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書庫 連載物語「いつか、あの場所で…」1~
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T:001「初(はじ)めの一歩(いーっぽ)」1
初(はじ)めてあの子(こ)を見(み)たのは、校庭(こうてい)の桜(さくら)が散(ち)り始(はじ)めた頃(ころ)。桜(さくら)の花(はな)びらが教室(きょうしつ)の窓(まど)から突然(とつぜん)舞(ま)い込(こ)むように、彼女(かのじょ)は僕(ぼく)の前(まえ)に姿(すがた)を現(あらわ)した。<上野(うえの)さくら>これが彼女(かのじょ)の名前(なまえ)だ。僕(ぼく)がこんなことを言(い)うのは変(へん)だけど、彼女(かのじょ)は他(ほか)の女子(じょし)とは違(ちが)っていた。まるで別(べつ)の世界(せかい)から来(き)たみたいに…かわいかった。大袈裟(おおげさ)に聞(き)こえるかもしれないけど、彼女(かのじょ)の目(め)には星(ほし)がきらめいていた。少女漫画(しょうじょまんが)によくあるあれだ。僕(ぼく)はバカにしてたけど、本当(ほんとう)にきらめいていたんだ。僕(ぼく)の目(め)は、彼女(かのじょ)に釘(くぎ)づけになった。先生(せんせい)が何(なに)か言(い)ってるけど、僕(ぼく)の耳(みみ)には入(はい)らなかった。まるでスロー再生(さいせい)のビデオを観(み)ているように、ゆっくりと動(うご)いている。彼女(かのじょ)の笑顔(えがお)はお日様(ひさま)よりも明(あか)るく輝(かがや)き、彼女(かのじょ)の声(こえ)は天使(てんし)の歌声(うたごえ)のように僕(ぼく)の心(こころ)に響(ひび)いた。僕(ぼく)は天使(てんし)がどんな声(こえ)なのか知(し)らないけど、そんなことはどうでもいい。
「じゃ、席(せき)はそこの空(あ)いてるところね」先生(せんせい)がそう言(い)う。彼女(かのじょ)がどんどん近(ちか)づいてくる。僕(ぼく)は彼女(かのじょ)をそれ以上(いじょう)見(み)ることが出来(でき)なかった。でも、聞(き)こえるはずのない彼女(かのじょ)の足音(あしおと)や息(いき)づかいが、僕(ぼく)の耳(みみ)に飛(と)び込(こ)んでくる。僕(ぼく)の心臓(しんぞう)は高鳴(たかな)り、口(くち)から飛(と)び出(だ)しそうになった。彼女(かのじょ)は間近(まぢか)で止(と)まり、隣(となり)の席(せき)に座(すわ)った。ほのかな香(かおり)が鼻(はな)をくすぐる。今(いま)まで嗅(か)いだことのない、これが都会(とかい)の香(かおり)なのかなぁ。「よろしくね」彼女(かのじょ)はそう言(い)って笑顔(えがお)を僕(ぼく)に向(む)けた。僕(ぼく)は不意(ふい)をつかれた。何(なに)も答(こた)えられず、ただ頷(うなず)いただけで目(め)をそらす。…横目(よこめ)で彼女(かのじょ)を見(み)る。もうそこには、あの天使(てんし)の笑顔(えがお)はなかった。
彼女(かのじょ)はすぐにみんなにとけ込(こ)んだ。でも僕(ぼく)は…。何(なん)でこんなにどきどきするんだろう。こんなことは初(はじ)めてだ。僕(ぼく)は人気者(にんきもの)ってわけでもないけど、みんな友達(ともだち)だし女子(じょし)とも平気(へいき)でふざけあったりする。でも、彼女(かのじょ)の前(まえ)だと…。何(なに)も言(い)えなかった。桜(さくら)の花(はな)のように可憐(かれん)で繊細(せんさい)で、笑(わら)ったときのえくぼがまぶしかった。僕(ぼく)は…、彼女(かのじょ)と友達(ともだち)になりたかった。
僕(ぼく)らの学校(がっこう)はそんなに大(おお)きい方(ほう)じゃない。クラスの数(かず)も少(すく)ないからみんな知(し)っている顔(かお)ばかりだ。その中(なか)でもゆかりは特別(とくべつ)だった。何(なに)が特別(とくべつ)って、一年(いちねん)の時(とき)からずっと同(おな)じクラスなんだ。でも、それだけじゃなくて、もっと深(ふか)い因縁(いんねん)で結(むす)ばれていた。それは、物心(ものごころ)がつく前(まえ)から側(そば)にいたことだ。兄弟(きょうだい)だと思(おも)われていたときもある。いつも男(おとこ)の子(こ)みたいな格好(かっこう)をして飛(と)び回(まわ)っていた。ゆかりにはいつもハラハラさせられる。何(なに)をするか分(わ)からなくて、怒(おこ)られるときはいつも一緒(いっしょ)だ。僕(ぼく)には関係(かんけい)ないことでも「幼(おさな)なじみでしょう」の一言(ひとこと)で付(つ)き合(あ)わされた。ときどき何(なん)でこいつとって思(おも)うときがある。明(あか)るくて気(き)さくな子(こ)なんだけど男勝(おとこまさ)りなんだ。僕(ぼく)が知(し)っている限(かぎ)り、喧嘩(けんか)で一度(いちど)も負(ま)けたことがない。僕(ぼく)でも勝(か)てないかもしれない。だぶん男(おとこ)の兄弟(きょうだい)の中(なか)で育(そだ)ったから、闘争心(とうそうしん)に溢(あふ)れているのかもしれない。悪戯(いたずら)が大好(だいす)きで、思(おも)ってることはすぐ口(くち)にしてしまう。だからゆかりと友達(ともだち)付(つ)き合(あ)いするのは難(むずか)しい。一番(いちばん)長(なが)く付(つ)き合(あ)っている僕(ぼく)だって、ついていけないときがあるからだ。でも、不思議(ふしぎ)と彼女(かのじょ)とはすぐに打(う)ち解(と)けて、いつの間(ま)にか友達(ともだち)になっていた。なんでだ? ぜんぜんタイプが違(ちが)うのに。話(はなし)が合(あ)うんだろうか? ちょっと羨(うらや)ましかった。二人(ふたり)が楽(たの)しそうに笑(わら)っているのを見(み)ると、心(こころ)の何処(どこ)かでもやもやとしたものが生(う)まれてくる。…それがいけなかったんだ。この後(あと)、取(と)り返(かえ)しのつかないことになってしまった。
<つぶやき>春(はる)は出会(であ)いの季節(きせつ)です。いい出会(であ)いがあると良(い)いですね。
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T:002「初(はじ)めの一歩(いーっぽ)」2
彼女(かのじょ)の噂(うわさ)は同級生(どうきゅうせい)の間(あいだ)ですぐに広(ひろ)がった。都会(とかい)から美少女(びしょうじょ)現(あらわ)る。好奇心(こうきしん)いっぱいで他(ほか)のクラスからも覗(のぞ)きに来(く)る。それを追(お)い返(かえ)すのがゆかりの役目(やくめ)になってしまった。手際(てぎわ)よくさばいていく。
僕(ぼく)も他(ほか)のクラスの奴(やつ)につかまって、あんまりしつこく聞(き)いてくるからつい…、「そんな騒(さわ)ぐほどじゃないよ。あれは性格(せいかく)悪(わる)いかもな。勉強(べんきょう)が出来(でき)て、可愛(かわい)いっていうのを自慢(じまん)しているだけさ。それに、ゆかりの機嫌(きげん)取(と)って上手(うま)く利用(りよう)して、なに考(かんが)えてるのか…」
「なんで、なんでそんなこと言(い)うの。私(わたし)はそんなこと考(かんが)えてない!」
「……!!」彼女(かのじょ)の突然(とつぜん)の出現(しゅつげん)に、僕(ぼく)もつい口(くち)にしてしまった。心(こころ)にもないことを…。
「なんだよ、転校生(てんこうせい)のくせに…」
彼女(かのじょ)は目(め)を潤(うる)ませて僕(ぼく)を見(み)つめる。僕(ぼく)は、言(い)ってはいけないことを言(い)ってしまった。
彼女(かのじょ)はそのまま走(はし)り去(さ)る。一部始終(いちぶしじゅう)を見(み)ていたゆかりが追(お)いかける。僕(ぼく)に最後(さいご)の一撃(いちげき)を喰(く)らわせて。「あんたって最低(さいてい)!」
すごい後悔(こうかい)。僕(ぼく)は完全(かんぜん)に嫌(きら)われてしまった。何度(なんど)か謝(あやま)ろうとしたんだけど、まったく受(う)け付(つ)けてくれなかった。<話(はな)し掛(か)けないで。顔(かお)も見(み)たくない>彼女(かのじょ)の目(め)が、そう訴(うった)えているように思(おも)えた。
友達(ともだち)になる糸口(いとぐち)もつかめないまま、時間(じかん)だけが過(す)ぎていく。そしてついに来(き)てしまった。それは僕(ぼく)たちをさらに引(ひ)き裂(さ)いた。席替(せきが)え…。今(いま)まで隣同士(となりどうし)だったのに、同(おな)じ班(はん)だったのに…。クジ引(び)きという理不尽(りふじん)な方法(ほうほう)で、僕(ぼく)は運(うん)にも見放(みはな)された。彼女(かのじょ)は窓側(まどがわ)、僕(ぼく)は廊下側(ろうかがわ)。彼女(かのじょ)との距離(きょり)は銀河系(ぎんがけい)よりも遙(はる)か遠(とお)くに感(かん)じた。
それから何日(なんにち)かして、僕(ぼく)は知(し)ってしまった。とんでもないことを…。
学校(がっこう)からの帰(かえ)り道(みち)、彼女(かのじょ)とゆかりが僕(ぼく)の前(まえ)を歩(ある)いていた。ふとひらめいた。彼女(かのじょ)が一人(ひとり)になったときがチャンスだ。彼女(かのじょ)にちゃんと謝(あやま)って…。
僕(ぼく)は距離(きょり)をとってついて行(い)く。突然(とつぜん)、ゆかりが振(ふ)り向(む)いた。慌(あわ)てて帽子(ぼうし)で顔(かお)を隠(かく)す。…見(み)つかってしまったのは確(たし)かだ。僕(ぼく)はなおも後(あと)を追(お)う。彼女(かのじょ)たちは何(なに)か笑(わら)っているようだ。きっと僕(ぼく)のことだ。ここまで来(き)て諦(あきら)めるのは…。僕(ぼく)は迷(まよ)っていた。その時(とき)、二人(ふたり)が立(た)ち止(ど)まった。とっさに物陰(ものかげ)に入(はい)る。…彼女(かのじょ)がゆかりから離(はな)れていく。ゆかりは僕(ぼく)を見(み)つけると、にやりと笑(わら)って手(て)を振(ふ)った。そして自分(じぶん)の家(いえ)の方(ほう)へ歩(ある)いていく。
僕(ぼく)はまだ迷(まよ)っていた。あのゆかりの笑顔(えがお)が気(き)になった。あいつがあんな顔(かお)をするときは絶対(ぜったい)何(なに)かあるからだ。彼女(かのじょ)の歩(ある)いていった道(みち)は僕(ぼく)の家(いえ)の方(ほう)だった。もう迷(まよ)っている時間(じかん)はなかった。どんどん彼女(かのじょ)が離(はな)れていく。見失(みうしな)うわけにはいかなかった。
僕(ぼく)は、思(おも)い切(き)って走(はし)り出(だ)した。
<つぶやき>取(と)り返(かえ)しのつかないことって誰(だれ)にもありますよ。そういう私(わたし)にも…。
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T:003「初(はじ)めの一歩(いーっぽ)」3
彼女(かのじょ)が僕(ぼく)の家(いえ)の前(まえ)を通(とお)り過(す)ぎたとき、彼女(かのじょ)との距離(きょり)十(じゅう)メートル。僕(ぼく)の頭(あたま)の中(なか)はどう呼(よ)び止(と)めようか、それしかなかった。
声(こえ)をかけようとしたその瞬間(しゅんかん)、彼女(かのじょ)は僕(ぼく)の視界(しかい)から……消(き)えた? 僕(ぼく)はその場(ば)に立(た)ちつくした。彼女(かのじょ)の消(き)えた先(さき)は…、隣(となり)の家(いえ)!? 僕(ぼく)は急(いそ)いで家(いえ)に飛(と)び込(こ)んで…、
「ねえ、母(かあ)さん! 隣(となり)に引(ひ)っ越(こ)してきた人(ひと)ってさぁ…」
「ただいまでしょう。なに慌(あわ)ててるの?」
「あっ、ただいま。だから、隣(となり)の人(ひと)って…」
「上野(うえの)さんよ。娘(むすめ)さんがあんたと同(おな)じクラスになったんだって?」
「そんな…」
「あれ、知(し)らなかったの?」
「だって、会(あ)ったことないし…」
「いつもぎりぎりじゃない家(いえ)を出(で)るの。隣(となり)の子(こ)なんか余裕(よゆう)で出(で)かけてるわよ」
「なんで教(おし)えてくれなかったんだよ」
「仲良(なかよ)くしてあげなさい。お隣(となり)さんなんだから。そうだ。呼(よ)びに来(き)てもらおうか?」
「止(や)めてくれよ。そんな…」
「あんな可愛(かわい)い子(こ)が来(き)てくれたら、あんたの遅刻(ちこく)もなくなるかもね」
「絶対(ぜったい)だめ! そんなこと…」
「なにむきになってるの?」
僕(ぼく)はそれ以上(いじょう)なにも言(い)えなかった。階段(かいだん)を駆(か)け上(あ)がり自分(じぶん)の部屋(へや)へ。なんで今(いま)まで気(き)づかなかったんだろう。ゆかりは知(し)ってたんだ。あの笑顔(えがお)はこういうことだったんだ。明日(あした)、笑(わら)いのネタにされる。みんなの笑(わら)いものだ。僕(ぼく)は腹立(はらだ)ち紛(まぎ)れにカーテンを開(あ)ける。
えっ…! 彼女(かのじょ)だ。彼女(かのじょ)がこっちを見(み)ていた?
僕(ぼく)は慌(あわ)てて隠(かく)れる。なんで隠(かく)れるんだよ。…あそこが彼女(かのじょ)の部屋(へや)なんだ。…そっと外(そと)を見(み)る。彼女(かのじょ)のいた窓(まど)には、カーテンが…。
僕(ぼく)はこの偶然(ぐうぜん)を手放(てばな)しで喜(よろこ)べなかった。あんなことがなかったら…。僕(ぼく)はまたしても落(お)ち込(こ)んだ。
…ちょっと待(ま)てよ。隣(となり)に彼女(かのじょ)がいるってことは、ひょっとするとチャンスかも。学校(がっこう)で駄目(だめ)なら、ここがあるじゃない。ここだったらゆっくり話(はなし)が出来(でき)るし、僕(ぼく)のこと分(わ)かってもらえるかも…。そう思(おも)ったら、なんだか心(こころ)が軽(かる)くなった。
僕(ぼく)は彼女(かのじょ)の窓(まど)をいつまでも見(み)つめていた。カーテンが開(ひら)きますように、彼女(かのじょ)が出(で)て来(き)ますように。そう心(こころ)の中(なか)でつぶやきながら…。
<つぶやき>灯台下暗(とうだいもとくら)しってやつですか。よくあること(?)ですよね。ははは…。
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JUMP 005「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり2」 006「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり3」
007「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり4」 008「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり5」 連載物語ID
T:004「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり」1
いつも引(ひ)っ越(こ)してばかりで、私(わたし)には故郷(ふるさと)と呼(よ)べるような場所(ばしょ)はないんだ。転校(てんこう)したのだってこれで三回目(さんかいめ)。そのたびに友達(ともだち)を作(つく)り直(なお)さないといけない。これが結構(けっこう)大変(たいへん)なんだ。
ママみたいにはなれない。ママはどこへ行(い)ってもすぐに馴染(なじ)んでしまう。これは才能(さいのう)の一(ひと)つだわ。いつも感心(かんしん)しちゃう。私(わたし)は不器用(ぶきよう)。それに…、みんなが思(おも)っているような良(い)い子(こ)じゃない。可愛(かわい)くもないし…。私(わたし)は自分(じぶん)の顔(かお)が嫌(きら)いなんだ。この顔(かお)のせいでいつも苦労(くろう)するの。もっとブスになりたい。本当(ほんとう)の私(わたし)は違(ちが)うんだから。どこへ行(い)ってもそうなんだ。いつも自分(じぶん)を装(よそお)って、みんなが思(おも)っているようになろうとしている。自分(じぶん)を誤魔化(ごまか)して…。
今度(こんど)だってそうなの。誰(だれ)と友達(ともだち)になれば上手(うま)くやっていけるか。まず考(かんが)えるのはこのことなの。これが今(いま)の私(わたし)の唯一(ゆいいつ)の才能(さいのう)なのかもしれない。ゆかりに近(ちか)づいたのだって、彼女(かのじょ)と友達(ともだち)になれば自分(じぶん)を守(まも)れると思(おも)ったから。…私(わたし)はずるい子(こ)なのかもしれない。
高太郎君(こうたろうくん)の言(い)ったことが、まだ私(わたし)の中(なか)に突(つ)き刺(さ)さっている。自分(じぶん)の心(こころ)の中(なか)を見抜(みぬ)かれてしまったような、そんな気(き)がした。だから私(わたし)も…。いつもならあんなことしないのに…。あれ以来(いらい)、高太郎君(こうたろうくん)とは気(き)まずいままになってしまった。
高太郎君(こうたろうくん)は他(ほか)の子(こ)とは違(ちが)っていた。私(わたし)を特別(とくべつ)な目(め)で見(み)ないし、馴(な)れ馴(な)れしく話(はな)し掛(か)けてくることもなかった。こんな子(こ)は初(はじ)めてかもしれない。私(わたし)もゆかりみたいになれたらいいのに。そしたらこんなカーテンなんか開(あ)けちゃって、彼(かれ)に話(はな)し掛(か)けることだって出来(でき)るのに…。もう一度(いちど)やり直(なお)せたらどんなに良(い)いか。…でも、私(わたし)のこと嫌(きら)いだったら? もしそうだったらどうしよう。
日曜日(にちようび)、ゆかりが突然(とつぜん)やって来(き)た。いつも元気(げんき)だなぁ。悩(なや)み事(ごと)なんかないみたい。
「よっ、さくら。何(なに)してるの? せっかくの休(やす)みなのに」
「別(べつ)に…」
「何(なん)だよ、カーテン閉(し)め切(き)っちゃって。外(そと)、良(い)い天気(てんき)だぜ」
ゆかりはカーテンを開(あ)けて、窓(まど)を全開(ぜんかい)にする。気持(きも)ちの良(い)い風(かぜ)が吹(ふ)き込(こ)んでくる。私(わたし)の心(こころ)のもやもやを晴(は)らしてくれるように。
「あれ、あいつの部屋(へや)だ。こんなに近(ちか)いんだ。ねっ、あいつと話(はな)したりしてる?」
「ううん…」
「いいなぁ、ここだったら夜(よる)遅(おそ)くまで喋(しゃべ)ってても怒(おこ)られないよね」
私(わたし)はどう答(こた)えたらいいか分(わ)からなかった。ただ頷(うなず)くだけ…。
「高太郎(こうたろう)って良(い)い奴(やつ)だよ。ときどきバカやるけど。…あいつのこと嫌(きら)いになっちゃった?」
「そんなこと…」
「だったら、これから隣(となり)に行(い)かない? 鯉(こい)のぼり、見(み)に行(い)こう」
楽(たの)しそうにそう言(い)って、私(わたし)を強引(ごういん)に連(つ)れ出(だ)そうとする。私(わたし)は突然(とつぜん)のことに動転(どうてん)して…、
「行(い)けないよ。私(わたし)、嫌(きら)われてるもん」
「そんなことないって。いいわ、私(わたし)が仲直(なかなお)りさせてあげる。もし高太郎(こうたろう)がなんか言(い)ったら、私(わたし)がぶっ飛(と)ばしてやるから」
<つぶやき>こんな頼(たの)もしい友達(ともだち)がいたら、頼(たよ)ってしまうかもしれません。私(わたし)は…。
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JUMP 006「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり3」 007「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり4」
008「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり5」 009「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり6」 連載物語ID
T:005「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり」2
「違(ちが)うの。高太郎君(こうたろうくん)は悪(わる)くないの。…悪(わる)かったのは私(わたし)の方(ほう)なんだから」
私(わたし)はすべてを打(う)ち明(あ)けた。どうしてゆかりと友達(ともだち)になったのか。そして、高太郎君(こうたろうくん)が言(い)ったことは間違(まちが)っていないって…。これ以上(いじょう)、嘘(うそ)をつきたくなかった。本当(ほんとう)の自分(じぶん)を取(と)り戻(もど)したかった。これで友達(ともだち)をなくすかもしれないけど…、それでもいいって思(おも)った。
でも、ゆかりの反応(はんのう)はまるで違(ちが)っていた。ゆかりは私(わたし)の言(い)ったことを笑(わら)い飛(と)ばして…、
「なんだ、そんなことで悩(なや)んでたの? 気(き)にしない、気(き)にしない。私(わたし)だって似(に)たようなことしてるから。実(じつ)はね、自分(じぶん)の部屋(へや)が欲(ほ)しくて、いま根回(ねまわ)ししてるとこなんだ」
ゆかりは四人(よにん)兄弟(きょうだい)の三番目(さんばんめ)。彼女(かのじょ)以外(いがい)はみんな男(おとこ)ばかり。私(わたし)は一人(ひとり)っ子(こ)だから羨(うらや)ましいんだけど、ゆかりに言(い)わせると生存競争(せいぞんきょうそう)が激(はげ)しいんだって。自分(じぶん)の欲(ほ)しいものは主張(しゅちょう)しないと手(て)に入(はい)らない。自分(じぶん)だけの部屋(へや)なんて夢(ゆめ)のよう、なんだって。
「一番上(いちばんうえ)の兄(にい)ちゃんが一人部屋(ひとりべや)で、もう一(ひと)つの部屋(へや)は三人(さんにん)で使(つか)ってて。不公平(ふこうへい)だと思(おも)わない? それでね、その兄(にい)ちゃんが大学(だいがく)へ行(い)くために家(いえ)を出(で)て行(い)く予定(よてい)だから、その部屋(へや)を狙(ねら)ってるんだ。でも、問題(もんだい)なのがちゅうにい」
「チュウニイ?」
「あっ、二番目(にばんめ)の兄貴(あにき)。こいつも狙(ねら)っててね。ちょっと強敵(きょうてき)なんだ。母(かあ)ちゃんは味方(みかた)してくれるけど、親父(おやじ)がね。男同士(おとこどうし)の絆(きずな)ってけっこう強(つよ)いでしょう。それを崩(くず)すために作戦(さくせん)を練(ね)ってるんだ。ま、見(み)ててよ。親父(おやじ)なんて娘(むすめ)には弱(よわ)いんだから。中学(ちゅうがく)に入(はい)るまでには手(て)に入(い)れるから」
私(わたし)は感心(かんしん)してしまった。彼女(かのじょ)の行動力(こうどうりょく)というか…、すごい。私(わたし)だったらとても生(い)きていけない。そんな気(き)がした。
「さくらはいいよなぁ。一人(ひとり)で使(つか)える部屋(へや)があって。ねえ、泊(と)まりに来(き)てもいい?」
「えっ? …うん、いいよ」つい言(い)ってしまった。
「やった! 私(わたし)んち男(おとこ)ばかりでしょう。話(はな)し合(あ)わなくてさぁ」
けっこう強引(ごういん)なんだ。この後(あと)、たびたび泊(と)まりに来(く)るようになった。最初(さいしょ)のうちは私(わたし)も戸惑(とまど)っていたけど、だんだんゆかりのことがほんとに好(す)きになってしまった。なんだか私(わたし)にも姉妹(しまい)が出来(でき)たみたいで…。私(わたし)の両親(りょうしん)も良(い)い友達(ともだち)が出来(でき)てよかったねって。友達(ともだち)とこんな付(つ)き合(あ)い方(かた)をしたのは初(はじ)めてだった。なんかとっても新鮮(しんせん)な感(かん)じ。
ここは都会(とかい)とは違(ちが)って隣近所(となりきんじょ)の付(つ)き合(あ)いが親密(しんみつ)みたい。縁続(えんつづ)きの人(ひと)とか、親同士(おやどうし)が学校(がっこう)で同級生(どうきゅうせい)だったとか。ゆかりと高太郎君(こうたろうくん)のところも同級生(どうきゅうせい)だったんだって。それで小(ちい)さいときから一緒(いっしょ)にいたんだ。ちょっぴり羨(うらや)ましいなぁ。
<つぶやき>田舎(いなか)っていうのは、人付(ひとづ)き合(あ)いが大切(たいせつ)なんです。助(たす)け合(あ)っていかないと…。
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JUMP 007「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり4」 008「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり5」
009「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり6」 010「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)1」 連載物語ID
T:006「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり」3
「こらっ!」突然(とつぜん)、ゆかりが叫(さけ)んだ。「高太郎(こうたろう)、何(なに)してんの」窓(まど)から高太郎君(こうたろうくん)が顔(かお)を出(だ)す。「さっきから、こそこそこそこそ」
「いいだろ別(べつ)に何(なに)してても…。そっちこそ何(なに)してんだよ」
窓越(まどご)しに言葉(ことば)が飛(と)び交(か)う。
「私(わたし)たちはいま大事(だいじ)な話(はなし)をしてるの。邪魔(じゃま)しないでね」
「どうだか…。迷惑(めいわく)かけてるんじゃないの」
「そっちこそ、覗(のぞ)いてたくせに」
「…誰(だれ)が覗(のぞ)くか。お前(まえ)さ、その性格(せいかく)なおした方(ほう)がいいよ。ちょっとはその子(こ)見習(みなら)って…」
「その子(こ)って? 誰(だれ)のことかなぁ?」
「誰(だれ)って…。ほら、その、隣(となり)にいる…」
「あんたさ、さくらのこと好(す)きなんでしょう」
<えっ? そんな!>私(わたし)は慌(あわ)てて…、「私(わたし)は違(ちが)うから、そんなこと…」なに言(い)ってるんだろう、私(わたし)…。
「さくら、ほんとにこんなんでいいの? こいつ性格(せいかく)悪(わる)いよ」
<もう、ゆかりったら…。>
「お前(まえ)に言(い)われたくないよ。だいたいな、昔(むかし)っからそうなんだよなぁ。いつも人(ひと)に責任(せきにん)押(お)しつけて。作(さく)じいの柿(かき)、盗(ぬす)んだときだって…」作(さく)じい? どっかのおじいさん?
