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書庫 ブログ版物語1~
T:0001「お嬢様(じょうさま)教育(きょういく)コース」
「ここは何処(どこ)よ!」ファッションモデルのように着飾(きかざ)った若(わか)い女性(じょせい)が叫(さけ)んだ。「エッフェル塔(とう)は? 凱旋門(がいせんもん)は何処(どこ)にあるのよ」
「ここ、ガルバね」と添乗員(てんじょういん)が説明(せつめい)し、「アフリカの秘境(ひきょう)あるよ。どうね、良(い)い景色(けしき)ね」
「どこがよ。何(なん)にも無(な)いじゃない」女(おんな)は頭(あたま)をかきむしり、「吉田(よしだ)! どうなってるの? 私(わたし)はパリに行(い)きたかったのよ。パリが私(わたし)を待(ま)ってるの。あなた、なんとかなさい。いいわね」
「お嬢様(じょうさま)、そう言(い)われましても。次(つぎ)の飛行機(ひこうき)が来(く)るのは、一週間後(いっしゅうかんご)ですから」
「何(なん)で? それじゃ、チャーターしなさい。お金(かね)はいくらかかってもいいわ」
 女(おんな)はそう言(い)うと、バックから札束(さつたば)を取(と)り出(だ)して吉田(よしだ)に突(つ)き出(だ)した。
「おお、これダメね」添乗員(てんじょういん)は札束(さつたば)を見(み)て、「ここ、お金(かね)、使(つか)わないよ。物々交換(ぶつぶつこうかん)ね」
「物々交換(ぶつぶつこうかん)?」女(おんな)は顔(かお)をひきつらせて、「なにそれ? じゃあ、どうするのよ。吉田(よしだ)!」
「お嬢様(じょうさま)、仕方(しかた)ありません。とりあえず、ホテルを探(さが)しましょう」
「ホテル、ないよ。私(わたし)の家(いえ)、来(く)るといい。今(いま)、収穫(しゅうかく)の時期(じき)。人手(ひとで)、欲(ほ)しかったね」
 女(おんな)はその場(ば)にへたり込(こ)んだ。吉田(よしだ)はそんな彼女(かのじょ)に優(やさ)しく微笑(ほほえ)んで、
「お嬢様(じょうさま)、ここで働(はたら)くのも悪(わる)くないかもしれません。きっと、良(い)い経験(けいけん)になりますよ」
<つぶやき>お金(かね)では手(て)に入(はい)らないものが、きっと見(み)つかるかもね。がんばれ、お嬢様(じょうさま)!
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T:0002「女(おんな)の切(き)り札(ふだ)」
「何(なん)なのこれ?」
 エコバッグからカップ麺(めん)を取(と)り出(だ)して純子(じゅんこ)が呟(つぶや)いた。
「私(わたし)は醤油味(しょうゆあじ)を頼(たの)んだのに、何(なん)でとんこつ味(あじ)を買(か)ってくるのよ」
「だって、ちょうど売(う)り切(き)れてたから」
 隆(たかし)はヤカンに水(みず)を入(い)れながら答(こた)えた。
「私(わたし)はいま、醤油味(しょうゆあじ)を食(た)べたいの。それ以外(いがい)はあり得(え)ないから」
「いいじゃない。これだって美味(おい)しいって」ヤカンをコンロにのせて火(ひ)をつける隆(たかし)。
「そりゃ、とんこつも美味(おい)しいわよ。でも、今(いま)は醤油(しょうゆ)なの。醤油(しょうゆ)を食(た)べたいの!」
「そんなのいいじゃん。美味(おい)しけりゃ、同(おな)じだって」隆(たかし)は無頓着(むとんちゃく)な人間(にんげん)のようだ。
「買(か)ってきて」純子(じゅんこ)はエコバッグを隆(たかし)に突(つ)きつけて、「今(いま)すぐ買(か)ってきて!」
 隆(たかし)は純子(じゅんこ)のわがままには慣(な)れっこになっていたが、今日(きょう)は我慢(がまん)の限界(げんかい)に達(たっ)していた。
「お前(まえ)な、いい加減(かげん)にしろよ! 前(まえ)から言(い)いたかったんだけど、朝食(ちょうしょく)の目玉焼(めだまや)きに醤油(しょうゆ)なんかかけるなよ。目玉焼(めだまや)きはソースだろ。俺(おれ)がせっかく美味(おい)しく作(つく)ってるのに…」
「なに言(い)ってるの?」
 純子(じゅんこ)は鼻(はな)で笑(わら)って、「目玉焼(めだまや)きは醤油(しょうゆ)じゃない。常識(じょうしき)でしょ。それより、早(はや)く行(い)ってよ。15分(ふん)だけ待(ま)っててあげる。遅(おく)れたら、もうこの部屋(へや)には入(い)れないから」
「何(なん)だよ、それ」隆(たかし)は背筋(せすじ)に冷(つめ)たいものが走(はし)るのを感(かん)じた。「分(わ)かった。行(い)ってきまーす」
<つぶやき>隆(たかし)、負(ま)けるな。いつかきっと、報(むく)われる時(とき)が来(く)るから。たぶん…、きっと…。
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T:0003「仕事(しごと)と恋(こい)」
「何(なん)でそんなこと言(い)うの? 約束(やくそく)したじゃない! ずっと一緒(いっしょ)にいるって」
 涼子(りょうこ)は電話口(でんわぐち)で声(こえ)を荒(あ)らげた。電話相手(でんわあいて)の彼(かれ)とは、もう三年(さんねん)の付(つ)き合(あ)いになる。ここ数ヶ月(すうかげつ)はお互(たが)いの仕事(しごと)が忙(いそが)しく、なかなか逢(あ)うことが出来(でき)なかった。それに、電話(でんわ)も夜遅(よるおそ)くしか出来(でき)ないので、長話(ながばなし)をするわけにもいかなかった。涼子(りょうこ)は淋(さび)しい思(おも)いを我慢(がまん)していた。
 だから、今日(きょう)はまだ早(はや)い時間(じかん)なのに彼(かれ)から電話(でんわ)がかかってきて、涼子(りょうこ)は飛(と)び上(あ)がらんばかりに喜(よろこ)んだ。それが、まさかこんな事(こと)になるなんて、夢(ゆめ)にも思(おも)わなかった。
「どういうことよ。はっきり言(い)ってよ」
 涼子(りょうこ)の声(こえ)は震(ふる)えていた。相手(あいて)の話(はなし)を身動(みうご)きもせずに聞(き)いていたが、
「分(わ)かんないよ! 仕事(しごと)がそんなに大切(たいせつ)なの。……そりゃ、私(わたし)だって、仕事(しごと)が忙(いそが)しくて、急(きゅう)に逢(あ)えなくなったときあったけど…」
 涼子(りょうこ)の目(め)から、一筋(ひとすじ)の涙(なみだ)がこぼれた。
「ねえ、どうしてもだめなの。離(はな)れたくないよ。ずっと一緒(いっしょ)にいようよ」
 彼(かれ)は、涼子(りょうこ)が泣(な)いているのに気(き)づいたようだ。
「泣(な)いてなんかいないわよ。二人(ふたり)で出(で)かける旅行(りょこう)、楽(たの)しみにしてたんだから。それなのに、私(わたし)を残(のこ)して、一人(ひとり)だけ日帰(ひがえ)りで帰(かえ)るなんて。いいわよ、一人(ひとり)で泊(と)まるから。二人分(ふたりぶん)、ご馳走(ちそう)食(た)べてやる!」
<つぶやき>仕事(しごと)と恋(こい)の両立(りょうりつ)は難(むずか)しいのかもしれませんね。どっちも大切(たいせつ)なんですから。
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T:0004「ラブレター」
 山田君(やまだくん)へ。突然(とつぜん)こんな手紙(てがみ)を書(か)いちゃって、ごめんなさい。
 私(わたし)が廊下(ろうか)で転(ころ)んでしまって、持(も)っていたプリントをばらまいちゃったとき、そばにいた山田君(やまだくん)は一緒(いっしょ)に集(あつ)めてくれたよね。あのとき、私(わたし)、ちゃんとお礼(れい)を言(い)えなくて…。山田君(やまだくん)は、そんなこともう忘(わす)れているかもしれないけど。私(わたし)は、ずっと後悔(こうかい)してて…。なんで、ちゃんとありがとうって言(い)わなかったんだろうって。ちゃんと言(い)ってれば…。
 私(わたし)、山田君(やまだくん)と同(おな)じクラスになったときから、山田君(やまだくん)のことがずっと気(き)になってて…。でも、声(こえ)をかけることができなかったんだよね。この手紙(てがみ)を書(か)くのだって、ずっと迷(まよ)ってたんだ。友(とも)だちに相談(そうだん)したらね、ちゃんと告白(こくはく)した方(ほう)がいいって言(い)われたの。それで、私(わたし)、決(き)めたの。
 私(わたし)、山田君(やまだくん)のことが好(す)きです。山田君(やまだくん)は、他(ほか)に好(す)きな人(ひと)がいるかもしれないけど、それでもいいの。私(わたし)の片思(かたおも)いでもいい。こんな気持(きも)ちになったのは初(はじ)めてで、自分(じぶん)でもどうしたらいいのか分(わ)からないんだ。今(いま)もドキドキしてる。でも、なんだか心(こころ)の中(なか)がほわっとしてて、あったかいの。今(いま)まで悩(なや)んでいたことが、どっかへ行(い)っちゃった。
 あのときは助(たす)けてくれて、ほんとにありがとう。もし、私(わたし)のこと好(す)きじゃなかったら…、好(す)きになれなかったら、この手紙(てがみ)は捨(す)ててください。
<つぶやき>初恋(はつこい)は青春(せいしゅん)の思(おも)い出(で)よね。心(こころ)のどこかに隠(かく)れてて、時々現(ときどきあらわ)れては消(き)えていく。
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T:0005「最後(さいご)のラブレター」
 かすみさんがこの手紙(てがみ)を見(み)つけたとき、もう僕(ぼく)はこの世界(せかい)から消(き)えてしまっていると思(おも)います。でも、悲(かな)しまないで下(くだ)さい。僕(ぼく)とあなたが過(す)ごした三十年(さんじゅうねん)のあいだ、楽(たの)しいことがたくさんあったから。僕(ぼく)は、あなたと一緒(いっしょ)にいられて、とても幸(しあわ)せでした。
 僕(ぼく)がこんなとこを言(い)うと、かすみさんは怒(おこ)るかもしれませんね。だって、僕(ぼく)は良(い)い夫(おっと)ではなかったから。仕事(しごと)にばかり夢中(むちゅう)になって、あなたのとこを一人(ひとり)ぼっちにしてしまった。子供(こども)たちのことも、みんなかすみさんに任(まか)せてしまっていたし…。
 でも、あなたのおかげで、子供(こども)たちも無事(ぶじ)に育(そだ)ってくれました。とても感謝(かんしゃ)しています。こんなこと、面(めん)と向(む)かっては言(い)えなかった。ちゃんと言(い)っておけばよかったね。
 あなたはいつも家族(かぞく)のことを考(かんが)えていてくれたよね。僕(ぼく)が入院(にゅういん)したときも、毎日(まいにち)のように来(き)てくれた。僕(ぼく)がそんなに来(こ)なくていいよって言(い)っても、あなたは<僕(ぼく)と一緒(いっしょ)にいられる時間(じかん)が増(ふ)えたのよ、こんな幸(しあわ)せなことはない>って笑(わら)ってくれた。僕(ぼく)は、あなたの笑顔(えがお)がいちばん好(す)きだったんだよ。あなたの笑顔(えがお)はみんなを幸(しあわ)せにしてくれる。
 僕(ぼく)がいなくなっても、笑顔(えがお)を忘(わす)れないで下(くだ)さい。これからは、あなたのやりたいことを好(す)きなだけしていいんだよ。僕(ぼく)から、かすみさんへのご褒美(ほうび)です。ありがとう。
<つぶやき>人生(じんせい)の節目(ふしめ)にあたり、心(こころ)のこもった感謝(かんしゃ)のラブレターを書(か)いてみませんか?
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T:0006「タイミング」
 祐太(ゆうた)は会社(かいしゃ)の同期(どうき)の女性(じょせい)に思(おも)いを寄(よ)せていた。別(べつ)に一目惚(ひとめぼ)れってわけじゃない。職場(しょくば)でたわいのない話(はなし)をしたり、仕事(しごと)のあとの飲(の)み会(かい)とかで仲良(なかよ)くなって――。自分(じぶん)でも意識(いしき)しないうちに…、なんか良(い)いよな、やっぱり気(き)になる、好(す)きになっちゃったのかも。てな感(かん)じで、<どうしようか>と思(おも)い始(はじ)めたのは一ヵ月前(いっかげつまえ)だった。それからというもの、普通(ふつう)に話(はな)してるつもりでも、なんだかぎこちなくなっている自分(じぶん)がいた。
 彼女(かのじょ)のプライベートのことは詳(くわ)しく知(し)らないし、もしかすると彼氏(かれし)がいるかもしれない。自分(じぶん)のことをどう思(おも)っているのかな? 祐太(ゆうた)はあれこれと思(おも)い悩(なや)んでしまった。
 そんな祐太(ゆうた)に突然(とつぜん)チャンスがめぐってきた。街(まち)を歩(ある)いていた祐太(ゆうた)の目(め)の前(まえ)に、彼女(かのじょ)が現(あらわ)れたのだ。彼女(かのじょ)もびっくりした顔(かお)をして、
「この近(ちか)くに友(とも)だちが住(す)んでて、それで。田中君(たなかくん)は?」
「僕(ぼく)は、あの…。この辺(へん)に、住(す)んでるんだよね。それで…」
「そうなんだ。あっ、そうだ。これから時間(じかん)あります? 友達(ともだち)の家(いえ)でパーティがあるの。一緒(いっしょ)に行(い)きませんか?」
 祐太(ゆうた)は行(い)きたかった。でも、今日(きょう)は田舎(いなか)から母親(ははおや)が出(で)て来(く)るので、駅(えき)まで向(む)かえに行(い)くことになっていたのだ。<なんで!>祐太(ゆうた)は心(こころ)の中(なか)で叫(さけ)んだ。彼女(かのじょ)ともっと親(した)しくなれるかもしれないのに。祐太(ゆうた)は彼女(かのじょ)と別(わか)れてから、思(おも)いっ切(き)りため息(いき)をついた。
<つぶやき>こういうことって、あるんですかね? そのうち、良(い)い風(かぜ)が吹(ふ)いてきますよ。
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T:0007「飛(と)び立(た)つ男(おとこ)」
 崖(がけ)の上(うえ)に一人(ひとり)の男(おとこ)が立(た)っていた。ただ立(た)っていた。風(かぜ)が吹(ふ)き始(はじ)めると両手(りょうて)を真横(まよこ)に広(ひろ)げて目(め)をつむり、身体(からだ)で風(かぜ)を受(う)けて背筋(せすじ)を伸(の)ばす。まるで飛(と)び立(た)とうとでもするように。
 そこに一人(ひとり)の女(おんな)がやって来(き)た。女(おんな)は、男(おとこ)のしていることを不思議(ふしぎ)そうに眺(なが)めていたが、
「何(なに)をしてるの?」と声(こえ)をかけた。「あなた、昨日(きのう)もここにいたわね」
「僕(ぼく)は、待(ま)ってるんですよ」
 男(おとこ)は空(そら)を見上(みあ)げたまま、女(おんな)を見(み)ようともしなかった。
「誰(だれ)を待(ま)っているの?」
「風(かぜ)を待(ま)ってるんです。僕(ぼく)の風(かぜ)を」
「あなたの風(かぜ)?」
 女(おんな)には、男(おとこ)の言(い)っていることが理解(りかい)できなかった。「風(かぜ)は誰(だれ)のものでもないわ。それに、どうやって風(かぜ)を見分(みわ)けるの?」
「身体(からだ)で感(かん)じるんです。自分(じぶん)の風(かぜ)を感(かん)じたら、飛(と)び立(た)つことができる」
「飛(と)び立(た)つ?」女(おんな)は目(め)を丸(まる)くして、「人(ひと)は飛(と)ぶことなんてできないわ」
「誰(だれ)が決(き)めたんですか?」男(おとこ)は女(おんな)の顔(かお)を覗(のぞ)き込(こ)み、「思(おも)い込(こ)んでいるだけですよ」
「そんなことない」女(おんな)はむきになって、「人(ひと)の身体(からだ)は飛(と)ぶようにはできてないの」
「辛抱(しんぼう)して自分(じぶん)の風(かぜ)を待(ま)ち続(つづ)ければ、飛(と)び立(た)つことができますよ。やってみませんか?」
「私(わたし)には、そんな無駄(むだ)なことをする時間(じかん)はないの。あなたもちゃんと働(はたら)いた方(ほう)がいいわ」
<つぶやき>男(おとこ)のロマンを理解(りかい)することができたら、世界(せかい)はもっと広(ひろ)がるのでしょうか?
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T:0008「ロスト・ワールド」
 ここは地球最後(ちきゅうさいご)の秘境(ひきょう)。深(ふか)い密林(みつりん)や湿地(しっち)に守(まも)られた、前人未踏(ぜんじんみとう)の地(ち)である。以前撮(いぜんと)られた衛星写真(えいせいしゃしん)で、密林(みつりん)の中(なか)に断崖(だんがい)に囲(かこ)まれた小高(こだか)い丘(おか)があり、その中央(ちゅうおう)に小(ちい)さな山(やま)があることが確認(かくにん)された。前回(ぜんかい)の予備調査(よびちょうさ)で新種(しんしゅ)の生物(せいぶつ)が多数発見(たすうはっけん)されているので、今回(こんかい)の調査(ちょうさ)には全世界(ぜんせかい)の注目(ちゅうもく)が集(あつ)まっていた。
 探検隊(たんけんたい)は断崖(だんがい)を登(のぼ)り切(き)り、いよいよ未知(みち)の世界(せかい)に踏(ふ)み込(こ)んだ。そこは倒木(とうぼく)や立木(こだち)にいたるまで苔(こけ)でおおわれていて、今(いま)まで歩(ある)いてきたジャングルとはまったく違(ちが)っていた。
「隊長(たいちょう)! あれは何(なん)ですか?」
 しばらく歩(ある)いたところで隊員(たいいん)の一人(ひとり)が叫(さけ)んだ。何(なに)かが倒木(とうぼく)のあいだから頭(あたま)を出(だ)していたのだ。隊長(たいちょう)はすぐに駆(か)け寄(よ)り、驚(おどろ)きの声(こえ)をあげた。
「何(なん)でここにあるんだ!」隊長(たいちょう)が手(て)にしたのはペットボトルだった。
「こっちにも何(なに)かあります!」別(べつ)の隊員(たいいん)が叫(さけ)んだ。そこにあったのはスナック菓子(かし)の袋(ふくろ)。
 次々(つぎつぎ)と見(み)つかる人(ひと)の痕跡(こんせき)に、隊長(たいちょう)をはじめ隊員(たいいん)たちは呆然(ぼうぜん)と立(た)ちつくした。何(なん)とか目的(もくてき)の小山(こやま)にたどり着(つ)いたとき、みんなは言葉(ことば)をなくした。驚(おどろ)きのあまりしゃがみ込(こ)む者(もの)や、憤(いきどお)りのあまり涙(なみだ)する隊員(たいいん)さえいた。そこにあったのは、ゴミの山(やま)。緑色(みどりいろ)のごみ袋(ぶくろ)が積(つ)み上(あ)げられて、山(やま)のようになっていたのだ。その時(とき)、どこからともなく飛行機(ひこうき)の音(おと)が響(ひび)き始(はじ)めた。みんなが見上(みあ)げると、小型(こがた)の輸送機(ゆそうき)が旋回(せんかい)していて、緑(みどり)のごみ袋(ぶくろ)を落(お)とし始(はじ)めた。
<つぶやき>ゴミはちゃんと持(も)ち帰(かえ)りましょう。小(ちい)さなことからでも地球(ちきゅう)を救(すく)えるのです。
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T:0009「タイムカプセル」
 久(ひさ)し振(ぶ)りに故郷(こきょう)に帰(かえ)って来(き)た。二年(にねん)ぶりぐらいかなぁ。実(じつ)は家(いえ)を建(た)て替(か)えることになって、<片付(かたづ)けを手伝(てつだ)いに帰(かえ)って来(こ)い>って連絡(れんらく)があったの。私(わたし)は高校(こうこう)を卒業(そつぎょう)してから東京(とうきょう)の大学(だいがく)に入(はい)り、そのまま就職(しゅうしょく)してしまった。だから、私(わたし)の部屋(へや)は高校生(こうこうせい)のときのままになっている。
 部屋(へや)の片付(かたづ)けをしていると、いろんな発見(はっけん)があった。あの頃(ころ)の思(おも)い出(で)がこの部屋(へや)にはいっぱい詰(つ)まっている。そして、私(わたし)は見(み)つけてしまった。彼(かれ)と二人(ふたり)で撮(と)った記念写真(きねんしゃしん)。彼(かれ)も東京(とうきょう)の大学(だいがく)に入(はい)ったので、二人(ふたり)の付(つ)き合(あ)いは続(つづ)いていた。でも、大学(だいがく)を卒業(そつぎょう)する前(まえ)に、些細(ささい)なことがきっかけで別(わか)れてしまった。いま考(かんが)えると、別(わか)れた原因(げんいん)って何(なん)だったのかな。いろんなことが積(つ)もり積(つ)もって、二人(ふたり)の気持(きも)ちが離(はな)れてしまったのね、きっと。
 写真(しゃしん)の中(なか)の二人(ふたり)は、今(いま)でも恋人(こいびと)のままで時間(じかん)が止(と)まっていた。まるでタイムカプセルみたいに…。あっ、思(おも)い出(だ)した。この写真(しゃしん)は二人(ふたり)でタイムカプセルを埋(う)めたときのだ。その頃(ころ)の記憶(きおく)が頭(あたま)の中(なか)を駆(か)けめぐった。高校卒業(こうこうそつぎょう)の記念(きねん)にって、学校(がっこう)の近(ちか)くの公園(こうえん)にこっそり埋(う)めたタイムカプセル。たしか、十年後(じゅうねんご)に二人(ふたり)で掘(ほ)り起(お)こそうって約束(やくそく)した。
 私(わたし)は写真(しゃしん)の日付(ひづけ)を見(み)て驚(おどろ)いた。十年後(じゅうねんご)って明日(あした)じゃない。何(なん)だかドキドキしてしまった。明日(あした)、行(い)ってみようかな。そしたら、彼(かれ)に会(あ)えるかもしれない…。私(わたし)ってバカね。そんなことあるわけないのに。何(なに)を期待(きたい)してるのよ。でも…、行(い)ってみてもいいよね。
<つぶやき>あの頃(ころ)の楽(たの)しかったこと、忘(わす)れたくないよね。そんな思(おも)い出(で)を作(つく)りましょう。
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T:0010「呼(よ)びつける」
 佐々木(ささき)は、半年(はんとし)かけて新(あたら)しい得意先(とくいさき)と契約(けいやく)を結(むす)ぶまでにこぎつけた。今日(きょう)は契約書(けいやくしょ)を交(か)わす大事(だいじ)な日(ひ)。佐々木(ささき)の上司(じょうし)も加(くわ)わり、得意先(とくいさき)の社長(しゃちょう)と最終的(さいしゅうてき)な契約(けいやく)の確認(かくにん)をしていた。
 その時(とき)、静(しず)かな会議室(かいぎしつ)にメールの着信音(ちゃくしんおん)が鳴(な)り響(ひび)いた。佐々木(ささき)は慌(あわ)てて、「すいません」と言(い)ってメールを確認(かくにん)し、「今日(きょう)はダメだって言(い)ったのになぁ」とつぶやいた。
「今度(こんど)は何(なん)だって?」上司(じょうし)が心配(しんぱい)そうにささやいた。
 佐々木(ささき)は携帯(けいたい)を上司(じょうし)にこっそりと見(み)せた。そこにあった文面(ぶんめん)は、
<早(はや)く来(き)て。来(こ)なかったら怒(おこ)っちゃうから!>
 佐々木(ささき)の恋人(こいびと)からのメールだった。こういうことはたびたびあったので、上司(じょうし)もなれたもので、「もう少(すこ)し、待(ま)ってもらえないのか? 今(いま)はちょっとな…」
「何(なに)か問題(もんだい)でもあるのかね?」相手(あいて)の社長(しゃちょう)はただならぬ様子(ようす)に声(こえ)をかけた。
「いや、ちょっと個人的(こじんてき)なことでして」
 上司(じょうし)は言葉(ことば)をにごした。が、またメールの着信音(ちゃくしんおん)が鳴(な)り響(ひび)いた。今度(こんど)は、
<何(なに)してるの! 来(き)なさい!! どうなっても知(し)らないわよ!>
「まずいな」メールを見(み)た上司(じょうし)はそうつぶやくと、「ここはいいから、君(きみ)は行(い)きなさい」
「いったいどうしたんだね?」社長(しゃちょう)は相手(あいて)の会社(かいしゃ)の大事(おおごと)だと思(おも)い声(こえ)を荒(あら)げた。
 上司(じょうし)は仕方(しかた)なく届(とど)いたメールを見(み)せて、佐々木(ささき)の恋人(こいびと)のことを説明(せつめい)した。社長(しゃちょう)はそれを聞(き)くと、「これはいかん。わしにも憶(おぼ)えがあるんだ。すぐ行(い)きたまえ。行(い)かなきゃダメだ!」
<つぶやき>いつの時代(じだい)になっても、女性(じょせい)はたくましいのです。見(み)くびらないように…。
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T:0011「ほんの小(ちい)さな夢(ゆめ)」
 さゆりはラブホテルの一室(いっしつ)で朝(あさ)を迎(むか)えた。横(よこ)で寝(ね)ているのは、名前(なまえ)も知(し)らない行(ゆ)きずりの男(おとこ)。彼女(かのじょ)は自分(じぶん)の身体(からだ)を売(う)って、お金(かね)を手(て)に入(い)れていた。別(べつ)に、お小遣(こづか)いが欲(ほ)しくてしているわけではなく、女一人(おんなひとり)で生(い)きていくにはこの方法(ほうほう)しか思(おも)いつかなかったのだ。でも、彼女(かのじょ)には夢(ゆめ)があった。お金(かね)を貯(た)めて雑貨(ざっか)のお店(みせ)を持(も)つこと。そのための勉強(べんきょう)もしていた。
 さゆりは家庭(かてい)のぬくもりを知(し)らなかった。両親(りょうしん)からは邪魔者扱(じゃまものあつか)いされ、いつも一人(ひとり)ぼっちだった。自分(じぶん)の家(いえ)なのに、そこには彼女(かのじょ)の居場所(いばしょ)はなかったのだ。だから、自分(じぶん)のお店(みせ)を持(も)つことは、自分(じぶん)の居場所(いばしょ)を作(つく)ることなのかもしれない。
「どうして、こんな商売(しょうばい)をしてるんだい」
 男(おとこ)は着替(きが)え終(お)わるとさゆりに声(こえ)をかけた。
「私(わたし)、学校(がっこう)もちゃんと行(い)ってないし」さゆりは髪(かみ)をとかしながら、「でもね、勉強(べんきょう)は嫌(きら)いじゃないのよ。いまも勉強(べんきょう)してる。私(わたし)には夢(ゆめ)があるんだ」
 さゆりは無邪気(むじゃき)に微笑(ほほえ)んだ。
「夢(ゆめ)ね」男(おとこ)はしらけた顔(かお)で、「夢(ゆめ)があったって、幸(しあわ)せにはなれないさ。俺(おれ)は、自分(じぶん)の夢(ゆめ)はすべてかなえたけど、そこには幸(しあわ)せなんかなかった」
「そんなことないよ。夢(ゆめ)があれば生(い)きていけるわ。もし夢(ゆめ)がかなったら、また別(べつ)の夢(ゆめ)を…」
「夢(ゆめ)がかなったら、後(あと)は失(うしな)うだけだよ。仕事(しごと)も、家庭(かてい)もな。後(あと)は何(なに)も残(のこ)らない」
「それは違(ちが)うよ。そんな悲(かな)しいこと言(い)わないで…」さゆりは男(おとこ)を優(やさ)しく抱(だ)きしめた。
<つぶやき>どんな人(ひと)にも夢(ゆめ)はあると…。夢(ゆめ)は元気(げんき)の源(みなもと)。人生(じんせい)を喜(よろこ)びで満(み)たしてくれる。
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T:0012「約束(やくそく)」
 昼近(ひるちか)くになって純子(じゅんこ)はベッドから這(は)い出(だ)した。今日(きょう)は久(ひさ)し振(ぶ)りのお休(やす)み。もう一ヵ月(いっかげつ)も休(やす)みがなかったのだ。だから、今日(きょう)は一日(いちにち)をまったりと過(す)ごすことに決(き)めていた。純子(じゅんこ)は思(おも)いっ切(き)り背伸(せの)びをするとニコニコしながら、「今日(きょう)は、なにしようかなぁ」と呟(つぶや)いた。
 これが純子(じゅんこ)の平穏(へいおん)な一日(いちにち)の始(はじ)まり…、のはずだった。一本(いっぽん)の電話(でんわ)がかかってくるまでは。
<おめえ、何(なに)やってんだ。約束(やくそく)忘(わす)れたんけ?>それは男(おとこ)の声(こえ)だった。
「えっ、どなたですか?」純子(じゅんこ)には聞(き)き覚(おぼ)えのない声(こえ)だった。
<バカこくでねえ。オラだ! おめえの物忘(ものわす)れは、大人(おとな)になってもちっとも治(なお)んねえな。そんなんだからさ、いつまでたっても恋人(こいびと)が出来(でき)ねえんだ>
「さとし? 何(なん)で…、何(なん)で番号知(ばんごうし)ってんの!」それは幼(おさな)なじみの男(おとこ)だった。
<約束通(やくそくどお)り迎(むか)えに来(き)たさぁ。田舎(いなか)にけえって、結婚(けっこん)すべ>
「いきなり何(なに)よ。あんたとなんか結婚(けっこん)しないわよ。するわけないでしょ!」
<なに言(い)ってんだ。三年(さんねん)たっても恋人(こいびと)できなかったら、オラと結婚(けっこん)するって言(い)ったべ>
「そんなこと言(い)ってねえ」でも純子(じゅんこ)は、冗談半分(じょうだんはんぶん)にそんなことを言(い)ったような気(き)がした。
<すぐ着(つ)くからな。もう、淋(さび)しい思(おも)いさせねえから。待(ま)ってろや>
 純子(じゅんこ)はこの後(あと)、さとしを説得(せっとく)して追(お)い出(だ)すのに長(なが)い時間(じかん)を費(つい)やした。結局(けっきょく)、まったりとした休日(きゅうじつ)は夢(ゆめ)に終(お)わった。
<つぶやき>冗談半分(じょうだんはんぶん)に変(へん)な約束(やくそく)してませんか? 気(き)をつけないととんでもないことに…。
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T:0013「復活(ふっかつ)の日(ひ)」
 古(ふる)びた酒場(さかば)のカウンターで、一人(ひとり)の男(おとこ)がバーボンを飲(の)んでいた。だいぶ酔(よ)いが回(まわ)っているようで、うつろな目(め)をして物思(ものおも)いにふけっていた。そこに、この店(みせ)には不釣(ふつ)り合(あ)いな、二十歳(はたち)ぐらいの若(わか)い女(おんな)が近寄(ちかよ)ってきて、隣(となり)の席(せき)に座(すわ)り男(おとこ)の顔(かお)を覗(のぞ)き込(こ)んだ。
「ねえ」女(おんな)は男(おとこ)に声(こえ)をかけ、「私(わたし)にダンス教(おし)えてよ。お願(ねが)い」
 男(おとこ)は女(おんな)の顔(かお)をちらりと見(み)ただけで、何(なに)も言(い)わずに残(のこ)っていたバーボンを喉(のど)に流(なが)しこんだ。
「おじさん、聞(き)いてんの? 何(なん)とか言(い)いなよ」女(おんな)はイラついて男(おとこ)の腕(うで)をつかんだ。
 男(おとこ)はその手(て)を振(ふ)りはらうと、「何度来(なんどき)ても同(おな)じだ。俺(おれ)は、ダンスはやめたんだ」
「そんなこと言(い)わないで。私(わたし)も、おじさんみたいに一流(いちりゅう)のダンサーになりたいの」
 女(おんな)の目(め)は真剣(しんけん)だった。男(おとこ)の心(こころ)は揺(ゆ)れていた。彼女(かのじょ)を見(み)ていると、昔(むかし)の自分(じぶん)とそっくりなのだ。捨(す)てたはずの夢(ゆめ)がちらつき、心(こころ)の片隅(かたすみ)で熱(あつ)い気持(きも)ちがくすぶり始(はじ)めていた。
「やめとけ。俺(おれ)みたいになるだけだ。踊(おど)れなくなったら、もう死(し)んだも同然(どうぜん)だ」
「だったら、私(わたし)が生(い)き返(かえ)らせてあげる。おじさんがなくした夢(ゆめ)、私(わたし)が取(と)り戻(もど)してあげるわ」
「お前(まえ)な……」男(おとこ)は何(なに)か言(い)いかけたが、しばらく考(かんが)え込(こ)んで、「俺(おれ)の授業料(じゅぎょうりょう)は高(たか)いぞ」
「えっ…、教(おし)えてくれるの? ありがとう! でも、授業料(じゅぎょうりょう)っていくらなの?」
 男(おとこ)は飲(の)んでいたグラスを差(さ)し出(だ)し、「こいつ、一杯(いっぱい)だ」
<つぶやき>いくつになっても、熱(あつ)い情熱(じょうねつ)を忘(わす)れないでいたいですよね。青春(せいしゅん)、万歳(ばんざい)!!
