあるでしょ? 亜利沙って、美人(びじん)だし、きっとモテるんでしょうね」
「そ、そんなことないよ。わたしなんか…。あの、ちょっと違(ちが)うかもしれないけど…、わたしの好きなものはね。でも…、これ言うと、みんな笑(わら)うわ。だから…」
「笑わないよ、約束(やくそく)する。あたしたち、友だちじゃない。ねえ、教えてよ」
「じつはね、わたしの好きなものはね……、にのうで…、なの」
 二人はきょとんとして亜利沙の顔を見つめた。亜利沙は自分の二の腕(うで)を見せて興奮(こうふん)したように、「ここの、ぷにゅぷにゅ感(かん)がたまらないの。これは猫(ねこ)の肉球(にくきゅう)にも勝(まさ)るとも劣(おと)らないわ。だから良江の二の腕を見たとき、わたし、震(ふる)えたの。触(さわ)りたくてうずうずして…」
 良江は戸惑(とまど)いながらも言った。「あ、あたしのでよかったら、いつでも…」
「ありがとう。夏の間ね、わたし、ずっと我慢(がまん)してきたの。だって回りには二の腕だらけじゃない。もう毎日が拷問(ごうもん)って感じで…。だからわたし、なるべく出かけないように――」
<つぶやき>やっと願(ねが)いがなかったみたいで良かったです。嗜好(しこう)は人それぞれなんですね。
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T:0712「ゾンビ現る」
「どうしたの? 遅(おそ)かったじゃない」マコは玄関(げんかん)を開けるなり言った。
 入って来たのは友だちの陽子(ようこ)。彼女が真っ青(さお)な顔をしているのに気づいたマコは、心配(しんぱい)そうに訊(き)いた。
「大丈夫(だいじょうぶ)? どこか具合(ぐあい)でも悪(わる)いの? もう、ふらついてるじゃない」
 陽子は、マコに支(ささ)えられるようにしてリビングにたどり着くと、その場にへたり込んだ。そして、マコの手をとってか細(ぼそ)い声で言った。「私、ゾンビになっちゃうみたい」
 マコは、一瞬(いっしゅん)、耳(みみ)を疑(うたが)った。ゾンビって…、まさか、あのゾンビ?
 陽子はたどたどしく話し始めた。「ここへ来る途中(とちゅう)でね、ゾンビが歩いてて…」
「なに言ってるのよ。ゾンビなんか、普通(ふつう)にいるわけないじゃない」
「それが、いたのよ。私、逃(に)げたのよ。でも、そいつ足が早(はや)くて…。腕(うで)、噛(か)まれちゃった」
 陽子は噛まれた所をマコに見せた。そこには、しっかりと歯形(はがた)が残(のこ)っている。陽子は、
「ねえ、お願(ねが)いがあるんだけど…。私と一緒(いっしょ)にゾンビになってくれない? 私たち、友だちでしょ? 私一人じゃ、心細(こころぼそ)くて…。マコと一緒(いっしょ)だったら、少しは…」
 マコは慌(あわ)てて陽子から離(はな)れると、「そんなの、イヤよ。何で、あたしがゾンビにならなくちゃいけないの? 冗談(じょうだん)じゃないわよ、絶対(ぜったい)、イヤ!」
 その時、玄関のドアを叩(たた)く音が響(ひび)いた。陽子は笑(え)みを浮(う)かべてささやいた。「来たわ」
<つぶやき>何が来たのかな? いくら友だちの頼(たの)みでも、こればっかりはイヤですよね。
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T:0713「本能」
「別れようなんて…。あたしのこと、きらいになったの?」
「嫌(きら)いとか、そういうことじゃなくて…。なんて言えばいいのか…」
「あたしの、何が気に入らないの? はっきり言ってよ」
「君(きみ)は悪(わる)くないよ。気に入らないとかそういうことじゃなくて…」
「あたしが、月に向(む)かって吠(ほ)えたりするから? それとも、散歩(さんぽ)している犬(いぬ)に…。あたし、これでも我慢(がまん)してるのよ。だけど、どうしようもないの。これは、あたしの本能(ほんのう)だから」
「分かってるよ、そんなことは。分かってるけど…、君といると落ち着かないんだ」
「そんな…。あなたの方から付き合おうって言ったんじゃない。だから、あたし…。あたし、最初(さいしょ)に言ったよね。あたしは、普通(ふつう)じゃないって」
「ああ…、分かってるつもりだったけど…。君の目が…、恐(こわ)いんだ。君に見つめられると、襲(おそ)われるような気がして…。身体(からだ)がこわばってしまうんだ」
「ごめんなさい。あたし、そんなつもりは全然(ぜんぜん)ないのよ。あなたのこと食べようなんて、そんなこと思ったことない。だって、あなたと会う前には、いつもお腹(なか)いっぱい食べるようにしてるの。だから、安心(あんしん)していいのよ」
「そ…、そうなんだ。じゃあ、お腹が空(す)いていたら…」
「お腹が空いてたってそんなことしないわ。あたし、あなたのこと愛(あい)してるのよ!」
<つぶやき>彼女の正体(しょうたい)は何なんでしょうか? でも、彼への愛は本物(ほんもの)だと思いますよ。
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T:0714「穴」
 いつもの散歩道(さんぽみち)を歩いていて、私は道路(どうろ)の真(ま)ん中に穴(あな)が開いているのを発見(はっけん)した。早朝(そうちょう)の時間で車はまったく走っていなかったので、私は穴のそばまで行ってみることにした。
 穴の直径(ちょっけい)は二十センチほどで、中を覗(のぞ)いてみても底(そこ)がまったく見えない。どれだけ深(ふか)いんだろう? 私は確(たし)かめてみたい衝動(しょうどう)にかられた。試(ため)しに手を入れてみた。何も触(ふ)れるものはなかった。少しずつ肘(ひじ)まで入れてみる。それでもダメだった。
 こうなったら…、私は道路に寝(ね)そべって腕(うで)の付け根(ね)まで入れてみた。それでも穴の底にはとどかない。そんなに深いのか? これは警察(けいさつ)に知らせないと――。
 そう思った私は、腕を穴から抜(ぬ)こうとした。だが、どういうわけか腕がまったく動かない。いくら抜こうとしても、何かに掴(つか)まれているみたいにびくともしないのだ。私はあせった。今、私は道路の真ん中に横(よこ)になっているのだ。もし、車が走ってきたら…。
 私は必死(ひっし)になって腕を持ち上げた。何かに挟(はさ)まれているはずはないのだ。腕に何かが触(ふ)れている感触(かんしょく)はなかった。これは、どういうことだ! 抜けないなんて…。
 そんな時だ。私は更(さら)なる危険(きけん)に気がついた。穴が、少しずつ広がっているのだ。ボロボロと穴のふちが下に落ちていく。最初(さいしょ)は二十センチだったのに、今みると三十センチ以上(いじょう)になっていた。このままでは、穴の中へ落ちるのも時間の問題(もんだい)だ。もし落ちたらどうなるんだろう。死(し)んでしまうのか、それとも…。私の中に別の衝動がわき上がってきた。
<つぶやき>危険(きけん)なことはしないようにしましょ。でも、穴の中には何があるんでしょう?