「えっ、何(なん)のこと? 忘(わす)れちゃった」ゆかり、何(なに)したんだろう?
「なんにも知(し)らない俺(おれ)に、これあげるって言(い)って柿(かき)、渡(わた)しただろ。俺(おれ)が盗(ぬす)んだって思(おも)われて、作(さく)じいにむちゃくちゃ怒(おこ)られたんだからな」
「あんたが鈍(どん)くさいからよ」
<それ違(ちが)うよ、盗(ぬす)んじゃだめ。>
「ねえ、さくら。いいこと教(おし)えてあげる」
<えっ?> 私(わたし)、ついていけない。
「高太郎(こうたろう)ね、木(き)から下(お)りられなくなってビーィビーィ泣(な)いたことあるの。可笑(おか)しいでしょう」
<えっ、そうなんだ。>
「なに言(い)ってるんだよ。あれは、お前(まえ)が下(お)りられなくなったから、助(たす)けに行(い)ってやったんだろう。忘(わす)れたのかよ」優(やさ)しいとこもあるんだ。
「あれ、そうだったっけ? でも、情(なさ)けないよなぁ。下見(したみ)て足(あし)がすくんじゃって…」
「お前(まえ)が、あんなとこまで登(のぼ)るからだろ」そんなに高(たか)かったのかな?
「まったく、都合(つごう)の悪(わる)いことはいつも忘(わす)れるんだよなぁ」
この二人(ふたり)、仲(なか)が良(い)いのかな? 悪(わる)いのかな? いつも喧嘩(けんか)ばかりしている。でも、二人(ふたり)とも楽(たの)しそうだ。相手(あいて)のことが分(わ)かっているから、何(なん)でも言(い)い合(あ)えるのかな? 私(わたし)もこんな風(ふう)になれるといいなぁ。二人(ふたり)の話(はなし)には割(わ)り込(こ)めない。私(わたし)はただ笑(わら)って見(み)ているだけ。
<つぶやき>幼(おさな)なじみっていいですよね。何(なん)でも言(い)えるし。でも、近(ちか)すぎるとかえって…。
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JUMP 008「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり5」 009「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり6」
010「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)1」 011「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)2」 連載物語ID
T:007「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり」4
「ねえ、さくらが鯉(こい)のぼり見(み)たいって。そっちに行(い)っていい?」
<そんなこと言(い)ってないよ。>何(なん)でそんなこと言(い)うの?
「別(べつ)にいいけど…」なんか、怒(おこ)ってる?
「もっとさ、愛想(あいそ)よくしなさいよ。さくらが怖(こわ)がってるでしょう」
<いいよ、そんな…。>
「あのな、お前(まえ)の方(ほう)が怖(こわ)いよ」そんなことないよ。優(やさ)しいよ。
「まったく素直(すなお)じゃないんだから」
「素直(すなお)だったらお前(まえ)とは付(つ)き合(あ)えないよ。もういいからさぁ、来(き)たかったら早(はや)く来(こ)いよ」
「ほんとは嬉(うれ)しいくせに…。高太郎(こうたろう)も下(お)りて来(こ)いよ」
「残念(ざんねん)でした。いま勉強(べんきょう)してるから…」
<そんな、会(あ)ってくれないの?>
「何(なん)の勉強(べんきょう)だか。どうせまたプラモデル作(つく)ってるだけだろ」そんな趣味(しゅみ)があるんだ。
「いま手(て)が離(はな)せないんだよ。ぜったい邪魔(じゃま)するなよ」
「幼(おさな)なじみだろう。来(こ)なかったらぶっ飛(と)ばす」駄目(だめ)だよ、暴力(ぼうりょく)は…。
「そんなこと関係(かんけい)ないだろ。下(した)に隆(たかし)がいるから、じゃれてろ。ただし、泣(な)かすなよ」
「隆(たかし)、居(い)るんだ! さくら、行(い)くよ。早(はや)く、はやく!」
<なに? どうしたの?>
私(わたし)はゆかりに急(せ)き立(た)てられて、訳(わけ)も分(わ)からず連(つ)れて行(い)かれた。初(はじ)めて入(はい)る高太郎君(こうたろうくん)の家(いえ)。外(そと)からは気(き)づかなかったけど、広(ひろ)い庭(にわ)があって…。ゆかりは庭(にわ)で遊(あそ)んでいる子(こ)を見(み)つけると、「たかしーぃ!」って叫(さけ)んで抱(だ)きついた。まだ小(ちい)さな男(おとこ)の子(こ)。高太郎君(こうたろうくん)の従兄弟(いとこ)なんだって。たまにお母(かあ)さんに連(つ)れられて実家(じっか)のここに遊(あそ)びに来(く)る。隆君(たかしくん)はゆかりのことが大好(だいす)きで、「おねえちゃん、おねえちゃん」っていつも呼(よ)んでいるんだって。
<ゆかり、楽(たの)しそうだなぁ。>
あっ…、高太郎君(こうたろうくん)。…来(き)てくれたんだ。私(わたし)はどうしたらいいのか分(わ)からなくて、俯(うつむ)いてしまった。どうしてだろう。…なんか不思議(ふしぎ)な気持(きも)ち。
「また遅刻(ちこく)かよ。もっと早(はや)く来(こ)いよな」ゆかりは隆君(たかしくん)を抱(だ)き上(あ)げて睨(にら)み付(つ)ける。
「ちょっと隆(たかし)のことが心配(しんぱい)だったから来(き)ただけさ。お前(まえ)の馬鹿力(ばかぢから)で、怪我(けが)でもさせられたら大変(たいへん)だからな」
「そんなことあるわけないだろ。隆(たかし)は、おねえちゃんのこと好(す)きだよなーぁ」
「おねえちゃん、すき」
隆君(たかしくん)は笑顔(えがお)で答(こた)える。とっても可愛(かわい)い子(こ)。私(わたし)にもこんな弟(おとうと)がいたらなぁ。
「隆(たかし)、こんな奴(やつ)と付(つ)き合(あ)うと苦労(くろう)するだけだぞ」真顔(まがお)で言(い)ってる。
「なに訳(わけ)の分(わ)かんないこと言(い)ってんの。もういいから、向(む)こう行(い)けよ」
「何(なん)だよ。ここは俺(おれ)んちだぞ」
「邪魔(じゃま)なんだよ。お前(まえ)はさくらの相手(あいて)でもしてろ」
<えっ? 私(わたし)は…。>どうしよう。二人(ふたり)だけは駄目(だめ)だよ。ゆかり…。
<つぶやき>誰(だれ)でも小(ちい)さな時(とき)ってあるんです。あの頃(ころ)は、素直(すなお)で可愛(かわい)くて。でも今(いま)は…。
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JUMP 009「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり6」 010「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)1」
011「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)2」 012「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)3」 連載物語ID
T:008「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり」5
「さくら、ごめんな。あとよろしく」
<よろしくって。> そんな…。
「まったく…」高太郎君(こうたろうくん)はまだ何(なに)か言(い)いたげだったけど、私(わたし)の方(ほう)へ来(き)て一言(ひとこと)。
「こっち」
「えっ?」私(わたし)が何(なん)のことか分(わ)からなくて戸惑(とまど)っていると…。
「鯉(こい)のぼり」私(わたし)と目(め)を合(あ)わせないでまた一言(ひとこと)。そのまま行(い)ってしまう。
<ちょっと待(ま)って…。>
私(わたし)は彼(かれ)の後(あと)を追(お)って家(いえ)の裏手(うらて)へ。こんなところにも庭(にわ)があるんだ。彼(かれ)は上(うえ)を見(み)て、
「ほら」っと指(ゆび)さす。私(わたし)はその指先(ゆびさき)を見上(みあ)げる。
「わーっ、大(おお)きいーィ」思(おも)わずつぶやいちゃった。
大(おお)きな鯉(こい)が風(かぜ)に揺(ゆ)れている。まるで生(い)きているみたい。私(わたし)は団地(だんち)サイズの鯉(こい)のぼりしか見(み)たことがなかった。こんな大(おお)きな鯉(こい)を間近(まぢか)で見(み)られるなんて…。
「あのさ、こんなの普通(ふつう)だって」
<…そうなんだ。>
「ここ、けっこう眺(なが)めいいだろ。海(うみ)だって見(み)えるんだぜ」
「…ほんとだ」
私(わたし)は遠(とお)くに目(め)をやる。ここは蛇行(だこう)している坂道(さかみち)の上(うえ)にあって周(まわ)りがよく見渡(みわた)せるの。私(わたし)の家(いえ)からだと、木(き)とかあってあんまりよく見(み)えないけど。ここからだとすごい。低(ひく)い垣根(かきね)の向(む)こうに家(いえ)が並(なら)んでいて、その向(む)こうに海(うみ)が輝(かがや)いている。
「わーっ、きれいーィ」
「お前(まえ)ってさ、何(なん)でも感動(かんどう)する奴(やつ)だな」
「えっ、だって…」
「こんなの普通(ふつう)だって」
また、普通(ふつう)って言(い)われちゃった。でも、私(わたし)にとっては初(はじ)めて見(み)るんだから仕方(しかた)ないじゃない。
「ごめんな…」高太郎君(こうたろうくん)が私(わたし)の横(よこ)でぽつりと言(い)う。
<えっ?> ……。
「この間(あいだ)、言(い)い過(す)ぎた。ごめん」
ぶっきらぼうに彼(かれ)が言(い)う。…何(なん)か言(い)わなきゃ。でも、出(で)て来(き)た言葉(ことば)は…、
「私(わたし)もごめんなさい」それしか言(い)えなかった。
<つぶやき>素直(すなお)な気持(きも)ちになれれば良(い)いんですが…。なかなか難(むずか)しいですよね。
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JUMP 010「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)1」 011「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)2」
012「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)3」 013「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)4」 連載物語ID
T:009「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり」6
「なに謝(あやま)ってるんだよ」
「だって私(わたし)も…」
高太郎君(こうたろうくん)と目(め)が合(あ)う。高太郎君(こうたろうくん)は照(て)れくさそうに笑(わら)う。私(わたし)もつられて笑(わら)ってしまう。
「お前(まえ)って、すっごい怖(こわ)い顔(かお)するよな」
<えっ?>なによ急(きゅう)に…。「そ、そんなことないよ」そんなに怖(こわ)い顔(かお)してたかな?
「だって、泣(な)いたときの顔(かお)。すごかったぜ」
「私(わたし)…、泣(な)いてないよ」
「泣(な)いてた」
「泣(な)いてない」
「絶対(ぜったい)、泣(な)いてた。涙(なみだ)、出(で)てたじゃない」
「絶対(ぜったい)、泣(な)いてない!」私(わたし)、なんでむきになってるのかな? どうしちゃったの…。
「お前(まえ)って、頑固(がんこ)だなぁ。もう、どっちでもいいよ」
「よくないよ。私(わたし)、そんな弱(よわ)い子(こ)じゃないもん」
「分(わ)かったよ。悪(わる)かった」高太郎君(こうたろうくん)がまた笑(わら)う。私(わたし)も負(ま)けずに…。
「この鯉(こい)のぼり、隆(たかし)のなんだ」
「…そうなんだ」
私(わたし)たちは鯉(こい)を見上(みあ)げる。これで友達(ともだち)になれるかな?
「なんだよ。仲良(なかよ)くやってるじゃない」ゆかりが隆君(たかしくん)を連(つ)れてやって来(き)た。
「久(ひさ)し振(ぶ)りにぶっ飛(と)ばせると思(おも)ったのになぁ」
「あのな…。なに言(い)ってるんだよ」高太郎君(こうたろうくん)は笑(わら)いながらゆかりに抗議(こうぎ)した。
今(いま)まで沈(しず)んでいた私(わたし)の心(こころ)。ゆかりのおかげで救(すく)われた。やっと素直(すなお)な気持(きも)ちになれたんだ。隆君(たかしくん)が私(わたし)に近(ちか)づいて来(き)て、
「おねえちゃん。こい、こい」そう言(い)って上(うえ)を指(さ)す。
私(わたし)はしゃがんで、「そうだね。おおきいねぇ」
小(ちい)さな子(こ)を見(み)てると不思議(ふしぎ)と笑顔(えがお)になる。とっても優(やさ)しい気持(きも)ちになれるのは何(なん)でだろう。
「おねえちゃん、すき」
隆君(たかしくん)が無邪気(むじゃき)な笑顔(えがお)で抱(だ)きついてくる。すかさず高太郎君(こうたろうくん)が…、
「そうか。やっぱり隆(たかし)もこっちのおねえちゃんの方(ほう)が良(い)いか。優(やさ)しそうだもんなぁ」
次(つぎ)の瞬間(しゅんかん)、高太郎君(こうたろうくん)が…飛(と)んだ? ゆかりの蹴(け)りが炸裂(さくれつ)したんだ。ゆかりは腕組(うでぐ)みして立(た)っている。高太郎君(こうたろうくん)、大丈夫(だいじょうぶ)なのかな?