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T:0014「恋(こい)の始(はじ)まり」
「おはよう。田中君(たなかくん)…、早(はや)いのね」ななみは恥(は)ずかしさのあまり声(こえ)がうわずっていた。
「あ、吉田(よしだ)さん。あの、どうも…」田中(たなか)の方(ほう)も何(なん)だか落(お)ち着(つ)かない様子(ようす)だ。
 この二人(ふたり)、お互(たが)いに好(す)きなのだ。でも、それが言(い)い出(だ)せないでいた。他(ほか)の友達(ともだち)がいるときは何(なん)でもないのだが、いざ二人(ふたり)っきりになると意識(いしき)しすぎてしまい何(なに)も話(はな)せなくなる。二人(ふたり)してもじもじしていると、それぞれの携帯(けいたい)が鳴(な)り出(だ)した。
「あ、さゆり。何(なに)してるの、遅(おそ)いよ。えっ…、今日(きょう)、来(こ)られない? 何(なん)でよ…」
「何(なん)だよ、研二(けんじ)。早(はや)く来(こ)いよ。えっ、嘘(うそ)だろ。どうすんだよ。えっ…」
 今日(きょう)は友達四人(ともだちよにん)で水族館(すいぞくかん)に行(い)くことになっていた。それが、ドタキャンされたみたいだ。実(じつ)は、友達(ともだち)が気(き)をきかせて、二人(ふたり)っきりになれるように計画(けいかく)したのだ。二人(ふたり)はどうしていいのか分(わ)からず、うつむいてしまった。でも、真(ま)っ赤(か)な顔(かお)をしたななみの方(ほう)から、
「あの…、さゆり、来(こ)られないって。何(なん)か…、急(きゅう)に用事(ようじ)が出来(でき)たみたいなの」
「そう…。沢田(さわだ)も、今日(きょう)、ダメだってさ。どうしようか…、これから」
「えっと…、行(い)かない? 水族館(すいぞくかん)。二人(ふたり)で…。せっかく、来(き)たんだから…」
「そうだね。うん…、そうしようか。それがいいよ」
 二人(ふたり)はぎこちなく歩(ある)き出(だ)した。二人(ふたり)の恋(こい)の時計(とけい)が、ゆっくりと動(うご)きはじめた。
<つぶやき>恋(こい)の始(はじ)まりは、突然(とつぜん)やって来(く)るんですよね。今思(いまおも)えば、その頃(ころ)がいちばん…。
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T:0015「ふくらむ疑惑(ぎわく)」
「ねえ、あなた」君江(きみえ)は背広(せびろ)のポケットに入(はい)っていた一枚(いちまい)のメモを見(み)せて、「これはなに?」と微笑(ほほえ)んだ。
 隆(たかし)は遅(おそ)い夕食(ゆうしょく)を食(た)べながら、ちらっとメモを見(み)て、「えっ、何(なに)それ?」
「あれ、とぼけるんだ。読(よ)んであげましょうか?」
 君江(きみえ)は夫(おっと)に疑(うたが)いの目(め)をむけた。
 隆(たかし)はきょとんとして、ふくれている妻(つま)を見(み)た。君江(きみえ)はおもむろにメモを読(よ)み始(はじ)める。
「今日(きょう)は楽(たの)しかったわ。まさか、二人(ふたり)であんなことが出来(でき)るなんて、思(おも)ってもみなかったんですもの。また誘(さそ)って下(くだ)さいね。待(ま)ってるわ。かおり」
 メモを読(よ)み終(お)えた君江(きみえ)は、「さあ、ちゃんと説明(せつめい)して。かおりって誰(だれ)なの?」
「かおり? 知(し)らないよ。知(し)るわけないだろ」
「とぼけないでよ! かおりって人(ひと)と、何(なに)をしたの!」
「何(なに)もしてないよ。ほんとだって」隆(たかし)には身(み)に覚(おぼ)えがないようだ。
「今日(きょう)のことよ。忘(わす)れたなんて言(い)わせないから。会社(かいしゃ)の人(ひと)じゃないの? それとも…」
「あっ、思(おも)い出(だ)したよ。あの、このあいだ移動(いどう)で来(き)た娘(こ)で…。それで、席(せき)が隣(となり)になって、いろいろ教(おし)えてあげたりとか…。ちょっと変(か)わった娘(こ)で、天然(てんねん)っていうか…」
「それで、仲良(なかよ)くなったんだ。で、あんなことやこんなことして、楽(たの)しんだんだ…」
 二人(ふたり)の話(はな)し合(あ)いは、深夜(しんや)まで続(つづ)いた。この結末(けつまつ)は、ご想像(そうぞう)におまかせします。
<つぶやき>些細(ささい)なことが、とんでもないことになるときも、あるのです。気(き)をつけて。
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T:0016「探(さが)しものは…」
 もう陽(ひ)も落(お)ちて薄暗(うすぐら)くなった教室(きょうしつ)で、二人(ふたり)の生徒(せいと)が何(なに)かを探(さが)していた。
「どうしてないのよ」やよいはべそをかきながら、「困(こま)ったなぁ。どうしよう…」
「他(ほか)のとこに持(も)ってったんじゃないのか?」祐介(ゆうすけ)は呆(あき)れて、「お前(まえ)、そそっかしいからな」
「他(ほか)のとこって…。あっ、音楽室(おんがくしつ)かも。帰(かえ)る前(まえ)にそこによったのよ」
 二人(ふたり)は暗(くら)い廊下(ろうか)を音楽室(おんがくしつ)に向(む)かった。昼間(ひるま)と違(ちが)って何(なん)だか別(べつ)の場所(ばしょ)のようだ。薄気味悪(うすきみわる)い感(かん)じなので、やよいは祐介(ゆうすけ)の腕(うで)をつかんだ。階段(かいだん)を上(あ)がって行(い)くと、ピアノの音(おと)が聞(き)こえてきた。二人(ふたり)は顔(かお)を見合(みあ)わせて、息(いき)を呑(の)んだ。三階(さんがい)について音楽室(おんがくしつ)の方(ほう)を見(み)たとき、何(なに)かがすーっと動(うご)いたような気(き)がした。やよいは思(おも)わず祐介(ゆうすけ)にしがみついて言(い)った。「何(なに)かいたよぉ」
「バカ、気(き)のせいだよ」祐介(ゆうすけ)は怖(こわ)いのを我慢(がまん)して、「ほら、行(い)くぞ」
 ピアノの音(おと)はいつの間(ま)にか消(き)えていた。音楽室(おんがくしつ)の扉(とびら)をそっと開(あ)けて、二人(ふたり)は中(なか)に入(はい)った。中(なか)には誰(だれ)もいなかったが、ピアノのふたが開(あ)けられたままになっていた。やよいは教壇(きょうだん)の上(うえ)に探(さが)していたものを見(み)つけて駆(か)け寄(よ)り、「あった。あったよ、祐介(ゆうすけ)」やよいは大事(だいじ)そうにそれを祐介(ゆうすけ)に手渡(てわた)して、「はい、プレゼント。今日(きょう)は私(わたし)たちが初(はじ)めて…」
「それ、神田(かんだ)さんのなの。ダメじゃない、忘(わす)れていっちゃあ。大切(たいせつ)なものなんでしょ」
 突然(とつぜん)先生(せんせい)に声(こえ)をかけられたので、二人(ふたり)はどぎまぎしてしまった。
<つぶやき>大切(たいせつ)なものは無(な)くさないようにしないといけません。気(き)をつけて下(くだ)さいね。
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T:0017「初恋前夜(はつこいぜんや)」
 ありさは校門(こうもん)のところで里子(さとこ)を待(ま)っていた。この二人(ふたり)は気(き)が合(あ)うようで、学校(がっこう)ではいちばんの仲良(なかよ)しだった。でも、今日(きょう)は何(なん)だか、ありさの様子(ようす)がちょっといつもと違(ちが)うみたいだ。里子(さとこ)が来(く)ると、ありさは言(い)いにくそうに、
「あのね…。里(さと)ちゃんに頼(たの)みがあるんだけど…」
「なに? 何(なん)でも言(い)ってよ。でも、勉強(べんきょう)のことは無理(むり)だからね」
「佐藤君(さとうくん)のことなんだけど…」ありさは頬(ほお)を赤(あか)らめて、「付(つ)き合(あ)ってる子(こ)とか、いるのかな?」
「佐藤(さとう)? 良夫(よしお)のこと」里子(さとこ)は笑(わら)いながら、「いない、いない。いるわけないよ。だって、部活(ぶかつ)のないときは、いつも私(わたし)の家(いえ)に来(き)て暇(ひま)つぶししてるのよ」
「そおなんだ。里(さと)ちゃんは、佐藤君(さとうくん)のこと、どう思(おも)ってるの? 好(す)きとか…」
「えっ? 私(わたし)は…」里子(さとこ)は今(いま)まで良夫(よしお)のことをそんなふうに考(かんが)えたことはなかった。
「あいつとは幼稚園(ようちえん)のときからの幼(おさな)なじみで、好(す)きとかそういうのは…」
「じゃあ、いいよね。私(わたし)が好(す)きになっても」ありさは思(おも)わず言(い)ってしまった。
 里子(さとこ)は驚(おどろ)いた。良夫(よしお)のことをそんなふうに思(おも)っていたなんて。ありさは恥(は)ずかしそうに、
「ねえ、佐藤君(さとうくん)に、私(わたし)と付(つ)き合(あ)ってほしいって、伝(つた)えてくれない?」
 里子(さとこ)は胸(むね)が騒(さわ)いだ。何(なん)だか分(わ)からないけど、大切(たいせつ)なものを無(な)くしてしまうような、淋(さび)しい気持(きも)ちになった。だから、里子(さとこ)はこんなふうに答(こた)えてしまった。
「それは、無理(むり)よ。私(わたし)からは…、言(い)えないわ。ごめんね。ほんと、ごめん」
<つぶやき>この二人(ふたり)はこれからどうなるのでしょう? 親友(しんゆう)のままでいてほしいけど…。
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T:0018「遠距離(えんきょり)ストーカー」
「あっ、まただ」淳子(じゅんこ)は着信(ちゃくしん)したばかりのメールを見(み)て呟(つぶや)いた。
「どうしたの?」一緒(いっしょ)にお茶(ちゃ)をしていた菜月(なつき)が、ケーキを頬張(ほおばり)りながら聞(き)いてきた。
「私(わたし)のストーカー」淳子(じゅんこ)は平気(へいき)な顔(かお)でそう言(い)うと、「毎日(まいにち)ね、メールしてくるのよ」
「ストーカーって…。なにそれ?」菜月(なつき)は心配(しんぱい)して、「大丈夫(だいじょうぶ)なの?」
「私(わたし)の故郷(ふるさと)にいる元彼(もとかれ)なの。もう、しつこくて」
「元彼(もとかれ)? それだったら、着信拒否(ちゃくしんきょひ)とかすればいいじゃない。そうすれば…」
「えっ、そんなことしたら、もう届(とど)かなくなるじゃない」
「なに言(い)ってるの。迷惑(めいわく)してるんでしょ?」
「だって、今(いま)まで来(き)てたのが来(こ)なくなったら、なんか淋(さび)しいじゃん」
「あんた、ときどき分(わ)かんないこと言(い)うよね。そもそも、何(なん)で元彼(もとかれ)と別(わか)れたの?」
「えっとね、こっちでやりたい仕事(しごと)があったし、都会(とかい)に来(き)たかったの」
「それで、その元彼(もとかれ)は許(ゆる)してくれなかったんだ」
「ううん。黙(だま)って来(き)ちゃった」
 淳子(じゅんこ)は婚約指輪(こんやくゆびわ)を見(み)せて、「結婚(けっこん)の約束(やくそく)までしたんだけどね」
「えっ! あんたね、指輪(ゆびわ)を返(かえ)して、ちゃんと別(わか)れてから出(で)てきなさいよ」
「私(わたし)、彼(かれ)のとこ嫌(きら)いじゃないし。向(む)こうに戻(もど)ったら、結婚(けっこん)するかもしれないじゃん」
<つぶやき>こんな自由奔放(じゆうほんぽう)な彼女(かのじょ)と付(つ)き合(あ)うのは、とっても大変(たいへん)じゃないかと思(おも)います。
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T:0019「大切(たいせつ)な宝物(たからもの)」
「ねえ、これはなに?」
 妻(つま)は、薄暗(うすぐら)い藏(くら)の中(なか)から私(わたし)を呼(よ)んだ。外(そと)で発掘品(はっくつひん)を整理(せいり)していた私(わたし)は、懐中電灯(かいちゅうでんとう)を手(て)に穴蔵(あなぐら)へ向(む)かった。
 実(じつ)は、崩(くず)れかけている古(ふる)い藏(くら)を取(と)り壊(こわ)すことにしたのだ。何代(なんだい)も前(まえ)の先祖(せんぞ)が建(た)てたもので、長年(ながねん)の風雨(ふうう)で痛(いた)みがひどくなり、この間(あいだ)の台風(たいふう)でとうとう壁(かべ)が崩(くず)れてしまったのだ。
 この藏(くら)にはいろんな思(おも)い出(で)がある。子供(こども)の頃(ころ)、悪(わる)さをして父親(ちちおや)に閉(と)じ込(こ)められたり、祖父(そふ)と一緒(いっしょ)に探検(たんけん)したこともあった。今思(いまおも)うと、祖父(そふ)はかなりの変(か)わり者(もの)だった。ほとんど家(いえ)にはいなかったのだ。いつも旅(たび)をしていて、突然(とつぜん)帰(かえ)ってくる。どんな仕事(しごと)をしているのか聞(き)いてみたことがあったが、祖父(そふ)は「わしは、探検家(たんけんか)さ」と笑(わら)っていたのを覚(おぼ)えている。
「ねえ、これすごいよ」妻(つま)は私(わたし)にほこりにまみれた小(ちい)さな箱(はこ)を見(み)せた。
「これは…」私(わたし)には見覚(みおぼ)えがあった。祖母(そぼ)が大切(たいせつ)にしていた箱(はこ)だ。でも、中(なか)に何(なに)が入(はい)っていたのか、私(わたし)には記憶(きおく)がなかった。たぶん、祖母(そぼ)が亡(な)くなってから、父(ちち)が藏(くら)にしまったのだろう。妻(つま)はそっと箱(はこ)を開(あ)けてみた。私(わたし)は懐中電灯(かいちゅうでんとう)で中(なか)を照(て)らす。
「うわっ!」妻(つま)は驚(おどろ)きの声(こえ)をあげた。「すごくきれい。ねえ、見(み)て!」
 中(なか)に入(はい)っていたのは、たくさんの絵(え)はがきだった。昔(むかし)の風景(ふうけい)や人物(じんぶつ)、花(はな)などが印刷(いんさつ)されていた。文面(ぶんめん)を見(み)ると、祖父(そふ)が祖母(そぼ)に宛(あ)てた手紙(てがみ)で、愛情(あいじょう)込(こ)めた言葉(ことば)がつづられていた。
<つぶやき>大切(たいせつ)な人(ひと)に、あなたは何(なに)を残(のこ)しますか? どんなものでも、それは宝物(たからもの)です。
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T:0020「自殺志願者(じさつしがんしゃ)」
 一人(ひとり)の男(おとこ)が公園(こうえん)のベンチに座(すわ)り、悲嘆(ひたん)に暮(く)れていた。そこへ幼(おさな)い少女(しょうじょ)が近寄(ちかよ)って来(き)た。
「ねえ、おじちゃん。どうしたの?」
 少女(しょうじょ)はあどけない笑顔(えがお)で男(おとこ)の顔(かお)を覗(のぞ)き込(こ)んだ。男(おとこ)は少女(しょうじょ)の方(ほう)を見(み)るが、目(め)をそらして額(ひたい)に手(て)をあてて大(おお)きなため息(いき)をついた。
「一人(ひとり)にしてくれないか」男(おとこ)はかすれた声(こえ)でつぶやくと、「おじちゃんは、これから遠(とお)いところへ行(い)かなきゃいけないんだ」
「遠(とお)いところ?」少女(しょうじょ)は男(おとこ)の手(て)を取(と)り、「ねえ、あたしも連(つ)れてって」
 少女(しょうじょ)の小(ちい)さくて温(あたた)かい手(て)とつぶらな瞳(ひとみ)は、男(おとこ)の寒々(さむざむ)とした心(こころ)にぬくもりを与(あた)えた。
「あたしも行(い)きたい。だってね、遠(とお)いところにはママがいるんだよ。ママに会(あ)いたいの」
「そんなこと言(い)っちゃいけない」男(おとこ)は少女(しょうじょ)を抱(だ)きしめて、「死(し)んじゃいけないよ!」
 ――次(つぎ)の瞬間(しゅんかん)、「はい、終了(しゅうりょう)です」と声(こえ)が聞(き)こえてきて、ベンチや少女(しょうじょ)は跡形(あとかた)もなく消(き)え失(う)せ、白一色(しろいっしょく)の部屋(へや)に変(か)わった。そして、音(おと)もなく自動扉(じどうとびら)が開(ひら)いた。
「今度(こんど)はいけると思(おも)ったのになぁ」男(おとこ)は部屋(へや)から出(で)ると受付(うけつけ)の女性(じょせい)に、「またダメですか?」
「そうですね。もう少(すこ)し頑張(がんば)っていただかないと、自殺許可証(じさつきょかしょう)は発行(はっこう)できませんね」
「あの、また予約(よやく)をお願(ねが)いします。今度(こんど)こそ、頑張(がんば)りますから」
「では、次(つぎ)は一週間後(いっしゅうかんご)です。それまで、しっかり生(い)きていて下(くだ)さいね」
<つぶやき>生(い)きることも大変(たいへん)ですが、死(し)ぬことも大変(たいへん)かもしれません。生(い)き抜(ぬ)いて…。
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T:0021「漬(つ)ける女(おんな)」
 とある喫茶店(きっさてん)で、紗英(さえ)は悲(かな)しそうな顔(かお)をして、涙(なみだ)をこらえていた。そんな紗英(さえ)を見(み)て、親友(しんゆう)の麻美(あさみ)はあきれた顔(かお)をしてささやいた。
「もう、こんなところで泣(な)かないでよ」
「だって、あの人(ひと)ったら、私(わたし)を捨(す)てたのよ。お前(まえ)みたいな重(おも)い女(おんな)とは、もう付(つ)き合(あ)えないって」紗英(さえ)の目(め)から、ひとすじ涙(なみだ)がこぼれた。
「もう…」麻美(あさみ)はハンカチを手渡(てわた)して、「だからやめなって言(い)ったじゃない」
「私(わたし)、あの人(ひと)のために、いろいろしてあげたのよ。それなのに、それなのに…」
「紗英(さえ)はね、尽(つ)くしすぎるのよ。もっとさ、私(わたし)みたいに気楽(きらく)に…」
「あの人(ひと)ね、私(わたし)といると、漬(つ)け物石(ものいし)を抱(だ)いてるみたいだって言(い)ったのよ」
「漬(つ)け物石(ものいし)? 今(いま)どき、そんなの使(つか)わないでしょ。けっこう、古風(こふう)な人(ひと)だったのね」
「私(わたし)もね、つい言(い)っちゃったの。あなたみたいなフニャフニャで、野沢菜(のざわな)みたいな人(ひと)…」
「へーえ、言(い)っちゃったんだ。紗英(さえ)、それでいいんだよ。あんな男(おとこ)なんて忘(わす)れなよ」
「私(わたし)が、野沢菜(のざわな)って言(い)ったから、嫌(きら)われたのよ。きっとそうよ。それで、出(で)てけって…」
「もう。別(わか)れた男(おとこ)のことで、イジイジしないの。スッパリと忘(わす)れなきゃ。いいわ、私(わたし)がもっといい男(おとこ)、見繕(みつくろ)ってあげる。そうね、歯(は)ごたえのありそうな、カブみたいな人(ひと)とか…」
 紗英(さえ)はすごい形相(ぎょうそう)で睨(にら)みつける。麻美(あさみ)は殺気(さっき)を感(かん)じて、「もう、冗談(じょうだん)だってば…」
<つぶやき>こんな一途(いちず)な人(ひと)もいるんですよ。今度(こんど)は素敵(すてき)な人(ひと)と出会(であ)えるといいですね。
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T:0022「アフター5(ファイブ)のシンデレラ」
 ちょっと昔(むかし)のお話(はな)しです。財閥(ざいばつ)の一流企業(いちりゅうきぎょう)に、なぜか中途採用(ちゅうとさいよう)で一人(ひとり)の女(おんな)の子(こ)が入社(にゅうしゃ)しました。彼女(かのじょ)は黒眼鏡(くろめがね)をかけて髪(かみ)はぼさぼさ、化粧(けしょう)もしてないようなみすぼらしい娘(むすめ)でした。それに、仕事(しごと)ものろまで、失敗(しっぱい)ばかりしていて、いつも怒鳴(どな)られていました。
 そんな風(ふう)なので先輩(せんぱい)の女子社員(じょししゃいん)からは雑用(ざつよう)にこき使(つか)われ、男子社員(だんししゃいん)からも見向(みむ)きもされず、声(こえ)をかけられることもありませんでした。そんな彼女(かのじょ)ですが、愚痴(ぐち)をこぼすこともなく、こまねずみのように働(はたら)いていました。
 ある日(ひ)、前(まえ)が見(み)えないほど書類(しょるい)を抱(かか)えて歩(ある)いていた彼女(かのじょ)は、一人(ひとり)の男子社員(だんししゃいん)とぶつかって転(ころ)んでしまいます。彼女(かのじょ)はおどおどして「すいません」と頭(あたま)を下(さ)げますが、男子社員(だんししゃいん)はニコニコ笑(わら)って、「大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」と優(やさ)しく手(て)を取(と)ってくれました。
 その男(おとこ)は真面目(まじめ)だけが取(と)り柄(え)で、いつも楽(たの)しそうに仕事(しごと)をしていました。男(おとこ)は彼女(かのじょ)を見(み)た途端(とたん)、好(す)きになってしまいます。一生懸命(いっしょうけんめい)に働(はたら)いている彼女(かのじょ)を、何(なに)かと手伝(てつだ)うようになったのです。男(おとこ)はどんな陰口(かげぐち)を言(い)われても、まったく気(き)にしませんでした。
 いつしか二人(ふたり)は付(つ)き合(あ)うようになりました。そして、彼女(かのじょ)は男(おとこ)を家(いえ)に招(まね)くことにしたのです。彼女(かのじょ)に連(つ)れられて、男(おとこ)はそわそわしながら家(いえ)に向(む)かいます。そして、
「ここなんですよ」と彼女(かのじょ)が指(ゆび)さした先(さき)には、立派(りっぱ)な豪邸(ごうてい)が建(た)っていました。
 実(じつ)は彼女(かのじょ)は、財閥(ざいばつ)のお嬢(じょう)さんだったのです。男(おとこ)は、足(あし)がすくんでしまいました。
<つぶやき>この二人(ふたり)は、これからどうなるのでしょうか? 幸(しあわ)せになってほしいなぁ。
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T:0023「いちご症候群(しょうこうぐん)」
 ここは心療内科(しんりょうないか)の診察室(しんさつしつ)。今日(きょう)もちょっと変(か)わった患者(かんじゃ)がやって来(き)た。
「どうされました?」美人(びじん)の先生(せんせい)は優(やさ)しく微笑(ほほえ)んた。
「あの…」患者(かんじゃ)はそわそわして周(まわ)りを気(き)にしながら小(ちい)さな声(こえ)で言(い)った。
「実(じつ)は、見(み)えてしまうんです」
「えっ?」先生(せんせい)は患者(かんじゃ)を落(お)ち着(つ)かせようと、「大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。何(なに)が見(み)えるんですか?」
 患者(かんじゃ)は震(ふる)える手(て)を押(お)さえながら、「僕(ぼく)、食(た)べ物(もの)に見(み)えてしまうんです。いろんなものが…。あれ、先生(せんせい)のくちびる…」患者(かんじゃ)は先生(せんせい)の口元(くちもと)をじっと見(み)つめた。
「吉田(よしだ)さん、大丈夫(だいじょうぶ)ですか? 私(わたし)のくちびるが、何(なに)かに見(み)えるんですか?」
「ああああ…」患者(かんじゃ)は何(なん)とか理性(りせい)を保(たも)とうと踏(ふ)みとどまって、
「イチゴ…。みずみずしいイチゴに見(み)えます。ああああああ…、食(た)べたい!」
「吉田(よしだ)さん。落(お)ち着(つ)きましょう。深呼吸(しんこきゅう)して下(くだ)さい、ほら」先生(せんせい)は深呼吸(しんこきゅう)をして見(み)せた。
 だが、これは逆効果(ぎゃくこうか)だった。患者(かんじゃ)はつばを飲(の)み込(こ)み、目(め)を血走(ちばし)らせ、くちびるを奪(うば)おうと先生(せんせい)に抱(だ)きついた。驚(おどろ)いた先生(せんせい)は悲鳴(ひめい)をあげて、患者(かんじゃ)を思(おも)いっ切(き)りひっぱたいて、
「何(なに)すんのよ。この変態(へんたい)おやじ!」と叫(さけ)んでから、先生(せんせい)ははっと我(われ)に返(かえ)った。
「あらっ、私(わたし)ったら…」先生(せんせい)は慌(あわ)てて患者(かんじゃ)に駆(か)け寄(よ)り、「すいません、大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」
 患者(かんじゃ)は先生(せんせい)の顔(かお)を覗(のぞ)き込(こ)み、「あれ、治(なお)ってる。先生(せんせい)、もうイチゴに見(み)えません!」
<つぶやき>とても不思議(ふしぎ)な病気(びょうき)ですよね。でも、あなたの一撃(いちげき)で治(なお)るかもしれません。
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T:0024「運命(うんめい)の出会(であ)い」
 窓(まど)から気持(きも)ちのいい朝日(あさひ)が射(さ)し込(こ)み、良太(りょうた)は目(め)を覚(さ)ました。だが、昨夜(ゆうべ)、飲(の)みすぎた良太(りょうた)は最悪(さいあく)の状態(じょうたい)だった。頭(あたま)はガンガンするし、何(なん)となく気分(きぶん)もよくないのだ。どうせ今日(きょう)は休(やす)みだし、このまま寝(ね)ていようと良太(りょうた)は決(き)め込(こ)んだ。
 寝返(ねがえ)りを打(う)って、ふっと目(め)を開(あ)けたとき、良太(りょうた)は驚(おどろ)いて飛(と)び起(お)きた。そこに、女(おんな)の子(こ)が寝(ね)ていたのだ。それも、かなり可愛(かわい)い…。良太(りょうた)は目(め)をぱちくりさせて、何(なん)でこうなったのか必死(ひっし)に思(おも)い出(だ)そうとした。でも、昨夜(ゆうべ)、友達(ともだち)と店(みせ)を出(で)てからの記憶(きおく)がないのだ。どうやって家(いえ)に帰(かえ)って来(き)たのかも…。
 良太(りょうた)があたふたしていると女(おんな)の子(こ)が目(め)を覚(さ)まし、「おはようございます」と言(い)って可愛(かわい)い笑顔(えがお)で起(お)き上(あ)がり、良太(りょうた)の顔(かお)を見(み)つめた。良太(りょうた)はあまりの美(うつく)しさに、身体(からだ)が震(ふる)えた。
「あの…、おはようございます」良太(りょうた)は思(おも)わず挨拶(あいさつ)を返(かえ)したが、「えっと、どなたですか?」
