連載物語一覧

「いつか、あの場所で…」001

IT001

 「初めの一歩(いーっぽ)」1
 初めてあの子を見たのは、校庭の桜が散り始めた頃。桜の花びらが教室の窓から突然舞い込むように、彼女は僕の前に姿を現した。<上野さくら>これが彼女の名前だ。僕がこんなことを言うのは変だけど、彼女は他の女子とは違っていた。まるで別の世界から来たみたいに…かわいかった。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、彼女の目には星がきらめいていた。少女漫画によくあるあれだ。僕はバカにしてたけど、本当にきらめいていたんだ。僕の目は、彼女に釘づけになった。先生が何か言ってるけど、僕の耳には入らなかった。まるでスロー再生のビデオを観ているように、ゆっくりと動いている。彼女の笑顔はお日様よりも明るく輝き、彼女の声は天使の歌声のように僕の心に響いた。僕は天使がどんな声なのか知らないけど、そんなことはどうでもいい。
「じゃ、席はそこの空いてるところね」先生がそう言う。彼女がどんどん近づいてくる。僕は彼女をそれ以上見ることが出来なかった。でも、聞こえるはずのない彼女の足音や息づかいが、僕の耳に飛び込んでくる。僕の心臓は高鳴り、口から飛び出しそうになった。彼女は間近で止まり、隣の席に座った。ほのかな香が鼻をくすぐる。今まで嗅いだことのない、これが都会の香なのかなぁ。「よろしくね」彼女はそう言って笑顔を僕に向けた。僕は不意をつかれた。何も答えられず、ただ頷いただけで目をそらす。…横目で彼女を見る。もうそこには、あの天使の笑顔はなかった。
 彼女はすぐにみんなにとけ込んだ。でも僕は…。何でこんなにどきどきするんだろう。こんなことは初めてだ。僕は人気者ってわけでもないけど、みんな友達だし女子とも平気でふざけあったりする。でも、彼女の前だと…。何も言えなかった。桜の花のように可憐で繊細で、笑ったときのえくぼがまぶしかった。僕は…、彼女と友達になりたかった。
 僕らの学校はそんなに大きい方じゃない。クラスの数も少ないからみんな知っている顔ばかりだ。その中でもゆかりは特別だった。何が特別って、一年の時からずっと同じクラスなんだ。でも、それだけじゃなくて、もっと深い因縁で結ばれていた。それは、物心がつく前から側にいたことだ。兄弟だと思われていたときもある。いつも男の子みたいな格好をして飛び回っていた。ゆかりにはいつもハラハラさせられる。何をするか分からなくて、怒られるときはいつも一緒だ。僕には関係ないことでも「幼なじみでしょう」の一言で付き合わされた。ときどき何でこいつとって思うときがある。明るくて気さくな子なんだけど男勝りなんだ。僕が知っている限り、喧嘩で一度も負けたことがない。僕でも勝てないかもしれない。だぶん男の兄弟の中で育ったから、闘争心に溢(あふ)れているのかもしれない。悪戯が大好きで、思ってることはすぐ口にしてしまう。だからゆかりと友達付き合いするのは難しい。一番長く付き合っている僕だって、ついていけないときがあるからだ。でも、不思議と彼女とはすぐに打ち解けて、いつの間にか友達になっていた。なんでだ?ぜんぜんタイプが違うのに。話が合うんだろうか? ちょっと羨ましかった。二人が楽しそうに笑っているのを見ると、心の何処かでもやもやとしたものが生まれてくる。…それがいけなかったんだ。この後、取り返しのつかないことになってしまった。
<つぶやき>春は出会いの季節です。いい出会いがあると良いですね。
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2021年05月10日