ゆかりはまた「たかしーぃ!」って言(い)って抱(だ)きすくめる。ほんとに好(す)きなんだ。高太郎君(こうたろうくん)は痛(いた)そうに笑(わら)っている。良(よ)かった。
私(わたし)は鯉(こい)のぼりの空(そら)を見上(みあ)げる。空(そら)ってこんなに青(あお)くて大(おお)きいんだ。なんか初(はじ)めてほんとの空(そら)を見(み)たような、そんな気(き)がした。なんだか嬉(うれ)しくなってきた。私(わたし)はこの広(ひろ)い景色(けしき)を眺(なが)めながら、ここへ来(き)て良(よ)かったなってそう思(おも)っていた。素敵(すてき)な友達(ともだち)も見(み)つかったし…。
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<つぶやき>友達(ともだち)って、喧嘩(けんか)もしちゃうけど、側(そば)にいるだけでほっとするというか…。
JUMP 011「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)2」 012「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)3」
013「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)4」 014「おまつりの夜(よる)1」 連載物語ID
T:010「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)」1
今日(きょう)も雨(あめ)。あめ、あめ、あめ…。雨(あめ)が続(つづ)く。いつになったら晴(は)れるのか。雨(あめ)の日(ひ)は嫌(きら)いだ。…僕(ぼく)の心(こころ)にはポッカリと大(おお)きな穴(あな)が空(あ)いている。僕(ぼく)の世界(せかい)の一部(いちぶ)が消(き)えたんだ。大好(だいす)きな、大好(だいす)きな…、おばあちゃん。…雨(あめ)の日(ひ)に、おばあちゃんが亡(な)くなった。一年(いちねん)くらい前(まえ)まで一緒(いっしょ)に住(す)んでいた。病気(びょうき)になってからはおばさんの家(いえ)へ。おばさんが看護師(かんごし)の資格(しかく)を持(も)ってたから、その方(ほう)が良(い)いだろうってことになって。お母(かあ)さんはときどき手伝(てつだ)いに行(い)っていた。お父(とう)さんも仕事(しごと)の帰(かえ)りに見舞(みま)いに行(い)く。僕(ぼく)だってお姉(ねえ)ちゃんと一緒(いっしょ)に…。
僕(ぼく)には姉(あね)がいる。二(ふた)つ上(うえ)で中学生(ちゅうがくせい)。二人(ふたり)で行(い)くと、おばあちゃんはいつも笑顔(えがお)で迎(むか)えてくれた。そして必(かなら)ずと言(い)っていいほど聞(き)いてくる。「仲良(なかよ)くやってるかい?」って。おばあちゃんがいた頃(ころ)、よく喧嘩(けんか)をした。いま考(かんが)えると、喧嘩(けんか)の原因(げんいん)って何(なん)だったんだろう? よく思(おも)い出(だ)せないや。きっとたいしたことじゃなかったんだ。そういえば、おばあちゃんが病気(びょうき)になってからしてないや、喧嘩(けんか)。
おばあちゃんは面白(おもしろ)い人(ひと)だった。いろんな事(こと)を知(し)っていて、僕(ぼく)たちをいつも驚(おどろ)かせる。おばあちゃんは遊(あそ)びの天才(てんさい)。いろんな遊(あそ)びを教(おし)えてくれた。おばあちゃんにかかったら勉強(べんきょう)だってゲームになってしまうんだ。昔(むかし)は学校(がっこう)の先生(せんせい)をしていたらしい。きっと、人気(にんき)があったんだろうなぁ。おばあちゃんはいろんな事(こと)が出来(でき)るんだ。絵(え)を描(か)いたり、詩(し)を作(つく)ったり、ハーモニカを聞(き)かせてくれたこともあった。僕(ぼく)たちにとっておばあちゃんは、憧(あこが)れだったのかもしれない。とっても大好(だいす)きな…。
おばあちゃんはいつも優(やさ)しかった。でも、怒(おこ)らせると大変(たいへん)なことになる。僕(ぼく)たちが人(ひと)に迷惑(めいわく)をかけたときとか行儀(ぎょうぎ)が悪(わる)いとき、よく怒(おこ)られた。それと、二人(ふたり)で喧嘩(けんか)したときも。おばあちゃんの部屋(へや)に呼(よ)ばれて、緑色(みどりいろ)のにがいお茶(ちゃ)を飲(の)まされる。それも正座(せいざ)をしないといけないんだ。でも、お姉(ねえ)ちゃんは美味(おい)しそうに飲(の)んでいる。こんなのが好(す)きなのかな? 僕(ぼく)には信(しん)じられなかった。おばあちゃんのお説教(せっきょう)はその時々(ときどき)によって長(なが)さが違(ちが)う。数分(すうふん)で終(お)わるときもあるし、一時間(いちじかん)を超(こ)えるときもある。たいていは何(なん)でそんなことしたのかって聞(き)かれて、なぜ怒(おこ)っているのか教(おし)えてくれる。僕(ぼく)にもちゃんと分(わ)かるように。
いつだったか、お姉(ねえ)ちゃんとすごい喧嘩(けんか)をしたことがある。取(と)っ組(く)み合(あ)って叩(たた)いたり、蹴(け)ったり、物(もの)をぶつけたり。お姉(ねえ)ちゃんを弾(はず)みで突(つ)き飛(と)ばしたとき…、怪我(けが)をさせてしまった。今(いま)でも覚(おぼ)えてる、その時(とき)のこと。お父(とう)さんはお姉(ねえ)ちゃんを抱(だ)きかかえて病院(びょういん)へ。僕(ぼく)はお母(かあ)さんにひどく怒(おこ)られた。おばあちゃんは悲(かな)しそうな顔(かお)で僕(ぼく)を見(み)ていた。お姉(ねえ)ちゃんの腕(うで)にはその時(とき)の傷(きず)がまだ残(のこ)っている。今(いま)でもその傷(きず)を見(み)ると…。でも、お姉(ねえ)ちゃんは冗談半分(じょうだんはんぶん)に、「これでお嫁(よめ)に行(い)けなかったら、あんたに一生(いっしょう)面倒見(めんどうみ)てもらうから」だって。まったく、勘弁(かんべん)して欲(ほ)しい。お嫁(よめ)に行(い)けないのはお姉(ねえ)ちゃんの容貌(ようし)と性格(せいかく)の問題(もんだい)だ。そんなことまで責任(せきにん)は持(も)てない。…でも、もしそうなったらどうしよう。
<つぶやき>子供(こども)の頃(ころ)、姉弟(きょうだい)でたまに喧嘩(けんか)をした。今(いま)となっては、良(い)い思(おも)い出(で)かな…。
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JUMP 012「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)3」 013「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)4」
014「おまつりの夜(よる)1」 015「おまつりの夜(よる)2」 連載物語ID
T:011「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)」2
喧嘩(けんか)をした次(つぎ)の日(ひ)、僕(ぼく)たちはおばあちゃんに呼(よ)ばれた。二人(ふたり)とも覚悟(かくご)していた。あんな騒(さわ)ぎになってしまったんだから…。叩(たた)かれるかもしれない。「姉(ねえ)ちゃんも悪(わる)かったんだから、一緒(いっしょ)に怒(おこ)られようね」って、いつになく優(やさ)しいお姉(ねえ)ちゃん。僕(ぼく)はどきどきしながら、お姉(ねえ)ちゃんの後(あと)に付(つ)いていく。
おばあちゃんは僕(ぼく)たちを座(すわ)らせて、ただ黙(だま)ってお茶(ちゃ)をいれてくれた。いつものように。僕(ぼく)たちがお茶(ちゃ)を飲(の)み終(お)わると、昔(むかし)の話(はな)しをしてくれた。おばあちゃんがまだ小(ちい)さかった頃(ころ)の…。
おばあちゃんの生(う)まれた家(いえ)は食堂(しょくどう)をやっていた。家族(かぞく)だけでやっている小(ちい)さな食堂(しょくどう)。今(いま)みたいに便利(べんり)な電気製品(でんきせいひん)とか、インターネットなんてなかった頃(ころ)。まだまだ貧(まず)しい人(ひと)が多(おお)くて、生(い)きていくのが精一杯(せいいっぱい)だった時代(じだい)。おばあちゃんはお父(とう)さんとお母(かあ)さん、それからお兄(にい)さん、お姉(ねえ)さんと一緒(いっしょ)に暮(く)らしていた。上(うえ)のお兄(にい)さんとは十(とお)以上(いじょう)も歳(とし)が離(はな)れていたんだって。おばあちゃんは小(ちい)さいとき身体(からだ)が弱(よわ)くて、僕(ぼく)くらいの歳(とし)のときに死(し)にかけたことがある。病院(びょういん)の先生(せんせい)から「もう駄目(だめ)かもしれない」って言(い)われたとき、お父(とう)さんが病室(びょうしつ)にやってきて励(はげ)ましてくれたんだって。
「すず子(こ)…、どうだ身体(からだ)の調子(ちょうし)は?」「お父(とう)さん…。お店(みせ)はいいの?」
「ああ、賢治(けんじ)兄(にい)ちゃんたちがいるから大丈夫(だいじょうぶ)だ。早(はや)く元気(げんき)になれ」「…なれるかな?」
「なに言(い)ってる。お前(まえ)は父(とう)さんと母(かあ)さんの娘(むすめ)だ。元気(げんき)になれる」「…うん」
「何(なに)か欲(ほ)しいものはないか? 父(とう)さん、何(なん)でも買(か)ってやるぞ」「別(べつ)にないよ」
「何(なに)かあるだろう? いいから言(い)ってみろ」「……勉強(べんきょう)。学校(がっこう)で勉強(べんきょう)がしたいよ」
「…そうか。ずいぶん休(やす)んでるからな」「みんなと一緒(いっしょ)に勉強(べんきょう)がしたい」
「よし、やらせてやる。嫌(いや)になるくらいやらせてやる」「嫌(いや)になんかならないよ」
「そうか。…元気(げんき)になれ。みんな学校(がっこう)で待(ま)ってるぞ。お前(まえ)が戻(もど)ってくるの」「…うん」
「…母(かあ)ちゃんや兄(にい)ちゃん、姉(ねえ)ちゃんも、もうすぐ来(く)るからな」「お店(みせ)は?」
「今日(きょう)は早仕舞(はやじま)いだ。みんな、お前(まえ)の顔(かお)が見(み)たいんだよ」「今日(きょう)じゃなくてもいいのに…」
「店(みせ)のことなんていいんだよ。お前(まえ)が早(はや)く元気(げんき)になってくれれば…」「……」
「それでな、すず子(こ)は人(ひと)の役(やく)に立(た)つ仕事(しごと)をするんだ」「じゃ、お店(みせ)。手伝(てつだ)うね」
「…えっ?」「お父(とう)さんの作(つく)ったオムライス、お客(きゃく)さん美味(おい)しそうに食(た)べてたよ」
「…お前(まえ)は、もっと大(おお)きなことをやれ。あんなちっぽけな店(みせ)なんか…」「でも、好(す)きだよ」
「…早(はや)く元気(げんき)になれ。元気(げんき)になっていっぱい勉強(べんきょう)して、大(おお)きな夢(ゆめ)をもて」「ゆめ?」
「そうだ。お前(まえ)だけの大(おお)きな夢(ゆめ)だ」「…もてるかな?」
「ああ、もてるさ。がんばれ。みんなで応援(おうえん)するからな。約束(やくそく)だぞ」「…うん」
この後(あと)、おばあちゃんは奇跡的(きせきてき)に助(たす)かった。少(すこ)しずつ良(よ)くなってきて、半年後(はんとしご)には退院(たいいん)したんだって。おばあちゃんはそれから一生懸命(いっしょうけんめい)勉強(べんきょう)した。約束(やくそく)を守(まも)るために。もちろん、店(みせ)の手伝(てつだ)いもして…。すごいよね。僕(ぼく)だったらとても出来(でき)ないかも。お母(かあ)さんの手伝(てつだ)いもあんまりしてないし…。
<つぶやき>今(いま)はすごく便利(べんり)で快適(かいてき)な生活(せいかつ)だけど、大切(たいせつ)なことを忘(わす)れないで下(くだ)さいね。
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JUMP 013「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)4」 014「おまつりの夜(よる)1」 015「おまつりの夜(よる)2」
016「おまつりの夜(よる)3」 連載物語ID
T:012「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)」3
おばあちゃんはいっぱい勉強(べんきょう)して大(おお)きな夢(ゆめ)をつかんだんだ。学校(がっこう)の先生(せんせい)っていう夢(ゆめ)を。でも、先生(せんせい)になって一年(いちねん)もたたないある日(ひ)、お父(とう)さんが突然(とつぜん)倒(たお)れて亡(な)くなったんだって。まるでおばあちゃんが独(ひと)り立(だ)ちするのを待(ま)ってたように…。おばあちゃんはいっぱい泣(な)いたって言(い)ってた。あの約束(やくそく)があったから今(いま)まで頑張(がんば)ってこれたのに、これから何(なに)を頼(たよ)りに生(い)きていけばいいの…。
「おばあちゃんはね、そのとき気(き)づいたんだ。とっても大切(たいせつ)なことに…」
「大切(たいせつ)なことって?」お姉(ねえ)ちゃんが悲(かな)しそうな顔(かお)で聞(き)く。
「それはね、今(いま)まで沢山(たくさん)の人(ひと)に助(たす)けられていたんだってこと。病気(びょうき)のときもそうだったし、元気(げんき)になってからもいっぱい助(たす)けてもらった。家族(かぞく)や、先生(せんせい)や、友達(ともだち)にね」
「そんなにいっぱい?」「そうよ」
僕(ぼく)にはよく分(わ)からなかった。この時(とき)は…。
「おばあちゃんは、それを返(かえ)さなくちゃいけないってそう思(おも)ったの。沢山(たくさん)もらったものをみんなにも分(わ)けてあげなくちゃって。おばあちゃんね、それから頑張(がんば)ったわよ。泣(な)いてる暇(ひま)なんてなかった。あなたたちも沢山(たくさん)の人(ひと)に助(たす)けられているの。それを忘(わす)れないでね」
「ごめんなさい」素直(すなお)に言(い)えた。
なんか変(へん)な感(かん)じだ。お姉(ねえ)ちゃんもそうなのかな? 僕(ぼく)はおばあちゃんがこんな思(おも)いをしていたなんて…。僕(ぼく)には想像(そうぞう)もつかなかった。
「おばあちゃんはどうやって夢(ゆめ)を見(み)つけたの?」お姉(ねえ)ちゃんが聞(き)いた。僕(ぼく)も聞(き)きたかった、どうやったのか。
「さあ、どうだったかな? 気(き)がついたら、いつの間(ま)にか先生(せんせい)になってたね」
「私(わたし)にも見(み)つかるかな?」「どうかな?」「私(わたし)、頑張(がんば)るから…」
「ふふ、大丈夫(だいじょうぶ)だよ。私(わたし)の孫(まご)だからね。きっと見(み)つかるよ」
「僕(ぼく)も?」
「ああ。今(いま)すぐは見(み)つからないかもしれないけど、いつかきっと見(み)つかるさ」
「ほんとに?」
おばあちゃんは笑(わら)っていた。いつもの笑顔(えがお)だ。
「でもね、これだけは忘(わす)れないでね。夢(ゆめ)をつかむための心得(こころえ)」
えっ? 何(なん)だろう。二人(ふたり)して真剣(しんけん)に聞(き)いている。いつもこんな風(ふう)に引(ひ)き込(こ)まれていくんだ。おばあちゃんの世界(せかい)に…。
「それはね、のびのびとした想像力(そうぞうりょく)と、どんな事(こと)にも立(た)ち向(む)かう勇気(ゆうき)。そして、これが大切(たいせつ)よ。人(ひと)を思(おも)いやる優(やさ)しい心(こころ)。…忘(わす)れないでね、約束(やくそく)よ」
この時(とき)は、おばあちゃんの言(い)ったことがよく分(わ)からなかった。でも、今(いま)は分(わ)かる気(き)がする。たぶん…。おばあちゃん。おばあちゃんとした約束(やくそく)、ちゃんと守(まも)るからね。僕(ぼく)もいつか大(おお)きな夢(ゆめ)を見(み)つけるんだ。おばあちゃんに負(ま)けないくらい大(おお)きな夢(ゆめ)。お姉(ねえ)ちゃんも、絶対(ぜったい)そう思(おも)ってる。ずっとずーっと、おばあちゃんのことは忘(わす)れない。
<つぶやき>大切(たいせつ)な思(おも)い出(で)は、そっと心(こころ)にしまっておきましょう。明日(あした)の幸(しあわ)せのために。
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連載物語ID
T:013「雨(あめ)のち晴(は)れ、いつか思(おも)い出(で)」4
生命(いのち)って何(なん)だろう? 僕(ぼく)には難(むずか)しいことはまだ分(わ)からない。でも、消(き)えてしまったら二度(にど)と戻(もど)ってはこない、大切(たいせつ)なものなんだよね。大事(だいじ)にしなきゃいけないんだ。人(ひと)はいつかは死(し)んでしまう。悲(かな)しいことだけど、どうすることも出来(でき)ないんだ。だから、生(い)きている間(あいだ)は、側(そば)にいられる間(あいだ)は、笑顔(えがお)でその人(ひと)を見(み)ていたい。
そういえば「一期一会(いちごいちえ)」って言葉(ことば)をおばあちゃんに教(おし)えてもらったことがある。生(い)きている間(あいだ)に出会(であ)える人(ひと)は限(かぎ)られている。生涯(しょうがい)に一度(いちど)しか会(あ)えない人(ひと)もいる。だからひとつひとつの出会(であ)いを大切(たいせつ)にしないといけない。悔(く)いのないようにしなさいって…。ありがとう、おばあちゃん。
放課後(ほうかご)の教室(きょうしつ)で、一人(ひとり)で空(そら)を眺(なが)めていた。雨(あめ)はやみそうもない。僕(ぼく)はおばあちゃんのことをずっと考(かんが)えていた。いろんな思(おも)い出(で)が甦(よみがえ)ってくる。…まだ僕(ぼく)の心(こころ)には穴(あな)が空(あ)いている。今(いま)の僕(ぼく)にはどうすることも出来(でき)ない。思(おも)い出(だ)すのは楽(たの)しいことばかりなのに、おかしいよね。でも、この悲(かな)しみもいつか思(おも)い出(で)に変(か)わるんだ。おばあちゃんと暮(く)らしたあの時間(じかん)、あの空気(くうき)が僕(ぼく)の宝物(たからもの)になる。掛(か)け替(が)えのない宝物(たからもの)…。
僕(ぼく)は気(き)づかなかった。さくらが来(き)ていたことを…。彼女(かのじょ)は僕(ぼく)の隣(よこ)に座(すわ)った。何(なに)も言(い)わず、ただ横(よこ)に座(すわ)った。優(やさ)しい目(め)で僕(ぼく)を見(み)つめて…。僕(ぼく)も何(なに)も言(い)わなかった。いや、言(い)えなかったのかもしれない。僕(ぼく)たちは外(そと)を眺(なが)めた。二人(ふたり)ならんで、雨(あめ)の降(ふ)る校庭(こうてい)を…。彼女(かのじょ)のぬくもりが伝(つた)わってくる。彼女(かのじょ)の優(やさ)しさが身(み)にしみた。僕(ぼく)の心(こころ)、悲(かな)しみで濡(ぬ)れた僕(ぼく)の心(こころ)。少(すこ)しずつ、暖(あたた)かくなってくるのを感(かん)じた。
校庭(こうてい)の片隅(かたすみ)に紫陽花(あじさい)が咲(さ)いている。…今(いま)まで気(き)づかなかったなぁ。雨(あめ)の日(ひ)なのに奇麗(きれい)に咲(さ)いて、まるで雨(あめ)の日(ひ)を楽(たの)しんでいるようだ。雨(あめ)の日(ひ)に、おばあちゃんと散歩(さんぽ)したことを思(おも)い出(だ)した。
「雨(あめ)はいろんなものを洗(あら)い流(なが)してくれるんだよ。自然(しぜん)の緑(みどり)が生(い)き生(い)きとするように、私(わたし)たちにも安(やす)らぎや活力(かつりょく)を与(あた)えてくれているのかも…」
大(おお)きく深呼吸(しんこきゅう)した。僕(ぼく)もこの雨(あめ)から生(い)きる力(ちから)をもらおう。明日(あした)もがんばれるように…。
さくらが僕(ぼく)に視線(しせん)を向(む)ける。その目(め)は「大丈夫(だいじょうぶ)?」って言(い)ってるようだ。僕(ぼく)は彼女(かのじょ)の優(やさ)しさが嬉(うれ)しかった。僕(ぼく)はかるく微笑(ほほえ)んで、心(こころ)の中(なか)で「ありがとう」って言(い)った。彼女(かのじょ)は笑顔(えがお)で答(こた)えてくれた。
「一緒(いっしょ)に帰(かえ)ろう」彼女(かのじょ)は僕(ぼく)の手(て)を取(と)った。僕(ぼく)は素直(すなお)に従(したが)った。
さくらといた時間(じかん)は、ほんの数分(すうふん)だけだった。でも、とっても長(なが)く感(かん)じた。僕(ぼく)たちは雨(あめ)の中(なか)、二人(ふたり)で歩(ある)いた。いつもの道(みち)なのに、いつもと違(ちが)う。周(まわ)りの景色(けしき)が新鮮(しんせん)に見(み)えてくる。僕(ぼく)はいつになくお喋(しゃべ)りになっていた。傘(かさ)の中(なか)で彼女(かのじょ)が笑(わら)う。僕(ぼく)はいつまでもさくらの笑顔(えがお)を見(み)ていたい。なぜか、そんなことを思(おも)っていた。…雨(あめ)の日(ひ)が、少(すこ)しだけ好(す)きになれたかもしれない。
<つぶやき>忙(いそが)しい毎日(まいにち)。ちょっと深呼吸(しんこきゅう)してみませんか? 心(こころ)に潤(うるお)いを与(あた)えましょう。
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連載物語ID
T:014「おまつりの夜(よる)」1
もうすぐ夏祭(なつまつ)り。七夕(たなばた)まつりが始(はじ)まる。私(わたし)は初(はじ)めてだから、わくわくしている。いつもは静(しず)かなこの町(まち)も、この三日間(みっかかん)は騒(さわ)がしくなるんだって。