「忘(わす)れちゃったんですか? 昨夜(ゆうべ)、会(あ)ったじゃないですか」
「あの、どこで会(あ)ったんですかね? よく覚(おぼ)えてなくて…。すいません!」
「別(べつ)にいいんですよ、そんなこと。これから、よろしくお願(ねが)いします。今日(きょう)から、あなたにつくことにしました。だって、私(わたし)と気(き)が合(あ)いそうだから」
「えっ、これからって? つくってなに?」良太(りょうた)には何(なん)のことかまったく分(わ)からなかった。
「たまにいるんですよ。私(わたし)たちのことが見(み)えてしまう人(ひと)って。ふふふふ……」
<つぶやき>記憶(きおく)をなくすほど飲(の)まないようにして下(くだ)さい。何(なに)が起(お)こるか分(わ)かりませんよ。
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T:0025「エリカちゃん」
 由佳(ゆか)は、お手伝(てつだ)いロボ<エリカちゃん>を手(て)に入(い)れて上機嫌(じょうきげん)だった。これで家事(かじ)から解放(かいほう)され、自分(じぶん)だけの時間(じかん)を楽(たの)しむことができる。エリカちゃんは最新式(さいしんしき)だけあって人間(にんげん)とそっくりで、ロボットとは思(おも)えないほどだ。由佳(ゆか)と同(おな)じ二十代(にじゅうだい)の女性(じょせい)をモデルに作(つく)られていた。
 由佳(ゆか)は分厚(ぶあつ)いマニュアルを見(み)て、「こんなに読(よ)めないわ。まっ、いいか」と言(い)ってロボットの起動(きどう)スイッチを入(い)れた。動(うご)き出(だ)したエリカちゃんに、由佳(ゆか)は掃除(そうじ)、洗濯(せんたく)、炊事(すいじ)と次々(つぎつぎ)に家事(かじ)を言(い)いつけた。由佳(ゆか)は大満足(だいまんぞく)だった。いつどこへ出(で)かけても、時間(じかん)を気(き)にしなくてもいい。すべてエリカちゃんがやってくれるから――。
 今日(きょう)も遅(おそ)くまで友達(ともだち)と遊(あそ)んで帰(かえ)ってみると、エリカちゃんは夫(おっと)とソファーでくつろいでいた。肩(かた)を抱(だ)いたりして、夫(おっと)もまんざらでもない様子(ようす)。それを見(み)た由佳(ゆか)は、
「エリカ、何(なに)してるの? ちゃんと仕事(しごと)をしなさい!」
「あなたこそ、いつまで遊(あそ)んでるのよ」エリカは命令口調(めいれいくちょう)になり、「早(はや)く部屋(へや)を片(かた)づけなさい。洗濯物(せんたくもの)だってたまってるのよ。さっさとやりなさい!」
「えっ…」由佳(ゆか)は怖(こわ)くなりトイレに逃(に)げ込(こ)み、携帯(けいたい)でメーカーに電話(でんわ)をかけた。メーカーの担当者(たんとうしゃ)は、「ありがとうって言(い)いました? 人間(にんげん)と同(おな)じで、感謝(かんしゃ)の言葉(ことば)をかけないと暴走(ぼうそう)するんです。マニュアルの注意書(ちゅういが)きにも書(か)いてあるんですがね。よく、読(よ)んでみて下(くだ)さい。対処法(たいしょほう)としましては、しばらくエリカの言(い)う通(とお)りにしてれば、もとに戻(もど)ると思(おも)います」
<つぶやき>近日(きんじつ)、お助(たす)けロボ<タクヤくん>発売決定(はつばいけってい)! 予約(よやく)はお早(はや)めにお願(ねが)いします。
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T:0026「プレゼント」
 今日(きょう)は彼(かれ)の誕生日(たんじょうび)。彼(かれ)といっても、私(わたし)の片思(かたおも)いなんだけど…。彼(かれ)は、私(わたし)のことをたくさんいる友達(ともだち)の一人(ひとり)としか思(おも)っていない。今度(こんど)の誕生(たんじょう)パーティだって、特別(とくべつ)に招待(しょうたい)されたわけじゃない。なのに私(わたし)ったら、彼(かれ)へのプレゼントを真剣(しんけん)に探(さが)して、何(なに)を着(き)ていくかで悩(なや)んでいる。ほんと、バカみたいだよね。私(わたし)にもう少(すこ)し勇気(ゆうき)があったら、彼(かれ)に告白(こくはく)して…。
 誕生(たんじょう)パーティはレストランを貸(か)し切(き)って盛大(せいだい)に始(はじ)まった。彼(かれ)の周(まわ)りには奇麗(きれい)な女(おんな)の子(こ)がいっぱいいて、私(わたし)は足(あし)がすくんでしまった。大(おお)きなバースデーケーキの横(よこ)には、たくさんのプレゼントが積(つ)み上(あ)げられていて。私(わたし)のプレゼントより、大(おお)きくて豪華(ごうか)なものばかり。
 私(わたし)はパーティとか華(はな)やかな場所(ばしょ)はほんとは苦手(にがて)なんだ。だから、隅(すみ)の方(ほう)で小(ちい)さくなっていた。彼(かれ)へのプレゼントを握(にぎ)りしめて…。私(わたし)がぼんやり座(すわ)っていると、
「やあ、来(き)てくれたんだ」彼(かれ)がすぐ横(よこ)に座(すわ)って話(はな)しかけてきた。私(わたし)はドキドキして、
「あの…、おめでとう…」彼(かれ)の顔(かお)をまともに見(み)ることができなかった。でも、少(すこ)しだけ勇気(ゆうき)を出(だ)して、「これ、あなたにと思(おも)って…」プレゼントを渡(わた)すことができた。
「君(きみ)からプレゼントをもらえるなんて…。ありがとう」
 彼(かれ)は嬉(うれ)しそうに受(う)け取(と)ってくれた。そして、「ねえ、誰(だれ)か、付(つ)き合(あ)ってる人(ひと)とか…、いるのかな?」私(わたし)が首(くび)を振(ふ)ると、「だったら、僕(ぼく)と付(つ)き合(あ)って下(くだ)さい。ああッ…、やっと言(い)えた」
 彼(かれ)はほっとした顔(かお)をして、私(わたし)に微笑(ほほえ)んだ。
<つぶやき>気持(きも)ちはちゃんと伝(つた)えないと、なにも始(はじ)まりませんから。はじめの一歩(いっぽ)です。
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T:0027「我(われ)ら探検隊(たんけんたい)」
 UMA(ユーマ)探検隊(たんけんたい)は深(ふか)い森(もり)の中(なか)に分(わ)け入(い)った。今回(こんかい)の目的(もくてき)はツチノコ捜索(そうさく)である。先日(せんじつ)、この森(もり)の中(なか)でツチノコの目撃情報(もくげきじょうほう)があったのだ。はたして、彼(かれ)らはツチノコを発見(はっけん)できるのか?
「野元隊長(のもとたいちょう)。目撃(もくげき)されたのは、この辺(あた)りだと思(おも)われます」
「いよいよ、我々(われわれ)の活動(かつどう)が報(むく)われる時(とき)が来(き)た。身(み)を引(ひ)き締(し)めて、捜索(そうさく)にあたってくれ」
 隊長(たいちょう)の檄(げき)が飛(と)び、隊員(たいいん)たちは散開(さんかい)し、辺(あた)りをくまなく探(さが)し回(まわ)った。だが、いっこうに見(み)つかる気配(けはい)はなかった。時間(じかん)だけが、虚(むな)しく過(す)ぎていく。
「隊長(たいちょう)、もう無理(むり)ですよ。あきらめましょうよぉ」
「何(なに)を言(い)ってるんだね。明子隊員(あきこたいいん)、最後(さいご)まであきらめちゃだめだ」
「隊長(たいちょう)、あれを見(み)て下(くだ)さい!」松村隊員(まつむらたいいん)が、森(もり)の先(さき)を指(ゆび)さした。そこには街(まち)の明(あ)かりが…。
「はーい! もうやめましょう」明子(あきこ)は覚(さ)めた口調(くちょう)で、「みなさーん、撤収(てっしゅう)しますよーぉ。集(あつ)めたゴミは、車(くるま)のところまで運(はこ)んで、分別(ふんべつ)して下(くだ)さーい。お願(ねが)いしまーす」
「明子君(あきこくん)、次(つぎ)はもっとやり甲斐(がい)のある所(ところ)へ行(い)きたいね。ヒマラヤで雪男(ゆきおとこ)の捜索(そうさく)とか…」
「社長(しゃちょう)、わが社(しゃ)にそんな余裕(よゆう)はありません。ボランティア活動(かつどう)もいいですけど、社員(しゃいん)を探検(たんけん)ごっこに付(つ)き合(あ)わせるのは、もう止(や)めて下(くだ)さい」
「いいじゃないか。楽(たの)しまなきゃ。それに、このビデオでCM(シーエム)を作(つく)れば、一石二鳥(いっせきにちょう)だよ」
<つぶやき>この会社(かいしゃ)の行(ゆ)く末(すえ)は大丈夫(だいじょうぶ)なの? でも、遊(あそ)び心(ごころ)は大切(たいせつ)です。忘(わす)れないでね。
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T:0028「ウルトラQQ(キューキュー)」
 とある温泉旅館(おんせんりょかん)で事件(じけん)は起(お)こった。ここに宿泊(しゅくはく)していた女性客(じょせいきゃく)が、部屋(へや)から忽然(こつぜん)と姿(すがた)を消(け)したのだ。部屋(へや)には荷物(にもつ)が残(のこ)され、飲(の)みかけのお茶(ちゃ)と、食(た)べかけの茶菓子(ちゃがし)がそのままになっていた。すぐに警察(けいさつ)が呼(よ)ばれたが、なにぶん田舎(いなか)なので駐在所(ちゅうざいしょ)の老巡査(ろうじゅんさ)がやって来(き)た。
「そんで、だれも旅館(りょかん)から出(で)てくの見(み)とらんのかね?」
 老巡査(ろうじゅんさ)は従業員(じゅうぎょういん)一人一人(ひとりひとり)に訊(き)いてみたが、だれも見(み)たものはいなかった。
「旅館(りょかん)の中(なか)、くまなく捜(さが)してもおらんかったんだね。そんで、どんな人(ひと)だったん?」
「それが…」担当(たんとう)の仲居(なかい)が答(こた)えた。「顔(かお)はよく分(わ)からんのだわ。帽子(ぼうし)かぶってサングラスかけて、マスクしとったの。でもね、背格好(せかっこう)は女(おんな)の人(ひと)だったよ」
「顔(かお)が分(わ)からんかったら、捜(さが)しようないわなぁ」老巡査(ろうじゅんさ)は頭(あたま)をかいて、「荷物(にもつ)、見(み)せてもらえるかな? なんか、手掛(てが)かりがあるかもしれんし」
 残(のこ)されていたのは小(ちい)さな鞄(かばん)が一(ひと)つだけだった。どう見(み)ても男物(おとこもの)の鞄(かばん)だ。女性(じょせい)の持(も)ち物(もの)とは思(おも)えない。老巡査(ろうじゅんさ)は鞄(かばん)を開(あ)けてみた。中(なか)に入(はい)っていたのは、女性(じょせい)がかぶっていた帽子(ぼうし)に、サングラスとマスク。それに、女性(じょせい)が着(き)ていた服(ふく)。これは、仲居(なかい)が間違(まちが)いないと確認(かくにん)した。
「とすると、その女性(じょせい)は裸(はだか)で出(で)て行(い)ったのか!」老巡査(ろうじゅんさ)は目(め)を丸(まる)くした。
 結局(けっきょく)、この事件(じけん)はだれかの悪戯(いたずら)として処理(しょり)された。真相(しんそう)はいまだに闇(やみ)の中(なか)である。
<つぶやき>その人(ひと)はきっと透明人間(とうめいにんげん)だったんじゃないのかな。あなたはどう思(おも)います?
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T:0029「ママの楽(たの)しみ」
「ごちそうさま」
 愛子(あいこ)は箸(はし)を置(お)いて、ため息(いき)をついた。その様子(ようす)を見(み)て母親(ははおや)は、
「どうしちゃったの? いつもなら呆(あき)れるぐらい食(た)べるくせに」
「別(べつ)に…。なんか、食欲(しょくよく)ないの」
 母親(ははおや)は娘(むすめ)の額(ひたい)に手(て)をあてて、
「熱(ねつ)はなさそうねぇ。あっ! もしかして、好(す)きな人(ひと)でも…」
「そ、そんなんじゃないよ。な、なに言(い)ってるの」愛子(あいこ)はあきらかに慌(あわ)てていた。
「そうなんだ。よかったわ。あんたもやっと恋(こい)に目覚(めざ)めたのね」
「やっとって何(なに)よ。私(わたし)だって、それくらい…」
「で、誰(だれ)なの? 高校(こうこう)の同級生(どうきゅうせい)? もう、告白(こくはく)したの。それとも、されちゃった?」
「勝手(かって)に決(き)めつけないでよ。そんなんじゃないってば…」
「ママにも憶(おぼ)えがあるわ。あれは、小学六年(しょうがくろくねん)の夏(なつ)だったなぁ」
「まだ、子供(こども)じゃない。そんなの恋(こい)じゃないわよ」
「なに言(い)ってるの。恋(こい)に齢(とし)は関係(かんけい)ないのよ。今度(こんど)、家(うち)に連(つ)れてきなさい。いいわね」
「えっ? そんなの、無理(むり)だよ。パパがなんて言(い)うか…」
「そうね、パパにはショックが大(おお)きいかもね。でも、パパがどんな顔(かお)するか楽(たの)しみだわ」
「ママ、何(なに)を期待(きたい)してるの? やめてよ、もう」
<つぶやき>父親(ちちおや)の心(こころ)をもてあそばないようにして下(くだ)さい。繊細(せんさい)な生(い)き物(もの)なのですから。
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T:0030「君(きみ)を好(す)きになった理由(わけ)」
 どうして君(きみ)を好(す)きになったんだろう?
 出会(であ)いは最悪(さいあく)だった。君(きみ)は僕(ぼく)を殴(なぐ)り飛(と)ばしたんだから。君(きみ)の友達(ともだち)をもて遊(あそ)んだ男(おとこ)と間違(まちが)えて…。僕(ぼく)ってそんなにひどい男(おとこ)に見(み)えたのかな? その後(あと)、君(きみ)は僕(ぼく)に謝(あやま)るどころか、ひと晩(ばん)じゅうつき合(あ)わせたよね。いま思(おも)うと、それが君(きみ)にとって精一杯(せいいっぱい)の謝罪(しゃざい)だったのかな?
 初(はじ)めて会(あ)ったときから、君(きみ)は自己中(じこちゅう)でわがままだったよね。僕(ぼく)が携帯番号(けいたいばんごう)を教(おし)えたら、毎日(まいにち)のようにかけてきて…。あれは何(なん)だったのかな? 君(きみ)はひとりでしゃべって、僕(ぼく)の返事(へんじ)も聞(き)かずにすぐに切(き)ってしまう。結局(けっきょく)、僕(ぼく)が君(きみ)に合(あ)わせるしかないじゃないか。
 僕(ぼく)が約束(やくそく)の時間(じかん)に遅(おく)れたとき、君(きみ)はほっぺたを丸(まる)くして僕(ぼく)を睨(にら)みつけたよね。僕(ぼく)はそれを見(み)て笑(わら)っちゃった。だって、とっても可愛(かわい)かったから。その時(とき)からかな、君(きみ)のことを好(す)きになったのは。でも、僕(ぼく)から君(きみ)に近(ちか)づくと、君(きみ)は距離(きょり)をとってしまう。どうしてかな?
 君(きみ)から突然(とつぜん)別(わか)れようって言(い)われたとき、僕(ぼく)は目(め)の前(まえ)が真(ま)っ暗(くら)になった。理由(わけ)を訊(き)いても、君(きみ)は泣(な)いてばかりで。はじめて君(きみ)の涙(なみだ)を見(み)た。この時(とき)、僕(ぼく)は決(き)めたんだ。君(きみ)を守(まも)るって。君(きみ)を抱(だ)きとめることができるのは、僕(ぼく)しかいないんだから。僕(ぼく)がそう言(い)ったら、君(きみ)は黙(だま)ってうなずいたよね。今(いま)、君(きみ)は僕(ぼく)の横(よこ)で寝息(ねいき)をたてている。あの涙(なみだ)は何(なん)だったのか、今(いま)でも分(わ)からない。でも、いいんだ。君(きみ)の幸(しあわ)せそうな寝顔(ねがお)を、こうして見(み)ていられるんだから。
<つぶやき>相手(あいて)のすべてを知(し)ることはできません。でも、愛(あい)があればそれで充分(じゅうぶん)です。
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T:0031「週末婚(しゅうまつこん)の憂鬱(ゆううつ)」
 康雄(やすお)と香織(かおり)は三十代半(さんじゅうだいなか)ばで結婚(けっこん)し、いつの間(ま)にか結婚四年目(けっこんよねんめ)に突入(とつにゅう)していた。二人(ふたり)は平日(へいじつ)は別々(べつべつ)に生活(せいかつ)して、週末(しゅうまつ)だけ一緒(いっしょ)に暮(く)らす週末婚(しゅうまつこん)という生活(せいかつ)をしていた。仕事(しごと)の忙(いそが)しい二人(ふたり)にとって、それが一番(いちばん)いい選択(せんたく)だと思(おも)ったからだ。でも、四年(よねん)もたってみると…。
「ねえ、ここには仕事(しごと)を持(も)ち込(こ)まない約束(やくそく)でしょ」香織(かおり)はイライラしていた。
「仕方(しかた)ないだろ。急(いそ)ぎの仕事(しごと)で、月曜(げつよう)までに仕上(しあ)げないといけないんだから」
「あなた、先週(せんしゅう)も仕事(しごと)だって言(い)って来(こ)なかったじゃない!」
「あの時(とき)は…、いろいろあって大変(たいへん)だったんだよ」康雄(やすお)は目(め)を合(あ)わそうとしなかった。
「何(なに)よ、いろいろって。夜遅(よるおそ)くても、帰(かえ)ってこられるでしょ。私(わたし)、待(ま)ってたんだから!」
「ちゃんと、電話(でんわ)しただろ。君(きみ)だって、そういうこと、あったじゃないか。……。なあ、どうしたんだよ。そんなに怒(おこ)ることじゃないだろ」
「別(べつ)に、怒(おこ)ってなんかいないわよ。ただ、私(わたし)は…」
「仕事(しごと)、うまくいってないのか? だったら、もう辞(や)めちゃえよ。君(きみ)がいなくたって…」
「何(なん)で、どうして私(わたし)が辞(や)めなきゃいけないのよ。そんなこと言(い)わないで!」
「ごめん。言(い)い過(す)ぎたよ」康雄(やすお)は香織(かおり)を優(やさ)しく抱(だ)きしめた。その時(とき)、携帯(けいたい)が鳴(な)り出(だ)した。
 康雄(やすお)は着信(ちゃくしん)を確認(かくにん)すると、急(きゅう)に顔色(かおいろ)を変(か)えて部屋(へや)を出(で)て行(い)った。そして、声(こえ)をひそめて電話(でんわ)の相手(あいて)に答(こた)えた。「週末(しゅうまつ)はダメだって……。いや、そうじゃなくて…」
<つぶやき>どんなに忙(いそが)しくても、二人(ふたり)の時間(じかん)を大切(たいせつ)に。会話(かいわ)があれば心(こころ)は結(むす)ばれてます。
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T:0032「戦場(せんじょう)の架(か)け橋(はし)」
 とある有名(ゆうめい)ホテルで創業(そうぎょう)三十周年(さんじゅうしゅうねん)のパーティが開(ひら)かれていた。各界(かっかい)の名士(めいし)が招待(しょうたい)され、その子女(しじょ)の方々(かたがた)も奇麗(きれい)に着飾(きかざ)り花(はな)を添(そ)えた。このパーティ、ホテルの御曹司(おんぞうし)の結婚相手(けっこんあいて)を見(み)つける目的(もくてき)もあった。だから、お嬢(じょう)さまたちの力(ちから)の入(い)れようといったら、すごいものだった。御曹司(おんぞうし)が現(あらわ)れたとたん、水面下(すいめんか)で壮絶(そうぜつ)なバトルが繰(く)り広(ひろ)げられた。わざとぶつかってドレスを汚(よご)したり、御曹司(おんぞうし)に近(ちか)づこうとする女性(じょせい)の足(あし)を引(ひ)っかけて転(ころ)ばせたり、まるで戦場(せんじょう)である。
 その戦場(せんじょう)の中(なか)で一人(ひとり)だけ、御曹司(おんぞうし)には目(め)もくれず黙々(もくもく)と食事(しょくじ)を楽(たの)しんでいる女性(じょせい)がいた。彼女(かのじょ)は、隅(すみ)の方(ほう)で淋(さび)しげに座(すわ)っている娘(むすめ)に気(き)がついて声(こえ)をかけた。
「ねえ、これ美味(おい)しいよ」とご馳走(ちそう)を盛(も)った皿(さら)を差(さ)し出(だ)した。娘(むすめ)はそれを受(う)け取(と)り、
「あ、ありがとうございます」娘(むすめ)は悲(かな)しさを隠(かく)すように微笑(ほほえ)んだ。
「あら、大変(たいへん)。ドレスが汚(よご)れちゃってるわ。あなた、もう諦(あきら)めちゃうの?」
「私(わたし)は、そんなんじゃないんです。ただの友(とも)だちで…。大学(だいがく)で知(し)り合(あ)っただけで…」
「そう。あいつが呼(よ)んだんだ。ふーん、何(なん)か分(わ)かる気(き)がするな。いいわ、私(わたし)が呼(よ)んであげる」彼女(かのじょ)はそう言(い)うと、大声(おおごえ)で御曹司(おんぞうし)を呼(よ)びつけて、「ダメでしょ。彼女(かのじょ)をひとりにさせて」
「姉(ねえ)さん、大声出(おおごえだ)さないでよ。仕方(しかた)ないだろ、動(うご)けなかったんだから」
「さあ、これでいいわ。後(あと)は二人(ふたり)で楽(たの)しみなさい。じゃあねぇ」
<つぶやき>こんな小粋(こいき)なお姉(ねえ)さんがいてくれると、ちょっと楽(たの)しいかもしれませんね。
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T:0033「公園友達(こうえんともだち)」
 明日香(あすか)は公園(こうえん)のベンチに座(すわ)り、ぼうっとしていた。そこへ犬(いぬ)を連(つ)れた男(おとこ)がやって来(き)て、
「こんにちは」と声(こえ)をかけた。でも彼女(かのじょ)が気(き)づかないので男(おとこ)は横(よこ)に座(すわ)り、「どうしたの?」
「あっ…、いやだ。山田(やまだ)さん、いつからいたんですか?」
 この二人(ふたり)は公園友達(こうえんともだち)だった。この公園(こうえん)で何度(なんど)か挨拶(あいさつ)を交(か)わすうち、仲良(なかよ)くなってしまったのだ。お互(たが)いどんな仕事(しごと)をしているか知(し)らないし、どこに住(す)んでいるのかも聞(き)くことはなかった。ただこの公園(こうえん)で会(あ)うだけの関係(かんけい)。でも、明日香(あすか)にとってはとても居心地(いごこち)のいい付(つ)き合(あ)いだった。山田(やまだ)には、なぜか心(こころ)のもやもやを何(なん)でも話(はな)せてしまうのだ。
「あのね」明日香(あすか)は笑(わら)いながら切(き)り出(だ)した。「彼(かれ)と、別(わか)れたの。もう、最悪(さいあく)。彼(かれ)ったら、他(ほか)の女(おんな)を私(わたし)の部屋(へや)に入(い)れたのよ。これまで何度(なんど)も浮気(うわき)して。私(わたし)、知(し)らないふりしてたけど、もう限界(げんかい)。彼(かれ)に、出(で)てけって言(い)っちゃった」
「そうですか。それは大変(たいへん)でしたね」山田(やまだ)は悲(かな)しげな顔(かお)をして、「大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」
「うん、平気(へいき)よ。私(わたし)、こういうことにはなれてるの。だって、悲(かな)しくても涙(なみだ)なんか出(で)ないし…。あーあ、何(なん)で私(わたし)には変(へん)な男(おとこ)ばっかり寄(よ)ってくるんだろう」
「僕(ぼく)も変(へん)な男(おとこ)かもしれませんね。こうして、あなたの悩(なや)みごとを聞(き)いてるんだから」
「あっ、山田(やまだ)さんは違(ちが)いますから…」と明日香(あすか)は笑(わら)ったが、なぜか涙(なみだ)があふれてきた。
<つぶやき>辛(つら)い時(とき)、何(なん)でも話(はな)せる人(ひと)がいるといいですね。見(み)つけるのは大変(たいへん)ですけど…。
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T:0034「幻(まぼろし)の美容師(びようし)」
「ねえ、本当(ほんとう)にここなの?」ブランド品(ひん)で着飾(きかざ)った娘(むすめ)がささやいた。
「はい、お嬢様(じょうさま)」と付(つ)き人(びと)の娘(むすめ)が答(こた)えて、「ここで間違(まちが)いないはずです」
 そこは薄汚(うすよご)れたビルの一階(いっかい)にある美容室(びようしつ)だった。上流階級(じょうりゅうかいきゅう)の女性(じょせい)の間(あいだ)で、幻(まぼろし)の美容師(びようし)がいると噂(うわさ)されていたのだ。二人(ふたり)が中(なか)に入(はい)ってみると、外観(がいかん)とはまったく違(ちが)っていた。店(みせ)の中(なか)は奇麗(きれい)に整(ととの)えられ、髪(かみ)の毛一本(けいっぽん)も落(お)ちてはいなかった。店主(てんしゅ)は二人(ふたり)を無愛想(ぶあいそう)に迎(むか)えた。
「あの…」付(つ)き人(びと)はいかめしい顔(かお)の店主(てんしゅ)に声(こえ)をかけ、「こちらに幻(まぼろし)の美容師(びようし)がいると…」
「さあね…。どうするんだ。やるのか、やらないのか」男(おとこ)は客(きゃく)を見(み)ようともしなかった。
「もちろん、お願(ねが)いするわ」お嬢様(じょうさま)は鏡(かがみ)の前(まえ)に座(すわ)ると、「この雑誌(ざっし)に載(の)っている髪型(かみがた)にしてちょうだい」
 お嬢様(じょうさま)の目配(めくば)せで、付(つ)き人(びと)が雑誌(ざっし)を開(ひら)き男(おとこ)の前(まえ)に差(さ)し出(だ)した。
 男(おとこ)はそれをちらっと見(み)て、「やめときな。あんたには、今(いま)のままがお似合(にあ)いだ」
「それ、どういう意味(いみ)!」お嬢様(じょうさま)は立(た)ちあがり男(おとこ)を睨(にら)みつけた。だが男(おとこ)は気(き)にもとめず、付(つ)き人(びと)の顔(かお)をじっと見(み)つめて、「あんた、いい顔(かお)してるな。もっと奇麗(きれい)になりたくないか?」
 付(つ)き人(びと)の娘(むすめ)は、男(おとこ)の迫力(はくりょく)におされてうなずいた。すると男(おとこ)は有無(うむ)も言(い)わせず娘(むすめ)を座(すわ)らせ仕事(しごと)にとりかかった。男(おとこ)の手(て)さばきは軽(かろ)やかで、無駄(むだ)がなかった。あっという間(ま)に仕事(しごと)を終(お)わらせた。驚(おどろ)いたことに、鏡(かがみ)に映(うつ)った娘(むすめ)の顔(かお)は、まるで天使(てんし)が舞(ま)い降(お)りたようだった。
<つぶやき>誰(だれ)かの真似(まね)をするのはやめにして、あるがままの自分(じぶん)を見(み)つめてみませんか?