「いつか、あの場所で…」002

IT002

 「初めの一歩(いーっぽ)」2
 彼女の噂は同級生の間ですぐに広がった。都会から美少女現る。好奇心いっぱいで他のクラスからも覗きに来る。それを追い返すのがゆかりの役目になってしまった。手際よくさばいていく。
 僕も他のクラスの奴につかまって、あんまりしつこく聞いてくるからつい…、「そんな騒ぐほどじゃないよ。あれは性格悪いかもな。勉強が出来て、可愛いっていうのを自慢しているだけさ。それに、ゆかりの機嫌取って上手く利用して、なに考えてるのか…」
「なんで、なんでそんなこと言うの。私はそんなこと考えてない!」
「……!!」彼女の突然の出現に、僕もつい口にしてしまった。心にもないことを…。
「なんだよ、転校生のくせに…」
 彼女は目を潤ませて僕を見つめる。僕は、言ってはいけないことを言ってしまった。
 彼女はそのまま走り去る。一部始終を見ていたゆかりが追いかける。僕に最後の一撃を喰らわせて。「あんたって最低!」
 すごい後悔。僕は完全に嫌われてしまった。何度か謝ろうとしたんだけど、まったく受け付けてくれなかった。<話し掛けないで。顔も見たくない>彼女の目が、そう訴えているように思えた。
 友達になる糸口もつかめないまま、時間だけが過ぎていく。そしてついに来てしまった。それは僕たちをさらに引き裂いた。席替え…。今まで隣同士だったのに、同じ班だったのに…。クジ引きという理不尽な方法で、僕は運にも見放された。彼女は窓側、僕は廊下側。彼女との距離は銀河系よりも遙か遠くに感じた。
 それから何日かして、僕は知ってしまった。とんでもないことを…。
 学校からの帰り道、彼女とゆかりが僕の前を歩いていた。ふとひらめいた。彼女が一人になったときがチャンスだ。彼女にちゃんと謝って…。
 僕は距離をとってついて行く。突然、ゆかりが振り向いた。慌てて帽子で顔を隠す。…見つかってしまったのは確かだ。僕はなおも後を追う。彼女たちは何か笑っているようだ。きっと僕のことだ。ここまで来て諦めるのは…。僕は迷っていた。その時、二人が立ち止まった。とっさに物陰に入る。…彼女がゆかりから離れていく。ゆかりは僕を見つけると、にやりと笑って手を振った。そして自分の家の方へ歩いていく。
 僕はまだ迷っていた。あのゆかりの笑顔が気になった。あいつがあんな顔をするときは絶対何かあるからだ。彼女の歩いていった道は僕の家の方だった。もう迷っている時間はなかった。どんどん彼女が離れていく。見失うわけにはいかなかった。
 僕は、思い切って走り出した。
<つぶやき>取り返しのつかないことって誰にもありますよ。そういう私にも…。
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2021年05月16日

「いつか、あの場所で…」003

IT003

 「初めの一歩(いーっぽ)」3
 彼女が僕の家の前を通り過ぎたとき、彼女との距離十メートル。僕の頭の中はどう呼び止めようか、それしかなかった。
 声をかけようとしたその瞬間、彼女は僕の視界から……消えた? 僕はその場に立ちつくした。彼女の消えた先は…、隣の家!? 僕は急いで家に飛び込んで…、
「ねえ、母さん! 隣に引っ越してきた人ってさぁ…」
「ただいまでしょう。なに慌ててるの?」
「あっ、ただいま。だから、隣の人って…」
「上野さんよ。娘さんがあんたと同じクラスになったんだって?」
「そんな…」
「あれ、知らなかったの?」
「だって、会ったことないし…」
「いつもぎりぎりじゃない家を出るの。隣の子なんか余裕で出かけてるわよ」
「なんで教えてくれなかったんだよ」
「仲良くしてあげなさい。お隣さんなんだから。そうだ。呼びに来てもらおうか?」
「止めてくれよ。そんな…」
「あんな可愛い子が来てくれたら、あんたの遅刻もなくなるかもね」
「絶対だめ! そんなこと…」
「なにむきになってるの?」
 僕はそれ以上なにも言えなかった。階段を駆け上がり自分の部屋へ。なんで今まで気づかなかったんだろう。ゆかりは知ってたんだ。あの笑顔はこういうことだったんだ。明日、笑いのネタにされる。みんなの笑いものだ。僕は腹立ち紛れにカーテンを開ける。
 えっ…! 彼女だ。彼女がこっちを見ていた?
 僕は慌てて隠れる。なんで隠れるんだよ。…あそこが彼女の部屋なんだ。…そっと外を見る。彼女のいた窓には、カーテンが…。
 僕はこの偶然を手放しで喜べなかった。あんなことがなかったら…。僕はまたしても落ち込んだ。
 …ちょっと待てよ。隣に彼女がいるってことは、ひょっとするとチャンスかも。学校で駄目なら、ここがあるじゃない。ここだったらゆっくり話が出来るし、僕のこと分かってもらえるかも…。そう思ったら、なんだか心が軽くなった。
 僕は彼女の窓をいつまでも見つめていた。カーテンが開きますように、彼女が出て来ますように。そう心の中でつぶやきながら…。
<つぶやき>灯台下暗しってやつですか。よくあること(?)ですよね。ははは…。
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2021年05月22日