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T:0715「しずく58~別の顔」
 あずみたちが帰った後、千鶴(ちづる)はしずくが寝かされている部屋にいた。じっとしずくの顔を見つめていた千鶴は、ささやくように呟(つぶや)いた。
「この娘(こ)が、本当(ほんとう)に救世主(きゅうせいしゅ)になるのかしら…。もしそうだとしたら…。――この娘(こ)が神から選(えら)ばれた者(もの)なら、私が何をしても変えることなんかできないわよね。そうでしょ?」
 千鶴は、小さなため息(いき)をつくと部屋を出た。ちょうどその時、インテリアとして飾(かざ)られていた古(ふる)い電話(でんわ)が鳴(な)り出した。千鶴は静(しず)かに受話器(じゅわき)を取ると耳(みみ)に当(あ)てた。受話器の向こうからは、男の低い声が響(ひび)いてきた。
「予定通(よていどお)りに進(すす)んでいるな。こちらから迎(むか)えを送(おく)る。準備(じゅんび)しておけ」
 千鶴は感情(かんじょう)のない声で答えた。「その必要(ひつよう)はないです。意識(いしき)が戻(もど)らないの、もう私たちの脅威(きょうい)にはならないでしょう。このままここに置いて、様子(ようす)を見た方がいいと思います」
「もしその人間が脅威になりうる能力(ちから)を持っているなら、我々(われわれ)が管理(かんり)しなければならない」
「しかし、ここから動かせば気づかれてしまいます。そうなったら…」
「なるほど。ならばしばらく様子をみよう。もし意識が戻ったらすぐに知らせるんだ。君(きみ)には本当に感謝(かんしゃ)している。捜(さが)し物をするのに、君の能力は大(おお)いに役(やく)に立っている」
「約束(やくそく)は、ちゃんと守(まも)って下さい。ここには手を出さないと」
「もちろんだとも。そこは聖地(せいち)だ。君が裏切(うらぎ)らない限(かぎ)りね」
<つぶやき>電話の相手(あいて)は誰(だれ)なのでしょう。千鶴は敵(てき)になってしまうのか、それとも…。
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T:0716「出たとこ」
 明日から期末試験(きまつしけん)が始(はじ)まる。私は、あせっていた。私にとって今度の試験は――。なのに、私の頭(あたま)の中にいる別の私たちが耳元(みみもと)でささやき始めた。
「もう、いいんじゃないの? そんなにがんばらなくてもいいよ。良い点とれなくても、今まで通(どお)りで十分(じゅうぶん)じゃない」
「ダメよ。ここまでがんばったんだから。あと少し、まだ時間はあるわ」
「それより、明日に備(そな)えて早く寝(ね)た方がいいよ。嫌(きら)いなことをするのは身体(からだ)によくないわ」
「私はできる娘(こ)よ。ここで諦(あきら)めてどうするの。今までがんばってきたんじゃない」
「がんばってもさ、それがどうなるのよ。こんな勉強(べんきょう)、役(やく)に立つことあるのかしら」
「あるわよ、絶対(ぜったい)に役に立つから。ここが踏(ふ)んばりどころよ。あきらめちゃダメ」
「かったるいなぁ。もうやめてさ、夜遊(よあそ)びでもしようぜ。きっと楽しいわよ」
 私は思わず叫(さけ)んだ。「うるさい、もういい加減(かげん)にしてよ! 出てって、私の中から…」
 私は誰(だれ)かに肩(かた)を揺(ゆ)すられた。目を上げると、そこには妹(いもうと)がいて、
「お姉(ねえ)ちゃん、こんなとこで寝(ね)てると風邪(かぜ)ひいちゃうよ」
 私は我(われ)に返って、「えっ…、私…、寝てた? ね、いつから? いつから寝てた?」
「そんなこと知らないわよ。でも、変な寝言(ねごと)いってたわよ。どんな夢(ゆめ)みてたの?」
 私は机(つくえ)の上のノートに目をやり愕然(がくぜん)とした。まったく勉強がはかどっていなかった。
「ま、いいか…。こうなったら、出たとこ勝負(しょうぶ)で…。もう寝よ。うん、それがいいわ」
<つぶやき>本当にいいんですか? もう少しやっておいた方が良いと思うんだけど…。
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T:0717「月の話?」
「今夜(こんや)は…、月がきれいですね」男は女と一緒(いっしょ)に歩きながら夜の空を見上げて言った。
 女は夜空を見上げるが、どこにも月が見当(みあ)たらない。女は男に言った。
「どこにも出てないじゃありませんか。からかわないで下さい」
「別にからかったつもりは…。ですから、<月がきれいですね>って言ってるんです」
 女は首(くび)をかしげながら、また空を見上げる。やっぱり月は見えない。
 女は、「あなたが何を言おうとしているのか分かりません。あたし理系(りけい)なんで、もっと分かるように言って下さい」
 男は一瞬(いっしゅん)戸惑(とまど)いの表情(ひょうじょう)を浮(う)かべたが、意(い)を決したように女を見つめて言った。
「分かりました。確(たし)かに、あなたは理系女子。あなたに分かるようにお話しします」
「はい、お願いします」女は微笑(ほほえ)みを浮かべて、男の方をじっと見つめる。
 これは、男にとってはかなりのプレッシャーだ。でも、ここまで来たら、やるしかない。
「ぼ、僕(ぼく)は…、つまり…、き、きみの…、きみを…、だから…つまり…」
 男は、喉(のど)の奥(おく)まで出かかっていた言葉(ことば)を飲(の)み込んでしまった。代わりに出て来たのは、
「月の話しは、また今度にしましょう。月が出ているときにでも…」
「そうですか…。じゃあ、あたしからも言っていいですか?」
「は、はい。どうぞ…」男は、女に釘付(くぎづ)けになっていた。
「あたしも…、今夜の月は、きれいだと思います」
<つぶやき>もしかしたら脈(みゃく)ありなの? それとも、本当に月の話しをしているだけか…。
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T:0718「告白未遂」