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T:0035「水曜(すいよう)の女(おんな)」
 智美(ともみ)と遥(はるか)は十年来(じゅうねんらい)の友(とも)だった。でも、同(おな)じ人(ひと)を好(す)きになってしまい、一ヵ月前(いっかげつまえ)から絶交状態(ぜっこうじょうたい)にあった。
 智美(ともみ)が行(い)き付(つ)けだった飲(の)み屋(や)をのぞくと、遥(はるか)が酔(よ)いつぶれていた。この店(みせ)には仕事帰(しごとがえ)り、よく二人(ふたり)で来(き)ていたのだ。絶交(ぜっこう)してからは、智美(ともみ)は足(あし)が遠(とお)のいていた。
「やあ、久(ひさ)し振(ぶ)りじゃない」店主(てんしゅ)はいつもの笑顔(えがお)でそう言(い)うと、「遥(はるか)ちゃん、どうしたんだろうねぇ。こんなになるまで飲(の)んだことないのに」
「もう、しょうがないな」智美(ともみ)は隣(とな)りに座(すわ)り遥(はるか)を揺(ゆ)り起(お)こし、「ねえ、遥(はるか)。起(お)きなさいよ」
「うーん」と遥(はるか)はゆっくり顔(かお)をあげると、智美(ともみ)の顔(かお)を覗(のぞ)き込(こ)み、「あっ、智美(ともみ)!」
「あんた、飲(の)みすぎだよ。いい加減(かげん)にしなよ」
「智(とも)にそんなこと言(い)われたくないよ。何(なん)でここにいるのよ」
「遥(はるか)と同(おな)じ理由(りゆう)。私(わたし)も、酔(よ)いつぶれようと思(おも)ってね」
「智(とも)も振(ふ)られたんだ。はははは…。おかしくって…。たまんないわ。ふふふ…」
「そうね。まさかね、他(ほか)の女(おんな)がいたなんて。私(わたし)たち、何(なに)やってたんだろう」
「まったくだよ。仕事(しごと)が忙(いそが)しいとか言(い)って、水曜日(すいようび)にしか会(あ)ってくれなかったんだよ」
「水曜(すいよう)の女(おんな)か…。私(わたし)は、木曜(もくよう)だったなぁ。ねえ、また友達(ともだち)になってくれる?」
「なに言(い)ってるの。私(わたし)たちの腐(くさ)れ縁(えん)はいつまでも続(つづ)くの。二人(ふたり)でいい男(おとこ)、見(み)つけるわよ」
<つぶやき>空元気(からげんき)でもいいんですよ。前(まえ)を向(む)いて突(つ)き進(すす)みましょう。きっと明日(あした)は…。
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T:0036「テレパス」
 さやかには不思議(ふしぎ)な能力(のうりょく)があった。心(こころ)の声(こえ)が聞(き)こえるのだ。周(まわ)りの人(ひと)の考(かんが)えていることが、洪水(こうずい)のように頭(あたま)の中(なか)に流(なが)れ込(こ)んでくる。子供(こども)の頃(ころ)はたまらなく嫌(いや)だったが、今(いま)はそれをくい止(と)める術(すべ)を身(み)につけ、相手(あいて)のことを知(し)りたいときだけ力(ちから)を使(つか)っていた。さやかは力(ちから)のことは誰(だれ)にも話(はな)したことはない。だから、このことは誰(だれ)も知(し)らないはずだった。それなのに…。
 とある喫茶店(きっさてん)で紅茶(こうちゃ)を飲(の)んでいたとき、どこからか声(こえ)が聞(き)こえた。さやかは声(こえ)をあげそうになった。力(ちから)を使(つか)っていないのに、さやかの心(こころ)の中(なか)に飛(と)び込(こ)んで来(き)たのだ。
<おばあちゃん。こっちだよ。ここにいるよ>
 さやかは店内(てんない)を見(み)まわした。誰(だれ)だろう? 私(わたし)より力(ちから)の強(つよ)い人(ひと)がいるなんて。さやかは力(ちから)を開放(かいほう)した。他(ほか)の客(きゃく)たちの声(こえ)が次々(つぎつぎ)に飛(と)び込(こ)んで来(く)る。さやかは一人(ひとり)の青年(せいねん)に目(め)をとめた。彼(かれ)からは何(なに)も聞(き)こえてこないのだ。さやかはその青年(せいねん)に意識(いしき)を集中(しゅうちゅう)させた。すると、
<やっと、見(み)つけてくれたね。僕(ぼく)は、あなたの孫(まご)です。未来(みらい)から来(き)たんだよ>
<未来(みらい)? 何(なに)をバカなことを言(い)ってるの。そんなこと、あるわけないわ>
<ほら、右側(みぎがわ)に座(すわ)っている人(ひと)を見(み)て。おばあちゃんは、その人(ひと)と恋(こい)をして…>
 さやかは右側(みぎがわ)の客(きゃく)を見(み)て、<あんな人(ひと)、私(わたし)の好(この)みじゃないわ。いい加減(かげん)なこと…>
 さやかが振(ふ)り返(かえ)ると、さっきまでいたはずの青年(せいねん)の姿(すがた)はどこにもなかった。
<つぶやき>世(よ)の中(なか)には、まだまだ不思議(ふしぎ)なことや、理解(りかい)できないことがあるのかもね。
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T:0037「星(ほし)くずのペンダント」
 彼(かれ)と喧嘩(けんか)をした。きっかけは些細(ささい)なことだったのに、まさかこんなことになるなんて。もう、三日(みっか)も連絡(れんらく)がない。
 時間(じかん)がたつにつれて、仲直(なかなお)りのきっかけがつかめなくなっていた。このまま、さよならするのかな。そんなのイヤだ。
 私(わたし)は思(おも)いきってメールを送(おく)ろうとスマホを手(て)にした。その時(とき)、着信音(ちゃくしんおん)が鳴(な)ってメールが届(とど)いた。見(み)てみると、
<この間(あいだ)は、ごめん。ドアの取(と)っ手(て)を見(み)て>
 彼(かれ)からのメールだ。私(わたし)は急(いそ)いで玄関(げんかん)を開(あ)けてみた。取(と)っ手(て)のところに小(ちい)さな紙袋(かみぶくろ)がかけてあった。中(なか)にはケースに入(はい)ったペンダントが。これって、あの時(とき)の…。
「それさ、ずっと見(み)てただろ」彼(かれ)は私(わたし)の前(まえ)に突然(とつぜん)現(あらわ)れて、「なんか、欲(ほ)しそうにしてたから」
「でも、これってけっこう高(たか)かったのよ。どうして…」
「何(なに)かないとさ、来(き)づらいっていうか…。ほら、俺(おれ)さ、貯金(ちょきん)とかしてるし」
「それって、まさか…。ダメだよ。カナダ旅行(りょこう)のための貯金(ちょきん)でしょ。あんなにがんばってバイトしてたじゃない。もらえないよ」
「いいんだよ。また、貯金(ちょきん)すればいいんだから。カナダが無(な)くなるわけでもないし。ほら、楽(たの)しみが延(の)びたってことで…。それに、俺(おれ)だけじゃなくて、君(きみ)と二人(ふたり)で行(い)きたいから」
「もう、ほんと計画性(けいかくせい)がないんだから。そんなんじゃ、いつ行(い)けるか分(わ)かんないでしょ」
<つぶやき>ほんとにそうですよね。でも、彼(かれ)と仲直(なかなお)りできてよかったじゃないですか。
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T:0038「別(わか)れの杯(さかずき)」
 女(おんな)は部屋(へや)を出(で)て行(い)こうとしていた。男(おとこ)は女(おんな)を呼(よ)び止(と)めて、
「もう行(い)くのかい?」
「ええ。いつまでもここにはいられないわ」女(おんな)は淋(さび)しげに微笑(ほほえ)んだ。
「いいじゃないか。もう少(すこ)しいてくれても」
「切(き)りがないじゃない。いつまでも、こんなことしてちゃだめよ」
「あと一杯(いっぱい)だけ。なあ、いいだろう」男(おとこ)は女(おんな)に杯(さかずき)を差(さ)し出(だ)した。
 女(おんな)は男(おとこ)に寄(よ)り添(そ)うように座(すわ)ると、何(なに)も言(い)わず杯(さがずき)を受(う)け取(と)った。そして、酒(さけ)を注(そそ)ぐ男(おとこ)の顔(かお)を静(しず)かに見(み)つめた。女(おんな)の目(め)からひとしずく涙(なみだ)がこぼれ、口元(くちもと)に持(も)ってきた杯(さかずき)にきらきらとこぼれ落(お)ちた。女(おんな)はわずかに口(くち)をつけ、杯(さかずき)を男(おとこ)に返(かえ)す。女(おんな)の目(め)には強(つよ)い決意(けつい)が現(あらわ)れていた。
「また、会(あ)えるかい?」男(おとこ)は女(おんな)の手(て)を強(つよ)くにぎり、「必(かなら)ず会(あ)いに行(い)くから。いいだろ?」
「もうよしましょう。辛(つら)くなるだけよ。きっと、いい人(ひと)に出会(であ)えるわ。だから…」
「僕(ぼく)は、君(きみ)でなくちゃ…」男(おとこ)は女(おんな)の悲(かな)しそうな顔(かお)を見(み)て、手(て)をゆるめた。「そうだな…、もうよすよ。でも、君(きみ)のことは忘(わす)れないから。僕(ぼく)の心(こころ)の中(なか)で君(きみ)は…」
 ――そこで男(おとこ)は目(め)を覚(さ)ました。ふと、彼女(かのじょ)の姿(すがた)を探(さが)して部屋(へや)を見(み)まわす。誰(だれ)もいない現実(げんじつ)が突(つ)き刺(さ)さり、男(おとこ)はため息(いき)をついた。飲(の)みかけの杯(さかずき)に目(め)がとまり、男(おとこ)はぐいと飲(の)み干(ほ)した。燗冷(かんざ)ましが喉(のど)を通(とお)り、身体(からだ)の芯(しん)までしみ込(こ)んだ。
<つぶやき>男(おとこ)は恋(こい)に溺(おぼ)れ、必死(ひっし)にもがいて…。それでも、男(おとこ)は恋(こい)を追(お)い求(もと)めるのです。
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T:0039「犯罪者撲滅(はんざいしゃぼくめつ)キャンペーン」
 ベッドに寝(ね)かされている男(おとこ)が目(め)を覚(さ)ました。男(おとこ)のそばには白衣(はくい)の女医(じょい)が立(た)っている。
「ここは…」男(おとこ)は辺(あた)りを見回(みまわ)して、「どうして、ここに…」
「ここは、総合病院(そうごうびょういん)です。山崎(やまざき)さんは、仕事先(しごとさき)で倒(たお)れて、ここに運(はこ)ばれたんですよ」
「えっ、何(なに)をしてたんだ。私(わたし)は…。ああっ、思(おも)い出(だ)せない。私(わたし)は、山崎(やまざき)なんですか?」
「山崎(やまざき)さんは、倒(たお)れたときに頭(あたま)を強(つよ)く打(う)ったので、記憶(きおく)に障害(しょうがい)が起(お)きたんだと思(おも)います」
「記憶(きおく)に障害(しょうがい)が…」男(おとこ)は包帯(ほうたい)の巻(ま)かれた頭(あたま)に手(て)をやった。
「大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。記憶(きおく)はちゃんと戻(もど)りますから。それより、奥(おく)さんがみえてますよ」
 女医(じょい)は病室(びょうしつ)の扉(とびら)を開(あ)けて、外(そと)で待(ま)っていた妻(つま)を招(まね)き入(い)れた。
「あなた」妻(つま)は男(おとこ)のそばに駆(か)け寄(よ)って、「よかった…。もう、心配(しんぱい)したんだから」
 女医(じょい)は病室(びょうしつ)を出(で)て隣(となり)の部屋(へや)に入(はい)った。そこで病室(びょうしつ)の様子(ようす)を見(み)ていた男(おとこ)がつぶやいた。
「迫真(はくしん)の演技(えんぎ)だな。いったい何処(どこ)から連(つ)れてきたのかね?」
「あれは人間(にんげん)ではありません。プログラム通(どお)りに反応(はんのう)しているだけです」
「そうなのか。でも、受刑者(じゅけいしゃ)の記憶(きおく)を消(け)して更生(こうせい)させるとは、驚(おどろ)いたよ。この計画(けいかく)がうまく行(い)けば、刑務所(けいむしょ)の経費(けいひ)を減(へ)らすことができるな。だが、記憶(きおく)が戻(もど)ることは無(な)いのかね」
「脳(のう)に埋(う)め込(こ)んだ装置(そうち)の保障期間(ほしょうきかん)は五十年(ごじゅうねん)です。彼(かれ)が生(い)きている間(あいだ)は問題(もんだい)ないでしょう」
<つぶやき>未来(みらい)の世界(せかい)では、こんなことになってるかもしれませんよ。怖(こわ)いですね…。
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T:0040「昔(むかし)みたいに」
 一人娘(ひとりむすめ)を送(おく)り出(だ)した夫婦(ふうふ)が、テーブルをはさみお茶(ちゃ)をすすっていた。
「綾佳(あやか)、きれいだったなぁ。今日(きょう)は天気(てんき)もよかったし、いい一日(いちにち)だった」
「そうですね。あの娘(こ)がこんなに早(はや)く結婚(けっこん)するなんて、思(おも)ってもみませんでしたよ」
「そうだな。でも、遅(おそ)いよりはいいさ。この家(いえ)も淋(さび)しくなるなぁ」
「なに言(い)ってるんですか。近(ちか)いんですから、ちょくちょく帰(かえ)って来(き)ますよ」
「そうかなぁ」夫(おっと)は嬉(うれ)しそうにしたが、
「でも、そうたびたび帰(かえ)って来(く)るのは、まずいだろ」
「ふふ…」妻(つま)は思(おも)い出(だ)し笑(わら)いをして、「覚(おぼ)えてます? なんて私(わたし)にプロポーズしたのか」
「えっ、何(なん)だよ急(きゅう)に」夫(おっと)は目(め)をそらし、お茶(ちゃ)をすすった。
「ほら、披露宴(ひろうえん)のときにそんな話(はなし)が出(で)たじゃないですか。それで、思(おも)い出(だ)したんですよ」
「そんな話(はなし)はいいじゃないか。それより、どうしてるかな綾佳(あやか)は…」
「あなた、私(わたし)にこう言(い)ったんですよ。俺(おれ)はお前(まえ)と――」
「もういいよ、そんな昔(むかし)の話(はな)しは。俺(おれ)はもう忘(わす)れたよ」
「ああ、ずるい。都合(つごう)の悪(わる)いことはすぐ忘(わす)れるんだから」
「でもな、一(ひと)つだけ覚(おぼ)えてるぞ。新婚旅行(しんこんりょこう)のとき、お前(まえ)と始(はじ)めて泊(と)まった旅館(りょかん)で…」
「まだ覚(おぼ)えてたんですか? いやだわ。そうだ、また二人(ふたり)で旅行(りょこう)に行(い)きましょうよ。ねっ」
<つぶやき>たまには夫婦(ふうふ)で昔(むかし)の話(はな)しをしてみませんか? ちょっと気恥(きは)ずかしいかも。
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T:0041「無器用(ぶきよう)な探偵(たんてい)さん」
「君(きみ)はここにいて、逃(に)げ道(みち)をふさぐんだ」
 探偵(たんてい)は助手(じょしゅ)のハルカに指示(しじ)をすると、緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちで大(おお)きく息(いき)をした。ハルカは不安(ふあん)げな顔(かお)をして探偵(たんてい)に声(こえ)をかけた。
「一人(ひとり)で大丈夫(だいじょうぶ)ですか? 私(わたし)も行(い)ったほうが…」
「いや、大丈夫(だいじょうぶ)だよ。これくらい僕(ぼく)一人(ひとり)で出来(でき)るさ。心配(しんぱい)ない」
 二人(ふたり)はここ数日(すうじつ)の間(あいだ)、宗太郎(そうたろう)を追(お)いかけていた。だが、宗太郎(そうたろう)は二人(ふたり)をあざ笑(わら)うように逃(に)げ回(まわ)っていた。それが今日(きょう)、やっとねぐらを突(つ)き止(と)めることができたのだ。
 探偵(たんてい)は懐中電灯(かいちゅうでんとう)を手(て)に、暗(くら)い廃屋(はいおく)の中(なか)に入(はい)って行(い)った。ハルカは懐中電灯(かいちゅうでんとう)の明(あ)かりを目(め)で追(お)った。明(あ)かりが見(み)えなくなってしばらくたったとき、奥(おく)の方(ほう)から何(なに)かが倒(たお)れる大(おお)きな物音(ものおと)がして、探偵(たんてい)の悲鳴(ひめい)が聞(き)こえた。ハルカは思(おも)わず声(こえ)をあげた。
「探偵(たんてい)さん! 大丈夫(だいじょうぶ)なの」
「そっちへ行(い)ったぞ。捕(つか)まえるんだ!」暗闇(くらやみ)から探偵(たんてい)のうわずった声(こえ)が響(ひび)いた。
 ハルカは身構(みがま)えて、暗闇(くらやみ)に目(め)をこらした。ここで逃(に)がしてしまったら、今(いま)までの苦労(くろう)がすべて無駄(むだ)になってしまう。近(ちか)くで何(なに)かが倒(たお)れる音(おと)がした。ハルカの顔(かお)に緊張(きんちょう)が走(はし)った。黒(くろ)い影(かげ)がハルカに向(む)かって来(き)た。ハルカは黒(くろ)い影(かげ)に飛(と)びつき、暴(あば)れる相手(あいて)を押(お)さえ込(こ)んだ。
 探偵(たんてい)が足(あし)を引(ひ)きずり出(で)て来(く)ると、ハルカの腕(うで)の中(なか)で、「ニャー」と宗太郎(そうたろう)がひと声鳴(こえな)いた。
<つぶやき>無器用(ぶきよう)でもいいんです。ひとすじの道(みち)を究(きわ)めていきましょう。そしたら…。
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T:0042「美味(おい)しいもの倶楽部(クラブ)」
「ここのケーキ、美味(おい)しいねぇ」
 陽子(ようこ)はケーキをひとくち食(た)べて幸(しあわ)せな気分(きぶん)になった。
 政夫(まさお)は陽子(ようこ)の笑顔(えがお)を見(み)るのが好(す)きだった。だから、美味(おい)しいお店(みせ)を見(み)つけると、それを口実(こうじつ)に陽子(ようこ)を連(つ)れ出(だ)していた。彼女(かのじょ)とは学生(がくせい)のときからの付(つ)き合(あ)いで、初(はじ)めて会(あ)ったときから恋(こい)に落(お)ちてしまった。陽子(ようこ)の方(ほう)は、そんなことまったく気(き)づいてはいなかったが…。
 陽子(ようこ)はケーキを食(た)べ終(お)わると、「ねえ、何(なに)か話(はなし)があるって言(い)ってたけど。なに?」
「それがね。あの…」政夫(まさお)は今日(きょう)こそ、告白(こくはく)しようと決心(けっしん)していたが…。
「私(わたし)もね、田中君(たなかくん)に言(い)わなきゃいけないことがあるんだ」陽子(ようこ)は改(あらた)まって切(き)り出(だ)した。
「私(わたし)ね、来月(らいげつ)からパリに行(い)くの。向(む)こうで、本格的(ほんかくてき)にパティシエの修業(しゅぎょう)をしようと思(おも)って。今(いま)のお店(みせ)の店長(てんちょう)ね、若(わか)いころパリで修業(しゅぎょう)してて。知(し)り合(あ)いのパティシエを紹介(しょうかい)してもらったの。その人(ひと)のお店(みせ)で働(はたら)けることになっちゃったんだ」
「えっ、そうなの…」政夫(まさお)は、頭(あたま)の中(なか)がまっ白(しろ)になった。
「最低(さいてい)でも四(し)、五年(ごねん)は頑張(がんば)ろうと思(おも)って。だから、美味(おい)しいもの倶楽部(クラブ)はお休(やす)みさせて下(くだ)さい。また日本(にほん)に戻(もど)ってきたら復帰(ふっき)するから、お願(ねが)い」陽子(ようこ)は手(て)を合(あ)わせた。
「そうか…。陽子(ようこ)の夢(ゆめ)だったもんな…。よかったじゃないか、頑張(がんば)ってこいよ!」
「うん、ありがとうね。あっ、私(わたし)が戻(もど)ってくるまでに、ちゃんと部員(ぶいん)増(ふ)やしといてよね」
<つぶやき>彼女(かのじょ)の夢(ゆめ)を叶(かな)えるため、男(おとこ)はじっと我慢(がまん)するのです。つらいっす、ほんとに。
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T:0043「音信不通(おんしんふつう)」
 人通(ひとどお)りの多(おお)い繁華街(はんかがい)を歩(ある)いていた淳史(あつし)は、一人(ひとり)の女(おんな)に目(め)をとめて凍(こお)りついた。彼(かれ)の手(て)は震(ふる)え、呼吸(こきゅう)は荒(あら)くなり、たまらずその場(ば)から逃(に)げだした。繁華街(はんかがい)の通(とお)りを離(はな)れ、人気(ひとけ)のない脇道(わきみち)に足(あし)を踏(ふ)み入(い)れた淳史(あつし)は、
「まさか、そんな…」荒(あら)い息(いき)でつぶやいた。
 彼(かれ)は後(うし)ろを振(ふ)り返(かえ)ると、息(いき)を呑(の)んだ。そこには、さっきの女(おんな)が立(た)っていたのだ。その女(おんな)はかすかに微笑(ほほえ)んで、淳史(あつし)の方(ほう)へ近(ちか)づきながら、「やっと、見(み)つけたわ」
「一恵(かずえ)…一恵(かずえ)…」淳史(あつし)は口(くち)の中(なか)でそう繰(く)り返(かえ)すと、また駆(か)け出(だ)した。どこをどう走(はし)ったのか、いつの間(ま)にか墓場(はかば)の中(なか)に入(はい)り込(こ)んでいた。淳史(あつし)は驚(おどろ)き、へたり込(こ)んでしまった。
 淳史(あつし)はふと、目(め)の前(まえ)の墓石(はかいし)に目(め)をやった。そこには<磯崎(いそざき)>と刻(きざ)まれていた。
「ねえ、返(かえ)して」突然(とつぜん)、女(おんな)の声(こえ)が耳(みみ)に飛(と)び込(こ)んで来(き)た。淳史(あつし)は驚(おどろ)き振(ふ)り返(かえ)った。そこにはあの女(おんな)が、淳史(あつし)を見下(みお)ろしていた。女(おんな)は、「早(はや)く返(かえ)してよ!」と叫(さけ)んだ。
「ごめん、ごめんなさい」淳史(あつし)は震(ふる)える声(こえ)で、「あれは、もう…」
「まさか、捨(す)てたとか…」女(おんな)は淳史(あつし)の胸倉(むなぐら)をつかみ、「言(い)うんじゃないでしょうね」
「いや、捨(す)てたわけじゃ…ないけど…」淳史(あつし)は苦(くる)し紛(まぎ)れにへらへらと笑(わら)った。
「あの女(おんな)か…」女(おんな)は淳史(あつし)に顔(かお)を近(ちか)づけて、「やっぱり、あの女(おんな)に渡(わた)したのね!」
 女(おんな)は淳史(あつし)の腕(うで)を抱(かか)え込(こ)み、彼(かれ)を引(ひ)きずるようにいずこともなく去(さ)って行(い)った。
<つぶやき>彼(かれ)が何(なに)をしでかして、この後(あと)どうなったのか…。ご想像(そうぞう)におまかせします。
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T:0044「リセット」
 ベッドの上(うえ)で若(わか)い女性(じょせい)が死(し)を迎(むか)えようとしていた。彼女(かのじょ)の手(て)を優(やさ)しく握(にぎ)りしめている若(わか)い男(おとこ)。男(おとこ)は彼女(かのじょ)のそばから離(はな)れようとせず、励(はげ)まし続(つづ)けていた。
「あなた…」女(おんな)は苦(くる)しい息(いき)をついて、「私(わたし)は…、あなたに出会(であ)えて、幸(しあわ)せでした」
「僕(ぼく)もだよ。きっと元気(げんき)になるから…」
 男(おとこ)は胸(むね)が詰(つ)まり、それ以上(いじょう)なにも言(い)えなくなった。
「ありがとう」女(おんな)は最後(さいご)にそう言(い)い残(のこ)すと、目(め)を閉(と)じ動(うご)かなくなった。男(おとこ)は彼女(かのじょ)にすがりつき、泣(な)き明(あ)かした。
 朝(あさ)になると、どこからか声(こえ)が聞(き)こえてきた。「リセットしますか?」
 男(おとこ)はそれに答(こた)えて、「そうだな、今度(こんど)はもう少(すこ)し寿命(じゅみょう)を延(の)ばしてくれないか?」
「その要望(ようぼう)にはお答(こた)えできません。病気(びょうき)などの発病(はつびょう)は、無作為(むさくい)に決(き)められています」
「分(わ)かったよ。なら、容姿(ようし)と年齢(ねんれい)は今(いま)のままでリセットしてくれ」
 女(おんな)の腕(うで)につながれていたケーブルが自動的(じどうてき)にはずされて、彼女(かのじょ)は目(め)を覚(さ)ました。
「あなた、おはよう。今日(きょう)は、早(はや)いのね」女(おんな)は起(お)き上(あ)がり、「朝食(ちょうしょく)は何(なに)がいい?」
「そうだな。今日(きょう)は、和食(わしょく)がいいなぁ」男(おとこ)はそう言(い)うと、女(おんな)にキスをした。
 食事(しょくじ)ができる間(あいだ)に男(おとこ)は新聞(しんぶん)を読(よ)み、いつもと変(か)わらぬ一日(いちにち)が始(はじ)まった。部屋(へや)の丸窓(まるまど)から外(そと)を見(み)ると、真(ま)っ暗(くら)な世界(せかい)が広(ひろ)がり、眼下(がんか)には茶色(ちゃいろ)く濁(にご)った地球(ちきゅう)が浮(う)かんでいた。
「僕(ぼく)も手伝(てつだ)うよ」男(おとこ)は席(せき)を立(た)って腕(うで)まくりをした。その腕(うで)にはプラグが付(つ)いていた。
<つぶやき>人(ひと)の人生(じんせい)は一度(いちど)きりしかありません。悔(く)いのないように過(す)ごしたいものです。
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T:0045「コピーロボット」
 美子(よしこ)は<どうしても>と、おばさんに頼(たの)まれて、お見合(みあ)いをすることになった。写真(しゃしん)で見(み)た限(かぎ)りでは、ごく平凡(へいぼん)な中小企業(ちゅうしょうきぎょう)のサラリーマンだ。美子(よしこ)は気(き)が進(すす)まなかった。そこで、最近(さいきん)手(て)に入(い)れたコピーロボットを身代(みが)わりにすることにした。見合(みあ)いの席(せき)で失敗(しっぱい)させて、嫌(きら)われるようにしむけるのだ。
「ねえ、どうだった?」見合(みあ)いから帰(かえ)って来(き)たロボットに美子(よしこ)は訊(き)いた。
「それが、おかしいの。何(なん)だか気(き)に入(い)られちゃったみたいで」
「どうしてよ。ちゃんと私(わたし)の言(い)った通(とお)りにしたんでしょ」
「もちろんよ。お茶(ちゃ)をこぼしてみたり、口(くち)を開(あ)けて食事(しょくじ)をしたり。それと、言葉(ことば)づかいもたどたどしくしたのよ。絶対(ぜったい)に普通(ふつう)の人(ひと)だったら好(す)きにはならないわ」
「ああ、どうしよう。このまま話(はなし)が進(すす)んじゃったら…。そんなの困(こま)るわ」
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。二人(ふたり)っきりになったとき話(はな)したんだけど、とっても真面目(まじめ)そうな良(い)い人(ひと)だったわよ。何(なん)でもできる人(ひと)よりも、少(すこ)し抜(ぬ)けてる人(ひと)の方(ほう)がいいって言(い)ってたわ」
「なにそれ。それじゃ私(わたし)が、まるでバカ娘(むすめ)ってことじゃない。冗談(じょうだん)じゃないわよ!」
「そんなに怒(おこ)らないで。あなたが気(き)に入(い)らなかったら、私(わたし)が付(つ)き合(あ)ってもいいのよ」
「これは、私(わたし)の見合(みあ)いよ。いいわ。私(わたし)から会(あ)いに行(い)って、ガツンと言(い)ってやるわよ」
<つぶやき>出会(であ)いは一期一会(いちごいちえ)です。ひょんなことから恋(こい)が生(う)まれるのかもしれません。
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T:0046「笑顔(えがお)が一番(いちばん)」
 光恵(みつえ)は彼(かれ)と暮(く)らし始(はじ)めて二年目(にねんめ)を迎(むか)えた。彼女(かのじょ)は彼(かれ)のことを愛(あい)している。彼(かれ)のためなら何(なん)でもしたいし、どんな苦労(くろう)もいとわなかった。結婚(けっこん)はしていなかったが、二人(ふたり)の愛(あい)は永遠(えいえん)に続(つづ)くと、彼女(かのじょ)は信(しん)じていた。でも彼(かれ)の方(ほう)は…。彼(かれ)の心(こころ)はいつの間(ま)にか離(はな)れていたようだ。