「いつか、あの場所で…」004

IT004

 「大空に舞え、鯉のぼり」1
 いつも引っ越してばかりで、私には故郷(ふるさと)と呼べるような場所はないんだ。転校したのだってこれで三回目。そのたびに友達を作り直さないといけない。これが結構大変なんだ。
 ママみたいにはなれない。ママはどこへ行ってもすぐに馴染んでしまう。これは才能の一つだわ。いつも感心しちゃう。私は不器用。それに…、みんなが思っているような良い子じゃない。可愛くもないし…。私は自分の顔が嫌いなんだ。この顔のせいでいつも苦労するの。もっとブスになりたい。本当の私は違うんだから。どこへ行ってもそうなんだ。いつも自分を装(よそお)って、みんなが思っているようになろうとしている。自分を誤魔化して…。
 今度だってそうなの。誰と友達になれば上手くやっていけるか。まず考えるのはこのことなの。これが今の私の唯一の才能なのかもしれない。ゆかりに近づいたのだって、彼女と友達になれば自分を守れると思ったから。…私はずるい子なのかもしれない。
 高太郎君の言ったことが、まだ私の中に突き刺さっている。自分の心の中を見抜かれてしまったような、そんな気がした。だから私も…。いつもならあんなことしないのに…。あれ以来、高太郎君とは気まずいままになってしまった。
 高太郎君は他の子とは違っていた。私を特別な目で見ないし、馴れ馴れしく話し掛けてくることもなかった。こんな子は初めてかもしれない。私もゆかりみたいになれたらいいのに。そしたらこんなカーテンなんか開けちゃって、彼に話し掛けることだって出来るのに…。もう一度やり直せたらどんなに良いか。…でも、私のこと嫌いだったら? もしそうだったらどうしよう。
 日曜日、ゆかりが突然やって来た。いつも元気だなぁ。悩み事なんかないみたい。
「よっ、さくら。何してるの? せっかくの休みなのに」
「別に…」
「何だよ、カーテン閉め切っちゃって。外、良い天気だぜ」
 ゆかりはカーテンを開けて、窓を全開にする。気持ちの良い風が吹き込んでくる。私の心のもやもやを晴らしてくれるように。
「あれ、あいつの部屋だ。こんなに近いんだ。ねっ、あいつと話したりしてる?」
「ううん…」
「いいなぁ、ここだったら夜遅くまで喋ってても怒られないよね」
 私はどう答えたらいいか分からなかった。ただ頷くだけ…。
「高太郎って良い奴だよ。ときどきバカやるけど。…あいつのこと嫌いになっちゃった?」
「そんなこと…」
「だったら、これから隣に行かない? 鯉のぼり、見に行こう」
 楽しそうにそう言って、私を強引に連れ出そうとする。私は突然のことに動転して…、
「行けないよ。私、嫌われてるもん」
「そんなことないって。いいわ、私が仲直りさせてあげる。もし高太郎がなんか言ったら、私がぶっ飛ばしてやるから」
<つぶやき>こんな頼もしい友達がいたら、頼ってしまうかもしれません。私は…。
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2021年05月30日

「いつか、あの場所で…」005

IT005

 「大空に舞え、鯉のぼり」2
「違うの。高太郎君は悪くないの。…悪かったのは私の方なんだから」
 私はすべてを打ち明けた。どうしてゆかりと友達になったのか。そして、高太郎君が言ったことは間違っていないって…。これ以上、嘘をつきたくなかった。本当の自分を取り戻したかった。これで友達をなくすかもしれないけど…、それでもいいって思った。
 でも、ゆかりの反応はまるで違っていた。ゆかりは私の言ったことを笑い飛ばして…、
「なんだ、そんなことで悩んでたの? 気にしない、気にしない。私だって似たようなことしてるから。実はね、自分の部屋が欲しくて、いま根回ししてるとこなんだ」
 ゆかりは四人兄弟の三番目。彼女以外はみんな男ばかり。私は一人っ子だから羨ましいんだけど、ゆかりに言わせると生存競争が激しいんだって。自分の欲しいものは主張しないと手に入らない。自分だけの部屋なんて夢のよう、なんだって。
「一番上の兄ちゃんが一人部屋で、もう一つの部屋は三人で使ってて。不公平だと思わない? それでね、その兄ちゃんが大学へ行くために家を出て行く予定だから、その部屋を狙ってるんだ。でも、問題なのがちゅうにい」
「チュウニイ?」
「あっ、二番目の兄貴。こいつも狙っててね。ちょっと強敵なんだ。母ちゃんは味方してくれるけど、親父がね。男同士の絆ってけっこう強いでしょう。それを崩すために作戦を練ってるんだ。ま、見ててよ。親父なんて娘には弱いんだから。中学に入るまでには手に入れるから」
 私は感心してしまった。彼女の行動力というか…、すごい。私だったらとても生きていけない。そんな気がした。
「さくらはいいよなぁ。一人で使える部屋があって。ねえ、泊まりに来てもいい?」
「えっ? …うん、いいよ」つい言ってしまった。
「やった! 私んち男ばかりでしょう。話し合わなくてさぁ」
 けっこう強引なんだ。この後、たびたび泊まりに来るようになった。最初のうちは私も戸惑っていたけど、だんだんゆかりのことがほんとに好きになってしまった。なんだか私にも姉妹が出来たみたいで…。私の両親も良い友達が出来てよかったねって。友達とこんな付き合い方をしたのは初めてだった。なんかとっても新鮮な感じ。
 ここは都会とは違って隣近所の付き合いが親密みたい。縁続きの人とか、親同士が学校で同級生だったとか。ゆかりと高太郎君のところも同級生だったんだって。それで小さいときから一緒にいたんだ。ちょっぴり羨ましいなぁ。
<つぶやき>田舎っていうのは、人付き合いが大切なんです。助け合っていかないと…。
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2021年06月05日