商店街(しょうてんがい)には大(おお)きな笹飾(ささかざ)りが取(と)り付(つ)けられて、屋台(やたい)がいっぱい並(なら)ぶの。いろんなイベントもあるんだって。のど自慢(じまん)とか、ヒーローショー、それに仮装行列(かそうぎょうれつ)。青年団(せいねんだん)や商店街(しょうてんがい)の人(ひと)たちが企画(きかく)したゲームコーナー。聞(き)いているだけで楽(たの)しくなってくる。最後(さいご)の夜(よる)には花火(はなび)が上(あ)がるんだって。海(うみ)の花火(はなび)! 私(わたし)は一度(いちど)も見(み)たことがない。きっと奇麗(きれい)なんだろうなぁ。
「ねえ、さくらはお祭(まつ)り見(み)に行(い)く?」ゆかりが聞(き)いてくる。私(わたし)は、
「どうしようかな…」曖昧(あいまい)に答(こた)える。
実(じつ)は、一緒(いっしょ)に行(い)ってくれる人(ひと)がいないんだ。パパもママも町内会(ちょうないかい)の手伝(てつだ)いで、私(わたし)の相手(あいて)をしている暇(ひま)はない。一人(ひとり)で行(い)くのは…。
私(わたし)、方向音痴(ほうこうおんち)なんだ。この町(まち)には私(わたし)の知(し)らない場所(ばしょ)がいっぱいある。知(し)らない所(ところ)に一人(ひとり)で行(い)くのが怖(こわ)いの。前(まえ)に住(す)んでいた所(ところ)で迷子(まいご)になったことがある。一人(ひとり)で泣(な)きながら歩(ある)いていた。道(みち)を一本(いっぽん)間違(まちが)えただけだったのに…。
親切(しんせつ)なおばさんが私(わたし)を交番(こうばん)まで連(つ)れて行(い)ってくれた。私(わたし)が泣(な)いてばかりで、何(なに)も話(はな)さなかったから…。
お巡(まわ)りさんは私(わたし)にお菓子(かし)をくれた。私(わたし)は、それでやっと落(お)ち着(つ)いた。お巡(まわ)りさんに住所(じゅうしょ)を聞(き)かれたんだけど、まだ引(ひ)っ越(こ)したばかりだったから覚(おぼ)えてなくて。でも、近所(きんじょ)にあるお店(みせ)を覚(おぼ)えていたから、そこまで連(つ)れて行(い)ってもらって…。
なんとか家(いえ)にたどり着(つ)いて、ほっとした。ママの顔(かお)を見(み)たらまた泣(な)いちゃった。それ以来(いらい)、知(し)らない場所(ばしょ)に一人(ひとり)で行(い)けなくなってしまったんだ。恥(は)ずかしいけど…。
「私(わたし)も行(い)きたいんだけどなぁ」
「ゆかりは行(い)かないの?」
「家(いえ)の手伝(てつだ)いしないといけないから。親戚(しんせき)の人(ひと)とか、お客(きゃく)さんがいっぱい来(く)るの。ご馳走(ちそう)作(つく)るの手伝(てつだ)ったり、いろいろあるのよ。兄(にい)ちゃん達(たち)はどうせ遊(あそ)びに行(い)っちゃうし。弟(おとうと)は、あてにならないから」
…大変(たいへん)なんだ。と思(おも)いつつ、ゆかりが料理(りょうり)するところを想像(そうぞう)できなかった。
「料理(りょうり)、出来(でき)るの?」思(おも)わず聞(き)いちゃった。
「失礼(しつれい)しちゃうなぁ。私(わたし)だって出来(でき)るわよ、それくらい」…そうなんだ。
「私(わたし)も手伝(てつだ)ってあげようか? どうせ一人(ひとり)だから、暇(ひま)なんだ」
実(じつ)は、ゆかりが料理(りょうり)するのを見(み)てみたかった。ちょっとした好奇心(こうきしん)。ゆかりには内緒(ないしょ)だけど…。
<つぶやき>人(ひと)それぞれ、得手不得手(えてふえて)があるものです。得意(とくい)なことを極(きわ)めましょう。
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JUMP 016「おまつりの夜(よる)3」 017「おまつりの夜(よる)4」 018「おまつりの夜(よる)5」 019「おまつりの夜(よる)6」
連載物語ID
T:015「おまつりの夜(よる)」2
ゆかりと二人(ふたり)でお手伝(てつだ)い。とっても楽(たの)しかったよ。ゆかりのお母(かあ)さんは面白(おもしろ)い人(ひと)だった。冗談(じょうだん)ばっかり言(い)って、私(わたし)をいつも笑(わら)わせる。おばさんの手料理(てりょうり)、美味(おい)しかったなぁ。ゆかりが料理(りょうり)上手(じょうず)だってことも分(わ)かる気(き)がする。いつもお手伝(てつだ)いをしているんだ。私(わたし)も少(すこ)しだけ教(おし)えてもらった。
「そんなに面白(おもしろ)い? またいつでもおいで、教(おし)えてあげるから」って、おばさんが言(い)ってくれた。また教(おし)えてもらうんだ、絶対(ぜったい)。
おばさんの料理(りょうり)は豪快(ごうかい)だ。大(おお)きな鍋(なべ)を使(つか)ってどっさり作(つく)る。家族(かぞく)が多(おお)いから大変(たいへん)だよね。
「こんな田舎(いなか)の味(あじ)じゃ、お嬢(じょう)さんの口(くち)には合(あ)わないかもね」
「とっても美味(おい)しいです」私(わたし)は正直(すなお)に答(こた)える。ママの味(あじ)より美味(おい)しいかも…。
ママはたまに手抜(てぬ)きをする。何(なん)でも手早(てばや)くやらないと気(き)が済(す)まないみたい。それでときどきパパに叱(しか)られる。ママは、「効率(こうりつ)よく家事(かじ)をしてるの。私(わたし)がいるからパパも気持(きも)ち良(よ)くお酒(さけ)が飲(の)めるんじゃない」って、笑(わら)いながらパパにお酒(さけ)を注(そそ)ぐ。
こうなるとパパは何(なに)も言(い)えなくなる。ママの笑顔(えがお)には弱(よわ)いんだ。この二人(ふたり)、ちょうどいい感(かん)じなのかな。言(い)いたいことは言(い)い合(あ)うんだけど、あんまり喧嘩(けんか)にならない。何(なん)でだろう? 不思議(ふしぎ)な夫婦(ふうふ)だ。…理解(りかい)できない。
お祭(まつ)りの最後(さいご)の日(ひ)。いよいよ花火(はなび)だ。今日(きょう)もゆかりの家(いえ)へ。お昼(ひる)の後片付(あとかたづ)けをすませてのんびりしていると、おばさんが冷(つめ)たい麦茶(むぎちゃ)を持(も)ってきてくれた。
「さくらちゃん、ありがとね。ほんと助(たす)かったわ」この三日間(みっかかん)、ほんとに大変(たいへん)だった。
「あのーォ、私(わたし)にも言(い)ってよねぇ。手伝(てつだ)ったんだから」ゆかりがふくれてる。
「あんたはいいの」
「そんなぁ…」
「それより、これからさくらちゃんをお祭(まつ)りに連(つ)れて行(い)ってあげなさい」
「えっ、行(い)ってもいいの?」
「さくらちゃんは初(はじ)めてなんでしょう、ここのお祭(まつ)り」
「はい」お祭(まつ)りに行(い)ける。やったーぁ。
「今(いま)からでも楽(たの)しめるよきっと。それに花火(はなび)もあるしね」
おばさんは私(わたし)にお小遣(こづか)いをくれた。お手伝(てつだ)いをしたお礼(れい)だって。
「私(わたし)も手伝(てつだ)った」
「この前(まえ)、あげたでしょう」
「お祭(まつ)りよ。欲(ほ)しいものあるし…」
「しょうがないね。お兄(にい)ちゃん達(たち)には内緒(ないしょ)だよ」
ゆかりはちゃっかりしてる。さすがだ。
<つぶやき>お祭(まつ)りって、わくわくしますよね。それは大人(おとな)になっても変(か)わりません。
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JUMP 017「おまつりの夜(よる)4」 018「おまつりの夜(よる)5」 019「おまつりの夜(よる)6」 020「おまつりの夜(よる)7」
連載物語ID
T:016「おまつりの夜(よる)」3
私(わたし)たちは商店街(しょうてんがい)に足(あし)を踏(ふ)み入(い)れた。いっぱい人(ひと)がいる。焼(や)きそば、綿菓子(わたがし)、イカ焼(や)きにたこ焼(や)き…。おなじみの屋台(やたい)が並(なら)んでいる。私(わたし)たち、もしかして食(く)い気(け)にはしってる? とにかく、食(た)べ歩(ある)きの始(はじ)まりだ。二人(ふたり)して歩(ある)き回(まわ)った。ゆかりはゲームをやって賞品(しょうひん)を手(て)に入(い)れた。こういうの得意(とくい)なんだ。私(わたし)なんかぜんぜんだめだった。
「あっ! こっち」ゆかりが何(なに)かを見(み)つけた。走(はし)っていく。
…待(ま)ってよ。私(わたし)は追(お)いかける。そこには小(ちい)さな子(こ)がいっぱい集(あつ)まっていた。ぬいぐるみのショーをやっているんだ。クマさんが景品(けいひん)を子供(こども)たちに配(くば)っている。ゆかりはクマさんの後(うし)ろに回(まわ)って私(わたし)を呼(よ)ぶ。なんで後(うしろ)へ行(い)くの? 私(わたし)がゆかりの横(よこ)に立(た)つと、いきなりクマさんの頭(あたま)をおもいっきり叩(たた)いた。
「いてっ」…クマが喋(しゃべ)った。私(わたし)が呆気(あっけ)にとられていると、クマさんが振(ふ)り返(かえ)った。私(わたし)を睨(にら)んでいるようだ。ゆかりはいつの間(ま)にか消(き)えている。そんな…。私(わたし)が叩(たた)いたって思(おも)ってる。クマさんが近(ちか)づいてくる。私(わたし)は「ごめんなさい」って、走(はし)って逃(に)げた。
なんで私(わたし)が謝(あやま)るの? この時(とき)、高太郎君(こうたろうくん)の気持(きも)ちが少(すこ)し分(わ)かったような気(き)がした。ゆかり、どこ行(い)っちゃたのよ。もう…。私(わたし)はゆかりを捜(さが)して歩(ある)き回(まわ)った。
ゆかりが、…いない。どこにもいない! …ねえ、どこ行(い)っちゃたの? ゆかり!
…だんだん不安(ふあん)になってきた。闇雲(やみくも)に探(さが)し回(まわ)る。どこにもいない。どこにも…。どうしよう。私(わたし)…、帰(かえ)れない。ここはどこなんだろう? …方角(ほうがく)が分(わ)からない。どうすればいいの。ゆかり…。早(はや)く出(で)て来(き)て…。お願(ねが)い…。私(わたし)を見(み)つけて!
だんだん暗(くら)くなってきた。人(ひと)はどんどん増(ふ)えてくる。みんな同(おな)じ方向(ほうこう)に歩(ある)いていく。花火(はなび)を見(み)に行(い)くんだ。私(わたし)はその人波(ひとなみ)に流(なが)されて…。どこまで行(い)くの。…ゆかりが見(み)つからない。どこへ行(い)っちゃったの? 周(まわ)りを見回(みまわ)しても、知(し)らない人(ひと)ばかり。…怖(こわ)い。怖(こわ)いよ。どうしたらいいのか、何(なに)も考(かんが)えられない。昔(むかし)のことが…、迷子(まいご)になったときのことが甦(よみがえ)る。
私(わたし)は必死(ひっし)になってゆかりを捜(さが)す。早(はや)く来(き)て! もうだめ…。
いつの間(ま)にか海岸(かいがん)まで来(き)ていた。人(ひと)の波(なみ)はそこで止(と)まった。…どうしよう。どうやって帰(かえ)ればいいの。ゆかり! 私(わたし)は途方(とほう)に暮(く)れた。どんどん不安(ふあん)がこみ上(あ)げてくる。身体(からだ)が震(ふる)えてきた。涙(なみだ)があふれそうになって、私(わたし)はしゃがみ込(こ)んでしまった。
「おい、さくらじゃないか?」
「あれ、さくらだよ」誰(だれ)かが私(わたし)の名前(なまえ)を…。
「さくら、どうした?」誰(だれ)かが私(わたし)に…。
私(わたし)は震(ふる)えながら顔(かお)を上(あ)げる。知(し)ってる顔(かお)…。私(わたし)の知(し)ってる顔(かお)!
「高太郎(こうたろう)!」私(わたし)は思(おも)わず抱(だ)きついた。高太郎君(こうたろうくん)しか見(み)えなかった。…涙(なみだ)が止(と)まらなかった。周(まわ)りにいた男(おとこ)の子(こ)たちも心配(しんぱい)そうに私(わたし)を見(み)ている。なんだか、恥(は)ずかしくなってきた。なんで涙(なみだ)が出(で)るのよ。私(わたし)は落(お)ち着(つ)こうと、何度(なんど)も深呼吸(しんこきゅう)した。
<つぶやき>迷子(まいご)になったら慌(あわ)てず引(ひ)き返(かえ)そう。人生(じんせい)に迷(まよ)ったら立(た)ち止(ど)まり見回(みまわ)そう。
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JUMP 018「おまつりの夜(よる)5」 019「おまつりの夜(よる)6」 020「おまつりの夜(よる)7」
021「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)1」 連載物語ID
T:017「おまつりの夜(よる)」4
「どうしたんだ?」高太郎君(こうたろうくん)が優(やさ)しく聞(き)いてくれた。
私(わたし)は彼(かれ)の服(ふく)を握(にぎ)りしめていた。なんだか小(ちい)さな子供(こども)みたい。でも、放(はな)せなかったんだ。放(はな)したらまた一人(ひとり)になってしまう気(き)がして…、
「分(わ)からなくて…。分(わ)からなくなっちゃって…」
「なになに、何(なん)でも聞(き)いてよ」「こいつよりも僕(ぼく)の方(ほう)が…」「俺(おれ)もいるから」
「お前(まえ)、なに抜(ぬ)け駆(が)けしてるんだよ」「うるさいな、俺(おれ)のアイドルなんだよ」
「いつからお前(まえ)のアイドルになったんだよ」「お前(まえ)のじゃないだろ。俺(おれ)たちのだろ」
「そうだ。俺(おれ)たちの…」「うるさいよ、静(しず)かに…」「お前(まえ)、近(ちか)づきすぎ」
「離(はな)れろよ」「お前(まえ)こそ…」「なんだよ」
男(おとこ)の子(こ)たちがふざけ合(あ)っている。私(わたし)を元気(げんき)づけてくれてるんだ。…みんな優(やさ)しいんだ。
「お前(まえ)ら、もういい加減(かげん)にしろよ」
高太郎君(こうたろうくん)の一言(ひとこと)で静(しず)かになる。私(わたし)は、やっと落(お)ち着(つ)いた。
「一人(ひとり)で来(き)たの?」「ううん」
「じゃ、家族(かぞく)と来(き)てるんだ」「なんで一人(ひとり)なの?」「もしかして、はぐれちゃった?」
「ゆかりと来(き)たんだけど…。いなくなっちゃって」
「あいつかよ。しょうがないな」高太郎君(こうたろうくん)が怒(おこ)ってる。そんなに怒(おこ)らないで…。
「私(わたし)もいけなかったの。ゆかりのこと見(み)つけられなくて。探(さが)してるうちに道(みち)が分(わ)かんなくなっちゃって…」
「迷子(まいご)になったんだ」「俺(おれ)たちがついてるからもう大丈夫(だいじょうぶ)だよ」「僕(ぼく)が案内(あんない)してあげるよ」
「いや、僕(ぼく)が…」「なんだよ」「あの、これあげる」えっ? …赤(あか)い風船(ふうせん)。
「これがあれば目印(めじるし)になるだろ。またはぐれてもすぐに見(み)つけられる」「じゃ、俺(おれ)のも」
「お前(まえ)らな…」「持(も)ってない奴(やつ)は黙(だま)ってろ」「なんだよ、くそーォ」
「ありがとう」嬉(うれ)しかった。こんな私(わたし)のことを…。ほんとに嬉(うれ)しかった。
「一緒(いっしょ)に花火(はなび)見(み)よう」「行(い)こうよ」「今日(きょう)はついてるよな」「俺(おれ)、良(い)い場所(ばしょ)知(し)ってる」
「でも、ゆかりが…。私(わたし)のこと探(さが)してるから」
「じゃ、みんなで探(さが)してやるよ。どこではぐれたの?」
高太郎君(こうたろうくん)がみんなに指図(さしず)する。「商店街(しょうてんがい)だって。じゃ、頼(たの)んだぞ」
「おいおい、高太郎(こうたろつ)は来(こ)ないのかよ」
「さくらを一人(ひとり)に出来(でき)ないだろ」
「きたねぇ、一人(ひとり)だけ…」「抜(ぬ)け駆(が)けかよ」
「いいから、早(はや)く行(い)けよ。黒猫(くろねこ)で待(ま)ってるから。頼(たの)んだぞ」
みんなは少(すこ)し不満(ふまん)そうだった。でも、まるで競争(きょうそう)のように走(はし)っていく。
「黒猫(くろねこ)って?」どこなんだろう?
「行(い)けば分(わ)かるよ。海岸通(かいがんどお)りにあるんだ。すぐ近(ちか)くだよ」私(わたし)たちは人混(ひとご)みを歩(ある)いていく。
「はぐれるといけないから」そう言(い)って私(わたし)の手(て)を取(と)ってくれた。
<つぶやき>困(こま)ってるときは助(たす)け合(あ)わないとね。でも、見返(みかえ)りを求(もと)めちゃいけませんよ。
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JUMP 019「おまつりの夜(よる)6」 020「おまつりの夜(よる)7」 021「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)1」
022「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)2」 連載物語ID
T:018「おまつりの夜(よる)」5
黒猫亭(くろねこてい)。ここがそうなんだ。喫茶店(きっさてん)? それともおもちゃ屋(や)? 雑貨(ざっか)のお店(みせ)? 表(おもて)からは何(なん)のお店(みせ)なのか分(わ)からない。それに、今日(きょう)は人(ひと)がいっぱいいるのにお休(やす)みになっている。なんで営業(えいぎょう)してないの? 高太郎君(こうたろうくん)は構(かま)わず入(はい)っていく。私(わたし)も恐(おそ)る恐(おそ)るついて行(い)く。店内(てんない)にはいくつも棚(たな)があって、昔(むかし)のおもちゃとか訳(わけ)の分(わ)からないものが飾(かざ)ってある。これって、アンティークっていうのかな? 小(ちい)さな物(もの)から大(おお)きな物(もの)まで、ごちゃごちゃに置(お)いてある。テーブルとカウンターがあって…。たぶん食堂(しょくどう)か喫茶店(きっさてん)なのかな?
「おっ、久(ひさ)し振(ぶ)りじゃない」髭(ひげ)のおじさん。ここの人(ひと)なのかな?
「今日(きょう)は、悪戯(いたずら)坊主(ぼうず)と一緒(いっしょ)じゃないんだ」
「後(あと)から来(く)るよ。今日(きょう)は休(やす)みなの?」
「一人(ひとり)でやってるからな。こんな日(ひ)に店(みせ)開(あ)けたら大変(たいへん)なことになるだろ」
「そうだね」
「あれ、彼女(かのじょ)初(はじ)めてだね。高(こう)ちゃんも隅(すみ)に置(お)けないねぇ。こんな可愛(かわい)い子(こ)…」
「そんなんじゃないよ」
「そうです。そんなんじゃありません」私(わたし)もつい言(い)ってしまう。
「でも、ちょっと顔色(かおいろ)悪(わる)いな。大丈夫(だいじょうぶ)?」
何(なん)だかさっきから少(すこ)し気分(きぶん)が悪(わる)いかも…。高太郎君(こうたろうくん)も心配(しんぱい)してくれて、
「あいつが来(く)るまで横(よこ)になったら」「大丈夫(だいじょうぶ)だから…」
「そうだ。おじさんが特製(とくせい)ジュースを作(つく)ってやろう。これ飲(の)んだら、元気(げんき)百倍(ひゃくばい)になっちゃうんだから。ちょっと待(ま)ってろ」そう言(い)っておじさんは厨房(ちゅうぼう)に入(はい)っていった。
私(わたし)の知(し)らないことがまだあるんだ。後(あと)で聞(き)いたんだけど、このおじさんは高太郎君(こうたろうくん)のおばあさんの教(おし)え子(ご)なんだって。ここにはおばあさんとよく来(き)てたらしい。それにゆかりや他(ほか)の子(こ)たちも遊(あそ)びに来(き)てるんだって。私(わたし)にはちっとも教(おし)えてくれないんだ。この店(みせ)には猫(ねこ)が来(く)るんだって。それも黒猫(くろねこ)。私(わたし)はまだ一度(いちど)も会(あ)ってないんだけど、時々(ときどき)やって来(き)ては泊(と)まっていく。
「家(いえ)に入(はい)ってくる猫(ねこ)は入(い)り猫(ねこ)って言(い)って、幸(しあわ)せを運(はこ)んでくれるんだ」
おじさんが嬉(うれ)しそうに話(はな)してくれた。私(わたし)も一度(いちど)でいいから会(あ)ってみたい。
「ほら、これ飲(の)んでみて。元気(げんき)出(で)るから…」
おじさんが戻(もど)ってきて私(わたし)に勧(すす)める。緑色(みどりいろ)のドロドロした…。何(なん)だろう? 高太郎君(こうたろうくん)を見(み)る。なぜか目(め)を合(あ)わせないで横(よこ)を向(む)いた。変(へん)なの…。
「ありがとうございます」そう言(い)ってコップを取(と)ろうとしたとき…。
「さくらーっ!」ゆかり…。
「ごめんね、さくらぁ…」私(わたし)は立(た)ち上(あ)がって、
「ゆかり、どこにいたのよ」二人(ゆたり)して抱(だ)き合(あ)った。なんで二人(ふたり)で泣(な)いてるんだろう。
「ゆかりが泣(な)いてるよ」誰(だれ)かが言(い)った。男(おとこ)の子(こ)たちが笑(わら)ってる。
「誰(だれ)にも言(い)うなよ。言(い)ったらぶっ飛(と)ばす」ゆかりも笑(わら)ってる。私(わたし)も…。
<つぶやき>自分(じぶん)のことより人(ひと)のことを心配(しんぱい)する。そんな人(ひと)に、私(わたし)はなれるだろうか?
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JUMP 020「おまつりの夜(よる)7」 021「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)1」
022「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)2」 023「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)3」 連載物語ID
T:019「おまつりの夜(よる)」6
「悪戯(いたずら)坊主(ぼうず)じゃないか。元気(げんき)にしてたか?」坊主(ぼうず)ってゆかりのこと?