 光恵(みつえ)がそのことに気(き)づいたのは、仕事(しごと)から帰(かえ)って来(き)たときだった。テーブルの上(うえ)にメモが置(お)かれていた。広告(こうこく)の裏(うら)に書(か)かれた、走(はし)り書(が)きのメモ。
<俺(おれ)は出(で)て行(い)く。好(す)きな女(おんな)ができたんだ。バイバイ>
 光恵(みつえ)は我(わ)が目(め)を疑(うたが)った。出(で)て行(い)くなんて…。お金(かね)なんか持(も)ってないのに。光恵(みつえ)はハッとして、タンスの引(ひ)き出(だ)しを開(あ)けてみた。そこに入(い)れておいたはずの通帳(つうちょう)と印鑑(いんかん)、父(ちち)の形見(かたみ)の金(きん)の懐中時計(かいちゅうとけい)が消(き)えていた。時計(とけい)が入(はい)っていた箱(はこ)には、一緒(いっしょ)に入(い)れておいた父(ちち)の写真(しゃしん)だけが残(のこ)されていた。光恵(みつえ)は力(ちから)が抜(ぬ)けてしまい、写真(しゃしん)を手(て)にしてしゃがみ込(こ)んでしまった。
 涙(なみだ)が頬(ほお)をつたっていく。彼女(かのじょ)はそれをぬぐいもせずに、ひとしきり泣(な)いた。その後(あと)、手(て)にした写真(しゃしん)に目(め)をやり、「お父(とう)さん…」とつぶやいた。写真(しゃしん)の中(なか)の父親(ちちおや)は笑(わら)っていた。
 次(つぎ)の朝(あさ)。タンスの上(うえ)には父(ちち)の写真(しゃしん)が置(お)かれていた。光恵(みつえ)は父(ちち)の写真(しゃしん)に手(て)を合(あ)わせた。光恵(みつえ)の耳(みみ)には父(ちち)の口癖(くちぐせ)が聞(き)こえていた。
<笑顔(えがお)が一番(いちばん)だぞ。笑顔(えがお)でいれば幸(しあわ)せになれるんだ>
 光恵(みつえ)は吹(ふ)っ切(き)るように笑顔(えがお)を作(つく)り、仕事(しごと)へと出(で)かけていった。
<つぶやき>簡単(かんたん)なことじゃないですよね。でも、笑顔(えがお)を忘(わす)れないで。きっといつか…。
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T:0047「しゃっくり」
「ねえ、大丈夫(だいじょうぶ)?」遥(はるか)はニコニコしながら、「つばを飲(の)み込(こ)むと、止(と)まるかも」
「お前(まえ)、楽(たの)しんでないか? ヒック…。たかが、しゃっくりじゃないか、こんなヒック」
「そうだ、これなんかどう? これを呑(の)み込(こ)めば…」
「こんなの呑(の)み込(こ)んだら、喉(のど)に詰(つ)まヒック、ヒック…。何(なん)で大福(だいふく)なんか持(も)ってヒック…」
「お店(みせ)の前(まえ)、通(とお)ったら、食(た)べたくなっちゃって。そうだ、いいこと思(おも)いついちゃった」
 遥(はるか)は押(お)し入(い)れの中(なか)に頭(あたま)を突(つ)っ込(こ)んで、何(なに)かを探(さが)し始(はじ)めた。
「もういいよ、そのうちヒック、止(と)まるから。ヒック、お前(まえ)、何(なに)しに来(き)たんヒック…」
 圭介(けいすけ)は水(みず)でも飲(の)もうかと立(た)ちあがった。その時(とき)、すぐ後(うし)ろで<パン! パン!>と大(おお)きな音(おと)がして、圭介(けいすけ)は飛(と)び上(あ)がった。振(ふ)り返(かえ)ると遥(はるか)が大(おお)きなクラッカーを手(て)に立(た)っていた。
「あのな…、驚(おど)かすなよ。どこからそんなの…」
「ほら、圭介(けいすけ)のびっくり誕生会(たんじょうかい)に使(つか)おうと買(か)っておいたのよ。でも、圭介(けいすけ)ったら自分(じぶん)の誕生日(たんじょうび)忘(わす)れてて、結局(けっきょく)できなかったじゃない」
「ああ、そんなこともあったな。あれ、止(と)まった……。やった、やっとおさまった」
「よかったね。これで話(はな)せるわ。ねえ、私(わたし)ね…。赤(あか)ちゃん、できちゃったの!」
「えっ、ほんとかよ! ヒック…、ヒック…。まただヒック…。驚(おど)かすなよヒック…」
<つぶやき>おめでたなんですか。こんなこと聞(き)かされちゃったら、そりゃ驚(おどろ)きますよね。
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T:0048「時(とき)をかけるねこ」
 ある大学(だいがく)の研究室(けんきゅうしつ)にねこが出入(でい)りするようになった。学生(がくせい)たちも研究(けんきゅう)の合間(あいま)に世話(せわ)をしてとても可愛(かわい)がったので、いつの間(ま)にかそこに棲(す)み着(つ)きマスコットになってしまった。
 ――ある学生(がくせい)が古(ふる)い雑誌(ざっし)を見(み)つけてきた。そこには発明王(はつめいおう)エジソンの写真(しゃしん)が掲載(けいさい)されていて、彼(かれ)の横(よこ)にはねこが座(すわ)っていた。学生(がくせい)はそのねこを指(ゆび)さして、
「これを見(み)て。うちのねことそっくりじゃない。この毛(け)の模様(もよう)とか…」
「そうかなぁ。白黒写真(しろくろしゃしん)だし、似(に)てるだけじゃないのか?」
「だって、この首輪(くびわ)についてる丸(まる)い鈴(すず)のような飾(かざ)り。これは絶対(ぜったい)同(おな)じものよ」
 そこに別(べつ)の学生(がくせい)が来(き)て、「おい、今日(きょう)の新聞(しんぶん)見(み)たか? ここにうちのねこが載(の)ってるよ」
 学生(がくせい)たちは集(あつ)まってきて新聞(しんぶん)を取(と)り囲(かこ)んだ。それはエジプトで見(み)つかった遺跡(いせき)の写真(しゃしん)で、奇麗(きれい)な壁画(へきが)にねこが描(えが)かれていた。学生(がくせい)たちにどよめきが走(はし)った。
「ほら、見(み)てよ。これも首輪(くびわ)に同(おな)じ飾(かざ)りがついてるわ」
「どういうことだよ、これは…。同(おな)じねこなんてあり得(え)ないだろ。もしそうだったら…」
「そんな、長生(ながい)きのねこなんているわけないだろ」
「まさか、時空(じくう)を移動(いどう)してるとか…。時(とき)をかけるねこだったりして」
 学生(がくせい)たちは、窓際(まどぎわ)で気持(きも)ちよさそうにひなたぼっこをしているねこに目(め)をやった。
<つぶやき>私(わたし)も、こんなことが出来(でき)たらいいのになぁ…。ああ、羨(うらや)ましいかぎりです。
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T:0049「人生(じんせい)の誤算(ごさん)」
 新婚初夜(しんこんしょや)の二人(ふたり)が、ベッドの中(なか)でこんな会話(かいわ)をしていた。
「君(きみ)は、僕(ぼく)の持(も)ってる金(かね)が欲(ほ)しいんだろ?」
「そうよ。お金(かね)がなかったら、あなたなんか相手(あいて)にしなかったわ」
「ふん。君(きみ)みたいに正直(しょうじき)な女(おんな)は初(はじ)めてだよ。本心(ほんしん)をあっさり言(い)ってしまうんだから」
「だから、私(わたし)を選(えら)んだんでしょ。いいのよ、他(ほか)に好(す)きな女(おんな)ができたら、愛人(あいじん)にしても」
「それは助(たす)かるね。君(きみ)も、好(す)きなだけ遊(あそ)んでもいいんだよ」
「私(わたし)は、男(おとこ)には興味(きょうみ)ないの。お金(かね)さえあれば満足(まんぞく)よ」
 ――それから一年(いちねん)が過(す)ぎて、この二人(ふたり)の生活(せいかつ)は大(おお)きく変(か)わってしまった。
「もう愛人(あいじん)とは別(わか)れるって言(い)ったじゃない。何(なん)でまだ付(つ)き合(あ)ってるのよ」
「なに勝手(かって)なこと言(い)ってるんだ。愛人(あいじん)を作(つく)れって言(い)ったのは君(きみ)じゃないか」
「あの時(とき)と、事情(じじょう)が変(か)わったの。お腹(なか)の中(なか)には、あなたの子供(こども)がいるのよ」
「もう、僕(ぼく)たち別(わか)れよう。慰謝料(いしゃりょう)や養育費(よういくひ)はちゃんと払(はら)ってやるよ」
「いやよ。私(わたし)は離婚(りこん)はしないから。この子(こ)のためにも、私(わたし)たちやり直(なお)しましょ」
「なに言(い)ってるんだ。君(きみ)は僕(ぼく)のことなんか何(なん)とも思(おも)ってないじゃないか」
「あなたはこの子(こ)の父親(ちちおや)なのよ。愛人(あいじん)なんかに財産(ざいさん)を盗(と)られるなんて、まっぴらよ!」
<つぶやき>お金(かね)のために人生(じんせい)を踏(ふ)み外(はず)さないで下(くだ)さい。思(おも)いやりの気持(きも)ちが大切(たいせつ)です。
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T:0050「恋人週間(こいびとしゅうかん)」
「あの、佐藤太一(さとうたいち)さんですよね」
 女性(じょせい)は一礼(いちれい)すると、「私(わたし)、結婚促進公団(けっこんそくしんこうだん)から派遣(はけん)された百瀬(ももせ)ひとみです。今日(きょう)から一週間(いっしゅうかん)、あなたの恋人(こいびと)になりました。よろしくお願(ねが)いします」
「はい……?」太一(たいち)はきょとんとして、「えっ、何(なん)なんですか?」
「あの、連絡(れんらく)が来(き)てると思(おも)うんですが…」
 ひとみは顔(かお)を赤(あか)らめて、「申(もう)し訳(わけ)ありません。私(わたし)、またへまをしちゃって…。ごめんなさい。あの…、改(あらた)めてご説明(せつめい)します。政府(せいふ)が試験的(しけんてき)に恋人週間(こいびとしゅうかん)を始(はじ)めて、それは、えっと…、人口増加(じんこうぞうか)の対策(たいさく)で…。つまり…、政府(せいふ)がやる合(ごう)コンみたいなものです。登録(とうろく)されている男女(だんじょ)を出会(であ)わせて…」
「登録(とうろく)って、僕(ぼく)は登録(とうろく)なんかしてませんよ」
「あの、登録(とうろく)は本人(ほんにん)じゃなくても、家族(かぞく)ならできるんです。だから…」
「あっ。もしかして、お袋(ふくろ)が…。まったく、勝手(かって)なことするんだから」
「断(ことわ)らないで下(くだ)さい。一週間(いっしゅうかん)でいいんです。もし断(ことわ)られたら、登録(とうろく)を消(け)されちゃって…」
「でも、あなたみたいな奇麗(きれい)な人(ひと)だったら、恋人(こいびと)なんてすぐに…」
「見(み)た目(め)で判断(はんだん)しないで下(くだ)さい! 恋人(こいびと)ができないから、こうして…」
「あの…」太一(たいち)はひとみの涙(なみだ)を見(み)て、「分(わ)かりました。一週間(いっしゅうかん)…、よろしくお願(ねが)いします」
「ありがとうございます。私(わたし)、がんばりますから」
<つぶやき>これがきっかけで、結婚(けっこん)できるのでしょうか。後(あと)は、この二人(ふたり)しだいです。
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T:0051「おとり捜査(そうさ)」
「あの、何(なん)で今回(こんかい)も私(わたし)なんですか?」京子(きょうこ)は不満(ふまん)そうな顔(かお)でつぶやいた。
「お前(まえ)、男装(だんそう)も似合(にあ)うじゃないか。これは新(あたら)しい発見(はっけん)だなぁ」
「なに感心(かんしん)してるんですか。先輩(せんぱい)がやって下(くだ)さいよ。その方(ほう)が…」
「なに言(い)ってるんだ。今回(こんかい)の捜査(そうさ)はな、今(いま)までとは違(ちが)うんだ。ふふふふ、心配(しんぱい)すんな。俺(おれ)がちゃんと張(は)り付(つ)いてやるから、大丈夫(だいじょうぶ)だ」
「それがいちばん心配(しんぱい)なんですけど。前回(ぜんかい)だって、全然(ぜんぜん)助(たす)けてくれなかったじゃないですか。私(わたし)、危(あぶ)なかったんですから…」
「たかがケツ触(さわ)られただけじゃねえか。そんなのはな、危険(きけん)のうちに入(はい)らねえよ。いいか、今回(こんかい)の相手(あいて)は、小心者(しょうしんもの)のこそ泥(どろ)だ。そいつがどういうわけか、宝石泥棒(ほうせきどろぼう)のブツを盗(ぬす)みやがった。時価(じか)数十億(すうじゅうおく)という代物(しろもの)だ」
「宝石(ほうせき)を盗(ぬす)んだんですか?」京子(きょうこ)の目(め)が輝(かがや)いた。
「そうだよ。きっと、どこかに隠(かく)しているはずなんだ。それを聞(き)き出(だ)すんだ」
「でも、どうやって?」
「そんなこと、自分(じぶん)で考(かんが)えろよ。そいつは男好(おとこず)きだから、近(ちか)づくのはわけないさ」
「男好(おとこず)きって…。私(わたし)は、女(おんな)です! それじゃ…、また、危険(きけん)じゃないですかぁ」
<つぶやき>こんな相棒(あいぼう)と一緒(いっしょ)だととても大変(たいへん)かもしれません。がんばれ、京子(きょうこ)ちゃん!
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T:0052「スキャンダル」
 大企業(だいきぎょう)の給湯室(きゅうとうしつ)で女子社員(じょししゃいん)たちが噂話(うわさばなし)で盛(も)り上(あ)がっていた。
「ねえ、部長(ぶちょう)が秘書課(ひしょか)の相沢芳恵(あいざわよしえ)と不倫(ふりん)してるんだって」
「ウソ…、それって確(たし)かな情報(じょうほう)なの?」
「間違(まちが)いないわよ。総務部(そうむぶ)の飯島(いいじま)さんの話(はなし)だから」
「それは間違(まちが)いないわ。飯島(いいじま)さんの情報網(じょうほうもう)は確(たし)かだもん」
 みんなの話(はなし)を黙(だま)って聞(き)いていた明美(あけみ)はため息(いき)をついた。それに気(き)づいた女子社員(じょししゃいん)の一人(ひとり)が、
「ねえ、どうしたの明美(あけみ)。さっきから、元気(げんき)ないじゃない」
「別(べつ)に…。仕事(しごと)に戻(もど)りましょう。こんなとこでサボってると、また部長(ぶちょう)に怒(おこ)られるわよ」
「そうね。でも、部長(ぶちょう)って以外(いがい)よね。あんな顔(かお)でどうして女(おんな)ができるんだろう」
「ほんとよね。これは、この会社(かいしゃ)の七不思議(ななふしぎ)のひとつだわ」
 明美(あけみ)は部屋(へや)に戻(もど)るとやりかけていた書類(しょるい)をまとめ、メモを付(つ)けて部長(ぶちょう)のデスクへ持(も)っていった。部長(ぶちょう)は書類(しょるい)を受(う)け取(と)ると、明美(あけみ)の顔(かお)を見(み)てにこりと笑(わら)って、
「ご苦労(くろう)さん。えっと…、例(れい)の件(けん)だけど、都合(つごう)はどうかね?」
「それが…」明美(あけみ)は微笑(ほほえ)み返(かえ)すと、「メモに書(か)いておきましたので」と一礼(いちれい)して、さっさと自分(じぶん)のデスクへ戻(もど)ってしまった。部長(ぶちょう)は怪訝(けげん)な顔(かお)をしてメモを見(み)た。
<相沢(あいざわ)さんと楽(たの)しんだんですか? もし、私(わたし)と別(わか)れるつもりなら覚悟(かくご)しなさい。奥(おく)さんに言(い)いつけるわよ。どうなっても知(し)らないから!>
<つぶやき>これは恐怖(きょうふ)です。でも、会社(かいしゃ)の七不思議(ななふしぎ)って、他(ほか)にはどんなのがあるのかな?
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T:0053「わがままな天使(てんし)」
「ねえ、エンジェルのケーキが食(た)べたい。買(か)ってきて」
「今(いま)から? 無理(むり)だよ。だって、もう店(みせ)は閉(し)まってるし」
「どうしても食(た)べたいの。私(わたし)の言(い)うこと何(なん)でもきくって言(い)ったじゃない」
「そりゃ言(い)ったけど…」
「買(か)ってきてくれたら、私(わたし)、手術(しゅじゅつ)してもいいんだけどなぁ」
「分(わ)かったよ。じゃあ、俺(おれ)が作(つく)ってやる。たしかケーキの本(ほん)あったし…」
 くるみは武志(たけし)が本(ほん)を探(さが)し始(はじ)めると、悪戯(いたずら)っぽい目(め)をして、胸(むね)を押(お)さえて苦(くる)しみだした。それを見(み)た武志(たけし)は駆(か)け寄(よ)ってきて、「くるみ! しっかりしろ。いま、救急車(きゅうきゅうしゃ)よんで…」
くるみは電話(でんわ)をしに行(い)こうとする武志(たけし)の腕(うで)をつかんで、「その前(まえ)に、ケーキ買(か)ってきて」
「くるみ…」武志(たけし)はくるみの肩(かた)をつかんで、「ばか! 心配(しんぱい)させるなよ」
 くるみは武志(たけし)の真剣(しんけん)な顔(かお)に驚(おどろ)いた。でも素直(すなお)に謝(あやま)れなくて、つい憎(にく)まれ口(ぐち)をたたいて、
「そんな顔(かお)しないでよ。どうせ、すぐ死(し)ぬんだから」
「そんなこと言(い)うなよ。先生(せんせい)だって、手術(しゅじゅつ)をすれば助(たす)かる可能性(かのうせい)だって…」
「ほんの少(すこ)しだけね。今(いま)まで生(い)きてこれたのは奇跡(きせき)なの。奇跡(きせき)なんて、そう続(つづ)かないわ」
「くるみ、あきらめるなよ」
「もう、いい。私(わたし)のことなんか、ほっといてよ」くるみはそう言(い)うと、自分(じぶん)の部屋(へや)に駆(か)け込(こ)んだ。武志(たけし)はやるせない思(おも)いを押(お)し殺(ころ)して、「今(いま)、ケーキ作(つく)ってやるから、待(ま)ってろよ」
<つぶやき>どうしようもない苦(くる)しみと悲(かな)しみを、どう乗(の)り越(こ)えたらいいのでしょうか。
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T:0054「妖怪樹(ようかいじゅ)」
 森(もり)に囲(かこ)まれた小(ちい)さな庵(いおり)。ここには風変(ふうが)わりな占(うらな)い師(し)が住(す)んでいた。仕事(しごと)に行(い)き詰(づ)まった男(おとこ)が、この場所(ばしょ)に引(ひ)きつけられるようにやって来(き)た。
「ほんとうに、こんなことで仕事(しごと)がうまくいくんですか?」
「これはヤルキの種(たね)です。これを身体(からだ)に付(つ)ければ勢力(せいりょく)がみなぎり、仕事(しごと)で成功(せいこう)すること間違(まちが)いなし。ただし、使用期間(しようきかん)は半年間(はんとしかん)です。半年後(はんとしご)には、必(かなら)ずはずしに来(き)て下(くだ)さい」
 占(うらな)い師(し)は男(おとこ)の腕(うで)に種(たね)を押(お)しつけた。すると、種(たね)はホクロのように腕(うで)に張(は)り付(つ)き取(と)れなくなった。男(おとこ)はこの日(ひ)を境(さかい)に、精力的(せいりょくてき)に仕事(しごと)をこなすようになった。成果(せいか)はみるみる上(あ)がり、平社員(ひらしゃいん)から部長(ぶちょう)へと異例(いれい)の昇進(しょうしん)をとげてしまった。
 半年(はんとし)たったある日(ひ)、男(おとこ)のもとに一通(いっつう)のはがきが舞(ま)い込(こ)んだ。それはあの占(うらな)い師(し)からの警告(けいこく)の手紙(てがみ)で、種(たね)をはずしに来(く)るようにと書(か)かれていた。男(おとこ)は気(き)にもとめずに、ゴミ箱(ばこ)に投(な)げ捨(す)てた。男(おとこ)は金(かね)も地位(ちい)も手(て)に入(い)れて、有頂天(うちょうてん)になっていたのだ。
 数日後(すうじつご)、男(おとこ)は身体(からだ)に異変(いへん)を感(かん)じた。頭(あたま)の上(うえ)に小(ちい)さなこぶが突(つ)き出(で)て、それが日(ひ)に日(ひ)に大(おお)きくなっているようなのだ。男(おとこ)は慌(あわ)てて、あの占(うらな)い師(し)の庵(いおり)を訪(おとず)れた。
「警告(けいこく)したはずですよ」占(うらな)い師(し)はそう言(い)うと、「まあ、多少不便(たしょうふべん)なことはあるかもしれませんが、寿命(じゅみょう)も数百年(すうひゃくねん)は延(の)びましたし、この森(もり)にはお仲間(なかま)も大勢(おおぜい)いますから安心(あんしん)して下(くだ)さい」
 男(おとこ)は頭(あたま)がむずがゆくなってきたので手(て)をやると、そこには小(ちい)さな芽(め)が出始(ではじ)めていた。
<つぶやき>あまり欲張(よくば)りすぎるのはやめましょう。ほどほどが、ちょうどいいかも…。
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T:0055「後(うし)ろ姿(すがた)に恋(こい)した男(おとこ)」
 小間物屋(こまものや)の若旦那(わかだんな)が寝込(ねこ)んでしまった。医者(いしゃ)を呼(よ)んで診(み)てもらっても、どこも悪(わる)いところはないと言(い)われるばかり。――そこで若旦那(わかだんな)によくよく話(はなし)を聞(き)いてみると、恋(こい)わずらいだと判明(はんめい)した。神社(じんじゃ)の祭礼(さいれい)で見(み)かけた娘(むすめ)のことが忘(わす)れられず、苦(くる)しくて食事(しょくじ)も喉(のど)を通(とお)らない始末(しまつ)。そこで、八方(はっぽう)手(て)を尽(つ)くしてその娘(むすめ)を捜(さが)そうとしたのだが、顔(かお)が分(わ)からない。若旦那(わかだんな)は後(うし)ろ姿(すがた)しか見(み)ていなかったのだ。考(かんが)えあぐねた主人(しゅじん)は、町内(ちょうない)の火消(ひけ)しの棟梁(とうりよう)に相談(そうだん)した。
 棟梁(とうりょう)は、それならばと、町内(ちょうない)の娘(むすめ)を集(あつ)めて、後(うし)ろ姿(すがた)のお見合(みあ)いをさせることになった。それを聞(き)きつけた町内(ちょうない)の娘(むすめ)たちは、我(われ)も我(われ)もと集(あつ)まってきて、お店(たな)の中(なか)はてんてこ舞(ま)いになってしまった。でも、あらかた見合(みあ)いが終(お)わっても、目当(めあ)ての娘(むすめ)は見(み)つからなかった。
 そこへ小間使(こまづか)いの娘(むすめ)がお茶(ちゃ)を持(も)って入(はい)って来(き)た。若旦那(わかだんな)はその娘(むすめ)の後(うし)ろ姿(すがた)を見(み)たとたん、
「あーっ、これだ!」
 その声(こえ)に驚(おどろ)いたのは小間使(こまづか)いの娘(むすめ)。奉公(ほうこう)にあがったばかりだったので、何(なに)かそそうをしたのかと小(ちい)さくなってしまった。主人(しゅじん)は娘(むすめ)を呼(よ)び寄(よ)せて、
「おさと、お前(まえ)、神社(じんじゃ)の祭礼(さいれい)に行(い)ったのかい?」
「はい、お嬢(じょう)さんのお供(とも)で…。すいません、あたし、お嬢(じょう)さんのお着物(きもの)を着(き)て…」
「いいんだよ。おさと、これから毎朝(まいあさ)、後(うし)ろ姿(すがた)をこいつに見(み)せてやってくれないか」
<つぶやき>この若旦那(わかだんな)は、うぶなんです。でも、こんなこと言(い)われても困(こま)りますよね。
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T:0056「逃亡者(とうぼうしゃ)」
 耕助(こうすけ)は夜中(よなか)の二時(にじ)に玄関(げんかん)のチャイムの音(おと)で目(め)を覚(さ)ました。「誰(だれ)だよ、こんな時間(じかん)に…」
「俺(おれ)だよ、一平(いっぺい)」外(そと)から声(こえ)がして、「開(あ)けてくれよ」一平(いっぺい)とは大学(だいがく)からの親友(しんゆう)だった。
 耕助(こうすけ)が扉(とびら)を開(あ)けると、「頼(たの)む。かくまってくれ」一平(いっぺい)は急(いそ)いで扉(とびら)を閉(し)めて鍵(かぎ)をかけた。
「どうしたんだよ。何(なに)かあったのか?」
「それが…、ばれたんだ。あいつに見(み)つかっちゃて…」
「えっ? 何(なん)の話(はな)しだよ」
「愛子(あいこ)だよ。愛子(あいこ)にへそくりが見(み)つかって、それで逃(に)げてきたんだ」
「おい、マジかよ。何(なん)でそんなバカなことしたんだよ」
「俺(おれ)だって、遊(あそ)ぶ金(かね)くらい…。それに、買(か)いたい物(もの)もあったんだ」
「それ、まずいよ。悪(わる)いが、出(で)てってくれないか」
「おい、親友(しんゆう)を見捨(みす)てるのか? 頼(たの)むよ、お前(まえ)のとこしか…」
「だからだよ。愛子(あいこ)さん、絶対(ぜったい)ここに来(く)るから。俺(おれ)まで、巻(ま)き込(こ)むなよ」
 その時(とき)、電話(でんわ)が鳴(な)り出(だ)した。二人(ふたり)は背筋(せすじ)に冷(つめ)たいものが走(はし)り、ぶるっと震(ふる)えた。
「きっと、愛子(あいこ)だ。いないって言(い)ってくれ。俺(おれ)は、来(き)てないって…」
「そんなこと言(い)って、後(あと)でばれたら…」
 今度(こんど)は、玄関(げんかん)のチャイムが何度(なんど)も押(お)されて、扉(とびら)がドンドンと叩(たた)かれた。そして、
「こんばんは。遅(おそ)くにすいません。うちの人(ひと)、来(き)てませんか?」
<つぶやき>隠(かく)しごと、してませんか? もしかすると、もうばれてるかもしれませんよ。
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T:0057「山(やま)の神様(かみさま)」
 私(わたし)は三年(さんねん)ぶりに娘(むすめ)を連(つ)れて実家(じっか)へ帰郷(ききょう)した。――私(わたし)の故郷(ふるさと)は山(やま)の中(なか)にある小(ちい)さな村(むら)で、今(いま)でも昔(むかし)ながらの生活(せいかつ)が残(のこ)っていた。私(わたし)はまだ幼(おさな)い娘(むすめ)に、この自然(しぜん)の中(なか)での生活(せいかつ)を味(あじ)あわせてあげたかったのだ。私(わたし)の子供(こども)の頃(ころ)のように…。
「ねえ、大(おお)きな木(き)の下(した)に、変(へん)な子(こ)がいたよ」娘(むすめ)は畑(はたけ)から帰(かえ)ってくると、私(わたし)に報告(ほうこく)した。
「山(やま)の神様(かみさま)が挨拶(あいさつ)に来(き)たんだね」八十路(やそじ)を越(こ)えた祖母(そぼ)が、笑(わら)いながら娘(むすめ)の頭(あたま)をなでた。
 山(やま)の神様(かみさま)。そういえば、私(わたし)も子供(こども)の頃(ころ)に…。近所(きんじょ)の子(こ)たちと遊(あそ)んでいると、知(し)らない子(こ)がいて…。それに気(き)がつくと、いつの間(ま)にか消(き)えてしまう。そんなことが何度(なんど)かあったような…。そんな、子供(こども)の頃(ころ)の不思議(ふしぎ)な思(おも)い出(で)が残(のこ)っていた。
「明日(あした)もね、また、行(い)ってもいい?」娘(むすめ)は嬉(うれ)しそうに、「遊(あそ)ぼって、約束(やくそく)したの」
「そう。じゃあ、ママと一緒(いっしょ)に行(い)こうか」
「うん。一緒(いっしょ)に行(い)こうね」娘(むすめ)はそう言(い)うと、家(いえ)の中(なか)に駆(か)け込(こ)んでいった。
「昔(むかし)は、子供(こども)も大勢(おおぜい)いて賑(にぎ)やかだったけど…」祖母(そぼ)は農具(のうぐ)を洗(あら)いながら、「神様(かみさま)も遊(あそ)び相手(あいて)がいないから、淋(さび)しいんだろうね」とぽつりとつぶやいた。
 たしかに、この村(むら)も過疎化(かそか)で人(ひと)が減(へ)っていた。ふっと、私(わたし)の中(なか)に淋(さび)しさがこみ上(あ)げてきた。よし、明日(あした)は娘(むすめ)と一緒(いっしょ)に、山(やま)の神様(かみさま)と思(おも)う存分(ぞんぶん)遊(あそ)んであげよう。私(わたし)はそう決(き)めた。でも、私(わたし)に姿(すがた)を見(み)せてくれるかな。子供(こども)の頃(ころ)のように――。
