「いつか、あの場所で…」003

 「初めの一歩(いーっぽ)」3
 彼女が僕の家の前を通り過ぎたとき、彼女との距離十メートル。僕の頭の中はどう呼び止めようか、それしかなかった。
 声をかけようとしたその瞬間、彼女は僕の視界から……消えた? 僕はその場に立ちつくした。彼女の消えた先は…、隣の家!? 僕は急いで家に飛び込んで…、
「ねえ、母さん! 隣に引っ越してきた人ってさぁ…」
「ただいまでしょう。なに慌ててるの?」
「あっ、ただいま。だから、隣の人って…」
「上野さんよ。娘さんがあんたと同じクラスになったんだって?」
「そんな…」
「あれ、知らなかったの?」
「だって、会ったことないし…」
「いつもぎりぎりじゃない家を出るの。隣の子なんか余裕で出かけてるわよ」
「なんで教えてくれなかったんだよ」
「仲良くしてあげなさい。お隣さんなんだから。そうだ。呼びに来てもらおうか?」
「止めてくれよ。そんな…」
「あんな可愛い子が来てくれたら、あんたの遅刻もなくなるかもね」
「絶対だめ! そんなこと…」
「なにむきになってるの?」
 僕はそれ以上なにも言えなかった。階段を駆け上がり自分の部屋へ。なんで今まで気づかなかったんだろう。ゆかりは知ってたんだ。あの笑顔はこういうことだったんだ。明日、笑いのネタにされる。みんなの笑いものだ。僕は腹立ち紛れにカーテンを開ける。
 えっ…! 彼女だ。彼女がこっちを見ていた?
 僕は慌てて隠れる。なんで隠れるんだよ。…あそこが彼女の部屋なんだ。…そっと外を見る。彼女のいた窓には、カーテンが…。
 僕はこの偶然を手放しで喜べなかった。あんなことがなかったら…。僕はまたしても落ち込んだ。
 …ちょっと待てよ。隣に彼女がいるってことは、ひょっとするとチャンスかも。学校で駄目なら、ここがあるじゃない。ここだったらゆっくり話が出来るし、僕のこと分かってもらえるかも…。そう思ったら、なんだか心が軽くなった。
 僕は彼女の窓をいつまでも見つめていた。カーテンが開きますように、彼女が出て来ますように。そう心の中でつぶやきながら…。
<つぶやき>灯台下暗しってやつですか。よくあること(?)ですよね。ははは…。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。

2021年05月22日