「おじさん、坊主(ぼうず)じゃないって言(い)ってるだろ」「そうか?」
「見(み)れば分(わ)かるだろ。男(おとこ)じゃないって」「そうだったんだ。知(し)らなかったなぁ」
「あのね、この前(まえ)も同(おな)じこと言(い)わなかった?」「いや、この前(まえ)は坊主(ぼうず)だったじゃない」
「もう、むかつくぅ」
おじさんはゆかりのことをからかっている。楽(たの)しそうに。
「そうだ、坊主(ぼうず)も飲(の)むか? 特製(とくせい)ジュース」「えっ?」
「このお嬢(じょう)さんにいま作(つく)ってやったんだ。元気(げんき)が出(で)るぞ」
「それは…」
「私(わたし)の半分(はんぶん)あげるよ。あんなに飲(の)めないし」
「私(わたし)はいいよ。さくらのなんだから、飲(の)んで」
「そぉ。飲(の)んでもいいのに…」この時(とき)、私(わたし)はまだ知(し)らなかった。このおじさんのことを…。
私(わたし)は座(すわ)ってコップを持(も)った。せっかく作(つく)ってくれたんだから…。おじさんは笑(わら)って見(み)てる。えっ? みんなも私(わたし)を見(み)つめてる。「どうしたの?」
みんな、なんか変(へん)だ。何(なに)も答(こた)えてくれない。私(わたし)はコップを口(くち)に持(も)っていく。いい香(かお)りがする。何(なん)だろう? ひとくち、飲(の)んでみる。
「うっ、ぐぇーっ! なにこれ…。飲(の)んじゃった!」私(わたし)は咳(せ)き込(こ)んで…。吐(は)きそう。
「大丈夫(だいじょうぶ)か? さくら」なによ、高太郎(こうたろう)。大丈夫(だいじょうぶ)じゃない! 気持(きも)ち悪(わる)い…。
「おじさん、今度(こんど)はなに入(い)れたの?」
「えっ、そんなにまずかったか?」まずい!
「おかしいな? いい匂(にお)いしてるから美味(おい)しいと思(おも)ったんだけどなぁ」
「ちゃんと味見(あじみ)してから出(だ)せよな」ゆかり、ありがとう。「でもさくら、へんな顔(かお)してた」
ゆかり、なに笑(わら)ってるのよ。こっちは死(し)にそうなんだから…。あっ、高太郎君(こうたろうくん)も笑(わら)ってる。みんなも…。知(し)ってたのね。知(し)ってて知(し)らん顔(かお)して…。もう、ひどい!
「…駄目(だめ)か。今度(こんど)はいけると思(おも)ったんだけどな」
何度(なんど)もやってるの? 私(わたし)だけじゃないんだ。他(ほか)にも犠牲者(ぎせいしゃ)が…。
「何(なん)なんですか、これ」私(わたし)は聞(き)いてみた。
「聞(き)きたい?」おじさんは嬉(うれ)しそうだ。
「さくら、やめた方(ほう)が良(い)いよ。聞(き)かない方(ほう)が…」
ゆかりが真剣(しんけん)な顔(かお)で言(い)う。そんな変(へん)な物(もの)が入(はい)ってるの!
「やっぱり、いいです」聞(き)く勇気(ゆうき)がなかった。
おじさんはがっかりしてる。聞(き)いて欲(ほ)しかったみたいだ。
このおじさんの作(つく)る料理(りょうり)はとっても美味(おい)しいらしい。でも、新(あたら)しい料理(りょうり)の研究(けんきゅう)をしてて、あり得(え)ない食材(しょくざい)で料理(りょうり)をすることがある。
「おかしいなぁ、ちゃんと食(た)べられるもので作(つく)ってるんだけど…」
おじさんの言(い)い訳(わけ)。もっと普通(ふつう)のを作(つく)ってよ。お願(ねが)いだから…。
<つぶやき>私(わたし)も美味(おい)しい料理(りょうり)を作(つく)ろうとしてるんです。でも、うまくいかなくて…。
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JUMP 021「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)1」 022「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)2」
023「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)3」 024「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)4」 連載物語ID
T:020「おまつりの夜(よる)」7
何処(どこ)かでドーンと音(おと)がする。誰(だれ)かが、「あっ、花火(はなび)始(はじ)まっちゃうよ」「早(はや)く行(い)こうよ」
みんなは表(おもて)に飛(と)び出(だ)していく。私(わたし)も行(い)こうとして…。えっ、目(め)の前(まえ)が暗(くら)くなって…。
ゆかりが私(わたし)を支(ささ)えてくれた。立(た)ちくらみ? どうしちゃたのかな…、変(へん)だ。おじさんが座(すわ)らせてくれた。
「大丈夫(だいじょうぶ)か? 顔色(かおいろ)が悪(わる)かったからな。人混(ひとご)みの中(なか)にいたから、疲(つか)れちゃったんだろう」
おじさんは私(わたし)に水(みず)を持(も)ってきてくれた。
「帰(かえ)って休(やす)んだ方(ほう)が良(い)いかもな」そんな…。
「家(いえ)はどこ? おじさんが送(おく)ってあげるよ。どうせ暇(ひま)だしな」ゆかりも、
「私(わたし)も行(い)く。さくらをちゃんと帰(かえ)さないといけないから」
「…じゃ、俺(おれ)も付(つ)き合(あ)うよ」「高太郎(こうたろう)はいいよ」「どうせ隣(となり)だし…」
他(ほか)の男(おとこ)の子(こ)たちが、「行(い)かないのかよ」「なんだ…」「残念(ざんねん)だなぁ」
「ごめんね。一緒(いっしょ)に行(い)けなくて…」みんなに謝(あやま)った。私(わたし)のために走(はし)り回(まわ)ってくれたのに。
「気(き)にしなくていいって」「早(はや)く元気(げんき)になってね」「また、学校(がっこう)で…」
「お前(まえ)は馴(な)れ馴(な)れしいんだよ」「いいだろ」「お前(まえ)も近(ちか)づくな」また揉(も)めてる。
「ありがとう。ほんとにありがとう」私(わたし)は感謝(しゃざい)した。
みんなは、はしゃぎながら海岸(かいがん)の方(ほう)へ走(はし)っていった。
私(わたし)はおじさんに背負(せお)われて家路(いえじ)につく。私(わたし)の知(し)らない道(みち)。裏道(うらみち)なんだって。こっちの方(ほう)が近(ちか)いらしい。さっきからゆかりと高太郎君(こうたろうくん)が私(わたし)のことで喧嘩(けんか)している。
「お前(まえ)、何(なに)やってたんだよ」「ごめんって言(い)ってるでしょう」
「泣(な)いてたんだぞ」「分(わ)かってるよ。もう言(い)わないで。反省(はんせい)してるから…」
今度(こんど)はゆかりの方(ほう)がやられてるみたい。
なんだか熱(ねつ)が出(で)て来(き)たのかな? ぼーっとしてる。ここはどこ? 坂道(さかみち)を登(のぼ)ってるみたい…。後(うしろ)の方(ほう)で音(おと)がしている。ドーン、ドーンって…。花火(はなび)が始(はじ)まっているんだ。私(わたし)の身体(からだ)にも響(ひび)いてくる。見(み)たかったなぁ、花火(はなび)。せっかく楽(たの)しみにしてたのに…。
「起(お)きてるか?」えっ?
「ここからでも奇麗(きれい)だぞーぉ」
私(わたし)は目(め)を開(あ)ける。花火(はなび)が見(み)えた! 海(うみ)にもきらきら映(うつ)ってる。
「わーぁ、きれいィ」少(すこ)し元気(げんき)になれた。ほんとにきれいなんだよ。
「少(すこ)し見(み)ていくか」おじさん、ありがとう。私(わたし)は嬉(うれ)しかった。
私(わたし)たちはしばらくそこで花火(はなび)を楽(たの)しんだ。夜風(よかぜ)が心地(ここち)よく吹(ふ)いてくる。これでお祭(まつ)りも終(お)わりなんだ。私(わたし)はこの三日間(みっかかん)のことを思(おも)い出(だ)していた。いろんな事(こと)があったなぁ。すごく楽(たの)しかった。初(はじ)めての経験(けいけん)もいっぱい出来(でき)たし。…最後(さいご)には花火(はなび)。夢(ゆめ)にまで見(み)た花火(はなび)が見(み)られたんだ。…私(わたし)はいつの間(ま)にか眠(ねむ)ってしまった。おじさんの背中(せなか)で、花火(はなび)の音(おと)を聞(き)きながら…。
<つぶやき>子供(こども)の頃(ころ)の感動(かんどう)は、大人(おとな)になっても心(こころ)に残(のこ)ってますよね。今(いま)の子供(こども)にも…。
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JUMP 022「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)2」 023「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)3」
024「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)4」 025「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)5」 連載物語ID
T:021「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)」1
いよいよ夏休(なつやす)み。僕(ぼく)らの夏(なつ)がやってきた。通信簿(つうしんぼ)の難関(なんかん)はあったけど、なんとか切(き)り抜(ぬ)けた。今年(ことし)はさくらもいるし、楽(たの)しくなりそうだ。
僕(ぼく)たちの学校(がっこう)では、夏休(なつやす)みになると秘密(ひみつ)の行事(ぎょうじ)があるんだ。秘密(ひみつ)といってもみんな知(し)ってるんだけど。この行事(ぎょうじ)を誰(だれ)がいつ始(はじ)めたのか、今(いま)では誰(だれ)も知(し)らないみたい。残(のこ)っている記録(きろく)で一番(いちばん)古(ふる)いのは、昭和(しょうわ)三十年(さんじゅうねん)頃(ころ)なんだって。なんの行事(ぎょうじ)かというと、それは肝(きも)だめし。
毎年(まいとし)、一(ひと)つのクラスだけが参加(さんか)できる。この取(と)り決(き)めは最初(さいしょ)に始(はじ)めた人(ひと)たちが作(つく)ったんだって。その伝統(でんとう)が今(いま)でも続(つづ)いている。五(ご)、六年(ろくねん)のクラスでクジ引(び)きして、一(ひと)つのクラスを決(き)めるんだ。そんなの不公平(ふこうへい)だって意見(いけん)もあったみたいだけど、誰(だれ)もこの伝統(でんとう)を変(か)えようとはしなかった。
昔(むかし)は選(えら)ばれると喜(よろこ)んでたのに、今(いま)はそうでもないみたい。準備(じゅんび)とか大変(たいへん)だし、遊(あそ)ぶ時間(じかん)も減(へ)ってしまうから。やりたくないって思(おも)ってる先生(せんせい)もいるみたい。僕(ぼく)のお父(とう)さんはすごくラッキーだったんだ。二年(にねん)続(つづ)けて選(えら)ばれた。お母(かあ)さんは六年(ろくねん)のとき。肝(きも)だめしがきっかけで、二人(ふたり)は付(つ)き合(あ)うようになったらしい。初恋(はつこい)だったかどうかは分(わ)からない。そこまでは教(おし)えてくれないから…。
今年(ことし)はどういう訳(わけ)か、僕(ぼく)らのクラスが選(えら)ばれた。お父(とう)さんの喜(よろこ)びようといったら、家族全員(かぞくぜんいん)が呆(あき)れてしまうほどだ。何(なん)でこんなにはしゃいでいるのかというと、父兄(ふけい)も準備(じゅんび)や脅(おど)かす方(ほう)に参加(さんか)できるからだ。まるでお祭(まつ)り気分(きぶん)。
でも、これよりももっと上(うえ)がいた。何倍(なんばい)も何十倍(なんじゅうばい)もはしゃいでいる人(ひと)。それは僕(ぼく)らの担任(たんにん)だ。久美子(くみこ)先生(せんせい)。まだ若(わか)い先生(せんせい)なんだけど、ちょっと変(か)わってるんだ。生徒(せいと)を脅(おど)かすことに生(い)き甲斐(がい)を感(かん)じちゃったみたい。大学(だいがく)で超常現象(ちょうじょうげんしょう)の研究(けんきゅう)サークルに入(はい)っていたらしい。誰(だれ)かがそんな噂(うわさ)をしていた。先生(せんせい)の部屋(へや)にはホラー映画(えいが)のビデオやDVD、それに訳(わけ)の分(わ)からない怖(こわ)そうな本(ほん)がいっぱいあるんだって。外見(がいけん)からはそんな風(ふう)には見(み)えないんだけどなぁ。
久美子(くみこ)先生(せんせい)はドジなところがある。先生(せんせい)なのに忘(わす)れ物(もの)をよくするんだ。出席簿(しゅっせきぼ)を手始(てはじ)めに、採点(さいてん)した答案用紙(とうあんようし)とか。今(いま)でも語(かた)られているのが、通信簿(つうしんぼ)事件(じけん)。普通(ふつう)、忘(わす)れないよね。いつもは優(やさ)しい校長先生(こうちょうせんせい)も、この時(とき)ばかりは…。いつだったか、久美子(くみこ)先生(せんせい)が教頭先生(きょうとうせんせい)に絞(しぼ)られているのを目撃(もくげき)したことがある。ちょっと可哀想(かわいそう)になっちゃった。
明(あか)るく元気(げんき)で何(なん)でも一生懸命(いっしょうけんめい)、それが先生(せんせい)の信条(しんじょう)なんだって。ちょっとやりすぎる時(とき)もあるけど、優(やさ)しくてとっても素敵(すてき)な先生(せんせい)なんだ。少(すこ)し天然(てんねん)が入(はい)っているけど…。本人(ほんにん)はそのことにはまったく気(き)づいていない。そこがまた良(い)いのかも…。
<つぶやき>学校(がっこう)の行事(ぎょうじ)って、けっこう思(おも)い出(で)に残(のこ)っているものです。私(わたし)もじつは…。
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025「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)5」 026「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)6」 連載物語ID
T:022「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)」2
肝(きも)だめしは何十年(なんじゅうねん)も続(つづ)いているから、かなり本格的(ほんかくてき)なんだ。昔(むかし)から使(つか)っている道具(どうぐ)もちゃんと残(のこ)してあるし、今(いま)では大(おお)がかりなイベントになっている。だから父兄(ふけい)の参加(さんか)は必要(ひつよう)なんだ。道具(どうぐ)の修理(しゅうり)や、新(あたら)しい装置(そうち)を作(つく)ったり。最後(さいご)の打(う)ち上(あ)げ会(かい)の準備(じゅんび)なんかもある。これも楽(たの)しみのひとつなんだよね。外(そと)で食(た)べるご馳走(ちそう)、美味(うま)いんだから。僕(ぼく)は脅(おど)かす方(ほう)になったから、学校(がっこう)でいろんな作業(さぎょう)を手伝(てつだ)っている。どうやって脅(おど)かすか、いろいろ考(かんが)えてるんだ。これがけっこう楽(たの)しい。久美子(くみこ)先生(せんせい)も張(は)り切(き)ってる。命(いのち)かけてるかも…。
学校(がっこう)での作業(さぎょう)を終(お)えて帰(かえ)ってきたら、家(いえ)でゆかりが待(ま)っていた。なにか企(たくら)んでる。そんな予感(よかん)がした。ゆかりは脅(おど)かす方(ほう)をやりたかったみたい。でも、はずれを引(ひ)いてしまったから脅(おど)かされる方(ほう)だ。いちばん脅(おど)かしがいのない奴(やつ)だけど…。
「ちょっと相談(そうだん)があるんだけど、聞(き)いてくれる?」…ほらきた。
「なんだよ」「あのね、あれやりたいんだけど」「あれって?」「ほら、あれよ」
「まさか…」「だから…」「いや、それは…」「お願(ねが)い、手(て)を貸(か)して」
ゆかりの真剣(しんけん)な顔(かお)。僕(ぼく)は背筋(せすじ)が寒(さむ)くなるのを感(かん)じた。
結局(けっきょく)、幼(おさな)なじみの一言(ひとこと)で付(つ)き合(あ)うことになってしまった。
「それって、ほんとの話(はな)しなの?」さくらは半信半疑(はんしんはんぎ)で聞(き)き返(かえ)す。
「私(わたし)も迷(まよ)ったんだけど、知(し)らないよりは良(い)いと思(おも)って。ねえ、高太郎(こうたろう)」僕(ぼく)に振(ふ)るなよ。
「でも、戦国時代(せんごくじだい)の話(はな)しよね? 落(お)ち武者(むしゃ)なんて…」
「今(いま)は大丈夫(だいじょうぶ)だと思(おも)うけど…」
「高太郎(こうたろう)、あんたは見(み)てないからそんなことが言(い)えるのよ」ゆかり、やめようよ。
「実(じつ)はね、…ここだけの話(はな)しよ。去年(きょねん)の肝(きも)だめしの時(とき)に、見(み)た子(こ)がいたの」「うそ…」
さくらの表情(ひょうじょう)がこわばってきた。もしかして、こういう話(はな)し苦手(にがて)なんじゃ…。
「その子(こ)、一週間(いっしゅうかん)ぐらい寝込(ねこ)んだらしいよ」そこまで言(い)うか、ゆかり…。
「でも、それは誰(だれ)かが脅(おど)かしただけで…。だって学校(がっこう)でやるんでしょう。あり得(え)ないわよ」
「信(しん)じてくれないんだ。…無理(むり)もないよね。私(わたし)だって、最初(さいしょ)は信(しん)じられなかったから」
ゆかりは僕(ぼく)の顔(かお)を見(み)る。…分(わ)かったよ。やれば良(い)いんだろ、やれば…。
「あの、さくら…。この肝(きも)だめしには、いろんな決(き)まり事(ごと)があって。その中(なか)の一(ひと)つに、御札(おふだ)があるんだ。肝(きも)だめしのコースには必(かなら)ずこの御札(おふだ)を貼(は)ることになってる」
「もしその御札(おふだ)が一枚(いちまい)でもはがれたら、大変(たいへん)なことになるって言(い)われているの」
ゆかりが怖(こわ)そうに話(はな)す。さくらは、ゆかりをじっと見(み)ていた。信(しん)じちゃ駄目(だめ)だ! 僕(ぼく)は思(おも)わず心(こころ)の中(なか)で叫(さけ)んだ。さくらは変(へん)な笑(わら)い方(かた)をして…、
「…やだ。もう、冗談(じょうだん)ばっかり。私(わたし)を怖(こわ)がらせようとしてるんでしょう。わ、私(わたし)、ぜんぜん怖(こわ)くなんてないわよ。へ、平気(へいき)なんだから…ハハ、ハハ」なんか引(ひ)きつってる?