「いつか、あの場所で…」006

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 「大空に舞え、鯉のぼり」3
「こらっ!」突然、ゆかりが叫んだ。「高太郎、何してんの」窓から高太郎君が顔を出す。「さっきから、こそこそこそこそ」
「いいだろ別に何してても…。そっちこそ何してんだよ」
 窓越しに言葉が飛び交う。
「私たちはいま大事な話をしてるの。邪魔しないでね」
「どうだか…。迷惑かけてるんじゃないの」
「そっちこそ、覗いてたくせに」
「…誰が覗くか。お前さ、その性格なおした方がいいよ。ちょっとはその子見習って…」
「その子って? 誰のことかなぁ?」
「誰って…。ほら、その、隣にいる…」
「あんたさ、さくらのこと好きなんでしょう」
<えっ? そんな!>私は慌てて…、「私は違うから、そんなこと…」なに言ってるんだろう、私…。
「さくら、ほんとにこんなんでいいの? こいつ性格悪いよ」
<もう、ゆかりったら…。>
「お前に言われたくないよ。だいたいな、昔っからそうなんだよなぁ。いつも人に責任押しつけて。作じいの柿、盗んだときだって…」作じい? どっかのおじいさん?
「えっ、何のこと? 忘れちゃった」ゆかり、何したんだろう?
「なんにも知らない俺に、これあげるって言って柿、渡しただろ。俺が盗んだって思われて、作じいにむちゃくちゃ怒られたんだからな」
「あんたが鈍くさいからよ」
<それ違うよ、盗んじゃだめ。>
「ねえ、さくら。いいこと教えてあげる」
<えっ?> 私、ついていけない。
「高太郎ね、木から下りられなくなってビーィビーィ泣いたことあるの。可笑しいでしょう」
<えっ、そうなんだ。>
「なに言ってるんだよ。あれは、お前が下りられなくなったから、助けに行ってやったんだろう。忘れたのかよ」優しいとこもあるんだ。
「あれ、そうだったっけ? でも、情けないよなぁ。下見て足がすくんじゃって…」
「お前が、あんなとこまで登るからだろ」そんなに高かったのかな?
「まったく、都合の悪いことはいつも忘れるんだよなぁ」
 この二人、仲が良いのかな? 悪いのかな? いつも喧嘩ばかりしている。でも、二人とも楽しそうだ。相手のことが分かっているから、何でも言い合えるのかな? 私もこんな風になれるといいなぁ。二人の話には割り込めない。私はただ笑って見ているだけ。
<つぶやき>幼なじみっていいですよね。何でも言えるし。でも、近すぎるとかえって…。
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2021年06月11日

