003「怪事件ファイル」3

 「蜘蛛の糸」3
 どれほど時間がたったのか、太陽が西の山に隠れようとしていた。二人は茂みや藪の中を探し回り、へとへとに疲れ果てていた。
「日が沈む前に見つけないと」山田は西の空を見てつぶやいた。
「ねえ! 本当にあるんですか?」東側の斜面を探していたいちごが叫んだ。
「ええ、どこかにあるはずなんですが」山田は自信なげに答えるしかなかった。
「まったく、何で私がこんなことしなきゃいけないのよ」いちごは汚れた服を気にしながらつぶやいた。いちごの髪にはクモの巣がはりつき、顔や手は泥だらけになっていた。
 その時、穴の前でおとなしく座っていたアリスが異様な声で鳴き始めた。その鳴き声に混じって、がさごそと何かが這い出してくるような無気味な音が聞こえはじめた。
「まずい!」山田はそう叫ぶと祠に駆け寄った。そして、祠を元の位置に戻して穴を塞いだ。アリスは山田のそばで、鋭い唸り声を繰り返した。
「どうしたんですか!」そのただならぬ様子を見ていちごが叫んだ。
「そこにいて下さい!」山田はそう言うとリュックから御札を取り出して、何やら呪文を唱え始めた。そして、その御札を祠に貼り付けた。すると無気味な音が消え、アリスもおとなしくなった。山田はいちごに向かって、「急いで見つけて下さい。お願いします」
「そんなこと言われても…」いちごはそう言いながらも、あたりを手当たり次第に探し回ってみた。でも、どんなにあせってみてもなかなか見つからなかった。なかばあきらめかけていたとき、ドンという音とともに地面が揺れるのを感じた。驚いたいちごが顔をあげると、山田が押さえていた祠が大きく揺れていた。何かが穴の中から突き上げているようだ。山田は必死になって祠を押さえ、アリスもさっきよりも大きな声で唸りだした。
「山田さん!」いちごはそう叫ぶと、足場の悪い斜面を降りて行った。
「来るな!」山田はいちごに叫んだ。「もう間に合いません。早く逃げて下さい!」
「そんなことできるわけないでしょう」そう言った途端に、いちごは足を滑らせて転んでしまった。ちょうど日が沈む時の最後の明かりが、あたりを一瞬、明るく照らし出した。
 その明かりを反射したのか、いちごは下草の中に光るものを見つけた。手を伸ばして草をかき分けてみると、そこには探していた封印石が光り輝いていた。
「あった!」いちごは嬉しさのあまりそう叫ぶと、斜面を転がるように駈け降りていった。
 廃屋の中で疲れ切った顔の二人が、囲炉裏の灯(ひ)を囲んで簡単な食事をとっていた。
「あれは、何だったんですか?」いちごは食事の手を止めて訊いた。
「さあ、何だったんでしょう」山田はあいまいに答えた。「この村の伝説では、昔、この辺りに大蜘蛛がいたそうです。たびたび作物が荒らされたり、村人が襲われたりして困っていた。そんな時、村に偉い修験者がやって来て、あの塚に大蜘蛛を封じ込めたそうです」
「その伝説とあの被害者と、どういう関係があるの?」
「たぶん、被害者が封印石を動かしたんでしょう。それで狙われたんだと思います」
「そんなバカな。でも、係長にどう報告するのよ。こんなこと、信じてもらえないわ」
 山田は微笑んで、横で寝ているアリスの頭をなでた。雲里村は暗闇に包まれていた。
<つぶやき>事件解決。でも、二人には次の怪事件が待っていた。それは、次の機会に…。
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2021年06月13日