「そう。なら良(い)いんだけど」ゆかりはさくらの顔色(かおいろ)をうかがいながら、「でも、気(き)をつけてね、明日(あした)の肝(きも)だめし。何(なに)が起(お)こるか分(わ)からないから」と駄目押(だめお)しをした。
<つぶやき>怖(こわ)い話(はなし)、好(す)きですか? 私(わたし)は苦手(にがて)です。もう、一人(ひとり)でトイレに行(い)けません。
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JUMP 024「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)4」 025「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)5」
026「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)6」 027「乙女心(おとめごころ)と恋(こい)の味(あじ)1」 連載物語ID
T:023「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)」3
「じゃ、高太郎(こうたろう)。帰(かえ)ろう」ゆかりが妙(みょう)に明(あか)るく言(い)った。えっ、帰(かえ)るの? 僕(ぼく)は、ほっとした。この程度(ていど)だったら、さくらも…。僕(ぼく)たちがさくらの部屋(へや)を出(で)ようとしたとき…。
「ちょっと待(ま)って。あの、信(しん)じてる訳(わけ)じゃないんだけど…。もう少(すこ)しだけ聞(き)いときたいかなって…」さくらがすがるような目(め)で僕(ぼく)たちを見(み)る。ゆかりのあの笑顔(えがお)が…。
「良(い)いわよ。何(なん)でも聞(き)いて。全部(ぜんぶ)、教(おし)えてあげるから」満面(まんめん)の笑顔(えがお)だ。いちばん恐(おそ)れていた展開(てんかい)になってしまった。僕(ぼく)にはもうどうすることも出来(でき)ない。ごめん、さくら…。
「あのね…、学校(がっこう)なのにどうして落(お)ち武者(むしゃ)が現(あらわ)れるの?」真剣(しんけん)に聞(き)いてくるさくら。
「そうね、そこから話(はな)した方(ほう)が良(い)いわね」ゆかりの目(め)が、さくらを捕(と)らえた。
「昔(むかし)、この近(ちか)くで戦(いくさ)があったの。けっこう大(おお)きな戦(たたか)いだったんだって。その戦(たたか)いで負(ま)けた侍(さむらい)たちがここまで落(お)ち延(の)びてきて。それも、大将(たいしょう)と部下(ぶか)の侍(さむらい)が数人(すうにん)。村(むら)にあった小(ちい)さなお寺(てら)に逃(に)げ込(こ)んで来(き)たそうよ。そのお寺(てら)のあった場所(ばしょ)っていうのが、私(わたし)たちの学校(がっこう)が建(た)っている所(ところ)なんだって」
ゆかりが得意(とくい)げに話(はな)してる。毎年(まいとし)のことだけど、よくそんなでたらめが言(い)えるよな。ゆかりは怖(こわ)い話(はな)しが大好(だいす)きで、夏(なつ)になると誰(だれ)かを捕(つか)まえては脅(おど)かして楽(たの)しんでいる。何処(どこ)で調(しら)べてくるのか知(し)らないけど、すごくリアルに話(はな)しをする。肝(きも)だめしで脅(おど)かせないからって、何(なに)もここでしなくても…。
「村人(むらびと)たちは襲(おそ)われるんじゃないかって、びくびくしてたんだって。このままじゃいけない、俺(おれ)たちの手(て)で村(むら)を守(まも)るんだ。村(むら)の勇敢(ゆうかん)な男(おとこ)たちが、そこで立(た)ち上(あ)がった。そして夜(よる)の闇(やみ)に紛(まぎ)れて近(ちか)づき、お寺(てら)にいた落(お)ち武者(むしゃ)の寝込(ねこ)みを襲(おそ)って殺(ころ)してしまったの。その争(あらそ)いの時(とき)に、灯火(ともしび)を倒(たお)してしまって火(ひ)の手(て)が上(あ)がった。村人(むらびと)たちはなんとか消(け)そうとしたんだけど、そのお寺(てら)はすべて燃(も)えてしまったの。落(お)ち武者(むしゃ)たちの死体(したい)も一緒(いっしょ)にね」
「えっ、そんな…」さくらの顔色(かおいろ)が変(か)わった気(き)がした。…怖(こわ)がってるよ。
「その焼(や)け跡(あと)にね、またお寺(てら)を建(た)てようとしたんだけど、そのたびに事故(じこ)が起(お)きて何人(なんにん)も死(し)んだそうよ。村人(むらびと)たちは落(お)ち武者(むしゃ)の祟(たた)りだと思(おも)って、そこに塚(つか)を作(つく)って供養(くよう)した。でも、そんなことでは成仏(じょうぶつ)出来(でき)なかったみたい。たびたびその場所(ばしょ)に現(あらわ)れては、村人(むらびと)たちに襲(おそ)いかかった!」
「きゃーっ!」とさくらは叫(さけ)んで、僕(ぼく)にしがみついてきた。
やりすぎだよ。震(ふる)えてるよ、さくら。僕(ぼく)は、「大丈夫(だいじょうぶ)だよ。今(いま)はそんなことないから…」
「でも、それがまだ出(で)るんでしょう? が、学校(がっこう)に…」完全(かんぜん)に怯(おび)えてしまった。
「さくら、心配(しんぱい)ないって。御札(おふだ)をちゃんと貼(は)っておけば大丈夫(だいじょうぶ)」「でも、ゆかり…」
「肝(きも)だめし、楽(たの)しみだねぇ」なんで僕(ぼく)のほう見(み)て笑(わら)うんだよ。まだ、何(なに)かあるのかよ。
「私(わたし)、行(い)かない。肝(きも)だめし、休(やす)むから…。せ、先生(せんせい)には後(あと)で…」
「さくら、駄目(だめ)よそれは。肝(きも)だめしの決(き)まり事(ごと)にこういうのがあるの。必(かなら)ず全員(ぜんいん)が参加(さんか)すること。怖(こわ)がって参加(さんか)しなかった者(もの)には、恐(おそ)ろしいしっぺ返(がえ)しが待(ま)っている」
「いやだーっ!」
<つぶやき>昔(むかし)の話(はな)しには真実(しんじつ)が隠(かく)れていることもあるみたいです。気(き)をつけましょう。
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JUMP 025「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)5」 026「夏休(なつやす)みのこわーいお話(はなし)6」
027「乙女心(おとめごころ)と恋(こい)の味(あじ)1」 028「乙女心(おとめごころ)と恋(こい)の味(あじ)2」 連載物語ID
T:024「夏休みのこわーいお話」4
この日の夜、さくらがどんな思いで過ごしたか…。ゆかりが帰ってから、僕は窓越しにさくらを励ました。「あれはゆかりの冗談なんだから気にしない方が…」
何度も言ったんだけど駄目だった。そこで僕は、彼女にお守りをあげることにした。ほんとは、そんなの無くても大丈夫なんだけど。
「ありがとう。でも、これ交通安全って…」
「えっ? あの、そのお守りは何にでも効くから、大丈夫。安心して良いよ」
危なかった。家にあったの適当に持ってきたから…。でも、何とか信用してくれたみたい。これでさくらの気安めに少しでもなれば…。
いよいよ肝だめし。暗くなるのを待ってスタートだ。二人一組でコースを歩いていく。校庭のスタート地点から校舎の中へ。暗い廊下を通って階段を上がり、最初のチェックポイントの音楽室に入る。そこを出たら今度は美術室、理科室へ。そして、渡り廊下を通って体育館の中をぐるりと回りスタート地点に戻ってくる。明かりは小さなのが薄暗く点いているだけ。全部の窓には黒幕をはって、外の明かりが入ってこないようにしてある。懐中電灯を持たないで歩くから、それだけでも怖いかも。
いたる所にいろんな仕掛けがしてあるんだ。音楽室では誰もいないのにピアノの音が聞こえてきて、美術室には生首が揺れている。理科室では骸骨が話し掛けてくる。体育館ではもっとすごいものが用意してあるんだ。他にも、曲がり角のところに鏡を置いたり、お化けに変装して急に飛び出したり。昔ながらの火の玉とか、こんにゃくをぶら下げて顔にすりすりしたり…。今年はかなり怖さのレベルが高いから、無事にゴールまでたどり着けないかも。さくら、大丈夫かな? ゆかりと一緒っていうのも…、心配だ。
それぞれのチェックポイントには木札が置いてある。それを持ち帰ってこないといけないんだ。これも肝だめしの決まり事。誰が描いたか知らないけど、その木札には妖怪の絵が描いてある。何十年も使って古くなっているから、薄明かりの中で見るとすごく怖いんだ。明るいところで僕も見たけど、かなり上手く描いてある。そのままでも十分に怖い。
「ねえ、さくら。ほんとに一番最初で良いの? もう少し後にした方が…」
「だ、大丈夫よ、ゆかり。私、ぜんぜん大丈夫なんだから。…早く終わらせたいの」
「なら良いんだけど。…さくら、ちょっと落ち着きなよ」
「私は落ち着いてるわよ。ぜんぜん…。ゆ、ゆかりこそ…」
「私は平気なんだけど。…ねえ、さっきから何やってるの?」
「あっ、お守り。高太郎君に貰ったんだ」
「そう。効くと良いね、そのお守り」
「こんなの無くてもよかったんだけど、高太郎君が持ってろって言うから…」
「そうなんだ。愛があれば怖いもの無しってやつね」「そんなんじゃないって…」
「始まるみたい。さあ、行くわよ」「えっ…」
「ほらほら、一番なんだから…」
<つぶやき>怖いもの見たさって言いますが、できれば避けて通りたいです。私は…。
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T:025「夏休みのこわーいお話」5
僕は、さくらたちが最初に来るなんて思ってもいなかった。
「ゆかり、遅いよ。もっと早く歩いて」
「さくら、もっとゆっくり行こうよ。それじゃ、楽しめない」
「楽しむような事じゃないでしょう」「えっ、そんな…」
「早く、早く来て!」
「分かったよ。ねえ、そんなにびくびくしなくても。何か出るとしても、校舎に入ってからだよ」
「そんなこと分かってるわよ」
「わっ!」「きゃーっ!」「そんなに怖いんだ」ゆかりはほんとに楽しんでいるようだ。
「…もう、ゆかり。脅かさないでよ!」
「わるい、わるい。さあ、校舎に入るよ」
誰かの声が聞こえたような気がした。最初の組が来ているんだ。こちらも戦闘態勢に入る。むちゃくちゃ脅かしてやる。僕は最初の脅かすポイントにいる。暗い廊下の途中で飛び出すことになってるんだ。最初は誰が来るのかな?
「最初はここか。なかなか良い雰囲気じゃない」
「こんな暗い廊下を通るの?」
「さあ、何が出てくるのか楽しみ。さくら、気をつけなよ。何か飛び出してくるかも」
「もう、脅かさないでよ。…あっ!」「どうしたの?」
「…落ちてる」「えっ?」
「ほら、そこに御札が…」「ほんとだ。はがれちゃったんだ」
「…大変。どうするの?」「こんなのまた貼っとけばいいのよ」
「でも…」「心配ないって、なんにも起こらない」
「…そお。ゆかり、早く行こう」「そんなに急がないの。ちょっと待ってよ」
誰かが来た。どんどん近づいてくる。もうちょっと、もうちょっとだ。脅かす方も、意外とどきどきするんだよね。…来た、来た。今だ、それ…。僕は飛び出した。
えっ? 僕の前で誰かが倒れた。き、気絶しちゃったの? そんな…。僕は顔を覗き込む。さくらだった。
「さくら、大丈夫?」ゆかりが呼びかける。反応がない。誰かが呼びに行ったのか、久美子先生が駆けつけてくる。どうしよう。こんな事になるなんて…。
久美子先生はさくらを抱えて保健室へ。僕とゆかりもついて行く。保健室では先生が待機している。肝だめしで気分が悪くなったり、怪我をする子がいるからだ。
「もう、第一号が来たんだ。今年は早いね」先生はそう言いながら診察する。僕は気が気じゃなかった。もし、このまま起きなかったら…。ゆかりも心配そうだ。
「…頭はぶつけてないみたいね。少し寝かせておきましょう。大丈夫よ、心配しなくても」
僕たちはほっとした。久美子先生は持ち場に戻っていった。また誰かに何かあるといけないから。僕とゆかりはベットの横で付き添った。
<つぶやき>悪戯をする時のわくわく感、たまりません。でも、程々にしておかないと…。
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T:026「夏休みのこわーいお話」6
僕はさくらの顔をずっと見ていた。まだ心配だったから。そんな僕を見てゆかりは…、
「そんなに好きなんだ」「なに言ってるの。そんなんじゃ…」
「こういう子が良いんだ」「えっ?」
「女の子らしくて、可愛くて…」「違うって」
「守ってあげたくなっちゃうんだ」「なんだよ。お前、変だぞ」
「私も、弱いところあるんだけどなぁ」「そんなの無いだろ」
「なんだよ。気づけよなぁ…」
その時、さくらが目を覚ました。僕は先生を呼びに行く。
「気分は悪くない? 何処か痛いところは?」先生がさくらに聞いている。
どうやら大丈夫そうだ。…良かった。
「打ち上げが始まるまで休んでなさい。いいわね」
そう言って先生は肝だめしの様子を見に行った。何だか気になるらしい。
「さくら、大丈夫?」「ゆかり、私ね…」「高太郎があんなところで飛び出すから…」
「俺のせいかよ」「そうでしょう。やりすぎなのよ。さくら、怖かったでしょう?」
「あのね、私…」
「そんなこと言ったって、なんで一番最初に来るんだよ」
「だって、さくらが最初が良いって言ったから…」「お前が先に歩けばいいだろ」
「えっ、私だったら気絶させても良いってこと?」「お前が気絶するわけないだろ」
「…そんなことない」「蹴り入れるくせに」「ひどい、そんなこと言って…」
「あのね…。私、見ちゃったの」さくらが震える声でささやいた。様子がおかしい。
「どうしたの?」ゆかりが聞く。さくらは話を続けた。
「…あれ。あれがいたの」「あれって?」
「だから、あれよ」「さくら、あんたは高太郎に脅かされて気絶したのよ」
「ううん、そうじゃないの…。あの、暗い廊下の、向こうにいたのよ」「…なにが?」
「だから、…落ち武者よ」「そんなわけないよ。だって、そんな格好してる奴なんて…」
僕は裏のことは全部知っているし、いるはずがない。
「もう、私たちを脅かそうとしてるでしょう」ゆかりも本気にしてないみたいだ。
でも、さくらは…。静かに話を続ける。
「ほんとにいたのよ。…血を流してる落ち武者が、五人。私の方をじっと見てた。…ゆらゆら、揺れてたわ。宙に浮いてるみたいに。何か私に…。私に何か言いたいことがあるみたい。そう思ったら、急に私の方に飛んできたの…」
この後、僕たち三人の悲鳴が校舎に響き渡った。さくらはほんとに落ち武者を見たのか。それとも怖いと思う気持ちが錯覚をさせたのか…。今となっては真相は分からない。この話は、きっと後輩たちに語り継がれることだろう。この肝だめしが続く限り。そして僕たちにとっても、忘れられない夏になった。
<つぶやき>幽霊や妖怪って、いると思いますか。恐いけど私はいるんじゃないかと…。
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T:027「乙女心と恋の味」1
「さくらに、頼みたいことがあるんだけどなぁ…」
「えっ、なに?」
「実はね、高太郎のことなんだ」
「ゆかり、また悪戯しようとしてるでしょう」
「そんなんじゃないよ。…あのね、高太郎を呼び出して欲しいんだ」
「私が?」
「さくらが誘った方が、間違いなく来ると思うんだ」
「ゆかり…。なにか企んでる」
「そんな…」
「私は悪戯の手伝いなんかしないわよ。もう止めようよ、そういうこと…」
「違うって。そんなこと考えてないよ。悪戯なんかじゃ…」
「ほんとに?」
「ほんと、ほんと。ぜんぜん違うの」
「じゃあ、何でそんなことするの?」
「これから言うこと、高太郎にも、誰にも言っちゃ駄目だよ」
「分かった。誰にも言わない」
「高太郎ね、みんなには隠してるけど、ピーマンが苦手なの」
「えっ、そうだった?」
「そうなの。だから、黒猫のおじさんに頼んで、ピーマンを美味しく食べられる料理を作ってもらおうと思って」
「そっか…。実は、私もピーマン苦手なんだ」
「そうなの?」
「食べられないってほどじゃないけど」
「じゃ、協力してくれるよね」
「いいわよ。私も付き合う。おじさんの料理、食べてみたいし」
「さくらは駄目よ!」
「えっ? いいじゃない」
「さくらは、黒猫に呼び出してくれるだけでいいの」
「そんな…」
「ピーマンが苦手なこと、誰にも知られたくないと思うの。だから、さくらはいない方がいい。…高太郎のためなんだから」
「…分かった。でも、私も食べたかったなぁ」
<つぶやき>高太郎の知らないところで、二人がこんな約束をしていたなんて。
さて、これから何が始まるのでしょうか?
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T:028「乙女心と恋の味」2
長かった夏休みも終わり、またいつもの生活が始まった。さくらが隣にいたおかげで、宿題も何とか間に合ったし…。ずいぶん助かった。また、みんなと一緒に勉強したり遊んだり、いつもと変わらない毎日だ。…でも、なぜか今日はさくらから誘ってきた。いつもはゆかりと一緒に帰るのに…。どうしたんだろう?
「ゆかりは?」僕は訊いてみた。
「なんか用があるからって、先に帰っちゃった」
「そうなんだ…」
話しが続かない。いつもは、ゆかりがいるから何とも思わなかったけど。さくらと二人だけになると、話すことが少ないのに気がついた。よく考えてみると、ゆかりが一番おしゃべりなんだよなぁ。僕はさくらのことを、どれだけ知っているんだろう。
何を話したらいいのか…。気の利いたことを話さなきゃって思うんだけど…。どうでもいいような事ばかり話している。きっとさくらは退屈してて、僕と二人だけで帰るのはもう止めようって思ってるかも…。空回りしているうちに、とうとう家の前についてしまった。
何だかもどかしい。別れがたい気持ちを残してさよならを言う。さくらは、僕が家に入ろうとするのを呼び止めて、
「あの…、高太郎。今度の日曜日、あいてる?」
「えっ?」
僕は驚いた。今までさくらからそんなこと言われたことがない。
「あいてるけど…」さくらが何を言い出すのか、どきどきしながら答える。
「それじゃ、黒猫に来てくれない。時間は、お昼前くらいに」
「あの…、僕と二人?」
「…そうよ。あの、いろいろ助けてもらってるから、そのお礼をしようかなって…」
「えっ、なんで知ってるの? 僕の、誕生日」
「えっ?」
「そうか、ゆかりから聞いたんだ」
さくらは一瞬、戸惑ったような表情を見せる。
「違うの?」また変なことを言ってしまったんじゃないかと心配になった。
「…そう、実はそうなんだ。この間、ゆかりから聞いてね。ゆかりも、もっと早く教えてくれればいいのに。ねえ…」
「ありがとう。楽しみにしてるから。やったーぁ!」
なにやってるんだろう、僕は…。ひとりではしゃいでる。
「…それじゃ、またあした」さくらはそう言って家に入ってしまう。
僕があんまり有頂天になっていたから、呆れちゃったのかな…。でも、ほんとに嬉しかったんだ。
<つぶやき>もし好きな人から誘われたら、誰だって嬉しくなって飛び上がりますよね。
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T:029「乙女心と恋の味」3
「なにニヤニヤしてるの? 気持ち悪い」
次の日、ゆかりが僕に話し掛けてきた。
「ねえ、今度の日曜、ちょっと付き合ってよ」
…僕は浮かれていた。
「ねえ! 聞いてるの?」
「うるさいな。日曜はダメ。あいてないから」ゆかりなんかに邪魔されたくない。
「何でよ!」「…ちょっとね」今は言えない。
「あっ、私に隠し事するんだ」「いいだろ、別に…」しつこい。
「白状しろよ」ゆかりが迫ってきた。
「教えない!」でも、誰かに話したいって気分…。
「分かった。もういい」
えっ? あきらめるのかよ。早すぎるだろ。「いいのか? 知りたいんだろ」
「別に聞かなくても…」「ほんとは、聞きたいんだろ」
「止めとく」「なんで!」
「話したくないんでしょう?」「いいから、聞けよ!」
「そんなに言うんなら、聞いてあげてもいいけど…」
えっ? いつの間にか立場が逆転してないか? まあ、そんなことはどうでもいいか…。
「実は、日曜はさくらとデートなんだぁ」
笑顔になってしまうのはなぜだろう。それは嬉しいことだからだ!
「そうか、私よりさくらを取るんだ。幼なじみを捨てるってことね」
嫌な予感が…。
「私よりもさくらと過ごしたいんだ。今までずっと誕生日は一緒にいたのに…」
「それは、お前が勝手に来てただけで…」
「幼なじみでしょう!」
また言うんだ。こう言えば僕が何でも言うことを聞くと思ってるんだから。今度ばかりは、そうはいかない。
「私も誘ってくれたっていいじゃない。幼なじみなんだから」
「だってデートだから…」「そんなに二人だけになりたいんだ」
「そんなんじゃないよ。そういうことじゃなくて…」
「私を仲間はずれにするんだ。ふーん、そうなんだ」
「なんだよ…」「私も行く!」
「なに言ってるんだよ。絶対、ついてくるなよ!」言ってしまった。
「…もういい! せいぜい楽しんでくれば」
ゆかりは怒って行ってしまう。ちょっと言い過ぎたかな? でも、こんなに簡単にあきらめてしまうなんて。すごく嫌な予感がする。ゆかりは何をするか分からない。…とっても気になる。
<つぶやき>時に、自分でも思ってもいなかったことを口走ってしまうことがあります。
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T:030「乙女心と恋の味」4
「ゆかり、ちょっと来て。話しがある」さくらがゆかりを呼び出した。
「どうしたの?」ゆかりにはわかっていたのかもしれない。さくらの言いたいことが。
「私に、嘘ついたでしょう」「えっ…、嘘なんてついてないよ。なに怒ってるの?」
「なんで誕生日のこと話してくれなかったの!」「あっ…。話したんだ、高太郎」
「私たち親友でしょう。なんでちゃんと教えてくれなかったのよ」
「…ごめん、悪かった。でも、もういいの。あいつのことは…。いつもと違う誕生日にしてあげたかったんだけど、私じゃ駄目みたいだから…」
「止めちゃうの? 高太郎のために…」
「いいの……。プレゼントも用意したのに…。がんばって作ったのになぁ」
「もう…。やろうよ、誕生会。私も手伝うから。そんなの、ゆかりらしくない!」
僕はどうかしていた。こんなことでゆかりと喧嘩するなんて。でも、僕はさくらのことが…。ゆかりよりも気になっていた。こんなチャンスは二度とないかもしれない。
「今年はゆかりと何やるの?」お姉ちゃんの穿鑿(せんさく)好きがまた始まった。
「別に…」「去年は、ハイキングに行ったんだよね」
その話は思い出したくない。大変だったんだから。
「あいつが行こうって誘うから…」「それで、山道で足滑らせて捻挫(ねんざ)しちゃって…」
「はい。それでゆかりを背負って戻ってきました」
ゆかりも変なところでドジなんだよなぁ。
「でも、あの時の高太郎、格好良かったよ。今年も一緒に過ごすんでしょう?」
「今年は一緒じゃないよ」「なんで?」「いいだろ…。他に行くとこあるから」
「小さい頃から、二人の誕生日の時は一緒にいたじゃない」「そんなこと言ったって…」
「ゆかり、楽しみにしてるよ。絶対、がっかりするだろうなぁ」「もういいよ」
「ほんとにそれでいいの?」「どうせ来ないよ。あいつとは喧嘩してるし…」
あれから、話しもしてくれない。
「誕生日に会わなくたって…、別にいいの」
「ゆかり、かわいそう。今までずっと付き合ってくれてたのに」
「こっちから頼んだ訳じゃないし。向こうが勝手に…」
「女はね、男みたいに単純じゃないの。乙女心は繊細で傷つきやすいんだから。ちょっとしたことでも、落ち込んだりするんだよ」
「…なに言ってるの。お姉ちゃんにそんなこと分かるの?」
お姉ちゃんは乙女なんかじゃない。絶対に…。
「ああ、言っちゃった。今年のプレゼント、なくなっちゃうよぉ」
…しまった。僕はなんとか取り繕って…。約束してたことがある。お姉ちゃんはお菓子作りにはまっていて、ケーキを作ってくれることになっていた。これは逃(のが)したくない。
「誕生日までは逆らえないんじゃないの」お姉ちゃんはニヤニヤしながら言った。
こいつは鬼だーっ! 人の弱みにつけ込んで…。思い知らせてやる。弟をなめるなよっ!
