002「怪事件ファイル」2

 「蜘蛛の糸」2
 翌朝早く、二人は駅の改札口で待ち合わせた。いちごは係長からの命令もあり、しぶしぶ同行することになったのだ。いちごは山田の荷物を見て驚いた。小さなバスケットに猫が一匹入れられていた。黒のとら猫で、毛の色つやからみても年老いた猫である。
「なんで、猫なんか?」いちごは挨拶もそこそこに質問をあびせかけた。
「いや、それが」山田は頭をかきながら、「行きつけの中華飯店の女将さんに頼まれまして、しばらく預かることになってしまって」
「それにしたって、連れてこなくてもいいじゃないですか」
「一人にしておくのは、どうも可哀想で…」山田は猫を覗き込み、「なあ、アリス」
「もう、信じられない」いちごは山田を睨みつけて、「一人じゃなく一匹でしょう。もういいから、行きますよ」いちごはそう言い捨てると、先に改札を抜けて行った。
 いちごは憂鬱な気分だった。今日一日、この変な男と一緒にいなくてはいけないなんて。電車の席に座ると、いちごは大きなため息をついた。山田はそんなことは気にもかけずに、リュックからファイルを取り出していちごに手渡した。
「雲里(くもさと)村から事件現場まで、この一年の間に、ほぼ直線上に何人かの不可解な患者が病院に運ばれています。いずれも人けのない場所で、脱水状態で発見されているんです」
 いちごはファイルにざっと目を通して、「それが、この事件と関係あるんですか? だいいち、なんで北陸まで行かなきゃいけないんですか」
 いちごは山田が何を考えているのかまったく分からなかった。
「クモですよ。クモがすべてに関わっているんです」
「くもって…」いちごはあきれた顔で聞き返した。
「事件現場にあった蜘蛛の糸。それに、この患者たちの衣服にも蜘蛛の糸が付着していた。これから行く雲里(くもさと)村には、蜘蛛にまつわる伝説があるんです」
「なにバカなこと言ってるんですか。それじゃまるで、犯人は人間じゃないとでも…」
「そうですよ。人間にはこんなことは出来ませんから」
 いちごは頭をかきむしり、この先なにが待っているのか、不安な気持ちになってきた。
 雲里村に着いたのは昼過ぎ。この村はすでに廃村になっていて、荒れ果てた家が点在しているだけだった。山田は迷うことなく村のはずれにある森に入っていった。森の奥にある鳥居をくぐると、こんもりした塚が見えてきた。その塚のすぐ前に、小さな祠(ほこら)があった。
「思ったとおりだ。祠が動かされています」山田は祠に近づいて詳しく調べ始めた。
 祠のすぐ後ろ側の塚の部分に、人間の頭ほどの穴が空いていた。そして、祠に貼り付けてあった封印の御札が破られ、中にあるはずの封印石が消えていた。
「封印石を探しましょう。その辺に捨てられているはずです」
 いちごは言われるままに、山田に説明された丸い形の封印石を探し始めた。山田はというと、バスケットから猫を出して、祠の後ろの穴の前に座らせていた。
「何してるの! あなたも探しなさいよ」藪の中を探していたいちごが、声をはりあげた。
「すいません」山田はそう答えると、「頼むぞ。見張っててくれ」とアリスにつぶやいた。
<つぶやき>世の中には不思議なことがいっぱいあるんです。気をつけましょうね。
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2021年06月07日