<つぶやき>子供(こども)の頃(ころ)の純真(じゅんしん)な心(こころ)を思(おも)い出(だ)してみましょう。世界(せかい)が変(か)わるかもしれません。
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T:0058「新生日本誕生」
 涼子(りょうこ)は若(わか)くして新人賞(しんじんしょう)を受賞(じゅしょう)した女流作家(じょりゅうさっか)――。ここ一ヵ月間、部屋にこもって仕事(しごと)をしていた。何とかきつい締切(しめきり)をこなした彼女は、気分転換(きぶんてんかん)もかねて買い物に出かけた。
 近くのコンビニに入った涼子は、違和感(いわかん)を感じた。店員(てんいん)や客の話している言葉(ことば)が理解(りかい)できないのだ。まるで、外国(がいこく)に突然(とつぜん)迷(まよ)い込んでしまったような…。涼子はパンやスナックなどをカゴに入れレジまで持って行った。レジに表示(ひょうじ)された金額を見て、涼子はお金を店員に差し出した。すると店員は大声をあげて、非常(ひじょう)ベルを鳴(な)らした。突然のことに驚(おどろ)いた涼子はおろおろするばかり。すぐに警官(けいかん)がやって来て、涼子は警察署(けいさつしょ)に連行(れんこう)された。
 ――取調室(とりしらべしつ)で刑事(けいじ)の訊問(じんもん)が始まった。「この金はどうした!」
 刑事は涼子の財布(さいふ)らかお金を出して、「円(えん)を使ったら罪(つみ)になることぐらい知ってるだろ。円をどこで手に入れたんだ!」
 涼子には、刑事がしゃべっている言葉が理解(りかい)できなかった。
「私が、何をしたっていうの? 私は、お金を払おうと…」
 刑事たちは涼子の言葉を聞き顔(かお)を見合わせた。そして、何かひそひそと相談(そうだん)を始めた。
「あんた」年長(ねんちょう)の刑事が日本語(にほんご)で話し始めた。「知らないのか? 日本が変わったのを…」
「変わったって…。どういうこと?」
「新しい政府(せいふ)が誕生(たんじょう)したんだ。それで、日本語の使用(しよう)を禁止(きんし)して、円も廃止(はいし)されたんだ」
<つぶやき>一ヵ月も閉じこもっていたので、浦島太郎(うらしまたろう)状態(じょうたい)になってしまったんですね。
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T:0059「時空倶楽部」
 紗英(さえ)は大学の求人情報(きゅうじんじょうほう)の掲示板(けいじばん)を見ていて、<時空倶楽部(じくうくらぶ)>という会社名の求人に目がとまった。詳細(しょうさい)を見てみると、歴史(れきし)の資料(しりょう)を整理(せいり)する仕事(しごと)と書いてあった。
 歴史好きの紗英は<時空倶楽部>から送られてきた地図(ちず)を見ながら、とあるビルの前までやって来た。そのビルは薄汚(うすよご)れていて、時代(じだい)を感じさせる建物(たてもの)だった。
「8Xって、八階ってことなのかな」紗英はエレベーターを待ちながらつぶやいた。
 エレベーターに乗ると、八階のボタンの横に<8X>のボタンがあった。紗英は、「何でこんなボタンが…」と思いつつも、そのボタンを押(お)してみた。
 エレベーターが開くと、目の前に<時空倶楽部>のプレートがついた扉(とびら)があった。扉を叩(たた)いて中に入ってみると、受付(うけつけ)の女性が待っていて、
「山本(やまもと)紗英さんですね。お待ちしておりました。早速(さっそく)ですが、お仕事をお願いします」
「あの、私は面接(めんせつ)に来ただけで、まだ…」
「あなたは採用(さいよう)されました。あなたの仕事は、時空(じくう)を飛(と)び越(こ)えて歴史を壊(こわ)そうとする悪人(あくにん)から、この世界を守ることです。必要(ひつよう)なアイテムはこのポーチの中に入っています」
「ちょっと待って下さい。それは、どういうことですか?」
「たった今、歴史上の重要(じゅうよう)な人物(じんぶつ)が暗殺(あんさつ)されました。あなたは時間をさかのぼって、暗殺を阻止(そし)して下さい。詳細はこのカプセルに入っています。さあ、呑(の)み込んで」
<つぶやき>こんな命がけの仕事は考え物ですね。でも、やり甲斐(がい)はあるかもしれません。
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T:0060「マイホーム」
 山田(やまだ)さんは念願(ねんがん)の一戸建(いっこだ)てを購入(こうにゅう)した。とても便利(べんり)な場所なのに、信じられないくらい安かったのだ。家族(かぞく)は欠陥住宅(けっかんじゅうたく)じゃないのかと心配(しんぱい)したが、物件(ぶっけん)を見てみると、少し古いがとてもしっかりした造(つく)りになっていた。
 引っ越しの後片付(あとかたづ)けもすんで、家族が寝静(ねしず)まった深夜(しんや)のこと。二階に寝ていた山田さん夫婦(ふうふ)は、ガサガサという物音(ものおと)で目が覚(さ)めた。その音は階下(かいか)から聞こえてきていた。階段(かいだん)のところまで来てみると、娘(むすめ)が下を覗(のぞ)き込んでいた。
「ねえ、パパ」娘はひそひそと、「下の電気(でんき)、ついてるみたい。泥棒(どろぼう)かな?」
 山田さんを先頭(せんとう)に、みんなで下へ降(お)りてみた。すると、台所(だいどころ)の明かりがついていて、流しに洗(あら)い残(のこ)してあった食器(しょっき)が奇麗(きれい)に片付いていた。リビングに行ってみると、掃除機(そうじき)がさっきまで使われていたかのように、コンセントにコードが差(さ)し込まれたままになっていた。
「誰(だれ)が出したの? 片付けておいたのに」奥(おく)さんが不思議(ふしぎ)そうにつぶやいた。
 一通(ひととお)り家の中を見てみたが、盗(と)られたものもなく、誰かが侵入(しんにゅう)した形跡(けいせき)もなかった。一安心(ひとあんしん)した三人は、リビングに集まった。すると、突然(とつぜん)電気が消えて真(ま)っ暗(くら)になり、娘が悲鳴(ひめい)をあげた。「なにか足にさわった」娘はそう言って母親に抱(だ)きついた。明かりか戻(もど)ると、三人は目を疑(うたが)った。テーブルが奇麗(きれい)に飾(かざ)られて、メッセージがおかれていたのだ。
<ようこそ。大歓迎(だいかんげい)です。これから仲良(なかよ)く暮(く)らしましょうね>
<つぶやき>謎(なぞ)の同居人(どうきょにん)、それともこの家の精霊(せいれい)なのかな。こんな物件はいかがですか?
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T:0061「選ばない女」
 僕(ぼく)の彼女は容姿端麗(ようしたんれい)で、申(もう)し分(ぶん)のない女性だった。ただ、ひとつだけ欠点(けってん)をあげると…。
「どれにしよう。迷(まよ)っちゃうわ。ねえ、どれが良いと思う」
「何でもいいじゃない。早く、頼(たの)もうよ」
「ねえ、あなたはどれにしたの?」「僕は、やっぱりこれかな」
「ええ、それなの。でも、それって美味(おい)しいのかな」
「前に食べたことあるけど、美味しかったよ」
「そうなんだ。私…、どうしようかな。ねえ、あなたが決めてよ」
「ええ…、そうだな。これがいいんじゃないかな。ヘルシーそうだし」
「そお? でも私は、どっちかって言うと、こっちかな」
「じゃあ、そっちにすればいいじゃない。注文(ちゅうもん)しようよ」
「ちょっと待ってよ。もう少し考(かんが)えさせて」
「そんなに考え込まなくても…。先に頼んじゃうよ」
「分かったわよ。じゃあ、あなたが決めた、ヘルシーそうなのでいいわ」
 今日も楽しく食事(しょくじ)をしてたはずなのに、店を出たところで彼女はぽつりとつぶやいた。
「他のにすればよかった。あんまり美味しくなかったわ。あなたが選(えら)んだのよ。次は絶対(ぜったい)に、美味しいお店に連(つ)れてってよね」
 彼女の好(この)みが今ひとつ把握(はあく)できなくて…。僕はどうすればいいのでしょうか?
<つぶやき>私にそんなこと言われても…。彼女に決めさせるのが一番だと思いますけど。
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T:0062「若返りクリーム」
「また新しい化粧品(けしょうひん)買ったのか?」夫(おっと)は鏡(かがみ)の前でお肌(はだ)の手入(てい)れをしている妻(つま)に言った。
「商店街(しょうてんがい)にね、小さな化粧品のお店が開店(かいてん)したの。安かったのよ」
「いくら安いからって、こんなに買わなくても…」
「だって、まとめて買った方がお得(とく)だったのよ」
 深夜(しんや)、妻の叫(さけ)び声で夫は目を覚(さ)ました。妻はおびえた顔で、
「義父(おとう)さん! いつ来たんですか? ここは、私たちの寝室(しんしつ)ですよ」
「なに言ってるんだよ。俺(おれ)だよ」夫は妻を見て驚(おどろ)いた。若(わか)い頃(ころ)の妻がそこにいたのだ。
「出てって下さい!」妻は夫を寝室から追(お)い出してしまった。夫は扉(とびら)を叩(たた)きながら、
「おい。いくら親父(おやじ)に似(に)てきたからって、なに考えてんだよ」
 何を言っても、妻は開(あ)けようとはしなかった。あきらめた夫は、ふと、妻が使っていたクリームの瓶(びん)に目をとめた。そこには、<これを塗(ぬ)るとあなたも若返(わかがえ)る>と書いてあった。
「まさか…」夫はさっきの妻の顔を思い出して、「これで若返ったのか?」
 夫はクリームを顔に塗ってみたが、なんの変化(へんか)もなかった。「くそっ。もっと塗ってやれ」
 夫はメタボなお腹(なか)と薄(うす)くなってきた頭(あたま)にも塗りたくり、すべての瓶を空(から)にしてしまった。
 朝になって、妻はそっと寝室から出てきた。床には夫のパジャマが脱(ぬ)ぎ捨(す)てられていて、その中で赤ちゃんがすやすやと寝息(ねいき)をたてていた。
<つぶやき>使用上の注意はよく読んで、ちゃんと正しく使いましょうね。さもないと…。
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T:0063「早とちり」
 みそらはサークルの先輩(せんぱい)の佐々木(ささき)君が好きだった。彼女の片思(かたおも)いなのだが――。今夜はそのサークル仲間(なかま)が忘年会(ぼうねんかい)ということで居酒屋(いざかや)に集まり、いつものように大騒(おおさわ)ぎになっていた。でも、みそらは佐々木君がまだ来ていないので、少ししょげて一人で飲んでいた。
 みそらはいつの間に眠(ねむ)ってしまったのか、気がついたときには誰(だれ)もいなくなっていた。
「あれ、どうして…」みそらがきょろきょろしていると、佐々木君がやって来てみそらの前に座(すわ)り、「みそらちゃん、僕(ぼく)は君のことが…」佐々木君の熱(あつ)い眼差(まなざ)し…。みそらは直感(ちょっかん)で、告白(こくはく)されると感じた。そして、彼の顔が近づいてきて――。
「ちょっと。しっかりしなさいよ」声をかけたのは、みそらの親友(しんゆう)の沙織(さおり)だった。
「あれ、みんな帰ったんじゃ…」みそらは夢(ゆめ)だと気づき、恥(は)ずかしくなって顔を赤らめた。
「ウソ。もしかして、酔(よ)っぱらってるの」沙織はみそらの顔を覗(のぞ)き込み、「信じられない」
 そこへサークル仲間が駆(か)け込んできて、「おい、佐々木が事故(じこ)にあったって…」
 忘年会はすぐにお開きになり、みんなで病院に駆けつけた。みそらは、いても立ってもいられなかった。病院に入ってみると、佐々木君は待合室(まちあいしつ)に座っていた。
「佐々木先輩!」まっ先に駆け寄ったのはみそらだった。腕(うで)に包帯(ほうたい)を巻いた佐々木君は驚(おどろ)いた顔をして、「みんな、どうしたんだ。忘年会、終わったのか?」
 佐々木君は自転車(じてんしゃ)とぶつかっただけだった。みそらは引っ込みがつかなくなっていた。
<つぶやき>誰かさんの早とちりでこんなことに…。でもね、これで距離(きょり)が縮(ちぢ)まるかもよ。
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T:0064「祖父の財宝」
 探偵(たんてい)は知人(ちじん)の紹介(しょうかい)で依頼(いらい)を受け、とある豪邸(ごうてい)を訪(おとず)れた。
「探してもらいたいのは祖父(そふ)が残した財宝(ざいほう)です」依頼人は一枚の絵(え)を見せ、「この絵の下に別の絵がありました。それが、どうも地図(ちず)のようなのです」
「しかし、どうしてそれが財宝の地図だと…」
「これは祖父が描(か)いた絵です。祖父は生前(せいぜん)、命(いのち)よりも大切(たいせつ)な宝(たから)があると言っていました」
 X線で撮影(さつえい)された絵を見ると、三角の記号(きごう)や線が描(えが)かれていて、地図のようにも見えた。
「この三つ並(なら)んだ三角は山ですかね。それでこの線は川か道。それでこの記号は…」
 探偵は考え込んでしまった。場所(ばしょ)が特定(とくてい)できるような文字(もじ)が書かれていないのだ。本当にこれが宝の地図なのか、それすら判断(はんだん)できなかった。探偵は窓(まど)の外(そと)に目をやった。そこには立派(りっぱ)な日本庭園(ていえん)が造(つく)られていた。大きな岩(いわ)が三つ並んでいて、砂利(じゃり)が敷(し)かれ――。
「これだ!」探偵はそう叫(さけ)ぶと、庭(にわ)と絵を見比(みくら)べた。三つの三角と三つの岩。そして…。
「あれはなんですか?」探偵は庭園の一角(いっかく)を指(ゆび)さした。
「空井戸(からいど)です。祖父が掘(ほ)らせたんですが、結局(けっきょく)、水は出なかったと聞いていますが…」
 探偵は井戸の上にのせてある岩の蓋(ふた)をどけさせた。中を覗(のぞ)くと掘られた跡(あと)はなく、頑丈(がんじょう)な箱(はこ)が入れられていた。箱を開けてみると、子供が描(か)いた絵が納(おさ)められていた。
「これは…」依頼人はその絵を見て、「私が、小学生の時に描いた絵です!」
<つぶやき>どんなものにもかえられないもの。それが、その人にとってのお宝なんです。
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T:0065「大掃除」
 年末(ねんまつ)の休日。私は部屋の大掃除(おおそうじ)にとりかかった。ずぼらな私にとっては、一大決心(いちだいけっしん)だった。今年は仕事(しごと)もうまくいかず、付き合っていた彼にはふられて…。さんざんな年だったから、来年こそはと気分(きぶん)を新(あら)たにしたかったのだ。
 押(お)し入れに入っているものを全部引っぱり出しみて驚(おどろ)いた。こんなにいろんなものが詰(つ)め込んであったんだ。もう忘(わす)れてしまった思い出もびっくり箱のように飛び出してきた。
 ほこりをかぶったせんべいの箱。そこには子供の頃(ころ)のへたな字で、<だいじなもの>と書かれていた。蓋(ふた)を開けてみると、懐(なつ)かしいものがいっぱい入っていた。ひとつずつ手にとって…。あの頃の楽しかった思い出や、いろんなことが泉(いずみ)のようにわいてきた。
 きらきら輝(かがや)くスーパーボール。ここに入ってたんだ。これをくれた男の子。名前…、なんだったかな…。同級生(どうきゅうせい)の子だったけど、あんまり遊(あそ)んだ記憶(きおく)がない。でも、これをもらったときのことは憶(おぼ)えている。<これを持ってると、良いことがあるんだぞ>そう言って、突然(とつぜん)渡されて…。あっ、たしかその子、転校(てんこう)したんだ。今、どうしてるのかな?
 私はスーパーボールを陽(ひ)にかざしてみた。ちょっと汚(よご)れてしまっているけど、今でもきらきら輝いている。私は、なんだか嬉(うれ)しくなった。これを持ってると、きっと良いことがありそうな、そんな気がした。私って、ほんと単純(たんじゅん)なんだから…。
<つぶやき>大掃除は大発見のチャンス。でも、早くやっつけないと年を越しちゃうよ。
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T:0066「パワースーツ」
 とある研究所(けんきゅうじょ)。ここで世(よ)にも恐(おそ)ろしい実験(じっけん)が行われようとしていた。
「立花(たちばな)君。とうとう完成(かんせい)したぞ」等々力(とどろき)博士は助手(じょしゅ)にスーツを手渡(てわた)した。
「先生…」助手は尻込(しりご)みしながら、「これは、まさか…」
「わしが開発(かいはつ)したパワースーツだ。これを着ると超能力(ちょうのうりょく)が使えるようになるんだ」
 博士が手渡したのは、どう見ても普通(ふつう)の背広(せびろ)にしか見えなかった。
「いいから、着たまえ。これからテストを始めるぞ」
「先生、僕が実験台(じっけんだい)になるんですか?」
「当たり前じゃないか。君は私の片腕(かたうで)なんだぞ」
「でも…。電気(でんき)がビリビリっとか、気分(きぶん)が悪くなったりとか、そんなことに…」
「立花君、何を言ってるんだね。そのための実験じゃないか。安全性(あんぜんせい)を確認(かくにん)するんだ」
「そうなんですけど…。この前のときだって、もう少しで命(いのち)を落とすところ――」
「君は大げさだな。ちょっとした配線(はいせん)のミスじゃないか。たいしたことじゃない」
 助手は気が進(すす)まなかったが、仕方(しかた)なく背広を着ることにした。博士(はかせ)はリモコンのスイッチを入れて、「どうだね? 何か、こう、変化(へんか)は感じられないか?」
 突然(とつぜん)、洋服掛(ようふくか)けに掛けてあったパワースーツが火花(ひばな)を散(ち)らして燃(も)えあがった。それを見た博士は驚いた様子もまったくなく、一人でうなずくと呟(つぶや)いた。
「なるほど…。これはちょっとした配線のミスだ。立花君、次は完璧(かんぺき)なものにするぞ」
<つぶやき>実験は、成功しそうにありませんよね。立花君には、転職(てんしょく)を勧(すす)めたいです。
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T:0067「デザインする女たち」
 居酒屋(いざかや)で職場(しょくば)の同僚(どうりょう)たちが、飲みながら日頃(ひごろ)のうさを晴(は)らしていた。
「鈴木(すずき)は最近(さいきん)、小洒落(こじゃれ)てきたよなぁ。そんな格好(かっこう)しなかったのに」
「そうだそうだ。それも、みんなあの奇麗(きれい)な奥(おく)さんが選(えら)んだのか?」
「まあ、そうですけど」鈴木は照(て)れながら、「えっ、そんなに似合(にあ)ってますかね?」
「なわけねえだろぉ」「似合ってねえよ」「そうだそうだ」
 同僚たちはいっせいにケチを付けたが、内心(ないしん)では羨(うらや)ましいと思っていたに違(ちが)いない。なにしろ、美人(びじん)でよく気がついて、それに優(やさ)しいときていてはケチの付けようがない。
「俺(おれ)なんか、小遣(こづか)い減(へ)らされてさ。昼飯(ひるめし)を選ぶにも、大変(たいへん)なんだよ」
「鈴木はいいよな。いつも、愛妻弁当(あいさいべんとう)で」
「でもな、それも今のうちだけだぞ。一年もしてみろ、弁当のおかずはゆうべの残り物になって…。そんでもって、いずれは俺みたいに、手抜(てぬ)きの…」
「いや、うちのやつはそんなことは…」
「甘(あま)いぞ、鈴木! いずれはな、飼(か)い慣(な)らされていく運命(うんめい)なんだよ。俺たちは」
「そうだぞ。その第一歩が、服(ふく)なんだ。そんで、妻(つま)の好(この)みにデザインされていくんだ」
 飲み会は深夜(しんや)まで続くはずもなく、終わりを告(つ)げた。短い時間でも、家族のために戦っている男たちにとって、これはささやかな楽しみなのだ。奪(うば)わないで欲(ほ)しいと叫(さけ)びたい。
<つぶやき>お父さんは、家族のために大変なんです。優しい言葉をかけてあげましょう。
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T:0068「我が道を行け」
「ねえ、早苗(さなえ)は進路(しんろ)決めたの?」
「進路か~ぁ。何かね、ぴんとこないんだよねぇ」
「なに言ってるの。来年は三年だよ」
「綾(あや)は決めたの?」
「私は大学行って、考古学(こうこがく)を勉強(べんきょう)するんだ。将来(しょうらい)は、すっごいお宝(たから)を掘(ほ)り当てるわよ」
「なんか、綾らしいよね。私なんか、やりたいことなんて…」
「早苗は女優(じょゆう)になるんでしょ。演劇(えんげき)、がんばってるじゃない」
「そんなの、無理(むり)だよ。私には、才能(さいのう)なんてないんだから…」
「最初(さいしょ)からあきらめてどうするのよ。やってみなきゃ分かんないじゃない」
「分かるわよ。私なんて美人(びじん)でもないし、勉強だって苦手(にがて)だし…」
「そんなこと言ってたら何も出来ないわよ。私だって、先のことなんか分かんないけど…。後悔(こうかい)だけはしたくないの。だから、今やれることをやるだけよ」
「綾は、そういうところはしっかりしてるよね。羨(うらや)ましいわ」
「そういうところは、って何よ。まあ、いいわ。ゆっくり考えればいいんじゃない。ほんと、早苗はマイペースなんだから…。でも、そういうところ、私は嫌(きら)いじゃないよ」
「なんか、全然(ぜんぜん)ほめてないよね。もう、意地悪(いじわる)なんだから」
<つぶやき>先のことなんか誰にも分かんないよね。でも、可能性(かのうせい)は無限(むげん)にあるんじゃ…。
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T:0069「夢の約束」
 綾乃(あやの)は変な夢(ゆめ)をみて目が覚(さ)めた。見知(みし)らぬ男性とキスをする夢。キスと言っても事故(じこ)のようなもので、男性とぶつかって倒(たお)れた拍子(ひょうし)に唇(くちびる)が触(ふ)れただけのこと。でも、その時のどきどき感が目が覚めても残っていた。綾乃はたまに予知夢(よちむ)をみることがあったので、その日は落ち着かない一日になってしまった。人とぶつからないように細心(さいしん)の注意(ちゅうい)を払(はら)い、職場(しょくば)から真っ直(す)ぐに家に帰った。家に着いたときには、ほとほと疲(つか)れ果(は)ててしまった。
 次の朝、綾乃はまた夢をみて目が覚めた。昨日と同じ男性が出てきて、なぜかとても仲良(なかよ)くなっていた。どこかの喫茶店(きっさてん)でお茶(ちゃ)をしながら、次のデートの約束(やくそく)をしていたのだ。綾乃はこれは夢なんだと、何度も自分に言いきかせた。
 ――今日も何ごともなく過ぎていった。人とぶつかることもなかったし、「きっと、あれはただの夢だったのよ」と、ほっと胸(むね)をなで下ろした。
 職場からの帰り道。駅(えき)に着いたとき、ふっと夢でした約束のことを思い出した。
 <駅の壁画前(へきがまえ)。午後六時>。綾乃は足を止めた。駅の壁画前に立っていたのだ。駅にある大時計(おおどけい)を見ると、ちょうど午後六時。「まさか…」綾乃は心の中でつぶやいて、辺りを見まわしてみた。でも、夢に出てきた男性は見当たらなかった。ほっとして歩き出したとき、後ろから肩(かた)を叩(たた)かれた。綾乃が驚(おどろ)いて振(ふ)り返ると、そこにはあの男性が…。
<つぶやき>夢と現実(げんじつ)の境界(きょうかい)が曖昧(あいまい)になったとき、不思議(ふしぎ)なことが起こるかもしれません。
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T:0070「失家族」
 西暦(せいれき)三千八年。千年近く前の火山噴火(かざんふんか)で埋(う)もれてしまった町が発見(はっけん)された。何年もかけて発掘調査(はっくつちょうさ)が行われ、数々(かずかず)の遺物(いぶつ)が掘(ほ)り出された。そして、今も発掘作業(さぎょう)は続いている。
「教授(きょうじゅ)、これを見て下さい」研究員(けんきゅういん)が小さな箱(はこ)を持って駆(か)け込んできた。
「これは」教授は驚(おどろ)きの声をあげた。「よく無傷(むきず)で残(のこ)っていたな。これは奇跡(きせき)だ」
 発掘された箱は頑丈(がんじょう)な金庫(きんこ)に納(おさ)められていたので、当時(とうじ)の姿(すがた)をそのままとどめていた。
「驚かないで下さい。この中にとんでもないものが入っていたんです」
 研究員がそっと箱を開けると、中から数枚の写真(しゃしん)が出てきた。
「おお、千年前の人の姿が写(うつ)っているなんて…。これは、すばらしい発見だよ!」
「でも、教授。この人たちはどういう関係(かんけい)なんでしょう。男と女、それに子供(こども)が三人」
「うーん。これはおそらく、昔(むかし)の文献(ぶんけん)に書かれていた、家族(かぞく)という単位(たんい)じゃないのかな」
「家族? それは、どういう基準(きじゅん)で構成(こうせい)されているんでしょうか?」
「この頃(ころ)は、男と女は夫婦(ふうふ)という不安定(ふあんてい)な結(むす)びつきで暮(く)らしていたんだ。我々(われわれ)の時代(じだい)では無くなってしまった習慣(しゅうかん)だよ。おそらく、この男女から生まれたのがこの子供たちだろう」
「なるほど、今では考えられない暮らしをしていたんですね。だって、我々には親(おや)と呼(よ)ぶような人はいないし、まして子供を普通(ふつう)の人が育(そだ)てるなんて。あり得(え)ませんよ」
「でもね、私はいつも自問(じもん)するんだ。機械(きかい)で人口(じんこう)がコントロールされている我々よりも、この時代の人間の方が、エキサイティングな暮らしをしていたんじゃないかとね」
<つぶやき>核家族(かくかぞく)なんて言うけど、いつまでも家族というのは無くしたくないですね。
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T:0071「瓢箪から駒?」
「遅(おそ)かったじゃない。何やってたのよ」芳恵(よしえ)は玄関(げんかん)を見回(みまわ)している健太郎(けんたろう)にささやいた。
「お前の家、すごいなぁ。お嬢様(じょうさま)だとは聞いてたけど、こんな豪邸(ごうてい)に住んでたのかよ」
「そんなこといいから、早くあがって」
「いや。俺(おれ)は、これを返(かえ)しに来ただけだから。でも、何でネクタイ着用(ちゃくよう)なんだよ。仕事(しごと)じゃないんだから、こんな格好(かっこう)――」
「あのね、これから何があっても、私にあわせて。余計(よけい)なことはしゃべらないでよ」
 芳恵は健太郎に質問(しつもん)させる時間(じかん)を与(あた)えなかった。有無(うむ)を言わせず、健太郎を家の中に引っぱっりあげた。奥(おく)の部屋(へや)に通されると、そこには芳恵の父親がいかめしい顔で座(すわ)っていた。
「お父様。こちらが、岡部(おかべ)健太郎さんです」
 健太郎はいつもと違(ちが)う芳恵の振(ふ)る舞(まい)いに驚(おどろ)いた。ただ唖然(あぜん)とするばかり。
「こいつか」父親は健太郎の顔を睨(にら)みつけた。「こんな男のどこがいいんだ」
「お父様。健太郎さんは、とてもいい人です。私と結婚(けっこん)の約束(やくそく)をしてくれました」
 健太郎は目をみはって、芳恵の顔を見た。芳恵は目で合図(あいず)を送(おく)る。
「許(ゆる)さん。お前は、わしが決(き)めた相手(あいて)と結婚するんだ。今度(こんど)の見合(みあ)いはな、大切(たいせつ)な…」
「お父さん」突然(とつぜん)、健太郎が口を開(ひら)いた。「僕(ぼく)はまだまだ半人前(はんにんまえ)ですが、芳恵さんのことを誰(だれ)よりも愛しています。必(かなら)ず幸せにしてみせます。結婚を許して下さい!」
<つぶやき>突然のこととはいえ、この先どうなるのでしょう。本当に結婚するのかな?