<つぶやき>兄弟とは不思議なものです。離れていても、なんか気になるんですよね。
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T:031「乙女心と恋の味」5
いろいろあったけど、誕生日がやってきた。お姉ちゃんの召し使いも今日で終わる。ゆかりとは、まだ仲直りしていない。僕のことを避けているんだ。こんな思いで誕生日を迎えることになるなんて…。たださくらに誘われた、それだけの事だったのに。こんな事態になるなんて、誰が想像できただろう。ゆかりは…、やっぱり家には来なかった。
何だかすっきりしないまま、僕はさくらに会うために黒猫亭まで来ていた。
「よしっ」僕は気合いを入れて中に入る。
…誰もいない。早すぎたのかな?
「おじさん、いないの?」
返事がない。僕が厨房の方へ行こうとしたとき、ゆかりが突然現れた。
<……! 何でここにいるの?>
僕の頭の中はパニックになっていた。
「早いじゃない。今日は遅刻しないんだ」
「…何してるの?」「別に…」
どうしたのかな、いつものゆかりじゃない。なんだか分からないけど、どきどきしてきた。
「ほら、これ」大きな紙袋を差し出す。「プレゼント。別に、いま開けなくてもいいけど…」
何が入ってるんだろう。たぶん、すぐ開けろってことだよね。
「ありがとう」僕が袋の中を覗こうとしたら、
「見なくていいの! 家に帰ってからにして」
えっ、開けろってことじゃないの? 分からない。今日のゆかりは、何を考えているのか読み取れない。「…分かった。そうする」
「座って」「えっ?」「いいから、そこに座ってよ」
どうなってるんだろう? 僕は言われるままにイスに座る。ゆかりも僕の前に座って…。沈黙。…静かだ。ゆかりがこんなに静かにしているなんて、初めてのことかもしれない。僕はたまらず…、
「さくらは来てないのかな?」探りを入れる。
「さあね…」
気のない返事が返ってくる。まずい。まだ怒ってる。ここは謝っておかないと、何をするか分からない。
「ごめん。ゆかりのこと…。お前の気持ち、何も考えないで…」「もういいよ」
「これからは、あんなこと、もう言わないから…」「無理しなくてもいいの」
「無理なんか…」「私たちは幼なじみ。それだけのことなんだから…」
「えっ?」
何だよ。何が言いたいのか僕には分からない。ゆかりは僕を見ようともしない。いつもなら睨み付けてくるのに。どうすれば良いんだ。さくらぁ、早く来てくれないかなぁ。
<つぶやき>身近な人の意外な一面を見たとき、なぜか心ひかれる気がするのはなぜ?
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T:032「乙女心と恋の味」6
「おっ、来たなぁ。…色男はつらいねぇ」おじさんが現れた。
「なに言ってるの?」僕は少しほっとした。二人だけじゃなくなって…。
「今日は休みなの?」「今日は高ちゃんのために貸し切り」
「えっ? そんなことしたら店潰(つぶ)れちゃうよ」「大丈夫。色男に払ってもらうから」
「そんな…」「冗談だよ。心配すんなって」僕は色男なんかじゃない。
「どうする? さくらちゃん、もう来ると思うけど…」「来るまで待ってる」
「じゃ、とりあえずあっちの方、そろそろ始めるね」おじさんは厨房に入って行った。
「なんなの?」ゆかりに聞いてみる。
「黙って座ってて!」「はい…」素直に従ってしまう。
なぜなんだ。今日は何も言い返せない。…また、沈黙が続く。
「ゆかり、遅れてごめん!」さくらが入ってきた。「ほら、これ」袋をゆかりに渡す。
「えっ…、やっぱり止めようよ」
ゆかりは消極的だ。何が入っているんだろう。
「なに言ってるの。約束でしょう」「でも…」
「ほら、行くよ。高太郎、ちょっと待っててね」二人は店の奥に入っていく。
何なんだよ。どうなっているのかまったく分からない。僕が店の奥を気にしていると、誰かが入ってきた。…うそ! 何でこんな所に…。
「高太郎君、誕生日おめでとう」なんで、なんで来るわけ。
「…どうも」
「へえ、面白いお店ね。先生、初めて…」
そう、久美子先生だ。
「わぁ、これ知ってる。こんなのまだ残ってるんだ」
先生は棚に飾ってあるがらくたを見て騒いでいる。
「先生、なんで来たの?」僕は素朴な疑問をぶつけてみる。
「来ちゃいけなかった? たまにはいいじゃない。学校の外で会うのも。高太郎君はこんな面白い場所、知ってるんだね」
「いや、みんなも知ってるけど…」
「そうなんだ。先生にも教えて欲しかったなぁ」
僕にはこれから先の展開がまったく分からない。これからどうなるんだろう?
「どうしたの? やっぱり先生が来ちゃまずかった? 心配しなくてもいいのよ。先生はさくらさんを送ってきただけだから」
「えっ?」
「なんかね、買い物に付き合って下さいって、頼まれちゃって。ちょうど今日はやることもなかったから、ドライブがてら行ってきたってわけ」
「なに買ってきたんですか?」「それは見てのお楽しみ」
<つぶやき>サプライズ・パーティーは仕掛ける方は楽しいでしょうね。でも、私は…。
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T:033「乙女心と恋の味」7
「先生、用意できたよ」
さくらが奥から出てくる。何をするの? ちゃんと教えてよ。
「さあ、高太郎君。ゆかりさんを呼んでみて」
「えっ?」先生、なんなの?
「ほら、高太郎。ゆかり、待ってるから。早く呼んで」
そんなこと言ったって、さくら…。
「なに照れてるのかなぁ。いつもみたいに呼べばいいじゃない」
先生…。簡単に言わないでよ。いつもと違うだろう。二人の目が期待を込めて僕に注がれる。これはもう呼ばないわけにはいかなくなった。
「ゆかり…」
「だめだめ、そんなんじゃ。もっと大きな声で」
先生、ここは学校じゃないんだから…。もうやけくそだ。どうにでもなれ…、
「ゆかり!」
「うるさい!」ゆかりが出て来た。「大声出すな!」
えっ! ゆかりが…。「なんでスカートはいてるの?」
「文句あんの。いいだろ、たまには…」
ゆかりは恥ずかしがっている。今まで絶対はかなかったのに…。
「そんなに見るなよ。見なくていいの!」ゆかりはさくらの後に隠れる。
「だから、嫌だって言ったのに…」
「とっても似合ってるよ。大丈夫」さくらが励ます。
僕もそう思う。ゆかりはこの方がいい。これでもう少し大人しくなると、もっと良いんだけどなぁ。絶対、無理だけど…。
「ゆかりさん、きれいよォ。これだったら、男の子たちもほっとかないわ」
「先生、なに言ってるの。今日だけだから…。絶対、誰にも言わないでね」
「カメラ、持ってくれば良かったなぁ」「さくら、絶交だからね」
「ごめん…」
結局、さくらと二人だけってことにはならなかった。ちょっと残念でもあり、ほっとしたところもある。これで良かったんだよ、きっと。
「もうそろそろ良いかなぁ…」おじさんが出てくる。「あれ、こちらのお美しい方は…」
そんなこと言うと、後で大変なことになるから…。
「どうも、初めまして。私、この子たちの担任で…」
「先生、そんなの後で良いよ。早く座って。ほら、みんなも」ゆかりが仕切りだした。
「おじさん、早いとこ出しちゃって」
「承知いたしました。こちらの素敵なお嬢様のお頼みとあらば、たとえ火の中、水の中…」
「もう分かったから、早くして!」
<つぶやき>慣れないことをして、よくドジるのは私です。とても無器用なものですから。
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T:034「乙女心と恋の味」8
おじさんが料理を運んでくる。どれも美味しそうなものばかり。
「さあ、どんどん食べてよ。先生の分もちゃんとありますから…」
おじさんは奇麗な人を見るとサービスをしたくなるみたい。こんな事やってると、ほんとに店潰れちゃうよ。
「これは全部、ゆかりのアイディアなんだぞォ。美味しそうだろう」
「おじさん! そんなこと言わなくてもいいよ。…恥ずかしいだろ」
「良いじゃない。何日もかけて出来上がった味なんだから、もっと自慢しろよ」
「もういいから…」ゆかりが料理を取り分ける。「早く食べようよ。ほら、みんなも…」
僕は食べてみる。…うまい! ほんとにゆかりが作ったのかな? さくらは夢中になって食べている僕を、不思議そうに見ていた。
「なに?」「大丈夫なの?」「えっ?」「ピーマン、嫌いなんじゃ…」
何でそんなこと聞くのかな?「いや、嫌いじゃないよ。美味しいじゃない」
さくらは驚いた顔をして、「これも嘘だったの!」ゆかりに怒っている。
「ごめん…」ゆかりが舌を出して笑う。やっといつものゆかりに戻ったみたい。何があったのか知らないけど、ほんと人騒がせなんだから…。
僕たちは食事を楽しんだ。おじさんがお酒を持ってきた。先生に飲ませるつもりだ。知らないよ。先生、酒癖悪いんだから…。僕たちは時間の経つのも忘れて、大いに盛り上がった。いろんなお喋りやゲームをして、笑い転げた。おじさんの駄洒落は、寒かったけど…。
暗くなってきたので僕たちは家に帰った。家ではお姉ちゃんが…。僕はすっかり忘れていた。お姉ちゃんはケーキを前に置いて、台所に座り込んでいた。すごく怖い顔をしている。それに…。何だか、とっても大変なことになっている。台所の中はぐちゃぐちゃだ。いろんなものが飛び散り、散乱していた。
「ど、どうしたの?」僕は恐る恐る聞いてみる。
「おそい! 手伝うんじゃなかったの」やっぱり怒ってる。
「これ全部、片付けといてね」「えっ、そんな…」「終わるまでこれはお預け」
お姉ちゃんはケーキを持って行ってしまう。
「えーっ!」
今年の誕生日は、こうして終わった。…なんか疲れちゃった。ここ数日、ゆかりたちに振り回された気がする。でも、こんな誕生日は初めてだ。とっても楽しかった。
それにしても、今日のゆかりは何だったんだろう? 今まで僕には見せなかった、別の顔を見たような…。こんな感覚は初めてだ。僕たちはこれからいろんなことを経験する。そして少しずつ大人になって、変わっていくんだろうなぁ。でも、どんなに変わっても、ずっと僕の幼なじみでいて欲しい。僕にとってゆかりは…、居るとうるさいけど、居ないと困る存在なんだから。これからも振り回されるんだろうなぁ。幼なじみだから、しょうがないか…。これからも付き合ってやるよ、ゆ・か・り。
<つぶやき>気の合う友達ってなかなか出会えない。もし見つけたら大切にしないとね。
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T:035「運動会。汗と涙と…」1
もうすぐ運動会。でも私は…、暗い気持ちでいっぱいだ。走るのは、あんまり得意じゃないの。それなのに、ゆかりったら私をリレーの選手に推薦した。…クラス対抗リレー。一人で走ってびりになる方がまだましよ。リレーでびりを走ったら…。私のせいで負けてしまったらどうするの。ゆかりがいけないんだ。勝手にこんなことして…。私を困らせようとしているんだ。…どうしたら良いんだろう。
「さくら、今日から練習するよ」「えっ?」
「放課後、一緒に走ろう」そんな…。
「練習すれば、もっと速く走れるようになるって」
ゆかりは自信を持ってそう言う。そんな簡単なことじゃないよ。
「そんなことしたって…」私はためらった。
「二人でがんばろうね」
ゆかりは楽しそうだ。私の気持ちなんか分かってない。ゆかりは走るのが得意なんだって。去年の運動会のとき一等を取ったって、高太郎から聞いていた。私がゆかりと一緒に走れるわけないじゃない。足手まといになるだけよ。
「じゃ、グランド一周ね」ゆかりの強引さに負けて、練習することになってしまった。
「最初はさくらのペースで良いから、少しずつ速くしていこう」
ゆかりは余裕で走ってる。でも、私は…。だめ。一周もしないうちに…。
「ほら、走って。まだ、いけるって…」
これは練習なんかじゃない。特訓だ。しごきだ。…厳しすぎる。私は一日で音を上げてしまった。もう身体が動かない。足は痛いし…。もう、嫌だぁ。
「弱虫。これだけで止めちゃうの」
「いっぱい走ったじゃない。もういいよ」
「これからじゃない。まだぜんぜん走ってないよ」
「もう、私には充分なの」
「そんなに簡単に諦めちゃうの」
「やりたくてやってるわけじゃないよ」
「そうやって逃げるんだ」
「私はもう走れないの。…リレーなんかやりたくない」
「私はさくらと走りたいの」
「何でよ。勝手なことばっかりして…。私は嫌なの!」
「なにも一番になれって言ってるわけじゃないのよ」
「一番なんか、なれるわけない」
「さくら…」「もういいよ。私、帰る」
「遅くたって良いじゃない」
…そんなこと、速く走れる人だから言えるのよ。そんなことも分からないの。私はゆかりに背を向けて…。悔しかった。なにも出来ない自分に腹が立った。
<つぶやき>誰にでも苦手はあります。でも、ちょっと見方を変えると違ってくるかも。
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T:036「運動会。汗と涙と…」2
「待ってよ」ゆかりが私の腕をつかむ。
「放して! 他の子に代わってもらう」
「速く走ろうと思ったら走れるのよ」
「私は、ゆかりみたいにはなれない」
「さくらのそういうところ、私は嫌いよ。苦手なことから、いつも逃げてる。何にもしないでうじうじしてて…」
なんでそんなこと言うのよ。ゆかりなんか…。
「悔しかったら走ってみなさいよ」
「私が走ったら…。勝てないよ」もう、いやだ。
「そうやっていつも諦めてる。今のあんたじゃ絶対勝てない」
「じゃ、何で私を推薦したのよ!」
「私はさくらと走りたかっただけ。みんなに迷惑かけたくないって思うなら、ちゃんと練習しなさいよ。余計なこと考える暇があったら走る。それしかないでしょう」
「もう走らない!」
…何やってるんだろう。私はゆかりから逃げ出した。
ゆかりは追いかけて来なかった。心の何処かで「止めて!」って叫んでる。…もう引き返せなくなってしまった。悪いのは私の方。そんなこと、ちゃんと分かっているのに…。
次の日、私は学校を休んでしまった。…ずる休み。ゆかりと顔を合わせられない。
ママが心配して、「ほんとに大丈夫なの?」
「ちょっと頭が痛いだけ。一日寝てれば直っちゃうよ」
初めてだ。こんな苦しい嘘をついたのは…。
夕方、高太郎が来てくれた。私は…、会えなかった。こんな自分を見られたくない。…身体中が痛かった。昨日、あんなに走ったせいだ。でも、心の方がもっと痛がっている。私の中心から悲鳴が聞こえる。私の中の別の私が叫んでる。「何やってるの!」私を責め立てる。…これからどうなるんだろう。
次の日も…。二日も休んでしまった。
夕方、久美子先生がやって来た。私は、会いたくなかった。でも、ママが…。
先生がいつもの優しい笑顔で入ってくる。
「さくらさん、どうした?」
私は、悲しくなってきた。布団の中に潜り込む。何でこんなことしてるんだろう。布団の中から出られない。
…先生、もう帰ったのかな? 静かだ。私はため息をつく。
<つぶやき>取り返しのつかないときは、勇気を出してまわりの人に助けてもらいましょ。
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T:037「運動会。汗と涙と…」3
<パーン!>
突然、大きな音がした。私は驚いて飛び起きる。
先生が…。三角帽子に鼻付きメガネ、おもちゃの笛をくわえてる。手にはクラッカーを持って…。
「びっくりしたぁ?」
「先生、何やってるの?」
「どう、似合うでしょう」
先生はニコニコしながら、おもちゃの笛をピュウピュウ鳴らし始めた。私は呆気にとられてしまった。
「ほら、あなたのもあるわよ。一緒にやろ」
「えっ?」
「楽しいわよ」
抵抗する間もなく、同じような格好にさせられた。
「似合うじゃない。なかなか良い感じよ。じゃ、やろう」
「私、こんなこと出来ません」
「じゃ、これも貸してあげる」
先生は嬉しそうにでんでん太鼓を出してきて、「これ、良い音するのよ。やってみて」
なんで、なんでこんなこと…。
「ほら、難しく考えなくてもいいの。たまにバカなことやるのもいいもんよ」
「でも…」
「いいから、やってみなさい」
私は恥ずかしかった。こんなこと出来ないよ。
先生は他にも音の出るおもちゃとか、いろいろ取り出して…。吹いたり、叩いたり、振ったり、回したり。調子はずれの掛け声を上げる。
なんでこんなに持ってきたの? 先生なのに、まるで子供みたい。でも…、楽しそうだ。身体を動かして音を出す。まるでダンスをしているみたい。私の身体もつられて動き出す。
…不思議だ。なんか楽しくなってきた。今まで悩んでいたことが、嘘のように消えていく。私もいろんな音を出してみる。面白い! 私は先生と一緒に踊り出してしまった。
「やっと元気になったみたいね。先生、心配してたんだぞ」
私を優しく抱きしめてくれた。
「もう大丈夫だよね」
私は、何も答えられなかった。言葉が見つからない。先生は、優しく微笑んで、
「これからちょっと付き合って。あなたに見せたいものがあるの」
私は先生に連れられて…。どこへ行くんだろう? 先生の車は…。
あっ、この道は学校へ行く道だ。私はどきどきしてきた。なんでだろう? 先生は何も言ってくれない。
<つぶやき>思い出に残る先生っているよね。楽しいことも、つらいこともあったけど。
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T:038「運動会。汗と涙と…」4
「こっちよ」学校に着いたら、先生は校庭の方に歩き出した。私は後をついて行く。
まだ、私の中のどきどきが続いている。何があるんだろう?
先生は校庭の芝生に私を座らせて、グランドを見つめている。日が短くなってきたから人もまばらで、ほとんどの子は帰ったみたい。
「やっぱりやってるなぁ。ほら、あそこ」先生はそう言って指さす。
暗くなりかけているグランドで誰かが走っていた。
「あっ…」私は思わず声を上げた。…ゆかりだ。それに、高太郎も。二人で走ってる。
「二人とも頑張ってるよね。そう思わない?」「ゆかりは走るの得意だから…」
どうしよう。ゆかりと会いたくない。あんなこと言って逃げ出したのに、会えないよ。
「去年の今頃も走ってたなぁ。…ゆかりさんも、初めから速かったわけじゃないのよ。いっぱい練習して、速く走れるようなったの」「………」
私は走っているゆかりを見ていた。
「これはね、ゆかりさんのお母さんから聞いた話なんだけど。すぐ上のお兄さんと喧嘩したとき、ゆかりさんが一番大切にしているものを取られちゃったんだって。何度頼んでも返してもらえなかった。運動会で一等を取ったら返してやるって、お兄さんに言われたそうよ。それで、ゆかりさんはお母さんに泣きついたんだって。でも、お母さんはこう言って励ましたの。一等を取ればいいじゃない。自分の力で取り戻しなさいって」
……一番大切なもの。きっとあれだ。前に聞いたことがある。
「ねえ、ゆかり。これもう捨てた方が良いよ。汚れてるし、ぼろぼろじゃない」
「これはだめよ」「どうして?」
「これは、私の一番大切なものなの」「えっ?」
「誰にも言っちゃ駄目だからね」「なんでこんな人形が…」
「これはね、誕生日のときに、高太郎から初めてもらったものなの。…私の宝物」
「へえ…、そうなんだ」「なによ。でも…、高太郎は覚えてないみたいだけどね」
鞄にいつも付けている、小さな人形。どんな時でも、いつも持ち歩いていた。
「ねえ、先生。ゆかりってすごいよね。私なんか…」
「ゆかりさんは強い子だよね。でも、それは自分の弱いところを知っているから」
「弱いところ?」
「そう。弱いところを知っているから強くなれるの。強くなろうとしているのよ」
私にはそんなこと出来ない。ゆかりみたいになりたくても…。
「ゆかりさんはね、自分の弱いところを、他の子には絶対見せなかった。高太郎君にも、そうだったんじゃないかな。いつも強がっていて、みんなと衝突してばかり。高太郎君がいつも助けに入ってた。それがね、ここ数ヶ月で変わってきたの。きっと、さくらさんに出会ったからじゃないかな」
「私はなにも…」何もしてないよ。
<つぶやき>知らず知らずのうちに、いろんな人から感化されて、成長していくのです。
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T:039「運動会。汗と涙と…」5
久美子先生は、うつむいている私に優しく微笑みかけて、「きっと何処かで通じ合うものがあったのよ。気が合うっていうか…。あなたには隠そうとはしなかったでしょう」
「私とゆかりはぜんぜん違うよ。私はゆかりみたいに…」
「あなたとゆかりさんの違うところって何処だと思う?」
「えっ?」そんなこと…。
「それはね、前に踏み出そうとする勇気。ゆかりさんは自分の力で、自分を磨こうとしているの。夢に向かって走ってるのよ」
私にはそんな力なんてないよ。私なんか…。
「さくらさん。あなたにだって出来るのよ。勇気を出すの。あなたの中にだってちゃんと勇気があるんだから。自分で自分を磨かなきゃ、輝けないよ。何もしなければ、何も始まらない。そう思わない?」
「でも…」私はどうすれば良いの?