 ある日、彼女は見知(みし)らぬ男に呼(よ)び止められた。男は小さな声で言った。
「あなた、警察(けいさつ)に目をつけられてますよ」
 何もしていない彼女は、怪訝(けげん)そうに男を見た。男は切迫(せっぱく)した感じで、
「あなた、好きな人に告白(こくはく)してませんね。これは告白未遂罪(みすいざい)にあたります」
「なにバカなこと言ってるんですか。そんなの聞いたことありません」
「それは公表(こうひょう)できない事情(じじょう)があるからです。あなたの回りにもいるはずですよ。急に引っ越しをされたお友だちとか、転勤(てんきん)を命(めい)じられた同僚(どうりょう)の方とか…。みなさん、告白未遂罪で逮捕(たいほ)されて、恋愛(れんあい)リハビリセンターへ送られてしまったからです」
「そんなこと…、あるわけないじゃありませんか。変なこと言わないで下さい」
「私はあなたのためを思って言ってるんです。今の生活(せいかつ)を捨(す)てるのか、それとも告白して幸せな結婚(けっこん)をつかみとるのか。勿論(もちろん)、この選択(せんたく)はあなたの自由(じゆう)です」
 彼女は急に不安(ふあん)になった。本当(ほんとう)にそんなことがあるのか…。男は笑(え)みを浮かべて言った。
「心配(しんぱい)はいりませんよ。私共(わたしども)が全面的(ぜんめんてき)に告白をサポートさせていただきます。告白の段取(だんど)りはすべてこちらにお任(まか)せ下さい。あなたは告白だけに集中(しゅうちゅう)して下さればいいんです。今なら格安(かくやす)のお値段(ねだん)でやらせていただきます。勿論(もちろん)、これは成功報酬(せいこうほうしゅう)ですので、断(ことわ)られた場合(ばあい)には無料(むりょう)になっております。ですから、成功するまで何度でもご利用(りよう)いただけます」
<つぶやき>これは新手(あらて)の商売(しょうばい)なのでしょうか? 告白できない人はお気をつけ下さい。
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T:0719「かます」
「なに、話って?」彼は会社(かいしゃ)のロビーで待っていた好子(よしこ)に言った。
 好子はもじもじしながら、「あの、あたし…、ずっと思ってたことが…」
「ごめん、その話、長くなるかな? これから課長(かちょう)と一緒(いっしょ)に出なくちゃいけなくなって…。わるいんだけど、戻(もど)ってからでもいいかな?」
「ああ、もちろん…。あたしの方は別に急(いそ)がないし――」
 彼が彼女から離(はな)れて行くと、もの陰(かげ)に隠(かく)れていた真希(まき)が駆(か)け寄ってきて言った。
「もう、なにやってんのよ。せっかく呼(よ)び出してあげたのに」
「だって、急(いそ)いでるみたいだったし…。それに、こういうことは…、あたし…」
「あーぁ、なに難(むずか)しく考えてんのよ。<好きです>って言うのに五秒もかからないでしょ」
「そりゃ、そうだけど…。あたしには、そういうのムリだよ」
「まったく、あんたは中学生か? そんなんだから男ができないんだよ。いい、好きな男だと思うからいけないの。目の前にあるのは壁(かべ)よ。デッカイ壁だと思えば何でも言えるでしょ。そんで、一発(いっぱつ)ぶちかますつもりで言ってやりなさい。簡単(かんたん)なことでしょ」
「えーっ、それは、ちょっと…。あたしには、思えないかも…」
「はぁ? わたし、イヤなの。白黒(しろくろ)はっきりしないのって我慢(がまん)できない。行くわよ。彼が戻(もど)ってくるまでに、きっちり稽古(けいこ)しなきゃ。そんで、今日中に決着(けっちゃく)つけるからね」
<つぶやき>告白(こくはく)はかますものでは…。でも、ウジウジしてても何も始まりませんけどね。
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T:0720「しずく59~小さな戦士」
 千鶴(ちづる)の電話(でんわ)のやり取りを盗(ぬす)み見ている二つの影(かげ)。すーっとその場(ば)から離(はな)れると家を抜(ぬ)け出して行った。千鶴はそのことにはまったく気づいていないようだ。
 二つの影は山道(やまみち)を登(のぼ)って、そこから脇道(わきみち)へ入って行った。脇道といっても、ほとんど獣道(けものみち)のようである。しばらく行くと小川(おがわ)に突(つ)き当(あ)たった。子供(こども)でも跨(また)げるような小さな流れだ。草(くさ)をかき分けその川沿いを登って行くと、目の前に高い崖(がけ)が現れた。崖の前は藪(やぶ)になっていて、崖の下の方を覆(おお)い隠(かく)している。二つの影は、その藪の中へ分け入った。
 ――ランプの炎(ほのお)がちらちらと瞬(またた)いていた。一つ、二つ、三つ…。その淡(あわ)い光に照(て)らされて、鍾乳石(しょうにゅうせき)や石筍(せきじゅん)、棚田(たなだ)のような小さな水溜(たま)まりが幻想的(げんそうてき)な風景(ふうけい)を浮かび上がらせている。ここは姉妹(しまい)にとって特別(とくべつ)な場所だった。二人の声が洞窟(どうくつ)の中に響(ひび)いていた。
「やっぱりそうだったのよ。あの人が内通者(ないつうしゃ)だったんだわ」
 ハルは声を震(ふる)わせた。アキはまだ信じられなくて困惑顔(こんわくがお)で呟(つぶや)いた。
「どうして、どうして千鶴おばさんが…。あんなに優(やさ)しくしてくれたのに」
「ここは私たちだけで何とかしなきゃ。あのお姉(ねえ)さんを守(まも)ってあげないと」
「そんなのムリよ。あたしたちだけで、何ができるっていうの?」
「あなただって覚(おぼ)えてるでしょ。パパとママが連れて行かれた時のこと」
「うん、覚えてるよ。あたしたちのこと、敵(てき)に教えた人がいたんだよね。それで…」
「もう、あんなこと絶対(ぜったい)に許(ゆる)さない。私たちも戦(たたか)いましょ。私たちにもできるわ、きっと」
<つぶやき>彼女たちの戦いが始まろうとしています。しずくを守ることができるのか?