「いつか、あの場所で…」007

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 「大空に舞え、鯉のぼり」4
「ねえ、さくらが鯉のぼり見たいって。そっちに行っていい?」
<そんなこと言ってないよ。>何でそんなこと言うの?
「別にいいけど…」なんか、怒ってる?
「もっとさ、愛想よくしなさいよ。さくらが怖がってるでしょう」
<いいよ、そんな…。>
「あのな、お前の方が怖いよ」そんなことないよ。優しいよ。
「まったく素直じゃないんだから」
「素直だったらお前とは付き合えないよ。もういいからさぁ、来たかったら早く来いよ」
「ほんとは嬉しいくせに…。高太郎も下りて来いよ」
「残念でした。いま勉強してるから…」
<そんな、会ってくれないの?>
「何の勉強だか。どうせまたプラモデル作ってるだけだろ」そんな趣味があるんだ。
「いま手が離せないんだよ。ぜったい邪魔するなよ」
「幼なじみだろう。来なかったらぶっ飛ばす」駄目だよ、暴力は…。
「そんなこと関係ないだろ。下に隆がいるから、じゃれてろ。ただし、泣かすなよ」
「隆、居るんだ! さくら、行くよ。早く、はやく!」
<なに? どうしたの?>
 私はゆかりに急き立てられて、訳も分からず連れて行かれた。初めて入る高太郎君の家。外からは気づかなかったけど、広い庭があって…。ゆかりは庭で遊んでいる子を見つけると、「たかしーぃ!」って叫んで抱きついた。まだ小さな男の子。高太郎君の従兄弟なんだって。たまにお母さんに連れられて実家のここに遊びに来る。隆君はゆかりのことが大好きで、「おねえちゃん、おねえちゃん」っていつも呼んでいるんだって。
<ゆかり、楽しそうだなぁ。>
 あっ…、高太郎君。…来てくれたんだ。私はどうしたらいいのか分からなくて、俯いてしまった。どうしてだろう。…なんか不思議な気持ち。
「また遅刻かよ。もっと早く来いよな」ゆかりは隆君を抱き上げて睨み付ける。
「ちょっと隆のことが心配だったから来ただけさ。お前の馬鹿力で、怪我でもさせられたら大変だからな」
「そんなことあるわけないだろ。隆は、おねえちゃんのこと好きだよなーぁ」
「おねえちゃん、すき」
 隆君は笑顔で答える。とっても可愛い子。私にもこんな弟がいたらなぁ。
「隆、こんな奴と付き合うと苦労するだけだぞ」真顔で言ってる。
「なに訳の分かんないこと言ってんの。もういいから、向こう行けよ」
「何だよ。ここは俺んちだぞ」
「邪魔なんだよ。お前はさくらの相手でもしてろ」
<えっ? 私は…。>どうしよう。二人だけは駄目だよ。ゆかり…。
<つぶやき>誰でも小さな時ってあるんです。あの頃は、素直で可愛くて。でも今は…。
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2021年06月17日

「いつか、あの場所で…」008

IT008

 「大空に舞え、鯉のぼり」5
「さくら、ごめんな。あとよろしく」
<よろしくって。> そんな…。
「まったく…」高太郎君はまだ何か言いたげだったけど、私の方へ来て一言。
「こっち」
「えっ?」私が何のことか分からなくて戸惑っていると…。
「鯉のぼり」私と目を合わせないでまた一言。そのまま行ってしまう。
<ちょっと待って…。>
 私は彼の後を追って家の裏手へ。こんなところにも庭があるんだ。彼は上を見て、
「ほら」っと指さす。私はその指先を見上げる。
「わーっ、大きいーィ」思わずつぶやいちゃった。
 大きな鯉が風に揺れている。まるで生きているみたい。私は団地サイズの鯉のぼりしか見たことがなかった。こんな大きな鯉を間近で見られるなんて…。
「あのさ、こんなの普通だって」
<…そうなんだ。>
「ここ、けっこう眺めいいだろ。海だって見えるんだぜ」
「…ほんとだ」
 私は遠くに目をやる。ここは蛇行している坂道の上にあって周りがよく見渡せるの。私の家からだと、木とかあってあんまりよく見えないけど。ここからだとすごい。低い垣根の向こうに家が並んでいて、その向こうに海が輝いている。
「わーっ、きれいーィ」
「お前ってさ、何でも感動する奴だな」
「えっ、だって…」
「こんなの普通だって」
 また、普通って言われちゃった。でも、私にとっては初めて見るんだから仕方ないじゃない。
「ごめんな…」高太郎君が私の横でぽつりと言う。
<えっ?> ……。
「この間、言い過ぎた。ごめん」
 ぶっきらぼうに彼が言う。…何か言わなきゃ。でも、出て来た言葉は…、
「私もごめんなさい」それしか言えなかった。
<つぶやき>素直な気持ちになれれば良いんですが…。なかなか難しいですよね。
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2021年06月23日