「結果なんか考えなくても良いの。自分の力を精一杯出してみなさい。ゆかりさん、待ってるよ。あなたが戻ってくるのを…。ほら」
久美子先生は私の背中を押してくれた。強く、優しく…。私は振り返る。先生は、笑ってる。頑張れって言ってる。私はゆかりに向かって駆け出していた。もう逃げない。……私も輝きたいから。
運動会の日まで私は走った。ゆかりと一緒に練習した。厳しかったけど、辛かったけど、私なりに頑張った。何処まで出来るのか分からないけど、今の自分に出来る精一杯を出そうと思う。こんなに、一つのことに夢中になったことなんて無かった。私にもこんな力があるなんて…。みんなゆかりのおかげだ。それに、久美子先生にも感謝しないと…。
いよいよ運動会。今日は良い天気になった。気持ちの良い青空が広がっていて、白い雲がすじになって浮かんでいる。いつもは仕事で観に来たことがないパパが…。なんで来るの? 来なくてもいいのに。
「パパ、楽しみにしてたのよ。頑張ってね。ママもしっかり応援してあげるから」
「いいよ、恥ずかしい…」ママは騒ぎすぎるんだから。でも、二人で来てくれるなんて、とっても嬉しかった。「私、頑張るね。でも、あんまり期待しないで…」
「なに言ってるの。楽しんでらっしゃい」
運動会で流れる軽快な音楽。号砲がとどろき、みんなが一斉に走り出す。クラスごとの応援合戦。黄色い歓声が沸き上がる。放送で流れる競技の結果。そして、出場者の呼び出しの声。…とうとう来てしまった。私たちの出番だ。ゆかりたちと一緒にコースに向かう。私は、一番最初に走ることになっている。どきどきしながらスタートに立つ。ゆかりが私に合図を送る。私も合図を送り返す。今まで練習してきたんだから、自分の力を出し切って走るだけ。他のことは何も考えない。私は走ることに集中する。このバトンをちゃんと次の人に渡すんだ。位置に着く。かけ声がかかる。
パーン! みんなの声援のなか、私は走る。ゴールを目指して…。
<つぶやき>何かに熱中できるって素晴らしいと思います。順位なんて関係ないでしょ。
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T:040「恋する心」1
えっと…。どうも、ゆかりだよ。今度は私が話すことになっちゃった。ほんとは、苦手なんだよなぁ。勘弁してよって感じ…。この事件の発端になったのは、一通の手紙だったの。この手紙のせいで大変なことになっちゃって。名付けて、ラブレター事件!
聞きたい? 聞きたくなったでしょう。仕方ないなぁ。じゃ…、教えてあげる。
それはね、私たちが体育の授業のとき、誰もいない教室で起こったの。誰かが私たちの教室に侵入して、謎の手紙を残していった。それを最初に見つけたのはさくらだったんだ。
なぜって? だって、さくらの机の中に有ったんだから。さくらは、その手紙を手にとって…。私は、「どうしたの?」って聞いたの。さくらは、「ううん、何でもない…」その手紙を隠そうとした。でも側にいた子が、「なにそれ?」って騒ぎ出して。みんなの視線がさくらに集まる。さくらは隠せなくなって、「何でもないよ。ただの手紙だから…」
「誰から?」「見せて…」「なにこれ…」「なんか変だよ」「気持ち悪い」
みんなでわいわい始まった。確かにおかしな手紙なの。封筒の表には「さくら様」って、印刷の文字を切り抜いて貼ってあった。裏には何も書いてないの。誰が入れたのか…、話題はそのことに集中した。みんなの意見をまとめると、他のクラスの奴ってことに落ち着いた。私もそう思う。私たちが教室にいない間に、犯行が行われたのは間違いない。
「悪戯じゃない」「呪いの手紙だったりして」「悪口とか書いてあるんじゃないの」
みんなはいろんなことを言っている。ここではっきりさせておくけど、私がやったんじゃないからね。誰かが、「開けてみようよ」って言いだした。みんなもそれに同調した。でも、さくらだけは、「私に来た手紙だから…」ここでは開けたくないみたい。
「いいじゃない」「中に変なものが入ってるかも…」「開けてもらった方がいいよ」
「誰がやったか分かるかも…」「見せろよ」「ひょっとするとラブレターなんじゃない」
みんなは面白半分に、言いたいことを言っている。さくらは困っているみたいだ。私が助けに入ろうとしたとき、高太郎がしゃしゃり出てきた。
「俺が開けてやるよ」そう言って手紙を取り上げた。
さくらは驚いて、「だめ、返して!」高太郎を追いかける。
あーあ、女の子の気持ちをまったく分かってない。高太郎は鈍感なんだから。そんなことしたら怒っちゃうよ。…思った通りだ。さくらは完全に怒っている。泣きそうな顔で高太郎に向かっていく。みんなが囃(はや)し立てる。騒ぎは頂点に達した。高太郎も引っ込みがつかなくなったみたい。いよいよ、私の出番ね。私が止めに入ろうとしたとき…。
「何やってるの。止めなさい!」あっちゃーぁ、久美子先生だ。やばいよこれ…。
「みんな、席に戻って。秋本君、後に隠しているものを出しなさい」
高太郎は手紙を先生に渡してしまう。まったく、ドジなんだから…。先生は手紙を見て、
「上野さん、これは先生が預かります。放課後、職員室に取りに来なさい」
「…はい」さくらは困った顔で答える。なんでぇ、さくらは悪くないのに。
「じゃ、授業始めるわよ…」
<つぶやき>学校では、いろんな事件が起きているかも。学校の七不思議、あるんです。
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T:041「恋する心」2
この時からだ。さくらと高太郎の気持ちがすれ違うようになったのは。休み時間も二人は黙ったまま。お互いに気になっているくせに、何やってるんだろう。放課後、私は高太郎をさくらのところに引っ張って行って、
「私たちも、職員室に付き合うから」
「いいよ。呼ばれてるのは私だけなんだから」さくらはそう言って高太郎を見る。
「行かないよ。俺は、別に何もしてないし…」
高太郎、あんたのせいでしょう。男らしくない。
「ほんとにいいから…」さくらはそう言うと、一人で行ってしまう。
「高太郎、行くわよ」
「なんで…」
「あんたにも責任があるんだから」
「俺は、さくらの代わりに確かめてやろうと思って…。あんなに嫌がることないのに」
「あーっ、気にしてるんだ。ラブレターだと思ってるんでしょう?」
「そんなこと…」
「もしかして、高太郎がやったんじゃないの。さくらの気を引こうと思って…」
「違うよ。そんな事するわけないだろ。渡すんなら、学校なんかじゃなくて…」
「渡そうと思ってるんだ!」
「なに言ってるの。そんなこと思ってないよ」
「あやしい…」
高太郎が犯人でないことは確かだ。こんなこと思いつくわけがない。文才もないしね。犯人は誰なのか? 手がかりはあの手紙しかない。私は高太郎を残して職員室に向かった。
職員室の出入り口で様子をうかがう。久美子先生のところにさくらがいた。手紙を読んでいるみたいだ。チャンスだ。私はそっとさくらに近づいて、後から…。
「ゆかりさん」
…しまった。先生に見つかった。さくらは手紙を畳(たた)んでしまう。
「どうしたの?」先生が私に聞いてくる。
「あの、さくらのことが心配で…」笑って誤魔化す。
「私なら大丈夫よ」さくらは平気な顔をしている。でも、なんかあやしい。
「じゃ、嫌がらせの手紙じゃないのね」
「はい、そんなんじゃありません」
「なら良いけど。もし何かあったら、先生にちゃんと言うのよ。いいわね」
「はい」
さくらは私をおいて、逃げるように行ってしまう。やっぱり、あやしい。
<つぶやき>友だちと気まずくなることもありますよね。素直になって仲直りしよう。
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T:042「恋する心」3
「先生、何が書いてあったの?」私は訊いてみた。先生は封筒の中を見ているはずだ。
「さあ、何だろうね」
「えっ、見てないの?」
「さくらさんに来た手紙よ。勝手に読めないでしょう」
「そんな…。先生なんだから、ちゃんと確認してよ。生徒のこと心配じゃないの?」
「先生は、さくらさんのこと信用してるもん。あの子は嘘をつくような子じゃないわ」
「信用しすぎ。さくらはなんか隠してるよ」
「どうして?」
「いつもと違うもん」
「そうかな?」
「いいわ、私が確かめる」
「だめよ。余計なことしたら…」
「心配しないで。私がさくらのこと守るから」
「ゆかりさん…」
私は職員室を飛び出して追いかける。さくらをいじめる奴は、私が許さないんだから。
廊下でさくらを見つけた。でも、高太郎と一緒だ。なにか言い合っている。喧嘩しているみたい。あっ、さくらがこっちに走ってくる。私はとっさに隠れる。…でも、私に気づかずに行ってしまった。どうしたんだろう? 私は高太郎を呼び止めて、
「どうしたの?」「別に…」
「またなんか言ったんでしょう?」「……」
「何が書いてあったんだとか、誰から来たんだとか…。聞いたんでしょう」
「まあ…」「それで、さくらはなんて答えたの」
「何でもないから、もう聞かないでって怒られた」
「そうか…、話さなかったんだ」ますます、あやしい。
「三人で帰ろうって言ったんだけど、なんか用があるからって…」
「それであんなに急いでたの?」「うん」
「……! 行くわよ、高太郎。さくらを追いかけるの。ほら、急いで!」
私たちは走った。でも、さくらの姿は何処にもない。家まで行ったんだけど、まだ帰ってないって言われちゃった。何処に行ったんだろう。…心配だ。高太郎と近所を探してみる。…ぜんぜん見つからない。暗くなってきたので、もう一度二人でさくらの家に行ってみる。さくらは帰っていた。いつの間に…。
「どうしたの? こんな時間に…」さくらはとぼけている。間違いない。
「何処に行ってたの?」
「…ちょっとね」
結局、さくらは何も話してはくれなかった。ほんと頑固なんだから。教えてくれたっていいじゃない。そう思わない?
<つぶやき>人それぞれ、いろんな事情があるのです。あまり詮索しない方がいいよ。
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T:043「恋する心」4
次の日、教室でとんでもない噂が広がっていた。さくらが、二組の高木と歩いていたって。それも仲良く手をつないでいるのを見たっていうのよ。これは噂だから、どこまでほんとなのか分からないけど…。でも、何人も目撃しているみたいだから、二人が会っていたのは間違いないみたい。昨日、私たちが見失ったときだ。あの時、会ってたんだ。
さくらはいつもと変わらない様子だった。クラスのみんなの視線も気にしていない。なんでこんなに落ち着いていられるんだろう。噂のこと、気づいてないのかな?
私はそれとなく探りを入れる。
「ねえ、さくら…。昨日の…」
「宿題、やってないんでしょう。いいわよ、見せてあげる。早く写さないと、先生来ちゃうわよ」
やけに明るい。何か良いことでもあったのかな? かなり、あやしい感じ…。
噂はやっぱりほんとなの?
高太郎が思い詰めた顔で…。まずい、止めなきゃ…。でも、もう手遅れだった。
「さくら。昨日、どこ行ってたんだよ」
まじで、やばい。
「別に…。どこでも良いじゃない」
さくらは冷静を装っている。
「教えろよ」「なんで…」
「噂はほんとなのか?」「噂って…」
「とぼけるなよ!」
私は止めに入る。また騒ぎになっちゃうよ。
「止めなよ。高太郎…」
「ほんとに高木と会ってたのか?」「えっ…」
「隠すことないだろ」「別に隠してなんか…」
「あの手紙も高木から…」
「関係ないよ! ぜんぜん関係ない」
まったくもう、世話が焼けるんだから…。
「いい加減にしなよ!」
「なに喧嘩してるの」「もしかして、あの噂ってほんとなの」
「やっぱり二股かけてたんだ」「高太郎、かわいそう」
「お前ら、なに言ってるんだよ」
「さくらって、そんなひどいことしてたんだ」
「さくらがそんな事するわけないだろ」
「得意なのは勉強だけじゃなかったんだ」「あのガリ勉の高木と…」
「二人とも勉強出来るから、お似合いかもね」
みんなが騒ぎ出してしまった。
<つぶやき>噂って、形を変えてどんどん広まっちゃいます。でも、真実はただひとつ。
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T:044「恋する心」5
「高太郎ってさくらが好きだったの?」「お前、遅れてるゥ」
「誰でも知ってることじゃない」「公認の仲ってやつ」
「じゃ、とうとう別れちゃうんだ」
みんな勝手なことばっかり言って…。さくらはじっと耐えていたけど、
「もう止めて! 高太郎とはそんなんじゃないんだから…」泣き出してしまった。
私は、「さくら、もういいよ。お前ら、さくらが何したって言うんだよ。これ以上、なんか言ったら…」
「はい、そこまで! みんな、席に戻って。早く戻りなさい」
先生が入ってきた。
「あなたたちは、どうしてそんなこと言うのかな?」
聞いてたんだ、先生。
「人を好きになることって、そんなにいけないことなの?」
「だって、二股かけてたんだよ」誰かが言った。
「ほんとにそうなのかな? 先生は違うと思うけど」
「手をつないでたんだって」「ラブラブだよなぁ」みんなは笑ってる。
「この中で、二人が手をつないでいたのを見た人」
みんなは周りを見回す。手を挙げる子はいなかった。
「…誰もいなの? じゃ、みんなに聞くけど、二人で歩いていたらラブラブになるのかな?」
教室中がざわめいた。
「沢田さんはどう?」
えっ! 私に聞かないでよ。
「いつも秋本君と帰ってるみたいだけど」
勘弁してよ。私は、「先生、それは絶対ない。高太郎とは幼なじみなだけで…」
なんでこんなこと言わなきゃいけないんだよ。
「高太郎と…」「案外、それありかも…」「そうかな」「良いコンビじゃない」
「ゆかりには高太郎だろ」「ある意味、有効だよなぁ」
「ゆかりを止められるのは…」「高太郎しかいないでしょう」
お前ら、後でぶっ飛ばす。高太郎も、黙って見てないでなんか言えよ。こういう時にビシッと言うのが男だろ。
「静かに! 先生は、上野さんと高木君は、お喋りをしてただけだと思うけどなぁ。みんなだって、いろんな子とお喋りするでしょう」
「そうかな…」「告白されてたりして」「ゆるせねぇ」「俺のアイドルに…」
「昨日の手紙、高木だったんじゃないの」「呼び出したんだ」「さくら、どうなんだよ」
「ガリ勉が好きなのか?」「あんな奴のどこが良いんだよ」
男子はこういう話しになると、なんでこんな…。
<つぶやき>初めて誰かを好きになった時のこと覚えてますか? もう思い出すだけで…。
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T:045「恋する心」6
「いい加減にしろよ! さくらが可哀想だろ」私はこれ以上黙ってられない。
「沢田さん。座ってなさい」
先生、こいつらが悪いんだろ。なんで…。
「みんなは、誰かを好きになったことってあるかな? 誰かを好きになると、すべてのものが素敵に見えてくるんだよ。先生は、人を好きになる気持ちって、思いやりの心から始まると思うの。今のみんなは、さくらさんに思いやりの心、持ってるかな? 噂に振り回されて、ほんとのさくらさんが見えなくなっているんじゃない? 先生は、さくらさん大好きよ。みんなもそうでしょう。さくらさんの気持ちになって、みんなも考えてみて…」
先生は、一人一人の心に呼びかけているみたい。私たちのことを、大切に思ってくれているんだ。
「これからみんなは、いろんな恋をするはずよ。格好いいとか、可愛いとか、いろんな理由で人を好きになる。切っ掛けは何にしろ、好きになった時の気持ちを大切にして欲しいの。…お互いが相手のことを思いやって、初めて恋が生まれるのよ。恋は二人で育(はぐく)むもの。一方的に押し付けたり、傷つけたりしてはいけないの。相手を思いやる気持ちを忘れないで欲しいなぁ。みんなも良い恋をいっぱいして、素敵な人になって下さい」
「先生は恋してるの?」「恋人いるんだ」「なんで結婚しないの?」
まったく、男の子ってどうしてこうなんだろう。こんなことしか考えられないのかな?
「なに言ってるの。先生は、みんなのことが心配で結婚なんて出来ないわよ」
「やっぱり相手いないんだ」「いるわけないよなぁ」「寂しくないの?」
「あのね、先生だってラブレターもらったことあるのよ。いっぱいね」
「うそだーっ」「信じられない」
「はい! もう、この話はお終い。授業始めるわよ…」
それから何日かして、さくらが家にやって来た。まだ、さくらと高太郎はぎくしゃくしている。早く、仲直りすればいいのに。間に入ってる私の身にもなってよね。
「あのね、ゆかり…」「どうしたの?」
「ちょっと、頼みたいことがあるんだけど…」「良いわよ。もしかして、高太郎と…」
「そうじゃないの。そうじゃなくて…」
「もう、はっきり言いなさいよ」
「…今度の休みの日、ちょっと付き合って欲しいの」
「えっ?」
「高木君と会う約束をしてて…」
「さくら、まだ付き合ってたの?」
「あのね、高木君、転校するの。それで、…最後のお別れがしたいって」
「なにそれ…」
「私、さよならするの苦手なんだ。だから、私の側で見ていて欲しいの。お願い」
<つぶやき>誰かを好きになったきっかけは何でした? 今でも、それを覚えていますか。
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T:046「恋する心」7
その日は、冬も近いというのに暖かい日だった。
さくらと一緒に待ち合わせの海岸へ向かう。なんで私までどきどきしてるの。
さくらはずっと黙って歩いている。何を考えているんだろう?
私は話し掛けることが出来なかった。
あいつは先に来ていて、一人で海を見ていた。向こうも私たちに気がつく。
さくらは、「ここで待ってて…」そう言って、あいつの方に歩いていく。
私は少し離れた場所でさくらを見守る。二人は堤防に座って…。
何を話しているんだろう? 私には聞こえない。
二人は海を見ていた。いつまでも…。
私は、何やってるんだろう。一人、こんな所で…。退屈だ。待ってるだけなんて…。
しばらくして、二人が立ち上がった。笑いながら握手をしている。そして、さくらがこっちに戻ってくる。あいつは、さくらの後ろ姿をずっと見つめていた。
「…ごめんね。ありがとう」さくらは寂しそうな笑顔で私にすがりつく。
私は、さくらを抱きしめてあげた。あいつは…、いつの間にか消えていた。
この二人は、どんな別れ方をしたんだろう。さくらは何も話してくれなかった。ただ、
「転校のことを相談されて…。ほら、私、何回もしてるから」
ほんとにそれだけだったのかな? あいつのこと、どう思ってたんだろう。あいつもさくらのこと好きだったのかな…。私たちは堤防に座って海を眺めた。
磯の香り、波の音…。
「あのね、前の学校にいたとき、好きな子がいたんだ」さくらがぽつりと言った。
さくらに、こんなことがあったなんて…。
「その子に、手紙を書いたの。なんでそんなことしたのかなぁ…。初めてだったんだ。それまでの私には考えられないことだった。……思ってることの半分も書けなかったけど、私の気持ちを伝えたかったの。手紙を渡す時なんて、顔も見られなかったのよ。押し付けるようにして渡して、すぐに逃げ出しちゃった」
さくらは、笑っているのに目に涙をためている。ほんとに泣き虫なんだから…。
「次の日にね、勇気を出してその子に会いに行ったの。そしたら…、私の手紙を友達に見せびらかしてた。楽しそうに…。みんな、笑ってたわ。私、どうしたら良いのか分からなくて…。会わないで、また逃げ出しちゃった。私も、転校するのが決まってて……。ごめん。私、なに話してるんだろう……」
<つぶやき>生きてれば辛いこともありますよ。でも、楽しいことも一杯あるはずです。
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T:047「恋する心」8
なにも言えなかった。今の私に出来るのは、さくらの側にいることだけ…。
さくらの目から涙がこぼれる。…波の音が、私たちを包み込んだ。
「高太郎、まだ怒ってるかな?」
さくらが私に聞いてきた。
「ちゃんと仲直りしないといけないよね」
「大丈夫だって。私がついてるじゃない」
高太郎だって、仲直りしたいって思ってる。
「もしさくらをいじめたら、私がぶっ飛ばしてやるよ」
「暴力はだめだよ」
「えっ、そんな…」
「私、手紙でも書こうかな。その方が…」
「やめた方がいいよ。そんなことしたら、あいつ、舞い上がっちゃうよ」
「そうかな?」
「そうよ。みんなに自慢しちゃうから」
「ゆかりも、高太郎のこと…」
「なによ?」
「強がってばっかり。先生に聞いちゃったんだから…」
「なにを聞いたの?」
「教えない」
「なんでよ。教えなさいよ」
「いやだーっ」
さくらが笑った。何かを吹っ切ったように笑っている。
なんにも話してくれなかったけど、さくらの心に触れたような…。さくらの気持ちが私に伝わってきた。私たちはひとつになった。そんな気がした。
…もう、なんて言ったらいいのか分かんないよ。
それにしても、先生になに聞いたんだろう? これだけは、聞き出さないと…。
「さくら、待って! 教えてよっ! 隠し事はだめだからねぇ」
私たちは海岸を走っていた。
秋の終わりの日差しを浴びて…。海が、きらきら輝いていた。
<つぶやき>心の友には言葉はいらない。でも、大事なことはちゃんと話さないとね。
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