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T:0721「愛情のはて」
「どうして? 何でか教えてよ。あたし、何かした?」
 彼から突然(とつぜん)別れを告(つ)げられた彼女は、動揺(どうよう)して彼に詰(つ)め寄った。彼からの答(こた)えは、
「別に…。何かさ、お前といても、つまんねえんだよなぁ」
「つまらないって…、それ、どういうことよ。信じられない。あたし、あなたのために…」
「ああ、うざい。もういいかな? これから約束(やくそく)があるんだよ」
「約束? 何よ…、誰(だれ)と会うの?」
「お前には関係(かんけい)ねえだろ。もう別れたんだし、俺(おれ)が誰と付き合おうと――」
「やっぱり他にいたのね。二股(ふたまた)かけるなんて最低(さいてい)! 訴(うった)えてやる」
「ふん、なに言ってんだ? 恋愛(れんあい)に二股も三股もありなんだよ。それに、俺は何もしてないだろ。お前が勝手(かって)に、俺のために金を使ったんじゃないか。もう二度と連絡(れんらく)すんなよ」
 彼はぷいと彼女に背(せ)を向けて去(さ)って行った。――彼女は俯(うつむ)いて、声を押(お)し殺(ころ)して泣(な)いているように見えた。だが次(つぎ)の瞬間(しゅんかん)、彼女の口から笑(わら)い声がもれ出した。それを合図(あいず)に、彼女の背後(はいご)に真っ黒な姿(すがた)の男が現れた。彼女は男に言った。
「契約(けいやく)通りにお願いね。倍返(ばいがえ)しよ。あいつに思い知らせてやる」
 男は暗(くら)い声で、「あなたの怨念(おんねん)は確(たし)かに頂戴(ちょうだい)しました。では、あの男にも同じ屈辱(くつじょく)を味(あじ)わってもらいましょう。それも、倍倍(ばいばい)返しで」
<つぶやき>この男はいったい何者(なにもの)なのか? 憎悪(ぞうお)が生み出した悪魔(あくま)なのかもしれません。
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T:0722「古寺百計(こじひゃっけい)」
 とある古(ふる)びたお寺(てら)を訪(たず)ねた旅人(たびびと)。本堂(ほんどう)にいた古老(ころう)の住職(じゅうしょく)に声をかけた。
「あの、私、全国のお寺巡(めぐ)りをしておりまして。ある人から、このお寺は弘法大師(こうぼうたいし)が開いたものだと聞いて来たんですが…」
 住職はちょっと困(こま)ったような顔をして答えた。「そうですか…、そんな古(ふる)いお話を覚(おぼ)えている方がみえるとは…。実(じつ)はですね、それは先代(せんだい)の住職が勝手(かって)に作った話でして。見ての通り寂(さび)れた寺で、そういう話が広まれば参拝者(さんぱいしゃ)が増(ふ)えると考えて、寺の参道(さんどう)に看板(かんばん)をつけたんです。しかし、この辺(あた)りは観光地(かんこうち)でもありませんし、何の効果(こうか)もありませんでした。先代が亡(な)くなった時に、看板は外(はず)してしまいました」
「そうですか、そういう事情(じじょう)があったんですね。でも、こういう古い建物(たてもの)は今ではなかなかお目にかかりませんよ。お参(まい)りさせてもらってもいいですか?」
 住職は旅人を本堂に招(まね)き入れた。中はあちこち傷(いた)んでいたが、それなりに味わいのあるものだった。旅人は本尊(ほんぞん)の前に座(すわ)り手を合わせた。――目を上げた旅人は、本尊の脇(わき)に置かれている小さな仏像(ぶつぞう)に目が止まった。そして、まじまじとそれを見つめて言った。
「これは、まさか…、円空仏(えんくうぶつ)じゃありませんか? こんなところにあるなんて…」
 住職は首(くび)をかしげながら言った。「いや、違(ちが)うと思いますよ。それは先々代(せんせんだい)の住職が、若い頃(ころ)に暇(ひま)つぶしに彫(ほ)ったものだと聞いてますので。こんな寺に、そんな貴重(きちょう)なものが…」
「しかし、よく似(に)てるなぁ。なかなかの出来(でき)だと思いますよ」
<つぶやき>伝承(でんしょう)は時とともに変わってしまうことがあります。もしかしたら本物(ほんもの)かも…。
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T:0723「最強の呪文」
〈ありがとう〉これはまさに最強(さいきょう)の呪文(じゅもん)だ。僕(ぼく)は二人の記念日(きねんび)はもちろん、ことあるごとにこの呪文を使ってきた。会社(かいしゃ)の連中(れんちゅう)と飲み歩いて帰りが遅(おそ)くなった時などは、どれほど助(たす)かったことか――。
 しかし、僕はこの呪文の副作用(ふくさよう)についてまったく気づいていなかった。僕はこの言葉(ことば)を連発(れんぱつ)しすぎていたのだ。いつしか心(こころ)のこもらない、ただの合図(あいず)になっていた。
 育児(いくじ)に奮闘(ふんとう)している妻(つま)が、そのことを見抜(みぬ)けないわけがない。僕の意味(いみ)の無(な)い呪文が、妻のイライラの一端(いったん)になっていたなんて。――どうやら妻の我慢(がまん)は限界(げんかい)に達していたようだ。とうとう噴火(ふんか)して、僕に手厳(てきび)しい、冷(つめ)たいひと言をあびせかけた。
「あなたって、言うだけよね。そんなこと、ぜんぜん思ってないでしょ」
 いま思えば、これが僕たち夫婦(ふうふ)のすれ違(ちが)いの始まりだったのかもしれない。この時は、小さな娘(むすめ)の笑顔(えがお)が救(すく)ってくれて、何とか事なきを得(え)た。