「いつか、あの場所で…」009

IT009

 「大空に舞え、鯉のぼり」6
「なに謝ってるんだよ」
「だって私も…」
 高太郎君と目が合う。高太郎君は照れくさそうに笑う。私もつられて笑ってしまう。
「お前って、すっごい怖い顔するよな」
<えっ?>なによ急に…。「そ、そんなことないよ」そんなに怖い顔してたかな?
「だって、泣いたときの顔。すごかったぜ」
「私…、泣いてないよ」
「泣いてた」
「泣いてない」
「絶対、泣いてた。涙、出てたじゃない」
「絶対、泣いてない!」私、なんでむきになってるのかな? どうしちゃったの…。
「お前って、頑固だなぁ。もう、どっちでもいいよ」
「よくないよ。私、そんな弱い子じゃないもん」
「分かったよ。悪かった」高太郎君がまた笑う。私も負けずに…。
「この鯉のぼり、隆のなんだ」
「…そうなんだ」
 私たちは鯉を見上げる。これで友達になれるかな?
「なんだよ。仲良くやってるじゃない」ゆかりが隆君を連れてやって来た。
「久し振りにぶっ飛ばせると思ったのになぁ」
「あのな…。なに言ってるんだよ」高太郎君は笑いながらゆかりに抗議した。
 今まで沈んでいた私の心。ゆかりのおかげで救われた。やっと素直な気持ちになれたんだ。隆君が私に近づいて来て、
「おねえちゃん。こい、こい」そう言って上を指す。
 私はしゃがんで、「そうだね。おおきいねぇ」
 小さな子を見てると不思議と笑顔になる。とっても優しい気持ちになれるのは何でだろう。
「おねえちゃん、すき」
 隆君が無邪気な笑顔で抱きついてくる。すかさず高太郎君が…、
「そうか。やっぱり隆もこっちのおねえちゃんの方が良いか。優しそうだもんなぁ」
 次の瞬間、高太郎君が…飛んだ? ゆかりの蹴りが炸裂したんだ。ゆかりは腕組みして立っている。高太郎君、大丈夫なのかな?
 ゆかりはまた「たかしーぃ!」って言って抱きすくめる。ほんとに好きなんだ。高太郎君は痛そうに笑っている。良かった。
 私は鯉のぼりの空を見上げる。空ってこんなに青くて大きいんだ。なんか初めてほんとの空を見たような、そんな気がした。なんだか嬉しくなってきた。私はこの広い景色を眺めながら、ここへ来て良かったなってそう思っていた。素敵な友達も見つかったし…。
<つぶやき>友達って、喧嘩もしちゃうけど、側にいるだけでほっとするというか…。
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2021年06月29日

「いつか、あの場所で…」010

IT010

 「雨のち晴、いつか思い出」1
 今日も雨。あめ、あめ、あめ…。雨が続く。いつになったら晴れるのか。雨の日は嫌いだ。…僕の心にはポッカリと大きな穴が空いている。僕の世界の一部が消えたんだ。大好きな、大好きな…、おばあちゃん。…雨の日に、おばあちゃんが亡くなった。一年くらい前まで一緒に住んでいた。病気になってからはおばさんの家へ。おばさんが看護師の資格を持ってたから、その方が良いだろうってことになって。お母さんはときどき手伝いに行っていた。お父さんも仕事の帰りに見舞いに行く。僕だってお姉ちゃんと一緒に…。
 僕には姉がいる。二つ上で中学生。二人で行くと、おばあちゃんはいつも笑顔で迎えてくれた。そして必ずと言っていいほど聞いてくる。「仲良くやってるかい?」って。おばあちゃんがいた頃、よく喧嘩をした。いま考えると、喧嘩の原因って何だったんだろう? よく思い出せないや。きっとたいしたことじゃなかったんだ。そういえば、おばあちゃんが病気になってからしてないや、喧嘩。
 おばあちゃんは面白い人だった。いろんな事を知っていて、僕たちをいつも驚かせる。おばあちゃんは遊びの天才。いろんな遊びを教えてくれた。おばあちゃんにかかったら勉強だってゲームになってしまうんだ。昔は学校の先生をしていたらしい。きっと、人気があったんだろうなぁ。おばあちゃんはいろんな事が出来るんだ。絵を描いたり、詩を作ったり、ハーモニカを聞かせてくれたこともあった。僕たちにとっておばあちゃんは、憧れだったのかもしれない。とっても大好きな…。
 おばあちゃんはいつも優しかった。でも、怒らせると大変なことになる。僕たちが人に迷惑をかけたときとか行儀が悪いとき、よく怒られた。それと、二人で喧嘩したときも。おばあちゃんの部屋に呼ばれて、緑色のにがいお茶を飲まされる。それも正座をしないといけないんだ。でも、お姉ちゃんは美味しそうに飲んでいる。こんなのが好きなのかな?僕には信じられなかった。おばあちゃんのお説教はその時々によって長さが違う。数分で終わるときもあるし、一時間を超えるときもある。たいていは何でそんなことしたのかって聞かれて、なぜ怒っているのか教えてくれる。僕にもちゃんと分かるように。
 いつだったか、お姉ちゃんとすごい喧嘩をしたことがある。取っ組み合って叩いたり、蹴ったり、物をぶつけたり。お姉ちゃんを弾みで突き飛ばしたとき…、怪我をさせてしまった。今でも覚えてる、その時のこと。お父さんはお姉ちゃんを抱きかかえて病院へ。僕はお母さんにひどく怒られた。おばあちゃんは悲しそうな顔で僕を見ていた。お姉ちゃんの腕にはその時の傷がまだ残っている。今でもその傷を見ると…。でも、お姉ちゃんは冗談半分に、「これでお嫁に行けなかったら、あんたに一生面倒見てもらうから」だって。まったく、勘弁して欲しい。お嫁に行けないのはお姉ちゃんの容貌と性格の問題だ。そんなことまで責任は持てない。…でも、もしそうなったらどうしよう。
<つぶやき>子供の頃、姉弟でたまに喧嘩をした。今となっては、良い思い出かな…。
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2021年07月05日