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T:0072「幸せの基準」
 加代子(かよこ)は行き詰(づ)まっていた。人生(じんせい)の選択(せんたく)にことごとく失敗(しっぱい)して、生きる気力(きりょく)さえなくしていた。人づてによく当(あ)たる占(うらな)い師(し)のことを知って、彼女は訪(たず)ねてみた。
 その占い師は八十路(やそじ)を越(こ)えた老人(ろうじん)だった。温和(おんわ)な顔立(かおだ)ちの老人は、嫌(いや)な顔をするでもなく彼女を招(まね)き入れて、「私は、占い師じゃないんですよ。ただ、話をするだけです」
「そんな…」加代子は落胆(らくたん)の顔をして、「よく当たるって聞いてきたんですよ」
「こんな年寄(としよ)りですが、よろしければ、お話しをうかがいますが」老人は優(やさ)しく微笑(ほほえ)んだ。
 この老人からは不思議(ふしぎ)なオーラが出ていた。加代子は身(み)も心も軽(かる)くなるような、何か暖(あたた)かなものに包(つつ)まれているような気がして、心に溜(た)まっていたものを吐(は)き出した。
 老人は彼女の話を聞き終わると、「大変(たいへん)でしたね。よく、がんばりました。でも、あなたの選択は本当(ほんとう)に間違(まちが)っていたんでしょうか。あなたはまだお若(わか)い。そんなことを考えるのは、ずっと先でもいいんじゃないんですか。ご主人のことだってそうです。二人三脚(ににんさんきゃく)ですよ。お互(たが)いに助(たす)け合い、補(おぎな)い合って愛情(あいじょう)を育(そだ)てていくんです」
「でも、あの人は私のことなんか…。どうでもいいんです」
「あなたはどうですか? もう、愛せなくなってしまったのですか?」
「私は…。分からない。どうしたいのか分からないんです」
「今の気持(きも)ちをご主人(しゅじん)に話してみたらどうですか。何か変わるかもしれませんよ」
<つぶやき>人生は人それぞれ。失敗もありますよ。でも、人は学(まな)ぶことができるはず。
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T:0073「二人だけのサイン」
 十年ぶりの高校(こうこう)の同窓会(どうそうかい)。そんなに集(あつ)まらないと思っていたのに…。僕(ぼく)はぐるりと辺(あた)りを見まわした。そのとき人だかりの中から、
「おい、田崎(たざき)!」嬉(うれ)しそうに男が駆(か)け寄(よ)ってきて、
「久(ひさ)し振(ぶ)りだなぁ。元気(げんき)だったか!」
「兼田(かねだ)か?」それは親友(しんゆう)だった男。卒業(そつぎょう)してからは会う機会(きかい)もなくなっていた。彼とはなぜか気があって、遊(あそ)び仲間(なかま)のうちで何でも話せる気の良い奴(やつ)だった。
「おまえ知ってるか?」兼田は僕の耳もとでつぶやいた。「マドンナ、結婚(けっこん)したみたいだぞ」
 マドンナ。クラスの中で飛(と)び抜(ぬ)けて可愛(かわい)い娘(こ)で、僕たちは密(ひそ)かにそう呼(よ)んでいた。
「あの頃(ころ)、おまえ好きだったもんな」兼田はニヤニヤして、「結局(けっきょく)、告白(こくはく)できなくて…」
「よせよ、もう昔(むかし)の話しだろ」僕は心がざわついた。
 実(じつ)は、マドンナと短い間だったけど付き合っていた。別に告白をしたわけではないのだが。ちょっとしたきっかけで話をし始めて、二人にしか分からないサインを交(か)わしたり。会うときも誰にも知られないように気を配(くば)り、わくわくする時間を共有(きょうゆう)していた。
 卒業の時、僕はマドンナと約束(やくそく)をした。今度(こんど)会ったとき、お互(たが)いにまだ好きでいたら、サインを交わそうねって。それから僕らは別々(べつべつ)の道(みち)へ進み、二人の絆(きずな)は途切(とぎ)れたまま。
 僕は会場(かいじょう)で、いつしかマドンナを捜(さが)していた。彼女は女子たちの輪(わ)の中にいた。彼女と目があったとき、僕はドキッとした。彼女は二人だけのサインを送(おく)っていたのだ。
<つぶやき>青春(せいしゅん)の淡(あわ)い恋(こい)。懐(なつ)かしくもあり、どこか危険(きけん)な香(かお)りもはらんでいそうです。
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T:0074「大切な場所」
「何でそうなるのよ」祐実(ゆみ)は怒(おこ)っていた。「勝手(かって)に決(き)めないでよ!」
「だって、祐実には仕事(しごと)があるだろ。ついて来いなんて言えないよ」
「そうよ。やっと今の仕事、面白(おもしろ)くなってきたのよ。これから…」
「だから、別(わか)れよう。その方がいいんだ。僕ひとりで田舎(いなか)に帰るから」
「もう、そうやっていつもひとりで決めちゃって。そういうところ、直(なお)しなさいよ」
「仕方(しかた)ないだろ。家の仕事、手伝(てつだ)わないといけなくなったんだから」
「だったら、何でついて来いって言わないのよ」
「そんなこと言ったって…。来てくれるのかよ」
「何で私が、田舎になんか…。私、虫(むし)とか大嫌(だいきら)いなんだから、行くわけないでしょ」
「もういいよ。別れた方がいいんだ」
「何で…、そんなに簡単(かんたん)にあきらめるのよ。やっぱり私のこと好きじゃなかったんだ」
「好きだよ。好きだから…。祐実には幸(しあわ)せになってほしいんだ!」
「じゃあ、ちゃんと言いなさいよ。私…、あなたと一緒(いっしょ)じゃないと幸せじゃないの。あなたのそばが、いちばん居心地(いごこち)がいいの。何があっても離(はな)れないから…」
「祐実…! 僕と…、僕について来い!」
「いいわよ。そのかわり、虫とか出たときは、すぐに助けに来てよ。約束(やくそく)だからね」
<つぶやき>何よりも大切(たいせつ)なもの。あなたにはありますか? 私は、御馳走(ごちそう)があれば…。
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T:0075「もうひとりの自分1」
 さおりは初めて行った町で、古風(こふう)なアンティークの店を見つけた。何かに引きよせられるように店内(てんない)に入ってみると、きれいに装飾(そうしょく)された小さな手鏡(てかがみ)が目に止まった。
「わぁ、すてき…」さおりは思わずつぶやいた。
 それを見ていた店主(てんしゅ)の老婦人(ろうふじん)は優(やさ)しく微笑(ほほえ)み、「どうぞ。手にとってよく見て」
 さおりは手鏡を手に取ると、恐(おそ)る恐る値段(ねだん)を聞いてみた。年代物(ねんだいもの)の鏡のようで、高貴(こうき)な人が使っていたに違(ちが)いないと思ったからだ。さおりは今まで物欲(ぶつよく)というものを感じたことはなかった。でも、これだけはどうしても手に入れたいという衝動(しょうどう)を抑(おさ)えきれなかった。
「今月の給料日(きゅうりょうび)までは節約生活(せつやくせいかつ)ね」さおりは家に帰るとつぶやいた。でも、後悔(こうかい)はなかった。大切(たいせつ)に持って帰ってきた手鏡を箱(はこ)から出し、自分の顔を鏡に映(うつ)してみる。不思議(ふしぎ)と他の鏡よりも自分の顔がきれいに見えた。何だか嬉(うれ)しくなって笑(え)みがこぼれた。
 そのとき、突然(とつぜん)、鏡から閃光(せんこう)が走った。さおりはまぶしくて目を塞(ふさ)いだ。一瞬(いっしゅん)のことで、何がどうしたのか…。目を開けてみると、目の前に女が座(すわ)っていた。さおりは飛(と)び上がった。あまりのことに言葉(ことば)も出ない。それに、その女は双子(ふたご)のように自分とそっくりなのだ。
 その女は立ちあがり背伸(せの)びをすると、嬉しそうにつぶやいた。「やっぱり、外(そと)はいいわ」
「あなた、だれ?」さおりは何とか言葉を絞(しぼ)りだした。女はさおりの手を取ると、
「わたしは、あなたよ。あなたは、わたし」そう言って女は微笑んだ。
 さおりは混乱(こんらん)していた。何が起(お)きているのか分からず、不安(ふあん)な気持(きも)ちで一杯(いっぱい)になった。
<つぶやき>さおりはどうなちゃうの? この話の続きは…。次の機会(きかい)に。乞(こ)うご期待(きたい)?
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T:0076「もうひとりの自分2」
 さおりはあの日からずっと、もうひとりの自分に付(つ)きまとわれていた。見られているだけでも落ち着かないのに、休む間(ま)もなくしゃべりかけてくるのだ。でも、さおりはその対処法(たいしょほう)を見つけた。自分の姿(すがた)が鏡(かがみ)やガラスに映(うつ)っているとき、彼女をそこに閉(と)じ込(こ)めることができるのだ。おしゃべりも止(や)めさせることができた。
 彼女の姿は他の人には見えないようだ。だから、人前(ひとまえ)では彼女を無視(むし)することにした。だって、一人でぶつぶつしゃべっていたら、変(へん)な人に思われてしまうから。会社にいるときは要注意(ようちゅうい)。もちろん、机(つくえ)の上には鏡を置いて、邪魔(じゃま)されないようにしていた。
 ある日、もうひとりの自分がある提案(ていあん)をした。
「ねえ。あなた、営業(えいぎょう)の神谷(かみや)さんのこと好きなんでしょ」
「何よ、急に」さおりは動揺(どうよう)をかくせなかった。「そんなことないわよ」
「分かってるわよ。だって、私はあなたなんだもん」
「あなたには関係(かんけい)ないでしょ」さおりはそう言うと手鏡(てかがみ)を手に取った。
「もう帰ってよ。あなたのいた場所(ばしょ)に。私の前から消(き)えてちょうだい」
「いやよ」そう言うと、もうひとりの自分は楽(たの)しそうに微笑(ほほえ)んだ。「わたしが、神谷さんと付き合えるようにしてあげる。簡単(かんたん)なことよ。ちょっと足を踏(ふ)み出せばいいんだから」
<つぶやき>この話、まだ続くのでしょうか? さおりの運命(うんめい)は、どうなっちゃうの…。
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T:0077「もうひとりの自分3」
 神谷(かみや)という男は社内(しゃない)きってのイケメンで、女子社員だれもが少しでも近づこうとしのぎを削(けず)っていた。さおりもあこがれていたが、自分とはつり合わないと最初(さいしょ)からあきらめていた。遠くから眺(なが)めているだけで、さおりはそれで充分満足(じゅうぶんまんぞく)していたのだ。
 でも、今日はいつものさおりとは違(ちが)っていた。出社(しゅっしゃ)するなり女子社員たちを押(お)しのけて、
「ねえ、今夜八時。国際(こくさい)ホテルの摩天楼(まてんろう)に来て。待(ま)ってるから」
 神谷をはじめ、周りにいた女子社員たちはあっけにとられた。さおりがこんなことを言うなんて、誰(だれ)も想像(そうぞう)すらしていなかった。でも、いちばん驚(おどろ)いていたのはさおりだった。自分の意思(いし)とは関係(かんけい)なく、勝手(かって)に足が動き、勝手に言葉(ことば)が口からあふれ出てしまったのだ。
 さおりは顔(かお)を真っ赤にしてトイレに駆(か)け込んで叫(さけ)んだ。「なにしてるのよ!」
「彼、きっと来るわよ」もうひとりの自分が姿(すがた)を現し嬉(うれ)しそうに言った。「楽しみだわぁ」
「もう…、余計(よけい)なことしないでよ。どうするのよ。わたし…」
「心配(しんぱい)ないって。わたしが助(たす)けてあげるから。まずは、その服(ふく)ね。もっとドレスアップしなくちゃ。仕事(しごと)が終わったら速攻(そっこう)で買いに行くわよ」
 服選(えら)びは大変(たいへん)だった。鏡(かがみ)を隠(かく)さないともうひとりの自分が出てこられないから。服を選んでいるあいだ、さおりは楽しくなってきている自分に驚いた。最初(さいしょ)は嫌々(いやいや)だったのに…。
<つぶやき>もうひとりの自分に振(ふ)りまわされてるさおり。まだ、お話は続いちゃいます。
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T:0078「もうひとりの自分4」
 さおりは落ち着かない様子(ようす)で摩天楼(まてんろう)に入って行った。今までこんな華(はな)やかなドレスは着たことがなかったのだ。神谷(かみや)はもう先に来ていて、手を挙(あ)げてさおりを呼(よ)んだ。
 二人だけの食事はとても楽しいものだった。神谷は女性の扱(あつか)いがうまくて、話題(わだい)も豊富(ほうふ)で飽(あ)きさせることがなかった。きっと、何人もの女性と付き合ってきたのだろう。
 食事の後、さおりはバーでほろ酔(よ)い気分(きぶん)で神谷のおしゃべりを聞いていた。その時、
「あら、裕二(ゆうじ)さん」と妖艶(ようえん)な女性が話しかけてきた。「今日はどうしたの?」
「ああ、麗華(れいか)さん…」神谷はちょっと気まずい感じになった。
 麗華はさおりをちらっと見たが、「ねえ、向こうで一緒(いっしょ)に飲みましょ。お話ししたいこともあるし。ねえ、いいでしょう?」麗華は甘(あま)えるように神谷にしなだれかかった。
「ごめん」神谷はさおりに、「得意先(とくいさき)のお嬢(じょう)さんなんだ。今日はこれで」
 神谷はさおりの返事(へんじ)も聞かずに立ち上がり、麗華に腕(うで)を取られて行ってしまった。
「あらら…」もうひとりの自分が口をはさんだ。「残念(ざんねん)だったわね」
「何よ」さおりは周(まわ)りを気にして小声で言った。「いいわよ、どうせ…」
「もし悪女(あくじょ)になる度胸(どきょう)があるんだったら、奪(うば)い返してあげてもいいのよ」
「わたしは、そんな…」さおりは目をそらし、うつむいてしまった。
「そうね。悪女ってタイプじゃないわよね。じゃ、あきらめなさい。どうせ、そんなに好きじゃなかったんだし。別の男にしようよ。そうだ、ちょうどいいのがいるじゃない」
<つぶやき>今度は何をしようとしているのでしょうか。気が気じゃないさおりであった。
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T:0079「もうひとりの自分5」
 次の日のこと。もうひとりの自分の行動(こうどう)は素早(すばや)かった。出社(しゅっしゃ)するなり、後輩(こうはい)の男性社員にメモをはさんだ書類(しょるい)を手渡(てわた)して、「よろしくね」と言って微笑(ほほえ)んだ。もちろん、これはさおりを意(い)のままに操(あやつ)ったもうひとりの自分の仕業(しわざ)なのだが――。
「ねえ、どういうつもりよ」さおりはトイレに駆(か)け込み訴(うった)えた。「昨夜(ゆうべ)も言ったじゃない。吉田(よしだ)君はダメだって。幾(いく)つ歳(とし)が離(はな)れてると思ってるの? 五つよ、五つ!」
「それが何よ。大(たい)した問題(もんだい)じゃないわ。あの子ね、入社(にゅうしゃ)したときからあなたのこと気にしてたのよ。あなたは気づかなかったかもしれないけど」
「あのね。それは、わたしが隣(となり)の席(せき)にいて、いろいろ仕事(しごと)を教えてあげてたからで…」
「もう、いつまでぐちぐち言ってるの。さあ、行くわよ。待たせちゃ悪(わる)いでしょ」
 もうひとりの自分は操り人形(にんぎょう)のようにさおりの身体(からだ)を動かした。さおりにはどうすることもできなかった。手鏡(てかがみ)を取り出そうにも、手すら自由(じゆう)にできないのだ。
 会議室(かいぎしつ)の前でさおりは吉田と鉢合(はちあ)わせした。吉田は身(み)をこわばらせた。
「あの…」彼はしどろもどろになりながら、「今日は良い天気(てんき)ですね。ははは…」
「そうね。ふふ…」さおりもどうすればいいか分からず相槌(あいづち)を打(う)った。それを見かねたもうひとりの自分は、吉田の腕(うで)をつかむと会議室に押(お)し込んでドアを閉めた。
<つぶやき>こらこら、ちょっとやり過ぎじゃないですか? この話の結末(けつまつ)はどうなるの?
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T:0080「もうひとりの自分6」
 会議室(かいぎしつ)に飛(と)び込んだ二人は、一瞬(いっしゅん)凍(こお)りついた。ちょうど企画会議(きかくかいぎ)の真(ま)っ最中(さいちゅう)だったのだ。部屋の中にいた全員(ぜんいん)の視線(しせん)が二人に向けられた。
「あれ…」さおりはひきつった笑顔(えがお)を作り、うわずった声で誤魔化(ごまか)した。「すいません。部屋を間違(まちが)えたみたいです」さおりは吉田(よしだ)の手をつかむと、慌(あわ)てて会議室から飛び出した。
「あの、先輩(せんぱい)」吉田は息(いき)も荒(あら)く動転(どうてん)しているさおりにささやいた。「大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」
 その声でやっとさおりは我(われ)にかえった。ふと、吉田の手を握(にぎ)ったままなのに気づいて、慌てて放し頬(ほお)を赤らめた。「ごめんなさい。わたし…。忘れて、今日のことは、ね…」
 さおりはそう言うと、吉田の前から逃(に)げ出した。「何やってるんだろう、わたし…」
「あの、いいですよ」吉田は離れていくさおりの背中(せなか)に声をかけた。「今日、空(あ)いてます」
「えっ?」さおりはきょとんとした顔で振(ふ)り返った。
「僕、いい店、捜(さが)しておきます」吉田はさわやかな笑顔を見せた。
「ダメダメダメ」さおりは吉田に駆(か)け寄り、「なに言ってるの、わたしなんかと…」
「いいえ、先輩にはいつもお世話(せわ)になってますから。今日は、僕がおごります」
「そんな…。じゃあ、他の子も誘(さそ)って…」
「そんな。僕は二人だけで…。僕とじゃ、ダメですか?」
 もうひとりの自分は二人のやりとりをじっと見つめていた。そして、満足(まんぞく)げににっこり微笑(ほほえ)むと、煙(けむり)のように消えていった。
<つぶやき>もうひとりの自分って何だったんでしょうね。幸せを運ぶ天使(てんし)だったのかな?