 あれから二十数年。あの時の娘も立派(りっぱ)に成人(せいじん)して、明日は嫁(とつ)いで家を出て行くことに…。これはめでたいことなのだが、明日から、妻と二人だけになってしまう。そのことを考えると、僕は妻とどう接(せっ)すればいいのか…。今はまだいい、仕事(しごと)があるから。でも、定年(ていねん)を迎(むか)えるまでには、何か新(あら)たな呪文を捻(ひね)り出さなければならない。老後(ろうご)の安心(あんしん)ためにも、これは成(な)し遂(と)げなければならない課題(かだい)なのだ。
<つぶやき>熟年離婚(じゅくねんりこん)だけはしたくはありませんよね。二人で共通(きょうつう)の趣味(しゅみ)を見つけましょ。
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T:0724「思い通り」
 とある富豪(ふごう)のお屋敷(やしき)で執事(しつじ)として働(はたら)くことになった男。執事といっても、やることといったらわがまま放題(ほうだい)のお嬢(じょう)さまのお相手(あいて)をすることなのだが――。今日もまた、お嬢さまの無理難題(むりなんだい)に振(ふ)り回され、へとへとになった男は思わず言ってしまった。
「お嬢さま、もういい加減(かげん)になさって下さい。これ以上困(こま)らせることをしたら…」
 そこで男は、どんでもないことを考えてしまった。次の瞬間(しゅんかん)、目の前にいたお嬢さまが跡形(あとかた)もなく消(き)えてしまった。男が慌(あわ)てて辺りを見回(みまわ)していると、どこからか声がした。
「お前の思い通りにしてやったぞ。これで安(やす)らかに過(す)ごせるはずだ」
 男は叫(さけ)んだ。「待ってくれ! お嬢さまをどこへやった。今すぐここへ戻(もど)してくれ!」
「それでいいのか?」声の主(ぬし)はしばらく考えてから続けた。「ならばこうしよう。お前の望(のぞ)むお嬢さまを返してやろう。今まで通りのお嬢さまがいいか、それとももっとわがままなお嬢さまにするか…。もう一つ、まるで人形(にんぎょう)のようにおとなしいお嬢さまがいいか――。さあ、決(き)めるのはお前だ」
 男は、思わず頭の中で思い描(えが)いてしまった。声の主はかすかに笑(わら)って言った。
「お前の望みをかなえてやろう。あとは、お前しだいだ」
 男の目の前にお嬢さまが現(あらわ)れた。だが、それは以前(いぜん)のお嬢さまではなかった。顔からは生気(せいき)が消えて、まるで人形のような感情(かんじょう)のない笑(え)みを浮(う)かべていた。
<つぶやき>この後、お嬢さまはどうなったのか…。わがままは程(ほど)ほどにしましょうね。
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T:0725「しずく60~命の光」
 真っ暗な空間(くうかん)にしずくの姿(すがた)がただよっていた。何も見えず、何も聞こえず、そして何も感じることのない世界(せかい)。現実(げんじつ)を受(う)け止められずに、彼女が逃(に)げ込んだ場所(ばしょ)――。
 その世界に、どこからか一筋(ひとすじ)の光が差(さ)し込んできた。そのかすかな光は、しずくの胸元(むなもと)にあるペンダントの赤い石を照(て)らし出した。すると、まるで命(いのち)を吹き込まれたように、その石がほのかに赤く光りを放(はな)ち始めた。
 それと同時(どうじ)に、しずくを呼ぶ声がかすかに聞こえてきた。
「しずく…、しずく…。さあ、起きなさい。何をしているの? あなたは、あなたのやるべきことを成(な)し遂(と)げなさい。あなたなら、きっとみんなの希望(きぼう)になれるはずよ」
 その声は老婆(ろうば)の声にも聞こえ、また母親(ははおや)の声のようでもあった。だが、しずくが目を覚ます気配(けはい)はなかった。声は何度も何度も繰(く)り返された。
 ――しずくが寝(ね)かされている部屋には、柔(やわ)らかな外光(がいこう)が射(さ)し込んでいた。ベッドの方へ目を向けると、しずくの身体(からだ)がほのかな赤い光で包(つつ)まれていた。突然(とつぜん)、部屋の扉(とびら)が開いた。赤い光はその直前(ちょくぜん)に消(き)えてしまった。部屋に入ってきたのは千鶴(ちづる)だった。
「ハル…、アキ…。もう、どこへ行ったのかしら? 食事(しょくじ)の時間なのに…」
 千鶴は、しずくの顔をしばらく見つめていたが、かすかに微笑(ほほえ)むと部屋をあとにした。
<つぶやき>しずくはいつ目覚(めざ)めるのでしょうか? そして、つくねたちに魔(ま)の手が…。
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T:0726「流転の歳月」
「何じゃこりゃ…。どうなってるんだよ。何でこんな家が建ってるんだ?」
 男は一軒家(いっけんや)を覗(のぞ)き見ながら言った。そばにいた男がそれに答えて、
「なかなか良い家だろ。三年ぐらい前かな、俺(おれ)も何度か建ててるの見に――」
「そうじゃなくて。ここ空(あ)き家(や)だったよな。俺たちがここに来たとき。だから、俺たちここの庭(にわ)にお宝(たから)を埋(う)めて…。そうだったよな。それが何でこんなことになってるんだ」
「仕方(しかた)ないよ。兄貴(あにき)は十年も入ってたからね。世(よ)の中はどんどん変わってるんだよ」
「じゃ、お宝は…。俺たちが盗(ぬす)み出した金(かね)はどうした? もちろん、掘(ほ)り出したんだよな」
「いや、そんなことしないよ。だって兄貴、言ってたじゃないか。二人の金だがら、二人で一緒(いっしょ)に掘り出すんだって…。だから俺、ずっとそのままに――」