「いつか、あの場所で…」011

IT011

 「雨のち晴、いつか思い出」2
 喧嘩をした次の日、僕たちはおばあちゃんに呼ばれた。二人とも覚悟していた。あんな騒ぎになってしまったんだから…。叩かれるかもしれない。「姉ちゃんも悪かったんだから、一緒に怒られようね」って、いつになく優しいお姉ちゃん。僕はどきどきしながら、お姉ちゃんの後に付いていく。
 おばあちゃんは僕たちを座らせて、ただ黙ってお茶をいれてくれた。いつものように。僕たちがお茶を飲み終わると、昔の話しをしてくれた。おばあちゃんがまだ小さかった頃の…。
 おばあちゃんの生まれた家は食堂をやっていた。家族だけでやっている小さな食堂。今みたいに便利な電気製品とか、インターネットなんてなかった頃。まだまだ貧しい人が多くて、生きていくのが精一杯だった時代。おばあちゃんはお父さんとお母さん、それからお兄さん、お姉さんと一緒に暮らしていた。上のお兄さんとは十以上も歳が離れていたんだって。おばあちゃんは小さいとき身体が弱くて、僕くらいの歳のときに死にかけたことがある。病院の先生から「もう駄目かもしれない」って言われたとき、お父さんが病室にやってきて励ましてくれたんだって。
「すず子…、どうだ身体の調子は?」「お父さん…。お店はいいの?」
「ああ、賢治兄ちゃんたちがいるから大丈夫だ。早く元気になれ」「…なれるかな?」
「なに言ってる。お前は父さんと母さんの娘だ。元気になれる」「…うん」
「何か欲しいものはないか? 父さん、何でも買ってやるぞ」「別にないよ」
「何かあるだろう? いいから言ってみろ」「……勉強。学校で勉強がしたいよ」
「…そうか。ずいぶん休んでるからな」「みんなと一緒に勉強がしたい」
「よし、やらせてやる。嫌になるくらいやらせてやる」「嫌になんかならないよ」
「そうか。…元気になれ。みんな学校で待ってるぞ。お前が戻ってくるの」「…うん」
「…母ちゃんや兄ちゃん、姉ちゃんも、もうすぐ来るからな」「お店は?」
「今日は早仕舞いだ。みんな、お前の顔が見たいんだよ」「今日じゃなくてもいいのに…」
「店のことなんていいんだよ。お前が早く元気になってくれれば…」「……」
「それでな、すず子は人の役に立つ仕事をするんだ」「じゃ、お店。手伝うね」
「…えっ?」「お父さんの作ったオムライス、お客さん美味しそうに食べてたよ」
「…お前は、もっと大きなことをやれ。あんなちっぽけな店なんか…」「でも、好きだよ」
「…早く元気になれ。元気になっていっぱい勉強して、大きな夢をもて」「ゆめ?」
「そうだ。お前だけの大きな夢だ」「…もてるかな?」
「ああ、もてるさ。がんばれ。みんなで応援するからな。約束だぞ」「…うん」
 この後、おばあちゃんは奇跡的に助かった。少しずつ良くなってきて、半年後には退院したんだって。おばあちゃんはそれから一生懸命勉強した。約束を守るために。もちろん、店の手伝いもして…。すごいよね。僕だったらとても出来ないかも。お母さんの手伝いもあんまりしてないし…。
<つぶやき>今はすごく便利で快適な生活だけど、大切なことを忘れないで下さいね。
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2021年07月11日