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T:0081「好きの条件」
「ねえぇ、最低(さいてい)の男でしょ。何であんなやつ、好きになったのかなぁ」
 あすみは親友(しんゆう)の芳恵(よしえ)のマンションに押(お)しかけて、愚痴(ぐち)をこぼした。
「それって、普通(ふつう)のことだと思うけど」芳恵はまたかと思いながら、「そんなことで別れてたら、あんた絶対(ぜったい)結婚(けっこん)できないよ」
「でもぉ、あんなだらしない人だとは思わなかったの」
「あすみは几帳面(きちょうめん)すぎるのよ。うちの旦那(だんな)なんか、いつものことよ。もう少しさぁ――」
「あたしは、ほんの少しでいいから気を使って欲(ほ)しいだけなの。そんな難(むずか)しいことじゃないわ。使ったタオルは四角く掛(か)けておくとか、脱(ぬ)いだ靴(くつ)はきれいにそろえる。それと、服(ふく)とかそこら辺に脱ぎ捨(す)てない。あと、部屋の中を散(ち)らかさない、食べこぼしは…」
「はいはい、わかったから」芳恵はそう言うとハーブティーをあすみの前に置いて、「これ飲んで、少し落ち着こう」
 あすみは言われるままにハーブティーを口にする。芳恵はそれをしばらく眺(なが)めてから、
「そんなに嫌(いや)なら、別れちゃいなさい。それがいいわ。もっと他に良い人がいるかも…」
「えっ、なに言ってるのよ。あたしは別に…、そこまで…」
「経理(けいり)の山田(やまだ)君なんてどう? 面白味(おもしろみ)はないけど、几帳面よ。あすみにぴったりかも」
<つぶやき>嫌なところばかり見ていると、良いところが見えなくなってしまうかも…。
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T:0082「まだ早い」
「あかり、風呂(ふろ)入るぞ」泰造(たいぞう)は愛娘(まなむすめ)と過(す)ごすこの時間を、何よりも楽しみにしていた。
 いつものあかりだったら喜(よろこ)んで父親に駆(か)け寄って行くのだが、今日はどうも様子(ようす)が違(ちが)う。泰造から隠(かく)れるように、母親の恵理(えり)の後(うし)ろにくっついた。
「どうした? パパ、先(さき)に入っちゃうぞ」
「いいもん」あかりは半分(はんぶん)顔を覗(のぞ)かせて言った。「あかり、ともくんがいい」
「ともくん?」泰造は首(くび)を傾(かし)げて恵理に訊(き)いた。
「誰(だれ)のことだよ、えっ?」
「ほら、この間、近所(きんじょ)に引っ越してきた吉村(よしむら)さんとこの…」
「聞いてないよ、そんなこと」泰造はムッとして言った。
「そうだった? 何か、すっごく仲良(なかよ)しになっちゃって」理恵は楽しそうにあかりに声をかけた。「ねっ、あかり。ラブラブだよねぇ」
「うん、ラブラブだよねっ」
「冗談(じょうだん)じゃないよ」泰造は顔色(かおいろ)を変えてあかりに駆け寄り、
「お前には、まだ早い。何が、ラブラブだよ。パパは絶対(ぜったい)に…」
「あなた、なに言ってるのよ。あかり、怖(こわ)がってるでしょ」
「お前も、お前だ。何で、そんな男と遊(あそ)ばせるんだ。それでも、母親か」
「もう、いい加減(かげん)にして。あかりはまだ幼稚園(ようちえん)よ。今から、そんなこと言ってどうするの」
<つぶやき>父親にとって、娘は特別(とくべつ)な存在(そんざい)なのかもしれません。でも、ほどほどにね。
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T:0083「髪の長い彼女」
 僕(ぼく)は髪(かみ)の長い女性が好きだ。それも、黒髪(くろかみ)のストレート。こう、髪をスーッとかき上げる仕草(しぐさ)はたまらない。なぜ女性の好みがかたよってしまったのか。それは、姉(あね)の影響(えいきょう)が大(だい)なのだ。姉は子供の頃(ころ)から髪を短くしていて、よく男の子と間違(まちが)われていた。性格(せいかく)も男勝(おとこまさ)りで、僕はいつも泣(な)かされてばかり。大人(おとな)になった今でも、頭(あたま)が上がらない。だから、姉とは正反対(せいはんたい)の女性に惹(ひ)かれてしまうのだろう。
 今の彼女は、やっぱり髪が長くて、優(やさ)しくて、思いやりがあって…。彼女のそばにいるだけで、心が癒(いや)されてしまう。彼女を見ているだけで、幸(しあわ)せな気分(きぶん)になる。今夜も…。
「今日はありがとうね。これでやっとテレビが見られるわ。あたし、配線(はいせん)のことよく分からなくて。夕飯(ゆうはん)、食べていくでしょ。じゃ、ちょっと着替(きが)えてくるね。待ってて」
 彼女はそう言うと隣(となり)の部屋(へや)へ。僕は彼女の部屋に入るのは初めてだった。何だか落ち着かない。彼女が出て来るまで、僕は何もできずにじっと座(すわ)っていた。
 扉(とびら)の開く音で僕は振(ふ)り向いた。そこにいた彼女は…。
「どうしたの?」彼女は唖然(あぜん)としている僕を見て、「どう、似合(にあ)うでしょ。これが、あたし」
「えっ…、何で? か、髪が…」
「短いほうが楽(らく)なのよ。仕事(しごと)に行くときはウイッグにしてるけど、こっちの方が気に入ってるの。さて、なに作ろっかなぁ。これでもあたし、料理(りょうり)は得意(とくい)なのよ」
<つぶやき>あなたはどんな基準(きじゅん)で恋人を選(えら)びますか。きっとひとつではないはずです。
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T:0084「魅惑の宴」
「これ、美味(おい)しいね」ステーキをほおばりながら、由香里(ゆかり)は嬉(うれ)しそうに言った。
「そうでしょ」百合恵(ゆりえ)は得意気(とくいげ)に、「この料理(りょうり)で三千円よ。しかも、食べ放題(ほうだい)のバイキング」
「もう、あたし幸(しあわ)せすぎて」由香里の手は止まらなかった。次々(つぎつぎ)と料理を口へ運んでいく。
 どこからか、かすかに声が聞こえてきた。でも、二人には聞こえない様子(ようす)。
<もう、やめなって。昨日(きのう)、あんなに後悔(こうかい)したのに。ダイエットするんじゃなかったの>
 どうやら、これは由香里の心の声。由香里は聞こえているのか、それとも無視(むし)しているのか。心の声はあまりにもか細(ぼそ)く、彼女の食欲(しょくよく)に打(う)ち勝(か)つことはできなかった。
<いつまで食べるつもりよ。もう元(もと)は充分(じゅうぶん)とったんだから、いい加減(かげん)にしなよ>
 由香里は取り分けてきた料理をすべて平(たい)らげてしまった。でも、まだ物足(ものた)りないのか、目の前の百合恵にささやいた。
「ねえ、今度(こんど)はデザートいかない? さっき、美味しそうなの見つけといたの」
「いいわねぇ。あたしの分もお願(ねが)い」
<冗談(じょうだん)じゃないわよ。これ以上食べたら取り返しのつかないことになるわよ>
 由香里は立ち上がり、デザートの方へゆっくりと歩き出した。
<ダメよ。ダメだってば。止まりなさい。そっち行っちゃダメ! ブタになるわよ!>
<つぶやき>食べることは楽しみのひとつ。でも、たまには心の声に耳を傾(かたむ)けましょう。
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T:0085「重大事件発生」
「うーん」探偵(たんてい)は首(くび)をひねった。「これは…」
 と言ったなり黙(だま)り込(こ)む。そばにいた警部(けいぶ)は心配(しんぱい)そうに、探偵の次の行動(こうどう)を見守(みまも)った。
 探偵はいくつもの難事件(なんじけん)を解決(かいけつ)にみちびき、警察(けいさつ)からも一目置(いちもくお)かれていた。その彼をもってしても、今回の事件は先(さき)が見えなかった。何ひとつ、手掛(てが)かりになるものがないのだ。
「どこかに出口(でぐち)があるはずです。この問題(もんだい)を解決(かいけつ)する」
「出口……見つかりそうですか?」
 警部は探偵を見つめた。もし、この事件が解決できないと、警部の命運(めいうん)も尽(つ)きてしまう。
 「まず謝(あやま)るべきです」
 探偵はおもむろに口を開いて、「きっと奥(おく)さんもわかってくれます」
「それができないから、こうして頼(たの)んでるんじゃないですか。あいつは、うちのやつはですね、そんな生易(なまやさ)しいやつじゃないんです」
「鬼(おに)警部と恐(おそ)れられているあなたよりも…、ですか?」
「私なんかね、あいつの前ではネコ同然(どうぜん)ですから」
「しかし、この状態(じょうたい)では…」探偵は足の踏(ふ)み場(ば)もなく散(ちら)らかっている部屋を見回(みまわ)した。
「どうしても思い出せなくて、つい…。でも、この部屋にあることは間違(まちが)いないんです」
「まず落ち着いて、ゆっくり思い出しましょう。結婚指輪(けっこんゆびわ)をどこに置(お)いたのかを…」
<つぶやき>あなたは好きな人からどう思われてますか。優しい気持ちを忘れないでね。
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T:0086「風になりたい」
風になりたい
あなたから遠く離(はな)れても いつもあなたを見守(みまも)っていたいから
あなたが淋(さび)しくて涙(なみだ)するとき 暖(あたた)かな風でそっとあなたの髪(かみ)をなでてあげる
どんなに辛(つら)いことがあっても あなたはひとりじゃないんだから
風になりたい
あなたと会えなくなっても いつもあなたのそばにいたいから
あなたがやるせなくむせぶとき 優(やさ)しい風でそっとあなたをつつんであげる
どんなに苦(くる)しいことがあっても あなたなら乗(の)り越(こ)えられるはず
風になりたい
あなたのことを忘(わす)れないように いつもあなたを感じていたいから
あなたが楽しそうに微笑(ほほえ)むとき 木々(きぎ)をゆらして音楽(おんがく)を奏(かな)でよう
どんな時でもあなたの笑顔(えがお)は きっとまわりを幸(しあわ)せにできるはず
風になりたい
あなたが前に進もうとしていたら 力いっぱい背中(せなか)を押(お)してあげたいから
あなたが夢に心踊(こころおど)らすとき すがすがしい風で送(おく)り出してあげよう
いつでもどこでも未来(みらい)を開くのは ほんの少しの勇気(ゆうき)と信念(しんねん)なのだから
<つぶやき>人間はとっても小さな存在(そんざい)だけど、大きな可能性(かのうせい)を秘(ひ)めていると思います。
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T:0087「遺産相続」
 古(ふる)ぼけた洋館(ようかん)。建てられた当時(とうじ)はハイカラな住まいだったが、百年近くたった今となっては見る影(かげ)もなかった。広い庭(にわ)も雑草(ざっそう)や木々(きぎ)が生(お)い茂(しげ)り、うっそうとした森と化(か)していた。
 その洋館を前にして一組の一家が呆然(ぼうぜん)と立ちつくしていた。中学生の娘(むすめ)が誰(だれ)に言うともなくつぶやいた。「あたしたち、ここに住むの…」
「そうね」妻(つま)は戸惑(とまど)いをあらわに言った。
「こんなにひどいとは思わなかったわ」
 夫(おっと)は取(と)り繕(つくろ)うように、「すっごい屋敷(やしき)だろ。子供のときさ…」
「あなた、どうしてちゃんと確認(かくにん)しなかったの」
 妻は静(しず)かに言った。しかし、その声には身(み)も凍(こお)るような冷(つめ)たさがあった。
「いや…。子供の頃、ここに来たとき、ほんとワクワクするようなところでさ」
「それ、何十年前の話なのよ。もう、私たち戻(もど)れないのよ、前の家には」
「お前だって、大きな屋敷に住めるって、喜(よろこ)んでたじゃないか」
「それは、あなたが大叔父(おおおじ)の遺産(いさん)がもらえるって、大はしゃぎするから…」
「ねえ」娘が話に割(わ)り込んで言った。「中に入ろうよ。どんなだか見てみたいわ」
「ああ、そうだな」夫は鍵(かぎ)を出しながら、「きっと、お前も気に入ると思うよ」
「明日から大変(たいへん)よね。きれいに掃除(そうじ)しないと」娘は楽(たの)しそうに言った。これから始まる新生活に胸(むね)を躍(おど)らせているようだ。「ねえ、友だちができたら、呼んでもいい?」
<つぶやき>どこまでも前向きでいたいよね。それが幸せにつながるのかもしれません。
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T:0088「恋電気」
「恵里香(えりか)にもやっと来たわけね」愛子(あいこ)は半(なか)ばからかうように言った。
「そんなんじゃないわ。ただ、あの人とちょっと手が触(ふ)れたとき…」
 恵里香はその時のことを思っただけで、胸(むね)が高鳴(たかな)り頬(ほお)を赤らめた。
「ねえ、どんなシチュエーションで手を握(にぎ)ったのよ」
 愛子は恵里香の手をとって言った。でも、恵里香はそんなことまったく耳に入らず、
「ねえ、どうしたらいいと思う? 私、これは運命(うんめい)だと思うの。だって、佐藤(さとう)君の手に触れただけなのに、ビビって、まるで電気(でんき)が走ったみたいに…。私、頭(あたま)の中がまっ白になっちゃった」
 恵里香は一般常識(いっぱんじょうしき)がずれているというか、天然(てんねん)なところがあった。愛子は、そこのところは心得(こころえ)ていて、バカなことをしないようにいつも注意(ちゅうい)をはらっていた。今度も、愛子はさとすように言った。「あのさ、それって、きっと静電気(せいでんき)だと思うよ」
「そんなことないわ。だって、ビビって…。ビビってしたんだから、ほんとに」
「恵里香、運命なんてそうそうあるもんじゃないわ。それに、佐藤には好きな娘(こ)いるわよ」
「だって、これは運命よ。ビビってきたんだもん」恵里香は口をとがらせた。
「いい。よく考えなさい」愛子は恵里香の肩(かた)をつかんで言った。「恵里香は、男に免疫(めんえき)がないんだから。好きになる人は、もっと慎重(しんちょう)に選(えら)ばないとダメだよ」
<つぶやき>いつも思うんです。運命の人を見分(みわ)ける方法(ほうほう)があったらいいのになぁって。
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T:0089「代わり者」
「なあ、頼(たの)むよ。俺(おれ)、今日は部活(ぶかつ)に遅(おく)れるわけにいかないんだ」
 服部(はっとり)はそう言うと教室(きょうしつ)を飛(と)び出した。その様子(ようす)を見ていた班長(はんちょう)の香里(かおり)が近寄(ちかよ)って来て、
「ねえ、吉井(よしい)君。何で断(ことわ)らないのよ。掃除当番(そうじとうばん)なんだから、服部君にやらせなきゃ」
「いや、あの…、別に僕(ぼく)は…」吉井はうつむいたまま答えた。
 そこへ、野球部、陸上部、バレー部などの部長(ぶちょう)たちが走り込んできた。少し遅れて、書道部、茶道(さどう)部、吹奏楽(すいそうがく)部、料理研究部の部長たちも。この学校の全てのクラブの部長たちが勢(せい)ぞろいしたようだ。彼らの目的(もくてき)は吉井君。でも、彼のことを吉井と呼ぶものはひとりもいなかった。鈴木(すずき)、山崎(やまざき)、亀山(かめやま)、佐藤(さとう)、沢田(さわだ)、林(はやし)……などなど。
「吉井君、どうなってるのよ」香里は、教室いっぱいに集まった部長たちを見て言った。
「いや、あの…」吉井は頭(あたま)をかきながら、「代(か)わってくれって頼まれて、それで…」
 真(ま)っ先に吉井の腕(うで)をつかんだのは野球部だった。「頼むよ。今度の試合(しあい)に勝(か)ちたいんだ」
 ほかの部長たちも吉井に近づこうと押(お)し合いながら、「うちのクラブには君が必要(ひつよう)なんだ」「あなたの才能(さいのう)を生かせるのは私たちのクラブよ」「いや、俺たちのクラブに」
「ちょっと、待ってよ!」香里が大声を張(は)り上げてみんなを制(せい)した。
「吉井君は誰かの代わりなんかじゃないわ! 吉井君は、吉井君なんだから」
「いや、あの…」吉井は香里に申(もう)し訳(わけ)なさそうに言った。「別に、僕は…」
<つぶやき>代役(だいやく)なのに才能を発揮(はっき)してしまう。吉井君とは、いったい何者なのでしょう。
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T:0090「ご先祖様」
 それは突然(とつぜん)のことだった。朝食の後片付(あとかたづ)けを終えて振(ふ)り返ったとき、その人はそこにいたのだ。じっと芳恵(よしえ)を見つめて…。その顔は、間違(まちが)いなく不機嫌(ふきげん)だった。
「だれ……ですか?」芳恵はやっとのことで言葉(ことば)を発(はっ)した。
「誰(だれ)って、あんたの先祖(せんぞ)だよ」四十(しじゅう)がらみの、着古(きふる)した和服姿(わふくすがた)の女は言った。
「まったく、なってないよ、あんたの段取(だんど)りの悪(わる)さは。誰に教(おそ)わったんだい?」
「あの…」芳恵は、もう唖然(あぜん)とするばかり。
「ずっと上から見てたけどさ。もう、我慢(がまん)できなくて出て来ちゃったよ」
「で、出て来たって? それは、どういう…」
「いいかい。これからみっちり仕込(しこ)んでやるから。しっかり覚(おぼ)えなよ」
「あの、でも…、あたし、これから仕事(しごと)に…」
「なに言ってんだい。子育(こそだ)てもまともにできないで、何が仕事だ」
「でも、行かないと…」芳恵は声を震(ふる)わせながら、「家のローンだってあるし…」
「旦那(だんな)の稼(かせ)ぎでやっていけないようじゃ、どうしようもないねぇ。わしが、主婦(しゅふ)の神髄(しんずい)をたたき込んでやるか」女は芳恵の腕(うで)をつかんで、「逃(に)げ出そうとしても、無駄(むだ)だからね」
 その日から、芳恵のつらく、厳(きび)しい主婦修業(しゅぎょう)が始まったのである。
<つぶやき>便利(べんり)な生活(せいかつ)に慣(な)れてしまうと、ついつい楽をしたくなる。気をつけたいです。
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T:0091「夢の絆創膏」
 アマゾンの密林(みつりん)。鈴木(すずき)がここに来ることになった発端(ほったん)は、インターネットに流れていた噂(うわさ)。<アマゾンの奥地(おくち)には、どんな怪我(けが)でも治(なお)してしまう絆創膏(ばんそうこう)がある>
 ことの真相(しんそう)は分からないが、もしそれが本当(ほんとう)なら会社に大きな利益(りえき)をもたらすだろう。これだけの大仕事を任(まか)せられるのは、日本のサラリーマン、鈴木良夫(よしお)しかいなかった。
 ――彼はやっとの思いで、小さな村にたどり着いた。そこで彼が目にしたのは、誰(だれ)もが絆創膏をつけていることだ。彼は村人(むらびと)をつかまえて話を聞こうとした。もちろん、彼は現地(げんち)の言葉(ことば)など分からない。身(み)ぶりや手ぶり、物真似(ものまね)まで使って意思疎通(いしそつう)を図(はか)った。その甲斐(かい)あってか、村人は彼を一軒(いっけん)の小屋(こや)へ案内(あんない)した。
 小屋の中に入って、彼は驚(おどろ)いた。そこにいたのは、紛(まぎ)れもない日本人の青年(せいねん)だった。
「こんなところでスーツ姿(すがた)を見られるなんて」青年はひとなつっこく笑(わら)った。
「スーツは日本のサラリーマンの正装(せいそう)ですから」鈴木は胸(むね)をはって言った。「ところで、どうしてあなたはこんなところにいるんですか?」
「僕ですか。僕は絆創膏を売り歩いてるんです。世界中まわりましたけど、ここの人たち、僕の絆創膏を気に入っちゃって。これを貼(は)ってると悪霊(あくりょう)が逃(に)げて行くんだそうです」
「それじゃ、この絆創膏は日本で手に入るんですか?」
「もちろんです。あっ、じゃあ、僕の名刺(めいし)を渡(わた)しときますね」
<つぶやき>日本のサラリーマンはすごいんですね。どこへでも行っちゃうんですから。
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T:0092「恋人売ります」
「何だよ、こんなところに呼(よ)び出して」丸雄(まるお)はカフェの席(せき)につくなり言った。
「遅(おそ)かったじゃないか。何やってたんだよ」親友(しんゆう)の拓也(たくや)はむずむずしながら、「実(じつ)はさ、ネットショッピングですっごいの見つけちゃって。俺(おれ)、買っちゃったんだよ、恋人(こいびと)を」
「恋人?」丸雄は何の話をしているのか分からず、拓也の顔をまじまじと見つめた。
「それがさ、いくらだと思う? 何と、一万円プラス消費税(しょうひぜい)。すっごいだろ」
「何だよそれ」丸雄はあきれて言った。「そんな、恋人が買えるわけないだろ。お前、絶対(ぜったい)だまされてるぞ。まさか、振(ふ)り込んだりしてないだろうな、金(かね)」
「振り込んだよ。決まってるじゃないか。だって、一万プラス消費税だぞ。それで、恋人ができるんだ。俺たち念願(ねんがん)の…。考えてもみろよ、俺たち彼女いない歴(れき)、何年だ?」
「もう、付き合ってらんないよ。俺、帰るな。これから、仕事(しごと)があるんだ」
「ダメだよ。お前がいないでどうするんだよ」
「俺には関係(かんけい)ないだろ」丸雄は席を立とうとするが、拓也は必死(ひっし)に引き止めて、
「来るんだよ、今からここに。その、恋人が…。それでな、お前の写真(しゃしん)を送っといたから、お前がいないと会えないだろ。その、恋人に」
「な、なに考えてんだよ。オ、オレ、どうすればいんだ。急に、そんなこと言われても…」
<つぶやき>男はどうしてこんなに浅(あさ)はかなんでしょう。でも、その恋人は来たのかな?
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T:0093「親友との再会」
「あら、小奈津(こなつ)じゃない。久(ひさ)しぶり」
 あたしはその声を聞いて身体(からだ)が震(ふる)えた。恐(おそ)る恐る振(ふ)り返ってみる。やっぱりそこにいたのは、
「菜津子(なつこ)…。どうして、ここに?」あたしの声はうわずっていた。
 彼女と出会ったのは小学生の頃(ころ)。菜津子と小奈津。名前が似(に)ているせいで、あたしはいつも彼女の添(そ)え物(もの)になっていた。そりゃ、彼女は転校生(てんこうせい)で頭(あたま)が良くて、美人(びじん)で明るくて誰(だれ)からも好(す)かれて…。非(ひ)の打(う)ち所なんてみじんも無(な)い。あたしなんか……。
 菜津子は、どういうわけかあたしを親友(しんゆう)に選(えら)んだ。あたしは、別に嫌(いや)だっていう理由(りゆう)もないし、何となくそれを受(う)け入れた。それが、転落(てんらく)への道(みち)だとも気づかずに。
 別に、彼女が悪(わる)いわけじゃない。彼女と付き合ってみれば分かるけど、本当(ほんとう)に純真無垢(じゅんしんむく)で天使(てんし)のような心(こころ)を持っていた。悪いのはまわりの男子(だんし)だ。あたしが彼女と仲良(なかよ)しだからって、彼女はどんな男が好きかとか、彼女と付き合うにはどうすればいいんだ。彼女は今朝(けさ)何を食べた…。もう、いつも話題(わだい)は彼女のことばかり。こんなことが、高校まで続いたの。で、あたしは決めたんだ。大学は絶対(ぜったい)違(ちが)う所へ行こうって。菜津子は東京へ行ったけど、あたしは地元(じもと)の大学に入学した。あたしの大学生活は、そりゃ充実(じゅうじつ)してたわ。
 それなのに、何で、職場(しょくば)で彼女と再会(さいかい)? 何で同じ会社(かいしゃ)? しかも、何で本社(ほんしゃ)から転勤(てんきん)してくるのよ。絶対…、絶対にあたしの彼には紹介(しょうかい)しないから。
<つぶやき>誰かと比(くら)べるのは止(や)めよう。あなたはあなたなんだから。胸(むね)をはりましょう。
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T:0094「宅配の人」
「ねえ、いつになったら私たち二人で出かけられるの?」
「もうすぐだよ。今日こそ届(とど)くと思うんだ。待ち望(のぞ)んでいるものが」
「あなたはいつもそう。この間(あいだ)だって、その前だってずっと。私は二人で出かけたいの」
「でも、二人で出かけてしまったら、誰(だれ)が宅配(たくはい)を受け取るんだい? 誰かいなきゃ」
「ねえ、何を待っているの? 教えてよ」
 女の我慢(がまん)も限界(げんかい)に来ていた。彼女は、ただ二人で楽しい時間を過ごしたいだけなのに。男は、彼女の気持ちも分からず、「それなんだよ。僕(ぼく)、何を待っているのかな? はっきり思い出せないんだ。でも、とっても大切(たいせつ)なものだと思うんだ。きっと、僕たちにとってね」
「何よそれ。何か分からずに待っているの? ねえ、もういいじゃない。そんなのほっといて、出かけましょうよ。私、行きたいところがあるの」
 その時、玄関(げんかん)のチャイムが鳴(な)った。男は、一目散(いちもくさん)に玄関へ。扉(とびら)を開けると、宅配の人が立っていた。手には小さな段(だん)ボール箱(ばこ)。男はそれをうやうやしく受け取る。女にも変な期待(きたい)がふくらみ、「ねえ、どこから来たの?」
「分からない。差出人(さしだしにん)が書(か)いてないんだ。でも、僕らの名前は書いてあるよ」
 男は慎重(しんちょう)にテープをはがし、箱(はこ)を開ける。箱の中にはカードが一枚。
 《おめでとう。二人には、永遠(えいえん)の幸(しあわ)せが約束(やくそく)されました》
<つぶやき>神様からの御墨付(おすみつ)き? でも、お互(たが)いの気持(きも)ちを尊重(そんちょう)しないといけません。
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T:0095「再仕分け」
「遅(おそ)かったじゃない」ありさは友達の良枝(よしえ)を迎(むか)え入れた。
「だって…」良枝は大きな荷物(にもつ)を運(はこ)び込み、「いろいろ準備(じゅんび)があって」
「準備って…。何を持って来たの?」
「大掃除(おおそうじ)に必要(ひつよう)なものよ。ほら、あなたのところ、何もないでしょ」
「あるわよ、それくらい」
 良枝は部屋(へや)の中を見渡(みわた)して、「やっぱり思った通りね。どうしたらこんなに散(ち)らかるわけ」
「これは…。今、片付(かたづ)けてる途中(とちゅう)なの。これから、いろいろと…」
「ちゃんと順番(じゅんばん)を考(かんが)えてやらないから、こんなことになっちゃうのよ」
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。もう、だいたい終(お)わってるから」ありさは部屋の中を指(ゆび)さして、「この辺(あた)りにあるのがいらないので、こっちにあるのがとっておくやつ。で、あとは…」
「ねえ、これ捨(す)てちゃうの? お気に入りだって言ってたじゃない」
 良枝は段ボール箱に無造作(むぞうさ)に入れられていたカバンを取り出して言った。
「それは、彼からもらったのだからいいの。この間(あいだ)、別れたから…」
「えっ、別れちゃったの? 良(い)い人だったのに。そうか、それで大掃除ね…。でもね、ありさ。このカバン、まだ充分(じゅうぶん)使えるわ。捨てたりしたら、この子が可哀想(かわいそう)よ。これはとっておきましょ。それに、これなんかもまだまだ使えるわよ――」
 良枝は、次々と再仕分(さいしわけ)けを始めた。その手際(てぎわ)のよさに、ありさは何も言えなくなった。
<つぶやき>残しておきたいものって、何を基準(きじゅん)に決めていますか。難(むずか)しい問題(もんだい)かもね。
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T:0096「寿命の木」
 深い森の中。一人の男が、もう幾日(いくにち)もさまよい歩いていた。男には、どうしても見つけなければならないものがあった。それは、寿命(じゅみょう)の木。その実(み)を食べると、どんな病(やまい)でもたちどころに治(なお)してしまうと言い伝えられていた。持って来た食料(しょくりょう)も尽(つ)き、男は疲労(ひろう)と空腹(くうふく)でもうろうとしていた。薄(うす)れる意識(いしき)の中、どこからか声が聞こえた。
「何しに来たの? ここは人間が来る場所(ばしょ)じゃないわ」
 男には、その声がどこから聞こえてくるのか分からなかった。また、声がした。
「早く戻(もど)りなさい。いまなら、まだ間(ま)にあうわ」
「誰(だれ)だ?」男はかすむ目をこすり、「この森に住む精霊(せいれい)なのか? だったら、教(おし)えて下さい。寿命の木はどこにありますか? 俺(おれ)は、その実を持って帰らないといけないんだ」
「その木なら、あなたの前にあるわ」
 男の目の前に、たしかにその木はあった。枝(えだ)には、実がひとつ生(な)っている。男は、その実を取ろうと手を伸(の)ばした。また声がした。
「その実を取ると、あなたの寿命が尽きてしまいますよ。それでもいいの?」
「かまいません」男はきっぱりと言った。「だいじな人の命が助かるなら、かまわない」
「なら、持ってお行きなさい。寿命が尽きるまで、その人とともに生きるがいい」
<つぶやき>もし男の決意(けつい)が揺(ゆ)らいだら、精霊は男の命を抜(ぬ)き取ったかもしれませんね。
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T:0097「結婚活動」
「あのですね、山崎(やまさき)様。この、お相手(あいて)の条件(じょうけん)についてなんですが…」アドバイザーは優(やさ)しく微笑(ほほえ)みながら言った。「二、三、ご質問(しつもん)させていただいても…」
「ええ、どうぞ」無表情(むひょうじょう)のまま女性は答(こた)えた。
「この、住(す)む場所は実家(じっか)から一キロ以内(いない)、というのは…」
「私、家族(かぞく)のことが大好(だいす)きなんです。できれば、同居(どうきょ)したいくらいなんです」
「そうですか。でも、たしか弟(おとうと)さんがいらっしゃいましたよね」
「ええ。同居ということになっても、弟にはちゃんと納得(なっとく)させます」
「そうなんですか……。では次の、絶対(ぜったい)に浮気(うわき)はしない…」
「当然(とうぜん)ですわ。そうでしょ。私を妻(つま)にするんですから」
「しかしですね、これは…」アドバイザーは困惑(こんわく)しながら言った。
「男は浮気をするものです。生物学(せいぶつがく)的に考えても、当然のことですわ。まあ、一応(いちおう)、条件として書いたまでです。もしそうなったら、追(お)い出すだけですから」
「ああ、なるほど……。あと、この遺伝子(いでんし)の採取(さいしゅ)に同意(どうい)すること、とありますが…」
「良い子孫(しそん)を残(のこ)す。それが、私たちが生きる一番(いちばん)の目的(もくてき)じゃありませんか。そうでしょ」
「はあ…、そ、そうなんです…か?」
「そのためには、相手の情報(じょうほう)を見きわめる必要(ひつよう)があります。一番良いマッチングを選(えら)ばなければ、良い子孫を得(え)ることはできませんわ。私が出した条件に、何か問題でも?」
<つぶやき>気持ちは二の次…。こんな時代が来るのでしょうか? 何だか淋(さび)しいです。
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T:0098「べっぴん彗星」
 夜空に突然(とつぜん)現れた彗星(すいせい)。日を追(お)うごとにはっきり見えてきて、どんどん地球(ちきゅう)に接近(せっきん)しているようだ。そして、江戸(えど)ではいろんな噂(うわさ)が飛びかった。
「おい、聞いたかい。星(ほし)が降(ふ)ってくるんだってよ。みんなで見物(けんぶつ)しようじゃねえか」
「熊(くま)さん、なに呑気(のんき)なこと言ってるんだい。どっかへ逃(に)げないと、おだぶつだよ」
「えっ? でも、あんなにちっちぇえじゃねえか。心配(しんぱい)いらねえよ」
「まだ遠くにあるから小さく見えるんだ。そばに来て見ろ、こんなにでっけえんだよ」
 ご隠居(いんきょ)は、手をめいっぱいに広げて見せた。「それに、あの星から出ている尾(お)っぽには、人を狂(くる)わす毒(どく)があるそうだ。ちょっとでも吸(す)い込んだら最後(さいご)――」
 そこへ、長屋(ながや)の寅(とら)さんが飛び込んで来て、
「てえへんだ! てえへんだよ、ご隠居さん」
「どうしたい、そんなにあわてて」
「これが、あわてずにいられよか。神(かみ)さんが来るんだってよ。ほら、あの空に浮(う)かんでるやつに乗(の)ってるんだってさ。もう、えれえ騒(さわ)ぎよ」
 それを聞いて熊さん、「へえ、それはどんな神さんだい。おいらも会ってみたいもんだ」
 ご隠居さんはあきれて言った。「お前さん、何も分かってないねえ」
「だってさ、人を狂わせるんだろ。だったら、べっぴんさんにきまってるじゃねえか」
<つぶやき>何も知らないというのは、いいことかもしれません。知る歓(よろこ)びがあるから。
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T:0099「恋水から」
 私は木漏(こも)れ日のなか、公園(こうえん)のベンチでうたた寝(ね)をしていた。ふと気がつくと、近くのベンチに若(わか)い女性が座(すわ)っている。いつからそこにいたのだろう。誰(だれ)かを待(ま)っているのか…、彼女は動こうとはしなかった。
 ――それからどのくらいたっただろう。そろそろ行こうかと起(お)き上がると、まだそこに彼女はいた。待ち人は、まだ来てないのか? 辺(あた)りを見回してみたが、それらしい人影(ひとかげ)はまったくなかった。私は気になって、しばらく様子(ようす)をうかがうことにした。
 そろそろ日も傾(かたむ)きかけた頃(ころ)、彼女は大きなため息(いき)をついた。彼女の表情(ひょうじょう)から、寂(さび)しいのを我慢(がまん)しているのが分かった。そして、彼女の目からすーっと涙(なみだ)がこぼれ出た。
 まったく、誰なんだ。こんな可愛(かわい)い子を泣かせる奴(やつ)は。私は、放(ほ)っておけなくなって、彼女に駆(か)け寄(よ)った。そしてベンチへ飛(と)び乗(の)ると、彼女の身体(からだ)にすり寄った。
 彼女は突然(とつぜん)のことで驚(おどろ)いた様子だったが、私と目が合うとかすかに笑(え)みを浮(う)かべた。私は、飛びっきりの甘(あま)~い声でささやいた。ゴロニャ~ン。彼女は、間違(まちが)いなく微笑(ほほえ)んで、私の頭を優(やさ)しくなでてくれた。この日から、私は彼女と暮(く)らすことにした。
 二人の生活(せいかつ)は、瞬(またた)く間に過ぎていった。どうやら、彼女も新しい恋を見つけたようだ。そろそろ、私の役目(やくめ)も終(お)わりだな。私は、ふわふわのタオルの上でゆっくり目を閉じた。
<つぶやき>そっと寄りそってくれる、そんな誰かがいてくれる。幸せって何でしょう。
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T:0100「家族会議のひとこま」
 斉藤家(さいとうけ)の家族会議(かぞくかいぎ)は紛糾(ふんきゅう)を極(きわ)めていた。それぞれの思惑(おもわく)が交錯(こうさく)し、妥協点(だきょうてん)を見出すことができなかった。ことの発端(ほったん)は、智宏(ともひろ)のひと言。「家を建(た)て替(か)えるぞ!」
 智宏は家族に何の相談(そうだん)もなく、家の間取図(まとりず)を見せ、
「どうだ。これが新しい我(わ)が家だ」
 そういう状況(じょうきょう)で家族が納得(なっとく)するはずもなく、まず妻(つま)が苦言(くげん)を呈(てい)した。
「ねえ、どうしてキッチンの広さが変わらないのよ。これじゃ、建て替える意味(いみ)ないでしょ」
 子供たちからも不満(ふまん)が飛び出した。「ねえ、あたし一人の部屋がいい。弟(おとうと)と一緒(いっしょ)なんて」
「僕(ぼく)だって、お姉(ねえ)ちゃんと一緒じゃイヤだよ。落ち着いて勉強(べんきょう)できないもん」
「仕方(しかた)ないだろ」智宏は父親の威厳(いげん)をもって言った。「土地(とち)の広さは同じなんだから」
 間取図をじっと見ていた妻が言った。「ねえ、この部屋は何よ。ずいぶん広いわね」
「ああ、これか」智宏はにっこり笑い、「俺(おれ)のコレクションルームさ。これだけあれば…」
「ちょっと、待ってよ」妻はすかさず言った。「これは、ダメでしょ」
 娘(むすめ)も加わって、「そうよ。もう、変(へん)なものを持ち込まないで」
「これは、必要(ひつよう)でしょう」智宏は反論(はんろん)した。「そのための、建て替えなんだから」
 家族は冷(ひや)ややかな目線(めせん)を向けた。その時、妻の父が乱入(らんにゅう)してきた。
「家を建てるんだって」父は間取図を見て、「どれが、わしの部屋なんだ?」
「お父さん!」妻はあきれて、「いくら新しいものが好きだからって、自分の家があるでしょ」
<つぶやき>家を建てることは、一大事業(いちだいじぎょう)なんです。家族との話し合いは大切(たいせつ)ですよね。
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