「バカかお前は? 何でこんなことになる前に掘り出しておかなかったんだ!」
「ごめんよ。そんなに怒(おこ)らないでくれよ。そんなこと考えてもみなかったんだ」
「じゃ、掘り出すぞ。この家が留守(るす)になったとき。――地図(ちず)はちゃんと持ってるよな?」
「地図? 地図って、何のことだい?」
「はぁ? ここにお宝を埋めたときに、忘(わす)れないようにって、俺が書いた地図だよ。お前に渡しといたじゃないか。まさか…、なくしちまったのか?」
「ごめんよ、俺もいろいろあってさ。でも、これからのことは心配(しんぱい)しなくてもいいから。俺の会社で働(はたら)けばいいんだよ。俺、結婚(けっこん)してさ、かみさんの実家(じっか)の会社を継(つ)いだんだ」
<つぶやき>歳月(さいげつ)は何もかも変えてしまうのかもしれません。どう転(ころ)がるかは運(うん)しだい。
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T:0727「営業の人」
 私の前に座(すわ)っている人。この人、私が勤(つと)めてる所で、最近取引(とりひき)を始めた会社の営業(えいぎょう)の人なんだけど――。どういうわけか、あちこちで顔を合わせることがあって…。それも、プライベートのとき。スーパーとか、行きつけのお店(みせ)、それに駅(えき)のホームとか…。まるで、私のことつけてるみたいに。今日だって、喫茶店(きっさてん)でお茶(ちゃ)してるとき声をかけられた。
 その人は、人なつっこい笑顔(えがお)で私の前の席(せき)にするりと座(すわ)り込んで、私にこう言ったの。
「よくお目にかかりますね。私、この辺(あた)りを営業(えいぎょう)で回っておりまして」
 私は〈あっちへ行ってよ〉とも言えなくて、「ああ、そうなんですか…」と答(こた)えた。
「これも何かの縁(えん)ですね。もし、何かお困(こま)りごとがありましたら何時(いつ)でもおっしゃって下さい。私共(わたくしども)では、企業(きぎょう)だけでなく個人(こじん)のご依頼(いらい)も承(うけたまわ)っておりますので」
 その人は名刺(めいし)を私に差(さ)し出して、「もちろん秘密厳守(ひみつげんしゅ)です。どんなことでもお引き受け致(いた)します。あ、でも法律(ほうりつ)に触(ふ)れることはお断(ことわ)りすることになりますが」
「ああ、そうですか…。でも、私は別に、そういうのは…」
「そうですか、それは何よりです。私共では、女性の方からのご依頼もけっこうありまして。もしものときはご連絡(れんらく)下さい。私共では、アフターサービスを重視(じゅうし)しておりまして、最後(さいご)まで責任(せきにん)を持ってやらせていただきます。きっとご満足(まんぞく)していただけると…」
 私は、その人に見つめられて、思わず言ってしまった。「実(じつ)は、私、困ってることが…」
<つぶやき>見つめるだけで仕事(しごと)を取るなんてすごいです。でも、何の営業なんでしょ?
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T:0728「ここで言う?」
 ベッドの中で男が呟(つぶや)いた。「ほんとまいるよ。娘(むすめ)にあんなこと言われちゃ」
 隣(となり)に寝(ね)ていた女がうんざりした顔で答えた。「なに言われたのよ?」
「お父(とう)さんの下着(したぎ)と一緒(いっしょ)にしないで、だって。それに俺(おれ)がちょっと近づこうものなら、それ以上(いじょう)そばに来ないで。もしハグとかしたら口利(くちき)かないからね」
「ああ、それ分かる気がする。あたしも、そうだったかも…」
「小さい頃(ころ)はさ、俺(おれ)にしょっちゅう抱(だ)きついて来てたのにさ。ほんと、へこむよ」
「あのさ、ここで、そういうこと言わないでほしいんだけどなぁ」
「あ、ごめん。もう、どうしていいか分かんなくてさ。年頃(としごろ)の娘とどう接(せっ)したら――」
「だから、やめてよ。あたしは、あなたの奥(おく)さんじゃないんだからね」
「でも歳(とし)は近いじゃないか。だから、そこんとこ、どうなのかなって…」
 女は突然(とつぜん)ベッドから出ると男に言った。「今日は帰って、お願(ねが)いだから」
 男は起き上がると困(こま)った顔をして、「えっ、どうしたんだよ。今日は出張(しゅっちょう)だって言ってあるから、こんな時間に帰ったらうちの奴(やつ)が変に思うだろ。なあ、機嫌直(きげんなお)してくれよ。そうだ、君が欲(ほ)しがってたあれ、買ってあげるからさぁ。なあ、頼(たの)むよ」
「それ、ほんと…。ほんとに買ってくれるの? 嬉(うれ)しい! ありがとう」
「そうだ。うちの娘にも同じのを買ってやろう。そしたら、きっと――」
<つぶやき>これはダメでしょ。そんなことしてると、娘さんにますます嫌(きら)われちゃうぞ。
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T:0729「願望」
 心地(ここち)よい眠(ねむ)りから私は目覚(めざ)めた。朝日(あさひ)がさんさんと射(さ)し込んで――。私はぎょっとして枕元(まくらもと)の目覚(めざ)まし時計をつかんだ。何でこんな時間に! 私は思わず叫(さけ)んだ。階段(かいだん)を転(ころ)がるように駆(か)け下りると、妹(いもうと)が美味(おい)しそうに朝食を食べていた。私は妹に言った。
「何で、起こしてくれなかったのよ。もう、遅刻(ちこく)しちゃうじゃない!」
 妹はトーストを頬張(ほおば)りながら、「声はかけたわよ。お姉ちゃんが起きなかったんじゃない」