「いつか、あの場所で…」012

IT012

 「雨のち晴、いつか思い出」3
 おばあちゃんはいっぱい勉強して大きな夢をつかんだんだ。学校の先生っていう夢を。でも、先生になって一年もたたないある日、お父さんが突然倒れて亡くなったんだって。まるでおばあちゃんが独り立ちするのを待ってたように…。おばあちゃんはいっぱい泣いたって言ってた。あの約束があったから今まで頑張ってこれたのに、これから何を頼りに生きていけばいいの…。
「おばあちゃんはね、そのとき気づいたんだ。とっても大切なことに…」
「大切なことって?」お姉ちゃんが悲しそうな顔で聞く。
「それはね、今まで沢山の人に助けられていたんだってこと。病気のときもそうだったし、元気になってからもいっぱい助けてもらった。家族や、先生や、友達にね」
「そんなにいっぱい?」「そうよ」
 僕にはよく分からなかった。この時は…。
「おばあちゃんは、それを返さなくちゃいけないってそう思ったの。沢山もらったものをみんなにも分けてあげなくちゃって。おばあちゃんね、それから頑張ったわよ。泣いてる暇なんてなかった。あなたたちも沢山の人に助けられているの。それを忘れないでね」
「ごめんなさい」素直に言えた。
 なんか変な感じだ。お姉ちゃんもそうなのかな? 僕はおばあちゃんがこんな思いをしていたなんて…。僕には想像もつかなかった。
「おばあちゃんはどうやって夢を見つけたの?」お姉ちゃんが聞いた。僕も聞きたかった、どうやったのか。
「さあ、どうだったかな? 気がついたら、いつの間にか先生になってたね」
「私にも見つかるかな?」「どうかな?」「私、頑張るから…」
「ふふ、大丈夫だよ。私の孫だからね。きっと見つかるよ」
「僕も?」
「ああ。今すぐは見つからないかもしれないけど、いつかきっと見つかるさ」
「ほんとに?」
 おばあちゃんは笑っていた。いつもの笑顔だ。
「でもね、これだけは忘れないでね。夢をつかむための心得」
 えっ? 何だろう。二人して真剣に聞いている。いつもこんな風に引き込まれていくんだ。おばあちゃんの世界に…。
「それはね、のびのびとした想像力と、どんな事にも立ち向かう勇気。そして、これが大切よ。人を思いやる優しい心。…忘れないでね、約束よ」
 この時は、おばあちゃんの言ったことがよく分からなかった。でも、今は分かる気がする。たぶん…。おばあちゃん。おばあちゃんとした約束、ちゃんと守るからね。僕もいつか大きな夢を見つけるんだ。おばあちゃんに負けないくらい大きな夢。お姉ちゃんも、絶対そう思ってる。ずっとずーっと、おばあちゃんのことは忘れない。
<つぶやき>大切な思い出は、そっと心にしまっておきましょう。明日の幸せのために。
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2021年07月17日

「いつか、あの場所で…」013

IT013

 「雨のち晴、いつか思い出」4
 生命(いのち)って何だろう? 僕には難しいことはまだ分からない。でも、消えてしまったら二度と戻ってはこない、大切なものなんだよね。大事にしなきゃいけないんだ。人はいつかは死んでしまう。悲しいことだけど、どうすることも出来ないんだ。だから、生きている間は、側にいられる間は、笑顔でその人を見ていたい。
 そういえば「一期一会」って言葉をおばあちゃんに教えてもらったことがある。生きている間に出会える人は限られている。生涯に一度しか会えない人もいる。だからひとつひとつの出会いを大切にしないといけない。悔いのないようにしなさいって…。ありがとう、おばあちゃん。
 放課後の教室で、一人で空を眺めていた。雨はやみそうもない。僕はおばあちゃんのことをずっと考えていた。いろんな思い出が甦ってくる。…まだ僕の心には穴が空いている。今の僕にはどうすることも出来ない。思い出すのは楽しいことばかりなのに、おかしいよね。でも、この悲しみもいつか思い出に変わるんだ。おばあちゃんと暮らしたあの時間、あの空気が僕の宝物になる。掛け替えのない宝物…。
 僕は気づかなかった。さくらが来ていたことを…。彼女は僕の隣に座った。何も言わず、ただ横に座った。優しい目で僕を見つめて…。僕も何も言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。僕たちは外を眺めた。二人ならんで、雨の降る校庭を…。彼女のぬくもりが伝わってくる。彼女の優しさが身にしみた。僕の心、悲しみで濡れた僕の心。少しずつ、暖かくなってくるのを感じた。
 校庭の片隅に紫陽花が咲いている。…今まで気づかなかったなぁ。雨の日なのに奇麗に咲いて、まるで雨の日を楽しんでいるようだ。雨の日に、おばあちゃんと散歩したことを思い出した。
「雨はいろんなものを洗い流してくれるんだよ。自然の緑が生き生きとするように、私たちにも安らぎや活力を与えてくれているのかも…」
 大きく深呼吸した。僕もこの雨から生きる力をもらおう。明日もがんばれるように…。
 さくらが僕に視線を向ける。その目は「大丈夫?」って言ってるようだ。僕は彼女の優しさが嬉しかった。僕はかるく微笑んで、心の中で「ありがとう」って言った。彼女は笑顔で答えてくれた。
「一緒に帰ろう」彼女は僕の手を取った。僕は素直に従った。
 さくらといた時間は、ほんの数分だけだった。でも、とっても長く感じた。僕たちは雨の中、二人で歩いた。いつもの道なのに、いつもと違う。周りの景色が新鮮に見えてくる。僕はいつになくお喋りになっていた。傘の中で彼女が笑う。僕はいつまでもさくらの笑顔を見ていたい。なぜか、そんなことを思っていた。…雨の日が、少しだけ好きになれたかもしれない。
<つぶやき>忙しい毎日。ちょっと深呼吸してみませんか? 心に潤いを与えましょう。
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2021年07月25日