 私はあたふたとしながら気がついた。そうだ、私にはあれがあったんだ。それを使えば遅刻することは絶対(ぜったい)にあり得(え)ない。――私は優雅(ゆうが)に食卓(しょくたく)についた。そんな私を見て妹は、
「のんびりしてていいの? 今度遅刻したら…」
「あら、大丈夫(だいじょうぶ)よ。私にはタイムストッパーがあるから。時間を止めてる間に学校へ行けば、何の問題(もんだい)も無(な)いわ」
「そう。でも、時間を止めるってことは電車(でんしゃ)も止まっちゃうってことだよね。どうやって学校まで行くのかしら? 大変(たいへん)そう…、あたしにはムリだわ」
 私はハッとした。妹は食べ終わって、カバンを手に出かける姿勢(しせい)。私は妹の腕(うで)をつかんで、「ちょっと待った! 一人で行くなんてずるいわよ。10分だけ待ってて!」
「いやよ。電車に間に合わなかったらどうすんのよ。お姉ちゃんと一緒(いっしょ)に遅刻なんて――」
「大丈夫よ。私には奥(おく)の手があるんだから。瞬間移動(しゅんかんいどう)すれば、あっという間(ま)よ」
<つぶやき>意味(いみ)分かんないです。でも、もしそんなことができたら、良いと思いません?
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T:0730「しずく61~存在削除」
 神崎(かんざき)つくねは学校では友だちを作ることはしなかった。同じ場所(ばしょ)に何時(いつ)までいられるか分からないし、それに友だちがいるとそれが足かせになる場合(ばあい)があるからだ。それだからだろう、つくねが教室(きょうしつ)に入ってきても声をかける生徒(せいと)は誰(だれ)もいない。
 教室の中はいつもと変わらなかった。生徒(せいと)の一人が焼死(しょうし)していることになっているのに、悲(かな)しんでいる様子(ようす)は微塵(みじん)も感じられない。さらに、しずくが使っていた机(つくえ)は水木涼(みずきりょう)が使っていた。さり気なく、つくねは涼に聞いてみた。すると涼は、
「しずくってだれ? 私、ずっとこの席(せき)だったでしょ。変なこと言わないでよ」
 こう言われてしまっては、つくねもそれ以上(いじょう)は何も訊(き)けなかった。同じことが職員室(しょくいんしつ)でもあった。柊(ひいらぎ)あずみが手にした出席簿(しゅっせきぼ)にはしずくの名前(なまえ)が消(き)えていて、在校(ざいこう)していた記録(きろく)すら残(のこ)ってはいなかった。
 昼休みになって、校舎(こうしゃ)の屋上(おくじょう)にあずみとつくねの姿(すがた)があった。つくねがため息(いき)まじりに呟(つぶや)いた。
「しずくのこと、誰(だれ)も覚(おぼ)えてないみたい。いないことにされちゃうなんて…」
「能力者(のうりょくしゃ)の仕業(しわざ)ね。記憶(きおく)が操作(そうさ)されているんだわ。ここまでやるなんて、あいつらはしずくを完全(かんぜん)に消したがっているんだわ。今のうちに何か手を打たないと」
「あたし、ちょっと気になる娘(こ)がいるんだけど、あの石(いし)で確(たし)かめてみてもいいかしら?」
「それはいいけど…。でも、あなた一人では危険(きけん)よ。私も一緒(いっしょ)の方がいいわ」
<つぶやき>気になる娘って誰でしょう? 敵(てき)の姿(すがた)をつかむことができるのでしょうか。
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T:0731「借りたがる女」
「わぁ、その帽子(ぼうし)、素敵(すてき)じゃない。あなたにとっても似合(にあ)ってるわ」
「そお? ありがとう。そんなに良いかなぁ」
 友だちにほめられるのは、ちょっと嬉(うれ)しいよね。でも、その友だちは――。
「ちょっと、あたしにもかぶらせて。ねえ、いいでしょ?」
 私は言われるままに彼女に帽子を渡(わた)してしまった。彼女はまるでモデルにでもなったようにポーズをとりながら、「どお? 似合ってるかしら?」
「ええ、とっても。すごく良いと思うわ」
「ありがとう! じゃあ…、これ、あたしに貸(か)してくれない? ねえ、いいでしょ」
「ええ…。でも、それ買ったばかりだし…」
「いいじゃない、あたしたち友だちでしょ。ねえ、おねがい!」
 彼女は懇願(こんがん)するよに私を見つめた。そして私が迷(まよ)っていると見ると、すり寄(よ)ってきて、
「じゃあ、今日はあなたが使っていいわ。明日は、あたしね。その帽子に似合うお洋服(ようふく)を着てくるから、楽しみにしてて」
 こんなことまで言われたら、ますます断(ことわ)れなくなってしまった。彼女は帽子を私に返すと、私の方を見てニッコリ笑ってさらに続けた。
「昨日、一緒(いっしょ)にいたのってあなたの彼氏(かれし)よね。とっても素敵な人じゃない。あたし――」
「ダメよ、ぜったいダメだからね! 私の大切(たいせつ)な人なんだから」
<つぶやき>友達だから何でも貸(か)し借(か)りできる、ってわけじゃないよね。こればかりは…。
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T:0732「好き好き病」
 20XX年、世界的(せかいてき)な人口(じんこう)の減少(げんしょう)は止(とど)まるところを知らなかった。そんな中、地球規模(きぼ)で未知(みち)の伝染病(でんせんびょう)が広がり始めた。その病(やまい)の症状(しょうじょう)はちょっと変わったものだった。感染者(かんせんしゃ)の理性(りせい)が阻害(そがい)され、人間本来(ほんらい)の種(しゅ)を保存(ほぞん)しようとする本能(ほんのう)が強まってしまうのだ。いわゆる一目惚(ひとめぼ)れというやつだ。
 医療機関(いりょうきかん)では、何とか原因(げんいん)を突(つ)き止めようとやっきになっていた。だが、いまだに病原菌(びょうげんきん)も発症(はっしょう)の経緯(けいい)すら突き止めることができなかった。そして感染者を隔離(かくり)している病院(びょういん)でも、院内(いんない)感染が始まってしまった。
「先生、あたし、何だか変なんです。先生のことが…」
「愛子(あいこ)君、きみ、まさか感染したのか? ちょっと、待ちたまえ。私には妻(つま)が…」
「分かってます、分かってますけど…。止(と)められないんです。あたし、好きになって…」
 彼女は先生にじりじりと近づいて行った。そして――。次の瞬間(しゅんかん)、先生の方から彼女に抱(だ)きついて、彼女の耳元(みみもと)にささやいていた。
「よかった、僕(ぼく)も君のことが好きだったんだ。僕の愛人(あいじん)になってくれないか?」
 この言葉(ことば)が、彼女の中に変化(へんか)をもたらせた。彼女は先生の身体(からだ)を押(お)しやると、奇声(きせい)を上げて平手打(ひらてう)ちをくらわせて叫(さけ)んでいた。
「あんたなんか大嫌(だいきら)いよ! 愛人になんかなるもんですか!」
<つぶやき>どさくさにまぎれていい思いをしようなんて、最低(さいてい)です。やめて下さいね。
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T:0733「いいの?」
「あの…、本当(ほんとう)に、あたしでいいんですか?」
 彼女は念(ねん)を押(お)すように聞き返した。突然(とつぜん)、彼から告白(こくはく)されたのだが、彼女には彼の真意(しんい)がまったくつかめなかった。
 彼女は思っていた。自分は人に好かれるような人間(にんげん)じゃない――。美人(びじん)でもないし、性格(せいかく)だって明るい方とはいえない。それに運動(うんどう)は苦手(にがて)で、成績(せいせき)の方もぱっとしない。そんなあたしに、なぜ、どうして告白なんかしてきたの?
 きっとあれだわ…。彼女はふと思った。どこかでみんな隠(かく)れていて、あたしのこと笑(わら)って見てるんだ。それで、あたしが告白に「はい」って言ったら、みんな飛(と)び出してきて…。きっとそうよ。――彼女は辺(あた)りを見回(みまわ)してみた。でも、隠れるような所はどこにも…。
 ここは、よく考えないと…。彼女は思わず眉間(みけん)にシワを寄(よ)せた。
 ――そんな彼女の様子(ようす)を見て、彼は彼女に言った。「ごめんね、急(きゅう)にこんなこと…。返事(へんじ)は、今すぐでなくてもいいんだ。よく考えて…。また、今度…。じゃ、僕(ぼく)は――」
 彼がくるりと背(せ)を向けて行きかけるのを、彼女はとっさに呼(よ)び止めた。そして、
「いいわよ」と声が出た。これには、彼女自身(じしん)も驚(おどろ)いた。こんなこと言っちゃうなんて…。彼女はうつむき加減(かげん)で繰(く)り返した。「付き合ってあげても、いいわよ。でも、その前に…。あたしの…どこを、好きになったのか教えてくれない?」
<つぶやき>ここで男は考えるのです。顔?パーツ?それとも性格(せいかく)? 何て答えれば…。
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T:0734「スーパーウーマン」
 友だちが開(ひら)いたホームパーティーに招(まね)かれた彼女。そこでズッキューンな彼に出会(であ)った。彼女にとって、それはまさに運命(うんめい)の出会い。でも彼女は内気(うちき)な性格(せいかく)で、いまだに恋人(こいびと)と呼べる人ができないのが現実(げんじつ)だった。
 友だちにその男性を紹介(しょうかい)されても、彼女は恥(は)ずかしさのあまり話をすることもままならなかった。みかねた友だちは、その男性と二人っきりで会えるようにセッティングした。
 数日後、彼女のところに友だちがやって来た。もちろん、二人の間に進展(しんてん)があったかどうか確認(かくにん)するためだ。友だちの顔を見た彼女は、泣(な)きそうな声で言った。
「ごめんね。私、約束(やくそく)の時間に行けなかったの…。3時間も遅(おく)れて、それで、それでね…」
「会えなかったの? 何でそんなに遅れたのよ」
 友だちはふっと何かに気がついて、スマホでネットニュースを開いて彼女に見せた。
「まさか、これで…。工場(こうじょう)の爆発事故(ばくはつじこ)。これ約束の日だったでしょ。すごく渋滞(じゅうたい)してて」
 彼女はちょっとためらいながら答(こた)えた。「ええ、まあ…、そんな感(かん)じかな……」
 実(じつ)は、彼女はスーパーウーマンとして事故現場(げんば)で人命救助(じんめいきゅうじょ)をしていのだ。だが、このことは誰(だれ)にも話すことはできなかった。友だちはニュースを見ながら言った。
「この場所(ばしょ)にすごい人が現(あらわ)れたんでしょ。何でも、レオタード姿(すがた)で…。恥ずかしくないのかな? ほら、ここに出てるわ。まるで子供のような貧乳(ひんにゅう)だったって」
 彼女は自分の胸(むね)を押(お)さえながら思った。絶対(ぜったい)コスチュームを変えてやる。
<つぶやき>スーパーな人にも悩(なや)みがいろいろあるんです。これからの彼女の活躍(かつやく)は…。
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